Monthly Archives: December 2010

◎デニス・エドワーズ・テンプテーションズ~半世紀かけて培われる「形式美」

◎デニス・エドワーズ・テンプテーションズ~半世紀かけて培われる「形式美」 【Beauty Of Form Isn’t Only Skin Deep: Temptation’s Review】 形式美。 アル・マッケイにせよ、このデニス・エドワーズのテンプテーションズにせよ、長くひとつのことをやり続けているアーティストというのは、長い時間をかけてひとつの「型」を作り上げていて、それがひじょうに完成形に近いものになっている。 モータウン、アメリカを代表するナンバー・ワン・ソウル・ヴォーカル・グループ、テンプテーションズ。そのデニス・エドワーズ版。このところ毎年やってきて、毎回同じものを見るのだが、それでも飽きないというのは、山下達郎さんが口癖のように言う「いいものは何度見てもいいんです」という完成度の高い「作品」への思慕ではないかと思う。 バックバンド編成も同じ、テンプスの5人のメンバーも昨年と同じ。そして曲の流れもほぼ同じ。青のスーツに斜めに虹がデザインされているおそろいの衣装で、曲ごとに決まった振り付けをこなしながら、ショーを進める。この振り付けがいちいち決まっているところが、古くからのソウル・ヴォーカル・グループ・ファンにはたまらない。冒頭からアップテンポで曲をたたみかけ、ちょっとバラード「レイニー・ナイト・イン・ジョージア」などで箸休め。 今年の最大のハイライトは、その「レイニー…」の後に、デニス・エドワーズが、「今年、悲劇的なことに、アリ・オリ・ウッドソンが亡くなりました。ここで、彼が好きだった曲を歌って彼に捧げたいと思います」と神妙な面持ちで語り、アリの作った「サム・エンチャンテッド・イヴニング」というバラードを歌ったこと。 ショーの間は、何度か観客席に降り、観客とのやりとりもうまくこなす。客がうまく歌えれば拍手をし、いまひとつだと顔をしかめて、それはそれで笑いを取る。 マイクから離れてノー・マイクの生歌で熱唱するデイヴィッドの「アイ・ウィッシュ・イット・ウド・レイン」の一部。いつでもその振り付けがかわいい「ビューティー・イズ・オンリー・スキン・ディープ」。どんなにライヴ本数を重ねようとも、波があったとしても、ある程度、最低限のクオリティーは絶対に保つ。それが、結局一流ということなのだろう。 初代リードのデイヴィッド・ラッフィンを引き継いだデニス・エドワーズがグループに入ってからもその歴史は40年以上になる。歌唱、振り付け、観客とのコール&レスポンス、ほとんどトークなしの、間延びしない、無駄のない構成。観客に時が経つのを忘れさせる究極のエンタテインメント。この形式美は、まさに40年以上の歳月という時の試練を経て確立しているものだ。とても表面だけのものではない。Beauty of form isn’t only skin deep. ■ テンプテーションズ・レヴューは、12月31日のカウントダウンまで丸の内コットンクラブで http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/ ■ ベスト Ultimate Collection posted with amazlet at 10.12.30 The Temptations Motown (1997-03-25) … Continue reading

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◎アル・マッケイ・オールスターズ~アースがもっとも輝いていた時代を再現するシャイニング・スターた

◎アル・マッケイ・オールスターズ~アースがもっとも輝いていた時代を再現するシャイニング・スターたち 【Al McKay All Stars: Recreate The Sound When EWF Was Most Shining】 輝き(Shining)。 元アース・ウィンド&ファイアーの名ギタリストでソングライターの一人でもあるアル・マッケイが、アース時代、それも一番輝いていた時期の作品をこれでもか、これでもかとたたみかけて演奏する「アル・マッケイ・オールスターズ」のライヴ。彼らがやってきたのは、ちょうど昨年(2009年)12月だから1年ぶり。毎年12月の風物詩になるか。 それにしても、ソリッドでファンキーでポップなバンドだ。基本的には、観客を煽って煽って、躍らせ踊らせ、ブギーなワンダーランドに連れて行く。そして、ところどころに挟み込まれる「アフター・ザ・ラヴ・ハズ・ゴーン」や、「リーズンズ」(ここでのヴォーカル、ティムとサックスのエド・ウィンのかけあいは壮絶。見所です)、「キャント・ハイド・ラヴ」などのバラード。バラードとアップテンポのダンスソングが絶妙のコントラストを描く。楽曲の硬軟を、柔軟に自由自在に操り、観客を手中に収める。そのステージ・マナーは超一流の四半世紀以上ライヴ・ステージで培われた経験から来る究極のエンターテインメントだ。 アル・マッケイ・オールスターズのレパートリーでもっとも新しいものは、1981年のヒット「レッツ・グルーヴ」。一番古くて1975年の「ザッツ・ザ・ウェイ・オブ・ザ・ワールド」。そう、アースが一番輝いていた時期限定のセットリストなのだ。これはアース・ファンとしては嬉しい限り。 たとえば、ブラス・セクションが実にかっこいい「マジック・マインド」。ホーンが一瞬止まりブレイクになる瞬間、ステージが暗くなり、音が止まった一瞬だけ、ステージ中央にピンスポットがあたり、中央のアル・マッケイを照らす。まさに、アルが輝く瞬間だ。また「ザッツ・ザ・ウェイ・オブ・ザ・ワールド」では、アルを3人のヴォーカリストたちが囲み、ソロを聴かせる。それ以外は、アルはひたすら後ろで地道にしかし確実にギターを刻む。 そして、途中のMCで当日死去が報じられたティーナ・マリーへの追悼の言葉も忘れなかった。 「セプテンバー」では全員がジャンプ、ジャンプ。アンコールは、去年はなかった「ブギー・ワンダーランド」と毎度おなじみの「レッツ・グルーヴ」のメドレーに。途中から1階の観客は総立ちになっていた。アル・マッケイ、彼もまた、シャイニング・スター(輝くスター)だ。これは、毎年必ず見に行く。 ■ アースは、もし1枚だけなら、このエッセンスが比較的お勧め エッセンシャル・アース・ウィンド&ファイアー posted with amazlet at 10.12.29 アース・ウィンド&ファイアー Sony Music Direct (2004-09-01) 売り上げランキング: 60902 Amazon.co.jp で詳細を見る あるいは、各アルバムを揃えるなら『暗黒への挑戦』から『黙示録』『フェイセス』あたりまで。これら6枚は無敵です。 暗黒への挑戦 posted … Continue reading

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●ティーナ・マリー追悼(パート2)~レニーの追悼、ミニーの思い出話など

●ティーナ・マリー追悼(パート2)~レニーの追悼、ミニーの思い出話など 【RIP. Teena Marie Continues】 発作。 R&Bシンガー、ソングライター、ティーナ・マリーが2010年12月26日(日曜)カリフォルニア州の自宅で死去したニュースは瞬く間に世界中に広まった。今回も、第一報はツイッター、そして、そのツイッターからツイッターへ一挙にニュースは広まる。当初ははっきりしていなかった死因なども一日経って徐々に情報がでてきた。 それらを総合すると、25日(土曜日)午後9時過ぎ(アメリカ西海岸・現地時間)まで、ティーナはツイッターに書き込みをしていた。その後深夜12時半過ぎまでに就寝、その時点ではボディーガードが付き添っていた。朝には付き添いはいなくなり、ティーナは一度、午前11時半ごろ目を覚ますが、その後二度寝。午後3時頃に娘が起こしに行くとすでに息をしていなかったので、救急車を呼んだという。自然死と確認された。だが、就寝中に発作を起こし、死去した可能性もある。検視は行われるが、いわゆるドラッグ関連のものはないと見られている。 ティーナは、一ヶ月ほど前に大きな神経系の発作を起こし、その時には横に娘のアリア・ローズがいたため、すぐに救急車を呼び、病院に運ばれた。だがその救急車の中でもまた発作を起こした。以来、発作を止める薬を常用していたが、その薬の副作用が強いために、しばらく量を減らし、やめる方向になっていた、という。しかし、本人は発作が起こることが怖かったので、寝るときにはいつでも誰かにそばにいて欲しいと言っていた。 ティーナのパブリシスト、リン・ジーターによると、前日電話で話したときは、週末のアトランタでのライヴ・パフォーマンスを楽しみにしていた、という。 ティーナ・マリー死去 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20101228.html ++++ ●レニー・クラヴィッツ・ティーナ・マリーについて語る 衝撃的。 それにしても、各界からの追悼のメッセージが止まらない。ラジオ局も相当な時間を割いてティーナ・マリーをかけている。WBLSでは、ティーナの曲をかけながら、聴取者と電話でつなぎ、リスナーが持つティーナの思い出を語ってもらっていた。 そんな中でも、今回衝撃的だったのが、あのレニー・クラヴィッツのYoutubeでのコメントだ。一足先にツイッターでご紹介したが、改めて、ここに掲載する。 レニー・クラヴィッツは無名時代、16歳頃といっているから寝るところもなかった時期にティーナと出会い、彼女がずっとレニーを育てていた、という。食べ物を与え、楽器を与え、レコーディング・セッションに連れて行った、そうだ。これは、初めて知った。詳細は次の通り。 レニーは、これをパリからアイフォンで録音し、12月27日、自らユーチューブにアップした模様だ。昨日ご紹介した時点では、アクセス数が300程度だったが、さきほど見たら37000を超えていた。 http://www.youtube.com/watch?v=7VW9j9xr_Qg&feature=player_embedded (一番下に、レニーの英文を記載しました) おはよう。僕は、今、パリにいます。悲しいニュースで起こされました。僕の同士であり長い間の友人であるティーナ・マリーが昨日亡くなりました。僕のすべての愛と尊敬とお悔やみを遺された家族に捧げたいと思います。 ティーナ・マリーは宝物であり、天才です。彼女はとてもユニークで、最大限に過小評価されたコンポーザー、アレンジャー、シンガー、ミュージシャンでした。 もし彼女がいなければ、今の僕はいませんでした。彼女が僕にチャンスを与え、この業界にいれてくれたのです。僕が16歳の頃、まだストリート・ミュージシャンだった頃、住む所もなくあちこちをたらいまわしにされていました。(そんなとき)彼女がベッドルームを与えてくれ、僕を食べさせてくれ、料理を作ってくれ、本当に僕のめんどうをみてくれました。 そして、楽器を与えてくれ、彼女が行くレコーディング・セッションやコンサートにも連れていってくれました。彼女はまさに僕を育ててくれたんです。そして、今の僕を作りあげるのに大いに力を貸してくれました。 今まで僕はこの話を深くほとんどどこでもしていませんでした。今の僕は、彼女なしには、存在しないのです。彼女は僕の人生を変えてくれました。アーティストとしてだけでなく、一人の人間として、彼女は、僕をありのままの自分自身を愛せるように変えてくれたのです。 ここ数年、連絡を取っていませんでしたが、僕はティーナに言いたい。僕はいつでも、これからもずっと愛して、尊敬していきます。ありがとう。僕の友達でいてくれて。神様、ティーナ・マリーに人生を与えてくださって、ありがとうございます。 2分38秒のメッセージ 2010年12月27日アップ レニーは、1994年のティーナのアルバム『パッション・プレイ』で「メイン・スクーイズ」という曲でゲスト出演していた。これには、ある意味、恩返しという気持ちが込められていたのだろう。 楽曲の音源がこちらで聴けます。(形式はYoutubeですが、静止画で音だけ) Main Squeeze : Teena Marie featuring Lenny Kravitz http://www.youtube.com/watch?v=SMbXE_WkIBI … Continue reading

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●ティーナ・マリー、54歳で急死

●ティーナ・マリー、54歳で急死 【Teena Marie Dies At 54: Motown’s First White Female Funk Star】 訃報。 モータウン・レコードで、ファンクマスター、リック・ジェームスに見出されリックのプロデュースでデビューしたティーナ・マリーが、カリフォルニア州パサディナの自宅で2010年12月26日(日曜)までに死去した。54歳だった。午後1時ごろ、娘がティーナを起こしに行ったところ、すでに死去していた、という。死因はまだ発表されていない。ティーナは一ヶ月ほど前に、神経系の病気による大きな発作を起こし、救急車で病院に運ばれていた。この発作と、今回の死去が関連あるのかは不明。自宅での死去のため、検視が行われるものとみられる。 前日(クリスマス=12月25日)まで、普通に元気に過ごしており、当人のツイッターでも、25日夜9時頃にツイートしているのが残っている。死亡時刻は、25日夜9時以降、26日の午後1時までの間になりそうだ。 ティーナ・マリーは、1956年3月5日カリフォルニア州生まれ。本名、メリー・クリスティン・ブロッカート。愛称レディー・T。1970年代半ば、モータウンとソングライター契約をし、モータウン・オフィースでピアノを弾いていたところをファンク・マスター、リック・ジェームスに見出され、リックのプロデュースでデビュー。当初は白人ながらひじょうにファンキーでソウルフルな歌声でソウル・ファン、ブラック・ミュージック・ファンから支持を集めた。モータウンでは白人女性ソウル・シンガーとして初めて大きく成功。(白人グループとしては、これより先にレア・アースが「ゲット・レディー」[1970年]のヒットなどで成功。また白人男性シンガーとしてはジョニー・パワーズが1960年に契約している=このカッコ内は12月29日に追記) その後、顔を出して白人であることにファンは驚かされたが、支持は広がり、順調に作品をリリース。 1982年、モータウンと作品のリリースについて衝突。裁判となりカリフォルニアで「レコードをリリースせずに、自社にアーティストを押さえておくことを禁止する」いわゆる「ブロッカート・イニシアティヴ」別名「ティーナ・マリー・ロウ」が成立、1983年エピックに移籍する。1984年に発表した「ラヴァーガール」がポップチャートでも4位を記録する大ヒットとなり、メジャーな存在になった。これを含むアルバム『スターチャイルド』はプラチナム・ディスク(100万枚以上のセールス)を獲得。最大のヒットに。その後インディで3枚のアルバムを出した後、2009年、往年のソウル・レーベル、スタックス二移籍『コンゴ・スクエア』をリリースしている。 ティーナは、デビュー当初は、「ブルーアイド・ソウル・シンガー」「ファンク・シンガー」というくくりで語られるようなったが、実際はもっと多様性のある音楽を聴かせる女性シンガー・ソングライターだった。もちろん、そのソウルフルな声、歌唱は、ブラックをほうふつとさせ、最大の魅力だった。 ティーナ・マリーは、2000年4月、横浜にオープンした「モータウン・カフェ」(その後閉店)のオープニング・パーティーに出演するために来日。数曲歌うショーケースを行った。 多数のアメリカのR&Bアーティストたちが、ツイッターなどでティーナの死去を追悼している。 ティーナは、過去1979年の『ワイルド・アンド・ピースフル』から、2009年の、結果として遺作となった『コンゴ・スクエア』まで13枚のアルバムを出している。 ■ティーナ・マリー・アルバム タイトル・リリース年・レーベル 01. Wild and Peaceful (1979) (Gordy) 02. Lady T (1980) (Gordy) 03. Irons in the Fire (1980) (Gordy) … Continue reading

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★■デイヴィッド・T・ウォーカー、『ソウル・ブレンズ』に登場(パート1)

★■デイヴィッド・T・ウォーカー、『ソウル・ブレンズ』に登場(パート1) 【David T. Walker On Soul Blends~Fullness Of The Heart】 感無量。 「ソウル・サーチン」コーナーのテーマ曲「ホワッツ・ゴーイング・オン」は、デイヴィッド・T・ウォーカーが演奏しています。そのデイヴィッドさんが、「ソウル・サーチン」に登場してくれました。それだけで感無量です。そして、珍しく上がりました。(笑) めったなことでは上がったりしないんですが。 12時45分、ホテルに迎えに行ったところ、なんと何か催事があるのか、ものすごい人。僕は車がすいていて20分も前に着いてしまった。(笑) ロビーに降りてきたデイヴィッド。「一体、何が起きてるんだ? Now what’s going on,today?」「たぶん、セールでもやってるみたい。駐車場もものすごく込んで15分待ちとかになってた」「いやあ、エレヴェーターがすぐに乗れなかったんだよ。2-3回やりすごした」 そう、それほどの人混みだった。いずれにせよ、デイヴィッドをピックアップし、一路インターFMのスタジオへ。途中で、デイヴィッドが毎日練習しようとしている、という話になった。昔は一日何時間でもやっていたが、最近は1-2時間程度とのこと。 山手通りも空いていて、ほぼ定刻通り1時半にはスタジオへ到着。最初乗ったときは、車で『アイ・ウォント・ユー』をかけていたのだが、1時を回ったので、インターにして、「今日ゲストにでていただくのは、この番組です。DJのマーヴィンはデトロイト出身だけど、もう20年以上日本に住んでいます」と説明。スタジオに到着すると、ちょうどマーヴィンが出てきたので、すぐにご紹介。 ちょこっと「こんな感じで話を進めます」という打ち合わせをして、長めの曲がかかっている間にサウンド・チェックへ。デイヴィッドがコードをギターにつないでいる間に、僕はビデオをセッティング。三脚を広げていたら、ポロポロと音がでてきた。もちろん、もうデイヴィッドの音。「もう少しリヴァーヴなしで、ナチュラルな音にして…」とデイヴィッド。ディレクターの進ちゃんが、EQのつまみをいじり、「OK、いいよ」。まだ、こちらはセッティングができてない。「ええっ、もう終わり? はやっ」 そう、あっという間だった。 「そうすると、あと30分くらい、僕たちには時間があるのかな」 「そうです。特にやることはありません(笑)」 「マサハル、じゃあ、本番が始まる5分くらい前に教えてくれ。僕はアウタハウス(Outa house)に行かないと行けないんでね」 「アウタハウス?」 「南部ではトイレのことをそういうんだ(笑)」 そして、2時15分、「ホワッツ・ゴーイング・オン」と共にコーナーがスタート。マーヴィンが軽快な流れで僕を紹介し、僕がデイヴィッドを紹介。デイヴィッドの声がイアフォーンから流れてくると、実にディープでかっこいい。そして、デイヴィッドは、ちょこちょこと、ポイントでギャグをいれてきます。 「あなたはいつも、スーツを着ていますね」「ああ、このスーツは今朝作ったばかりなんだ」(笑) 「次に僕が来るときには、ポップコーンを用意しといてくれ」 ずいぶんと日本にひんぱんに来て、今回は1月上旬まで残るという。12月の上旬から来ているので、「40デイズ・40ナイツ・イン・東京」。すると、デイヴィッドは、「みなさんはあまりご存知ないかもしれませんが、僕は新宿生まれなんだ(笑) だからしょっちゅう日本に戻ってくるんだよ」。 かけた曲は次の通り。 01. Eleanore Rigby — CM — Play a riff of “I Want You Back”, “Loving You” … Continue reading

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○■デイヴィッド・T・ウォーカー、今日の『ソウル・ブレンズ』に登場~丸ビルライヴも大盛況

○■デイヴィッド・T・ウォーカー、今日の『ソウル・ブレンズ』に登場~丸ビルライヴも大盛況 【David T. Walker Will Be On Soul Blends Today】 出演。 人間国宝ギタリスト、デイヴィッド・T・ウォーカーが、今日(2010年12月26日・日曜)の『ソウル・ブレンズ』(インターFM、関東地区76.1mhz。毎週日曜午後1時~3時)にゲストで生出演する。本人の登場は、吉岡正晴の「ソウル・サーチン」コーナー拡大版で、午後2時15分くらいからの予定。デイヴィッドは、本人の演奏するCD曲「ホワッツ・ゴーイング・オン」のテーマにのって登場することになる。 この「ソウル・サーチン」のコーナーは、2003年10月から2005年7月まで、さらに、時間変更・休止などで、2010年4月から再開、現在まで続いている。2010年12月26日で通算第127回目。コーナーでは2003年の第1回からデイヴィッド・Tの「ホワッツ・ゴーイング・オン」をテーマ曲に使っている。 テーマ曲をプレイしているデイヴィッド本人がゲストで登場というのは、コーナー担当者として感無量だ。ぜひお聴きください。 +++++ 関東圏の方は、パソコンでも聞けます。 http://radiko.jp/player/player.html#INT インターFM「ソウル・ブレンズ」のページ。 http://www.interfm.co.jp/soul/index.php?mode=sun&id=57 ゲストの紹介ページ(今はデイヴィッドがでています) http://www.interfm.co.jp/guests/ 『ソウル・ブレンズ』、および、『ソウル・サーチン』のコーナーへのメールあて先は、marvin@interfm.jp です。 デイヴィッドに質問などがあれば、どんどんお寄せください。可能なかぎりお答えしていきます。 また、僕のツイッターでも受け付けます。 http://twitter.com/soulsearcher216 までどうぞ。番組始まるぎりぎりまでつぶやきます。ツイッターは番組中も見ていますので、質問にお答えできるかもしれません。 +++++ ◎ デイヴィッド・T、丸の内をとろけさせる 【David T. Melt Marunouchi】 Melt(とろける)。 デイヴィッド・T・ウォーカーが、丸の内丸ビルで2010年12月25日17時半から無料ライヴ・コンサートを行い、1000人以上の観客をとろけさせた。これは、同ビルが12月10日から行ってきたイヴェント「Marunouchi Bright Christmas 2010」の一環。ここでは、数多くのアーティストがこの期間に無料ライヴを行ってきたが、デイヴィッド・Tは、そのトリを務めた。 夕方5時半を前に、会場近辺は大変なひとだかり。吹き抜けの3階まで人がぎっしり。イヴェントの司会は、インターFMでおなじみの岡村有里子さん。この日は日本人ミュージシャン3人を従え、いつものデイヴィッド節が炸裂した。 4曲目は、完全にデイヴィッドだけのソロ。これだけざわざわした空間で、デイヴィッドのギターだけが、スピーカーから鳴り響く。しかし、ギター一本でこれだけお客さんを惹きつけるというのは、すばらしい。本当に、どこでどんな環境でプレイしても、デイヴィッドの音になるって、すごい。丸ビルもとろけてた。CGの映像でビル自体がとろけるようなイメージがした。(笑) … Continue reading

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◎マイケル・ジャクソン・ディス・イズ・イット・ツアーのダンサーが集結イヴェント~そこに蘇るマイ

◎マイケル・ジャクソン・ディス・イズ・イット・ツアーのダンサーが集結イヴェント~そこに蘇るマイケルのソウル 【This Is It Dancers On Stage】 集結。 マイケル・ジャクソンの2009年7月からスタートする予定だった『ディス・イズ・イット』ツアーのダンサーが集結し、マイケルを蘇らせるというイヴェントが2010年12月23日(木・祝日)東京渋谷のアックスで行われた。この日は4時と7時の回、2度行われ、この模様は汐留でも観客を集めたパブリック・ヴューイングが行われた。 これは、12月24日、日本テレビが金曜ロードショーの枠で映画『ディス・イズ・イット』を地上波初公開することを受け、その前にマイケルを盛り上げようという一環でのイヴェント。「ディス・イズ・イット」のダンサーから8人と同映画の振り付けを担当した、トラヴィスとステイシーの計10人が来日し、オンステージに登場した。オリジナル・ダンサーからチャッキー、メキア、デヴィンが来日していなかったが、8人は映画にも登場しているダンサーたち。2人(トラヴィスとステイシー)は、ダンサーたちの振り付けの先生だから、この10人は生粋の「ディス・イズ・イット・ダンサーズ」だ。 ステージは通常レヴェルのステージの上にもう一段ステージが作られ2段になっている。 イヴェントは、赤坂泰彦さんが司会で登場し、「それでは3Dメガネをおかけください」という言葉から、開始。 まず、いきなり、3Dの「スリラー」用映像が映し出された。3Dは若干画面が小さいせいか、圧巻という感じではないが、それでも、目の前にいろいろなものが飛び出てくると、「うぉおおっ」となる。これだけ、3D画面を駆使したライヴ・ショーなんて、世界でマイケルだけ。きっと、これから何人かのアーティストが追随するだろう。 そして、4つの棺とステージ横、上段のステージからもダンサーが登場。いきなり、圧巻なすべりだし。「ジャム」では、上段ステージで4人がいわゆる「トースター」(下からばね仕掛けで飛び出てくる方法)で出てきたのだ。やはり、あれは目の前で見るとかっこいい。 「ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス」では、なんとオリアンティーがギターを持って登場。各所にインタヴューを交える。「スムース・クリミナル」が始まる前にはちゃんと映画同様のモノクロの映像を映すが、これがまた、3Dになっていた。そして、ここでは、しっかり上段の8人がびしっと「ゼロ・グラヴィティー」(斜め前に倒れ、そして、また元に戻る動き)を決め、大きな歓声を集めていた。いやあ、これは上がる。本当に興奮する。 「ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール」では、なんと、ダンサーのタイン・ステックラインが魅力的なウォーキングを披露。そして、「ビリー・ジーン」は4人による「ビリー・ジーン」で、最後にはあの帽子を4つ、観客席に投げ入れた。 「デンジャラス」は、あの圧巻なダンス。そして、驚いたことに「ヒール・ザ・ワールド」では、オリアンティーが再び登場し、ギターだけでなく、歌まで歌った。最後は、「アース・ソング」が始まる前に流された3D映像が紹介された。 それにしても、マイケルという主人公の肉体(ボディー)はそこにはなかったにも関わらず、マイケルの魂(ソウル)は、間違いなくそこにはあった。まさに、彼ら10人+オリアンティーはこの夜、見事にマイケルのエクステンションになっていた。 それにしても、歌のライヴではなく、そして歌の主人公なしのダンサーのショーであるにもかかわらず、これだけ圧倒され、そして、感激させられてしまうことを考えると、マイケル・ジャクソンとは、いったいどれほどすごい存在なのかと思わざるを得ない。 ■メンバー トラヴィス・ペイン Travis Payne Producer, Choreographer ステイシー・ウォーカー Stacy Walker Associate Choreographer ダンサー ニック・ベース Nick Bass ミーシャ・ガブリエル Misha Gabriel ティーモー・ステフェンズ Timor Steffens ドレス・リード Dres Reid タイン・ステックライン Tyne … Continue reading

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◎マイケル・ラブ・ナイト第二回~和田唱節ギターと歌で炸裂

◎マイケル・ラブ・ナイト第二回~和田唱節ギターと歌で炸裂 【Michael Jackson Love Night Vol.2】 第二回。 昨年行われ好評だった「マイケル・ジャクソン・ラブ・ナイト」の第二回が、2010年12月22日お台場のイヴェントスペース、東京カルチャー・カルチャーで行われた。今回は、西寺郷太さん、吉岡正晴に加え、スペシャル・ゲストにトライセラトップスの和田唱さんを迎え、3人でトーク。さらに第二部からは、マイケル・ジャクソンのウェッブを運営しているトヨさんも参加、4人でのトークとなった。 今回は、和田さんがギターを持って、その場でマイケル曲を少しずつどんどんと歌い、大いに会場がわいた。大体、なんでも歌えるようで、特に受けたのが、郷太くんと一緒にデュエットで歌った「ガール・イズ・マイン」。郷太くんがポール・マッカートニー役。曲は、「ビリー・ジーン」「ウォナ・ビー・スターティン・サムシン」「バタフライ」、そして、最新作から「ベスト・オブ・ジョイ」(これなど、話のネタになるごとにフレーズが飛び出し、大うけ)、「ヒール・ザ・ワールド」、「ロック・ウィズ・ユー」まで。最後は、「ヒューマン・ネイチャー」の「バッ」と終わるエンディングで、イヴェントを終了した。 トーク内容は、最初は和田・西寺の最初の出会い、3人で初めて会ったときのこと(Bハワードのライヴ後、3人でファミレスに行き、話しが盛り上がったこと)、最新作『マイケル』の声問題、初めて買ったマイケル作品、マイケルに会えるとしたら何を伝えたいかなど。 声問題は、和田さんは初めて試聴会で2回通して聴いて、「最初は5曲くらい「怪しい」と思ったが、2回目を聴いて、いわゆる「カシオ・トラック」が怪しいと思った、それは今でも変わらない、だが、みなさんはみなさんなりに聴いていただければいい。もし、僕が怪しいと思った曲でも、将来それが完璧にマイケルのものと証明されたら、それはめちゃくちゃ嬉しい」と語る。 「初めて「ドント・ストップ」を聴いたとき、これマイケルじゃないと思った、でもそれは小学生のときのことだから、今とはちょっと違う」とも。そこで、テディー・ライリーが使ったとされるメロダイン、オートチューンの説明もしてくれた。 オーディエンスからの質問をいくつか取り上げたが、マイケルとデュエットできるとしたら、どの曲をデュエットしたいかという質問に、和田さんは、即座に「バッド」をあげ、ギターで弾き、歌いだした。郷太くんは、「アイ・ジャスト・キャント・ストップ・ラヴィン・ユー」を選曲。郷太くん「次回やるときは、もう少し、リハーサル時間が欲しいね!」(拍手) ただ、ギター持ってきて、と和田さんに頼み、軽くやるつもりだったのが、これだけ曲をやるなら、もっとやりたい、という。 それにしても、和田唱さんは早口でまくしたて、まさにマシンガン・トーク炸裂。初マイケルアルバムは、「バッド」と「スリラー」のアルバムを同時に買ってもらい、その後、「オフ・ザ・ウォール」を買った。そのときには、古いなと思った、という。今ではすっかり気に入っているそうだが。ちなみに最初に買ったのは、郷太くんは、すでにご存知の通りジャクソンズの『ヴィクトリー』。 いやあ、笑った、笑った、楽しかった。みなさんおつかれさま、そして、ご来場いただいた方ありがとうございます。 ■ メンバー 西寺郷太 吉岡正晴 和田唱 木下豊人 ■セットリスト 和田唱&西寺郷太 (順不同=曲は、フルサイズではなく、一部です) 01. Girl Is Mine 02. Billie Jean 03. Wanna Be Startin’ Somethin’ 04. Best Of Joy … Continue reading

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◎パティー・オースティン・ライヴ

◎パティー・オースティン・ライヴ 【Patti Austin Live: Very Spontaneous Gig】 ソウル。 今回はジャズではなく、ソウル、R&Bを歌うというパティー・オースティンの約1年4ヶ月ぶりのライヴ。前回は、2009年8月、ビルボードライブだった。 パティーは、ステージ慣れしていて、ミュージシャンたちと音で遊ぶ。そして、曲間のトークでも、ちょっとした笑いを取る。バックコーラス3人を従えた、強力なコーラス隊としっかりしたバンド。なにより、パティーの歌のうまさはピカ一なので、安心していられる。ただ、今回は僕が見たのが初日のせいか、バンドがまだこなれていないのか、「ジャスト・フィット」という感じがしなかった。徐々にまとめていくと思う。 冒頭のクインシー・メドレーなどを聴いていると、次の「ソウル・サーチン」でクインシーをやることが思い浮かび、こういうメドレーもありだなあ、などと妙に参考にしてしまう。 前回のセットリストをチェックしてみたら、同じように始めていた。今回は、12月ということもあり、クリスマス・ソングをいれたり、3年かけて作っている新作アルバムに入るポール・マッカートニーの「レット・エム・イン」を披露したり、サーヴィス精神はいっぱい。 今回一番印象に残ったのは、前回もやっていたんだが、ビル・ウィザースの「リ―ン・オン・ミー」。彼女は、今年の初めの「ウィ・アー・ザ・ワールド25、ハイチへ向けて」のなかで、これを歌った。かなりしっとりしていて、よかった。 先週、サム・ムーアがステージに立っていたが、あのとき、サムのマネージャーであり、奥さんのジョイスが途中でステージにあがり、しゃべる場面があった。今日のパティーは、そのジョイスとちょっと雰囲気が似てるところがあって、ジョイスが残ってステージで歌っているのかなどとありえない妄想をしてしまった。(笑) 本編最後を終えて、アンコールになったとき、ミュージシャンたちがちょろちょろと音を出していたら、そのドラムスのリズムパターンの曲を少しずつその場で歌い始めた。全部即興だ。いろいろな曲を思いつきでドラマーが叩き、それをパティーやバックコーラスが歌いだす。ミュージシャンがスタジオで遊んでいるような感じでとてもいい雰囲気だった。ほんの数小節だったが、その曲をメモした。最初にやりだしたのが、ダニー・ハザウェイの「ゲットー」で、これはちょっと続いた。なかなかいい感じだった。あんな中から次の日にやる曲が決まっていくみたいだった。 あ、そうそう、聞き忘れたが、パティーのマイクはかなり良さそうなマイク。あれは、自分で持ってきた「マイ・マイク」なのかな。ちょっと気になる。 ライヴ後、コーラスのリン・フィドモントと再会。去年のパティー以来だった。そして、そのとき、横にベースのイアン・マーティンがいたが、そのときはどこかで会ったことがあるような気がしたが、うちに帰って、分かった。なんと、彼とは9月にデイヴィッド・フォスターのライヴで会っていたのだ。彼も、帰った後、気づいたらしく、メールをくれた。また、ドラムスのトレヴァーが今回のバンドの音楽監督だが、なんと彼はこれまでに15回くらい来日していて、最近ではハービー・ハンコックで来日、1999年にはソロ(ヴォーカル・グループ)のライヴでも来ていた、という。そして、エミネムの最新作で、曲をかなり書いている、とも付け加えた。みたら、今年出たアルバムで曲を書いていた。ゆっくり話したら、またおもしろい話が聞けそうだ。 ◎ ライヴは、12月25日まで1日2ステージ、東京ブルーノートで http://www.bluenote.co.jp/jp/index.html ■ エンド・オブ・ア・レインボー 名曲この日もやった「セイ・ユー・ラヴ・ミー」はこちらに収録 エンド・オブ・ア・レインボー posted with amazlet at 10.12.22 パティ・オースティン キングレコード (2006-10-04) 売り上げランキング: 22196 Amazon.co.jp で詳細を見る ■エラに捧ぐアルバム エラ・フィッツジェラルドに捧ぐ posted with amazlet … Continue reading

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○ソウル・サーチンVol.9、2011年2月に開催決定~クインシー・ジョーンズ

○ソウル・サーチンVol.9、2011年2月に開催決定~クインシー・ジョーンズ 【Next Soul Searchin Will Be Featuring Quincy Jones】 1年7ヶ月ぶり。 一組のアーティストにスポットを当て、そのアーティストに関するトークとリアル・ミュージシャンによるそのアーティストの作品を生演奏で楽しむイヴェント『ソウル・サーチン:ザ・セッション Vol.4』(『ソウル・サーチン』としては、通算9回目)が、2011年2月3日(木)、4日(金)に目黒のブルース・アレイで行われることが決まった。今回スポットをあてるのは、伝説的プロデューサー、クインシー・ジョーンズ。「ソウル・サーチン」が、プロデューサーにスポットライトを当てるのは初めて。前回が2009年7月のアイズレイ・ブラザーズだったので、1年7ヶ月ぶりになる。 ケイリブがやってくれたプロモ・ビデオ http://www.bluesalley.co.jp/schedule/video/movie.html?c_code=Schedule-20101028161957 ブルース・アレイ2月のサイト http://www.bluesalley.co.jp/schedule/live.html# ここから詳細、予約(reservation)へ行くと予約ができます ++++ しばらく前にケイリブと青山のスタバで、打ち合わせをした。で、いろいろ資料を持っていき、候補を検討した。そのとき、テーブルにあがったのが、ジェームス・ブラウン、マイケル、プリンス、ホイットニー、アース、クール&ギャング、オーティス、カーティス、アル・グリーン、シャカ・カーンなどなど。マイケルは、前回2009年7月だったときに、アイズレイから急遽、マイケルに変更するという手もあったんですが、さすがに準備の時間がなかった。そして以来、かなりやりたいんですが、どうしてもやるならダンサーをいれたい。それには、舞台が狭すぎという難点がある。また、あれ以来たくさんのマイケル・トリビュートのライヴを見て来て、本当にうまくみんなカヴァーができないということを痛切に感じていた。 これまでの過去8回(7アーティスト)をみると、いずれもソウル・ミュージックの歴史に大きな足跡を残してきた人たちばかり。ホイットニーは、もちろん素晴らしいシンガーだが、他のジャイアントたちから比べると、ちょっとまだ早いんじゃないか、とケイリブが言った。そういう意味で言うと、シャカ・カーンも現役ばりばりで、早いのかなあという気持ちもしてくる。 そして、リストをみている中でクインシーの名前を見つけた。で、ぴーんときた。クインシーの歴史を振り返れば、それは極端に言えばブラック・ミュージックの歴史をすべて振り返ることになる。しかも、マイケルも含められる。ジャズ、ポップ、ソウル、R&B、ヒップホップまでも含められる。 サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド、フランク・シナトラ、レイ・チャールズ、ブラザース・ジョンソン、ジェームス・イングラム、パティ・オースティン、シャカ・カーン、そして、彼がアレンジしたり人、彼の元でミュージシャンとして活躍した人など、アメリカの音楽業界のフーズフー(百科事典)になる。音楽的にもとてもヴァラエティーに富んだものになるはず。 ケイリブと二人で話しているうちにどんどんショーの内容のアイデアが浮かび、興奮してきた。 予約がまもなくできるようになりますので、ぜひ、お運びください。 ■ メンバー 「ケイリブ・ジェームス&ザ・ソウル・サーチャーズ・フィーチャリング・フィリップ・ウー」 ケイリブ・ジェームス(キーボード&ヴォーカル)Kaleb James フィリップ・ウー (キーボード、ハモンド・オルガン) Philip Woo 高田真(ドラムス)Takada Shin マサ小浜(ギター) Masa Kohama 日野賢二 (ベース) Hino Jino Kenji ゲイリー・スコット(サックス、パーカッション、ヴォーカル)Gary Scott … Continue reading

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◎クリスマス時期の風物詩~スタイリスティックス~日本との相性抜群

◎クリスマス時期の風物詩~スタイリスティックス~日本との相性抜群 【Christmas Season Is Stylistics’ Season】 風物詩。 まさにこのところ12月の風物詩となりつつあるスタイリスティックスの来日コンサート。 司会役のハーブ・マレルが、なんと、中央で高いスツールに座って歌っているではないか。一番びっくりした。彼はずっと座っていたが、1曲だけ自身がリードを取る「ディスコ・ベイビー」のときだけ、立って振付けながら、歌った。ひょっとして、どこか怪我でもしたのか、ちょっと心配になり、後で聞くと、3週間ほど前、ロンドンあたりでちょっと腰を痛めたらしく、日本でも何度か針治療をしているそうだ。ただ、まあ、ちくちくするらしいが、時間をかければ直るらしい。「日本から帰れば、1月には2週間のオフがあるので、そのときには直せると思うよ」とハーブは元気そうに言っていた。 ハーブが座っている以外、すべて変わらぬ、「普遍」「不変」ショー。月曜ファーストというのに、ほぼ満員。このスタイリスティックスの集客力はすごい。 基本の立ち位置は、向かって左側(下手)からエアリオン・ラヴ、ヴァン・フィールズ、座ってるハーブ・マレル(MC)、そして一番右がイーバン(リード・シンガー=ファルセット)。セットリストは、もちろん昨年とは若干入れ替えているが、おなじみのヒット曲満載であることにはまちがいない。 そして思うのが、彼らの楽曲がとても日本人向けにできている、ということ。今回のアンコール「フロム・ザ・マウンテン」など、まさに日本の演歌曲にさえなりそう。アメリカの演歌だ。なので、この曲の日本語版を作って日本人シンガー(それも演歌の)なんかに歌ってもらったら、おもしろいのではないか、と思った。そして、そこから発展して、またスタイリスティックスが何かまた日本の曲をカヴァーするなんて企画も十分にいいかもしれない。スタイリスティックス楽曲を日本のソウル系シンガーがカヴァーし、トリビュート盤を作るのもいい。 毎度のことながら、低音のハーブのMCぶりが実に粋でかっこいい。MCでの自己紹介で、メンバーがそれぞれ自分の星座を言う。いかにもアメリカのソウルグループっぽい。エアリオン・ラヴ=8月8日生まれ・リブラ(しし座)、ヴァン・フィールズ=11月12日生まれ・スコーピオ(さそり座)、イーバン=6月14日生まれ・ジェミナイ(ふたご座)、ハーブ・マレル=4月27日生まれ・ターラス(おうし座)だ。 ■ スタイリスティックス・最新ベスト盤 『”シングルズ 1970~1977″』 2010年12月8日発売=スタイリスティックスのアヴコ/H&L時代のシングルのA面B面両面を1977年まですべて収録した2枚組み。最初のシングルのB面(レット・ザ・ジャンキー・バスト・ザ・プッシャー )は、長くLP未収録だったため本邦初CD化となった。ライナーノーツ、書いています。 シングルズ 1970~1977 posted with amazlet at 10.12.20 スタイリスティックス ビクターエンタテインメント (2010-12-08) 売り上げランキング: 26662 Amazon.co.jp で詳細を見る ■スタイリスティックス公演は2010年12月25日(土)までビルボード東京で。 http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=calendar&shop=1 この後、横浜(26日)、札幌(28日)がある。 ■ スタイリスティックス過去記事 2009年12月25日(金) クリスマスにスタイリスティックス~継続アーティストだけがもてる特権 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20091225.html … Continue reading

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★サム・ムーアのおしゃべりには周りに人が集まる

★サム・ムーアのおしゃべりには周りに人が集まる 【People Came To Sam’s Backstage】 話題。 サム・ムーアは、相変わらず元気だった。そして、おしゃべり好き。すでに楽屋には何人かのお客さんがいたが、なにかについて話していた。 途中でころあいを見て、「今回は1日2回のステージは、大変でしょう」ときくと、「ああ、今日は1ステージだったけどな。日曜1ステージ、昨日が2ステージ、今日が1ステージ、明日が2ステージ、1-2-1-2だ。ふ~~っ」 今までは、毎日1ステージだったのが、今回は1日2ステージの日があるのだ。75歳のサム・ムーア、それでもがんばっている。 すると、途中から「去年、アポロにきたxxx、わかるか?」 名前がよく聴き取れずわからなかったが、何度か聞いているうちに、和田アキ子さんということがわかった。興奮気味にサムが話す。 「すごいんだよ、アポロが超満員、スタンディング・ルーム・オンリー(立ち見のみしか残ってない)。しかも、観客は、全員日本人だ。ニューヨークにこんなに日本人が住んでたなんて、夢にも思わなかったぞ。(笑) しかも、彼女はリハーサルを5時間もやってるんだ。5時間だぞ、信じられるか? 5アワーズ!」 と言って、両手を広げる。「で、本番も5時間あるんだ。本番で5時間も歌い続けるなんて、信じられん。で、最後ショーが終わって彼女が俺のところにやってきた。『サム、サム…、もう声が出ない』とかすれ声で言ってくる。でも、タバコすってるんだ」 「あれ、彼女はタバコ、やめたんでは?」 「おお、そうか? そんときは吸ってた、去年の9月のことだ」 サムは休憩時間に、アポロの歴史室みたいなところに歴代のR&Bシンガーたちの写真が飾られているところを案内した、という。「そうしたら、ジャッキー・ウィルソンの前で、『ワオ、ジャッキー、アイドルなんです』と彼女は感激していた。もちろん、そこには、他にもジェームス・ブラウン、アレサ、サラ…、ありとあらゆる伝説の人たちの写真があるので、いちいち感激してたんだ」 「彼女は、アポロのステージ横にある有名な樫の木の切り株には触ったのでしょうか」「もちろんだ、触ってたよ。彼女にとっては、ジャッキー、レイ(・チャールズ、そして、俺(サム・ムーア)がアイドルらしいよ」 というわけで、ブルーノートの1階の入り口には和田アキ子さんからの大きな花束が飾られていた。 誰かがちょうど、クラプトンが北朝鮮からライヴに来ないかと誘われていた情報がウィキリークスで流れた文書の中にあったという話をしだした。サムもそれを知っていたらしく、「おおっ、そうだったな、知ってるよ。でもな、クラプトンが北朝鮮に行ったって、『コケイン』を歌えないだろう」 そして、『コケ~~イン』とちょっと鼻歌っぽく歌う。(一同爆笑) 「あそこの(キムジョンイルの)息子が、ロック好きなんだろ。でも、コケインは、ダメだ(笑)」 そこで、僕が「いやあ、クラプトンが北朝鮮に行ったら、歌うべきいい曲がありますよ。それは、『チェンジ・ザ・ワールド』です!」というと、「『チェンジ・ザ・ワールド』かあ、そりゃあ、いい! 彼は絶対にあそこで歌うべきだな」と大いに受けた。 それにしても、サム翁、フル・ショーをやり終えた後も、よくしゃべる、しゃべる。しかも、表情豊かで、時々ステージでも見せるコミカルなちょっとコメディアンのような話し方で話すものだから、回りの人間はみなおもしろがる。だから自然と人が集まってくるのだろう。ああいうシーンを見ると、サムがみんなから愛されていることがよくわかる。 ■ 現在までのところ最新作 オーバーナイト・センセーショナル posted with amazlet at 10.12.15 サム・ムーア ベッカ・ブラムレット ビー・ビー・ワイナンズ ビリー・プレストン シーラ・E. ワーナーミュージック・ジャパン (2006-09-13) 売り上げランキング: 99507 Amazon.co.jp で詳細を見る そして、サム&デイヴといえば~ ベスト・オブ・サム&デイヴ … Continue reading

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◆ネルソン・ジョージから学んだこと

◆ネルソン・ジョージから学んだこと 【Lesson From Nelson George】 日本。 ネルソン・ジョージには、1980年代に2-3回会った。1度は正式にインタヴューした。あの頃、僕は毎年夏にニューヨークで行われる「ニュー・ミュージック・セミナー」というのに参加していて、そこでいろんな業界人と知り合ったが、ネルソンはインタヴューをオファーし、アポイントをとって行った。 しかし、そのアポはなかなか取れなかったことを覚えている。あの頃はメールがなかったので、エアメールか、ファクスか、しつこいほど電話をしたんだと思う。とにかく、アメリカのそういう業界人は、相手を知らないと、折り返し電話をかけてこない。もちろん、当時は携帯もないので、相手のオフィースに電話、こちらはホテルの部屋で待機、みたいなものだ。あと、みんなページャーというポケベルを持っていた。 何度かやりとりがあって、やっとのことで彼に会えることになった。ミッドタウンにあるビルボードのオフィースに行ったが、会うなりいきなり、僕に「日本でのR&B、ブラック・ミュージックの状況はどうだ、誰が人気があるか、ラジオはどうだ、何局くらいあるんだ」など立て板に水で質問を矢継ぎ早にしてきて面食らった。さすが、ジャーナリストだなと思った。ジャーナリストっていうのは、どんどん質問しないといけないんだ、ということを知ったのが、彼と会ってからだ。ほぼ同時期に、ミネアポリスの新聞の記者(名前を思い出せないのだが、60代くらいの品のいい女性だった)にも会ったが、同じく質問攻めに合い、いかに効率よく的確に質問すべきかということを学んだ。そして、遠慮なんてものをしていては、あっという間に時間はなくなり、インタヴューは終わる。アメリカ人の質問は直接的で、ずばっとくる。誰もがそうなので、基本的にそれでいいんだと思うようになった。 ネルソンも、ミネアポリスのジャーナリストも、日本に漠然と興味を持っていたのだろう。それで、そういうことを訊かれた。だが、僕はそれほど「日本」について知らなかった。ちょうどその頃からだと思う。外国に行くと、日本についてきちんと説明ができないといけないということを認識するのが。 それこそ、ささいなネタでも日本について、説明できないと場がもたないのだ。たとえば、食べ物の話になれば、すしの話をしなければならない。魚の名前を英語で言えないといけない。そんなことは、いまだにできない。(笑) ま、最近は日本通の外国人は、すしのネタを日本語で知ってるからいいんだけどね。(笑) ネルソン・ジョージは、ちょうど『リズム&ブルースの死』を出し、以後コンスタントに著作を発表する。いつの間にか、ハリウッドとコンタクトが出来、ビルボードを辞めて、作家となり、映画の脚本なども書くようになったらしい。彼がビルボードを辞めてからは、なかなか彼のブラック・ミュージックのレポートを見る機会が減ったが、時折、ローリング・ストーン誌やら、なにかで彼の記事が出てたりすると、けっこう読んだものだ。 ネルソンの記事がおもしろかったのは、彼が黒人であって、黒人の目から黒人の音楽シーンをきちんと見ていたからだ。それも、かなりきちんとした文章で書いていたので読み応えがあった。当たり前だが、ビルボードにいたので、きちんと取材をして書いていた。 僕が海外の評論家で一目置いていたのが、トニー・カミングス、デイヴィッド・ネイサン、そして、ネルソンだった。評論家ではないが、デイヴィッド・リッツも注目していた。トニーもデイヴィッド・ネイサンも、いずれもイギリスの白人。リッツも白人、だから、ネルソンがアメリカの黒人の視点でブラック・ミュージックを語るのが新鮮だったのだ。 ■ ネルソン・ジョージの著作 『スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間』 スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間 posted with amazlet at 10.12.18 ネルソン・ジョージ シンコーミュージック・エンタテイメント 売り上げランキング: 2078 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ デス・オブ・リズム&ブルース リズム&ブルースの死 posted with amazlet at 10.12.18 ネルソン ジョージ 早川書房 売り上げランキング: … Continue reading

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☆ネルソン・ジョージ著『スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間』

☆ネルソン・ジョージ著『スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間』 【Nelson George : “Thriller The Musical Life Of Michael Jackson】 新刊。 17日が締切ということで、こもりきりで原稿。いま、必死にやっているのは、こちら。→ 日経エンタテインメント! マイケル・ジャクソン MICHAEL posted with amazlet at 10.12.18 日経BP社 売り上げランキング: 15 Amazon.co.jp で詳細を見る 編集担当の方から、「リビーのインタヴュー、涙ぐんでしまいました。読まれた方はみなそうなると思います」というメールを。書いてるときは、熱中しててそこまで思いがいかなかったが、改めて読み直すと、確かにいい感じ。 さて、このマイケル特集本の話は、後日、またしますが、今日は、ツイッターとかぶりますが、ネルソン・ジョージの著作をご紹介。 昨日(16日)、ネルソン・ジョージ著『スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間』(五十嵐正・翻訳=シンコー・ミュージック・エンタテイメント、1800円+税)が到着。四六版232ページ、『マイケル・ジャクソン全記録』などと同じ版型、薄いので全記録の半分くらいの厚さ。持ったら意外と軽かったので、図ってみたら260グラムでした。(そんなことは、どーでもよい) 表紙など、アマゾンは送料無料。 http://amzn.to/fgo0or さらっと後半だけ目を通して、17日の午後のツイート感想を。 アメリカの黒人音楽評論家ネルソン・ジョージ @nelsongeorge が書いた新刊マイケル・ジャクソン本『スリラー』 http://amzn.to/fgo0or 日本版到着。「BAD」の元になった私立学生がNYの警官に撃たれた記事はネルソンが書いていたことを発見。 ネルソンは、私立学校に通っていた学生がなぜ死んだのかをヴィレッジヴォイスに書き、それがニューヨークタイムスによってさらに取材され掲載され、たぶん、そのあたりが、「BAD」のビデオのインスピレーションになった。『BAD』以降、マイケルには実質的には「締切」がなかった。 クインシー卒業後、一番その頃、音楽的に信頼していたのは、テディー・ライリーだったようだ。LAのララビースタジオを1年間ブロックで借り上げ、ホームシックになったテディーに、家族・友人も費用マイケル持ちで、みなLAに引っ越させた。 ネルソンは、本書を「伝記ではない。音楽評論と回顧録と文化史の混合」と形容している。最後は、『ディス・イズ・イット』の映画を見たところで終わる。(なお、ここでは「モータウン25」が84年と印刷されてるが、83年です) 翻訳は五十嵐正 @taddihno さん。 … Continue reading

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■マイケル・ジャクソン特番など~「ソウル・トレイン」のYMO

■マイケル・ジャクソン特番など~「ソウル・トレイン」のYMO 【Michael Jackson Special Program On J-Wave & YMO on “Soul Train”】 特番。 今度の土曜日(2010年12月18日)深夜12時から1時まで東京のFM局J-Waveでマイケル・ジャクソンの特番が放送され、それにゲストで出演、昨日(12月16日)収録に行ってきた。ナヴィゲーターは、ジョン・カビラさん。コメント・ゲストで西寺郷太さん、ケント・モリさんらも出演する。 番組タイトルは、「フォーエヴァー・マイケル」。 http://www.j-wave.co.jp/original/jwavespecial/2010/12/15/ カビラさんとは、彼がCBSソニー時代からの旧知の仲ということもあり、とても話しやすかった。たぶん、僕の部分はオンエアでは10分程度に編集されると思うが、軽い打ち合わせも含め小一時間スタジオで、あれやこれや雑談兼本番のトークをしていたように思う。 ポイントは、この新作『マイケル』はどのようなアルバムか、どのような経緯で出来たか、エステートのジョン・マクレインの話(かつてジャネット時代に2度ほどインタヴューしたことがある)、なぜ、このアルバムにはクインシーはかかわっていないのか、このアルバムをどう捉えるか、「ビハンド・ザ・マスク」の話など。そして、声の真贋について。 ■ 「ソウル・トレイン」YMOの話 「ソウル・トレイン」。 「ビハインド・ザ・マスク」が出た1980年頃、カビラさんはアメリカに留学していて、たまたまテレビの『ソウル・トレイン』を見ていたら、YMOが出てきたという。そのとき、演奏を終えて、ドン・コーネリアス(司会者)がメンバーに近寄って、さあ、誰が答えるんだ、と凝視していたら、なんと坂本龍一さんではなく、高橋幸宏さんが英語で答えていたのが印象的だった、という。 たしか、YouTubeにあるのではと思って探したら、案の定、あった。そうだ、アーチー・ベル&ドレルスの「タイトゥン・アップ」をカヴァーしていたんで、それをやった。これは、クチパクではなく、実際の演奏のよう。たぶん、このシーンは東京でテレビで見たような気がする。NHKの再放送だったかなあ。TBSだったか、12チャンネルだったか、はっきり覚えてないんだが。 たぶん、曲にかぶさる声は、小林克也さんだと思う。 キーボードは、矢野顕子さん、そして、ギターは大村憲司さん。「タイトゥン・アップ」は、もちろん、「ソウル・トレイン」にどんぴしゃ。なんと、このときは、もう1曲テクノ風の「ファイアー・クラッカー」も演奏していた。 要は「ビハインド・ザ・マスク」が、もし『スリラー』に入っていたらどうなったか、などの話から雑談が広がってしまった。(ゆえにこのあたりは、オンエアー的にはボツネタ。(笑)) ドンと幸宏さんのやりとりも、おもしろい、っていうか、ドンのいじわるっぷりがおもしろい。 しかし、30年も前の映像が、いまや、クリックひとつで見られるんだから、ほんと、すごいことだ。 ++++ 真贋については、自分でも話してて、途中からわけがわからなくなり、ちょっとトーク自体の整合性がなくなってしまい、たぶん、カットされると思う。(笑)もう少し、整理してから話さないとだめみたいだ。 ENT>RADIO>Jackson, Michael ENT>TV>Soul Train>YMO

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◎サム・ムーア、清志郎ファミリーに捧げる

◎サム・ムーア、清志郎ファミリーに捧げる 【Sam Moore Live: Dedicate To Kiyoshiro Family】 捧げる。 1982年横浜スタジアムにサム・ムーアとして来日し、清志郎と同じステージに立ち、その後2006年11月に再来日してから2008年まで3年連続で来日して以来、およそ2年ぶりソロとして5度目の来日となったサム・ムーア。(ちなみに、サム&デイヴとしては、1969年、1970年計2回来日)(訂正=当初書いた81-2年の来日は、1982年横浜スタジアムでのライヴで、これはサム&デイヴとしてではなく、サム・ムーア・ソロでした。訂正します。2010年12月17日) 今回は、日曜1ショー、月曜2ショー、火曜1ショー、水曜2ショーという1-2-1-2ショーでのライヴ。前回と若干セットリストを代えてきており、全体的には、まったりした落ち着いた感じがした。それと2年ぶりのサム翁、若干お年を召したか。 下記セットリスト15曲目の前、サムの奥さんジョイスさんが登場し、清志郎さんの話をして、この日その家族がいらしている、と紹介した。「清志郎は彼が15歳の頃、サムのところにやってきた。ここ何年か毎回サムが来日すると、来てくれた。前回も来てくれ、医者が歌ってはだめだと言ってたにもかかわらず、ステージに上がって歌ってくれた。そして、ご存知のように彼は昨年亡くなりました。今日は、そのご家族がいらしています」 こう言って、そこにスポットが当てられ、ご家族が立ち上がって会釈した。サムは、続いて「ユー・アー・ソー・ビューーティフル」を熱唱。家族の方々は、泣いているように見えた。 数えてみたら、僕は清志郎の飛び入りライヴをこのブルーノートで5回見ていた。サム・ムーア、ブルース・ブラザース・バンド、そして、ブッカーT&ザ・MGズ。たまたま彼が見に来た日に僕も行っていた、ということなんだが、確かに引きが強いかもしれない。(笑) バックグラウンド・シンガーの一人、キャロウェイはこれで4回連続の来日だが、ますます磨きがかかっている。彼女は、ジョス・ストーンあるいは、ティーナ・マリー的なソウルフルなシンガーになれる。彼女はいいなあ。 セットリストをもう一度見返すと、キラー・チューンの「When Something Is Wrong With My Baby」や、「Soul Sister, Brown Sugar」がなかった。もっとスタックス色を出してもいいかなとも感じた。オーティス曲をやったときもあったしね。また、「Blame It On The Rain」でいつもの通り観客にそのサビを歌わせるのだが、覚えさせる歌詞がちょっと日本人には長すぎて、一般的な日本人には難しい。事前に歌詞カードを配るか、字幕をスクリーンに出すとかしないと、ちょっとあれは歌えない。せいぜい「オー、イエー」くらいなら、いいのだが。ま、課題といえば、課題。 とはいうものの、サム・ムーアは元気印であることにかわりない。ライヴ後、軽く表敬訪問に楽屋を訪れたが、ただの世間話が、30分以上続いた。ほんとにおしゃべり好きのサム翁(おう)だ。そのあたりは、明日以降に。ブルーノート入り口には、和田アキ子さんからの大きな花束が飾られていた。 (この項続く) ■ サム・ムーア 過去関連記事 2008年09月02日(火) 東京ジャズのサム・ムーア http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20080902.html 2008年09月04日(木) サム・ムーア・ライヴ~昨年よりも強力に http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20080904.html 2008年09月05日(金) サム・ムーア:「ザ・ソウル・ショウ」@ブルーノート … Continue reading

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◆ここ1-2週間のいろいろ~ソウル・サーチンからソウル・キッチン

◆ここ1-2週間のいろいろ~ソウル・サーチンからソウル・キッチン 【Bits & Pieces About Last 2 Weeks】 バタバタ。 今週はけっこうスケジュールがタイトで、厳しい。そこで、「棚つか」(棚からひとつかみ)ならぬ「ネタつか」。いくつかあるネタをぱっとつかんで、かいつまんでご紹介。12月はバタバタ・マンス。 12月14日(火)、まだマイケルの新作『マイケル』の本盤のCD届かず。アマゾンあたりで発注した人は月曜あたりに到着してるところもあるようだ。このアルバム、オーストラリア、ベルギー、ドイツでは、12月10日発売、イギリスが12月13日発売、アメリカ、ブラジル、台湾が12月14日発売、そして、日本が12月15日発売。ちなみに中国でも12月20日に発売される。 12月14日(火)午後、映画配給会社ビターズ・エンドから、今度公開される映画『ソウル・キッチン』のDVDが届く。先日、J-Waveの持田さんからご紹介され、見せていただくことに。60年代、70年代のソウル・ミュージックがふんだんに流れるドイツの大衆食堂を舞台にした映画で、とっても僕好みっぽそうな感じ。とりあえず、テレビで流しながら、原稿。 12月14日(火曜)は、ブルーノートでサム・ムーア。これは2年ぶりのライヴ。毎回見ているが、今回も元気いっぱいのよう。日曜日・コットンから始まり、月曜以降ブルーノート。今回は、ブルノでは一日2回のショーが組まれ、火曜だけワンショー。ゴスペラーズの村上・酒井両氏は月曜に行ったよう。楽屋でブレンダ・ヴォーンがサムから聞いた話として、「アレサの入院は検査入院なのに大きな騒動になっている」とのこと。今後の情報を注目したい。 1月初旬発売の日経トレンディ・特別増刊号のマイケル特集の記事の締切が五月雨式にやってきている。今週いっぱいこれに忙殺。8月に取っていたリビー・ジャクソン、2月に取ったバシリ・ジョンソン、5月のジュディス・ヒルのインタヴューなどを一挙に公開。 ここ1-2週間で見たライヴで、まだライヴ評をあげてないものがいくつか。 11月29日(月)AIのライヴは書いた。11月30日(火)、マイケル新作試聴会は書いた。12月1日(水)、和田唱さんのトライセラトップスのライヴ@渋谷AX。ストレートなロック。立錐の余地もないほどの超満員でびっくり。すごい人気。12月2日(月)深夜、Bハワードがジェネヴィーヴ・ジャクソンの誕生日を祝うパーティー。3日(金)、竹内まりやさん@武道館は書いた。12月6日(月)のフォー・プレイ。月曜日、ケイリブと「ソウル・サーチン」の打ち合わせをしていると、ケイリブがこのあと、ブルノでフォー・プレイを見るというので、一緒に行くことになり、そこでAIもジョイン。うまい匠たちのプレイは、文句なし。ケイリブに「ソウル・サーチン」告知用のプロモーション用ビデオを路上で撮影。するが、暗くて、結局使えず、再撮影に。12月7日(火)、白川会は書いた。白川会に出席したためMaruことFireflyに行けず。ごめん。11日(土)デイヴィッドTは書いた。12日(日)仲間内の忘年会。約30名参加。半分幹事なので、マイケルの神宮のイヴェント行けず。13日(火)軽音部、原稿につまり、欠席。ごめん。 12月10日(金)、フォトグラファー・ナサさんの写真二人展渋谷にて。ケイリブと一緒に見る。そこで、「ソウル・サーチン」プロモ用ビデオを再度撮影。ケイリブは立て板に水で、ほんとしゃべりもうまい。この写真展でモデルとなったシンガーのレイケイさんと名刺交換。彼が歌っている音源を昨日、メール便で受領。スティーヴィーの「リボン・イン・ザ・スカイ」などをハウス仕立てで歌っている。 ■ソウル・サーチン:ザ・セッション~ア・トリビュート・トゥ・クインシー・ジョーンズ さて、今回の「ソウル・サーチン」は、紆余曲折、さんざん悩んで、クインシー・ジョーンズに決定。一両日中にメンバーなど発表します。2011年2月3日(木)、4日(金)、目黒ブルース・アレイです。カレンダーにマークを。 ケイリブのプロモ http://www.bluesalley.co.jp/schedule/video/movie.html?c_code=Schedule-20101028161957 ブルース・アレイ告知 http://www.bluesalley.co.jp/schedule/syousai.html?c_code=Schedule-20101028161957&status=ok&disp_date=201102&type=s#b 候補リストをもって行き、ケイリブと喧々諤々(けんけんがくがく)。僕は本当はマイケルやジェームス・ブラウンをやりたいのだが、マイケルをやる場合は、絶対にダンサーを入れたい。もちろん、ブルーツリー(MJ-Spirit)にお願いしたい。だが、ブルースアレイのステージではとても無理。なくなく諦める。それと、マイケル・トリビュートは過去1年以上何本も見ているが、やはり、誰がどうやっても、いいものにならない、ということを毎回痛感してきた。よほどアレンジ力、楽曲の解釈力がないと、いいものにならない。JBも、マイケルも、本当にワン&オンリーで難しいのだ。で、いろんなアーティストの名前が出た。 過去8回やってきた「ソウル・サーチン」はいずれもソウル・ジャイアントばかり。ソウルの歴史に偉大な足跡を残したアーティストばかりだ。そんな中、最後までプリンスは候補に残ったが、リストの中でクインシー・ジョーンズの名前が浮上。クインシーならマイケルも含められる、ジャズの歴史、ポップスの歴史、そしてブラック・ミュージックの歴史を俯瞰できるということで、クインシーに決まった。 クインシーに決めた後は、あれもこれもと期待が広がり、えらく自分でも興奮してきた。あの曲とあの曲をメドレーにして、ジーノにバチバチ・ベース叩いてもらおうとか。「イッツ・マイ・パーティー」(レスリー・ゴーア)やりたいなあ。 詳細は後日。 ■ マイケル・ジャクソン『マイケル』 MICHAEL posted with amazlet at 10.12.14 マイケル・ジャクソン ソニーミュージックジャパンインターナショナル (2010-12-15) 売り上げランキング: 7 … Continue reading

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◎デイヴィッド・T・ウォーカー~ギターの匠・人間国宝

◎デイヴィッド・T・ウォーカー~ギターの匠・人間国宝 【David T. Walker ~ A Real National Treasure】 人間国宝。 2007年5月の日本における彼自身の初名義ライヴ以来、ひんぱんに来日して、大変人気の高いデイヴィッド・T・ウォーカー。今年、昨年ともにマリーナ・ショーのバックでも来ており、さらに、デイヴィッドは今回のこのライヴ以外、日本の人気グループ、ドリームズ・カム・トゥルーのライヴでもギターをプレイしている。このビルボードのライヴ後も、日本をゆっくり1週間ほど、楽しむためにオフにしているそうだ。「私は、日本が大好きだからねBecause I love Japan」とデイヴィッドは言う。 さて、4人の侍たちが、ステージに上がり、デイヴィッドがセンターのマイクに向かうと、いきなり「こんばんは!Konbanwa!」と声を出した。そして、イントロが流れたその瞬間、一挙に観客はデイヴィッドの世界に引きずり込まれる。この一音で、デイヴィッドとわからせるその指。どこをとっても、どこを切っても、デイヴィッドの音だ。 毎年やってくる彼だが、今回のライヴは、ちょうど2010年12月8日にリリースされたばかりの新作『フォー・オール・タイム』からの楽曲を多めに演奏した。それと、今回は曲間で、けっこうしゃべっていたような印象がする。曲のタイトルを必ず言ったり、新作からの作品だと説明したり、今まではただ黙々と演奏するだけだったのだが。 ちなみに実質的な1曲目となったビートルズの「エリノア・リグビー」は、以前は、曲間で軽くリフをいれるだけでやっていたもの。(下記の過去関連記事内・セットリスト参照=前回・前々回も「Going Up」のリフでこれをいれていた) それを今回は、アレンジを煮詰めてフル・サイズにしレコーディング、改めて完成品として披露した。ライヴでやって反応がよければ、レコーディングするというスタイルだ。 それにしても、このギターの音色は何度聴いてもトロトロでメロメロになる。デイヴィッドは、1941年6月25日生まれ。昭和16年、へび年の69歳。まさしく人間国宝だ。 次回、日曜日に日本にいるときは、ぜひ、「ソウル・ブレンズ」に生ゲストでの出演を依頼しよう。それにしても12月のミッドタウンはすごい人ごみ。駐車場も出るのも入るのも、超時間がかかる。 ■過去関連記事 2009年12月16日(水) ようこそデイヴィッドTのリヴィングへ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20091216.html 2009年08月03日(月) マリーナ・ショウとドリーム・チームによるドリーミーな夜 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10312956175.html 2008年11月22日(土) デイヴィッド・T・ウォーカー、ビルボード・ライヴ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20081122.html 2007年12月25日(火) 瞬間 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20071225.html 2007年12月23日(日) デイヴィッド・T・ウォーカー http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20071223.html 2007年12月19日(水) デイヴィッド・T・ウォーカー、ギターは私の声だ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20071219.html 2007年12月17日(月) … Continue reading

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◆宇多田ヒカル、坂本龍一ライヴのUストリーム中継から見る未来の音楽業界

◆宇多田ヒカル、坂本龍一ライヴのUストリーム中継から見る未来の音楽業界 【Utada Hikaru Live Ustream And Future Of Music Industry】 殺到。 シンガー・ソングライター、宇多田ヒカルが2010年12月8日と9日、横浜アリーナでライヴを行い、8日の分をUストリームで全世界に向けて生中継を敢行した。生中継は、回線の早いものと遅いもの用と2チャンネルで行われたが、生中継時点では両チャンネル合わせて9万人以上がアクセス。一方、終了後の同サイトでは合計視聴数780,995と出ていた。これは、延べ総アクセスのことのようで、Uスト側の発表では、92万以上のアクセス、ユニークユーザー数(実質的なアクセス者数)が34万5000人とのこと。配信中に「ソーシャルストリーム」機能で投稿されたツイッターやフェイスブックなどでのコメント数は18万5,000通。これは単純に2時間で割っても一分間に1500通以上のコメントがあった計算だ。 いわゆる有料のライヴをUストリームで無料で生中継する。しかも当代きっての人気者のライヴだ。これはアクセスが殺到するに決まっている。坂本龍一も積極的にUストリーム中継をしている。12月11日の国際フォーラムでのライヴは、ライヴを有料衛星テレビ局ワウワウ(WOWOW)が生中継する一方で、Uストリームでも中継するという実験的なこともした。この宇多田ヒカルや坂本龍一のUストリーム中継は今後の音楽業界、ライヴの世界にどのような影響を与えるのだろうか。 コピー。 一度、音楽がそもそもあったスタート地点に話を戻そう。音楽は、すべてまずは生のライヴ(言葉の意味が二重になってるが、とりあえずわかりやすく表記)だった。宮廷音楽にしろ、アフリカの土着の音楽であろうとすべては生の楽器をその場で演奏し、何人かの聴衆がいた。ここ何世紀かは、その音楽に対し、お金を払い、ミュージシャンはそのお金で生活をしていた。ここ130年ほどで音楽を録音するという技術が開発され、その技術によって、同じ音楽のコピー(複製)が大量に配布されることになった。しかし、その複製を作る技術はひじょうに高度なものだったため、ごく一部の人しか、複製を作ることはできなかった。そしてその複製作品には複製を作ることができる特権を持った者によってそれ相応の価値と価格が付けられ、そこにはさらに著作権という概念が付け加えられ、複製者、さらに著作権、原盤権を持つものには大きな利益が生まれることになった。言ってみれば著作権バブルが生まれた。 しかし、過去20年、その複製を誰もが簡単に安価に出来るようになり、複製することが誰の特権でもなくなり、コピーされるものの価値が著しく低下した。 そこで原点に返ると、コピーできるものの価値が低くなるにつれ、コピーできないものの価値は上がることになる。音楽の世界で言えば、レコード、CDなどは、コピー商品。絵画で言えば、大量に印刷されたポスターのようなもの。そして、ライヴ音楽は、一点物のオリジナルということになる。ライヴは、決して同じものを作ることはできない。 情報量。 ライヴとは、その場所に行き、何千人か何万人かとともにそのアーティストが奏でる音楽をリアルタイムで共有することだ。そこで感じること、そこにある情報は、音楽そのものだけでなく、空気、におい、照明などによる視覚、隣の人の体温などもすべてが要素のひとつになる。そしてそこには何よりもアーティストとの掛け合いがあり、完全な双方向性のやりとりがある。これらはすべて、録音されたものからは感じとることはできない。ライヴは一期一会でコピーできない。そこでしか体験できないこと、つまり、その人がそこで体験すること、それが大きな価値、ヴァリューだ。その価値、いわばその時間と場所に対して現代は対価を払うということになる。 さて、そんなライヴがテレビ中継、あるいは、Uストリームで中継される。現場まで行けない人にとっては、便利は便利だ。あるいは、現場に行くお金がない人にとっても、ありがたい。だが、Uストだろうが、テレビだろうが、そこで生中継されようが、録画で中継されようが、カメラ1台の映像だろうが、カメラ20台を使った豪華な映像だろうが、映し出されるモニターは1台で、平面、つまり2次元のもの、音も普通のものだ。そこから感じ取れる「情報量」は、現場で吸収できる情報量とは比べ物にならない。結局、中継されるものは、曲と演奏と歌と映像だけなのだ。 宇多田ヒカルが無料でライヴを中継しているのを見て、将来アーティストは誰もがUストなどで中継するのが、当たり前になるのだろうか。そのとき、中継をしないアーティストは時代遅れなのか、あるいはせこいのか、などと思いをめぐらせてしまった。僕は中継は無料だろうが、有料だろうが、どんどんすればいいと思う。ライヴをタダで中継したら、お客さんがチケット買ってまで来なくなってしまうのではないか、無料でUストなどしたら、ますます音楽はタダで見られるもの、余計お金をかけなくなる、と危惧する向きもあるだろう。最近の音楽に対する若い人たちの安直さを見ると、確かにその意見もむげに否定できない。CD現物でなくてダウンロードでいい、YouTubeの音でいい、MP3で十分だ、などという意見が大勢を占めると、そういう方向もあるのかなあ、とふと心配してしまう。だがライヴに来てこそ与えられるヴァリューを作り上げてこそのアーティストということになるだろう。 価値。 ここからは一般論になってしまうが、そのライヴが面白いと思えば、次には、たとえば翌日同じ会場であれば、当日券を買って行きたくなる可能性が高い。つまり、中継はサンプル(試供品)と捉えるのがいいのではないだろうか。音質だっていくら技術が発展したって、しばらくは会場と同じ質の音になるわけはない。そして、コンピューターの画面で宇多田ヒカルが歌っているのを見ていて感激するなら、実際に会場に来て生でそれを見たら、その感激は100倍以上になるはずだ。現場にはそういう価値(ヴァリュー)があるということを、音楽を作る側、広める側は、積極的に知らせていかなければならない。音楽のどこに価値があるのか、音楽のどこに人々は惹かれていくのか、そうしたものを知っている者は、それを知らない者たちへ広めていかなければならない。そんな地道な努力こそが、音楽業界の低迷化を少しずつ押さえていくことになる。なんにせよ、復興の近道なんてないのだ。 もちろん、絶対にUストなんてしない、そこに来てもらったお客さんに最大で最高品質のものを見せる、というアーティストがいてもいい。誰もがUストをする中で、あのアーティストは絶対にUストしないから、会場に行かないと見られないんだ、というのが定説になればそれでもいい。 また、総アクセス90万、ユニークユーザー30万はとてつもなくすごい数字だが、たとえば、一般の地上波のテレビで関東エリアの局の視聴率1パーセントは30万人に相当すると言われる。テレビで1パーセントの視聴率の番組ではどこでも話題にならないが、インターネットで30万人が見に来たとなると、とてつもなく大きな話題になる。そのあたりのバランス感覚もこれから覚えていかないといけないのだろう。 しかし、ひとつだけ確実なことが言える。それは、21世紀は、誰もが簡単にコピーできないものを作っていくことが求められる時代だということだ。音楽の内容そのものもそうだし、それを提供するメディア自体もそうだ。もちろん、作るほうは大変ですよ。十分わかります。でも、ぜひみなさん切磋琢磨して、何か新しい道を探しましょう。ただ、ライヴはコピーできない。この真実はずっと変わらない。 ■ 宇多田ヒカルシングルコレクションVOL2 Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.2【DVD特典付き】 posted with amazlet at 10.12.12 宇多田ヒカル EMIミュージック・ジャパン … Continue reading

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●ジェームス・ムーディー、すい臓がんで死去~サックスの偉人

●ジェームス・ムーディー、すい臓がんで死去~サックスの偉人 【Jazz Giant James Moody Dies At 85】 訃報。 ジャズ界の巨匠、サックスのマスター、ジェームス・ムーディーが2010年12月9日(木)午後1時07分、現在居住しているカリフォルニア州サンディエゴのホスピスで死去した。85歳。すい臓がんを患っていた。 妻のリンダが、12月9日付けで友人へ向けたあいさつを本人のウェッブページに書いている。 http://www.jamesmoody.com/linda_love.html これによると約10ヶ月前、2月にすい臓がんが判明、医師はこの末期の癌をすべて切除すると命が危ないということで、一部の手術だけを行った。その後、5月に退院後は、放射線などの強い治療をするのではなく、ホスピスでの静かな生活を満喫したいという選択をしたようだ。すい臓がんであることは、先月、一般に公開した。ムーディーはこの1年の間に、二つの望みがあった。ひとつは、特別な友人の結婚式(2010年10月10日に行われた)に出席すること、ふたつはひ孫の顔を見ることだった。ひ孫は、無事10月22日に誕生した、という。 妻リンダとはムーディーが64歳の1988年に結婚、22年連れ添った。 ジェームス・ムーディーと言えば、“There I go, there I go, there I go, there I go …”から始まる「ムーディーズ・ムード・フォー・ラヴ」。これは、アレサ・・フランクリン、ジョージ・ベンソン、ロッド・スチュワート、最近ではエイミー・ワインハウス、エリオット・ヤミンなど多数のアーティストがカヴァーしているスタンダードの名曲。 この曲は、1949年、パリで出会った人物からストックホルムでのレコーディングを誘われ、セッションの一番最後に「もう1曲録ろう」と言われ、レコーディングしたもの。元は「I’m In The Mood For Love」がオリジナルで、これをカヴァーした。しかし、1951年、ムーディーのヴァージョンにエディー・ジェファーソンがこのインスト・ヴァージョンに歌詞を付け、さらにキング・プレジャーが歌ったところ、大ヒットになった。ジェファーソンは1979年、銃で撃たれ死去。また、ムーディーのヴァージョンは、ニューヨークのラジオ局WBLSの人気DJフランキー・クロッカーがテーマ曲のように使って、ニューヨーカーなら誰でも知るスタンダードともなった。 クインシーは、木曜日にさっそく声明を発表。その中で、「ムーディーズ・ムード」を彼自身3回録音した、と書く。1972年アレサ、1980年ジョージ・ベンソン、そして、1995年、ブライアン・マクナイト、テイク6、ムーディー自身らを含めたチームで録音した。クインシーは、「現在のクインシーがあるのは、ムーディーのおかげだ」と言う。 ムーディーは、1925年(大正14年)3月26日ジョージア州サヴァンナ生まれ、その後ニュージャージーに育った。兵役後の1946年、ディジー・ガレスピー楽団に入り、以後、サックス奏者、フルート奏者として活躍。1948年、ブルーノート・レコードでレコーディング、その後約3年ほどヨーロッパに移住した。「ムーディーズ・ムード」を録音したのはこの頃。1952年にアメリカに戻り、プレスティージ・レーベルで作品を残した。その後、一時期、ディジーの元に戻るが、その後、ラスヴェガスのホテルのバンドに就任。これは、当時結婚し、子供が出来たため、ツアーに出るのをやめたかったから。 通常、ミュージシャン同士ではファースト・ネームのジムやジェームスなどと呼ばれることが多いが、ムーディーは、友人からはみな「ムーディー」と呼ばれる。それがあたかも彼のキャラクターを表すファースト・ネームのようなものだからだ。そして、彼は誰にでも等しく熱いハグと強い握手をするという。ユーモアのセンスも抜群だ。 “I’ve always wanted to … Continue reading

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★△アレサ・フランクリン~すい臓がんで手術~5月までの予定キャンセル

★△アレサ・フランクリン~すい臓がんで手術~5月までの予定キャンセル 【Aretha Franklin Reveals Cancer】 すい臓がん。 「クイーン・オブ・ソウル」ことアレサ・フランクリンが、先月(2010年11月)、健康問題を理由に(病名はそのときは明かさなかった)、2011年5月まで公衆の前に出るライヴ、イヴェントなどすべての行事をキャンセルした。その後、先週木曜(12月2日)地元デトロイトの病院で手術を実施、術後順調に回復しているとの報道が流れた。その時点では、依然病名は明かされていなかったが、8日、実はその病気がすい臓がんであることが明らかになった。アレサとすい臓がん。一体、今後の展開は。アレサは無事復帰できるのか。 報道によると、アレサが受けた手術は、膵頭十二指腸切除術(すいとうじゅうにしちょう・せつじょ・じゅつ)(pancreaticoduodenectomy)というもので、かなり高度な技術が要求されるという。この手術をあまり行わない不慣れな病院では、この手術後30日以内の患者の死亡率は驚くべきことに15パーセントに上る。一方、専門家がいる病院では1.4パーセント以下と、その差がかなりある、非常にむずかしく危険な手術だ。さらに、この癌の5年間生存率は6パーセントに満たないとも言われる。ちなみに、アップル社のスティーヴ・ジョブス(2004年手術)、最高裁判事ルース・バダー・ギンズバーグ(2009年2月に同手術)はこの病気の奇跡的なサヴァイヴァーだ。 この手術とは別にアレサは昨年11月、自宅で転び、肋骨を折り、短期間入院していた。 アレサの手術のしばらく前に、デトロイトでファンの人たちが集まり、アレサへ祈りを捧げる集会を開いた。 また、アレサ・フランクリンのいとこブレンダ・コーベットは、術後の経過は医師の予想を上回るほど大変順調で今週末には退院するという。現在、来年春、初夏には再びステージに戻ってライヴ活動を行いたい、としている。 +++++ 癌家系。 クイーン・オブ・ソウルことアレサ・フランクリンは1942年生まれの現在68歳。アレサの姉アーマ・フランクリンは2002年64歳で肺がんで、妹キャロリン・フランクリンは、1988年43歳の若さで乳がんで亡くなっている。いわば、癌家系と言える。また、アレサの体重は、多くの人が心配している点でもある。 アレサは、昨年1月、ワシントンDCで行われたオバマ大統領就任式で歌った。 2009年01月21日(水) オバマ大統領誕生~アレサの歌が祝福 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090121.html 一応、今週末退院とされているが、今後もニュースに注目していきたい。一日も早い完全な回復をお祈りしたい。 ソウル・サーチン:ザ・セッション~アレサ・フランクリン・レポート http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070327.html http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070328.html http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070329.html http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070330.html +++++ 関係記事〔英語〕 Aretha Franklin gets no Respect from Cancer 12/09/10 • Categorized as Cancer-Pancreas,Entertainment http://celebritydiagnosis.com/aretha-franklin-gets-no-respect-from-cancer-6331/ Aretha … Continue reading

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☆カシオ・ファミリー、オプラに語る~マイケル・ジャクソンについての詳細

☆カシオ・ファミリー、オプラに語る~マイケル・ジャクソンについての詳細 【Cascio Family Talks To Oprah Show】 オプラ。 2010年12月15日に日本でも発売される(アメリカは14日)マイケル・ジャクソンの未発表曲を集めた新作『マイケル』の全10曲のうち、3曲の元を作ったカシオ・ファミリーが、2010年12月6日(月)のアメリカのトークショー番組『オプラ・ウィンフリー・ショー』に登場。オプラの質問に答えた。 なんとアメリカ・ワシントンDC在住の翻訳家押野素子さんが、テレビに出る文字情報をタイプアウトしてくださった。翻訳して紹介しようと思ったが、ちょっと今時間がないので、先に全文を掲載する。おそらく、オプラのウェッブには、まもなく期間限定で全テキストが公開されると思われる。(C)オプラ・ウィンフリーと各出演者。押野さん、本当にありがとうございます。 簡単に内容を。 登場人物は、ドミニク・カシオ(父)、コニー(母)、フランク(長兄)、エディー(次男)、マリー・ニコル(妹)、後半、プロデューサーのテディー・ライリーがジョインする。 ドミニクは、ニューヨークの名門ホテル、ヘルムズレイ・パレスでマネージャーをしていて、そのときマイケルと知り合った。その頃まだエディーとフランクは3歳、5歳。1984年~85年頃。マイケルと仲良くなったが、マイケルがプライヴェートを大事にするために、マイケルとの関係は、公にはしなかった。マイケルは、夜でも突然事前の連絡なしに、カシオ家にやってきた。普通のマットレスで寝ていた。エディーがピアノを習い音楽に興味を持ち出すと、マイケルが音楽の先生のような存在になった。自宅に「洗練されたスタジオ」(これはオプラの皮肉で、実際はデモテープを録る程度の質素なスタジオ)を作り、そこでいろいろ録音した。2007年夏から11月くらいにかけて、12曲ほど録音した。マイケルは、かつてエホバの証人だったので、お祝い事をしなかったが、カシオ家では誕生日やクリスマスなどの祝い事をして、クリスマス・プレゼントの交換などをした。マイケルと親しくはなったが、ロールス・ロイスなどの高価の贈り物は何ももらっていない。 エディー・カシオについて。ここはオプラには出てこないので、他の資料からの僕の推理だが、エディーが今、28歳だとすると、彼らが知り合ったのが1985年前後(プラス・マイナス3年)あたり。また、エディーが大学を2004年に卒業しているとすると、やはりエディーは1982年前後の生まれ。3歳で1985年あたり。ちなみに、エディーはソニー/ATVミュージックでソングライターとして契約している。 後半テディー・ライリーが加わり、これらの声に疑問があがっていることを、きっぱり否定。テディーもエディー・カシオもこれらはすべてマイケルの声だと断言している。不完全な作品を世に出すことはマイケルの本意ではないのではないか、という質問には、テディーは「これは完璧なものではない、だが、これはマイケルであり、マイケルのアート(芸術)だ。僕たちは彼のレガシー(伝説)を生きさせなければならない」と言う。 ■ マイケル MICHAEL posted with amazlet at 10.12.09 マイケル・ジャクソン ソニーミュージックジャパンインターナショナル (2010-12-15) 売り上げランキング: 20 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 押野素子・翻訳『マイケル・ジャクソン裁判』 マイケル・ジャクソン裁判 あなたは彼を裁けますか? (P‐Vine BOOKS) posted with amazlet at … Continue reading

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○白川会第5回~ヴォーカル・グループ好きの光石研さん登場

○白川会第5回~ヴォーカル・グループ好きの光石研さん登場 【Mitsuishi Ken Joins Shirakawa-Party #5】 しずおかや。 いつのまにか、すっかり定番になってきた通称「白川会」。1960年代からソウル・ミュージックを愛し、聴き続けてきた白川さんが発起人となり、その友人、そのまた友人が適当に声をかけソウル談義をするひじょうにゆるーい会が、先日(2010年12月7日火曜)下北沢のソウルバー、おでんやさん「しずおかや/エクセロ」で行われ18名の参加者が集った。通算第5回目。 今回は、昨年11月に行われた「しずおかや」35周年記念パーティーで初めてお会いした俳優の光石研さんが、友人の女優峯村リエさん、俳優でありDJもする村上淳さんとともに初参加。どうやら、光石さんが、彼らにこのことを話したらぜひ来たいとのことで参加された。なんと峯村さんは、根っからのシャネルズ・ファンで、1980年の新宿ルイードでのライヴから通い、しかも、シャネルズ・ファン・クラブにも入会していた、という。峯村さんは、ラッツ佐藤善雄さんと対面して超緊張の、でもすぐ打ち解け、超嬉しそう。善雄さんはこの日は、マーチンのディナーショー・リハーサル。それをこの会があるというので、少し早めに抜けてきたそうだ。マーチンも善雄さんのパートを先にやってくれたそうで、やさしい。 一方、この「しずおかや」の店名の書を書かれた光石さんは、まさに、この「しずおかや」店主富田さんつながりの邂逅。昨年11月の35周年イヴェントでは、シャネルズがほぼ全員勢ぞろいして、大ファンだった光石さんは自分の目の前にシャネルズがいるというだけで大興奮していた。このときは、善雄さんもマーチンさんさえも、全員揃ってて、びっくりしたという。これも、富田さんの顔あってのこと。「あの夜は、まさに奇跡の夜だったね」と善雄さん。 前回から、やはりソウルを聴いて長い小西さん、権藤さんらが参加。彼らはかつて70年代に「トレジャー」誌というソウルのミニコミ誌(時代がかっている)を10数冊出していた。それぞれが自己紹介をしたときに、小西さんが古い「トレジャー」誌を作ってました、と言うと、なんと光石さん、「それ、持ってました!」と声を上げる。なんと、その後7冊持っていたことが判明。これは、すごいなあ。筋金入りのヴォーカル・グループ好きだ! この「トレジャー」誌にはデビュー前のシャネルズが掲載されている。そして、権藤さんは、シャネルズのデビュー作のライナーノーツを書いている。と、紹介すると、光石さん峯村さんら、驚嘆気味。 この日、僕はライノのドゥワップのボックスセットを持っていったのだが、光石さんにご紹介したところ、やはりさっそくメモされていた。 Doo Wop Box posted with amazlet at 10.12.08 Various Artists Rhino / Wea (1994-05-17) 売り上げランキング: 6094 Amazon.co.jp で詳細を見る 光石さんがヴォーカル・グループ好きというのは、聞いていたが、なんと、佐藤さんが作ったゴスペラーズのファイルからのデビュー・シングルも買っていた。村上さん、黒沢さん以外今とは違う別のメンバーの作品だ。当時からちゃんとチェックしていたんだ。そういえば、かつて光石さんは、シャネルズから入って、シャネルズ→クールス→山下達郎→ とどんどん音楽の幅が広がっていたと言っていた。善雄さんも、それをきいて殊のほか大喜び。そのファイルからデビュー直後に、渋谷の知り合いの小さなバーでアカペラ・ライヴをやったそうだ。メンバーがカウンターの中に入って歌ったという話などをしてくれ、光石さんも興奮気味に聞いていた。(僕も興奮気味に聞いた) 村上淳さんは、もう20年近くDJをやっていて、なんと、大貫憲章さんのイヴェントなどでもDJしているそうだ。マーヴィン・ゲイ、ロリータ・ハロウェイ、ジョスリン・ブラウン、サルソウル系などが好きだそう。DJするときはCDは使わず、アナログのみだそう。 この日は平日だったせいか、18人以外にお客さんが二組ほどしかいなかったので、もう貸し切り状態。なんだか、回を重ねるごとに、大きくなってきますね。 そして、1次会の後は、2次会「チャップス」へ。ドゥワップ系はないですか、とチャップさんに尋ねると、さすがにドゥワップはないとのことなので、スイート・ソウル、ヴォーカル・グループ系をお願いします、というと、どのあたりのアーティストが、と聞かれ、ふと悩み、瞬間、なぜかブルー・マジックと言ってしまった。なんでスイート・ソウル・ヴォーカル・グループというところでブルー・マジックの名がでたのかは、謎だ。(笑) +++++ 帰り際に、峯村さんから来年彼女が出演する舞台のフライアーをいただいた。これも何かのご縁、ご紹介します。 ■ 長塚圭史新プロジェクト「葛河思潮社」第一弾『浮標(ブイ)』 【スタッフ】作=三好十郎 演出=長塚圭史 【キャスト】安藤聖/江口のりこ/大森南朋/佐藤直子/田中哲司/遠山悠介/中村ゆり/藤谷美紀/峯村リエ/山本剛史 ■神奈川公演 2011年1月17日(月)~23日(日) … Continue reading

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◎竹内まりや10年ぶりのライヴ~芳醇に色香を持つ楽曲の輝き

◎竹内まりや10年ぶりのライヴ~芳醇に色香を持つ楽曲の輝き 【Takeuchi Mariya】 レア。 シンガー・ソングライター、という響きが今の時代に合うのかわからないが、竹内まりやの10年ぶりのライヴ。その10年前がまた18年ぶりだったというから、4年毎のオリンピックやワールドカップの比ではない。こんなレアなライヴはまずない。ラッキーなことに、ご縁あって、この貴重なライヴを拝見させていただいた。彼女のライヴを見るのは、初めて。 まりやさんのMCによると、1982年1月1日をもって休業に入ったので、2000年に18年ぶりライヴ、そして、2010年に10年ぶりライヴということのようだ。 オープニング・アクトで演奏した、まりやさんの先輩たちにあたるボックスは、ビートルズをそのまま日本版にしたようなバンドだった。ただし、メンバー4人に2人のサポートメンバーの計6人ステージにいたが。そのボックスが6曲のセットを終えて、場内が明るくなり、「これから20分の休憩が・・・」というアナウンスが流れた瞬間、いっせいに「ええええっ??」という驚きの声が上がったのは、受けた。 まりやさんは、MCの途中で、20代、30代~70代の人たちそれぞれに拍手してください、とアンケートを取ったが、圧倒的に40代、50代が多かった。70代、80代の方も若干だがいらしたようで、まさに老若男女、圧倒的なファン層。男女比もほぼ半々か。 まりやさんの力強い声が武道館に響いた。彼女の声は、何よりも、カレン・カーペンターのように誰にでも、まさに万人に愛される声だ。これは生まれもった天性のもの。そして、彼女の声の特質は、55歳になっても、まるで老けない。それは、あのロバータ・フラックの決して老けない声と同じだ。これはおそらく日ごろの体調を含めた声のメインテナンスの賜物だろう。そして、声力が強い。 真正三角形。 彼女の音楽は、正統派アメリカン・ポップスと従来からの日本の歌謡曲と、いわゆる最近のJポップと呼ばれるジャンルが完璧に正三角形を描いている。どれにも等距離でその正三角形は、真正だ。これだけの真正三角形を描けるシンガーは、今、いないのではないだろうか。そこだけをとっても、ワン&オンリー、唯一無比だ。 彼女はMCで言う。「(学校卒業したら)旅行会社の添乗員か、音楽雑誌の編集者かなにかになりたかったんです。だけど、フランス語を落として、卒業ができなくなり、RCAからデビューすることになりました。それは、(プロのシンガーとしてやっていく)覚悟のないデビューでした。ま、それも運命かな、と」 そうして、彼女はかつて自分の先輩で、この日オープニングを務めた杉真理さんが書いた「ウィスキーが、お好きでしょ」を歌った。MCから次に歌う楽曲へのもって行きかたも実にうまい。 まりやさんのすぐ後ろでほとんど一言もしゃべらず、黙々と、苦虫をつぶしたような渋い顔をしながらギターを弾き、バンド・マスターを務めていた夫の山下達郎氏。このツーショットがなんとも言えず、ほほえましく、しかも、最高の夫婦だなあ、とうらやましく思った。MCの中で、1970年代中ごろ、渋谷のヤマハ(年内で閉店です)でシュガーベイブのライヴがあるというので、見に行ったら、髪の毛の長い暗そうな人がいた、その人がそれから7年後に自分の夫になるなど夢にも思わなかった、といった昔話を披露し、客席から受けていた。また、アンコールの中での一こまだったか。客席から「可愛い!」という声がかかると、「この年になっても、『可愛い』と言われると嬉しいです」とはにかんだのが可愛かった。 芳醇。 山下達郎さんにせよ、竹内まりやさんにせよ、30年以上も音楽というひとつの道を歩んできた人々には、アーティストの成長とリンクして成長してきた観客という大きな財産がある。アーティストと観客が、同時に人生の時を重ねてきて、その結果密度の濃い時空が、ライヴ会場を覆う。 あるひとつの楽曲にアーティスト、シンガーの思いが込められ、一方でその楽曲へファンの100万通りの思いがかぶさっていく。だからこそ、その楽曲は年月を経て、ファンの思いという空気の中で、熟成していくワインのように誰に対しても芳醇になっていく。ヴェテランはそうした年代物のワインを何本も、何曲もワインセラーに寝かせている。 今日は何年物の楽曲のボトルを空けようか。この夜、たとえば、1979年物の「September」なんかが開いた。1980年物の「象牙海岸」も開けてしまおう。少し新し目、2007年産「人生の扉」のボトルも開けよう。何本も開けてしまうと、最後には酔いが回ってご機嫌になっている。この日武道館に集まったみんなが、次から次へと栓が開けられる多くのボトルに心地よく酔った夜だった。 ■竹内まりや Expressions (通常盤) Expressions (通常盤) posted with amazlet at 10.12.05 竹内まりや ワーナーミュージック・ジャパン (2008-10-01) 売り上げランキング: 730 Amazon.co.jp で詳細を見る ■メンバー 竹内まりや: Vocal, Guitars, Piano 山下達郎: … Continue reading

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●☆ウェルドン・マクドゥーガル3世死去~モータウンで初期マイケルをプローモート

●☆ウェルドン・マクドゥーガル3世死去~モータウンで初期マイケルをプローモート (このニュースは10月末のものですが、このほど入手しましたので、ここにアップします) 【Weldon McDougal Dies At 74: Promo Rep For Motown In The 60s】 訃報。 1960年代モータウン・レコードの地域プロモーションマンを務めたり、その後、フィラデルフィア・インターナショナル・レコードを中心に、コンサルタントなどをてがけたウェルドン・マクドゥーガルWeldon Arthur McDougal IIIが、2010年10月21日(木)、フィラデルフィア郊外ランスドーンLansdowneですい臓癌のため死去した。74歳だった。 マクドゥーガルは、1936年頃、フィラデルフィア出身。十代の頃から友人と遊びでR&Bヴォーカル・グループを作っていた。ハイスクール時代の友人たちと結成したヴォーカル・グループはラークスLarksといい地元のインディにシングルを残した。ラークスはローカル・シングルを出し、「イッツ・アンビリーヴァブル」という曲はそこそこのヒットになった。これらを背景に、ラークスは週300ドルでニューヨークのアポロ劇場でのハコバンド的な仕事を得て、当時、シェップ&ザ・ライムライツ、フラミンゴスなどの前座を務めたという。 なお、ラークスと名乗るグループは数組おり、そのうちのひとつは「ジャーク」というヒットを放っているが、それらのラークスとは関係ない。グループは、ローカルヒットは放ったが、全国チャートに載るヒットは生まれず、マクダガルは地元フィラデルフィアでさまざまな仕事についた。そのうちのひとつに、『アメリカン・バンドスタンド』の収録スタジオでの、入り口のドアマンのような仕事もあった、という。 フィラデルフィアで、彼はハーソン・ダイノダイナミックスというインディ・レーベルをスタート。ここで、エディー・ホールマン、バーバラ・メイソン、ヴォルケイノスなどのレコードの制作にかかわり、いくつかのヒットに寄与した。中でも、彼がプロデュースしたメイソンの「イエス・アイム・レディー」は1965年に大ヒットしている。この曲は後に、テリー・デサリオ&KCで全米ポップチャートで2位になっている。 ■ ジャクソン5をプロモート プロモート。 1969年3月、彼がモータウンの地域プロモーションを担当していた頃、シカゴのハイ・チャパラルというクラブで行われたタレント・コンテストで当時はまだ無名だったジャクソン5を見た。そのパフォーマンスが素晴らしかったので、彼は同じくモータウンのプロデューサーだったボビー・テイラーにその話をし、ボビーはジャクソン5と契約話をするようになった。ジャクソン5は結局、モータウンと契約、鳴り物入りでデビュー。 マクドゥーガルはモータウンの宣伝マン時代に、ジャクソン5のシングル、アルバムのプロモーションをしていたため、ジャクソン5、マイケルらとも近い存在だった。そこで、多くの時間を過ごしたので、さまざまなマイケル・ジャクソンらのエピソードを持っている。 そうしたエピソードやモータウン時代の写真を集めた写真集『マイケル・ジャクソン・スクラップブック』を1985年2月にエイヴォン・ブックスから出した。『スリラー』でスーパースターになったマイケルの写真集として売り出され、話題になった。この写真集はその後絶版になり、現在ではアメリカでも、日本でも高値がついている。 ■ 海外の記事 http://www.eurweb.com/?p=60230 http://www.philly.com/philly/obituaries/20101029_Weldon_A__McDougal_III__singer__musical_producer__dies_at_74.html ■ウェルドン・マクドゥーガル著 マイケル・ジャクソン・スクラップブック (中古にとんでもない値段がついています) Michael Jackson Scrapbook: The Early Days of the … Continue reading

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●☆ウェルドン・マクドゥーガル3世死去~モータウンで初期マイケルをプローモート

●☆ウェルドン・マクドゥーガル3世死去~モータウンで初期マイケルをプローモート (このニュースは10月末のものですが、このほど入手しましたので、ここにアップします) 【Weldon McDougal Dies At 74: Promo Rep For Motown In The 60s】 訃報。 1960年代モータウン・レコードの地域プロモーションマンを務めたり、その後、フィラデルフィア・インターナショナル・レコードを中心に、コンサルタントなどをてがけたウェルドン・マクドゥーガルWeldon Arthur McDougal IIIが、2010年10月21日(木)、フィラデルフィア郊外ランスドーンLansdowneですい臓癌のため死去した。74歳だった。 マクドゥーガルは、1936年頃、フィラデルフィア出身。十代の頃から友人と遊びでR&Bヴォーカル・グループを作っていた。ハイスクール時代の友人たちと結成したヴォーカル・グループはラークスLarksといい地元のインディにシングルを残した。ラークスはローカル・シングルを出し、「イッツ・アンビリーヴァブル」という曲はそこそこのヒットになった。これらを背景に、ラークスは週300ドルでニューヨークのアポロ劇場でのハコバンド的な仕事を得て、当時、シェップ&ザ・ライムライツ、フラミンゴスなどの前座を務めたという。 なお、ラークスと名乗るグループは数組おり、そのうちのひとつは「ジャーク」というヒットを放っているが、それらのラークスとは関係ない。グループは、ローカルヒットは放ったが、全国チャートに載るヒットは生まれず、マクダガルは地元フィラデルフィアでさまざまな仕事についた。そのうちのひとつに、『アメリカン・バンドスタンド』の収録スタジオでの、入り口のドアマンのような仕事もあった、という。 フィラデルフィアで、彼はハーソン・ダイノダイナミックスというインディ・レーベルをスタート。ここで、エディー・ホールマン、バーバラ・メイソン、ヴォルケイノスなどのレコードの制作にかかわり、いくつかのヒットに寄与した。中でも、彼がプロデュースしたメイソンの「イエス・アイム・レディー」は1965年に大ヒットしている。この曲は後に、テリー・デサリオ&KCで全米ポップチャートで2位になっている。 ■ ジャクソン5をプロモート プロモート。 1969年3月、彼がモータウンの地域プロモーションを担当していた頃、シカゴのハイ・チャパラルというクラブで行われたタレント・コンテストで当時はまだ無名だったジャクソン5を見た。そのパフォーマンスが素晴らしかったので、彼は同じくモータウンのプロデューサーだったボビー・テイラーにその話をし、ボビーはジャクソン5と契約話をするようになった。ジャクソン5は結局、モータウンと契約、鳴り物入りでデビュー。 マクドゥーガルはモータウンの宣伝マン時代に、ジャクソン5のシングル、アルバムのプロモーションをしていたため、ジャクソン5、マイケルらとも近い存在だった。そこで、多くの時間を過ごしたので、さまざまなマイケル・ジャクソンらのエピソードを持っている。 そうしたエピソードやモータウン時代の写真を集めた写真集『マイケル・ジャクソン・スクラップブック』を1985年2月にエイヴォン・ブックスから出した。『スリラー』でスーパースターになったマイケルの写真集として売り出され、話題になった。この写真集はその後絶版になり、現在ではアメリカでも、日本でも高値がついている。 ■ 海外の記事 http://www.eurweb.com/?p=60230 http://www.philly.com/philly/obituaries/20101029_Weldon_A__McDougal_III__singer__musical_producer__dies_at_74.html ■ウェルドン・マクドゥーガル著 マイケル・ジャクソン・スクラップブック (中古にとんでもない値段がついています) Michael Jackson Scrapbook: The Early Days of the … Continue reading

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☆『マイケル』アルバム詳細、12月6日午後2時に情報解禁 : ジャクソンズ・リユニオン・ツアー情

☆『マイケル』アルバム詳細、12月6日午後2時に情報解禁 : ジャクソンズ・リユニオン・ツアー情報について 【Michael & Jacksons News】 「マイケル」。 マイケル・ジャクソンの未発表曲を編纂・収録した新作『マイケル』(2010年12月15日日本発売)に関連して、その楽曲のクレジットなどの一部が12月6日(月曜)日本時間午後2時に解禁になる。作詞・作曲者、歌詞の内容などが公表される。音源自体の解禁は12月12日(日)午後6時。なお、すでにシングル曲「ホールド・マイ・ハンド」はオンエア解禁になっている。 試聴会の席では歌詞・作曲家クレジットなどの紙資料などは配られたが、退席時にすべて回収されていた。 +++++ ☆ ジャッキー・ジャクソンの声明 声明。 ジャッキー・ジャクソンは自らのウェッブ・サイトで、「ジャクソンズの日本ツアー」を否定する声明を12月3日(ロスアンジェルス)、発表した。同様の内容をツイッターでも、日本時間4日午前4時09分(ロスアンジェルスでは3日午前11時09分)に呟いた。 http://www.jackiejackson5.com/ False Rumor spreading about tour in Japan December 3rd Los Angeles, CA. – In reaction to the rumors about the Jackson brothers reuniting for a tour … Continue reading

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☆マイケル、ジャパン・プレミア

☆マイケル、ジャパン・プレミア 【Michael Jackson Related News】 新作披露。 ソニー・ミュージック・ジャパンが、来る2010年12月12日(日)午後6時から、都内某所でマイケル・ジャクソンの未発表音源をまとめた新作『マイケル』を全曲公開するジャパン・プレミアを行う。無料イヴェントで、7日までに参加希望者を募集。応募者の中から抽選で250組500名を選び入場できるようにする。なお、当選しなくとも、会場の近くでその新作披露会を見学することができる。当選者には、白い手袋を持参するよう呼びかけている。会場は、当選者に通知、その後、一般発表する。 詳細は、こちら。 http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/MichaelJackson/premiumevent/index.html ☆ エディー・カシオ・ファミリー、6日の『オプラ・ウィンフリー・ショー』へ登場 2010年12月15日にリリースされるアルバム『マイケル』に3曲を提供しているニュージャージーのカシオ・ファミリーが、12月6日放送の全米の人気トーク・ショー『オプラ・ウィンフリー・ショー』に登場し、話題となっている3曲について、また、マイケルとの関係などを語る。(放送時刻は、都市によって違うため、一概に言えないが、全米で6日の午後の時間帯。日本では7日の深夜になるものとみられる)  特に3曲のうち最初に公開された「ブレイキング・ニュース」も、いわゆるカシオ・トラック。このヴォーカルがマイケルのものではないのではないか、という声があがり、大きな話題となっている。そのあたりについての、カシオの見解がはっきり明かされるはずだ。 ☆ ジャッキーがジャパン・ツアーを否定のツイート ジャクソンズの長男ジャッキー・ジャクソンが、日本時間2010年12月4日午前4時09分、自らのツイッターでツアーを否定した。 @JackieJackson5 The rumors about #TheJacksons touring in #Japan are false…. (ジャクソンズ日本ツアーのうわさは、間違いだ) +++ このツイートには驚いた。ジャッキーは、AIの武道館でのライヴ本編終了後の発表ビデオの中でも、登場し、日本へ行くとコメントしている。 これは完全に憶測だが、いわゆる情報戦として、このツイートを上げ、様子をうかがっているのかもしれない。これで盛り上がって観客動員が増えていけば、ギャラ交渉もさらに有利に進められるという展開だ。あるいは、まだ正式調印前なので、正式発表の前ということで、とりあえず否定したのか。 それにしても、ツイッターというものがでてきて、アーティスト本人がこうして、直接、何かを発信できるとなると、さまざまな裏交渉などはやりにくくなるにちがいない。 前回の発表記事でも書いたように、この後、プロジェクトの完遂には、紆余曲折、相当な山アリ谷ありになると思われる。 ☆ マイケル・ジャクソン・ファン・イヴェント マイケル・ジャクソンをリスペクトする日本在住のアーティストが集まり、マイケルにトリビュートするファン・イヴェントが、2010年12月30日(木)、東京渋谷のデュオで行われる。16時半から22時までの長尺イヴェント。出演はケイリブ・ジェームス、日野賢二、ブルーツリーなど。 詳細はこちら。 http://www.nichionkyo.or.jp/event/mj2010/index.html ■ ヴィジョンズ マイケル・ジャクソン … Continue reading

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◎デューク・エリントン/ブライアン・マクナイト・ライヴ

◎デューク・エリントン/ブライアン・マクナイト・ライヴ 【Duke Ellington Orchestra & Brian McKnight】 伝統。 カウント・ベイシー、ベニー・グッドマンなどと並んで現存する人気楽団、デューク・エリントン楽団。1940年代から活躍し、当時は一世を風靡した。そんなバンドも、何代目かに世代交代しつつも、その伝統は受け継がれている。 このところコンスタントにやってくるこの楽団。今回、最大の目玉はゲスト・シンガーに人気の高いブライアン・マクナイトを抜擢したこと。バンドは、ディズニーのビッグバンドビートを大人にした感じのもので、楽しい。客席はほぼ満員。みんなビッグバンド目当てか、それともブライアン目当てか。果たして。 僕がこの楽団を見るのは、2005年ブルーノート、2008年ビルボード以来。今回2010年はコットンクラブ。2005年のフィーチャー・シンガーは、フレダ・ペインだったので、見に来たことを過去ブログを読んで思い出した。 ドラムス、ピアノ、ベースに12人のホーンセクション。これに、ゲスト・ヴォーカル、ブライアン・マクナイト。 5曲、演奏をした後、バンドリーダー、トミー・ジェンキンスがマイクを取り、ブライアン・マクナイトを紹介。ブライアンがおもむろに登場。ブライアンがこうしたスタンダードを歌うのを聴くのは初めてなので、新鮮は新鮮だ。ここまで歌がうまいと、何でも歌える。2曲スタンダードを歌った後は、ブライアンがピアノに向かいバック演奏なしの一人弾き語りで「バック・アット・ワン」。ちなみに、ブライアンの出番は本編で4曲で15分ちょうど、そして、アンコールで4分という感じ。アンコールの「Cジャムブルーズ」では、ブライアンは最初は歌い、途中からピアノを弾いた。ブライアン目当てに来た人にとっては、ちょっと物足りなかっただろう。 ビッグバンドの一番後ろの列、客席から見て左から2番目の人は、きっと風邪だと思う。よく顔を拭いたり、くしゃみをしていた。連日の仕事で風邪をこじらせなければいいが。 ■過去関連記事 デューク・エリントン・ライヴ評 2008年02月23日(土) デューク・エリントン楽団ライヴ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20080223.html April 17, 2005 Blue Note: The Night For Duke’s Place http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200504/2005_04_17.html ■ ベスト・オブ・デューク・エリントン posted with amazlet at 10.11.25 デューク・エリントン楽団 BMG JAPAN (2002-10-23) … Continue reading

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□第53回グラミー賞ノミネート発表

□第53回グラミー賞ノミネート発表 【53rd Grammy Nominees Announced】 グラミー。 NARAS(ナショナル・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツ・サイエンス)から、2010年12月1日、第53回グラミー賞のノミネートがロスアンジェルスのノキア・シアターで発表された。グラミー賞は、2011年2月14日(日)(日本時間2月15日午前10時)から発表される。今回の中継は、CBS。日本では例年通り、WOWOWが生中継する。 今回もっともノミネートされたのは、ラッパーのエミネムで10部門、これに続いて新人のブルーノ・マーズが7部門、6部門がジェイZ、レディー・アンテベラム、レディ・ガガ。カントリーのレディー・アンテベラムは、「レコード」「ソング」「アルバム」の主要3部門すべてにノミネートされた。ノミネートされなかったアーティストとしての驚きは、ケーシャ。デビュー作品もひじょうによく売れ、シングル・ヒットも生まれていたが、一切ノミネートされなかった。ただし、ケーシャをプロデュースしたドクター・ルークは、「プロデューサー・オブ・ジ・イヤー」にノミネートされている。 また日本人でBズの松本孝が、ラリー・カールトンと一緒にレコーディングしたアルバム『テイク・ユア・ピック』が、「ポップ・アルバム」部門にノミネートされた。ほかに、グラミー・ノミネートの常連、喜多郎も「SACRED JOURNEY OF KU-KAI, VOLUME 4」で「ベスト・ニューエージ」部門にノミネートされている。 前回のグラミーは、テレビ中継の視聴者が5年ぶりにいい数字を記録。約2500万人が見た。その前年は1900万人。前回はビヨンセが10部門ノミネートされ、6部門を獲得。20歳のカントリー・センセーション、テイラー・スイフトが4部門を獲得、「アルバム・オブ・ジ・イヤー」を20歳で獲得、同部門受賞の最年少記録となった。 ソウル・サーチンでは、毎年、グラミー賞の予想を1月に実施、本年度も1月に予想を発表する。 昨年のグラミー予想など関連記事。 2010年02月01日(月) (速報)★第52回グラミー賞決定(パート1)~ビヨンセは6部門、主要3部門は3者で分ける http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100201.html これまで過去の予想とその結果は次の通り。(過去分はすべてソウル・サーチン・ダイアリーに予想と結果がでています) 2009年度(52回)(2010年1月31日発表)49部門 本命的中19 対抗的中11計30部門 .612 2008年度(51回)(2009年2月8日発表) 44部門 本命的中19 対抗的中15 計34 .773 2007年度(50回)(2008年2月10日発表) 46部門 本命的中24部門 対抗16部門 計40部門 .870 2006年度(49回)(2007年2月11日発表)42部門 本命的中19部門 対抗9部門 計28部門 .667 2005年度(48回)(2006年2月8日発表)42部門 本命的中18部門 対抗12部門 計30部門 .714 2004年度(第47回)(2005年2月14日発表)46部門 本命26部門 対抗7部門 計33部門 .717 2003年度(第46回)(2004年2月8日発表) 47部門 本命20部門 対抗14部門 計34部門 .723 2002年度(第45回)(2003年2月23日発表) 33部門 本命18部門 対抗5部門 計23部門 .696 (発表日は現地時間、日本時間はこの翌日にあたる) 今年(2010年度、第53回)の109部門の完全なノミネートリストは、次のNARASのサイトにある。 http://www.grammy.com/nominees 主なノミネートは次の通り。 GENERAL Album Of The Year The Suburbs … Continue reading

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◎AI デビュー10周年記念スペシャル・ライヴ「伝説ナイト」

◎AI デビュー10周年記念スペシャル・ライヴ「伝説ナイト」 【AI 10th Anniversary Live】 10周年。 日本のR&Bシンガー、アイ(AI)がデビュー10周年を記念した一夜だけのスペシャル・ライヴを2010年11月29日(月)、武道館で行った。下記セットリストにあるように、17組のスペシャル・ゲストが次から次へと登場、その様相はまるで、AI周辺の「年末紅白」のようだった。特に多かったのは、ラッパー関連。数々のラッパーとのコラボをこなしてきたAIは、日本のヒップホッパー、まるでクイーン・ラティーファだ。 本編終了後、アンコール前に「ジャクソンズ再結成」の衝撃発表があり、その興奮冷めやらぬうちに、アンコールへ。(衝撃発表については、おとといのブログへ) 2010年11月30日(火) (速報)☆ジャクソンズ再結成コンサート2011年10月、東京で開催 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20101130.html アンコールで登場したエグザイルのアツシは、先日アツシ・ソロ・ライヴへのアイ参加の返礼といったところ。彼が登場した瞬間、武道館が一番熱狂したように思う。この2人のデュエットは、なかなかいい感じなので、また別の曲でもやればいいと思う。そして、アイはそのままステージに残り、シャカ・カーンの名曲「スルー・ザ・ファイアー」を歌いだすと、途中から本物のシャカが後ろから登場。これにはたまげた。 それにしても、アイのデビュー前から知っていて、BMGからデビューし、BMGから離れ、しばらく何もできずに、デフジャムに移籍し、ブレイク。着実にヒットを出し、武道館のステージに立った。しかも、あのシャカ・カーンと同じステージで一緒にデュエットを歌っている。シャカと一緒に歌っているのを聴いているときには、夢のようでさすがに僕自身感無量になった。日本広しと言えども、今、シャカ・カーンと同ステージに立って堂々と互角に歌えるシンガーは、アイ以外に見当たらない。日本を代表するシンガーとして、彼女を誇りに思える。多数のゲストとともに、まさに「伝説ナイト」になった。 ところで、これまでの彼女のアルバム・タイトルには、すべてAIの文字が入っている。アルバム・タイトルはこうだ。『my name is AI』『ORIGINAL A.I.』『2004 A.I.』『MIC-A-HOLIC A.I.』『What’s goin’ on A.I. 』『DON’T STOP A.I.』『VIVA A.I.』『THE LAST A.I. 』。そして、最新アルバムのタイトルは、『Last A.I.』となっている。つまり、「最後のAI」という意味だ。果たして、これが意味するものは何か。まだわからない。 日本でデビューして10周年。次の10年、大きな目標に向かって羽ばたいてくれ。まずは、グラミーか。 (なお、この模様は当日、スカイパーフェクト・テレビで生中継されました) ■ AI過去関連記事 2009年07月20日(月) 03時54分53秒 soulsearchinの投稿 ● … Continue reading

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☆マイケル・ジャクソン新作アルバム『マイケル』試聴会

☆マイケル・ジャクソン新作アルバム『マイケル』試聴会 【Michael Jackson New Album “Michael” Due December 15, 2010】 試聴。 マイケル・ジャクソンの2010年12月15日に発売される未発表音源を集めた新作『マイケル』のマスコミ媒体向け試聴会が、11月30日午後6時から行われた。 2010年11月13日(土) マイケル・ジャクソン新作トラック・リスティング公開~その内容 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20101113.html マイケル・ジャクソン・ドットコム↓ http://breakingnews.michaeljackson.com/JP/ MICHAEL ALBUM TRACKLISTING: 1. Hold My Hand (Duet with Akon) 2. Hollywood Tonight 3. Keep Your Head Up 4. (I Like) The Way … Continue reading

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