▲「赤坂ムゲン1968の会」~マイク鈴木さんに再会

▲「赤坂ムゲン1968の会」~マイク鈴木さんに再会
同窓会。
1968年、赤坂に出現したディスコ「ムゲン」。1987年のクローズまで数多くの伝説を生み出した店だ。ブラック系バンドが毎日入ってライヴを見せつつ、DJもいるというディスコ。そのムゲンの関係者がここ数年集まり、ちょっとした同窓会のようなものを開いている。最近ではこれを「赤坂MUGEN1968の会」と称して、年に1回程度、当時ムゲンに通っていた人、ソウル好きの人たちが集まっている。これをまとめているのが、ムゲンでスタッフとして働いていた前川さん、常連だった八木さんら。
2010年2月20日、銀座でその会が行われ、誘われ顔をだした。この日は、当時ムゲンでDJをしていたマイク鈴木さんが、はるばる滋賀から参上。僕は彼のことを1973年頃から六本木のディスコ「メビウス」で知っていた。当時のディスコ業界では、彼のDJは、FENのソウル・ショーのようにかっこよく人気があった。
その会場に着くとニットキャップを被っていたマイクがいた。一目で彼だとわかった。ほとんど変わっていなかった。彼も僕を見るなり、一瞬、間があったが、「ヨシオカ??」と思い出してくれた。たぶん30年以上ぶりの再会ではないだろうか。いきなり、ハグされた。仮に1985年頃赤坂ムゲンで会っていたとしても、25年ぶりだ。「変わらないねえ」というと、「いやあ、キャップを脱げないよ」と笑った。
$吉岡正晴のソウル・サーチン
いろいろ昔話に花が咲いたが、彼はムゲンが1987年に閉店してから、名古屋に出て、栄にあった「BP」でDJを担当、その後も、中部地方を本拠にしていたそうだ。今は滋賀県に住んでいる。「メビウス」時代のことも思い出していろいろと話をした。あの頃いたスタッフもちりちりばらばらで今ではどこで何をしているかわからないという。
マイクは、写真付きのプロフィールを持っていて、そこには、スティーヴィー・ワンダーと一緒の写真、ドラマティックスのリード・シンガー、LJレイノルズとの写真などが掲載されていた。
彼の誕生日を聞くと9月4日だという。あのビヨンセと一緒だ。すると、「僕はビヨンセより、メアリーJブライジのほうが好きなんだよ。(笑)オールド・スクールだから(笑)」と言う。昔ながらのソウルマンだ。
前川さんらによると、ムゲンの支配人だった阿南(あなみ)さんも、現在81歳だが、元気にしているそうだ。また、オウナーだった増山さんも元気でパリと東京を行ったり来たりしているという。
この日のパーティーは40名近くが集まっていた。ゴスペル・グループ「ザ・ディーヴァス」、ブラジルと日本のハーフのタレント、ナタリー、琴音(ことね)クラシックのピアニスト内山朋子さん、ジェームス・ブラウンのコピーバンドでおなじみセルジオ・ムトウさんなどが来ていた。クラシックのピアニストの内山さんはクラシックなのに、ブラックストリートなんかが大好きで、ブラック系のライヴに足繁く通うという。ライヴは月2回くらいに押さえたいと思っているが、けっこう行ってしまう。次回はクール&ザ・ギャングに行く予定とのこと。
2次会は、青山のソウルバー、モーメンツで行われ、三々五々みなモーメンツに向かっていった。
お誘いいただいた前川さん、八木さん、ありがとうございます。
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2月19日に行われたトーク・イヴェントの模様がツタヤのブログに紹介されています。
http://ameblo.jp/tsutaya-2000/day-20100219.html
また昨日も本ブログでご紹介しましたが、この模様は下記Uストリームのアーカイブでも見られます。
http://www.ustream.tv/channel/soulsearcher216
soulsearcher216 02/19/10 03:45AMとあるのが本編です。
ENT>DISCO>MUGEN

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One Response to ▲「赤坂ムゲン1968の会」~マイク鈴木さんに再会

  1. terra says:

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    後期にしばらく日曜(アメリカバンドのオフ日)Funkamaticsというバンドで出演していたので
    とても懐かしいです。