● エタ・ジェームス、訃報続報~最期の瞬間

● エタ・ジェームス、訃報続報~最期の瞬間
【Etta James News Continues: Final Moments of Etta】
続報。
2012年1月20日(金)、73歳で死去したエタ・ジェームス。その死がアメリカ音楽業界に与えた衝撃は、日本で想像する以上のものだ。
依然、エタ関連のニューズが報道されている。
いくつかエタの人となりを語るコメントもでている。
30年以上マネージャーを務めたルペ・デレオンが言う。「エタ・ジェームスはとてもマネージできない。私は、なんとかマネージャーのようなものだったが」
エタはかなり気難しく、なかなか一筋縄ではいかない人物だった。
エタの影響を受けたシンガーとして、最近ではイギリスのアデルが、そのことを表明している。
アデルは、アリーサ・フランクリンと並んで、エタ・ジェームスをもっとも好きなシンガーとしてあげている。
そしてこう一言。「音楽の辞書の『シンガー』という項目を探せば、彼女たち(アリーサやエタ)の名前があるはずだ」
エタの持ち歌で知られ、ビヨンセもオバマ大統領就任のパーティーで歌った「アット・ラスト」は、元々1941年のグレン・ミラーのヒット。エタのヴァージョンはシングルがリリースされたときは、それほどのヒットにはならなかったが、何年もの歳月を経て、エタの18番になった。
エタの父とされる全米をまたにかけて活躍したビリヤード・プレイヤー、ミネソタ・ファッツは、1961年の映画『ハスラー』のモデルとなった。彼は全米のビリヤード場に行き、次々と勝負をし、すべて勝っていった。ただこのミネソタ・ファッツというのは、映画用の役で、そのモデルとなっているのが、ルドルフ・ワンダーワンという人物。実際は、「ニューヨーク・ファッツ」などと呼ばれていたそうだ。
■ エタ、最後の瞬間
最期。
エタ・ジェームスには夫、2人の子供、そして、4人の孫がいるという。
そして、エタは、息子のひとりドント・ジェームス(43歳)の胸の中で息を引き取ったそうだ。彼は言う。「確かに大変な一日だったが、とても感謝している。母は僕の腕の中で息を引き取った。母に言うべきことはすべて言った。僕が言っていることが聴こえているかと尋ねると、瞬きをして、すぐに僕を見つめてくれた。それまではしばらくまったく反応がなかったのに。とてもスピリチュアルな瞬間だった。母と一緒にいることが、真の神様からの贈り物のように思えた。僕たちの腕の中で息を引き取る以上のことは考えられなかった」
ドントによると、木曜の夜にはかなり状態は悪くなっていたという。ドントは母にこう言ったという。「あなたを愛してますよ。あなたは素晴らしい母でした。素晴らしい仕事をなしとげました。あなたの7人の孫たちはみなあなたを愛しています。子供たちはみな大丈夫です」
ビヨンセは言う。「エタは私たちの時代のもっとも素晴らしいヴォーカリストの一人です。そのようなクイーンに会うことができ本当に光栄です。彼女の音楽への貢献は生涯続くでしょう。エタ役を演じるということは、私自身に多くのことを教えてくれました。彼女の音楽は私をさらに強力なアーティストへとしてくれるインスピレーションを与えてくれました。彼女が口を開けば、彼女の痛みと偉業が聴こえてきます。彼女はなんのフィルターもかけずに彼女自身の人生の物語を、彼女の感情を深く移入して歌い込むのです。彼女は何物も恐れず、勇気があり、本当に惜しまれます」
エタ・ジェームスの遺作『ザ・ドリーマー』は全米でリリースされたばかりだが、2011年10月の時点でエタは、自分の死期を悟っていたようだ。このアルバムでレコーディングから引退する旨を発表していた。
エタの代表曲でこのところひんぱんにプレイされている「アット・ラスト」は、最近アメリカの結婚式の定番になりつつあるという。
記事AP:Sat Jan 21, 09:38 AM配信(日本時間、22日午後11時38分)
http://m.ctv.ca/topstories/20120121/etta-james-death-son-20120121.html
■ 「アット・ラスト」
http://youtu.be/ADDigK8LwyE

■ アット・ラスト収録

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OBITUARY>James, Etta (January 25, 1938 – January 20, 2012, 73-year-old)

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