Monthly Archives: October 2010

ブレンダ・ヴォーン・ライヴ告知

ブレンダ・ヴォーン・ライヴ告知 今日、『ソウル・ブレンズ』内「ソウル・サーチン」(午後2時15分~)(インターFM76.1mhz=http://radiko.jp/player/player.html#INT)でフィーチャーするブレンダ・ヴォーンのライヴのお知らせです。詳細は各店舗、あるいはブレンダのサイトにお問い合わせください。 2010年11月12日(金) 銀座スウィング  ブレンダ・ヴォーン feat. フィリップ・ウーPhilip Woo and Brenda Vaughn Live at Ginza Swing,Tokyo,Friday November 12th ,start 7:00. (03)-3563-3757 http://www.xx.em-net.ne.jp/~swing/ 2010年11月13日(土) 六本木・アルフィー  JINO JAMにゲスト出演 13(Sat) “JINO SESSION” 日野“JINO”賢二(eb) ブレンダ・ヴォーン(vo) マサ小浜(g) FUYU(ds) ¥3,990 http://homepage1.nifty.com/live/alfie/ 2010年12月28日(火) 目黒ブルースアレイ  ブレンダ・バースデイ ライブ http://www.bluesalley.co.jp/top.html ブレンダ・ヴォーン・ウェッブ・サイト http://brendavaughn.com.hostbaby.com/ ENT>ANNOUNCEMENT>Vaughn, Brenda

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◎ファイアー・リリー・ライヴ

◎ファイアー・リリー・ライヴ 【Fire Lily Live At Loop】 変則編成。 2010年12月8日に徳間からメジャー・デビューするマル改めファイアー・リリー(Fire Lily)が、10月28日、代官山ループでちょっと変わった編成でライヴを行った。ドラムス、ベース、キーボードにファイアー・リリーという4人。 基本は、今度出るアルバムからの作品を中心に、これまでにもやってきた作品などを披露。久々にマリーナ・ショーの「ストリート・ウォーキング・ウーマン」が登場。「先週、西麻布で、ちょっといい男に出会って~~」というまさに、ネタを披露。これが受けに受ける。マルの、いや、ファイアー・リリーのこういう語りから歌へ持っていくところは、すごくいい持ち味だと思う。 この日はジーノがベースで、思い切りはじけていた。(笑) ジーノがあばれると、グルーヴがちょっと変わるからおもしろい。 ところで、マル、いや、ファイアー・リリーはすでにいくつかのタイアップやオンエアが決まっている。詳細は、彼女のホームページに順次アップされるそうだが、きいたところ、こんなのがあるという。 デビュー・アルバムに収録の「Eternal Story」が朝日放送テレビ「今ちゃんの“実は…”」11月度エンディングテーマに決定。 『ミュージック・アップス』11月20日オンエア(月曜深夜24:59時~1時半、日本テレビ) 『音龍門』PV紹介、『NHK-B』生放送出演。『フューチャートラックス』 12月・1月度エンディングPV11月上旬から. TBSラジオ『カキーン』隔週水曜出演。 12月8日、都内某所でリリース・記念ライヴ。 いや、なかなかいい感じの露出ではないか。 ところで、彼女がライヴでよくやっていた「守りたいから」「ビューティフル・ライフ」「キャント・ストップ」などが、今回のデビュー・アルバムには入っていない。そこで、それはなぜかとファイアー・リリーに聞くと、にやりと笑って「それは、セカンドがあるってことなんですよ~~。ふふふ」と言った。どうやら、セカンドのためにいい曲を貯めているらしい。(笑)「いや、それは冗談として、そのようなタイプの曲で、同じようなタイプの新しい曲がかけたんで、あえて、今回は(昔のは)いれてないんです」との答えだった。なるほど!  ■ マル改めファイアー・リリー・ホームページ http://ameblo.jp/marumeetsfirelily/ ■ ファイアー・リリー・デビュー・アルバム『エターナル・ストーリー』(2010年12月8日発売) Eternal Story posted with amazlet at 10.10.30 Fire Lily 徳間ジャパンコミュニケーションズ (2010-12-08) 売り上げランキング: 142136 Amazon.co.jp で詳細を見る … Continue reading

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◎ワウフェス~平井堅、ラウル・ミドン、ロバータ・フラック、ダニー・ハサウェイをキーワードに一堂に

◎ワウフェス~平井堅、ラウル・ミドン、ロバータ・フラック、ダニー・ハサウェイをキーワードに一堂に会す 【WOW FES! Raul Midon, Hirai Ken, Roberta Flack】 ダニー。 日本の人気シンガーが自分の好きなあこがれのシンガーと共演するという有料衛星放送局ワウワウ(WOWOW)主催の番組用ライヴが、2010年10月26日、27日日本武道館で行われた。イヴェントは、WOW FES!(ワウ・フェス)と題され、昨年から始まった。今年のタイトルは、「ザ・ミラクル・オブ・ミュージック」ということで、音楽が引き起こす奇跡をテーマにしている。 平井堅があこがれるラウル・ミドンとロバータ・フラックを招き、それぞれが30分程度ずつライヴを行い、途中に平井とラウル、平井とロバータ、ラウルとロバータ、そして、3者という組み合わせのコラボレーション曲が歌われる。 観客はほぼ9分9厘平井堅ファンと思われる。7-3で女性が多い。平井堅が新人のラウルとヴェテランで彼があこがれたロバータを平井のファンに紹介するというニュアンスだ。ステージ前にレールに乗ったカメラが3台、横にクレーンで2台、ステージ左右に2台、手持ちが1台、客席から数台、相当数のカメラでステージの上の奇跡を追っていた。なお、場内に流すいわゆる「サーヴィス映像」と、実際放送された映像は違う。 バンドは、ドラムス、ギター2、ベース、キーボード、ピアノ、パーカッション、コーラス3という基本編成。ロバータ・フラックのときは、これにロバータ本人のピアノとシェルトンのキーボード、ニコラスのベースが加わる。 ギター一本で登場したラウルは、ステージ中央にほぼ直立不動でギターを弾き、歌い、そして、マウス・トランペットを吹いた。マウス・トランペット(口でトランペットの音を真似て出すやり方)を知らないファンは、トランペットの音が出てきた瞬間、どこにトランペッターがいるのか探す。ギターは相変わらず超絶、そしてマウス・トランペットも絶好調、歌も気持ちいい。2005年に初来日して以来、何度となく日本の地を踏んでいるラウル。途中の「シッティン・イン・ザ・ミドル」は、彼がダニー・ハサウェイに捧げた作品だ。 平井堅のライヴを初めて見た。けっこうよくしゃべる人でおもしろい。一度ゆっくりフル・ショーを見てみたい。この日は選ばれた曲のせいか、ソウル系というより日本のシンガー・ソングライターやフォーク・シンガーをもう少しモダンに洗練させた感じを受けた。ソウルのカヴァーだけ歌うようなライヴはないのだろうか。彼が恒例にしている「ケンズ・バー」は、目黒のブルース・アレイから始まっているそうだ。それにしても、彼にとっては、こんな夢のようなステージはないだろう。ラウルとロバータにはさまれたステージ。まさに歌手冥利に尽きるのではないだろうか。川口真紀さんが書いたパンフレットによると、平井堅はかなりダニー・ハサウェイが好きだという。ダニーと共演したロバータを迎えて、デュエットするということは、ダニーの影を追い求めて、ここにその究極の夢が実現した感じだ。 つい先月9月にも来日していた大御所、ソウル・レジェンド、ロバータ・フラック。さすがに他アーティストと共演となると、きっちり作りこんだステージにまとめている。このセットリストの中での圧巻は、ピアノのシェルトンとのデュエットで、ダニー・ハサウェイと共演した「ベイビー・アイ・ラヴ・ユー」。ロバータはステージでも「これを含めたアルバムは、たったの3日でできたのよ」と語る。シェルトンの声が、張り上げ系なので、しっとり系がおおいこの日のパフォーマンスの中ではひときわ目立つ。パフォーマンス的にはこの日最大のハイライトだ。 平井堅とデュエットしたときに感じたが、2人のマイクの位置が違う。平井堅はマイクを口にぴったりつけるが、ロバータは10センチほど離している。それでも、あのクリアな声が実によく通る。とても70歳を超えた声とは思えない。武道館が、ロバータの色にすっかり染まる。まさに声だけで空間を支配できる稀有な声だ。この声は、まさに世界遺産と言っていい。いや、彼女は現役なので、世界財産か。 ここ2-3年のライヴの中で、ロバータが必ずといっていいほど歌うのが「ソフト・アンド・ジェントル・レイン」。しっとりした実にいい曲だ。これは1960年代に活躍したニューヨークのギタリスト、作曲家、スチュワート・シャーフの作品。ロバータはステージで、「彼は32本のギターを持ち、そのギターが(自分に)曲を作らせてくれる、と言っていたわ」と振り返る。シャーフと、ロバータは長いつきあいだったようだが、シャーフは2007年11月7日に死去している。さすがにこの日も、「キリング・ミー・ソフトリー」は、ロバータ曲の中でも一番人気だった。 ライヴ後、バックステージでのかるい打ち上げのあいさつで、ごきげんなロバータはこう言っていた。「私が日本に初めて来たのは1973年のこと。そのとき、武道館でした。以来、私は最近はほぼ2年ごとくらいに日本に来ていますが、武道館は初めて来て以来のこと。だからとても、嬉しく思っています。さあ、明日もやりましょう」(実際は、もうない)と言って受けていた。 根っからのダニー・ハサウェイ好きが、ダニーに捧げた作品も歌い、しかも、ダニー的なにおいを出しているラウル・ミドンと、実際ダニーの盟友であり、デュエット・パートナー、音楽的パートナーでもあったロバータ・フラックを招き、ダニーの作品を歌う。そういう意味では、平井堅がダニー・ハサウェイというキーワードのもと、ロバータ、ラウル、平井の3者を結びつけた。これがこの夜、武道館にダニーが起こした奇跡かもしれない。 10月27日の模様は生中継されたが、再放送もされるようだ。日にちは未定。 ■ 過去関連記事(ロバータ・フラック、ラウル・ミドン) >ロバータ・フラック過去ライヴ評など 2010年09月04日(土) ロバータ・フラック~進化し続ける女神 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100904.html 2010年09月06日(月) ロバータ・フラックとアル・ジャロウとメイシオ・パーカー:東京ジャズ・セットリスト http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10640039835.html July 29, 2009 ロバータ・フラック・ライヴ~マイケル・ジャクソンに捧げる http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090729.html March 08, 2008 … Continue reading

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◎ブレンダ・ヴォーン「レディー・ソウル・ナンバー・ワン」

◎ブレンダ・ヴォーン「レディー・ソウル・ナンバー・ワン」 【Brenda Vaughn : Soul One On One】 幸せ。 「レディー・ソウル・ナンバー・ワン」ブレンダ・ヴォ~~~~ンが、ニュー・シングル「ワースト・イズ・オーヴァー」をリリースし、そのリリース記念ライヴを2010年10月26日目黒のブルース・アレイで行った。ブレンダのソロ・ライヴとしては、2009年10月以来だからちょうど1年ぶり。そんなに経っていたか。ただ、ブレンダはフィリップのライヴや、その他の飛び入りなどもあるので、それほどお久しぶりな感じはしない。 ドラムス、キーボード2人、ギター、ベース、そして、コーラス2人にブレンダという布陣。ブレンダの歌声はいつも力強く、圧倒的。ときに、しんみりともさせる。その安定の度合いは比類なきもの。ソウル、ブルーズ、ゴスペル、ロック、ポップさまざまな音楽ジャンルを、ブレンダのフィルターを通して発信する2時間余。 10月は、乳がん撲滅運動期間中ということで、ブレンダはピンクのものを何かつけている。彼女の地元の友人が、健康チェックをしたところ癌が発見され、余命3ヶ月と宣告されたため、ブレンダは急遽地元に飛び、その彼女を見舞った。だが、その彼女は先月亡くなった。そこで、その彼女に捧げたのが、「ユー・アー・マイ・フレンド」というゴスペル調の曲。客席からコーラスを歌っている人たちを上げ、インスタント・コーラス隊にした。ブレンダも涙ぐんでしまった。 いつも、客席から男性を3人ほど集めて、歌わせるグラディス&ピップスのコーナー。ここは、けっこう笑えて楽しい。 「今回は、ニュー・シングル『ワースト・イズ・オーヴァー』と、これを含むパンフレットを作りました。そちらで売っているので、ぜひ手におとりください。このレコーディングとパンフ作りの期間、私には神から多くのエンジェル(天使)が舞い降りてきました。多くの天使を送ってくれたことに神に感謝しています。たとえば、大野(パートナー、マネージャー)、まりこ(アシスタント)、ニール(パンフのデザイン担当)、ソウル・サーチャー(原稿を書いた)などなどです」 この間、なぜか通訳をマル(ファイアーリリー)が担当。 セカンドでこの「ワースト・イズ・オーヴァー」を歌うとき、ブレンダは相当ナーヴァスになったと後で振り返る。 そして、セカンド2曲目の「グランマズ・ハンズ」は、前回でも感激したが、今回も感動。それに引き続きサプライズ・ゲストで木下航志くんが登場。かなり久々に会う感じだったが、「ロック・ウィズ・ユー」を歌った。それまでで一番たくさんの拍手を得たような感じがした。 アンコールでは、日本の曲に英詞をつけ、しっとりとし、さらにカーク・フランクリンの「アイ・ニード・ユー・トゥ・サヴァイヴ」を歌った。ほぼ満席の会場は、最後きっと幸せのオーラに包まれただろう。 ■ブレンダ・ヴォーン過去記事 2009年10月08日(木) 01時37分43秒 soulsearchinの投稿 ○ブレンダ・ヴォーン、ゴスペル・アレイにする http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10359649615.html October 01, 2009 ブレンダ・ヴォーン、5回目のソロ・ライヴ、10月7日に http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10354338354.html (ここに過去記事一覧) ■メンバー Brenda Vaughn (Vocal) Kaleb James (Keyboards, Vocal) Philip Woo (Keyboards) Goto … Continue reading

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WOW FES! ラウル・ミドン、平井堅、ロバータ・フラック 武道館 セットリスト

Wowfes! 2010: Raul Midon, Hirai Ken & Roberta Flack, October 27, 2010 @ Budoukan Members: Singers: Raul Midon Hirai Ken Roberta Flack Musicians: Takebe Satoshi (musical director) Shelton Leon Becton (co-musical director) Nicholas Edward Brancker (co-musical director) Tsuruya Tomoo (drums) … Continue reading

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◎ミッドナイト・カンヴァー・セッション 「トクズ・ラウンジ」

◎ミッドナイト・カンヴァー・セッション 「トクズ・ラウンジ」 【Midnight Conver-Session】 セッション。 毎月1回深夜に都内のバーで行われているトランペット/フルーゲルホーン奏者、トク主催の「トクズ・ラウンジ」。去る2010年10月25日月曜深夜に行われた。雨の西麻布は、若干いつもより出足が遅く、超満席ではなかった。ゆったりした雰囲気で、煙くなく、空気も悪くなくよい感じだ。 たまたま空いていた席がミュージシャンたちが演奏するまん前だったのだが、ここで生音を聴いていると、音楽の中に陶酔する。スピーカーからではなく、楽器そのものから出てくる本当の「生音」のシャワーを浴びるのだ。特に、ドラムス、トランペットやフルーゲルホーンなどの管楽器は、リアルな生音が圧倒的な迫力だ。 最近ではなにかいい音楽をやっていないかとこのバーを訪れる人も多くなってきたようだ。トクズ・ラウンジ以外にも月10本程度ライヴが入っていたりする。そうなると、ここで見たミュージシャンのライヴを他の会場でも見たいと思ったりするファンも出現する。マネージャーの賢二さんによると、ロイ・ハーグローヴが遊びに来て一曲飛び入りでやったときなど、ロイのかっこよさをここで見た観客が翌日大挙してブルーノートに出向いたという。ある意味、アーティストのショーケース的存在にもなっているのかもしれない。 この日はスリー・ビックリーズでおなじみのメンバーのひとり、小野ひとみさんが飛び入りでスティーヴィーの「オーヴァージョイド」を、さらにマイケルの「ヒューマン・ネイチャー」をゴスペラーズの北山陽一さんが歌った。北山さんは、セカンド最後のシャーデーの「キス・オブ・ライフ」のコーラスもベース奏者とともにやった。 セットリストを作るために、セカンドが終わってトクたちに何をやったか尋ねると、いくつかの曲名をもう忘れていた。(笑) それだけ集中しているのだろう。 楽器を軸にミュージシャンたちが会話をする。だから、ミッドナイト・カンヴァー・セッション。会話のセッション。 ■ セッションでの人気曲、スティーヴィー・ワンダー。スティーヴィー曲をきっちり覚えてれば、トクズ・ラウンジでも歌えるかも。スティーヴィーは基礎教養科目。 ラヴ、ハーモニー&エタニティ~グレイテスト50・オブ・スティーヴィー・ワンダー(初回限定価格盤) posted with amazlet at 10.10.27 スティーヴィー・ワンダー ポール・マッカートニー ディオンヌ・ワーウィック アイシャ・モーリス マイケル・ジャクソン ユニバーサルインターナショナル (2010-08-04) 売り上げランキング: 5605 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 過去関連記事 2010年09月16日(木) トクズ・ラウンジ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100916.html (過去記事一覧も) ■メンバー トク (ヴォーカル、トランペット、フルーゲルホーン) ヒロ・モロズミ(キーボード) コモリ・ヤスシ (ドラムス) ノブユキ (ドラムス) … Continue reading

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□ フォーブス誌デッド・セレブリティー・ランク(物故者長者番付)でマイケル堂々一位

□ フォーブス誌デッド・セレブリティー・ランク(物故者長者番付)でマイケル堂々一位 【Michael Jackson Top At Dead Celeb Earnings】 1位。 毎年10月末に、アメリカの雑誌フォーブスが発表する物故者長者番付(Dead Celebrities Ranking)でマイケル・ジャクソンが過去1年で約2億7500万ドル(1ドル80円換算で約220億円)を稼ぎ出し、堂々の1位になった。マイケルの稼ぎは、2位から13位までの12人の合計額も上回りだんとつの1位となった。マイケルは、昨年もわずか4ヶ月の集計(6月25日死去から10月末発表)で9000万ドル(1ドル100円換算で約90億円)で3位にはいっていた。 このランクは、2009年10月1日から2010年10月1日までに500万ドル(4億円)以上の収入があった物故者が対象。今年は13人がランクイン。 詳細はこちら。(英語) http://www.forbes.com/2010/10/21/michael-jackson-elvis-presley-tolkien-business-entertainment-dead-celebs-10-intro.html?boxes=Homepagetoprated Dead Celebrities 2010: (name, income, date of died, age) 名前、収入(ドル)、命日、享年、職業。(275ミリオンは2億7千5百万ドル。60ミリオンは6千万ドル。1ミリオン・ドルが100万ドル。1ドル80円で換算) 1. Michael Jackson ($275 million, Died June 25, 2009, 50) ミュージシャン 2. Elvis Presley (60 … Continue reading

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◆宇多田ヒカル「自分のCDを買わないでくれ」とツイッターで発表

◆宇多田ヒカル「自分のCDを買わないでくれ」とツイッターで発表 【Utada Hikaru Says Do Not Buy My CD From Universal Japan】 衝撃。 2010年10月24日(日曜)夜23時54分から、シンガー・ソングライターの宇多田ヒカルが、ツイッターにこんなことを書き込んだ。 +++引用↓ 2010.10.24 23:54 Universal Japanから発売が発表された「Utada the best」ですが、私の意志とは全く無関係であり、EMIの宇多田ヒカルのベストと同日に発売をぶつけてきた彼らのやり方にもあまりいい印象を持てません。予約を考えている人は、少し待ってください。 2010.10.24 23:58 売れなかったら叩かれるのは私なんですけど、正直なところ、ファンにお金を出させたくない、全く心のこもっていないモノです。未発表のものは何も入っていません。 2010.10.25.0:02 The release of “Utada the best” is entirely against my will. I wish that my fans won’t … Continue reading

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◎バブルガム・ブラザース・14年ぶり単独ライヴ

◎バブルガム・ブラザース・ライヴ 【Da Bubblegum Brothers Live】 爆笑。 彼ら2人がトークをしていると、5秒ごとに笑いが起こる。 トム。「みんな、嫌いだ! みんな新しい曲はぜんぜん乗ってくれないじゃないか。みんなが好きな曲は、僕は歌ってないんです」 トム。「僕はみんなと14年ぶりにお会いできたことの嬉しさ、でも、僕にはこの横に彼(コーン)のいることの嬉しさ。わかりますか。この14年間を今日、埋めさせていただきます」 (歓声) コーン。「俺はそうは思わないけど」 (爆笑) トム。「そこで、これから知らない曲もでてきます。すいません、知らない曲でも盛り上がってください」 トム。「これから1時間半、曲は3曲くらいにして、トークだけで行くのか、それとも曲をどんどんやっていくのどっちがいいですか?」 「トーク!」と観客席からだけでなく、バックバンドのメンバーからも。笑い ドラムス、ギター、ベース、キーボード、パーカッション、そして、サスケ・ホーンズ(3人)を従えた2人組み。さすがにホーン・セクションが入ると、ぐっとソウル度があがる。『ソウル・パワー』では、復帰していたが、バブルガム・ブラザースの単独としては14年ぶりになるというライヴ。さすがに、芸歴が長いだけに観客の年齢層も高い。途中でブラザー・コーンが、「10代(の人)、手をあげて~」「20代」「30代」「40代」「50代」「60代」「70代」「80代」と観客をあおるところがあるが、さすがに40代、50代が一番多かった。 2人を見ていると、和製サム&デイヴかという気がしてくる。それも、かなりコミカルなデュオだ。そして、曲によって演歌調のものがあるので、「演歌ソウル」ともいえるかも。いや、「漫談ソウル」というジャンルがあるかなとも感じる。 JBズ風の「レッツ・ステイ・ドゲザ」、ジェームス・ブラウン風の「ソウル大臣」。けっこういろんな曲に、2人の振り付けができていることにも驚く。アンコール2曲目なんか、マイケル鶴岡の振り付けかとさえ思う。しかも、振り付けを観客がみんな知っていて、そっくりに腕を動かす。 エネルギッシュな2人のステージはいつもの独特のハイタッチで終わる。髪の毛にたくさんのカラフルな指物(さしもの)をしているトムの靴紐は右側が赤、左側が白で、両足色違いだ。コーンの薄い緑色のきらびやかなスーツの背中は、アンコールの頃になると、びっしょり濡れていた。 ■ 12月5日に再度スイート・ベイジルでライヴ開催 2010年12月5日(Sun)「DA BUBBLE GUM BROTHERS SHOW」 【会  場】スイート・ベイジル STB139 【時  間】1st 開場15:00/開演16:00       2nd 開場18:00/開演19:30       ※入替制の2回公演です。 【料  金】6,500円 【チケット】一般発売10/23~▼       ・STB139 03-5474-0139       ・ローソンチケット 0570-08-4003(Lコード:72012) 【問合わせ】STB139 03-5474-0139 http://stb139.co.jp/index_f.html ■最新盤 DA … Continue reading

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★シャリースの未来~若年層向けヒットと「ビッグ・ソング」での大ヒット

★シャリースの未来~若年層向けヒットと「ビッグ・ソング」での大ヒット 【Future Of Charice: Looking For “Big Song” Hits】 課題。 今週の最大のセンセーションといったら、デイヴィッド・フォスター&フレンズでその姿を現したフィリピン出身の18歳、シャリースだ。ライヴでの魅了、素晴らしさはものすごくわかった。初日の分がすぐにYouTubeにアップされ、さすがにブログに貼るのを控えたが、なんとその後、その画像をデイヴィッド・フォスター本人のウェッブでもアップしていたので、ここでもご紹介したい。 僕は彼女を、初めてホイットニーをライヴで見て以来の衝撃だと感じた。ホイットニーを初めて見たのはデビュー直後の1985年夏アメリカのボストンあたりだったと思うが、そのとき、歌の力だけでこんなに感動させられるんだ、ということを痛切に感じた。僕は、ホイットニー、セリーヌ、マライアだと一番ホイットニーが好きなのだが、シャリースはこれら3人の魅力を「いいとこどり」している感じさえする。 下記の順でみるとシャリースが出た順で見られる。 10/19/2010 (Day One) At Kokusai Forum Power Of Love http://www.youtube.com/user/abilidades?feature=mhum#p/u/4/c5GJcT0izqU To Love You More http://www.youtube.com/user/abilidades?feature=mhum#p/u/3/e-xp_fKi0Cc All By Myself http://www.youtube.com/user/abilidades?feature=mhum#p/u/2/PLpQt8D69Bg I Have Nothing/I Will Always Love You Medley … Continue reading

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◆音楽の力 ~ ヴェトコン兵士が口ずさんだ曲 : 「ギヴ・ミー・ジャスト・ア・リトル・モア・タイ

◆音楽の力 ~ ヴェトコン兵士が口ずさんだ曲 : 「ギヴ・ミー・ジャスト・ア・リトル・モア・タイム」 【Power Of Music: The Song Viet Com Humming】 一字一句。 2010年10月13日にアトランタ郊外で69歳で死去したジェネラル・ジョンソン。ホット・ワックス/インヴィクタスのチェアメン・オブ・ザ・ボードのリード・シンガーだが、彼のことを調べているうちに、ちょっといい話に出会った。彼のホームページに書かれている「パワー・オブ・ミュージック」と題された小文だ。 ジェネラル・ジョンソン訃報記事 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10680532190.html これは、ジョンソンが生まれ故郷に近いノース・キャロライナ州のナイトクラブでライヴをやったときに、そのクラブのオウナーから紹介された地元消防士の話だ。その消防士は、ノース・キャロライナ州シャーロッテの消防団のチーフで、現在はリタイアしている。彼の名はハリー・ロジャース。 ジョンソンがオウナーの紹介でロジャースのテーブルに行くと、ロジャースはチェアメン・オブ・ザ・ボードの音楽のことを大変褒めてくれ、一通の手紙を手渡した。その手紙(2006年2月18日付け)には、ロジャースが体験したチェアメンのヒット曲「ギヴ・ミー・ジャスト・ア・リトル・モア・タイム」についてのちょっとしたエピソードが書かれていた。彼はその手紙を自らのウェッブサイトに公開した。 原文はこちら。 http://www.generalnormanjohnson.com/my%20life.htm 1970年6月のことだった。ロジャースは、ヴェトナム戦争に従軍していた。アメリカ軍は激しく北爆(共産化しつつあるとされた北ヴェトナムを爆撃)をしていた。そのさなか、ロジャースは南ヴェトナムで6人の(北側の)ヴェトコン捕虜を見張りながら、彼らに防空壕のような壕を作らせていた。敵の捕虜がきちんと仕事をし、逃げないように見張りながら、ロジャースは電池で聴けるラジオでアメリカ軍の放送(日本でも聴けるFENのようなラジオ局のヴェトナム版=現在のAFRTSアメリカン・フォーセス・ラジオ・テレビ・サーヴィス)をかけていた。 DJが、「ちょうどリリースされたばかりのニュー・シングルをご紹介しよう。チェアメン・オブ・ザ・ボードの『ギヴ・ミー・ジャスト・ア・リトル・モア・タイム』だ!」と言って、その曲がかかった。 ロジャースはその曲を聴くのは初めてではなく、すでにお気に入りになっていた。すると、一人のヴェトコン兵士がこの曲を口ずさんで一字一句同じように歌っていたのだ。しかも、「and our love will surely grow…bluuurrrtt」(約2分13秒あたり)の最後のブラッーという部分を巻き舌で歌うところまで真似ていたのだ。これにすっかり驚いたロジャースはその兵士に「英語はしゃべれるのか」と尋ねると、彼はなんとミシガン大学に行っていた、という。 アメリカの大学にまで行っていていた教育のある男がなぜヴェトコンに。「じゃあ、なんで君はこんなところで、窮地に立ってるんだ?」と聞くと彼はこう答えた。「北ヴェトナムの兵士がAK47のライフルを持ってやってきて、俺の妻、父母の頭に銃口を突きつけ、北の兵士にならなければ皆殺しにする、と脅してきた。だから、しかたなく北軍に入ったんだ。そして、最初の従軍であんたたちの捕虜になったんだよ」 それまで、ロジャースは、彼自身兵士として「人間ではない動物」として訓練され、敵もただの動物と思えと洗脳されてきた。だが、この日、この瞬間、初めて敵兵もひとりの人間だと思った、という。ロジャースは、「この出来事は私の人生のいかなる出来事よりも偏見というものを克服することに役立った」と振り返る。「あなたの音楽(ギヴ・ミー・ジャスト・リトル・モア・タイム)によって、それはほんの一瞬だったとしても、私や何千人もの人生の最悪の部分を少しでもよくしてくれたことに感謝したい」と言ったのだ。 これぞ、まさに「音楽の力(Power Of Music)」だ。 ++++ 月曜日深夜(2010年10月18日)、NHKスペシャルで『貧者の兵器とロボット兵器』(再放送)という番組をやっていた。アフガニスタンをアメリカ軍の無人ロボット飛行機が爆撃するというものだ。そして、敵のタリバンは人間自爆で向かってくる。アメリカ側はまさにゲーム感覚で爆撃をしている。ヴェトナム戦争は、現地でのゲリラ戦争だった。このゲーム感覚の戦争の中では、上のような話は起こらない。 ■ チェアメン・オブ・ザ・ボード 「ギヴ・ミー・ジャスト・ア・リトル・モア・タイム」 Give Me Just a Little More … Continue reading

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◎デイヴィッド・フォスター・ライヴ~時代の変遷によって入れ替わるスター

◎デイヴィッド・フォスター・ライヴ~時代の変遷によって入れ替わるスター 【David Foster Live Day Two : New Yokozuna Is Charice】 入れ替わり。 デイヴィッド・フォスター・ライヴ、2日目。いわゆる音楽関係者の来場も多く、僕も久しぶりにお会いする人もけっこういた。 この日は、最初のアーティストの出番を若干変えた。まず、デイヴィッドが出てきて、インストをやったあと、カナディアン・テナー、それからナタリー・コールという順番。カナディアンのあと、ピーター・セテラでもいいかと思うが。 (笑) ナタリーは一曲増やしていた。それが、「ミス・ユー・ライク・クレイジー」。日本でも人気の高いマイケル・マッサーのバラード。ナタリーと父ナットのデュエットは、会場のモニターにナットの姿が映し出されるとさすがに受ける。 ルーベンの声は、楽曲がどれもいいこともあり、実に癒される。また、アースの大ヒットとして知られる「アフター・ザ・ラヴ・イズ・ゴーン」をエア・プレイ・ヴァージョンでというと一斉に受けていたので、かなり熱心なデイヴィッド・ファンも多かったようだ。マイケル・ブーブレの歌の最中、デイヴィッドがルーベンのところに行き何かをささやいた。なんと、歌詞の「パリ、ニューヨーク…」のところを「パリ、トウキョウにしろ」とアドヴァイスし、ルーベンはその場でそう変えて歌っていた。曲が終わった後、デイヴィッドがMCでこれを明かした。 それにしても、デイヴィッドはかむこともなく、流暢に司会をこなす。名司会者といってもいい。そつなくうまくショーを進行させる。テレビのちょっとした音楽番組の司会者ができる。 デイヴィッドとピーターは公私ともにほんとうに仲がいいようだ。 そして、シャリース。デイヴィッドは、来る2月の来日ライヴのことを告知。シャリースは、緊張とかしないのだろうか。歌い始めの瞬間こそ、若干迷いがあるところがあるが、すぐに歌の世界に入ってしまう。彼女が歌の世界に入ってしまえば、怖いものなし。聴く側もすぐにその歌の世界に入り込む。単純に歌と歌声だけに入り込み、純粋にそこに感動した。こういうことはなかなかない。シャリースのCDでは、このすごさが出てこない。彼女は、ライヴでその魅力を発揮する。 彼女の歌を聴いていると、根本的な「歌唱力」とは「歌力」とは何かということを考えさせられる。ホイットニー・メドレーなど、とても彼女が歌詞の意味を深く知って感じて歌っているとは思えない。だが、それでも、聴く者は感動してしまう。この歌唱に、経験と英知が加わったら、一体どんなものになるのだろうか。そうなったら鬼に金棒だ。今は突っ走る勢いだけで、これだけ観客を感動させることができるが、年齢を重ねればその表現力はさらに倍加する。しかし、若さって本当に素晴らしい。 たとえば、ホイットニーはかつて女性シンガー界の堂々たる横綱だった。しかし、永遠に横綱の座にはいられない。だが、その横綱時代の実績は誰からもリスペクとされるものだ。そして今、まさにシャリースがその座に座ろうとしている。今年2月のホイットニーのパフォーマンスと、10月のこのシャリースの歌を聴いて、僕は、千代の富士から貴乃花に横綱がバトンタッチされたときのことを思い出した。時代のページが変わっていくということだ。 それにしても、デイヴィッド・フォスターというプロデューサーは、改めてすごいプロデューサーだなあ、とつくづく思った。 (この項つづく) ■ シャリース 早くも単独ライヴ決定 シャリース・ジャパン・ツアー2011 2011年2月22日(火)、23日(水) ゼップ東京 18時開場、19時開演 1階スタンディング 8000円、2階8500円 ドリンク代500円別 問い合わせ キョードー東京0570-064-708 2月21日(月)、ゼップ名古屋、052-972-7466 2月25日(金)、ゼップ大阪、06-7732-8888 http://www.kyodotokyo.com 2010年11月26日18時まで先行予約 0570-064-708 http://www.kyodotokyo.com/charice ■ DVD付き、シャリースも 君こそすべて~デイヴィッド・フォスター&フレンズ ライヴ posted … Continue reading

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◎デイヴィッド・フォスター&フレンズ~シャリースがすべてを持っていった夜

◎デイヴィッド・フォスター&フレンズ~シャリースがすべてを持っていった夜 【Charice Steal The Show : David Foster & Friends Live】 盗む。 たくさんのヒット曲を生み出しているスーパー・プロデューサー、デイヴィッド・フォスターがそのフレンズを率いて、16年ぶりの来日コンサート。前回はJTスーパープロデューサー・シリーズの第1回で、セリーヌ・ディオンやピーボ・ブライソンが登場した。デイヴィッドとゆかりのあるアーティスト、今回は、ナタリー・コール、カナディアン・テナーズ、ルーベン・スタッダード、ピーター・セテラ、そして、シャリースが参加。この順番ででてきた。観客はかなり年齢層が高かった。40代から50代、60代も。朝のテレビ番組『とくダネ』で紹介されたことなども影響しているのかもしれない。 ナタリーがトップバッターというのも驚いたが、若干18歳のシャリースがトリというのももっと驚いた。 いずれもが基本的にはデイヴィッドが書いたりプロデュースしている曲を歌ったが、この夜の最大の衝撃は最後に登場したシャリースだ。フィリピン出身で、すでにユーチューブなどでにも画像がでていて、話題にはなっていたが、生歌を見るのは初めて。その歌力、声の力、歌唱に圧倒させられた。英語でSteal the show ショーを盗むという表現をよく使うが、シャリースのこの夜は、まさにそれだった。すべてを持っていってしまった。それまで出た先輩をすべてのみこんでしまった。こんなことが起こるんだなあ。 彼女がデイヴィッドに紹介されてステージ中央にでてきたときは、まだ子供じゃないか、と思ったが、ひとたび口を開いて歌いだすと、これがとんでもなかった。ものすごい歌。歌い上げ系の楽曲がよかったせいもあるが、ホイットニー、マライア、セリーヌ・ディオンといった王道女性シンガーの直球ど真ん中のシンガーだった。しかも、まだ18歳。ステージでの動きはまだぎこちない、ちょっとタレント・ショーにでてきたシンガーといった佇まい。背の高さも150センチ台か、デイヴィッドと並ぶと親子という感じがするが、歌は間違いない。そして、将来大スター間違いない。この歌を生で見せられたらどんなプロデューサーだってプロデュースしたくなる。小さなライヴハウスで圧倒されても、大きな会場で聴くと、それほどでもなかったりすることがあるが、彼女の場合はこの国際フォーラムAが小さく感じられた。場慣れしている。 デイヴィッドは元々歌がうまいシンガーをプロデュースするのがひじょうにうまいプロデューサーだが、彼にどんぴしゃのシンガーだ。ホイットニーやマライア、セリーヌが出てきたときの衝撃と同じものがあった。これから10年、20年後もきっと見たり、聴いたりしている息の長いシンガーとなるだろう。 もう一点。彼女は1992年5月10日フィリピン生まれだが、これまでのフィリピン・シンガーの英語にはいわゆる「フィリピンなまり」があるのに対して、彼女の英語はとても綺麗で普通にアメリカン・イングリッシュという印象を持った。これもアメリカですでにデビュー・アルバムがベスト10入りするほどの支持を受けている理由のひとつだろう。 もちろんまだ若いせいか、ちょっとシロートっぽいシンガーという雰囲気が残っているが、これは年とともに消えていくだろう。そして、素朴で垢抜けないところも、どんどん綺麗に洗練されていくに違いない。ちょっとだけ、デイヴィッドとしゃべりで絡んだのだが、そのしゃべりは普通の18歳の女の子という感じだが、歌うと立派なシンガー。そのギャップがじつにおもしろい。 シャリースが歌い終えると、それまではただの拍手だった観客の反応がスタンディング・オヴェーションになった。そして、最後の曲ホイットニーの「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラヴ・ユー」のあとは、全員が総立ちになり拍手を送った。このホイットニーのメドレーは、2月にやってきたホイットニー本人のものより100倍も素晴らしかった。 その他のアーティストについて一言ずつ。ナタリー、元気になってよかった。カナディアン・テナー、みんなイケメンで歌もうまく、人気者になりそう。ルーベン・スタッダード。この歌声はいつも癒される。ソロ・ライヴ見たい。客席からミーシャがサプライズで登場、堂々と歌った。ピーターはナルシストぶりがおもしろかった。そして、シャリース。この夜のシャリースは、のちのちまで語り続けられるだろう。彼女の伝説が始まった。 最後のマイケル・ジャクソンの「アース・ソング」では、全員がステージに集まり少しずつ歌うのだが、シャリース、ナタリー、ルーベンとソロをとるが、シャリースの声が一番大きいような気がした。もともと地声が大きいのかもしれない。歌手としては最大の武器だ。シャリースはここ10年見た数多くのシンガーの中でも歌手力という点でずば抜けて1番の存在だ。 (この項、つづく) ■ シャリース 早くも単独ライヴ決定 シャリース・ジャパン・ツアー2011 2011年2月22日(火)、23日(水) ゼップ東京 18時開場、19時開演 1階スタンディング 8000円、2階8500円 ドリンク代500円別 問い合わせ キョードー東京0570-064-708 2月21日(月)、ゼップ名古屋、052-972-7466 2月25日(金)、ゼップ大阪、06-7732-8888 http://www.kyodotokyo.com 2010年11月26日18時まで先行予約 0570-064-708 http://www.kyodotokyo.com/charice ■ DVD付き、シャリースも 君こそすべて~デイヴィッド・フォスター&フレンズ … Continue reading

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◎鈴木雅之~30年の歴史を2時間半に凝縮: 過去が現在の財産となる美しさ

◎鈴木雅之~30年の歴史を2時間半に凝縮: 過去が現在の財産となる美しさ 【Suzuki Masayuki : 30 th Anniversary: Roots】 凝縮。 マーチンこと鈴木雅之がデビューから30周年の今年、過去30年を振り返り、ルーツを見据えるライヴ・ツアーを敢行中だ。10月2日千葉から11月30日名古屋まで12本続く。その中の東京・渋谷シーシーレモンホールでのライヴを10月16日(土)見た。 一言で言えば、全27曲、マーチンの歴史が2時間半に凝縮された濃密な時間ということになる。そして、鈴木雅之がすごいのは、30年前のヒットをやっていても、それが単なる「オールディーズ・グループ」のアーティストになるのではなく、現在も新曲を出し、ばりばりの現役アーティストであるという点だ。そして、30年分のヒット曲の集積が大きな財産となって見事に開花しているところが美しい。過去が「過去」にとどまらず、「現在の財産」としてあり、しかも、現在も現在進行形で存在する。そこが美しい。やはり継続の素晴らしさでもある。 今回のタイトルは、ずばり「ルーツ」。オープニングでは自分を音楽の道に導いたルーツとなる楽曲をいくつか選び、それを歌って見せた。それは、ルーツを見つめることによって、将来を見通すということになる。 1980年のシャネルズとしてのデビューから、ラッツ&スター、ソロ・シンガー、鈴木雅之まで。30年を2時間半でまとめるのは、もちろん不可能だが、実にコンパクトにまとめたという印象をもった。 この日は、観客席にはゴスペラーズ、スクープ・オン・サムバディー、槇原敬之らもかけつけていた。「夢で逢えたら」「ランナウェイ」あたりでは、客席でメンバーたちがみな大合唱していたようだ。そんな客席も、強力! ライヴが終わった後は、レイ・グッドマン&ブラウンの「スペシャル・レイディー」が流れていた。もちろん、マーチンの選曲だ。 ■過去関連記事 2010年02月25日(木) 鈴木雅之デビュー30周年記念コンサート~ルーツを探し求めて http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10467386283.html ■MASAYUKI SUZUKI 30TH ANNIVERSARY LIVE THE ROOTS~could be the night~(初回生産限定盤)(DVD付) MASAYUKI SUZUKI 30TH ANNIVERSARY LIVE THE ROOTS~could be the night~(初回生産限定盤)(DVD付) posted … Continue reading

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◎デイヴィッド・フォスター&フレンズ・ライヴ・セットリスト

◎デイヴィッド・フォスター&フレンズ・ライヴ・セットリスト 【David Foster & Friends : Setlist】 Members: David Foster (piano) Natalie Cole Charice Peter Cetera Ruben Studdard The Canadian Tenor John Robinson (drums) Mo Pleasure (keyboards) Boh Cooper (keyboards) Tariqh Akoi (guitar) Ian Martin (bass) セットリスト Setlist: David Foster … Continue reading

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●ジェネラル・ジョンソン(チェアメン・オブ・ザ・ボード)死去

●ジェネラル・ジョンソン(チェアメン・オブ・ザ・ボード)死去 【General Johnson Dies At 69: Lead Singer Of Chairmen Of The Board】 訃報。 デトロイトのホット・ワックス/インヴィクタス・レーベルを拠点に活躍したソウル・グループ、チェアメン・オブ・ザ・ボードのソングライターでリード・シンガーだったジェネラル・ジョンソンが2010年10月13日、アトランタ郊外で死去した。69歳だった。この2月にひざの手術をし、また、肺がんを患っていた。息子のノーマン・ジョンソンが明らかにした。 チェアメン・オブ・ザ・ボードは、1970年1月、「ギヴ・ミー・ジャスト・ア・リトル・モア・タイム」(ソウル・チャートで8位、ポップで3位=ゴールド・ディスクを獲得)というパンチのあるR&B曲が初ヒットとなり、人気グループとなった。 これは、デトロイトで長くモータウン・レコードのスタッフ・ソングライターとして活躍していたソングライター・プロデューサー・チーム、ホランド・ドジャー・ホランドが1968年にモータウンから独立して自ら興したレーベル、ホット・ワックス/インヴィクタス・レコードから出たもので、同レーベルからは、このチェアメンのほか、ハニー・コーン、ローラ・リー、フレダ・ペイン、100(ワンハンドレッド)プルーフ、パーラメント(一枚目のアルバム)などをリリース、一時期隆盛を極めた。 ジェネラル・ノーマン・ジョンソンは1941年5月23日ヴァージニア州ノーフォーク生まれ。(1943年生まれ説もあるが、41年説が正しいようだ) 6歳のころから父について教会で歌い始めた。初めてギャラを手にしたライヴは、ルース・ブラウンの前座だったという。12歳のときにアトランティック・レコードでハムディンガーズ(Humdingers)名義でドゥーワップ的なデモをレコーディングしたが、リリースはされなかった。その後、1961年、グループ名をショーメン(The Showmen)と変え、ミニット・レーベルから「イット・ウィル・スタンド」をリリース。これがポップ・チャートで61位を記録するヒットに。これは1964年にも再ヒット。80位を記録。ショーメンは1968年に解散。 1965年ころ、フィラデルフィアのスワン・レコードで仕事をしていたこともあり、それまで仲間からはミドルネームの「ノーマン」と呼ばれていたが、スワンのイタリア人の上司が、「ノーマンより、ジェネラルのほうが売れる名前だ」と言って、ジェネラル・ジョンソンがステージネームになった、という。先の「イット・ウィル・スタンド」がなぜかデトロイトではナンバーワンになるローカル・ヒットになり、そこでホランド・ドジャー・ホランドたちも彼のことを知ることになる。 その後、本拠をデトロイトに移し、チェアメン・オブ・ザ・ボードを結成。ホランド・ドジャー・ホランドが始めたホット・ワックス/インヴィクタス入り。「ギヴ・ミー・ジャスト・ア・リトル・モア・タイム」のヒットを皮切りに、「ペイ・トゥ・ザ・パイパー」「ファインダーズ・キーパーズ」などの大ヒットを放った。(なお、アーティスト表記は、基本はチェアメンだが、ものによってチェアマンとなっているものがあり混在している) ジェネラル・ジョンソンは、チェアメンのリード・シンガーとしてソウルフルな歌を聴かせると同時に、ホット・ワックス/インヴィクタスの他のアーティストにも楽曲を提供、ハニー・コーンの大ヒット「ウォント・アッズ」、「ステック・アップ」、フレダ・ペインの「ブリング・ザ・ボーイズ・ホーム」などもジョンソンが書いている。また、チェアメンで録音した「パッチェス」を、盲目のソウル・シンガー、クラレンス・カーターがカヴァーし、大ヒットさせグラミー賞も受賞した。 1976年、ソロになり、アリスタへ移籍。ソロ・アルバムをリリース、中ヒットとなった。1979年、ジョンソンはアトランタに引越し。1980年代に入ってから、生まれ故郷のヴァージニア州で流行りだしたいわゆる「ビーチ・ミュージック」をやりだすようになり、それなりに話題になっていた。最近はジョージア州アトランタ郊外イースト・ポイントに住んでいた。「ビーチ・ミュージック」は、東部キャロライナ州近辺のビーチで人気のサウンドで、彼らの「キャロライナ・ガール」などが毎夏になるとヒットしている、という。 2007年4月、地元ノーフォークで、「ノーフォーク・レジェンズ・オブ・ミュージック・ウォーク・オブ・フェイム」を受けた。いわゆる有名人歩道に名前が記された。このとき、同時に受賞したのは、ブルース・スプリングスティーン・バンドのメンバー、クラレンス・クレモンズ。 葬儀は2010年10月19日午後7時から9時までアトランタで。メモリアルは翌日午後2時から。48年連れ添った妻ジュリア・ジョンソンと2人の息子(アントニオとノーマン)と娘(ソニヤ)によって送られる。 Visitation: Tuesday, Oct 19th 2010 7Pm-9Pm The Association of Black Cardiologist 5355 Hunter Rd. Atlanta, … Continue reading

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○プリンス、12月から全米ツアーへ、ヨーロッパ・ツアー後に

○プリンス、12月から全米ツアーへ、ヨーロッパ・ツアー後に 【Prince Will Hit US Tour】 12月。 プリンスは、2010年10月14日、ニューヨークのアポロ・シアターで記者会見を開き、12月から全米ツアーに出ると発表した。ツアー・タイトルは、『ウェルカム・トゥ・アメリカ(Welcome 2 America)』。共演アクトとして、メイシオ・パーカー、レイラ・ハザウェイ、シーラ・E、ジャネール・モネイ、ミント・コンディション、エスペランザ・スポルディング、カサンドラ・ウィルソンなどが参加する。また、ニュー・パワー・ジェネレーションも毎晩演奏する。今回のライヴ・ツアーは、ライヴ・ネーション社が取り仕切る。日程・会場の詳細は、数日中にライヴ・ネーションから発表される。 「あなたの友人や子供たちを、みんな連れていらっしゃい。フット・スプレイももってらっしゃい。ファンキーなパーティーになるから」とプリンスは言っている。そして、「早めに来て、何度でもいらっしゃい。ふたつとして同じショーはないから」とも。 この記者会見の席上で披露された金色のフェンダー・ギターは、のちにオークションで販売される、という。ここから得られた収益は、ハーレム・エンパワーメント・ゾーンというハーレム復興グループに寄付される。 今回のライヴ会場は、ニューヨークはアポロ・シアターで何日か行われるらしい。また、プリンスは、これらのアーティストをコーディネートするキュレーター役もになう。 またこの記者会見で、プリンスは最新曲「リッチ・フレンズ」のフル・ヴァージョンを初めて披露した。その後、『21ナイツ・イン・ロンドン』のDVDから一部が見せられた。 これに先立つプリンスのヨーロッパ、中東、南アフリカ・ツアーの日程は次の通り。 2010-10-15 Helsinski, Finland 2010-10-18 Vestlandshallen. Bergen, Norway 2010-10-20 Copenhagen. Denmark 2010-10-22 Herning. Denmark 2010-10-26 Antwerp. Belgium 2010-11-02 Roma. Italy 2010-11-03 Milan. Italy 2010-11-14 Abu Dhabi … Continue reading

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◎コン・ファンク・シャン、4年連続でコットン・クラブに登場

◎コン・ファンク・シャン、4年連続でコットン・クラブに登場 【Con Funk Shun Live : Fun Fun Fun】 ファンキーパーティー。 オークランドのファンク・グループとして人気抜群のコン・ファンク・シャンが2009年7月以来約1年3ヶ月ぶり通算11度目の来日。このところ、毎年一度、やってくる感じで、本人たちも「4年連続でここコットン・クラブにやってきた」と堂々と宣言していた。 コットンは金曜セカンドということもあってか、超満員。昔遊んでた風の平均40代から50代の男女がほとんど。バンドは、ドラムス、ギター、ベース、パーカッション、キーボードに3人のホーンセクション。ブラス・セクションが今回は「ガット・トゥ・ビー・イナフ」のリフを吹いて通路を歩きながらステージに上がるところから、観客はもう立ち上がる。やはり、3管(トランペット、トロンボーン、サックス)でメロディーを吹かれると、否が応でも生バンドという感じで気分は盛り上がる。 人気曲はほとんどやって、ダンス・ナンバーには小粋な振り付けがなされ、見てても、踊ってても楽しい。前年のセットリストとは曲順を入れ替えたりして、ファンを飽きさせないようにしている。 何より、青いジャケットを着た5人がステージ前方に立ち、踊りながら演奏すると、それだけでも迫力だ。 70年代から80年代にオールド・スクール・ソウル・ヒットのメドレー(下記セットリスト12)はいつも楽しい。おなじみのヒットが次々とちょっとずつ出てくるが、その間もビートが続く。 70年代から活躍しているいわゆるファンク・バンドは、みなファンキーなダンサブルな曲と同じくらい、バラードでいい曲を持っている。下記セットリストで8と9などは、スタイリスティックスあたりを思わせるようなスイートなラヴ・バラード。バラードでは、フェルトンのファルセットが魅力を出したり、マイケル・クーパーも歌う。 ミラーボールが周り、40代以上と思われるファンが、往年のディスコを思い出しながら踊る。コン・ファンク・シャンのライヴはいつもそんな雰囲気だ。こういう金曜夜を見ていると、ここは健全な40代以上の遊び場だなあと思う。 ライヴは10月17日日曜まで、コットン・クラブ。 http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/schedule/ ■ 今日(2010年10月17日)日曜、インターFM『ソウル・ブレンズ』(76.1mhz=午後1時~3時)内「ソウル・サーチン」(午後2時半~2時50分)で、コン・ファンク・シャンを特集します。 ■ ベスト・オブ・コン・ファンク・シャン ベスト・オブ・コン・ファンク・シャン posted with amazlet at 10.10.16 コン・ファンク・シャン マーキュリー・ミュージックエンタテインメント (1998-10-21) 売り上げランキング: 265520 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 過去関連記事 2009年08月01日(土) コン・ファンク・シャンもマイケル・ジャクソンへ捧げる http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10311569388.html … Continue reading

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◎ヘネシー・アーティストリー・ライヴ~Qティップ

◎ヘネシー・アーティストリー・ライヴ~Qティップとルーツがコーディネート 【Hennessy Artistry Live】 スポンサード。 洋酒のコニャックでナンバーワンのシェアを誇るヘネシーがスポンサードし、Qティップとルーツがアーティストをコーディネート(キュレート)した『ヘネシー・アーティストリー・ライヴ』のツアー最終日が、2010年10月14日午後7時半(日本時間15日午前8時半)から約3時間にわたって、ニューヨーク・ソーホーにあるチプリアーニ・クラブで行われた。ヘネシーが募集した招待客のみのイヴェントで、全米でシカゴ、マイアミ、ロスアンジェルス、デトロイト、そして、ニューヨークと5本行われたものの最終日。 場所によって出演アーティストは若干入れ替わっているようだが、この日はルーツ、Qティップ、イヴ、メアリー・J・ブライジ、エリカ・バドゥー、そして、なんと、ロン・アイズレー、さらに、ボビー・ブラウンまで登場した。 この模様は、インターネットで生中継され、ライヴ終了後は、アーカイブとなって録画が見られるようになっている。 アドレスは、こちら。 http://www.ustream.tv/hennessyartistry この『ヘネシー・アーティストリー・ライヴ』は、定期的にこれまでにも何度かやっているようで、毎回若干アーティストもコーディネーター(キュレーター)も入れ替わっている。2008年10月のときには、ニーヨがホストとなり、レオナ・ルイスなども登場。2007年、2009年には、ファレルも登場。 ロナルド・アイズレイは、黒のタキシード風におなじみのステッキを持って登場。「ビトウィーン・ザ・シーツ」「フットステップ・イン・ザ・ダーク」「フォー・ザ・ラヴ・オブ・ユー」を披露。とりあえず、元気そうだなによりだ。これなら、フルショーのライヴもできそう。 金髪のマッシュルームのウィグ(と思われる)で登場したエリカ・バドゥーは圧巻の存在感。そして、驚いたのが、ボビー・ブラウンの登場。ちょっと全盛期の勢いはなかったが、まったりとした感じで、「エヴリ・リトル・ステップ」「ロニ」「マイ・プリロガティヴ」などを披露。 しかし、こんなイヴェントがスポンサー付きで行われるなんていうのが、本当にうらやましい。さらに、これがネットで生中継されるというのも、時代だ。 ちなみに、アイズレイの登場はアーカイブで1時間19分あたり、マイク・ポズナーをはさんで、イヴが1時間48分あたり、2時間04分あたりからエリカ・バドゥー、2時間28分あたりからボビー・ブラウンが、それぞれ始まる。 ■ アイズレー・ブラザーズ エッセンシャル エッセンシャル・アイズレー・ブラザーズ posted with amazlet at 10.10.15 アイズレー・ブラザーズ Sony Music Direct (2004-10-06) 売り上げランキング: 162780 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ エリカ・バドゥー New Amerykah Part Two: Return of … Continue reading

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◎キャンディー・ダルファーは素敵にファンキー、ファンキーで素敵

◎キャンディー・ダルファーは素敵にファンキー、ファンキーで素敵 【Candy Dulfer : Funkiest Chic Beautiful】 ファンタスティック。 素敵なサックス奏者キャンディー・ダルファーは、素敵にファンキー、そして、ファンキーで素敵だ。ほとんど毎年のようにやってくるキャンディ、今年3月にはメイシオ・パーカーとの共演ステージもあったから、1年空かず約7ヶ月ぶりの来日。セカンドの開始が約15分遅れ。ファーストが伸びたようだ。 キーボード2人、ドラムス、ギター、ベース、トランペット、ヴォーカル(ラップも)にキャンディ(サックス)という8人編成。黒のミニのワンピースに身を包んだこの美貌の白人が黒いファンクをかます。以前にも増して、メイシオ色、ジェームス・ブラウン色、ブルー・アイド・ファンク色が強くなった感じがする。しかも、曲によっては振り付けまで付け、エンタテインメント性もたっぷり。のりのりだ。 選曲もとてもわかりやすくて、初めてキャンディを見る人たちも思い切り楽しめるだろう。アリシア・キーズの「エンパイアー・ステート・オブ・マインド」や、ロイ・ハーグローヴの「セント・デニス」、そして、プリンス楽曲、おなじみの「ピック・アップ・ザ・ピーセス」と、ファンが喜ぶ選曲だ。 驚いたのは、舞台下手(客席から見て左手)の大柄のお相撲さんのような黒人キーボード奏者、チャンス・ハワードが実はけっこういい声の持ち主でちゃんと歌うこと。5曲目でなんとボビー・ウーマックのヒット「デイ・ライト」を堂々と歌った。この歌声はけっこうしびれる。 ロイ・ハーグローヴでおなじみの「ストラスブルグ/セント・デニス」は、トランペットとキャンディのサックスがかけあい、ちょっとした聞き物。プリンスからもらったという「ライフ・オブ・ザ・パーティー」では、キャンディーは客席をサックスを吹きながら練り歩く。 サックスのファンキーさは、メイシオ譲り、サウンドのファンキーさは、プリンス譲り。そして、そのルーツにはジェームス・ブラウンのファンクの塊が垣間見られる。 最後のアンコールは、「サックスがいい、ファンクがいい?」と観客に尋ねると、「ファンク~~~!」という声がかかり、JBズのヒットに。「ギミ・サム・モア」と「レット・イット・ゴー」をまぜあわせていた。 なかなかまとまったバンドだが、最近では日本人のファンクを理解しているメンバーでもこれくらいのパフォーマンスはできるような気もしないでもない。唯一の注文は途中2箇所あったギター・ソロがちょっと長すぎる点くらいかな。あれをもっと短くしたら、もっとしまる。 しかし、アンコール終わってみれば、1時間50分。なるほど、ファーストもほぼ同じセットリストらしく、これだけ押せば開場も遅れる。これだけやってくれれば超満足のライヴだ。 ■ 過去関連記事 2010年03月04日(木) メイシオ・パーカー&キャンディー・ダルファー・ライヴ http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10472681336.html 2009年05月10日(日) キャンディー・ダルファーとシーラE・ライヴ http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10258064099.html October 18, 2006 Candy Dulfer Live: Another Average White Band http://blog.soulsearchin.com/archives/001338.html ■ キャンディー・ダルファー最新作『ファンクド・アップ』 ファンクド・アップ posted … Continue reading

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◎小沼ようすけライヴ:「グオッカ」(クアドループのリズム)とのケミストリー

◎小沼ようすけライヴ:「グオッカ」(クアドループのリズム)とのケミストリー 【Onuma Yosuke: Chemistry With Rhythm Of Gwo Ka】 化学反応。 カリブ海に浮かぶグアドループ島(フランスの海外県、公用語はフランス語)のリズム「グオッカ」を取り入れた新作『ジャム・カ』をリリースした湘南のギタリスト、小沼(おぬま)ようすけがアルバム発売と連携してツアー、その最終日を2010年10月12日東京ブルーノートで迎えた。前日の秋田から移動し、このライヴではアルバムのレコーディング・メンバーも参加。 キーボード、ベース、サックスにパーカッション2人、そしてギター小沼ようすけの6人。さすがにおしゃれな感じの女性ファンが多い。 そもそもこのプロジェクトは、今回のプロデューサーの松永誠一郎さんがサックスのジャック・シュワルツ・バルトとつながりがあり、彼とつながりのある2人のパーカッション奏者(=レジーとオリヴィエ。正確にはグオッカのリズムを奏でるグオッカ・ドラマー)が演奏しているCDを小沼が気に入ったことから、そのメンバーでレコーディングしようということになったそうだ。この2人のパーカッションとベース奏者が繰り出すリズムが、グアドループ島の「グオッカ」というリズム。これはさすがに言葉で表現できないので、小沼のその新作『ジャム・カ』を聴いていただきたい。一言で言えば、実に高揚感が出るのりのいいリズムだ。アフリカをルーツに持ち、グアドループ島で独自に発展したという。 当初、全体的なサウンドはまさに南国のホテルのラウンジで奏でるライヴバンドという感じがした。冷えたシャンパーン、白いワインを傍らに南国のそよかぜがブルーノートのろうそくを揺らすといった趣だ。 しかし、徐々にこのバンドの肝は2人のパーカッション奏者だということが明らかになっていく。 本人の説明によると、このアルバムは、今年2月にニューヨークで録音し、そのスタジオはガラス張りで、ときに外に雪が降るのが見える。そんな中で「グオッカ」のリズムをレコーディングしていた。映像が浮かび上がるような小沼のギターと、それを支えるバンドのコンビネーションが実にいい。 僕が特に気にいったのが下記セットリスト6曲目の「ジャム・カ」。パーカッションの2人から繰り出されるこの繰り返しのリズムは実に強力だ。これを聴いていてメルヴィン・ヴァン・ピーブルスのブラック映画『バッドアスBaadasssss!』あたりのBGMに最適ではないかと思った。一昔前のブラック・ムーヴィー(ブラックスポロイテーション映画)のサントラに使えそうな感じだ。だから、これなんか、ヒップホップの連中にサンプリングされてもいい。そう思って聴いていると、ニューヨークのブラック・FMステーションなんかの深夜時間帯にかかってもいいような気さえしてきた。 僕はそもそもブラックっぽいものが好きなので、小沼のブラック・フィーリングあふれるギターが出てくるとすごく気分が高揚するが、この日もシンプルなカッティングは実に最高。アンコールの1曲目に出た「ファン・カ」は、2人のパーカッション(まるで兄弟のよう)とキーボード、ベース、サックスすべてがソロを演じ、特にパーカッションだけになるバトル部分は圧巻だった。途中からひじょうに難しいリズム(何拍子なのかわからなくなった)で繰り広げられるパーカッションのさまざまなリズムには圧倒させられた。たった2本の腕で、2人ともさまざまなリズムを生み出す。オリヴィエとアーノウは、まさにリズムの総合商社だ。 熱くなったセッションを終えるとバック・メンバーはステージを降り、小沼だけが残った。そして、最新アルバムの最後に収録されている「チアラモンティ」をアコースティック・ギターで一人で弾いた。まさにそれまでが「動」だったら、最後の締めは「静」だった。 彼などを見ていると、才能あるアーティストというのは、一緒にコラボするアーティストたちによって、さまざまな引き出しにある才能をひっぱりだされるんだなあ、ということを痛切に感じる。グアドループの「グオッカ」のリズムと結合することで、小沼は自身の中にある新たな才能を発見した。まさに化学反応、ケミストリーだ。 ミュージシャンは、あちこち世界に旅をすればするほどいい。 ■ ジャム・カ 小沼ようすけ最新作 Jam Ka posted with amazlet at 10.10.13 小沼ようすけ ステファニー・マッケイ SMJ (2010-06-23) 売り上げランキング: 6625 Amazon.co.jp で詳細を見る ■メンバー Yosuke … Continue reading

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◎大澤誉志幸ライヴ・アット・ブルース・アレイ

◎大澤誉志幸ライヴ・アット・ブルース・アレイ 【Ohsawa Yoshiyuki Live At Blues Alley】 ソウルマン。 マーチンから何度か「大澤はソウルマンだよ。ソウル・チルドレンとかディープなのをライヴでもやってるよ。吉岡さん、一度見たほうがいいよ」というお勧めもあり、しかも、うちから近いブルース・アレイでのライヴということで、土曜日の4時半の回に出向いた。かなりの大雨だったが、会場はほぼ満員。 定刻きっちりにバンド・メンバーがステージにあがり、ライヴがスタート。最初、彼の声に驚かされた。しわがれ系のまさにソウル・ヴォイス。それがライヴだととても顕著で、この声なら何を歌ってもソウルになるのではないか、と思わせられた。 キーボード、ベース、ドラムス、ギターに本人、大澤という5人編成。大澤は中央の椅子に座り、歌う。そういえば、10日に亡くなったソロモン・バークも椅子に座って歌っていたなあ。バンド・メンバーのうち、ギター奥田健介とドラムス小松茂がノーナ・リーヴスのメンバー、そして、ベース千ヶ崎学もサポート・メンバーということでなじみ深い。バンドもしっかりしていて、実にまとまったサウンドだ。グルーヴ感のある曲も自然にグルーヴが出ている。 この日は1部と2部が入替え制ということだったので、僕は最初ファーストだけ見るつもりだったのだが、なんと聞けば、ファースト・セカンドともに一曲もダブりがないという。そこで、急遽セカンドも少し見せていただくことにした。次の予定があったので、セカンドは途中までだったが、たっぷり楽しんだ。 全体的に、ソウル好きであることは痛いほどわかったが、それ以上にさまざまな音楽的多様性を感じた。たとえば、ブルーズ、ラテン、サルサ、あるいはボサノバなどの要素も。プリンス風、アイズレー・ブラザーズ風、モータウン風、ミック・ジャガー風、オーティス・レディング風、そして、Jポップ風、AOR風も。ファーストの最後の曲とアンコールともに、アップテンポのロック調の曲だったが、どうも日本ではこうした立てノリのほうが一般受けするらしい。僕は彼のライヴを見るのも初めてなので、ほとんどお初に聴く曲ばかりだったが、楽曲がどれもよく出来ているので感心した。 下記セットリストで7と8は、大澤が一人だけステージに残り、アコースティク・ギターで何か弾き語るのだがブルージーな曲を弾いた。伝説的ブルーズ・アーティスト、ロバート・ジョンソンの「カインド・ハーテッド・ウーマン」を独自の解釈で見せた。MCでも「最近はちょっとブルーズにはまっている。結局、こういうのが好きになってしまう」みたいなことを言っていた。また、10曲目のあとのMCでは映画『キャデラック・レコード』の話をさらりと。「いろんなブルーズ・マンたちはよかったんですが、ビヨンセは(綺麗すぎて)いかがなものか」とコメント。おっしゃる通りでなかなかおもしろかった。 ソウル談義。 ファーストが終わった後、ブルース・アレイの高橋さんにマネジャーの方を紹介してもらい楽屋に会いに行った。大澤さんとは、ツイッターでオーティス・クレイの来日について若干やり取りしていたのだが、会うのは初めて。休憩時間で彼は食事を取らなければならなかったのが、けっこう立ち話につきあってくれた。短い時間だったが、彼の音楽へのこだわりを強烈に感じた。いわゆる芸能人などではなく、アーティストとしてのスタンスがしっかりしている感じだ。変に媚びないところが潔い。二部制でやるときでも、曲はいつも違うそうで、この日は30曲以上をリハーサルして、パフォーマンスした。「譜面も書きますけど、口伝えでアレンジをミュージシャンに言うこともあります。黒人みたいにね」 「このバンド、みんなうまいから、すごく歌い易いんですよ」と大澤さん。すでにこのメンバーで2-3年やってきているという。 ソウル談義の中で、「プリンスの1984-5年頃のライヴをアメリカで、ワーナーの人に見せてもらった」という話も出た。彼はそういえばプリンスの『パープル・レイン』のライナーノーツを書いていた。「ソウル・キャブって知ってます? タクシーでソウルのCDばっかりかかってるんです」 さすがに知らなかった。ジャズを高級ステレオで聴かせるジャズ・タクシーがいるとは聴いていたが、そのソウル版があるとは。「そこで、おじちゃんの運転手が、ウイリー・ハイタワーだ、オーティス・レディングだって勧めてくるんですよ。ぶったまげましたよ」と大澤さん。これは、ぜひ乗ってみたい。 で、ちょっと調べてみたのだが、さすがに電話番号まででてこなかったが、それに乗った人の話が少しでてきた。すると、どこまで本当かは確認できないが、その運転手さんは今は日本に住んでいるがずっとアメリカに住んでいて、歴代の奥さんが全部黒人だったらしい。カーステレオもipodは音が悪いからだめだといって、CDをきっちりかけているそうだ。 大澤さんはソウル・チルドレンなどとも一緒にステージに立ったことがあるという。こちらが、不勉強で申し訳ない。 来年、彼はデビュー30周年。ということは、『ソウル・パワー』に出てきてもおかしくない…。しかも、マーチンの「ガラス越しに消えた夏」は、大澤誉志幸作曲・プロデュースで接点もある。大雨の中、熱いソウルを聴かせてもらった。 ■ 大澤誉志幸オフィシャル・ホームページ http://y-ohsawa.typepad.jp/sorte/ ■ 大澤誉志幸 TraXX -Yoshiyuki Ohsawa Single Collection- posted with amazlet at 10.10.13 大澤誉志幸 ソニー・ミュージックダイレクト (2010-04-21) 売り上げランキング: 6463 … Continue reading

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◎グルーヴ・セオリー・ライヴ

◎グルーヴ・セオリー・ライヴ 【Groove Theory Live】 調和。 これまで、アメール・ラリュー名義でのライヴはあったが、グルーヴ・セオリーとしてのライヴは初めて。アメールとしては2006年、2008年以来の来日。今回はアメールのだんなさんは来ていなかったようだ。 基本的には、アメールのソロと同じ感じで、やはりCDでレコーディングされたサウンドを踏襲する。しかし、何よりもアメールが可愛いので、それだけでよしとされそうな感じ。歌唱力ということではなく、ネオ・ソウル風のサウンド、雰囲気が勝負の肝だ。可愛いといえば、舞台向かって右手でキーボードを弾いていた女の子が、アメールに似て可愛かった。娘のスカイちゃんというらしい。まだ若いはず。(情報感謝) キーボード3人、ドラムス、ベースにアメールという布陣。アメールのけだるいヴォーカルは、このグルーヴ・セオリー・サウンドにうまく調和。やはり、前にも書いたが、アメールは2000年代のシャーデーなんだろうな、と思う。 もともとの予定のセットリストでは、4曲目が「キープ・トライン」で、5曲目が「マジック」だったが、順番を間違え、逆になった。 ■ 過去関連記事 October 13, 2006 Amel Larrieux Live: Floating In The Air http://blog.soulsearchin.com/archives/001324.html 2008年05月02日(金) アメール・ラリュー・ライヴ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20080502.html ■グルーヴ・セオリー 大ヒット「テル・ミー」収録 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005G3ZV/soulsearchiho-22/ref=nosim ■ メンバー アメール・ラリュー(ヴォーカル)Amel Larrieux(vo) ブライス・ウィルソン(プロデューサー、MC)Bryce Wilson(key, producer,mc) バーナマウス・ボウイ(キーボード)Bahnamous Bowie(key) ジェフリー・コナー(ベース)Jeffrey Connor (b) エイドリアン・ハーファム(ドラムス)Adrian … Continue reading

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●ソロモン・バーク急死~LAからアムステルダムへ向かう機中で死去か

●ソロモン・バーク急死~LAからアムステルダムへ向かう機中で死去か 【Solomon Burke Dies At Netherlands】 訃報。 「キング・ソロモン」の愛称で知られるソウル、R&Bシンガー、ソロモン・バークが、2010年10月10日、オランダ・スキポール空港で死去が確認された。バークは、同日ロスアンジェルスからアムステルダムへ向かう機中で心臓発作になったとの報道もある。亡くなったのが機中か空港かは未確認。死因などはまだ発表されていない。70歳だった。 バークは10月12日にアムステルダムの「パラディソ」で同地のロックバンド、デ・ダイク(De Dijk)とライヴを行うことになっており、そのためにアムステルダムへ向かっていた。バークはデ・ダイクと『ホールド・オン・タイト』というアルバムを共にレコーディングしており、そのリリース記念のライヴになるはずだった。 バークは21人の子供、90人の孫、19人のひ孫らによって送られる。 ソロモン・バークは1940年3月21日フィラデルフィア生まれ。(1936年生まれと記した資料もあるが、本人の公式サイトでは1940年生まれ) 子供のころから説教がうまく、教会で天才説教師として注目を集めた。1955年シンガーとしてインディと契約、その後、1960年アトランティック入り。ここで、「ジャスト・アウト・オブ・リーチ」が大ヒットして注目されるようになる。その後「ダウン・イン・ザ・ヴァレー」がオーティス・レディングにカヴァーされたり、「エヴリバディー・ニーズ・サムバディー」は、ローリング・ストーンズ、ブルーズ・ブラザーズなどにカヴァーされ多くの人に知られるようになった。 1965年にヒットした「ガット・トゥ・ゲット・ユー・オフ・マイ・マインド」がソウル・チャートで1位になっている。 1968年、仲間のアーサー・コンレイ、盲目のシンガー、ドン・コヴェイ、ベンEキング、ジョー・テックスとともに「ソウル・クラン」というワンショット的なユニットを結成、シングル「ソウル・ミーティング」をヒットさせる。 また、1962年のヒット「クライ・トゥ・ミー」が映画『ダーティー・ダンシング』(1987年)に使われたことも彼の名前を再浮上させることになった。 多数のヒットとともに1960年代をかけ抜けたが、一時期ヒットがでなかったものの、2001年には、ロックン・ロール殿堂入り。2000年代に入り、若手とのコラボレーションを盛んに行い、積極的にアルバムを制作、リリースするようになった。2002年ジョー・ヘンリーがプロデュースした『ドント・ギヴ・アポン・ミー』が翌年グラミー賞を獲得。これで人気が再沸騰。2008年の『ライク・ア・ファイア』には、エリック・クラプトン、ベン・ハーパー、ジェシー・ハリス、ケブ・モーなどが楽曲を提供。2009年1月、メンフィスでウィリー・ミッチェル・プロデュースによる『ナッシングス・ポッシブル』を録音。これを完成させた翌年2010年1月5日、ウィリー・ミッチェルが死去。葬儀にバークは、ロスからメンフィスまで車でかけつけた。アルバムは4月に全米リリースされた。 バークは、2010年5月、『ジャパン・ブルーズ&ソウル・フェスティヴァル』出演のため初来日。日本のファンを大いにわかせた。結局、初来日が最後の唯一の来日となってしまった。(ライヴ評などは過去関連記事参照) その後、夏にヨーロッパ・ツアーを敢行した後、バークはオランダのロックバンド、デ・ダイクとともに13曲入りのアルバム『ホールド・オン・タイト』を完成させ、10月にはオランダなどでリリース予定だった。 元々教会で説教をしながら、歌っていたことから、迫力ある歌唱を聴かせ、ゴスペル・シンガーとしても活動していた。堂々とした風格、面倒見のいい性格などから多くの人から慕われていた。 ニュース記事 http://www.foxnews.com/world/2010/10/10/solomon-burke-dies-amsterdam-airport/ +++++ □ クエストラヴがプロデュースの予定か クエストラヴ。 ソロモン・バーク死去の第一報は、例によってツイッターによって知った。今回は、ルーツのクエストラヴの10月10日日本時間17時53分のツイートだった。さっそくいろいろ調べてみると、すでにAP通信が記事を配信、またウィキペディアにも死亡が書かれていた。すると、またたくまに情報が集まってきた。すでに大手メディアもこの情報を流している。 クエストラヴのツイート。 damn. just heard Solomon Burke passed away in The Netherlands. Was about to work … Continue reading

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■WHCR-FMは、ニューヨーク・ハーレムのコミュニティー・ラジオ局

■WHCR-FMは、ニューヨーク・ハーレムのコミュニティー・ラジオ局 【WHCR-FM: Vaughn Harper Was Special Guest On “Love Zone”】 元祖。 昨日(土曜)の午前中、ツイッターで、@lovesmithさんが、ちょうどニューヨークのWHCR局の「ラヴ・ゾーン」という番組がUストリームで生中継していて見られる、とつぶやいてた。さっそくアクセスすると、なんと、あの元祖「クワイエット・ストーム」のヴォーン“ヴェルヴェット・ヴォイス”ハーパーがゲストで登場。 WHCRのUストリームはこちら。 http://www.ustream.tv/channel/residential-access-network WHCRのホームページ http://www.whcr.org/index.html (ここにステーションの番組表も、Uストリームがない場合は音だけストリーミングで聴ける) ちょうどやっていた番組は、ニューヨーク時間金曜夜8時から12時までの『ラヴ・ゾーンLove Zone』という番組で、DJはモーリス“ヴォイス”ワッツMaurice Watts。日本時間では10月最終週まで夏時間のため、土曜の朝9時から午後1時までだった。11月からは、朝8時から昼12時までになる。この「ラヴ・ゾーン」は、まさにスロー・ジャム、スローなR&Bと若干のジャズをまぜたレイト・ナイト・プログラム。「クワイエット・ストーム」のフォーマットだ。 しかし、スタジオというにはあまりに普通なオフィース。ただの事務机にマイクとミキサー。しかもゲスト用には少し離れたところにある事務机にマイクという感じ。これならマンションの一室でできる。 いろいろ調べてみると、WHCR局は、ニューヨークのハーレム138丁目にある。シティー・カレッジ・オブ・ニューヨーク(ニューヨーク市大学)がオウナーで、キャッチフレーズは「ヴォイス・オブ・ハーレム~ハーレム・コミュニティー・レイディオ」。1987年に免許をもらい、現在、わずか8ワットという小出力で放送中だ。日本のラジオ局の出力表記とちょっと違うため、一概に比較はできないが、日本のいわゆるコミュニティー・ラジオの出力が1ワットから20ワット以下なので、これに順ずる感じだ。(通常のFM局の出力は、東京FMやNHK―FMなどは、10キロ[10000]ワット、地方FMで5キロワット) 内容は、トーク・ショーと音楽番組。音楽番組は、クラシックR&B、ゴスペル、ブルーズからレゲエ、ヒップホップ、ハウス、アフリカン、サルサ、メレンゲ、レゲエなど広範囲におよぶ。 スタジオにいたのは、メインのDJがモーリス・ワッツ。その後ろに控えていたのが大御所ヴォーン・ハーパー。WBLSで「クワイエット・ストーム」を始めた人だ。2人ともディープな声が超魅力的。そして、もうひとりいた女性が、ヴァネッサ・ギャストンといって、「ナショナル・R&B・ソサエティー」の会長。オールド・スクールのブラック・ミュージシャンをサポートしようというグループだ。 たぶん、この出力だとニューヨーク・マンハッタンの下のほうでは聴けないかもしれない。それにしても、こうした番組がインターネットでしかも映像つきで見られるなんて、すごい時代だ。 ヴォーン・ハーパーはそのヴェルヴェット・ヴォイスで1976年にWBLS(107.5mhz)で夜の時間帯に「クワイエット・ストーム」を始めた。この「クワイエット・ストーム」は一番最初は1976年にワシントンDCのハワード大学の構内放送局WHUR局が始めたもので、なんと今ではそのネーミング・ライツ(名前の権利)を持っているという。だから、WBLSや他の放送局が「クワイエット・ストーム」を冠した番組をやるときには、WHURにロイヤリティーを払わなければならないそうだ。いつの間に…。 ヴォーン・ハーパーを見てしまったので、久しぶりにWBLSにアクセス。 http://wbls.com/pages/3874639.php ここで、24時間聴けます。 Lovesmithさん、貴重な情報ありがとうございました。久々にニューヨーク・レイディオを楽しみました。 ENT>RADIO>FM>New York

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◇ジョン・レジェンド新作『ウェイク・アップ』は彼の最高傑作 (パート3)

◇ジョン・レジェンド新作『ウェイク・アップ』は彼の最高傑作 (パート3) 【John Legend’s “Wake Up”】 カヴァー。 ジョン・レジェンドの最新作『ウェイク・アップ』は1曲を除いてすべてカヴァー。それにしても、よくこれだけ曲を選曲したものだ。いわゆる誰でも知ってる大ヒットらしい大ヒットは、「ウェイク・アップ・エヴリバディー」「リトル・ゲットー・ボーイ」、それに、ビル・ウィザースの「アイ・キャント・ライト…」くらい。 もちろん、サンプリングなどで知られている部分はあるが、単なるカヴァー・アルバムの枠に収まらない。しかも、曲の内容、メッセージが強烈なメッセージを放つ。それが70年代に書かれた作品であれ、2010年にもまるで通用するから、すごい。それだけこれらの楽曲の普遍性があるということでもあり、アメリカ自身がまったく進化していないということの査証でもある。こういう楽曲を歌詞をじっくり読みながら聴いていると、音楽の持つ力というものを感じる。 このアルバムを通して聴いていると、その反戦メッセージから、今、アメリカは戦争中なんだなあ、ということを痛切に感じる。アメリカ本土では文字通りの戦争は起こっていないが、アメリカという国が戦争をどこか離れた地で行っている。いや、911は戦争だったか。また、アメリカ本土では、貧富の差、ドラッグ戦争、教育の荒廃などあらゆる日常レヴェルにおける戦争が起こっている。この閉塞感のある現実世界を、「チェンジ」しなければならない。ジョン・レジェンドやルーツのクエストラヴらの思いはこのアルバムに思い切り込められている。 簡単にオリジナルなどをご紹介しよう。 『ウェイク・アップ』ジョン・レジェンド&ルーツ 1. ハード・タイムズ featuring ブラック・ソート Hard Times 1971年のベイビー・ヒューイ&ベイビーシッターズの作品。カーティス・メイフィールドが書いた。カーティスのレーベル、カートムからこのベイビー・ヒューイのヴァージョンはリリースされた。 2. コンペアード・トゥ・ホワット Compared To What 自らシンガー・ソングライターとして活躍するユージーン・マクダニエルズの作品。最初にロバータ・フラックが1969年の『ファースト・テイク』(1969年6月20日リリース)でレコーディング。レス・マッキャンはロバータをアトランティックにひっぱってきた人物で、彼は1969年6月21日にスイスのモントルー・ジャズ・フェスティヴァルで録音したライヴ・アルバムで演奏。これがレスとサックス奏者エディー・ハリスのアルバム『スイス・ムーヴメント』となり、1969年12月にリリースされ、1970年にヒットした。ヴェトナム戦争に対する反戦歌。 3. ウェイク・アップ・エヴリバディ Wake Up Everybody featuring コモン&メラニー・フィオナ 1975年、ジョン・ホワイトヘッド、ジーン・マクファーデン、ヴィクター・カースターフェンが書き、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツで大ヒットした作品。 4. アワ・ジェネレーション(ザ・ホープ・オブ・ザ・ワールド) Our Generation featuring CLスムース チェス、スタックスに作品を残してきたアーニー・ハインズの1972年作品。 5. … Continue reading

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◇ジョン・レジェンド新作『ウェイク・アップ』は彼の最高傑作 (パート2)~「ウェイク・アップ・エ

◇ジョン・レジェンド新作『ウェイク・アップ』は彼の最高傑作 (パート2)~「ウェイク・アップ・エヴリバディー」訳詞 カヴァー。 ジョン・レジェンドがカヴァーした「ウェイク・アップ・エヴリバディー」。1975年暮れにハロルド・メルヴィン&ブルーノーツが発表した傑作曲だ。リードを歌うのは、テディー・ペンダグラス。 僕はこの「ウェイク・アップ・エヴリバディー」がもともと大好きで、オリジナルのハロルド・メルヴィン&ブルーノーツの1975年のヴァージョンはそれこそ盤が擦り切れるほど聴いた。最初7インチのシングルを手に入れ聴いたが、この歌詞が知りたくて、いわゆる耳コピーをした。何度も繰り返しかけて、英語の歌詞を紙に書き取り、わからない単語を辞書を引きながら意味を理解しようとした。英語の歌詞を一生懸命理解しようとしたのは、一番最初がドン・マクリーンの「アメリカン・パイ」で、2番目がこの「ウェイク・アップ・エヴリバディー」だったような気がする。 その後アルバムがリリースされ、輸入盤なのにそこにはしっかりと歌詞カードがはいっていて、聴き取った英語詞と答え合わせをし、改めてその内容を読んだことを思い出す。今でこそ、歌詞がネットでぽんとでてくるようになったが、当時はソウルの歌詞なんて、なかなか入手できなかった。 さて、これはオージェイズの「バックスタバーズ」を書いたジョン・ホイトヘッドとジーン・マクファーデンとヴィクター・カースターフェンが書いた作品。彼らはこれより前にハロルド・メルヴィンたちに「バッド・ラック」の大ヒットを提供している。このメッセージは、ちょうどヴェトナム戦争や当時の社会情勢に対する批判、メッセージだが、この内容は2010年の今日でもどんぴしゃにあてはまる。マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」と並ぶほどの傑作曲だ。 当時、僕は六本木の「エンバシー」という黒人が多くやってくるディスコで週末DJをしていた。ここは横須賀や座間からたくさんの黒人兵が集まってくるので、普通のディスコとはまったく違った雰囲気で、ちょっと怖かった。とは言っても、ふだんは僕はいつもDJブースの中にいたので、それほど危険は感じなかったのだが、真っ暗な店内はそれだけで怪しげだった。 この「ウェイク・アップ・エヴリバディー」はテンポが遅いのでチークでかけたが、最初のうちは誰も踊らない。ところがチーク明けにかけるようになると、少しずつブラザーたちが踊りだすようになった。そして、これがFENなどでかかってヒットしてきて、ブラザーたちも曲自体を覚えるようになると、そのチーク明けから、体を揺らしながら踊るようになったのだ。しかし、これで踊る日本人はほとんどいなかったように思う。たぶん、これで踊っていた店は、このエンバシーか、六本木の「アフロレイキ」か、赤坂の「ハーレム」くらいだろうと思う。 最初はシングル盤(7インチ)でかけていたが、アルバムが出るとアルバム・ヴァージョンをかけるようになった。アルバムにはもっとわかりやすいフィリー・ダンス曲があり、次第にこの「ウェイク・アップ・エヴリバディー」から、他の楽曲「テル・ザ・ワールド…」や「キープ・オン・ラヴィン・ユー」などをかけるようになる。シングルは1975年11月にリリースされ、全米のソウル・チャートで1位になった。 この曲は後に1995年にイギリスのソニヤ・エヴァンスがカヴァー、また2004年に大統領選に関連してベイビーフェイスがプロデュースし、オールスターでレコーディングされている。オールスターはブランディー、メアリーJブライジ、ミッシー・エリオット、フローエトリー、ジャヒーム、ミュージックソウルチャイルドら多数。 ◇ウェイク・アップ・エヴリバディー (ジョン・ホワイトヘッド、ジーン・マクファーデン、ヴィクター・カースターフェン作) ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツ(リード・シンガー:テディー・ペンダーグラス)1975年 みんな目を覚ませ、ベッドで寝てる場合じゃない ネガティヴに考えてもしょうがない、前向きに考えるときがやってきた 世界はかつてあった姿から劇的に変わりつつある 憎しみが世界にあふれ、戦争と貧困が蔓延している 教師たちよ、教育者たちよ、目を覚ませ、 今までと違う新しい方法で教育を始めるときがやってきた きっと、生徒たちも、教師が言わなければならないことに耳を傾けてくれるだろう 若き生徒たちこそ、これから世界に出て行き、世界を手にする者だからだ 生徒や子供たちに物事を教えるとき、教師はベストを尽くさなければならない (コーラス) このまま放置していたら、世界は今よりは決してよくならない 世界は今よりよくならない、君と僕とで、チェンジしなければならない 目覚めよ、あらゆる医者たちよ、老人たちを治してくれ 彼らこそ、今までの地獄をすべて背負っている 審判の日まで(最期の日まで)彼らはそれほど長くは生きられない だから彼らが旅立つ前に少しでも彼らをハッピーにしてあげてくれ 目覚めよ、建築家たちよ、新しい国を作るときがやってきた 我々が一緒に手を組めば新しい国を作ることが出来る ひとつ肝に銘じなければならないのは、新たな国を作ることを心にしっかりと刻むことだ いつでも、そう心に刻めば、必ずそれは実現する (訳詞・ザ・ソウル・サーチャー) Wake Up Everybody (written by John … Continue reading

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◇ジョン・レジェンド新作『ウェイク・アップ』は彼の最高傑作 (パート1)

◇ジョン・レジェンド新作『ウェイク・アップ』は彼の最高傑作 (パート1) 【John Legend’s Latest CD Is His Best Album To Date】 最高傑作。 R&Bシンガー・ソングライター、ジョン・レジェンドの最新作『ウェイク・アップ』が全米で2010年9月23日リリースされた。(日本盤は、9月22日発売) ジョン・レジェンドは、今年(2010年)6月南アフリカで行われたワールド・カップ(サッカー)のキックオフ・コンサートに登場し、そこでこの新作からのハイライト曲「ウェイク・アップ・エヴリバディー」を歌い、大喝采を浴びた。これは、ジョンがフィラデルフィアのルーツとともに組んで作り上げたアルバムの、ある種テーマ曲だが、今回のアルバムはすべて60年代から70年代のソウル・ヒットのカヴァー作品集になっている。 そもそもこのコンセプト・アルバムの発端は2年ほど前、2008年の大統領選にあった。このとき、ジョンがオバマ大統領候補を応援するが、その頃、さまざまな作品を聴くうちに60年代から70年代にかけてのメッセージ・ソングを集めたアルバムを作ろうということになったという。 ジョン・レジェンドによると、「可能性」と「終わることのない貧困」、「楽観主義」と「絶望」、「改革主義」と「社会的不安」…。そうした混在こそが、このアルバムを作り上げる理由となったという。 かつてレコーディングされたメッセージソングで今日でもそのメッセージが有効な作品を選んで、再録音している。「ホワッツ・ゴーイング・オン」が入っていないのが不思議だが、これだと誰もがカヴァーしていて当たり前すぎるからはずしたのか。とはいうものの、アルバム『ホワッツ・ゴーイング・オン』から「ホーリー・ホリー」が収録されている。 いずれにせよ、ルーツのクエストラヴとともにもともとブラック・ミュージックの歴史を俯瞰する力を持っていたアーティストだけに、自分が生まれる以前の作品も実によく研究している。ビル・ウィザースの「アイ・キャント・ライト・レフトハンデッド」(肩を撃たれた、左手では母親に宛てて手紙が書けない)、レス・マッキャン&エディー・ハリスのヒットで、ジーン・マクダニエルズ作「コンペアード・トゥ・ホワット」、ダニー・ハサウェイの「リトル・ゲットー・ボーイ」、ニーナ・シモン、ソロモン・バークの「アイ・ウィッシュ・アイ・ニュー…」、カーティス・メイフィールド作「ハード・タイムズ」、アレサ・フランクリンなどでも知られるマーヴィン・ゲイの「ホーリー・ホリー」などなど。 ルーツとジョンのコンビネーションは、まさにパーフェクト。これだけ渋い曲を選んでもアルバムとして十分に聞き応えのあるものにしてしまう力はすごい。ジョンも、クエストラヴも、どちらもしっかり地に足がついていて、うわついたところがないのがいい。 まだ断定は早すぎるかもしれないのだが、このアルバムは、ジョン・レジェンドの最高傑作といってもいい。(つまり、最近はこの時点で傑作だと思っても、1年か2年後にはもうぜんぜん聴かなくなってたりすることがある。たぶん、作品の消費スピードが格段に速くなっているからだと思う。この点に関しては、また別に稿を改めたい) ぜひじっくりお聴きください。 (ジョン・レジェンドの項、明日に続く) 2010年06月12日(土) ワールド・カップ・キックオフ・コンサート~アリシア、ジョン・レジェンドなど http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10560590139.html このアルバムをフィーチャーしたビルボード誌の特集記事。 http://www.billboard.com/features/john-legend-uestlove-the-billboard-cover-1004115257.story?sms_ss=twitter#/features/john-legend-uestlove-the-billboard-cover-1004115257.story?sms_ss=twitter アマゾンで買う場合はこちら↓ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B003WMI5VO/soulsearchiho-22/ref=nosim/ 曲リスト (オリジナル・アーティストについては、明日以降で書きます) 1. ハード・タイムズ featuring ブラック・ソート Hard Times 2. コンペアード・トゥ・ホワット Compared To What … Continue reading

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○ゴールド・コンサートの余韻~

○ゴールド・コンサートの余韻~ 【After The Gold Concert】 雑談。 ゴールド・コンサートは年1回。毎年、湯川先生をはじめ、審査員の方々と、ちょっとした雑談をするのが楽しみだ。今回、湯川先生から、お会いするなり、「道楽で、私歌ってるんです」と、11月に六本木スイートベイジルで行われるゴスペル・クワイアーのライヴのフライアーを手渡された。これは亀淵由香さん率いるクワイアーと湯川先生率いるクワイアー、さらにゲストにイケメンのル・ヴェルヴェッツというグループが登場するという。 湯川れい子プロデュース = ハーモニーに乾杯~ 2010年11月3日(水・祝)17時開場、18時30分開演 六本木スイートベイジル 03-5474-0139 東京女声合唱団(TLC)、亀淵友香&VOJA、ゲスト:Le Velvets 6000円 湯川先生は歌うのが大好きだそうで、この東京女声合唱団は、略してTLC(!)。その一員として歌われるそうだ。 このほかにも、湯川先生は鳩山由紀夫前首相夫人鳩山幸さん、細川護煕元首相夫人細川佳代子さん、元朝日新聞下村満子さんとともに「スワン・シスターズ」というグループもやっていて、12月にはキャピトル東急でディナーショー形式のライヴを行うという。いやはや、活動的。 ニューヨークで多くのミックス、リミックスなどを担当され、現在では日本を本拠に活躍しているゴー・ホトダさんによると、最近のアメリカのラジオシーンは、みんな衛星ラジオを聴いているという。カーステレオなども、小さな衛星受信端末があって、それを聴いてるそうだ。もちろん、衛星だからローカルという概念はなく、全米すべてにオンエアできる。ホトダさんは現在熱海在住で、自宅にスタジオ完備、しかも、ネット環境も最高のものでつなげているので、海外との音源のやり取り、作業なども自宅でできてしまうそうだ。熱海から東京駅までは新幹線で40分程度なので、「通勤圏内」でもある。 ジャニーズ系の作品を多数プロデュースしたり、洋楽系のアーティスト作品を多数プロデュースしている鎌田さん。ちょうど去年お会いしたときに、マーヴィンの本を出したという話をした。そうしたら、そのマーヴィン・ゲイの自伝『引き裂かれたソウル~マーヴィン・ゲイ物語』をしっかりお買い求めいただき、読破されたとのこと。そこからマーヴィンの話になった。もちろん、1979年11月の来日は武道館でごらんになっていた。「(マーヴィンの)お父さんは、本当にへんな人だったんですね。それと、向こうのエンタテインメントの世界の成功とどん底の落差は、日本の比じゃないですよねえ」 マーヴィンの死のニュース(1984年4月1日、日本時間は2日)は、その日ちょうど当時仕事をしていた山下達郎さんとスタジオに一緒にいて、達郎さんから聞いたという。その衝撃は今でも忘れない、と。 工藤さんが、マーカス・ミラー&ラリー・グラハムのライヴを見に行き、「吉岡さんを探した」とのことだったが、僕は、ラリー・グラハム単体の方に行っていた。工藤さんはマーカス&ラリーと非公式に話をしたが、ラリーがとても紳士的で、英語も綺麗でわかりやすく、すごくいい人だったので、あのファンキーなプレイとの落差に驚いた、と話した。するとそれを聞いた鎌田さん、「僕はラリーをキンキのレコーディングで使ったことがあるけど、ものすごいゲットーでストリートな奴でしたよ。けっこう金にシビアで。きっと、人を見るんじゃないですか(笑)」と。 ま、確かに。(笑) 鎌田さんはけっこうブラック系のミュージシャン、アーティストに詳しい。自分の趣味でミュージシャンを選んだりしているようで、そのあたりの話もおもしろい。 ENT>MUSIC>EVENT>Gold Concert

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◎ゴールド・コンサート第7回~9歳の少女佐藤英里さん「アメージング・グレイス」で観客を圧倒~初の

◎ゴールド・コンサート第7回~9歳の少女佐藤英里さん「アメージング・グレイス」で観客を圧倒~初のスター誕生か 【7th Annual Gold Concert ~ 9 Year Old Girl’s Sensation】 10点。 何らかの障害をもつ音楽家志望の人たちが自作曲、カヴァー曲をテープなどに録音して応募し、書類審査を通過した人たちが集う「ゴールド・コンサート」の第7回が、2010年10月3日(日)午後、有楽町の国際フォーラム、フォーラムCで行われた。今回は予選を通過した10組が決勝戦にエントリー。優勝を競った。この模様はインターネットで生中継された。 僕はご縁があって、審査員を務めるのは今回で4回目。「ゴールド・コンサート」自体7回目だが、いよいよここからスターが誕生しそうな気配がしてきた。今回オーディエンス賞、歌唱賞のふたつを獲得した佐藤英里(さとう・ひらり)さんだ。驚くべきことに彼女は2001年5月生まれのまだ9歳。その女の子が「アメージング・グレイス」をピアノの弾き語りで熱唱。最初は英語、途中から日本語にした。日本語の方がもちろん圧巻だった。わずか3-4分で圧倒的な存在感を見せた。このパフォーマンスは、彼女の「人生を変える5分」にさえなるだろう。パフォーマンス後の司会者とのインタヴューで4-5歳から歌とピアノを始めたとのことだったが、わずか4年程度で、人前で演奏ができるところまで行くのだから、子供の才能というのはすごいもの。もちろん、まだまだ荒削りなところはあるが、それを吹き飛ばすだけの何かがある。ステージに彼女が出てきたときには、ほんの子供ということで、どうなるかと思ったが、歌声が出てきて驚かされた。審査員は一人(一組)のアーティストに対して持ち点10(10点満点)で点をつけるが、僕は過去4年の審査で初めて彼女に10点をつけた。 まだ彼女は9歳で、これからどのような方向性に進んでいくかはわからないが、音楽の道を進んでいけば、今以上に光の当たる道を歩むことになるだろう。そして彼女がビッグになったとき、「私はゴールド・コンサートから出てきました」と誇りを持って言ってもらえれば嬉しい。 たまたま主催者側から事前に彼女のパフォーマンスを見た後、一言コメントをしてください、と頼まれていた。楽曲がなじみの曲だったので、軽く引き受けたのだが、彼女の歌を聴いて心底驚いた。「アメージング・グレイス」は、それこそブレンダのものから有名無名を問わず何百回、何千回と聴いてきた。だが、この日の彼女のヴァージョンは僕の「アメージング・グレイス」ヒストリーの中でも、ひときわ「記憶に残る」ヴァージョンになった。 今回からオーディエンスにアンケート用紙を配り、一アーティストだけを選んでもらう投票をしてもらったが、その中で堂々1位になっていた。これは誰が見ても驚く。 「ゴールド・コンサート」では毎回1人グランプリ(優勝者)が決まる。今回グランプリになったのは、4回目の挑戦で遂に頂上を極めたヴァイオリン奏者、穴澤雄介さん。過去2回、準優勝を獲得、どうしてもグランプリになれなかったが、今回遂に優勝した。4回目の挑戦というところが審査員内でも評価された形だ。ポイント的には佐藤さんと本当に拮抗しており、審査員の間でも、激論がかわされた。穴澤さんも、「ゴールド・コンサート出身です」と、もうすでに堂々と胸を張って言えると思う。 出場者、概要などは、次のサイトに詳細が掲載されている。 http://gc.npojba.org/ 来年は2011年10月15日(土)に同じ国際フォーラムCで行われる。 (ゴールド・コンサートでお会いする審査員の先生方との雑談について、少し明日書きます) ENT>Gold Concert

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○ラムゼイ・ルイスのジャズ・セミナー~ラムゼイ・ルイス語る(パート2)

○ラムゼイ・ルイスのジャズ・セミナー~ラムゼイ・ルイス語る(パート2) 【Ramsey Lewis Jazz Seminar: Ramsey Talks About History】 講義。 ブルーノート東京で2010年10月2日に行われたジャズ・セミナー、ラムゼイ・ルイスの回。名ピアニストが歴史の一部を語る。1時間余にわたってストレートにさまざまなトピックを語った。あの大ヒット曲、アース・ウィンド&ファイアーも必ずライヴで演奏する「サン・ゴッデス」はいかにして誕生したか。 ラムゼイ・ルイスは1935年5月27日シカゴ生まれだから、現在75歳。スーツにネクタイ、言語明瞭でとても若々しい。記憶もはっきりしていて、その昔話がおもしろい。これだけリッチなヒストリーをもった人の話は、何をきいてもおもしろい。後にアース・ウィンド&ファイアーを結成するモーリス・ホワイトは、1960年代にラムゼイ・ルイスのジャズ・バンドでドラムスを担当していた。モーリスは1941年12月19日生まれだから、ラムゼイ・ルイスの6歳年下。ちなみに、モーリスの発音だが、「リ」にアクセントが来るので、カタカナ表記だとモリースが近い。ニックネームも「リース」だ。日本での表記は長くモーリスがなじんでいるが、このあたりで変更してもいいかもしれない。 「サン・ゴッデス(太陽の女神)」誕生秘話。「サン・ゴッデス」は1974年11月にリリースされたアルバム。最初のシングルは、「ホット・ドギット」、続いて、「サン・ゴッデス」がシングルとなりヒットした。レコーディングは1974年の春から夏にかけての間だった。 「『サン・ゴッデス』はちょっとユニークな形で生まれたんだ。ちょうどアルバムを作っているところだったが、その合間にワシントンDCでライヴの仕事があった。そのとき、モーリス・ホワイトから電話が来た。アース・ウィンド&ファイアーはちょうどニューヨークでコンサートを終えたところだった。モーリスは私と話したがっていた。というのも、私がレコーディングしたらきっと大ヒット間違いない曲が出来たから聴いてくれ、という。これは、『ジ・イン・クラウド』と比較にならないほど大ヒットになる曲だって言うんだ。『ジ・イン・クラウド』の10倍はすごいぞ、ってね。こんな人気になる曲なんてとても想像できない。これはあなたの曲だとまで言う。モーリスは、今どこで何やってるんだ、と訊くので、私たちはワシントンDCのスタジオでレコーディングしてもうすぐレコーディングも終えて、シカゴに戻ると言った。モーリスはニューヨークにいるから、シカゴに戻る途中でもいいので、もしよかったら、これを聴いてくれないかというので、聴くことにした」 「結局、私たちはシカゴに戻り、モーリスと何人か、フィリップ・ベイリーとあと2-3人のメンバーとスタジオで落ちあった。そして、彼らと一緒にその曲を3日間もかけてレコーディングしたんだ。完璧にするまでに、3日もかかったんだよ。かなりハードに一生懸命レコーディングした。なんとか、我々は最終的にその楽曲を完成させた。彼は言った。『さあ、これがあなたのヒットレコードができた』と。私は尋ねた。『さて、曲名は何というんだ?』 モーリスは言う。『ホット・ドッギット(Hot Dawgit)』だ。『おお、そうか、それはいいだろう』と私は答えた。彼はとても興奮していた。『これは、“ジ・イン・クラウンド”を超える大ヒットになるんだ』って。で、そのレコーディングは終わると、モーリスが『そうだ、もう一曲、まだ歌詞もなにもついてないんだが、メロディーが頭の中にできてる曲があるんだ』と言い出した。きっと、私がプレイしたいと思う曲だともいう。レコーディングにはそんなに時間はかからないというので、ほんの2-3時間で軽く録音してみた。録音はすぐに終わり、みんなメンバーもとても気に入っていた。すると、モーリスは『なんかちょっとした歌詞が必要だな』という。私は何も歌詞を書いていなかった。じゃあ、どうするってなって、彼とフィリップ・ベイリーがスタジオに入り、エンジニアにテープを回すよう指示をして、彼らが「ウエイヨー、ウエイヨー」というメロディーを口ずさんだ。モーリスは、言った。『心配するな、心配するな、(この曲はほっといて、いずれにせよ)“ホット・ドッギット”は大ヒットになるから』 私は尋ねた。『2曲目に録った曲のタイトルは何だい?』『さあ、わからないな』といい、しばらくしてから、『サン・ゴッデス』にしようと言った。まあ、なんでもいい、いずれにせよ、『ホット・ドッギット』は大ヒットだから」 「そこで、『ホット・ドギット』をラジオ向けにシングルとしてリリースした。モーリスがこれは絶対に大ヒットするからというんでね。ところがこれはあんまりラジオ局ではかからなかった。だが、アルバムが徐々に売れ始めたんだ。我々はなぜアルバムが売れ始めたんだ、と不思議に思った。そこでちょっと調べてみると、レコード店には人々が『ホット・ドギット』ではなく、『サン・ゴッデス』を求めてやってきていることがわかった。まだその時点では『サン・ゴッデス』はシングルにもなっていなかったが、その曲のおかげでアルバムが売れていたんだよ。そして、これはシングルになってアルバムは最終的にミリオン・セラーになったんだ」 「『サン・ゴッデス』でいくつかのエレクトリック・インストゥルメンタルを使ったのは、モーリスがそれらを使い始めたからだ。彼はフェンダー・ローズを使いたがった。エレキ・ギターもいた。シンセサイザーの音もオーヴァーダビングした。レコードの音をより正確に再現するためには、ライヴ会場でも同じような電子機材を使わなければならなくなった。ひとつを使い始めるとまたそこから次の楽器へとつながっていき、私はキーボード奏者を雇いいれ、ギター奏者を雇いいれ、2人のヴォーカルを起用し、コンガ奏者、サックス奏者までいれた。どんどん編成は大きくなっていった。クインテット、セックステット…とね。だが、最終的に、私はまたアコースティック・ピアノを弾きたくなった。アコースティック・ピアノは、私が最初に愛した楽器だからだ。最終的に、1970年代終わりから80年代初期にかけて、私のグループはクインテットに落ち着いた。正直に言うと、スタンウェイのアコースティック・ピアノなしには、私の音楽はありえない。エレクトリック・インストゥルメンタルは毎年新しいヴァージョンが誕生してくるが、それを練習するよりも、アコースティック・ピアノを練習する時間がもっと欲しかったね」 モーリス・ホワイトはよほど「ホット・ドギット」が気に入っていたのだろう。これは絶対にヒットになるからと、3日もかけてレコーディングした。ところが、ふたをあけると、火がついたのは、ほんの2-3時間で録音した、タイトルもなかったような「サン・ゴッデス」だった。ヒット曲なんて、どこでどう生まれるかわからないものだ。 まだこのほかにも質問と答えがある。その他は、実際の映像をみていただくとしよう。 +++++ しかし、これはすごくいい企画なので、やってくれるアーティストがいたら、どんどんやればいいと思う。それと、どうせやるなら、ライヴ最終日ではなく、初日か2日目くらいにやれば、この話を聞いてライヴを見たくなる人もいるのではないだろうか。特にUストリームで中継すれば、この会場に来られなくても、その話からライヴを見たくなってプロモーションにもなるような気がする。そして、やるなら、ジャズあるいは音楽の知識のある人を司会者にして、日本語のちゃんとしたプロの通訳を使うとクオリティーがあがること間違いない。まだ試行錯誤のところだと思うが、ぜひ続けて欲しい。 ■ 1時間20分におよぶ「ジャズ・セミナー」の全映像 ■ラムゼイ・ルイス 『サン・ゴッデス』(1974年) 太陽の女神 posted with amazlet at 10.10.03 ラムゼイ・ルイス ソニーレコード (1999-11-03) 売り上げランキング: 129283 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ ラムゼイ・ルイス 『ジ・イン・クラウド』(1965年) … Continue reading

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○ラムゼイ・ルイスのジャズ・セミナー~ラムゼイ・ルイス語る(パート1)

○ラムゼイ・ルイスのジャズ・セミナー~ラムゼイ・ルイス語る(パート1) 【Ramsey Lewis Jazz Seminar: Ramsey Talks About History (Part 1 of 2 Parts)】 講義。 ジャズ・ピアニスト、ラムゼイ・ルイスが東京ブルーノートで2010年10月2日(土)、「ジャズ・セミナー」を行った。約1時間20分にわたって、司会者の質問に答え、最後に演奏を披露した。今回のセミナーは、ラムゼイ・ルイスのチケットを購入した人が先着で無料で入場できるという企画。司会者があらかじめ質問を用意し、その質問に答えた。この様子はUストリームで生中継され、ライヴ後はアーカイブとして録音が見られるようになっている。 ラムゼイ・ルイスは話し口調も静かでとても知的な印象。そのピアノの音色からも人柄がわかる。司会者兼通訳役の日本語がおぼつかなかったが、半分くらいはラムゼイが言っていたことを訳してたと思う。 この様子は、現在Uストリームで録画が見られる。 http://www.ustream.tv/recorded/9944156 用意された質問は、どのようにしてラムゼイ・ルイスさんはピアノを始めたか、教会で演奏を始めて学んだこと、その後、音大でクラシックを学んだことなど、大ヒット曲「ジ・イン・クラウド」誕生の話、アースのモーリス・ホワイトとの出会い、「サン・ゴッデス」誕生秘話(これはおもしろかった。司会者がこれを『太陽のめぐみ』(太陽の女神)と発音するので面白かった)、電子キーボード、エレクトリック機材について、ルイスが司会を担当するテレビ番組『レジェンド・オブ・ジャズ』について、今回ブルーノートで初演となる組曲が生まれた話、オーディエンスからの質問で、ピアノ・トリオへのこだわりについて、曲を作るとき何からインスピレーションを得るかなどについて。最後にちょっとだけソロでピアノ演奏を披露。最後の最後に、ほんのワンフレーズだけ「ジ・イン・クラウド」のリフを弾いた。質問→答え、質問→答えで、答えから次の質問は生まれず、記者会見のようだった。しかし、歴史を持ったアーティストの言葉は、どれもおもしろい。そのいくつかを。 ラムゼイ・ルイスの最大のヒット曲は「ジ・イン・クラウド」について。 「チェスにやってきて、たぶん17枚目くらいのアルバムを作っていたときだったと思う。12枚目くらいから、いつも、アルバムの中に1曲だけ、『シリアス(まじめな真剣なストレートなジャズ曲)じゃない遊びの曲』をいれるようにしていた。ただ楽しめる、ダンスが出来て遊べるような曲だ。アルバムのレコーディングはほぼ終わっていたが、そんな『ファン・ソング(遊びの曲)』をずっと探していた。地元のコーヒー・ショップに行ったときのこと。そこにジュークボックスがあった。顔見知りのウエイトレスと話をしていて、『曲を探してるんだ』というと、彼女が『これ、聞いてみてよ』と言って、ある曲をかけた。それが、ドビー・グレイというシンガーの『(アイム・イン・)ジ・イン・クラウド』という曲だった。私は聴いたことがなかったが、メンバーの二人(エルディー・ヤングとアイザック・ホールト)は知っていた。それでカヴァーすることにしたんだ」 「私たちは、そのとき、木曜・金曜・土曜に『ボヘミアン・キャヴァーンズ』というクラブで1日2セット演奏して、それを録音していた。最初の日のファースト・セットの最後。私たちはいつも、最後には『ファン・ソング(楽しい曲)』を演奏することにしていたんだが、『ジ・イン・クラウド』を演奏するのをほとんど忘れていた。すると、ドラマーのレッドホールトが、小さな声で『ジ・イン・クラウド』を忘れるなというので、やった。ところが、そのときの観客のリアクションがいつもとまったく違っていたんだ。歓声をあげ、手を叩き足を踏み鳴らし、すごい反応だった。そのライヴハウス『ボヘミアン・キャヴァーンズ』は、ハードコアなジャズ・クラブで、たとえば、ジョン・コルトレーンやジョニー・グリフィン、セロニアス・モンクなどが出ていたので、『ジ・イン・クラウド』のような曲をやっても、彼らが気に入ってくれるかどうかさえわからなかった。だから、なぜかはわからないが、この曲で観客が踊りだしたりする強烈な反応に驚いた。毎日、毎回、素晴らしい反応を得た。今でさえ、確かにアルバムとしてはいいアルバムだとは思う。だが、あそこまでの大ヒットになるとは、その理由はいまだにわからない」 「アルバムは1965年の5月ごろリリースされたと思う。私たちがミシガン州デトロイトにいたときのことだ。チェス・レコードのオウナー、レオナード・チェスから電話がかかってきた。『どうやら、君たちはヒット・レコードをだしたようだ』とね。その時点で私たちは17枚のアルバムをだしていたので、『なんでいまさら、そんなことを言うんだろう』と怪訝(けげん)に思った。レナードが、言うには、アルバムの中にはいっている『ジ・イン・クラウド』を目当てにみんながレコード店にやってくるんだ、と。そういわれても、私はよくその意味がわからなかった。秋、9月か10月か11月あたりか、セールスが爆発的になってヒット・レコードを持ったって確信した」 モーリス・ホワイトとの出会い。 「モーリス・ホワイトはもともとチェス・レコードのスタッフ・ドラマーだった。当時のレコード会社は、自社アーティスト、シンガーのレコードを作るとき用に、スタッフとしてドラマーや他のミュージシャンを雇っていた。だから、モーリス・ホワイトはいつでもスタジオにいた。プロデューサーに頼まれればいつでもレコーディングしたわけだからね。そうして、私は彼と知り合うようになった。彼のこと知るようになると、彼は実に謙虚で、とても静かでとても礼儀正しい若い男だということがわかった。それに、とてもquestionable(疑問の残る、問題のあるという意味もある。だが、ラムゼイは質問をたくさんする男、という意味でこの言葉を使った。そこですぐに言い直した)な男だった。いや、正確に言うと、質問好きな男でね。(笑) たくさんの質問を私にしてきた。あなたは音楽出版社を持っているが、それは何をする会社なのか、とか、あなたにはマネージャーがいる、マネージャーというのは何をする人間なのか、とか。あなたには、ブッキング・エージェントというのがいるが、これは何なんだ、とか。そこで私は彼に尋ねた。『なんで君はそんなに質問ばっかりするんだね』と。すると、モーリスは答えた。『さあ、何でだろう。僕はただ、知りたいだけなんだ』とね。そうして、私の最初のトリオが解散し、ドラマーが必要になった。そこで彼にメンバーになってくれないかと誘うと、もちろん、と言って、(トリオの)メンバーになってくれたんだ。(メンバーになってからも)彼は依然とても静かな男だった。だが、プレイするとなると、炎が散るほどのものになったんだ。それもものすごい炎だ。ところが、演奏の最後にオーディエンスにおじぎをするときになると、彼はドラムスのシンバルの陰に隠れて、照れているんだな。そこでシンバルの位置が高いと思ったので、そのシンバルの位置を少し低くした。そうすれば、彼が座っていても、お客さんが彼のことを見えるからね」 「それから彼は3年ほど、ラムゼイ・ルイス・トリオにいたと思うが、あるとき、こう言ってきた。あと半年くらいで自分のバンドを作るんでこのトリオを辞めたいんだ、と。私は、『それは、すばらしい、すばらしい』と言い、『どんなバンドなんだ』と尋ねた。私はきっと彼がジャズのトリオか、グループ、カルテットかクインテットでも作ると思ったんだ。ところが彼は違うという。『我々のグループは、歌って、踊って、マジックもやって、ホーンセクションもいて、すごいことをなんでもやるんだ』と。私は、『ちょっと頭を冷やして、休め』と思った。彼はソニー・スティットや多くの素晴らしいジャズ・ミュージシャンと一緒にやってきてるんだから、そんな感じのグループができるはずだと思った。だから、彼の構想を聞いて、ものすごく驚いた。彼は言った。『ちがう、ちがう、僕のグループはR&Bをやったり、ポップをやったり、それにジャズの要素も加えるんだ』そして、後はご存知の通り、彼のグループは大変な成功を収めるわけだ」 こういう昔話は、本当に、生の情報で貴重だ。楽しい。そして、素晴らしい。 (この項つづく)(Cont’d to Part 2) ENT>EVENT>Jazz Seminar>Lewis, Ramsey

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○シャーデー、10年ぶり北米ツアーへ

○シャーデー、10年ぶり北米ツアーへ 【Sade Will Embark On North American Tour: First In Ten Years】 久々。 10年ぶりに新作アルバム『ソルジャー・オブ・ラヴ』をリリースした女性シンガー/ソングライター、シャーデーが2011年6月からおよそ10年ぶりに北米ツアー(アメリカとカナダ)に出る。前回の2001年のツアーでは約100万人を動員。今回もおよそ50本程度のライヴになる模様。そのうちの10本の日程が2010年9月30日、シャーデーから発表された。初日バルティモアのチケットは、2010年10月16日に売り出される。 シャーデーの公式サイト。 http://www.sade.com/us/news/2010-09-30/sade_embarks_on_first_global_tour_in_ten_years/ 当初の10本は次の通り。いずれも1万人から2万人収容のアリーナ級。 2011/06/16 Baltimore, MD – 1st Mariner Arena (on sale 10/16) 06/19 Philadelphia, PA – Wells Fargo Arena (on sale 10/18) 06/21 Uniondale, NY … Continue reading

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◎Bハワード初のお披露目ライヴ

◎Bハワード初のお披露目ライヴ 【B.Howard: More Homework To Be Needed】 精進精進。 今年日本でデビューしたブランドン・ハワード(R&Bシンガー、ミキ・ハワードの息子)。アーティスト名はB.ハワードとして、アルバム『ジェネシス』で2010年7月7日、本邦デビュー。一度ショーケースでお披露目来日して以降、ビルボードで初の一般ライヴ。会場にはマイケル・ファンと思われるファンたちが多くつめかけていた。 バンドは、ドラムス、ギター、ベース、キーボードの4人にさらに男女2人ずつ4人のダンサー。バンドがインストで3曲ほどこなしてから、本人登場。 元々ソングライター、プロデューサー的なアーティストで、スタジオで作りこむのが得意な人のように見受けられる。今回、人前でフル・ショー(1時間弱)のライヴを見せるのが初めてとのこと。結論から言うと、前回の15分くらいのショーケースをクラブなどでやるのが特別感がでていいかもしれない。これから精進して、もっと小さなライヴハウスで場数をこなして経験を積むと彼の味がでてくると思う。どんなアーティストも最初のライヴは緊張して上がるものだ。彼が将来ビッグになったとき、この最初のライヴを見たことが逆に自慢の種になるようがんばってほしい。 瞬間瞬間で、マイケル・ジャクソンを彷彿とさせる部分はあり、そのあたりがファンの心をそそる。マイケル曲は、「ヒューマン・ネイチャー」「アナザー・パート・オブ・ミー」を披露したが、前者は歌詞を途中で忘れたのかな。もっと練習練習。さすがに本編最後の「スーパーモデル」などは楽曲がいいだけに、将来性もあると思われるのでぜひぜひマイケルを目指して欲しい。 ■ Bハワード・デビュー作 ジェネシス(初回限定盤) posted with amazlet at 10.09.30 B.ハワード カミーラ ユニバーサルインターナショナル (2010-07-07) 売り上げランキング: 5001 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ メンバー ビー・ハワード / B.Howard(Vocals) カミラ・バレット / Kamilah Barrett (Dancer) ギャビー・サンソスティ / … Continue reading

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