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ボビー・ウーマック、インタヴュー『僕たちの地震』
ボビー・ウーマック、インタヴュー
『僕たちの地震』
【1995年5月1日・記】

   深みのある声。悲しみと陰のある声。声そのものにソウルが感じ
られる稀有なシンガー、ボビー・ウーマック。62年の初ヒット以
来今日まで四半世紀以上活動しているソウル・シンガー。そのボビ
ーに話をきいた。95年1月の阪神大震災後の来日時のインタヴュ
ー。

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   悲しみの歌。

   「妻と離婚して4年になる。このアルバム(新作『レザレクショ
ン』)にはそのことを歌った曲も入れた。もちろん、別れた時はか
なりきつかったけれど、今となっては感謝しているよ。別れた事に
よってこのアルバムがこうして作れたからね。ここには、その頃の
混乱を描いているんだ。誰か愛している者を失った時のことを書い
た。僕の歌というのはいつも僕の人生をどこかしら反映している。
時には、それが痛みであり、苦しみであってもだ。僕はむしろ、そ
うした苦しみを書くほうがいい」

   「ラスト・ソウル・マン」の名を欲しいままにするボビー・ウー
マックが3度目の来日を果たし、インタヴューした。なんとなく雑
談の中から話が始まり、これはその冒頭のセリフの一部だ。

   ボビーは、とにかくよく話す。一つ質問をふると、それに対して
延々と5分でも10分でも話している。インタヴューするほうにと
ってはやりやすいが、一つ間違えると、話の方向性に定まりのない
独演会になってしまう可能性もあるので、時々、こちらで軌道修正
しなければならない。それでも、一線で活躍して30年。超ヴェテ
ランのソウル・シンガーの話は面白い。

   「何年もやって来て、ハッピーな事を書くよりも苦しい事を書く
ほうがうまく出来るようになった。かつて、アリサ・フランクリン
が僕にこう言った事があるんだ。『あんたは、悲しい時にだけハッ
ピーなのね』と。つまり音楽的には、悲しい事を書いたり歌ったり
している時の方がうまくいってハッピーというわけだ。ハッピー・
ソングはいいけれど、サッド・ソングの方がもう少しいろいろな事
を考えさせる。(新作に収録されている)『ウォーキング・オン・
ザ・ワイルド・サイド』という曲では、そうした苦しみから抜け出
た時の事を書いた。これはロンドンから帰った時に書いたんだ。そ
のとき彼女は、『ねえ、あなた。私が言いたい事がわかる?』と尋
ねた。そこで『何だ?』と答えた。『私、あなたと別れます』とい
うんだ。『なんで?』  今ではそのときの事を笑って話せるけれど
何年か前まではとても笑えなかったよ。僕はあの頃なにもやる気が
しなかった」

   ボビー・ウーマックというシンガーは、マーヴィン・ゲイ同様に
自分の人生に起こる事が如実に自らの音楽に反映するタイプのシン
ガーだ。楽しい事、悲しい事、すべて。彼が言う通りに、彼の作品
にはどこか悲しいところが多い。

   リスペクト。

   「ある時、自分の人生を振り返って、どうして僕の人生にはこん
なにトラブルばかり起こるのだろうか、って考えた事がある。妻と
の離婚より先の2年ほど前のことだ。僕は息子をひとり失った。彼
は19歳で自殺を図ったんだ。そのときもいろいろと考えた。こん
なにロードばかり出ていないで、もっと家にいるべきだったのか。
いろいろな『多分ああすればよかった』という事が思い浮かぶ。だ
が、結局、誰も次に何が起こるのかなど予期出来ないものなのだ。
君たちも地震は予期出来ないだろう。僕たちも、同じような地震を
経験した。僕たちの地震は本当にひどいと思った。だが、日本の方
がもっと悲惨だった。誰にもこんなことは決して予期出来ない。だ
から、毎日毎日を精一杯生きる事にしている。きっと、神様が僕に
おまえの仕事はステージに上がって、歌を歌い、人々を感動させる
事だからそれを一生懸命やれ、と言い渡しているような感じがする
んだ。様々な浮き沈みがあって、ビジネス的、政治的にトラブルに
見舞われた事もあるけれど、常に思っていた事は自分の才能は過小
評価されている、という事だった。今ではそこそこに尊敬されてい
るようだけどね」

   尊敬されることが、「ラスト・ソウル・マン」をサヴァイヴァル
させている、とみた。

吉岡正晴

(1995年5月1日・記)
(アドリブ誌95年6月号に掲載)
    
MASAHARU YOSHIOKA
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