●ロリータ・ハロウェイ、64歳で死去~ソウル・ディスコ・ディーヴァ

●ロリータ・ハロウェイ、64歳で死去~ソウル・ディスコ・ディーヴァ
【Loleatta Holloway Dies At 64】
訃報。
ゴスペル・シンガーからソウル・シンガーへ転じ、その後、ディスコ・ヒットも生み出したロリータ・ハロウェイが2011年3月21日(月)シカゴの病院で死去した。64歳だった。しばらく前に心臓の疾患で入院、2-3日前から昏睡状態になっていた。
ハロウェイには4人の子供、9人の孫がおり、近日中にシカゴのジェシー・ジャクソン教会でメモリアルが行われる。
各界から弔辞が寄せられている。イギリスのアシッド・ジャズ創始者ジャイルス・ピーターソンは、ロリータの「ヒット・アンド・ラン」が好きだと前置きし、「この曲にはソウル、感情、ディスコ、ロリータのすべてが一曲の中に込められているから」と述べた。
サルソウル・レコードのレーベルメイトであるキャロル・ウィリアムスは、ロリータのレコーディング様子のエピソードを語る。「普通、シンガーは(レコーディングでは)みんなマイクに近づくのよ。でも、ロリータは1フィートくらい離れてるのよ」 それだけ声量があったということだ。
リンダ・クリフォード。「彼女はとても大切な友人でした。ずっと彼女のことを愛します」
キャンディ・ステイトン。「本当に残念です。ロリータは、本当に素晴らしい声、ビッグ・ヴォイスを持ったシンガーのひとり。個人的には彼女はとっても楽しい人物で、人生を思い切り楽しんでいた。彼女のことをずっと思い続けるわ。音楽もずっと残り続けます」
マネージャーのロン・リチャードソンによれば、ロリータはとてもスイートな人物だが、またとても傷つきやすい人物でもあったと振り返る。彼女の1980年の大ヒット「ラヴ・センセーション」は後に1989年イギリスのブラックボックスがサンプリングし、「ライド・オン・タイム」というタイトルで大ヒットさせた。しかも、プロモーション用ビデオでは、モデルのキャサリン・クイノールを前面に押し出し、あたかもキャサリンが歌っているかのように見せ、ロリータのクレジットは載せなかった。結局、これは裁判でロリータ側の全面勝利となるが、彼女にとっては苦い経験になったようだ。
その後、マーキー・マークが「グッド・ヴァイブレーション」で彼女を正式に起用、これもヒット。また、最近ではロリータの「ウィアー・ゲッティング・ストロンガー」を、ホイットニー・ヒューストンが「ミリオン・ダラー・ビル」でサンプリングしている。
彼女の傑作曲である「クライ・トゥ・ミー」だが、これと同名異曲の「クライ・トゥ・ミー」を歌ったソウル・レジェンド、ソロモン・バークの誕生日が奇しくも1940年の3月21日、ロリータ・ハロウェイの命日となった。運命のめぐり合わせか。
★ Loleatta の日本語表記について
「ロレッタ」は明らかな間違いで「ロリータ」が正しい。コロンビア時代はロリータだった。Lorettaならロレッタになるが、leaがくるので、ロリータになる。アクセントが「リー」に来るので、「リータ・ハロウェイ」と聴こえることもある。単純にレコード会社の担当がロリータだとロリータ趣味と勘違いされそうなので、わざと正しい発音を無視しロレッタにしたという信じられない話。ハロウェイかホロウェイかは、どちらでもいいが、Hollywood(ハリウッド)と同様に考えれば、ハロウェイでよいだろう。
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ゴスペル~ソウル~ディスコ~ガレージ:進化したロリータ・ハロウェイの64年
評伝。
ロリータ・ハロウェイは、1946年11月5日イリノイ州シカゴ生まれ。母親がハロウェイ・ゴスペル・シンガーズという自身のグループのゴスペル・シンガーだったことから幼少の頃よりゴスペルを歌い始める。母親はゴスペル名門グループ、キャラヴァンズのアルバーティナ・ウォーカーと接点があり、ロリータは早くからキャラヴァンズでレコーディングを経験した。
1971年、ロリータが24歳ごろ、プロデューサーのフロイド・スミス(1917年1月25日生まれ、1982年3月29日死去、65歳)と知り合い、フロイドのプロデュースで「レインボウ71」を録音。これは、カーティス・メイフィールド作品でジーン・チャンドラーがヒットさせたもののカヴァー。インディから出て少しだけヒットした。ちなみに、フロイドとロリータは1970年代に結婚するが、その年の差は29歳だ。
その後、フロイドがアトランタに本拠を置くGRC(General Recording Company)傘下のアウェア・レコードとロリータの契約をまとめ、アルバム2枚を録音。これが、『ロリータ』(1973年)と『クライ・トゥ・ミー』(1975年)で、どちらもソウル・ファンからひじょうに高い支持を集め、傑作と呼ばれるようになった。ロリータのゴスペルに根付いたソウルフルな歌唱が圧倒的で魅力を出していた。日本でも当時はコロンビア・レコードからリリースされた。だが、このアウェアがまもなく倒産。ロリータは、フィラデルフィアのサルソウル・レコード傘下にできたゴールド・マインドと契約。
このアウェアの親会社GRCを取り仕切っていたのはマイケル・セヴィス(1932年ノースキャロライナ生まれ)という人物。彼は実は大物ギャングで、全米のポルノ産業を一手に牛耳っていた男だった。小さなポルノ雑誌の発売から始めて、いわゆるピープショー(覗き部屋)などのポルノショップを経営、これが大当たりし、一時期1970年代には年商1億ドル(当時のレートで360億円)をあげていたといわれる。しかし、殺人、脱税などでFBIに目を付けられ、1976年に逮捕。アウェアの倒産もそれと関連している。
サルソウルに移籍してからは、フィリーのプロデューサー、ノーマン・ハリスらのプロデュースで軽快なフィリー・サウンドの作品が作られ、いわゆるディスコ作品というジャンルにカテゴライズされ、実際ディスコ・チャートでもたくさんのヒットを生み出した。「ヒット・アンド・ラン」(1977年)、「ラン・アウェイ」(1977年)、「ラヴ・センセーション」(1980年)などだ。ダン・ハートマンの「リライト・マイ・ファイアー」(1979年)の客演もこの時期。いずれもディスコで大ヒットしたため、「ディスコ・ディーヴァ」の名前をほしいままにした。
1989年、イギリスのディスコ・プロデューサーが作ったブラックボックスというグループが「ラヴ・センセーション」をロリータのクレジットなしでサンプリングして「ライド・オン・タイム」というタイトルでリリース、これを大ヒットさせた。プロモ・ビデオでモデルを全面にだし、あたかもそのモデルが歌っているかのように見せたため、問題となり、ロリータ側が訴え、ロリータ側が実質的な勝訴(正確には示談)となった。
その後、マーキー・マーク(マーク・ウォールバーグ)&ザ・ファンキー・バンチが正式にロリータをフィーチャード・シンガーとして起用し、「グッド・ヴァイブレーション」が1991年ポップチャートで1位に輝いた。もちろん、これはクレジットも得て、ロイヤリティーも得ることができ、ロリータ最大のヒットになった。
さらに、2000年には日本のハウス・チーム、GTSの「ホワット・ゴーズ・アラウンド・カムズ・アラウンド」でロリータが起用されている。(リリースは2001年)
最近では、ホイットニー・ヒューストンがロリータの1976年の作品「ウィアー・ゲッティング・ストロンガー」を、「ミリオン・ダラー・ベイビー」でサンプリングしている。
ロリータのキャリアを振り返ると、ゴスペルから始まり、ソウルに転じ、さらに、ディスコ、ダンス・ミュージック、そして、ガレージ、ハウスへ変化していった。
オリジナル・アルバムは、アウェアで2枚、サルソウル(ゴールド・マインド)で4枚、ストリートワイズで1枚。そのほかオムニバス、コンピレーション、ベストものなど多数。
Loleatta (Aware 2003 – 1973)
Cry To Me (Aware 2008 – 1975)
Loleatta (Gold Mind 7500 – 1976)
Queen of the Night (Gold Mind 9501 – 1978)
Loleatta Holloway (Gold Mind 9504 -1979)
Love Sensation (Gold Mind 9506 – 1980)
Crash Goes Love (Street Wise 2230 – 1984)
1990年9月に初来日。このときは有明MZAでライヴを行った。1994年12月、西麻布イエロー。2002年12月29日、新木場アゲハのオープニング・パーティーでジョスリン・ブラウンとライヴを行っている。
■ 過去関連記事
2002/12/31
Ageha : Journal To Death
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200212/diary20021231.html
アゲハ・オープニングに登場。
2003/01/29 (Wed)
Loleatta Holloway 表記。
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200301/diary20030129.html
上記、「ロリータ」表記の話。
■ ロリータ・ハロウェイYoutube
Cry To Me Show Must Go On
 
Love Sensation

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OBITUARY>Holloway, Loleatta (November 5, 1946 to March 21, 2011, 64 year-old)

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