◆東北地方太平洋沖地震

◆東北地方太平洋沖地震
【Biggest Earthquake Ever Experienced】
$吉岡正晴のソウル・サーチン-shinbun
恐怖。
2011年3月11日(金)午後2時46分。僕は自宅にいたが、最初の揺れは突き上げる感じではなく、横に揺れる感じだった。だが、それが長く続き、どうしていいかわからなかった。怖かった。今までで一番怖かった地震だった。部屋の真ん中でどうしていいか途方にくれた。あの長さがとてつもなく怖かった。
しかし、神戸の震災を経験した友人は、「(神戸のときは)就寝中、ベッドから天井まで突き上げられ、100キロもあるだろうテレビ・モニターが飛んだ。それに比べれば、怖かったが、まだ落ち着いていた。でも、またか、と思った」という。
それでも、東京はまだライフラインが生きている。電気、水道、ガス。本当に直下型が起こったら、こんなものではすまないのだろう。ものすごく多くの教訓を得た。やはり、月並みだが、地震対策をもっとちゃんとしなきゃ、と。ただ積み重ねているだけのCDは、ちゃんと箱にいれよう。棚は倒れないよう、防止策を施そう。あまりものを積み重ねないようにしよう。食料・水は3日~1週間分くらいはおさえておこう。備蓄食料などあんまりないしなあ。懐中電灯、電池、そして、ラジオ。災害のときはラジオ。
国道は片道4車線両方向ともぎっしり。動かない。そして、歩道にも両方向に足早に歩く人たち。その人たちが車道にもはみ出る。空を見上げると、陽の落ちた黒っぽい空が不気味だった。
携帯は電話としては使えず、しかし、かろうじてメールとネットにはつながった。フェイスブックよりツイッターがひじょうに有効だということがわかった。とは言っても壊滅的な打撃を受けたら、それもむずかしくなるだろう。昨日は何も考えずに、品川から母親を迎えに日本橋まで迎えに行ってしまったが、むやみに移動してはいけないことを痛感した。母親とは緊急時の集合場所を決めた。
コンビニは長蛇の列。サンドウイッチ、おにぎりなどは速攻売り切れていた。
海外の友人からAre you safe?のメールなどがたくさんきたが、戻って返事を書いた。しかし、CNNなどを見ると、日本ではあまりわがままも言わず、みな落ち着いていてパニックになっていないのが、日本の国民性だと評価されていた。
被災された方には、心からお悔やみ申し上げます。
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