◆蔦谷Tsutaya代官山で雑誌のアーカイブを読み出すと~

◆雑誌のアーカイブを読み出すと~
【Diggin On Old Magazines】
検索。
2011年12月5日にオープンした代官山蔦谷の二号館2階にあるカフェ「アンジン」。ここはメニューがアイパッド(iPad)なのだが、そのほかにもいくつか使える機能がついている。蔦谷の館内案内はもちろんのことだが、この「アンジン」に備えられている雑誌の一部がデジタル化され、このアイパッドで読めるのだ。
これを触りだすとキリがなくなる。
ここには、雑誌自体も平凡パンチ、ポパイ、太陽などかなりの種類が、ものによっては創刊号から相当数集められている。そのうちの一部が、デジタル化されていて、たとえば、検索をかけるとそのキーワードが入った記事の一覧がたちどころにでてくる。ページ自体がPDF化され、しかもテキストデータがそのまま入っているため検索にひっかかるようになっている。徐々にデータ化を進めるそう。
そこでさっそく吉岡正晴と入れてみたら、昔、僕が平凡パンチやポパイ、ブルータスに書いていた記事がヒットした。自分でも完璧に忘れていた記事も多数でてきて、しばしタイムマシンに乗った気分になった。
吉岡正晴のソウル・サーチン吉岡正晴のソウル・サーチン
1980年のアンアン、メニューからアイパッド、ここで雑誌バックナンバーも
一番笑ったのは、雑誌アンアンの一般の人が映画を見て、その感想を言うというページで、そのライター/編集者に頼まれて、映画を見て、感想文を言ったものが、適当な文章になり、しかも顔写真付きででてきたこと。これを見て思い出した。
1980年のアンアンで、ライターのアズさんに頼まれたのだが、アズさんとは、西麻布のトミーズ・ハウスで知り合った。トミーズには、マガジン・ハウスや他の出版社の編集者たちがたくさん出入りしていて、そんなところから、声がかかった。
吉岡正晴のソウル・サーチン
現物の雑誌バックナンバーも読める
見た映画は、『ジャグラー~ニューヨーク25時』という。ジェームス・ブローリン主演のものだが、全然覚えてなかった。ネットで改めてあらすじを調べたが、それでも思い出せない。(笑) 映画も覚えてなければ、コメントした内容も覚えてない。そこで、僕が言ったとされるコメントを読んでみて、ハタと気がついた。そうだ、僕が言ってないことが適当に書かれてたんだ。このときは大学時代からの友人、天本と一緒に行ったのだが、彼も実際の発言とかなり違うコメントが掲載され、雑誌が出た後二人でそのでたらめっぷりに笑ったことを思いだした。
ポパイには、そういえば、けっこうブラック系のアーティストやプロデューサーの記事を書いていた。ジョージ・デュークにインタヴューして、ジェフリー・オズボーンやデニース・ウィリアムスのことを書いたりしている。サード・ワールドの来日に向けての記事や、リック・ジェームスの記事、ダイアナ・ロスの記事なんかも出てきた。それから大貫憲章さんの記事なんかもたくさん出てきた。
アイパッドで何年何月何日号というのがわかったら、その本体を本棚から取り出して現物を見ることも可能だ。このデータベースが揃ってくると来日アーティストの履歴などもすぐにわかるようになる。
ミュージック・マガジンやアドリブなんかもデータ化されないかなあ。アメリカでは雑誌をグーグルがどんどんデータ化しているようだが、確かに、知的財産が共有されるのは、何かにつけ便利になる。
ESSAY>Tsutaya, Anjin
ESSAY>Archive

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