Monthly Archives: February 2012

◎ ベティー・ライト自身名義初来日ライヴ

◎ ベティー・ライト自身名義初来日ライヴ 【Betty Wright First Japan Live】 アフロ。 太陽とパームツリーの街、フロリダ州マイアミから生まれた「マイアミ・サウンド」。そんなマイアミから登場した女性シンガー、ソングライター、ベティー・ライトの自身初名義ライヴ。ボビー・ウーマックの17年ぶりの来日に続いて、南部からのベティー初来日はソウル・ファンにとっては嬉しいところ。もちろん、ベティーとしてのライヴは初めてなのだが、彼女は1991年グローリア・エステファンのバックコーラスの一員として来日はしている。 ベティー・ライトには1980年代中ごろ、ニューヨークで行われていた「ニュー・ミュージック・セミナー」で会ったことがある。彼女がパネル・セッションで話をしていて、その後、立ち話をした。大変快活で頭脳明晰、よくしゃべる人という印象を持った。シンガーとしても成功したが、あれだけ業界を俯瞰して見ることができればプロデューサー的な裏方でも十分やっていけるだろうなあと思ったものだ。マイアミのヘンリー・ストーンのTKレコードに関してはやまほど書きたいことはあるが、また別の機会に。ベティー・ライト1983年のアルバム・ライナーノーツも書いたことがあった。 さて、ライヴはドラムス、ギター、ベース、キーボード、パーカッション、コーラス3人という8人編成バンドにベティーがステージ中央に立つ。今回は特別にセカンドがなくなり、ファーストのみ2日の編成。 いきなり赤いワンピースのような派手な衣装に、特大の丸いアフロ・ヘアーで登場。あれはカツラか本物か。70年代風というか、オールドスクール風でインパクトがある。ライヴは全体的に南部のチトリン・サーキットで見ているような空気感が漂う。ベティーの声は、まったく衰えることを知らず、ひじょうによく声が通る。 一番有名な「クリーン・アップ・ウーマン」が1971年のヒットだが、これはのちに多くのアーティストにサンプリングされたりカヴァーされたりして、よく知られる。超ヴェテランだが、最近でもルーツと一緒に作ったアルバムがグラミーにノミネートされたり、現役ばりばりだ。そのルーツとの共作からも披露。 http://youtu.be/r0ssMVL9I1Q ちょうど、その作品がグラミーにノミネートされ、会場に向かう途中でホイットニーの死を知った、という。そんな話をしてから、ホイットニーへのトリビュートとして「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」をコーラス3人と歌った。このコーラス3人のうち2人がベティーの娘だそうで、客席から見て真ん中と向かって左(センター寄り)が娘だと思ったのだが…。二人が赤のおそろいを着てるように見えたので、それが娘たちかと思った。またギタリストはベティーの兄弟だそう。(弟か兄かは判明せず) 歌声は健在で、よく出ている。特に低めの声が印象よく、一方、時折ミニー・リパートンのような超高い声を出してインパクトもあるのだが、多用するとちょっと小さい子供の悲鳴のようにも聞こえてしまうので、たまに出すのがいいのではないかと思う。 意外だったのが、「私はザディコ・ミュージックが大好き。そして私は46年それを歌っている」といって彼女のヒット「シューラ・シューラ」を歌ったこと。これがザディコを源流に持つとは、今まで気づかなかった。 確かにマイアミという土地柄、ゴスペル、ラテン、ソウル、レゲエだけでなく、南部のザディコなどの要素も入ってくるのはうなづける。 驚いたのは、「クリーン・アップ・ウーマン」の後半でジェームス・ブラウン・メドレーを披露したこと。ブラウンが好きなのだろうが、6曲近くメドレーでやったのには驚いた。 このライヴも比較的ゆるい感じで、セットリストは、ベティーが自由自在に変えていくのだろう。 ベティーの最近の仕事では、なんと言ってもジョス・ストーンのファーストのプロデュースぶりが際立っているが、そうしたオールド・スクールとしての貫禄は十分に出していた。 ■ ベスト ザ・ヴェリー・ベスト・オブ posted with amazlet at 12.02.28 ベティ・ライト イーストウエスト・ジャパン (2000-07-26) 売り上げランキング: 161162 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 最新作『ザ・ムーヴィー』 Betty Wright: … Continue reading

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□ 第84回アカデミー賞(オスカー)決定~『アーティスト』と『ヒューゴ』で分ける

□ 第84回アカデミー賞(オスカー)決定~『アーティスト』と『ヒューゴ』で分ける 【84th Oscar 2012】 オスカー。 グラミーに続くアメリカエンタテインメント業界最大のお祭り、第84回アカデミー賞が2012年2月26日(日)ハリウッド・ハイランド・センターで全24部門が発表された。司会はオスカーでの9回目の司会となるビリー・クリスタル。 フランス映画として初のアカデミー賞作品賞のノミネートされたモノクロのほぼサイレント映画『アーティスト(The Artist)』は結局5部門、11部門ともっともノミネートされたマーティン・スコセッシが初めててがける3D映画『ヒューゴの不思議な発明(Hugo)』も5部門受賞。『アーティスト』と分け合った。主演女優賞はオスカー・ノミネート17回で受賞3度目となるメリル・ストリープ。『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』でイギリス首相サッチャーを演じた。 勝者などは、オスカーのオフィシャル・サイトへ。 http://oscar.go.com/ 恒例ソウル・サーチンのオスカー予想(2月26日付けブログで発表)は全24部門中、本命で18部門、対抗で3部門の.875だった。 昨年の予想と受賞者など。過去記事。 2011年03月01日(火) 第83回2010年度(2011年)アカデミー賞決定 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10815950729.html オスカー、過去の予想的中率は次の通り。 第84回 2011年度 予想24部門 本命的中18 対抗的中3 はずれ3 .875 (2012年2月26日発表) 第83回 2010年度 予想24部門 本命的中18 対抗的中4 はずれ2 .917 (2011年2月27日発表) 第82回 2009年度 予想24部門 本命的中14 対抗的中6 はずれ4 .833 (2010年3月7日発表) 第81回 2008年度 予想24部門 本命的中17 対抗的中5 はずれ2 .917 第80回 2007年度 予想24部門 本命的中13 対抗的中4 はずれ7 .708 第79回 2006年度 予想24部門 本命的中13 対抗的中8 はずれ3 .875 第78回 2005年度 予想10部門 本命的中7 対抗2 .900 第77回 2004年度 予想10部門 本命的中7 対抗3 1.000 今年の全24部門ソウル・サーチャーの予想と勝者は次の通り。 84th OSCAR PREDICTIONS: 01. Best Picture 勝者 本命 The Artist アーティスト 対抗 The … Continue reading

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◎ マイケル・ジャクソン『ディス・イズ・イット』ツアー、終了~MJスピリット・ライヴ

◎ マイケル・ジャクソン『ディス・イズ・イット』ツアー、終了~MJスピリット・ライヴ 【Michael Jackson’s This Is It Tour Ends】 終了。 2009年7月からロンドンのO2(オーツー)アリーナで50本のライヴを終えたマイケル・ジャクソンは、その後2010年5月日本を皮切りに世界ツアーに出た。そのときここAXで行われたライヴだ。そしてそのツアーが約1年半をかけて世界を周り、最終公演を東京で行う。それがこの日のステージだ。~~という設定で行われたMJスピリットの『ディス・イズ・イット』ツアーの完全再現ショー。 前回も書いたが、ここまで徹底してやってくれると、本当にマイケルが降臨しているかのような錯覚に陥る。大道具、小道具、ちょっとした新しいネタなども含めての2時間超。楽しめる。マイケルが生きていたら、きっとこうやったであろうショーの再現である。 今回は「ビリー・ジーン」の電飾がさらにグレードアップ。色もいろいろ、しかもヴァリエーションもあってすごい。もうひとつ「ダーティー・ダイアナ」のところのポール・ダンサーもインパクトあった。これは前回なかったもの。 改めてこうやって見ていくと、マイケルの曲ってどれも素晴らしいなあ、と思う。楽曲がとにかくいい。そして、そこにかっこいいダンス・パフォーマンスが加わるのだから、まさに鬼に金棒だ。最後の「マン・イン・ザ・ミラー」など何度こうやってライヴで聞いても、素晴らしい。 ■過去前回ライヴ評。過去記事も 2010年05月23日(日) マイケル・ジャクソンのスピリットとソウルが舞い降りたMJスピリット (パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10542306627.html 2010年06月04日(金) MJスピリット(パート2): マイケル・ジャクソンのスピリットとソウルが舞い降りたMJスピリット http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10552859570.html#main ■セットリスト:MJスピリット @ 渋谷AX 2012年2月25日土曜 Setlist: MJ Spirit 前説:トヨ&吉岡正晴 show started 18:45 00. Video 01. Wanna Be Startin’ Something 02. Don’t Stop … Continue reading

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□ 第84回アカデミー賞(オスカー)予想 ~ 今年は『アーティスト』か

□ 第84回アカデミー賞(オスカー)予想 【84th Oscar Predictions 2012】 オスカー。 グラミーに続くアメリカエンタテインメント業界最大のお祭り、アカデミー賞が2012年2月26日(日)ハリウッド・ハイランド・センターで発表される。今年は第84回、24部門。日本時間27日(月)午前10時から有料衛星放送局ワウワウWOWOWで生中継される。司会はオスカーでの9回目の司会となるビリー・クリスタル。 今年はモノクロのほぼサイレント映画『アーティスト(The Artist)』の人気が圧倒的。フランス映画として初のアカデミー賞作品賞のノミネート。もっともノミネートされているのはマーティン・スコセッシが初めててがける3D映画『ヒューゴの不思議な発明(Hugo)』で11部門。『アーティスト』が10部門。『マネーボールMoneyball』『戦火の馬War Horse』が6部門。 『アーティスト』は最低6部門うまくいけば8部門まで伸ばし、このオスカーの夜、最大の話題になるだろうとソウル・サーチャーは予想する。 ノミネートリストなどは、オスカーのオフィシャル・サイトへ。 http://oscar.go.com/ 恒例ソウル・サーチンのオスカー予想。発表は26日日曜西海岸時間午後5時半(日本時間27日午前10時半)から。 昨年の予想と受賞者など。過去記事も 2011年03月01日(火) 第83回2010年度(2011年)アカデミー賞決定 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10815950729.html オスカー、過去の予想的中率は次の通り。 第84回 2011年度 予想24部門 (2012年2月26日発表) 第83回 2010年度 予想24部門 本命的中18 対抗的中4 .917 (2011年2月27日発表) 第82回 2009年度 予想24部門 本命的中14 対抗6 .833 (2010年3月7日発表) 第81回 2008年度 予想24部門 本命的中17 対抗5 .917 第80回 2007年度 予想24部門 本命的中13 対抗4 .708 第79回 2006年度 予想24部門 本命的中13 対抗8 .875 第78回 2005年度 予想10部門 本命的中7 対抗2 .900 第77回 2004年度 予想10部門 本命的中7 対抗3 1.000 今年の全24部門のソウル・サーチャーの予想は次の通り。 84th OSCAR PREDICTIONS: 01. Best Picture 本命 The Artist … Continue reading

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◎ ボビー・ウーマックは力のある限り歌い切る~ソウル・マンの教え

【So Exciting My Hero, One & Only Bobby Womack】 壮絶。 なんといったらいいのだろう。満身創痍だが、ショーは必ずやり遂げる、その信念とソウルが、このすさまじいばかりの壮絶パフォーマンスを成立させている。 セカンドはジャケット、パンツ、帽子から靴まで、赤で統一し、びしっと決めて登場。1曲目でボビーが書いてジョージ・ベンソンでヒットした「ブリージン」をバンドが演奏しスタート。そしてイントロ的に「ユー・キャント・タッチ・ディス」が流れ、これに乗せておもむろにボビーが登場した。声の出方が初日よりかなりいい。1日違うだけでここまで違うかというほどよく声がでている。基本は座っているが、立つ回数も多いような気がした。まさしく「気」でステージを行っている感さえする。 「ハリー・ヒッピー」など、そのひたむきなボビーの姿を見ていると、こちらが泣けてくる。ここでは、前日同様リサ・フレイジャーとのデュエット。やはりこのリサは見事だ。 Harry Hippie http://youtu.be/Cx2jDWpD6fM ボビーは曲のイントロや途中でしばしば「語り(モノローグ)」をいれるが、これがどこまでネタでどこまで本当なのかがわからない。しかし、ラップの原形とも言えるこのナレーションは、同じサム・クック門下生ルー・ロウルズ譲りというか、実に渋い。ただの語りが音楽になってしまうのだから、本当にすごい。 彼のパフォーマンスを見ていて、初来日1987年9月のことを思い浮かべていた。あのときも初めて見るだけあって感激した。あれから25年。以後今回までに2回来日。4回目の来日だ。毎回見てきたが、しかし、3回目から17年の間隔はあまりに長い。本人は「17年? そんなに経ったか?」といった風で、それほど気にもしていないようだ。だが、確実にボビーも、そして見るこちら側も25年、歳をとっているのだ。 「ストップ・オン・バイ」でマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」風の節をいれてトリビュートしつつ、次の曲へ。「アイ・ウォズ~~~、ボーン・バイ・ザ・リヴァー~~~」、ボビーが歌うこれだけでソウル・ファンは号泣する。 「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」では、今回は「弟(セシル)の娘、サム・クックの孫、ケイシー」と紹介した。彼女の愛称は「ケイシー」だそうだ。あとから聞いたのだが、なんと彼女はまだ19歳。若い。そこで一緒に一節歌うボビーの娘ジーナリーとは従姉妹同士になるわけだ。 http://youtu.be/jNe2rRBJ5j4 この日は12曲目「アイム・トライング…」と14曲目「イフ・ユー・ドント…」が前日歌われなかった作品。曲順もその場でボビーの気分でどんどん代わるようだ。実際、初日と後半の曲が入れ替わっている。 レデシーらオークランド・ミュージック・サークルの一員、サンドラ・マニング(キーボード奏者)によれば、「曲が変わったら、必死についていくわ」と言っている。サンドラはレデシー、レイラ・ハサウェイ、ラリー・グラハムらとレコーディングやライヴ・ツアーなどもしている、才女だ。 I Wish He Didn’t Trust So Much http://youtu.be/ovmS20sc2_U 司祭。 バラードでも張り上げるシャウト・ヴォイス。「アアアアーッ」と長く声を伸ばすソウル・ヴォイス、これには本当にそれだけで打ちのめされる。声だけでやられてしまう感じだ。そして、どう見ても足はふらつき、腕には点滴か注射の跡を隠すように巻いた黒い包帯、体調は万全ではないのに、ステージをやり遂げるぞというこの気迫、執念、これには心底感動した。「アアアッ~~」とシャウトしたまま、ステージで倒れ込んでしまうのではないかとさえ思ってしまうほどの熱演だ。だが満身創痍の男も、ステージでは元気になってしまう。それもまた、音楽の力だ。 腕と体でありったけのボディー・ランゲージ、ジェスチャーを見せ、杖を振り回し、バンド・メンバーにキューを出し、すべてのショーを仕切るボビー・ウーマック司祭。ソウル・ショーは熱く暑く厚くなければならない、というのをまざまざと見せ付けてくれる。ステージに上がるとアドレナリンが出て、ふだんよりもものすごい元気さが出る男に違いない。それにしても、ボビーの歌唱はなんでこんなに熱いんだろう。きっとボビー自身が熱い人生を生きているからなのだろう。 14曲目が終わった後、次の曲に行くときにサックス奏者に「そろそろ時間だ」みたいなことを耳打ちされたのだろう。それを受けてボビーは「俺はやりたいときまでやる」とマイクで広言した。 セシルとリンダ・ウーマック夫妻の娘でケイシーと呼ばれるゼカリアスは、19歳で7人兄弟の6番目。サム・クックの孫だが、その娘3人で「エジプシャン・クイーン」というユニットを組み、ボビーも曲を提供したりして、いずれデビューするという。ボビー自身もアルバムを作っており、4月くらいには全米リリースする予定だという。 改めて、ボビー・ウーマックってこの時代に生き残った、本当に「ラスト・ソウル・マン」「ソウル・サヴァイヴァー」ということをひしひしと感じる。マイ・ヒーロー、ラスト・ソウル・マン、God Bless Youとしかいいようがない。 ボビーの「やれる限りギリギリまでやる。力ある限り歌い続ける」というその姿を見て、僕も「生ぬるくやってちゃだめだ、徹底してやれ」と教えられたような気がした。 … Continue reading

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◎ ボビー・ウーマック、17年ぶりに日本のステージに: 伝説の来日に感謝

◎ ボビー・ウーマック、17年ぶりに日本のステージに: 伝説の来日に感謝 【Bobby Womack: Last Soul Man’s Theory : Show Must Go On】 ラスト。 「ラスト・ソウル・マン」ことボビー・ウーマックが17年ぶりに日本のステージに立った。ボディーガードに付き添われ、杖をつきながらステージ中央に。バックバンドは、ドラムス、ギター、ベース、キーボード2人、コーラス3人、ホーンセクション3人という大所帯11人。これにボビーでオン・ステージは総勢12人。さすがにオールド・スクールのソウル・ショーは大所帯だ。 また、客席は日本のソウル関係者全員が集まってきたのではないかというほどの大集合で、超満員。2日4公演がソールドアウトという伝説らしき集客を見せた。 一言で言えば、「伝説を見られたことに感謝」。あのスライ・ストーンを初めてみたときと同じような感覚を持った。 イントロからいきなり「アクロース110th(ハンドレッド・テンス)ストリート」へ。しかし、すぐにスツールに座って、ほとんど座ったままの歌唱だった。見た目にもかなり疲れているのか、体調が悪い様子。またかなり老けてやせた印象を持った。前半はなかなか声も思うように出ていない感じだ。以前のライヴでは大迫力で、声だけで観客をぶっとばすほどの力があったが、残念ながら、声を出すのも苦しそう。とはいえ、徐々にときおり往年の光輝くあの「ボビー節」が出てくるから、ファンとしてはそれだけで嬉しいところ。 次々とヒット曲がメドレーで歌われ、曲によってはイントロが流れるだけで、「ウォーーッ」と歓声があがる。セットリストはまさにベスト・オブ・ボビー・ウーマックという感じ。 驚いたのは「ノーバディー・・・」のところで、ボビーがぽつりと「本当はここにいるべきじゃないんだ。俺は二度も手術して、癌で心臓も悪くてな…」なんてことを言ったこと。半分ボビー特有のジョークと取る人もいたが、ちょっと気になるコメントだ。 4曲目の「ハリー・ヒッピー」で3人の女性シンガーの一番センター寄り、客席から見て左のシンガーと一緒に歌ったが、見事な歌声を聞かせた。素晴らしい迫力。紹介されなかったのだが、リサ・フレイジャーのようだ。彼女はワシントンDC出身のシンガーで、かつてレイス(Lace)というグループのメンバーだった人物。2000年に自身のアルバム『ハート・オブ・ゴールド』をイタリアのレーベルから出している。これまでにボズ・スキャッグスなどのバックコーラスでも来日している。(ちなみに右端もリサ) そして、このあたりから、ボビーの歌の調子があがってきた。 「ストップ・オン・バイ」のところでは、マーヴィン・ゲイの思い出話などをしたのだが、英語がもごもごして、かなり聴き取りにくくよくわからなかった。ただ彼の語りは、いかにも曲に乗ってしゃべるような感じになるので、詩人ボビー・ウーマックの趣も感じさせた。 圧巻だったのは、ボビーにとっての大先輩であり師匠であるサム・クックの「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」を歌ったところ。真ん中のコーラスを呼び出し、「俺の弟の娘だ」と紹介した。彼女の歌声もさすがに力強く、ボビーもそれに影響されて、歌に力が加わった。 彼女は、メンバー表にある「ゼカチャグーラ・ゼカリアス」だ。つまり、ボビーの弟セシルと、サム・クックの娘リンダ夫妻の間に生まれた子供の一人、そう、サム・クックの孫なのだ。サムの孫と師匠であるサムの曲を、ボビーが熱唱する。この1曲だけでも、聴く価値があるというもの。(ちなみにその前に「サプライズ」と言って、ボビーの娘を紹介し、一節歌わせたが、すぐに止めさせた。まあ、これはご愛嬌というところ) 「アイ・キャン・アンダースタンド・イット」では、自身が曲を書いたウィルソン・ピケットや親友のスライへのトリビュートを示した。 それにしても、90分超のライヴを2セットもやってくれて、本当に感謝感謝である。 ボビーのライヴを見ていて、「自分は何があってもステージは勤める、Show Must Go Onだからな」というセオリーを強く感じた。たぶん、ジェームス・ブラウンもそうなのだろう、オーティス・レディングも。オーティスはそれで事故にあった。彼らは仕事があったら、何が何でも穴をあけずにやり遂げる。それはオールドスクールのソウル・マンたちの生きる哲学なのだと思う。そこまで無理しなくてもと思うのだが、そうした感情は2010年のホイットニー・ヒューストンのライヴを見たときにも巻き起こった。 もちろん、初来日のときは声も出て動きもあり本当に素晴らしかった。今回のボビー・ウーマックには一言、そんな体調をおしてまで来日してくれてありがとう、と言いたい。そしてサムの孫であるゼカチャグーラとのデュエットで歌った「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」を僕は一生忘れない。 ボビー・ウーマック、1944年3月4日生まれ、まだ67歳。来月68歳だ。体調を戻して、また日本に戻ってきて欲しいと切に願う。 ■ ボビー・ウーマック関連記事 前回来日時インタヴュー記事 ボビー・ウーマック、インタヴュー『僕たちの地震』(1995年5月記) http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/interview/womack19950501.html 2008年10月08日(水) ボビー・ウーマック、ベストはリミックス入り http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20081008.html … Continue reading

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○ボビー・ウーマック、来日~17年ぶり4度目~サム・クック直系ソウル・シンガー

○ボビー・ウーマック、来日~17年ぶり4度目~サム・クック直系ソウル・シンガー 【Bobby Womack’s Live In Japan, First In 17 Years】 17年ぶり。 「ラスト・ソウル・マン」として知られるヴェテランR&Bシンガー、ボビー・ウーマックが約17年ぶりに来日した。(ライヴ評は明日以降のブログでご紹介します) 2月22日(水)、23日(木)、東京・六本木のビルボードライブでライヴを行う。両日、ファースト・セカンドともに満員御礼となっている。 ボビー・ウーマックの初来日は1987年9月、五反田ユーポートなど、以後1991年6月、1995年3月と来ており、今回の来日はおよそ17年ぶり4度目となる。初来日からちょうど25周年でもある。 ボビーは1944年(昭和19年=申年さるどし)3月4日オハイオ州生まれ。現在67歳。伝説のソウル・シンガー、サム・クックに師事し、ゴスペルからソウルの世界に足を踏み入れた。 ウーマック兄弟は次の通り。 フレンドリー・セカンド(長男・1941年生まれ) カーティス・ウーマック(次男・1943年生まれ) ボビー・ウーマック(3男・1944年生まれ) ハリー・ウーマック(4男・1946年生まれ、1974年3月7日死去) セシル・ウーマック(5男・1947年9月25日生まれ) セシルは、サム・クックの娘リンダ・クックと結婚し、子供をもうけている。今回のバックコーラスでリンダの子供たちが来日しているようだ。セシルとリンダは、二人で「ウーマック&ウーマック」のアーティスト名でレコードを出し、ヒットも出している。 キーボード奏者フィリップ・ウーは、彼ら、ウーマック&ウーマックの最初の何枚かのアルバムでキーボードをプレイしており、当時のレコーディングのことをよく覚えている。1983年~1985年頃のことだ。その頃、セシルとリンダはまだ2-3歳だったベイビーをスタジオに連れてきていて、その子供たちがやんちゃだったことを覚えている、という。フィリップの記憶ではその時点で3人子供がいたという。その子供たちも、いまや、20代後半から30代になっているわけだ。現在は4人の娘、3人の男の子供がいて一家総勢で9人で歌っているらしい。 セシルとリンダは、アフリカに旅をしたときに、ルーツに目覚め、ウーマック姓を「ゼカリヤス」姓に変えた。 +++ 直系。 ボビー・ウーマックは、熱いソウル・ヴォーカルを聴かせるサム・クック直系のソウル・シンガーで、自らを「ラスト・ソウル・マン(最後のソウル・マン)」と呼ぶ。ちなみに初来日のときのドラマーは当時まだ無名だった日本人ドラマー、沼澤尚(ぬまざわ・たかし)だった。ボビーのバック・バンドのドラマーが日本人らしいということで話題になり、その後彼は日本に戻り売れっ子ドラマーとなった。 ボビーはソングライターとしてもジョージ・ベンソンで有名になった「ブリージン」、ウィルソン・ピケットの「アイム・イン・ラヴ」、その他自身のヒットの多くを書いている。特にアルバム『ポエット』および『ポエット2』はウーマックの傑作としていまだに根強い人気を誇る。 ボビー・ウーマックは、サム・クック→オーティス・レディングの流れを汲むソウル・シンガーだ。 ■ ボビー・ウーマック関連記事 前回来日時インタヴュー記事 ボビー・ウーマック、インタヴュー『僕たちの地震』(1995年5月記) http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/interview/womack19950501.html 2008年10月08日(水) ボビー・ウーマック、ベストはリミックス入り http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20081008.html ■ ソウル・サーチン、第5章「ウーマック・ウーマック」でサム・クック~ボビー・ウーマックらについて書いてあります ソウルサーチン R&Bの心を求めて … Continue reading

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◎ ブレンダ・ヴォーン・ライヴ

◎ ブレンダ・ヴォーン・ライヴ 【Brenda Vaughn Live At Blues Alley】 実力派。 「東京レディー・ソウル・ナンバー・ワン」ブレンダ・ヴォーンが久しぶりにブルース・アレイでライヴを行った。昨年12月に行われる予定のものが、ブレンダがシンガポールでの仕事が入ったために、中止となり、2月に改めて行われることになったもの。 ブレンダは、311以降、自身の人生をじっくりと考えるようになった。これまで日本をベースにしていたが、もう少し世界を見てみたい、最終的にはアメリカに戻ろう、ということで昨年12月、日本でのアパートを引き払った。こんごは、適宜来日して、コンサートを行ったりすることになる。 ブレンダのような歌のうまい実力派がもっともっと脚光を浴びればいいと思うが、なかなかそうはいかない。 今回は、アデルの曲なんかも含め、なかなかおもしろい選曲に。アシュフォード&シンプソンも故ニック・アシュフォードへのトリビュート。これなど、なかなかライヴで聴けないので貴重だ。 1部2部ともに1曲ケイリブが観客が暖め、おもむろにブレンダが登場。2部のオープニングは、トム・ウェイツ書きファイヴ・ブラインド・ボーイズ・オブ・アラバマが歌っている「ウェイ・ダウン・ザ・ホール」。前回のケイリブのライヴでも歌っていたが、渋い選曲で、聴かせる。 この日のハイライトはやはり「ホイットニー・トリビュート」。セカンドで、「ジーザス・ラヴズ・ミー」、「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」、「アイム・エヴリ・ウーマン」と歌った。 シャカ・カーンやホイットニーは、ブレンダがいつでも何でも歌っているだけに、さすがに自分のものにしていて、安心して聴ける。特にホイットニー関連3曲は、さすがに歌いこんでいるだけあって、ホイットニーのことも思い浮かべられるほど。 ブレンダは3月中旬まで日本に滞在し、その後は未定。 ■ ミュージシャン Brenda Vaughn, vocal Kaleb James, keyboards, vocal Philip Woo, keyboards Kenji Jino Hino, bass Masa Kohama, guitar Jay Stix, drums David … Continue reading

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★●◆ ホイットニー葬儀を見て思うこと

★●◆ホイットニー葬儀を見て思うこと 【Thoughts On Whitney】 葬儀。 ホイットニーの葬儀を土曜深夜、日曜早朝、結局最後まで見てしまった。その詳細は、昨日付けのブログにアーティスト、曲名なども含めて書いてあるので、興味ある方はそちらをごらんください。 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20120220.html この葬儀を見ながらいろいろ考えた。ひとつには、バプティスト教会の葬儀がテレビ中継の前後も含めれば4時間以上も世界中に生中継されたのは、前代未聞のこと。歴史的快挙だということがある。 マイケルの葬儀も生中継されたが、二時間くらいで、これはファンに対しても公開されることを前提にしたもの。会場や規模もホイットニーのものとは比べ物にならないほど大きかった。 それがホイットニーのものは本来は公開されないプライヴェートなもので、しかし結局、4時間近く生中継公開された。参列者には、携帯の電源を切り、ツイートなどをしないように、注意がされたという。 歌いこみ。 ホイットニーとマイケルの突然の死というものは本当にいろいろなことを考えさせられてしまう。 トップに上りつめた、それもちょっとやそっとのトップではない、本当の世界のトップに上りつめたスーパースターのプレッシャーというのは、普通の人には到底想像できないものなのだろう。 僕がホイットニーの歌唱で一番好きなのものを無理して選べば、彼女の初来日から2-3回目くらいまでの来日時に歌っていた「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」だ。本当に声が出ていて、声につやがあり、声自体が輝きを持っていた。その歌詞の内容ともあいまって、真に歌に聞き惚れることができた。その会場にいる全員が、ホイットニーの虜になっていた。あのむずかしい曲をあんなに上手に歌えたら、ほんとに気持ちがいいだろうなあ、と心底思った。 ホイットニーはレコーディングがはやい。大体2-3テイクで録音が終わる。マイケル・マッサーのレコーディングは何度も部分部分をやり直させられたかもしれないが、大体基本的なところは2-3回で終わる。だから、レコーディングされて残ったものは、まだ歌いこんでいない。それがライヴで年間何十本と歌えば、どんどんその歌唱がよくなっていく。だから、レコードよりもライヴのほうがもっともっとうまい歌が聴けることになる。 ホイットニーがライヴを重ねて歌う「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」は(もちろん、その他の曲も)、どんどんソウルが込められていくのだ。 ナンバーワン。 ホイットニーは間違いなく20世紀を代表するシンガーの一人、ナンバーワン・シンガーになった。しかし、そのナンバーワンのポジションが彼女にプレッシャーをかけ、それが死に追いやったなら、一体その成功とは何なのかと思わざるをえない。 ホイットニーが帰還したニューホープ・バプティスト教会で歌っていた頃、彼女は歌うことが大好きで、その歌に皆が興奮していることが嬉しかった。それが仕事となり、そのスケールが大きくなった。歌うことが好き、観客が喜ぶ。そこだけを追求すればいい。しかし、ビッグ・ビジネスになると、たくさんの要素、人が入り込んでくる。 歌への愛と観客の喜び、それ以外は、すべてハイプ(虚像)だ。そう割り切るしかない。それを肝に銘じるしかない。しかし、そんな簡単に物事はいかない。それもまた人生だ。 「ナンバーワンになるのは簡単だ。難しいのはナンバーワンを続けること」とはエンタテインメントの世界ではよく言われる。誰もがそれを目指す。しかし、今この言葉にはもうひとつつけ加えなければならない。 「ナンバーワンになるのは簡単だ。難しいのはナンバーワンを続けること。さらに、もっと難しいことは、生き続けること」 ++++ ■ホイットニー・ヒューストン物語(吉岡正晴訳) ディーヴァ―ホイットニー・ヒューストン物語 posted with amazlet at 12.02.12 ジェフリー ボウマン TOKYO FM出版 売り上げランキング: 950435 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ ホイットニーのベスト … Continue reading

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●ホイットニー葬儀 ~ 歴史的な全世界生中継

●ホイットニー葬儀~歴史的な全世界生中継 【Whitney Houston Funeral: Historic Event To Live Broadcasting All Over The World】 歴史的。 2012年2月11(土)、ハリウッド・ヒルトン・ホテルで48歳で急死したホイットニー・ヒューストンの葬儀が、生まれ故郷ニュージャージー州ニューアークのニューホープ・バプティスト・チャーチで、2月18日正午(現地時間、日本時間、19日午前2時)から多くの著名人などを集め行われた。式は3時間50分にもおよび、バプティスト教会の葬儀の模様すべてがCNNやインターネットで世界中に生中継され、歴史的なイヴェントとなった。教会は約1500人の招待客とクワイアーなどが集まり、ホイットニーのいとこ、ディオンヌ・ワーウィックが司会となり、次々と弔辞、ライヴ・パフォーマンスが繰り広げられた。ボビー・ブラウンは会場に来たが、式の途中で帰ったと言われる。 このニューホープ・バプティスト教会はホイットニーが母親シシーに連れられて子供の頃から通っていた教会。まさに、この日、彼女はホームに帰還した。ホイットニーはここで初めてソロで歌い、拍手喝さいを得て、シンガーとしてやって行こうと強く決意した、そんな彼女のルーツとも言える場所だ。それは、1975年11月、まだ彼女が12歳のときだった。そしてそれから36年強、予期せぬ形でホイットニーは故郷に戻った。 ライヴ・パフォーマンスは、スティーヴィー・ワンダー、アリシア・キーズ、ダニー・マクラーキン、キム・バレル、ワイナンズ・ファミリー、Rケリー、地元のニューアーク・バプティスト・クワイアーなど。弔辞を読んだのが、コーリー・ブッカー(ニューアーク市長)ジョー・カーター牧師、タイラー・ペリー、TDジェイクス牧師、ケヴィン・コスナー、クライヴ・デイヴィス、レイ・ワトソン(ホイットニーのボディーガード)、リッキー・マイナー(ホイットニーのバンドの音楽監督)、パトリシア・ヒューストン(義理の姉妹)、ディオンヌ・ワーウィック、マーヴィン・ワイナンズら。登壇はしなかったものの、参列したセレブには、ロバータ・フラック、メアリー・J・ブライジ、ジェシー・ジャクソン師、アル・シャープトン師など。 12:10pm (米東部標準時、日本時間翌日02:10am) 教会のクワイアーがゴスペル曲を歌っている。 12:20 コーリー・ブッカー(ニューアーク市長)登壇。 12:24 ボビー・ブラウン、会場を去る。 12:40 ダニー・マクラーキン登壇。「スタンド」を歌う。 http://youtu.be/5_8zJ-BEpHg 12:48 ディオンヌ・ワーウィック登壇。タイラー・ペリーを紹介。タイラーは、ホイットニーの遺体をロスからニュージャージーに移送するためにプライヴェート・ジェットを提供した。 12:49 タイラー・ペリー登壇。弔辞。「神とホイットニーを引き裂くものは何もない」 12:56 涙ながらにビー・ビー・ワイナンズ登壇。 12:59 ビー・ビー・ワイナンズ、「ホーム」を歌う。これは彼の兄ロナルドが2005年に48歳で亡くなったときに書いた作品。 http://youtu.be/b9gwHc2HP8s 01:05 TDジェイクス牧師登壇。TDは、遺作となる映画『スパークル』撮影中に会った。「あなたのスピリットは傷ついている」 01:12 キム・バレル登壇。当初は「アイ・ビリーヴ・イン・ユー・アンド・ミー」を歌う予定だったが、急遽変更し、サム・クックの「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」の歌詞を一部変えて熱唱。”I was born by the river” を “She was born in Newark”と歌った。キム・バレルは十数年来の親友で、死ぬ直前までホイットニーと電話でやりとりをしていて、前夜祭も一緒に出る予定だった。しかし、彼女がホテルに到着したときは、すでにホイットニーが亡くなっていた。 … Continue reading

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● ホイットニー葬儀2時から~処方薬と死の関連

● ホイットニー葬儀2時から~処方薬と死の関連 【Whitney’s Death : Connection With Prescription Drugs】 突然死。 ホイットニーの急死は本当に衝撃を受けた。ホイットニーについての追悼文も書きたいのだが、なかなか書けない。彼女と初めて会ったのは、1984年7月。デビュー前、プロデューサー、カシーフのコネチカットの自宅で会った。その後、1989年9月、創刊雑誌のためのインタヴューでニューヨークの弁護士のオフィースで1時間ほど正式にインタヴューした。その後は、来日時にコンサート後、いわゆる「ミート&グリート」(関係者などを集めたあいさつ会)などで顔をあわせることはあった。ホイットニーのバック・ミュージシャン、バシリ・ジョンソン、ウェイン・リンゼイ、シンディー・マイゼルらとも仲が良いこともあり、ずいぶんと近い存在に感じられている。フィリップ・ウーも、かつてホイットニーのバックをやっていて、そのときに日本にも来ている。 ホイットニーにはデビュー前から注目していて、彼女がゲストで歌ったポール・ジャバラのアルバムのライナーノーツでもホイットニーの紹介文を書いたほどだった。 確か1985年か1986年の夏だったと思うが、アメリカ東海岸で初めてライヴを見た。そのときの前座はジェフリー・オズボーンだった。 デビュー前から注目し、瞬く間にスターになり、そして、途中からキャリアがおかしくなり、最後このようなことになってしまう形で一生を外から見守ったアーティストというのはほかにいない。 マイケル・ジャクソンのときも感じたが、アメリカのエンタテインメントの世界でトップにい続けることのプレッシャーの何と大きなことか。我々凡人がとても想像できないほどの大きさなのだろう。 マイケルもホイットニーも、そうした重圧に押しつぶされてしまったのかととても残念に思う。 なんとか近いうちにまとめてみたい。 +++++ 処方薬と死の関連性 処方薬。 ホイットニーの突然の死は、医師から処方された処方薬とアルコールを組み合わせてしまったために起こった事故死という見方が強まっているが、では、その処方薬はどのようなものだったのか。 アメリカ・ニュージャージー州を本拠に活躍している作家の冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)さんが、村上龍氏が発行するジャパン・メール・メディアのメルマガ『from 911/USAレポート』第560回(2012年2月18日配信)で、「ホイットニー・ヒューストン急死で問われる処方箋薬問題」と題する文を寄稿していて、大変興味深く読んだ。 この内容は、次のウェッブで後日アップされるので、全文は下記をごらんください。第560回2月18日配信分 http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/title3_1.html この中で冷泉氏は、今回の事故は「ベンゾジアゼピン系の抗不安薬の長期服用と、そのアルコールとの組み合わせ摂取による心肺停止事故という可能性が濃厚です」と書いている。この薬自体はそれほど珍しいものではなく、いわゆる通常の処方薬、ただし、依存性が強いという。そこで、医師は患者に必要以上には与えないようにするものの、患者は最初の医師が薬を処方してくれない場合、次の医師のもとに行き、処方してもらったりすることも起こりうるとのこと。 しかし、なんといってもアルコールを飲んでこれらを摂取すると大変危険なので、それは医者も口をすっぱくして言っているのだろう。 これらを防ぐ案として、氏は電子カルテの使用を提案している。同じ患者が複数の医師の元に行ってもそれがわかるようになるわけだ。 結局は、薬を飲みながらアルコールも摂取してしまうのは、本人の意思だから、もはや他人がどうのこうの言うものでもなくなってしまう。実に悲しい現実だ。 +++++ ホイットニー、オプラに語る インタヴュー。 3年前、ホイットニーがオプラに語ったところは今になってはひじょうに重みが感じられる。ホイットニーの2000年代の苦労が語られている。(下記ホイットニー・ヒューストン、オプラに3時間語る(パート1)と(パート2)を参照) 世間では、ホイットニーがこうなってしまったことの全責任をボビーに負わせるような風潮になっている。ある程度はそうだろうが、必要以上にボビーを責めるのはよろしくない。ボビーを選択してしまったのは、ホイットニー自身であり、アルコールと処方薬を同時に摂取したのは、本人の意思だからだ。必要以上のボビー・バッシングは戒めたい。 ■ ホイットニー過去記事 2009年09月15日(火) ホイットニー・ヒューストン、オプラで赤裸々告白~7年ぶり新作、アルバム1位初登場 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10342830088.html 2009年09月19日(土) ホイットニー・ヒューストン、オプラに3時間語る(パート1) … Continue reading

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●ホイットニー葬儀にスティーヴィー、アリーサ、ケヴィン・コスナーら

●ホイットニー葬儀にスティーヴィー、アリーサ、ケヴィン・コスナーら 【Whitney’s Funeral Will Be Featuring Stars】 葬儀。 2月11日にカリフォルニアのホテルで死去したホイットニー・ヒューストンの葬儀が2012年2月18日土曜昼12時(日本時間19日・日曜午前2時)から、ニュージャージー州ニューアークのニュー・ホープ・バプティスト・チャーチで行われる。今回は一般参列はなく、いわゆる「招待客のみ」の葬儀。ここはホイットニーが幼少の頃から通った教会。映画『ボディガード』共演者、ケヴィン・コスナー、ホイットニーの育ての親でもある元アリスタ・レコードのクライヴ・デイヴィスらが弔辞を読み、スティーヴィー・ワンダー、アリーサ・フランクリンらが歌を歌う予定。この葬儀は招待者のみが参列するプライヴェートなものになるが、インターネットなどでの中継が計画されている。マイケル・ジャクソンの葬儀のときには、CNNなどが生中継した。今回もCNNが生中継する。また、インターネットでは中継される予定とのこと。 18日土曜の昼12時から葬儀が始まるとすると、これは日本時間日曜午前2時(土曜深夜26時)になる。CNNは日本時間午前1時から番組を放送する予定。 そのほかに、オプラ・ウインフリー、ビル・コスビー、ジェシー・ジャクソン師、シャカ・カーン、ビービー&シーシー・ワイナンズ、ダイアン・ウォーレン、アントニオ・LA・リード、ブランディー、レイ・J(最近ホイットニーがつきあっていたとされる男性シンガー)、ロバータ・フラック、キム・バレルなども参列する予定。 キム・バレルはかつてホイットニーと一緒に歌った「アイ・ビリーヴ・イン・ユー・アンド・ミー」(映画『プリーチャーズ・ワイフ』でホイットニー自身も歌っている)を歌う予定。 母シシー・ヒューストンは派手な葬儀は望んでいないという。今回の葬儀は、ホイットニーの父ジョン・ヒューストンが亡くなった2003年の葬儀に近いものになるという。また、その後、ホイットニーはニュージャージー州ウエストフィールドにあるフェアヴュー墓地で、父の横に埋葬される。 周囲から参列を拒絶されていると言われる元夫ボビー・ブラウンは、参列を拒絶されている事実を否定、参列に含みを残している。ボビーはホイットニー死去の日曜から、娘であるボビー・クリスティーナと一緒にいる、という。 ボビーは「僕たちは依然ボビー・クリスティーナへのサポートを続ける。彼女は母の死という悲劇と今闘っており、公衆の目から離れたいと願っています。僕たちのプライヴァシーを尊重してください」とコメントを出した。 ホイットニー周辺はボビーに参列して欲しくないと思っているが、ボビー・クリスティーナとの関係から、参列自体を阻止することはできないと考えているようだ。ボビーは、土曜日夜にニュー・エディションとしてコネチカット州のモヘガン・サン・カジノでのライヴ予定がある、という。 +++ OBITUARY>Houston, Whitney

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◆この2週間くらいのもろもろ

◆この2週間くらいのもろもろ 【Bits & Pieces Last Two Weeks】 もろもろ。 この2週間くらい、なんだか、本当にバタバタしている。次々と訃報がきて、精神的にも参ったり、事務的にも忙しくなったり。 まず、ドン・コーネリアス。2月5日の『ソウル・ブレンズ』には、急遽ドンと親交のあった江守藹さんにゲストにご出演願った。ドンといえば、「ソウル・トレイン」、「ソウル・トレイン」といえば、江守さんだ。2時間たっぷり「ソウル・トレイン」関連で、追悼したが、なんとその翌週12日は、今度はホイットニーが急逝。これにもさすがに驚いた。 ライヴ評もずいぶんたまってしまった。カーク・フランクリン、ナラダ・マイケル・ウォルデン、ケイリブ、エレクトリック・エンパイアー、バーケイズなど。 また、八木さん、佐藤さんとやった『ソウル・マジック』の話も、『ビッグ・スペシャル』でやったスティーヴィー・ワンダー関連もまだ。 一週間くらい前から、風邪っぽく、処方薬を飲んでいたので、大事には至っていないが、咳こんでノドに悪い影響があり、ホイットニー関連の出演では、ずいぶんとお聞き苦しいところを見せてしまい、申し訳なかった。 行くつもりだったグリニス・マーティン、キャンディ・ダルファー、テイク6などが行けなかった。 そのほか、岩佐寿弥監督のチベットの少年が主人公の新作映画『OLO(オロ)』を見て、監督にお話を聞いたので、その話もそのままになっている。 もう来週に迫ったボビー・ウーマックについても書こうと思っていたが。また、それに関連付けて、サム・クックのことも。サムはトータス松本のカヴァー集と、紙ジャケリリースなども。 ホイットニー関連は続報がいろいろ入ってくる。死因などもいずれは詳細がでるのだろう。 ホイットニー、ドン・コーネリアスの評伝などもまとめておきたい。 しかも、最近、パソコンの調子も悪い。動きが遅い。ログアウトするときに、「あなたのパソコンは別の人にログインされています~~」と出たのでかなり驚いた。乗っ取られているのだろうか。よく自分のパソコンが知らぬ間に、足掛け代理サーヴァーのような役目を担っていることがあるらしいが、それだろうか。ここを踏み台にされていたら、たまらない。さっそく、明日、専門家にチェックしてもらうことにしたが、果たして。 ザ・グレイテスト・ヒッツ posted with amazlet at 12.02.16 ホイットニー・ヒューストン ジャーメイン・ジャクソン シーシー・ワイナンズ デボラ・コックス エンリケ・イグレシアス アリスタジャパン (2000-05-20) 売り上げランキング: 24 Amazon.co.jp で詳細を見る ディーヴァ―ホイットニー・ヒューストン物語 posted with amazlet … Continue reading

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● ミス・ホイットニー・エリザベス・ヒューストン、永遠に

● ミス・ホイットニー・エリザベス・ヒューストン、永遠に 【Whitney Forever】 追悼。 「このヤング・タレントがホームに戻られた」 クーイーン・オブ・ソウル、アリーサ・フランクリンが、ホイットニー死去の2日後、2012年2月13日、サウス・キャロラリナ州で行われたライヴで、「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラヴ・ユー」を歌って、追悼した。 これが、また、120パーセント、アリーサ節になっていて、感動物だ。オリジナルのカントリーさはもちろんのこと消え去り、ホイットニーの持ち歌を完璧に、アリーサのものにし、しかも、アリーサの得意ジャンルでもあるゴスペル・タッチに仕上げている。 アリーサのこのヴァージョンは、グラミーのジェニファーのヴァージョンを凌駕するすごさだ。ぜひ、みなさんにごらんいただきたいのでユーチューブをシェアする。 アリーサ・フランクリン、ノースキャロラナイナ州で2012年2月13日のライヴで http://youtu.be/_05nG_3rOPo ホイットニーはいくつかの節目でライヴを見せるが、1990年、アリスタ・レコード設立15周年記念イヴェントで、「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」を歌った。下記のヴァージョンが本当に見事なものになっている。 ホイットニーが歌う「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」1990年3月17日、ニューヨーク・レイディオ・シティー・ミュージック・ホールで。アリスタ設立15周年~エイズ・チャリティー、That’s What Friends Are For: Arista Records 15th Anniversary Concertにて。 http://youtu.be/NeiW3Cob0nM 本当にこのホイットニーは、素晴らしい。歌も安定し、声もよく出て、音域も広く、声自体につやもあり、声そのものが輝いている。まさに観客は、声と歌そのものに惚れ込めるのだ。デビュー後10年くらいはどのライヴも本当によく歌えていた。 (訂正、アリスタ25周年と当初書きましたが、ご指摘がありました。15周年に訂正いたします。plus-crabさんありがとうございます) +++ ホイットニー、葬儀はプライヴェートで 葬儀。 ホイットニーの葬儀は、2012年2月18日、土曜日、地元ニュージャージーのニュー・ホープ・バプティスト・チャーチで行われることになった。ただし、これは「インヴィテーション・オンリー(招待客のみ)」で一般の参列はできない。家族と友人だけで執り行うという。マイケル、ジェームス・ブラウンなどは、いわゆる「パブリック・ヴィューイング」という一般参列を受け入れたが、今回はそれがないようだ。 ニュー・ホープ・バプティスト教会は、ホイットニーが母シシー・ヒューストンに連れられて通っていた、まさにホイットニーのルーツ中のルーツとも言える教会。まだほんの子供だったホイットニーがここでコーラスを歌い、徐々にソロを歌い、ソロを歌ったところ、参列者から拍手喝采をあびて、自身のシンガーとしての未来を夢見た場所だ。まさに、彼女はこの土曜日、その出発点に帰ることになる。 ++++ 映画『スパークル』、8月全米公開 スパークル。 ホイットニーはすでに今年8月に公開されるブラック・ムーヴィー『スパークル』の撮影などを終えている。これは、1976年、アイリーン・キャラなどが出演してヒットした映画のリメイク。当時のサウンドトラックはカーティス・メイフィールドふぁ担当し、アリーサ・フランクリンが主題歌などを歌った。 今回もホイットニーは、主役ジョーダン・パークスの母親役でキャスティングされており、サウンドトラックでも「セレブレート」という曲とゴスペル曲「ヒズ・アイ・イズ・オン・ザ・スパロー(主は雀を見守り給う)」を歌っている。 この『スパークル』は、ニューヨーク・ハーレムを舞台にしたR&Bグループを巡るストーリー。76年の作品では、シュープリームスのような女性グループをイメージしたストーリーになっていた。 ■ ホイットニーのベスト ザ・グレイテスト・ヒッツ posted with … Continue reading

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●ホイットニー・ヒューストン続報

●ホイットニー・ヒューストン続報 【Whitney Houston: Update】 搬送。 2012年2月11日、ビヴァリーヒルズのホテルで急死したホイットニー・ヒューストンの遺体が、検死を終わり、故郷ニュージャージーに空路向かう。この輸送に、俳優タイラー・ペリーが自身のプライヴェート・ジェットを提供した、という。 タイラーは11日、ホイットニーの死去が速報で流れるとすぐにビヴァリーヒルズ・ヒルトンに向かい、自家用機の提供を申し出た。現地時間2月13日(月)午後、遺体が空港に到着した後、ニュージャージーに向かう。 ホイットニーの葬儀は今週末か来週にもニュージャージーのどこかで行われるようだ。まだ詳細は発表されていない。 ヒューストンは死去する前、5日以内に2度以上、ビヴァリーヒルズの医師の元を訪れている。 死因はまだ精密な検死結果を待たなければならないが、処方箋による薬とアルコールの相互作用によって死がもたらされたのではないかと推察されている。家族は、バスタブで発見されたが、溺死ではない、と言っている。ホイットニーの肺に水がそれほど多く残っていなかったという検死もそれを裏付ける。 ホイットニーの最後を発見したのは、ホイットニーの叔母メアリー・ジョーンズで、メアリーはホイットニーがパーティーに着て行くためのドレスをベッドに置き、約30分ほど部屋を離れた。しかし、その後もホイットニーがバスルームから出てこないので、そこに入り、横になっていたホイットニーをバスタブから引き出した、という。 また、未確認だが、ヒューストンに薬を処方していた医師はマイケルに薬を処方していた医師と同じだという報道もある。ただし、その場合逮捕されたコンラッド・マリー以外の医師ということになりそうだ。 ホイットニーの愛娘で18歳のボビー・クリスティーナは母の死を知り半狂乱となり、一時期自殺も試みたため、周囲が警戒し、保護しているという。 ボビー・ブラウンはホイットニーの死去を受け、11日、ナッシュヴィルで行われる予定だったニュー・エディションのライヴ出演をキャンセルし、ロスアンジェルスに向かった。ニュー・エディションはボビーなしでライヴを行った。 OBITUARY>Houston, Whitney

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□ グラミー賞今年の「ワン・モーメント」

□ グラミー賞今年の「ワン・モーメント」 【Grammy 54th: The One Moment In Time】 恒例。 毎年恒例グラミー賞を見て、その中でここぞという瞬間をピックアップしているが、今年は正直、ここぞというのがあまりなかった。個人的には唯一ジェニファー・ハドソンが歌った「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラヴ・ユー」が印象に残ったくらい。これが今年の「ワン・モーメント・イン・タイム」。ほかにライヴは、ブルース・スプリングスティーン、ビーチ・ボーイズ、リアーナ、ポール・マッカートニーなど。 今年のグラミーを総括すれば、アデルのショーということになる。 主要3部門がひとつのレコードで独占されたのは、古くは1981年クリストファー・クロス、1992年ナタリー・コールの『アンフォーゲッタブル』、2003年ノラ・ジョーンズ『ドント・ノウ・ホワイ』、2007年ディキシー・チックス以来のこと。まさに快挙だ。 もうひとつ目立たないがおもしろい記録。今年、現役アーティスト、アリソン・クラウスが「ベスト・ブルーグラス・アルバム」で生涯通算28個目のグラミーを獲得。これはクインシー・ジョーンズを超えたという。 +++ 今年の予想ではR&B部門で3つも完全にはずしたのが、痛い。(笑) 「ベストR&Bパフォーマンス」。レデシーかマーシャだと思ったが、コリーンへ。意外だが、まあ、取ってみれば、そうかあ、とも思う。 「ベスト・トラディショナルR&B」は、この5つの候補では一番トラディショナルっぽくないシー・ローには驚いた。これは絶対当てられない。 「ベストR&Bソング」も、シーローに。つまり、シーローに流れが来ていた。僕はここもレデシーかマーシャだと思っていたので、完全にはずれ。最近には珍しくこのR&B部門で大幅にはずした。来年はがんばろう。(笑) 唯一「ベストR&Bアルバム」だけ、妥当なクリス・ブラウン。 そうそう、クリス・ブラウンのパフォーマンス、よかった。あの中でたぶん、髪の毛を結わいていたのがケント・モリだと思う。マスクをしていたので、わかりにくかったが。 AWARD>Grammy>54th

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□ (速報)第54回グラミー賞~確定版

□ (速報)第54回グラミー賞~最終確定版 【54th Grammy Winners: Final】 グラミー。 第54回グラミー賞が2012年2月12日(日曜、日本時間、13日午前から)ロスアンジェルスのステイプルズ・センターで発表された。今年は下馬評通り、まさにアデル・イヤーとなった。アデルは、主要3部門(「ソング」「レコード」「アルバム」)を総なめし、そのほかポップ部門など3部門、さらに「プロデューサー・オブ・ジ・イヤー」もアデル作品が含まれるので、これも含めれば関連で計7部門を獲得した。主要3部門独占は、2003年ノラ・ジョーンズの「ドント・ノウ・ホワイ」以来。ただし、このときは「ソング」は同曲が獲得したが、ソングライターはノラではなかった。 この日は前日にホイットニー・ヒューストンの急逝が伝えられ、重苦しい雰囲気もあった。冒頭で司会のLLクール・Jがホイットニーへ祈りを捧げた。また、後半かつてホイットニーからグラミーを受け取ったジェニファー・ハドソンが、ホイットニーの代表曲「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラヴ・ユー」をしっとりと歌い、大きなスタンディング・オヴェーションを得た。 今回のノミネート対象は2010年10月1日から2011年9月30日までに全米でリリースされた17500以上の作品。 ライヴショーは3時間半にわたり、最後に「アルバム・オブ・ジ・イヤー」がアデルと発表され歓喜に包まれた。その後、ポール・マッカートニーのライヴで幕を閉じた。 ちなみに予想42部門中本命で24部門、対抗で8部門で、.761の的中。はずれが10部門。今回は、R&B部門で「ベストR&Bパフォーマンス」がコリーン・ベイリー・レイ、「ベスト・トラディショナルR&B」がシーロー・グリーン、「ベストR&Bソング」もシーロー・グリーンと、いずれも本命・対抗ともはずしてしまった。これは痛かった。 今年のグラミーは、前年の109ノミネート部門から78部門へ縮小した。 2011年度(第54回)(2012年2月12日発表)42部門 本命的中 24、対抗的中 8、計32部門 .761 2010年度(第53回)(2011年2月13日発表) 51部門 本命的中 26 対抗的中 19 計45部門 .882 2009年度(52回)(2010年1月31日発表)49部門 本命的中19 対抗的中11計30部門 .612 2008年度(51回)(2009年2月8日発表) 44部門 本命的中19 対抗的中15 計34 .773 2007年度(50回)(2008年2月10日発表) 46部門 本命的中24部門 対抗16部門 計40部門 .870 2006年度(49回)(2007年2月11日発表)42部門 本命的中19部門 対抗9部門 計28部門 .667 2005年度(48回)(2006年2月8日発表)42部門 本命的中18部門 対抗12部門 計30部門 .714 2004年度(第47回)(2005年2月14日発表)46部門 本命26部門 対抗7部門 計33部門 .717 2003年度(第46回)(2004年2月8日発表) 47部門 本命20部門 対抗14部門 計34部門 .723 2002年度(第45回)(2003年2月23日発表) 33部門 本命18部門 対抗5部門 計23部門 .696 今年(2011年度、第54回)の78部門の完全なノミネートリスト、受賞者は、次のNARASのサイトにある。 http://www.grammy.com/nominees 昨年のグラミー確定のブログ。 http://ameblo.jp/soulsearchin/archive6-201102.html#main 前回の予想は、51部門を予想し、本命・対抗あわせて8割8分2厘の的中率だった。 グラミー賞オフィシャル・サイト(英語) http://www.grammy.com 今年のクラシック部門を除いたノミネート、受賞作品は次の通り。(本命・対抗の表記がない部門は予想していません) 1. Record Of The Year 勝者 本命 Rollin In … Continue reading

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□ (速報-1)第54回グラミー賞~事前発表分発表

□ (速報-1)第54回グラミー賞~事前発表分発表 【54th Grammy Pre-Announcement】 グラミー。 第54回グラミー賞がこのあと日本時間午前10時からロスアンジェルスのステイプルズ・センターで発表される。テレビ中継される主要部門以外の部門が事前発表された 発表された分をご紹介する。 今年のグラミーは、前年の109ノミネート部門から78部門へ縮小した。 今回のノミネート対象は2010年10月1日から2011年9月30日までに全米でリリースされた17500以上の作品。グラミーの投票用紙は12月14日、グラミーの会員に送付され、2012年1月11日の締切までに会計会社のデロイッテ社に返送する。同社は秘密裏に集計し、2月12日の発表までは誰もその結果は知らされない。 ちなみに予想42部門中31部門が事前発表された。本命で15部門、対抗で6部門で、.677の的中。はずれが10部門。今回は、R&B部門で「ベストR&Bパフォーマンス」がコリーン・ベイリー・レイ、「ベスト・トラディショナルR&B」がシーロー・グリーン、「ベストR&Bソング」もシーロー・グリーンと、いずれも本命・対抗ともはずしてしまった。「ベストR&Bアルバム」はショーの中で発表される。アデル関連はすでに2部門を獲得している。 2011年度(第54回)(2012年2月12日発表)42部門 本命的中 15、対抗的中 6、はずれ10、.677(31部門まで) 2010年度(第53回)(2011年2月13日発表) 51部門 本命的中 26 対抗的中 19 計45部門 .882 2009年度(52回)(2010年1月31日発表)49部門 本命的中19 対抗的中11計30部門 .612 2008年度(51回)(2009年2月8日発表) 44部門 本命的中19 対抗的中15 計34 .773 2007年度(50回)(2008年2月10日発表) 46部門 本命的中24部門 対抗16部門 計40部門 .870 2006年度(49回)(2007年2月11日発表)42部門 本命的中19部門 対抗9部門 計28部門 .667 2005年度(48回)(2006年2月8日発表)42部門 本命的中18部門 対抗12部門 計30部門 .714 2004年度(第47回)(2005年2月14日発表)46部門 本命26部門 対抗7部門 計33部門 .717 2003年度(第46回)(2004年2月8日発表) 47部門 本命20部門 対抗14部門 計34部門 .723 2002年度(第45回)(2003年2月23日発表) 33部門 本命18部門 対抗5部門 計23部門 .696 今年(2011年度、第54回)の78部門の完全なノミネートリストは、次のNARASのサイトにある。 http://www.grammy.com/nominees 主な予想は次の通り。本命・対抗の文字がない部門は予想していないもの。 昨年のグラミー確定のブログ。 http://ameblo.jp/soulsearchin/archive6-201102.html#main 前回の予想は、51部門を予想し、本命・対抗あわせて8割8分2厘の的中率だった。 グラミー賞オフィシャル・サイト(英語) http://www.grammy.com 今年のクラシック部門を除いたノミネートは次の通り。 1. Record Of The Year 本命 Rollin In The … Continue reading

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● ホイットニー・ヒューストン、48歳で急死

● ホイットニー・ヒューストン、48歳で急死 【Whitney Houston Dies At 48】 訃報。 1980年代に颯爽とデビューし、全米、全世界のスーパースターとなり、日本でも大きな人気を獲得した女性シンガー、ホイットニー・ヒューストンが、2012年2月11日午後、ロスアンジェルス・ビヴァリー・ヒルズ・ヒルトン・ホテルで死去した。緊急連絡が入ったのがロス時間で午後3時22分、救急がホテルの4階の部屋に到着し、蘇生を行ったが、かなわず、午後3時55分(日本時間12日午前8時55分)、死亡が確認された。死因は発表されていない。ただし、犯罪に結びつくものはなにも発見されていない、と発表されている。 ホイットニー・ヒューストンは、この日、しばらく前から、クライヴ・デイヴィスが恒例で行うグラミー賞前夜のパーティーに出席し、歌うために、ホテルに滞在していた。 すでに全米では、マイケル・ジャクソンの訃報と同様のインパクトを持って受け取られ、CNNなどもずっとぶちぬきでこの「スペシャル・ニューズ」を報道した。 翌日に全米音楽業界最大のお祭りグラミー賞が発表されるが、そのショーの中で、急遽、ホイットニー追悼のコーナーが作られ、ジェニファー・ハドソン、シャカ・カーンらが追悼で歌うことになった、という。 11日より二日前の9日、やはりプレ・グラミー・パーティー(ホスト、ケニー・ラティモア)で、ホイットニーはR&Bシンガー、ケリー・プライスと一緒にゴスペル曲「ジーザス・ラヴズ・ミー」を歌っていた。周囲には友人や娘のボビー・クリスティーナもいた。 ラティモアによれば、「彼女は楽しそうにしていた」と言う。 アリーサ・フランクリンは、衝撃を受け、「今は何も言葉にできない。まだ書かれたり、テレビに出ていることなどが信じられない」と短いステートメントを発表。 +++ ホイットニー、29年と19年の光と影 対照的。 現在まで膨大な量のホイットニー・ニューズが流れている。僕自身も、こんな衝撃を受けたのはマイケル以来。しかも、ホイットニーはマイケルの50歳より二つも若い。 ホイットニーの48年の人生を振り返ると、ボビーと結婚する1992年までの29年間とその1992年からの19年間がまるで「光と影」としか言いようがないほど対照的だ。 1980年代、ホイットニーのCD、もしくはカセットで洋楽を知ったという人も多いということが今回よくわかった。 本当に残念でならない。 +++ 昨日の「ソウル・ブレンズ」(インターFM、76.1mhz午後1時~)では、急遽特別編成で、しかも1時間拡大してホイットニー・ヒューストン特集を3時間にわたってお送りしました。 オッシーから午前10時54分、携帯に電話が入り、何事かと思ったら、いきなり電話口で「吉岡さん、大変です。ホイットニーが死にました!」と。僕の最初の答えが「ガセじゃないでしょうね・・・ムニュムニュ・・・」という感じだったが、それまで寝不足でねぼけ眼だった僕も、一気に目が覚め、さっそくネットなどで情報を確認。CDをそろえ、すぐに局に飛んでいった。すると、つく頃には通常枠を1時間延長し、4時までホイットニー特集をするというので、またびっくり。たっぷり、ホイットニー話をしました。 評伝は明日以降、ご紹介します。 +++++ 前回来日時ライヴ評 2010年02月12日(金) ホイットニーは、日本のサポーターに感謝 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100212.html (今回初日2月11日分・ライヴ評=パート1) 2010年02月15日(月) ホイットニー・ヒューストン・ライヴ@さいたまスーパーアリーナ (パート2) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10459305657.html 2010年02月16日(火) ホイットニー・ヒューストン・ライヴ:  (パート3)~理想のセットリスト http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10460147600.html#main +++ … Continue reading

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●(速報)ホイットニー・ヒューストン急死、48歳

●(速報)ホイットニー・ヒューストン急死、48歳 【(Breaking News) Whitney Houston Dies At 48】 訃報。 1980年代に全米の音楽シーンに登場し、多数のヒットを放ち、世界的なスーパースターとなった女性シンガー、ホイットニー・ヒューストンが2012年2月11日、ロスアンジェルスで死去した。48歳。ホイットニーは、同日、午後3時過ぎ(LA時=日本時間12日午前8時すぎ)、ビヴァリーヒルズ・ホテルの4階の部屋で倒れているところをボディーガードによって発見された。午後3時22分警察に通報、3時55分、死亡が確認された。死因はまだわからない。CNNなどが特別ニュースとして報道している。WBLSは、ずっとホイットニー作品ばかりを流している。全米では、マイケル・ジャクソンの死去以来の衝撃で受け止められている。 ホイットニー・ヒューストンは1963年8月9日、ニュージャージー州生まれ。母親はゴスペル・シンガーであり、ソウル・シンガーでもあるシシー・ヒューストン。シシーはエルヴィス・プレスリーやアリーサ・フランクリンのバックコーラスなども担当していた。幼少の頃から母親に連れられ、スタジオやライヴなどを見て、早くから音楽業界の期待の星とされた。 1985年2月、クライヴ・デイヴィスのアリスタ・レコードからデビュー。次々とヒットを生み出し、グラミーなども獲得。1992年にはケヴィン・コスナーとの共演映画『ボディーガード』が世界的大ヒットになり、女優としてもその名を決定付けた。同アルバムは、アメリカだけで1000万枚以上売れた。 これまでに、グラミー賞6、エミー賞2、ビルボード音楽賞30、アメリカン・ミュージック・アワード22など多数のアワードを獲得している。 1989年の「ソウル・トレイン・ミュージック・アワード」で出会ったボビー・ブラウンと1992年7月18日結婚。2000年代に入ると、ドラッグなどに手をだし、リハビリなども行っていた。 最新アルバムは、2009年にリリースされた『アイ・ルック・トゥ・ユー』。 2011年9月、ホイットニーは、1976年の映画『スパークル』のリメイク版に出演すると報道された。 +++ アメリカでは翌日(2月12日・日、日本時間13日月曜)、グラミー賞が発表されることになっているが、緊急にホイットニーの追悼を行う、という。ジェニファー・ハドソンらがホイットニーの作品を歌うかもしれない、という。 2月11日夜、グラミー前夜祭が行われる予定になっており、特にクライヴ・デイヴィスの前夜祭は注目されるが、ホイットニーもそれを楽しみにしていた。 +++ 日本には1986年以来多数来日、最後の来日は2010年2月、さいたまスーパー・アリーナと大阪城ホールで公演を行ったが、声の調子などがいまひとつだった。その後行われたオーストラリア公演、ヨーロッパ公演などは一部キャンセルされた。 前回来日時ライヴ評 2010年02月12日(金) ホイットニーは、日本のサポーターに感謝 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100212.html (今回初日2月11日分・ライヴ評=パート1) 2010年02月15日(月) ホイットニー・ヒューストン・ライヴ@さいたまスーパーアリーナ (パート2) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10459305657.html 2010年02月16日(火) ホイットニー・ヒューストン・ライヴ:  (パート3)~理想のセットリスト http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10460147600.html#main +++ ソウル・サーチャーはホイットニーのデビュー前、1984年7月、カシーフ宅で出会い、その後1989年に正式にインタヴューした。 ■ホイットニー・ヒューストン物語(吉岡正晴訳) ディーヴァ―ホイットニー・ヒューストン物語 posted with amazlet … Continue reading

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アカペラ最高峰、テイク6~2月14日にオーケストラと共演

アカペラ。 アカペラの最高峰、テイク6が、土日のブルーノート公演のほかに、今回すみだトリフォニーホールで、新日本フィル・オーケストラと共演する。そのプログラムに寄稿したものを、ご紹介する。興味をもたれたら、火曜日14日がチャンス。 詳細は、こちら。 http://triphony.mcsdesigns.jp/concert/20120214topics.php 最高峰。 アカペラ・グループの世界最高峰、テイク6が2012年2月に、2010年5月以来1年9ヶ月ぶり通算21度目の来日を果たす。初来日は1989年11月なので、22年以上前のことになる。これだけの長きにわたりアカペラ・グループとして世界中で活躍し、来日もしているので、日本でもすっかりおなじみ、ファンも多い。そのテイク6が、今回は久しぶりにホール・コンサートを行う。しかも、コンサート前半はアカペラで6人だけで歌い、後半は、会場となる墨田トリフォニー・ホールをホームとする新日本フィル・オーケストラとの共演となる。オーケストラに世界一強力な6人のコーラス。果たして一体どのような融合を見せるのだろうか。今から楽しみは尽きない。 最近は一般の方が趣味でコーラスやゴスペル隊で歌を歌う機会も増え、コーラスやアカペラへの注目度はかつてなく高まっている。そんな中、テイク6の歌声は、そうしたコーラス、アカペラを目指す人にとって、アカペラ界の世界最高峰、エヴェレストだ。  特徴。 アカペラ・グループはこの世にたくさんある。通常のヴォーカル・グループで、レパートリーの中にアカペラ作品を含めているグループもさらに多くいる。アカペラの中には、ジャズ・クラシック系のもの、黒人独特のドゥー・ワップをルーツにしたR&B的なアカペラ、ポップなソフト・コーラス・グループ的なアカペラ、ゴスペル調のものなどだ。 テイク6の最大の特徴は、アカペラ・グループの中でもジャズとゴスペルの要素をたくみに混ぜ合わせていること、それを6人という大所帯のシンガーでハーモニーを作っているというところにある。同じタイプのアカペラ・グループにナチュラリー7というグループがいるが、彼らがよりR&B的、ヒップホップ的な要素を取り入れているのと対照的だ。 テイク6から出てくる音は、基本、すべて彼らの口からでてきたものばかり。たとえば、ライヴではトランペットの音を口で真似て出す。いわゆる「マウス・トランペット」だが、それでもメンバーで違う音を出す。クロード・マクナイトが通常のトランペットの音、ジョーイ・キブルはミュートしたトランペット、デイヴィッド・トーマスのワウワウがかかったトランペットといった具合だ。 メンバーは実に器用でなんでもうまくこなすが、6人の声が重厚なハーモニーを作った瞬間に生まれる恍惚感はなんともいえない。おそらく会場にいらしている方は、その恍惚感をこれまでに体験されているかと思うが、今日、初めてテイク6のライヴを体験される方は、その声が生み出す音の洪水にゆっくりと身を委ねて欲しい。そこから、実に様々なストーリーや情景、映像が浮かびあがってくるはずだ。リスナーの五感を最大限に刺激し、イマジネーションの世界をリスナーの脳内に作り出す。それが出来るのがテイク6であり、彼らの最大の魅力でもある。 デジタルで出来上がった音には、「余白」や「余韻」がない。人間の声という究極のアナログ・サウンドには、決してデジタルで再現できない、数値に変換できない「暖かみのある音」の要素がたっぷり含まれている。そこから生まれる「余白」は、音そのものを楽しむ上で、大変重要な要素でもある。  ネイキッド。 メンバーの1人、クロード・マクナイトは、かつて僕がインタヴューしたときにアカペラのことを「ネイキッド・メディア(裸のメディア)」と表現しこう語った。「アカペラで人々の注意を引くにはとてもクリエイティヴにならなければならない。声自体は、実に多くのことができるんだ。これは正に自然の楽器だ。そこ(アカペラ)では、他に頼るもの(=他の楽器のこと)なんて何もない。すべてのコーラスを聴き、自分がどこにフィットするかを知らなければならない。一つでも音が違ったらすべてが狂ってしまうのだ。だからアカペラはネイキッド・メディアなのだ」 一糸まとわぬ美しい肉体が、見事な芸術作品として肉体美を醸し出すように、彼らが生み出すアカペラはネイキッド(裸)の芸術作品である。そして、6人の声、ハーモニーの無限の可能性が会場に広がる。 アカペラのときステージの上には彼ら6人しかいない。その口の動きをじっくりご覧いただこう。だが、どの声がどの口からでているかを識別するのは、各メンバーの顔とポジション、そして何よりその声を熟知していないと、至難の技だ。だが、何度も見てくると、誰がどこを歌っているかが、徐々にわかってくるようになる。仮にわからなくても、6人の重厚で品のあるコーラス・ハーモニーを聴けば、それだけで十分に楽しめるはずだ。しかも、コーラスを目指す人たちにとっては、彼らは最高のお手本となる。 6人でのアカペラは、ときにそのハーモニーがひじょうに難しくなる。しかし、音楽的素養がしっかりあるために、彼らはそれをいとも簡単にやっているように見せる。プロフェッショナルとは、大変難しいことをあたかも簡単に軽くやっているように見せられることだ。テイク6は、まさにコーラス、ハーモニーのプロ中のプロである。 そして、今回はそのプロ中のプロのハーモニーに、やはりプロ中のプロ、新日本フィルのオーケストラと共演する。こんな華麗で豪華で贅沢な一夜があるだろうか。すみだトリフォニーは音響の良さも定評がある。そこでフル・オーケストラとアカペラの世界最高峰が、音と声を重ね合わせる。これは見逃せない。 曲目。 いくつかの曲「オーヴァー・ザ・ヒル・イズ・ホーム」「スイート・リトル・ジーザス」などは、テイク6がよくステージで歌う彼らのレパートリー。通常はアカペラで歌われるが、今回はオーケストラと歌う。「スマイル」は、マイケル・ジャクソンがもっとも好きな曲と言ってレコーディングし話題になったチャーリー・チャップリンのスタンダード作品でもある。 (2012年1月30日、吉岡正晴=The Soul Searcher) 吉岡正晴 音楽評論家。「ソウル・サーチン」をキーワードにソウル・ミュージックの魅力を広める「ソウル・サーチン・ブログ」、ウェッブ、イヴェント、ラジオ番組(毎週日曜午後2時半~関東地区インターFM76.1mhz)などをてがける。著書に『ソウル・サーチン』、翻訳書に『マーヴィン・ゲイ物語』『マイケル・ジャクソン全記録』など。

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□ 第54回グラミー賞予想

□ 第54回グラミー賞予想 発表 【54th Grammy Predictions】 グラミー予想。 ソウル・サーチン恒例、第54回グラミー賞の予想をお送りする。今年は2012年2月12日(日)(日本時間2月13日午前10時)ロスアンジェルスのステイプルズ・センターで発表される。ノミネートは、NARAS(ナショナル・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツ・サイエンス)から2011年11月30日に発表された。今回の中継はCBS。日本では例年通り、有料衛星放送WOWOW(ワウワウ)が生中継する。 今年もっとも多くノミネートされたのはカニエ・ウエストで7部門、これに続いて今年もっともアルバムを売ったイギリスのアデル、フー・ファイターズ、ブルーノ・マーズが6部門、リル・ウェイン、ダンス・ミュージックのプロデューサー、スクリレックスが5部門。アデルとブルーノ・マーズは主要3部門ですべてノミネートを獲得。大量ノミネートが予想されたトニー・ベネットは3部門にとどまった。 今年のグラミーは、前年の109ノミネート部門から78部門へ縮小した。 今回のノミネート対象は2010年10月1日から2011年9月30日までに全米でリリースされた17500以上の作品。グラミーの投票用紙は12月14日、グラミーの会員に送付され、2012年1月11日の締切までに会計会社のデロイッテ社に返送する。同社は秘密裏に集計し、2月12日の発表までは誰もその結果は知らされない。 昨年のグラミー予想など関連記事。筆者はグラミー予想を1981年頃から行っている。今年は42部門の予想を、例年通り本命と対抗に分けて予想した。 これまで過去の予想とその結果は次の通り。(過去分はすべてソウル・サーチン・ダイアリーに予想と結果がでています)(日時は現地時間、日本では1日先になる) 2011年度(第54回)(2012年2月12日発表)42部門 2010年度(第53回)(2011年2月13日発表) 51部門 本命的中 26 対抗的中 19 計45部門 .882 2009年度(52回)(2010年1月31日発表)49部門 本命的中19 対抗的中11計30部門 .612 2008年度(51回)(2009年2月8日発表) 44部門 本命的中19 対抗的中15 計34 .773 2007年度(50回)(2008年2月10日発表) 46部門 本命的中24部門 対抗16部門 計40部門 .870 2006年度(49回)(2007年2月11日発表)42部門 本命的中19部門 対抗9部門 計28部門 .667 2005年度(48回)(2006年2月8日発表)42部門 本命的中18部門 対抗12部門 計30部門 .714 2004年度(第47回)(2005年2月14日発表)46部門 本命26部門 対抗7部門 計33部門 .717 2003年度(第46回)(2004年2月8日発表) 47部門 本命20部門 対抗14部門 計34部門 .723 2002年度(第45回)(2003年2月23日発表) 33部門 本命18部門 対抗5部門 計23部門 .696 今年(2011年度、第54回)の78部門の完全なノミネートリストは、次のNARASのサイトにある。 http://www.grammy.com/nominees 主な予想は次の通り。本命・対抗の文字がない部門は予想していないもの。 昨年のグラミー確定のブログ。 http://ameblo.jp/soulsearchin/archive6-201102.html#main 前回の予想は、51部門を予想し、本命・対抗あわせて8割8分2厘の的中率だった。 グラミー賞オフィシャル・サイト(英語) http://www.grammy.com 今年のクラシック部門を除いたノミネートは次の通り。 1. Record Of The Year 本命 Rollin In … Continue reading

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■★スティーヴィー・ワンダー周辺作品特集

■★スティーヴィー・ワンダー周辺作品特集 【Stevie Wonder And Friends】 傑作。 『ビッグ・スペシャル』(東京FM系列全国ネット)スティーヴィー・ワンダー特集4日目・今日は、吉岡正晴が生ゲストで登場します。この日は、前3日でほぼスティーヴィー自身の曲を網羅しているので、スティーヴィーが他のアーティストに書いた曲、プロデュースした曲、客演した作品、あるいは、他のアーティストがカヴァーしたスティーヴィー作品などを中心にお送りします。 スティーヴィーはいろいろなアーティストに楽曲を提供していますが、アリーサ・フランクリンの「アンティル・ユー・カンバック・トゥ・ミー」などは有名です。また、モータウン時代レーベル・メイトのスピナーズに提供した「イッツ・ア・シェーム」もスピナーズの大ヒットになっています。 シカゴの無名のグループ、ルーファスがスティーヴィーの「メイビー・ユア・ベイビー」をカヴァーし、アルバムに収録したおかげで、次のアルバムでスティーヴィーが一緒に曲を書いてくれました。それが、ルーファスの「テル・ミー・サムシング・グッド」です。 スティーヴィーの元妻シリータとも一緒にたくさんの曲を書きました。ミニー・リパートンも、スティーヴィーが先にファンになっていました。スティーヴィー・ワンダーと女性シンガーは、ひじょうに相性がよいです。 スティーヴィーとクインシー、マイケル・ジャクソンも固い絆があります。クインシーは元々スティーヴィー楽曲を以前からカヴァーしていましたが、アルバム『デュード』では、「ベッチャ・ウドント…」を書き下ろし。そのクインシー・プロデュースのマイケルには、「アイ・キャント・ヘルプ・イット」を提供しました。 スティーヴィーとダニー・ハサウェイの関係もひじょうにユニークなものです。スティーヴィーより、ダニーのほうが年上ですが、スティーヴィーのほうが先に脚光を浴びました。 スティーヴィーはさまざまなジャンルの音楽家と共演します。ジャズ、レゲエ、ソウル、ゴスペルなど。ジャズからラムゼイ・ルイス、レゲエの世界からサード・ワールドをピックアップします。 また、スティーヴィーは最近、多くのアーティストとデュエットをしたり、コラボレーションをします。そんなコラボレーション作品のいくつかをご紹介します。 スティーヴィーが作り出す楽曲はどれもクラシックに成るうるひじょうに完成度の高い作品ばかり。ゆえに多くのアーティストがスティーヴィー作品をカヴァーします。そんなカヴァーから何曲かをご紹介。 4時までじっくりお楽しみください。 ++++ 『ビッグ・スペシャル』は東京FMをキーステーションに全国のFM局で放送される生番組。月曜深夜25時から28時(深夜1時から4時)まで。DJ小山ジャネット愛子さん。 直接メールを送るフォームはこちら http://www6.jfn.co.jp/mailforms/index/94 『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 2012年2月7日(火)午前1時~4時生放送(6日月曜深夜25時~28時)、『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 関東地区は、関東のラジコで。その他の地区は各地区のラジコでも聞けます。 関東用のラジコ↓ http://radiko.jp/player/player.html#FMT この『ビッグ・スペシャル』は、毎週月曜深夜25時(火曜午前1時~4時)から木曜深夜(金曜午前)まで生放送しているもので30以上の局でネットされる。(番組ホームページでは35局のネット局名が出ている) http://www.fmsounds.co.jp/production/program_detail.php?b=1&p=62&PHPSESSID=vvnqkbcm 当日は生放送ですので、リスナーからのメール、ツイッターでのメッセージなども受け付けます。ツイッターには次のハッシュタグをつけて、質問などお寄せください。 ビッグ・スペシャル #bigsp 東京FM #tfm ENT>RADIO>BIG SPECIAL>Wonder, Stevie

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■★スティーヴィー・ワンダーの5大傑作アルバム

■★スティーヴィー・ワンダーの5大傑作アルバム 【5 Big Masterpiece Album Of Stevie Wonder】 傑作。 今日(2012年2月9日木曜)の『ビッグ・スペシャル』(東京FM系列全国30曲以上ネット)、スティーヴィー・ワンダー大特集3日目では、スティーヴィーの5大傑作アルバムをフィーチャーします。1972年の『心の詩』から1976年の『キー・オブ・ライフ』までの5作です。まさに、スティーヴィーが神懸かり的なクリエイティヴ・ピークにいたときの作品群です。『心の詩』発表時で、21歳。『キー・オブ・ライフ』発表時で、まだ26歳です。改めてその年齢と作品を比べても驚きを隠せません。最初の2日で番組でオンエアしたものを除いた作品をご紹介します。 ++++ 『ビッグ・スペシャル』は東京FMをキーステーションに全国のFM局で放送される生番組。月曜深夜25時から28時(深夜1時から4時)まで。DJ小山ジャネット愛子さん。 直接メールを送るフォームはこちら http://www6.jfn.co.jp/mailforms/index/94 『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 2012年2月7日(火)午前1時~4時生放送(6日月曜深夜25時~28時)、『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 関東地区は、関東のラジコで。その他の地区は各地区のラジコでも聞けます。 関東用のラジコ↓ http://radiko.jp/player/player.html#FMT この『ビッグ・スペシャル』は、毎週月曜深夜25時(火曜午前1時~4時)から木曜深夜(金曜午前)まで生放送しているもので30以上の局でネットされる。(番組ホームページでは35局のネット局名が出ている) http://www.fmsounds.co.jp/production/program_detail.php?b=1&p=62&PHPSESSID=vvnqkbcm 当日は生放送ですので、リスナーからのメール、ツイッターでのメッセージなども受け付けます。 ハッシュ・タグは、次のようなものがあります。 ビッグ・スペシャル #bigsp 東京FM #tfm ■スティーヴィーの5大アルバム紹介 ■ 心の詩 Music Of My Mind 1972年3月発売。スティーヴィーがモータウンとの契約が切れた1971年5月13日以降、それまで供託されていた100万ドルの資金を持ってニューヨークにわたり、ひたすら自分の作りたいように作り始めた作品がこれ。スティーヴィーの自作自演作の記念すべき第一作目です。タイトルがすべてを物語っています。出始めたばかりのシンセサイザーを多様し、スティーヴィーがほとんどの楽器を多重録音して作り上げた作品。一人多重録音はこの頃から始まっています。シンセの専門家、ロバート・マーグレフとマルコム・セシルの協力を得て作り上げました。 心の詩 posted with amazlet at 12.02.08 スティーヴィー・ワンダー ユニバーサル インターナショナル … Continue reading

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○ 『ビッグ・スペシャル』でスティーヴィー・ワンダー特集

○ 『ビッグ・スペシャル』でスティーヴィー・ワンダー特集 【”Big Special” Featuring Stevie Wonder】 大特集。 深夜の本格派音楽番組『ビッグ・スペシャル』(東京FM系列ネット)で4夜連続でスティーヴィー・ワンダーの特集をしている。今日はその二日目。最終日2月9日(木曜深夜、10日午前1時から)には、吉岡正晴も生出演してスティーヴィー・ワンダーについて話をする。今年はスティーヴィー・ワンダーがデビューしてちょうど50周年。さまざまなスティーヴィー・ワンダーの話題、トピックを集めて大特集をする。 本ブログでは、この『ビッグ・スペシャル』と連動して、「スティーヴィー・ワンダー」特集をお送りする。番組では初日2日目で大体主なヒットをかけ、3日目で5大アルバムを特集、4日目でスティーヴィーの世界と題して、さまざまなスティーヴィー関連、プロデュース、楽曲提供作品などをお送りする。 今日はスティーヴィー・ワンダー物語(パート2)」。 ++++ 『ビッグ・スペシャル』は東京FMをキーステーションに全国のFM局で放送される生番組。月曜深夜25時から28時(深夜1時から4時)まで。 直接メールを送るフォームはこちら http://www6.jfn.co.jp/mailforms/index/94 『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 2012年2月7日(火)午前1時~4時生放送(6日月曜深夜25時~28時)、『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 関東地区は、関東のラジコで。その他の地区は各地区のラジコでも聞けます。 関東用のラジコ↓ http://radiko.jp/player/player.html#FMT この『ビッグ・スペシャル』は、毎週月曜深夜25時(火曜午前1時~4時)から木曜深夜(金曜午前)まで生放送しているもので30以上の局でネットされる。(番組ホームページでは35局のネット局名が出ている) http://www.fmsounds.co.jp/production/program_detail.php?b=1&p=62&PHPSESSID=vvnqkbcm 当日は生放送ですので、リスナーからのメール、ツイッターでのメッセージなども受け付けます。 ハッシュ・タグは、次のようなものがあります。 ビッグ・スペシャル #bigsp 東京FM #tfm ■ スティーヴィー・ワンダー 最近の強力3枚組みベスト。 ラヴ、ハーモニー&エタニティ~グレイテスト50・オブ・スティーヴィー・ワンダー(初回限定価格盤) posted with amazlet at 12.01.25 スティーヴィー・ワンダー ユニバーサルインターナショナル (2010-08-04) 売り上げランキング: 45815 Amazon.co.jp で詳細を見る ++++ … Continue reading

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○ スティーヴィー・ワンダー・ストーリー~『ビッグ・スペシャル』でスティーヴィー特集今日から

○ スティーヴィー・ワンダー・ストーリー~『ビッグ・スペシャル』でスティーヴィー特集今日から 【”Big Special” Featuring Stevie Wonder】 大特集。 毎回、一人のアーティスト、ひとつのテーマにスポットをあて、4日間毎日2時間半から3時間にわたって特集する深夜の本格派音楽番組『ビッグ・スペシャル』(東京FM系列ネット)。今夜から4夜連続でスティーヴィー・ワンダーの特集をする。最終日2月9日(木曜深夜、10日午前1時から)には、吉岡正晴も生出演してスティーヴィー・ワンダーについて話をする。今年はスティーヴィー・ワンダーがデビューしてちょうど50周年。さまざまなスティーヴィー・ワンダーの話題、トピックを集めて大特集をする。 本ブログでは、この『ビッグ・スペシャル』と連動して、「スティーヴィー・ワンダー」特集をお送りする。番組では初日と2日目で大体主なヒットをかけ、3日目で5大アルバムを特集、4日目でスティーヴィーの世界と題して、さまざまなスティーヴィー関連、プロデュース、楽曲提供作品などをお送りする。 ブログでは、月曜・火曜用の「スティーヴィー・ワンダー物語(パート1)」。これで、基本的なスティーヴィーをご紹介する。 ++++ 『ビッグ・スペシャル』は東京FMをキーステーションに全国のFM局で放送される生番組。月曜深夜25時から28時(深夜1時から4時)まで。 番組宛のメールはこちら。 直接メールを送るフォームはこちら http://www6.jfn.co.jp/mailforms/index/94 『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 2012年2月7日(火)午前1時~4時生放送(6日月曜深夜25時~28時)、『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 関東地区は、関東のラジコで。その他の地区は各地区のラジコでも聞けます。 関東用のラジコ↓ http://radiko.jp/player/player.html#FMT この『ビッグ・スペシャル』は、毎週月曜深夜25時(火曜午前1時~4時)から木曜深夜(金曜午前)まで生放送しているもので30以上の局でネットされる。(番組ホームページでは35局のネット局名が出ている) http://www.fmsounds.co.jp/production/program_detail.php?b=1&p=62&PHPSESSID=vvnqkbcm 当日は生放送ですので、リスナーからのメール、ツイッターでのメッセージなども受け付けます。 ハッシュ・タグは、次のようなものがあります。 ビッグ・スペシャル #bigsp 東京FM #tfm ■ スティーヴィー・ワンダー 最近の強力3枚組みベスト。 ラヴ、ハーモニー&エタニティ~グレイテスト50・オブ・スティーヴィー・ワンダー(初回限定価格盤) posted with amazlet at 12.01.25 スティーヴィー・ワンダー ユニバーサルインターナショナル (2010-08-04) 売り上げランキング: 45815 Amazon.co.jp で詳細を見る … Continue reading

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○■『ソウル・マジック』今夜9時から

○■『ソウル・マジック』今夜9時から 【Soul Magic Program Will Start 9pm Tonight】 生放送。 今日(2012年2月7日・火曜)夜9時からUストリーム生放送『ソウル・マジック』で八木カナさん@ky00950、佐藤潔さん@bopgun1962と「歌のうまいジェームス・ブラウン」というテーマで曲をかけながらおしゃべりします。 アクセスは→ http://bit.ly/uY2eqI  9時までは、「現在、番組はオフラインです」とでていますが、9時前後から生中継、Uストリームに変わります。また、古い過去の放送分も聞けます。前回放送のものがひとりでに流れるかもしれません。かなりゆるい放送なので、その旨おみしりおきを。(笑) 質問など→ #soulmagic つけて。あるいはツイッターで @soulsearcher216に返信で。 詳細はこちら。 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11145371735.html 佐藤さんのブログ、こちら。 http://kinginc.co.jp/blog/outofsight/2012/02/ustreamsoul-magic-272100.html ANNOUNCEMENT>Soul Magic>#18 James Brown

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■● 江守藹さん、『ソウル・ブレンズ』に登場~ドン・コーネリアス追悼して語る

■● 江守藹さん、『ソウル・ブレンズ』に登場~ドン・コーネリアス追悼して語る 【Emori Ai Talks About Colleagues Don Cornelius】 生出演。 ソウル・イラストレーター、ソウル・ダンサー、作家でもあり、ブラック・カルチャー、ダンスなどについて詳しい江守藹さんが『ソウル・ブレンズ』に生ゲストで登場。2012年2月1日に亡くなったドン・コーネリアス緊急追悼特集を放送した。いろいろなエピソードを聞かせていただいた。 左から、オッシー、吉岡、江守氏、マーヴィン、ちさと 江守さんは、1999年、日本の商社が権利を獲得した「ソウル・トレイン・プロジェクト」にかかわることになり、ドン・コーネリアスと知り合った。その中で、ラジオ番組や「ソウル・トレイン・カフェ」をお台場に開店など総合的にプロデュース。その開店レセプションが1999年8月末行われ、ドン・コーネリアスが来日。ちょうど偶然そのときに、スティーヴィー・ワンダーがコンサートのために来日していたので、ドンがスティーヴィーに連絡をしたところ、そのレセプションに現れた。 「そのとき、ドンも大きなストレッチ・リムジンで移動してきて、スティーヴィーもすごいリムジンで、そのリムジンが2台並んだところは壮観だったんですよ。あの2台並んだ絵はかっこよかったですよ!」 江守さんも、それより前、初めてロスでドンに会ったときには緊張した。「70年代からずっと『ソウル・トレイン』を見て、育ってきた自分だから、そのあこがれの人に会えるだけで興奮し、緊張した。だが、徐々に時間が経つにつれ打ち解け、カフェで飾るものをたくさん、ちょーだいと言えるまでになった」 そうしてもらってきたもののいくつかをこの日スタジオに持ってきていただいた。「ソウル・トレイン・アワード」のトロフィーのレプリカはしっかりと重かった。 「ソウル・トレインの文化は、音楽、ファッション、すべてにわたっていて、当時はみんながそういうものを取り入れてきた。僕も福生のテイラーで、いわゆる『ソウル・ファッション』のスーツを作ったり、一時期はアフロにしたりした」 「やはり、日本でこれほどブラック・ミュージック、ブラック・カルチャーというのが今のように広まったのは、ヴェトナム戦争が大きかったと思う。これがあったために、多くの黒人兵が日本に滞在して、横須賀や横浜、横田などの基地からみんな週末に六本木のディスコなんかにやってきた。そんな中で、彼らから『ソウル・トレイン』というのがあるんだよ、って教わったりした。そして、これが日本で放送されるようになってからは、かじりついて毎週見てた。当時は録画機がなかったから食い入るように見た。毎週見ていると大体同じようなダンスが何週か踊られるので、最終的には踊れるようになった」 これに、マーヴィンが「僕は富士のベースにいたので、毎週末、金曜の夜富士から六本木に行って、月曜の朝、ほとんど寝ないで、仕事に戻ったなんてやってた」と振り返る。 江守さん。「ソウル・トレインのダンサーたちから人気が出た人もいる。ジョディー・ワトリーやジェフリー・ダニエルズは誰でも知ってると思うけど、ダミタ・ジョー・フリーマン、ドン・キャンベル、スクービー・ドゥー、パトリシア・デイヴィスなんかがいた。ダミタは、第二回の『ソウル・トレイン・ダンサー・コンテスト』の優勝者、翌年かジェームス・ブラウンがゲスト出演したときに、ブラウンの周りでずっと踊ってた。アーティストの周りでずっと踊るというスタイル。そのコンテストの第一回の優勝者がスクービー・ドゥー。スクービー・ドゥーとドン・キャンベルは、ともにロックダンスのオリジネーターだ」 「(ドンを)招聘した商社が、それなりの車とホテルも用意したが、ドンはそれが気に入らなかったようで、自分で長いリムジンと、フォー・シーズンズのスイート・ルームを取っていた」 「(カフェをやるにあたって)ドンに一言だけ言われたのが、ダンスをしっかりやってくれということ。それに対して、大丈夫です、僕もダンサーですから、と応えた」 「日本独自のソウル文化っていうのがあるでしょう。それは、アジアのほかの国や、ヨーロッパにもそういうものはないでしょう。『ソウル・トレイン』が与えた影響も大きい」 『ソウル・トレイン』のテレビ放送第一回でゲスト出演したエディー・ケンドリックス、グラディス・ナイトなどの曲をかけた。 約45分の出演時間だったが、あっという間、いくらでも話が尽きない。 その模様、期間限定でポッドキャストで。冒頭にニュース、途中にCMがあります。トータル59分 『ソウル・ブレンズ~トリビュート・トゥ・ドン・コーネリアス・ウィズ・江守藹』2012年2月5日放送 http://soundcloud.com/soul_searchin/soul-blends-2012-02-05-special +++++ 昼夜逆転。 江守さんと、生放送後、ひさしぶりにお茶。そこでも話は終わらない。 江守さんとは、1970年代から、ソウル、ディスコ関係で知り合い30年以上になる。一緒に『ギャングスター』というソウル雑誌というか、ディスコ雑誌を作ったりしたこともある。これは、10冊までいかないが、数冊発行された。一度ヤフオクかなにかで高い値段がついているのをみたことがある。江守さんは持ってないという。僕は持っているはずだが、どこかの段ボールに入っていると思う。今度しっかり探しておきたい。 彼は2005年2月、大きな手術をし、その年はほとんど仕事もせずに治療に専念した。それ以来、それまでの夜型の生活から昼型の生活に戻し、今では10時には就寝、朝5時には起き、6時朝食、12時ランチ、6時か7時に夕食という、以前とはまったく考えられないような生活スタイルになった。その病気は5年で再発などがなかったため、完治したという。 健康的になり、その秘訣はというと、「ウォーキングとダンス」だという。ダンスの効能について、江守さんはこういう。 「運動をジムにいったりすると、結局、自分をいじめるような闘いでしょう。でも、ダンスは楽しい。踊ってても苦痛にはならない。そうして楽しいことをやっていると、体のあちこちが活性化してよくなるんだと思う」 江守さんとは、以前から日本のソウルの話を本にまとめようということになっていて、そろそろ力をいれてやらないと、と改めてお互い確認しあった。 ■ 江守藹監修DVDについて 江守さんは、ダンスを教える先生用のDVDを作った。↓ http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10867795287.html ■ 江守藹著『黒く踊れ!―ストリートダンサーズ列伝』 … Continue reading

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○■告知~「ソウル・マジック」でジェームス・ブラウン特集 2月7日(火曜)夜

○■告知~「ソウル・マジック」でジェームス・ブラウン特集 2月7日(火曜)夜 【Soul Magic Will Be On Feb 7th】 生放送。 八木かなさんのインターネット・ユーストリーム生番組『ソウル・マジック』の2012年2月7日(火曜)夜9時からの回でジェームス・ブラウンの特集をする。題して「歌のうまいジェームス・ブラウン」。パソコン、スマートフォンがあればどこでも聴けます。 詳しい経緯は、こちら。聴き方は下のほうに書いてあります。 2012年01月26日(木)ジェームス・ブラウン特集、ネット番組『ソウル・マジック』で2月7日放送 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11145371735.html その打ち合わせをさきほど佐藤さん、八木さん、シトさんと行った。打ち合わせもゆったり2時間以上。(笑) 今回は、ジェームス・ブラウン愛好家でありほとんどすべてのジェームス・ブラウンのレコードを収集している佐藤潔さんが、選曲された曲をレコードでプレイする。正確にはレコードからアイチューンズに落とし、アイチューンズから音出しする。 当日は、夜9時から番組開始、約2時間で12曲をかけることになった。すでに、リスナーのみなさんから事前に集めたリクエストを中心に、八木さん、佐藤さん、吉岡の1曲も含めてプレイする。 その際、ジェームス・ブラウンと一緒に撮った写真を出そうということになって、僕も2枚ほど見せたが、そのうちの一枚は、勝本さん、ミスター・ブラン、そして僕の3ショット。これは、1987年の秋に撮影したものと見られる。もうひとつ、その後のどこかで撮ったツーショットもある。 ジェームス・ブラウンとドン・コーネリアス/ソウル・トレインの話もしようと思う。 ジェームス・ブラウンは、『ソウル・トレイン』に4回出ている。 1973年2月10日、リン・コリンズと。 1973年2月17日、フォー・トップス、オーティス・クレイの出た回に。 1973年5月5日、マンハッタンズが出た回。リン・コリンズ、リー・オースティンと。 1974年9月14日、これがすごい。James Brown and the First Family of Soul / Fred Wesley & the JBs / Lyn Collins / … Continue reading

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● デイヴィッド・ピーストン、54歳で死去

● デイヴィッド・ピーストン、54歳で死去 【Soul Singer David Peaston Dies At 54】 訃報。 ソウル・シンガーとして1980年代後期から人気を集めたデイヴィッド・ピーストンが2012年2月1日(水)ミズーリ州セントルイスで54歳で死去した。死因は糖尿病からの合併症。しばらく前から糖尿病を患い、両足を一部切断、義足をつけていた、という。 デイヴィッド・ピーストンは1957年3月13日セントルイス生まれ。幼少の頃はご多分にもれず教会でゴスペルを歌っていた。その後学校教師となったが、教師のレイオフを機にニューヨークに出て、アポロ・シアターの「アマチュア・ナイト」でビリー・ホリデイの「ゴッド・ブレス・アワ・ラヴ」を歌ったところ大喝采を浴びて、プロへの道が開かれた。その後1989年、「トゥー・ロングス」、バラードの「キャン・アイ」などが大ヒットした。その特徴的なハイ・ヴォイスが独特で、当時は多くのファンを集めた。 デイヴィッド・ピーストンの母マーサ・バスはゴスペル・シンガーで、クララ・ワード・シンガーズの一員、姉のフォンテラ・バスは1965年に「レスキュー・ミー」のR&Bヒットを放っているシンガー。 24年連れ添ったハイスクール時代からの妻、ミッチェルによると「彼は陽の当たらなかった最高のアーティストです。素晴らしいシンガー、父、おじさん、でした」という。 ピーストンはミッチェルと2人の息子によって送られる。 +++ 圧巻。 デイヴィッドのライヴは、ショーケースを1989年に見て圧倒された。すっかり大ファンになったが、彼を見ていると、最近だと、その後『アメリカン・アイドル』から出てスターになったルーベン・スタッダードを思い出す。ルーベンも巨漢で、ハイヴォイス。最初、ルーベンが出てきたとき、このデイヴィッドを思い出したほど。どちらも、実に歌がうまい。糖尿病が原因とのことだが、本当に惜しい人たちが次々に亡くなるのでやるせない。 それにしても、よりによって「ソウル界の大物」ドン・コーネリアスの命日と一緒になってしまい、ほとんど報道されていないが、ご冥福をお祈りする。 +++ (特別寄稿) デイヴィッド・ピーストン・デビュー作、ライナーノーツ。 デイヴィッドのライナーノーツを再掲載します。1989年9月に執筆されたもの。なお、日本盤では久保田利伸さんのライナーとともに掲載されました。表記などは当時のままです。ライナーを読み返したら、当時のことが思い起こされました。ほんとにいいシンガーだったなあ。約23年前のライナーです。まだこの時点では生年月日はわからなかったようですが、それ以外特に書き直すところはないですね。(笑) 当時の興奮ぶりが伝わるというか。(笑)  +++++ ■ デイヴィッド・ピーストン・デビュー Introducing posted with amazlet at 12.02.03 David Peaston Geffen Records (1989-06-20) 売り上げランキング: 38865 Amazon.co.jp … Continue reading

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●(続報)「ソウル・トレイン」創始者、ドン・コーネリアス死去の衝撃

●(続報)「ソウル・トレイン」創始者、ドン・コーネリアス死去の衝撃 【Shock Of Don Cornelius’s Death】 衝撃。 テレビ番組『ソウル・トレイン』創始者、ドン・コーネリアス死去のニュースは、世界中に大きな衝撃を与えている。特に、ブラック・ミュージック、ソウル・ミュージック関係者からは、追悼の言葉が絶えない。ジェームス・ブラウン、マイケル・ジャクソンらの死去と同様のショックと受け止められている。 2012年2月2日(木)02時30分00秒 (速報)ドン・コーネリアス死去 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11152771763.html スティーヴィー・ワンダー。「大変な衝撃を受けています。初めて『ソウル・トレイン』でやったのは、『スーパースティション』でした。彼は、僕のキャリアの上でも大変な貢献を果たしています。もちろん、僕だけでなく、音楽とダンスを世に広めたという点で大変な貢献を果たしました。僕は『アメリカン・バンドスタンド』も、『ソウル・トレイン』も「見て」きたので、ドンの死は心が引き裂かれる思いです。多くの音楽番組が、これらを元にして作ってきているのを知っています。僕は、彼がとても優しい人物だと思っています。もちろん彼と毎日いるわけではないので、すべてを知っているわけではありませんが。メモリアルで何を歌いたいかは、家族に任せます。彼らが歌って欲しいという曲を歌います」 日本でラジオ番組『ソウル・トレイン』、さらにお台場に「ソウル・トレイン・カフェ」(ともに1999年)を持ってきたときのプロデューサーで、1960年代からソウル・ミュージック、黒人文化に詳しく自らもダンサーとしても活動してきた江守アイさんと話した。 江守さんは、ドンと2回ロスアンジェルスで、1回はドンが来日したとき、東京でついていた。東京で「ソウル・トレイン・カフェ」を始めるとき、ミーティングでロスで会ったが、最初に会ったときは、あこがれの人で、怖い人という印象だったが、徐々にいろいろな話をして打ち解けてくると、「店で必要なものだったら、なんでも持っていっていい」とまで言ってもらえるようになった。「ソウル・トレイン・ミュージック・アワード」のトロフィーのレプリカ、ビデオ、レコード、ゴールド・レコードなどいろいろな小物などを持ってきて、店内に飾った。 江守さんは言う。「彼と『ソウル・トレイン』が果たしたものは、間違いなく黒人社会の『ランドマーク』ですよ」 また、2001年の「ソウル・トレイン・レディー・アワード」では、ドンが江守氏を招待してくれ、ものすごくいい席を用意してくれた、という。 来日したときは、つきっきりでドンのケアをしたそうだが、そのときに一緒に奥さんと来ていて、それがしばらく前に離婚の話が進んでいた奥さんだったらしい。かなり若い奥さんだったそうだ。 黒人活動家、アル・シャープトン。「彼はソウル・ミュージックとダンスを、それまでになかったような方法で、世界に紹介した。彼はグローバルなレベルでの文化を変革した人物だ」 また、『ソウル・トレイン』には、黒人だけでなく、エルトン・ジョン、デイヴィッド・ボウイなどの白人、また、久保田利伸、イエロー・マジック・オーケストラなどの日本人も出演している。 先週、一緒に食事をしたというクラレンス・エイヴォント(元サセックス・レコード、モータウン・レコード・チェアマン)によると、自殺をうかがわせるものなど何もなく、本当に驚いている。ただ最近発作が起こるので、自身で車を運転するのをやめた、と言っていたという。 テレビ『ソウル・トレイン』のもっとも大きなポイントは、毎回ブラック・アーティストが一組出演し、口パクながら、動く姿を見せていた、点。もうひとつが、ソウル・トレイン・ギャングと呼ばれるダンサーたちが曲にあわせてラインダンスをするシーン。ここでダンスが大変うまいダンサーが注目されるようになったり、新しいダンスが披露され、それが全米に広まったりした。 また、1分間でアルファベットの文字がボードにばらばらに貼られていて、それを何かの単語に正しく置きなおす「スクランブル・ボード」のコーナーも受けていた。 多くの人が、『ソウル・トレイン』を見て、新しいステップを覚えた。当時はビデオで録画するということができなかったため、ほとんどの人が、毎週決まった時間に必ずテレビの前に座り、そのステップをリアル・タイムで覚えた。 ドンが番組を締めるときのいつものキャッチフレーズは、こうだ。“love, peace and soul.”(愛と平和とソウルを) +++ ソーラー・レコード。 テレビ『ソウル・トレイン』のアーティストのブッキングを担当していたのが、ディック・グリフィーという人物で、ディックとドンで1975年、「ソウル・トレイン・レコード」を設立、これが1977年、ドンが手を引き、ディックが単独オウナーとなったときに、社名を「ソーラー・レコード」に変更。ウィスパーズ、ミッドナイトスター、レイクサイドなど多数のヒットを放った。ベイビーフェイスなどもここから出てきた。 ちなみにディック・グリフィーは2010年9月24日に71歳で死去している。 2010年09月29日(水) ディック・グリフィー死去~ソーラー・レコードの生みの親 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10661964556.html ■ソウル・トレインDVDボックス OBITUARY>Cornelius, Don

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●突然の死ということ~川勝正幸さん

●突然の死ということ~川勝正幸さん 【Sudden Passing】 川勝さん。 31日の昼過ぎ、ネットやニュースで編集者の川勝正幸さんの訃報が伝えられた。これも愕然とした。最初、渡辺祐さんのツイートで知った。 川勝さんと知り合ったのは、正確には覚えていないのだが、1993年前後ではないかと思う。ロスで活躍するフォトグラファーに紹介された。そんな中で、何回か食事もしたような記憶がある。その後、彼が渡辺祐さんと編集プロダクション「ドゥ・ザ・モンキー」を一緒に始めていたのを知る。93年だと、すでにドゥ・ザ・モンキーなのかな。僕自身は仕事をご一緒したことはないのだが、カウンター・カルチャーに造詣が深く、いろいろなものを書いたり、編集したり、本を出したりしているのは、存じ上げていた。その仕事ぶりは、作品を見れば尊敬に値するものばかりだ。 しかも、川勝さんの死が、自宅の火事だというから、もうやりきれない。だって、その数時間前まで、ツイッターでつぶやいていたんだから。 川勝さんは1956年11月21日福岡県生まれ。55歳だった。 こう同年代の突然の死が続くと、自分もどうしていいかわからなくなる。健康診断、健康チェックか。普段から規則正しい生活を心がけ、抵抗力をつけよう。やはり、毎朝、ラジオ体操しなきゃ。しかし、事故ではなあ。事故にも気をつけよう。 そして、一般論として人生の終わり方って、病気などでフェードアウトがいいのか、予期せぬ形のぱさっとナイフで切ったようなカットアウトのほうがいいのか、ますますわからなくなる。 ご冥福をお祈りしたい。 ■ 川勝作品は多数。その代表作のひとつ 21世紀のポップ中毒者 posted with amazlet at 12.02.01 川勝 正幸 白夜書房 売り上げランキング: 2444 Amazon.co.jp で詳細を見る ■これ入魂の一作 丘の上のパンク -時代をエディットする男、藤原ヒロシ半生記 posted with amazlet at 12.02.01 川勝 正幸 小学館 売り上げランキング: 394 Amazon.co.jp … Continue reading

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●(速報)ドン・コーネリアス、75歳で死去 自殺か

●(速報)ドン・コーネリアス、75歳で死去 自殺か 【Don Cornelius Dies At 75: Killed Himself?】 訃報。 1970年代から始まり、大きな人気を得たアメリカの音楽テレビ番組『ソウル・トレイン』を始めたドン・コーネリアスが、2012年2月1日(水)午前4時(日本時間1日午後9時)ごろ、アメリカ・カリフォルニア州シャーマンオークスの自宅で銃で撃たれた状態で発見され、すぐにシーダース・サイナイ病院に運ばれたが4時46分、死亡が確認された。75歳。救急、警察ともに、傷口から自殺とみている。正確な検死報告は後日発表される。 自殺の理由はわからないが、ドン・コーネリアスは、2009年に、妻に離婚を求めていたが、その際の陳述書で「私はもう72歳だ。健康に問題がある。自分が死ぬ前に、この離婚を決めたい」と語っていた。体に問題があったことがひとつの理由かもしれない。妻とは、ドン自身が暴力を振るったりしたことから、不仲が伝えられていた。 クインシー・ジョーンズのコメント。“I am shocked and deeply saddened at the sudden passing of my friend, colleague and business partner Don Cornelius, “Don was a visionary pioneer and a giant in our … Continue reading

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◎ ピーボ・ブライソン、デボラ・コックス・ライヴ~サーヴィス精神満点のライヴ

◎ ピーボ・ブライソン、デボラ・コックス・ライヴ~サーヴィス精神満点のライヴ 【Peabo Bryson & Deborah Cox Live: I Am Your Servant】 サーヴィス精神。 すっかりおなじみで何度目の来日かもう誰もカウントできないほど、来ているピーボ・ブライソン。昨年9月、デイヴ・コーズのゲスト以来、また本人名義では2011年1月以来のライヴ。今回は、ゲストにデボラ・コックスを迎えた。ゲストは前々回がレジーナ・ベル(2010年)、前回(2011年)がシャンテ・ムーア。 毎回おなじみ、イントロで観客全員と握手してからステージへ。そして、最後は10本ほどの赤いバラを観客の女性ファンにプレゼント。サーヴィス精神満点、今回もたくさん日本語をしゃべって受けていた。 デボラは僕は初めて見るような記憶だが、ひょっとしたら、プロモーションなんかで来日しているかもしれない。ステージで「また、日本に戻ってこられて嬉しい」と言っていた。彼女の印象は、なにより、とても肉感的なスタイルで、しかも筋肉質で、それでちゃんと美人ということで驚いた。そして、セリーヌ・ディオン、ホイットニーを彷彿とさせる王道的な歌唱を聞かせる。カナダ・モントリオール出身で、かつてはセリーヌのバックコーラスもしていた。そして、アメリカではホイットニーを育てたクライヴ・デイヴィスのアリスタ・レコードからデビュー。セリーヌ、ホイットニーを思わせるのは、その流れからいっても当然だ。なかなかいい感じだった。彼女は自らのヒットを3曲歌い、最後、ピーボとデュエットで「ホール・ニュー・ワールド」を披露した。 ピーボは、東京公演の前、大阪に約1週間滞在。年恒例の阪急のイヴェントでフルオーケストラをバックに歌ってきた、という。その主催者のリクエストで新しく歌ったが、下記セットリストで5と6。レオン・ラッセル~ダニー・ハサウェイの「ア・ソング・フォー・ユー」とスティーヴィーの「ドゥ・アイ・ドゥ」。これは新鮮! 特に「ア・ソング・フォー・ユー」のような曲は、ピーボにどんぴしゃ、完璧だ。 どうしても、ピーボというとバラード、あるいは、女性シンガーとのデュエット、というイメージを持つ。朗々と歌い上げるのが、ほんとに似合う。 そして、ライヴを見ていると、彼の「フィール・ザ・ファイアー」を聴きたいと思うのだが、なかなかやってくれない。この日も、ライヴ後、楽屋でピーボに再会し、「フィール・ザ・ファイアー」のことを言ったら、「ああ、そうだったな」と思い出してくれた。僕も、来日前にメールなりなんなりしてリマインドしないとダメだと思うのだが。(笑)  左・デボラ・コックス&ピーボ・ブライソン、右・ピーボ&ザ・ソウル・サーチャー ちょうど、ブルーノートに行く道すがら、車でサム・クックのCDを聴いていたが、ピーボがサムをカヴァーしてもおもしろいな、と思った。彼とサム・クックについて話をしたので、その話はまた後日。 バンドメンバーは前回とドラムスを除いてすべて同じ。そのキーボードのデイヴ・イワタニのルックスが、フィリップ・ウーに似ているので、いつもフィリップがいるのかと思ってしまう。なんてネタはかなり内輪ネタです。 今回はブルーノート(今日・水曜)のほか、コットンクラブも2日(木・金)ある。 http://www.bluenote.co.jp/jp/index.html http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/ ■ ピーボ過去記事(ソウル・サーチン・ブログにはたくさんあります) 2011年09月16日(金) デイヴ・コーズ&ピーボ・ブライソン~稀代のエンタテイナー2人が共演 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11018778223.html 2010年01月31日(日) ピーボ・ブライソン&レジーナ・ベル・ライヴ(パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10446839019.html#main 2010年02月10日(水) ピーボ・ブライソン(パート2)~テディーとマイケルを語る http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10455090009.html (ここに過去関連記事多数) ■ ベスト ベスト・オブ・ピーボ・ブライソン … Continue reading

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