Monthly Archives: March 2011

◎ 佐藤英里(ひらり)・ロビー・コンサート~「可能性」と「将来」と「夢」

◎ 佐藤英里(ひらり)・ロビー・コンサート~「可能性」と「将来」と「夢」 【Satoh Hirari Lobby Concert: Prospect, Future, & Dream】 9歳。 昨年のゴールド・コンサート(下記過去記事参照)で準優勝を果たした新潟県のシンガー・ソングライター、佐藤英里(さとう・ひらり)ちゃんが、2011年3月29日小さなロビー・コンサートを東京で開いた。当初は、別の会場で予定されていたが、東北大震災の影響でそこでのイヴェントができなくなり、急遽六本木のノビルデューカというイヴェントスペースでの開催となった。 今回はゴールド・コンサートを主催するNPO法人日本バリアフリー協会が主催。元々アメリカのジャズ・シンガーで、前回ゴールド・コンサートの審査員を務めていたオーラ・リードさんと一緒にやる予定だったが、やはり震災の影響で来日できなくなり、急遽、ゴールド・コンサート第3回の優勝者、ダージリンさんが出演した。約40名が観覧。ユーストリームでも生中継した。 左・ダージリンさん、右・佐藤英里(ひらり)さん ピアノの弾き語りで全5曲、最後にダージリンさんと一緒に2曲を披露した。ひらりちゃんは、まだ9歳。来月10歳になる。いきものがかりから、美空ひばり、そして、ヴァネッサ・カールトンまで、ヴァラエティーに富んだ選曲。 曲間のMCでも、なかなかおもしろいことを言う。「私が好きな食べ物は、おくらとメカブです。ネバネバ・ズルズルが好きです。納豆も。いくらや生卵も好きです」 「将来の夢はなんですかと聞かれたら、昔は、『歌手です』と答えていましたが、今は、『シンガー・ソングライター』です」 ハキハキとマイクの前でしゃべる。9歳にとっての「昔」とは、果たして、何年前、なんて思って見ていた。本人は、始まったあたりで、声がうまくでなかったことを気にしていた。 アンコールでは、教科書にも使われている赤い鳥の「翼をください」を、「みなさんも一緒に歌ってください」と観客に語りかけた。 間違いなく音楽の才能があり、これから、歌、ヴォイス・トレーニングなど、可能な限り音楽の基礎、基本を勉強し、たくさん良質の音楽を聞いて、まっすぐ進めば、無限の可能性を秘める。 この震災被災で日本自体が精神的に沈没中の今、「可能性」「将来」「夢」というものを間近に見て嬉しかった。 翌日、バリアフリー協会の貝谷さんのところでひらりちゃんに会った。にこにこして、いつも元気に飛び跳ねている。「誰とでも人見知りしないで、おしゃべりするんですよ」とお母さんの絵美さん。この明るさは最高にいい。昨年のゴールド・コンサートでの準優勝以来、地元ではあちこちから声がかかるようになったという。 「可能性」「将来」「夢」っていい言葉だ。 甘いパンが好きです ■ 過去関連記事 2010年10月05日(火) ゴールド・コンサート第7回~9歳の少女佐藤英里さん「アメージング・グレイス」で観客を圧倒~初のスター誕生か http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10666809323.html ■ セットリスト 佐藤英里、ダージリン・ライヴ @ノビルデューカ、2011年3月29日 ( )=オリジナル 佐藤英里 performance started 18:10 01. ありがとう (いきものがかり) 02. 愛燦燦(あい・さんさん) (美空ひばり) 03. A Thouthsand Miles … Continue reading

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○シック来日記念CDリリース~シック歓迎イヴェント

○シック来日記念CDリリース~シック歓迎イヴェント 【Chic/Nile Rodgers: Countdown To Show】 来日。 ナイル・ロジャーズ率いるシックが4月に来日。2011年4月12日コットンクラブからツアーが始まる。今回は、ナイルにとっては盟友でありベース奏者だったバーナード・エドワーズが1996年4月18日に東京でのライヴ後に死去して15周年、また本人も癌宣告からの復活という意味で、いつになく大きな意味を持つライヴ・ショーとなる。 この15周年を機に、シックの来日記念CDのリリース、歓迎イヴェントなどがいくつか行われる。 CDは、『エヴリバディ・ダンス!』と題され、2枚組み。1枚目がシック自体のヒット曲集。2枚目がシック、ナイル・ロジャーズがプロデュースした作品を集めている。特にプロデューサーズ・サイド(2枚目)では、一般的なコピレーション・アルバムではなかなか収録許可がおりないマドンナやデイヴィッド・ボウイの作品も収録され、文字通りナイル/シックの集大成的アルバムに仕上がっている。これは、ナイル本人がボウイらの事務所に直接交渉し、実現した。また、ここにはクール&ザ・ギャングとの新録による新曲「アイ・ウォナ・ダンス」が収録される。ライナーノーツ・吉岡正晴。 エヴリバディ・ダンス! posted with amazlet at 11.03.29 オムニバス ナイル・ロジャース シック ワーナーミュージック・ジャパン (2011-04-06) 売り上げランキング: 5543 Amazon.co.jp で詳細を見る ナイル・ロジャーズの癌闘病ブログ(毎日更新)については、本ソウル・サーチン・ブログで毎日翻訳アップデートしているのはご存知の通り。 http://ameblo.jp/soulsearchin/theme-10032211060.html 2011年1月14日に最初のブログがアップされて以来、毎日更新されている。日本語版はナイル本人の了承を得て、本ソウル・サーチン・ブログで2-3日程度に1回まとめて紹介している。なお、日々の文字のみの仮訳は、ツイッターで毎日すぐにご紹介している。 ◎ナイル・ロジャーズ/シック・ツアー公演  コットンクラブ=2011年4月12日(火曜) http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/schedule/index.php?yr=2011&mn=04# ブルーノート公演=2011年4月14日(木曜)~18日(月曜) http://www.bluenote.co.jp/jp/artist/nile-rodgers/ 大阪・心斎橋 クラブ・クアトロClub Quattro=2011年4月20日(水曜) http://www.smash-jpn.com/band/2011/04_nilerogers/index.php 6:30PM/7:30PM ◎ナイル・ロジャーズ恒例ギター・コンテスト http://www.bluenote.co.jp/jp/event/chic-guitar-contest/ … Continue reading

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◆「フライ・ジン(Fly-Jin)」新語登場

◆「フライ・ジン(Fly-Jin)」新語登場 【Fly-Jin is New Word】 新語。 言葉は生き物。新しい言葉はいつでも、どこでも生まれる。 昨日僕が知った言葉。それは、Fly-Jin(フライ・ジン)。フェイスブックで見かけて、なんだろうなあと思って、いろいろ読んでみたり、ググってみると、すでにたくさん使用例がでている。 Fly-Jinとは、飛行機で東京(あるいは日本)から逃げていく外国人のことを指す。311以来、放射能問題が報道されてから、成田が一挙に活気付き、外国人出国ラッシュが起こった。そのあたりで出来た言葉らしい。そうした人々をFly-Jin (Fly と Gaijinをあわせて)と呼ぶようになった。 そして、そのFly-Jinたちがそろそろ、日本に戻り始める例もでてきている。すると、こんどはその彼らを、日本にずっと留まっていた人々が白い目で見るようになることも起こっているそうだ。 タイム・アウトのウェッブ版(2011年3月23日付け)では、すでに大挙して日本を脱出する外国人についてリポートしていた。 Don’t call me ‘flyjin’ Time Out talks to a few of the foreigners who left Tokyo http://www.timeout.jp/en/tokyo/feature/2672/Dont-call-me-flyjin 日本語版 http://www.timeout.jp/ja/tokyo/feature/2692 おもしろいのが、外国人は「まず家族、そして、会社」というメンタリティーだが、日本人は「まず会社、そして、家族」というメンタリティーだ、と考えられていること。なるほど、一般論的にはそうなのかなあ、という気もしてくる。 ところで、彼ら外国人が日本を出国したのは、地震・津波のせいではない。例の原発問題ゆえだ。原発、放射能に関しては彼らは日本人以上にナーヴァスだ。そしてさまざまな情報を得ようとするが、実際日本の政府・東電の発表はまったくあてにならない。すべてが後手後手に回っていて、その対処も不安を増幅するだけ。それゆえ、彼らが日本を出たのはいたしかたないだろう。 このまま放っておくと、地震以上の災害になる可能性がある。今の政府・東電に処理能力がないことはよくわかった。外圧でいいので、どこかリーダーシップをとって、ガツンと処理して欲しい。 今回知ったのだが、河野太郎・衆議院議員は、以前からこの原発問題を取り上げていて、とてもわかりやすく説明しており、ひじょうに信頼できると思った。 河野太郎ブログ http://www.taro.org/gomame/ 彼が東電の圧力でテレビにでられなくなったという話をきいて、さもありなんと感じた。 +++ … Continue reading

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◆被災地にたなびく赤い旗 ~看護士の方のブログ

◆被災地にたなびく赤い旗 ~看護士の方のブログ 【Red Flag Flowing Suffered Area】 ブログ。 東日本大震災の被災地に派遣された看護士の方(匿名・都内在住・女性)が、派遣されていた約1週間のことを自身のブログに書いた。これを知り、膨大な量でかなり読むのにも時間がかかったが、全部読んだ。感銘を受けたので、ご紹介したい。このブログは彼女が2011年3月23日午後に帰京してアップされたようだ。 JKTS http://blog.goo.ne.jp/flower-wing ここに、3月16日から23日までのことがほぼ1日ずつに分けられて描かれている。派遣されるときの生半可な気持ちで行くな、という言葉から始まり、壮絶な現場入り。「被災者の前で泣いてはいけない」「次から次へとでてくる遺体」「さまざまな物資の不足」「劣悪な環境」。現場で仕事をされた方ならではの描写に胸を打たれる。これは新聞やテレビなどのマスメディアにはほとんど出てこない、生のリアルな情報だ。メディアはどうしても俯瞰した全体像しか捉えようとしない。こうした下からのフィールド・レポートという視点がないので、本当に貴重だ。 このブログによると、瓦礫に覆われた被災地にはあちこちに赤い旗が立てられているという。それは、遺体が発見された場所を記す目印だという。それがそれこそあちこちに立てられていて、その惨状のすさまじさを物語る。 かと思えば、この1週間あまりの短い滞在中、知り合った6歳の女の子とのふれあいには思わず目頭が熱くなった。 27日(日)午後11時半現在ですでに360件以上のコメントがよせられている。僕は『ソウル・ブレンズ』のDJチーちゃんから教わって、番組中ひたすら携帯で読んでいたのだが、その頃はコメントも150件程度だったと記憶するので、いま、相当読まれているのだろう。ツイッターなどでもたくさん紹介されている。 ++++ 停電。 ところで、そのチーちゃんの住んでいるエリアはすでに計画停電で2度停電したそうだ。やはり、超不便になるが、真っ暗になると、意外と自分の部屋でも何がどこにあるか覚えていない、わからない、という。そして、結局、やることもないので、布団に入ってねちゃう、そうだ。 また、一度車ででているときに停電になったが、信号が止まることが本当に怖いという。真っ暗なところで、突然、自転車が横から出てきたりする。 冷蔵庫は、停電中は、もう何がなんでも開けないことにしているそうだ。 今回の大震災は、直接的な被災者でもない僕たちも、その後の状況で、まるで「二次被災」しているようなものだ。原発問題も含めて相当な長期戦になるものと覚悟を決めなければならない。 まだまだ出口の見えないトンネルの中にいる。 ■ 東日本大震災関連記事 2011年03月26日(土) ニューヨーク・タイムズの震災写真~「ソウル」の二重露光 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10841006248.html 2011年03月21日(月) 大震災~節電も不便もすぐに慣れる http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10835930782.html 2011年03月17日(木) 日本復興と絆 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10832394911.html 2011年03月16日(水) 311 Catastrophe : My Thoughts For Earthquake … Continue reading

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★△ナイル・ロジャーズ・ブログ 第62回(3月20日)~第66回(3月24日)

★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳 闘病記。 ナイル・ロジャーズの癌闘病記、「ウォーキング・オン・プラネットC~プラネットCを歩いて」、2011年3月20日~3月24日分、写真・キャプション、ユーチューブ、訳注付き。 前回までのブログ、写真、ユーチューブ映像などはソウルサーチンの本サイト、ブログhttp://ameblo.jp/soulsearchin/ をごらんください このブログは、ナイル本人の了承を得て、日本語に翻訳し、写真なども同じものを掲載しています。第1回から http://ameblo.jp/soulsearchin/theme-10032211060.html のファイルにアーカイブが所蔵されています 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 第62回 日本と僕の復活 #62 Better Than Before Written on Sunday, 20 March 2011 03:50 by Nile Rodgers (Japan Standard Time, 20 … Continue reading

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◆ニューヨーク・タイムズの震災写真~「ソウル」の二重露光

◆ ニューヨーク・タイムズの震災写真~「ソウル」の二重露光 【Photographs Of New York Times: Double Exposure Of “Soul”】 写真力。 大震災のニュース記事同様に膨大な量の写真が日本の新聞や雑誌にも載っている。テレビやユーチューブには、これまた膨大な量の津波映像などもある。もちろんすべてを見ているわけではないが、そんな中で、ニューヨーク・タイムズ紙が集めた写真がどれも秀逸だ。この中には日本のメディアやフリーランスの日本人フォトグラファーのものも多数含まれる。これを見ていると、報道写真の力強さを感じさせられる。そのあたりを考えてみた。 まず、ニューヨーク・タイムズ紙の写真は次のファイルにある。(遺体などの写真も含まれますので、ご注意ください) http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html?scp=1&sq=earthquake,%20japan,%20photo&st=cse#1 ここには、2011年3月11日以来毎日写真が追加されており、25日午後5時現在で計212枚のカラー写真が掲載されている。トップページでは、最新の写真があり、右端の→ボタンを押すと、順に古いものになっていく。写真の下に英文で小さな文字だがキャプション(説明)が付けられている。横に撮影者のクレジットもある。 中には日本の新聞ではお目にかかれない多数の棺や、ブルーシートに包まれた遺体もある。そうした写真は、圧倒的な力で見る者を圧迫する。大惨事が、小さな悲劇の集合体であることが、その小さな悲劇を切り取ることによって別のアングルで浮かび上がる。 左・March 12, 2011 In the aftermath of the tsunami, a woman sat amid the debris in Natori. Toshiyuki Tsunenari/Asahi Shimbun, via Associated Press … Continue reading

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◆ 感動した高校野球の選手宣誓

◆ 感動した高校野球の選手宣誓 (Also in English down below) 【Moving a declaration by the players】 宣誓。 選抜高校野球が2011年3月23日から始まったが、その選手宣誓が素晴らしかった。僕は高校野球にはほとんど興味はないが、たまたまこの宣誓を一日遅れでツイッターで知り、動画を見て、感動してしまった。 まずは、ともあれ、その動画を。 Youtubeが直接リンクできない方はこちらから。 http://www.youtube.com/watch?v=FI2BFNwT0c0 彼の文言は次の通り。 「宣誓。私たちは16年前、阪神淡路大震災の年に生まれました。今、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです。被災地ではすべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます。人は、仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えることができると信じています。私たちに今できること。それはこの大会を精いっぱい元気を出して戦うことです。がんばろう! 日本。生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います」(約221字、約1分35秒) この選手宣誓をした岡山県・創志学園の野山慎介主将は1995年生まれ。誕生日は調べてみたがまだわからなかったが、早生まれなのかな。(たぶん、1994年4月から1995年3月生まれの学年と推測) テレビなどの字幕では2年生と出ているが、まだこの時点では高校1年生だという説も出ている。 細かいことはさておき、15歳か16歳の彼のこの立派なスピーチはほんとうにすごい。 ツイッターで紹介したところ、ぜひ英訳を、との反応。そのユーチューブにすでにJaefuさんという方が英文を載せていたので、それに補足して転載します。 A declaration by the players I swear! We were born in the year of the Great Hanshin-Awaji Earthquake 16 … Continue reading

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●ロリータ・ハロウェイ、64歳で死去~ソウル・ディスコ・ディーヴァ

●ロリータ・ハロウェイ、64歳で死去~ソウル・ディスコ・ディーヴァ 【Loleatta Holloway Dies At 64】 訃報。 ゴスペル・シンガーからソウル・シンガーへ転じ、その後、ディスコ・ヒットも生み出したロリータ・ハロウェイが2011年3月21日(月)シカゴの病院で死去した。64歳だった。しばらく前に心臓の疾患で入院、2-3日前から昏睡状態になっていた。 ハロウェイには4人の子供、9人の孫がおり、近日中にシカゴのジェシー・ジャクソン教会でメモリアルが行われる。 各界から弔辞が寄せられている。イギリスのアシッド・ジャズ創始者ジャイルス・ピーターソンは、ロリータの「ヒット・アンド・ラン」が好きだと前置きし、「この曲にはソウル、感情、ディスコ、ロリータのすべてが一曲の中に込められているから」と述べた。 サルソウル・レコードのレーベルメイトであるキャロル・ウィリアムスは、ロリータのレコーディング様子のエピソードを語る。「普通、シンガーは(レコーディングでは)みんなマイクに近づくのよ。でも、ロリータは1フィートくらい離れてるのよ」 それだけ声量があったということだ。 リンダ・クリフォード。「彼女はとても大切な友人でした。ずっと彼女のことを愛します」 キャンディ・ステイトン。「本当に残念です。ロリータは、本当に素晴らしい声、ビッグ・ヴォイスを持ったシンガーのひとり。個人的には彼女はとっても楽しい人物で、人生を思い切り楽しんでいた。彼女のことをずっと思い続けるわ。音楽もずっと残り続けます」 マネージャーのロン・リチャードソンによれば、ロリータはとてもスイートな人物だが、またとても傷つきやすい人物でもあったと振り返る。彼女の1980年の大ヒット「ラヴ・センセーション」は後に1989年イギリスのブラックボックスがサンプリングし、「ライド・オン・タイム」というタイトルで大ヒットさせた。しかも、プロモーション用ビデオでは、モデルのキャサリン・クイノールを前面に押し出し、あたかもキャサリンが歌っているかのように見せ、ロリータのクレジットは載せなかった。結局、これは裁判でロリータ側の全面勝利となるが、彼女にとっては苦い経験になったようだ。 その後、マーキー・マークが「グッド・ヴァイブレーション」で彼女を正式に起用、これもヒット。また、最近ではロリータの「ウィアー・ゲッティング・ストロンガー」を、ホイットニー・ヒューストンが「ミリオン・ダラー・ビル」でサンプリングしている。 彼女の傑作曲である「クライ・トゥ・ミー」だが、これと同名異曲の「クライ・トゥ・ミー」を歌ったソウル・レジェンド、ソロモン・バークの誕生日が奇しくも1940年の3月21日、ロリータ・ハロウェイの命日となった。運命のめぐり合わせか。 ★ Loleatta の日本語表記について 「ロレッタ」は明らかな間違いで「ロリータ」が正しい。コロンビア時代はロリータだった。Lorettaならロレッタになるが、leaがくるので、ロリータになる。アクセントが「リー」に来るので、「リータ・ハロウェイ」と聴こえることもある。単純にレコード会社の担当がロリータだとロリータ趣味と勘違いされそうなので、わざと正しい発音を無視しロレッタにしたという信じられない話。ハロウェイかホロウェイかは、どちらでもいいが、Hollywood(ハリウッド)と同様に考えれば、ハロウェイでよいだろう。 +++++ ゴスペル~ソウル~ディスコ~ガレージ:進化したロリータ・ハロウェイの64年 評伝。 ロリータ・ハロウェイは、1946年11月5日イリノイ州シカゴ生まれ。母親がハロウェイ・ゴスペル・シンガーズという自身のグループのゴスペル・シンガーだったことから幼少の頃よりゴスペルを歌い始める。母親はゴスペル名門グループ、キャラヴァンズのアルバーティナ・ウォーカーと接点があり、ロリータは早くからキャラヴァンズでレコーディングを経験した。 1971年、ロリータが24歳ごろ、プロデューサーのフロイド・スミス(1917年1月25日生まれ、1982年3月29日死去、65歳)と知り合い、フロイドのプロデュースで「レインボウ71」を録音。これは、カーティス・メイフィールド作品でジーン・チャンドラーがヒットさせたもののカヴァー。インディから出て少しだけヒットした。ちなみに、フロイドとロリータは1970年代に結婚するが、その年の差は29歳だ。 その後、フロイドがアトランタに本拠を置くGRC(General Recording Company)傘下のアウェア・レコードとロリータの契約をまとめ、アルバム2枚を録音。これが、『ロリータ』(1973年)と『クライ・トゥ・ミー』(1975年)で、どちらもソウル・ファンからひじょうに高い支持を集め、傑作と呼ばれるようになった。ロリータのゴスペルに根付いたソウルフルな歌唱が圧倒的で魅力を出していた。日本でも当時はコロンビア・レコードからリリースされた。だが、このアウェアがまもなく倒産。ロリータは、フィラデルフィアのサルソウル・レコード傘下にできたゴールド・マインドと契約。 このアウェアの親会社GRCを取り仕切っていたのはマイケル・セヴィス(1932年ノースキャロライナ生まれ)という人物。彼は実は大物ギャングで、全米のポルノ産業を一手に牛耳っていた男だった。小さなポルノ雑誌の発売から始めて、いわゆるピープショー(覗き部屋)などのポルノショップを経営、これが大当たりし、一時期1970年代には年商1億ドル(当時のレートで360億円)をあげていたといわれる。しかし、殺人、脱税などでFBIに目を付けられ、1976年に逮捕。アウェアの倒産もそれと関連している。 サルソウルに移籍してからは、フィリーのプロデューサー、ノーマン・ハリスらのプロデュースで軽快なフィリー・サウンドの作品が作られ、いわゆるディスコ作品というジャンルにカテゴライズされ、実際ディスコ・チャートでもたくさんのヒットを生み出した。「ヒット・アンド・ラン」(1977年)、「ラン・アウェイ」(1977年)、「ラヴ・センセーション」(1980年)などだ。ダン・ハートマンの「リライト・マイ・ファイアー」(1979年)の客演もこの時期。いずれもディスコで大ヒットしたため、「ディスコ・ディーヴァ」の名前をほしいままにした。 1989年、イギリスのディスコ・プロデューサーが作ったブラックボックスというグループが「ラヴ・センセーション」をロリータのクレジットなしでサンプリングして「ライド・オン・タイム」というタイトルでリリース、これを大ヒットさせた。プロモ・ビデオでモデルを全面にだし、あたかもそのモデルが歌っているかのように見せたため、問題となり、ロリータ側が訴え、ロリータ側が実質的な勝訴(正確には示談)となった。 その後、マーキー・マーク(マーク・ウォールバーグ)&ザ・ファンキー・バンチが正式にロリータをフィーチャード・シンガーとして起用し、「グッド・ヴァイブレーション」が1991年ポップチャートで1位に輝いた。もちろん、これはクレジットも得て、ロイヤリティーも得ることができ、ロリータ最大のヒットになった。 さらに、2000年には日本のハウス・チーム、GTSの「ホワット・ゴーズ・アラウンド・カムズ・アラウンド」でロリータが起用されている。(リリースは2001年) 最近では、ホイットニー・ヒューストンがロリータの1976年の作品「ウィアー・ゲッティング・ストロンガー」を、「ミリオン・ダラー・ベイビー」でサンプリングしている。 ロリータのキャリアを振り返ると、ゴスペルから始まり、ソウルに転じ、さらに、ディスコ、ダンス・ミュージック、そして、ガレージ、ハウスへ変化していった。 オリジナル・アルバムは、アウェアで2枚、サルソウル(ゴールド・マインド)で4枚、ストリートワイズで1枚。そのほかオムニバス、コンピレーション、ベストものなど多数。 Loleatta (Aware 2003 – … Continue reading

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◎ ニーヨ・ライヴ~不安と期待と

◎ ニーヨ・ライヴ~不安と期待と 【Ne-Yo Live: Fear & Expectation】 不安。 2006年に満を持してデビューしたニーヨ。同年の初来日以来、何度もコンサートやプロモーションで来日し、すっかり日本でもおなじみになった。フルサイズのワンマン・ライヴとしては、2006年6月(実質的には30分余のショーケース)、2007年2月、2009年1月以来のもの。その後2009年10月に複数アーティストによるライヴが埼玉スーパーアリーナなどで行われている。2008年サマーソニックにも。 大震災ゆえに来日中止もささやかれたニーヨだったが、結局、来日、ライヴを敢行することになった。もちろん、やるやらないは、関係者らで相当な議論を重ねたと思う。やることも、決断であり、中止も決断だ。外野としては、ただそれを受け止めるだけにとどめたい。今回の地震で、ダンサーの何人かが日本に来ることを怖がり、当初のメンバーが来日していないらしい。また、この後木曜日(24日)に新木場スタジオ・コーストでライヴが予定されていたが、これはこの日中止になった。 ライヴ中、大きな揺れがこないか、そんな不安と、一体どんなパフォーマンスを見せるのか、その期待が入り混じる。客席はほぼ満員。 すでに名古屋、神戸をこなしての横浜アリーナ。客席では、蛍光ペンライトがあちこちで光る。レーザーが飛び、ステージバック、こちらから見て正面には7~8メートルもするまん丸のスクリーン。ここにいろいろな映像が映し出される。 さて、ニーヨ、1曲目はキーボード一人だけを従え登場。2曲目からドラムスが入る。バンドはこの2人のみ。あとは4人のダンサー。かなり省エネな編成だ。基本9割以上の音は、このキーボードが出している。言ってみれば、キーボードがバックコーラスの声も含めてトラック(カラオケ)をすべて出す感じだ。また、ニーヨが実際に歌っているか、口パクかは、席が遠くだったので、確認はできなかった。ただ、歌声はCDのように音量もピッチもひじょうに安定していた。印象的だったのは、ライヴ中、何度も「ニッポン! ニッポン!」と声をかけたこと。 1979年10月18日生まれの未年(ひつじどし)。31歳。油の乗っている年齢だ。甘いメロディアスな楽曲が、やはり、とても日本人に受ける感じがする。 これは4分の1中国(つまりアジア)の血が入っていることも関係あるのだろうか。元々ソングライターから業界入りしたニーヨだけに、当たり前だが、楽曲がいい。 結局、いい曲を書ける優れたソングライターであること、いい曲をあの魅力的な声で歌い録音したCDが大変売れた。そして、大きな人気を得た。そこで大きな会場でライヴが出来る需要が生まれた。そして、大きな会場でライヴをやらざるを得なくなった。ほんとだったら、小さなクラブあたりで見るとめちゃくちゃ盛り上がるようなタイプのアーティストだ。 ■ Ne-Yo ジャパンツアー 2011/3/19(土) 名古屋ガイシホール 2011/3/20(日) 神戸ワールド記念ホール 2011/3/22(火) 横浜アリーナ 2011/3/24 (木) 東京 新木場スタジオ・コースト →中止 中止・払い戻しなどについての詳細はこちら http://www.creativeman.co.jp/artist/2011/03neyo/ ■ 過去関連記事 2009年01月14日(水) ニーヨ、武道館・黒沢薫のライヴ・レポート http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10192235286.html June 10, 2006 Ne-Yo Was … Continue reading

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◎ 深夜のジャム・セッション~軽音部、トクズ・ラウンジ・スペシャル

◎ 深夜のジャム・セッション~軽音部+トクズ・ラウンジ・スペシャル 【Jam Session】 ジャム。 ずっと家にこもっていてもしょうがない。外に出て普通に生活しよう。ということもあってか、金曜夜、西麻布で何人かのミュージシャンが集まって好きな曲を適当に歌ったり演奏したりするジャムセッションが行われた。当日突然決まったもので、そもそも北山さんが自宅で曲つくりや友人ミュージシャンとのジャムセッションをユーストリームでやろうと考えたのがそもそも。場所を西麻布に移し、三々五々集まった。 シンディー・ローパー終わりのトクもジョインするということで、トクズ・ラウンジ風になった。集まったのは澤田かおり(キーボード・ヴォーカル)、柴田亮(ドラムス)、ヴォイス・パーカッションのカズ(KAZ)、ベースの後藤克臣、北山陽一(ヴォーカル、ユーストリーム担当)、トミー・キャンベル(ドラムス)、永田ジョージ(キーボード)、トク(フルーゲル・ホーン、トランペット、ヴォーカル)ら。 結局、電波・回線の問題でユーストリーム自体はできなかったが、休憩含めて3時間超ゆるーくジャムセッションが行われた。 「クロース・トゥ・ユー」やスティーヴィー・ワンダーの曲をたくさん歌った澤田かおりさんは、最近、あちこちでよく見かけるが彼女の歌を聴いたのは初めて。なかなかよかった。彼女は英語はネイティヴなのかな。 また、ドラムスのトミー・キャンベルとヴォイス・パーカッションのカズさんの5分以上におよぶバトルはすごかった。こういうコール&レスポンスは、ライヴならではの醍醐味。 カズとトミー・キャンベルのヴォイス・パーカッションVSリアル・ドラムス・バトル(手持ちのデジカメで撮影したので、ちょっとぶれますがご了承ください) このカズさんは、2008年の「ビート・ボックス・ジャパン」のチャンピオンになったという。2009年には、イギリスで行われた世界大会にチームで出た。ナチュラリー7のレコードのチリチリ音の話をしたら、さっそく耳元でやってくれた。彼はループステーションという機材を使い、生でその場で録音したリズム、ビートをすぐに再生し、それにあわせてまたビートを作るという、一人で多重ライヴが出来る。一人ヒューマンビート・ボックス・オーケストラというわけだ。 左から、澤田かおり、カズ、後藤克臣、トク、柴田亮 ■ メンバー 澤田かおり(キーボード・ヴォーカル)、 柴田亮(ドラムス)、 カズ(KAZ)(ヴォイス・パーカッション) 後藤克臣(ベース) 北山陽一(ヴォーカル、ユーストリーム担当)、 トミー・キャンベル(ドラムス)、 永田ジョージ(キーボード)、 トク(フルーゲル・ホーン、トランペット、ヴォーカル ■ セットリスト performance started 12:47 01. Close To You 02. 上を向いて歩こう 03. (Jam) 04. What You Won’t … Continue reading

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◆ 大震災~節電も不便もすぐに慣れる

◆ 大震災~節電もすぐに慣れる 【Human Being Will Used To It】 萎縮。 なんか日本全体がじわっと萎縮してる感じだ。(正確には九州や関西がどういう感じかは行っていないのでわからないのだが) こういう空気は生まれて初めて味わった。 夜、国道一号線のライトが消えていて、暗い。田舎道のようだ。しかし、夜は暗いものだと思えば、月明かりがまぶしく見える。土曜の夜は、「スーパームーン」といっていつもより大きく明るい月だったそうだ。そこで外に出て写真を撮ろうとしたが、僕のデジカメではうまく月が丸く撮影できなかった。ちゃんとした一眼レフじゃないとだめみたいだ。  光ってしまって、丸くならない… コンビニのかんばんライトが消えている。店内の照明も落としているのだろう。だが、今までが明るすぎたのかもしれない。別に点いてなくても気にならない。 人間なんて、「慣れる動物」。これが続けば、こういう暗いのが当たり前ということですぐに慣れる。さまざまな不便も今までの便利さに慣れていただけ。不便に感じるのは、便利に慣れていたから。昔はコンビニも必要以上の暖房もなかった。そう考えれば、なんとかなる。 しかし、人間というのは「慣れたこと」のほうが楽なので、どうしても、「慣れたこと」を求めるようになる。そして変化を恐れ、年を取るにしたがって保守的になっていく。 ヴィジョン。 さて、きちんと節電すれば、計画停電も必要ないのかもしれない。大前研一氏の「大前研一ライヴ」の3月19日収録分でも、斬新な提案をしている。原子力の依存度は3割弱というので、真剣に我々が3割の節電をすれば、原子力は必要なくなる。 http://www.youtube.com/watch?v=8GqwgVy9iN0 東電の批判だけでなく、きちっとヴィジョンを持って、こうすればいい、というアイデアを出しているところが素晴らしいと思う。サマータイム、週の仕事日を会社によってずらす、関西と関東の電気の周波数を統一する、おもしろいのは年間で一番消費電力が多くなる時期の夏の甲子園をやめる、というもの。甲子園は秋にずらせばいい。いずれも賛成だ。85分もあるが、結局夜中見てしまった。 世の中、萎縮と自粛で、ほんとに沈滞しているムードはよくない。ぱっと行きたい。 ESSAY>Earthquake

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★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第57回~第61回(3月15日~19)

★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著  【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳 闘病記。 ナイル・ロジャーズの癌闘病記、「ウォーキング・オン・プラネットC~プラネットCを歩いて」、2011年3月15日~3月19日分、写真・キャプション、ユーチューブ、訳注付き。 前回までのブログ、写真、ユーチューブ映像などはソウルサーチンの本サイト、ブログhttp://ameblo.jp/soulsearchin/ をごらんください このブログは、ナイル本人の了承を得て、日本語に翻訳し、写真なども同じものを掲載しています。第1回から http://ameblo.jp/soulsearchin/theme-10032211060.html のファイルにアーカイブが所蔵されています 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 第57回 微笑を与えてくれるバーナード #57 It Also Makes Me Smile Written on Tuesday, 15 March 2011 05:00 by Nile Rodgers (Japan … Continue reading

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◆ ストレスの下、お墓参り~デイヴィッドTからのメッセージ

◆ ストレスのもとお墓参り~デイヴィッドTからのメッセージ 【Stress Under Pressure Visiting Graves: And Press On】 プレッシャー。 昨日でちょうど東北関東大震災から1週間。この1週間、どれほどの心の傷を日本人全体に負わせたのだろうか。そして、意識するしないにもかかわらず、大きなストレスがかかっていると思う。ずっとテレビをつけてみていたら、どんどんと落ち込んでいく。やはり、どこかでこのテレビもシャットダウンしなければならないのだろう。あまりに情報の洪水がすごすぎる。 今日は、年二回恒例の墓参りに母と出向いた。春と秋のこの時期だ。お墓の前で、これからの日本をよろしくお願いしますと手を合わせた。住職は僕の幼稚園の同級生で、文字通り幼馴染。あいさつに行くと、さすがに話題は地震のことに。いくつか墓石が倒れたが、大惨事は免れたとほっとしていた。 そして、さっそく、救援物資を集めてまとめて被災地に送るので、何かいらいないものがあったら、こちらにお送りくださいと、必要なものを書いた紙をくれた。檀家が千軒あれば、各戸1つずつでも1000になる、と言っていた。すでに入口のところには、大きなダンボールがいくつも置いてあり、「毛布」「タオル」「衣類」などとマジックで書かれていた。 帰りにスーパーによると、出来立てのパンが棚に並べられたので思わず買ってしまった。しかし、けっこう食料などもたくさんあったので、安心した。テレビで空のコンビニの棚を映すのも、もはや罪だ。メディアもその影響を考える時期が来ていると言えそうだ。 戻ると、僕のブログを見てくれたデイヴィッド・T・ウォーカーからメールが来ていた。ブログでぜひ使ってくれというので、さっそく掲載したい。(一足先にツイッターで流したものです) プレス・オン。 “To ALL the People in Japan, My Sincere Condolences to those that lost their lives or Families. For ALL the People in Japan … Continue reading

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◎ シンディー・ロウパー(シンディ・ローパー)~歌声は復興への灯火

◎ シンディー・ロウパー(シンディ・ローパー)~歌声は復興への灯火 【Cyndi Lauper Memphis Tour In Tokyo】 灯火。 東日本大震災のまさに当日(2011年3月11日)来日したシンディー・ロウパー。関係者らと議論を重ねた結果、ライヴは予定通りに行うという決断を下し、名古屋、東京、そして、大阪へ向かう。東京の初日(3月16日)を見た。1986年9月の初ツアー以来、通算12回目のツアー。2008年9月以来2年6ヶ月ぶり。そのほかにプロモーションやプライヴェートでも来日多数で、多くの海外アーティストの中でもずば抜けた親日家だ。 シンディーは昔、ショーケースと初来日を見た記憶がある。そのときのパンフレットがどこかにあるはず。 観客はさすがに年齢層が高いが、若い人も。バンドは5人、メンバーのうちのドラムス、スティーヴ・ポッツはメンフィスのブッカーT&ザ・MGズのメンバーでもある。今回のツアーは、昨年リリースされた『メンフィス・ブルーズ』のアルバムを従えたもので、同アルバムからの作品を中心にしたものだが、おなじみのシンディーの曲ももちろんたくさん歌われる。 このツアーは、2010年6月25日ニュージャージーからスタートしたもので、全米、カナダ、南米などを回り、日本、次にオーストラリアに向かう。3月10日にパナマでのライヴを終えて、11日に日本に来た。すでに来日前に63本ライヴを行っており、バンドも完璧にシンディーと一体化している。 何度も「ゲンキ??」といった日本語を交え、もみくちゃにされながらも観客席に下りて、歌う。やはり、この明るさ、サーヴィス精神は、暗くなっている今の日本にものすごく元気を与えてくれる。 シンディーの最新盤のボーナス・トラックで共演している日本のフルーゲルホーン、トランペット奏者TOKU(トク)が、今回は東京3日間、同じステージに立って、6曲も一緒にやった。シンディーとTOKUの共演というのもすごい。シンディーはTOKUのことを気に入ってくれたという。   PHOTO by YUKI KUROYANAGI 客席に下りて歌うシンディ、右・シンディとトク 『メンフィス・ブルーズ』では多くのブルーズ曲が歌われるが、シンディーによるブルーズというのも、なかなか興味深い。 アンコール最後で「トゥルー・カラーズ」を歌うが、これについての解説がおもしろかった。「日本で『Girls Just Want To Have Fun』(女の子は楽しいことが好きなだけ)が大ヒットしたとき、これに『ハイスクールはダンステリア』という日本語のタイトルがついたって知った。なんで、こういうタイトルが付いたのかさっぱりわからなかったけど、次に作る曲はシンプルで誰にでもわかるタイトルをつけようと思った。そこで、『True Colors』(本当の色)と付けた。こうすれば、誰でもわかるでしょう」 やはり、おなじみのそのあたりの曲は客受けも圧倒的。 アンコール「トゥルー・カラーズ」を終えた後、シンディーは日本の人たちへ「Power to the people」(人々に力を)と宣言した。まさに元気一杯のシンディーの歌声と応援は、復興への灯火だ。 +++++ シンディー・ロウパー・ライヴは、3月18日金曜もオーチャードで。さらに21日・22日大阪。当日券もあります http://cyndilauper-japantour.com/ ■ すでに、あちこちでご紹介されていますが、空港で足止めされた客にアカペラで大サーヴィス 2011年3月4日 シンディー真骨頂 ■ シンディー・ロウパー最新作『メンフィス・ブルーズ』 … Continue reading

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◆ 日本復興と絆

◆ 日本復興と絆 【Kizuna & Reconstruction of Japan : Stay Positive】 復興。 ずっとテレビがついている。物資が避難している人たちに届かない。東京でも、ガソリンや燃料がない。近くのガソリンスタンドは、ふだんは24時間営業なのに、夕方には閉店していた。スーパーの棚はけっこう空になっていたり、お米がなかったり。普段の生活にジャブがじわじわと効いてきている。一体いつになったら、普段の生活に戻れるのだろうか。ゆっくり復興していくしかない。 それでも、ここは電気・水道があるので、テレビもネットも見られる。固定電話も、携帯もいちおうつながっている。 原発。 しかし、それにしても一番心配なのが、原発だ。福島原発の問題は、気がかりで、世界中が注目している。だが、政府・東電の発表が心もとないので心配がつのる。 原発容認派、反対派、それぞれがさまざまな解説を試みていて、正しく理解するのが難しい。そんな中で、大前研一氏のユーストリームでの解説がわかりやすかった。(70分あるが、すべて見てしまった。すでに一部の文字起こしがあるらしい) この中で、大前氏は、こういう事故が起こったら、今後日本、世界で新しく原発を作ることはできなくなるだろうと明言している。代替えは、30パーセント節電すれば、幸い日本の経済は右肩上がりではないので、まかなえる、とも提言している。大前氏は原子力発電のエンジニアでもあったわけだから、解説にも重みがあった。 原子力はこれまで我々に多大な恩恵を与えてくれた。もうこのあたりで御役御免でいいのではないだろうか。便利さと事故のリスク、想定外のリスクを考えたら、多少の便利さも我慢しよう。人間が作るものは必ず、間違いが起こる。間違いが起こったとき、想定外のことが起こったとき、どれほど甚大な影響を受けるか、それとのバランスだ。原発事故はあまりにその被害が甚大すぎる。 どちらかといえば原発容認派だった上杉隆氏が危機を訴え、どちらかといえば反対派だった元NHKの池田信夫氏が「おちつけ。スリーマイル以上、チェルノブイリ以下。東京では大きな影響はない」とコメントしているのも興味深い。この3人に同時にテレビで解説してほしい。 +++++ Kizuna. 放送作家の小山薫堂氏、俳優の渡辺謙氏らが音頭を取り、「Kizuna 311(きずな311)」というサイトを立ち上げた。コンセプトは、「エンターテインメント・コンテンツの差し入れ」だという。すでに渡辺謙氏の「雨にも負けず」の朗読がユーチューブでアップされている。 http://kizuna311.com/index.html 素晴らしい試みだと思う。 +++++ ハマーの絆。 昨日(3月16日)、MCハマーが、@MCHammer My Body is in Zurich But my Heart is in Japan. #Pray4Japan僕は今チューリッヒにいるが、僕の心は日本にある、というツイートを出した。彼のフォロワーは200万人以上いる。すると、瞬く間に世界中から、これに反応があった。My … Continue reading

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◆ 311 Catastrophe : My Thoughts For Earthquake

◆ 311 Catastrophe : My Thoughts For Earthquake (日本語訳は下にあります) 【311 Catastrophe: Where there’s a hope, there’s a life】 Catastrophe. Since March 11, I have received many emails and concerning about my safety from outside of Japan as well as in … Continue reading

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★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第54回(3月10日)~第56回(3月

★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第54回(3月10日)~第56回(3月14日) (前日までのブログ、写真、ユーチューブ映像などはソウルサーチンの本サイト、ブログhttp://ameblo.jp/soulsearchin/ をごらんください)(3月11日、12日は東北大震災のためおやすみ) 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳 闘病記。 ナイル・ロジャーズの癌闘病記、「ウォーキング・オン・プラネットC~プラネットCを歩いて」、2011年3月10日~3月14日分、写真・キャプション、訳注付き。 (このブログは、ナイル本人の了承を得て、日本語に翻訳し、写真なども同じものを掲載しています。第1回から http://ameblo.jp/soulsearchin/theme-10032211060.html のファイルにアーカイブが所蔵されています) 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 第54回 決意 #54 Determination Written on Thursday, 10 March 2011 05:00 by Nile Rodgers (Japan Standard Time, 10 March … Continue reading

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◆ 巨大地震=東日本大震災

◆ 巨大地震=東日本大震災 【Terror of Earthquake】 無力。 刻一刻と伝えられる新しい情報で、その被害の様が次々と明らかにされる。それを見るたびに心が痛む。被災された方には心からのお悔やみを申し上げる。 気象庁によると、今後M7以上の余震が発生する確率は、13日午前10時からの3日間以内で70%、その後3日間以内で50%という。 自分が何が出来るのだろうかと自問する。わからない。 14日以降、電力の計画停電も決まった。節電は必須だ。 ツイッターは情報収集にもちろん有効だが、デマ・風説も流布する。ネットというのは、何度も言われているが諸刃の剣だ。僕も普段以上に情報の精査をしようと思う。 津波の映像やもろもろの地震関連の映像を見ると、本当に人間の無力を感じる。津波の恐ろしさを今回本当に知った感じがする。 ここ数年、僕個人も原発に疑問を持っていて、しばらく前、中国電力の強引な原発建設を見たが、反対運動は、これによって一気に加速すると思う。原発は過去40年近く、我々にずいぶんと便利さを与えてくれたが、事故が起きたときのリスクはあまりに大きすぎる。そろそろ原発をやめてもいい時期なのだろう。 日曜、インターFMの『ソウルブレンズ』は、特別編成になった。スタジオに顔を出すと、スタッフのための寝袋があった。ちーちゃんは、金曜日葛飾FMで生放送中、トーク中に地震が来た。だが、机の下にもぐったという。 金曜からずっとテレビを見てしまうが、被災者への配慮のない取材はどうかと思う。土曜深夜に見かけたフジテレビの被災者へのインタヴューは必要以上に長すぎた。安藤優子さんのヒステリックな興奮気味のトークも困ったものだ。やはりこういうときは落ち着いたNHKのアナウンサーがいい。 ゴスペラーズは、3月14日、15日に予定されていた振り替え公演を延期した。議論に議論を重ねた上のでの苦渋の結論だ。これ自体が振り替えだったので、なおさら悩みも大きかっただろう。メンバーの気持ちが痛いほどわかる。 ナイル・ロジャーズは、ブログの更新を日本のことを思い、止めていたが、2日休んで、3日ぶりに13日(日)付けで日本への思いを綴った。65時間も寝ていないそうだ。 そして、いつもと同じように暮らす。それもとても大事だと思う。 東京FMでは、昼間一般番組はやめて特別編成にしたが、山下達郎さんの「希望という名の光」をかけた。今必要なのはそれだ。 NEWS>Earthquake

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◆東北地方太平洋沖地震

◆東北地方太平洋沖地震 【Biggest Earthquake Ever Experienced】 恐怖。 2011年3月11日(金)午後2時46分。僕は自宅にいたが、最初の揺れは突き上げる感じではなく、横に揺れる感じだった。だが、それが長く続き、どうしていいかわからなかった。怖かった。今までで一番怖かった地震だった。部屋の真ん中でどうしていいか途方にくれた。あの長さがとてつもなく怖かった。 しかし、神戸の震災を経験した友人は、「(神戸のときは)就寝中、ベッドから天井まで突き上げられ、100キロもあるだろうテレビ・モニターが飛んだ。それに比べれば、怖かったが、まだ落ち着いていた。でも、またか、と思った」という。 それでも、東京はまだライフラインが生きている。電気、水道、ガス。本当に直下型が起こったら、こんなものではすまないのだろう。ものすごく多くの教訓を得た。やはり、月並みだが、地震対策をもっとちゃんとしなきゃ、と。ただ積み重ねているだけのCDは、ちゃんと箱にいれよう。棚は倒れないよう、防止策を施そう。あまりものを積み重ねないようにしよう。食料・水は3日~1週間分くらいはおさえておこう。備蓄食料などあんまりないしなあ。懐中電灯、電池、そして、ラジオ。災害のときはラジオ。 国道は片道4車線両方向ともぎっしり。動かない。そして、歩道にも両方向に足早に歩く人たち。その人たちが車道にもはみ出る。空を見上げると、陽の落ちた黒っぽい空が不気味だった。 携帯は電話としては使えず、しかし、かろうじてメールとネットにはつながった。フェイスブックよりツイッターがひじょうに有効だということがわかった。とは言っても壊滅的な打撃を受けたら、それもむずかしくなるだろう。昨日は何も考えずに、品川から母親を迎えに日本橋まで迎えに行ってしまったが、むやみに移動してはいけないことを痛感した。母親とは緊急時の集合場所を決めた。 コンビニは長蛇の列。サンドウイッチ、おにぎりなどは速攻売り切れていた。 海外の友人からAre you safe?のメールなどがたくさんきたが、戻って返事を書いた。しかし、CNNなどを見ると、日本ではあまりわがままも言わず、みな落ち着いていてパニックになっていないのが、日本の国民性だと評価されていた。 被災された方には、心からお悔やみ申し上げます。 NEWS>Earthquake>Tohoku

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◎ マサ小浜3回目のライヴ~「レッド・マサ・スペシャル」、アツシ飛び入りも

◎ マサ小浜3回目のライヴ~「レッド・マサ・スペシャル」、アツシ飛び入りも 【Red Masa Special : Masa Kohama Special】 3度目。 このところすっかり売れっ子ギタリストとなり、あちこちからひっぱりだこになっているアメリカ帰りのファンキー・ギタリスト、マサ小浜の2010年7月(初)、2011年1月に続く三回目のソロライヴ。メンバーは気心のしれたケイリブ・ジェームス(キーボード、ヴォーカル)、ジーノ(ベース)、ジェイ・スティックス(ドラムス)と全部で4人というシンプルな編成。前回同様、ブルーズ、ロック、ソウル、フュージョン・ジャズと、多様性を思い切り見せ、黒い雰囲気たっぷりのライヴ・ショーだ。 4人しか音を出す人間はいないのに、かなりの音圧で、ファンキーでグルーヴィーで、楽しい音がこれでもかと出てくる。20曲以上、たっぷり。満腹だ。 お客さんもブルース・アレイがほぼいっぱい。レコード(CD)デビュー前にこれだけの観客を動員できるのだからたいしたもの。 さて、7時半ぎりぎりに会場に到着すると、客席にキャプテン(サノ・ケンジさん)(エグザイルなどのバンド・マスター)が、アツシ・ライヴ以来か。ひょっとしてと思っていると、しばらくして、エグザイルのアツシさん登場。ジーノたちに誘われて見に来たという。 ライヴは約19分押しでスタート。4曲、ほぼ一気に行き、観客を熱くする。ホール&オーツの「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」では、ロッド・スチュワートの「ドゥ・ヤ・シンク・アイム・セクシー」をからませたり、こうしたちょっとしたメロディーを入れ込むのがうまい。「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」からだったら、次回はぜひ「ビリー・ジーン」につないでください。 今回は、80年代映画特集と銘打って「フット・ルース」と「トップ・ガン」をやったり、いつのまにか、「恒例マイケル・ジャクソン・コーナー」となって「ヒューマン・ネイチャー」「ロック・ウィズ・ユー」がでてきたり、選曲がわかりやすい。 ステージ一番前の若い子たちがマサ小浜をガン見してるのが、印象的だった。 ファーストとセカンドの間に、ジーノがアツシさん、キャプテンたちと談笑しつつ、飛び入りで何を歌うか検討。結局、「エンド・オブ・ザ・ロード」か「ホワッツ・ゴーイング・オン」ということになり、みんなでやりやすいということで「ホワッツ・ゴーイング・オン」になった。歌詞が自信がないというので即お店のパソコンで歌詞カードを出してもらった。 第二部、ベイビー・フェイス・トリビュートを終えて、マサがアツシとキャプテンを呼び込み、「ホワッツ・ゴーイング・オン」へ。この飛び入りに一気に観客も熱くなった。練習もなし、打ち合わせもキーだけで、その場でできてしまうっていうのが、やはり、ミュージシャンたちのすごいところ。アツシさん「ホワッツ・ゴーイング・オン」も歌いなれてる感じでよかった。途中ジーノからベースを引き継いで、暴れたキャプテンものりのり。キャプテンは「あと、2-3曲、やりたかった」とシャンパーンを飲みながら絶好調だ。 アツシさんがステージを降りると今度は、ジーノがなんとジーノ・パパこと日野皓正さんを呼び込み。客席にいた父は、「今日はトランペットをもってきてない」とジェスチャーするが、客席からやんやの喝采が飛び、結局ステージにあがり、何をするかと思えば、口トランペットではなく、一節歌ったのだ。これもまた盛り上がった。気軽に客席にこうしたミュージシャンやシンガーたちがいて、すぐにステージに上がれるっていうのが、こういうライヴハウスの楽しいところ。 さらに、日本在住のソウル・シンガー、グリニス・マーティンも控えていて、2曲その場で決めて歌った。アンコール「パープル・レイン」は、ギタリスト、マサがもっとも輝く場面。これは本当にギタリストがかっこよく見える。 全20曲以上、終演は11時を超えた。それにしても、マサ小浜ライヴ、盛り上がる。ギター好きだったら、絶対に見ておいて損はないライヴだ。 ■ メンバー マサ小浜(ギター) ジーノ日野賢二 (ベース) ジェイ・スティックス (ドラムス) ケイリブ・ジェームス (キーボード、ヴォーカル) ■ セットリスト Setlist : Masa Kohama Special @ Blues Alley Japan, March … Continue reading

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★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第52回~第53回(3月8日~9日)

★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第52回~第53回(3月8日~9日) 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳 闘病記。 ナイル・ロジャーズの癌闘病記、「ウォーキング・オン・プラネットC~プラネットCを歩いて」、2011年3月08日~3月9日分、写真・キャプション、訳注付き。 (このブログは、ナイル本人の了承を得て、日本語に翻訳し、写真なども同じものを掲載しています。第1回からhttp://ameblo.jp/soulsearchin/theme-10032211060.html のファイルにアーカイブが所蔵されています) 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 第52回 もっともクールな男たち #52 The Koolest Dudes Ever Written on Tuesday, 08 March 2011 05:00 by Nile Rodgers (Japan Standard Time, 2 March … Continue reading

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◎ジョージ・デューク・ライヴ~ジャム・セッションとファンクと

◎ ジョージ・デューク・ライヴ~ジャム・セッションとファンクと 【George Duke Live: Session And Funk】 ジャム。 ヴェテラン・キーボード奏者、ジョージ・デュークが大阪1日をこなしての東京1日だけのライヴ。今回はジョージのほかにドラムス、ベース、ギターの4人編成。気のあう仲間とジャム・セッションをしながら、おなじみの曲もやるという感じ。 この日は僕は『ソウル・パワー』のトークショーが終わってから出むいたので、会場に着いたのが22時15分過ぎ。あとから分かるのだが、何と最初の40分で2曲しかやっていなかったそうだ。着くなり、いきなり大ヒットバラード「スイート・ベイビー」が始まり、おおっ、っとなった。その後も、「リーチ・フォー・イット」からPファンクへ、さらに、アンコールではスライ、JBズとかなり後半はファンク色を色濃くしていた。たぶん、最初の2曲は各人のソロ回しで、けっこう自由にやっていたのだろう。 当初は、ジョージの声が出ないので、「シャイン・オン」や「スイート・ベイビー」は歌わないとのことだったそう。だが、やはり、ファンのリクエストが多いので結局歌った。 ジョージたちも、事前にセットリストがない。ライヴ後、ジョージと仲の良いトクたちも来ていて、一緒に楽屋に。セットリストがないということで、ジョージがわざわざその場で手書きで書いてくれた。いい人! 左・セットリスト直筆、右・日本語のカンニングペーパー ジョージは、ステージでこの日は日本語であいさつしたそうで、それは事前に紙に書いておいた。「こんばんは、ジョージ・デュークです。たのしんでください。ファースト・ソングは、   です」と書いてある。 ■ ジョージ・デューク過去関連記事 2010年07月21日(水) ジョージ・デューク~ジョー・サンプルとマイルスのまねはイージー http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10594625237.html 2004/11/02 (Tue) Sir Duke Of George Plays Clinton Of George http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200411/diary20041102.html November 22, 2005 A Night To Remember: Thank God For … Continue reading

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◎フランク・マッコム・ライヴ~新作『ニュー・ビギニング』を従えて

◎フランク・マッコム・ライヴ~新作『ニュー・ビギニング』を従えて 【Frank McComb Live With New Album】 新作。 このところ定期的にやってきて、日本でも固定ファンができてきた感のあるフランク・マッコム。2009年12月以来、約1年3ヶ月ぶりの来日だ。今回は3月にちょうど最新作『ア・ニュー・ビギニング』がリリースされ、その発売サポート・ライヴという形になった。 今回のメンバーは、ドラムスのロバート・ミラー以外、初の組み合わせ。ベースのアンソニー・クロフォードはメンフィス出身の新進気鋭のベース奏者。『レッツ・グルーヴ』でシャラマーがライヴをしたときに来ていた。また、パーカッションのティンバリ・コーンウェルは、ヴェテラン・パーカッション奏者。多くのミュージシャンのサポートをしてきた。プレイしていたパーカッションは自分のハンドメイドだそうだ。 新作『ニュー・ビギニング』から2曲(セットによって3曲だったりしたようだ)程度やる。新作はけっこう歌を聞かせる感じで、日本人好みの出来になっている。 フランクのライヴは、ジャム・セッション的なニュアンスが強く、かなりインストゥルメンタルが長くなるが、やはり、彼の歌声が聴かれるとびしっとショーもしまる。演奏曲を短くして、歌物をもっと増やしてくれると嬉しい。その意味で、レイラ・ハサウェイと一緒にやったライヴは、素晴らしかった。 印象に残ったのは、最後の「ドゥ・ユー・リメンバー・ラヴ」から、スティーヴィー・ワンダーの「ユーヴ・ガット・ア・バッド・ガール」へメドレーで流れ込んだあたり。 ライヴ後は、サイン会。ティンバリも、自身で作ったパーカッション「シェイカーレイ」を販売していた。ライヴ後、客席にでてきたフランクは、「ヘイ、ヨシオカ、このベースプレイヤーにインタヴューしろよ」と僕に言い、横のアンソニーに「彼のインタヴューを受けろ。いろいろ書いてくれるぞ」と促す。「そうだ、僕にもインタヴューしてくれ。明日、都合どうだ?」と、さすがにマネージャーなし、なんでもやってしまうすべてセルフ・マネージメントの男だ。 ■ 最新作『ア・ニュー・ビギニング』 A New Beginning posted with amazlet at 11.03.08 Frank McComb ブランフォード・マルサリス VAA Urban (2011-03-02) 売り上げランキング: 1572 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ ライヴ・イン・アトランタ LIVE In Atlanta Vol.1(DVD付) … Continue reading

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★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第48回~第51回(3月4日~7日)

★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第48回~第51回(3月4日~7日) 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳 闘病記。 ナイル・ロジャーズの癌闘病記、「ウォーキング・オン・プラネットC~プラネットCを歩いて」、2011年3月04日~3月7日分、写真・キャプション、訳注付き。 (このブログは、ナイル本人の了承を得て、日本語に翻訳し、写真なども同じものを掲載しています。第1回からhttp://ameblo.jp/soulsearchin/theme-10032211060.html のファイルにアーカイブが所蔵されています) (写真、ユーチューブ映像などはソウルサーチンの本サイト、ブログ http://ameblo.jp/soulsearchin/ をごらんください) 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 第48回 より健全な治療 #48 More Sane and Therapeutic Written on Friday, 4 March 2011 05:00 by Nile Rodgers (Japan Standard Time, … Continue reading

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★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第44回~第47回

★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第44回~第47回 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳 闘病記。 ナイル・ロジャーズの癌闘病記、「ウォーキング・オン・プラネットC~プラネットCを歩いて」、2011年2月28日~3月3日分、写真・キャプション、訳注付き。 (このブログは、ナイル本人の了承を得て、日本語に翻訳し、写真なども同じものを掲載しています。第1回からhttp://ameblo.jp/soulsearchin/theme-10032211060.html のファイルにアーカイブが所蔵されています) プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第44回 #44 Keep On Dancing (写真、ユーチューブ映像などはソウルサーチン・ブログhttp://ameblo.jp/soulsearchin/ をごらんください) 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 第44回 踊り続けて #44 Keep On Dancing Written on Monday, 28 February 2011 05:00 by Nile Rodgers … Continue reading

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★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第40回~第43回

★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第40回~第43回 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳 闘病記。 ナイル・ロジャーズの癌闘病記、「ウォーキング・オン・プラネットC~プラネットCを歩いて」、2011年2月24日~27日分、写真・キャプション、訳注付き。 (このブログは、ナイル本人の了承を得て、日本語に翻訳し、写真なども同じものを掲載しています。第1回からhttp://ameblo.jp/soulsearchin/theme-10032211060.html のファイルにアーカイブが所蔵されています) ナイル・ロジャーズ @nilerodgers  ブログ  プラネットC、Japanese Version 2月24日分。#40 Crazy Cancer Thoughts Reprise 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 第40回 癌特有のクレイジーな思い(再度) #40 Crazy Cancer Thoughts Reprise Written on Thursday, 24 February 2011 … Continue reading

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◎マンハッタンズ~粋なエンタテインメント: マーチンと30年ぶりの再会

◎マンハッタンズ~粋なエンタテインメント: マーチンと30年ぶりの再会 【Manhattans : A Class Of Entertainment】 再会。 ホール&オーツからハシゴでマンハッタンズへ。すると、マーチン(鈴木雅之)がハセヤンと来ていた。マーチンとマンハッタンズは約30年前、同じステージで共演している。マーチンは日曜日(つまり前日)、同じビルボードでファンの集いをしていた。前日、自らが立っていたステージを、今日、観客席からい見ていた。ステージの上にはかつてあこがれたマンハッタンズ。 マンハッタンズのライヴは、いつでも、どこでもほとんど変わらない。言ってみれば、それだけ凝縮され完成度の高いエンタテインメントということだ。話す場所やメドレー、立ち位置、踊るところ、振り付けをびしっと決めるところなどが、おそらく過去40年の間に、試行錯誤し考えられ、そして、一番よい上澄みだけがすくい上げられ、熟成され固まって今日の姿になっているのだ。(どんなステージかは、過去のライヴ評をぜひごらんください。その感想は今回もまったく変わらない) とはいうものの、繰り返しになるが、ジェラルド・オルストンが一人で歌う「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」のサム・クックぶりの歌唱は、本当に鳥肌が立つくらい素晴らしい、ということを書き記しておきたい。 1980年、マーチンがシャネルズでデビューし、マンハッタンズは日本で「シャイニング・スター」が大ヒットし、ソウル・ヴォーカル・グループとして珍しくこの地でも大ブレイクした。マンハッタンズが初来日した1981年、そのときマーチンは芝公園にあった郵便貯金ホールなどでマンハッタンズのステージにゲスト出演し、「ハート」などを歌った。マンハッタンズは、マーチンたちシャネルズの当時はまだやっていた新宿ルイードでのライヴを見にやってきて、交流を深めた。 左から吉岡、ジェラルド・オルストン、マーチン、ウィンフレッド・ブルー・ラヴェット だが、マーチンがマンハッタンズのステージを見たのは、そのときかその次くらい以来で、ほぼ30年ぶりくらいということもあって、会うことにちょっと照れ気味だった。そこで少し無理やりにマーチンを楽屋に誘った。まず出てきたのがリード・シンガー、ジェラルド・オルストン、黒塗りしていたシャネルズというと、すぐに思い出し、いきなりハグ。次に低音の持ち主、実質的なグループのリーダー、ウィンフレッド・ブルー・ラヴェットが出てきて、すぐにマーチンを認識した。「ああ、あの黒塗りのヴォーカル・グループ! ロングタイム・ノー・シー」 そしてハグ。「グループはまだやっているのか」とブルーが聞くので、「いや、彼はソロになったんだ」 「おおっ、そうか、そうか。…君はマネージャーか?」 「いや、マネージャーじゃないんですけど(笑)」 30年ぶりくらいの感動の再会だった。  マネージャー?(笑) いや、通訳ですぅ マーチンはマンハッタンズのステージから多くのインスピレーションを得ている。それは、ときにシャネルズやラッツのステージングに生かされ、ソロになってからも生かされている。マーチンからすれば、白い手袋の恩師、マンハッタンズはリアル・タイムで知り、聴き、そして、ステージまで共にした一番のソウル・メイトかもしれない。 ■過去関連記事 2009年04月02日(木) マンハッタンズ~直角のお辞儀に見るソウル・エンタテインメントの真髄 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10234844840.html June 02, 2008 Manhattans Live : Traditional Heritage Of Great Vocal Group 【伝統的R&Bヴォーカル・グループの真髄~マンハッタンズ・ライヴ】 http://blog.soulsearchin.com/archives/002551.html January 08, 2006 Manhattans: Brings The Legacy … Continue reading

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○『ソウル・パワー』DVD発売イヴェント~余談

○『ソウル・パワー』DVD発売イヴェント~余談 【Soul Power DVD Release Event】 表記革命。 2011年3月2日(水)、渋谷のアップリンクで映画『ソウル・パワー』のDVD発売記念イヴェントが行われ、司会・進行をした。イヴェント自体は午後7時半からだったが、その前に出演者4人が集まり、軽く打ち合わせ。僕が少し遅れてしまい、到着すると3人(ピーター・バラカンさん、中田亮さん、藤川パパQさん)がすでにいろいろと話している。 そのときの話題が「ジェームス・ブラウン」か「ジェームズ・ブラウン」かの日本語表記の問題で白熱中。「絶対、『ズ』ですよ。それから、日本語で書く音引き(『ー』)は英語にはありません(きっぱり)。だから、ジェイムズが一番正しい」とピーターさん。ピーターさんは、英文を日本語表記するとき、できる限り原音に近いもので表記することで有名だ。 ピーターさん。「オリンピックでジャマイカ出身の、あ、ジャメイカか(笑)、100メートルの記録を次々塗り替えた選手ボルトっていたでしょう。彼のファースト・ネーム、USAIN とスペルするんだけど、日本ではウサインって書いたり、言ったりするでしょう。あれ、発音はユーセインなんですよ。僕もTBSの人にそれを指摘したら、共同通信がそれで配信したんで、っていうのね」 中田さん。「日本(のメディア)は、なんでも横並びしようとして、ちょっとでも他と違うことを許さんとするからなあ。どうかと思いますよ」 吉岡。「確かに、横並びはあるなあ。でも、初期の表記と変わる場合もあるんですよ。メアリーJブリッジだったんですよ、最初。それが、2枚目かな、以降メアリーJブライジになった。別に正しいということがわかれば、変えてもいいんですよ。チャイ・ライツも、すごく昔は『チ・ライツ』ですよ。(笑)」 ピーターさん。「あれは、シャイじゃないの?」 吉岡「シャイと言う人もチャイという人もいますよね。シカゴをチカゴというアメリカ人がいるんですよ」 中田さん。「チャカ・カーンかシャカ・カーンみたいに、どっちでもいいみたいだしね」 左からピーター・バラカンさん、藤川パパQさん、中田さん、吉岡 吉岡「慣用になっちゃうと、変えるのがほんとに難しいですよね。マイケル・ジャクソン、ここまでこれで通っちゃうと、さすがにマイコーとか書けない。(笑) でも、アリーサとか直して欲しいですよね」 ピーターさん。「アリーサって書いてる?」 吉岡「いや、ケースバイケースで適当になってます。アレサだったり、アリーサだったり(苦笑)」 ピーターさん。「吉岡さん、(アリーサで)やってくださいよ」 ピーターさん。「(今の世の中)世界でこれまで『絶対』だと思われていたものでも、たとえば、中東であれだけ、一気に革命が起きて変わるわけだから、『アレサ』くらい、ちょろいもんですよ。(笑) 音楽関係の原稿を書く人がみんなツイッターとかブログで、『アリーサ』って正しい表記するようになれば、レコード会社だって変わるよ」 吉岡「そうですね、まさに『表記革命』ですね! そうだそうだ。おもしろいなあ。やろうよ」 ピーターさん。「やろうよ、やろうよ」 そして、ザイールの独裁者、モブツ大統領は、モブツと書かれるが、正しくは、「モブトゥー」というらしい。「ブ」にアクセント。 映画『ソウル・パワー』のパンフレット ■映画はヒットすると思われていたか  思惑。 ところで、この『ソウル・パワー』は、画質もいいし、音もいい。1974年の時点で、この映画製作者は、これがヒットすると思ったのだろうか、という話題になった。 ピーターさん。「1969年の『ウッドストック』も、(レコードを出したワーナーに)レコードの権利を7万5000ドルで渡すという交渉をするが、映画もついでにつけて10万ドルで手を打つ。つまり、映画はあくまでおまけで、誰も当時は映画がヒットするなどとは思ってないはず」 ちょうど黒人インディ映画のはしりとなった『スイートバック』のDVDを持ってきた中田さん。「この『スイートバック』は、ちょうど1971年に出て、1500万ドルの興行収入を上げた。それを見て、『シャフト』ができたりするので、1974年のこの『ソウル・パワー』は、ある程度勝算があったのではないか」 この種の映画では、『ウッドストック』、『セイヴ・ザ・チルドレン』、『ワッツタックス』、『スイートバック』(ちょっと種類は違うがインディ・ブラック映画という範疇で)などがあった。 吉岡。「たぶん、ドン・キングあたりが、興行とライヴ、その映画含めて、ひとまとめのプロジェクトとして、投資家からどーんと予算を取ったんじゃないかなあ。で、それぞれにばらまいた。だから、試合と興行さえできれば、映画なんか、ヒットしようがしまいが関係ない、最初に前金とってしまえば、それでいい、くらいのつもりだったんではないかな。それもあって、30年以上も何も表に出てこなかった」 中田さん。「ライヴ、コンサート自体は経済的には大失敗だったんですよ。数週間、試合が延期されたおかげで、でも、ライヴだけ先にやらざるをえなかったから。最初からけっこう試合を見に来る観光客も目当てにしてたのが、来なくなって、結局、地元の人しか来なかった。でも、地元の人は年収数百ドルとかで、チケット買えない」 ピーターさん。「最後は、みんなタダでいれたんでしょう」 吉岡。「このライヴ自体も、試合の延期と同調して後ろにずらせなかったのかなあ」 ピーターさん。「照明は『ウッドストック』もやっていた人、ほかにも多数のスタッフがその1週間だけスケジュールを押さえられていて、次の仕事がもうみんな決まっていた。だから、コンサートの延期は、事実上不可能だったんですよ」 吉岡。「そもそも、なんで、ザイールでやったの」 中田さん。「それは、ドン・キングがモブツ大統領と話をつけたから」 藤川さん。「国威発揚な感じなんでしょうね。これをやることで、オリンピックみたいに汚いところを壊して直して」 … Continue reading

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★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第37回~39回

★△プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著 第37回 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳 闘病記。 ナイル・ロジャーズの癌闘病記、「ウォーキング・オン・プラネットC~プラネットCを歩いて」、2011年2月21日分、写真・キャプション、訳注付き。 (このブログは、ナイル本人の了承を得て、日本語に翻訳し、写真なども同じものを掲載しています。第1回からhttp://ameblo.jp/soulsearchin/theme-10032211060.html のファイルにアーカイブが所蔵されています) 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 第37回 事実は小説より奇なり #37 Truth is Stranger Than Fiction Written on Monday, 21 February 2011 05:00 by Nile Rodgers (Japan Standard Time, 21 … Continue reading

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◎ ホール&オーツ・ライヴ~ヒット曲オンパレードと「現役感」

◎ ホール&オーツ・ライヴ~ヒット曲オンパレードと「現役感」 【Hall & Oates: Hits After Hits】 ヒット。 まさに、誰もが知っているヒット曲のオンパレード。彼らのヒット曲を聴いて感じたのは、それらはみな30年近く昔のヒットなのに、「オールディーズ感」より、「現役感」のほうが強いということ。これはなんなのだろう。30年前のヒットなら普通「オールディーズ」感のほうが強くてもおかしくないのに、今のアーティストが持ち歌を普通に今風にやっているという感じなのだ。それは、マイケル・ジャクソンのライヴを見るときと同じ。マイケルの曲も、3-40年前のものでも、まったく「オールディーズ感」がない。たぶん、今でもバリバリに現役でやっているということが大きいのだろう。最近だと、ラスカルズなどは、「オールディーズ感」が漂っていたなあ。別にそれが悪いということではないのだが…。 土曜日までのホール&オーツのライヴ評を見ていたら、当初はそれほど行くつもりもなかったのだが、急に行きたくなってしまったので、月曜日急遽参戦。アンコール含めて94分は、「もうちょっと聴きたい」というところでの寸止め感もあって、いいのかもしれない。セットリストを調べてみると、彼らは1970年代から80年代にかけて6曲の全米ナンバー・ヒットを持っているが、もちろん、それは全部やった。彼らからしてみれば、別に気負うでもなく、普通にいつものライヴをいつもやっているミュージシャン仲間とやったというところだと思う。 そして、ここまでヒット曲がでてくると、まさに「J-Pop」ならぬ「U-Pop」(USA POP)という言葉を思いついた。とにかく、ポップだ。この日、最初の頃はちょっと音がぐちゃぐちゃになっていた感があったが、まもなく持ち直した。それより驚いたのは、1曲目からフォーラムが一気に総立ちになったこと。観客の年齢層は40代から50代中心で圧倒的に高いにもかかわらずだ。みんな青春プレイバックなのだと思った。 ドラム、ギター2、ベース/サックス、キーボード、パーカッション、これにホール&オーツの2人、計8人がオンステージ。昨年亡くなったTボーンがいないのが、ちょっとさびしい。 ホール&オーツはそれこそ80年代に何度か見た記憶がる。パンフレットも残っている。今回は帰りを急いでいたので、買い損ねた。(というより、パンフがあることを知らなかった) また、90年代にダリルのソロのときか、インタヴューしたことがある。(テープを探したが、出てこない…。なぜだ…)  彼らがソウル好きなのは有名で、六本木にあったソウルバー「ジョージ」に来日のたびに通っていたのは良く知られている。 それと、このソウルサーチンでは何度もご紹介しているが、ダリル・ホールのネット用のテレビ番組『ライヴ・フロム・ダリルズ・ハウス』が本当に素晴らしい番組だ。 2009年12月28日(月) ダリルズ・ハウス~ダリル・ホールとスモーキー・ロビンソンの邂逅 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10420049757.html ダリルズ・ハウスのオフィシャルページ↓ http://www.livefromdarylshouse.com/index.php?page=member_archive スモーキー・ロビンソンの回↓ http://www.livefromdarylshouse.com/index.php?page=ep22 アンコールで、「プライヴェート・アイズ」の手拍子をパン、パパ~ンとやるところは会場が一体となって、みんなやる。そして、二度のアンコールを終え、客電が点灯すると、いきなり、テンプテーションズの「マイ・ガール」が流れた。どこの会場でもそうなのかな。たぶん、彼らの趣味で、エンディングを決めているのだろう。ますます、ジョージでソウル談義をしてみたくなった。 しかし、ジョン・オーツがマサ小浜に見えてしかたなかった。(相当マニア向けな感想です。 ■ ホール&オーツとソウルの邂逅 ライヴ・アット・ジ・アポロ(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 11.03.01 ダリル・ホール&ジョン・オーツ SMJ (2011-02-16) 売り上げランキング: 11633 Amazon.co.jp で詳細を見る … Continue reading

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○ 第83回2010年度(2011年)アカデミー賞決定

○ 第83回2010年度(2011年)アカデミー賞決定 【83rd Academy Award: Winners】 勝者。 第83回目アカデミー賞授賞式が2011年2月27日(日曜)午後5時(ロスアンジェルス時間=日本時間28日午前10時)からロスアンジェルスのコダック・シアターで行われた。 今年の話題12部門ノミネートの『キングス・スピーチ(英国王のスピーチ)』は、ソウル・サーチンでは7部門獲得を予想したが、結局、「作品賞」「主演男優」「監督賞」「脚本賞」と主要4部門の獲得にとどまった。「アート・ディレクション」「衣装」をいずれも、対抗に選んだ「アリス・イン・ワンダーランド」に取られた。10部門ノミネートの『トゥルー・グリット』は無冠、『ソーシャル・ネットワーク』は、「編集賞」と「脚色賞」と2部門、『インセプション』が「音響編集」など4部門を獲得した。 授賞式では、今年『トイ・ストーリー3』でノミネートされているランディー・ニューマンが「ウィ・ビロング・トゥゲザー」を、グゥイネス・パルトローが映画『カントリー・ストロング』から「カミング・ホーム」を、フローレンス・アンド・ザ・マシーンが映画『127時間』から「イフ・アイ・ライズ」を歌った。 ソウル・サーチンでは、全24部門予想したが、本命で18部門、対抗で4部門、はずれが2部門、本命・対抗で9割1分7厘。24部門予想を始めて以来、2008年度と同等の高率となった。本命7割5分も最高の成績。はずれたのは「短編アニメ」と「短編実写」部門。 オフィシャルサイトは、こちら。 http://oscar.go.com/ オスカー、過去の的中率は次の通り。 第83回 2010年度 予想24部門 本命的中18 対抗4 .917 (2011年2月27日発表) 第82回 2009年度 予想24部門 本命的中14 対抗6 .833 (2010年3月7日発表) 第81回 2008年度 予想24部門 本命的中17 対抗5 .917 第80回 2007年度 予想24部門 本命的中13 対抗4 .708 第79回 2006年度 予想24部門 本命的中13 対抗8 .875 第78回 2005年度 予想10部門 本命的中7 対抗2 .900 第77回 2004年度 予想10部門 本命的中7 対抗3 1.000 過去記事↓ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100309.html http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090223.html http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20080226.html http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200702/2007_02_27.html http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200603/2006_03_07.html http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200503/diary20050301.html NOMINATIONS BY CATEGORY – 83RD AWARDS 01. Performance by an actor … Continue reading

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