Monthly Archives: May 2010

★キング・ソロモン・バークのピュアなハートとソウル (パート1)

★キング・ソロモン・バークのピュアなハートとソウル (パート1) (ライヴ内容でます。これからごらんになる方はご注意ください。) 【King Solomon Burke: Pure Heart And Soul】 ソウル。 来日していない最後の大物。確かに何人かそういうアーティストはいる。だが、キング・ソロモンことソロモン・バークはそんな中でも格別のアーティストだ。今では彼は「キング・オブ・ロックン・ソウル」と言われる。1940年3月21日フィラデルフィア生まれ(1936年2月22日生まれ説も)としても、現在70歳。1950年代から活躍し、全盛期の60年代の活動ぶりは僕も知らない。だからまさか彼のライヴを日本で拝めるとは思っていなかった。2002年に出たジョー・ヘンリー・プロデュースのアルバム『ドント・ギヴ・アップ・オン・ミー』のおかげ。これがグラミー賞を獲得しなければ、現在の彼の派手な復活振りはなく、そして来日もなかっただろう。彼の来日、神に感謝だ。 25回目を迎える『ジャパン・ブルーズ&ソウル・カーニヴァル』のアーティストとして初来日、初登場。客層は例年同様年齢層高く、7-8割は男性。今年はバーナード・アリソンが急病のために来日中止となり、ピンチヒッターでジョー・ルイス・ウォーカーが登場。 さてソロモンはトリに登場。9歳から天才説教師として知られてきたソロモン・バークは、ゴスペル、さらにブルーズ、リズム&ブルーズも歌って、世界的人気を博した超ヴェテランだ。ヒット曲もたくさんあるが、ほとんどが1960年代のもの。 ステージ中央には大きな真っ赤な椅子、その周囲にはゴールドが飾られている。それはキングス・チェア。そして、舞台下手(観客席から見て左)からそのキングス・チェアに向かってレッドカーペットが敷かれていた。これこそはステージへの王道、キングス・ロードだ。 バンド編成は、超豪華。ドラムス、ギター2、ベース、キーボード2、ホーン4、コーラス2、そしてヴァイオリン2の計14人だ。一人のシンガーでここまでのバンドは、なかなかめったにない。まさにキングス・バンド。(2日目は15人) バンドが1曲目「ナッシングス・インポッシブル」(同名最新作のタイトル曲)を演奏しだすと、ステージの明かりが消え暗闇に。しばし、演奏が続き、ぱっとライトが点くと、さきほどまで空だった大きなキングス・チェアにキング・ソロモンが堂々と鎮座ましましていた。瞬間移動か。(笑) そして、一声出す。が~~ん、ものすごい迫力だ。70歳超えの声とは思えない。どうやら足は悪いようだが、声は完璧だ。ミディアム調、バラード、ヒット曲メドレーと次々と歌っていく。そして、その合間になんども観客に向かって「Are you with me(ついてきてるか、みんな)」、「Easy, easy, easy(ゆったり、落ち着いて、のんびり行こう)」と声をかける。 座って歌っても、こんなに声が出るのか。遠めには小錦あたりが歌っているように見える。途中で、ちょこちょこ話をするが、実に滑舌(かつぜつ)がよく、話に引き込まれる感じがした。それを聞いていてキング・ソロモンが若い頃から天才説教師だったことを思い出した。この調子で教会で話せば、誰もが彼の説教に納得し、気分も高揚してくるだろう。歌う以前に説教師だったのだ。途中の話とともに、曲に乗ってのモノローグ(ナレーション)がまた実にかっこいい。 そんなトークの中で、キング・ソロモンは、自分には21人の子供と90人の孫がいる、その子供のうちのひとりを紹介しよう、といって女性コーラス(キャンディー)を紹介し、彼女はグローリア・ゲイナーのヒット「アイ・ウィル・サヴァイヴ」を歌った。また、もうひとりの男性コーラスもソロモンの息子で、彼は「キープ・ア・ライト・イン・ザ・ウィンドウ」を歌った。息子もかなりいい感じで、ちょっとアル・グリーンを思わせた。(しかし、子供と孫合計111人って、名前、絶対に全部覚えられないだろうなあ) そして、歌ももちろんはっきりと単語が聞こえる。そこにはゴスペルの煽り(あおり)からブルーズの悲しみ、リズム&ブルーズの快活さがすべて備わっていた。ちょうど、キング・ソロモンがオーティス・レディングの曲をメドレーでやったシーンがあったが、これを聴いていると、オーティスや、ディクション(発音)がさらにいいサム・クックあたりが、今、生きていてライヴをやったら、こうなったのではないかと確信した。いわば、キング・ソロモンのライヴには、オーティスやサムの言霊が宿っていたようにさえ思えた。それもこれも、すべてソロモンの声が、日比谷の夜空に堂々と突き抜けたからだ。繰り返すが座してあの声量はすごい。 ハモンドB3のオルガンがなり、渋いギターが爪弾かれると、南部の教会か、サザン・ソウルを聴かせるジュークジョイントさながらになる。 最後の曲「エヴリバディー・ニーズ・サムバディー・トゥ・ラヴ」から「ホエン・ザ・セインツ・ゴー・マーチン・イン(聖者の行進)」になると、歌いながらも、ステージが始まったときと同じように真っ暗になった。演奏が長く続き、明るくなると、キングの姿はなかった。双眼鏡で暗くなったステージを見ていたら、キング・チェアから車椅子に乗り換え、車椅子でレッドカーペットを下がっていっていた。なるほど、出入りは車椅子だったのだ。 時折風が吹くと、ちょっと寒かったが、このソウルは熱かった。人間国宝、キング・ソロモン・バーク。それにしても、わずか64分だったが見事にピュアなハート&ソウル・ショーだった。 (この項続く) ●ソロモン・バークのライヴは5月31日(月)名古屋ザ・ボトム・ライン、6月1日(火)大阪なんば・ハッチであります。 ■ソロモン・バーク 最新盤 ナッシングズ・インポッシブル posted with amazlet at 10.05.30 ソロモン・バーク ビクターエンタテインメント (2010-05-19) 売り上げランキング: … Continue reading

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◆(速報・訃報) アリ・オリ・ウッドソン(元テンプテーションズ)58歳で死去

◆(速報・訃報) アリ・オリ・ウッドソン(元テンプテーションズ)58歳で死去 【Ali-Ollie Woodson Dies At 58】 訃報。 元テンプテーションズのリード・シンガーで、最近ではソロ・シンガーとして活躍していたアリ・オリ・ウッドソンが、2010年5月30日、カリフォルニアで死去した。58歳。しばらく白血病を患っていた。(詳しくは後送。)海外のネットメディアが報じた。また、近親者も確認した。葬儀の日程などは未定。 アーバンネットワーク(電子版)の速報(もしリンクがつながらない場合、コピー&ペーストしてください) http://urbannetwork.com/blog/2010/05/30/former-temptation-ollie-woodson-dies/ ショウビズ411の速報 http://www.showbiz411.com/2010/05/31/ollie-ali-woodson-of-the-temptations-dies-at-58 BVBuzzの速報 http://www.bvbuzz.com/2010/05/31/ollie-woodson-the-temptations-dead/ アリ・オリ・ウッドソンは1951年9月12日デトロイト生まれ。1984年から1986年まで正式にテンプテーションズのリード・シンガーを務めた。その後、同じくテンプスのリードから独立したデニス・エドワーズのテンプテーションズ・レヴューなどにも参加したり、ソロ・コンサートを行ったりしていた。 アリ・オリは、来日も多く、また親しみやすい性格で誰とでも仲良くできるため、日本にもたくさんのファンがいる。2009年7月、コットン・クラブのライヴ、2008年12月の同ライヴも体調不良でキャンセルしていた。2008年6月の銀座ケントスなどでのライヴが最後の来日になってしまった。初来日は1988年10月、MZA有明などでの公演。2008年6月までアリ・オリとして、テンプス関連、アル・マッケイ・オールスターズの一員などとして10回を数える。 恵比寿にアリ・オリ・ウッドソンから命名したソウルバー「アリ・オリ」があり、来日した折にアリ・オリ本人もここを訪れ、大のお気に入りとなり、壁面にサイン。その後も何度も訪れている。また、赤坂のソウルバー、「ミラクル」のオウナー川畑氏とも親しく、来日のたびに必ずミラクルを訪れ、気軽にファンと歓談したり、写真に収まっていた。 ご冥福をお祈りします。 ■ アリ・オリ関連過去記事 2009年7月来日中止のニュース記事 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10287671889.html 2008年06月16日(月) アリ・オリ・ライヴ@ケントス銀座 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20080616.html November 26, 2007 It’s The Temptations’ Week With The Temptation Walk (Part 1) http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20071126.html November … Continue reading

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▲ナタリー・コール(パート3):そのステージを裏側から見ると~

▲ナタリー・コール(パート3):そのステージを裏側から見ると~ 【Behind The Scene Of Natalie Cole Stage】 裏。 完全復活したナタリー・コール。今回1日だけ丸の内コットンクラブでのライヴがあった。コットンは超満員。さすがに年齢層は高く、往年のファンがつめかけた感じだ。たまたま、席がステージ向かって右側の真横だったので、音楽ディレクター、ゲイルの後ろになり、彼女の音楽ディレクターぶりがよく見えた。ちょっとした舞台裏から見たナタリー・コール・ライヴ・ステージをおとどけしよう。 この日は東京最後ということもあって、ナタリーもかなりのりのりだった様子。通常3曲程度インストゥルメンタルで客を暖めてから本人の登場となるが、なんと1曲、ジョッシュ・ネルソン作「アンティドート」が終わると、もうステージに登場した。4曲ほど歌うと、なにやら、ナタリーが音楽ディレクターのゲイルのところに近づき、耳元で何かをしゃべっている。そのおしゃべりの表情はけっこう厳しいものだったが、曲の間奏が終わった瞬間、もう曲の歌詞に戻って、しかも観客席に向けて満面の笑みを湛える。音楽監督に指示を出す厳しいボスの顔と、観客を楽しませるエンタテイナーの顔。いい意味での二面性を垣間見た。 そして観客に向けて「今日は、何か違った曲をやってみたい。あそこのジェントルマンが『スティル・アンフォゲッタブル』のCDをお持ちみたいですね。なにか、そのアルバムの中で聴きたい曲はありますか?」と尋ねると、その紳士、CDを掲げながら、「ホワット…」と言う。ナタリーは聞き取れず(実は僕も聞き取れず)、「ほかにある?」と聞くと、「コーヒー・タイム」の答え。すると、「You got it(やりましょう)」。これは実は予定されたセットリストの中に入っていたので、ナタリーやMDにとっては、「ビンゴ!」という感じだった。ただ予定より早めにこれをやることになったのだが、その紳士にすれば、きっと「ナタリーにコーヒー・タイムをリクエストして、歌ってもらったんだ」ということが一生の思い出になるだろう。 あらかじめ各ミュージシャンは歌われる曲をセットリスト順に楽譜台においてある。一曲終わるごとにそれを下に置き、次の曲に取り掛かる。そして途中で曲が変わると、ゲイルが楽譜番号をメンバーに指で知らせる。ナタリーがセットリストと違う曲をやりたいとゲイルに言うと、ゲイルは下に置かれている大きな楽譜ボックスから当該曲の楽譜を探している。彼女はまた、楽曲のポイントのところで、指揮者のごとくミュージシャンに腕を振る。それをピアノ、キーボード、ギター、ベース、ドラマーなども凝視し、その腕の動きに対応してプレイする。 この日おもしろいと思ったのが、ミュージシャンが「ラヴ」をプレイし始めたが、そのイントロでナタリーが探してもらった歌詞カードを出し、「これから歌う曲は、ルイ・アームストロングや、エラ・フィッツジェラルドが歌い、そして、ボビー・ダーリンが大ヒットさせた曲です」と言い、「ラヴ」のベースラインにあわせて、「マック・ザ・ナイフ」を歌いだしたのだ。そうか、これは同じコード進行だったんだ。そして、また途中から「ラヴ」へ。とてもおもしろいアレンジだった。 「ラヴ」だけをストレートに歌って終わるときもあり、ミュージシャンたちは、その場でナタリーがどっちに進むかは、その瞬間までわからない。どちらの楽曲にもその場で対応できているのだ。 この日はアンコールが2曲。そして、ひじょうに珍しいことに、ほとんどジャズ・スタンダード・セットでは歌われないR&Bヒット「ディス・ウィル・ビー」が歌われた。最後だから、増量大サーヴィスだったのかもしれない。 ■ 過去関連記事 ナタリー・コール(パート1)奇跡の完全復活~ 2010年5月20日付けブログ↓  http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100520.html 2010年05月24日(月) ナタリー・コール(パート2):レパートリーは800曲以上 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100524.html 2008年06月28日(土) ナタリー・コール満身創痍のステージ(part 1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10110678041.html (前回来日時ライヴ評) 2008年07月19日(土) ナタリー・コール(part 2) C型肝炎を明かす http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10117732847.html#main 2003/06/17 (Tue) Bittersweet Voice That … Continue reading

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■「セックス&ザ・シティ2」~4人のソウルメイトたちの中東大冒険

■「セックス&ザ・シティ2」~4人のソウルメイトたちの中東大冒険 【”Sex & The City 2”~Adventure Of 4 Soul Mates In Middle East】 金属探知機。 人気テレビ・シリーズから劇場用映画『セックス・アンド・ザ・シティ』になったその第二弾『セックス・アンド・ザ・シティ2』が2010年6月4日(金)から公開される。その試写会が5月28日(金)丸の内ルーブルで行われた。会場に着くと「すでにお立ち見になっております」のアナウンス。さらに、入口では入念なボディー・チェックと荷物チェック。ボディー・チェックは金属探知機で体を調べられる。僕のも右のポケットで鍵が反応し、左のポケットで携帯電話が反応。それを両手で持って、音なしになってやっと中に入れた。どうやらデジカメなどを中に持ち込ませなかったようだ。預けたカメラを映画終了後返していたのでそれがわかった。金属探知機で体を調べられたのは、どこか海外に行く飛行場以来だ。(笑) ストーリーは、久々に友人の結婚式で再会した4人から始まる。この結婚式というのが、ゲイ・カップルの結婚式で、これがおもしろい。その後、キャリー(作家)、サマンサ(会社社長)、ミランダ(弁護士)、シャーロット(専業主婦)らの生活ぶりが紹介され、サマンサが中東の大金持ちから、アラブ首長国連邦(UAE)への旅行をプレゼントされ、物語が進む。 彼が持つホテルでの滞在、彼が持つ航空会社のファーストクラスでのフライト、専用の執事、それぞれの専用車などもあてがわれ、豪華絢爛なひとときを過ごす。ここで、文化の違いやちょっとしたことから、いくつかの事件が起きる。一言で言えば、4人の超仲良し(ソウルメイト)の中東大冒険だ。 ストーリーはどうということはないが、この映画の見所は、超リッチなホテル(こんなホテルに泊まってみたいと思わせられる=ちなみに一泊2万2千ドル・200万円というのが最後に明かされる)、アラブの国(実際のロケはモロッコ)のエキゾチックな雰囲気(こんなところに行ってみたいと思わせられる)、砂漠でのラクダに乗ってのリッチなピクニック(こんなことをやってみたいと思わせられる)、そして4人のファッション、ジュエリーなどなど、女性ファンを惹きつける贅沢三昧のマテリアル・ワールドだ。そして、サマンサの自由奔放なセックスぶり、シャーロットのベイビーシッターのお色気路線も強調されている。サマンサのデタラメっぷりがマンガちっくでおもしろい。 サントラで最大の聞き物は、アリシア・キーズが歌う「ラプチャー」。1981年のブロンディーをアリシアがカヴァーしたもの。これに、「セックス・アンド・ザ・シティ」のテーマ曲をうまくまぜあわせている。(マッシュアップしている)そして、もう一曲、個人的に気に入ったのが、サントラ2曲目に入っているイギリスのダイドが歌う「エヴリシング・トゥ・ルーズ」。エレクトリック・サウンドのシンプルで無機質なヴォーカルが印象的で、この1週間ほど僕のカーステレオでのへヴィー・ローテーションになっている。映画では、キャリーとサマンサがショッピングするシーンで薄く流れていた。もっといい形で露出すればよかったのにと思った。 ちなみに、僕は男なのであくまで男目線の感想になっているが、女性はきっともっと違った感想を持つにちがいない。観客は8割がた若い女性だったように思えた。 ●映画『セックス・アンド・ザ・シティ2』は2010年6月4日(金)から丸の内ルーブルなどでロードショー ●『セックス・アンド・ザ・シティ2』のサウンドトラックを、2010年5月30日日曜、インターFM『ソウル・ブレンズ』[午後1時~3時]内「ソウル・サーチン」のコーナー[午後2時半から]で紹介します ■ 『セックス・アンド・ザ・シティ2』(サウンドトラック) セックス・アンド・ザ・シティ2 オリジナル・サウンドトラック posted with amazlet at 10.05.29 サントラ ジェニファー・ハドソン&レオナ・ルイス サラ・ジェシカ・パーカー セックス・アンド・ザ・シティ・メンズ・クアイア シェイナ・スティール ライザ・ミネリ with ビリー・ストリッチ シンディ・ローパー … Continue reading

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●フィリー特集(パート2): 「ソウル・サーチン~ジョン・ホワイトヘッド」 

●フィリー特集(パート2): 「ソウル・サーチン~ジョン・ホワイトヘッド」  (昨日からのつづき) 【5 Classic Philly Albums Released As Paper-Sleeve CD】 フィリー。 ソウル・サーチン・フィリー特集。その第一弾は、僕にとっても大変思い入れのあるマクファデン&ホワイトヘッドのジョン・ホワイトヘッドのインタヴューに基づく「ソウル・サーチン」のパート2。ジョンの「ソウル・サーチン」は、ご存知の通り拙著『ソウル・サーチン~R&Bの心を求めて』(2000年7月刊行)の第一章を飾る作品。僕はジョンから「ソウル・サーチン」という言葉を教わった。『ソウル・サーチン』は全7編のうち4編をネット公開していたが、このジョンの物語はまだネットでは公開していなかったもの。 マクファデン&ホワイトヘッドの傑作「エイント・ノー・ストッピン・アス・ナウ」はいかにして誕生したか。彼らがいかにして売れっ子ソングライターとなっていったか。そして、ソロへの道。ジョンの回顧から、彼らの歴史を深く探る。(なお、このヴァージョンは、書籍に掲載されたものを少し短縮してあります) ■マクファデン&ホワイトヘッド(2010年5月26日発売=紙ジャケット)(2人とも今となっては故人。それも歴史の流れ) マクファデン&ホワイトヘッド(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 10.05.26 マクファデン&ホワイトヘッド SMJ (2010-05-26) 売り上げランキング: 1696 Amazon.co.jp で詳細を見る (長い下積みを経て、マクファデン&ホワイトヘッドの2人は、ソングライターとして、オージェイズの「バックスタバーズ(裏切り者のテーマ)」でついに初の大ヒットを手に入れる) ACT 3 ★  よみがえるステージでの興奮  ソングライターとして売れていくと、彼らは次第にかつて自分たちがステージに立って歌っていたことを思い出すようになった。オーティスのバックとして、1万人もの人たちの前で歌った瞬間の興奮がよみがえるようになった。ステージにあがり、観客から素晴らしいリアクションを得たときの快感は、体験したものしかわからない。そしていつしか、彼らは再びその快感を得たいと考えるようになった。裏方ではなく、自分たちで自分たちの歌を自由に自分たちのスタイルで歌いたいと思い始めたのである。  ジョンとジーンはギャンブル・アンド・ハフに頼み込んだ。「今度はオレたちにも歌わせてくださいよ」と。しかし、彼らはそれを認めようとしなかった。  ハフは言った。  「いいかね。お前たちはこんなに曲を書いてそれがヒットして金もどんどんはいってくるじゃないか。この仕事がよく出来るんだから、これをどんどん続けたまえ。お前たちは別にシンガーになる必要なんかない」  だが、ジョンとジーンにはステージ上で闇のかなたから差し込むスポット・ライトに身を委ねる自分たちの姿が懐かしかった。  ジョンとジーンは粘り強く説得を続けた。その結果、ついにハフたちは折れた。  「よろしい。じゃあまず1曲、レコーディングしてこい。その出来がよければ何か歌わせてやろうじゃないか」  ジョンとジーンはすぐにスタジオに行き、彼らの思いと決意を託した歌をレコーディングした。彼らの気持ちはこうだった。「オレたちは曲を書いていれば歌を歌わなくていいといわれた。だが、オレたちは歌を自分たちで作り、自分たちで歌ってレコーディングしたい。オレたちはだれが何と言おうと、それをやるんだ。もう何ものもオレたちを止めることは出来ないぞ」  それはあたかも堰(せき)で止められていた大量の水が、堰を開けられたことによって、どっと下流に流れ出していくような爆発力を伴った激流さながらであった。 … Continue reading

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⊿フィリー特集(パート1): アルバム5枚紙ジャケットで発売 ~「ソウル・サーチン~ジョン・ホワ

⊿フィリー特集(パート1): アルバム5枚紙ジャケットで発売 ~「ソウル・サーチン~ジョン・ホワイトヘッド」 【5 Classic Philly Albums Released As Paper-Sleeve CD】 紙ジャケット。 1970年代に多くの良質なソウル・アルバムをリリースしたフィラデルフィア・インターナショナル・レーベルからの作品のうち5枚が、紙ジャケットとなり、2010年5月26日、日本でリリースされた。アーティストは、マクファデン&ホワイトヘッド、オージェイズ、フューチャーズ、ジョーンズ・ガールズ、そして、パティ・ラベル。フィリー・ソウル紙ジャケとしては、2010年4月にテディー・ペンダーグラスの作品群が紙ジャケットでリリースされたのに続く。 ソウル・サーチンでは、これを記念して、フィリー特集をお送りする。その第一弾は、僕にとっても大変思い入れのあるマクファデン&ホワイトヘッドのジョン・ホワイトヘッドのインタヴューに基づく「ソウル・サーチン」。ジョンの「ソウル・サーチン」は、ご存知の通り拙著『ソウル・サーチン~R&Bの心を求めて』(2000年7月刊行)の第一章を飾る作品。僕はジョンから「ソウル・サーチン」という言葉を教わった。『ソウル・サーチン』は全7編のうち4編をネット公開していたが、このジョンの物語はまだネットでは公開していなかったもの。 マクファデン&ホワイトヘッドの傑作「エイント・ノー・ストッピン・アス・ナウ」はいかにして誕生したか。彼らがいかにして売れっ子ソングライターとなっていったか。そして、ソロへの道。ジョンの回顧から、彼らの歴史を深く探る。(なお、このヴァージョンは、書籍に掲載されたものを少し短縮してあります) ぜひこのCDをお聴きなるとき、ジョンの話に耳を傾けてください。 ■マクファデン&ホワイトヘッド(2010年5月26日発売=紙ジャケット)(2人とも今となっては故人。それも歴史の流れ) マクファデン&ホワイトヘッド(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 10.05.26 マクファデン&ホワイトヘッド SMJ (2010-05-26) 売り上げランキング: 1696 Amazon.co.jp で詳細を見る ソ ウ ル ・ サ ー チ ン~R&Bの心を求めて 第一章:ジョン・ホワイトヘッド (パート1) 【リード】  ソングライターとして成功を収めた一人の男。欲しいものは何でも手に入った。しかし、貧困ゆえの無知から彼は税金というものを払わなかった。税金を申告するということの重要さを知らなかった。そのため、彼は脱税で起訴され、その金額が大きかったことから刑務所入りという試練を体験する。彼の名はジョン・ホワイトヘッド。ラッグス・トゥ・リッチーズ(貧困から金持ちへ)、さらにラッグスへ舞い戻り。彼は一体、刑務所で一人になったときに自身の人生をどう振り返り、何を考えたか。その激変するソウルフルな生きざまのすべてーーー。 プロローグ ★ 回想   「ハロー、ケヴィン。今ニューヨークにいるんだ。明日、君のオフィースに遊びに行ってもいいかな」 … Continue reading

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△永井博氏個展@ビームス・ギャラリー

△永井博氏個展@ビームス・ギャラリー 【Nagai Hiroshi Exhibition @ Beams Gallery】 個展。 ソウルフルなイラストで知られるイラストレーター、永井博さんの個展が2010年5月18日まで新宿ビームスの6階、ビームス・ギャラリーで約4週間行われた。オープニング・レセプションのご案内をいただいていたが、なかなか時間が取れず、結局、最終日の18日におうかがいした。 永井画伯はほぼ毎日顔をだされていたそうで、僕が到着したときも、お客さんの相手をされていた。かなり久しぶりにお会いするが、元気そう。40数点、額装され展示されている。永井さんのイラストで一番有名なのは、大瀧詠一さんのアルバム『ロング・ヴァケーション』のジャケットだろう。他に、ビクターがシリーズで出した『ブリーズ』というコンピのジャケットもずっと永井さんだった。 ロング・ヴァケーション 大瀧詠一 A LONG VACATION 20th Anniversary Edition posted with amazlet at 10.05.26 大滝詠一 ソニーレコード (2001-03-22) 売り上げランキング: 1231 Amazon.co.jp で詳細を見る 海、リゾート、青、そして、黒人、といったものが、基本的なテーマで、そうしたものを独特の筆致で描く。 ブリーズ・シリーズ breeze summer~AORベスト・セレクション posted with amazlet at 10.05.26 オムニバス エアプレイ … Continue reading

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★ケント・モリ自伝『ドリーム&ラヴ』2010年6月25日発売

★ケント・モリ自伝『ドリーム&ラヴ』2010年6月25日発売 緊急出版。 マドンナのダンサーとして活動し、また、マイケル・ジャクソンの『ディス・イズ・イット』ツアーのダンサー・オーディションに合格したダンサー、ケント・モリが現在自伝を執筆中で、2010年6月25日に扶桑社(ふそうしゃ)から発売される。タイトルは、『ドリーム&ラヴ』。 キャッチフレーズは「ディス・イズ・イットのオーディションに合格するも、自ら辞退――。あのケント・モリが衝撃の自叙伝を緊急出版! なぜ、彼はマイケルとマドンナ、2人のスーパースターに同時に愛されたのか?」 ここでは、ケント・モリの生い立ち、ダンスに夢をかけてアメリカにわたり、そこで起こる数々の運命的出会いを描く。すべての出来事には理由がある。Everything happens for reasons. ケント・モリ物語は、この言葉を軸に進んでいく。 理由。 ケント・モリくんとは、2010年2月に西寺郷太さんの紹介でゆっくり話をした。実はそのとき、扶桑社の編集者がいて、ケントくんが自伝を書いているという話をしたところ、彼が出しましょう、ということになった。その会ったときの話はブログに書いた。 2010年02月09日(火) ケント・モリ~その存在理由 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100209.html +++++ ★ケント・モリ、1000人と「ビート・イット」を踊る ケント・モリとかつてマイケル・ジャクソンのツアーでダンサーを勤めたユーコ・スミダ・ジャクソンが、2010年5月23日(日曜)午後12時半から東京・六本木の六本木ヒルズ・アリーナで行われたイヴェントで、ダンサー20人、一般の人1000人と「ビート・イット」を踊った。M-ON(エム・オン)TV(スカイパーフェクトTVなどの衛星チャンネルで視聴可能)などが収録した。 イヴェントは12時半、小雨の降る中スタート。まず、M-ONTVで放送されたAI主演のドキュメンタリー『マイケル・ジャクソンゆかりの地を訪ねて』の映像が10分程度流れ、その後、ケント・モリとダンサーが登場した。 この日は、一般の人も参加ができることになっており、午前9時に集合し、ここで踊り方を教わり、12時半からの本番に備えた。都合、2度「ビート・イット」を踊った。この模様は近いうちにM-ON TVで放映される予定。 ■ マイケル・ジャクソン『ディス・イズ・イット』(ブルーレイ) マイケル・ジャクソン THIS IS IT(特製ブックレット付き) [Blu-ray] posted with amazlet at 10.02.09 ソニー・ピクチャーズエンタテインメント (2010-01-27) 売り上げランキング: 6 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ マドンナ スティッキー・アンド・スウィート・ツアー・ライヴ・フロム・ブエノス・アイレス(仮) 2010年3月31日発売。2008年10月のツアー。ケント・モリ参加。 … Continue reading

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▲ナタリー・コール(パート2):レパートリーは800曲以上

▲ナタリー・コール(パート2):レパートリーは800曲以上 (「ナタリー・コール完全復活」2010年5月20日付けのつづき) 【Natalie Cole Has More Than 800 Repertoires】 アメイジング。 5月20日付けブログで書いたナタリーのライヴ評のつづき。 2010年5月20日付けブログ↓  http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100520.html ライヴ後、余韻に浸っていたが、さすがに最初のインストゥルメンタル3曲がわからなかったので、ステージから降りてきたピアノのジョッシュに声をかけ、最初の3曲の曲名を尋ねた。すると、2曲目は、そのジョッシュが書いた曲で、「アンティドート」という曲名をすぐ教えてくれた。それから、日曜日(5月16日)の1曲目で演奏していた「ポイント・オブ・オリジン」は、この日3曲目に演奏した、という。そして、最初に曲はもうひとりのキーボード奏者アレックスの作品なので、彼に聞こうということになった。すると、ちょうどそのアレックスが通りがかり、彼の曲名を教えてくれた。それが「ヒューマン・レヴォリューション」という曲だ。 ジョッシュがどこかに行き、アレックスと話になった。いきなり、「わたしのなまえはアレックスです。初めまして」と日本語で挨拶。びっくりすると、「奥さん、日本人です、LAに住んでます」。アイフォンをカチャカチャやって、「これ、私の4歳の娘」、カチャカチャ、「これ10歳の娘、日本語、英語、イタリア語、しゃべります」 「ええっ?」 「僕、もともとイタリア人です。イタリア出身。ローマ出身。奥さん、練馬区出身」(笑) いろいろ聞くと1958年の生まれで、24歳の時(1982年)ボストンのバークリーに行った。そこで音楽を学んだが、そのときの同級生に小曽根真がいる、という。「彼はすばらしいね、すごいね」。 初めて日本に来たのは1988年、ボビー・ブラウンの初来日のときだそうだ。以後、ベイビーフェイス、ボビー、クリスティーナ・アギレラ、ピンクなどで来日経験豊富だ。今の奥さんは1988年に日本に来たときに知り合った、という。 ナタリーのバンドは、ここ5年ほどやっている、という。前回来日時(2008年)は、タミールというピアニストだったので、彼は来ていないが、ナタリー・バンドには入ったり、スケジュールの都合で参加できなかったり、だそう。 「彼女とのライヴ、ツアーは実に楽しいよ。だって、毎日セットリストが違うんだよ。だから飽きない。ここ(ブルーノート)にも毎日来るお客さんがいるだろう。だから、毎回セットリストを変えるんだ。ファーストとセカンドもね。ポップ・アーティストは、きっちりセットリストがあって、いつでも来る日も来る日も同じことを繰り返すが、ナタリーは違う。その場の雰囲気で観客と直接触れ合うんだ。ハート・トゥ・ハートだよ(といって僕の胸をドンと強くたたく)。彼女は経験があるから、観客が何を望んでいるか、その場でわかる。そして、それを与える。だから、曲も予定とは違った曲をやることだってしょっちゅうだ」 この日のセカンドセットのセットリストがB5の紙に印刷されていた。「これは、そうだな、ショーが始まる30分くらい前にナタリーが決めた。もちろん、これどおりにいかないこともある。何かを急に歌い出したら、僕らバンドはそれについていく。それから、違う曲の場合は、MD(音楽ディレクター)のゲイルが、楽譜番号をメンバーに言って、それを演奏するんだ」 確かにセットリストには数字が振ってある。上から、8、520,18、といった具合だ。楽譜にはすべて数字が振ってあって、急に曲が決まってもその数字を伝えれば即座にその曲を演奏することができるわけだ。 「ナタリーは、驚くべきことに800曲くらいレパートリーを持っているんだよ。しかも、彼女はそれをほとんど覚えているんだ。すごいことだよ」 「あ、でも今日は、『テル・ミー・オール・アバウト・イット』を歌うときに、歌詞を覚えていないからって、歌詞カードを探してたよね」と僕。 「過去5年で、あんなことは3度くらいしかない。今夜は珍しかったね」 では、今回も800曲分の楽譜があるのだろうか。 「いや、800曲は持ってきてない。行く先々で、それぞれのマーケットで人気のある曲があるんだ。フィリピンだと、『ホエン・アイ・フォーリン・イン・ラヴ』が人気だったり、『スターダスト』が人気の国があったりするんだ。今回は7-80曲分かな。そこから毎日、いろいろ選ぶんだ。で、そのセットリストも30分ほど前に作ったというわけ。だから、セットリストは毎日違うよ」 「人を待たせてるんで、行かなきゃ」 早口でまくし立て、あっという間にどこかへ消えていった。そうそう、明日はオフだから、箱根の温泉に行くんだと嬉しそうに言っていた。 ■アレックスの紹介ページ http://nucircle.com/people/alex.html ■ジョッシュ・ネルソンのウェッブ http://www.joshnelsonmusic.com/ ジョッシュは、サラ・ガザレクのライヴでコットンクラブにも来ていた。 演奏された「アンティドート」収録のアルバム I Hear a Rhapsody posted with amazlet … Continue reading

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■マイケル・ジャクソンのスピリットとソウルが舞い降りたMJスピリット (パート1)

■マイケル・ジャクソンのスピリットとソウルが舞い降りたMJスピリット (パート1) 【MJ-Spirit Live; This Is It Show】 スピリット。 マイケル・ジャクソンの意志を尊重し、リスペクトし、マイケルがやったらこうやるだろう、ということを正確に再現するユニット、MJスピリットが、前回六本木モーフから今回は、渋谷AXでのショーに。 結論から言えば、まあ、すごい。感動した。興奮した。集中した。あれも、これも、よくいろいろ考え、いろいろ調べ、いろいろまねして作ったものだ。これだけの完コピをすれば、マイケルだって本望だろう。 今回の設定は、2010年3月にロンドンで50回の公演を終えた『ディス・イズ・イット』ツアーが日本にやってきた、というもの。さまざまな映像、仕掛け、コネタをふんだんに仕込み、2時間余。めくるめくエンタテインメントになった。途中、本当にマイケルが歌い、踊っているかのように、何度も錯覚した。 ネタバレになるが、映画『ディス・イズ・イット』がそのまま実現したらこうなるであろう、ということが事細かに再現された。この再現力はすばらしい。もちろん、マイケル役ブルーツリーの動きは完璧だ。 下記セットリスト、どれも見ごたえがあるが、何度も観客から歓声があがったのが、「ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス」の無限のダンサー映像とのコラボ。オリアンティーの登場も楽しければ、コーラス・ドリアン・ホリーのラップなども受ける。そして「ユー・アー・ノット・アローン」で客席から女の子を迎えるところなど細かい演出がいちいち楽しい。 最初の圧巻は、「スムース・クリミナル」のゼログラヴィティー。いやあ、ダンサーと含めて7人が全員斜め前に、ビデオのように倒れたときは、感動した。(笑)そして、「ビート・イット」の冒頭は、2階客席から突然登場。「スリラー」では、映画にあった蜘蛛の形の模型も登場、そこから出てくる。 次の圧巻は、「ビリー・ジーン」。なんと、映画で見たような電飾が黒の上下についている。7-8色がキラキラ輝き、ダンスとともに色が変わる。もうここまで来ると、こちらもすっかりショーにのめりこんでいる。もうこのあたりから、最後のMJエアはどうするんだろう、とそわそわしてしまった。 そして、最大の圧巻がアンコール最後「マン・イン・ザ・ミラー」を終えて、曲が流れる間に、MJエアーに乗り込むところ。ここは、映像を作っていた。すごい。MJエアが登場。扉が開く。すると、マイケルがその扉に入っていく。ゆっくり滑走路の向こう側に行き、合図とともにその飛行機が客席側に飛んでくる。そして、離陸。まさにあんな感じになるのか、と、感動した。 (この項、続く) ■ ケント・モリ、今日、六本木ヒルズで1000人と「ビート・イット」を踊る マイケルとマドンナが取り合った日本人ダンサー、ケント・モリが、今日(2010年5月23日日曜)午後12時半から六本木ヒルズ・アリーナのステージで、ダンサーたちと、観客とともに「ビート・イット」を踊るイヴェントに登場する。 「ビート・イット」を踊りたい人は、午前9時に集合。ダンスのレッスンを受け、12時半からみんなで踊れる。ただ、見るだけなら、12時半に来ればよい。入場無料。誰でも参加できます。 その後、ケント・モリは、2時半ごろから東京タワー下で、同様のイヴェントを行う。これも入場無料。 ■セットリスト:MJスピリット @ 渋谷AX 2010年5月22日土曜 Setlist: show started 17:55 00. Video 01. Wanna Be Startin’ Something 02. Don’t Stop Till You Get … Continue reading

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●NTTのウェッブから削除されたイチローのエコCM

●NTTのウェッブから削除されたイチローのエコCM 【Ichiro’s CM Was Deleted From NTT Web】 削除。 たまたま、今週(2010年5月18日くらい)から放映が始まったのか、NTTグループのイチローのテレビCMを一度だけ見かけた。最初に流れるのを見た、というか、聴いたとき、「なんだ、これ、最悪」と思った。 見てない方のために一言で説明すると「CDを買いに行くのをやめて、携帯でダウンロードしよう、それがエコ」とイチローがいうのである。こんなでたらめな論理があるだろうか。この論理が通るなら、なんだって、物を買いに行くのはエコじゃなくて、携帯で取り寄せるのがエコってことになる。ましてや野球場に野球を見に行くよりテレビ観戦がエコ、ナイターはダメで全面デイゲームがエコってなことになりそうだ。(笑) で、このCMの数々をホームページで見た。NTTグループはお金があるから、ずいぶんと予算をかけたイメージCMを作っている。「実際に会うより、電話会議」、「週に1回会社に行かず、自宅で仕事」。要は人が移動することがエコじゃない、という論理だ。じゃあ、みんな家に引きこもれ、というのだろうか。 ネット(ツイッター)でも、この件は相当音楽ファンの逆鱗に触れたようで、怒りの声があがった。で、なんと、当初、NTTのホームページにアップされていたそのCMが、5月21日の夕方6時くらいまでに、当該ページから削除されたのだ。それだけ反発されたのだろう。 当初アップされていたページ。現在も古いCMは残っている。 http://www.ntt.co.jp/cm/index01.html しかし、蛇(じゃ)の道は蛇(へび)。ユーチューブにあがってました。(5月20日アップ)(笑) http://www.youtube.com/watch?v=A0rIE5WEx60 僕も、このCMについては苦言を呈そうと思っていたが、それよりはやくFPM(ファンタスティック・プラスティック・マシン)の田中知之さんが5月20日夜8時すぎにちょっとツイッターに書いていたので、それに返事の形で「あれはほんと、ひどいCMです。イチローは選手としてはすばらしいが、このCMで大マイナス」と書いた。すると、これにも反応をいただいた。そこでこのCMの問題点に近い過去のブログがあったので、それをご紹介した。 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200310/diary20031013.html 7年前の記事だが、一言でいえば、まだ仮説だが、音楽を消費財にしてはいけない、コンビニ化してはいけない、ということだった。 僕も、別にダウンロードという新技術で音楽が広まっていくことは、致し方ない、それも時代の流れでしょうがない、という考えだ。僕が感じるこのCMの問題点は、そもそもCD買わずにダウンロードしろ、みたいな安易な発想が音楽や文化に対して愛がない点だ。アナログ、カセット、CD、ダウンロードとどんどん、音楽が手軽になり、それによって消費財になっている時代に、音楽を消費することを必要以上に煽っている点も由々しき問題。ダウンロードはそもそも0か1のデータ、そんなものを大事に扱おうなんて考える人はほとんどいないだろう。音楽をデータとして粗末に扱うことを奨励しているところがよくない。そもそもこのコピーを考えた作家とか、CMプランナーが消費者のことなどおかまいなしで、いかにNTTのご機嫌をとれるか、目線はしっかりNTTの方だけに向いていることが腹立たしい。金がある方だけに尻尾振るみたいな。 こうなったら、音楽業界がまとまって、イチローを起用した音楽奨励CMを作ってもバチは当たらないだろう。たとえば「もっと音楽を聴こう、もっとCDを買おう。それがあなたの心を豊かにする」のような。もっといいキャッチが必要だが。(苦笑) もちろん、イチローは罪滅ぼしのためにノー・ギャラだ。そもそも野球だって、音楽だって、人間の衣食住にはなくてもいいもの。エンタテインメントというぜいたく品。 とは言っても、NTTグループはそれだけで年1兆円超の巨人、音楽業界は全部合わせても5000億円以下の産業なんですか。巨大グループにあんなCMをやられたんじゃ、音楽業界なんてひとたまりもない。(笑) あ、でもJASRACの余剰金で、そういう音楽振興キャンペーンCMなんていいかもしれない。JASRACはそういうことにどんどんお金を使うともっと尊敬されると思う。 ESSAY>Ichiro’s CM

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⊿ミュージカル『ドリームガールズ』始まる (パート1)

(内容でます。これからごらんになる方はご注意ください) ⊿ミュージカル『ドリームガールズ』始まる (パート1) 【Musical Dreamgirls Just Begun】 最新技術。 ニューヨーク・ブロードウェイで1981年12月に始まったミュージカル『ドリームガールズ』、その後、2006年に映画化され、そこからはビヨンセが話題になったり、ジェニファー・ハドソンの新スターも誕生、日本でも大ヒットになった。これが、2009年12月から全米で新ヴァージョンとなりスタート、その唯一の海外公演が2010年5月19日、東京渋谷・文化村オーチャードホールで始まった。6月5日まで続く。 一言で言えば、ひじょうによくできたミュージカル、歌もダンスも迫力いっぱいで、ストーリーもわかりやすく、何度も見たくなる作品になっている。実は1983年か1984年に、僕もブロードウェイで見たのだが、それと比べると、最新の技術が思い切り導入されていて、まるで新作だ。今回は最新のLEDパネルを5枚、実にうまく使って、場面転換、舞台演出、映像スクリーンと自由自在に操る。舞台正面のシーンかと思えば、次の瞬間、舞台裏になったり。これによって、場面転換が実にスムーズに自然に行く。またアーティストたちの瞬間着替えも、見事。改めて映像の使い方、LEDパネルの使い方のうまさに今後のミュージカルの将来の姿を感じる。個人的にもストーリーが頭に入っているせいか、パフォーマンス自体にものすごく入り込めて、楽しめた。 歌唱では、やはり、エフィー・ホワイト役モヤ・アンジェラが、いい場面ごとに大きな拍手喝さいを集める。特に第一幕最後の「アンド・アイム・テリング・ユー…」、第二幕が始まってまもなく歌われる「アイ・アム・チェンジング」、さらに最後の「リッスン」(ディーナとエフィーで歌う)などは、圧巻で拍手が鳴り止まなかった。 オリジナルの1981年版にはなかった楽曲で、映画版『ドリームガールズ』に加えられたのが、ビヨンセが歌った「リッスン」。映画のハイライトのひとつともなったが、ここでは、その「リッスン」を挿入するが、映画版が一人で歌っていたものを、この新版ではディーナとエフィーが友情を確認するという歌詞に変更している。違いのその一だ。もうひとつ、このミュージカル版で新たに加えられたのが、第二幕冒頭に歌われる「ホワット・ラヴ・キャン・ドゥ」。これは僕も初めて聴いたので、最初戸惑ったが、歌詞を見ていくと「アイ・アム・チェンジン」への導入部として生きていることがわかった。 観客は、20代から50代、60代、男女比も、若干女性が多いか。休憩20分を含めて2時間46分。舞台左右に字幕付き。最後、本編が終わり、もう一度全出演者が出てきて挨拶をするが、最後の最後に登場したエフィー役モヤにはスタンディング・オヴェーションが終わらない。ミュージカルのチケットは高いが、これくらい内容があると、ニューヨークまで飛行機代をかけて見に行くより安いと思える。(笑) また見たいと思った。 2010年6月5日まで。オーチャードホールで。 (この項続く) ■『ドリームガールズ』オーチャードホール・ウェッブ↓ http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/10_dreamgirls/index.html ■ DVD映画『ドリームガールズ』 ドリームガールズ スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD] posted with amazlet at 10.05.20 パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン (2008-06-20) 売り上げランキング: 1870 Amazon.co.jp で詳細を見る 1981年版のCD Dreamgirls (1982 Original Broadway … Continue reading

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△奇跡の完全復活~ナタリー・コール (パート1)

(内容がでます。これからごらんになる方はご注意ください) △奇跡の完全復活~ナタリー・コール (パート1) 【Natalie Cole: Great Come Back】 復活。 2年前の来日公演は、衝撃だった。ナタリーは車椅子で登場、歌もおぼつかなく、音程ははずれ、声も出ない。とても人に見せられる代物ではなかった。そして4回のキャンセル。あれを見て僕は悲しくなった。これが最後の来日になるかと思ったものだ。そして2年ぶりの来日が決まった。しかも、1週間以上のスケジュールだ。大丈夫だろうか。 火曜日(5月18日)セカンド、ほぼ満員のブルーノート。いつものようにバンドが3曲演奏し、観客を暖めてから本人登場。な、な、なんと、さっそうと通路を歩いてステージに向かうではないか。とても2年前の弱々しい姿など想像できない。 そして、いきなり「ディス・キャント・ビー・ラヴ」を軽快に歌う。声もよく出て、動きも軽やか。どこも体に問題などないように見えた。そう、元気いっぱいだったのだ。 この1曲目を見て、すっかり安心。次々と繰り広げられるポップ、スタンダード・ソングの数々にしばし酔いしれる。ひときわ人気の高いのは、「ラヴ」「スマイル」など。かわいらしいナタリーの声が印象的だ。 下記セットリスト11曲目「ユー・ゴー・トゥ・マイ・ヘッド」が終わると、ステージ後ろに白いスクリーンが下りてきた。勘のいい方ならおわかりになるだろう。映像が流れるのだ。「もう紹介や説明はいらない曲です。最初の一言ですべておわかりになると思います」と言って始まるのが、「アンフォゲッタブル」。イントロが流れ出すと、モノクロの映像がスクリーンに映る。そこには、ナット・キング・コールの姿が。最高潮に盛り上がる。ナタリーは1950年生まれなので、すでに還暦60歳だが、キング・コールは、この映像がいつのものかわからないが、最初にレコーディングした1952年のものだったら、ナットは33歳、テレビに出た1961年の映像でも42歳。つまり、ナタリー・コールはすでに父の年齢を追い越しているのだ。 「スマイル」は前日テイク6のクロードが歌っていたが、このナタリーも以前録音し、ライヴでもやっていたもの。 マイクがスワロフスキーでもついているかのようなキラキラマイク。黒のラメ入りドレス。背が高く、体格がしっかりしていて、腕も長いので、腕を伸ばすと、実にかっこいい。変に鼻にかかった歌い方などせず、本当にストレートに完璧なディクション(発音)できっちりと歌手の手本のような歌を聴かせる。 途中でおもしろいことがあった。下記セットリスト11曲目「テル・ミー・オール・アバウト・イット」を始めるときのことだ。ナタリーは譜面台の楽譜の中から歌詞カードを探そうとした。だが、うまく探せず、音楽ディレクターのゲイルに「探して」と助け舟を求めた。ゲイルがそこに行き、探すと、ナタリーは「この曲の歌詞を覚えてないの(笑)」といいながら、曲が始まった。ところが、歌が始まると、彼女はほとんど歌詞カードを見ずに歌っていたのだ。「あれなら、歌詞カードいらないんじゃないか」と思ったほど。ただ、一瞬、ちらっと見るシーンはあったことはあったが。 アンコールは、なんとビル・ウィザースの「ラヴリー・デイ」。ところで、ブルーノートのウェッブにでていたセットリストを持っていったが、ぜんぜん違っていた。毎日、ファーストもセカンドも変えているという。そのあたりについて、キーボードのアレックスが話してくれたので、その話は明日以降に。 それにしてもこんなに早く奇跡の復活が実現するなんて。人間の治癒力はすごい。 (この項続く) ナタリー・コール、ライヴは日曜日(5月23日)まで東京ブルーノート、その後、24日オフ、25日が名古屋ブルーノート、26日オフで、27日に丸の内コットンクラブ。 ■ナタリー・コール過去記事 2008年06月28日(土) ナタリー・コール満身創痍のステージ(part 1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10110678041.html 2008年07月19日(土) ナタリー・コール(part 2) C型肝炎を明かす http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10117732847.html#main 2003/06/17 (Tue) Bittersweet Voice That Turned Blue Note A Desert http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200306/diary20030617.html … Continue reading

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☆ドクター・セドリック・デントが復帰したテイク6~20回目の来日

☆ドクター・セドリック・デントが復帰したテイク6~20回目の来日 【Dr. Cedric Dent Comes Back To Magnificent 6】 復活。 日本でも大変人気の高いアカペラ・グループ、テイク6が2009年1月ビルボー ドライブ公演以来1年4ヶ月ぶりに来日。1989年11月の初来日以来、これで通算来日がちょうど20回目となった。大変な来日回数ということになる。直近では、2006年9月、2007年3月、2008年4月、2009年1月以来。僕個人としては、1989年6月にロスで彼らを初めて見てノックアウトされて以来、ずっと初来日から見続けている。よく考えれば20年以上、彼らを見ていることになるが、ぜんぜん飽きないから本当にすごい連中だ。 前回2009年1月は僕はマーヴィンの翻訳で時間が取れず見られなかったので、今回は2008年4月以来約2年ぶり。なんと今回ステージで見て驚いたのが、昔からのメンバー、ドクター・セドリック・デントが復活していたこと。前回来日時もセドリックではなく、クリスチャンで、ここしばらくずっとセドリックは欠席だったので、嬉しい復帰だ。調べてみると、2005年11月の来日時には来ていて、2006年はクリスチャンだったので約5年ぶりの復帰か。ちなみに、セドリックはナッシュヴィルで学校の先生をしているので、なかなか長期のツアーに出られないという。今回はスケジュールをやりくりして参加できたそうだ。 さて、マグニフィセント6(すばらしき6人)たちは相変わらず、強力なハーモニーとエンタテインメント性で観客を圧倒する。この声の音圧、ハーモニーのきれいさ、正確さは世界最高級。 いつもは楽器やモニター・スピーカーが所狭しと置かれるステージもこの日はグランドピアノ以外、高めの赤いスツールが6つと、中央にミネラルウォーターを置く小さなテーブルがあるだけ。いわゆる足元に置くフットモニターもないから、実に広い。彼らももうここ数年、耳に直接つけるイアー・モニターだ。このイアー・モニターも各メンバーの耳型を取ってそれぞれにぴったりあうように作られている。そして、ワイアレス・マイクも、イアー・モニターの電池も、万一切れないように毎日代えているそうだ。 テイク6は、かなり熱心なファンがいて、毎日のように来るファンもけっこういるという。確かに、超満員ではないのだが、来ている観客が全員熱心なテイク6ファン、コーラス・ファンのように見受けられた。観客が実に熱い。 MCも、メンバーが適当に曲ごとに変えて、それぞれちょっとずつおもしろいことを言ったりしてあきさせない。 一番低音(ベース)を担当するアルヴィン・チアーの低音はいつになく迫力だ。音数が多いと音が混ざって聞きにくくなることがあるが、この日は実にクリアな音が会場を覆った。 圧巻だったのは、下記セットリストで15曲目の「ソー・マッチ・トゥ・セイ」。アルヴィンの高速ベースがまるで生き物のように動く。さらに、ここはベース・ソロ、ドラム・ソロが、アルヴィン、ジョーイ、マークの三つ巴となり、ものすごいバトルになる。さらに、この後にマークのドラム・ソロとセドリックのドラム・ソロ・バトルが続く。ヴォイス・パーカッションが6人の束になってかかられたら、本当に観客はひれ伏すしかない。これはさすがに文字にしていても、その迫力は再現できない。ぜひとも会場で感じてもらうしかない。この曲はさすがに一番の盛り上がりになった。(もちろん、ベースが動くといっても、各楽器はすべてメンバーの喉から、声で生み出されるもの。念のため。(笑)) また、今回はジョーイが歌う箇所がけっこう増えてきたような印象がある。特に「シャル・ウィ・ギャザー」での後半の部分は、ジョーイがもっとも輝くところだ。それにしても6人の声だけで、この音圧、この広がり。何度聞いても飽きない。 マイケル・ジャクソンも歌い、追悼式でジャーメインが歌ったチャップリンの「スマイル」を、クロード・マクナイトが歌ったが、僕は個人的にはマイケル・ヴァージョンをここ1年へヴィー・ローテーションで聴いていただけに、感慨深かった。 印象的だったのは、アルヴィンがMCで、Thank you for supporting live music(ライヴ音楽をサポートしてくれて、ありがとう)と言ったところ。彼らもまた、ライヴ・ミュージックに生きている。ライヴ後は、メンバー全員揃ってサイン会。 ■ 過去のテイク6関連記事 April 09, 2008 Take 6 Are Best 6 In The World … Continue reading

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◎ジャズ・ピアニスト、ハンク・ジョーンズ91歳で死去

◎ジャズ・ピアニスト、ハンク・ジョーンズ91歳で死去 【Hank Jones Dies At 91】 訃報。 ジャズ・ピアニストの超ヴェテラン、ハンク・ジョーンズが2010年5月16日午後10時半ごろ、ニューヨークのホスピスで死去した。91歳だった。4月頃体調を崩し、入院していたという。死因など詳細は不明。ジョーンズは、今年(2010年)2月に来日、ブルーノート東京で元気にライヴを行っていた。 ハンク・ジョーンズは、1918年7月31日(大正7年)ミシシッピー州ビックスバーグ生まれ。1930年代から全米のジャズ・シーンで活躍。8ディケード(10年単位)にわたって活躍した。日本にもたびたび来日している。アルバムも自己名義で60枚以上、ゲスト作品は600枚以上を数える。姉2人もピアノをたしなみ、弟2人、サド・ジョーンズ(1923年3月28日~1986年8月21日、63歳)はトランペット奏者、エルヴィン・ジョーンズ(1927年9月9日~2004年5月18日、76歳)はドラマーとして活躍、ジョーンズ3兄弟は、いずれもジャズ界で名声を得た稀有な兄弟となった。ハンクは長兄でしかももっとも長生きしたことになる。 ハンクも幼い頃からピアノを弾きだすようになり、アール・ハインズ、アート・テイタムなどのジャズの巨匠の影響を受けた。1944年、ニューヨークに出て、さまざまなジャズ・ミュージシャンたちと交流するようになり、ジャズの歴史を作った。中でもチャーリー・パーカーとの共演作は注目された。 1956年か1957年頃、ベニー・グッドマン楽団で初来日。(そのときの回想が下記2004年2月のブログに、少しだけある) その後も数々の伝説を作り、ジャズ界の重鎮となっていく。1962年には、ケネディー大統領のためにマリリン・モンローが「ハッピー・バースデイ」を歌ったとき、そのピアノを演奏していのたが、ハンク・ジョーンズだった。1978年には、ファッツ・ウォーラー作品を中心にしたミュージカル『エイント・ミス・ビヘイヴィン』のピアノ奏者になり、これはロングランとなった。その後もコンスタントに活動を続け、2000年代に入っても精力的に来日。2006年、2008年の東京ジャズにも出演。2010年2月のブルーノート公演などが日本での最後の公演となった。このときは、日本人アーティスト、トクなども飛び入りで参加していた。トクを始め、多くの日本人アーティスト、音楽関係者とも交流していた。 ■ 訃報記事 ニューヨーク・タイムス 2010年5月17日付け http://www.nytimes.com/2010/05/18/arts/music/18jones.html?src=tptw ■ 過去関連記事 2004/02/05 (Thu) In A Class By Itself: Witnessed God’s Hands: Hank Jones Live At Blue Note http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/live/diary20040205.html ハンク・ジョーンズのすばらしいライヴの空気感、その後のちょっとした会話。このとき、楽屋に連れて行っていただいたのは、伊藤八十八さんです。 September 04, 2006 Tokyo Jazz … Continue reading

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○スイングジャーナル誌も休刊へ~6月発売・7月号で

○スイングジャーナル誌も休刊へ~6月発売・7月号で 【Swing Journal Discontinued As Of July Issue】 休刊。 ジャズ専門誌「スイングジャーナル」が、2010年6月20日発売の同年7月号で休刊することになった。5月20日発売の6月号で正式発表する。 スイングジャーナル誌は、1947年(昭和22年)創刊。63年の歴史に幕を下ろす。ジャズ専門誌として一時期は多数の広告を掲載、大部数を発行していたが、近年は部数も広告も大きく落ち込んでいた。スイング・ジャーナル誌の現在の編集長は8代目(7人目)の三森隆文氏。同社からは、同じく音楽専門誌アドリブ誌が2010年5月号で休刊、これで2つの大きな定期刊行物を失うことになった。 ++++ 変革。 アドリブに続いて、スイング・ジャーナルもということで、確実に時代の変革が訪れている。音楽業界の景気の悪さも現している。一般論として、音楽誌そのものの存在価値、意義がなくなっているのだろう。ただの新譜情報だけだったらネットで十分。ちゃんとした音楽評論を読みたいと思っても、既存の音楽誌には載っていない。音自体もネットで、とりあえず、お試しで聞くことができる。また、CDが売れず、レコード会社の景気が悪いから、広告出稿もままならない。広告を出してもらうために、タイアップ記事を出す。で、それらは読まれない。読まれないから売り上げに直結しない。まあ、すべてそういうスパイラルだからしょうがない。 しかし、スイング・ジャーナルについて言えば、63年の歴史というものすごく貴重なアーカイブがあるので、それをたとえば、全部デジタル化して、ネットに無料で公開したらどうだろう。そこに広告をいれて、その収益は筆者に二次使用料として分配していく。いずれにせよ、スイング・ジャーナル誌も十分歴史を作った。その日本のジャズ界への影響は計り知れない。それを休刊ということで埋もれさせてはよくない。 一方、これから生き残れる音楽誌は、徹底した取材と読み応えのある深く突っ込んだ記事、資料性の高い記事、そして、長く保存しておきたいと思うようなレイアウトといったところになるのかもしれない。最初から大量部数は期待せずに、コアなしかし確実な読者を掴むことが重要のように思える。 ■ 関連記事 2010年03月19日(金) 音楽月刊誌アドリブ、5月号で休刊へ http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10485415185.html ■ スイングジャーナル2010年5月号 Swing JOURNAL (スイングジャーナル) 2010年 05月号 [雑誌] posted with amazlet at 10.05.16 スイングジャーナル社 Amazon.co.jp で詳細を見る スイングジャーナル2010年6月号 Swing JOURNAL … Continue reading

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◆「評価されない覚悟を持ってやっている」

◆「評価されない覚悟を持ってやっている」 【Preparation For Not Appreciated】 覚悟。 5月13日にNHKで渡辺淳一氏の「褒めて、才能を引き出そう」という話を聞いたと思ったら、翌日たまたまつけたテレビで作家の冲方丁(うぶかた・とう)氏が、「自分は怒られて育った。自分の父親からは何をやっても褒められず、怒られてばかりで、それでこんちくしょうと思ってやる気をだした。今思うに、欠点を指摘してくれる人は、本当に貴重だ。自分は作品を作るときに、評価されない覚悟をしてやっている」といったことを語っていた。テレビ番組は、5月14日放送のフジテレビ系の朝番組『とくだね!』だ。そのインタヴュー・コーナーで、中野アナが彼の自宅に行き、インタヴューをしていた。その中での発言だ。 これも、ご意見として本当にもっとも。何かクリエイティヴなものを作っている人は、常に、それが評価されないということを覚悟していなければならない。正しい評価とは何か、というのはちょっと別の問題なのだが、いずれにせよ、自分が作った楽曲やレコード、小説、絵画、写真などが評価されなくても、それに腐っていてはだめということだ。 褒めて才能を引き出すのもひとつ。叱って才能を引き出すのもひとつ。ただ、最近の傾向だと、叱るとすぐやめてしまったりするので、どちらかというと、褒めて才能を引き出すほうが、大勢ではないだろうか。スポーツ選手を育てるのも、昔はスパルタ式が当然のように思われたが、最近は少しばかり勝手が違うようだ。 人間は誰でも、無意識のうちに、何かしら、評価されることを望んでいる。そして、評価されモチヴェーションがあがり、やる気がさらにアップし、いい結果につながっていく。欠点を知り、それを修正することによって、自分のレヴェルがあがる。それも、真理だ。 さて、あなたは叱られて伸びるタイプか、それとも、褒められて伸びるタイプか。 ENT>ESSAY>

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★「才能は誰にでもある。要は引き出されたかどうかだ」

★「才能は誰にでもある。要は引き出されたかどうかだ」 【Talent Should Be Pulled Out By Somebody】 才能。 2010年5月13日(木)のNHKテレビ(1チャンネル)午後の『スタジオパーク~』を見ていたら、作家の渡辺淳一さんがゲストででていて、いろいろな話をしておられた。その中で、子供は褒めて育てなければならない、みたいな話をされ、とても感銘したので、その一言をツイッターに書き込んだ。 「才能は、(その人に)あるか、ないか、じゃない。誰かに引き出してもらえたか、もらえなかったかなんだ。だから、子供は褒めて、(才能を)伸ばしてあげて」(渡辺淳一、2010年5月13日、NHK-TV『スタジオパークからこんにちは』での発言)13:28:52 一度しか見ていないので記憶で書くが、こういうことだ。 人にはもともとたくさんの才能がある、誰にだって才能がある。才能がない人なんていない。その人に才能があるか、ないか、という問題ではない。その才能を、誰かに引き出してもらえたか、どうか、ということだ。その才能を引き出すために、褒めるということはとてもその人のやる気がでて、モチヴェーションがあがる。だから、特に子供は褒めてあげて、やる気をださせ、引き出すのがいい。 この、才能がない人なんていない。それが眠ったままか、どうか、うまく、引き出されたかどうかだけの違い、というところがすごくすばらしいと思った。 確かに、褒められてうれしくない人なんていない。褒められれば、やる気がでる。やる気が出れば、いい結果がついてくる。 僕なんかも、初めて見るアーティストをうまい・下手を基準に、才能があるかないかなどと判断してしまうことがままある。もちろん、1回見ただけではおそらくわからないのだが、最初に見てつまらないと思ったら、2回目を見に行く可能性は大きく減るわけで、その第一印象が残ったままだったりする。 また逆によく知っているミュージシャンやアーティストでも、長い付き合いの中で、へえ、彼はこんなこともできるのか、などと驚かされることもある。それは別の才能が出ているわけで、そうした埋もれた才能を引っ張り出すのは、たとえば、プロデューサーなどのひじょうに重要な仕事になるだろう。まだ見つけられていない才能を見出すこと。それは、とても意義のある仕事だ。 ENT>ESSAY

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▲ティト・ジャクソン、来日決定

▲ティト・ジャクソン、来日決定 【Tito Jackson Will Be Coming To Japan In July】 ソロ。 ジャクソンズの次男、ティト・ジャクソンがソロ・アーティストとして再度来日、2010年7月15日(木)から19日(月=海の日祝日)まで、1日2ステージで計10本のライヴを東京青山のブルーノートで行う。2006年12月、丸の内のコットンクラブに来日していたので3年7ヶ月ぶりの来日。前回はティトを含め6人で来日していたが、今回はまだメンバーが発表されていない。 ちなみに前回のメンバーは次の通り。(必ずしも今回のメンバーではありません) ティト・ジャクソン・フロム・ジャクソン・ファイヴ Tito Jackson(g,vo), Roman Johnson(key,back vo), Dale Williams(g), Morris Rentie Jr.(b), Raymond Calhoun(ds), Clarenza Jackson(back vo) 予約は、ブルーノートの会員「ジャム・セッション会員」は2010年5月21日金曜から、一般は5月28日金曜から受け付ける。 ■ティト・ジャクソン・ホームページ http://www.titojackson.com/ ■TITO JACKSON performing the JACKSON 5′s Greatest Hits … Continue reading

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■『松尾潔のメロウな夜』~山下達郎さんを迎えて(第一回)

■『松尾潔のメロウな夜』~山下達郎さんを迎えて(第一回) 【Tatsuro VS Kiyoshi Battle Round 1: Soul, Paper, Scissors, Go】 ラウンドワン。 「レコード集め、唯一の道楽です。コレクターです」とはっきり達郎さんは言っております。これは、NHK-FM『松尾潔のメロウな夜』の放送後に1週間だけ公開されるストリーミング放送「メロウな番外編」でのお言葉。 2010年5月12日(水)午後11時。NHK-FMで全国放送されたこの番組初のゲスト、山下達郎さんを迎えての1時間。しかも、来週へ第二部が続きます。 「メロウな名曲じゃんけん」略して「メロウじゃんけん」なる新語、どこを探しても、絶対にでてきません。今年の「ソウル新語大賞」の候補にしたいと思います。 まさに、この「達郎x潔対決」(略してTK戦)、ひとつのテーマの元、バチバチと火花が散ったような。しかし、これ、それこそそこら辺のソウル・バーあたりで、DJがいるターンテーブルを前に、「これをかけろ」「あれはないか」「それなら、こっちだ」と喧々諤々(けんけんがくがく)、レコード(CD)かけつ、しゃべりつ、またかけて、しゃべって、延々5時間、気づいたら夜が明けていたとかそういう類のものが、全国放送にわずか1時間だけ乗ったという感じではないでしょうか。いやあ、おもしろかった。なんか、どこかで聞いたことがあるような空気感も多々ありました。 それにしても、「歌うギタリスト」のお題にして、ボビー・ブルーム(僕もよく知りませんでした)にポップ・ステイプル、「メロウなフィリー」のお題にメロームーズにスタイリスティックス、「日本の作詞家」で坂本九(永六輔)に加山雄三(岩谷時子)という当て方。お2人の趣味趣向がよく出た選曲。最近のJポップが言葉を語りすぎるという指摘は、大変おもしろかった。 松尾さんの、冒頭、「リスナー置いてけぼり」説、まさにその通り。これも、なんか、どこかで聞いたことがあったような。これを機にソウル・バーで、「じゃあ、メロウじゃんけんやろうか」なんてことが起こり始めるのでしょうか。(笑) じゃんけんって、英語では「Rock, paper, scissors」(石、紙、はさみ)と言います。この場合は、「Soul, paper, scissors」かな。来週(2010年5月19日)も水曜夜11時、NHK-FMをエアチェック。 ■番組ホームページ (1週間だけストリーミングでメロウな番外編が聞けます。リクエストなどもこちらから) http://www.nhk.or.jp/mellow/top.html ■選曲 2010年5月12日 ON AIR 「メロウな名曲じゃんけん 1 」 ゲスト:山下達郎 M1  希望という名の光 / 山下達郎 M2  Find Yourself / Bobby Broom 選曲:松尾 … Continue reading

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●『松尾潔のメロウな夜』、今夜山下達郎氏ゲスト出演~2週にわたって

●『松尾潔のメローな夜』、今夜山下達郎氏ゲスト出演~2週にわたって 【Tatsuro Yamashita Is On “Matsuo Kiyoshi’s Mellow Night” NHK-FM, Tonight】 メロウナイト。 音楽プロデューサー、松尾潔氏のレギュラープログラム『松尾潔のメロウな夜』が2010年4月からNHK-FMでスタートしている。毎週水曜午後11時から1時間にわたって、ソウル・ミュージックを中心に松尾氏がてがける邦楽曲、また、メロウをキーワードにした選曲の大人向けの番組だ。この番組で、今日(5月12日)と次週(5月19日)放送分で、初のゲストとして山下達郎氏を迎える。 山下達郎氏は、近年は自身の東京FMおよび系列ネットのレギュラー番組『サンデイ・ソングブック』以外にはゲスト出演しないが、以前にも松尾氏の番組だけにはゲスト出演していた。『サンデイ…』以外で山下氏の声が聞ける貴重な機会になる。 今回の番組でのテーマは、「メロウな名曲じゃんけん」ということで、お互いが「メロウな名曲」を持ち寄り、それらをかけてじゃんけんをする、というもの。おそらく、それぞれがその曲についての果てしない薀蓄(うんちく)を語るものと思われる。はたしてそれぞれどんな「メロウな名曲」を持ち込むのか。達郎さんの選曲リストが事前に提出されたため、達郎さんから「後出しじゃんけんだ」とチクチク言われたとか。(笑) 熱いトークと舌戦、番組での音楽談義対決、真剣勝負が期待される。 番組へのご意見、ご希望、リクエストなどは、下記番組ホームページから送れる。 http://www.nhk.or.jp/mellow/ 『松尾潔のメロウな夜』 放送日:毎週水曜日午後11時~深夜0時(毎月第5週は除く) 放送局:NHK-FM (全国ネット)(東京地区は82.5mhz=全国各地は各地の周波数で放送) 出演:松尾潔 このホームページでは、松尾氏の番組では放送されなかった番外編のストリーミング、コラム、スタッフコラムも掲載されている。 ENT>RADIO>Matsuo Kiyoshi’s Mellow Night

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⊿タワー・オブ・パワー、ファンクでTKO

⊿タワー・オブ・パワー、ファンクでTKO (ライヴ評。内容出ます。これからごらんになる方で、セットリストなどをお知りになりたくない方は十分ご注意ください) 【Tower Of Power: That’s Funk TKO】 ファンクTKO。 ベイエリアのファンク・グループ、タワー・オブ・パワーが1年ぶり通算18回目の来日。(ヒューイ・ルイスとの来日をいれると通算20回目)。2004年以降、毎年来日し、すっかり日本でおなじみになった。リアル・ミュージシャンたちのリアル・ミュージック。いつでも踊って楽しめるファンク、ダンス・ミュージックだ。 今回はギターに初期メンバーが復活、トランペットが昨年と変わったが、基本、核となるメンバーは同じで相変わらず、強力なポップ・ファンクを聞かせる。冒頭から、短くおなじみの曲をメドレーとやれば、観客は1曲目から立ち上がって腰を揺らす。これらのメドレーで煽られると、もうたまらない。ワンツー・パンチさながらで、こちらはすぐにTKOされる。まさにタワー・オブ・パワーに、ラヴTKOならぬファンクTKO。 前回のセットリストと比べると、演奏曲目をけっこう入れ替えたり、曲順を変えていて、昨年と同じかなどとタカをくくると、いい意味で裏切られる。しかし、そうした曲の並べ方を見ると、タワーくらいの歴史があるグループだと、どんな曲をどう並べても、ショーとして完全にエンタテインできるのだな、と改めて感心する。 それにしても、こうした管楽器が主役というグループも、今となっては希少価値だ。人間国宝というか、エンタテインメント界の国宝と言ってもいい。 サイン会はなかったが、メンバーの何人かは、ライヴ後客席にでてきて、気楽にファンと懇談していた。 そんな一人、リードのラリー・ブラッグスによれば、ファーストでは、「ギヴ・ミー・ザ・プローフ」、また、別のセットでは「メイビー・イット・ウィル・ラブ・オフ」をやることもある、という。ちなみに、彼もイア・モニター(耳につけるモニター)を使って8年くらいになるが、最初の2年ぐらいは慣れるまで、あまり心地よくなかった、という。しかし、最近では、これがないとだめ、だそうだ。ただ彼の場合は、ヴォーカルだけをモニターに返すので、基本的には両耳ではなく、片方の耳だけイアフォンをいれているそうだ。 ■ タワー・オブ・パワー 最新作 『アメリカン・ソウル・ブック』 アメリカン・ソウル・ブック posted with amazlet at 10.05.11 タワー・オブ・パワー VIDEOARTS MUSIC( C)(M) (2009-02-04) 売り上げランキング: 11823 Amazon.co.jp で詳細を見る http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001IZ5B9G/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ベスト・アルバム ヴェリー・ベスト・オブ・タワー・オブ・パワー posted with amazlet at 10.05.12 … Continue reading

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△リナ・ホーン死去~私は私:人種の壁を乗り越えた92年の人生

△リナ・ホーン死去~私は私:人種の壁を乗り越えた92年の人生 【Lena Horne Dies At 92】 訃報。 ジャズ・シンガーとしてまた、ハリウッド・スターとしても活躍したリナ・ホーンが、2010年5月9日、ニューヨークのプレスバイタリアン病院で死去した。(日本ではレナ・ホーンと表記されるときもあるが、発音はリナが近い) 92歳だった。ホーンの父親が白人とのハーフだったために、ホーンは黒人(アフリカン・アメリカン)にしては、色が薄かったため、白人からだけでなく、黒人からも差別を受けるという苦労をした。しかし、その美しさゆえハリウッドからも声がかかり、1940年代以降、映画、ミュージカルなどで大活躍した。 リナ・ホーンは、本名リナ・メリー・カルフーン・ホーン、1917年(大正6年)6月30日ニューヨーク・ブルックリン生まれ。16歳(1933年)から地元ニューヨークのクラブ、コットン・クラブでコーラスなどを歌い始める。1938年、ハリウッドから声がかかり、ミュージカル映画『ザ・デューク・イズ・トップス』(のちに『ブロンズ・ヴィーナス』と改題され再リリース)に出演。美人シンガーとして話題を集めた。1942年にはメジャー・スタジオMGMと契約。『パナマ・ヘイティー』(1942年)、『キャビン・イン・ザ・スカイ』(1943年)、『ストーミー・ウェザー』(1943年)など多数の作品に出演。しかし、当時はまだホーンが主役を演じることも、また出演しても、白人・黒人が同じシーンに写ることも許されなかったことから、彼女の出演シーンは彼女だけが歌うシーンになっていることが多かった。 リナ・ホーンは、1951年MGM映画『ショーボート』で、ミュージカルでは演じていたジュリー・ラヴァーン役を演じたがったが、映画における異人種間交流を禁じる規則のために、その役を白人のエヴァ・ガードナーに譲る。 彼女は、黒人という立場にあり、白人社会へ迎合することを良しとしないリベラルな立場で、後の公民権運動にも積極的に参加する。そうしたことから、1948年頃から始まったいわゆる「赤狩り」でも、彼女はブラック・リストに載り、アメリカ国内での活動が制限され、活動の本拠をヨーロッパに移した時期もあった。 アメリカに戻るのは1963年8月の「ワシントン大行進」に参加するため。また、リナ・ホーンは、当時のケネディー大統領にホワイトハウスで、暗殺される2日前に面会している。(暗殺は1963年11月22日)この頃から再び小さなナイト・クラブや、ときにテレビなどに出演するようになる。アルバムも多数リリースし、評価された。その後、1969年の映画『デス・オブ・ア・ガンファイター』、さらに、1978年の『ザ・ウィズ』に出演。また、1970年、テレビ番組『ハリー・アンド・リナ』、『トニー・アンド・リナ』などにレギュラー出演する一方で、『マペット・ショー』、『セサミ・ストリート』などの子供番組にも単発で出演している。 1980年3月、一度、引退を宣言するが、翌年、ブロードウェイで『リナ・ホーン:ザ・レディー・アンド・ハー・ミュージック』というワンマン・ショーをスタート。これが300回を超えるヒットとなった。これは、1982年から1984年9月まで全米、ヨーロッパにツアーを敢行。 1988年、クインシー・ジョーンズがプロデュースした『ザ・メン・イン・マイ・ライフ』がリリースされた。 彼女の二番目の結婚相手はユダヤ系アメリカ人の白人だったため、ここでも異人種間結婚として周囲から反発された。彼女はこの結婚によって、ショー・ビジネス界の「カラー・ライン(人種の壁)」を乗り越えたいと考えた、という。またリナ・ホーンの娘、ゲイルは、映画監督シドニー・ルメット(『ザ・ウィズ』を監督)と結婚しており、二人の間に生まれた、リナの孫ジェニー・ルメットは、『レイチェル・ゲッティング・マリード(邦題、レイチェルの結婚)』(2008年)の脚本を書いている。 2003年、ABCテレビが『リナ・ホーン物語』をジャネット・ジャクソン主演で企画していたが、2004年2月1日、『スーパーボール』でジャネットが胸を露出する事件が起き、ホーン自身がジャネットでのテレビ映画化を拒否。ジャネットが降りることになり、その後、アリシア・キーズでの製作話が持ち上がっている。これとは別に2007年1月から3月まで、カリフォルニア州パサディナ・プレイハウスで彼女の人生を描いたミュージカル『ストーミー・ウェザー』が公開された。 リナ・ホーンは80歳(12年前)のインタヴューで自身の人生を振り返り、こう語っている。「今や、私のアイデンティティーは、とてもはっきりしている。私は、黒人の女性であり、私は自由。私は、もはや『何々の』といった形容詞も必要ない。私は誰かにとっての象徴でもなければ、何々をした最初の人物と言われる必要もない。ハリウッドがそうなってほしいと思ったような白人の女性像を真似る必要もない。私は私。私は、他の誰とも違う」(“My identity is very clear to me now. I am a black woman. I’m free. I no longer have to be a ‘credit.’ I … Continue reading

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☆ケイ・グラント氏、『ソウル・ブレンズ』をジャック

☆ケイ・グラント氏、『ソウル・ブレンズ』をジャック 【Kei Grant Jacked Soul Blends】 ジャック。 昨日(2010年5月9日)アワ・ファミリー、アワ・ブラザー、ケイ・グラントさんが『ソウル・ブレンズ』に、自身の51歳デビュー・シングル「星の輝く夜だから」のプロモーションのために、やってきた。 ほぼ自主制作のようなインディ・レーベルからの発売で、プロモーションのブッキングもすべて自分。店頭でのイヴェントなどは、なかなかできないので、知り合いのラジオ関係者などをこまめに頼んでいるという。 当初ゲストコーナーは午後2時から15分の予定。1曲は下記の曲をかけ、もう1曲はオージェイズの「シー・ユースタ・ビー・マイ・ガール」を用意していたが、急遽、カップリング曲「朝に」をかけながら、本人が解説することに。ここで、けっこう時間が延び、結局、オージェイズをかけてさよならすることになった。 そもそもケイさんは、心臓の病で手術をし、人生もそんなに長くないかもしれない、悔いのないようにやりたいことはやっておこう、ということで、51歳だがデビューを決意したという。以前からケイさんの声を聞いて、CD出そうと言ってくれて人物がいてサポートしてくれた。 で、その後、僕の「ソウル・サーチン」のコーナーだが、ここではこの日は先週までライヴをやっていたシック(ナイル・ロジャース)をご紹介。ということで、ケイさんは、ナイルのギターコンテストの最終日の司会をやっていたこともあり、飛び入り出演。いろいろナイル話を。結局、ケイさんは約50分、『ソウル・ブレンズ』をジャックしていった。(笑) プロデューサー、オッシーも「まあ、ケイさんだから、しょうがないなあ…(苦笑)」。 ■ ケイ・グラントの昭和歌謡「星の輝く夜だから」(作詞・作曲・歌:ケイ・グラント) 星の輝く夜だから posted with amazlet at 10.05.09 ケイ・グラント Ame-mura O-town R (2010-05-05) 売り上げランキング: 5755 Amazon.co.jp で詳細を見る 僕は、リアル・ブラッドのルーサー市村さんと声が似てるなあ、と思った。番組の途中で話が出たが、有線にリクエストして、有線から火がついたりするといいんじゃないだろうか。 ENT>RADIO>Soul Blends

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◎タック&パティー:愛の常設店

◎タック&パティー:愛の常設店 【Tuck & Patti Live:Permanent Theater Of Love】 常設店。 31年間ともに人生を歩み(知り合ってからはもう少し長い)、愛し合ってきているタックとパティーの愛に満ち溢れたライヴ。最近では2007年1月、同年10月、2008年6月、2009年5月に続く約1年ぶりの来日。コットン・クラブでゴールデン・ウィークにライヴを行い、1日休んでモーション・ブルーへ。 スピーカーから生み出される音は、タックのギターと、パティーの歌声だけ。それがすべて。この二人だけで、見事な世界を作る。いつも通り、どこもすばらしいのだが、特に下記セットリスト6~8の3曲のメドレーの部分。最初のゴスペル曲「ヒズ・アイズ・オン・ザ・スパロー」は、パティーが完全にアカペラで歌った。声だけで、歌だけで、観客を虜にする。究極のライヴだ。 CDからも流れてくるのは、彼らの1+1だけの音なのだが、ライヴは違う。それ以上の空気がある。何より、彼らの醸し出す愛のオーラがその空間を覆う。さすがにこれは、CDからは入手できない。彼らのようなアーティストは、本当にライヴでなければ、その良さを実感できないタイプだ。 本編最後の「タイム・アフター・タイム」では、いつものように、観客を3パートに分け、ハーモニーを歌わせる。最初照れている日本人の観客が次第にパティーに乗せられて歌い出し、最後、見事なハーモニーとなるところは、圧巻だ。シンディ・ローパーの曲だが、もはや、タック&パティーのもほとんどオリジナルといってもいい。 そして、本編が終わると、パティーが「何かリクエストある?」と観客に尋ねた。すると、「ドリーム」「アップ・オン・ザ・ルーフ」などと声がかかった。タックがギターの弦を調整し、歌い始めたのは「ドリーム」。 彼らも事前にそれほどセットリストを決めているわけではない。下記過去記事のセットリストを見ると、ほとんどダブらない。すごいレパートリーの数だ。毎回、彼らのライヴを見た後に、過去記事をさらっと読み返すが、下記の1994年のライヴ評がほとんどすべてを語っていて、毎回見る印象も、これと同じ。つまり、それだけ密度の濃いライヴが16年の月日を経ても変わらず行われているということになる。言ってみれば、「愛の常設店」のようなものだ。いつでも、そこに行けば、愛に包まれます、ということだ。すばらしい。 ほぼ満員の観客が、みな集中して、タックとパティーを凝視している。彼らの音楽は観客を集中させる。それと、彼らのライヴを見ると、なんとなく心が洗われるような気がしてくる。気持ちのよいマイナス・イオンを全面に受け取る感じだ。彼ら二人のオーラがすばらしいからだろう。 ライヴ後、タック&パティーに会いに楽屋へ。するとそこに前回お会いしたアコースフィアのお二人が。彼らにセットリストのわからない部分を補完していただいた。感謝。彼ら二人は、タック&パティーの全公演に帯同していた。 アコースフィアのウェッブ http://www002.upp.so-net.ne.jp/acousphere/official/main/main.html Youtube : Castle Made Of Sand / Little Wing ■ タック&パティー ベスト タイム・アフター・タイム~ベスト・オブ・カヴァーズ posted with amazlet at 10.05.08 タック&パティ BMG JAPAN Inc. … Continue reading

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○ニューヨーク・ミニット・ライヴ@シダックス

○ニューヨーク・ミニット・ライヴ@シダックス 【New York Minute: Some 80s & 90s Funk】 強力。 ケイリブ・ジェームス&ザ・ソウル・サーチャーズのケイリブの、別ユニット、ニューヨーク・ミニットの通算5回目のライヴ。(前回3月5日は僕は鑑賞できず) 今回は、特別に上海を本拠に活躍するヴァスティン・ウィンクと、東京在住のグレン・レイを加えた新布陣。6人のソウル・バンドは強力だ。 雨のせいか、前々回ほどお客さんがいなかったが、ベース、ドラムス、キーボードの音が相当前面にでていて、たっぷりグルーヴを聴かせてくれた。なんか今日は、ローレンスのベースと、ジェイのドラムスが特によかった。 1曲目「セプテンバー」と「マイ・プリロガティヴ」は、マッシュアップっぽい感じで、途中いりくんで、最後、また「セプテンバー」に戻る。なかなかおもしろいアレンジで、よかった。「レッツ・チル」のイントロでヴァスティン・ウィンクがナレーションをする場面があったが、なんと、めちゃくちゃ低音で驚いた。まるでバリー・ホワイトみたいだった。彼なら、ラジオDJできる。 そして、キャメオの大ヒット「ワードアップ」は久々に生で聴いたが、のりのりで、よかった。 途中で、デイヴィッド・キングが隣に座ってきて、「あの彼、10年くらい前に、香港で見たぞ…」という。それが、ウィンクだった。ウィンクは、サウス・キャロライナ出身で東京へ来て、ここから香港に行き、その後現在は上海在住。で、このためと別のレコーディングで1週間ほど東京に来ていた。 ファーストが終わって、みんながたまっているところ(楽屋みたいなところ)に行くと、ケイリブが次のセットの準備をしていた。すると、こんな質問をなげかけてきた。「なあ、マサハル、ずっと頭の中から離れない曲があって、どうしても誰の曲か思い出せない曲があるんだよ。この曲なんていうんだ、誰がやってるんだ?」と言って、「everybody everybody have fun, fun tonight」と歌う。「おおっ、それは、ハヴ・サム・ファン、BTエキスプレスだよ、1980年の作品だよ」 「この曲10年、いや20年くらい前か、芝浦のソウルトレイン・カフェで毎日めちゃくちゃかかってたんだ。で、メロディーは覚えてるんだが、誰のなんという曲かずっとわからなくて。BTエクスプレスか。1980年くらい? これ、アメリカじゃぜんぜんヒットしてないんだよなあ。聴いたことがない。これは、日本人がすごく好きなのか?」 「そう、日本のディスコでものすごく人気あるよ。BTの『ドゥ・イット』や『エクスプレス』より、日本では人気あるんだよ」「へえ、おもしろいもんだな…」(アメリカではシングルになっていないため、ヒットしていない) 「あのころ、その店であと、『ガット・トゥ・ビー・イナフ』、コン・ファンク・シャンとか、かかってたな。ジュニアは日本で人気あるのか?」 「あるよ、あのあたりのメロディアスなソウル・ヒットは、とても日本人受けするんだよね」 次回のニューヨーク・ミニットのレパートリーに入りそうだな。(笑) といったあたりで、時間切れ。モーションにタック&パティーを見るために向かった。 ■ BT Express: “1980” including “Have Some Fun” 1980 posted with amazlet at 10.05.08 B.T.エクスプレス ビクターエンタテインメント … Continue reading

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◆『ドリームガールズ』トーク・イヴェント無事終了

◆『ドリームガールズ』トーク・イヴェント無事終了 【Dreamgirls Talk Event】 感謝。 東急文化村で5月6日行われた『ドリームガールズ』のトーク・イヴェントが無事終了した。やはり、案の定というか、話が伸びて、質疑応答とサイン会の時間がなくなってしまった。申し訳ございません。ご来場いただいた方、ありがとうございます。 案内役の有吉玉青さんの進行で僕が話をするスタイル。有吉さんとはこの日初対面だったが、とても話がしやすかった。声のトーンも話し方もとても聞きやすい。終わった後、「とてもラジオ向きです」と言ったら、ラジオに出たりすると、よく言われるとのこと。聞けばトーク・イヴェントなどはあまりやっていないということだが、これからどんどんできるのではないだろうか。不思議なことに、会場のみなさんは、僕と有吉さんの声はちゃんと聞こえたと言われたが、僕らは、お互いの声がなかなか聞きづらかった。やはり、壇上の音の聞こえ方っていうのは、ぜんぜん違うんだなということに改めて気づいた。モニターが必要なのだろうか。(笑) 若干順序に違いがあるが、ざっと次のような話をした。 内容は、第一部が僕がブラック・ミュージックにのめりこんだきっかけ、ソウル・ミュージックの特徴などをさらっと話し、第二部でブラック・ミュージカルの歴史をさらっと。有吉さんもニューヨークに留学していた時期があり、そこで聞いたハーレムのゴスペル隊に感動した話をされた。黒人のミュージカルは、白人のミュージカルがオペラから発展してミュージカルになったのに対し、黒人のミンストレル・ショー、レヴューなどの要素も加味しつつミュージカルに発展していったというようなニュアンスの話をした。 ○ブラック・ミュージカルの歴史 初の黒人ミュージカルとされるのは、1898年の『クロリンディ』、同年の『ア・トリップ・トゥ・クーンタウン』など。さらに、1928年『ブラックバード・レヴュー』がヒット、1935年『ポギー&ベス』が大ヒットし、大きく注目された。その後戦争を経て、1960年代にはブロードウェイは活況を呈するが、1970年代になってブラック・ミュージカルからヒットが生まれ、活発化。 1970年『パーリー』(メルバ・ムーアがスター、688回)がヒット、1974年『レイジン』(847回)、そして、1975年『バブリン・ブラウン・シュガー』(ゴスペルとデューク・エリントン作品を中心。ヴィヴィアン・リードなど)、『ウィズ』(オズの魔法使いの黒人版=ステファニー・ミルズがスター。1979年にダイアナ・ロス、マイケル・ジャクソンで映画化)が登場。前者は766回の公演、後者はなんと5年近く、1672回に及ぶ公演となり、その時点でブラック・ミュージカルとしては最大公演数を記録し、ブロードウェイでも、黒人のミュージカルの可能性が認識された。 その後、1981年3月『ソフィスティケーテッド・レディーズ』(767回)、1981年12月『ドリームガールズ』が始まる。これは、1985年8月まで1521回の公演を記録。『ウィズ』に次ぐ記録となった。だが、その後『ドリームガールズ』は何度かの再演があり、その再演が177回を数え、合計すると1698回となり、『ウィズ』を抜いて、ブロードウェイにかかったブラック・ミュージカルの歴史の中では堂々の1位になった。 このほかに、1983年からブロードウェイではないが、ニューヨークで始まった『ママ、アイ・ウォント・トゥ・シング』は、2500回近い公演数を記録した、という。これは1988年6月日本にもやってきて大いに話題になった。1985年パリで始まり、1989年にニューヨークにやってきた『ブラック&ブルー』も829回を数えヒットした。 ○ 『ドリームガールズ』の歴史 この後、1960年代のアメリカ・ブラック・ミュージック・シーン、モータウン、インディ・レーベル、ブラック・ラジオ局の話などを経て、今回のテーマ『ドリームガールズ』について詳しくお話。 ミュージカルの企画は1975年ごろから始まった。当初のタイトルは、『ワン・ナイト・オンリー』、次に『プロジェクト・ナンバー9』となり、それが『ビッグ・ドリームス』と変わり、最終的に『ドリームガールズ』となった。 当初から、当時はまだ無名だったジェニファー・ホリデイ(エフィー役)がキャスティングされたが、彼女は、ディーナが歌う曲も歌いたがったため、プロデューサーたちと衝突、降りることになった。脚本も何度も書き換えられ、紆余曲折ありジェニファー・ホリデイも復帰、5年がかりで1981年発表の『ドリームガールズ』になる。 ミュージカルの大ヒットに伴い、映画化も検討された。最初は1987年、ディーナ(映画ではビヨンセが演じた役)に、当時人気絶頂のホイットニー・ヒューストンをキャスティングする話が持ち上がったが、映画の企画自体が流れる。1990年代になり、今度は同じ役にローリン・ヒルに声がかかるものの、これも流れる。このときのエフィー役にはR&Bシンガー、ケリー・プライスの名が候補に挙がっていた。そして、3度目の正直で、2006年に映画が製作される。 このとき、カーティス役(ベリー・ゴーディーをモデルにしたレコード会社の社長=映画ではジェイミー・フォックス)に、当初ジェイミーに声がかかったが、ギャラで折り合わず、スタジオはデンゼル・ワシントン、ウィル・スミス、テレンス・ハワードにアプローチ。すべてスケジュールなどさまざまな理由で実現化しなかった。そんな中で、ビヨンセのキャスティングが決まったあたりで、再びジェイミーに話が行き、結局彼がやることになった。この映画版では、CCホワイト役(ソングライター)に、当初はアッシャーに声がかかり、それがだめになった後、アウトキャストのアンドレ3000にも話が行ったが実現しなかった。 エフィー役のジェニファー・ハドソンは700人以上の候補からオーディションを勝ち抜きこの役をゲット。このとき、プロデューサーから20ポンド(9キロ)太れといわれた。一方で、ビヨンセは20ポンドやせろと言われたらしい。 その後、『ドリームガールズ』出演者とモータウンにおける人物の符号点などを紹介した。 ミュージカル/映画の主人公、ディーナ(映画ではビヨンセ)は、ダイアナ・ロス、カーティス(レコード会社社長)は、ベリー・ゴーディー、エフィーはメリー・ウィルソンとフローレンス・バラードをあわせたようなキャラクター、ジェームス・アーリー(エディー・マーフィー)は、マーヴィン・ゲイ、ジャッキー・ウィルソン、ジェームス・ブラウンなどを合わせたようなキャラクター、CCホワイト(作曲家)は、スモーキー・ロビンソンとホランド・ドジャー・ホランド、老練なアーリーのマネージャーは、ハーヴィー・フークワ(マーヴィンの育ての親)あたりのキャラをうまくだしている、といった話をした。 また、映画版の『ドリームガールズ』で主役を演じるビヨンセは、このミュージカルが始まった1981年生まれということ。モデルとなったシュープリームスも最初は4人で3人になり成功したが、ビヨンセのデスティニーズ・チャイルドも当初は4人だったが、3人になって大成功したこと。 なお、以上の見解、符号点は、この映画、ミュージカルを見た一オーディエンスのものであり、ミュージカル製作側は、本作はあくまでフィクションであり、そうした関連性は否定している。 このほかに、キャデラックというのは、当時の黒人たちの成功の象徴だったということ、常に黒人の音楽は白人にパクられ搾取されてきた、それは、最近中国の万博で日本の曲がパクられたのと同じレヴェルの話だ、といったこともご紹介した。 あっという間の1時間半、実際は1時間45分くらいになったようだ。それにしても、今回『ドリームガールズ』やブラック・ミュージカルについて、さらに調べて、自分でもとても勉強になった。このような機会を与えていただいた文化村のスタッフのみなさんに感謝したい。 ■ 2009年ニューヨーク・ヴァージョンの『ドリームガールズ』は、2010年5月19日から東急文化村で開催。詳細は文化村へ。 ミュージカル「ドリームガールズ」公演ホームページ http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/10_dreamgirls/topics.html http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/shosai_10_dreamgirls.html ドリームガールズ スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD] posted with amazlet at … Continue reading

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★『ドリームガールズ』トークイヴェント、今日東急文化村で開催

★『ドリームガールズ』トークイヴェント、今日 【Dreamgirls Talk Event Today At Bunkamura】 ブラック・ミュージカル。 2010年5月19日から東急文化村で始まるニューヨークのミュージカル『ドリームガールズ』のトークイヴェントが、今日(5月6日木曜)、文化村特設会場で19時から行われる。ナヴィゲーターは作家の有吉玉青(ありよし・たまお)さん。ゲストで吉岡正晴が話をする。 このところ、このイヴェントのために、黒人のミュージカル(ブラック・ミュージカル)の歴史をいろいろ調べていたのだが、これがなかなかおもしろい。ブラック・ミュージカル、というカテゴリーさえ、ほとんどないのだが、その歴史は、19世紀ミンストレル・ショーまでさかのぼる。同時並行でもあるが、これがレヴュー、さらにミュージカルへと発展したようだ。白人のものが、オペラが発展して、ミュージカルになったところへ、ブラックのそうした要素がはいったものが合流した感じ。 今日のトークショーでは、大きく分けて3部の構成を考えている。第一部(序章)は、ブラック・ミュージック全般について、第二部がブラック・ミュージカルの歴史。ミュージカルは圧倒的に白人の世界。なぜ黒人ミュージカルは少ないか。その中での『ドリームガールズ』の立ち位置、第三部が『ドリームガールズ』誕生と、1960年代のブラック・ミュージック・シーンの背景、実際のモータウン周辺のモデルと、ミュージカル内の登場人物の符号するところ、2009年ヴァージョンの見所など。 第一部、第二部はそれぞれ10分から15分くらい、第三部が60分くらいのおおまかな雰囲気だ。とはいっても、話が脱線すれば、伸びる可能性は大。映画『ドリームガールズ』の映像の一部、シュープリームスの60年代の映像なども一部ご紹介します。また第三部の後には、質疑応答の時間も若干設ける。 お時間ある方、興味ある方はぜひどうぞ。当日券でも大丈夫です。 ■『ドリームガールズ』トークイヴェント概要 ■ 日時 平成22年(2010年)5月6日(木)19:00開始(18:30開場)20:30終了(予定) ■ 出演 有吉玉青、吉岡正晴 ■ 参加料 ①イヴェントのみの場合・・・・・2,000円(税込) ②チケットをお持ちの方の場合・1,500円(税込) <1ドリンク付き>※公演チケットとのお得なセットも ■お申込み Bunkamuraオンライン市場 オーチャード通り オーチャードショップ http://www.bunkamura-ichiba.jp/shop/item_list?category_id=20988 ■定員/場所 限定100名様先着順/ Bunkamura館内特設会場 ■関連ホームページ ①ミュージカル「ドリームガールズ」公演ホームページ http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/10_dreamgirls/topics.html http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/shosai_10_dreamgirls.html ②「ドリームガールズ」トークイヴェント詳細ページ http://www.bunkamura.co.jp/shosai/org64_10_dreamgirls_04.html ③イヴェント申込み画面~ミュージカルのチケットもあわせて買えます http://www.bunkamura-ichiba.jp/shop/item_list?category_id=20988 『ドリームガールズ』ミュージカル、トークイヴェント チケットの電話での申込み先:Bunkamuraチケットセンター03-3477-9999(営業時間10:00~17:30) … Continue reading

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▲ドキュメンタリー『ソウル・ディープ』再放送始まる

▲ドキュメンタリー『ソウル・ディープ』再放送始まる 【”Soul Deep” Rerun Starts Monday】 ディープ。 今年(2010年)1月にNHK-BSで放送されソウル・ファンの間で話題になったイギリスBBC制作のブラック・ミュージック、ソウル・ミュージックの歴史を駆け足で見るドキュメンタリー番組『ソウル・ディープ』の再放送が5月3日(月曜)深夜24時(正確には火曜日午前0時)から始まっている。 僕も改めて見ているが、1月の時点でまとめたことを振り返っておきたい。 また、今回の再放送に関して、前回放映時にNHK版でカットされた部分を解説してくれた松林さんが、1回目の補足資料をブログでまとめている。これがひじょうに読み応えがあるので、ご紹介する。 http://microgroove.jp/2010/05/a_few_supplements_to_soul_deep_1_of_6.html よくここまで調べた、という感じで、本編とあわせて見ると理解が深まる。松林さんは、これを5回目までの分をまとめたいとのことだが、なかなか時間がなくてできていない、とのこと。ぜひがんばってほしい。これは1日仕事というか、大変なお仕事。感謝、そして、リスペクト。 なお、ツイッターでのハッシュタグは #souldeep 。ここで、この番組を見た人たちの感想などが見られる。 また、『ソウル・ディープ』のBBCのサイト。ここで全曲リストが見られる。 http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/1/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/2/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/3/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/4/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/5/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/6/ 1月に見たときの感想文、一覧はこちら。↓ http://ameblo.jp/soulsearchin/theme-10018497246.html  ■ ソウル・ディープ関連記事 2010年01月08日(金) 『ソウル・ディープ』を見て~本当に黒人アーティストは1960年代に「クロスオーヴァー」を狙っていたか http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100108.html 2010年01月09日(土) 『ソウル・ディープ』をより理解するための書籍など(パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100109.html 2010年01月10日(日) 『ソウル・ディープ』6回目を見て~すっぽり抜け落ちた1980年代 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100110.html 2010年01月11日(月) 『ソウル・ディープ』にアリシアは入らず。21世紀のブラック・ミュージックは、アリシア・キーズのようなジャンルレスなアーティストが台頭か http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100111.html ENT>MUSIC>TV>DOCUMENTARY>Soul Deep

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■ハーレム・ナイツ第9回~2010年7月28日(水)から開催

■ハーレム・ナイツ第9回~2010年7月28日(水)から開催 【Harlem Nights 9: Opens July 28】 9回目。 横浜ランドマークタワー内ランドマークホールで、毎年7月末に行われているイヴェント「ハーレム・ナイツ」が今年も2010年7月28日(水)から8月1日(日)まで行われる。今回は9回目。ニューヨーク・ハーレムで活躍するミュージシャンたちが多数出演、また、ロビーでは、アーティスト鍵井保秀氏のアート作品展示、また、ソウルフードを販売する。なお、今年は毎年やってきていたタップ・ダンサー、オマーは参加しない。 このイヴェントは、ハーレム出身のブラック・ミュージシャンたちが、ジャズ、R&B、ゴスペル、ソウルなどの音楽をたっぷり約2時間にわたって聴かせるもので、毎年、毎回満員になるランドマークホールの夏の風物詩ともなっている。今回の最大の話題は、つい今週までブルーノート東京で公演を行っていたナイル・ロジャース&シック・オーガニゼーションでリード・シンガーのひとりとして注目を集めたキンバリー・デイヴィスがフィーチャーされていること。キンバリーは、シックのライヴで大変注目され、半年以内に2度目の来日となる。 イヴェント概要は次の通り。 タイトル:スペシャル・ライヴ・フロム・ニューヨーク・トゥ・ハーレム『ハーレム・ナイツ9』 期間:2010年7月28日(水)~8月1日(日)全6回 7月28日(水)~30日(金) 18時開場 19時開演 7月31日(土)  13時開場 14時開演 18時開場 19時開演 8月1日(日)     13時開場 14時開演 出演アーティスト: マイク・デイヴィス(ヴォーカル)Mike Davis ケニー・ムハマド(ヒューマン・オーケストラ)Kenny Muhammad C.P.レイシー(ヴォーカル、ダンス)C.P. Lacey キンバリー・デイヴィス(ヴォーカル)Kimberly Davis ヴィンス・ジャクソン(キーボード)Vince Jackson ディーン・ジェームス(ドラムス)Dean James バイロン・ジャクソン(ベース)Byron Jackson エズラ・ブラウン(サックス)Ezra Brown 会場:神奈川県横浜市ランドマークホール(ランドマークプラザ5階) 入場料:前売り5500円、当時6500円 チケット発売:2010年5月26日(水)から 主催:ランドマークホール … Continue reading

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●マイケル・ジャクソンもろもろ~CD再発、展覧会、映画

●マイケル・ジャクソンもろもろ~CD再発、展覧会、映画 【Michael Jackson: News】 CD。 マイケル・ジャクソン関連のニュースがいくつかあるので、まとめてご紹介。 マイケル・ジャクソンおよびジャクソンズのCDが一挙に再発売される。まず、昨年7月に紙ジャケット化された作品群が再発売。これは、元々逝去以前から企画されていたもので、7月に紙ジャケ化されたものの、急死を受け、瞬く間に売り切れた。紙ジャケットは限定生産なので、今回、新たに追加で再発する。もう一点は、限定発売ではなく、ジュエル・ケース(プラスチック・ケース)でのマイケル・ソロ、ジャクソンズ時代の作品をすべて再発売する。ライナーノーツは、西寺郷太が「マイケル・ジャクソン・ストーリー」を書き、13枚に分割して収録する。また一部、訳詞も見直す。その監修を西寺郷太と吉岡正晴が担当する。発売は6月23日予定。 詳細はこちら。 http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/MichaelJackson/special/100530/ +++++ 展覧会。 マイケル・ジャクソンの遺産を管理している「マイケル・ジャクソン・トラスティー」が所有するマイケル・ジャクソンの遺品を集めて展示する展覧会が2010年5月1日から7月4日まで、東京タワー1階特設会場で開かれる。毎日朝9時から22時まで。入場料2000円。約280点におよぶ遺品が公開されている。 http://www.tokyotower.co.jp/cgi-bin/reg/01_new/reg.cgi?mode=1&no=1341 公式サイト http://mjlifetimecollection.com/ +++ マイケル・ジャクソン~『キング・オブ・ポップの素顔』、映画6月25日に公開か 映画。 マイケル・ジャクソンの元マネージャーだったマーク・シャフェルが持っていたプライヴェート・フィルムを編集し、映画作品とし、2010年6月25日から新宿ピカデリーなどで日本公開すると日本での配給元スターサンズが発表した。ただ、まだフィルムは編集中とのこと。邦題は、『キング・オブ・ポップの素顔』、原題はMichael Jackson Commemorated: Michael Jackson Inside The Private World。 http://mj-kingofpop.eiga.com/ +++++ 『ヤング・マイケル・ジャクソン写真集1974ー1984』(ハードカヴァー) ヤング・マイケル・ジャクソン写真集 1974-1984 【初回限定版】 posted with amazlet at 10.04.24 トッド・グレイ ブルース・インターアクションズ … Continue reading

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⊿セヴィアン・グローヴァー・ライヴ (パート2)~自由に溢れたタップの世界

⊿セヴィアン・グローヴァー・ライヴ (パート2)~自由に溢れたタップの世界 (昨日からの続き) 【Savion Glover: The Fifth Musician】 アドリブ。 セヴィアン・グローヴァーのパフォーマンスが終わり、ちょうど引き上げるところだったエンジニアのグレン・ウェッブに演奏曲目を尋ねた。親切に教えてくれ、ちょっと雑談もできた。すると、やはりセヴィアンも、事前にセットリストを作っていなかった。その場で、ミュージシャンに曲目を指示して、演奏を始め、その演奏にのって踊るそうだ。驚いたことにミュージシャンたちのレパートリーは100曲以上になるという。ペイシェンス(サックス)、アンディー(ベース)は十年以上、セヴィアンとともにプレイしているので、言ってみれば阿吽の呼吸だ。 セヴィンは、いくつかのキューをミュージシャンに出す。ある種のリズムをだしてくれとか、テンポを落とす、早める、こういう感じで踊りたいといった指示を出すという。 最初の2曲だけで56分。セヴィアンがベースソロで長く踊りたければ、そこを引き伸ばすように指示する。ドラムソロで踊りたければ、ドラムソロを指示。それは自由自在だ。だから、同じ曲でも、長さやアレンジが微妙に違ったりする。キューがなくても、セヴィアンのタップに影響を受け、テンポが早くなったり、ソロが長くなったりするわけだ。まさに、セヴィアンは、5番目のミュージシャンだ。 今回の編成でドラムスは、日本在住の名ドラマー、トミー・キャンベル。なんともともと予定されていたドラマー、ブライアン・グライスが病気のために来日できなくなったところ、サックスのペイシェンスと旧知の仲でもあったトミーに声がかかった。トミーによると、なんと、トミーはセヴィアンが12~3歳の頃から知っていて、何本か一緒にライヴをやったこともあったという。ペイシェンスからメールが来て、二つ返事でOKした。途中でのトミーとセヴィアンのドラムス対タップのちょっとしたバトルも見ごたえがあった。 トミーはほとんどリハーサルはやっていないそうだが、それでもあれだけ、セヴィアンにあわせられるのだから大したもの。ミュージシャンも全員プレイしながら、彼からのキュー(指図)を見逃すまいとセヴィアンを凝視している。 セヴィンは気が乗ると、歌うという。そして、ほとんど毎セット、曲目が違う。 彼らは1日オフ(土曜日)の後、ロシアに行き、ショーを1本やってニューヨークに戻るそうだ。トミーにロシアに行くのか、と聞くと、自分のギグがあるので、行けないという。「では、ロシアでは誰がドラムを叩くの?」とペイシェンスに尋ねると「それは、いい質問だな」と。すると、トミーが「ロシアにもいいドラマーがいると思うよ」。 ペンシェンスとトミーは、1980年代にニューヨークの今は亡きクラブ「コンドンズ」で一緒にプレイしていた。 セヴィアンがわざわざ紹介したダイアン・ウォーカーについて少し調べた。1979年からプロのダンサーとして活躍。生年はわからなかったが、18歳頃からプロになったとすれば、1960年前後の生まれかもしれない。セヴィンは1973年生まれなので、13歳くらい離れている。ダイアンは、伝説のタップ・ダンサー、ジミー・スライドなどの元で勉強。ボストンを本拠にし活躍し、同地の新聞が彼女を「ファースト・レイディ・オブ・タップ・ダンス」と称した。その後、グレゴリー・ハインズとツアー、ミュージカル『ブラック・アンド・ブルー』などに出演し、実績を積んだ。さらに、グレゴリー・ハインズ、サミー・デイヴィス・ジュニアも出演した映画『タップ』に出演。タップ・ダンス界での名声を決定付ける。 セヴィアンは、このダイアンに多くのことを学んだようだ。そして、セヴィンから学んだのが、毎年夏にやってきていたオマー・エドワーズだ。やはり、汗が飛び散るソウルフルなパフォーマンスはいい。 ■ セヴィアン・グローヴァー・ライヴ評(2010年5月1日付け) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10522401331.html ■ スパイク・リー監督・映画作品『バンブーズルド』(輸入盤DVD)(リージョン1ですので、日本のDVDで再生できないことがあります) Bamboozled (2000) [VHS] [Import] posted with amazlet at 10.05.01 New Line Cinema (2001-04-17) 売り上げランキング: 32943 Amazon.co.jp で詳細を見る … Continue reading

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△セヴィアン・グローヴァー・ライヴ (パート1)~自由に溢れたタップの世界

△セヴィアン・グローヴァー・ライヴ (パート1)~自由に溢れたタップの世界 【Savion Glover : Very Spontaneous Performance】 スポンテニアス。 タップ・ダンサー、セヴィアン・グローヴァーの単独公演。バックは、アコースティック・ベース、サックス、ピアノ、ドラムス。彼らが伴奏するジャズで、セヴィアンは自由にタップする。初来日は2003年2月、『ブリング・ダ・ノイズ(ノイズ&ファンク)』、その後、2004年12月、東京ブルーノートでのマッコイ・タイナーとの共演、2006年4月、国際フォーラムCでの単独以来か。(もし他に来日公演ご存知の方がいらっしゃったら、お知らせください) コットンは、立ち見もでる超満員。いつのまに、こんなにタップが、あるいは、セヴィアンは人気になったのだろう。タップをたしなむ人たちが多数つめかけ、静かな熱気に包まれた。 冒頭アコースティック・ベースのアンディーが登場。およそ5分暖めて、おもむろにセヴィアンが登場。黒のパンツ、薄いグレイのシャツ。ずっと舞台向かって左のベース奏者に向いて、ベース奏者と音と音の会話をしながら、タップをする。満員の観客は全員セヴィアンを、セヴィアンの足元を凝視する。本当に全員が集中して凝視している感じなのだ。だから静かに熱い。そしてベースと2人だけで、熱い一戦を交え、19時20分、パフォーマンスが始まって20分を経てピアノ、さらにその後にドラムスとサックスが登場。それまで横を向いていたセヴィアンは正面を向き、いっせいにバンドサウンドとともにさらなるタップに突入した。 楽器の鳴る音に反応して、セヴィアンの足元がときに大きく、ときに小刻みにときに上下激しく、ときに弧を描きながら動く。小さな音から、激しい音まで、様々な音がボードから広がる。 このタップ・ボードは、セヴィアンの特注で、毎回ツアー先に持ち込む。これのオリジナル・プロトタイプは、今は亡き名タップ・ダンサー、グレゴリー・ハインズが作ったそうだ。厚手の板が2枚組まれ、上下に数センチの空間がある。そこにマイクをセットし、セヴィアンのタップ音を拾う。空間があることによって、響くような仕組みになっている。楽器を操るのは4人だが、セヴィアンもタップ・ボードを叩き5人目のミュージシャンとしての存在を見せ付ける。 徐々にグレイのシャツの肩から袖へかけて、汗がにじみ出てきた。ジャズにアドリブがあり、ひじょうにスポンテニアス(自由自在の、自然な、即興的な)な演奏ができるのと同じように、セヴィアンも自由にタップを踊る。2度と同じタップはない。一期一会の素晴らしきパフォーマンス。思わず見入る。 途中のソロも含め、最初の2曲でのパフォーマンス時間は56分に及んだ。そして、3曲目はちょっと息抜きなのか、なんと彼がマイクを握り、フランク・シナトラでおなじみの「ザ・ウェイ・ユー・ルック・トゥナイト」を歌いながら、軽くタップを披露。「弾き語り」ならぬ「タップ歌い」か。 そして、それが終わり、彼は1人の人物を紹介した。「僕が、ここにこうして入られるのも、彼女の存在があってこそです。ご紹介しましょう。ダイアン・ウォーカー」 舞台横にいたウォーカーさんが立ち上がって挨拶をした。タップ・ダンサーであり、振り付け師である彼女も別の仕事で来日中だったようで、彼女はセヴィアンにとってのメントゥアー(師匠)のひとりだ。 4曲目が「スターズ・アンド・ストライプス」を大幅にアレンジしたもの。途中で、セヴィアンは腕を広げてテンポを遅くするようにベースのアンディーに指示を出していた。 78分のパフォーマンスを終える頃には、背中がほとんど汗で染みていた。 (この項、続く) ■セヴィアン・グローヴァー関連記事 セヴィアンがでた『ノイズ&ファンク』のライヴ評 2003年3月22日付け日記 Bring In ‘Da Noise, Bring In ‘Da Funk: Soul explosion! http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200303/diary20030322.html オマー、セヴィアンなどの大先輩、グレゴリー・ハインズの訃報 2003/08/11 (Mon) Gregory Hines Dies at … Continue reading

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