Monthly Archives: June 2011

◆ 6月最終の週末~今年も半分終了

◆ 6月最終の週末~今年も半分終了 【Busy Week: Half year passed】 猛暑。 しかし、29日(水)、ものすごい暑さだった。30日で、今年も半分終了。なんという速さ。 珍しく6月末が忙しかった。ルーファスのトニー・メイデンが来日して、約1週間、ラジオだ、ライヴだとつきあった。移動時間などにいろいろと話をしたのが溜まっているので、いずれブログにまとめたい。トニーの来日、マイケル・ジャクソンの命日、マリーナ・ショー&デイヴィッドTらの来日、「ソウル・パワー」の原稿、白川会…。なんで、一時期に重なるんだろう。(笑) 22日(水)、昼トニー・メイデン「メットポッド」、映画『あぜ道のダンディ』新宿。夜トニー・メイデン。(ライヴ評アップ済み) 23日(木)、昼ヘアカット、夜エリーシャ・ラヴァーン。(ライヴ評アップ済み)、深夜、東京FMで湯川れい子さんと『ビッグ・スペシャル』でマイケル・ジャクソンの特集を25時から28時まで生放送。あっという間の3時間。冒頭、ちょっとしたハプニングもあったが、生放送ならではの対応。(笑) 24日(金)、昼エリーシャ・ラヴァーン「メットポッド」。カマサミさん、ケイリブらと。夜、第6回白川会。下北沢。光石研さん、プロモーション中の大忙しの中、ご参加。2日前に見て買ったプログラムにサインをもらう。(嬉) 25日(土)、昼六本木ハリウッド・プラザで『湯川れい子、西寺郷太マイケル・ジャクソン・トークショー』観戦。飛び入り。このホールと、建物にびっくり。 26日(日)、『ソウルブレンズ』「ソウル・サーチン」でマリーナ・ショー紹介→調布MJM(マイケル・トーク・ショー)→マリーナ・ショー→岡さんお別れ会(パート2)→白金ダンステリア最終日。 24日~28日にかけて「ソウル・パワー」のパンフ用原稿書き。ほんとは、金曜~日曜で終わらせる予定が、結局火曜までずれこんでしまった。申し訳ない。(→編集者さま) 大作です。ぜひ期待してください。読み応えあります。 28日深夜。たまったナイル・ロジャーズ・ブログ、4本翻訳。 29日(水)、猛暑。夜ブルースアレイでフィリップ・ウー・ライヴ。 ということで、トニー・メイデン・ネタ、白川会、ダンテリ最終日など、おいおいまとめます。 ESSAY>Bits & Pieces

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☆ 調布MJMでマイケル追悼イヴェント

☆ 調布MJMでマイケル追悼イヴェント 【Talk Event @ MJM, Choufu】 トーク。 マイケル・ジャクソンが大好きで大好きでしかたないという長田さんが、調布でマイケルのグッズなどをたくさん集めたカフェ&バー、その名も「MJM」を昨年6月24日にオープン。その一周年記念イヴェントで、御呼ばれし、日曜日(6月26日)小一時間ほど話をしてきた。今回は日本音楽家協会の佐藤さんのご尽力で、このイヴェントに参加させていただいたが、そのお店は、小さいが、マイケルへの愛があふれた素敵な店だった。あらゆるグッズや、マイケル関連のものが多数あった。 いろいろとマイケルの話のネタはあって、箇条書きにしたものがあるのだが、そこにいらした方にあわせて話をしようと考えていた。今回はお店が小さいということもあり、30名限定とのこと。最初に、そこでお客様に尋ねた。すると、前日の六本木で行われた湯川れい子さん西寺郷太さんのトーク・イヴェントに参加された方が数名、木曜深夜東京FMのラジオ番組を聴かれた方が数名。ということで、そこで出た話ではない話をすることに。 またマイケルを聴き始めたころの時代を4つに分けて尋ねた。1)デビューから、2)『オフ・ザ・ウォール』あたりから、3)90年代から、4)マイケルが亡くなってから、と大まかにわけて聞いたところ、大体同じような比率だった。ものすごく偶然にもバランスがよく別れていた。挙手をお願いしたのだが、「デビューから聞いてきたかたは?」と尋ねると、「年がわかっちゃうわ(苦笑)」との声も漏れておもしろかった。確かに年齢層もひじょうに幅広かった。 そこでマイケルがジャクソン5の一員として1969年にデビューした頃、そのオリジナリティーについて、たとえば、ジャクソン5の後を追って、次々と柳の下の二匹目のどじょうを狙っていろいろなグループが出てきた、それはジャクソン5にそれだけのオリジナリティーがあったから、といった話から始めた。 その後、マイケルがさまざまなプロデューサーたちと接するうちに多くのことを吸収していったことを、いくつかの例で話した。マイケルの最初の先生は父親ジョー・ジャクソン、それからモータウンのベリー・ゴーディー、そして、クインシー・ジョーンズ。その間に、フィラデルフィアのギャンブル&ハフというのもいる。そういう人たちから吸収したことは計り知れない、といった話をした。 また、マイケルの自宅に行ったときの話や、その同じ週にまだ17歳のジャネットにインタヴューしたときの話、そこでマイケルの子供の頃、父親の顔色をうかがいながらインタヴューに答えていたが、ジャネットも同じだった、と紹介。そのシャイなところは、マイケルとジャネットは共通している、しかし、他の兄弟たちはそういうところがあまりなく、普通に話ができる、といったことを紹介した。 後半、参加者からの質問に答えた。 「ビリー・ジーン」が、ホール&オーツの「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」にインスピレーションを得て作られた話、「スマイル」の話など、マイケルの死を予期していたか、マーヴィン・ゲイとマイケル・ジャクソンの接点はあったのか、などの質問に答えた。 前者から、マイケルのどこからかインスピレーションを持ってきても、それを自分の中に吸収し、消化し、昇華する能力、解釈力、料理する才能がずば抜けている、という話をした。「スマイル」は、エピックに来て唯一カヴァーした曲。そのこと自体が事件、ニュースではないか。あらゆるマイケルの気持ちや、先輩への思い、リスペクトが込められている、といった話をした。 トーク・イヴェント終了後、みなさんと記念撮影。本へのサイン。そして、その後、ライヴなどもあったという。残念ながら僕は別の用事があったので、一足先においとましてしまった。30名限定ということもあってか、ずいぶんと濃厚なマイケルへの愛にあふれたイヴェントだった。お越しいただき、ありがとうございます。お誘いありがとうございます。 プレゼントをいただいたノンさん、ありがとうございます。大事に食したいと思います。(笑) また、佐藤さん、長田さん、その娘さんサヤカさん、みなさん大変よくしていただき、ありがとうございました。 ■ 次回マイケル・ジャクソン関連イヴェントは「ソウル・サーチン」、8月28日、29日 内容の詳細はこちら http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10921788278.html 予約はこちら http://www.bluesalley.co.jp/schedule/live.html ここで8月28日、あるいは、29日のReservationボタンを押して、指示通りに進んでください。 電話予約の場合は、03-5740-6041(12時~20時)03-5496-4381 (20時以降。店舗直接) ■ カフェ&バーMJM 店名 Cafe & Bar MJM 所在 東京都調布市下石原1-57-1 電話 042-446-4757 携帯 090-2338-3717 営業時間 15:00~0:00 定休日  毎日曜日 … Continue reading

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◎エリーシャ・ラヴァーン~ソウル・サーチャーズをバックに

◎エリーシャ・ラヴァーン~ソウル・サーチャーズをバックに 【Elisha La’Verne: First Gig In Seven Years】 7年ぶり。 2002年、2004年以来、ほぼ7年ぶりの単独コンサートとなったイギリス出身の歌姫エリーシャ・ラヴァーン。7年ぶりということもあってか、一日しかない東京ライヴが超満員。1994年に日本でデビューしてから、エイベックスの強力なプロモーションを得て、日本でちょっとしたスターダムにのし上がった。 今回のライヴのバックを務めるのは、われらがケイリブ・ジェームスと、『ソウル・サーチン』でおなじみソウル・サーチャーズの面々。8月末に行われるマイケル・ジャクソン・トリビュートもオリヴィア(前回は参加)を除いてこのメンバーだ。また、ケイリブとエリーシャは、なんとその昔エイベックスが始めたカッティング・エッジというレーベルでのレーベル・メイトだったそうだ。このメンバーなら、バンドは手堅く間違いない。 エリーシャは、最新作からの曲を中心に、昔のヒットも交え、約80分歌った。この中でおもしろい選曲は荒井由実時代のヒット「あの日に帰りたい」を英語詞にして歌ったもの。アップテンポのファンキーなアレンジで聴かせた。 本編最後の曲で男性シンガーが出てきたのだが、ビルボードライブのスタッフ運天くんが出てきたのかと思った。運天くんに似てたんだもの。(笑) アンコール「ポストカード」では、マサ小浜のソロ・ギターがひときわ輝いていた。 ■ 最新作 『361ディグリーズ』 361 ディグリーズ posted with amazlet at 11.06.26 エリーシャ・ラヴァーン Star Base Music/Pヴァイン・レコード (2011-03-02) 売り上げランキング: 54446 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ メンバー エリーシャ・ラヴァーン / Elisha La’Verne(Vocals) ケイリブ・ジェームス / … Continue reading

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☆マイケル・ジャクソン・トークショー:湯川れい子さん、西寺郷太さんに飛び入り

☆マイケル・ジャクソン・トークショー:湯川れい子さん、西寺郷太さんに飛び入り 【Michael Jackson Talk Event】 飛び入り。 木曜日深夜に東京FM系列の『ビッグ・スペシャル』の生放送で、いろいろマイケル話をしていて、「土曜日の西寺郷太さんとのトークショーを見たいのですが、といったら、湯川さんが、『いらっしゃいよ、来たら、ステージに上げるから』」とのお言葉。 ということで、前半はじっくり二人の話に耳を傾けていたが、第二部の後半に御呼ばれして、ステージに上がりました。 第一部では、「湯川さんの携帯番号ツイッターで流出事件」をおもしろおかしく話したり、たとえば、西寺さんが『スリラー』のアルバム・ライナーノーツ(1982年11月執筆)で、湯川さんが、「マイケルは、ギネスに残るような存在になるだろう」といった趣旨を書いていることに、彼が驚いたことを紹介。執筆時点では、もちろん、誰も『スリラー』が『オフ・ザ・ウォール』を越えることはないだろう、と思っていた、そんな状況下で、これだけの予言をしていたのは、本当にすごい、と賞賛。すると、湯川さんは、『オフ・ザ・ウォール』からの流れを見ていると、「確信があった」と話した。 話を聞いていて、改めて思い出したのが、『オフ・ザ・ウォール』を正しく評価できていない人ほど、『スリラー』を評価できない、というセオリーだ。『スリラー』の大ヒットは、すべて『オフ・ザ・ウォール』を土台にした上にある。少なくとも、日本の音楽ライターでは、ブラック・ミュージックをある程度聴いていないと、『オフ・ザ・ウォール』のすごさは理解できていない。それは単純に突き詰めるとブラック・ミュージックへの免疫というか、親しみ度が、日本人にはなかったということになるのだが、ひじょうに残念なことではある。そのあたりを湯川さんは、「皮膚感覚」というか、その場では「子宮で理解」といった言葉で説明していたが、そうしたもので感じ取られていたのだろう。湯川さん自体は、ディスコは嫌いだったが、一度ディスコの流行が終わった後、またマイケルがディスコっぽいものをやったことで、改めて強く認識した、という話をしていた。 それまでで、ブラック・ミュージックのアルバムとしては、歴史上もっとも売れたアルバムが、『オフ・ザ・ウォール』だった。そして、それを越えたアルバムを作ろうとしたマイケル。だが、あのクインシー・ジョーンズさえも、越えられるとは思っていなかった。マイケルだけが、越えるものを作るという「確信」を持っていた。そこで、西寺さんは、「マイケルと湯川さんくらいしか、当時、このアルバム(スリラー)が『オフ・ザ・ウォール』を越えると世界中で思ってなかったと思います」と解説した。 フラッシュバック。 そして、ステージに上がり、いろいろと湯川さんや西寺さんと話をしていると、キーワードからそれまで話してなかったことが、ぽんぽんと思い出されてきた。 左から吉岡・西寺・湯川各氏 僕は、食べ物、スポーツのあたりから、ジャッキーたちがやっていた草野球の試合を見に行って、マイケルがスポーツはやらないんだよ、という話を思い出したり、運命の1983年8月5日のマイケル邸でセルジオ・メンデスが来ていた、という話をすると、湯川さんが個人的にも親しいセルジオ・メンデスが、秋田犬を飼ってるのよ、という話が飛び出てきたり、とてもおもしろかった。 途中からスタッフの人が、「あと10分」「あと5分」といった紙を我々の前に出すのだが、誰一人として、話を止めようとしないのが受けた。(笑)  さっそく湯川れい子さんがツイート。「@yukawareiko さっき終わった六本木でのマイケル・ジャクソン三回忌カルチャー・センターのトーク。西寺郷太さんと、客席から呼び上げた吉岡正晴さんと、信頼できる楽しい話が出来て、もう最高!! 日本どころか、世界で話をしても負けない濃さかも。良い会でした。ありがとう!!」 こちらこそ、ありがとうございました。 ちなみに、このトークの模様は、後日1時間程度に編集されて、NHK第二(中波)で放送されるとのこと。 ++++ 今日(26日)は僕は、調布でトークイヴェント。ただ、場所が狭いために、すでにソールドアウトになっています。申し訳ございません。 ++++ 次回『ソウル・サーチンVOL.10』、ついにマイケル・ジャクソンをフィーチャー。詳細は、こちら。 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10921788278.html 2011年8月28日(日)、29日(月) 目黒・ブルースアレイ MICHAEL JACKSON>Talk Event

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☆マイケル・ジャクソン命日:3時間特番

☆マイケル・ジャクソン命日:3時間特番 【2 Years Passed The Day The Music Died: Emperor’s House Looking Through The Windows】 命日。 2009年6月25日。世界に衝撃が走った日。日本では26日の早朝から、ニュースが駆け巡った。あれから、2年。 24日(金)は、FM東京系列で午前1時から4時まで『ビッグ・スペシャル』で湯川れい子さんと3時間生放送だった。湯川さんは都合により午前2時からの登場。あっという間だった。 僕も話す予定のネタを一覧にしてもっていったのだが、曲と曲についてのエピソードなんかを話していると、あっという間に、時間が経ってしまい、考えていたほどの1割も話せなかった。(笑) また、湯川さんと話していると、僕も次々と話が広がっていくというか、脱線していくので、それでまた、時間がなくなる。ずいぶんと、あれでも曲をカットした。 また、当初の予定の選曲はラフな形で3週間前くらいに決めていたのだが、その時点では月から水曜までマイケル一色でやっていることを知らずに、割と定番曲を選んでいたので、かなりダブルこともあり、その場で曲を大幅に変更した。 僕はツイッターの #bigsp のハッシュタグを携帯で見ていたのだが、たくさんツイートが寄せられて、おもしろかった。ありがとうございます。そのうちのいくつかを紹介したかったのだが、湯川さんと話をしていると、あっという間に曲の時間に突入し、なかなか紹介できなかった。 何とか、ひとつ紹介した。「マイケルに会ったときのことを話してください」というもので、湯川さんと僕が、それぞれ自宅に行ったときの話をした。 湯川さんからの質問で、「なぜダイアナ・ロスは葬儀に顔をださなかったのですか。彼女はライヴもやっていて、元気なはずなのに」というのがあり、「それが、僕にも謎なんですが。葬儀に出席もできないほど、ショックを受けた、ということかもしれません」と推測した。エリザベス・テイラーも出席していないが、彼女は体調がすぐれていなかったらしい。 2時からの一時間は、マイケルが影響を受けたアーティストを紹介した。ジャッキー・ウィルソン、サム・クック、ジェームス・ブラウンなど。それぞれの楽曲を初めて聴くというリスナーの方がとても多かったので、こういう特集、切り口もそれなりの意味合いがあったと感じた。 「シルクド・ソレイユ」のマイケル・ジャクソン・メモワール・ショーが2011年10月からモントリオールで始まるが、ここにグレッグ・フィリンゲインズが参加するそうだ。湯川さんとグレッグは個人的にも仲が良いそう。湯川さんは、おそらく、2年にわたって世界を回り、再来年(2013年)くらいには日本にもやってくるのではないかとの見通しを語った。 楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもの。3時間、あっという間でした。最後にノーナ・リーヴスの「スムース・クリミナル」をかけて、西寺郷太くんは聴いているかな、と言ったのだが、彼はぐっすり寝ていた。(というのが、あとからお礼の電話が来て、わかった) 番組終わり頃になると、外は明るくなり始め、スタジオのガラス越しに(looking through the windows)に皇居が見えてきた。 湯川さん、スタッフのみなさま、おつかれさまでした。そして、朝早くまで聞いていただいたみなさま、本当にありがとうございました。 ■ 「ソウル・サーチン」イヴェントは遂にマイケル・ジャクソン、8月28日、29日目黒・ブルースアレイで。 詳細はこちら http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10921788278.html ■ マイケル・ジャクソン関連記事 (>MICHAEL JACKSON関連をごらんください。マイケル関連はすべてここにあります)(過去記事の中から好評をいただいたエントリーを一部選びました) 2009年06月27日(土) … Continue reading

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◎トニー・メイデン(ルーファス)ライヴ、ファンク娘。とともに

◎トニー・メイデン(ルーファス)ライヴ、ファンク娘。とともに 【Daughters Of Funk: Make It Funky】 ファンク娘。 トニー・メイデンのルーファス、2008年10月は、メイサ・リークをフィーチャリング、2010年1月は、スライ・ストーンをゲストに向かえて、思い切りファンクの渦を巻き起こしてきた。今回は、趣向を変えて、トニーの娘、アマンダ、シャカ・カーンの娘ミリニ、そして、スライ・ストーンの娘ファンの3人を、その名も「ドーターズ・オブ・ファンク(ファンク娘。)」と名付けて、これでもかとファンクを聴かせる。 それにしても、シャカの娘、スライの娘、どちらも一目見ただけで、そうとわかる。すごいこと。アマンダはお母さん似。お母さんを知っていれば、そうとわかる。 「僕は、ファンク・マンだから」と言ってはばからないのがルーファスのギタリストでありこのバンド・リーダー、トニー・メイデン。彼らのライヴは、ファンク、ソウル炸裂だ。特に3人のドーターズのソウルフルな歌声は、この夏をより熱くする。特にシャカの歌声は、シャカそっくり。 今回改めて感じたのが、トニーが今回はチューブでトークボックスの音をやったり、様々なギターをとっかえひっかえプレイしたり、いろいろなエフェクトで音をだしたりと、まさに「ギター少年」「ギター・マニア」にはうってつけのライヴだということ。ギター好きだったら、一番前でトニーのプレイをガン見したくなるのではないだろうか。 ■ トニー・メイデン、メットポッドで語る Tony Maiden Talks On MetPod http://metropolis.co.jp/podcast/2011/06/22/metpod-mini-special-featuring-tony-maiden-of-rufus-now-in-tokyo-at-the-blue-note/ 短縮アドレス http://bit.ly/khaODa ■ ライヴ ライヴは、6月22日(水)から24日(金)まで、東京ブルーノート。一日2セット。 トニー&ルーファスのライヴ詳細はこちら http://www.bluenote.co.jp/jp/artist/rufus/ ■ルーファス過去記事(前回、前々回ライヴ評、インタヴューなど) 2010年01月17日(日) ルーファス&スライ・ストーン、ライヴ@ブルーノート http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10436078971.html 2010年01月18日(月) トニー&アマンダ・メイデン(ルーファス)、『ソウル・ブレンズ』に登場 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10436835618.html#main 前回ライヴ評。↑ 前々回来日時のルーファス特集↓ 2008年11月13日(木) ルーファス・ライヴ@ブルーノート http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10164090490.html 2008年11月15日(土) … Continue reading

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○ 今日深夜、TFM系列『ビッグ・スペシャル』でマイケル特集~湯川れい子さんと生放送

○ 今日深夜、TFM系列『ビッグ・スペシャル』でマイケル特集~湯川れい子さんと生放送 【Michael Jackson Special On TFM Tonight】 告知。 まもなく6月25日。マイケル・ジャクソンの命日。これにあわせて東京FM系列ネットで、23日(木)深夜25時から28時(正確には24日(金)午前1時~4時)まで『ビッグ・スペシャル』という番組でマイケル・ジャクソンを特集。湯川れい子さんと、僕吉岡正晴がマイケルについて話します。 2011年6月23日(木)深夜25時~28時生放送、『ビッグ・スペシャル~マイケル・ジャクソン』(東京FM系列全国ネット、正確には24日午前1時~4時)。出演・湯川れい子、吉岡正晴。 関東地区は、関東のラジコで。その他の地区は各地区のラジコでも聞けます。 関東用のラジコ http://radiko.jp/player/player.html#FMT この『ビッグ・スペシャル』は、毎週月曜深夜から木曜深夜まで25時から28時まで生放送しているもので、6月20日の週は、月曜からマイケル特集を組んでいる。約20以上の局でネットされるとのこと。(番組ホームページでは35局のネット局名が出ている) http://www.fmsounds.co.jp/production/program_detail.php?b=1&p=62&PHPSESSID=vvnqkbcm 当日は生放送ですので、リスナーからのメール、ツイッターでのメッセージなども受け付けます。 ハッシュ・タグは、次のようなものがあります。 東京FM #tfm ビッグ・スペシャル #bigsp マイケル・ジャクソン #mj また、直接メールを送るフォームはこちら http://www6.jfn.co.jp/mailforms/index/94 ANNOUNCMENT>Big Special MICHAEL JACKSON>TFM Big Special

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○トニー・メイデン(ルーファス)、ライヴ前プロモーション中~ライヴは水曜から金曜

○トニー・メイデン(ルーファス)、ライヴ前プロモーション中~ライヴは水曜から金曜 【Tony Maiden Promotion】 先乗り。 ルーファスのギタリスト、トニー・メイデンが今日2011年6月22日(水)からのブルーノート東京でのライヴを前に、プロモーションで先乗り。いくつかのラジオ番組などに出演した。 トニーと娘のアマンダが来日したのは土曜日夕方。まず、第一弾は、日曜日午後の生放送『ソウル・ブレンズ』(インターFM)内「ソウル・サーチン」(午後2時半~)のコーナー。ここでは、アコースティック・ギターを持参し、今回の東日本大震災のために作った「ホールド・オン」というバラード調の曲を、アマンダの歌とトニーのギターで披露した。 さらに、翌日はNHK-FMの『ソウル・ミュージック』へのゲスト収録。ここでは、NHKの大きなスタジオ(505スタジオ)で、なんと日本のヴェテラン・ドラマー、つのだ☆ひろさんのバンドと共演。数曲を収録。また、インタヴューも。この分の収録は、2011年7月7日木曜『ソウル・ミュージック』(NHK-FM、午後1時~12時)で放送される。詳細は、番組放送後に。 火曜日は、下北沢の小さなライヴ・ハウス「カラード・ジャム」でミュージシャン志望の若者と自由なジャム・セッションを繰り広げた。 この「カラード・ジャム」でのセッションを見たが、次々とアマチュア、音楽学校の学生、セミ・プロのミュージシャンたちが、トニーと自由にセッションするのだが、驚いたのが、トニーのタフさだ。アマチュアたちは、代わる代わる演奏に入るのだが、トニーはずっと弾きっ放し。それでも、相当楽しんでる様子。3時間近くやったと思うが、そのタフさに驚いた。 楽器を媒介に、見ず知らずの、それも年齢も親子ほど離れた、しかも国籍も人種も違う者同士が、ひとつの音を作る。ジャム・セッションの醍醐味だ。 このとき感じたのが、日本の若いミュージシャン志望の学生たちは、トニーの目を見ないということ。中には若干見る者もいたが、少ない。トニーがミュージシャンの方に積極的に顔を向けるのだが、学生たちが恥ずかしがりやなのか、下を向いたりして、アイコンタクトを取らない。なぜなのだろう。アイコンタクトと、相手の音をしっかり聴くというのは、生バンドの演奏、特にジャム・セッションの基本中の基本。ふだん打ち込みなどで宅録が多いと、生身のミュージシャンたちとの共演などの経験が少ないからなのだろうか。 「ちょっとブルーズをやろう、Bフラットだ」「じゃあ、レゲエをやろう」「ファンクをやろう」などとその場で、テンポ、スタイル、キーだけを決めて、次々とジャム・セッションが続いた。 途中スペシャルで、ドラマーのトニー・ムーアとトニー・メイデン、そして、アマンダ・メイデンによる即興歌・演奏があって、大いに盛り上がった。最後はみんなで記念撮影。きっと、学生たちには素晴らしい思いでになっただろう。 そして、水曜日午後に、カマサミ・コングのメットポッドの収録。水曜リハーサル前に、ちょっとだけ話を聞いた。さっそく、メットポッドにアップされている。シャカの話、マイケルの話なども語っている。約24分。   左・カマサミ・コング、右・カマサミとトニー・メイデン http://metropolis.co.jp/podcast/2011/06/22/metpod-mini-special-featuring-tony-maiden-of-rufus-now-in-tokyo-at-the-blue-note/ 短縮アドレス http://bit.ly/khaODa ■ ライヴ ライヴは、6月22日(水)から24日(金)まで、東京ブルーノート。一日2セット。 トニー&ルーファスのライヴ詳細はこちら http://www.bluenote.co.jp/jp/artist/rufus/ ■ルーファス過去記事(前回、前々回ライヴ評、インタヴューなど) 2010年01月17日(日) ルーファス&スライ・ストーン、ライヴ@ブルーノート http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10436078971.html 2010年01月18日(月) トニー&アマンダ・メイデン(ルーファス)、『ソウル・ブレンズ』に登場 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10436835618.html#main 前回ライヴ評。↑ 前々回来日時のルーファス特集↓ 2008年11月13日(木) ルーファス・ライヴ@ブルーノート http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10164090490.html 2008年11月15日(土) ルーファス(パート2)~トニー・メイデン語る http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10164913911.html … Continue reading

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○トニー・メイデン(ルーファス)、メットポッド、アップ。

ただいま、来日中のルーファスのリーダー、トニー・メイデンに、インタヴュー。水曜リハーサル前に、カマサミ・コングのメットポッド用。さっそく、メットポッドにアップされている。今回のライヴについて、また、シャカの話、マイケルの話なども語っている。コングのジェームス・ブラウンのまねもおもしろいかも。約24分。 短縮アドレス http://bit.ly/khaODa http://metropolis.co.jp/podcast/2011/06/22/metpod-mini-special-featuring-tony-maiden-of-rufus-now-in-tokyo-at-the-blue-note/ ■ ライヴ ライヴは、6月22日(水)から24日(金)まで、東京ブルーノート。一日2セット。 トニー&ルーファスのライヴ詳細はこちら http://www.bluenote.co.jp/jp/artist/rufus/ ANNOUNCEMENT>Rufus

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◎マリーナ・ショウ・ライヴ~粋とクラスのドリーム・チーム

◎マリーナ・ショウ・ライヴ~粋とクラスのドリーム・チーム 【Marlena Shaw : With Bitch’s Band; Dream Team, In A Class By Itself】 余裕。 まさに余裕のステージだ。4000CCクラスのマセラッティのようなスーパーカーが、東名高速あたりを、アクセルを1センチも踏み込まずに、しかしそれでいてすーっと追い越し車線を華麗に走り抜けていく。そんな超一流たちの余裕の走りを見せてもらった。マリーナ・ショーとその通称「ビッチ・バンド」。彼女は「ドリーム・バンド」と呼ぶ。2009年にこのラインアップで登場して以来、3年連続の来日。 前回記事でも書いたが、超一流のプレイヤーたちを一堂に集める、これは本当に企画の勝利。そしてそれぞれがきちんと持ち場を守り、やるべきことをやっている。 今回のステージでは、気のせいか、デイヴィッドTの出番が多かったような気がした。そして、一瞬立ち上がって、右手をプレイした後、上に上げる。あんなパフォーマンス、今までやっていたっけ? のりのりだ。彼のソロ部分がどの曲にもフィーチャーされていた。ポロロロ~と来るあの独特のデイヴィッド節、そして、マリーナがなにかを話すときに、静かにバックで流れるラリー・ナッシュのピアノ。どれをとっても、どこをとっても、粋、クラス(品)がある。 ドラマーのハーヴィー・メイソンとマリーナの語りで始まる「ストリート・ウォーキング・ウーマン」。あの曲のイントロのやりとりが、ステージで再現される。もちろん、若干のアドリブで、違ったセリフも飛び出る。 男「どんな仕事をしているの?」 女「社会サーヴィスみたいなものね」 男「何か奢らせてもらえないかな」 女「(シャンパーンの)マグナムをお願い」 男「今日はね、僕にとってお祝いの日なんだ」 女「へえー、どんな」 男「結婚記念日なんだ」 女「それを一人で?」 男「僕には25ドルしかないんだ…」 女「じゃあ、楽しんで…」 この日はいつになくみんな乗っているようで、マリーナもデイヴィッドも、ごきげんだ。特に、ラリーに声をかけ「ムーディーズ・ムード」の一部を即興でちょっとだけ歌ったのは、おもしろかった。 前回のライヴ評でも書いたが、マリーナは1942年9月22日生まれの68歳、デイヴィッド・T・ウォーカー、1941年6月25日生まれの69歳。(今週土曜で70歳) ハーヴィー・メイソン、1947年2月22日生まれの64歳、チャック・レイニー、1940年6月17日生まれの71歳、(ラリー・ナッシュだけ誕生日不明。1952年頃の生まれ59歳位と推定)、みんな1974年、37年前は30歳代だった。ステージの上の平均年齢は60代半ば。30年以上前のレコーディング・セッションが、今でもほぼ同じメンバーでできるなんて、これもまた夢のような出来事ではないだろうか。 いつも思うが、この時代のミュージシャンは、ステージこそ人生という感じが強くする。ジャンルは違えど、ジェームズ・ブラウンもBBキングも、チャック・ブラウンも、もちろん、マリーナも。スタイルを持っていると強い。 ハーヴィーは、「マリーナとのギグは、イージー(簡単)だよ」と朝飯前風に語っていた。ま、余裕だ。 デイヴィッドとライヴ後、ちょっとだけ会った。「今週25日誕生日でしょう。お誕生日おめでとう」というと、「今年でHundred seventy(170)歳になるんだよ」とジョークを飛ばしてくれた。 ■ マリーナ・ショー、ライヴは東京、大阪で今週・来週 東京は6月26日(日)まで。23日を除く http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=7651&shop=1 大阪は6月28日(火)~30日(木)まで http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=7652&shop=2 ■『フー・イズ・ディス・ビッチ・エニウェイ』(1975年の名盤、録音は1974年) フー・イズ・ジス・ビッチ・エニウェイ posted with amazlet at 10.08.06 マリーナ・ショウ … Continue reading

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○ フィリップ・ウー、メットポッドで語る~誕生日40周年ライヴ「ヒストリー・オブ・フィリップ・ウ

○ フィリップ・ウー、メットポッドで語る~誕生日40周年ライヴ「ヒストリー・オブ・フィリップ・ウー」6月29日ブルース・アレイ フィリップ・ウーは、6月29日に自身の入魂のライヴをブルース・アレイで行いますが、そのライヴについて、メットポッドで語りました。アクセスして、52分くらいのあたりから、フィリップが登場します。(聴取、ダウンロード無料) Philip talks about his upcoming live on MetPod.(free) http://metropolis.co.jp/podcast/2011/06/19/the-tokyo-metpod-thru-june-30th-2011/ あるいは http://metropolis.co.jp/podcast/files/2011/06/The-Tokyo-MetPod-thru-June-30th.mp3 (52分頃から登場)(Philip will be appearing after 52 minutes) ライヴの内容について、日本語ブログ。 Philip Woo will do his birthday live celebrating th 40th anniversary in music business. http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10922793063.html ANNOUNCEMENT>Woo, Philip

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● クラレンス・クレモンズ69歳で死去

● クラレンス・クレモンズ69歳で死去 【Clarence Clemons, The Big Man, Dies At 69】 訃報。 ロック・アーティスト、ブルース・スプリングスティーンのバンド、Eストリート・バンドのサックス奏者として名高いクラレンス・クレモンズが、2011年6月18日土曜午後7時、フロリダ州パームビーチの病院で死去した。69歳だった。一週間ほど前の12日に脳卒中で倒れ緊急手術をしていた。手術後の5日から1週間が大きな山場と伝えられていた。 ブルース・スプリングスティーンもすでに自身のウェッブページで声明を発表している。 http://brucespringsteen.net/news/index.html クラレンス・クレモンズは、スプリングスティーンのバンド・メンバーとして以外にも、アレサ・フランクリンの「フリーウェイ・オブ・ラヴ」、リンゴ・スター、ナラダ・マイケル・ウォルデン、最近はレディー・ガガの作品など、多数のアーティストと共演している。愛称は「ビッグ・マン」。 クレモンズは、1942年1月11日ヴァージニア州ノーフォーク生まれ。3人兄弟の長男だったクラレンスは、フィッシュマーケットを運営していた父親から9歳のときにクリスマス・プレゼントでサックスをもらい、以来、サックスを吹き始めた。 フットボールと音楽の奨学金でメリーランド州立大学に入り、大学時代にはフットボールの才能も見せ、プロ選手の可能性もあったが、トライアルの前日に交通事故にあい、膝を怪我したことで断念。1960年ごろから東部でサックス奏者として活動開始。この頃、ニュージャージー州の「タイロン・アシュレーズ・ファンキー・ミュージック・マシン」というグループでレコーディングも経験。ここには、後にパーラメント/ファンカデリックで活躍するエディー・ヘイゼル、レイ・デイヴィス、ビリー・ベース・ネルソンらがいた。1971年、スプリングスティーンと知り合い、その後は彼のレコーディング、ツアーにもつきあうようになる。スプリングスティーンの多くのヒットでサックスを吹いており、Eストリート・バンドにクラレンスありと印象付けた。 スプリングスティーンのバンドは、一度1989年に解散となるが、10年後再び再集結。クレモンズは、このバンドとは並行してソロ活動も展開し、1983年の『レスキュー』以来計7枚のアルバムを出した。その後、自身でテンプル・オブ・ソウルというグループを結成、アルバムをリリース。1985年には、「ユーアー・ア・フレンド・オブ・マイン」がシングル・ヒット。ゲスト参加は、多数。1981年のゲイリー・US・ボンズの「ディス・リトル・ガール・イズ・マイン」などもクラレンスのサックスをフィーチャーして大ヒットしている。 最近ではレディー・ガガのアルバム『ボーン・ディス・ウェイ』の「ヘアー」と「エッジ・オブ・グローリー」でも、サックスを聴かせ、ガガが『アメリカン・アイドル』に出演したときは、クレモンズもサックスを吹いた。 また、いくつかのテレビ番組(『ディッファレント・ストロークス』、『ナッシュ・ブリッジス』など)、映画(『ニューヨーク・ニューヨーク』『ブルース・ブラザーズ2000』など)にも登場している。2009年には自伝『ビッグ・マン:リアル・ライフ・トール・テールズ』を出版。 クレモンズは5回結婚し、4人の子供がいる。 ボーン・トゥ・ラン http://youtu.be/hKhwqhbF3tc ゲイリーUSボンズ「ディス・リトル・ガール」 http://youtu.be/zshUXe-PTeQ 後ろでサックスを吹いているのが、クラレンス・クレモンズ Dedication posted with amazlet at 11.06.20 Gary U.S. Bonds Razor & Tie (1994-03-01) 売り上げランキング: 640566 … Continue reading

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★○トニー&アマンダ・メイデン、「ソウル・ブレンズ」に、ライヴは水曜から

★○トニー&アマンダ・メイデン、「ソウル・ブレンズ」に、ライヴは水曜から 【Tony & Amanda Maiden Talk On Soul Blends】 親子。 父の日の昨日(2011年6月19日)、『ソウル・ブレンズ』(インターFM76.1mhz、毎週日曜午後1時~3時)内「ソウル・サーチン」では、父と娘がゲスト出演した。水曜から金曜(6月22日~24日)まで東京ブルーノートでライヴを行うファンク・グループ、ルーファスのギタリストでバンド・リーダー、トニー・メイデンとその娘アマンダ・メイデンだ。 今回のライヴはどのようなライヴになるのか。トニーが説明する。「今回も、僕のことだから、ファンキーなものになるよ。(笑) 今回は、僕の娘、アマンダ、シャカ・カーンの娘、ミリニ・カーン、そして、スライ・ストーンの娘ファン・ストーンの3人が出る。彼女は、『ドーターズ・オブ・ファンク』(ファンクの娘たち)という名前だよ」 トニー、シャカ、スライの娘たちが集まる、ということでも、かなり強力なラインアップな感じがする。 今回「ソウル・サーチン」では、東日本大震災のために特別に作ったという「ホールド・オン」という曲を、トニーのギター、アマンダの歌でライヴでお送りした。もう1曲、2010年1月に来日したときのライヴ音源をミックスしたものから「ユー・ガット・ラヴ」をオンエア。「ホールド・オン」はアマンダ自身が書いたもので本邦、いや世界初公開、オンエアだという。また、マイケル・ジャクソンの「ディス・イズ・イット」ツアーでシンガーとして抜擢され同名映画にも出演したジュディス・ヒルが歌った「ハリウッド」もレコーディングされており、これも次のアルバムに収録される。そして、ルーファスのバンド・メンバーのキーボード奏者、ミチコ・ヒルは、そのジュディスの母親だ。 これらのライヴ音源と、インドネシアで行ったライヴの音源、さらに、インドネシアのライヴを撮影した映像で、DVDとCDを出す予定だという。 (トニー・メイデン、ルーファスの項続く。ルーファス、トニー・メイデンとの話が番組出演前も後も、相当盛り上がったので、そのあたりの話を明日以降ご紹介します) ■訂正とお詫び 一度、フィリップ・ウーがピンチヒッターとお伝えしましたが、今回はフィリップの出演はなくなりました。訂正してお詫びいたします。(6月20日午後5時現在) ■ルーファス過去記事(前回、前々回ライヴ評、インタヴューなど) 2010年01月17日(日) ルーファス&スライ・ストーン、ライヴ@ブルーノート http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10436078971.html 2010年01月18日(月) トニー&アマンダ・メイデン(ルーファス)、『ソウルブレンズ』に登場 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10436835618.html#main 前回ライヴ評。↑ 前々回来日時のルーファス特集↓ 2008年11月13日(木) ルーファス・ライヴ@ブルーノート http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10164090490.html 2008年11月15日(土) ルーファス(パート2)~トニー・メイデン語る http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10164913911.html 2008年11月16日(日) ルーファス(パート3)~ケヴィン・マーフィー語る http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10165405612.html#main 2008年11月17日(月) ルーファス(パート4)~マダム・ディー語る http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10165844327.html#main 2008年11月18日(火) … Continue reading

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◆ジンジャーエール・サーチン~新発売辛口ペットボトルを飲む

◆ジンジャーエール・サーチン~新発売辛口ペットボトルを飲む 【Wilkinson Ginger Ale: Pet Bottle Newly Released】 辛口。 ライヴハウスでオーダーする飲み物は、僕はお酒を飲まないのでほとんどジンジャーエール。そこに辛口があれば、辛口を頼む。ウィルキンソンのビンの辛口が一番いい。あとは、店がオリジナルで、しょうがから作るものがあればなおさらいいが、そういうのはなかなかめったにない。昔、しょうがは健康にいい、というのを聞きかじって、以来、コーラではなく、ジンジャーエールを頼むようになった。(炭酸は、歯に悪いよ、というのも聞きかじっているが…) そんな無類のジンジャーエール好きに、とても嬉しいニュースが届いた。いままでビンしかなかったウィルキンソンのジンジャーエール辛口がペットボトルになったという。500CCのものが2011年6月14日から140円で販売され始めた。 さっそく、買い求めてビンのものと飲み比べた。 ビンは辛口、通常のものともアサヒビールの小売価格は、190CCで68円。ペットボトルは500CCで140円。ビンは、いつも24本ケース買いしていた。たしか一本10円のビン代が返却される。 詳しい成分表がここにある。 ビン http://www.asahiinryo.co.jp/products/carbonated/wilkinson_gingerale/ ペットボトル http://www.asahiinryo.co.jp/products/carbonated/wilkinson_gingerale_extra/ 成分表を見比べると、ビンの方がカロリーが39kcal、ペットボトルは0、また炭水化物がビンが9.4となっているが、ペットボトルは植物繊維が0.4-0.7。一方、カリウムがペットボトルが10未満、ビンが1未満。人口甘味料が入っているのがペットボトルの特徴。 保存期間はペットボトルが6ヶ月、ビンが12ヶ月。カリウムあたりが人口甘味料なのかな。 そして、飲んでみての感想。 第一印象としてはなんとなくペットボトルのほうが甘いという感じがした。これが人口甘味料のせいなのか。でも、飲み始めでガツーンとくる強力なジンジャー、炭酸感は、どちらも同じようにある。ジンジャーエールと言えばこの最初のガツーンと来る、炭酸の強烈な喉ごし。これはどちらもある。 ビンは一度開けたら、飲みきらないとだめなので、190CCはちょうどいい量かもしれない。500は、さすがに一気には飲みきれないので、ふたがきっちりしまるのはいい。(500一気に飲む人もいるようだが) で、どちらがいいかというと、やはり迷う。味だけでいえばビンのほうだが、ケース置き場とか、ケース買いしたときに、めんどう。あと、普通ではなかなか買えない。その点、ペットボトルはコンビニあたりでも気軽に1本から買えるところがメリット。 また、ツイートでも指摘されていたが、紛らわしいことに「ジンジャーエール・ドライ」というのは、辛くない通常のほう。ラベルは緑。辛いほうは茶色で正式にはシンプルに「ジンジャーエール」という。辛いジンジャーエールが欲しいときには、「辛いほうのジンジャーエール」と言ったほうがいいそうだ。 そんなこんなでジンジャーエール・サーチンをしていたら、なんとドンキであまり見たことがない「アメリカン・ジンジャーエール」というのを発見。355CCの缶で58円。とりあえず、一缶試しに買って飲んでみた。まあ、普通のジンジャーエールだった。えらく安いなあ、と思ってみたら、アメリカから輸入したものだが、なんとドンキのオリジナル商品だという。ケースで買うと、さらに単価が下がっていた。缶で355かあ。コーラでも350一気に飲むと、ゲップが止まらないもんなあ。(笑)  それよりも、ウィルキンソンのジンジャーエールが、まったく日本で始まったものだというのを最近知ってびっくりした。 試しに1CCあたりの単価を出してみた。カナダドライは定価がわからず。いわゆる参考小売価格で、量販店などでの実質売値はさらに安いはず。アメリカンだけ、実売値。 ウィルキンソン・ビン 190CC 68円 0.35円 ウィルキンソン・ペットボトル 500CC 140円 0.28円 アメリカン・ジンジャーエール 355CC 58円 0.16円 なんと、もうアマゾンでも売ってた。 ■ ウィルキンソン・ジンジャーエール・ペットボトル (500CC、2999円、1本あたり125円)(送料無料) アサヒ ウィルキンソン ジンジャエール 辛口 500mlペット 24本入【送料無料】 posted … Continue reading

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◎ 近藤房之助~ヴェテラン・ブルーズ・マン、若手と組む

◎ 近藤房之助~ヴェテラン・ブルーズ・マン、若手と組む 【Kondo Fusanosuke Tagged With Younger Generations Of Soul Men】 バトン。 日本を代表するヴェテラン・ブルーズ・アーティスト、近藤房之助が、若手のスウィングオー(Swing-O)などと組んでアルバム『黒くなれ』をリリース。このアルバムを軸にしたライヴを東京と大阪で敢行。そのうち東京の二日目を見た。近藤房之助さんのライヴを見るのは、調べてみると2005年以来、僕は6年ぶりということになる。そんなに見てないか。 今回のアルバムはクロっぽい音を作ることで定評のある若手キーボード奏者、スゥイングオーがプロデューサーとなり、その周辺の若手ミュージシャンを集めて、作った。そしてそのメンバーを中心にライヴ自体も行う。ということで、かなりいきのいいバンド・サウンド、グルーヴあふれるサウンドに大御所のブルーズ・ヴォーカルが乗る感じになった。 房さん(と皆に呼ばれる)は、この若手たちとの共演がことのほか気に入ったようで、次回の再演も「僕はやる気マンマンです」と広言してはばからない。会場は立ち見も出る超満員。ドラムス、ギター、ベース、キーボード、3管(トロンボーン、サックス、トランペット)、そして、近藤房之助本人(ヴォーカルとギター)。 若手のファンク・インスト・バンド、マウンテン・モカ・キリマンジャロのメンバーたち、ベースのルートソウル、そしてスゥイングオーとのリズム・セクション、その名もブラック・シャフト(いい名前)は実に強力で、ブルース・アレイがまさにその名にふさわしくブルーズとソウルにあふれた。 メンバーがステージにあがり、「イッツ・ユア・シング」のリフを延々引き続け、本人を招き入れる。もうこの時点から観客の沸点は最高潮に達している。 ジョニー・テイラーの「フーズ・メイキング・ラヴ」を日本人の房さんが歌うと、当たり前だが、独自の日本人らしさがどこからともなく出てくる。ジョニーはリズムを歌うが、房さんはこのジャンプナンバーをメロディーで歌う。 4曲目の「ウォーキング…」の途中では、ギターを持った房さんが、マウンテンのギタリスト、小林さんに「さあ、かかってこい」とばかりにギター・バトルを仕掛け、それに小林さんが乗って、両者の壮絶なバトルがしばし繰り広げられた。親子くらい違う世代が、ギター一本で「バトルする」というか「語り合う」ことが出来るのは、音楽だけ。 しかし、「パーティー・ダウン」のゆったりしたグルーヴは、最高だ。ギターとヴォーカルの絡みなども引き込まれる。 ボスのバンド・マスター、スゥイングオーの紹介。「60歳から25歳までを束ねた男」! ボスに対する紹介。「体の80%がアルコールで出来ている男」!(受ける) バンドは、特にベース・ドラムス・キーボード・ギターのリズムが強力。これに、3管が入るので、まさにリアル・バンドの様相。 60歳、還暦を迎えたばかりの房さん。若さ炸裂に見えたが、本人は相当しんどいらしい。(笑) でも、若手に囲まれ、がんばってしまうらしい。途中のMCもヴェテランらしく、プチおもしろい。「ブルースはねえ、売れないからねえ。彼ら(バックの若手)も、そつなく稼いでくれ」(受ける) 房さんは、「これから、点と点をつなげて行きたい」とステージで宣言した。それはヴェテランから若手へ「ブルーズのバトン」をつなぐという意味もありそうだ。 ライヴ後は、房さんはさっさと着替えて、「さああ、飲もう飲もう!」とみんなを誘っていた。下北の飲み会から目黒の飲み会、その点と点も線になりそうだ。会場まで自転車で来たのか訊くのを忘れた。 ■ 過去関連記事~近藤房之助 April 26, 2005 Kondo Fusanosuke Live At Blues Alley http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200504/2005_04_26.html June 11, … Continue reading

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★アレサ・フランクリンはデトロイト出身なのになぜモータウンに入らなかったのか

★アレサ・フランクリンはデトロイト出身なのになぜモータウンに入らなかったのか 【Why Aretha Franklin Didn’t Go With Motown】 謎。 日曜日(2011年6月12日)「ソウル・サーチン」のコーナーで、アレサ・フランクリンの『グレイト・アメリカン・ソングブック』を紹介した。これは、アレサが1960年から1967年まで在籍していたコロンビア・レコードに残された音源を編纂した企画アルバム。ロッド・スチュワートがスタンダードばかりを録音した作品を作り、このタイトルでリリースしたところベストセラーとなったことから、その企画に乗ったもの。音源としてはほとんど過去にリリースされているものばかりだが、このネーミングがひじょうによく、マーケティングのうまさが目立った新作だ。 これを紹介するとき、デトロイト出身のDJマーヴィン・デンジャーフィールドは、アレサ自身がデトロイトの名士ということもあり、親近感を覚えている。そして、マーヴィン曰く「デトロイトといえば、モータウンでしょう。どうして、アレサはモータウンに入らなかったんでしょう」と疑問をなげかけてきた。 これはおもしろい質問なので、番組でも答えたがブログでも書いておきたい。 まず、アレサがコロンビアと契約したのが、1960年6月14日。たぶん交渉はその前から進んでいたのだろう。ベリー・ゴーディーがモータウンを始めるのが1959年1月、最初のミリオン・セラーとなるミラクルズの「ショップ・アラウンド」がリリースされるのが1960年9月。その後、年をまたいで大ヒットする。1960年の初めのあたりでは、まだベリー・ゴーディーは一介の弱小インディ・レーベルのどこの馬の骨ともわからぬ人物だ。 一方、アレサの父、CLフランクリンは、地元デトロイトの名士であり、有力な教会の司祭。いわば、デトロイトでは有名なセレブで、その娘となれば、それだけで注目されるエリート中のエリート的存在だ。CLフランクリンからすれば、ベリーなど、鼻にも掛けない存在、見下ろすような感じだっただろう。もし、愛娘をレコード会社と契約させるなら、当時のメジャー・レコード会社と契約させるのが、自然だ。当時、メジャーといえば、コロンビア、RCA、そして、キャピトルくらいだろう。そんな中、コロンビアが熱心に誘ってくれれば、コロンビアとの契約は文句なしだった。 しかし、運命とは皮肉なもので、コロンビアではアレサはほとんどヒットらしいヒットをだせない。レコード会社のジャズ、ブルーズ・ヴォーカル寄りのコンセプトが受け入れられなかったのだ。 一方で、1960年、61年以降、徐々にヒットを出し始めたモータウンは、急速に地元デトロイトのナンバー・ワン・インディ・レーベルへ成長していく。特に1965年、ダイアナ・ロスとシュープリームスが全米ナンバー・ワン・ヒットを連発すると、アメリカのモータウン、世界のモータウンというビッグな存在になり、デトロイト中のシンガーたちは、みなモータウンに入りたがった。それは、デトロイトだけでなく、中西部のシンガーたちはみなモータウン入りを狙うようになったほどだ。 アレサは、1967年コロンビアを離れて、アトランティックに移籍するが、このとき、モータウン入りの可能性はあったのか。そのあたりはわからないのだが、この時点でモータウンがラヴコールをすれば、少なくとも、交渉のテーブルには乗ったのだろう。しかし、そうはならず、アトランティックに移籍し、そこから歴史的な快進撃が始まる。もちろん、1967年時点ではアトランティック、とりわけ、プロデューサーのジェリー・ウェクスラーがコロンビア時代からアレサに目を付け、延々とアトランティック入りのラヴコールを送っていたので、その結果アトランティック入りしたわけだ。 モータウンはアレサにアプローチしたのか。この時点でモータウンのナンバー・ワン・女性シンガーは、ご存知の通り、ダイアナ・ロスである。モータウン社長、ベリー・ゴーディーの恋人でもあり、モータウンのナンバー・ワン・プッシュ・アーティストが女性シンガーのダイアナだった。そうなると、そこにアレサを招き入れることは不可能だ。同じような女性シンガーを一社で二人かかえるわけにはいかない。つまり、ダイアナがいたから、アレサはモータウンに来なかった、という推測は成り立つ。 1960年の時点では、モータウンは、アレサ側からすれば、契約を結ぶようなレーベルではなかった。1967年の時点では、モータウンは十分ビッグになったが、そこに女性横綱としてダイアナがいたので、そのポジションには入れなかった、ということになる。この二つの大きな要因で、アレサはモータウンに入らなかった。 アトランティックに入り、ジェリー・ウェクスラーらのソウルフルな路線が全米ナンバーワン・女性ソウル・シンガーを生み出したのだから、おもしろい。ただ、モータウンに入っていたら、グラミー連続獲得ということはできなかっただろう。「たら・れば」を言っても仕方がないが、アレサがモータウンに入ったらどうなっていたのかというのも、ソウルの歴史を振り返るときに、ちょっと見てみたい一ページではある。 ■ソウル・サーチン:ザ・セッション~アレサ・フランクリン・レポート 「ソウル・サーチン」イヴェントでも、2007年3月にアレサ・フランクリンをとりあげています。 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070327.html http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070328.html http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070329.html http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070330.html ■ 過去関連記事 2010年12月11日(土) アレサ・フランクリン~すい臓がんで手術~5月までの予定キャンセル http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10732753969.html 2009年01月21日(水) オバマ大統領誕生~アレサの歌が祝福 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090121.html ■グレイト・アメリカン・ソングブック グレイト・アメリカン・ソングブック posted with amazlet at … Continue reading

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●カール・ガードナー(コースターズ)死去~ロック殿堂入り:コミカルなヒット多数

●カール・ガードナー(コースターズ)死去~ロック殿堂入り:コミカルなヒット多数 【Carl Gardner Dies At 83】 訃報。 1950年代後期から60年代初期にかけて、ロックンロール、ソウル・ミュージックのヴォーカル・グループとして大人気を博したコースターズのリーダーでありリード・シンガーだったカール・ガードナーが、2011年6月12日(日)、フロリダ州ポート・セント・ルーシーのホスピスで死去した。83歳だった。これまで、鬱血性心不全、若干の認知症(アルツハイマー)を患っていた。 ロックンロール殿堂入りを果たしているコースターズは、1957年「サーチン」、「ヤケティー・ヤック」(1958年)(華麗なサックスは、キング・カーティス)、「チャーリー・ブラウン」(1959年)、「ポイズン・アイヴィー」(1959年)など多数のロックンロール、ドゥワップ的作品のヒットを送り出した。コミカルな動き、曲調とともに、「ノヴェルティー・グループ」(きわものグループ)として捉えられたが、R&Bフィールドだけでなく、ポップ部門へもクロスオーヴァー・ヒットした。曲の振り付けはほとんどカールがやっていた、という。 コースターズの育ての親、リーバー&ストーラーの物語は、そののちブロードウェイ・ショー『スモーク・ジョーズ・カフェ』のベースになる。 カール・ガードナーは、1928年(昭和3年)4月29日、テキサス州タイラーの生まれ。幼少から歌い、兵役後1950年代初期にロスアンジェルスに居を構えた。ここでいくつものグループに参加してきたが、そのうちのひとつがロビンズ。これがソングライターとして活躍していたジェリー・リーバー&マイク・ストーラーによって育てられた。 その後、リーバーたちが彼らの作品を歌わせるヴォーカル・グループを作ろうとして、メンバーを集めてこのコースターズを結成。ロビンズからカール・ガードナーとボビー・ナンを引き抜き、これにリオン・ヒューズ、ビリー・ガイの二人を加え4人組のコースターズを作った。(ギタリストのアドルフ・ジェイコブスも準メンバー的に加わる) 1955年のこと。まさに、ロックンロール誕生の年だ。そして、1956年、「ダウン・イン・メキシコ」がデビュー作で大ヒット、一躍人気となった。ミディアムからアップテンポの曲が次々ヒット。なお、この「ダウン・イン・メキシコ」は、2007年、クエンティン・タランティーノ監督の映画『デス・プルーフ in グラインドハウス』(Death Proof)に使用された。 1957年終わりに、彼らはそれまでの本拠ロスアンジェルスからニューヨークへ移住。このときに、ナンとヒューズが、コーネル・ガンターとウィリー・ジョーンズに交代した。今回のガードナーの死去で、コーネル、ウィリー、ボビーも他界していたことから、第二次コースターズのメンバー4人全員が死去したことになる。第一次(一番最初の)オリジナル・メンバーで、唯一生存者はレオン・ヒューズのみ。 カール・ガードナーは、そうしたアップテンポのヒットもいいが、本人としてはバラードをもっと歌いたがったという。 コースターズのレコードはヒットし、ライヴも成功。60年代初期に週給400ドル(1ドル360円として14万4千円)も稼ぐまでになった。おそらく1日1ドルもあれば最低限暮らせた時代だから、大変な高給取りになった。1970年代、80年代もいわゆる「オールディーズ・サーキット」で活躍。しかし、グループを辞めたメンバーが「コースターズ」を名乗り、一時期複数のコースターズが存在し、ライヴを行っていたこともあった。裁判を経て、現在は、ガードナーがその名前の権利を所有している。 1987年、ロックンロール殿堂入り。 ところが、1990年代に入って、どうしても喫煙を止められないヘヴィー・スモーカーだった彼は、1993年、咽頭癌になり、X線で約3ヵ月治療。そのときは、またロードに復帰した。2004年、今度は心臓発作を起こしたが、それでも復帰。しかし、2005年、自分はリタイアし息子カール・ジュニアを新しいリード・シンガーにした。 ガードナーは偽のグループが有名グループの名前を語ってライヴを行うことを禁じる法案の成立にも積極的にかかわり、これは2007年、フロリダ州で条例となった。 カール・ガードナーの葬儀は、6月21日午後1時からフロリダ州ポート・セント・ルーシーのモーニングサイド教会で、最後のお別れ(Viewing)は、6月20日アイコック葬儀ホームで午後2時から8時まで。妻のヴェタ、娘のブレンダ、2人の息子カール・ジュニアとアヒリー、さらに7人の孫、1人のひ孫らによって送られる。 コースターズが生み出したコミカルなヴォーカル・グループというコンセプトは、他に類を見ず、彼らを真似たグループというものもほとんど出てこなかった。それだけ、ワン&オンリーの存在だった、と言えるのだろう。また、60年代から70年代にかけて多くの白人ロック・アーティストたちが、彼らの作品をカヴァーした。ビートルズやローリング・ストーンズらも、メジャーになる前に、彼らの作品をカヴァーしていた。 コースターズは1982年、鈴木雅之さんらが主催した「ドゥワップ・カーニヴァル」第二回で来日している。 Funeral services for Carl Gardner will be held at Morningside Church in Port St. Lucie on … Continue reading

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○フィリップ・ウー、自身の歴史を総括するライヴ、誕生日に~ツアー秘話、レコーディング秘話なども披

○フィリップ・ウー、自身の歴史を総括するライヴ、誕生日に~ツアー秘話、レコーディング秘話なども披露 【Philip Woo Celebrates 40th Anniversary Of Music Industry: Gig For History Of Philip Woo】 総括。 ファンキーなキーボード奏者、フィリップ・ウーがこれまでの自身のキャリアを振り返る「フィリップ・ウー・ルーツ・ストーリー」と題したライヴを、今年の誕生日(6月29日)に行う。 フィリップは、「ソウル・サーチン」でも大活躍しているが、最近では久保田利伸、エグザイルなどのライヴやレコーディングでも活躍。ソウルフルなキーボード奏者として日本の音楽界でも引っ張りだこ。5月にブルーノートで行われたチャリティー・ライヴは大盛況となった。 そんな彼のキャリアは、彼が10代の頃、地元シアトルにやってきたロイ・エヤーズのステージに上げられたことから始まった。音楽に興味を持ち始めてから40周年ということで、今回はフィリップが子供の頃影響を受けた楽曲から、アメリカの音楽業界でバックミュージシャンとして活動をするようになり、そのバックを務めたアーティスト作品を振り返るというもの。 フィリップによれば、8歳の頃聞いたビートルズの「マネー」(オリジナルはモータウンのバレット・ストロング)、アニマルズの「ドント・レット・ミー・ビー・ミスアンダースタンド」、フィリップ13歳のときにプレイしたというダニー・ハザウェイの「ゲットー」などを皮切りに、「アシュフォード&シンプソン・セクション」(「ユー・アー・オール・アイ・ニード・トゥ・ゲット・バイ」「アイム・エヴリ・ウーマン」など)、パティー・ラベル、フィリス・ハイマン、LTD(ジェフリー・オズボーン)、グローヴァー・ワシントン・ジュニア、シンディー・ロウパーなどまで多数の曲を演奏する。 今回特筆に価するのが、これまで決して自身のライヴでは演奏しなかったメイズの楽曲を演奏する点。長くメイズに在籍してきたフィリップは、日本でも「メイズのフィリップ・ウー」として知られているが、「どうしても、メイズのグルーヴ、音は出せないのでやれなかった。だけど、今回は40周年ということで特別にやることにした」という。彼が今、考えているのが、「ジョイ&ペイン」「ビフォー・アイ・レット・ゴー」などの、フィリップ自身のソロ・プレイが大々的にフィーチャーされている楽曲だ。 そして、そうしたアーティストたちとのライヴ・ツアー秘話、レコーディング秘話などもたっぷり聞かせてくれるそうだ。 いずれにせよ、前月のブルーノートでのライヴも素晴らしかったが、今回のライヴも選曲と話がかなりよさそうで、フィリップ・ファンは必見だ。 +++++ フィリップ・ウーは、今週末アップされるメットポッドでこのライヴについて話すほか、ブルース・アレイのホームページでプロモ・ヴィデオを近くアップする。 +++++ ライヴ詳細 Philip Woo “Roots Story” ~音楽活動40周年記念&Birthday Live!~ 日時 2011年6月29日(水)開演19時半~(2回、入れ替えなし) 会場 目黒ブルース・アレイhttp://www.bluesalley.co.jp/ 住所  〒153-0063 東京都目黒区目黒1-3-14 電話番号03-5496-4381 ホテルウィング・インターナショナル目黒B1F 予約ページ http://www.bluesalley.co.jp/schedule/live.html … Continue reading

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☆○マイケル・ジャクソン関連イヴェント告知(パート2)~「ソウル・サーチン・イヴェント」次回マイ

☆○マイケル・ジャクソン関連イヴェント告知(パート2)~「ソウル・サーチン・イヴェント」次回マイケル・ジャクソンをフィーチャー、8月28日~29日に 【Michael Jackson Event Announcement】 誕生日。 毎回、一組のソウル・レジェンドをピックアップし、そのアーティストについてのトークとリアル・ミュージシャンたちによるそのアーティストの楽曲を生演奏でご紹介する音楽イヴェント「ソウル・サーチン」。前回の2月のクインシー・ジョーンズに続いて、8月についに満を持してマイケル・ジャクソンに挑戦することになった。 「ソウル・サーチン」は、今回通算10回目。8月28日(日)、29日(月)の2日にわたって目黒のブルース・アレイで行われる。29日は、ご存知の通り、マイケル・ジャクソンの誕生日。もしマイケルが生きていれば53歳になる誕生日だ。 これまで、「ソウル・サーチン」では、2009年7月にアイズレイ・ブラザーズを行ったときに、6月25日の死去を受けて、急遽、アイズレイをマイケルに切り替える案も浮上したが、どうしても、マイケルをやるためにはある程度の準備が必要ということもあり断念した。その後、前回の「ソウル・サーチン」でもマイケルが候補に上ったが、どうしても難しいということで、マイケル曲も含むクインシー・ジョーンズとなった。そして、クインシーでマイケル曲を試し、次にマイケルをやろうと考えた。 マイケルになかなか手がつけられなかったのは、マイケル楽曲が、完全にマイケルのワン・アンド・オンリーの楽曲になっているためだ。これは、ジェームス・ブラウンも同じで、あのグルーヴとメロディーの捉え方は、マイケルやジェームス・ブラウン本人でなければできない。モータウン初期楽曲くらいなら、なんとかいわゆるカヴァーという点でできなくもないが、エピック以降の作品はなかなか満足がいくカヴァーがない。2009年6月25日以降、多くのマイケル・カヴァーをライヴで見てきたが、どれもなかなか満足できるものになっていなかった。もちろん、本人そっくりコピーしなければならない、というものではない。カヴァーするアーティストの個性を生かしてできればいいのだが、どうしてもマイケル曲はマイケルのイメージが映像も含め強すぎるので、カヴァーする側にスペースが与えられない。だから難しい。 だが、そんなことを言っていても始まらない。そこでケイリブと相談して、やれるところまでやってみようということになった。実はクインシーをやると決めたときから、その次はマイケルだと8割くらい思っていた。果たして、ケイリブ&フィリップたちがどこまでマイケル楽曲を聴かせてくれるか、楽しみだ。 先行。 今回の「ソウル・サーチン」に関して、本ソウル・サーチン・ブログをごらんの方に、先行予約できるように取り計らっていただいた。下記アドレスにアクセスし、指示にしたがって入力、ご予約ください。先行予約から、よい席が割り当てられます。 ・8/28分 Soul Searchin The Session Vol.10     ≪Soul Searchin’Home Page先行予約≫ http://reserve.bluesalley.co.jp/schedule/pre_reserv.html?c_code=Schedule-20110609173425 ・8/29分 Soul Searchin The Session Vol.10     ≪Soul Searchin’Home Page先行予約≫ http://reserve.bluesalley.co.jp/schedule/pre_reserv.html?c_code=Schedule-20110609173647 ■ ソウル・サーチン・イヴェントとは 「ソウル・サーチン・イヴェント」とは、ソウル・ミュージック・ジャーナリストの吉岡正晴が主催するイヴェントで、毎回一組のアーティストにスポットを当て、そのアーティストについて詳しいパネリストのトークとリアル・ミュージシャンによるそのアーティストの作品を生演奏で楽しむ、他に例を見ない音楽イヴェント。正式なタイトルは『ソウル・サーチン:ザ・セッション』で5回目、その前身の『ソウル・サーチン』から数えると通算10回目になる。2003年から始まり、これまでに、スティーヴィー・ワンダー、ダニー・ハサウェイ、レイ・チャールズ、マーヴィン・ゲイ、ルーサー・ヴァンドロス、アレサ・フランクリン、アイズレイ・ブラザーズ、クインシー・ジョーンズを取り上げている。 今回スポットをあてるのは、クインシー・ジョーンズがてがけた最大のポップ・アイコン、マイケル・ジャクソン。6ヶ月ぶりの開催になる。 ■イヴェント詳細 ■タイトル Soul Searchin The … Continue reading

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☆○マイケル・ジャクソン関連イヴェント告知(パート1)

☆○マイケル・ジャクソン関連イヴェント告知(パート1) 【Michael Jackson Event Announcement】 告知。 まもなく6月25日。マイケル・ジャクソンの命日。これにともないいくつかのイヴェントなどがあるので、まとめてご紹介します。明日も本ブログでマイケル関連イヴェントの告知をいたします。 1) 2011年6月23日(木)深夜25時~28時生放送、『ビッグ・スペシャル~マイケル・ジャクソン』(東京FM系列全国ネット、正確には24日午前1時~4時)。出演・湯川れい子、吉岡正晴。 湯川れい子さんと3時間、マイケル関連楽曲をかけながら、お話をします。生放送でほぼ全国ネットとのことなので、楽しみにしています。 この『ビッグ・スペシャル』は、毎週月曜深夜から木曜深夜まで25時から28時まで生放送しているもので、6月20日の週は、月曜からマイケル特集を組んでいる、という。約20以上の局でネットされるとのこと。(番組ホームページでは35局のネット局名が出ている) http://www.fmsounds.co.jp/production/program_detail.php?b=1&p=62&PHPSESSID=vvnqkbcm 番組ではこれまでに、エルヴィスやビートルズ、あるいは、A&Mレコードなど、洋楽を中心にしたアーティストなどを徹底特集しています。湯川さんは、1月にエルヴィスをやり、マイケルはこれまでにもやってきたが、今回も命日に際しマイケルを取り上げるとのこと。 当日は生放送ですので、リスナーからのメール、ツイッターでのメッセージなども受け付けます。 メールを送るフォーム http://www6.jfn.co.jp/mailforms/index/94 先日、湯川先生と打ち合わせをさせていただいたのですが、直接的な打ち合わせよりも、その他のいろいろな雑談が大変おもしろかったです。 2) 2011年6月25日(土)13時~16時『マイケル・ジャクソンのすべて』 NHKカルチャー、六本木ヒルズ・ハリウッドホール 出演・湯川れい子、西寺郷太 会費・4200円 会場・東京都六本木6-4-1六本木ヒルズ ハリウッドビューティプラザ5F 電話03-6406-6000 http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_607451.html (満席で、キャンセル待ち) NHKカルチャー・スクールでの講演会。西寺郷太さんと湯川れい子さんがお話をする。 なお、すでに満席となっており、キャンセル待ちとのこと。 3) 2011年6月26日(日) 17時~21時 『調布MJM開店1周年記念 及び 追悼イヴェント』 調布のカフェ、MJMで開催。 マイケル・マニアの長田さんが調布で始めたカフェの開店一周年記念パーティー。内容は次の通り。 1.吉岡正晴のお話 2.MJ-spiritポリゴン太氏プロデュース「ポリゴン太のMJGameチャレンジ」 3.ギタリストやまきょう氏のMJ演奏会 会費:5000円 (飲み放題とバイキング形式のお食事つき) 2011年6月26日(日) 開場:16時半  開演:17時 終了:21時予定 30名様限定、完全予約制 予約受付電話番号042‐446‐4757 http://cafebarmjm.jimdo.com/%E6%9C%80%E6%96%B0%E6%83%85%E5%A0%B1/ … Continue reading

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△村上春樹さん~カタルーニャ国際賞受賞スピーチ

△村上春樹さん~カタルーニャ国際賞受賞スピーチ 【Murakami Haruki: International Catalunya Prize Acceptance Speech】 言葉力。 作家の村上春樹さんが2011年6月9日、スペイン・バルセロナで「カタルーニャ賞」を受賞、その授賞式の席でスピーチをした。スピーチ原稿がメディアに配られ、毎日新聞などが全文を掲載した。そのリンク。「カタルーニャ賞」は、世界で文化、科学、人間の価値などに対して大きな貢献をした人物に与えられる賞。 http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040017000c.html 8000字超のスピーチには、まさに言葉の力があふれている。こういう言葉を発信できる人が、真のリーダーシップを取って欲しいと思うのは、僕だけではないだろう。オバマ大統領のスピーチ・ライターに脚光が集まったが、日本の政治家も、村上さんにスピーチ・ライターでもやってもらったらどうだろうか。もっともスピーチの内容にみあう政治家はいないようだが。 (笑)  それにしても「非現実的な夢想家」とはうまいことを言う。 村上さんといえば、2009年2月の「エルサレム賞」受賞時のスピーチも感動的だった。 2009年02月20日(金) 村上春樹氏「エルサレム賞」スピーチ全文 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10211457439.html (リンクがデッドになる可能性もあるので、全文をコピーしておきます。もちろん、著作権は村上春樹さんにあります) おそらく、会場では日本語を読み、通訳がスペイン語か英語に訳したものと思われる。あるいは、英語で読まれたのだろうか。ぜひユーストリームかユーチューブでこのスピーチを見てみたい。すでに、英文での記事も配信されている。 (午前3時追記)映像がありました。これは4パートの1.ここに行くと、2-3-4へのリンクがあります。 http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210610054.html http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210610055.html http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210610056.html http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210610057.html トータル約22分です。ただし、ちょっと語尾を延ばすしゃべり方がいまひとつのような気がします。話す訓練をするといいと思う。英語のしゃべりのほうがよかった。 +++++ 村上春樹さん:カタルーニャ国際賞受賞スピーチ原稿全文 2011年6月9日=スペイン・バルセロナ  「非現実的な夢想家として」Unrealistic Dreamers  僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。  僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。  でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。  ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。  地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。  日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。  台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。  にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。  なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。 … Continue reading

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○高山広、6月23日に東日本大震災復興支援公演第3弾ライヴ

○高山広、6月23日に東日本大震災復興支援公演第3弾ライヴ 【One Man Player: Takayama Hiroshi Hit #3 Play For Reconstruction Support】 復興支援。 仙台出身のワンマン・アクター、一人芝居師・高山広さんが、故郷の復興を願って行うライヴが再び行われる。高山さんからお便りと告知のお知らせが来たので、一部をご紹介しよう。 高山さんはこう書く。 「先月(5月)28日に、宮城県の女川に行ってきました。 私事で恐縮ですが、5歳から小6まで過ごした思い出いっぱいの地、 第2の故郷とも言える街が、そっくり無くなっておりました。 あれから3ヶ月近く経ちますが、現地はまるで手付かずのようにさえ、私の目には映りました…。 想像を越えた凄惨さに言葉をなくし、立ち尽くすばかりでした。 原発の問題もふくめ、なにひとつ終わっても始まってもいない状況を あらためて実感させられた次第でした。 これからはますます、経済面ばかりでなく 人々の心のケアの問題が大きくなってくるでしょう。 かくいう私ごときに何が出来るというわけではありません。 しかし、 復興までは本当に気が遠くなるような時間と労力、様々な知恵そして みんなの思いやりと愛の力がもっともっと絶対に必要とされています。 僕なんかにさせてもらえることは、 「劇」に「励み」「励まし、励まされる」ことだけです。 「おキモチ作戦 OPERATION OKIMOCHI 劇励」は、果てしないロングランとなることでしょう。 末永くよろしくお願い致します! ご理解とご協力を 心よりお願いします」 【公演の詳細】 東日本大震災復興支援公演 第3弾  高山広 一人芝居  「おキモチ作戦 OPERATION OKIMOCHI」 劇励 … Continue reading

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●洋楽DJ,音楽評論家・八木誠さん、死去

●洋楽DJ,音楽評論家・八木誠さん、死去 【Yagi Makoto Dies At 65】 訃報 洋楽DJであり音楽評論家として数多くの作品を日本の洋楽シーンに紹介してきた八木誠さんが、2011年6月5日(日)死去した。65歳だった。 八木さんは、1945年(昭和20年)10月3日神奈川県生まれ。1960年代後期から海外のポップスをラジオや雑誌などで紹介、洋楽DJとして、また洋楽の音楽評論家として多くの足跡を残した。特にTBSラジオでの『ホリデイ・イン・ポップス』(日曜午後)、あるいは、『パック・イン・ミュージック』、FM東京などで活躍した。ラジオDJとしては、関西方面のラジオ局だそうだが、まもなく東京でレギュラーを持つようになった。曲のイントロに乗せた軽快なDJスタイルが、当時斬新だった。 1986年1月から文化放送で「オール・ジャパン・トップ20」~「全国ポピュラー・ベスト10」という洋楽チャート番組がスタート。これは2006年4月まで続いた。 ライナーノーツや、音楽誌への執筆も多数。 2009年2月に小学館から『洋楽ヒットチャート大事典』というヒット曲にまつわる書籍を上梓。そのお披露目パーティーを同年4月、六本木のローリング・ストーン・カフェで行った。このときの登場が公の姿としては最後のものとなったらしい。 ただし、その後、同年6月4日深夜に東京FMの『デイブレイク』に出演して元気な声を聴かせている。 ■洋楽ヒットチャート大事典 洋楽ヒットチャート大事典 posted with amazlet at 11.06.09 八木 誠 小学館 売り上げランキング: 25128 Amazon.co.jp で詳細を見る +++++ 八木さん色。 2011年6月7日の夜11時くらいに、越谷さんから電話をいただき、八木さんの訃報を知った。 八木さんと初めてお会いしたのが、ムゲンだったか、他の場所だったか、正確には覚えていない。ジョージか、六本木のベニルイだったか。あるいは、銀座コアビルか渋谷ヤマハで行われていたDJショーだったか。ただ「ソウル・オン」誌の集いが赤坂ムゲンで行われたときは、行った記憶がある。 僕がものすごくよく覚えているのが、TBSラジオの『ホリデイ・イン・ポップス』と『パック・イン・ミュージック』で軽快なDJをされていた八木さんだ。しかし、調べると『パック』は1969年4月から1970年3月までのわずか1年だけだった。ということは、そのとき、きっと毎週聴いていたのかもしれない。どちらも声優の若山弦蔵さんとのコンビだった。そして、その後に始まる『ホリデイ』では、洋楽チャートを紹介していた。これは、のちに『ポップス・ベスト10』に独立する、というか、引き継がれたと記憶する。『パック』時代には、洋楽曲の邦題を付けることなどもやっていた。ホセ・フェリシアーノの「雨のささやき(rain)」など、八木さんが付けたという。当時は、FEN以外は、AMラジオ局の洋楽チャート番組がほとんどすべてのような感じだったので、毎週かじりついて聴いていた。そして、そうしたチャート番組は1972年10月ラジオ関東でスタートする湯川れい子さんの『アメリカン・トップ40』につながっていく。 八木さんが、好きなタイプの洋楽というのはあるもので、八木さんと言えば、僕にはグラス・ルーツ、スリー・ドッグナイト、ハミルトン・ジョー・フランク&レイノルズなどのダンヒル・サウンド、CCR、キンクス、そしてスタックス、モータウンなどのソウルものという印象がある。八木さんがヒットさせたと言っても過言ではない洋楽ヒットも多数ある。ショッキング・ブルーの「ヴィーナス」とか、クリスティーの「イエロー・リヴァー」とか、メアリー・ホプキン、ボビー・シャーマンあたりも八木さん色が僕には強い。 僕からすれば大先輩なのに、いつも気軽に声をかけていただいた。ただ、最近はコンサートなどでお会いすることもほとんどなかった。 八木さんが目黒に住んでらっしゃった頃、何度か目黒のマンションにおじゃましたことがある。僕は五反田なので、とてもうちから近かった。最近は埼玉のほうに住んでおられたので、年賀状の行き来くらいになってしまった。 ご冥福をお祈りしたい。 +++++ 大阪在住の音楽評論家、上柴とおるさんが、八木さんとの思い出を書かれている。 八木誠さんの思い出。。。 2011年6月8日(水) … Continue reading

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○プリンス、ヨーロッパ・ツアーへ ~ 「キス」誕生秘話

○プリンス、ヨーロッパ・ツアーへ~「キス」誕生秘話 【Prince Will Hit European Tour】 ヨーロッパ。 ほぼ5月一杯で全米ツアーを一段落させたプリンスが、続いて、ヨーロッパ・ツアーへ出る。 4月23日付け本ソウル・サーチン・ブログで取り上げた以降のプリンス・ツアーは次の通り。ロスアンジェルス・フォーラムでのライヴは、結局、12本も追加された。 前回のプリンス関連記事。 2011年04月23日(土) プリンス、「ウェルカム・トゥ・アメリカ・ツアー」続行中 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20110423.html ここで書いた以降行われたコンサートは次の通り。 28th April – The Forum. Los Angeles 29th April – The Forum. Los Angeles 30th April – The Forum. Los Angeles 05th May – The Forum. … Continue reading

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◎橋本江莉果ショーケース・ライヴ~新しい形のスター誕生か

◎橋本江莉果ショーケース・ライヴ~新しい形のスター誕生か 【Hashimoto Erica Showcase Live】 注目。 しばらく前に、旧知のプロデューサー、ケン小堀さんとばったり会ったときに、今手がけてる新人がすごいので、ショーケースやるとき、ぜひ見に来てください、と言われた。なんでも、元々女性誌の読者モデルで、たまたまカラオケに行ったら、その歌にノックアウトさせられ、デモテープを作り売り込んだ結果、ソニーから出ることになった。しかも当初はそっと普通に出そうと思っていたところが、社長に気に入られ、同社の今年の一押しになり、大きな期待をかけられることになった、という。ケンさんは、AIの「EO(イーオー)」や「ストーリー」を書き、プロデュースした人物。 その大型新人の名前は橋本江莉果(はしもと・えりか)。10代から20代の女性の間では圧倒的な知名度を誇り、そのブログも日に何十万アクセスもあるという。しかも、このショーケースのバンドマスターを、われらがフィリップ・ウーがてがける、ということもあって、僕的には一気に注目度があがった。 4月末のお台場ゼップで行われたAIのライヴに、江莉果が来ていて、そのとき、一瞬、ケンに紹介された。その後、ドクター・フィリップ・ウーがブルーノートで行ったライヴ(2011年5月12日)で、1曲「涙(なだ)そうそう」を歌ったのを聴いた。このときに彼女の歌声を初めて聴いた。そのときは、クセのないいい声だなあ、という印象を持った。 (そのときのライヴ評) ドクター・フィリップ・ウー~ブルーノートをファンキー・ジョイントに(パート1) May 14, 2011 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20110514.html そして、渋谷デュオでのコンヴェンション。なんと、気軽に会場に行ったら、入口にはレッドカーペットが敷かれ、スタッフもスーツにネクタイで、かなりセレブな雰囲気を醸し出していた。中に入ると、テーブルにはロウソク、食事もケータリングが入っていて、ショーケースまで食事を座って食べることになって、しかも、シャンパーンはドンペリ。煌びやかで華やかな、ショーケースとしてはかなり予算がかかったイヴェントになっていて驚いた。この日は暑かったので、渋谷のデュオということなので、短パンで行くことも考えたが、短パンでなくてよかった。(笑)  左・コンヴェンション入口、おしゃれな風船が。右・江莉果オン・ステージ 司会の鮎貝さんがステージに登場し、ひとしきりあいさつをしてから、呼び込んだのが、なんとマジシャンのセロ。セロと江莉果はケンを通して、しばらく前から友達になっていたということで、そのあたりをうまくストーリーにして流暢なトークでショーを進める。タバコやバラ、ティッシュを使ったちょっとしたクローズアップ・マジックを見せる。いずれも、実にうまく、まったくタネなどわからない。しっかりとしたストーリーを語りながら、最後、ステージにあったテーブルの上に壁をとんとん組み立て、セロの合図でその壁の中から江莉果が登場という、マジックで姿を現し観客の度肝を抜いた。すでにやんやの喝采が巻き起こる。しかし、どこから出てきたのだろう。皆目わからなかった。 その時点でもうバンドは待機していて、曲のイントロをプレイし始めていた。それから5曲、いっきに披露した。バンドは、「ソウル・サーチン」などでもおなじみの東京ソウル・メンたちだけに手堅く、うまく。 楽曲は意外とロック調の感じが多く、おなじケンがてがけたAIとは、かなり雰囲気が違う。ロック色もあるストレートなJポップだ。ただし、このバンド・メンバーのためか、グルーヴ感のあるロックだ。 僕は2曲目の「フラワー」のグルーヴ感が気に入った。しかし、5曲目の最初のシングルとなる「アイ・ノウ」は、歌詞に「中目に新しく出来たカフェ・・・」といったフレーズが妙に頭に残り、今の同世代の女子から大きな共感を得そうな気がした。きっと、以前だと、荒井由実(ユーミン)が、「山手のドロフィン~~」と歌って、当時のファンが共感していったように、江莉果も同世代を確実に掴みそうな気がする。3曲目のモータウン風の曲など僕好み。4曲目はスローなピアノからロック調ミディアム・バラードになる。最初はナーヴァスになっていたようだが、徐々に落ち着きを見せ始めた。まだ慶応の大学4年生ということだが、年齢以上に落ち着いて見えた。モデルなどをして、カメラ慣れ、場慣れしているからかもしれない。 ブルーノートではクセのない声と思ったが、この日の5曲を聴くと、とても個性的な声の持ち主で、驚いた。妙なざらつき感が時間の経過とともに、少しずつ皮膚の下のほうに沈殿していく感じだ。セリーヌやマライアなどのきれいな声というより、重く強い声だ。まだまだ荒削りだが、これからライヴの場数を踏み、歌っていけば、歌もどんどん進化していくだろう。 スター誕生。 ダンスのレッスンをしている、と紹介があったので、もっと踊るのかと思ったら、この日はほとんど踊らず。後から本人に聴くと、「今日は歌に集中したかったので、踊りませんでした。踊るときは、曲によってきっちり振り付けして、びしっと踊りたいです」という。 ギターのマサ小浜は、前日から二日連続で見ることになったが、彼によればリハーサルのときに、ケンから、「音源と違ってもいいですから、自由にソロなんかもプレイしてください、ロックなんで」と言われ、驚きながらも、大変嬉しかったので自由に弾かせてもらった、そうだ。確かに、ギター・ソロなんか、なかなか印象的だった。 ライヴ後媒体関係者にあいさつをした後、ミュージシャン、スタッフの前でもあいさつ。きっちりあいさつができ、しっかりと多くの人たちとコミュニケーションが取れる。コミュニケーション・スキルが高くてとてもよい。驚いたのが、たぶん、僕と会うのは2度目で、しかも一度目はほんの1-2分程度しか会っていないのに、僕の名前を覚えていたことだ。名前を覚える、目を見てしゃべるは、コミュニケーションの基本であり、王道とはよくいったものだが、まさにそれ。田中角栄の時代から、変わらない。これはみんなから慕われ、好かれる、そして、多くの媒体の人たちも「応援したい」と思うだろうと感じた。たぶん、遠くのスターというよりも、身近なちょっと手を伸ばせば、同じようになれそうという親近感もあるので、そういう新しい形のスター誕生を予感させる。歌う前からファン・ベースがあるというのがすごい。 ミュージシャン、スタッフへおつかれさま~ 今後の展開だが、「アイ・ノウ」が2011年7月27日にシングル・リリース。その後3-4枚シングルを出して、アルバムを年明けくらいのリリースという流れ。その後、ツアーができればいい、といったところ。今年は、クラブなどで小さなライヴを積み重ねていくそうだ。 ライヴ後、セロに「江莉果はどこから出てきたのですか?」と尋ねると、「教えてもいいけど、そうしたら、あなたを殺さなければならない」と笑いながら返答された。 ■ メンバー 橋本江莉果 Hashimoto Erica (Vocal) フィリップ・ウー Philip Woo (Keyboards, MD) ジェイ・スティックス Jay Stixx … Continue reading

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◎ユリ・マサ・ライヴ~自由度の高いライヴ:Juju、トータス松本さん飛び入り

◎ユリ・マサ・ライヴ~自由度の高いライヴ: Juju、トータス松本さん飛び入り 【Yuri-Masa Live】 自由度。 どちらも、「ソウル・サーチン・イヴェント」でも活躍していただいているギターのマサとヴォーカルのユリ二人だけのユニットその名も「ユリマサ」のライヴ。初回は2008年に阿佐ヶ谷の小さなライヴハウス、ミックス、2回目が2009年に広島、続いて2010年に四谷メビウス、そして4回目がブルース・アレイで2011年4月、それ以来約2ヶ月ぶり、通算5回目になるライヴ。 僕は今回初めて観戦。一言で言えば、まさにタック&パティーをより黒くした感じの二人組みで、タック&パティーよりグルーヴ感というか、黒さが思い切り全面に出る。たとえば、セカンドの「ウォーターフォール」での後半のギター・ソロ部分など、マサ・ギターの本領発揮、底力見せつけで相当すごかった。これのラップ部分をユリがやったのもおもしろかった。よく口がまわるなあ、と感心。後半コーラスを観客が歌ったのには驚いた。 今回は、ツイッターなどでファンからリクエストを募り、それらを何曲か歌った。 おもしろい選曲はジョーの「オール・ザ・シングス」。これは元々男目線の曲だが、それを女性のユリが大胆にも歌う。その歌詞、I got a jones in my bones for you について、ユリもマサも直接的な解説を避けた。調べたら、この場合のjones in my bonesは骨の底からの熱望、切望、それが転じて、君への情欲がもうがまんできない、と言った直接的な意味のスラングらしい。 マサがブルージーなギターを弾かせると、相当なもの。特に印象に残ったのは、「ルート66」。アコースティック・ギターでここまで黒さを演出できるのは、すごい。彼は、あちこちのソロで、その場での思いつきでいろいろなキャッチーな曲のリフを織り交ぜるのが実にうまい。で、さっき弾いたのなんだっけ、と尋ねても、本人も忘れてるほど、その場でアドリブ的に弾いてしまうらしい。アコギだとなかなかグルーヴは出ないものだが、マサの手、指にかかるとこれがすごいことになる。グルーヴは、楽器が生み出すのではなく、それを弾くミュージシャンが生み出すものということを改めて感じさせられた。 サプライズで、アンコール1曲目でジュジュが登場。「ユーヴ・ガット・ア・フレンド」をユリと、その場で歌う場所を決めデュエットで。「ちょっと杯数、飲んじゃってますが…」(笑)といいながら、しっかりジュジュ節を聴かせた。ちょうど、最新シングルでこの曲を歌っていたこともあって、ぶっつけ本番でも二人とも軽く歌えてしまう。当たり前だが、どちらもうまい。 左からマサ、ジュジュ、ユリ さらに、アンコール2曲目では、現在ユリがコーラスを務めているア・カペラ・ユニットのボス、トータス松本さんが、無理やり呼び出され、最初は若干躊躇していた感じだったが、マサのギターに乗せられた感じで、即興でブルーズ調の曲を歌った。歌詞もメロディーもその場で、ぱっと思いついたことをマイクに乗せる。いやあ、こういうのはほんと素晴らしい。「たまたま休みで~、ユリのライヴにやってきたあ~~。まさかまさか、オレが歌うとは~~。今、ニッポンは大変、大変~~」 ひとたびステージにあがり、スイッチがオンになれば、もう猪突猛進。それまでの会場の気温を彼一人で3度は上げた感じだ。 ライヴ後、マサさんに、ほぼ全曲アコースティック・ギターなのはなぜか、エレキは使わないのか、と尋ねると、エレキは「ストーミー・マンデイ・ブルーズ」1曲で使ったが、基本的にエレキだと、「鋭角的なサウンドにならない、アコースティックのほうが、よりリッチな感じになると思って、アコースティックでやっている」との答え。なるほど。 「二人だから、かなり自由にできますよ。ソロ部分は(同じ曲でも)毎回、違ってきます」とマサが言う。下記セットリストで、セット1の1,3,5,6、セット2の4が二人でやる初めての曲だという。その意味で、自由度の高いライヴといえそうだ。 二人だけで、これだけの世界が作れるというのも、たいしたもの。また次回を楽しみに。 ■ 関連記事(一部) 2011年03月12日(土) マサ小浜3回目のライヴ~「レッド・マサ・スペシャル」、アツシ飛び入りも http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10827190545.html 2010年07月09日(金) マサ小浜、初ソロ・ライヴ~ソウルとファンクとスムース・ジャズと http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10584972682.html 2010年08月21日(土) ユリ・ライヴ@代官山ループ http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10625111213.html 2009年10月15日(木) シンガー、ユリ@ブルース・アレイ http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10364864050.html … Continue reading

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◎トータス松本・ア・カペラ・ライヴ@品川教会(パート2)~アカペラのアイデア

◎トータス松本・ア・カペラ・ライヴ@品川教会(パート2)~アカペラのアイデア 【Tortoise Matsumoto A Cappella Live At Church(Part 2)】 無尽蔵。 ア・カペラのライヴを聴いていると、いつもいろいろなアイデアが浮かんでくる。ここをこうしたらいいのでは、とか、これはすごいアイデアだとか。もちろん、どれが正解でどれが不正解ということはない。本当に、可能性は無限なのだ。 ア・カペラ・ライヴの場合、人数にもよるが、考えようによっては、何でもできる。ただ、それが「何でもできるが、みな同じになってしまう危険性」と、諸刃の剣だ。しかし、アイデアさえあれば、どんどんと無尽蔵にやれることが生まれてくる。それがア・カペラの醍醐味だ。ア・カペラと一口に言っても、さまざまなタイプのものがある。黒っぽいもの、白っぽいもの、教会っぽいもの、ソウルっぽいもの、ストリートっぽいもの、ドゥーワップっぽいもの。コーラス・コーラスしたものまで。人間の声には虹色以上の彩がある。 ルーサー・ヴァンドロスは、自身が有名になる前に、多くのバックコーラスの経験を積んだ。そして、彼はありとあらゆるコーラスを研究して、「コーラスは、リード・ヴォーカル以上に芸術(art)だ」と言い、みずからさまざまなコーラスを試行錯誤して作っていた。そういう意味で「バックコーラス・マニア」だった。彼がよく指摘していたのは、アレサ・フランクリンのコーラス隊スイート・インスピレーションズのコーラス。そのコーラスを集中して聴いてみると、確かに本当によく出来ている。これがフロント・シンガーを引き立たせるだけでなく、バックコーラス自体もとても魅力的なのだ。 たとえば、今回のようなリード・シンガーに7人のバックコーラスという基本パターンのほかに、リード・シンガーを次々チェンジしながら、ヴォーカル・グループとしての妙を聴かせるパターン(例えば、テンプスやスピナーズ)、リードは一人ながら、残りのバックコーラスが補佐的な、しかし味わいのあるコーラスをつけるパターン(例えば、グラディス・ナイト&ピップスやデルズ、フォートップス)、メンバー全員がそれぞれ口で楽器の音さえ作ってしまうパターン(ナチュラリー7)、メンバー全員でひじょうに高度なハーモニーをつけるパターン(テイク6)、バックコーラスに独特のフレーズなどをつけ、それ自体が魅力的になるパターン(多くのドゥーワップ・グループなど)などがある。ソウルフルなバックコーラスには、リードよりも、思わずそのバックコーラスを歌ってしまいたくなるような魅力的なバックコーラスができている場合がある。なかなかそこまでのコーラスを作るのは難しいのだが。 今回の場合、もちろんトータス松本がリードというのは基本だが、アンコールの「ウィ・アー・ザ・ワールド」のようなリードをまわすパターンも実験的でおもしろかった。コーラスもどちらかというとスウィングル・シンガーズ的な白っぽい雰囲気になっていたので、彼の声にはもう一歩黒っぽいコーラスがついてもいいかと思う。どんどん実験して、次のツアー、その次のツアーへと進んでいって欲しい。 たとえば、次のようなCDを擦り切れるほど聞くと、コーラスのアイデアなどのヒントになるはず。 ■ ドゥーワップ・ボックス (コーラスのアイデア無尽蔵) Doo Wop Box posted with amazlet at 11.06.04 Various Artists Rhino / Wea (1994-05-17) 売り上げランキング: 73057 Amazon.co.jp で詳細を見る 録音は古くとも、人間の声、そのものは決して古くならない。 ■ ナチュラリー7、ファースト。(これが人間の口で出せる音なのかという究極のグループ。これまたアイデアの元、無尽蔵にある) What … Continue reading

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◎ トータス松本・ア・カペラ・ライヴ@品川教会(パート1)

◎ トータス松本・ア・カペラ・ライヴ@品川教会(パート1) (ネタばれになります。これからごらんになる方はご注意ください) 【Tortoise Matsumoto A Cappella Live At Church】 塊魂爆発(かいこんばくはつ)。 水曜日のカマサミ・コングのランチ・セッションに、ナイル・ロジャーズをお連れしたところで、そこに来ていたケイリブから、今、トータス松本のア・カペラ・ツアーをやっている、すばらしいのでぜひ見てほしいと声をかけられた。ア・カペラと聞けば何でもいく僕としてはこれは行かないわけにはいかない。しかも、トータス松本は、ブルーノートでサム・ムーアのときに飛び入りしたのを見たくらいなので、フルショーを一度見たいと思っていた。加えて、会場が、個人的な思い出もあり、ケイリブと木下航志くんのライヴをやった品川教会ということでさっそくかけつけた。 ふだんはもっと大きな会場でライヴをやる彼からすれば、この350人という収容人数は明らかに小さすぎで、お客さんがあふれる。入口近くで「チケット譲ってください」の紙を持ったファンの人も見かけた。 かつて2003年に『トラヴェラー』というソウル・カヴァー・アルバムを出したソウル・マン、トータス松本が声だけでステージを展開するア・カペラ・ライヴ。会場は神聖なる教会に超満員の観客。8割以上女性だ。自身のヒットやソウル・ヒットを7人のコーラスとトータス本人の計8人だけで歌う。この日は全10本中6本目。 日本で8人だけでア・カペラをやるのはかなり珍しい。もちろんゴスペル・クワイアーなどでは、歌声だけで何十人というパターンはあるが、ポピュラー・ミュージックでア・カペラだけで約2時間は新鮮だ。しかも、今回はライヴ後24時間以内に音源をミックスして、アイチューンズ(I-tunes)で発売するという試みもある。しばらく前に坂本龍一がライヴをユーストで中継し音源をすぐにアイチューンズにだしていたが、これもすばらしいアイデアだ。しかも、毎回のステージが翌日にはリリースされている。会場で感激した方はその感激が翌日には自分のものにできるのだ。音楽家とファンとのつながりは、確実に新しい次元に来ている。ダウンロードは下記へ。 http://itunes.apple.com/jp/artist/id74494386 ここのア・カペラ!! というところ。ライヴの日付があるので、希望のものを選ぶ。すでに6月3日のものもアップされている。30秒程度の試聴も可能。 ライヴ→ユースト→アイチューンズ、あるいはツイッター、フェースブック、アーティスト・アプリなどアーティストをめぐる環境は10年前では想像だにできないほど激変している。それを軸にどんどんと新しいアーティストとファンのふれあいの形ができる。しかし、どれほどデジタルが広まっても、音楽家の本質的な基本はライヴにあることに変わりはない。ライヴが出来てこその新技術の使用と言える。 このトータス松本のライヴは、もちろん、リアルな音楽ができるアーティストのリアルなライヴだ。そして、アカペラを見ていつも思うことだが、そのたびに、改めて人間の力、可能性、特に声の可能性の無限さを感じる。 今回は男声3人、女声4人のコーラスにトータス本人が歌う。すべてはこの8人の声だけ。基本、バックが3から4パートハーモニーをつけ、それにあわせトータス本人がメイン・ヴォーカルを歌う。このトータスの声が、実に力強くソウルフルだ。教会という会場で、声の力は輝きを圧倒的に増す。そして、7人のコーラスを従えて8人の声の塊(かたまり)になったときに、まさにソウル(魂)が爆発する。Soul Explosionだ。 メンバーが会場後方から一人ずつ歩いてステージに進み、ポジションについたところで、おもむろに今夜のスターがやはり後方通路から客席を通って、ステージ中央に。「バンザイ~好きでよかった」からアカペラ・ショーのスタートだ。 メンバーには「ソウル・サーチン」イヴェントでおなじみのケイリブ、ユリ、オリヴィア、ガッツ(中澤信栄)まで。今回の音楽ディレクターはユリで、彼女が中心となってコーラスを考えたという。個人的には、ケイリブがベース・ヴォーカルを担当したところがひじょうに新鮮だった。僕もケイリブにベースをやってもらおうとは今まで思いもつかなかった。こういうサプライズはとてもいい。ミュージシャンやシンガーは、常に、周囲の人間がその人に枠をはめたり決め付けたりする以上のことができるのだ。クリエイティヴなことにリミットをかけてはいけないとつくづく思う。 それにしても、観客は1曲目から総立ちになって、手を突き上げ、腕を揺らし、コール&レスポンスし、歌う。たぶん、楽曲自体にポジティヴな魅力があるから、元気になるのだろう。バックコーラスではガッツの声が目立っていた。 途中のMCもさすがに大阪出身だけにおもしろい。アンコールで牧師風衣装に身を包み、両腕でTの字を作り、ジーザスならぬ「Tザス」です、には受けた。そして、観客もそうだが、やっている本人たちが一番楽しそうに歌っているのが素晴らしい。 最後に「ガッツだぜ」を歌い終えて、客電が点くと、すぐにCDでサム・クックの「ユー・センド・ミー」が流れた。送り出しには最高の選曲だ。 (ライヴ後、楽屋でトータスさん、ケイリブ、ユリさんらに会った。そのときの話などを明日以降に) ■ 過去関連記事 2008年09月06日(土) サム・ムーア・ライヴの秘密 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10135912710.html 2008年09月05日(金) サム・ムーア:「ザ・ソウル・ショウ」@ブルーノート http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10135549736.html#main トータス松本、飛び入りしたサム・ムーア・ライヴ。 2007年11月03日(土) 幸運 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10053853120.html 2007年11月02日(金) … Continue reading

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◎ヴァネッサ・ウィリアムス~ミッドタウンの夜をおしゃれに演出

◎ヴァネッサ・ウィリアムス~ミッドタウンの夜をおしゃれに演出 【Vanessa Williams Live】 おしゃれ。 彼女がシンガーとしてソロ・デビューしてからはや23年。デビュー作『ザ・ライト・スタッフ』は1988年リリースだ。その前からちょこちょことジョージ・クリントンのレコーディングなどに参加していた。 このところ、ほぼ毎年のようにやってくる歌姫、ヴァネッサ。ご存知の通り、ミス・アメリカになりながら、ヌード写真が公開されたことで、その称号を剥奪され、一念発起し、シンガー/エンタテイナーとして再起して成功したという人物だ。 日本ではシオノギの頭痛薬セデスのCMで彼女の「セイヴ・ザ・ベスト・フォー・ラスト」が使われ、おなじみ。 全体的には、ポップな女性シンガーという印象で、ホイットニー・ヒューストン、ちょっと大人っぽいところはナタリー・コールなどを彷彿とさせる。ブロードウェイのミュージカルもこなしているので、キャリアは、すでに超ヴェテラン。1963年3月生まれ、48歳とは思えぬスタイル。さすが元モデルだけのことはある。ホイットニーも道を誤らなければ、ヴァネッサのようにスタイルもよく、歌も上手で人気を堅持できたのではないかと思う。ヴァネッサもホイットニーも63年生まれなので、同じ年だ。 途中でコーラス3人のうち男性歌手は、ブロードウェイシンガーで、彼女が主演したミュージカル『キス・オブ・ア・スパイダ-・ウーマン』で共演したダリウス・デ・ハース。ソウル・シンガーというより、ミュージカル・シンガーという雰囲気だった。ヴァネッサは途中で衣装変えもあり、見せて楽しませる。 コーラスの一番右に可愛い子がいると思ったら、なんとヴァネッサの娘さん。ジリアン・ハーヴィー。そういわれてみると、とてもよく似ている。さすが母親譲り。 ナタリー・コールより、もっとポップ路線だ。ラスヴェガスで楽しむショーのような良質の大人向きエンタテインメントだ。 ■ 現状最新作 ザ・リアル・シング posted with amazlet at 11.06.03 ヴァネッサ・ウィリアムス ユニバーサル ミュージック クラシック (2009-05-27) 売り上げランキング: 48986 Amazon.co.jp で詳細を見る セカンドアルバム、「セイヴ・ザ・ラスト」収録 Comfort Zone posted with amazlet at 11.06.03 Vanessa Williams Island … Continue reading

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◎ケニーG・ライヴ~決して変わらぬサウンドを貫くサックスマン

◎ケニーG・ライヴ~決して変わらぬサウンドを貫くサックスマン 【Kenny G】 不変普遍。 超人気サックス奏者、ケニーGの東京一日だけの公演。毎年のようにやってきて、大体国際フォーラム2-3日やるという彼がアジア・ツアーの一環で大阪一日、東京一日だけ立ち寄ってのライヴ。ということで、超満員。 僕がケニーGに初めて会ったのは1983年7月のこと。ニューヨーク・トライベッカのカシーフの自宅を訪ねたときに、まだメジャーになる前のケニーがいた。当時カシーフがケニーGをプロデュースしていたからだ。シアトルからニューヨークに初めて来たとかで、カシーフ宅に滞在していた。ほぼ同じ頃、フィリップ・ウーもケニーG、カシーフと親しく、カシーフ邸に行っていた、という。たぶん、それは1984年7月の夏のことだったと思う。その話はまた別の機会に譲るとして、ケニーGは、その後、「ソングバード」などが大ヒットし、世界的スーパースターとなった。 僕もケニーGのライヴを見るのは相当久しぶり。1980年代に初来日以降何度か見た記憶があるが、久々に会場に足を運んだ。なんと隣の席に、元アドリブ編集長の松下さんが。かなりこちらも久々にお会いする。僕を見つけるなり、開口一番「やっと若い人に会えたよ(笑)」と言うのだが、僕でさえ、ここでは若いのか。(笑) 最近は悠々自適で、ジャコ・パストリアスの本の出版や、その他の音源リリースをしている、という。 「いやあ、ケニーG、松下さんと一緒にインタヴューしましたよね。でも、ライヴ見るの、久しぶりなんです」「ああ、そう、久しぶりなんだ。僕は、毎回見に来てるけど、昔とまったく変わりません(笑) きっと、客席の後ろから出てくるよ」 客電が落ち、サックスの音が会場に響きだすと、松下さんの言うとおり、1階客席の一番後ろからサックス吹きながら、登場した。  ドラムス、ギター、ベース、キーボード、パーカッションにケニーGのサックスという布陣。そして、約2時間、確かにそのパフォーマンスは不変で、普遍だった。 MCでもわかるように、実にサーヴィス精神旺盛の人物。それにしても、大変よく日本語をしゃべった。ケニーG、全曲インストゥルメンタル。歌なし。ケニーGの魅力は、そのエンタテインメントぶりとメロディアスな綺麗なサックスの音色にある。とてもわかりやすいサウンドで、かつてのポール・モーリア・オーケストラなどが受けたニュアンスと同じイージー・リスニング・サウンドとして幅広い層に受ける。それが、最近は「スムース・ジャズ」などとも呼ばれる。 彼の得意技のひとつに「サークル・ブリージング(循環呼吸)」でワンノート(ひとつの音階)を延々と吹き続ける、というものがある。今回も始まってすぐにこれをやり、延々続くうちに拍手も大きくなってくる。なんでも、ケニーGはこれで45分以上一音を出し続け、ギネスブックに載ったとか。 終わった後にこれのやり方も簡単に説明するサーヴィスぶり。「鼻で息を吸いながら、口から吹く。だから、いくらでも永遠にできるんです」と解説。 途中でおもしろいシーンがあった。CDを買った人から抽選で、ケニーのサックスをプレゼントするという企画だ。抽選で選ばれた女性が友人を伴ってステージに上げられる。するとその伴った友人がダウン症か何かなのか、なんらかの疾患を持っている女性のようだった。ケニーが感謝の気持ちを込め、1曲プレイし、そのサックスをケースにしまい、彼女にプレゼントをした。一言二言やりとりがあり、ケニーが送り出そうとしたとき、そのもう一人の彼女が、帰りたくないとダダをこねたのだ。さすがに驚いた彼女が、その彼女を説得にかかり、手を引っ張ろうとするが、いやいやと抵抗する。通訳もやってきて、説得するが、椅子を立とうとしない。 すると、ケニーがサックスを吹き始め、彼自身がその彼女たちの席のほうにうながすように、歩き始めたのだ。だがそれでもその彼女は動こうとしない。観客からも失笑がもれる。ケニーはステージを降り、通路に進んだ。結局、やっとのことで彼女の付添い人にうながされ、席に戻った。思わぬハプニングだった。 この日は客席にレストラン「ノブNobu」のオウナー・シェフが来ていて、観客に紹介し、ライヴ後に行くと言っていた。 アンコール2曲目はなんと「タイタニック」。日本人が聴きたいであろう楽曲を一番最後に持ってくる。さすがだ。そして、音楽的立ち位置を変えず、ヴァリエーションはあるものの基本路線は変えず、来た観客が聴きたいと思うものを徹底してプレイする。頑固一徹、それはあっぱれ。 ■ ケニーG最新作 ハート・アンド・ソウル posted with amazlet at 11.06.02 ケニー・G ユニバーサルクラシック (2010-06-30) 売り上げランキング: 40628 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ エッセンシャル(2枚組み) エッセンシャル・ケニー・G posted with amazlet at 11.06.02 … Continue reading

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◎ トクズ・ラウンジ~マイルスとヒップホップな夜

◎トクズ・ラウンジ~マイルスとヒップホップな夜 【Toku’s Lounge: Jazz And More~ Miles Meets Hip Hop】 ヒップホップ。 5月26日はジャズ・ジャイアント、マイルス・デイヴィスの命日。本当は5月25日の深夜にやりたかったのだが、メンバーのスケジュールなどのために、一日早くマイルス・トリビュート。 若手ミュージシャンたちが月1回深夜に集まり、自由気ままにジャム・セッションを繰り広げる「トクズ・ラウンジ」。ジャズ・ミュージシャン/トランペット/フルーゲルホーン奏者、トクが主催する西麻布深夜の大人のためのエンターテインメントだ。 毎年5月末のこの時期は、マイルスの命日にあわせて、全曲マイルスしばりでジャム・セッション。 マイルス楽曲に力があるのか、マイルス楽曲ゆえにミュージシャンが「火事場のバカ力」を出すのか、いつになく熱いセッションが繰り広げられる。まさに「音の洪水」「音のシャワー」を存分に浴びることができる。 この日、驚いたのはセカンドセットに日本を代表するラッパーたちが飛び入りしたこと。ジーブラとトクは前々から仲良く、コラボレーションもしているが、この日は彼が友人のラッパー仲間を引き連れて、ステージにあがった。参加したのは、スポンテニアのタランチュラ、デフテックのマイクロ、テリヤキボーイズのワイズら。マイルス・デイヴィス楽曲とラップが実にはまる。ジャズ・ミュージシャン、トクとラッパーたちの融合は、素晴らしい。前回はヴォイス・パーカッションとのコラボを見せたが、シンガー、ミュージシャンだけでなく、ラッパーまでも飛び入り歓迎なのだから、トクの懐は広い。 ■ 過去関連記事 2011年03月22日(火) 深夜のジャム・セッション~軽音部、トクズ・ラウンジ・スペシャル http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10837098296.html 2010年10月28日(木) ミッドナイト・カンヴァー・セッション 「トクズ・ラウンジ」 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10689147109.html 2010年09月16日(木) トクズ・ラウンジ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100916.html (過去記事一覧も) ■メンバー(順不同) TOKU 石渡じゅん ドラムス ジン JIN 荻原亮 ギター 後藤克臣 ベース ジョーセイ キーボード タカヤ キーボード タカ ヴォーカル&トランペット グレース・マヤ ヴォーカル モリヤミユキ サックス マツモト (パーカッション) … Continue reading

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○今年の「ソウル・パワー」は7月開催、新曲6月1日から配信

○今年の「ソウル・パワー」は7月開催、新曲6月1日から配信 【Soul Power 2011 Will Be Held In July】 7月。 これまでに5回行われてきた夏の一大ソウル・イヴェント「ソウル・パワー」。今年は6回目になるが、再び大阪でも開催されることになった。また今回はこれまでの9月ではなく、少し前倒しとなって7月16日(土)から開催される。(詳細は下記に) チケットは東京分が6月5日から、大阪分が6月12日から発売される。 これに先立ち、「ソウル・パワー」出演アーティストたちが一同に会し、東北大震災復興支援ソングをレコーディング、6月1日から配信する。これは、ソウル・パワー・オールスターズ(Soul Power Allstars)による「ウィ・ガット・ソウル・パワー(We Got Soul Power)」。リーダーの鈴木雅之を中心に桑野信義、佐藤善雄のラッツ&スター「再集結」をはじめ、ブラザー・コーン、ゴスペラーズ、スクープ・オン・サムバディー、ダンスマンなどが参加している。今回の「ソウル・パワー」での目玉的作品になる。去る5月30日深夜TBS系の生番組『カミスン』で、メンバー全員が集合し、この曲を歌い、初披露した。 「ソウル・パワー」は、2006年から始まった日本のソウル・ミュージック好きのミュージシャン、鈴木雅之がゴスペラーズ、スクープ・オン・サムバディーらに声をかけ「ソウル」をキーワードに、「ソウル」的な楽曲を中心にソウルフルなライヴを見せるイヴェント。昨年は久保田利伸の参加で大いに話題になった。 ■ 今年の「ソウル・パワー2011」 ●「SOUL POWER TOKYO SUMMIT 2011」 公演日 : 2011/07/16(土) 地域 : 東京都 会場 : 東京国際フォーラム・ホールA 開場 : 16:30 開演 : 17:30 … Continue reading

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