★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 (67回~69回)

★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 (67回~69回)
【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】
『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳
闘病記。
ナイル・ロジャーズの癌闘病記、「ウォーキング・オン・プラネットC~プラネットCを歩いて」、2011年3月25日~3月27日分、写真・キャプション、ユーチューブ、訳注付き。
前回までのブログ、写真、ユーチューブ映像などはソウルサーチンの本サイト、ブログhttp://ameblo.jp/soulsearchin/ をごらんください
このブログは、ナイル本人の了承を得て、日本語に翻訳し、写真なども同じものを掲載しています。第1回から http://ameblo.jp/soulsearchin/theme-10032211060.html のファイルにアーカイブが所蔵されています
【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】
第67回 ドクター・ラヴ
#67 Doctor Love
Written on Friday, 25 March 2011 03:50 by Nile Rodgers
(Japan Standard Time, 25 March 2011 16:50)
Translated by Yoshioka Masaharu, The Soul Searcher
http://nilerodgers.com/blog/planet-c-blog-roll/293-walking-on-planet-c-doctor-love
吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-66_01main.jpg
今朝、この界隈は一面雪に覆われた
今朝、この界隈は一面雪に覆われた。僕は膝のエクソサイズを裏のベランダで行った。今日はもっと外で過ごしたかったからだ。癌になって以来、日々のエクソサイズは大事な現在進行形のセラピー(治療)になっている。
昨日、ソウル・サーチャー(@soulsearcher216)がロリータ・ハロウェイ(註1)が亡くなったことを教えてくれた。ソウル・サーチャーは、リスペクトされている日本のジャーナリストで、僕のブログをずっと(日本語に)翻訳してくれている。
ロリータ・ハロウェイはマイクの前に現れたもっとも素晴らしいシンガーの一人だ。彼女の名人芸とも呼べるヴォーカルは、フィリー・ソウル(フィラデルフィア・ソウル)(註2)、ダンス/ディスコ時代が頂点にあった頃、ダンスフロアーを狂喜乱舞させていた。僕は一晩中、彼女のことを考えていた。
ウォーキングを始めるとファースト・チョイスの「ドクター・ラヴ」を歌った。彼女たちは、ロリータ・ハロウェイと同じゴールド・マインド・レコードに所属するレーベルメイトで、ロリータと同じ音楽的DNAを持つ。僕はこの曲の12インチ・ヴァージョンのすべてのメロディーを覚えている。そして、僕はウォーキングのペースにあわせて、曲のテンポを速くした。簡単なことだ。僕はミュージック・プレイヤーを持ち歩かず、DJは僕の頭の中にいるからだ。膨大な量のプレイリストがあり、そのときのムードにあわせて選曲できる。今日は、フィリー・ソウルばかりを歌った。「ヒット&ラン」、「ラヴ・センセーション」(どちらもロリータ・ハロウェイ)、「ザ・プレイヤー」、「アームド・アンド・エクストリームリー・デンジャラス」(どちらもファースト・チョイス)、「ラヴ・イズ・ザ・メッセージ」(MFSB)、「ザッツ・ホエア・ハッピー・ピープル・ゴー」(トランプス)、「スマーティー・パンツ」、「ラヴ・サング」(ファースト・チョイス)、そして、「ドクター・ラヴ」のリプレイで締めた。

Doctor Love / Hit & Run

Love Sensation / That’s Where Happy People Go
ウォーキングの間、ディスコ全盛期に活躍したアーティストの死(ロリータの死のこと)の影から逃れられたわけではない。だが、僕は自分の健康の面倒を見てくれる勤勉なスタッフのおかげで、死を免れている。
家に戻り、留守電とEメールをチェックすると、僕の術後の様子について3人の医師(ドクター)からのメッセージが残されていた。まさに、ドクター・ラヴだ(愛のドクター)だ。
+++++
(註1)ロリータ・ハロウェイ。1946年11月シカゴ生まれ。2011年3月21日死去。64歳。詳細はこちら。http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20110324.html
(註2)フィリー・ソウル=フィラデルフィア・ソウル 1970年代初期、ペンシルヴェにア州フィラデルフィアで生まれたソウル・ミュージック。同地のプロデューサー、ケニー・ギャンブル&レオン・ハフ、トム・ベル、ボビー・マーティンなど多くのプロデューサー、アレンジャー、ミュージシャンが独特のサウンドの作品を作りヒットを生み出した。代表アーティストにはオージェイズ、ハロルド・メルヴィン&ブルーノーツ、スタイリスティックス、ブルー・マジック、ビリー・ポールなど。ロリータ、ファースト・チョイスともに、フィラデルフィアで録音した作品がヒットした。特に1980年代に入るまで高い人気を集めた。
吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-66_02-01.jpg吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-66_03-02.jpg
吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-66_04-03.jpg吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-66_05-04.jpg
吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-66_06-05.jpg吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-66_07-06.jpg
吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-66_08-07.jpg吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-66_09-08.jpg
+++++
『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳 第68回(3月26日)
【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】
第68回 それ以上の
#68 So Much More
Written on Saturday, 26 March 2011 03:50 by Nile Rodgers
(Japan Standard Time, 26 March 2011 16:50)
Translated by Yoshioka Masaharu, The Soul Searcher
http://nilerodgers.com/blog/planet-c-blog-roll/294-walking-on-planet-c-so-much-more
$吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-67_01main.jpg
今日、僕はとてもハッピー
今日、僕はとてもハッピーだ。ウォーキングを早めに切り上げた。というのも、まもなく、「スリー・ドット・ダッシュ・ジャスト・ピース・サミット」(註1)が始まるからだ。これは、911テロの悲劇後に僕が設立した「ウィ・アー・ファミリー基金」が行う大きな企画イヴェントのひとつだ。
当初バーナードと僕がシスター・スレッジのために「ウィ・アー・ファミリー」を書いたとき、僕たちはこの曲がR&B、ポップ、ダンスの大ヒットになることは間違いないと思った。だが、実際は、大ヒット以上のものに育った。ピッツバーグ・パイレイツ(註2)が1979年のワールド・シリーズのチャンピオンになったときに、彼らのテーマ曲として使って以来、世界中の人々はこの曲を「結束」の象徴的なテーマと考えるようになった。今では、この曲をかけない祝い事、ウエディング、「バル・ミツバー」(ユダヤ人の男子が13歳になる時に行われる成人式)のほうが少ない。
癌との闘いの初期から僕はこのブログを始めた。その治療となっている朝のウォーキングのまさに初日に僕が歌った曲、それが「ウィ・アー・ファミリー」だった。
初日のブログ↓
http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20110118.html

この曲は多くの点で僕の人生を変えた。もちろん、僕の作品群の中でもっとも収益をあげる1曲だ。だが、スピリチュアルなレヴェルで、この作品には収益以上の意味がある。それは僕の人生における多くの他の大事なものと同様だ。
僕は癌消滅と言われていて、癌という名の災難後初めてのコンサートをまもなく行う。それは、考えられないような大きな悲劇の只中にある日本の、バーナードが死去した東京で、その死去からちょうど15周年に行われる。
これは、「ウィ・アー・ファミリー基金・ジャスト・ピース・サミット」のすぐ直後ということになる。これらのイヴェントは、うまくタイミングを合わせて計画したわけではなく、多くの人はこれを単なる偶然だと見るかもしれない。ただ僕の心の中では、それ以上のものを感じているのだ。
(註1) 「スリー・ドット・ダッシュ」。「ウィ・アー・ファミリー基金」が運営するイヴェントのひとつ。ナイル・ロジャーズが始めたグローバルな戦略・企画で、世界のティーンのリーダーを育て、応援しようというもの。
http://threedotdash.org/legacy/Initiative.aspx
その年次総会が、2011年3月25日から4月1日までニューヨークで行われている。
(註2)ピッツバーグ・パイレイツ。ペンシルヴェニア州ピッツバーグを本拠とする野球のチームで、1979年にワールド・チャンピオンに。このときから、「ウィ・アー・ファミリー」をチームのテーマ曲に起用。このときはバルティモア・オリオールズと対戦、1勝3敗から3連勝してワールド・チャンピオンに輝いた。
+++++
『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳 第69回(3月27日)
【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】
第69回 ポップ・ディーヴァ
#69 Pop Divas
Written on Sunday, 27 March 2011 03:50 by Nile Rodgers
(Japan Standard Time, 27 March 2011 16:50)
Translated by Yoshioka Masaharu, The Soul Searcher
http://nilerodgers.com/blog/planet-c-blog-roll/295-walking-on-planet-c-pop-divas
吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-68_01main.jpg 吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-68_02secondpic.jpg
今日は朝のウォーキングを少し後ろにずらした
今日は朝のウォーキングを少し後ろにずらした。テレビ・スペシャル『ポップ・ディーヴァ』の出演があったからだ。僕はディーヴァとは、流れを変えることができる超一流の女性アーティストであるべきだと考えている。
僕がてがけた最初のスーパースターは、ダイアナ・ロスだった。あらゆる時代において最大のポップ・ディーヴァのひとりだ。ダイアナは僕の親しい友人のひとりだが、そのアルバム制作は生涯でもっとも困難なものだった。それまでに、またその後も彼女クラスのアーティストに作品を書いたことはなかったので、(さまざまな困難を)受け入れざるをえなかった。
癌と診断されて以来、僕は多くの難しい問題を受け入れている。多くのサポートや、医療的ケアを受けているが、僕の日常の人生を取り戻すために一生懸命やらなければならない。
ジャーナリストが、マドンナやデビー・ハリーをプロデュースし、マライア・キャリー、ブリットニー・スピアーズ、アレサ・フランクリンなどのためにギターをプレイすることについて尋ねてきた。そういう話をするのはとても楽しいが、ふと、一緒に仕事をしたアーティストが亡くなっていることを思うと悲しくなる。それは僕が受け入れなければならないもうひとつの事実ということだ。
スティーヴ・レイ・ヴォーン、バーナード・エドワーズ、テディー・ペンダグラス、ルーサー・ヴァンドロス、そして、インエクセスのマイケル・ハッチェンス。みな、超一流の流れを変えたアーティストたちだ。しかし、今あげたアーティストはみな男性だ。ディーヴァの対になる言葉がディーヴォだが、ディーヴァほどのインパクトはない。
そこで、微笑を取り戻し、VH-1局のテレビ・スペシャルで音楽監督をし、一緒に仕事をしたダイアナ・ロス、ドナ・サマー、マライア・キャリー、フェイス・ヒルなどについての話をし、ポップ・ディーヴァたちとの仕事がどれほど好きかを語った。
DianaLike a Virgin
ダイアナ・ロス/マドンナ
BritneyMariah Carey
ブリットニー・スピアーズ/マライア・キャリー
吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-68_05-03.jpg吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-68_08-06.jpg
デビー・ハリー/アリサ・フランクリン
吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-68_09-07.jpg吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-68_10-08.jpg
スティーヴ・レイ・ヴォーン/バーナード・エドワーズ
吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-68_11-09.jpg吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-68_12-11.jpg
テディー・ペンダーグラス/マイケル・ハッチェンス
吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-68_13-10.jpg吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-68_14-12.jpg
ルーサー・ヴァンドロス/ドナ・サマー
吉岡正晴のソウル・サーチン-wopc-68_15-13.jpg
フェイス・ヒル
Walking On Planet C>(67)Doctor Love / (68)So Much More / (69)Pop Divas

This entry was posted in Walking On Planet C. Bookmark the permalink.

Comments are closed.