Monthly Archives: March 2012

◎「ソウル・サーチン:ザ・セッション~スライ・ストーン・トリビュート」レポート(パート1)

◎「ソウル・サーチン:ザ・セッション~スライ・ストーン・トリビュート」レポート(パート1) 【Soul Searchin: Report】 第11回。 昨年のマイケル・ジャクソンに続いてお送りした、毎回一人のソウル・レジェンドをピックアップしそのアーティストについてのトークとリアル・ミュージシャンによるライヴで魅力を探るイヴェント「ソウル・サーチン」。第11回は、ファンク・レジェンド、スライ・ストーン。2012年3月29日、目黒のブルース・アレイで行われた。 今回は、スライということで、大のスライ好きで、超研究されているスガさんに、とりあえず、見にいらっしゃいませんかとお誘いしたところ、ほんとに見に来ていただけて、強引にステージに引っ張り上げて、おしゃべりにおつきあいいただいた。いやあ、面白かったなあ。それにしても、あのギター・サウンドや、スライ・レコードの徹底研究ぶりの話は最高だった。 今回の趣旨、スライのソウル・サーチンは、次のプリンスのソウル・サーチンへの布石だと説明したら、スガさんから「プリンスも死ぬほど話したいことある。飛び入りしたいかも」などと言っていただいた。 さて、冒頭で、まず、「スライのギターのワウ・ペダルは、ほかのジミ・ヘンドリックスなんかのベタっとした重い音ではなく、スカスカのサウンドなのが特徴。テレキャスターなんかを使って、あまり、歪ませてないから、ああいう音になるんです」といきなりマニアックな話から始まり、過去の資料を漁って、スライがどんなギターを使っているかを調べ、徹底的に調べたという。「ワウのかけかたもいろいろあって、ワウ(・ペダル)自体が100種類くらいあるんですよ。その中でアイバニーズという(メーカー)のがスライそっくりの音がでるんです。とにかくいっぱい使って、それを探り当てたんです」 ワウ・ペダルは、けっこう消耗品ですでに廃版になっているので、中古を何個も買い集めているそうだ。 「ワウは普通、リズムに対してオンで踏む。1-2-3-4だと、そこにあてて踏むんです。でも、スライは、フレーズで踏むんです。だからリズムと関係なく、踏んでるんです」と鋭い分析。 「それは、スライが意識してそうやったんですか、あるいは酔っ払ってるうちにやってたんでしょうか」と尋ねると、「あくまで主観ですけど」と前置きして「ほとんどが酔っ払ってたんじゃないかと思います」とあって、大受けした。 また、スライは楽譜が実に強いというお話なども出た。 そして、スガさんとのトークの合間に、今回の目だま、スライのホームビデオ映像をスクリーンに流した。ビデオは3本あり、1本目は、2010年1月の来日公演のためのリハーサル・スタジオでの様子。黄色の帽子、パンツなどで相当インパクトのある姿が映し出された。「日本でもあるんですが、大御所が来て、まわりのみんながめちゃ緊張してるというか。そんな張り詰めた空気が漂ってますよね(笑)」とスガさん。 2本目は、スライが来日(2010年1月)したときに、ホテルの部屋で自分のマックで曲作りをしていて、そこにいたギターのトニー・メイデンとジャム・セッションを始めたときの映像。 3本目は2011年12月、スライが入っているマリブのリハビリ・センターの前の道端にピックアップトラックを止め、そこにギター・アンプをつないで、トニー・メイデンとスライがギターをただかき鳴らすという映像。スライの姿がまるで浮浪者かホームレスかと思えるようで、興味深かった。 第二部のトークでは、スライがファミリーの内部でもいろいろなメンバーと確執があったことなどを話した。 たとえば、超絶ベースのラリー・グラハムがなぜファミリー・ストーンを去ったかという話などもした。それは、ラリーがスライの妹のロージーと出来てしまったから、スライがラリーを嫌いになったため。また、ラリーはスライの弟フレディーの妻とも寝てしまった。まさに「ファミリー・アフェア」で、それでスライはラリーが大嫌いになった。 当時スライはギャングなど暗黒の世界とつながりがあり、ラリー憎しのスライは、ギャングにラリーを殴れ(beat him、今風に言えば、ラリーをボコボコにしてこい、といったところか)という指令を出したらしい。ラリーは、それから辛うじて逃げ、以来、スライには近づかなくなった、という。 で、その話をするとスガさんが「そんな話、どこから仕入れたんですか」と言うので、「実は、フィリップ(・ウー)から聞いたんです。彼はむこうの音楽裏事情にめちゃくちゃ詳しいんで」と説明。 実は、これ、月曜のリハのときの雑談の中でフィリップが僕にしてくれ、おもしろいのでトーク・ネタにしようと思って、一応、いろいろ調べてみた。そうしたら、スライの伝記本の中に、これに近い記述があり、裏が取れたのでお話した。 そんなこんなでスライ話にはキリがなかったのだが、スガさんは2009年9月の初来日でブルーノートでやったときに、スライは15分もステージにいなかったことに腹を立て、ブーイングをしたそうだ。「やっぱりちゃんとダメなときは意思を示さないとダメなんですよ」といいつつ、「でも(初めて見られたんで)拍手はしちゃったんですけどね」と複雑な揺れ動くファン心を披露し笑いを誘った。スガさんの結論としては、「ま、はやくリハビリをしっかりしていただきたい。まともになって欲しい」ということになり、僕も完全に同意した。(笑)  (ケイリブのスライ話など、明日以降につづく) ■ 当日、スガさんのブログで書いていただきました。なんとものすごい数のコメントが。この効果もあってか、何人かスガ・マニアの方もいらっしゃったようです http://ameblo.jp/shikao-blog/day-20120329.html ■ ユーストリーム 演奏部分をユーストリームしましたが、その映像が途中ノイズが入ったり、切れたり、音も途切れてしまいました。どうもコード回線の接触不良のようで、ご迷惑をおかけしました。改めて綺麗な画像のものを後日アップします。 ■ 前回ソウル・サーチン~マイケル・ジャクソン 2011年08月31日(水) 『ソウル・サーチン~ハッピー・バースデイ・マイケル・ジャクソン』 http://ameblo.jp/soulsearchin/archive1-201108.html ■ エッセンシャル エッセンシャル・スライ&ザ・ファミリー・ストーン posted with … Continue reading

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◎『ソウル・サーチン:ザ・セッション Vol.11~A Tribute To Sly & The

◎『ソウル・サーチン:ザ・セッション Vol.11~A Tribute To Sly & The Family Stone』無事終了 【Soul Searchin: Thanks For Joing Us】 満員御礼。 毎回ソウル・ジャイアントを一人選んで、そのアーティストについてのトークとリアル・ミュージシャンによるライヴでアーティストの魅力を掘り下げるイヴェント「ソウル・サーチン」。 第11回目は、伝説のファンク・アーティスト、スライ・ストーンを取り上げました。 最終的には満員御礼となりました。ご来場いただいたみなさまありがとうございます。楽しんでいただけたでしょうか。 今回は、「ソウル・サーチン」をごらんに来ていただいたスガ・シカオさんを飛び入りで招きいれ、スガさんのスライ好きのお話を急遽聞くことができました。スガさんは、自らスライ好きを広言されていただけに、スライに対する熱い思いは大変おもしろいお話になりました。 詳細は、また明日以降のブログでレポートします。とりあえず、セットリストをお送りします。 ■ 暴動 There’s A Riot Going On (輸入盤) There’s a Riot Goin on posted with amazlet at 12.03.29 Sly & Family … Continue reading

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○★■「ソウル・サーチン」予習~スライ&ファミリー・ストーン~その周辺 (Part 6)

○★■「ソウル・サーチン」予習~スライ&ファミリー・ストーン~その周辺 (Part 6) 【Soul Searchin – Sly & The Family Stone】 予習。 僕もこのところ、ずっと今日の「ソウル・サーチン」に向けて、スライ・ストーンについての資料をみたり、音を聴いたりしている。イヴェントはいよいよ今日、午後7時半、目黒ブルースアレイで。お問い合わせ、ご予約は店舗直接へどうぞ。 03-5496-4381 やはり、スライのキャリアを見てくると、彼のドラッグ渦というものが、すべての彼のキャリアに影を落としている。 トーク・テーマの中で話してみたいのは、なぜスライが当時としては珍しい、というより、前例のない黒人・白人混合グループを作ったのか、ということ。トーク部分では、フィリップ・ウーがスライのライヴを60年代と70年代に見ているので、トーク・パネルに登壇し、その話をしてもらうかもしれない。トーク・パネルで、スライのことを大好きな人と話ができれば盛り上がる。 そして、スライのような革新的なグループがなぜほんの数年で空中爆発的に実質的に解散してしまったのか。なぜ、ラリー・グラハム(ベース奏者)などが素晴らしいミュージシャンがどんどんグループを辞めていったのか。これにはおもしろい話がある。 当時のグループをめぐる音楽業界の様子や、こうしたセルフ・コンテインド・グループ(自給自足グループ、ヴォーカル&インストゥルメンタル・グループ)が隆盛をほこり、その後衰退していくかなども話ができればと思う。 トーク・セッションでは、スライのどこにもでていないホーム・ビデオ映像をまじえ、スライの曲作りの秘密などをご紹介します。 +++++ 毎回一組のソウル・レジェンドをピックアップし、トークとリアル・ミュージシャンによるバンド演奏でそのアーティストに迫る「ソウル・サーチン」、その第11回。今回は、ファンクの創始者の一人、スライ・ストーンにスポットをあてます。 ■ 『ソウル・サーチン:ザ・セッション、Vol.11~ア・トリビュート・トゥ・スライ&ザ・ファミリー・ストーン』 予約について。 直接お店に電話して予約してください。03-5740-6041(月~土/12:00~20:00) 20時以降は店舗直接 03-5496-4381 +++++ 東京ジャズの様子 Sly & The Family Stone (スライ&ファミリー・ストーン) Family Affair http://youtu.be/j2CE5MXmKh8 スライは「ウッドストック」の出演で大ブレイク。 Sly & the Family Stone – I Want to Take You Higher … Continue reading

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○緊急告知 「ソウル・サーチン」ライヴ部分のみユーストリーム

○緊急告知 「ソウル・サーチン」ライヴ部分のみユーストリーム 【Soul Searchin Live Part Will Be Ustream Again】 ユーストリーム。 本日、「ソウル・サーチン:ザ・セッション、Vol.11~ア・トリビュート・トゥ・スライ・ストーン」のライヴ・ミュージックの模様をユーストリーム中継する予定です。 トーク・セッション部分はユーストリームできません。 ライヴ自体は2012年3月29日(木)午後8時ごろからを予定しています。 また、7時過ぎからテスト放送を行ないます。 アドレスはこちら。 http://www.ustream.tv/channel/soulsearcher216 ここで生中継をごらんください。また前回、前々回のアーカイブ映像も残っています。 なお、機材の不都合、その他の理由によりユーストリーム中継ができなかった場合は、ご容赦ください。 ライヴの生演奏の迫力とトークをお楽しみになりたい場合は、ぜひ会場の目黒・ブルース・アレイへお越しください。当日券などのお問い合わせはこちら。 場所 目黒・ブルース・アレイ http://www.bluesalley.co.jp/ 住所  〒153-0063 東京都目黒区目黒1-3-14 電話番号03-5496-4381 ホテルウィング・インターナショナル目黒B1F ANNOUNCEMENT>Ustream

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○★■「ソウル・サーチン~スライ・ストーン」リハーサル順調

○★■「ソウル・サーチン~スライ・ストーン」リハーサル順調 【Soul Searchin Rehearsal Day One】 リハーサル。 今週木曜(29日)に目黒のブルース・アレイで行われる音楽イヴェント「ソウル・サーチンVol.11~トリビュート・トゥ・スライ&ザ・ファミリー・ストーン」のリハーサルが月曜(3月26日)から都内のスタジオで始まった。二日、各8時間にわたる長丁場リハーサル。まさに体力勝負。 ほぼセットリストも決まった。大体メドレー含めて20曲くらい。今回のソウル・サーチャーズは初の3キーボード。ケイリブがメイン・キーボードで、第二キーボードがグレッグ・ハートリッジ。そして、フィリップ・ウーが、主としてホーン・パートをメインに担当する。本来だと、数人のホーン・セクション(トランペット、サックス、トロンボーン)などが必要だが、さすがに「ソウル・サーチン」の規模だと、ホーン・セクションの編成ができないので、フィリップにファンキーに決めてもらう。 ファミリー・ストーンでもっとも派手なパートが、ベース奏者の出番。ラリー・グラハムの役だが、ここでは、完璧なはまり役ジーノ・日野賢二がチョッパー・ベースをあちこちでかましてくれる。グラハム・セントラル・ステーションの大ヒット「ジャム」では、各メンバーのソロ・パートがあるが、ジーノのベース・ソロも炸裂することになる。 リハの合間にフィリップと話をしていたら、フィリップはスライたちを二度アメリカで見ている、という。一度は60年代後期シアトルで、もう一度は70年代中期にロスで。ということで、そのあたりをトーク・セッションの中で話してもらおうかなと考えている。 また、トーク・セッションでは、スライ・ストーンが楽器をいじりながら作曲活動をしているシーンなども含めた丸秘映像をご紹介します。 ■ ケイリブ・ジェームス、メットポッドで語る http://metropolis.co.jp/podcast/2012/03/23/concert-calendar-with-kaleb-james/ ++++ 26日(月曜)のリハーサルの模様、一部。 「ザ・ジャム」をリハーサル中。 ドラムス、高田真、ベース、日野賢二・ジーノ、キーボード、フィリップ・ウー、グレッグ・ハートリッジ、ギター、マサコハマ。スケジュールの都合で、これはまだ全員ではありません。 27日(火曜)のリハーサルの模様、一部。 ドラムス、高田真、ベース、日野賢二・ジーノ、キーボード、フィリップ・ウー、グレッグ・ハートリッジ、ギター、マサコハマ、ゲイリー・スコット、ポーラ・ジョンソン、アージー・パイン。「アイ・ウォナ・テイク・ユー・ハイヤー」 スライ・ストーン・ドキュメンタリーのトレイラー(予告編) http://youtu.be/txRuUJP0rFk このドキュメンタリーは2010年にオランダの公共放送で放送されたそうだ。その後いくつかのフィルム・フェスティヴァルにかけられる予定だったが、どうやら、それは頓挫しているらしい。 ++++ ■ 『ソウル・サーチン:ザ・セッション、Vol.11~ア・トリビュート・トゥ・スライ&ザ・ファミリー・ストーン』 予約について。直接お店に電話して予約してください。03-5740-6041(月~土/12:00~20:00)20時以降は店舗直接 03-5496-4381 毎回、前日・当日に予約が殺到しますので、お早目のご予約をお勧めします。 出演 ≪Kaleb James&The Soul Searchers≫ (Key/Vo)Kaleb James (B)Kenji“JINO”Hino (G)Masa Kohama (Key/Harp)Philip Woo (Ds)Shin Takada (Per/Sax/Vo)Gary Scott (Org/Vo)Greg Hartridge (Vo)Paula … Continue reading

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◎北山陽一『春休み』~ソロ・ツアー

◎北山陽一『春休み』~ソロ・ツアー 【Kitayama Youichi’s Haru Yasumi】 春休み。 年に一回、コンスタントにソロ・ライヴを行なっている北山陽一。今回のタイトルは「春休み」。なんと、この目黒・ブルース・アレイを皮切りに、全国で9本ライヴを行い、一番最後、横浜モーション・ブルーで終わる。(セットリストの解禁が3月25日モーションでのライヴが終わった後なので、本日付ブログでご紹介します) ブルース・アレイはここまで入るかというほどの超満員。入ってすぐ右側の一段高い客席のところは1テーブルをのぞいて、立見席にして身動きがとれないほど。もちろん、レジ前、階段のところも立見席だ。酸欠になりそうなほど。さすが北山人気。 バンドは、『ソウル・パワー』などにも出演しているおなじみのメンバー(ベースのカツとドラムスのフユ)だが、北山ソロに参加するのは、柴田以外は初めて。 冒頭いきなり、ジャスティン・ティンバーレイクの「セニォリータ」には驚いた。こんなファンキーな曲で幕をあけるとは。ファンキーでグルーヴィーなフユのドラムスと同じくファンキーでグルーヴィーなカツのベースが、大音量でノリのいいファンク・サウンドを奏でる。 おおまかに言って前半はファンキーでダンサブルなカヴァーなど、そして中盤以降はゴスらしい作品、ソロに似合うバラード系作品をまとめた。特にマイケル・メドレーのアレンジが斬新でよかった。 なによりも北山本人とバンドメンバーが全員、超楽しそうに音楽をやっているのが伝わってくる。 また日本語作品は日本語がストレートに入ってくるだけに、そこに写真や情景が思い浮かぶように立ちあがっくる。歌の歌詞とメロディーから、つまり、歌そのものから、そこに景色が浮かんでくるのが、とてもいい。 ■メンバー 北山陽一 (ヴォーカル) フユ (ドラムス) 後藤克臣 (ベース) 柴田敏孝(キーボード) ■ セットリスト Setlist: Kitayama Youichi “Haru Yasumi”, March 6, 2012 @ Blues Alley Japan Show started 18:32 01. Senorita [Justin Timberlake] 02. Michael … Continue reading

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Soul Searchin-Rehearsal for Sly Stone (動画)

来る3月29日(木)目黒ブルースアレイで行われる音楽イヴェント「ソウル・サーチン~トリビュート・トゥ・スライ・ストーン」。そのリハーサルの模様、ほんの一部。やっている曲は、グラハム・セントラル・ステーションの「ジャム」。ジーノ(ベース)、マサ・コハマ(ギター)、フィリップ・ウー、グレッグ・ハートリッジ(キーボード)、シン高田(ドラムス)。 Rehearsal for Soul Searchin: A Tribute To Sly Stone. They were jammin with song called “Jam” (by Graham Central Station). Come and see us at Blues Alley, March 29th. For reservation, call 03-5496-4381. Seats are limited.

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○ 高山広~引き続き復興支援公演、3月31日に

○ 高山広~引き続き復興支援公演、3月31日に 【One Man Play: Takayama Hiroshi: 】 一人芝居。 シンガー・ソングライターのようなアクターディレクトライター、高山広さん。 さまざまなものになりきり、ひとり何役もこなして物語を語る一人芝居の第一人者、高山広さんが、来る2012年3月31日(土)、日比谷図書文化館で単独ライヴを行なう。タイトルは、『高山広のおキモチ大図鑑~劇励』。その第12弾になる。 今回の内容について、高山さんに少し話をきいた。 高山さんは昨年4月から被災地の学校、飲食店、野外などさまざまな場所で、復興支援ライヴ「おキモチ作戦 劇励」を行なってきた。そうしたものを集大成する意味もあり、久しぶりの劇場版公演となる。 今回も、いつもどおり何話かの話をオムニバス形式で披露。その中には初めてやる演目もある。「TV MAN 2012」というタイトルで、テレビのキモチで、ザッピングで様々な番組が洪水のように語られていくというもの。この番組内容を2012年のものにした。 出身が宮城県ということもあり、震災後もすでに数え切れないほど被災地に足を運んでいるが、ライヴ(一人芝居)もすでに何度も被災地で行なっている高山さんだが、そんな中、震災にインスパイアーされて作った演目はあるだろうか。 高山さん。「『きんぎょすくひ』というタイトルがそれにあたります。誰の目にもおよそ不可能だったり、無駄な努力のように映る行為を仲間のために黙々とやり続ける、台所用品たちになりきった作品などがあります」 定期的に被災地に何度も足を運んでいる高山さんによると、昨今の反応についてこう言う。 「あくまで個人的な感じ方ですが、『復興支援公演』などと銘打つと、『えっ?』という反応が少なくない気がします。昨年と比べ、今そういうことをしても、『時期はずれ』的な反応をされることが多くなっています」 高山さんのメッセージ。 「東日本大震災からちょうど一年となるこの月。私の故郷である宮城県を含む被災された各県では、依然として震災による爪痕は大きくまだまだ様々な問題が山積し、多くの方々が悩み苦しみながら生活を続けていらっしゃる状況は周知の通りです。  真の復興を遂げるまでには、長い時間と数多くの困難が待ち受けていることでしょう。世界中のあらゆる力と思いを寄せることが、ますます必要であると実感させられます。 御存知の通り相変わらず微力過ぎる私、高山広といたしましても、自分にできること―「劇に励み、励ます」ことでささやかながら皆様と共に、被災地へ10年間笑顔とエールを送り続けたいと誓いを新たにしております。」 +++++ ■ 開催概要 タイトル『高山広のおキモチ大図鑑~劇励』 出演 高山広 日時 2012年3月31日(土)会場13時30分 開演14時 会場 日比谷図書文化館 地下1階 日比谷コンベンションホール(大ホール) 入場料 2300円(全席自由) チケットの申し込み 0120-240-540 (平日10時~18時)携帯PHSからは、03-5215-1903 http://confetti-web.com +++++ 高山さんは、『ソウル・サーチン』でもかつて、ルーサー・ヴァンドロス(2006年7月1日)、アレサ・フランクリン(2007年3月26日)でそれぞれのキャラを見事な一人芝居で演じてくれた。(詳細は下記過去記事で) 一人芝居に興味がある方、ぜひ一度試しにどうぞ。おもしろさ、その内容は保証します。どのようなものか詳しく知りたい方は、過去記事をごらんください。 ++++ ■ 高山広・プロフィール 高山広は、1963年宮城県出身。1988年から芝居、演技を開始。1992年から、一人芝居をさまざまな会場で行うようになる。ショート・ストーリーを数本まとめたオムニバス形式のシリーズ『高山広のおキモチ大図鑑』では、高山は単に人間だけでなく、動物、昆虫、はては、花火、パチンコ玉、かさ、たばこ、信号機などありとあらゆる森羅万象の物格・人格になりきり、それを演じる。作品数はすでに600本に迫り、数分のショートものから、2時間を越える超大作まで多数。鋭い洞察力をもとにした人物の描き方、演じ方は他の追従を許さない。                                     ■ 高山広公式ウェッブ … Continue reading

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○★■「ソウル・サーチン」予習~スライ&ファミリー・ストーン~その周辺 (Part 4)

○★■「ソウル・サーチン」予習~スライ&ファミリー・ストーン~その周辺 (Part 4) 【Soul Searchin – Sly & The Family Stone】 周辺。 いよいよ今週木曜日(3月29日)にせまってきた音楽イヴェント「ソウル・サーチン」。今回のテーマは、スライ&ザ・ファミリー・ストーン。この伝説的なバンドおよびスライ・ストーン周辺からは注目すべきアーティストがでている。 そのトップバッターは、ファミリー・ストーンのベース奏者、ラリー・グラハムだ。日本では「チョッパー・ベース」、アメリカでは「スラッピングSlapping」といわれる奏法だ。「スラップ」とは「ポンポン叩く」という意味。まさに、ベースを叩いて、パーカッシヴなサウンドを作り出し、ベース奏法に革命を起こした。ラリーの後には、ブラザース・ジョンソンのルイス・ジョンソン、さらにその後にはマーカス・ミラーやヴィクター・ウーテンなども派手に「チョッパー」を見せる。ジャズ界のジャコ・パストリアスなどから、ロック界のアーティストまでに影響を与えるまでになった。 ■ 今日の「ソウル・サーチン」(インターFM76.1mhz=東京地区、午後2時半~)でも、「スライ・トリビュート」特集をお送りします。関東地区の方はパソコンでラジコを通して聞けます。 直接リンク http://radiko.jp/player/player.html#INT もし直接リンクがうまく行かない場合はラジコのトップページへ http://radiko.jp/# ここでインターFMをお選びください ■(3月25日午後5時半追記)「ソウルサーチン」ポッドキャスト、アップ。 今日の「ソウルサーチン~スライ・ストーン関連特集、ラリーグラハム、ジェシージョンソン」。期間限定でポッドキャスト、アップ。http://bit.ly/H01Syy (約29分) 3月29日のイヴェント「ソウルサーチン」の予習のお供にどうぞ。 ■ラリー・グラハム Graham Central Station – Pow http://youtu.be/Z1IuD6F3R5I Larry Graham – Graham Central Station – The Jam – 1997 … Continue reading

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◎レデシー・ライヴ~貫禄と余裕

◎レデシー・ライヴ~貫禄と余裕 【Ledisi Live:】 貫禄。 レデシーの存在を知ったのは、2002年ごろ、サンフランシスコを本拠とするピアニスト、サヤのCD『デスティネーション・ファーアウェイ』に参加していたとき。彼女は「アンティル・ウィ・ミート・アゲイン」という曲を歌っている。このアルバムは、ほかにブラクストン・ブラザーズなども参加していて、ちょっとした一枚だ。レデシーは2001年にソロを出して以来、今日まですでに6枚のアルバムを出すまでになっている。 2002年6月大阪ブルーノート初来日、2007年11月(東京初ライヴ=ビルボード)、2009年1月(コットン)、2010年1月(ビルボード)以来、通算5度目の来日。(2011年4月(ブルーノート)はキャンセル) キーボード2名、ギター、ベース、ドラムス、コーラス2人にレデシーという布陣。 一言でいえばとてもいいライヴだった。しっかりしたバンド、そして、なによりシンガーとしての貫禄がでて、ステージ裁きも余裕がでてきたような気がした。低い声はレイラ・ハサウェイを思わせるような、そして高い声はかわいらしく。それにしても、音の安定感といったらない。加えて声の力が強い。ちょっとマイクを離しても、その歌声はきっちり通る。ライヴでこれだけしっかりぶれることなく歌えるというのは、本当に基礎の基礎ができあがっていることの証明だ。 バラード・メドレーなんかもひじょうによかった。すでにデビューから10年を超える中堅シンガー。しかも最新作はグラミー賞ノミネート(受賞は残念ながらできず)となり、上り調子絶好調だ。 バックコーラスの2人も途中でソロを取ったが、どちらもうまい。ダネトラのほうは、アンジー・ストーンでも来日していた。 ■ 過去関連記事 2007年11月15日(木) ギブス http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10056387099.html ■最新作『ピーセス・オブ・ミー』(輸入盤) Pieces of Me posted with amazlet at 12.03.22 Ledisi Verve Forecast (2011-06-14) 売り上げランキング: 14226 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ピーシズ・オブ・ミー(日本盤) ピーシズ・オブ・ミー posted with amazlet at 12.03.22 レデシー … Continue reading

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▽◆ハワイで一番人気の「テディーズ・ビガー・バーガー」

▽◆ハワイで一番人気の「テディーズ・ビガー・バーガー」 【Hawaii’s Number One Burger: Teddy’s Bigger Burger: Another Soul Burger】 バーガー。 水曜日、来週29日の「ソウル・サーチン~スライ・ストーン」の告知のために、久しぶりにカマサミ・コングさんの「メットポッド」の収録におじゃましたら、そこに女性フルート奏者、フルータースクーターとテディーズ・ビガー・バーガーのオウナー、テッド・チャキリスさんがいた。いろんな話をきいていたら、とてもそのテディーズ・バーガーがおいしそうに思えたので、そのお店でのインタヴューにも同席した。 このテディーズ・ビガー・バーガーは、1998年4月にハワイでオープン、その後人気を獲得し、なんでも、6年連続ハワイで1番人気のハンバーガー・レストランだそうで、地元で絶大な人気を誇っているという。そのため、日本や海外からのお客さんも多数やってくるらしい。 そのテディーズ・ビガー・バーガーの初めての日本店が、2009年10月1日に原宿にオープンした。このバーガーの特徴は、太る成分を極力減らしヘルシーにし、胃に負担が少ないバーガーになっている点。パン(バンズ)も通常のものと違い表面の硬さをやわらかくしている。このあたりは、オウナーのテッド・チャキリスさんが、つきっきりで、日本の食材メーカーと何度も試行錯誤をして作り上げたそうだ。そのこだわりぶりに、彼のバーガー・マニアぶりを感じた。 ロゴ、カウンター。懇切丁寧にメニューについて教えてくれる カマサミさんはハワイ時代からここのバーガーが大好きでよく食べていた。なによりも、そのジューシーなバーガーと大きさにほれ込んでいるという。 実際に食べてみると、実にジューシーで食べているうちに汁がぽたりぽたりとこぼれていて、床を汚したりする。 大きさは、3つ。「ビッグ」というサイズが5オンス(140グラム=1200円)、「ビッガー」が7オンス(200グラム1400円)、そして、「ビッゲスト」が9オンス(255グラム1600円)。これはポテト・ドリンクなどをつけたコンボ(セット)の値段。単品はそれぞれ880円、1180円、1480円。 テッドさんによると、最初は「ビッガー」がいいというので、それをいただいたら、実にジューシーで美味しかった。島津山の「フランクリン・アヴェニュー」のハンバーガーも確かに胃もたれしないのだが、ここのものも胃もたれしない。バーガーでがっつり、脂っこいものを食べたいという人には物足りないかもしれないが、僕なんかには実にちょうどいい。これはまた食べたい。 なにしろ、一番小さなものが「ビッグ」、次が「ビッガー」、そして「ビッゲスト」となると、どうやっても手で持ちきれない、口に入りきらない、ということで、僕はしばしば大きなバーガーを食べるときは、ふたつにナイフで切って食するのだが、テディーさんによると、「バーガーをナイフで切るなんてもってのほか」と一刀両断された。そして、彼が正しいバーガーの食べ方を目の前で見せてくれた。 それがこれだ。    (写真1,2、3) 両手でしっかり掴んで、口に持ってきて、がぶっ。 ■本ブログ・プリントアウトして20%オフ! さて、いろんな話がでたが、なんとテディーさんから、この「ソウル・サーチン・ブログ」読者にもクーポンをいただいた。2012年3月31日までとちょっと期間が短いが、この写真部分かこのブログページをプリントアウトするか、カウンターでスマートフォンなどで見せれば、トータル金額の20%引きにしてくれるという。   このページをプリントアウトするか、スマホなどでこの画面を見せれば、2012年3月31日までトータルから20%オフ!写真左の右側に映っているのは、「東京タワー」というバーガー4つをのっけたもので、4000円のもの。ひょっとすると名前を「スカイツリー」に変えるかもしれないと言っている。 (写真4、5) テディーズ・ビガー・バーガー http://teddysbiggerburgers.com/index-jp.html メニュー http://teddysbiggerburgers.com/docs/Menu_Japanese.pdf トップページ http://tbbjapan.co.jp/web/ 場所は、原宿・明治通り沿い。表参道・神宮前交差点(4隅に元ギャップビル、ロッテリア、コンドマニア、ラフォーレがある交差点)から渋谷方向へ右側を約200メートル。徒歩3分。右側の2階。 店内にはギターやボブ・マーリーの写真などが飾られており、全体的なコンセプトは50年代から60年代のアメリカン・ダイナー風のハンバーガー・レストランだそう。またカラフルな彩りはティム・バートンの映画の世界のような雰囲気だ。 またオウナーのテディーさんは、今回は4月末くらいまで滞在し、ほぼ毎日、開店からずっと店舗にでているという。唯一の息抜きは毎日近くのジムに行き、マーシャル・アーツ(ジュジュツ)の練習をすることくらいだという。店長のクロさんも以前、音楽業界にいたということで、なんと僕のことをライヴハウスなどで見かけて、本なども読んで知っていたという。「ソウル好きの方、ぜひいらしてください」とのメッセージをもらった。テディーさんはさかんにハンバーガーに「スピリット(魂)」を込めていいものを作っている、と言っていたが、まあ、これも「ソウル・バーガー」なのではないだろうか。 ■テディーズ・ビガー・バーガー … Continue reading

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○★■「ソウル・サーチン」予習~スライ&ファミリー・ストーン (Part 3)

○★■「ソウル・サーチン」予習~スライ&ファミリー・ストーン (Part 3) 【Soul Searchin – Sly & The Family Stone】 予習。 「ソウル・サーチン Vol.11~スライ・ストーン」は、ケイリブのアイデアから始まった。もともと昨年のマイケルが終わった後、次の「ソウル・サーチン」として、6月にプリンスを取り上げようと考えていた。ひとつには、マサ小浜のライヴを何度もみるうちに、彼のライヴでプレイされる「パープル・レイン」がとてもよくて、あれをフィーチャーしてプリンスをやりたいと思い始めたということがある。プリンス周辺のアーティスト、たとえば、シーラE、アポロニア、ファミリー、タイム、シーナ・イーストン、バングルス、ジャム&ルイス関連作品などたくさんの曲があるので、それらをできたらいいなあ、とおぼろげに考えていた。 そして、その準備を進めるうちに、ケイリブが3月がスライ・ストーンの誕生日だから、スライはどうだ、と言ってきた。そこで、スライなら次のプリンスの前哨戦としては、最適だと思ったので、やることにした。ただスライ・ストーンはどうも一般的人気がなく、知名度もないということで、2デイズではなく、1日でやることになった。 スライの初来日のときは、えらく盛り上がったのだが。 ところで、毎回「ソウル・サーチン」の予約は前日や当日にぐっと伸びる。そうなると、席がなくなり、立ち見になってしまう可能性が高い。なので、来ようかなあと思ったら、ぜひお早目のご予約をお勧めします。 +++ 歴史。 さて、スライの歴史は1968年のデビューから、1975年くらいまでをひとつの時期、それ以降と分けられる。1968年から1975年の間でも、今日は少し中期から後期のヒット曲をご紹介。 昨日もご紹介したが、スライ楽曲をカヴァーするアーティストも多いが、サンプリングするアーティストも多い。そうやって、彼らの作品が知らず知らずのうちに浸透していっている。 Thank You Falettinme Be Mice Elf Agin – Sly & The Family Stone (1970/1, Pop #1, Soul #1) http://youtu.be/BF24CaUrNSI シングルではB面が「エヴリバディー・イズ・ア・スター」。ホット100、ソウル100両チャートでナンバーワンを記録。 … Continue reading

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○★■「ソウル・サーチン」予習~スライ&ファミリー・ストーン (Part 2)

○★■「ソウル・サーチン」予習~スライ&ファミリー・ストーン (Part 2) 【Soul Searchin – Sly & The Family Stone】 ファンク。 来週3月29日(木)「ソウル・サーチン」のイヴェントでとりあげるスライ&ザ・ファミリー・ストーン。彼らはしばしば「ブラック・ロック」「サイケデリック・ソウル」というジャンルで語られたり、また、ジェームス・ブラウンと並んでファンクの創始者としても語られる。その予習編第二弾。 彼らが人気を集め始めた1968年当時というと、黒人の公民権運動が盛り上がっていた時期で、また、彼らが本拠にしてたサンフランシスコという土地は、いわゆる「ヒッピー・ムーヴメント」「サイケデリック」の中心地でもあった。そうした自由な雰囲気と、白人も黒人も一緒にという空気がこの時代と場所に充満していたために、スライたちの音楽が従来のブラック・ミュージックと白人のロックが融合したものになっていってもなんら違和感はない。 そんな彼らのヒットからいくつか代表曲を聞いていこう。 Dance To The Music / Sly & The Family Stone (1968) (1968/1 : Pop #8, Soul #9) http://youtu.be/4URogrXiKsI  これは、まさに当時でいうところの「サイケデリック・ソウル」のはしりともなった作品。この大ヒットを見た多くのアーティストが、こうした「サイケデリック・ソウル」的な作品を出すようになった。テンプテーションズの「サイケデリック・シャック」から一連のヒットなどだ。 Everyday People (1968/12, Pop #1, Soul … Continue reading

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○今年もシック・ギター・コンテスト

○今年もシック・ギター・コンテスト 【Chic Guitar Contest 2012】 コンテスト。 このところ、毎年恒例となっているナイル・ロジャーズ&シックの「ル・フリーク」ギター・コンテストが今年も行われる。今年からは、「エア・ギター」もOKとなり、応募者も増えそうだ。 参加までの流れは次の通り。われと思わん方はぜひ。 自身で「ル・フリーク」を演奏し動画サイト(ユーチューブ)にアップ。それをスタッフとナイル・ロジャーズが見て、予選通過者を決定。予選通過者は、2012年4月21日土曜日セカンド・ショーの決勝戦でギターを披露。ナイル・ロジャーズ本人が優勝者を決める、というもの。優勝者には、ナイル・ロジャーズ本人のサイン入りフェンダー・スタンダード・ストラトキャスターがプレゼントされる。 応募期間は、2012年3月1日から4月1日(日)まで。予選通過者は4月6日までに連絡がいく。 エントリー資格。2012年4月21日時点で20歳以上の方。 ナイルの動画、詳細はこちら。 http://www.bluenote.co.jp/jp/event/chic-guitar-contest/ ■ ナイル・ロジャーズ関連記事 「ソウル・サーチン」では、ナイル・ロジャーズ、シック関連記事が膨大な量あります。一応、ここに過去記事一覧があるので、ご参照ください。 2011年04月15日(金) ナイル・ロジャーズ来日記念特集~過去ナイル関連記事 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10861031113.html ■ ベストアルバム エヴリバディ・ダンス! posted with amazlet at 12.03.16 オムニバス ナイル・ロジャース シック ワーナーミュージック・ジャパン (2011-04-06) 売り上げランキング: 32287 Amazon.co.jp で詳細を見る ENT>CONTEST>Chic

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○ 「ソウルサーチン」ポッドキャスト期間限定

昨日・日曜の「ソウルサーチン」ポッドキャスト期間限定でアップしました。 http://bit.ly/zwjzAU  (約30分) 昨日見たベン・ロンクル・ソウル Ben L’oncle Soul と29日にブルースアレイで行われるスライ・ストーン・トリビュートについて。後半は「オッシーヨッシー」も。 ANNOUNCEMENT>Podcast RADIO>Soul Searchin>Podcast

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◎ ベン・ロンクル・ソウル~60年代ソウルを今、洗練されたグルーヴ

◎ ベン・ロンクル・ソウル~60年代ソウルを今、洗練されたグルーヴ 【Ben L’oncle’s Soul: Pop, Fashionable, And Real Soul】 ソウル。 「みんなは、ソウル・ミュージックは好きかあ???」「オオッ、イエー」限りなく観客席も熱く盛り上がる。ほぼ無名の新人ながらブルーノートは超満員。みんな情報早いなあ。観客は若いファンとブルーノートのファンと外人グループ。 ステージ中央、サスペンダーに蝶ネクタイという実におしゃれないでたちのベン・ロンクル・ソウルたちが観客を煽る。彼らの日本初来日ライヴ。なんと2010年にフランスのモータウンと契約し、デビュー。2011年のジャズ・フェスでいきなり大注目を集めた新人グループだ。今回は東京2日だけ。 もちろん初めて見たが、予想以上に素晴らしいライヴだった。きっちりした「ソウル・ショー」、バンド演奏も歌も、そして、踊りを含めたパフォーマンス、すべてが完成していた。 そこにはジェームス・ブラウン、テンプス、マーヴィン、スティーヴィーなどのモータウン、オーティス・レディング、サム&デイヴなどのスタックス、アイク&ティナ・ターナーまで、1960年代のソウルのエッセンスがこれでもかと詰まっていた。こんなソウル・ショーはなかなか見られない。最近のものでいえば、ラファエル・サディーク、エイミー・ワインハウス、そして、ライアン・ショーなどの流れと同一線上にいる素晴らしいソウル・グループだ。僕がレコード会社のA&Rマンだったら、何も言わず即座に契約する、そんなアーティストだった。 彼らは2009年ごろ、フランスで結成された、現在は9人組。トランペット、サックス、ギター、ベース、キーボード、ドラムスにコーラス2人、そして、リード・シンガーのベン・ロンクル・ソウル。 アップテンポの曲で始まった「ソウル・ショー」は、いきなりダニー・レイを思わせるMCからジェームス・ブラウン・バンドばりのブリッジで曲に突入。バンドはブラス・セクションが2人いることから、実に60年代のリアルなソウル・バンドという感じが醸し出される。しかも二人のコーラスは、実に激しく動く。エイミー・ワインハウスのコーラス/ダンサー並みによく踊る。それも、シンプルな動きなので、観客もすぐに覚えられそう。それがまたバックのメンバーをからめた振り付けをするので、実に楽しい。 各楽器のソロも存分に見せるが、なによりもショーすべてがショーアップされ、徹底的にエンタテインメントとして完成されているから、飽きることがない。しかも、みんなネクタイをしていて、ちゃんとした洋服で、それがいちいちおしゃれだ。ベンなどサスペンダーにめがねというのが、トレードマークで自分のブランド・スタイルといういでたちだ。全体的なプロデュースがとてもよくできている。ファンク、グルーヴたっぷりだが、それがヨーロッパのせいか大変よく洗練されている。ファンク曲でもメロディアスなところがあり、日本人好み。 そして何よりも、ベンのソウルフルな声が素晴らしい。これまでだとライアン・ショー、ラファエル、しばらく前だとイギリスのファイン・ヤング・カニバルズあたりを思わせる声自体がソウルな声だ。僕はファイン・ヤング・カニバルズを思い出した。(そういえば彼らはどうしたんだろう) オーティス・レディングの声を声質はそのままに、少しポップに明るくしたような声とでもいえばいいだろうか。このポップかげんがちょうどいい。 ベース奏者と2人のコーラス、ベンがブラックだが、あとは白人。白人にグルーヴは作り出せないと言ったのは誰だ。それが間違いだということを彼らは証明している。 ベン・ロンクルはフランスのトゥール出身。本名、ベンジャミン・ドゥテールド。お母さん、おばあさんがソウル・ミュージック好きで、自然にそういうものに親しみ、好きになっていったという。ステージでベンは、オーティス・レディング、スティーヴィー・ワンダー、レイ・チャールズ、マーヴィン・ゲイ、ジェームス・ブラウン、ダニー・ハサウェイ、スライ&ファミリー・ストーンらの名前をよく聞いてきたアーティストとしてあげていた。 2004年、19歳か20歳の頃、トゥールーズのフィティアヴァナ・ゴスペル・クワイアーに参加。同グループは2009年に『アイ・ハヴ・ア・ドリーム』をリリース。 その後、自身のグループを作り、いくつかカヴァー曲を録音しそのビデオを作りインターネットにアップした。その中のホワイト・ストライプスの「セヴン・ネーション・アーミー」がフランス・モータウンの目に留まり契約。最初6曲入りのEP『ソウルウォッシュ』を出し、その後フル・アルバム『ベン・ロンクル・ソウル』を出した。最初からジャケットなどイメージが統一されており、かなりプロデュースされている感じがする。 ライヴではコール&レスポンスもうまく、途中のブレイクで客をじらすあたりも、ジェームス・ブラウンや先輩ソウル・アーティスト譲り。 ベンはなんども「ドゥ・ユー・ライク・ソウル・ミュージック?」と聞く。きっと「R&B」ではなく、「ソウル・ミュージック」なのだろう。 彼は昔はロンクル・ベンとみんなに呼ばれていたそうだ。それは、彼がいつもサングラスをして帽子を被っていて、アメリカのライスのブランド、ベン・ロンクルのキャラクターと似ていたから。しかし、ロンクル・ベンだと、商標権などの問題がありそうなので、ベン・ロンクルとひっくりかえしてバンド名にした。 ライヴの最後は、手で「ピース(Vサイン)」「ラヴ(ハートマーク)」、「ソウル(握りこぶしをつきあげる)」のジェスチャーで締めくくった。 ファーストから超満員。なんと前日当日でいきなり予約が伸びたそうだ。何があったのだろうか。それにしてもこれほど素晴らしいライヴを見せてくれれば、次は4-5日ブルーノートでできそうだ。 ここ1-2年で見た新人では一番よかった。彼らのように完成しているアーティストだったら「即・契約」というのは最大の褒め言葉だ。 そうそう、一体このベン・ロンクル、いくつなのだろうって気になった。そこで彼に誕生日を尋ねたら、1984年11月10日生まれということで、まだ27歳である。若い! 当然、ジェームス・ブラウン、オーティス、サム・クックなど、みんな彼が生まれる前のスターということになる。こうやって音楽の鎖はつながっていくのだなあ、と思った。若い世代がこうして昔のソウルを今風の解釈でやるのは、だんぜんありだと思う。 いやあ、だから、エレクトリック・エンパイアーにしろ、このベン・ロンクル・ソウルにしろ、こういうグループって、絶対に日本でもできると思うんだけどなあ。 ■音源・映像 Ben, l’oncle Soul – Seven Nation Army http://youtu.be/C4XKNNl31Gc … Continue reading

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○★■ ソウル・サーチン~スライ・ストーン、来週29日~スライ・ストーン特集1

○★■ ソウル・サーチン~スライ・ストーン、来週29日~スライ・ストーン特集1 【Soul Searchin Event Will Be On 29th】 予習。 いよいよ音楽イヴェント「ソウル・サーチン」の第11回が、来週3月29日(木)に迫ってきた。今回のテーマは、スライ・ストーン。スライ&ファミリー・ストーン。前々回クインシー・ジョーンズ(2011年2月)、前回マイケル・ジャクソン(2011年8月)に続くもの。スライ・ストーンの誕生日が1943年3月15日ということで、誕生月にトリビュートを行うことになった。 今回の「ソウル・サーチン~スライ・ストーン」トリビュートの最大の目玉は、毎回2回あるトーク部分で、スライ・ストーンの過去2年間に撮影された秘蔵映像をご紹介するところ。スライ・ストーンがロスアンジェルスで音楽仲間と曲作りをしているシーンやリハーサルシーンなどを紹介する。 そこで、スライ・ストーンについて、今週と来週の「ソウル・サーチン」(インターFM76.1mhz、毎週日曜午後2時半~)でミニ特集をお送りする。今週はスライ・ストーン自身のヒットから、次週はスライから派生した作品をご紹介する予定。 また、本ブログでも今週タイミングをみて、スライ・ストーン特集をお送りする。今回はまず第一回。 ラジオ番組の「ソウル・サーチン~スライ・ストーン・ミニ特集」は、関東地区の方は、パソコンのラジコでも聴けます。また、スカパー、AUのスマートフォンでも聴けます。(ともに有料) http://t.co/MFFLnjET (3月18日23時50分、追記) 上記、「ソウル・サーチン」ポッドキャストに期間限定であっぷ。 http://soundcloud.com/soul_searchin/20120318-soul-searchin-ben +++++ ファンク。 スライ・ストーンは1943年(昭和18年=未年)3月15日テキサス州デントン生まれ。本名シルヴェスター・スチュワート。幼少の頃にサンフランシスコ郊外ヴァレジョー(ヴァレーホー)に移り、そこで育った。子供の頃から両親に連れられて教会で歌いだし、まもなく楽器を手にするようになり、バンド活動を始めた。 1967年、『ア・ホール・ニュー・シング』でCBS・エピックからメジャー・デビュー。ソウルとファンク、ロックなどの要素をまぜあわせた独特の新しいファンク・ミュージックを築き、一世を風靡した。1970年代にはいってヒットを出したが、本人がドラッグ依存症になり、ライヴに穴をあけたりして、徐々に一線から遠のいてきた。 ジェームス・ブラウンなどと並び、ファンク・ミュージックの基礎を作り上げたアーティストとして歴史に名を残している。 しかし、2006年2月、グラミー賞授賞式で「スライ・トリビュート」が行われ、スライ・ストーン本人が2分ほど登場。その後2007年夏にヨーロッパでのツアーが行われ、本格的にカンバックした。その流れを受けて2008年8月、「東京ジャズ」出演のため来日、その中でブルーノート東京でも1日だけ公演を行い、これは伝説のライヴとなった。さらに、2010年1月、ルーファスのギター奏者、トニー・メイデンとともにスライ・ストーンは再来日。メイデンのライヴでステージにあがった。 ■ 予約について 【予約に関するお問合せ】 BLUES ALLEY JAPAN 電話:03-5740-6041(月~土/12:00~20:00)20時以降は店舗直接 03-5496-4381 ■ 公演詳細 『ソウル・サーチン:ザ・セッション Vol.11~A Tribute To Sly & The Family … Continue reading

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■ 「ラジカントロプス~クインシー・ジョーンズ」ポッドキャスト、アップ

■ 「ラジカントロプス~クインシー・ジョーンズ」ポッドキャスト、アップ 【”Radikan-thropus 2.0” now available on Podcast】 ポッドキャスト。 3月14日のクインシー・ジョーンズの79歳の誕生日を前に、2012年3月11日(日)深夜放送された「吉岡正晴のラジカントロプス2.0~クインシー・ジョーンズ」(司会・植竹公和 @kimikazu5uetak ) のポッドキャスト版がアップされました。本放送でカットされた部分もすべて入っています。ポッドキャストでは、音楽がかかりませんが、トーク部分だけで約70分あります。 ポッドキャストはインターネット環境があれば、世界中どこでも聴けます。 http://media.jorf.co.jp/podcast/radio/120311_yoshiokamasaharu_01.mp3 前半は、ホイットニー・ヒューストンの話などもしています。 収録の模様については、こちらのブログ。 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11185644120.html なお、これはクインシーの1979年くらいまでの活動のお話で、マイケルとかかわる『オフ・ザ・ウォール』以降の話は、後日放送される「パート2」になります。 ■クインシー、ベスト ベスト・オブ・クインシー・ジョーンズ posted with amazlet at 12.03.16 オムニバス クインシー・ジョーンズ ブランディー ジョージ・ベンソン マイケル・ジャクソン フランク・シナトラ サラ・ボーン アル・B・シュア! エル・デバージ パティ・オースティン ダブリューイーエー・ジャパン (1999-02-05) 売り上げランキング: 78476 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ … Continue reading

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◇雑誌「熱風」で「続・上を向いて歩こう~蘇生と復活の奇跡~」連載始まる

◇「熱風」で「続・上を向いて歩こう~蘇生と復活の奇跡~」連載始まる 【”Sukiyaki” Saga Continues】 続。 昨年発行され大きな話題を集めた『上を向いて歩こう』(佐藤剛・著、岩波書店)は、同名曲の誕生、それがなぜアメリカに渡り全米ナンバーワンになったかを、ひじょうに詳細に取材し、記した音楽ドキュメンタリーの傑作だ。これはもともとスタジオ・ジブリが発行している月刊誌「熱風」に連載していたものを加筆して一冊の本にまとめたもの。同書では、だいたい1963年くらいまでのことを書いていた。 その佐藤さんが、「上を向いて歩こう」のその後についての連載を、再び「熱風」最新号(2012年3月号)から始めた。 佐藤さんから送っていただいたものを読んだら、なんと15ページにもわたるビッグなヴォリュームで驚いた。文字数でも15000字は超えている。「続・上を向いて歩こう」は、1978年ロスから始まった物語を描く。 佐藤さんは1981年初頭からヒットしたテイスト・オブ・ハニーの「スキヤキ」にフォーカスし、この周辺を徹底取材している。 実はしばらく前から、1978年前後のアメリカのブラック・ミュージック・シーンの状況や、ディスコ・シーンの状況などの話を聞かせてください、と頼まれ、いろいろと話をさせていただいた。で、それなら、テイスト・オブ・ハニーの「スキヤキ」のプロデューサー、ジョージ・デュークに直接話を聞いたらよいのではないかと提案。ジョージは年に1-2回来日しているので、と思ったら、3月頭にさっそく半年振りに来日。そこで、ビルボードライブの協力を得て、ジョージのインタヴューをアレンジした。このときの話は、連載で徐々にでてくると思うので、ぜひそちらをごらんください。 佐藤さんは、このテイスト・オブ・ハニーの「スキヤキ」についても、僕が知らなかったことを徹底して調べ上げていて、本当に頭が下がる。僕のところにもグループに関しての当時の紙資料や雑誌などがあるので、ある限り提供している。 佐藤さんの発見でちょっと面白かったのは、テイスト・オブ・ハニーの初代のA&Rディレクター(制作担当ディレクター)は、ラーキン・アーノルドで、僕も2-3度インタヴューしている。その彼は、のちにCBSに移籍する。一方、テイスト・オブ・ハニーの「スキヤキ」時のディレクターは、ボビー・コロンビーといい、元CBSのディレクターでCBSからキャピトルに移籍してきた。ちょうど形としては入れ替わったようになっていた。 ちなみにボビー・コロンビーは元ブラッド・スゥエット&ティアーズのメンバーで、ジャクソンズの3枚目のアルバム『デスティニー』のプロデューサーでもある。 そして、今回の連載で書かれていて、もっと驚いたのが、テイスト・オブ・ハニーが1974年に「ヤマハ・世界歌謡祭」出演で来日したが、そのときの司会が坂本九で、彼がテイスト・オブ・ハニーを紹介した、ということ。テイスト・オブ・ハニーがその後、「スキヤキ」をカヴァーするなんて、なんという奇遇だろうか。様々な多くの事実という点を丹念に掘り起こしていくと、必ずや、その点のどれかが線になっていく。こうして調べることが病みつきになっていく。 次号以降の連載が実に楽しみだ。 ■ 上を向いて歩こう/坂本九 http://youtu.be/mvuO0BsEEss ■ Sukiyaki / A Taste Of Honey http://youtu.be/xqFkUNqBwMw ++++ 活字好きにとってのフェヴァリット・マガジン「熱風」はフリーペーパー。主要書店で配布されています。 「熱風」のホームページ http://www.ghibli.jp/shuppan/np/ 「熱風」本体は無料の雑誌。次のような書店においてありますが、10日過ぎに配布されると瞬く間になくなってしまうそうです。 「熱風」配布書店リスト http://www.ghibli.jp/shuppan/shoten/ そこで、郵送料実費での定期購読の方法があります。 定期購読の案内。年間2000円。 http://www.ghibli.jp/shuppan/np/007495/ ■ 「上を向いて歩こう」 上を向いて歩こう posted … Continue reading

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◎クリヤ・マコト:ホイットニー・トリビュート・ライヴ

◎クリヤ・マコト:ホイットニー・トリビュート・ライヴ 【Kuriya Makoto Plays Whitney Houston】 トリビュート。 キーボード/ピアノ奏者、クリヤ・マコトさんが急遽モーション・ブルーでホイットニー・ヒューストン・トリビュートをやることを決めた。当初はピアノ、ベース、ドラムスだけのトリオでツアーに出るので、その前哨戦として軽くやろうと考えていたのだが、その話を周囲にすると、私も、私も歌う、とコトが大きくなり、結局はシンガー3人、プラス、サックスにアンディー・ウルフまで参加する大所帯なライヴになった。 ブレンダは、今度の土曜日木下航志ライヴにゲストで出て、何曲か歌うが、日本での残り日がカウントダウンになっているので、一際エモーショナルになる。 僕はファーストは時間の都合で見られなかったが、ファースト最後でマルと黒沢薫さんの強力なデュオが繰り広げられたらしい。ちょうどセカンド始まる直前にモーションに入ったので、見逃したが、ライヴ後、マルが一部の資料映像を見せてくれた。ファーストを見た観客も、二人のデュエットはすごかったですよ、と証言した。これはマライアとホイットニーのデュエットだ。デュエットとしてはいい選曲。 実は二人がデュエットするというのは事前に聞いていて、ジャーメインとホイットニーとのデュエット「テイク・グッド・ケア・オブ・マイ・ハート」やテディー・ペンダグラスとのデュエット「ホールド・ミー」などもあるということを言っていたのだが、マライアとのデュエットを選ぶとは思いつかなかった。どうやら前日、二人で特訓したらしい。それでもバンドとのあわせは、当日の2回程度というから、みんなプロだ。 ■ ホイットニー&マライア 『ホエン・ユー・ビリーヴ』 http://youtu.be/eAM2-hg7xJs マルはほかにもミディアム調の「ダンス・ウィズ・サムバディー」や最新作「ミリオン・ダラー・ビル」などを。「ミリオン・ダラー・ビル」なんか、マルっぽくて、なかなかあっている。 黒沢さんは、この日、シークレット・ゲストで登場だが一部のファンは知っていたようだ。第二部では、3曲目で登場。マイケルとホイットニーの両方の葬儀に出てきた人物としてスティーヴィーを紹介。ホイットニーの葬儀で歌った曲を歌った。それが「リボン・イン・ザ・スカイ」。途中でスティーヴィーが歌ったように、「アイ・ウィル・オールウエイズ・ラヴ・ユー」の一部をいれたりした。ほんと、黒沢さんは芸が細かい。ちなみに、この曲の頭には、マイケルの「シーズ・アウト・オブ・マイ・ライフ」の一フレーズもアカペラでいれて、ホイットニーにつないだ。どこを取っても、あの独特の黒沢節になるところが、受ける。しかし、この「リボン…」を聞いていて、ふと、これを日本語にして黒沢節で歌ったら、どうなるだろう、などとも思ってしまった。訳詞でもやってみようかな。(笑) そして、この日の圧巻は、やはり彼女も歌いなれているブレンダの「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」。この曲は彼女の「グレイテスト・パフォーマンス・オブ・オール」という感じだ。後半は徐々に教会っぽくなり、熱唱を爆発させた。 ホイットニー・トリビュートはこれからしばらく続くだろうが、ホイットニーの曲は、マイケルほど難しくはない。いずれ「ソウル・サーチン」でもやりたいと思う。そのときはとっておきのエピソードなどを交えて紹介してみたい。 ところで、この日黒沢さんはマネージャーなしで、なんと電車で横浜まで来た。そこで帰りはマルらと一緒に車で第三京浜を走って東京に戻った。車中、黒沢さんがずっと歌い続けていたということはない。 ■ マル・Fire Lily ワンマンライヴ Spring Special Live 2012年4月13日(金)午後7時半、21時 渋谷JZ(ジェイ・ジー)ブラット 予約3800円、当日4300円 予約は marumusicvox@gmail.com  まで直接メールかお店(03-5728-0168)まで。 ■ 『ディーヴァ:ホイットニー・ヒューストン 物語』ジェフリーボウマン著 吉岡正晴訳 (1996年11月発売) 日本で最初にリリースされた彼女の伝記本 ディーヴァ―ホイットニー・ヒューストン物語 posted with amazlet at 12.03.14 … Continue reading

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◆ ブラザー・マルコムの『太古の日本語に宿る英知』

◆ ブラザー・マルコムの『太古の日本語に宿る英知』 【Brother Malcolm’s Ancient Japanese Words of Wisdom】 英知。 マイ・ロングタイム・ブラザー、マルコム・アダムスさんが、『Brother Malcolm’s Ancient Japanese Words of Wisdom』というビデオ・プログラムを思いついたように始めた。アダムスさんはアメリカの元CBS-TVの記者で、東京発のニューズをアメリカに送っていたりしたが、この10年は静岡県・掛川に移住し、そこを本拠に活動をしている。 この『Brother Malcolm’s Ancient Japanese Words of Wisdom 太古の日本語に宿る英知』というコラムは、その名前の通り、昔からの日本語に潜む、日本語独特の言い回しやコンセプト、メンタリティーを英語で解説しようというもの。 第一回では、こんなフレーズを解説。 Naite kurasu mo issho, waratte kurasu mo issho. 泣いて暮らすも一緒、笑って暮らすも一緒 It is the same life whether … Continue reading

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◎シンディー・ロウパー(シンディ・ローパー)~あれから1年後に“帰国”

◎シンディー・ロウパー(シンディ・ローパー)~あれから1年後に“帰国” 【Cindy Lauper: Since 311】 運命。 まさにその運命の日、彼女は来日した。2011年3月11日。日本にランディングした後、周囲の帰国の勧めを拒絶し、日本全国をツアーしたシンディー・ロウパー。 その彼女が1年ぶりに日本に帰ってきた。まさに、気分は「お帰りなさい、シンディー!」という感じだ。東京初日(3月9日)を見た。 セットリストも前年から半分以上変えて、昨年見た人も十分楽しめる選曲になっている。また、バンドも昨年と同じ5人に加え、ハーモニカのチャーリー・マッセルホワイトを加えた6人組になりパワーアップ。 冒頭から観客席は総立ちで、ほぼライヴ中、総立ち。 4曲目でマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」を、まさにシンディー節で。 シンディーはかつて売れる前に、ニューヨークの日本レストラン「ミホ」で歌っていた。その頃、一緒にプレイしていたギタリストからこれを歌ったらどうだと言われ、覚えた曲があった。そんな1曲が「忘れないわ」。この曲は、1960年代日本でも人気があったアメリカのシンガー、(リトル)ペギー・マーチが日本のために日本語で歌ったもの。これを、シンディーも日本語で歌ってみせた。親日家ならではの1曲だった。 忘れないわ:ペギー・マーチ http://youtu.be/AETBr6yFm0A 3月11日は、シンディーの東京での3日目で、この日は昨年ツアーに帯同した日本のフルーゲルホーン奏者、トクも飛び入りで「トゥルー・カラーズ」に参加したそう。 さらに、3月12日は、外国特派員協会でも記者会見を行った。これらの情報なども、こんご多数出てくるだろう。 ところで、今回のツアーには、とても内容の濃いパンフレットが出来ていた。昨年の詳細なツアー・レポート、湯川れい子さんの原稿、多くの写真など、最近洋楽アーティストのライヴでパンフレットがあまりないので、こういうのは嬉しい。 シンディーが一年ぶりに、約束通り、日本に戻ってきた、ということがもっとも大きな意味だろう。これはまさに“帰国”凱旋公演と言ってもいい。ここまで日本に根付いた洋楽アーティストって、本当に珍しい。 最近の「タイム・アフター・タイム」 http://youtu.be/W0kWZ-Nk5i4 ■ 過去記事(昨年ライヴ評) 2011年03月18日(金) シンディー・ロウパー(シンディ・ローパー)~歌声は復興への灯火 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10833419437.html ■ シンディ・ローパー『メンフィス・ブルーズ』 メンフィス・ブルース posted with amazlet at 12.03.10 シンディ・ローパー チャーリー・マッセルホワイト SMJ (2011-02-23) 売り上げランキング: 1312 Amazon.co.jp … Continue reading

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◎ フランク・マッコム・トリオ~ハービー・ミーツ・スティーヴィー

◎ フランク・マッコム・トリオ~ハービー・ミーツ・スティーヴィー 【Frank McComb: Herbie Meets Stevie】 魅力。 昨年(2011年)3月、震災直前に来日してからちょうど1年ぶりのフランク・マッコムのコットンでのライヴは、彼もインドネシアで行われた「ジャヴァ・ジャズ・フェス」帰り。コットン3日、モーション・ブルー1日行った。2004年初来日以来、何度も来日してすっかり日本びいきのフランクは固定ファンも獲得。 さて、時間ぎりぎりにセンターの空いてる席に座ったら隣は、柴田敏弥(敏孝)さん、神谷エリさん、向こうにはまた高田真さん。 いきなり、ローズでの長めのイントロから「キューピッドズ・アロー」でその渋い喉を聴かせる。キーボード・プレイももちろんいいのだが、やはり、半分は歌って欲しいところ。(笑) と思ったら、この日はずいぶんとフランクは歌った。途中に長いソロをいれたものもあるが、一応、全曲歌った。 どの曲もオリジナルからかなりスタイル、雰囲気を変えて独自のアレンジで、くずして歌う。ここまで自身の曲を自分で新しいものに出来るというのはアレンジの才能なのだろう。 おもしろいのは、ローズを弾いていると、ちょっとハービー・ハンコック風だが、それにあわせて歌い始めるとスティーヴィー・ワンダー風になるところ。まるでハービー・ミーツ・スティーヴィーという感じだ。 キーボードは実に力強くアドリブのタッチに、よくベースのアンソニーとドラムスのロニーがきっちりついてくる。このトリオは昨年も一緒だったが、もうまさに阿吽(あうん)の呼吸で、フランクがどこで何をしようが対応してくる。 彼らは楽譜に書かれたことだけでなく、そこに3人のその瞬間瞬間のミュージシャンシップから生まれる空気とグルーヴをプレイする。だから、楽譜以上の演奏がでてくるわけだ。このあたりが、実に力強い。 フランクの魅力ってなんだろうと改めて考えた。やはりこの強力なキーボード・プレイと、このしなやかで柔軟性のある歌声だ。ときにスティーヴィー、ときにダニーを思わせるこの声は、それだけで武器だ。 フランクは、ジャカルタのジャヴァ・ジャズ・フェスが終わった後、宿泊先のホテルのラウンジでジャム・セッションをしていた。ちょうど、フランクの持ち歌でもあるスティーヴィーの「スーパースター(ホエア・アー・ユー・ホエン・アイ・ニード・ユー)」を歌っていたら、スティーヴィー本人とジョージ・デュークがやってきて、そのままジョイント・セッションになったという。それまで、そのセッションを見てる人はそれほどではなかったが、スティーヴィーとジョージが来たら、いきなり大変な人だかりとなり、みんなが携帯で写真や動画を撮り始めたという。フランクによると、まだ自分も見ていないので、動画などあったら、フランクのサイトに送ってくれ、と呼びかけているそうだ。 その動画がアップされた。 http://www.youtube.com/watch?v=Fot43PgbjLo 画面左下にフランク、中央にスティーヴィー(立って歌う)、右の奥にジョージ・デューク。フランクは「スーパーウーマン」を歌っていたが、そこにスティーヴィーが参加。 そんなわけで、今回のフランクのステージは、いつになく、ダニー色よりスティーヴィー・ワンダー色が強かったような気がする。 また、アコースティック・ピアノで3曲(下記セットリスト3~5)ほど歌ったが、これもなかなかよかった。この間は、ベースとドラムスは、いい感じでフランクのソロを楽しんでいるようだ。 昨年もやっていたが、「スーパースティション」は、よりハードに、後半の盛り上がりがすごい。そして、これも昨年同様だが、アンコールの「ドゥ・ユー・リメンバー・ラヴ」も徐々に盛り上がり、後半では、スティーヴィーの「ユーヴ・ガット・バッド・ガール」を入れ込んだ。フランク、アンソニー、ロビーの3人が一体となり、強烈なソウル玉となって観客に降り注ぐ。 途中のMCで日本のみんながいつもサポートしてくれて感謝している、自分はマネージャーもレコード会社もない。全部自分でやっている。こうやってここコットンクラブに来られるのは、みなさんのおかげだ。だから、津波・地震にやられた日本のみなさんのために、今日は自分のCD、普通は2000円以上するものを1000円でお分けして、後でサインもする、とアナウンス。 ライヴ後さっそくサイン会を始めたが、1000円のCDは、本人のアルバムだが、なんと自分でカラーコピーのジャケットをつけて自分で焼いたCDだったので受けた。(笑) だが、サインもして、写真も撮って、サーヴィス精神旺盛だ。 今回のライヴは、ヴォーカルが多かったので、何かとても聞き易かった。 コットンクラブのサイト。ライヴ映像がアップされています http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/120307_frank/ ■ フランク・マッコム「ラヴ・ラヴ・ラヴ」動画 http://youtu.be/CocoZhYhYXw ■ フランク・マッコム過去記事(一部) (2004年の初来日からかなり追っかけてます) 2011年03月09日(水) フランク・マッコム・ライヴ~新作『ニュー・ビギニング』を従えて http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10824696197.html (過去記事全一覧はここに) 2004/02/16 … Continue reading

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○■ 告知 「ソウル・サーチン」は、ジミー・エリスとローランド・バティスタ追悼~深夜12時からは

○■ 告知 「ソウル・サーチン」は、ジミー・エリスとローランド・バティスタ追悼~深夜12時からは「ラジカントロプス2.0」 告知。 今日の『ソウル・ブレンズ』(関東地区・インターFM76.1mhz、午後1時~3時)内、「ソウル・サーチン」のコーナーは、番組自体が2時40分までの特別編成ですので、2時20分から短縮版で始まります。 今日は、先週亡くなったトランプスのリード・シンガー、ジミー・エリスと、ギタリストのローランド・バティスタ(一時期アース・ウィンド&ファイアー所属)の追悼をお送りします。 関東地区の方は、ラジコでも。 http://radiko.jp/player/player.html#INT もしつながらない場合は、 http://radiko.jp/# ここからインターFMへ そのほか、スカパー、スマートフォン(AU)などでも聞くことができます。 関連記事 2012年03月09日(金) (速報)ジミー・エリス(トランプスのリード・シンガー)74歳で死去~「ディスコ・インフェルノ」 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11187542712.html 2012年03月07日(水) LAの名ギタリスト、ローランド・バティスタ、60歳で死去 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11184727214.html +++ 「ラジカントロプス2.0」 深夜12時。 もうひとつ今夜深夜12時「ラジカントロプス2.0」という番組でクインシー・ジョーンズの話をします。これは、関東地区の中波(AM)ラジオ局・ラジオ日本(1422khz)の番組。毎回ゲストを呼び、ひとつのテーマでトークする番組です。3月14日79歳の誕生日を迎えるクインシー・ジョーンズの特集です。 http://radiko.jp/# ラジコでラジオ日本を。 なお、この番組は放送から3日後、水曜日頃までにノーカットのポッドキャスト版がネットにアップされます。 番組ホームページ。 http://www.jorf.co.jp/PROGRAM/radio.php ポッドキャストはここで聴けるようになります。 関連記事 2012年03月10日(土) 「ラジカントロプス2.0」~クインシー・ジョーンズ特集にゲスト出演 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11185644120.html 収録を終えて。 ANNOUNCEMENT>RADIO

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◆3月11日によせて

◆3月11日によせて 【311— Change Yourself】 変化。 2011年3月11日午後2時46分。僕は自宅にいた。自宅も僕も特に大きな被害はなかった。もちろんその時点では東北地方があんなことになっていることなどまったくわからなかった。 しかし、この瞬間を境に、日本は劇的に変化した。それまでの価値観が音を立てて崩れ、それまでに経験もしたことがないようなものが現れ始めた。それを、第二次大戦の終戦とかぶせて語る人もいた。それまで正しいとされていたものが、間違っているということになったのだ。 特に震災後の日本の政治に対する失望感、不信感は計り知れないほど大きい。中でも原発を巡るさまざまな垢や膿(うみ)が次々と露呈し、失望感だけでなく、怒りの感情がまきおこる。いまだに原発を再稼動させようとしている政府など、まるで戦前の価値観同様だ。これまでの価値観をばっさり切り捨て、「チェンジ」する勇気が必要だ。政府自体を全部、総とっかえしなければならない。そもそも、なぜ東電に強制捜査が入らず、誰ひとりとして逮捕されないのか。なぜ東電はまだ倒産しないのか。なぜ東電は告訴されないのか。 僕自身も最初は意識していなかったのだが、この震災の影響がじわじわと精神的に来ているような気がする。結局、音楽もそうだが、音楽についての評論・紹介など、衣食住とは違い、もっとも必要のないものだということを痛感し、無力感を持った。 また首都圏に大地震が来たらどうなるのだろう、原発が爆発したらどうなるのだろう、などと考えると、不安が増大する。こんな気持ちは今まで持ったことがなかった。マイケルが言う「(2009年から)あと4年以内(=2013年)になんとかしなければならない」という予言が刻々と真実味を帯びてくる。 311を前に多くのドキュメンタリーや特集が組まれているが、そんな中で紹介される苦難、苦労、絶望感を見ていると、どんどんと気分が落ち込む。そして、被災し、さらに仮設住宅で自殺する人までいることに心が痛む。天災(地震・津波)と人災(原発と政治)に苦しめられる人々には、本当に何と言っていいかわからない。やはり、「あなたは一人ではないYou Are Not Alone」という言葉を伝えるしかない。 「チェンジ」を訴える「Man In The Mirror」。改めてマイケル・ジャクソンのメッセージが心に沁みる311だ。 ■ マイケル・ジャクソン「マン・イン・ザ・ミラー」について、訳詞も http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10406077277.html http://youtu.be/D2jSiY-Vo8g http://youtu.be/W5W_uin5CDA ■ 関連記事 2011年03月13日(日) 東北地方太平洋沖地震 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20110313.html 2011年03月14日(月) 巨大地震=東日本大震災 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20110314.html 2011年03月16日(水) 311 Catastrophe : My Thoughts For Earthquake http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20110316.html … Continue reading

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○■「ラジカントロプス2.0」~クインシー・ジョーンズ特集にゲスト出演

○■「ラジカントロプス2.0」~クインシー・ジョーンズ特集にゲスト出演 【Radikan-thropus 2.0】 特集。 関東のAM(中波)放送局、ラジオ日本(1422khz)で毎週日曜深夜24時から放送されている異色のラジオ番組『ラジカントロプス2.0』の次回放送2012年3月11日分で、吉岡正晴がゲスト出演し、クインシー・ジョーンズの話をする。 この番組は歌う放送作家の異名を持つ植竹公和さん、ラジオ日本の福田良平さんらが構成、進行などを自由自在に行うもので、毎週何かしらのテーマでゲストを呼び、トークをするというもの。ラジオ放送は1時間だが、ポッドキャスト版が後日(だいたい放送3日後の水曜くらい)トーク部分をノーカットでウェッブにアップされる。 この番組では、「芥川賞・直木賞滅多斬り」という企画が大人気で、最近ではこのポッドキャスト版は70万アクセスを記録したという。 さて今回のクインシーだが、クインシーの歴史はひじょうに長く50年の長きにわたるため、急遽、1979年までをパート1、それ以降をパート2として、2回にわけて行うことになった。 クインシーの誕生日が3月14日(1933年)で今年79歳になるが、その誕生日にあてたハッピーバースデイ企画。 告知ページができています。 http://www.jorf.co.jp/PROGRAM/radio.php 番組自体は、通常のラジオで、また関東地区の方はラジコで。 http://radiko.jp/# (ラジオ日本)をクリック。 このほかスマートフォン、スカパーなどでも全国で聴けます。 第一回は2012年3月11日日曜深夜24時。ポッドキャストは水曜までにアップされる。これは全世界どこでも聴けます。 http://www.jorf.co.jp/PROGRAM/radio.php +++ ○■ 収録を終えて~ プログラム。 今回このクインシーの話をするにあたっていろいろ探していたら、1981年7月の来日プログラムがでてきた。同時に、このときのライヴの30センチ・アナログ盤もでてきた。豪華なミュージシャンたちで、しかも、このときは武道館2日もやっていた。 そして、驚いたのが、記者会見のときに、クインシー本人からサインをもらっていたこと。 クインシーとはその後1989年と1995年、2度プロモーションで来日したときに会って直接インタヴューをする機会があったが、1981年のときにサインをもらっていたのは忘れていた。 植竹さんは、昨年の『ソウル・サーチン~Vol.Q~クインシー・ジョーンズ』の回に来ていただき、イヴェント自体を大変気に入っていただいた。「バンドのクオリティーがすごいんでびっくりしました。どうやってああいうメンバーを集めたんですか」と聞かれたりした。 僕はふだんは無口だが、聞き上手の人に乗せられるとけっこうベラベラ、知ってることをしゃべってしまうようだ。植竹さんが聞き上手なので、話の前後関係なく、聞かれたことに脱線も含め話していたら、例によって最初の曲をかけるまで、40分くらいしゃべってしまったようだ。かなりゆるい収録なので、まるで打ち合わせ感覚でストップウォッチも見ていなかった。(苦笑)ディレクターが途中で困り顔になっていた。途中からストップウォッチを借りて、時間を見るようになった。 まあ、次回収録のときは、もう少し話を整理して、短めにしゃべることにします。 そんな話も含め、とりとめもなく、クインシーの話をしたので、編集するディレクターは相当大変だと思うが、果たしてどうのように編集されているか楽しみ。 1979年以降、マイケルのプロデューサーとしての話、クインシーの80年代以降の話はパート2ですることになっている。パート2の放送日は未定。 収録後、軽く記念撮影。手に持っているのが、1981年の来日時コンサート・プログラムと『ライヴ・アット・武道館』のLP。右が植竹さん。植竹さんが持っているのは、プレス用資料の封筒で、そこにクインシーのサインがあった 植竹さんのブログ。 http://d.hatena.ne.jp/sugarbabe49/ これまでの出演者らとの写真がでています。 植竹さんは、テレビ番組の放送作家などをしつつ、作詞作曲もするというので、打ち合わせのときの雑談がやたらおもしろかった。お笑い関係の仕事もいろいろとされている方。角松敏生さんらとも交流があり、作詞作曲した作品を提供していた。ブラザー・コーンさんなどとも学生時代からのつきあいだというので、おもしろいつながりだなあ、と思った。 RADIO> Radikan-thropus 2.0

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●(速報)ジミー・エリス(トランプスのリード・シンガー)74歳で死去~「ディスコ・インフェルノ」

● ジミー・エリス(トランプスのリード・シンガー)74歳で死去~「ディスコ・インフェルノ」の大ヒット 【Jimmy Ellis, Lead Singer Of Trammps, Dies At 74】 訃報。 1970年代に「ディスコ・インフェルノ」などの大ヒットで一世を風靡したディスコ、ソウル・ヴォーカル・グループ、トランプスのリード・シンガー、ジミー・エリスが2012年3月8日木曜・朝、サウス・キャロライナ州のナーシング・ホーム(老人ホーム)で死去した。74歳。アルツハイマー症の合併症で死去したと娘さんのエリカ・スティンソンさんが語っている。同州ロック・ヒルという街に生まれ、今でもそこに住んでいた。妻ベヴァリーさん、3人の兄弟、姉妹、息子、8人の孫、2人のひ孫によって送られる。「ディスコ・インフェルノ」の「バーン・ベイビー・バーン、ディスコ・インフェルノ~~」のフレーズはいまだに世界中のダンサーの脳裏に焼きついている。 評伝。 ジミー・エリスは、本名、ジェームス・トーマス・エリス2世、1937年11月15日サウス・キャロライナ州ロック・ヒル生まれ。6人兄弟の長男。十代の頃からセント・メリー教会でゴスペルを歌っていた。地元のエメット・スコット・ハイスクール卒業後、フィラデルフィアに移り、ヴォルケイノスやエクセプションズ(「ダウン・バイ・ザ・オーシャン」の小ヒット)に参加。このヴォルケイノスは、1970年代に入り、トランプスへ。 トランプスの由来は彼らがフィラデルフィアのストリートで歌っていた頃、警官から「you are tramps (お前たち、浮浪者、ホームレス)」などと言われていたから。しかし、そこにもう少しハイクラスな雰囲気を出そうと「m」をもうひとつ付け加えてTrammpsにした。 1972年、ブッダ・レコードからジュディ・ガーランドの作品をドゥーワップ調にカヴァーした「ジング・ウェント・ザ・ストリングス・オブ・マイ・ハート」がニューヨークのディスコでヒットしたことから、ダンサブルな作品を多数出すようになり、フィリー・ソウルの大ブームとあいまって、人気となった。 一連のヒットの迫力ある高音のソウルフルなリード・ヴォーカルがジミー・エリス。トランプスの顔とも言える人物だ。 このトランプスには、もう一人、ドラマー兼ヴォーカルを担当するアール・ヤングがおり、ヤングは大変低い声の持ち主で、トランプスのベース・ヴォーカルも支えた。ヤングとエリスの高音、低音があるために、実にヴァリエーションに富んだヴォーカル・ハーモニーが楽しめ、単なるディスコ・グループの枠を超え、ソウル・ヴォーカル・グループとしても大きな魅力を持っていた。 アトランティックに移籍しリリースした「ディスコ・インフェルノ」が1977年末公開の映画『サタデイ・ナイト・フィーヴァー』(ジョン・トラヴォルタ主演のディスコ映画)で使われたことから世界的な人気アーティストとなった。 同サウンドトラックは当時1500万枚以上売れ、マイケル・ジャクソンの『スリラー』が登場するまで、音楽史上もっとも売れたアルバムとなっていた。1979年にグラミー賞「アルバム・オブ・ジ・イヤー」を獲得。ここに収録されたアーティストはすべてグラミーのトロフィーをもらったので、ジミーもグラミー受賞シンガーということになる。 ジミーは、2000年、生まれ故郷ロック・ヒルに戻り、静かに暮らしていたが、2010年くらいまではトランプスの仕事があればでてきていたようだ。2008年ごろからアルツハイマーの症状が少しずつ出てき始めていたという。 ■「なるほど! ザ・ワールド」のテーマ 日本では、「トランプス・ディスコ・テーマ」が、フジテレビ系列で1981年から放映され人気を集めた番組『なるほど!ザ・ワールド』の番組スタート時から1990年までオープニング・テーマ曲となり、よく知られるようになった。また、これはその後2006年ANA(全日空)、2011年、エネオス(ENEOS)エネファームのCM曲としても使用された。 この曲の成り立ちはひじょうにユニークで、こんな歴史がある。 そもそもこれは、上記で触れた彼らの初ヒット「ジング・ウェント・ザ・ストリングス・オブ・マイ・ハート」のシングルのB面に同曲のインストゥルメンタルが収録されていた。これが当時のディスコDJの間で人気となり、シングル2枚使いでディスコ・プレイされたりしていた。インストが大変よく出来ていたため、彼らは75年これをゴールデン・フリースから出すアルバムで再録音した。それが、「トランプス・ディスコ・テーマ」とタイトルされた。だから、本当だったら、「ジング…」が元歌なのだが、もはや彼らの作品になってしまったのだ。 そして、日本ではこのインストがテレビのテーマに使われ、毎週かかることから、当時はシングルがけっこう売れてヒットした。 +++ なお、ジミー・エリスというと、アメリカでは同名のボクサーが有名で、検索をかけると、そのボクサーのことが多数でてくる。 今週金曜(9日)、地元で、また後日、フィラデルフィアでメモリアル・サーヴィスが行われるという。 +++ 「シャウト」(アイズレイ・ブラザーズのカヴァー)まさに現代版ドゥーワップ。 http://youtu.be/_HPQ4uySAYA 長くアルバムがなかったため、当時はシングル盤しかなく、僕もよくシングルをディスコでもかけた。しかも「ホエア・ドゥ・ウイ・ゴー・フロム・ヒア」のシングルのB面で、チャート的にはヒットしない。今回この映像を発見して、かなり驚いた。 「ジング・ウェント・ザ・ストリングス・オブ・マイ・ハート」 http://youtu.be/vx0pnqoenbQ これの最初の高音ヴォイスがジミー・エリス、次にでてくるベース・ヴォーカルがアール・ヤング。グループのドラマーでもある。彼らの快進撃はすべてここから始まった。このブッダからのシングル盤のB面にインスト・ヴァージョンが収録され、それが当時重宝された。後にトム・モールトンがこれをリミックスする。 … Continue reading

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▽ 六本木ナバーナ、3月10日で閉店

▽ 六本木ナバーナ、3月10日で閉店 【Nirvana Closed On March 10th After 3 Years】 閉店。 2008年11月から六本木のディスコとして人気を集めてきた「ナバーナ」が、来る2012年3月10日で閉店する。 ナバーナの前身は1979年5月から1980年8月までオープンし、いわゆる「サーファー・ディスコ」として一世を風靡した人気ディスコ、キサナドゥー、その後、名称をナバーナと変え1984年ごろまで営業していた。今回は約3年4ヶ月営業を続けた。 毎週金曜・土曜はDJオッシーらが登場、当時のサーファー・ディスコでプレイされるような作品をかけていた。 ナバーナは今後新しい場所が見つかり次第、再度新装オープンする計画がある。 最終日はDJオッシーほか、オールスターDJが集合してまわす。 またこの場所には6月頃に、ディスコではない新たな店がオープンとのこと。 入口の壁画は、江守アイさんが書いた作品だが、その壁画がどうなるかは未定。 また、このナバーナ閉店にともない、来る4月から恵比寿のアクトスクエアで月一回金曜に「ナバーナ・ナイト」のイヴェントを行うことになった。 初回は2012年4月13日(金)、その後5月18日(金)、6月29日(金)と開催される。 また、今ディスコ・ファンの間では、「ナバーナ」営業最後の曲は何になるかが話題になっている。 ちなみに、「キサナドゥー」が1980年にクローズするときには、アヴェレージ・ホワイト・バンドの「レッツ・ゴー・ラウンド・アゲイン」、「ナバーナ」がクローズするときは、アーハの「テイク・オン・ミー」だったという。 果たして最後の曲は何になるだろうか。 ■オフィシャル・ウェッブ http://www.nirvana08.net/index.html (ここにシステム、DJ予定表なども) ■ディスコ・ナバーナ Disco Nirvana 郵便番号106-0032 東京都港区六本木3-13-12 B1 電話番号03-5771-2760 六本木交差点から東京タワー方向へ向かい、二つ目、佐世保バーガーの角を左折。突き当たりの右手地下。 DISCO>Nirvana

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◎アル・ジャロウ&ジョージ・デューク~47年を経てのコラボレーション

◎アル・ジャロウ&ジョージ・デューク~47年を経てのコラボレーション 【Al Jarreau & George Duke: After 47 Years】 途中下車。 1940年3月12日生まれのアル・ジャロウ、1946年1月12日生まれのジョージ・デューク。6歳違い。アル71歳(来週の誕生日がすぎれば72歳)、ジョージ66歳。どちらも、アメリカ・ジャズ界では確固たる地位を築いているヴェテランだ。片やまさに「虹色の声(ヴォイス・オブ・レインボー)」と呼ぶにふさわしい声帯の魔術師アル・ジャロウ。片やファンクからメロディアスなとろけるアコースティック・ピアノまで多様性のあるピアノ/キーボードを聴かせるキーボードの匠ジョージ・デューク。この二人に超ハイ・エナジーなドラムスとゴリゴリのグルーヴ・ベースの計4人だけで強烈なライヴを繰り広げる。 ジャカルタで毎年この時期に行われているジャズ・フェス『ジャヴァ・ジャズ・フェスティヴァル』(3月2日金曜~4日日曜の3日間、野外・屋内に20近いステージが同時進行する。2005年から始まり今年は8回目)には多くのジャズ・ミュージシャンからポップ・ミュージシャンなども出演する。今年の目玉はスティーヴィー・ワンダーだったが、そこに出演したアーティストたちがアメリカに帰る際にほんの数日だけ日本に立ち寄ってライヴを行っていく。ジョージ・デューク・グループもそうだが、フランク・マッコム、デイヴィッド・ガーフィールド・グループなどもそう。ジョージ/アルは東京と大阪で1日ずつライヴをして、アメリカに戻る。帰国途中下車、という感じだ。 47年。 さて、アル・ジャロウとジョージ・デュークは、一昨年あたりからジョージ・デュークのトリオでアルが歌うという企画が持ち上がったらしいが、アルが自分の若手のトリオでツアーにでてしまったために、これが実現しなかった。 アル・ジャロウは1940年(昭和15年)ウイスコンシン州に生まれ、大学卒業後、サンフランシスコでリハビリのカウンセラーとして仕事をしていた。ちょうどその頃同地にいたジョージ・デュークと知り合い、ジョージのトリオでジャズを歌い始める。1962年頃のことだ。まだこの頃は、ジョージもアルも音楽では食べていけなかった。夜な夜なジャズ・クラブで何セットも演奏して、昼間は別の仕事をしながら食いつないでいた時代だ。 たまたま、この頃ジョージがアルの歌でデモ・テープを録音した。もちろん当時はデモ・テープを作って、レコード会社に売り込みに行き、レコード契約を取ろうとした。しかし、どこにもって行っても、相手にされず、彼らもそのテープのことさえ忘れてしまった。 アルはその後本拠をロスに移し、やはりジャズ・クラブで歌っていた。徐々にその声、独特のスキャットの歌い方、体全体を使っての歌い方が評判を呼び始め1975年、アルのそんなパフォーマンスをワーナー・ブラザーズのディレクターが「発見」し、契約。アルはメジャーなレコーディング・アーティストとしてデビューする。デビュー作『ウィ・ガット・バイ』は、ジャズ・シーンを中心に話題となり、アルは徐々にヒットも出し、有名になっていく。 一方ジョージも1960年代後期からジャズ・フュージョン畑(当時はまだそういう名称はなかったが)のキーボード奏者として徐々に頭角を現し始める。1970年代にはロックのフランク・ザッパのバンドに加入。ユニークなキーボード奏者として業界内で知られていく。 1970年代後期からはエピック・レコードで自身のアルバムを出し、ジャズからファンク寄りのアプローチをみせて人気を集めるようになっていた。さらに、1981年、ジョージはア・テイスト・オブ・ハニーの「スキヤキ」をプロデュース。これが全米で200万枚以上売れる大ベストセラーとなり、以後プロデューサーとして超売れっ子となっていく。 そんなジョージとアルが一昨年あたりに再会し、昔のようなトリオで歌うスタイルをやろうということになった。ちょうどその頃、ジョージが自宅に古いテープがあるのを発見。それが1965年、当時まだ二人とも無名だった頃のデモ・テープだった。ジョージはこれを発見し、大興奮。アルに電話し、自宅に遊びに来るよう伝え、アルがやってくると、このテープを聴かせた。そのテープとは45年ぶりくらいの再会だった。アルはこのテープが流れると、ぼろぼろと涙を流し始めたという。アルの脳裏に思い浮かんだのは45年前の無名で、これからジャズ・シンガーとしてやっていこうと夢と希望に燃えていたあの頃のことだったのかもしれない。 結局、このテープをCD化、そして、ツアーをすることになった。 アルは別の若手トリオで一度ツアーにでたが、今年になってジョージとツアーに出て、3月にはインドネシア・ジャカルタのジャズ・フェスに登場した。その帰り道、東京・大阪で1日ずつの貴重なライヴが行われたというわけだ。 1965年。 この音源のCDは、当日即売し、サイン会もしていたが、まだあまり輸入盤が出回っていないようだ。そうしたら、すでにアイチューンズiTunesに乗っていた。 Al Jarreau and the George Duke Trio “Live” at the Half Note 1965 (VOL 1) http://itunes.apple.com/jp/album/al-jarreau-george-duke-trio/id429594414 … Continue reading

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●LAの名ギタリスト、ローランド・バティスタ、60歳で死去

●LAの名ギタリスト、ローランド・バティスタ、60歳で死去 【Roland Bautista Dies At 60】 訃報。 アース・ウィンド&ファイアーの初期、さらに、アル・マッケイ脱退後のアースに再度参加した名ギタリスト、ローランド・バティスタが2012年2月29日、ロスアンジェルスで死去した。60歳。心臓発作らしい。死去した場所、様子などまだ詳細はわからない。音楽ジャーナリストのスコット・ギャロウェイ氏が明らかにした。 バティスタは1951年5月30日、ロスアンジェルス生まれのメキシコ系アメリカ人。1972年にアース・ウィンド&ファイアーの『ラスト・デイズ・・・』に参加してから、ロスアンジェルスの音楽界で頭角を現し始めた。アースを70年代中期に脱退してからは、セッション・プレイヤーとして大活躍。ラムゼイ・ルイス、ランディー・クロフォード、ジョージ・デューク、クルセイダーズ、ヒューバート・ロウズなど多くのアーティストの作品にレコーディングやツアーで参加。超売れっ子ギタリストとなった。日本にもクルセイダーズのツアーなどで何度も来ている。クルセイダーズのライヴ・イン・ジャパン盤でもローランドのプレイが聴かれる。 特にリズム感のすばらしいカッティング・ギターに定評があった。 1981年、アースからギタリスト、アル・マッケイが脱退した後に、再度、モーリス・ホワイトから請われ、アースに復帰。『レイズ』、1982年の『パワーライト』、1983年の『エレクトリック・ユニヴァース』に参加。 1977年、当時あったABCレコードから自身名義のアルバム『バティスタ』、1978年『ヒート・オブ・ザ・ウィンド』をリリース。 また、ジャクソンズの『デスティニー』、トム・ウェイツの『ブルー・ヴァレンタイン』(1978年)などにも参加している。ジョージ・デュークの人気盤でブラジル録音『ブラジリアン・ラヴ・アフェア』でも全編エレキ・ギターを響かさせている。 George Duke Brazilian Love Affair http://youtu.be/1gpRcPLnMoo ■ ジョージ・デューク『ブラジリアン・ラヴ・アフェア』 Brazilian Love Affair posted with amazlet at 12.03.06 George Duke Epic Europe (1992-04-27) 売り上げランキング: 134741 Amazon.co.jp で詳細を見る Roland Bautista … Continue reading

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●ホイットニー3作、アルバム・トップ10入り

●ホイットニー3作、アルバム・トップ10入り 【Whitney’s 3 Albums Now In Top 10】 急死。 ホイットニー・ヒューストンが2月11日に急死してから、彼女のCDが爆発的に売れている。 ビルボード誌3月10日付けトップ200アルバムス・チャートで、ホイットニーのCDが3タイトル、トップ10入りを果たし、アルバム・チャート・トップ10に3作品を同時にいれた初の女性アーティストになった。 『グレイテスト・ヒッツ』が2位(今週の売り上げ17万4000枚)、『ボディーガード』が6位(同4万7000枚)、ファースト・アルバム『ホイットニー・ヒューストン』が9位(3万枚)だ。ほかにも、16位に最新作『アイ・ルック・トゥ・ユー』(1万9000枚)、30位に『マイ・ラヴ・イズ・ユア・ラヴ』(1万5000枚)、39位に『アイム・ユア・ベイビー・トゥナイト』(1万3000枚)、105位に『プリーチャーズ・ハウス』(5000枚)、126位に『ジャスト・ホイットニー』(4000枚)、133位に『ホイットニー』(4000枚)、また73位に『ベイビー』『マイ・ラヴ』『ジャスト・ホイットニー』の3作品をワンセットにした3枚組みも7000セットを売り、チャート入りしている。 このほかに、2月26日までに32万枚のCD、37万3000トラック、ダウンロードがされた。死去以降66万8000枚のCD、276万トラックのダウンロードが記録されている。 トップ10アルバムに同時に3作品をいれたのは、1968年7月のサイモン&ガーファンクル以来、およそ44年ぶりの快挙。同時にトップ10に3作品をいれたのは、ほかに、ビートルズ、ピーター、ポール&マリー、ハーブ・アルバート&ティファナ・ブラスしかない、という。ハーブ・アルパートは、1966年4月4日で同時に4作品をいれた。 ただこの記録は、ビルボードのチャート・ルールが2009年12月5日に変更されたことで起こったもの。それまでは、いわゆる古い作品(今回だとホイットニーの1985年のデビュー・アルバム)などは、トップ200には入ってこなかった。そうした旧タイトルは、旧カタログを集めたチャート(トップ・コンプレヘンシヴ・アルバムス・チャート)のみに入っていたため、新譜中心のいわゆる「トップ200」にはランクインしてこなかった。だが、2009年12月以降、「トップ200」は新旧関係なく、その週に売れた枚数でチャートを決めるようになったため、このような変化が起こった。したがって、このようなルールが適用されていれば、2009年6月25日のマイケル・ジャクソン死去後も、マイケル作品が多数トップ10入りを果たしたことになる。また、2009年9月には、ビートルズがリマスター盤を一斉に発売したが、それらも「トップ200」入りしていたとみられる。 いずれにせよ、大変なセールスが記録されていることにはまちがいない。 今年10月末に発表される物故者セレブ・ランキングにも入ってきそうだ。 ■ 全米アルバム・チャート2位に急上昇~ホイットニー:ザ・グレイテスト・ヒッツ(輸入盤) Whitney the Greatest Hits posted with amazlet at 12.03.02 Whitney Houston Arista (2000-05-12) 売り上げランキング: 411 Amazon.co.jp で詳細を見る 同日本盤 ザ・グレイテスト・ヒッツ posted with amazlet … Continue reading

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■# 「ワン・モンキー・ドント・ストップ・ノー・ショー」の意味

■# 「ワン・モンキー・ドント・ストップ・ノー・ショー」の意味 【The Meaning Of “One Monkey Don’t Stop No Show”】 意味。 昨日の『ソウル・ブレンズ』でハニー・コーンの「ワン・モンキー・ドント・ストップ・ノー・ショー」がかかった。1972年、女性トリオ、ハニー・コーンの大ヒットだ。前々からこの曲のタイトルの意味がわからなかったので、DJマーヴィンに「これってどういう意味?」と尋ねた。すると、マーヴィンも「ねえ、よくわかんないよ」との答え。これには僕もびっくり。 マーヴィンの解説では、直訳的には「一匹のサルは、ショーを止めない」だから、「ショー・マスト・ゴー・オン(ショーはいずれにせよ、続いていく)」といった意味だと言う。ちなみに、Don’t と No と二重否定になっているが、これはブラック独特の言い回しで、二重否定されていても、文章全体は否定の意味になる。Ain’t No Mountain~(~の山はない)などと同じ。One Monkey Don’t (Any) Stop Show「サルが一匹くらいいなくても、ショーは止まらない」という意味だ。 マーヴィンにこのフレーズは当時流行っていたフレーズなのかときくと、「いや、きいたことはない。別に流行っていたわけではないと思う」という。ただ「この曲は、何かメッセージがあるような気がする」とも。「でも、そのあたりがよくわからない、吉岡さんに聞こうと思った(笑)」と言われても、僕がわかるわけないじゃない。ブラザーのマーヴィンがわからないものを…。(笑)  しかし、そこで、このハニー・コーンは、ホットワックス/インヴィクタス・レコードからでてきたアーティストだということ。そのホットワックス/インヴィクタスは、デトロイトのモータウン・レコードにいて数々のヒット曲を送り出した超強力ソングライター・チーム、ホランド・ドジャー・ホランドがベリー・ゴーディーと喧嘩別れしてモータウンを辞め、自力で設立したレコード会社だ、ということをマーヴィンに説明した。 するとマーヴィンが「ああ、じゃあ、このワン・モンキーは(モータウン社長の)ベリー・ゴーディーのことじゃない?」と推理を働かせた。つまり、「ベリーがいなくても、この業界は続いていくよ」「ベリーなしでも、僕らはやっていけるよ」というメッセージだというのだ。 ハニー・コーンのヴァージョンはこちら。 http://youtu.be/RgL4HZAy3wk この映像を見てもわかるが、これを書いたのは同じホットワックス/インヴィクタス所属のR&Bグループ、100プルーフのリーダー的存在のジェネラル・ジョンソン。 歌詞を読むと「一匹のサルはショーを止めることはできない。もしあなたが私の愛を必要としないなら、別れましょう」「成功で頭が一杯になったのかしら。でも、オバカさん、その成功の源は私だってわからないの? かつてと違うあなたなら、もう私の人生から出て行って。あなたのことは好きだけど、あなたなしでやっていけるわ。ショーは続かなければならないから」といった意味。 曲を書いたのはホランド・ドジャー・ホランドではないが、確かに彼らの意を汲んで、こういう歌詞になったということは十分に考えられる。「一匹のサルがベリー・ゴーディー」というわけだ。ベリーとホランドたちは、印税などお金のことでもめた。自分たちが正当な報酬を得ていないと思い、結局、モータウンを辞めた。訴訟にもなったので、相当意見が対立していた。ベリーに頭にきて、「お前なんかいなくたって、俺たちはやっていけるぞ」という意味を含めて、この曲を出して、ヒットさせたとしたら、これはこれでおもしろい。 ■ 「ワン・モンキー…」を含むデビュー作『ソウルフル・タペストリー』 ソウルフル・タペストリー posted with amazlet at 12.03.04 ハニー・コーン ブルース・インターアクションズ (1996-09-25) … Continue reading

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★■ 「ソウル・サーチン」では、ボビー・ウーマック

★■ 「ソウル・サーチン」では、ボビー・ウーマック 【Bobby Womack on Soul Searchin】 特集。 今日の『ソウル・ブレンズ』(インターFM、76.1mhz、午後1時~3時)内「ソウル・サーチン」(2時半~)では、先日来日して大好評を博したボビー・ウーマックを特集します。本当は先週ボビーをお送りする予定だったが、急遽、番組が2時半で終了することになり、できなくなっていたもの。 関東地区の方は、ラジコを通じてパソコンで、また全国でもスマートフォン、スカパーなどを通じて聴けます。 http://radiko.jp/player/player.html#INT ■ 誕生日 バースデイ。 ボビー・ウーマックは、今日3月4日が誕生日。1944年生まれなので、今年で68歳になる。 ■2日目ファーストがフジテレビ・ネクストでオンエア さて、2日目(2月23日・木曜)のファースト・セットが、フジテレビの有料チャンネル「フジテレビ・ネクスト」で生中継されました。その模様から冒頭の部分がユーチューブにアップされています。 http://youtu.be/sOabV1tn7BE また、「フジテレビ・ネクスト」では、あと2回再放送があります。2012年3月8日(木)26時~27時30分(9日・午前2時~3時半)と、3月9日金曜15時40分~17時10分。 視聴方法はこちら。 http://www.fujitv.co.jp/otn/howto/index.html ■EPKプロモ・ビデオ そして、ボビー・ウーマックの娘さん、ジーナリー・ウーマック(ステージに途中で上がって、『ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム』を一節聞かせた人です)がワールド・ツアーを控えて、そのプロモーション用ビデオを作りました。 http://youtu.be/8iMwSeYfA5w この中で「自分は癌で、糖尿病で、目が見えなくなり、2回も手術をしなければらなくなって…」などと語っています。 ■ 『アンサング』~ボビー・ウーマックの回(約38分、英語) そして、極めつけは、毎週ブラック・ミュージシャンにスポットをあてる良質のアメリカのケーブルテレビで放映されているドキュメンタリー番組『アンサング』。2012年1月に放送されたもの。全編がすでに見られます。 http://youtu.be/P7yF8CJM1kg ++++ ■ 新作は6月か 新作。 ところで、ボビーとちょっとだけ話をする機会があったが、彼は現在アルバムを制作中。ほぼできあがっていて、6月にはリリースしたい、とのこと。リリース時には、さまざまなテレビ番組などに出て、プロモーションするつもりだそうだ。ここにはゴリラズのメンバー、デイモン・アルバーンらとの共演、エアロスミスのスティーヴン・タイラー、ブラーなどとの共演もあるとのこと。 2010年にゴリラズのアルバム『プラスティック・ビーチ』で客演をしてから、彼らと接点を持ち、今度はボビーの新作に彼らがゲスト的にはいるようだ。 ボビーの新作のタイトルは『ザ・グレイテスト・マン・イン・ジ・ユニーヴァス』。ロンドンでXLレーベルのリチャード・ラッセルのプロデュースの元、レコーディングを続けている、という。イギリスでは、XLから発売されるようだ。 ボビーは、「ゴリラズのデイモン・オルバーンは、若い頃のサム・クックみたいだ」と評している。 ++++ バックコーラスで来日していたKCウーマック。セシル・ウーマックとリンダ・ウーマックの子供で今年19歳。彼女によると、両親(ウーマック&ウーマック)は、今、タイに住んでいるという。自然とそののんびりした空気が好きらしい。タイとときおり、アメリカに戻るらしい。KCは、アメリカに住んでいる。 ■ボビー・ウーマック・ベスト ラスト・ソウル・マン … Continue reading

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●★ ホイットニーからトム・スコットへの感謝の電話

●★ ホイットニーからトム・スコットへの感謝の電話 【Whitney Called Tom Scott For Thanking For His Play】 感謝。 ホイットニーについては、いろいろな思い出話がでているが、ロスアンジェルスをベースに活躍するヴェテラン・サックス奏者、トム・スコットがちょっとしたエピソードをフェイスブックで明かした。なかなかいい話だったので、簡単にご紹介しよう。 トムは、ホイットニーの曲は1曲(「セイヴィヴィング・オール・マイ・ラヴ・フォー・ユー」)しかプレイしていないが、こんな思い出があるという。 彼はプロデューサーのマイケル・マッサーに頼まれ、「セイヴィング・オール・マイ・ラヴ・フォー・ユー(すべてをあなたに)」でサックスをプレイしてレコーディングした。1984年の後半くらいだろう。しかし、それはバック・トラック(カラオケ)のレコーディングだったので、シンガーであるホイットニー本人はスタジオにはいなかった。レコーディングを終えて、すっかりトムはこのことを忘れていた。 すると数週間後、アルバムのリリース直前にトムに電話がかかってきた。「ハーイ、私はホイットニー・ヒューストンです。一度もお会いしたことはありませんが、『セイヴィング・・・』でのあなたのプレイが大変気に入っていることをお伝えしたくて電話しました」 ホイットニーはこの時点では、まだまだ無名のシンガーだ。トムはロスの売れっ子サックス奏者。業界内ではもちろん大先輩だ。ただ、シンガーは、バックのトラックで誰が何をレコーディングしているかなどは、知らないことが多い。もちろんバンドなどで一緒にやっている場合は別だが。 なので、彼女がサックス奏者の名前を聞き、わざわざ電話番号を調べ、電話してきて「感謝してくれたこと」にトムは大変感激した、というわけだ。トムは「このことは決して忘れない」と言う。なかなかいい話だ。 一方で、この話を読んだシー・ウィンドのメンバーで、ホイットニーの1998年のツアーに参加し、ホーンやキーボードをプレイしたラリー・ウィリアムスは、「それはすばらしい話。しかし、実際、珍しい話だ」と前置きして、「ステージに大きな紙に(メンバーの)名前が書かれていたが、2週間のツアー中、結局、彼女は僕の名前は覚えてくれなかった」と言っている。たぶん、このふたつの話には14年ほどの歳月が流れているが、時代やさまざまな状況はすべて変わるということだろうか。 Saving All My Love For You http://youtu.be/fQgRwrYRLtk 中盤からのサックス・ソロがトム・スコット。 Saving All My Love For You @ 1986 Grammy Award: Dionne handed her Grammy … Continue reading

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◇ワックスポエティックス第20号発売

◇ワックスポエティックス第20号発売 【Waxpoetics #20 Released】 発売。 ブラック・アーティストやクラブ系DJ、リミキサーなどにフォーカスを当て徹底したインタヴューなどを紹介している良質な音楽誌「ワックスポエティックス(日本版)」の最新号(第20号・隔月刊)が2012年2月末に発売された。 今回は日本独自の制作記事で伝説の故ラリー・レヴァン記事18ページ、やはりニューヨークをベースに活躍するDJ、リミキサー、フランソワ・ケヴォーキアンのインタヴュー15ページ、ハミルトン・ボハナン・インタヴューなど、ひじょうに中味の濃い一冊になっている。 僕もサム・クックで8ページ寄稿した。僕はこれまでサム・クックを生で見たことがある人には会ったことがないので、実際に生で見た人(なんとピーボ・ブライソン)からそのときの話を直接聞いたときには、大興奮した。そのあたりも、書き込んでいる。たぶん今出てるサム・クック記事の中で、サム・クックのライヴを生で見た人の話を直接きいたものはどこにもないので、貴重かと思う。サムは1964年12月11日33歳で死去。 内容などは、こちら。 http://www.waxpoetics.jp/magazine/ Wax Poetics Japan No.20 posted with amazlet at 12.02.24 Grunt Style Amazon.co.jp で詳細を見る MAGAZINE>Waxpoetics>#20

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