Master Of 88: Sky's The Limit For Hiromi Uehara (Part 1)

歓喜。

満面の笑み。首を左右に、上下に振り、時にピアノの椅子から立ち上がり、動き、踊る。なぜあそこまで解放できるのか。何かが乗り移り、指先だけでなく彼女の肉体すべてが媒介となる。この一月ほどちょっとばかりマイ・ブームな驚異のピアニスト、上原ひろみのライヴをやっと見ることができた。27日、28日は既に満員で入れず、追加の30日の分に行った。(11月6日付け日記参照)

このテンション、この躍動感、このスピード感。恐るべき24歳。やはり、天才か。細かい点ではいくつか思うところはあるが、全体的には非常に楽しめたライヴだった。ベースはもう一人の匠、アンソニー・ジャクソン、ドラムスは若手のマーティン・ヴァリホラ。約82分のライヴを終えてまず思ったのが、彼女のソロだけで見てみたい、ということだった。

この日のライヴは、ひとりの天才とひとりの超一流の職人とひとりの発展途上新人のトリオだった。もちろん、アンソニーのベースは最高だ。しかし、上原くらいのレベルになると、トリオでやる必然性があるのかとさえ思ってしまう。トリオはトリオで楽しめるのだが、ソロで見たい。飾り気のないネイキッドな上原ひろみを見たい。そう強く感じた。それは、深町純のソロ・ピアノ演奏が、他のミュージシャンとのコラボレーションよりも圧倒的にすばらしいという点でも証明されている。一般論として、かなりレベルの高いミュージシャンになると、普通のミュージシャンとコラボレートするとどうしても全体的に凡庸(ぼんよう)になってしまう危険性がつきまとうのだ。(この日の上原はもちろん凡庸ではなかった。アンソニーも超一流だ)

今回のベースはアンソニー・ジャクソン。となると、平凡な聴き手としては、やはりドラムに黒人のドラマーを従えて見てみたいとも思う。例えば、誰かといえば、デニス・チェンバースとか、ソニー・エモリー、ハーヴィー・メイソンあたりはどうだろう。しかし、上原はコラボレートするのが誰であろうと、すでに自分のリズムを持っている。独特のグルーヴ感を持っている。そして独特の色をもっている。この弾け感。シャンパーンのようなバブリングな感触。そして、彼女のすべての感情がピアノ自体に伝わり、ピアノから観客に到達する。その時、文字通りピアノ自体が彼女の肉体の一部になっていた。She’s became a part of piano, or she is a piano.

上原のパフォーマンスを見ていて感じたこと,沸いた疑問のいくつか。彼女は、ステージに上るときにあがったり、緊張したり、ナーヴァスになったりすることがあるのだろうか。そのパフォーマンスからは彼女があがることなど到底想像できない。ステージから観客席の方に向かって見せる満面の笑み。その時、彼女は何を見ているのだろうか。何かを感じているのか。エネルギーを吸収しているのか。あるいは何かを発散しているのか。

6曲目の「ダンサンド・パライーゾ」でおもしろいことが起こった。ドラムソロになったときだ。思い切りドラムを叩いていたマーティンのスティックが力余ってアンソニー・ジャクソンの所に飛んで行ってしまったのだ。そのスティックがアンソニーのベースに一瞬当たって床に落ちた。アンソニーがしかめっ面をする。(彼はだいたいいつもしかめっ面ではあるが・・・) それはあたかも「若いの、オレのベースに向かってなんてことをするんだ」とたしなめるかのようだった。ちょうど手があいていた上原がスティックを拾いマーティンに手渡した。それを受け取った彼は、アンソニーに向かって、「ごめんなさい」というジェスチャーをした。客席からはちょっとした笑いが漏れた。以後、ドラム・ソロは萎縮した。(笑) 平静に戻るまでに若干の時間が必要だった。そして、アンソニーは指で自分のベースに大丈夫かと尋ねるように愛撫したのだ。スティックがぶつかったときのアンソニーの表情と、愛撫するときのアンソニーの表情がなんとも言えなかった。

88の鍵盤から発せられる音は、歓喜、狂喜、興奮、神聖にあふれる。ピアノの近くから煙がでる如く白い光が漂うかのよう。しかも煌めく光は、白だけでなく、赤、紫、青など様々な彩りを見せる。鍵盤の数は88に限られている。が、彼女のプレイの可能性は無限大だ。彼女は24歳にして88のマスター、達人。なぜ彼女はこんなピアノが弾けるのか。

ライヴ後幸運なことに彼女と、さらに彼女のピアノの先生と少しだけだが、話すことができた。その話は、また明日に続く。いくつかの謎へのヒントが明らかになる。

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【関連リンク】

ソウルサーチン日記・上原ひろみ 2003年11月6日付け

https://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200311/diary20031106.html

ソウルサーチン日記・アーマッド・ジャマル

https://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200310/diary20031029.html

https://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200310/diary20031030.html

上原ひろみオフィシャル・ホームページ

http://www.yamaha-mf.or.jp/art/official/hiromiuehara/
http://www.hiromimusic.com/index.htm
http://www.universal-music.co.jp/jazz/j_jazz/hiromi/

毎日新聞掲載の記事。

http://www.mainichi.co.jp/life/music/cia/2003/0609.html

ボストンからの夜行バスの物語。

https://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200304/diary20030423.html

(2003年11月30日(日)ジェイジー・ブラット=JZ Brat=上原ひろみ・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Hiromi, Uehara

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