☆『ソウル・サーチン~アイズレイ・ブラザーズ』

☆【『ソウル・サーチン~アイズレイ・ブラザーズ』】
メモ。
今回も『ソウル・サーチン~アイズレイ』のためにいろいろ調べて、話すネタはけっこう揃えていた。だが、やはり2回のトーク部分で各15分ではどうしても紹介しきれない部分がほとんど。

吉岡正晴のソウル・サーチン
自分で用意していたメモをいくつか簡単にご紹介しよう。
まず、生年月日。(おととい書いたが改めて)上から3人がヴォーカル、下の3人が楽器演奏。
オケーリー・アイズレー(1937年12月25日~1986年3月31日、48歳)
ルドルフ(1939年4月1日生まれ)1989年聖職者に。
ロナルド(1941年5月21日生まれ)
アーニー(1952年3月7日生まれ)(ギター、ドラムス)
マーヴィン(1953年8月18日生まれ)(ベース)1997年脱退。
ルドルフの義理の弟クリス・ジャスパー(1951年12月30日生まれ)(キーボード)
クリスが義理の弟というのは、ルドルフの奥さんエレインがクリスの姉だから。クリスから見ると、ルドルフは義理の兄になる。ルドルフから見ると、クリスは義理の弟。
これはトークで話したら、けっこう受けたネタだが、ロナルドは現在脱税の罪でインディアナ州テーラ・ホートという刑務所に服役中。囚人番号は、31215-112.出所予定日は2010年4月13日。
超簡単な年表。
ヒット曲は、1959年RCAから「シャウト」、
1962年ワンド・レコードから「ツイスト&シャウト」、各1枚ずつアルバム。1964年一度自身のレーベル、ティーネックを設立するがうまくいかず、1965年モータウン入り。モータウンで2枚アルバム。このときに「ディス・オールド・ハート・オブ・マイン」がヒット。
1969年、ティーネック再度開始、ブッダ・レコード配給。アルバム7枚。
1973年、ティーネック、CBS配給に。アルバム『3+3』から約10年でアルバム13枚。もっとも実り多き時期。
1983年、上の3人と下の3人が分裂。上はワーナーへ、下はCBS傘下に残る。1984年、アイズレイズ、ワーナーへ。アルバム5枚。
そのさなか、1986年3月、オケーリー死去。
1987年、クリス・ジャスパー、ソロ。
1989年、ルドルフ聖職者へ。
1990年、アーニー・ソロ。
1997年、マーヴィン糖尿病で足の一部を切断、グループを脱退。
2002年、ロナルド、アンジェラ・ウィンブッシュと離婚
2003年~? バックコーラスJSのキャンディと付き合い始める。その後結婚。
2005年10月、ロナルドの脱税裁判開始、
2006年、ロナルド65歳で父に。
2006年9月、37ヶ月の実刑判決。
来日は、1990年11月有明エムザ、1995年ころ? 大阪ブルーノート、1998年4月渋谷AX、横浜グラムスラム、1999年2月赤坂ブリッツ、2001年12月渋谷AX、新宿リキッド、2004年3月東京ブルーノートの計6回。(ほかに来日情報ありましたら、ebs@st.rim.or.jpまでおしらせください)
尾臺順子さんは、思い出深いアイズレイのアルバムは、『グランドスラム』だそう。岡さんは、「イッツ・ユア・シング」をニック岡井さんに「フライング・ナン」というステップで踊ってもらったことが、とても大事な思い出になっている、という。
兄弟の上3人と下3人の分裂時の話もしたかった。音楽的な特徴、アーニーのギターとジミ・ヘンドリックスの影響。(これは少し話したのと、2日目にガッツにアーニーのギター講座をやってもらってのがおもしろかった)
参加メンバーはそれぞれ東京の音楽シーンで日々活躍している人たちばかりなので、個々のメンバーの今後のライヴ、告知事項などを明日まとめてご紹介します。本当は、それぞれの出番のところで、全部やれればよかったのですが、時間が押していてできませんでした。
ENT>LIVE>Soul Searchin>Isley Brothers

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