Experience you'll never go through again

体験。

そこは、別にライヴハウスでもなければ、ちょっとしたただのイヴェントホールでした。表参道・アニヴェルセールの入ったビルの5階。2002年4月26日、そこに来ていたのはほんの数十人のラジオ番組から招待されたリスナーたち。ほんとうに、こじんまりとしたイヴェントでした。

特にそのシンガーを照らすためのスポットもなく、照明が全体的にそのあたりを少しだけ明るくする程度です。一段高くなったステージもありません。ミュージシャンたちは、僕たちと同じフロアレベルにいます。客席と言っても、普通の4人がけ程度の丸テーブルに軽食と飲み物がのっているだけ。

その日は、4月11日にデビューアルバムを日本発売したばかりの新人シンガーがベースとギター奏者を従えてちょっとしたショウケースを行うことになっていました。まだまだ知名度はありません。彼女は、ピアノを弾きながら歌うことになっています。

そう、ここまで来ればおわかりでしょう。その新人シンガーとは、今週グラミー賞を総なめにしたノラ・ジョーンズです。ノラ・ジョーンズが、ほんの小さなスペースでライヴをやっていたのです。実は僕もその情報を前日あたりに聞いて、レコード会社の人に無理を言っていれたもらったのです。でも、無理を言ってよかった。

もうあんな間近で彼女を見ることは到底不可能です。まさかあの時点で翌年のグラミー賞の最大のハイライトになるなんて夢にも思いませんでした。その後彼女は9月に東京国際フォーラムの小さい会場「C」(収容約1000人)でライヴをやります。それも、もう不可能です。次に彼女が来日するときには、おそらく国際フォーラムなら大きい「A」(約5000人)でしょう。下手したら武道館なんて声もでてしまうかもしれません。(それはやめてほしいですが)

つまり、去年の4月にあの小さなスペースでノラを見た数十人、9月にフォーラムCで彼女を見た1000人x2日の人たちは、そのライヴを見たことを多いに自慢できるということです。かけがえのない貴重なライヴを体験したことになります。

ライヴとは、『体験すること』です。その現場にいて、その時の空気を吸い、その時の振動を感じ、匂いをかぎ、すべての彩りを網膜に焼き付ける。そんな五感をすべて使って感じること、体験すること。それがライヴに足を運ぶということです。そして、それは二度とないかけがえのないワン・アンド・オンリーな貴重な瞬間なのです。

もちろん、ライヴはミュージシャンによって、いいライヴもあれば、つまらないライヴもあります。同じ人でもいい時もあれば、悪い時もある。しかし、いいライヴに「当たった」時の嬉しさは格別です。

ノラのその時のライヴでは、とても暖かいものを感じました。彼女の人間性がそのままでているような。淡々と次から次へと、それほど余計なおしゃべりもなく、彼女はピアノ・トリオで歌いました。地味といえば地味。でも、CDそのままの音が、うまく再現され、ノラの世界が作られていました。彼女のような音楽は、これくらい小さなスペースで聞くとちょうどいい、と思いました。ほんとに小さなジャズクラブあたりで聞くピアノの弾き語り。そんな感じでした。もちろん、ブルーノートくらいのところで聞けるともっといいでしょう。

そう、今となっては、昨年4月にあの小さな会場でノラを見た、という体験がすばらしく輝かしいものになりました。それはもう二度と経験することができない体験でした。

PS: グラミーの予想みたいなことは長年やってきていますが、主要4部門を全部当てたのは確か93年度以来のことなので、ノラ様様です。(笑) グラミーを当てた、ということと、昨年4月のショウケースを見たぞ、というのがしばらく自慢できそうです。(笑)

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