▲ゲイリー・シャイダー(Pファンク)56歳で死去

▲ゲイリー・シャイダー(Pファンク)56歳で死去
【Garry Shider Dies At 56: Star Child Become Star Child】
訃報。
ジョージ・クリントンのPファンク軍団、パーラメント/ファンカデリックのギタリストで、ヴォーカリスト、ソングライターでもあるゲイリー・シャイダーが2010年6月16日死去した。56歳。肺と脳に癌があった。過去数ヶ月、入退院を繰り返し放射線治療などもしていた。3月末には心臓発作でワシントンDCの病院に入院、この頃、友人たちがゲイリーの診療費を集めるためのファンドを設立。また、1週間ほど前にも入院し、ICUに入っていた。ゲイリーはステージでは、「おむつ(Diaper)」をはいっていたことで、ひじょうにインパクトを与えていた。ギター、ヴォーカルだけでなく、Pファンク軍団(パーラメント/ファンカデリック)の音楽的リーダーとして、その総帥ジョージ・クリントンの参謀的位置にいた。
ゲイリー・シャイダーは1953年7月24日、ニュージャージー州プレインフィールド生まれ。ゲイリーは父の影響もあり当初は地元でゴスペル・アーティストのバックで歌ったりしていた。バックをつけたゴスペル・アーティストとしては、シャーリー・シーザー、マイティー・クラウズ・オブ・ジョイなど錚々たるメンバーがいる。十代の頃、地元のバーバーショップで、後にPファンクの総帥となるジョージ・クリントンと出会い、クリントンのグループ、パーラメンツに誘われる。16歳の頃、地元から逃避する意味でカナダに移り住むが、その頃仲間と「ユナイテッド・ソウル」というファンク・バンドを結成。当時トロントに住んでいたクリントンがこのバンドのうわさを聞きつけ、そこにゲイリーがいることを知り、このバンドをプロデュース。その後、ここからゲイリーとコーデル・モッソンを自らのグループ、ファンカデリックに引き入れる。クリントンはファンカデリックとほぼ同じメンバーでパーラメントを結成。このグループは、徐々に人気を獲得。1970年代には大ヒットを次々と出し、ブレイクを果たす。
パーラメント/ファンカデリックは、宇宙とファンクをコネクトした壮大なコンセプトを持ち、彼らのファンク母船は「マザーシップ」、そして、ゲイリーはドクター・ファンケンシュタインのクローン、すなわち「スター・チャイルド(星の子)」でもあった。そうしたコンセプトは、Pファンク軍団の総帥ジョージ・クリントンが音頭をとって生み出していた。
簡単にこの「マザーシップ・ウォーズ」を説明しよう。
登場人物は、まずドクター・ファンケンシュタイン(ファンクの救世主)、それに敵対するサー・ノーズ・デヴォイド・ファンク、そして、ドクター・ファンケンシュタインの意志を継ぐクローン、スター・チャイルドの3人。
ドクター・ファンケンシュタインは、いい音楽、ファンクを作ろうとしている。彼は「クール」こそがファンクになると考える。彼はファンクを広める伝道者。一方、サー・ノーズは、スーツを着て、汗もかかず、メイクラヴもせず、踊りもしないという人物。彼はその名の通りファンク否定論者。ドクターは、サー・ノーズに宣戦布告し、二者の間で戦争が始まる。ドクターは、自身のクローン、スター・チャイルドを作り、彼にバップ・ガンとフラッシュライトという武器を渡す。これらの武器を相手に当てると、その相手を傷つけることなく、踊らせることができるという武器だ。スター・チャイルドの使命は、サー・ノーズを踊らせ、真のファンクを理解させることだった。こうして彼らの戦いが始まった。
一方、サー・ノーズもスヌーズ・ガンという武器を開発。これを当てると人々のファンク感覚を麻痺させることができる。そうなると、人はプレイシボシンドロームという「ファンク感覚麻痺症候群」になってしまう。これらの戦いがアルバムごとに『スター・ウォーズ』よろしく続くのだ。
ゲイリー・シャイダーは、このスター・チャイルド役であり、クリントンの一番弟子、右腕ということでもあった。
ゲイリーは、この時期のヒット「ボップ・ガン」「ナッピー・ダグアウト」「ワン・ネーション・アンダー・ザ・グルーヴ」など多数の作品に共作者として名を連ねている。「ワン・ネーション・アンダー・ザ・グルーヴ(グルーヴの元には国はひとつ)」「コスミック・スロップ」など彼のリード・ヴォーカル。
クリントンがその後、ソロ名義で活動するようになってからも、右腕としてプロジェクトに参加、「アトミック・ドッグ」なども共作している。
ゲイリーはステージにおむつをはいて登場していたことから、「おむつ男」として有名になる一方、多くのパーラメント/ファンカデリック作品にソングライターとして参加。パーラメント/ファンカデリック作品は、後に多くのヒップホップ系アーティストたちからサンプリングされ、1990年代にさらに再評価されることになった。
1997年にはパーラメント/ファンカデリックの一員として「ロック殿堂」入り。
日本には昨年9月、東京ジャズでジョージ・クリントン・バンドの一員として来日。これが日本では最後の姿となった。
(そのときのライヴ評)
http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090908.html
シャイダーの病気については本人も明かしており、来る2010年7月10日には有志が集まり、シャイダーのためのベネフィット・コンサートを地元ブルームフィールドでおこなうことになっていた。
シャイダーには32年連れ添った妻リンダ、2人の子供がおり、彼らによって送られる。
ゲイリー・シャイダー、スター・チャイルド、2010年6月16日、文字通り、スター・チャイルドに転じた。ご冥福をお祈りします。
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OBITUARY>Shider, Gary (July24, 1953 – June 16, 2010, 56 years-old)

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