★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第30回~第31回

★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第30回~第31回
【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】
『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳
闘病記。
ナイル・ロジャーズの癌闘病記、2011年2月14日から15日までの2日分、写真・キャプション、訳注付き。
(このブログは、ナイル本人の了承を得て、日本語に翻訳し、写真なども同じものを掲載しています)
【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】
第30回 クエンティン・タランティーノ
#30 Quentin Tarantino
Written on Monday, 14 February 2011 05:00 by Nile Rodgers
(Japan Standard Time, 14 February 2011 19:00)
Translated by Yoshioka Masaharu, The Soul Searcher
http://nilerodgers.com/blog/planet-c-blog-roll/255-walking-on-planet-c-quentin-tarantino
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左・ナイル・ロジャーズ 右・ウォーキングで出会った仲間「あなたのこと、知ってるわよ」
今日、夜明け直後、僕は元気よくウォーキングをはじめた。感謝の気持ちで一杯だった。最悪の夜を過ごしたが、救いを求めて、僕の癌ブログに寄せられたコメントを読んだからだ。感謝の気持ちを携えながら、最後に僕のEファミリーに「サンキュー」と書き込んだ。いつもの広い道に出るとき、僕はシスター・スレッジの「ウィ・アー・ファミリー」を歌い始めた。
ウォーキング仲間が近くに寄ってきて、「私、あなたのことを知ってるわよ」と言う。「あなた、私のベネフィット(チャリティー・イヴェント)のひとつにいらしたでしょう」 彼女はヘッドフォーンをつけていたが、彼女にとってはどんな曲がかかっていようがあまり関係なかったようだ。僕の脳内は、頭に浮かんだ思いからランダムにウォーキング用の曲を選ぶ。彼女とあいさつを交わして、僕の耳元で流れたのは、シャイ・ライツの「ウィ・アー・ネイバーズ」だった。これを聴いて、僕はずいぶんとノスタルジックになった。この曲はアメリカが、似たような番組に熱狂していたあの頃を代表する1曲だからだ。『ソウル・トレイン』『シンディグ!』、そして『フラバルー』は、みな同じDNAを持っているテレビ番組だった。シャイ・ライツは、クラシックなソウル・ヴォーカル・グループだが、サイケデリック・ロックの影響もこの曲の中には見られる。
Chi=Lites – We Are Neighbors
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昨晩の「癌特有のクレイジーな思い」が収まった後、僕はしばらくクエンティン・タランティーノの映画『ジャッキー・ブラウン』を見ながら、ギターを弾いてみた。この映画のサウンドトラックが僕の心を捉えたのだ。まず、ボビー・ウーマックの「アクロース・110(ハンドレッド・テンス)・ストリート」を歌い始めた。ニューヨーク(ハーレムとの境界線)110丁目(訳注2)は、僕が今歩いているコネチカット州からははるかかなただ。
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左・キル・ビル 中・ジャッキーブラウン 右・110丁目交差点を越えて(このテーマ曲を、『ジャッキー・ブラウン』のテーマに起用した)
ちょうど次に、武道スクールの前を通ったとき、ブラザーズ・ジョンソンの「ストロベリー・レター23」が脳内を駆け巡った。
Brothers Johnson – Strawberry Letter 23
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左・ブラザーズ・ジョンソン 右・レッザ(ウータンクラン)
サウンドトラックは続いて僕の友人ウータン・クランのRZA(レッザ、リッザ)が映画音楽を担当したタランティーノ作品『キル・ビル』になった。僕の精神的ウォークマン・カセット・プレイヤーは、次々と曲を奏でる。サンタ・エスメラルダ・ヴァージョンの「ドント・レット・ミー・ビー・ミスアンダーストード(悲しき願い)」(訳注1)、アル・ハートの「ザ・グリーン・ホーネット」そして、バーナード・ハーマンの「トゥイステッド・ナーヴ」をダリル・ハナ・スタイルでやってみせた。ダリルはジャクソン・ブラウン、その後ジョン・ケネディー・ジュニアとつきあっていたとき、僕の隣に住んでいた。ジャクソンもケネディーもどちらも素晴らしい人物だった。ジャクソンとは今でもいい友人同士だ。

左・Santa Esmeralda – Don’t Let Me Be Misunderstood 右・Al Hirt – The Green Hornet
Bernard Herrmann – Twisted Nerve (Kill Bill Soundtrack)
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口笛をダリル・ハナ・スタイルで吹いてみた 右・タランティーノ
家に戻ると電話が鳴り、留守電になる前に、取った。「ヘイ、ナイル」 スティーヴ・レイ・ヴォーンの兄ジミー・ヴォーンだった。「君が癌だと聞いてずっと心配してるんだよ。それで、何週間もこの番号にショートメールを送ってるんだけどな」 確かにこの番号は30年以上使っている電話番号だが、携帯の番号ではなく固定電話だということを彼に知らせた。二人とも大爆笑した。完璧なエンディングだった。ジミーは、タランティーノが脚本を書き出演もしている映画『フローム・ダスク・ティル・ドーン』(たそがれから夜明けまで)の音楽を一部てがけていたのだ。癌とは毎日夜明け前に訪れる、もっとも重く暗い漆黒のひと時だ。
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左・ジミー・ヴォーン 右・フロム・ダスク・ティル・ドーン
(訳注1) この曲は元々はアニマルズの大ヒットで、それをディスコ・グループ、サンタ・エスメラルダがカヴァーした。ナイルはこのディスコ・ヴァージョンの方を聴いていた。
(訳注2) ニューヨーク・マンハッタンでは、東西に走る110丁目(110th Street)が、ハーレムとの境になる。これより北側(地図では上側)がハーレムで、この110丁目を越えるとハーレム地区に入ることを意味する。なお、アポロ・シアターは125丁目にある。1970年代にヒットした『アクロース・110ス・ストリート』という映画の同名テーマ曲を、タランティーノは自らの映画『ジャッキー・ブラウン』のテーマ曲に起用した。
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第31回 ハッピーバースデイ!
#31 Happy Birthday!
Written on Tuesday, 15 February 2011 05:00 by Nile Rodgers
(Japan Standard Time, 15 February 2011 19:00)
Translated by Yoshioka Masaharu, The Soul Searcher
http://nilerodgers.com/blog/planet-c-blog-roll/256-walking-on-planet-c-happy-birthday
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太陽の陽を浴びて
今日はセント・ヴァレンタイン・デイだ。華氏50度(摂氏7度)になるようだ。いつもよりベッドに少し長居すれば、その日の暖かい時間帯に歩けることになる。二度寝しようと思ったところ電話がなった。親しい友人が僕の「癌特有のクレイジーな思い」を読んで電話をくれた。彼女も、かつて癌にかかり、現在は完治したが、今でも同じような思いをしょっちゅう抱くと言った。ワオ、なんてことだ。彼女のことは30年以上知っているが、彼女が癌にかかっていたことを告白されたのは初めてだ。ある意味で、僕は彼女の気持ちを完全に理解した。癌について語るのは、想像以上に困難なことなのだ。
ベッドを飛び出すと、手術後の症状で最悪だった点(尿失禁の問題)が少し良くなっていた。トイレに駆け込まなくてもよかった。尿意をもよおしても、僕はうまくそれをコントロールできたのだ。まるで、新たな誕生日を迎えたようだった。すごーい!
16年前、僕がドラッグとアルコール中毒から完全に抜け出した日、リハビリのスタッフたちはその日を僕の新たな誕生日だと言った。今回も同じようだが、ちょっと違う。僕は自身の判断でドラッグを始め、止めた。だが、癌は僕が選択したものではない。だから、今日はずば抜けて特別な日だ。それに加え、セント・ヴァレンタイン・デイだ。これなら、この誕生日を覚えやすい。新たなる誕生日おめでとう>自分!
僕は雲ひとつない空の下、ウォーキングを始め、スティーヴィー・ワンダーの「ハッピー・バースデイ」を歌った。屋根を降ろしたコンヴァーティブルを運転してきた男に気を取られるまで歌い続けた。それから、(歌詞)”Diamond in the back- Sunroof top- Diggin’ the scene- With a gangsta lean Oo-oo-oo,”ダイアモンドを飾り、(キャデラックの屋根は)サンルーフ、シャコタン(車高を低くした)で後ろにのけぞりながら、街を徘徊する)と歌った。ウィリアム・デヴォーンの「ビー・サンクフル・フォー・ホワット・ユー・ガット」(自分が手に入れたものに感謝しなさい)(訳注)だ。
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スティーヴィー・ワンダー「ハッピー・バースデイ」 
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ウィリアム・デヴォーン『ビー・サンクフル・フォー・ホワット・ユー・ガット」
僕は「マリオズ・プレイス」というレストランを通り過ぎた。そこではマハヴィシュヌ・オーケストラの「スマイル・オブ・ザ・ビヨンド」を歌い始めた。なぜか? なぜなら、歩きながら、(マハヴィシュヌでプレイしていた)素晴らしきドラマーでプロデューサーのナラダ・マイケル・ウォルデンを思い出したからだ。彼は実はこの「マリオズ・プレイス」で雑用のウエイターをやっていたのだ。これは、本当の話だ。
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「マリオズ・プレイス」の前で
Mahavishnu Orchestra – Smile of the Beyond
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マハヴィシュヌ・オーケストラ
そして、これも本当に起こった話だ。僕がそこまでのブログを書き終えるや、なんとナラダ、トゥルーディー・スタイラー、そしてスティングから電話をもらった。(まさに、『シンクロニシティー』[物事が別のところで同時に起こること]の話をしたところだ!)(訳注2) 彼らは僕に早く良くなるよう言葉をかけてくれ、愛を送ってくれた。
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左・スティングとナラダ 右・スティングとトゥルーディー
このデスクでブログを書きながら、昨夜のグラミーのことを思い浮かべた。僕には、そこに、出演者たちのアーティストとしての強いコミットメント(約束、信念)があったように思えた。それは、この業界は経済的に、もはや死に体だと言われているが、状況は精神的な再誕生、再生のような変わり目にいると感じたのだ。(音楽業界にも、新たな)誕生日、おめでとう!
(訳注1) ウィリアム・デヴォーンの1974年の大ヒット。カーティス・メイフィールドの影響を受けたこのシングルは、メッセージも受け、当時シングルが200万枚以上売れた。この印象的なギターはフィラデルフィアのノーマン・ハリス、ドラムスはアール・ヤング、ベースはロン・ベイカー。
(訳注2)『シンクロニシティー』=スティングの在籍していたポリースのアルバムのタイトルでもある。同時性のことと、アルバムの『シンクロニシティー』の話をした。
>Walking on Planet C>#30 Quentin Tarantino, #31 Happy Birthday

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