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アース・ウインド&ファイアー『ライヴ・イン・リオ』
ライブ・イン・リオ <== Go to amazon.co.jp
アース・ウインド&ファイアー
『ライヴ・イン・リオ』

エイベックス(カッティング・エッジ)
CTCR-18060
2003年3月26日発売
2548円

原題 : Live In Rio
アーティスト : Earth Wind & Fire
原盤番号 : Kalimba 9730012
原盤発売 : 2002年
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   今度あなたのCDライブラリーに加わることになった一枚のCD
(アルバム)をご紹介します。

   アース・ウインド&ファイアーの『ライヴ・イン・リオ』

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1979年のアース、2002年のアース。
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   マジック。

   79年3月。彼らはその前年「宇宙のファンタジー」と「セプテ
ンバー」の大ヒットで、  日本でもスーパースターの座についてい
た。ソウル・アーティストにもかかわらず、アルバムは20万枚を
越えるベスト・セラーを記録。アースは文字通り、日本でもっとも
人気のソウル・アーティストになっていた。そして、この月、彼ら
がグループとして初めて日本の土を踏んだ。

   東京は、日本武道館3日間。僕は3日間通った。最初の一日目は
あまりに興奮して、何がなんだかわからないうちにショウは終わっ
ていた。2日目には少し冷静にライヴを見ることができた。3日目
は、マジックのタネがわかるほど冷静に見られた。

   そう、その時、彼らは俗にいうピラミッド・マジックを披露して
いた。それはこんな出し物だった。

   ステージの中央、一段高いところに小さなピラミッドがある。シ
ョウの終盤、その横に数段ある階段をメンバーが一人一人上り、ピ
ラミッドの中に入っていく。メンバー全員がその中に入ると徐々に
ピラミッドが宙に上昇する。まもなく大爆音とともに、そのピラミ
ッドが爆発。「メンバーはどこへ消えた?」と思った瞬間、ステー
ジにいた仮面をかぶった宇宙人風の連中が、その仮面を取ると今消
えたはずのアースのメンバーだった、というもの。

   ライヴ・バンドとしての、すごさを痛烈に感じていたところに、
このシアトリカルな演出をやられて、まさにノックダウン状態にな
った。いまでこそ、マイケル、ジャネット、マドンナ、ポール・マ
ッカートニーなどなど様々なアーティストが大仕掛けでシアトリカ
ルな演出を施したライヴを見せるのが普通になっているが、79年
今から24年も前にそんなことをするアーティストはほんの一握り
だった。ロックには若干いたが、もちろん、ブラック・アーティス
トとしては彼らが唯一無比だった。

   このピラミッド・マジックは、ハリウッドのマジシャン、ダグ・
ヘニングのアイデアによるもので、後にマイケル・ジャクソンが同
じアイデアを自分のショウにとり入れることになる。

   このときのライヴ・バンドは、実に強力だった。モーリス・ホワ
イト、37歳。フィリップ・ベイリー、27歳。  ラリー・ダン、
25歳。アル・マッケイ、31歳。ヴァーディン・ホワイト、27
歳。ラルフ・ジョンソン、27歳。フレッド・ホワイト、24歳。
ジョニー・グラハム、27歳。  アンドリュー・ウールフォーク、
28歳。平均年令28.1歳。

   1979年のアース。それは、まさに油の乗った時期のライヴ・
バンドだった。クリエイティヴにも、斬新なアイデアがでて、体力
もあり、エネルギーがあった。  そして、すべてにマジックがあっ
た。

                       〜〜〜〜〜〜

   背中。

   初来日から数えて10回目の来日コンサート。  2002年11
月、アースは再び日本にやってきた。現在の正式メンバーは、モー
リス、ヴァーディン、ラルフ、フィリップの4人。    平均年齢は
53.3歳になっていた。しかも、ここ何度かの来日では、モーリ
ス・ホワイトは病気のためにステージに登場せず、登場してもほん
の一・二曲だけということが続いていた。それが、今度はそのモー
リスがかなり歌うという。期待が大きく膨らむ。

   その日、モーリスは、すぐにステージに登場した。

   何曲かしっかり歌ったモーリスは、特に問題があるようには見え
なかった。  動きがかつてほどきれはなかったが、それはそうだろ
う。モーリスは既に60歳になっているのである。

   バラードの「ラヴズ・ホリデイ」が終わると、客席中央に一本の
スポットライトが当たった。既にバンドは、次の曲のイントロを演
奏し始めている。その客席の人々の海の中にいるのは紛れもないモ
ーリス・ホワイト、その人だった。僕の席からは、彼の背中しか見
えない。客席の通路に彼がいる。そして、彼はアルバム『オール・
ン・オール(邦題、太陽神)』からの名曲「ビー・エヴァー・ワン
ダフル」を歌いだした。

   「今のままの君でいて欲しい。今のままの君が一番すてきだ。今
宵こそ、君にとって完璧な夜」というとろけるようなラヴ・ソング
は、国際フォーラムにいる恋人たちへの賛歌になっていた。

   モーリスは歌いながら、少しずつステージの方へ歩を進める。一
歩一歩ステージへ。  彼に少しでも触ろうとする腕を伸ばす観客た
ち。白いスポットライトが、客席通路を進むモーリスを追う。  モ
ーリスは決して後ろを振り返ることなく、前と時折横を見ながら進
む。

   階段を上りステージに上っても、しばし、彼は客席に背を向けた
まま、ゆっくり腰を動かしたままでこちら側に振り向かない。観客
はしばらく、モーリスの背中だけを見ることになる。

   しかし、その背中がいい。背中で歌えるシンガー、背中で物語を
語れるシンガー、背中で愛の言葉を表現できるシンガー、それがモ
ーリス・ホワイトだ。

   79年の初来日から、来日ごとに必ず一度はライヴに足を運ぶほ
ど思い入れがあるアース。モーリス不在のアースを見てきたファン
の一人として、たとえバンドが少々荒っぽくてかつてほど緻密では
なかったとしても、たとえフィリップ・ベイリーの声が一時期の神
懸ったような奇跡の声でなかったとしても、たとえギターがアル・
マッケイほどソリッドでなかったとしても、モーリス・ホワイトが
ステージにでてきて歌を歌ったという事実だけで、感情的に許して
しまうことになる。

   モーリスがいる、いないでは、同じ名前を持つグループでもまっ
たく存在感が違う。メンバー紹介でフィリップがモーリスを呼ぶと
き、プロボクサーの紹介よろしくこう叫んだ。

   「ビッグ・ダディー!  ビッグ・ボス!    モーリス・ホワイト
!!」

   そのとおり、モーリスは、アースのビッグ・ダディーであり、ビ
ッグ・ボスなのだ。

                         〜〜〜〜〜〜

   ビッグ・ボス。

   2日後、そのビッグ・ボスが、ホテルの部屋で僕の目前に静かに
座っている。窓から差し込む日がこちらから見ると逆光になり少し
まぶしい。ビッグ・ボスは、実に落ち着いた雰囲気で、ソフトスポ
ークンの人物だった。耳をそばだてないと、聞き取れないほど小さ
な声だった。しかし、いつになくよくしゃべってくれた。

   「現在制作中のアルバムのタイトルはおそらく『プロミス』とい
うものになるだろう。現時点では14曲レコーディングしてある。
アース・ウインド&ファイアーは、常に伝統を持ち続けている。い
い音楽、いい楽曲、素晴らしいパフォーマンスだ。そうしたものを
受け継いでいる。曲はポジティヴなメッセージを伝えるものだ。そ
れが常に私たちのグループのエッセンスだ。私たちは、プログラム
(打ち込み)もするが、ライヴ・ミュージシャンも使う。両方をう
まく組み合わせて音楽を作る。常に私たちのところには、デモテー
プが送られてくる。何千という曲を聴くが、気に入るのは、その中
で2−3曲といったところかな」

   「自分にとっての音楽的ヒーローはたくさんいるが、たとえば、
(ジャズ・ミュージシャンの)  ジョン・コルトレーンなんかそう
だ。別に彼のスタイルを真似ようということではない。彼の精神性
を引き継ごうと思ったんだ。自分が次にいつソロ・アルバムを出す
かはわからない。ひょっとしたら、ジャズのアルバムでも出すかも
しれないよ」

   「エジプトに興味を持ったのは、70年代初期にロスアンジェル
スに引っ越してから。友人が、最初、占星術を教えてくれた。そこ
から興味が広がりエジプトのことを知るようになった。本を読んだ
りして勉強した。1977年春、初めてエジプトを訪れた。かの地
の人々に会って感銘を受けた。ピラミッドの中に入ったかって?
入ったよ。すごく寒かった。(笑)  とても気持ちよかった。心霊
的になにかつながりを感じたよ。ピラミッドの中にいるということ
で、ハイになったんだろうね。ピラミッドを訪れた後、私はその経
験をもっともっと多くの人と共有したくなったんだ。だから、ジャ
ケットにピラミッドを出したりするようになった」

   ビッグ・ボスは、常にアースのビッグ・ボス。


■アルバム紹介

   東京でのライヴが終わった後、メンバーがロビーに登場し、この
『ライヴ・イン・リオ』のアルバムを即売し、サイン会を開いた。
3日間で、このCDは計1800枚という驚異的な枚数を売り、彼
らはひたすらサインを書き続けた。初日は、コンサート開始時刻が
若干遅れたために、サイン会が終わったのは12時近くになってい
た。それがこのアルバムである。

   本作は、アースとのリオにおけるライヴ・アルバム。正式な録音
日時が原稿執筆時点でアース側からは提供されておらず、来日時に
マネージャーは「82年のアルバム」と言ったらしいが、メンバー
や曲目などを見ると、  79年後半から80年頃のライヴと思われ
る。その根拠は、1)メンバーの中にギターのアル・マッケイの名
前があること、2)曲目がアルバム『アイ・アム(邦題、黙示録)
』までで、80年11月発表の『フェイセス』のものは収録されて
いないということがあげられる。

   特に『アイ・アム』の曲が5曲と多めに収録されているために、
『アイ・アム』発表後のツアーであることがわかる。通常、新譜が
でるとまもなく全米ツアー、世界ツアーにでる。よってこの場合、
アルバムが79年5月に発表されているので、それ以後80年まで
の間のツアーと推測される。

   アースは、79年3月にグループとして初来日しているが、その
時の演奏曲目とはかなり変わっている。

   そうしたことをふまえて調べてみたところ、アースが80年10
月から11月にかけてラテン・アメリカ・ツアーを敢行しているこ
とがわかった。80年10月10日、ブラジル・サンパウロを皮切
りに、ブエノス・アイレス、リオ・デジャネイロ、メキシコなど1
1月9日まで、8都市15公演を行なった。リオは10月24日、
25日、26日。おそらく、このレコーディングはこの3日間のも
のと思われる。

   するとふたつ疑問がでる。まずなぜアル・マッケイがいるのか。
なぜ発売間近(80年11月全米発売)の『フェイセス』からの作
品がここには収録されていないのか。アルの件は、『フェイセス』
録音時に脱退を表明したが、このツアーだけはモーリスに付き合っ
た可能性がある。また、彼らのライヴは約100分ほどあり、この
CDでは56分弱しか収められていない。そこで収録されなかった
部分に『フェイセス』の曲があったかもしれない。

   あるいは、『フェイセス』は全米発売直前で、南米ではまだ発売
されていなかったために、新作からの作品はなじみがないので、あ
えて『フェイセス』からの作品はプレイしなかった、ということも
充分ありえる。

   さて、本アルバムは、全米では2002年にアース自身のカリン
バ・レコードから発売された。原盤番号は、Kalimba 9730012 。こ
の日本盤はその原盤に一曲ボーナストラックを加えたもの。これは
アースの次のスタジオ・アルバム用の一曲として録音されているも
ので、スタジオ・アルバムの完成より一足先に日の目を見ることに
なった。

   メンバーは、ジャケットのインナーを参照されたい。

曲目紹介

1.ダイアログ
2.ロック・ザット

   アルバム『アイ・アム(邦題、黙示録)』(79年6月発売)よ
り。  シングル「アフター・ザ・ラヴ・イズ・ゴーン」のB面に収
録。

3.イン・ザ・ストーン

   アルバム『アイ・アム』より。同アルバムからの3枚目のシング
ルとして79年10月からヒット。ソウルで23位、ポップで58
位を記録。

4.サーパンティン・ファイアー

   アルバム『オール・ン・オール(邦題、太陽神)』(77年11
月発売)より。同アルバムからの第一弾シングルで77年10月か
らヒット。ソウルで1位、ポップで13位を記録。

5.ファンタジー

   アルバム『オール・ン・オール』より。同アルバムから2枚目の
シングル。78年2月からヒット。ソウルで12位、ポップで13
位。これはアメリカ以上に、日本でディスコを中心に大ヒット。

6.キャント・レット・ゴー

   アルバム『アイ・アム』より。これと続く「ゲットアウエイ」の
2曲メドレーなどは、ブラス・セクションさく裂で、アース全盛期
の力強さを見せつける。

7.ゲットアウエイ

   アルバム『スピリット』(76年9月発売)より。76年7月か
らアルバムに先がけてシングル・ヒット。ソウルで1位、ポップで
12位。

8.ブラジリアン・ライム

   アルバム『オール・ン・オール』より。この曲はもともと同アル
バム中「ラヴズ・ホリデイ」と「アイル・ライト・ア・ソング・フ
ォー・ユー」を結ぶ間奏として録音されたもの。その後、あまりに
この曲の人気が出て、テイク6などがカヴァーするに至った。

9.マジック・マインド

   アルバム『オール・ン・オール』より。同アルバムから人気のあ
る一曲。テンポの速いブラス・セクションが圧巻。

10.ラニン

   アルバム『オール・オン・オール』より。シングル「ファンタジ
ー」のB面にも収録。

11.アフター・ザ・ラヴ・イズ・ゴーン

   アルバム『アイ・アム』より。  同アルバムから2枚目のシング
ル、79年7月からヒット。ソウルで2位、ポップで2位。デイヴ
ィッド・フォスター、ジェイ・グレイドン、ビル・チャンプリンの
共作。

12.リオ・アフター・ダーク

   今回初めて聴く曲。ほぼジャム・セッション的な作品だ。

13.ガット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ

   アルバム『ザ・ベスト・オブ・アース・ウインド&ファイアー
ヴォリューム1』(78年10月発表)より。78年7月からヒッ
ト、ソウルで1位、ポップで9位。

14.ブギー・ワンダーランド

   アルバム『アイ・アム』より。  同アルバムからの第一弾シング
ル。79年5月からヒットソウル2位、ポップで6位を記録。

15.セプテンバー

   アルバム『ザ・ベスト・オブ・アース・ウインド&ファイアー
ヴォリューム1』より。77年10月からヒット。ソウルで1位、
ポップで8位。

16.  エイント・ノー・リムディー(ボーナス・トラック)

   モーリスによれば、これはニューヨークのソングライターが書い
た曲で、  グループによくあっていると思ったので録音した、とい
う。『プロミス』(仮題)収録予定の作品。

   これでこのアース・ウインド&ファイアーの『ライヴ・イン・リ
オ』のアルバムはもうおしまい。いかがでしたか。このCDがあな
たのCDライブラリーにおいて愛聴盤となることを願って・・・

[February 24, 2003: MASAHARU YOSHIOKA]
"AN EARLY BIRD NOTE"
"LINERNOTES SINCE 1975"
http://www.soulsearchin.com
(2003年5月15日アップ)
    
Masaharu Yoshioka
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