Monthly Archives: August 2010

○高中正義さんインタヴュー

○高中正義さんインタヴュー 【Takanaka Masayoshi Interview】 ご縁。 ひょんなご縁から、人気ギタリスト、高中正義さんにインタヴューした。来月、彼は恒例の東名阪(東京名古屋大阪)でのライヴをするが、そのツアー・パンフ用のものだ。 高中さんは、過去10年、軽井沢に住んでいる。そこで、僕が軽井沢に行った。昔は、軽井沢はけっこう遠かったが、今は東京駅から新幹線で1時間5分程度。はやい。この時間なら、確かに通勤圏内になっているというのも頷ける。 ちょうど、7月に約1年ぶりのアルバム『軽井沢白昼夢』という作品を出したところ。これのサポートも含めて9月のライヴだ。 インタヴューは、最初、軽井沢の山の中腹にある高中さんの自宅ヴェランダで。それから、旧軽井沢のおいしい焼き鳥屋さんで焼き鳥を食べながら、そして、最後は、『軽井沢白昼夢』のジャケット(裏側と中)で撮影された、軽井沢万平ホテルのバーに行き、話しを聞いた。万平のバーは、このホテル自体が古いために、そのバーもかなりの趣を醸し出していた。ここのバーテンダー氏が地元ではちょっとした人気の人物。 最初は、ジャケットの写真でよく見ていたので、実際にその場に入ると、写真と同じだったので、感慨深かった。 このアルバムの中で、最初に印象に残ったのが、2曲目の「TONO」という曲。ちょっとしたバラードっぽい作品だが、彼が盟友加藤和彦さんに捧げた作品だ。これは、さすがに胸を打たれる。 軽井沢白昼夢 posted with amazlet at 10.08.30 高中正義 SMD (2010-07-21) 売り上げランキング: 1017 Amazon.co.jp で詳細を見る 高中さんは、ご存知の通り、70年代初期に加藤さんに誘われ、フライド・エッグに加入したところから、プロとして本格的なミュージシャンとなった。すぐに加藤さんの次のバンド、サディスティック・ミカ・バンドに参加。ソロに転じた後に、『ブルー・ラグーン』の大ヒットで一世を風靡する。来年(2011年)は、活動40周年になるという。 一時期はバハマに住み、バハマを本拠に曲作りなどをしていたが、2000年に軽井沢に移り住んだ。 インタヴュー内容は、また後日ここでも書くかもしれないが、9月のツアー・パンフに詳細を書くので、そちらをお楽しみに。 ■高中正義 40周年 前年祭 ツアー決定 チケット発売中 http://eplus.jp/tnmy-ohp/ 【公演スケジュール】 2010年9月22日(水)  東京:中野サンプラザホール 18:30開演 2010年9月23日(木・祝)  大阪:森ノ宮ピロティホール 17:30開演 … Continue reading

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◎リビー・ジャクソン来日~モーリス氏著作写真集『マイケル・ジャクソン~ザ・リアル・カムバック』の

◎リビー・ジャクソン来日~モーリス氏著作写真集『マイケル・ジャクソン~ザ・リアル・カムバック』の発売で 【Rebbie Jackson Showcase】 ショーケース。 ジャクソン家の長女であり第一子であるリビー・ジャクソンが、ポジティヴ・プロダクションの招きで来日、都内のホテルでショーケースライヴを行った。これは、同プロダクションの社長、ブロデリック・モーリス氏が8月29日に発売した写真集『マイケル・ジャクソン リアルカンバック2006』のプロモーションのため。発売日はマイケルの誕生日にあわせられた。 当日はホテルのボールルームに約150人が集まり、着席式パーティーが行われた。日本在住のブラック・ミュージシャンたちが、マイケルのヒット曲を歌ったり、マイケルが2006年に来日したときの映像が流されたりした。途中で、そのバンドにあわせてリビーが登場、4曲を歌った。曲は、「シェイク・ユア・ボディー」、スタンダードの「フィーヴァー」、「アイル・ビー・ゼア」(ここではバックのデイヴィッド・キングとデュエット)、そして、最後に自分の持ち歌でもあり大ヒット曲でもある「センティピード」を披露。ここでは、バンド・メンバーを全員紹介しながら、会場を盛り上げた。途中から、リビーはいつの間にかはだしになって歌った。バックには、両親の写真が映し出され、時折、マイケルや兄弟らの写真も映された。リビーは160センチくらいで比較的小柄。だが、正面の顔は、マイケルやジャネットを彷彿とさせる。「アイル・ビー・ゼア」では涙を見せた人もいた。 リビーのライヴ後、モーリス氏が自著の宣伝をし、ゲストらの挨拶などが続いた。リビーはその長時間のスピーチを聴いていたが、終了後、彼女は会場に来ていたファンの人たちほぼ全員にサイン、写真撮影などに応じた。 リビーの来日は、有明エムザが初。その後、大阪ブルーノート、福岡ブルーノートなどに来日、どうやら今回が4回目くらいらしい。 マイケル・ジャクソン リアルカムバック 2006 《THE REAL COMEBACK Japan 2006》 posted with amazlet at 10.08.29 ブロデリック・モーリス きこ書房 売り上げランキング: 629 Amazon.co.jp で詳細を見る この本は、A4・84ページ、光沢上質紙に写真と文章が載せられている。内容はマイケル・ジャクソンが、2006年5月26日から6月2日まで日本に滞在したときの出来事についての記述と写真だ。 ■ メンバー Rebbie Jackson (vocal) Jay Stixx (drums) Keith Williams (bass) … Continue reading

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◎ノーナ・リーヴス・ライヴ~超ポップ宣言でビルボード満員御礼

◎ノーナ・リーヴス・ライヴ~超ポップ宣言でビルボード満員御礼 【Nona Reeves Live : Super Pop!!】 超ポップ。 とってもポップでキャッチーなグループ、ノーナ・リーヴスのビルボードライブ・デビュー。郷太くん曰く「味、しめちゃいました!(笑)」 ドラムス、ギター、ベース、キーボード2人にコーラスにリード・ヴォーカル、西寺郷太で計7人がオンステージ。ビルボード2セット、超満員。20代から30代の女性が圧倒的に多い。男女比2:8くらいだろうか。 改めて感じたのが、ノーナ・リーヴスというグループはポップでキャッチーな渋谷系Jポップということ。泥臭さはなく、とても都会的。ずっと聴いていて、イギリスのスタイル・カウンシルとか、イギリスの他のポップ・グループ(ワム!なども)と同じような匂いを感じた。非ロックの王道ポップという感じ。初めて聞く曲でも、2番になると、もうメロディーを歌える、そんな曲が多い。これはソングライターとしての力か。 郷太くんの声は、クリストファー・クロス、ネッド・ドヒニーなどに似ていると言われるという。今回聴いてて、三浦大知くんなどとも似てるかなと思った。また、さすがに洋楽を聴きこんでるだけあって、洋楽のエッセンスがちりばめられている。印象に残ったのは、プリンス風のイントロからホール&オーツ風のメロディーになった5「フライデー・ナイトはソウル・オン!」。 ライヴ後、キーボード川口大輔さんによると、「ギミギミ」がデイトンの「サウンド・オブ・ミュージック」とコード進行が同じなので、リフをちょろっといれてみました、という。ああ、気づかなかった!  僕はセカンドを見たが、ファーストと若干入れ替えがあるので、両方のセットリストをもらった。冒頭の4曲が違い、あと、アンコールの2曲目が入れ替わってる。17曲やったことになるのかな、リハーサル大変だったでしょう。 それにしてもポップ、まさに超ポップ宣言だ。 ところで、楽屋でトライセラトップスの和田唱さんに初めて会った。郷太さんに「もう何回も会ってるよね」と言われたのだが、実際会うのは初めて。これまでラジオ番組内で電話で話したり、ツイッターでいろいろやりとりはしていたが。そのせいか、初めて会う気がしなかった。「吉岡さんのライナー、読んで育ちました。読むライナー、読むライナー、みんな吉岡さんので」などと言われ恐縮。すかさず、そこに郷太さん「僕たち、吉岡チルドレンだから」とつっこみ。今度改めて3人でゆっくり会うことを約束した。 ■ 関連記事 2009年12月19日(土) ノーナ・リーヴス・ライヴ@クアトロ~80年代の申し子ノーナ・リーヴス・ライヴ@クアトロ~80年代の申し子 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10414485371.html ■ ノーナ・リーヴス・ベスト free soul-free soul of NONA REEVES- posted with amazlet at 10.08.28 NONA REEVES 徳間ジャパンコミュニケーションズ (2006-12-13) 売り上げランキング: 69612 … Continue reading

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◆スティーヴィー・ワンダーのベスト・アルバム

◆スティーヴィー・ワンダーのベスト・アルバム 【Stevie Wonder’s Best Album】 コンセプト。 スティーヴィー・ワンダーの3枚組みベスト・アルバム『ラヴ・ハーモニー&エタナティー』が2010年8月4日リリースされた。3枚組みで計50曲。そして、3980円(税込み)ということで、平均すると1曲あたり80円弱。 たまたまリリース後に、西寺郷太さんが、このアルバムをレギュラーのTBSラジオ『キラキラ』で紹介していたが、そのときに、「こんなにいい曲ばかり、どれもいい曲ばかりで、1曲80円ですよ、これは買うしかないでしょう」と、ジャパネットタカタ並みのセールストークをしていて、聴いていて思わず笑ってしまった。 ご存知の方も多いと思うが、スティーヴィーはなかなかベスト・アルバム、コンピレーションなどに自身の楽曲の許諾を出さないことで有名だ。これまでに出たベストは、いずれもスティーヴィーが選曲して出したものだけ。たとえば、日本側からこれこれこういう選曲でベスト・アルバムを出したいとか、他のアーティストとのコンピレーションに1曲いれたいと申請しても、まずOKが来ない。それでも1971年以前の作品は許諾が降りるのだが、1971年以降、すなわちスティーヴィーがモータウンと契約を更改し、すべて自作自演で作品を作り出して以降のものは、何も自由に使えないのだ。 多くの選曲家にとって、スティーヴィーのベスト、あるいは、スティーヴィーのアルバムの独自の選曲というのは、夢だ。 それが、珍しく今回日本からの申請にOKが出た。スティーヴィーが記者会見で語ったところによると、このアルバム、3枚組みのコンセプトが気に入ったから許可した、という。コンセプトは、「愛」「ハーモニー」そして、「永遠」というもの。娘のアイシャとのデュエット「ハウ・ウィル・アイ・ノウ」なども入っている。 □ スティーヴィー・ワンダー3枚組みベスト ラヴ、ハーモニー&エタニティ~グレイテスト50・オブ・スティーヴィー・ワンダー(初回限定価格盤) posted with amazlet at 10.08.27 スティーヴィー・ワンダー ポール・マッカートニー ディオンヌ・ワーウィック アイシャ・モーリス マイケル・ジャクソン ユニバーサルインターナショナル (2010-08-04) 売り上げランキング: 1298 Amazon.co.jp で詳細を見る ENT>ARTIST>ALBUM

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◎リアル・ブラッド・ライヴ

◎リアル・ブラッド・ライヴ 【Real Blood: Good News & Bad News】 驚愕。 けっこう何度も見ているリアル・ブラッド。年に2回ペースでライヴを行っているが、この2年ほどちょっとスケジュールの都合などで見られていなかったので久々に参戦。僕自身が前回見たのが2008年8月なので、ほぼ2年ぶり。 そして、すべては大山の風景の如く、何も変わっていなかった。いや、できたばかりの新曲が披露されるという驚愕の大ニュースがあったが。そして、3人のアカペラによる「近況報告」という新しいものも。(下記セットリスト参照) あいかわらずトムさんの話は、めちゃくちゃおもしろかった。 「犬を連れて駒沢公園を散歩していたら子供たちに話しかけられたんです。どうやら、遠目に僕を見ていたらしく、ひそひそ話しをしている。よく声をかけられたりするんで、まあ、慣れてるっていえば慣れてる。子供たちが「あの人、テレビよく出てる人でしょ」「きいてきなさいよ」みたいなひそひそ話しをしているのが聴こえる。で、子供たちがやってきた。「その犬、かわいいですね~。写真撮ってもいいですか」(爆笑) それでも、もじもじ~~。「ほら、聞きなさいよ、ちょっと」 もじもじ。「ほら、テレビに出てる人でしょ」 ひとりの子が勇気を振り絞って言った。「あのー、ドン小西さんですよね」(さらに大爆笑) 「子供なのに、殺してやろうかと思いました」(爆笑) 「新曲を、今日やらないと、また半年後になってしまうんで、今日やります」と言って「笑顔の奇跡」という新曲をご披露。そうそう、あいかわらずシルキーさんの「シルクの雨」のファルセットはすごかった。ルーサーさんのウエールズ語っていうのも受けた。 ■ リアル・ブラッド 「±0」(プラマイ・ゼロ) http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00009PN22/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blankBLOOD ■ リアル・ブラッド・オフィシャル・ホームページ http://www14.big.or.jp/~realblod/ ■ メンバー リアル・ブラッド=(Vo)ブラザートム、SILKY藤野、LUTHER No.1市村 バンド=(G)GUTTI谷口 (EP)Sassy Tomo (B)大友正明 (HAMMOND B-3/Key)貝原正 (Ds)浜崎大地 ■ Real Blood 関連過去記事 2003/09/11 (Thu) Lowest Budget, Highest Quality: … Continue reading

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◎スリー・ディグリーズ:47年の歴史を持つ現役グループ

◎スリー・ディグリーズ:47年の歴史を持つ現役グループ 【Three Degrees Live: Fun Time With Three Degrees】 現役。 このところ毎年のように、しかも年に2回来ることもあるスリー・ディグリーズ。たまには見てみようと久しぶりにライヴを。個人的にはなんと4年ぶりだった。スリー・ディグリーズは1973年ごろから日本でも特に人気を集めたフィラデルフィア・ソウルの女性3人組ヴォーカル・グループ。当時は、「荒野のならず者」「天使のささやき」「苦い涙」などが大ヒットしたり、「東京音楽祭」に出場したりして、大いに人気を得た。というわけで、その頃をリアルタイムで知っている人たちはかなりの年齢層。やはり観客の年齢層は高い。 ヘレン、シンシア、ヴァレリー3人の芸達者は、数多く来日しているので、実に日本語もうまく、ちょっとしたMCを日本語でやる。これが受ける。まさに演歌のようなエンタテインメント。この3人の中ではヘレン・スコットが一番の古株。彼女は1963年から1966年までグループに在籍、一時抜けて1976年から復帰。以来34年。1963年から数えると47年間、スリー・ディグリーだ。ヴァレリーは1967年以来だから、43年メンバーだ。ヘレンとヴァレリーはほぼオリジナル・メンバーと言っていい。シンシア・ギャリソンも1989年からなので、それでもすでに21年。その女たちの絆はめちゃくちゃ強い。 3人は、『ドリームガールズ』のようなキラキラな赤の衣装で、振りをつけながら歌って踊る。そして、メインのリード・シンガーをステージ中央にすえるので、曲ごとに立ち位置が華麗に変わる。だが、注意深く見ているとシンシアとヴァレリーがセンターを取る曲がほとんど。ヘレンがセンターになったのは、2曲目だけだった。ただ、一番MCでしゃべるのはヘレン。みんなを立たせて踊らせようとするのだが、そのとき、「Everybody!」とやおら煽るのがおもしろい。「私がみんなと言ったときは、みんな、全員のことよ!」と声を張り上げ、座っている人を指差し、立つようにうながす。それが嫌味なく、楽しいので、みんな立ち上がる。 「独身の男はどこ?」と言った観客とのやりとりもおもしろい。「(私たちは)シングル男、求めてる。そして、リトル金持ち…」 受ける。そして、「やらしい男たち」と言って、「ダーティー・オール・マン(荒野のならず者)」へ。 「天使のささやき」も途中から日本語。半分、歌謡ショーを見てるような気になってくる。最後はなぜかアースの「ブギー・ワンダーランド」がアンコール。でも、この観客層ではもちろんバカ受けする。終わりよければすべてよし。 ■ 早くも次回来日決定 2010年11月25日(木)~26日(金)名古屋ブルーノート 2010年11月27日(土)横浜モーション・ブルー 2010年11月29日(月)~12月1日(水)丸の内コットンクラブ ■ ベスト・アルバム ザ・ベスト・オブ・スリー・ディグリーズ posted with amazlet at 10.08.24 スリー・ディグリーズ Sony Music Direct (2004-02-18) 売り上げランキング: 12120 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 過去ライヴ評、スリー・ディグリーズ関連記事 February … Continue reading

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■渋谷HMV、20年の歴史に幕 ~ ◆HMV渋谷閉店が残すもの

■渋谷HMV、20年の歴史に幕 ~ ◆HMV渋谷閉店が残すもの 【HMV Shibuya Closed Its Door After 20 Years】 閉店。 渋谷のCDショップ、HMV渋谷店が2010年8月22日(日)、約20年の営業を終えて、閉店した。同店が開店したのは、1990年11月16日、渋谷の109(道玄坂下)の中。その後1998年、渋谷西武の隣、センター街に引っ越した。HMVは現在まで20店舗以上が閉鎖されてきたが、旗艦店でもある渋谷店閉店は、音楽ファンに大きな衝撃を与えた。 最終営業日の8月22日には、同店2階で、沖野修也氏が音頭を取り、多くのミュージシャンがライヴを繰り広げファンを集めた。 After The Dance: 閉店したHMV (8月24日撮影) +++++ ◆ HMV渋谷閉店が残すもの 【The Legacy Behind HMV Closing】 熱気。 最後の営業日に渋谷HMVをのぞいた。井の頭通り側の電光掲示板には、1990.11.16~2010.8.22の文字が映し出されている。入口近辺もひとだかり。2階でライヴをやっているのだが、そこはものすごい人。時間帯によっては、入場制限をかけていた。ステージ前までぎっしり人がつまっていてとても前には進めない。ちょうど、ルートソウルがライヴを行って、ファンキーなサウンドを繰り広げていた。途中からマルがヴォーカルで入っていた。後方だったので、音もがんがん来るわけではなく、しかも、異様に暑かったので、かなり息苦しかったが、ライヴ自体は熱く、それを見る観客の熱気もすごかった。これだけ音楽好きがいれば、閉店することもなかろうにと、ふと思ってしまうが、これも「最後だから」人が集まるのだろう。まさに「最終回シンドローム」の典型だ。それでも、こういうイヴェントが最後の日にできてよかったと思う。 CDショップの閉店は時代の流れで、もはやどうにも歯止めはかけられない。そりゃあ欲しいCDが決まってるときは、アマゾンで買うほうが圧倒的に便利。しかし、アナログのレコード店が完全にはなくならないように、数はかなり少なくなるがCDショップも完全にはなくならない。渋谷HMV閉店はその象徴的存在として語られるようになるだろう。(すでにそのように語られている) 今までもある程度そうだったが、これからの音楽家たちは、CDもしくはデジタル・データ、現物のCDであろうが、配信であろうが、録音された音源と、ライヴ音楽の二つをどうバランスよくやっていくか、明確なヴィジョンを持たなければならなくなっている。 海外ではマドンナなど、新譜CDは売れなくとも、ライヴ興行がビッグビジネスになっている。アメリカの業界で始まりだしたいわゆる「360度契約」というのが、ひとつの雛形(ひながた)だ。新譜CDの売り方も、今後はさらに模索されるだろう。プリンスの「新聞に付録でリリース」という形も、一般化するかどうかはともかく、試行錯誤の一方法だ。CD(あるいは音源)を宣伝メディアと割り切り、稼ぎはライヴで得る。そういう考え方が広まる可能性は大だ。 CDももちろん細々と残るが、パッケージはある種、今、我々がアナログ・アルバムを見つめるようなちょっとしたぜいたく品、回顧品になるのかもしれない。よい悪いは別にして、携帯で聞ければいいし、アイポッドかなにかそんなものに入って気軽に聴ければいい、と多くの人が思っている。無料ダウンロードも、違法ダウンロードも、それほどなくならないだろう。一方、ライヴはその現場に足を運ばなければならないから、これはヴァーチャルではなく、リアルだ。だが、ライヴに人を多く集めるためには、CDやダウンロードで曲がヒットしていないとだめだ。このあたりが難しい。にわとりが先か卵が先か、だ。 音楽業界が先細りしているのは、7年前に書いた下記記事が参考になる。要は音楽をミュージシャンも、聴き手も「消費財」にしたことが大きい、と僕は思う。とは言え、技術の進歩はあり、それを止めることはだれにもできない。それに加え、人々(若者)の生活が多様化し、音楽にかける資金量が圧倒的に減ったのだ。たとえば、20年前には毎月1-2万円を携帯にかけるという人はまれだった。おそらく、音楽にお金をかける余裕もあったに違いない。だがいまや携帯にそれくらいの金額は当たり前だ。 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200310/diary20031013.html 仮に3000万人(ざっくり15歳から30歳で3000万人として)の人が毎月1000円、音楽あるいはCDなどに使えば、それだけで毎月300億円、年間で3600億円になる。現状は、音楽業界の売り上げは4300億円程度(CDなど約3600億、配信など約700億=2008年度)というから、あと、1000円余分に使ってもらえば、8000億近くに戻る。CD1枚(2000円)でなくとも、ダウンロードで6~7曲でもいい。しかし、若者にとってはこの「余分にあと月1000円」が出せないのが現状なのだ。 これは以前にも書いたが、ベリー・ゴーディーが有名な金曜朝のヒット曲選定会議で、Aという曲とBという曲、どちらを買うか、スタッフ全員に尋ねる。多数決で仮にAが票を集めたとしよう。そこでベリー・ゴーディーはさらに尋ねる。「このAという1ドルのシングル盤と、おなかがすいたときの1ドルのホットドッグ、どちらを選ぶか?」 それでも、Aが選ばれるなら、それをモータウンからシングル盤としてリリースしよう、もし、みんながホットドッグを選ぶなら、その曲はまだ何か足りない、リリースはお預けというわけだ。音楽ビジネスの真髄がここにある。今でもこの話は有効だ。ホットドッグより魅力的な楽曲はできたか、ということだ。敵は音楽業界内にいるだけではないのだ。 それにしても、HMVの最終日に集まったミュージシャンたちは、やはり熱い志を持った人たちばかりだ。ああいう形でミュージシャンが集まるっていうのは、なかなか素敵なこと。そうした中から、なんらかの次のムーヴメントが起これば、こんな素晴らしいことはない。そうなれば、HMV閉店の遺産が形になる。HMV死して、若手ミュージシャン結束強まる、なんてなれば、閉店も意義があったかと思う。 追記: そういえば、イチローのCMのときも似たような話をしたっけ。 2010年05月22日(土) NTTのウェッブから削除されたイチローのエコCM http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10541154808.html ENT>NEWS>HMV … Continue reading

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◎久保田利伸『タイムレス・フライ・ツアー』セットリスト

◎久保田利伸『タイムレス・フライ・ツアー』セットリスト 【Kubota Toshinobu Tour Setlist】 終了。 2010年6月20日(日)座間のハーモニーホールから始まった久保田利伸ツアーが、8月22日(日)新潟県民会館でのライヴで全22本終了した。これにともないこのツアーのセットリストをご紹介します。 久保田利伸は、今年の夏は、Jウェイヴ・ライヴに出演したり、9月の『ソウル・パワー』にも出演が決まっている。 ■過去関連記事 2010年07月30日(金) 久保田利伸ライヴ@国際フォーラム http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10603911387.html 国際フォーラムでのライヴ評 2010年06月28日(月) 久保田利伸『タイムレス・フライ』ツアー http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100628.html NHKホールでのライヴ評 2010年08月15日(日) J-ウェイヴ・ライヴ(J-WAVE LIVE) 2000+10 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10619443631.html August 07, 2006 Groovy Performance For Groovy People: Kubota Toshinobu Live http://blog.soulsearchin.com/archives/001189.html 前回2006年ライヴツアー評・セットリスト付き July 30, 2006 Kubota Toshinobu … Continue reading

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◎ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』(パート2)~ヒスパニックとヒップホップの融合

◎ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』(パート2)~ヒスパニックとヒップホップの融合 (昨日からの続き) 【Musical “In The Heights”(Part 2): Fusion of Hispanic And Hip Hop】 融合。 初日は、レッドカーペットも用意されていたが、出演者・製作者・スタッフなどが集まった軽いパーティーが終演後にあった。 『イン・ザ・ハイツ』での出演者はみなこれまでにブロードウェイ・ミュージカルに出演してきているヴェテランたちだ。パンフレットのプロフィールを見ると、みな過去何本もミュージカル作品に出演している。さすがに層が厚い。何人かは日本でも人気を集めた『レント』に出演、今回のヴァネッサ役のレクシー・ローソンや、カーラ役を演じたジェニー・リス・パディアも出ていた。レクシーは去年の『レント』で来日もしていた。 今回の『イン・ザ・ハイツ』はニューヨークで現在行われているカンパニーと別働隊。ヒットしたミュージカルなどは、ニューヨークでやるチーム、ツアーにでるチームなど複数あるのが一般的だ。しかし、メンバーはもちろん、ニューヨーク・カンパニーに負けず劣らずの厳しいオーディションをくぐりぬけて合格した精鋭ばかりだ。アンサンブルのデイヴィッド・クーパーは、何度も何度もオーディションを受け、そして毎回合格し、次のステップに進み最終的に本当に合格するまでに8ヶ月以上かかった、という。もちろんその間、必死で、合格したことを誰に最初に知らせたかと尋ねたら、「マイ・マム(母親)だ」と嬉しそうに語った。 これだけ大規模で、長期間(といっても2週間超)の演目となると、いわゆるアンダースタディー(代役)が何人も来ている。彼らはメイン・キャストが怪我などをしたとき、急遽ピンチヒッターを務める。しかし、12人全キャストすべてに代役を連れてくるわけにはならないので、代役たちは一人何役もできるようにスタンバイしている。彼らはアンサンブルという踊ったり歌ったりするメンバーとして、そのアンデースタディーを兼ねる。Aというアンダースタディーは、メインのX役、Y役、Z役のセリフや踊りを覚えておかなければならない。彼らは毎日の舞台を、舞台で見たり、ステージにでない者は舞台袖、あるいは楽屋などのモニターで見て、ショーの内容を逐一フォローし、いつでも出演できるような態勢でいるのだ。 主役級のウスナビ(その語源がひじょうにおもしろく、それが明かされたときには、観客から大きな笑いが巻き起こった)を演じるジョセフ・モラレスは、なんとハワイ育ち。しかも、日本人の血が4分の1入ってるクオーターだという。確かにそばでみると、日本人っぽいところがある。 一方、ニーナ役のアリエル・ジェイコブスは、お母さんがフィリピン系。アリエルの兄ジェフは、英語の先生で日本・東京在住。妹の晴れ姿を初めて見た、という。彼らの両親もこの日は観劇していた。ジェフもハワイ生まれということで、ウスナビ君と同郷ということになった。 ヴァネッサ役のレクシーは、昨年『レント』で来日。日本はみな人がナイスで大好き、という。 クラウディア役のエリース・サントラは、プエルトリコ出身ニューヨーク在住。『イン・ザ・ハイツ』のブロードウェイ版にも参加していた。ブロードウェイではダニエラ役立ったが、ここではクラウディアという年齢の高い役なので、グレイのかつらをつけて円熟した演技を見せる。「歌うこと、踊ることが大好きなんで、ミュージカルをやってるのよ。でも、もう若くないから、あんまり激しいダンスはだめね。ニューヨーク・カンパニーでは、ダニエラ役もやってたんだけど、(年齢がおばあちゃんの)アブエラ役のほうがいいわね。そんなに踊らなくてすむから。(笑)」という。 メンバーの中には、スペイン語を話すキャストが多い。そこで、このアフター・パーティーで、通訳の人が日本人スタッフのあいさつをスペイン語に訳したところ、大変な盛り上がりになった。通訳は英語で訳し、さらにスペイン語で訳す。英語のとき以上に、スペイン語での訳のほうが歓声の度合いが2倍くらい違った。ラテン系はさすが、熱いのかも。(笑) ところで、今回のミュージカル、音楽を演奏するバンド・メンバーが客席からは見えないが、ステージのまん前の真下のところにあるオーケストラ・ピットにいる。舞台が終わって最後に紹介され立ち上がる。また、ミュージカル演者たちのマイクがどこにあるか、不思議に思われなかっただろうか。いわゆるピンマイクを胸のところにでも仕込んでいるのかと思ってよく見てみたが、なかった。ステージの床にマイクを置いてあるのかとも思ったが、やはりなし。そこでダニエラ役のイザベルに聞いたところ、なんとマイクは髪の毛の中に仕込んでいるという。そこから背中にコードをはわせ、お尻のポケットあたりに無線機をいれ、ワイアレスで飛ばす。ちなみにイアーモニターは使っていないそうだ。 アフター・パーティーが終わると、メンバーは何人かごとに、地下鉄のホームに向かった。そうか、電車移動なんだ。 この作品は、間違いなく映画もヒットしそうだ。映画はケニー・オルテガ監督で来年製作される。9月5日まで公演があるので、歌と踊りに興味ある方はぜひどうぞ。 ■ 『イン・ザ・ハイツ』オフィシャルウェッブ 2010年8月20日から9月5日まで http://www.intheheights.jp/ ■ サントラはすでにグラミー賞を受賞(まだDVDはなし) イン・ザ・ハイツ posted with amazlet at 10.08.21 アンドレア・バーンズ ジャネット・デカル … Continue reading

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◎ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』(パート1)~ヒスパニックとヒップホップの融合

◎ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』(パート1)~ヒスパニックとヒップホップの融合 【Musical “In The Heights”(Part 1): Fusion of Hispanic And Hip Hop】 融合。 2007年にオフブロードウェイで始まり、その後ブロードウェイに進出、トニー賞など数々の賞を総なめにした話題のミュージカル『イン・ザ・ハイツ』が日本初上陸。すでに来年(2011年)、『ディス・イズ・イット』のケニー・オルテガ監督で映画化が決まっている作品、さっそく初日を見た。初日ということで、コシノジュンコ夫妻、林家ペー、パーコ夫妻なども観劇していた。 ストーリーは、ニューヨーク・マンハッタン北西部にあるスパニッシュ系住民が多く住む「ワシントン・ハイツ」という地域の一角で起こる悲喜こもごもの3世代の住民たちのストーリーを描いたもの。スパニッシュ系ということで、ラテン、サンバ風サウンドに、ブラックのヒップホップ、ラップの要素もからまるミュージカルになっている。 全編ラテン系の楽しいダンスとヒップホップ風ラップとダンスが繰り広げられ、ラテンとヒップホップが違和感なく融合している。音楽もそうだが、実際の生活の中でもラテン系とブラック系の人たちが共に生きているわけだから、そこにそうした融合、ときに衝突が起こるのも当然だ。それらの小さなエピソードをストーリーの中にいれこみ、リアル感を出しているところが、きっと、ニューヨークで大当たりした理由のひとつではないかとも思った。流れ的には、『レント』や、古くは『ウェストサイド・ストーリー』を思い浮かべるが、いずれとも違うストーリーで、かなり独自なミュージカルだといえる。こうしたミュージカル作品は、千秋楽に近づくにつれチケットが入手しづらくなるので、見るなら早いうちがいい。 僕は初日ということもありストーリーを追うのに必死だったが、やはり、それでも歌とダンスは見入ってしまう。このレベルのミュージカルだと、ダンスも歌も、まず間違いない。見所はいくつもあるが、第一部では、ニーナが歌う”Breathe”やヴァネッサが歌う”It Won’t Be Long Now”など印象に残った。さらに第二部ではクラウディアおばあさんについて歌うシーンなどはぐっとくる。 たとえば、『ドリームガールズ』などはストーリーが頭に入っているせいか、ステージ上のパフォーマンスに集中できるのだが、今回の『イン・ザ・ハイツ』は初めてということもあったので、字幕とパフォーマンスの両方を追った。 この作品を楽しく味わうためには、ぜひ開演前の30分前に行き、プログラムを一冊買い求め、そこで登場人物とストーリーのあらすじをしっかり頭にいれておくとすごくいいと思う。 そこでこのあたりを押さえておくといいというポイントをご紹介しよう。 ■舞台と登場人物、これだけ押さえればOK 『イン・ザ・ハイツ』の舞台には、3つのお店がある。舞台左から「ロザリオ・カー・アンド・リムジン」の店、中央に主人公ウスナビが切り盛りする雑貨店、そしてすぐその右隣にヘアサロン。そして、リムジン店の上のアパートに住むハイツでのご意見番的な存在がおばあちゃんアブエラ・クラウディア。アブエラとはスペイン語でおばあちゃん(grandmother)という意味だそうだ。クラウディアは、ウスナビの両親が亡くなったあとウスナビを実の親のように育て、このハイツ地域の誰もを知り、みんなから尊敬されている。 リムジン店の経営者はプエルトリコからやってきたケヴィンとカミラ・ロザリオ夫妻。苦労して一代でリムジン・サーヴィスを築き経営している。その一人娘が名門スタンフォード大学に通うニーナ、彼女は両親の自慢で誇り。リムジン店で働くのが黒人のベニー。ベニーはニーナに恋心を寄せるが二人には人種間の障壁が。また、2人にはスペイン語をあまり話せないという微妙な共通点もある。 雑貨店を切り盛りするウスナビの親友はソニー。ソニーはウスナビの年下のいとこ。ソニーの悪友にグラフィティー・アーティストのグラフィティー・ピートがいる。 ヘアサロンのオウナーは、赤いミニドレスに身を包むちょっと派手なダニエラ。そこで働くのがヴァネッサとカーラ、彼女たちはとにかく噂・ゴシップ好き。ウスナビは、ひそかにこのヴァネッサに恋心を寄せている。 もう一人アクセント的に、ヒスパニック・コミュニティーの夏の風物詩でもあるかき氷(ピラグア)を売り歩くピラグア・ガイも登場する。 まとめるとリムジン店チームが4人(両親、娘、使用人)、雑貨店チームが3人(ウスナビ、ソニー、グラフィティー・ピート)、ヘアサロンが3人、そして、かき氷売りとクラウディアおばあちゃんという12人、これを覚えよう。残るパフォーマーたちは、いわゆるアンサンブルというダンサーだ。 ■ストーリー ストーリーは、翌日に独立記念日を控えたある7月3日に始まる。ざっと登場メンバーが紹介される。リムジン店の一人娘ニーナが夏休みで帰ってくるが、奨学金を打ち切られ、ドロップアウトしてしまったと告白。だが両親のリムジン店は経営が厳しい。そこで父は店を売って金を作り、ニーナの学資にしようとする。一方、ニーナに気持ちを寄せる同店の従業員ベニーだが、両親から人種が違うことからつきあうことを猛反対される。 ウスナビはいつものように雑貨店を開き、コーヒーを作っていると、いつものようにハイツのご意見番、クラウディアおばあちゃんがロト(宝くじ)を買いにくる。隣のヘアサロンのヴァネッサに好意を寄せるウスナビはなんとかデートに誘い出し、クラブへ。そこで、街全体が突然、停電に。そして、花火が打ちあがる。ここまでが第一部。 停電と花火後のハイツ。その停電に乗じてウスナビの店が強盗に襲われ、めちゃくちゃにされてしまう。一方、毎日買っていたクラウディアの宝くじが当選。ウスナビに故郷ドミニクで店をやったらどうかと提案。なかなか電気も復旧せず、いらいらがつのる住民。そんな中、みんなで踊ろうと踊りだす。しかし、そんな中に思わぬニュースが。家賃高騰のため出て行かなければならなくなったヘアサロン。売りに出すリムジン店、破壊された雑貨店。果たして、このハイツの店と、人々の運命は? (この項つづく=終演後、アフター・パーティーに参加したので、そのあたりの話を明日以降にご紹介します) ■ 『イン・ザ・ハイツ』オフィシャルウェッブ 2010年8月20日から9月5日まで http://www.intheheights.jp/ … Continue reading

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◎ユリ・ライヴ@代官山ループ

◎ユリ・ライヴ@代官山ループ 【Yuri Live At Loope】 アフロの人。 約半年振りのユリの単独ライヴ、代官山ループ。前回、ここで彼女がやったときは残念ながら来れなかったのだが、今回この会場に初めておじゃました。 けっこう見やすく、音もいい会場という感じ。前方に50席くらい席が用意され、後ろは一段高くなってスタンディング、自由に、という雰囲気。圧倒的に女性ファンが多い。 現在、久保田ツアー真っ只中、あと1本を残すのみとなり、ドラムス、ラルフ・ロールとキーボードの柿崎さんを軸にベースに後藤克臣さん、ギターにマサ・コハマさんという布陣。ベースは当初カルロスの予定だったが、急遽後藤さんに代わったという。 しっかりしたリズムのバンドで、手堅い。ソウルフルでファンキーなグルーヴをうまく出す。いきなり、スタンダードの「サマータイム」のファンキー・ヴァージョンで観客をつかむ。下記「アゲイン」では、ギターのマサ・コハマと2人だけでやり、タック&パティーの様相。 おもしろかったのが、下記セットリストの6、「天才・凡才かきやんのコーナー」。柿崎さんが、なにか曲のイントロをトークボックスを使い歌って会場のお客さんに曲をあててもらう。最初の正解者にユリから花束がプレゼントされるというもの。ユリが「トークボックス、ずいぶん前から使ってるんですよねえ」と言うと、柿崎さんが「30年前からです」と応えた。その瞬間、客席のアフロの人から、「あの人何歳なの?」という声が発せられ、会場大爆笑。すると柿崎さんが「8歳から始めた…」と応え、また笑いが。最初「茶摘」でお試し。続いて、ロジャーの「ダンスフロア」ともう一曲「モア・バウンス」をあわせたようなメロディーを弾いたところ、客席のアフロの人が、「2曲一緒になってるよね!」と声をかける。隣のケイリブも「2 songs!」。つまり、今のは2曲が混ざってる、というクレイムなのだ。これがボツになり、続いて「ウー・ベイビー・ベイビー」が演奏されると、観客から正解が。すると、客席のアフロの人から「日本の歌!」とのリクエストが。すると、柿崎さん、えらく古い歌謡曲を一曲。(三善英史の「雨」) 誰もわからず、ユリが柿崎さんに耳打ち。そして、演奏されたのが、「ラヴ・レイン~恋の雨」のフレーズ。いっせいに手が上がる。そりゃあ、そうだ。ここに来ている人なら、だれでもこの曲を知ってるだろう。(笑) けっこうこのコーナー、おもしろかった。そう、観客のアフロの人は、「ラヴ・レイン」の張本人、久保田利伸さんであった。 その後、シャーデーの「ラヴァーズ・ロック」や、9月28日に配信されるかもしれない新曲「もしも」などを披露。そして、アンコール1曲目は久保田さんの「君に会いたい」を柿崎さんと2人だけで。そして、2曲目は、なんとグローヴァー・ワシントン/ビル・ウィザースの「ジャスト・ザ・トゥー・オブ・アス」。もちろん、久保田さん持ち歌だ。結局、最初は渋っていた久保田さんもうまい誘いで、ステージに。しかし、このイントロで、いきなり、「ワッチュー・ウォント・ドゥー・フォー・ラヴ」の頭を歌いだしたり、かなりかましてくれた。(笑) それでも、ステージに上ってしまえば、大歓声とともに一気に観客をつかむ。観客は総立ちとなり、ちょっとレゲエ調にもなった同曲を2人で熱唱。最高潮に盛り上がった。こんな形でライヴがエンディングを迎えるのは、最高だ。まさに終わりよければ、すべて良しだ。なんか、客席のアフロの人とユリのファミリー・ライヴみたいで楽しかった。 ■メンバー Yuri (vocal) Kakizaki Youichiro (keyboards) Ralph Rolle (drums) Gotoh Katsuomi (bass) Kohama Masa (guitar) ■ セットリスト Setlist : Yuri Live At show started 19:49 01. Summertime … Continue reading

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○ソウル・パワー2010、いよいよ迫る

○ソウル・パワー2010、いよいよ迫る 【Soul Power 2010: Ready To Go】 絆。 2006年から始まったソウル好きアーティストたちの夏の大イヴェント『ソウル・パワー2010』の準備が進んでいる。今年は、ついに久保田利伸さんの参加が決まり、ますます充実したラインアップで2日間行われるが、そのパンフレット用に先日、5者対談が行われた。鈴木雅之さん、ブラザー・コーンさん、久保田利伸さん、スクープ・タケさん、そして、ゴスペラーズ・村上てつやさん。みなそれぞれ超忙しいスケジュールをぬって、5者が顔を会わせるなどというのも、奇跡的なのだが、これも『ソウル・パワー』というイヴェントが成せる技かもしれない。 パンフ用の写真撮影も個人とグループショット、さらに、一足先にゴスペラッツの写真撮影もあり、5者対談も含めかなり豪華な内容になりそう。 今回も司会を勤めさせていただき、1時間半ちょい話を聞いた。聞いたのだが、みなさん、ソウルのこととなると、しゃべるしゃべる。特にコーンちゃんとマーチン、久保田さんらが古い話をしだすと、タケさん、村上さんは、「テレビ見てるみたいで、ほんと聞き入っちゃいますね、楽しいですねえ」とまで言うほど。 今回のメンバーだと、世代的にマーチン・コーンさんと、武哲の2人の間に久保田さんが入る感じで、久保田さんからすると、2人の先輩と2人の後輩に挟まれてという位置づけになる。 当初、マーチン・ゴス・スクープのソウル・トライアングルだった『ソウル・パワー』は、そこにブラザー・コーンちゃんが入ってソウル・カルテットになり、今年はさらに久保田さんが入り、ソウル・クインテットになった。このソウル・ブラザーたちの絆は強い。 実は10の質問を用意し、事前に渡していたのだが、ま、最初の1つめの質問からのトークと脱線トークで1時間半が過ぎてしまった様相である。昨年もそうだったが、この脱線トークをうまくまとめるのが超至難の技。さあて、どこまでできるか、5周年の『ソウル・パワー2010』は、マーチン30周年記念も兼ねる。今年は9月24日(金)、25日(土)、武道館。そのときまでにはパンフレットも出来上がっているので、ぜひごらんください。 公式ホームページ http://www.diskgarage.com/sp/soulpower/ ENT>EVENT>Soul Power

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◎ジョヴァンカ・ライヴ

◎ジョヴァンカ・ライヴ 【Giovanca Live】 草食系。 オランダ出身のブラック・シンガー、ジョヴァンカのライヴ。ショーケースや、ビルボードライブでのショーなど何度も来日していて、すっかり親日家のよう。今回は、3週間も日本にいたそうで、MCの合間になんども日本語が入ってかわいい。僕はライヴを見るのが初めて。ビルボードライブには2008年10月以来2度目の登場。 ギター、ベース、ドラムス、キーボード、パーカッション、コーラス2人にジョヴァンカという8人編成で英語で歌う。軽いおしゃれ系なサウンドで、渋谷系Jポップのバンドのような印象を持った。あるいは、ブラニュー・ヘヴィーズやインコグニート、マット・ビアンコ、シャーデーのようなおしゃれ系の路線というか。 「こんばんは、東京。ようこそビルボードライブへ。私はジョヴァンカです。オランダから来ました」と日本語で紹介。軽くさわやか、全体的に観客もアーティストも草食系な感じだ。おしゃれ系ということで装飾系とも。 シャーデーの「キス・オブ・ライフ」を歌う前に、一緒にコラボした日本人のアーティスト、ヌジャベス(Nujabes=本名セバ・ジュン)について語った。そのヌジャベスが2010年2月に36歳という若さで交通事故で死去、この曲を、今日ライヴに来ているお母さんのために、そして、ヌジャベスのために歌います、と。会場がシーンとした。 さらに、日本の「かえるのうた」の一節も歌った。 「フリー」という曲では、観客に「ジユーデス(自由です)」と何度も歌わせた。最初、「ジュウデス」に聴こえて、よく意味がわからなかったが、途中から「あ、自由です」っていうのがわかった。このあたりのアップテンポの曲って、その昔のブルーロンド・アラタークとか、ヘアカット100あたりに雰囲気が似ているような気がした。 「ホントに暑い」と何度も日本語を言うように、さりげなく日本語が出てくるので、かなり日本になじんでいる感じ。なので、今後もどんどん日本人アーティストとコラボするといいと思う。 ■ ジョヴァンカ 最新作 ホワイル・アイム・アウェイク posted with amazlet at 10.08.18 ジョヴァンカ ジョヴァンカ feat.リオン・ウェア Anan Ryoko feat.ジョヴァンカ ヌジャベス feat.ジョヴァンカ&ベニー・シングス リオン・ウェア ビクターエンタテインメント (2010-05-19) 売り上げランキング: 3075 Amazon.co.jp で詳細を見る ■メンバー ジョヴァンカ / Giovanca(Vocals) ロッテ・ゼクハウス / … Continue reading

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◎タカヒロ・プロデュース「シックス・ドアーズ」~クラシックとヒップホップの融合

◎タカヒロ・プロデュース「シックス・ドアーズ」~クラシックとヒップホップの融合 【Fusion Of Classic And Hip Hop Dance】 融合。 ブログ読者のTさんから、ニューヨークで活躍するタカヒロのダンス・パフォーマンスがありますが、吉岡さんは見にいかないのですか、というメールが来た。僕は知らなかったが、いろいろ調べてみると、大変おもしろそうなので、2日目(=2010年8月15日・日曜・赤坂ブリッツ)の夜の部に見に行った。超満員で売り切れ、立ち見のみという感じで、観客は若い人から、けっこう高い年齢層の人もいた。どうやら、先日『徹子の部屋』に出演してその影響もあったらしい。 タカヒロは、ダンスをするために2004年12月にニューヨークにわたり、さまざまな経験をし、アポロのアマチュア・ナイトで9週連続優勝、さらに、2009年マドンナのツアーに参加したという実力者。ということは、ケント・モリと一緒だったのかな。アマチュア・ナイトで勝ち抜いたのもすごいが、マドンナのツアーに選ばれているなら、それだけでたいしたもの。 二部構成のパフォーマンスは、6人のダンサーによるもの。一言で言えば、クラシックとヒップホップのダンスが融合した見事なダンス・ショーだった。 舞台後方には6人の出演者のために6つのドアが置かれている。そこから出たり入ったり、6人の超絶ダンサーたちの超絶華麗ダンスが繰り広げられた。冒頭は、蛍光棒のような光るスティックを6人の演者が真っ暗な中でいろいろと動かし、その12本の棒でいろいろな絵柄を作る。なかなか楽しい。 こうしたダンス・ショーは、ステージ上の6人のパフォーマンスももちろんだが、その会場のすべての空気、雰囲気、会場自体の舞台装置、それらを含めて感じることこそ意味があるような気がする。もちろん、これがビデオに収録されて2次元映像となって、ある程度はつかめるかもしれないが、ここの会場で行われるパフォーマンスは、たとえ1000インチのテレビモニターがあっても、決して再現できない。音楽のライヴもそうだが、とくにこうした動きのあるダンス・パフォーマンスは現場そのもので見て感じないとだめだなあ、と強く思った。つまり、この空間でのこの瞬間のこの体験だけが、見る者に衝撃とときに感動を与える。 下記セットリストは、会場で配られたフライヤーにのっていたもの。長い演目も短い演目もあるが、どれも実に刺激を受ける。僕は最初もっと全編ヒップホップ的な踊りかと思ったら、もちろんヒップホップもあるが、それ以上にクラシックがベースになっている感じがした。だからある意味ものすごく正統派な印象を受ける。 6人とも抜群のダンスの切れを見せ、動きが素晴らしい。やわらかい美しい体の動きはクラシック仕込み、切れのいいグルーヴ感ある踊りはヒップホップ仕込みか。クラシックとヒップホップという一見水と油のような存在が、見事に溶け合っている。これには驚いた。加えて、コミカルなパントマイム風の動きもアクセントになっていておもしろい。 第一部で圧巻だったのは、下記セットリスト8の「カガミノセッテン」。2人のダンサーが、ちょうど鏡に映るように逆の動きを、寸分違わず行う。見ている者は、ちょうど2人の間に鏡があるように左右対称の動きを見る。実によくできた演目だ。相当練習したに違いない。 第二部の『自問自答』は僕にはちょっと難解だった。また、日本のテイストもいれた『女の戦い』は笑えた。 今回のライヴは、12の作品をオムニバス的に集めたショー(つまり、アルバムでいえば、シングルヒットを集めたベスト・アルバム)だが、たとえば、90分でひとつの大きなコンセプトあるいは、ストーリーで物語(スティーヴィーの『キー・オブ・ライフ』とか、何か映画を題材にしたもの)を作れたら、おもしろいものができるのではないかと思った。ふと思いついたのは、たとえば、映画『2001年宇宙の旅』をインスピレーションの元にして彼らがステージを作ったら、どうなるだろうなどと想像した。 タカヒロは、クラシック、バレエ、パントマイム、アフリカ、ストリート、ヒップホップ、そうしたダンスの要素を縦横無尽にクロスオーヴァーしてひとつの作品に昇華している。これには、振り付け・演出で参加しているイガール・ペリーという人物の存在も大きいのだろう。最後のフィナーレで、彼もステージにあがり、拍手喝さいを浴びていた。イガールはさまざまなダンス・カンパニーでバレエ・マスター、振り付け師としても活躍している人物だ。 会場で、タカヒロの写真エッセイ集を売っていたので買った。そこのプロフィールに彼の誕生日が書いてあった。上野隆博、1981年9月4日生まれ。なんと、またまたビヨンセと誕生日が一緒だ。ということは、日本の黒人演歌歌手ジェロとも同年同日だ。そして、ダンスを始めたのが大学生になってからだというので、2度びっくり。たった10年でここまでの域に達することができるなんて、なんとすごい努力家なのだろう。ダンスを志す者は、一見をお勧めする。 ■ テレビ番組『情熱大陸』(TBS/MBS系列)で2010年8月22日(日曜)午後11時から、タカヒロを特集 ■タカヒロ・公式ウェッブ http://www.takahiroueno.com/ ■ 上野隆博著 Takahiro: Dance In The World (ダイヤモンド社、1800円) TAKAHIRO DANCE in the World posted with … Continue reading

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●ロバート・ウィルソン(ギャップ・バンド)53歳で死去

●ロバート・ウィルソン(ギャップ・バンド)53歳で死去 【Robert Wilson Of Gap Band Dies At 53】 訃報。 ファンク・バンドとして名高いギャップ・バンドのベース奏者、ロバート・ウィルソンが2010年8月15日(日曜)、カリフォルニアの自宅で死去しているところを発見された。53歳だった。心臓発作で死去した模様。 ロバートは、ギャップ・バンドを構成するウィルソン3兄弟の末っ子。上から順に、ロニー、チャーリー(1953年1月29日生まれ)に続く3男で1956年12月生まれ。リード・シンガー、チャーリーは現在主にソロとして活動。ロバートはギャップ・バンドのベース担当として活動していた。 ウィルソン兄弟は、オクラホマ州タルサ生まれ。父親は同地で教会の牧師。3人の子供たちはそこで厳格に育てられ、ゴスペルの洗礼を受けた。そして、この3兄弟によって、1967年ごろ、グループが結成された。当初はウィルソン兄弟、さらに、グリーンウッド・アーチャー・パイン・バンドと名乗って活動を始めた。このグループ名は地元タルサにある3つのストリートの名前を取ったもの。さらにこれではグループ名が長すぎるということで、3つの単語の頭文字を取ってGAPバンドとした。 1972年、同じタルサ出身の先輩ミュージシャンでもあるリオン・ラッセルが設立したシェルター・レコードからアルバム・デビュー。その後、タトゥー・レコードを経て、1978年、ロスの有力プロデューサー、ロニー・シモンズの力を得てマーキュリーと契約。「シェイク」が1979年3月からヒットし、ブレイク。以後、「バーン・ラバー」、「アーリー・イン・ザ・モーニング」、「ユー・ドロップド・ア・ボム・オン・ミー」、「アウトスタンディング」など多数のファンクヒットを輩出。しかし、彼らをマネージしていたロニー・シモンズと折り合いが悪くなり、1989年、キャピトルに移籍。その後、インディでアルバムをリリースしていた。また、途中、リード・シンガーのチャーリー・ウィルソンが1992年、MCAからソロ・デビュー。現在でも活躍を続けている。 ギャップ・バンドの作品は、ファンク作品として多くのヒップ・ホップ系アーティストからサンプリングされている。「アウトスタンディング」は、アシャンティ、ブラックストリート、Rケリー、ソウル・フォー・リアルなど多数に、「イエーニング・フォー・ラヴ」も、ア・ドライブ・コールド・クエスト、ヘヴィーD、NASなどにサンプリングされている。 ギャップ・バンドは、1970年代に横浜のディスコに出演のため来日、1990年7月汐留パックスシアター、1994年横浜、1995年日比谷野外音楽堂(『レッツ・グルーヴ』)と来日している。このほかに、リード・シンガーのチャーリー・ウィルソンがソロとして、2007年4月コットン・クラブ、2008年8月ビルボードライブに来日している。 2010年8月28日にギャップ・バンドは、ローズボール・イヴェント・センターでライヴ出演する予定だったが、予定通り出演し、ロバートへ捧げるショーとなる予定。 タルサ・ワールド紙 http://www.tulsaworld.com/scene/article.aspx?subjectid=269&articleid=20100816_269_A12_CUTLIN206688 ■過去関連記事 2007年04月25日(水) 熱圧 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10031781901.html 2008年08月06日(水) チャーリー・ウィルソン 93分、汗だくファンクの真髄 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10124112035.html ■ ギャップバンド ベストオブ Best of posted with amazlet at 10.08.16 Gap Band Island / Mercury … Continue reading

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■『ソウル・ブレンズ』~ドタバタクンの巻

■『ソウル・ブレンズ』~ドタバタクンの巻 【Behind The Scene At “Soul Blends”; Hot Mess Topics From Hot Studio】 ドタバタクン。 世の中、どこでもドタバタクンは、いる。 昨日の『ソウル・ブレンズ』(10年目突入)内「ソウル・サーチン」(第109回)では、スティーヴィー・ワンダーの先週のサマソニ・ライヴ報告をした。主な内容は、すでにブログに書いた通りなのだが、妙にアルバム『キャラクターズ』の話題がマーヴィンと盛り上がってしまい、その話に集中。曰く「失敗作といわれながらも、こうやって2曲歌ってそのメッセージが有効なのは、スティーヴィーの素晴らしさ」「このアルバム、誰も知らないよ」「フリーって曲・・・デニース・ウィリアムスじゃないよ」「(アルバム収録曲)『スケルトン』は、シングルのB面に入っていたインストでよく歌っていた」(マーヴィン)「こんなに久々にこの曲をやった理由が知りたいね。在庫処分か」「このアルバムは、中古屋行けば、100円で買えますよ(笑)」(オッシー=これは曲がかかっている間のコメント)などなど。 ライヴのオープニングが同アルバム収録の「マイ・アイズ・ドント・クライ」だったので、これをかけ、同じアルバムから「フリー」をやった、という話が盛り上がった。で、その中で僕は「(「フリー」を)次におかけしますが…」と言った。僕は、もうすっかり「フリー」をかけるつもりでいたんだが、実は、これが大きな勘違い。前日に選曲しているときに、最初「マイ・アイズ…」と「フリー」を選んだのだが、さすがにどっちもなじみのない曲なので、「フリー」をやめて、誰でも知ってる「アナザー・スター」に代えて、選曲を送った。だから、オッシーはじめスタッフは、CDプレイヤーに「アナザー・スター」をスタンバイしていた。 「フリー」話が盛り上がり、次にかけるなどと言ってるときに、妙に僕の後ろがざわつく気配を感じた。マーヴィンが不思議そうな顔をしていたのだ。オッシーやディレクターの進ちゃんは、僕の真後ろにいるので、僕からは見えない。キューシート(選曲や進行が書かれたシート)を見ると、「アナザー・スター」と書いてある。「そうだ! 『フリー』じゃなくて、『アナザー・スター』をかけるんだった」と気づいたのは、トークも終盤のころ。あわてて、「アナザー・スター」の紹介をした。その間、後ろは僕のせいで超ドタバタになっていた。僕がドタバタクンでした。すいません、ご迷惑、おかけしました。(笑) その後オッシーはツイッターで「吉岡さんは今週も笑かしてくれました。もう天然人としか言いようがないですな(笑) ドタバタコンビも早10年。もう私は何も驚きません。(笑)」と書いた。 オッシーたちは、このドタバタ騒ぎを「フリー事件」と名づけたそうだ。ドタバタクンは、ガリガリ君のメロディーで歌ってください。 ■ スティーヴィー・ワンダー サマソニ・ライヴ評 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10614929054.html ■ 『キャラクターズ』(紙ジャケット) キャラクターズ(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 10.08.15 スティーヴィー・ワンダー マイケル・ジャクソン ユニバーサルインターナショナル (2010-04-01) 売り上げランキング: 147561 Amazon.co.jp で詳細を見る 『キャラクターズ』(プラスチックケース盤) … Continue reading

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◎J-ウェイヴ・ライヴ(J-WAVE LIVE) 2000+10

◎J-ウェイヴ・ライヴ 2000+10 【J-WAVE LIVE 2000+10】 暑熱。 毎年8月13日(Jウェイヴの周波数と同じ)を含めて行われている東京のFM局Jウェイヴ主催のJウェイヴ・ライヴの初日を見に行った。3日にわたって計20アーティストが出演。しかも今年はちょうどこのイヴェントが始まって10年目、10回目。この日は、クリスタル・ケイ、AI、ディープ、ジュジュ(JUJU)、東京スカパラダイスオーケストラ、そして、久保田利伸、スガシカオというラインアップ。ひじょうに黒いアーティストが揃っているので、吉岡さんもどうですかと松尾さんに誘われ、足を運んだ。松尾さんは毎年来ていて、昨年だったか、3日全部、全アーティストを見て、くたくたになったと言っていた。僕は、このイヴェントも初めて、夏フェス(サマソニ)も初体験ということで、この夏はイヴェントづいているかも。(笑) 代々木体育館は上まで超満員。すごい。 それぞれのアーティストが基本30分の持ち時間(アーティストによって異なる)で、自分のベスト・パフォーマンスを見せる。 ちょうど会場に着いたときには、クリスタル・ケイがトップバッターだったようで、ライヴを終えた彼女がジョン・カビラ、クリス智子のインタヴューを受ける映像が流れていた。ライヴ見逃して、クリちゃん、ごめん。アーティストの場面転換ではこのバックステージ・ラジオ・ショーが流れている。こういう複数アーティスト出演のイヴェントでは、そのセットチェンジの時間が退屈になるので、いいアイデア。 AIのところでは、なんとまたまたジュディス・ヒルが登場。たぶん、今年だけで5回目の来日。1月、3月、5月、6月、そして今回。最新シングルで彼女とデュエットしている「フォー・マイ・シスター」を2人で熱唱。また、同じくAIと最新シングルでコラボしている名古屋出身の人気ラッパー、AK-69(エーケー、シックスティーナイン)も登場し、一緒に「スティル」をやった。AIもさすが。こうしたライヴはお手の物って感じ。 東京スカパラは、こうしたお祭りでは、一番会場を躍らせる感じ。のりのりで、観客の団扇もよく動く。 ジュジュはブレイクしてすっかり人気者になった感じ。カヴァー曲が観客からとても受けてる感じがした。 8時少し前に登場した久保田利伸は、このJ-ウェイヴ・ライヴに初登場。現在全国ツアー中の一日に登場。翌日は広島なので、まさにこの日だけワンチャンスの出演だ。さすがに久保田登場は、大歓声が巻き起こった。『サマーソニック』で初めてスティーヴィーを見て、「すげえ、生スティーヴィー。動いてるよ」みたいな雰囲気のリアクションを感じた。たぶん、4年前のツアーや現在進行中のツアーも見る機会もなく、しかし、一度は見てみたい的な隠れファンが多かったのではないだろうか。「すげえ、生(なま)久保田だあ」という感じ。「ここ(Jウェイヴ・ライヴ)での久保田さんは、サマソニのスティーヴィーみたいなものじゃないですか」というのは松尾さんでした。その通りだと思った。いきなり、オープニングから「ラララ・ラヴソング」で盛り上げた。 そしてトリはスガシカオ。彼は平井堅同様このイヴェントに10年連続で出ているとのことで、堂々のトリなのだが、MCで「久保田さんの後で、超やりにくいです」とさかんに恐縮していた。僕はうわさは聞いていたが、なかなかご縁がなく、スガさんのライヴは初めてだったので、とてもファンク度の高いパフォーマンスで楽しめた。スライっぽい、ファンクとロックを融合したようなサウンドが、ロック・ファンにもファンクにも受け入れられるのかなと思った。次回はフル・ショーを拝見したい。 しかし、3時半開演から9時50分くらいまで、6時間超。すごい熱気、暑さ、エネルギー。ミュージシャンも、それを聴く側も体力勝負だ。 バックステージは、さながらもうひとつのパーティーみたいな感じで、これも楽しかった。(このあたりは後日) ■ メンバー (確認できたものだけ) AIバンド AI (Vocal) Kaleb James (Keyboards) Penny K (Keyboards) Gary Scott (Sax, Percussion) Pierre Andre (Sax) Masa Kohama (Guitar) Jay Stixx (Drums) … Continue reading

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●キャットフィッシュ・コリンズ死去~JBズ、Pファンク軍団でギター

●キャットフィッシュ・コリンズ死去~JBズ、Pファンク軍団でギター (一足先、8月7日にツイッターで速報したキャットフィッシュの訃報記事です) 【Phelps “Catfish” Collins Dies At 66】 訃報。 ファンク・ベーシスト、ブッツィー・コリンズの兄でギタリストのフェルプス・キャットフィッシュ・コリンズが、2010年8月6日、死去した。66歳だった。長い間、癌を患っていた。ジェームス・ブラウン・バンド、また、ジョージ・クリントンのパーラメント/ファンカデリックを経て、ブッツィーズ・ラバー・バンドの一員としてファンキーなギターを聴かせた。愛称の「キャットフィッシュ(ナマズ)」は、ルックスがナマズに似ていることからつけられた、という。 フェルプス・コリンズは、1943年か1944年、オハイオ州シンシナティーの生まれ。(誕生日がまだ不明なので、1944年か1943年か確定できない。誕生日が8月7日以降の場合、1943年生まれ。一部報道でブッツィーの8歳年下と書いてあるのがあったので、その場合も1943年生まれ) 弟のブッツィー・コリンズは1951年10月26日生まれで、ブッツィーの7-8歳上になる。1968年、地元でザ・ペースメイカーズというファンク・バンドを弟、キャッシュ・ワディー、フィリップ・ウィンらと結成。その後、ジェームス・ブラウンのJBズのメンバーが給料引き上げを画策したときに、ブラウンは彼らを解雇、そのときにこのペースメイカーズの面々をバックバンドに雇い入れた。 ブラウンのバックバンド時代には、「スーパーバッド」、「セックス・マシーン」、「ギヴ・イット・アップ・オア・ターン・イット・ルーズ」、「ゼアワズ・ア・タイム」、「ソウル・パワー」などの作品をレコーディングしている。1971年、彼らはブラウンの元を去り、その後、ファンカデリックの『アメリカ・イーツ・イッツ・ヤング(アメリカは若者を食い物にしている)』(1972年6月リリース作品)に参加したのをきっかけに、ジョージ・クリントンのパーラメント/ファンカデリック軍団に加入する。パーラメントの『ファンケンテレキー・VS・プレイスボー・シンドローム』(1977年)、『モーター・ブーティー・アフェアー』(1978年)などに参加。約4年ほど、Pファンク軍団で活動した後、1976年に、ブッツィーらとともにブッツィーズ・ラバー・バンドを結成。以後はこのバンドをホームベースとして活躍していた。キャットフィッシュ・コリンズは、その後、セッション・ミュージシャンとしてディーライト、フリークベースらのセッションにも参加している。(1976年からしばらく、活動がだぶる時期もある) リズム・ギターに定評があり、ジェームス・ブラウンのファンク度満載の時期のギターをプレイしていたことから、ブラウン・ファンクの立役者の一人とも言える。 ■ ブッチーズ・ラバー・バンド BOOTSY COLLINS 5CD ORIGINAL ALBUM SERIES BOX SET posted with amazlet at 10.08.13 BOOTSY COLLINS(ブーツィー・コリンズ) Warner Music (2010-02-27) 売り上げランキング: 47484 Amazon.co.jp で詳細を見る Cincinnati.com Updated: 9:14 … Continue reading

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◎ドラムライン・ライヴ~ブラック・ミュージックの歴史を俯瞰

◎ドラムライン・ライヴ~ブラック・ミュージックの歴史を俯瞰 【Drumline Live: Showcase Of History Of Black Music】 ドラムライン。 2002年製作の映画『ドラムライン』(日本公開は2004年)をライヴで見せようという企画。昨年(2009年)4月に引き続いての来日公演。国際フォーラムA(収容約5000人)が満員になっていて、しかも、東京5日間の後、兵庫、大阪、福井、静岡、名古屋など8月28日(土)まで全国を回る。すごい人気にびっくり。客層年齢層はかなり広い。フジテレビが後援についているので、テレビCMを見て来た人も多いのだろう。 一言でいえば、黒人大学にある伝統的なマーチング・バンドによる、ブラック・ミュージックとダンスの歴史を見せ、聴かせるというエンタテインメント・ショー。 基本的には昨年と同内容だが、いくつか新しいプログラムも組み込んだ。たとえば、昨年はなかった「マイケル・ジャクソン・メドレー」など。昨年4月の時点ではマイケルはもちろん存命。下記セットリストで蛍光ライトだけが光る出し物「ミッドナイト・マジック」などは、最後にパックマンが登場して、それらを食べてしまう、というおもしろい演出だ。 メンバーは現役の大学生などがいるのだろうか。ジャズ、ゴスペル、ソウル、ファンク、最近のヒップ・ホップ、スイング、セカンドラインなどの音楽要素を、少しずつ見せていく。30人近いメンバーと5人のダンサーたちが繰り広げるショーは、その人数からして圧巻だ。個々のミュージシャン、ダンサーの技量を見るというより、全体的なパッケージとして、よく構成され、振り付けがなされていて、それが見ていて楽しい。 オープニング、途中、最後などメンバーは客席に降りてくる。また最後のアンコール部分では観客で楽器を持ってきた人たちをステージにあげ、一緒に演奏する。まさに、パーティー・タイムだ。この会場の一体感は、ここに来ないと味わえない。 また途中で何箇所かナレーションでブラック・ミュージックとはといった解説がはいるのだが、ちょっと長くしゃべるので、ここは観客向けには字幕が欲しいと思った。 メンバーの中には昨年も来た人もいれば、今年初めての人もいるようだ。ちなみに、オーディションは2010年4月に大々的に行われ、2010年7月に約3週間、毎日リハーサルが行われた。 アンコールのところで、今回の宣伝に一役買っていたデイヴ・スペクター氏もステージに上がっていた。降りてきたところ声をかけたら、「今からインタヴューして、翌日(木曜)の『特ダネ』で流すんだ」と言っていた。 ところで、このライヴの中で、HBCUという言葉がでてくる。最近は、黒人の大学=ブラック・カレッジのことを、HBCUという言葉で表すそうだ。これは、Historically Black Colleges And Universitiesの略で、直訳すると「歴史的黒人大学」となる。パンフレットにこのことが2ページにわたって書かれてあり、勉強になった。 ■ ドラムライン・ライヴ http://www.fujitv.co.jp/events/drumline/ http://www.youtube.com/watch?v=ZfIh0Y0ZTSo ■ 過去記事 2009年04月24日(金) ドラムライン・ライヴ@国際フォーラム http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090424.html (昨年のライヴ評) 2004/05/02 (Sun) Movie “Drumline”: Another Field Of … Continue reading

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◎シャンティー・メジャーからデビュー

◎シャンティー・メジャーからデビュー 【Shanti Live At Motion Blue】 雲。 シャンティーが昨年からコロンビアとの話を進め、2010年6月23日、同レーベルからのアルバム『ボーン・トゥ・シング(Born To Sing)』をリリースした。一応、メジャー・デビュー作というふれこみだ。さすがにコロンビアがついたということもあり、かなりあちこちでヘヴィーにプロモーションされ、記事なども露出している。この新作をフィーチャーしたミニ・ツアーを敢行、7月23日、横浜モーション・ブルーでライヴを行った。これを機にどんどんその存在が知られるようになるといい。 今回は、ギターのハンコ屋さんが音楽ディレクターとなり、ドラムス(ジェイ・スティックス)、ベース(クリフ・アーチャー)、ギター2名(木原良輔)のバンド編成。ファーストとセカンドを入れ替えずに、全曲違う楽曲を聴かせた。このところアコースティックな編成が多かったので、バンド編成は久しぶり。名古屋、大阪などでやってきて、横浜にのぞんだ。 ナチュラルな魅力のシャンティー。MCでどこでも平衡に立つとんぼの話をしたのだが、そこでそれを紹介して「ま、私の話にはオチがないんですけどね」といったのが受けた。 ステージには、「ゆうやけ(Yuyake)」のプロモーション用ビデオで使われた雲がいくつかぽっかりと浮かべられていて、かわいかった。が、それが途中で落ちてきたのは驚いた。(笑) そして、ライヴ後はサイン会。 ■シャンティ過去関連記事  2004/03/20 (Sat) Shanti Live At MoBius http://www.soulsearchin.com//entertainment/music/live/diary20040320.html (シャンティの初ライヴ評。2004年)  April 04, 2006 http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_04_04.html “Soul Searchin Talking Vol.5″ (Part 3) (ソウル・サーチン~マーヴィン・ゲイに初登場。「ピーセス・オブ・クレイ」を熱唱)  May 17, 2007 Shanti Live @ … Continue reading

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◎ハヴァナ・ラカタン~灼熱の音楽とダンスが爆発

◎ハヴァナ・ラカタン~灼熱の音楽とダンスが爆発 【”Havana Rakatan”* Explosion of Rhythm, Music, Action And Dance】 灼熱。 キューバを本拠とするダンス・カンパニーのキューバ音楽とそのダンスを集大成して見せるショーが、この『ハヴァナ・ラカタン』だ。2時間ほど、彼らの熱い音楽とダンスは、我々をキューバへ旅させてくれる。 激しいキューバの音楽、サルサ、ラテン、マンボ、ルンバなど、さまざまなタイプの音楽がこのステージにあふれ、同時に様々な種類のダンスがここで踊られる。13人のダンサー、9人のバンド。彼らが繰り広げる灼熱のダンスワンダーランドは、音楽と踊りがいかにキューバの日常、人々の生活に根付いているかを改めて感じさせてくれた。本当に普段の生活に、音楽とダンスが「水」のように当たり前に存在しているのが目に浮かぶ。歌があり踊れれば、人生ハッピー。そうした明るい前向きな姿が全面に出る。 彼らの踊りを見ていてさらに感じたことは、キューバに限らず、アフリカでも南米でもどこでも世界中にあてはまるが、リズムがあるところに音楽が生まれ、音楽があるところに、人間の体の「動き」が生まれ、それが「ダンス」というものになっていく、という流れだ。リズム→音楽→動き→ダンスという一連の流れは、有史以来今日まで様々に形を変えて発展してきている。一見社交ダンスのように思えるダンスから、バレエを彷彿とさせるダンス、ヒップホップ・ダンサーがやりそうなロボットダンスを思わせるダンスなど様々な動き、ダンスは圧巻だ。 それにしても、ダンサーたちの強靭な体と美しい肉体には惚れ惚れする。しかも体は柔らかくしなやか。そして、リズムが強烈にアピールすれば、体は小刻みに震え、リズムを肉体化する。みな軸がぶれずに踊り、素晴らしい。 たとえば、女性ダンサーが腰を動かす。キューバでは激しく、震えるように動かす。しかし、ハワイのフラダンスではゆったりと優雅に動かす。同じ腰を動かすのでも、地域によって違う。しかし、地域によって違っても動作の根本は同じだ。きっと、地球の根っこではどちらもつながっているのだろう。 冒頭、港がスクリーンに映り、そこに一人の男が微動だにせず立っている。それも絵の一部かと思えるほど、動かない。しかし、音楽があるところまで行った瞬間、その男もスイッチが入ったように激しく動き出した。静から動に移った瞬間だ。そして、生バンドの姿が見えないと思ったら、2曲目からその港が映ったスクリーンの向こう側にバンドがいたことがわかった。粋な演出だ。20分の休憩をはさんで、第一部、第二部それぞれ50分ずつ。灼熱の国からやってきた灼熱のエンタテインメントだった。踊りをやっている人には超お勧めだ。 ■ ハヴァナ・ラカタン 詳しくはこちら↓ http://www.havanarakatan.jp/ ハヴァナ・ラカタンは、2010年8月6日から8月15日まで。 ■メンバー Nilda Guerra (director, choreographer) Amarylis Pons Mesa (assistant director) Mariluz Ramirez Perez (assistant choreographer) Yoanis Reinaldo Pelaez … Continue reading

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◎スティーヴィー・ワンダー・ライヴ~圧倒的余裕の自己紹介ライヴ

◎スティーヴィー・ワンダー・ライヴ~圧倒的余裕の自己紹介ライヴ 【Stevie Wonder Live At Summer Sonic】 余裕。 音楽神スティーヴィー・ワンダーの2003年12月、2007年2月以来3年6ヶ月ぶり通算16回目の来日公演。今回はいわゆる「夏フェス」「サマーソニック」の出演アーティストのひとりとして登場した。基本的にはこうしたフェスでは、多くの出演者のひとりということで、アーティスト側も最大公約数的、自己紹介的、ショーケース的なライヴになるということなのだろう。約73分、次々とヒットを少しずつ歌っていった。 このライヴは、ずいぶんと「はしょってるな」と感じたのは下記セットリスト5からのメドレー。「リボン・イン・ザ・スカイ」「ステイ・ゴールド」「レイトリー」とピアノ曲メドレーは、通常のライヴだとここだけで15分は行く。この日は3曲で5分。一曲をずいぶん短くしてる、ライヴ時間も短いのかなと思ったのだが、後から考えると、9時にはライヴを何が何でも終わらせなければならなかったという事情があるようだ。 また、セットリストの流れも、通常だと曲から曲へ、スティーヴィーが先導して、ノンストップで流れていくのだが、この日は一曲を終えると、次には何をしようかと考え考えやっているようにも見えた。たぶん、時間調整をしていたのかもしれない。いずれにせよ、各曲どれも短くまとめ、曲数を増やそうとしていた。ま、もちろん、それはそれでよいのだが。結局、ショーケース用のショートヴァージョン・ライヴということになった。 とは言っても、夏フェスにやってくる圧倒的に若いファンにむけて、スティーヴィーが自己紹介的にライヴを見せたのは大いに意義があるところ。ここで初めてスティーヴィーを見た人たちが、次のスティーヴィーのフルスケールのライヴに来て、より感動を深くしてくれればいいのではないだろうか。 それにしても、圧巻はスティーヴィーの声。イアモニターの調子が悪かったようで、何度も付け直したり、コーラスのキース・ジョンに何かを言ったりしていたが、そんなことは関係なく、スティーヴィーの声力は素晴らしかった。 ちなみに、下記の8は、最近自分が気に入った曲がある、みんな歌ってくれないかな、と言って観客に歌わせようとしたもの。実際は、スティーヴィーはほとんど歌っていない。よくあるコール&レスポンスの一部だ。 驚いたのは、オープニングの「マイ・アイズ・ドント・クライ」と後半に「さくら・さくら」から続けて歌われた「フリー」。どちらもアルバム『キャラクターズ』からの作品。一瞬、僕はなじみがなかったので、「すわ、新曲か」と早合点してしまったほど。前回のライヴなどではまったく歌われなかった楽曲だけに驚いた。「フリー」は、帰ってCDを聞き直したが、断然ライヴの方がよかった。特にここでは20人近くの日本人コーラス隊を従えて歌ったので、迫力も満点。また曲のメッセージもいかにもスティーヴィーらしいものだった。 この日本人コーラス隊は、最後の「アナザー・スター」でも登場。スティーヴィーがステージを去ってから、さらにその後、8人くらいいたか、パーカッションと和太鼓のようなものを叩くプレイヤーたちが登場し、バンドのパーカッション奏者たちと、コール&レスポンスを繰り広げた。このうちのひとりは日本人のヒダノ修一さん、ほかにアフリカ、インド、ブラジル、アラブなどの打楽器奏者と、もともとのスティーヴィー・バンドのパーカッション奏者が一緒になって激しくリズム・バトルを見せた。 今回のバンドはパーカッションが2名を含めた13人編成。これにスティーヴィーだから14人。リズムを主体に考えられているのかとも感じた。ちなみに、今回のキーボードのひとり、ヴィクトリア・セオドーアは、2007年8月からスティーヴィー・バンドに参加したそうで、前回来日時にはいなかった。今回のバンドは、ベースのネイサン・ワッツ、コーラスのキース・ジョン、第一パーカッションのムニョンゴ・ジャクソンなどのほか、ドラムス、ギター、キーボード、コーラスらに新しいメンバーが入っていた。 ところでこの日は黒沢薫さんと一緒に行ったのだが、行く途中で「サマー・ソフト」みたいな、夏曲歌ってくれるといいね、などといろいろとスティーヴィー話に花が咲いた。ベストのCDをかけながら会場に向かったのだが、黒沢さんは、どの曲もCDにあわせて歌う歌う。ものによっては、ウクレレ持参で、ウクレレ弾きながら練習なう、絶好調であった。 ミュージシャン力50のアーティストが全力で100だしきっても、50点のステージだが、ミュージシャン力200のアーティストが60の力でやっても、120点になる、まさにそんな余裕を見せ付けたステージだった。 ■ スティーヴィー・ワンダー過去ライヴ評、関連記事 2007年前回ツアー総力取材 February 18, 2007 Stevie Wonder Live: Yokozuna Of Musician http://blog.soulsearchin.com/archives/001594.html (ここにさらに2003年時のライヴ評一覧なども) February 19, 2007 Stevie Wonder: Day Two: … Continue reading

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Stevie Wonder Setlist

Stevie Wonder Setlist: August 8, 2010 at Marine Stadium Show started 19:49 01. Harmonica Intro to My Eyes Don’t Cry 02. Master Blaster 03. We Can Work It Ou 04. If You Really Love Me 05. Medley (5-7)Ribbon In The … Continue reading

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◎ソロ・ライヴ~オールド・ソウルとニュースクールの交差点

◎ソロ・ライヴ~オールド・ソウルとニュースクールの交差点 【Solo Live At Billboard: Crossroad At Old School & New Classic Soul】 ソロ。 メンバーが叫ぶ。「are you ready for some soul?(ソウルの準備はいいか?)」オールド・スクールとニュー・クラシック・ソウルの交差点、ソロ。4人グループなのに、グループ名はソロ。そのソロの1996年、1998年以来12年ぶり3度目の来日。1996年の池袋アムラックス・ホールはもちろん見た。よく覚えている。ビルボードの客席は熱いソウル・ファンが多数集結。僕自身、ファースト・アルバムを大変愛聴し、そのライナーノーツを書いたことから特に思いいれも強いグループ。そのときダニエルに電話インタヴューをしたが、もちろん顔をあわせることはなかった。 さて、いきなり、オージェイズのフィリー・ソウル・クラシック「アイ・ラヴ・ミュージック」から始まり、アカペラでのメドレーへ突入。さらにそのアカペラ・サム・クック・メドレーの最後に2作目アルバムからの曲を、急遽追加で歌った。アカペラは、何でもどこでも曲目を自由自在に入れ替えられるからいい。 ジェラルド・リヴァート作の「メイク・ミー・ノウ・イット」(下記5)など、リヴァートばりの熱さ。ヴォーカル・グループ・ファンとしては、こういうシャウト系、暑苦しい系(褒め言葉です。英語で言うなら、hot & grittyあたりかな)が最近いないだけに、実に嬉しい。そして、そこからなだれ込む「A Change Is Gonna Come」。イントロで観客の興奮はマックスに。 途中のインスト曲の間に黒のスーツに着替え、まさにクラシック・ソウル・グループへ変身。いやあ、これだけオールド・ソウル・クラシックを歌ってくれれば、文句はない。「エクストラ」「へヴン」などファーストからの作品群は、時を経てもその魅力は変わらない。途中で観客からリクエストを募ったり、ライヴ自体、けっこう自由に曲を入れ替えできるようだ。 ライヴ後、ちょっとだけ挨拶に。現在、ニュー・アルバムを作っているとのこと。今考えているテーマは、「フィラデルフィア・ソウル」だそうで、テディー・ペンダーグラス、ハロルド・メルヴィン&ブルーノーツ、スタイリスティックス、オージェイズなどのヒットをカヴァーしたい、という。具体的な曲は、と尋ねると、まだそれは言えない、そうだ。ジョン・レジェンドが「ウェイク・アップ・エヴリバディー」をカヴァーした、というと、「あ、そうだった、あれは、もうできないね」と。最初は全曲カヴァー・アルバムを作ろうと考えたそうだが、それもなんなんで、オリジナル曲を2-3曲いれようかということになっている。ただ、まだプリプロダクションの段階で発売は来年あたりか。 プロデューサーは、複数起用する予定。名前を教えてくれたのは、レズ・レモン(マークスメン)、ビル・ブラス・アーヴィン、ボン・キャズ、ハムザ・リーなど。 ファースト・アルバムの古いソウルと新しいソウルのコンビネーションがものすごく気に入っている、と言ったら、「それがソロだ」と言った。 ■ 傑作! ファースト・アルバム Solo posted with amazlet at 10.08.08 … Continue reading

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●ボビー・へブ72歳で死去~「サニー」の大ヒット

●ボビー・へブ72歳で死去~「サニー」の大ヒット 【Bobby Hebb Dies At 72】 訃報。 1966年、「サニー」の世界的大ヒットで知られるシンガー・ソングライター、ボビー・へブが2010年8月3日、ナッシュヴィルのセンテニアル・メディカル・センターで死去した。72歳。肝臓癌だった。 「サニー」は、1963年11月に強盗に殺された兄について歌った作品で、物悲しい「サニー」は、兄を意味する。これは1966年に大ヒットし、その後、マーヴィン・ゲイ、ジェームス・ブラウン、フランク・シナトラ、ホセ・フェリシアーノ、ボニーMなど300以上のカヴァー・ヴァージョンが録音された。また、ヘブはソングライターとしてルー・ロウルズの「ア・ナチュラル・マン」を共作、グラミー賞も獲得している。 「サニー」誕生秘話。 2003/08/16 (Sat) Sunny: Bobby Hebb Sings About His Brother http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200308/diary20030816.html ボビー・ヘブは1938年(昭和13年)7月26日、テネシー州ナッシュヴィル生まれ。両親(ウィリアムとオヴァーラ・ヘブ)はともに盲目のミュージシャンだった。彼は6歳上の兄、ハロルド(ハル)とともに幼少の頃から、歌って踊るチームとして親とともに活動を始めた。これらの実績を背景に、ナッシュヴィルのカントリーのグランドオール・オプリーに参加。1955年には、一時期軍隊に入った。ケネディー大統領が暗殺された翌日(1963年11月23日)、ボビーの兄ハロルドが、ナッシュヴィルのクラブの外で強盗に襲われ死去。この悲しみを歌った作品が「サニー」となり、1966年に大ヒット。ボビーは一躍有名になる。その後、2005年に、35年ぶりにアルバムをリリース、2008年にいくつかの地域でツアーを行った。その一環で2008年10月には東京ミッドタウンのビルボードライブでライヴを行った。大道芸的なエンタテインメントからキャリアを始めたため、ビルボードライブのライヴでは、スプーンを使った芸を披露していた。 2008年10月31日(金) 「サニー」で有名なボビー・ヘブ・ライヴ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20081031.html ■「サニー」訳詞 「サニー」-ボビー・へブ (サニーを兄として訳してあります) サニー、昨日、僕の人生は、大雨に降られたよ サニー、兄貴が僕に微笑んでくれると、痛みも消えたものだ 兄貴が微笑んでくれると、暗い日が過ぎ去り、明るい日がやってくる 僕の輝く兄貴の微笑みは、純真そのもの 兄貴、本当に愛してるよ サニー、太陽の花束をありがとう サニー、兄貴が僕にくれた愛にありがとう 兄貴は、すべてを僕にくれた 兄貴のおかげで、10フィート(3メートル)も背が高くなった気分さ サニー、僕に見させてくれた真実に感謝 サニー、僕に教えてくれたAからZまでのあらゆることに感謝 今、僕の人生は風に飛ばされる砂のようにこなごなだ 兄貴が僕の手を握ってくれたとき、二人の絆は硬く結ばれた サニー、兄貴の微笑みよ、ありがとう … Continue reading

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◎日帰りニューオーリンズの旅~ワイルド・マグノリアス・ライヴ

◎日帰りニューオーリンズの旅~ワイルド・マグノリアス・ライヴ 【One Day Trip To New Orleans: Wild Magnolias Live】 日帰り。 超久しぶり、ニューオーリンズのワイルド・マグノリアスのライヴ。僕が前回見たのが2004年10月なので、もう6年も前か。もう少し近かったような気がしたが。 ドラム、ギター、ベース、キーボード、パーカッションという5人編成バンドにヴォーカル3人、MC1人という布陣。ギターがわれらが山岸潤史、そして、キーボードに日本人女性鍵盤奏者ケイコ・コマキ。バンドメンバーは、ギイチ・ノーウッド・ジョンソンと山岸、ビッグ・チーフ・アルらを除いては、ほとんど新しいメンバーだという。大きなポイントは、メインのボー・ドリスがいないこと。前回来ていたボー・ドリス・ジュニアもいない。 2曲インストゥルメンタルを演奏してから、おもむろにビッグなスーツ(というより日本語では、着ぐるみ!)を着用して登場した3人のインディアン。ものすごいインパクトだ。それにしても、何度見てもこの大きな羽の衣装はすごい。青、黄緑、紫(濃い青)のインディアン衣装。そして、司会者役がネックレスやら、タンバリンなどを観客席に気前よく勢いよく放り投げる。祭りだ、パーティーだ、マルディグラだ。 それにしても、山岸の口をあけながら、ギターをプレイする姿にはしびれる。まさにニューオーリンズのライヴ・パーティー・バンド、面目躍如。細かいことは言わずに、踊って楽しませるバンドだ。 しかし、なぜかこの日は全体的に観客のノリが比較的静かな感じだった。2曲目のベースソロが長すぎたせいか?(笑) ボー・ドリスがいないからか。それともバンドのせいか。しかし、繰り返されるセカンド・ラインのリズムに、徐々に雰囲気にのまれていく。MCは、ライヴが終わるときに言った。「じゃあ、みんなマルディグラで会おう」 MCによると、彼らは毎年マルディグラの時期に、このスーツ(インディアン衣装)を新調するという。さかんに「マルディグラに来い」と叫ぶ。 あの衣装、楽しいニューオーリンズのリズム。客席からも漏れてくる小さなタンバリンの音、一瞬、ニューオーリンズに日帰り旅行に行ったような錯覚を起こさせてくれた。 (この写真はライブ後のため、舞台衣装よりかなり地味です。) 彼らもまた事前のセットリストがない。そこで下記セットリストは、ライヴ後、山岸に聞いて作った。汗だくの山岸は、「もう何やったかなんて覚えとらへん(笑)」と上機嫌だったが、僕のメモを見ながら「ああ、これはあれ、これは~」と親切に教えてくれた。彼は帰国便を変更したかったが、夏休みでいっぱいのせいか、ビジネスしかあいておらず、追加で2000ドルかかると言われあきらめていた。そして、「これから(赤坂)ミラクルに繰り出す」と元気いっぱいだった。来週あたりから、今度は別のニューオーリンズのバンドでパリに飛ぶと言っていた。 ■ ワイルド・マグノリアス・ファースト ワイルド・マグノリアス・ファースト posted with amazlet at 10.08.06 ワイルド・マグノリアス ポリドール (1994-04-30) 売り上げランキング: 73982 Amazon.co.jp で詳細を見る ■『ライフ・イズ・カーニヴァル』(1999年作品) Life Is a Carnival posted … Continue reading

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◎フィリップ・ウー&フレンズ・ライヴ(パート2): ケーブルテレビを無料で見る方法

◎フィリップ・ウー&フレンズ・ライヴ(パート2): ケーブルテレビを無料で見る方法 【Philip Woo Live Part 2: The Day Philip And Ralph First Met】 初。 フィリップが、「それでは、自分が知っているもっとも素晴らしい、スピリチュアルなシンガーをご紹介しよう」と言って、名前を呼び上げたのが、なんとドラマーで、すでに何曲もこの日歌いこんでいたラルフ・ロールだった。そう呼ばれて、ラルフも誰のことかとひょーきんに驚いていた。 フィリップによればこうだ。「僕たちが知り合って25年以上経つと思うが、彼と一緒にいると笑いが絶えない。笑いはソウル(魂)にいいんだよLaughing is good for your soul」 すると、次の曲に行く前に、ラルフがフィリップとの出会いを語った。 「僕もフィリップと初めて会ったときの話をしよう。もう20数年前のことだと思う。僕たちはそれぞれ別のシンガーのバンドで一緒にロードにでていた。フィリップはジェフリー・オズボーンのバンドで、僕は、今では誰も知らないであろうシンガーのバンドでね。ちなみにオラン・ジュース・ジョーンズっていうんだけど。(思わずここで、僕は『知ってるよ』と声をだした(笑))「I saw you walking in the rain」(ラルフが歌う) 僕たちは同じホテルに泊まっていた。いいか、25年前のことだ。そこで、お互い自己紹介して知り合った。最初に名前を名乗っていきなりフィリップは、「君は、ケーブルテレビのただ見のやりかた知ってるか」って言うんだよ。「もちろん、知らない」と答えた。すると、どっちかの部屋に行って、彼はケーブルテレビの裏の配線はごちょごちょやって、切ったりくっつけたりしたんだ。すると、この部屋でいくらケーブルテレビを見ても、誰かほかの部屋にチャージされる、というんだな。こいつは、すごい。彼はオレの一生の友達だって確信したよ(笑)」 ところで、一曲目などでトークボックスを聞かせた柿崎さん。ライヴ後、この話を聞いた。中学生の頃(14歳)、ジェフ・ベックのベック・ボガート&アピースが来日(1973年5月)したとき、ジェフ・ベックがトークボックスのようなものを使っていたのを見て、衝撃を受け、それを再現しようと考えた、という。 柿崎さん、相当機械に強いようで、そのステージで遠めに見たものから想像で似たようなものを作ったという。これはすごい。「機械オタクですか」と尋ねたら、笑いながら「オタクではありません、機械には好きで強いですが…」と応えた。 柿崎さんのトークボックスの基本的な仕組みを簡単に説明してもらった。「シンセサイザーの音をスピーカーからホースでひっぱってきて、それを口につっこみ、口の音と合わせてマイクで拾う。それを外に出す」 ヴォコーダーとはちょっとまた違うという。「その昔は、イヤホンを口の中にいれてしゃべってたりしたんです」とも。もうこのトークボックスは、長い間やっているそうだ。「頭の血がなくなってしまうか、相当、頭の細胞、つぶれてます(笑)」 これをやると、みな頭が強烈な酸欠になるらしい。 さて、久保田バンドでも活躍するオリヴィア・バレルがスティーヴィーの「ドンチュー・ウォーリー・バウト・ア・シング」を。何度も聴いたことはあったが、人前で歌うのは初めて、と説明してから歌った。控え室では一生懸命歌詞カードを覚えていたが、本番ではカードなしで歌えたようだ。さすが。オリヴィアも9月22日に中目黒・楽屋(らくや)で久々のソロ・ライヴを行う。 最後のアンコールは、出演者全員に観客で来ていたシャンティもステージにあがり、スライの「サンキュー」を大合唱。エンディングでは、バンド演奏も終わり、「thank you」のフレーズを全員アカペラで歌いながら、楽屋に引き上げていった。お見事。 以下、この日の出演者の今後のライヴ予定とニュース。みんなそれぞれ大活躍中だ。 ■ ブレンダ・ヴォーンの新曲、映画に使用される ブレンダが新しく録音し、まもなく配信でリリースされる作品「Worst Is Over」 … Continue reading

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◎フィリップ・ウー&フレンズ・ライヴ(パート1): 東京ナンバーワン・ソウルフル・ナイト ~ お

◎フィリップ・ウー&フレンズ・ライヴ(パート1): 東京ナンバーワン・ソウルフル・ナイト ~ おばあちゃんの手の思い出 (YMN納涼ソウル放談パート4は、明日以降におおくりします) 【Philip Woo & Friends Live : The Story Of Grandma’s Hands】 ソウル。 フィリップ・ウーが久保田利伸バンドのメンバーらと一夜限りのソウル・ミュージック・セッション。この趣旨の企画は、前回久保田ツアー2006年時に同様の試みを行っていたので、4年ぶり。 気心知れた仲間たち、そしてミュージシャンみんなが知っている曲ばかり、ということで、特にリハーサル日を設けることなく、当日のリハだけでできてしまうところが、毎度感心する。今回はシンガーも多く、さまざまなヴァリエーションでソウル・ヒットがこれでもかこれでもかと登場。1970年代からのソウル・ミュージック好きにはたまらない。しかも、これが東京のライヴハウスで聞くことができるなんて、本当に嬉しい。 多くの曲でドラムのラルフが喉を聞かせ、そのほかの曲でブレンダ・ヴォーン、ユリ、ゲイリー・アドキンス、そしてオリヴィアがリードを取った。まさに東京ソウル・ショー、東京ニューヨークのソウルパワーだ。 ファースト1曲目、いきなりキーボードの柿崎さんがトークボックスで、ロジャーばりにロジャーの「カリフォルニア・ラヴ」をやりだし、度肝を抜かされた。ブレンダが歌うゴスペル曲「ゴーイング・オヴァー・ヨンダー」は、聴きなれたせいかブレンダの持ち歌のようにさえ聴こえる。お見事。 そして、驚かされたのが、ゲイリーが突然呼び出されフィリップのピアノ一本バックで歌った下記セットリスト5の「アット・ディス・モーメント」。ゲイリーが歌っている間誰か思い出せず、彼が戻ってきて尋ねたら、ビリー・ヴェラだとの答え。そうだ! あのブルーアイド・ソウル・シンガー、ビリー・ヴェラ&ザ・ビーターズのヒット。名曲である。なんでもゲイリーが昔からこの曲を好きで、フィリップとよくやっていたという。だから、リハなしでもすぐにその場でできた。 ゲイリーに、ビリー・ヴェラがジュディー・クレイと歌ったヒット曲は知ってるかと聞くと、知らない、という。そこでゲイリーのアイフォンですかさず検索。その曲、「ストーリーブック・チルドレン」が出てきて、彼はさっそくダウンロードしていた。そこで、ビリー・ヴェラについて、彼に少し解説してしまった。この曲は、日本のアルファ・レコードで成功した村井さんらが、アルファUSAを作って、契約して出したヒット曲。ビリー・ヴェラはジュディー・クレイとのデュエット・ヒットを出したが、当時60年代は異人種間カップルということで、大変だったこと。ビリーは基本的にはソングライターだがR&B音楽について詳しく、その後、ブルーノートで制作の仕事もする、などという話をした。ゲイリーも、最初聞いたときは、黒人だと思ったという。僕もそれこそ20年以上ぶりに聴いた。 ■「グランドマズ・ハンド」の思い出 そして、さらに印象に残ったのはセカンド、「グランドマズ・ハンズ(おばあちゃんの手)」のところ。フィリップが祖母の話をしてから、ブレンダが客席後方からノーマイクで実にブルージーに歌いながら、ステージにあがり、そこでバンドが入ると、今度はメロディーに乗せてブレンダも自分の祖母の話をすこしして、「グランドマズ・ハンド」(ビル・ウィザース)を歌い始めた。 フィリップはこんな思い出話をした。「僕が12歳の頃、いっしょによく遊んでいた友達2人といつもいろんなライヴを見に行っていた。マディー・ウォーターズ、シカゴ、ジョー・コッカー、スティーヴ・ミラー・バンド、タジ・マハール、タワー・オブ・パワー、デイヴィッド・サンボーンがポール・バターフィールドと一緒にやってた頃、BBキング…。ありとあらゆるアーティストを見に行った。ライヴが終わると僕たちは、おばあちゃんがやっていたカフェに遊びに行ったものだ。スキッドローという地域にあった。兵隊や海の男たちが出向いて、一杯ひっかけ、そんな酔っ払いばかりがいるような地域だ。おばあちゃんのチャイニーズ・カフェは、シャングリラーズという名だった。ライヴ後に行くので、いつも夜中の12時半くらいになっていた。おばあちゃんはよく言っていた。『あんたたち、12歳の子供がこんな12時半に何やってんの』 でもおばあちゃんは僕たちに冷たいコーラと温かいシュリンプ・フライド・ライス(エビ・チャーハン)を大きなボールいっぱい作ってくれたんだ。僕たちはそのフライド・ライスを食べ、冷たい昔ながらのコーラを飲む。そして、2時過ぎになるだろうか。帰り際に、おばあちゃんはいつも、4ドルを何かに包んでその手から僕のポケットにぎゅっと押し込んでくれるんだ。そして、耳元でおばあちゃんはいつも言う。『おじいちゃんには内緒だよ』(観客から笑い) そう、僕にとってのおばあちゃんの手(Grandama’s Hands)っていうのは、その4ドルをくれる手なんだ。祖母は僕のことをとても愛してくれていた。おばあちゃん、愛してるよ」 そして、しゃべり終えるとフィリップはおもむろにブルージーなハーモニカを吹き出した。それにあわせ、客席後方からブレンダのgrandma’s handsという生声が聞こえてきた! ブレンダの声がだんだん近づいてきて、僕の横を通り、ステージに進んでいった。ステージまではノーマイク。ステージに上がるとマイクをとる。するとバンドは曲のイントロを演奏し始めていた。今度は、ブレンダが「私のおばあちゃんは、今、96歳でミシシッピーで元気にしています~」といったことをメロディーに乗せて歌いだしたのだ。そして、曲本編へ。すばらしい歌唱、いやあ、感動した。 ブレンダは曲が終わり、「私のグランマは、めちゃくちゃ元気なんですが、さびしいんです。96歳で、友達という友達がみんな先に亡くなっていて孤独なんです。電話をすると、日本ではまだライス(米)を食べているのか、みんな着物をきているのか、といわれる。(笑) 彼女にとっての日本はいまでも米と着物なの(笑)」といった話をした。 フィリップにライヴ後に「なぜいつも4ドルなの?」と尋ねた。「さあ、わからないな。たぶん、4ドルをふたつに折ると、たくさんお金があるように見えたからじゃないか。でも、12歳にとっての4ドルはビッグマネーだよ」ちなみにこの祖母は、フィリップの母方の祖母だそうだ。 確かに5ドル札だと1枚になってしまう。4ドルだったら、ふたつに折れば8枚に見える。チャイニーズの知恵かもしれない。いい話ではないか。 おそらく、誰にでもあるようなちょっとした祖母の話、そして、そこから歌われたビル・ウィザースの「グランドマズ・ハンド」。いつになく、この曲の魅力が伝わってきた。 (この後、ラルフ・ロールがフィリップと初めて出会ったときの話をします) (この項、続く) ■ ビル・ウィザース 『ベスト』 「グランドマズ・ハンズ」収録 Lean on Me-Best of Bill … Continue reading

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○YMN参集~松尾潔・中田亮・吉岡正晴~YMN納涼ソウル放談(パート3)

○YMN参集~松尾潔・中田亮・吉岡正晴~YMN納涼ソウル放談(パート3) 【Yoshioka, Matsuo & Nakata: YMN Summit: Dinner With Soul Talking (Part 3)】 ソウル放談。 昨日のパート2が大変好評だったので、この「ソウル放談」、今日も文字起こししてみます。(笑) けっこう大変なんですよ。(笑) 昨日のまでは、大体メモと記憶でぱーっと書いちゃったんですが、今日のは少しテープを聴きなおして、ポイントを書こうかな、と。山下達郎さんの番組の「納涼夫婦放談」から拝借して、勝手に「YMN納涼ソウル放談」と題してみました。 別にこの日の食事会はテーマも何もなく、ただ食事でも、という趣旨だったんですが、それでも濃い話になりそうな予感はあったので、僕は、「ただの食事会」に、よりによってジョエル・ウィットバーン(マーヴァ・ホイットニー的な発音で行けば、ジョエル・ホイットバーンか。しかし、Whitney, WhitburnとかWhiはホイとか、ウイとか表記がブレますなあ。ノーマン・ホイットフィールドがよく見かける表記ですが、僕はウィットフィールドで書くことも多い。迷う、ぶれる=脱線失礼)の「ホットR&Bシングルス」の本を持ってきました。 現在はほぼ絶版で、たぶん、新しいのがもう少しでリリースされると思うので、下記は買い時ではありません。一応、持ち込んだのが、これ、という参考画像ということで↓ Top R&B Hip-Hop Singles: 1942 – 2004 (Book) posted with amazlet at 10.08.03 Record Research 売り上げランキング: 137299 Amazon.co.jp で詳細を見る たまたま中田さんがこの本の存在をご存知なかったので、軽くこのチャート本について解説するところから話が進みました。 +++++ ■ ジョエル・ウィットバーンのチャート本 … Continue reading

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○YMN参集~松尾潔・中田亮・吉岡正晴(パート2)~マーヴァ・ホイットニーが語るジェームス・ブラ

○YMN参集~松尾潔・中田亮・吉岡正晴(パート2)~マーヴァ・ホイットニーが語るジェームス・ブラウン・エピソード 【Yoshioka, Matsuo & Nakata: Dinner With Soul Talking (Part 2)】 (昨日からの続き) マーヴァ。 「ソウル・ドレッシング」は壁にアーニー・バーンズの作品や新進気鋭のアーティストの作品などが額装されている。ここは2008年7月29日に開店して2010年7月29日にちょうど2年になった。(訪問したのは30日) 札幌の名ソウルバーの名前を冠したレストランだ。 後半おもしろかったのが、中田さんがてがけたジェームス・ブラウン・ファミリーのディーヴァ、マーヴァ・ホイットニーとのさまざまな話。中田さんは、ご存知の通りオーサカ=モノレールというJBファンクを伝承するバンドをやっている。その彼は1960年代にブラウン・ファミリーで活躍したディーヴァ、マーヴァ・ホイットニーのアルバムをプロデュース、2006年に日本発売、ツアーも敢行した。その過程で中田さんは多くの時間をマーヴァと過ごし、さまざまな話を彼女から聞いた。それまで、ジェームス・ブラウンについては、レコード、CD、ビデオと本くらいでしか情報を得ていなかったが、貴重な一次情報をふんだんに入手することができた。マーヴァによるジェームス・ブラウン像というものを中田さんが知り、そのあたりから、それまで持っていたブラウン像が変化していったという話になった。 ■ Call The General 中田さんの話。「(2006年6月に)マーヴァ・ホイットニーと沖縄ツアーに行ったときのことです。ちょうど、基地のアウトドアでもライヴを行う予定だったんですが(こちらはメインではなかった)、雨で急遽中止になって、メインでブッキングしていたライヴ・ハウスだけでやることになった。(ちなみに、このムンドというライヴハウスは今は閉店してしまったが、血のにじむような努力をして沖縄に良質の音楽を届けていた。マーヴァのライヴも大変助けていただいた) チケットは思ったほど売れてなかったんです。あんまり客も来てないから、少し開演を遅らせようということになった。で、それをマーヴァに言いに行ったんです。すると、マーヴァが『あたしたちは、沖縄にいるんだろ。ここ、沖縄は米軍の基地があるんだよね』『はい』『何人くらいいるんだ、兵隊は?』『さあ』『10万人か20万人くらいいるのか』『いやあ、そこまでは…』すると、マーヴァがいきなり『Call The General(将軍に電話しろ)』って言うんですよ。『マーヴァが今、沖縄にいる。レジェンダリー・ソウル・ショーをやるから、ソウルミュージックを聴きたい人は行くように』と基地内の放送で言ってもらえと。一応、地元の人に連絡取ってもらったんですが、なかなか放送とかもできなくて、しかも、もう開演30分くらい前の急な話だったんで、ジェネラルには電話できなかったんですけどね。自分的には、あのマーヴァの『コール・ザ・ジェネラル(将軍に電話しろ)』っていうのが、ま、いまどきの日本にはない概念で、60年代にヴェトナム戦争に行った人ならではの発言で、60年代にあこがれてる若造としては、めちゃ盛り上がったんですよ」 しかし、現実離れした話ですばらしい。(笑) ヴェトナム戦争に慰問に行ったときの話などもいろいろ聞いたという。中田さんは同年、マーヴァとヨーロッパ・ツアーも行った。 「マーヴァとヨーロッパ・ツアーに出たときのことです。マーヴァは、とにかく、昔ジェームス・ブラウンの自家用飛行機で旅をしていたこともあるくらいで、めちゃくちゃお嬢様。それに荷物がものすごく多いんです。たった6回の公演で、靴と洋服だけででっかいスーツケース3つもあるんですよ。それも日本じゃ売ってないような、超でかいスーツケースですよ。当然、飛行機では超過料金取られますよ。それは、僕が払うんで。(笑) だから、マーヴァに『荷物、多すぎるから少し減らしてくれ』って言ったんです。そうしたら、『リョー、今日ステージに立って、その同じ服や靴履いて翌日も写真撮られてそれがインターネットにでも流れてみ。あいつ、同じのしかもってないぞってバカにされるぞ。ジェームスは、楽屋にこんなに(両手をぐっと広げる)靴並べてたんだ。だからこれくらい必要なんだ。お前も、ちゃんと毎日違うもん着ろ』って言われたんですよ。なんでも、ジェームスが話の基準なんです(笑)。 あたしは、ミュージック・ビジネスのことをみんなジェームスから教わった。だから、今、あたしがあんた(中田さんのこと)に教えてやっとるんだ(笑)」 ■ グーで顔面 「あるとき、まだマーヴァがジェームス・ブラウン・レヴューにいたときのことです。(JBズのメンバー)ピー・ウィー・エリスとマーヴァが遊びで一緒に並んで、ハモンド・オルガンを弾いてたんだそうです。オルガン椅子ってこう、長いでしょう。そこに2人並んで。そうして楽屋に戻って二人きりになったら、いきなりブラウンからグーで顔面が~んと殴られたんだって。『お前、何やってんのや』って。『ジェームス・ブラウンの女が、その部下と一緒にオルガン弾いてるとは何事か』ってことなんでしょうね。すげえと思いましたよ。 それを聞いて、「JBってのは、狭量な男だなあ(笑)」と松尾さん。「まあ、ある意味、自らの小ささを知っていたからこそ、あれくらいの大きなことができたってことなのかもしれませんね」 中田さん。「付け加えると、実は『マーヴァ・ホイットニーはスターなので、バンドメンバーと仲良くしてはいけない』んですよ。基本的にマーヴァは、バンドメンバーと無駄話をすることを禁じられていたんです」 アイク&ティナ・ターナーの2人の関係を彷彿とさせるエピソードだ。 ジェームス・ブラウンの人心掌握術は、僕はかねてから田中角栄と似ているものを感じていた。そのあたりは、3人の意見が一致。中田さんから、マーヴァによるブラウンの人心掌握術の話も。 それによるとこうだ。たとえば、メイシオなんかが、待遇が悪い、ギャラが低いなどと文句を言うとブラウンは彼をクビにする。何ヶ月か経って、誰かにメイシオはどうしてるか調べて来いという。調べてきて報告する。田舎(生まれ故郷)で、たいして仕事はないみたいですよ、と。ブラウンはただ聞く。それからまた何ヶ月か経って、奴はどうしてるか、調べて来いという。スタッフが調べてきて、報告する。仕事はないみたいで、たいしたことはしてないみたいですよ、と。ブラウンは動かない。それからまた何ヶ月かしてスタッフに調べて来いという。仕事がなくてかなり生活にも困窮してるみたいですよ、と報告があがる。ブラウンはただ聞くだけ。そして何ヶ月か経ってまた調べさせる。かなり生活に困窮しているみたいで、自分の楽器を売ったか質屋にいれたみたいです、と。すると、そこでやっとブラウンは彼に電話する。「どうしてる? 戻りたいか?」 相手は「戻りたいです」と言う。そこで、ブラウンは以前の給料より安い値段でその男を再び雇い入れるのだ。ブラウンによれば、「余計な金をやると、ロクなことはない」という。すごいしめつけだ。 そういうこともあって、ブラウン・キャンプの人間は、出たり入ったりがひじょうに多い。一度クビになっても戻ってくることが繰り返される。まさにブラウン流ショー・ビジネスの掟だ。 これを聴いて、僕はジョージ・クリントンが同じようなボス的存在だということを感じた。そして、そのブラウンのミュージシャン掌握術が唯一きかなかったのが、ブッツィー・コリンズだという話をした。ブッツィーはクビになっても、若かったこともあり、また、シンシナティーでは実家に住んでいたこともあったのか経済的に困窮しなかったのか、あるいは、ミュージシャン仕事がすぐに次々入ってきたこともあってか、ブラウンの元には戻らなかった。それまでのブラウン・キャンプのミュージシャンより一世代若かったということも若干メンタリティー的に違ったのだろう。 ■ ブラウンの教え マーヴァも人に対するときに、ブラウンだったらこうするであろう、ということをやってくる、という。ブラウン仕込みということか。そして、マーヴァは、自分はブラウンからクビになったとは決して言わない。必ず「自分から辞めたんだ」と言うそうだ。 マーヴァは、一時期、往年のグループ、プラターズに入っていたこともあるという。松尾さんは、NHK-BSで『エンタテインメント・ニュース』の番組をやっていた頃、プラターズにインタヴューし、ライヴを渋谷公会堂でも見たことがある、という。たぶん、その中にマーヴァがいたような気がする、という。 「マーヴァは絶対同じライヴで、女性シンガーと一緒にやるのを嫌いましたね。同じショーでは、女性シンガーとは同じステージには立たなかった。相手の女性シンガーがどんな格下の新人でもね。で、言うんですよ、『リョー、お前、たとえばジョー・テックスと一緒のステージに出るか?』って。僕は、正直、ぜんぜん気にしないで出られるんですけど、その場では『いえ、出れません』って答えたんですけどね。(笑)」(中田さん) そのステージではあくまでワン・アンド・オンリーでなければプライドが許さないのだろう。 松尾さん。「まあ、いっときでも(マーヴァが)ジェームス・ブラウンの寵愛(ちょうあい)を受けたということは、私は一時期でも黒人音楽界のファースト・レイディーでもあった、と思ってるんでしょうね」 僕。「確かに。となると、マーヴァの中に、自分が落ち目という意識とかはぜんぜんないの?」 中田さん。「ぜんぜんありますよ。(笑) たとえば、グラディス・ナイトはええよなあ、一年365日、ラスヴェガスでショーができて~。あそこは家族でマネージメントやってるから、家族全員が潤って、金たくさん入って、あれは最高や、みたいに言ってます。おもしろいのは、アレサ・フランクリンとか、グラディスとかと、(自分を)基本的に並列に捉えてる。もちろんアレサが自分よりも歌がうまいということはわかってるんですよ。でも、それまでにいたるチャンスとかめぐり合わせとか、そういうのがいろいろあって、自分があそこまで行けたかどうかはわからんやけど、というのもあるんですよね。そうやって、(彼女たちと)並列に語るんで、そういうの聴いてると、僕もジェームス・ブラウンなれるのかって思っちゃったりもします(爆笑)」 … Continue reading

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○YMN参集~松尾潔・中田亮・吉岡正晴(パート1)

○YMN参集~松尾潔・中田亮・吉岡正晴(パート1) 【Yoshioka, Matsuo & Nakata: YMN Summit: Dinner With Soul Talking (Part 1)】 ノンストップ。 昨年(2009年7月)の『ソウル・サーチン:ザ・セッション~アイズレイ・ブラザース』のときに、松尾・中田両氏をご紹介したのだが、そのとき今度ゆっくり食事でもしましょう、という以前からの懸案が1年越しでやっと実現。3人の頭文字をとって、YMOではなく、YMNの会。 恵比寿「ソウル・ドレッシング」というソウルマンにとっては、絶好の場所で食事をし、そのまま「アリ・オリ」に流れるという王道の一夜。話はノンストップで約8時間ほど続いた。 冒頭、「よく考えてみると、この3人はみなジェームス・ブラウンに会ったことがあるんですね」と松尾さん。松尾さんは、サンフランシスコでミスター・ブラウンに振り回され、最終的に東海岸に向かう飛行場のラウンジでぎりぎりなんとか取材ができた、という話。すでに、どこかの雑誌に何度か書いたという話だ。中田さんは数年前(2002年か2003年)に、横浜アリーナでライヴを見たときに、JBフォロワーの第一人者、関さんを介して会うことができたという。中田さんがライヴを見たのは1992年の大阪城ホールが初めて。僕は2回目の来日を見て、何度か会ったが一番印象的なのは、オークラで一緒に食事をしたとき、あるいは自宅訪問したとき。松尾さん、「今日は、中田さんをインタヴューしまくりますよ~~(笑)」。 話題はとりとめもなく、川の流れのように。話した量は、松尾・中田・吉岡が4-4-2くらいの比率か?(笑) いや、4.5-4.5-1か?(笑) 以下は記憶の流れのままに、順不同。自分的には話したこと、話されたことのインデックス、という感じだ。 邦画の話(西川美和監督についてなど、僕はちんぷんかんぷん=(笑))、中田さんがサントラ若干絡んだ話、オーサカ=モノレールをはじめとする日本のインスト・バンドの話、そこからクール・スプーン、ゴスペラーズ、ライムスター、スチャダラパーなどを輩出したファイル・レコードはすごいという話、JBは、ソウル界のピカソだ、70越えても新譜出してた、すごいという話、オーサカがヨーロッパでのライヴを始めた話、そのツアーの苦労話、しかし、10年以上バンドをやり続けられることは、素晴らしいという話、そこからロンドンのライヴ・ハウス、ロニー・スコッツの話、ロニー・スコットの昔のガールフレンドの孫がエイミー・ワインハウスだという話(情報源・松尾氏)。 中田さんが最初に夢中になったのが、YMOだったという話、松尾さんが初めて音源制作にリミックスという形で足を踏み入れたときの話、僕がレコードの輸入を一番初めに始めたときの話、どう買って、どう売り始めたのかという話、中田さんがブラック・エクスプロイテーション映画『コフィー』を買い付けたときの話、僕と中田さんが初めて会ったのは、そのときのことで、もう10年くらい前になる、映画の買い付け、日本での配給は大変だという話、中田さんが今興味を持っている『ハーレム・フェスティヴァル』(1969年)という映画のような記録映像の話。 松尾さんが、昔12インチなんかに書いてあるレコード会社の電話番号に電話をしたという話、その時はジョスリン・ブラウンの家にかかったらしいという話、中田さんはロスのMGMの電話番号を調べて、直接電話したが、最初にかけた場所は同名のヘアサロンだったという話、同じく『セイヴ・ザ・チルドレン』(映画)の話、そのあたりから(『コフィー』主演の)パム・グリアの話になり、松尾さんが知り合ったRCAのA&Rマン、ケヴィン・エヴァンスの奥さんがパム・グリアだと知って腰を抜かしたという話、中田さんが映画をDVD化するにあたり、その特典映像を作るためにコロラドまで行ってパム・グリアにインタヴューしたときの話。 アル・グッドマン追悼話、松尾さんがNHK-FMでその追悼で何をかけるかという話(放送は8月4日水曜)、中田さんがAIを日本のアーティストでは一番好きだという話、最近の若い人たちの音楽の聴き方がMP3プレイヤーなどで、聴くのでミュージシャン、プロデューサー・クレジットもなく、アーティストが誰かさえもわからずに聴いている、アルバム単位で聴くことがなくなっている、という話。最近はたとえば、ケミストリーのアルバムをプロデュースした松尾さんの名前もプロデューサーというクレジットが配信ではないので、でてこないという話。中田さんは、ブラウン・ファミリーのディーヴァ、マーヴァ・ホイットニーと日本ツアー、ヨーロッパツアーを一緒に行っている。そのときは、移動中、ふだんからたくさんの話を直接聞いた。そのマーヴァ話。 このほかにもまだまだあったと思うが、この中から適当にピックアップして、明日以降にご紹介しよう。松尾さんが、この食事会が始まるまえに、「ブログネタになればいいですね」と言っていたと思うが、1日だけでは到底収まらないほどの濃い内容の座談会になった。(笑) そういうこともあると思い、僕はカセット(いまどき!=ICレコーダーではない)を持っていって話を録音し続けた。(笑) しかし、話に夢中になり、途中で電池が切れていたことに後で気づいた。(失笑) でも6時間分くらいは録音できていたみたいだ。 (YMN参集は、YMO散会をもじってるんですけど…) (この項つづく) ENT>ESSAY>YMN Summit

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◎ハーレム・ナイツ第9回(パート2) ~ 出演者はすぐにサイン会

◎ハーレム・ナイツ第9回(パート2) ~ 出演者はすぐにサイン会 (昨日のブログからの続き) 【Harlem Nights Featuring Kim Davis & Mike Davis】 ハーレム。 『ハーレム・ナイツ』のイヴェントのすごい点は、ライヴが終わるとすぐに、汗を拭く間もなく、出演者たちがみなロビーにでてきてサイン会を始めるところだ。それぞれに売り物のCDやDVDを持ってきているバンド・メンバー、シンガーたちはそれを売りながら、サインをしたり、お客さんと談笑し、写真を撮る。そうした物がないミュージシャンはTシャツにサインする。このあたりのサーヴィス精神が徹底していてすごいなと思う。 今回なども、ライヴが終わって、人の列に並んで外にでたら、もう出演者たちはロビーのところで座って、待っていた。客より先に外にでていたのだ。すごい。 キンバリーには、シックのときに会っていたのでセイハローをする。シックのときに持ってきていたCDを売っていたので、のりで買うと、すぐにサインをしてくれた。続いてマイク・デイヴィスのところに。「ジャイヴからアルバム出してるんでしょう。ジャイヴとの契約は?」と尋ねると、右腕でクビのところをかっと切り、首になったと言う。で、自分のCDを買えというので、よく見るとジャイヴから出てたものを自分で焼いたもののよう。(正確には焼いたものではないが、プレスしたもので、簡易ジャケットで収録) 「これは、もってると思う」と買うのを躊躇すると、「じゃあ、2枚目を買え(笑)」と押し切られたので、渋々2枚目を購入。ちなみにジャイヴ盤のライナーは松尾潔さんが書いている。 するとそれを見てたCPレイシーが、「オレのDVDも買ってくれよ」とくる。これも自分で焼いたDVDで、その流れで買ってしまうと、さらに横のモハメドがヴォイス・パーカッションのCDを買って買ってという。さすがにこれは買っても聞かないだろうから、じりじりと後ろににじり去った。 CPレイシーはこの日見せたマイケル、ジェームス・ブラウン、スティーヴィーのほかに、スヌープ・ドッグ、プリンス、ライオネル・リッチーなどのまねもするという。なかなか器用な49歳だ。 マイク・デイヴィスは、ニューヨークで毎週でているクラブなのか、ニューヨークにきたら、ぜひ寄ってくれと店名と電話番号をくれた。Café Wha? という店だ。ホームページで見たら、彼はレギュラーではないのだが…。バンドの入っている食事もできるレストランのようだ。 今回のメンバーのキーボードとベースの2人は兄弟だった。キーボードがMD(音楽ディレクター)で、ベースのヴィンスが弟。このチームの中で一番若いらしい。サックスのエズラ・ブラウンは、「ハーレム・ナイツ」の後も横浜にとどまってライヴをやるらしい。 それにしても、マイク・デイヴィスのようないいシンガーが現在はメジャーとの契約がないなんていうのも、アメリカの音楽業界の一面を見る思いだ。と同時に、ハーレム・ナイツに登場するハーレム、ニューヨークのアーティストを見ていると、その底辺の広さを強く感じる。 ENT>LIVE>Harlem Nights

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