★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第10回~第11回+

★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第10回~第11回
【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】
プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著
闘病記。
ナイル・ロジャーズの癌闘病記、1月25日から26日までの2日分、写真・キャプション付きでどうぞ。彼は毎朝5時にきっちりアップしてくる。日本では夜の7時だ。特に25日分は、僕も訳してて胸を打たれた。この文章を書くにあたって、彼には編集者はいるのだろうか。彼が書いて即アップしてるのだろうか。構成とか彼自身の思い、そのままなのか。完成度が高い文章なので、すごいなあ、と思ってしまう。そのあたり、こんどナイルにきいてみよう。何度も「僕の元パートナー、バーナード・エドワーズが日本で亡くなった」という記述が出てくる。「僕の元パートナー」という表現も限りなくでてくる。25日分では今は亡きトニー・トンプソンとの話がでてくる。そして、26日分では彼とエディー・マーフィーらとの再会が描かれる。僕はこうして彼のブログを毎日読み、そして、訳しているうちに、彼の文章のファンにもなってきた。素敵な文筆家、作家、エッセイストだ。
第10回 Less Than Zero 絶望の淵
Written on Tuesday, 25 January 2011 05:00 by Nile Rodgers
(Japan Standard Time, 25 January 2011 19:00)
http://nilerodgers.com/blog/planet-c-blog-roll/235-walking-on-planet-c-motivation
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極寒のニューヨークの朝。今朝も僕は僕のために歌いながら歩く
温度計は華氏6度と7度の間を行き来している。風があるので体感温度は0度以下に思う。だから早足で歩き、自分の体を暖める。朝のウォーキングに出る直前、素晴らしいギタリストで親しい友人でもあるスラッシュから「早く治って欲しい」というEメールがきた。
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スラッシュと僕
スラッシュ、スティーヴ・ウィンウッド、サイモン・ルボンとは1996年、僕の元パートナー、バーナード・エドワーズが亡くなった日本で一緒にツアーを行った。バーナードは、日本での最後のショーを終えた翌日に亡くなった。そのことも、僕が自身の病気についてブログを書く理由になっている。
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左・スティーヴ・ウインウッド(中央) 右・僕とサイモン・ルボン
日課のウォーキングをしながら、僕は写真を撮り、自分自身のために歌う。ダイアナ・ロスの「アップサイド・ダウン」が脳裏に浮かんだ。理屈では説明できないような何かを理屈付けしたいと思っていた、そんなとき、このメロディーは完璧だった。近年、僕はとても健康的な人生を送っていた。過去8年で40ポンド(約18キロ)ほど体重を落とした。
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左・「アップサイド・ダウン」 右・デイヴィッド・リー・ロスと僕
だがかつて、僕は死の淵寸前まで行っていた。ドラッグ中毒で、毎日酒を浴びるように飲んでいた。だが僕はこの16年すっかりクリーンな体になっている。癌が発見される以前の検査で、かかりつけの医師はこう言ったものだ。「健康的になるために君が唯一やらなければならないのは、もっと運動をすることだよ」
長年シックのドラマーだったトニー・トンプソンもかつて運動をしていた。彼は背中の下部に痛みを覚えた後、腎臓癌だとわかった。トニーはその痛みは運動のせいだと思ったと僕に言った。彼の場合、癌の診断から死去までほんの数週間だった。彼が癌だと聞いて僕は入院していた彼に電話をし、雑談をして一時間も大笑いした。実は僕たちはシックの解散以来、ちょっと気まずくなっていたのでよりを戻さなければならなかったのだ。その電話で僕たちはお互い気持ちも吹っ切れたが、時すでに遅しだった。その後まもなく彼は昏睡状態に陥り、旅立ってしまった。
僕がここで言いたいのは、定期検診が僕を救ってくれたのだろうということだ。悪性の癌が発見されたとき、ある意味よかったと思った。だが、僕は人に説教はしない。自分の自由意志でドラッグに手をだしたり、酒を飲んだりしているときには、僕だって誰の忠告も耳に入らないからだ。
僕のギター・インストラクターがかつてこう言っていた。「実際に君がそれをやってこそ君は(人に)教えられる。もし君がやっていることに他の者が興味を持ったら、君が可能なら、彼らの力になれる」
僕にとってこの試練のときに、あなたたちみなさんの応援や励ましの言葉に本当に感謝している。僕が毎晩読むあなたたちが語ってくれる多くの物語にも感謝の気持ちでいっぱいだ。みなさんにとって、僕という人間は直接会ったこともない見知らぬ人間(stranger)だ。にもかかわらず、そんな物語を僕に話してくれるみなさんは、とても勇気をお持ちだと思う。僕はもうバカ騒ぎのパーティーはしないが、それでも依然絶望の淵にいる不眠症の男だ。みなさんの多くのコメントに僕は涙する。ときにその涙は喜びの涙でもある。僕はみなさんのコメントから知る。もう僕たちは見知らぬ人間(stranger)同士ではない。僕たちはファミリーなんだWe Are Family ということを。
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第11回 Work 仕事がしたい
Written on Wednesday, 26 January 2011 05:00 by Nile Rodgers
(Japan Standard Time, 26 January 2011 19:00)
http://nilerodgers.com/blog/planet-c-blog-roll/236-walking-on-planet-c-work
自宅を出るとき、今日は穏やかな華氏28度(摂氏マイナス1度)だった。過去何日かの一桁台の気温からすれば、まちがいなく熱帯の気分だ。しかし、ニューヨークという街は、気候に関係なくいつもセクシーだ。
気分がよくなる前に起きたが、夜の間は恐怖がまた襲ってきた。イギリスからのちょっとしたツイートに僕は返事をし、伝説のジョナサン・ロス(イギリスBBCで活躍したトークショー・ホスト)のことを書いた。これで気分が晴れたが、それでもいち早く家を出たかった。
カメラを握りしめ、「カミング・トゥ・アメリカ」をハミングし始めた。僕はまたツアーに出ようと考えていたからだ。エディー・マーフィーは『カミング・トゥ・アメリカ』に主演し、これは僕にとって初めてのハリウッドでのオーケストラを使った大きな映画音楽だった。エディーと僕はその頃、よく一緒に遊んでいた。
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左・エディー・マーフィーと僕 右・移動式簡易楽屋
ブレット・ラトナー監督が映画『ザ・ファミリー・マン』を撮影した現場を通りすぎた。ブレットのことは、僕がニューヨーク・シティーというグループのバックバンドをやっていた頃から知っている。なんとどんぴしゃなことだろうか。彼らのヒット曲は「アイム・ドゥーイン・ファイン・ナウ(僕は今元気でやってる)」というのだから。僕はこの曲を歌い始め、すると驚くほど気分がよくなった。
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左・ニューヨーク・シティーの「アイム・ドゥーイン・ファイン・ナウ」 右・僕とエディー・マーフィー
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左・「カミング・トゥ・アメリカ」譜面 右・『カミング・トゥ・アメリカ』ポスター
コロンバス・サークルにさしかかると、(映画ロケ用の)移動式簡易着替え室があった。トランシーヴァーを持っている男に何の撮影をしているのか尋ねた。すると『タワー・ヘイスト』(注1)だと答えた。僕はそれがブレットの次の映画で、ベン・スティラーとエディー・マーフィーが出演していることを知っていた。僕はそこに行き、ブレットを驚かせた。ある時期に、僕は彼に癌のことを伝えていた。彼は驚き、言ってくれた。「ナイル、君はサヴァイヴァー(生き延びた)だ。だが君は相当(癌に)気がめいってるみたいだな」 彼は正しかった。これを(癌のことを)文字に書くことは出来るが、だが、面と向かって話すことはほとんど不可能だ。
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左・ブレットと僕 右・ベン・スティーラー
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トニー・シンプソンとアルファ・アンダーソン、ツアー・ブックから
エディーとの再会は素晴らしかった。彼らが一緒に仕事をしているところを見ると、僕にもエネルギーが沸いてきた。僕は人生には偶然などまったくないと思っている。ただそう見えるだけなのだ。これは手術後初めて僕が足を踏み入れた、仕事の現場だった。僕は仕事がしたい。僕は生き延びるためにも仕事がしたい。
(注1)ブレット・ラトナー監督の最新作で2011年11月に公開が予定されている。エディー・マーフィーも出演している。
ESSAY>Walking On A Planet C
ARTIST>Rodgers, Nile

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