★マスル・ショールズ・リズム・セクションのバリー・ベケット死去

★【マスル・ショールズ・リズム・セクションのバリー・ベケット死去】
訃報。
アメリカ南部マスル・ショールズ・スタジオを本拠に活躍したキーボード奏者、バリー・ベケットが、2009年6月10日(水曜)、テネシー州ヘンダーソンヴィルの自宅で死去した。66歳だった。前立腺がん、甲状腺がんなどを患っていた。
バリー・ベケットは、1943年2月4日、アラバマ州バーミングハム生まれ。アラバマ大学に通いながら、デル・レイズというグループのバック・バンドとなった。そのバンドに、ジミー・ジョンソン(ギター)とロジャー・ホーキンス(ドラムス)がいた。バリー・ベケットはその頃、フロリダ州ペンサコーラでブルーズのプロデューサー、パパ・ドン・シュローダーのもとで仕事をしたこともあり、パパ・ドンがマスル・ショールズを紹介してくれた、という。
1967年頃、マスル・ショールズのリズム・セクションは、キーボードはスプーナー・オールダムだったが、ちょうど、彼がそこを去ることになり、その後釜として彼が入ることになった。こうして、ベケットは、ジミー・ジョンソン、ロジャー・ホーキンスに加えベース奏者デイヴィッド・フードとともに、当初は同地のリック・ホールが持っていたフェーム・スタジオで活躍するようになる。1969年、バリーは、マスル・ショールズ・リズム・セクションのメンバーとして、また、マスル・ショールズ・サウンド・スタジオの設立メンバーともなった。彼らはこのマスル・ショールズ・サウンド・スタジオを本拠に鉄壁のリズム隊として、この地にレコーディングに訪れる多くのシンガーたちのバックをつけることになった。
この時期に彼らがバックをつけたアーティストは、ボブ・ディラン、ジョーン・バエズ、ジョー・コッカー、ポール・サイモン、メアリー・マクレガーなどのポップ・ロック系アーティストのほか、ステイプル・シンガーズ、エタ・ジェームズ、アレサ・フランクリン、ウィルソン・ピケット、パーシー・スレッジなどのソウル・シンガー、さらにカントリー系シンガーまで多数いる。ボブ・ディランのプラチナム・アルバム『スロー・トレイン・カミング』(=1979年作品。故ジェリー・ウェクスラーと共同プロデュース)は、彼のプロデューサー活動の中でもハイライトだという。
アレサの「アイ・ネヴァー・ラヴド・ア・マン」、ピケットの「ダンス天国」、パーシー・スレッジの「男が女を愛する時」などはいずれも、マスル・ショールズのフェーム・スタジオで録音された傑作群の一部だ。
ベケットは、1985年頃、ナッシュヴィルに移り、ワーナー・ブラザース・レコードのカントリー部門のA&Rマンに就任、カントリー系の作品を中心にプロデュースしていた。ワーナーを辞めた後はインディで活躍していた。
バリー・ベケットがプレイしている作品、アットランダムに。
Starting All Over Again / Mel & Tim
Born To Get Down / Muscle Shoals Horns
Oh What A Feeling / Mavis Staple
I’ll Take You There / Staple Singers
Kodachrome / Paul Simon
Seven Year Itch / Etta James
Spirit In The Dark / Aretha Franklin
This Girl’s In Love With You / Aretha Franklin
Candi / Candi Staton
Caught Up / Millie Jackson
Dramatic Jackpot / Dramatics
Land Of 10,000 Dances / Wilson Pickett
その他多数。
ご冥福をお祈りする。
ENT>MUSIC>OBITUARY> Beckett, Barry (Feb 4, 1943 – June 10, 2009, 66 year old)

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