Monthly Archives: February 2010

⊿ブラン・ニュー・ヘヴィーズ・ライヴ~マル、バック・コーラスで参加

⊿ブラン・ニュー・ヘヴィーズ・ライヴ~マル、バック・コーラスで参加 安定。 最近では2007年11月、2008年12月とコンスタントに来日しているイギリスのブラン・ニュー・ヘヴィーズの1年2ヶ月ぶり来日ライヴ。今回の目玉は、日本が誇るソウル・ディーヴァであり、ソウル・サーチャーの一員でもある女性シンガー、マルがコーラスのメンバーとして加入していること。マルは、請われて昨年(2009年)10月から11月にかけての全米ツアーに帯同。すっかり、ブラン・ニュー・ヘヴィーズの一員となっている。当然日本でもやるとなれば、ステージにあがる。ちなみに、マルは4月に行われるゴスペラーズ、黒沢薫のソロ・ライヴでもバック・コーラスを務める。会場は同じくビルボードライブだ。 ギター、ベース、キーボード、ドラムス、バック・コーラス(マル)、サックス、トロンボーン、トランペットの3管、これにエンディアのリード・ヴォーカル。 ライヴは、基本的には、主なヒット曲をまとめ、観客をエンタテインするもの。1曲目から1階は、けっこう総立ちになる。このブラン・ニューや、インコグニートは本当に日本で人気がある。いわゆる1990年代に出てきた生バンド系のアーティストとしては、群を抜いて安定的人気という感がする。 マルは、「サムタイムス」でちょっとコーラスからリードを取る部分があるが、どれか1曲くらいフルで歌ってもいいかもしれない。 やはり、イギリスのバンドだけに、楽曲のメロディアスな部分が日本人の感覚と合うのだろう。 ブラン・ニュー・ヘヴィーズは東京の後、大阪、広島、そして、フィリピンのマニラ(2月27日)に行くという。 ライヴ後、楽屋前で沖野修也さんと会う。沖野さん、今度のアルバムでグループのリード・ヴォーカル、エンディアに3曲歌ってもらった、とのこと。楽しみだ。そういえば、前回来日時にもエンディアは沖野さんのイヴェントで歌っていた。ブルース・アレイでの誰かのライヴをエンディアと一緒に見た後、沖野さんがかっこいいオールド・メルセデスでエンディアを迎えに来たのが印象的だった。 余談だが、ビルボードのフライヤーなど印刷物には、ブラン・ニューのライヴのメンバー表で、マルの本名が漢字で書かれている。黒沢さんのライヴはmaruと表記。まるで違う人物みたいだが、どうやら、フルネームを漢字で教えてください、といわれたのがそのまま出たという。(笑)ウェッブなどはmaru になっている。 ○ マルの次回単独ライヴは2010年3月11日(木)渋谷プラグ。 マル・ライヴ 2010年3月11日(木)19時開場、20時ライヴ開演。 渋谷プラグ 03-5428-9188 www.shibuya-plug.tv 料金2500円(前売り)、3000円(当日) www.marudiva.com ■ ブラン・ニュー・ヘヴィーズ 『ゲット・ユースト・トゥ・イット』 ゲット・ユースト・トゥ・イット posted with amazlet at 10.02.27 ザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズ ポニーキャニオン (2006-09-20) 売り上げランキング: 52962 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ ブラン・ニュー・ヘヴィーズ過去記事 2008年12月11日(木) http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20081211.html 2003/02/03 (Mon) Brand New … Continue reading

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△トクズ・ラウンジ:深夜の熱きセッション

△トクズ・ラウンジ:深夜の熱きセッション 【Toku’s Lounge: Hot Midnight Jam Session】 ジャム。 これが、深夜の2時過ぎの出来事か。(笑)月1不定期のトクズ・ラウンジ。ちょうど一時前に到着したら、入口は人だかりでなかなか奥に進めなかった。ちょっと煙いが、すでに演奏は始まっていた。この日は、ツイン・ドラムス。レギュラー、藤井さんとソイルのみどりん。 ジャズ・ミュージシャン、トクが友人のミュージシャンに声をかけ、ジャム・セッションを繰り広げるトクズ・ラウンジ。噂が噂を呼んでるのか、ファーストセットの頃はかなり満杯で、観客のリアクションも熱い。比較的、定番ばかりをやるので、長尺の1曲の中でも、演奏者が適当に交代してライヴが続いたりする。たとえば、ドラムスは最初みどりんだったが、途中から、ニューヨークのフユに交代しているといった具合だ。 この日の前日、青山のボディー・アンド・ソウルで行われたトクのギグに、ロイ・ハーグローヴのメンバーが大挙して押し寄せ、ちょうどアンコール曲あたりで、飛び入り、そのまま1時間以上、演奏していった、という。ほとんど、ロイのグループが乗っ取ってしまった感じになっていた、そうだ。 そこでこの日は、ロイはもう疲れたとかでお休み。ただロイ・グループのキーボード、ジョー・ホームスが参加。力強いキーボードをたたき出していた。 セカンドは、「ホワッツ・ゴーイング・オン」で一度終わったが、リクエストが来たということで、トクが特別におまけで、アンコール的にシャーデーの「キス・オブ・ライフ」を。この曲はトクもレコーディングしているが、実にトク向きの曲。これを聴きながら、シャーデー新作も出たこと、それから、ちょうど車の中で聴いていたアイザック・ヘイズのベスト盤なども、トクちゃん向きではないかなどと思った。この日は、ヴォーカリストがほとんどいなかったので、インストが中心になった。「ホワッツ・ゴーイング・オン」を歌ったゲイリーという黒人は、トクもこの場で初めて会った、と言って紹介した。来月はどんなハプニングが起こるのだろう。 ミュージシャンがただ音楽が好きで集まり、仲間と楽しんで音楽をやる。それだけのことなのだが、それが実にエキサイティング。将来、ここでライヴ・レコーディングなんかできたら楽しいだろうねえ。 ■ 過去記事 2009年12月31日(木) トクズ・ラウンジ~ジャム・セッションの爆発 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10423256472.html June 24, 2009 トクズ・ラウンジ~ロイ・ハーグローヴ・グループが参加 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090624.html May 30, 2009 トクズ・ラウンジ:素晴らしきミュージシャンシップの大爆発 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10270594203.html ■ ロイ・ハーグローヴ~ 毎回プレイする「ストラスバーグ」収録。 Earfood posted with amazlet at 10.02.27 The Roy Hargrove … Continue reading

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☆クラッシーなソウル・グループが東京に蘇る

☆クラッシーなソウル・グループが東京に蘇る 【Classy Gentlemen Revive Traditional Soul, R&B】 クラッシー。 日本在住のソウル・シンガー、デイヴィッド・キングが中心となった黒人男性4人組のヴォーカル・グループ、クラッシー・ジェントルメンとしての初のライヴ。昨年6月にほぼ同じメンバーで同様のコンセプトでブルース・アレイで行っていた。(下記記事参照) 今回も歌って踊って楽しく見せるというコンセプトは変わらず。セットリストも1960年代から1970年代のソウル・ヒットをこれでもかと立て続けに送り出す。僕は都合でセカンドから見たが、4人のハーモニーが綺麗な「ラヴ・マシーン」(ミラクルズのヒット)など、かなり完成度が高くよかった。ハイ・ヴォイス、低音、そして、ユニゾンのハーモニーがうまくまとまっていた。また、「ラヴ・トレイン」では、観客が皆列車のように列を作り、ブルース・アレイ内を練り歩く。楽しいパーティーだ。まさにブルース・アレイ転じてディスコ・アレイだ。 セカンドで、ブレンダ・ヴォーンが飛び入り。その場でグラディス・ナイト&ピップスの「ニーザー・ワン・オブ・アス」を。バンドもちゃんと演奏できる。ブレンダは、いつでも圧巻。デイヴィッドが、「ブレンダの後は歌いにくい」とこぼすのもわかる。 印象的だったのは、カルヴィンが歌った「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」。すっかりサッチモ(ルイ・アームストロング)に成りきり、声や歌い方までそっくり、最後にはひょうきんな顔真似までしてみせた。う~~ん、これは「物まね歌合戦」に行けそう。(笑) そして、デイヴィッドのファルセットが最大の魅力を発揮したのが、アースの、つまり、フィリップ・ベイリーの「リーズンズ」。デイヴィッドのファルセットは東京一かもしれない。 オールド・スクールながら、じつに楽しい4人組のソウル・ヴォーカル・グループ。また半年後くらいには、ライヴがありそうだ。デイヴィッドによれば、「曲はいくらでもある。6セットくらいできるよ」とのこと。楽しみだ。 ■ 過去関連記事 2009年06月30日(火) 「タッチ・オブ・エレガンス」~往年のソウル・ショーを現代に蘇らせる http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090630.html ■ ミラクルズ「ラヴ・マシン」 Collection posted with amazlet at 10.02.26 The Miracles Spectrum (2002-04-16) 売り上げランキング: 7183 Amazon.co.jp で詳細を見る ■メンバー David King Presents A Night … Continue reading

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◎鈴木雅之デビュー30周年記念コンサート~ルーツを探し求めて

◎鈴木雅之デビュー30周年記念コンサート~ルーツを探し求めて 【Masayuki Suzuki 30th Anniversary Live: The Roots ~ Could Be The Night】 凝縮。 まだ客席の照明はついたまま、BGMの音量があがってきた。聞き覚えのあるナレーション。そう、レイ・グッドマン&ブラウンの「ハッピー・アニヴァーサリー」が流れ始めた。アニヴァーサリーを飾るには、もっともふさわしい1曲だ。そして、軽快なケイ・グラント氏の流暢なアナウンスで、ショー・タイムが始まった。ステージにはリーゼント、黒のタキシードに蝶ネクタイで決めたミュージシャンたちが勢ぞろい。スペシャルな夜を演出する。 ラヴ・ソングを歌い続けて30年。1980年2月25日にシャネルズのリード・シンガーとしてデビューした鈴木雅之が、メジャー・デビュー30周年をむかえ、記念コンサートを1日だけ行った。その豪華な顔ぶれ、リッチなステージ、そして豊潤なセットリスト。仲間とスタッフと、なにより素晴らしきファンに囲まれて、マーチンは「ヴォーカリスト鈴木雅之の30回目の誕生日パーティー」を華麗に行った。 豪華な顔ぶれは、実姉・聖美、桑野信義、佐藤善雄、村上てつや、酒井雄二、そして、佐藤竹善。しかも、今回のステージはリズム隊を加えると総勢20名を越えるビッグバンド仕様のバック。念入りにリハーサルを重ねたヴォーカリスト鈴木雅之の30回目の誕生日は、ことのほか、豪華絢爛であった。 この会場に入れなかったとしても、下記セットリスト(曲順)とそのゲストを見るだけで、この30年間の一部が走馬灯のようにフラッシュバックすることだろう。 ドゥー・ワップ、ロックンロール、そして、ソウル。マーチンのルーツを見つめなおし、通常のライヴではあまり歌われない楽曲をもふんだんに取り入れ、原点に回帰。さらに、多くのファンが聴きたいと思う曲をこれでもかと詰め込んだ3時間弱。30年という歳月が見事にこの3時間に凝縮された。実に濃く、熱い時の流れだった。それにしても、30年間、ファンに支えられ歌い続けられる鈴木雅之というヴォーカリスト、シンガーも幸せだ。そして、ファンもいわばその「幸せのおすそ分け」をもらう。ハッピー(幸せ)とラヴとほんの少しの甘いほろ苦さ(ビタースイート)が、3時間溢れていた。 最後アンコールのところで、2月25日にリリースされるマーチンのボックスセットのボックスの巨大版が登場。通称「ブラック・ボックス」にも過去30年の歴史が凝縮されていると宣言した。 ■ The Complete~History of RATS&STAR~(DVD付)28700円(定価より6300円オフ) The Complete~History of RATS&STAR~(DVD付) posted with amazlet at 10.02.25 ラッツ&スター シャネルズ RATS & STAR ERJ … Continue reading

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■ エリカ・バドゥー5年ぶり来日決定

■ エリカ・バドゥー5年ぶり来日決定 【Erykah Badu Coming To Japan April】 5年ぶり。 エリカ・バドゥーの5年ぶりの来日が決まった。2010年4月16日(金)ゼップ東京、17日(土)横浜ベイホール、18日(日)沖縄。プロモーターは、ポジティブプロダクション。3月30日に新作が出て、ひじょうにタイミングのよい来日となる。エリカの来日は2005年4月以来、ちょうど5年ぶりとなる。チケットの一般発売は、2010年3月20日(土)、その前にポジティブプロダクションで先行発売する。 公演概要 エリカ・バドゥ・スペシャル・ライヴ・イン・ジャパン2010 2010年4月16日(金) ゼップ東京 開場19時、開演20時 前売り1階指定9000円(会員8000円)、2階指定9000円(会員8000円) 2010年4月17日(土) 横浜ベイホール 開場18時30分、開演20時 前売り 立ち見7000円(会員6000円)、VIP指定席15000円(限定150席) 別途ドリンク代500円 先行発売 近日中 ポジティブプロダクション 045-505-0010 http://www.positiveproduction.com/ 一般発売 2010年3月20日(土)、チケットぴあ、ローソンチケット、e+(イープラス)、ポジティブプロダクション ■ 前回ライヴ評 April 03, 2005 Erykah Badu: Purple Queen http://blog.soulsearchin.com/archives/000014.html ■ 『バドゥイズム』エリカ・バドゥー 1997年作品、エリカのデビューにして傑作 バドゥイズム posted with amazlet at 10.02.24 エリカ・バドゥ MCAビクター (1997-04-23) 売り上げランキング: … Continue reading

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○ロイ・ハーグローヴ・ライヴ~サム・クックの歌声が聴こえる

○ロイ・ハーグローヴ・ライヴ~サム・クックの歌声が聴こえる 【Roy Hargrove Live At Blue Note】 クール。 まさにクール(かっこいい)の中にホットなパフォーマンス。トランペッター、ロイ・ハーグローヴの約8ヶ月ぶりのライヴ。ちょうど昨年(2009年)6月25日、僕はブルーノートで彼のライヴを見た。2日前にトクズ・ラウンジでそのかっこよさにしびれ、急遽ブルーノートにやってきたのだ。そのときは、アンコールで翌日からそこでライヴを行うラファエル・サディークが飛び入り、サム・クックの「ブリング・イット・オン・ホーム・トゥ・ミー」を歌った。僕は、ロイがその曲をレコーディングしていたのを後で知るが、そのときは、それに感動したものだった。 その日、本来だったらブログにその模様を書く予定だったが、近づいていた「ソウル・サーチン」イヴェントの記事を書いて6月25日深夜(正確には26日午前1時40分過ぎ)アップ。すると、6月26日の朝に、あの世紀のニュースが飛び込んできた。翌日のラファエルのライヴは、急遽、マイケル追悼から始まった。以来怒涛のマイケル情報が飛び交い、すっかりロイのライヴ評は書けなくなってしまった。 さて心機一転。ロイは黒のスーツに緑っぽいネクタイ。そして、足元はスニーカー。おしゃれさんだ。ドラムス、ベース、ピアノ、サックスにロイのトランペット。ファンク心のあるジャズというか。ソウル心のあるジャズというか。特にサックスとのバトルは楽しい。適度な緊張感の中のリラックスもある。 アンコール1曲目は、サム・クックの「ブリング…」。8ヶ月前のことが急に思い出された。彼は歌わないのに、ロイのトランペットからは、サム・クックの歌声が聞こえてくるようだ。その後2曲目のアンコール。まず、ロイとサックス奏者が舞台を去った。そして、次にドラムスが去り、ステージにはベースとピアノだけが残る。2人だけテーマを演奏し、どちらが先にいなくなるのかと思いきや、ベースが先にステージを降りた。そして、最後、曲を終えて、ピアノが舞台を降りた。拍手。実にかっこいい終わり方だった。 ライヴ後、メンバーはすぐに客席に出てきた。ロイに声をかけてみた。「なんでまたサム・クックの曲を?」 「いやあ、ただ好きなだけだよ」 「サム・クックには会ったことはある?」 「ノー・ノー、サムは僕のオヤジの時代の人だよ(笑)」 そうだった、帰って調べてみると、彼は1969年生まれ。サムが不慮の死を遂げたのは1964年のことだった。 ■ ロイ・ハーグローヴ イヤーフード 「ストラスバーグ」はいってます イヤーフード posted with amazlet at 10.02.24 ロイ・ハーグローヴ ユニバーサル ミュージック クラシック (2008-05-28) 売り上げランキング: 71257 Amazon.co.jp で詳細を見る ■メンバー ロイ・ハーグローヴ(トランペット、フリューゲルホーン)Roy Hargrove(tp,flh) ジャスティン・ロビンソン(サックス、フルート)Justin Robinson(sax,fl) ジョエル・ホルムス(ピアノ)Joel Holmes(p) アミーン・サリーム(ベース)Ameen Saleem(b) モンテス・コールマン(ドラムス)Montez … Continue reading

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◆シグマ・スタジオ(フィリーの名門スタジオ)火事に~放火の疑いも

◆シグマ・スタジオ(フィリーの名門スタジオ)火事に~放火の疑いも 【Sigma Sound Studio Is On Fire】 火事。 1960年代以降、数多くのヒット曲を生み出したフィラデルフィアの名門スタジオ、シグマ・サウンド・スタジオで、2010年2月21日(日)朝7時半頃、火災が起こり、一部を損傷した。現場は309サウス・ブロード・ストリート。シグマ・スタジオと、名プロデューサー、ギャンブル&ハフの持つ「フィラデルフィア・インターナショナル・レコード」のオフィースなどが入っている。 火災は7時28分前後に、3階から起こり、すぐに通報が行き、4分後には消防車などが到着。1時間弱で鎮火した。火災の起きたビルから男が1人出てきて、怪我をしていたので、病院で治療後、警察に連行されている。原因はまだ不明だが、火の気がないことから、放火の可能性も否定できないという。 出火した3階には、フィラデルフィア・インターナショナルのメイン・オフィースがあり、ゴールド・ディスクなどの記念品が数多く飾られていた、という。一応、マスター・テープなどにはダメージはないと伝えられている。このビルは、20世紀初めに建てられたもので、現在はギャンブル&ハフとトム・ベルの3者共有になっている。 なお、スタジオは、もともと12ス(12丁目、トゥエルフス)・ストリートにあり、それまでカメオ・パークウェイの所有スタジオだったが、1968年にレコーディング・エンジニアのジョー・ターシャによって買収され、現在の名前になった。その後、チャック・ギャンブル(ケニー・ギャンブルの甥で、現在フィラデルフィア・インターナショナルのヴァイス・プレジデント)によれば、1971年から現在の309サウス・ブロード・ストリートで活動していた、という。また、オウナーだったターシャも2003年に同スタジオをケニー・ギャンブルらに売却している。 ここのスタジオからは、古くはキャメオ・パークウェイ・レーベルのヒット曲、たとえば、チャビー・チェッカーの「ツイスト」、さらに、同地のインディだったギャンブル・レコードからのイントゥルーダーズなど、フィラデルフィア・インターが出来てからは、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツ、オージェイズ、スリー・ディグリーズなどのヒットが多数輩出されている。 ++++ マスター。 第一報を聞いてから一番心配したのが、ギャンブル&ハフたちは大丈夫だったのか、過去のマスター・テープは無事だったかということ。日曜朝ということで、ほとんどオフィースには人がいなかったらしい。また、どうやら、アーカイブは無事だったそうで、一安心だが、それでもこうした歴史的レコード会社が火事になるなんていうことは驚く。ずいぶん昔だが、サルソウル・レコードのマスター・テープを管理しているところが火災になり、サルソウル関係の大量のマスター・テープが焼失したときいた。だからサルソウル関係の作品は、一部にはアルバムから起こしたCDがあるという。 フィリー関係では、今年になってテディー・ペンダーグラスの訃報があったばかりだが、オフィースの火事とは、予想外のニュースだった。 ++++ ■ フィリー・ソウル集大成 (輸入盤)5025円 Love Train: The Sound of Philadelphia posted with amazlet at 10.02.23 Various Artists SMG (2008-10-21) 売り上げランキング: 109997 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ … Continue reading

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★最近のソウル・サーチンもろもろ

★最近のソウル・サーチンもろもろ 【Bits & Piece Of Soul Searchin’】 いろいろ。 このところ、なんだかバタバタしていてライヴ見ても、その感想文が書けていない。書こうと思っているネタとしては次のようなものがある。順に書いていこうと思ってます。 2月8日ケント・モリとの話し、10日ザップ・ライヴ、12日バシリ・ジョンソンと日本パーカッション・センター、16日メシオ・パーカー&キャンディー・ダルファー・ライヴ、17日ブラックストリート・ライヴ、ヒロアキ・ライヴ、18日NTTプララで番組収録、北山陽一ライヴ、その他、ニッキ・ヤノフスキーのこと、オリアンティーのこと、JFNのラジオ番組『ルーツ~マイケル・ジャクソン』のこと。今後の予定としては、アカデミー賞発表(3月8日=日本時間)の前に予想、ライヴとしては、ブラニュー・ヘヴィーズ(22日)、ロイ・ハーグローヴ(23日)、マーチン(24日)、デイヴィッド・キング(25日)など。また、「ディス・イズ・イット・バンド」のビルボードライブ・キャンセルと韓国でのライヴ企画の動きなども、取材がまとまれば書いておきたい。 この中で、すでに放送が始まっているラジオ番組『ルーツ~マイケル・ジャクソン』を告知しておきたい。 これはJFN(ジャパンFMネットワーク)各局でオンエアされるもので、『ルーツ』というシリーズの番組の一回。マイケル・ジャクソンを特集したもの。西寺郷太さんがメインの司会をして、僕を含めた複数のゲストがコメントをしている。残念ながら東京地区では聴けない。 ざっくりとマイケルの歴史を駆け足で振り返るもの。 番組名 『ルーツMichael Jackson~THI IS IT 求めつづけたサプライズ~』 番組ウェッブ http://www.jfn.co.jp/jfn_top/guide/ 放送局と日時 いずれも2010年 FM岩手 2月20日(土) 18:00~18:55 FM秋田 2月28日(日) 19:00~19:55 FM山形 3月14日(日) 18:00~18:55 ふくしまFM 2月21日(日) 19:00~19:55 FM栃木 2月21日(日) 19:00~19:55 FM長野 3月14日(日) 19:00~19:55 FMとやま … Continue reading

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▲「赤坂ムゲン1968の会」~マイク鈴木さんに再会

▲「赤坂ムゲン1968の会」~マイク鈴木さんに再会 同窓会。 1968年、赤坂に出現したディスコ「ムゲン」。1987年のクローズまで数多くの伝説を生み出した店だ。ブラック系バンドが毎日入ってライヴを見せつつ、DJもいるというディスコ。そのムゲンの関係者がここ数年集まり、ちょっとした同窓会のようなものを開いている。最近ではこれを「赤坂MUGEN1968の会」と称して、年に1回程度、当時ムゲンに通っていた人、ソウル好きの人たちが集まっている。これをまとめているのが、ムゲンでスタッフとして働いていた前川さん、常連だった八木さんら。 2010年2月20日、銀座でその会が行われ、誘われ顔をだした。この日は、当時ムゲンでDJをしていたマイク鈴木さんが、はるばる滋賀から参上。僕は彼のことを1973年頃から六本木のディスコ「メビウス」で知っていた。当時のディスコ業界では、彼のDJは、FENのソウル・ショーのようにかっこよく人気があった。 その会場に着くとニットキャップを被っていたマイクがいた。一目で彼だとわかった。ほとんど変わっていなかった。彼も僕を見るなり、一瞬、間があったが、「ヨシオカ??」と思い出してくれた。たぶん30年以上ぶりの再会ではないだろうか。いきなり、ハグされた。仮に1985年頃赤坂ムゲンで会っていたとしても、25年ぶりだ。「変わらないねえ」というと、「いやあ、キャップを脱げないよ」と笑った。 いろいろ昔話に花が咲いたが、彼はムゲンが1987年に閉店してから、名古屋に出て、栄にあった「BP」でDJを担当、その後も、中部地方を本拠にしていたそうだ。今は滋賀県に住んでいる。「メビウス」時代のことも思い出していろいろと話をした。あの頃いたスタッフもちりちりばらばらで今ではどこで何をしているかわからないという。 マイクは、写真付きのプロフィールを持っていて、そこには、スティーヴィー・ワンダーと一緒の写真、ドラマティックスのリード・シンガー、LJレイノルズとの写真などが掲載されていた。 彼の誕生日を聞くと9月4日だという。あのビヨンセと一緒だ。すると、「僕はビヨンセより、メアリーJブライジのほうが好きなんだよ。(笑)オールド・スクールだから(笑)」と言う。昔ながらのソウルマンだ。 前川さんらによると、ムゲンの支配人だった阿南(あなみ)さんも、現在81歳だが、元気にしているそうだ。また、オウナーだった増山さんも元気でパリと東京を行ったり来たりしているという。 この日のパーティーは40名近くが集まっていた。ゴスペル・グループ「ザ・ディーヴァス」、ブラジルと日本のハーフのタレント、ナタリー、琴音(ことね)クラシックのピアニスト内山朋子さん、ジェームス・ブラウンのコピーバンドでおなじみセルジオ・ムトウさんなどが来ていた。クラシックのピアニストの内山さんはクラシックなのに、ブラックストリートなんかが大好きで、ブラック系のライヴに足繁く通うという。ライヴは月2回くらいに押さえたいと思っているが、けっこう行ってしまう。次回はクール&ザ・ギャングに行く予定とのこと。 2次会は、青山のソウルバー、モーメンツで行われ、三々五々みなモーメンツに向かっていった。 お誘いいただいた前川さん、八木さん、ありがとうございます。 +++++ 2月19日に行われたトーク・イヴェントの模様がツタヤのブログに紹介されています。 http://ameblo.jp/tsutaya-2000/day-20100219.html また昨日も本ブログでご紹介しましたが、この模様は下記Uストリームのアーカイブでも見られます。 http://www.ustream.tv/channel/soulsearcher216 soulsearcher216 02/19/10 03:45AMとあるのが本編です。 ENT>DISCO>MUGEN

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■Uストリームを使ってみて~ワックスポエティックス・トークイヴェント

■Uストリームを使ってみて~ワックスポエティックス・トークイヴェント 【Waxpoetics Talk Event With Hashimoto Tohru】 感謝。 2010年2月19日午後8時すぎから六本木ツタヤでワックスポエティックス主催、橋本徹さんと吉岡正晴によるトーク・イヴェントが行われ、Uストリームで生中継した。会場にいらしていただいた方、ありがとうございます。感謝です。 トークの内容は、1部がワックスポエティックスという雑誌について、2部が「フリー・ソウル」のコンピレーション、DJイヴェントについて、3部がマイケル・ジャクソンの最近の話題について。内容はほぼ記録映像に残っているので、そちらを参照していただくとして、ここではその舞台裏について少し書いてみたい。 中継アドレスは、下記の通り。ここで19日の模様がアーカイブされ残っている。お時間ある方はごらんください。ちなみにいくつかテストも含めて残っていますが、soulsearcher216 02/19/10 03:45AMとあるのが本編です。 http://www.ustream.tv/channel/soulsearcher216 反省点。今回、このUストリーム中継はアイフォン一台で行った。アイフォンのカメラとそのマイクだけだ。一番驚いたのは、始まって47分前後のところで、アイフォンのバッテリーがなくなり、最初音声が切れてしまい、さらに映像も切れてしまった、ということ。また、この会場に無線ランなどの設備がなかったので、どのように中継されているか、ほとんどモニターできなかった。横の書き込みは、別のアイフォンでスタッフが見ていて、音声が途切れ、映像が途切れたことを知るや大慌てで、バッテリーにつないで、電源コードが届く場所から再度中継となった。なので、2度目の画面はテーブル左側下からの映像になっている。 やはり、次回こういう機会があれば、音声をラインでつないで、画素数のいいカメラを一台でもいいので、使いたい。アイフォンでやる場合は、アイフォン用の三脚などが欲しい。この日は現場にあった盾に立てかけた。それと、しゃべり手側(僕と橋本さん)は、次々更新されるコメントをみることができなかったので、それらをリアルタイムで見てみたい。ネット環境があるところで行うのが好ましい。 今回初めてUストリームを使ってみて、アイフォン一台でなんでも、どこからでも中継できてしまうというのが、本当にすごいなあ、と思った。どこかにインターネット用の簡易スタジオを作って、メインの司会者がそこにいて、アイフォンを持った特派員があちこちに飛んでいき、それを簡易スタジオに送れば、すぐに中継もできてしまうことになる。画像と音声の質はこれからの課題だが、そんなものはいずれどんどんよくなっていくだろう。問題は、この「道具」を使って何をしていくか、ということになっていくと思う。 ちょうど本番前、控え室でテストをしているときに、橋本さんが「これは何をしてるんですか」というので、「生中継の準備中です」と答えると、「どこに向けて?」と聞かれたので、「世界中に向けて(笑)」と答えた。しかし、それがアイフォン一台でいろいろ試行錯誤しているので、彼が「何か学園祭の準備みたいでおもしろいね」と言った。アイフォン使ってUストリームっていうのは、確かに学園祭気分から始まる何かで、それでもそれが世界に広まっていく可能性を秘めているように思える。 もうひとつ思うのは、「編集なしの全部出し」という点だ。確かに話しの流れでは冗長になることもあるが、「編集なしの素材全部」というのは、かなりおもしろい。なにはともあれ、すべて初めてのことだったので、これでなんとなく要領が少しわかった。 アイフォンで生中継、いろいろご尽力いただいた西村さん、本庄さん、まことにありがとうございます。また今回このような機会を与えてくださったワックスポエティックス、六本木ツタヤさんにも感謝です。 ENT>EVENT>Talk Event>Waxpoetics

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●西麻布イエロー、イレヴンとなって再オープン

【Space Lab Yellow Turns To Eleven: Grand Opening】 再開。 西麻布の一角に1991年12月12日にオープンしたクラブ、「イエロー」が、16年余の歴史に突然幕を降ろしたのが2008年6月21日。当時はイエローの入っていたビルが再開発で立て壊されるためと説明されていたが、どうやら、その再開発がバブルの崩壊のためか、立ち消えとなり、イエローが再復活することになった。今回はイエローの名前が、イレヴン(Eleven)となり、オープニング・パーティーが2010年2月18日(木)午後10時から、かつてのイエローとまったく同じ場所で行われ、多数のクラブ・ゴーアーがかけつけた。 一時期は30分程度の入場待ちになるほど。中も身動きも取れないほどの牛詰め状態。この日のゲストDJはこれまでにもイエローでゲストDJをしているニューヨーク・クラブ界の大御所フランソワ・ケヴォーキアン。 +++ 深夜一時頃、元イエローのあたりに着くと、かなりの行列ができていた。入口あたりから、もはやタバコくさい。昔ながらのクラブの匂いがする。やっとの思いで中に入ると、「ロッカー」も順番待ちとのこと。僕は手荷物はなかったので、さくさく下の階に行こうとするも、満員電車さながらの牛詰め状態でなかなか前に進めない。10分以上かかって地下二階へ。その前の階段あたりから、バスドラの音がどんどんと体に響いてくる。 建物の構造は同じ。中のレイアウトもほとんど同じ。イエローそのままで蘇った感じだ。 ダンススペースに入ると大音量で、フランソワがまわしていた。遠めにも白髪のフランソワがいるのがわかる。ハウス特有のシンプルなドラムビート、強烈なバスドラが体に直接覆いかぶさる。フロアも立錐の余地もなし。真っ暗になったり、青や赤の照明が適度に点滅。この大音量と、照明の暗さに、どんどんと陶酔してくる者も多いだろう。 フランソワは、一段落ついたところでマイクを握り、こう話した。「おかえりなさい!」(しばしDJ)「イエローの人、がんばってくれたから…」 これ、日本語で。 フランソワ・ケヴォーキアンは、1954年1月10日フランス・パリ生まれ。音楽好きでドラムスを手始めに、音楽の道に進もうとする。1975年、21歳でニューヨークにわたり、ミュージシャンとしての道を歩むが仕事はなく、いつしか、当時アンダーグラウンドで人気となり始めたディスコでDJを始める。彼のDJ デビューを1975年とすれば、今年は彼のDJ歴35周年ということになる。 彼もまた、トム・モウルトンなどと同様、オープンリールのテープを用いた編集をするようになり、ディスコ・メドレーを作り始める。その後、プレリュード・レコードでA&R(レコード制作担当ディレクター)の仕事を獲得。これを機に同レーベルのディスコ作品をリミックスするようになる。彼が初めてリミックスを担当したのは、パトリックス・アダムスがプロデュースしたミュージックの「イン・ザ・ブッシュ」だった。これは1978年7月から全米ディスコでヒットし始め、ディスコチャートでナンバーワンに。以後、Dトレイン、シャロン・レッドなどをはじめ、多数のディスコヒットのリミックスを担当するようになった。その後はプロデュース業にも進出。また、DJとしても、パラダイス・ギャレージ、スタジオ54、ニュージャージーのザンジバーなど有名どころのクラブ、ディスコで人気を集めた。 しかし、リミックス、プロデュースの仕事が多くなった彼は、1983年頃からは、音楽制作のほうに重点を置くようになった。その後、ときどきDJに戻ったり、音楽制作をしたりと活動を続けている。 +++ 海外の大物DJを呼ぶというスタイルを確立させたのも、イエローの大きな役割だったと言えるだろう。果たして2010年代のクラブ・シーンにイエロー改めイレヴンは何をもたらすだろうか。 下まで行くのに15分、フランソワのDJに酔いしれて15分、地上に戻るのに15分。まさに西麻布の真夜中のアドヴェンチャーだった。 イレヴンのすぐ隣の駐車場は20分300円。その隣の駐車場は、15分300円。1時間1200円なり。この値段もまた、真夜中のアドヴェンチャー。 eleven www.go-to-eleven.com 東京都港区西麻布1-10-11セソーラス西麻布B1/B2 電話 03-5775-6206 +++++ (告知)今日のイヴェントでUStreamやってみます 今日(2010年2月19日)の六本木ツタヤでのトーク・イヴェントのUStreamでの生中継を試みます。なにぶん初めてのことなので、うまく映像と音声がストリームできるか。一応アドレスは次のところです。 http://www.ustream.tv/channel/soulsearcher216 8時少し前にテスト映像を流してみます。上記アドレスにアクセスしていただければ、生中継が始まれば、流れるはず。 トーク・イヴェントの内容は次の通り。 吉岡正晴と人気コンピレーションCD『フリー・ソウル・シリーズ』でおなじみの橋本徹さんのフリー・トーク。フリー・ソウルでフリー・トーク、入場フリー。フリー尽くしです。終了後、ご希望の方には、マイケル本やマーヴィン・ゲイ本にサインいたします。お時間ある方、ふるってご参加ください。 吉岡正晴ツイッター http://twitter.com/soulsearcher216 自分で実況できるかどうかは微妙。(笑) UStream生中継予定アドレス http://www.ustream.tv/channel/soulsearcher216 … Continue reading

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(告知)トーク・イヴェント 橋本徹x吉岡正晴@六本木ツタヤ

(告知)トーク・イヴェント 橋本徹x吉岡正晴@六本木ツタヤ Talk Session @ Tsutaya Roppongi : Hashimoto Tohru & Yoshioka Masaharu 告知。 六本木ツタヤでトーク・イヴェントを行います。吉岡と人気コンピレーションCD『フリー・ソウル・シリーズ』でおなじみの橋本徹さんのフリー・トーク。フリー・ソウルでフリー・トーク、入場フリー。フリー尽くしです。終了後、ご希望の方には、マイケル本やマーヴィン・ゲイ本にサインいたします。お時間ある方、ふるってご参加ください。 吉岡正晴ツイッター  http://twitter.com/soulsearcher216 自分で実況できるかどうかは微妙。(笑) 詳細こちら↓ http://www.waxpoetics.jp/event/flyer/20100219/ 日時 2010年2月19日金曜午後8時~(約1時間) 会場 ツタヤ六本木店 〒106-0032東京都 港区六本木6-11-1 六本木ヒルズ六本木けやき坂通り 電話番号: 03-5775-1515 出演者 橋本徹、吉岡正晴 内容テーマ 1)ワックスポエティックスという雑誌について、2)『フリー・ソウル』について、3)マイケル・ジャクソンについて、など。 入場 無料 ツタヤ六本木店のブログ http://ameblo.jp/tsutaya-2000/ ツタヤ六本木店 http://store.tsutaya.co.jp/storelocator/detail/2000.html EVENT>ANNOUNCEMENT

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⊿『ディス・イズ・イット』秘話(パート3)~バシリ・ジョンソン語る

⊿『ディス・イズ・イット』秘話(パート3)~バシリ・ジョンソン語る 【Bashiri Johnson Talks About Behind The Scenes Of “This Is It” (Part 3)】 MJエア。 『ディス・イズ・イット』には多くの仕掛けがあることは、映画本編の中でも、特典映像の中でもさらに突っ込んで紹介されている。思いつくままあげても、冒頭の「ライト・マン」のところ、「スリラー」のところの「ゴースト」の3D映像、さらに大きなクモ、「アース・ソング」の3D映像とブルドーザー、「ウィ・アー・ザ・ワールド」の映像、「ヒール・ザ・ワールド」での多数の子供たちの登場、そして最後のいわゆる「MJエア」と呼ばれるマイケルがステージを去るところなどだ。 冒頭の「ライト・マン」については、すでに特典映像で、詳細がケニー・オルテガから語られた。あの話を聴くだけでもわくわくするが、バシリによれば、「ウィ・アー・ザ・ワールド」では、大きな地球儀が登場するそうだ。「ただ、僕はいつも演奏しているだろう。だから、僕の後ろのスクリーンに映し出されている映像を見ているヒマはないんだ。そういう意味では、全体像を見ているわけではないんだよね。実際、『スムース・クリミナル』のところで、ギャングスターが銃を撃つシーンがあるよね。それで、スクリーン上のライトが消えていく。あそこのところは、僕は映画を見て、ああなってるんだ、って知ったくらいだからね(笑)」 そして、エンディングのMJエアについて詳しく聞いた。バシリは言う。「ああ、あれはすごいよ。(ステージの)後ろに大きなスクリーンがある。みんなが『スリラー』『アース・ソング』のフィルムを見るスクリーンだ。『マン・イン・ザ・ミラー』のエンディングで、その大きなスクリーンに、画面一杯の飛行機の姿が映し出される。MJエア(マイケル・ジャクソン飛行機)だ。すると飛行機の頭のほうに扉があって、実際に扉が開く」 ということは、スクリーンに本物の扉があるということ? 映像上で扉が開くのではなく? 「そうだ、実際にスクリーンに扉がついてて、開くんだ。(「マン・イン・ザ・ミラー」の)演奏はずっと続いていて、扉が開くとマイケルは、観客に向かって手を振りながら、その扉の向こうに行く。つまり、MJエアに乗り込む。彼が乗り込むと、扉が閉じられる。そして、まもなく、スクリーン全面に映し出されている飛行機=MJエア=が、そのスクリーン上で飛び立っていくんだよ」 わおおおっ、としか言いようがない。 そんな風にステージから去られたら、アンコールも要求できそうにない。かつては、人間ロケットになって、マイケルは会場を離れた。今度は、MJエアで会場を去るというわけだ。想像しただけで興奮する。スクリーンに扉ができているとは夢にも思わなかった。たぶん最新型のLEDをうまく使った映像スクリーンなのだろう。ブラウン管や、通常のビデオスクリーンでは、一部を壊して扉を作るなんてことはできないような気がする。 誇り。 マイケル急逝からすぐにニューヨークに戻ったバシリは、7月7日に行われたメモリアル・サーヴィスのために再びロスアンジェルスにやってきた。「ディス・イズ・イット」ツアーのバンド・メンバー、ダンサーたち、そして多くのシンガー、アーティストたちがその場に集った。その模様は世界に生中継され、バシリの姿も確認されている。 2009年10月27日、全米ではこの日、映画『ディス・イズ・イット』が公開された。バシリは公開第一週の週末、自分のポケットマネーで25枚ほどチケットを買い、地元ニューヨークの映画館で、家族や友人たちを招待して見ることにした。 バシリが行った映画館は指定席ではなかったので、一番最初に入った彼ら一行の先発隊は、一番見やすい良席を二列ほど押さえた。上映開始時刻が近づくと、徐々に人が集まりだし、中にはこのまとめてブロックされた席に「空いてるなら座らせろ」「ずいぶん、たくさん席を押さえてるじゃない」と文句を言う人間がでてきた。だが、彼らは「いや、これらの席はもう押さえてあるんだ」と言って彼らを寄せ付けなかった。文句を言った客はしぶしぶ別の席に移っていった。 そして、約2時間。映画本編が終わると、バシリの仲間の1人が立ち上がって映画館中に響き渡る声で叫んだ。「今、ここに座っているバシリ・ジョンソンは、この映画に出て、パーカッションをプレイしていたバシリ・ジョンソンなんだ」 すると、観客から歓声があがり、拍手が巻き起こった。そして、映画が始まる前に、取られていた席にクレイムをつけてきた中年のおばちゃんが、「さきほどは、ごめんなさい。あなたは、すばらしいわ。私はあなたを誇りに思うわ」と握手を求めてきた、という。 あの映画本編を見終えれば、スクリーンに映っている関係者がその映画館にいたとなったら、観客はそれだけでも拍手をするだろう。 「まあ、これがマイケル・ジャクソンについての僕のお話というところかな」とバシリは控えめに言った。 僕とバシリのつながりは、1980年代中頃からのこと。カシーフに紹介され、ニューヨークで会ったり、彼が日本に来る時にあちこちに連れて行ったりして仲良くなった。マイケル・ジャクソン・バンドという世界最高のエンタテインメントの舞台に上がったバシリ・ジョンソンのことを、僕もまた、誇りに思う。I’m very proud of you, Bashiri. ■ 『ディス・イズ・イット』ブルーレイ マイケル・ジャクソン THIS IS IT(特製ブックレット付き) [Blu-ray] posted … Continue reading

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△『ディス・イズ・イット』秘話(パート2)~バシリ・ジョンソン語る

△『ディス・イズ・イット』秘話(パート2)~バシリ・ジョンソン語る 【Bashiri Johnson Talks About Behind The Scenes Of “This Is It” (Part 2)】 暫定。 映画『ディス・イズ・イット』の特典映像では、ミーティングのシーンで、ホワイトボードにセットリストの一部が書かれ、映っている。そのリストは次の通りだ。 —. Motown (I Want You Back — ABC) I’ll Be There –Don’t Stop Til You Get Enough 09. Rock With You 10. I Just … Continue reading

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☆ホイットニー・ヒューストン・ライヴ:  (パート3)~理想のセットリスト

☆ホイットニー・ヒューストン・ライヴ:  (パート3)~理想のセットリスト 【Ideal Setlist For Whitney Houston】 理想。 今回のホイットニーのライヴは、わがソウル・サーチャーズの面々もけっこう足を運んでいた。フィリップ・ウー、ブレンダ・ヴォーン、そして、ケイリブ・ジェームスら。それぞれに感想を持っている。 僕はブレンダに聞いた。「ホイットニーの声は、たとえば、筋肉トレーニングや、節制をすることで、元のようにもどるだろうか」 すると彼女は「ノー」と応えた。「彼女は、タバコは吸うのかしら。ただ、時差やジェットラグ、それから疲れが出ていて、思うように声がでていないのかもしれない。ただやはり、しょっちゅう休んでいたので、もし90分のフル・ショーをやるには、もっとランニングをするとか、トレーニングをして体力をつけないとだめかもしれない」とも付け加えた。ブレンダによれば、ケイリブは怒っていたそうだ。(笑) 一方で、初めてホイットニーの『生のステージ』を見た人たちは、けっこうな割合で満足しているようだ。過去13年、来日がなかったことで、その間にファンになった人は多い。 もうひとつ今回のライヴでは会場もポイントかもしれない。さいたまスーパーアリーナはとにかく大きい。そして観客が一体感を持ちにくい。それでもビヨンセのようなビッグ・プロダクションの仕掛けものがあれば、それなりに盛り上がるが、ホイットニーは基本は歌をじっくり聴かせるアーティストだから、盛り上げるのがむずかしい。これが武道館や、国際フォーラムあたりだったら、満席でステージのアーティストへの期待感が充満するはずだ。スーパーアリーナではずいぶんと観客が静かだなあ、ということを感じた。それは年齢層が高いということもあるが、この大きな空間も一因ではないかと思う。武道館満員で湯気が立ち込めるくらいになっていれば、自然と観客も盛り上がっていく。観客が盛り上がれば、ホイットニーも盛り上がる。 今回のセットリストは、多くのファンを満足させられるものではないかもしれない、と思ったが、では、どんなセットリストだったら、日本のファンに喜んでもらえるだろうか、と考えてみた。実際高い声がでないので、キーを下げて歌っているが、どれが歌えて、どれが歌えないかなどは、考慮にいれずに単純にファンとしての希望としてのリストだ。 マイケル・ジャクソンは映画『ディス・イズ・イット』の中で、ファンはレコードと同じものを聴きたがっている、と言った。そのとおりだ。だから、基本的にはヒット曲をレコードと同じように歌ってもらおう。下記の理想のセットリストは、今のホイットニーにとっては体力的に厳しいかもしれないが、ファンの勝手なリクエストとして書いてみたい。アンプラグド・コーナーはなし、基本、バンドでレコードどおりにやってもらうことを想定した。キーは下げてもOK。 Ideal Setlist For Whitney Houston if possible 00. Intro (Video) 01. Million Dollar Bill (with dancers) 02. So Emotional (with dancers) > MC 03. I Look … Continue reading

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◎ホイットニー・ヒューストン・ライヴ@さいたまスーパーアリーナ (パート2)

◎ホイットニー・ヒューストン・ライヴ@さいたまスーパーアリーナ (パート2) (ライヴの内容がでます。これからごらんになる方は、鑑賞後にお読みください) 【Whitney Houston Live At Saitama Super Arena Day 3】 ハッピー。 ホイットニーは、この日は、のっていたようだ。「私は、ハッピー」という言葉を発し、ステージを進めた。その証拠に初日、2日目より1曲多く歌った。それは、ゴスペル・セクションのところで、『プリーチャーズ・ワイフ』からの「アイ・ラヴ・ザ・ロード」の前に、急に思いついたように「アメージング・グレイス」を歌ったところにも現われている。またその後のトリビュートのところでも、自分のメイクアップを20年もやってくれていた友人が亡くなったこと、そして、マイケル・ジャクソンのことを語った。マイケルの話しのところでは、その場でアカペラでマイケル曲のさびの部分を歌ったりした。しかし、ここでなんでテディー・ペンダーグラスの話がでないのだろう。謎だ。メジャー・デビュー前にテディーと「ホールド・ミー」をデュエットしているのに。 ライヴ評パート1は、こちら。 2010年02月12日(金) ホイットニーは、日本のサポーターに感謝 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100212.html (今回初日2月11日分・ライヴ評=パート1) 今回のショーでの見所は、ダンサーたちとバック・コーラスの女性3人だ。ダンサーは、登場するシーンいずれもが実にかっこいい。大きな仕掛けがあるステージではないが、彼らが登場すると、ステージが実に華やかになり、アクションが生まれる。元々ホイットニーはダンサー的なことはやらず、いわゆる「シンガーズ・シンガー」(歌手中の歌手)だが、流石にプロのダンサーを従えると、動きもかろやかに見える。 ホイットニーは高音が出にくくなっているため、多くの曲をオリジナルのキーより下げて歌う。ちょっと低音のホイットニーという感じになっている。そこで、バックのコーラスがひじょうに重要になってくる。 3人の女性コーラス隊、これが本当にホイットニーの歌を支える。ホイットニー本人は歌わなくなった「クイーン・オブ・ザ・ナイト」でのコーラス(コーラスだけで曲を進める)、特にゴスペルの「アイ・ラヴ・ザ・ロード」では、コーラス隊が示すメロディーが圧巻で、ホイットニーはこのコーラス隊なしにこの楽曲を完成させることはできない。「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」「オール・アット・ワンス」などの地味ながらしっかりしたコーラスは、そこに注目して聴いていると本当に職人芸で惚れ惚れする。 かつてルーサー・ヴァンドロスが、「バック・コーラスは、それ自体が芸術(アート)だ」と言ったそうだが、バック・コーラスはその曲を支える重要な要素。最高級のバック・コーラスを聴かせてもらった。 ちょっとしたコネタを。 ステージ前でうろうろしていたホイットニーの娘さん、ボビー・クリスティーナは、1993年3月4日生まれ。1993年9月の来日コンサートで、ホイットニーはまだ生まれたばかり(6ヶ月)のクリスティーナを抱きかかえて、オーディエンスに紹介していた。僕は、そんなベイビーをこんな大音響のところに連れてきて大丈夫か、と心配したものだが、それが、いまや16歳の妙齢に。来月17歳だ。時の流れは速い。 ドラムスで、音楽ディレクターのマイケル・ベイカーは、なんと、4歳から数年間、横田基地近くに住んでいた。父親がエアフォース(空軍)に勤務していて、横田にいたという。元々はミネアポリス生まれ。現在は、イタリアに住んでいるという。 キーボードのひとりジェトロは、日本の安室奈美恵のバックを担当して、しばし滞在していたという。 【訂正】 2010年2月11日付け記事で、メンバーのひとりギターのシェロッド・バーンズが、ジョン・バーンズ、カトリース・バーンズの兄弟のようだ、と書いたが、実際は関係ないそうです。お詫びして訂正します。 ■来日ライヴ情報 http://www.creativeman.co.jp/artist/2010/02whitney/ 大阪は2月17日と18日。プロモーターはクリエイティブマン。 ■過去ホイットニーの記事~最新作関連の記事。(ホイットニーがオプラに過去を語ったものなど) 2009年09月15日(火) ホイットニー・ヒューストン、オプラで赤裸々告白~7年ぶり新作、アルバム1位初登場 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10342830088.html 2009年09月19日(土) ホイットニー・ヒューストン、オプラに3時間語る(パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10345413767.html 2009年09月20日(日) ホイットニー・ヒューストン、オプラに3時間語る(パート2) … Continue reading

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○『ウイ・アー・ザ・ワールド25フォー・ハイチ』完成~特別寄稿・松尾潔氏

○『ウイ・アー・ザ・ワールド25フォー・ハイチ』完成~特別寄稿・松尾潔氏 【We Are The World 25 For Haiti】 公開。 2010年1月12日ハイチを襲った大地震の被災者に手を差し伸べようと、25年前に作られた「ウイ・アー・ザ・ワールド」が、2010年2月1日、ロスアンジェルスで新たなメンバーによって再録された。その「ウイ・アー・ザ・ワールド25フォー・ハイチ」がついに2月12日、公開された。 リンク映像。 http://www.youtube.com/watch?v=Glny4jSciVI 「リーン・オン・ミー」は、目だった形では入っていない。また、メイヨー・アンジェルーの詩の朗読も確認できなかった。後半ラップ部分は、LLクールJが中心となって作ったという。今回は、クインシー・ジョーンズとライオネル・リッチー、そして、ハイチ出身のワイクリフ・ジーンが中心となっているが、25年前クインシーがやったタクトを振る役を元テイク6のマーヴィン・ウォーレンが担当している。やはり、どあたま、かつてライオネルが担当したところを、ジャスティン・ビーバー(1994年3月1日カナダ・オンタリオ生まれ=15歳)がやっている部分は、大抜擢という印象だ。 ソロを取る登場人物は、登場順に次の通り。たぶん大体あっていると思うが、二人が同時に映っている場合は、特にどちらが先ということは意味しない。また2度目にソロとして登場する場合は、( )をつけた。 We Are The World 25 For Haiti Justin Bieber Jennifer Hudson Nicole Scherzinger Jennifer Nettles Josh Groban Tony Bennett Mary J. Blige Michael Jackson Janet Jackson … Continue reading

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◆『ディス・イズ・イット』秘話(パート1)~バシリ・ジョンソン語る

◆『ディス・イズ・イット』秘話(パート1)~バシリ・ジョンソン語る 【Behind The Scenes On “This Is It” (Part 1)】 秘話。 2009年7月から行われる予定だったマイケル・ジャクソンの『ディス・イズ・イット』ツアー。そのバンド・メンバーの一員でパーカッション奏者、バシリ・ジョンソンに『ディス・イズ・イット』ツアーの舞台裏の様子を、西寺郷太さんと一緒に聞いた。一体『ディス・イズ・イット』の真の全貌はどのようなものになっていたのか。映画では語られない新しい話もいくつか出てきたので、じっくりお楽しみください。 バシリ・ジョンソンは、ニューヨークを本拠とする売れっ子パーカッション奏者。いわゆる業界では、「ファースト・コール」(一番最初にプロデューサーらが、電話をするアーティスト)の打楽器奏者だ。ソウル、R&Bだけでなく、ロック、ジャズ、フュージョン、さらにはいくつかのJポップなどありとあらゆるジャンルの音楽に彼の名前がでてくる。ニューヨーク系のここ20年のアルバムを10枚見れば、そのうちの半分くらいには彼の名前が見出せるかもしれない。 ライヴ・ツアーも、ホイットニー・ヒューストンのほか、スティーヴィー・ウインウッド、スティング、マイケルなど大物アーティストをてがけている。日本でも大貫妙子のツアーで来日したり、スマッピーズや、シライシ紗トリのCDにも参加している。 そんなバシリのもとに、今回の『ディス・イズ・イット』ツアーの音楽監督であるマイケル・ベアデン(キーボード)から電話があったのは、2009年4月16日の深夜3時くらいだったという。ベアデンはロス時間の夜中すぎにかけたのだが、ニューヨークでは時差のため、3時を回っていた。 「今度、マイケル・ジャクソンのツアーをするために、バンドを編成している。参加しないか」 バシリは、寝ぼけ眼ながら、「もちろん、やるよ」と答えた。すると、べアデンは、「すぐにエア・チケットを手配するから、ロスに来てくれ。もろもろ事務所の人間から君に連絡させる」と言った。 マイケル・ジャクソンは、バシリにとっても、子供の頃から親しんだアイドル。もちろん、ジャクソン・ファイヴ時代から、ヒット曲を口ずさんできた。マイケルのツアーとなれば、断れるわけがない。とはいうものの、バシリも売れっ子奏者。4月から1年近く拘束されるとなると、すでにいくつか入っている仕事を調整しなければならない。そこで1-2日かけて、バシリはどうしてもバッティングする仕事をキャンセルし、自分のスケジュールをすべてあけることにした。すぐにエア・チケットは、いわゆる「Eチケット」というもので送られ、電話から4日後の4月20日にバシリは、ロスに飛んできた。 ロスでは、すでに4月13日からダンサーのオーディションが始まっていた。13日は男子のダンサーのオーディション、14日は女子、そして、15日は前2日で選抜され残ったメンバーの男子女子合同のオーディションだ。何千人という応募書類から、約550名が書類審査で選ばれ、ノキア・シアターにやってきていた。この中に、ケント・モリももちろんいた。 4月のこの時期、『ディス・イズ・イット』のプロジェクトは大車輪で動きはじめていたわけだ。ダンサーのオーディション、バンドの編成。4月16日までにダンサーが決まり、バンド・メンバーもほぼ決まった。 バシリは、4月21日からリハーサルに参加。一部のミュージシャンはすでにリハを開始していた。バンド・リハは、センター・ステージのスタジオ8で行われていた。そして、バシリにとっての2日目、4月22日、マイケル・ジャクソンがそのリハを見に来て、バシリのパフォーマンスを見て、「OKだ、君はバンドの一員だ」と言って、参加が正式決定した。「すでに、そのとき、アレックス・アル、ジョナサン・モフェット、オリ(オリアンティ)、トニー・オーガンがいた。モリス・プレジャーは、僕の後に入ってきた」とバシリは振り返る。 バシリは、リハの模様の中でこんなことを思い出す。「あるとき、マイケルが、何の曲だったか覚えてないんだけど、僕のことをじっと凝視していたんだ。ずっとだよ。相当長い間。僕はただひたすらプレイしていたんだけど、マイケルはなぜか、僕のことを凝視していた。後でわかったんだけど、彼は、僕がどのパーカッションを叩くと、どんな音が出るのかを知りたがっていたんだ。どれを叩くと、どんな音がするのかってね。僕は別にナーヴァスにはならなかったけど、彼は真剣にその楽器のことを知りたがったんだろうね」 再会。 バシリは、1990年代後半に、人気音楽ヴァラエティー・テレビ番組『サタデイ・ナイト・ライヴ』のハウス・バンドの一員として、マドンナのバックをつけたことがあった。そのときに、プロデューサーからバンドとして他にどんなメンバーを集めたらいいだろうか、と聞かれ、ヴィクター・ベイリー、オマー・ハキム、マイケル・ブレッカー、ポール・ペスコ、そして、マイケル・ベアデンの名前をあげていた。そして、そうしたメンバーでバンドが組まれ、マドンナのバックもすることになった。マイケル・ベアデンとはそれ以前から知り合いで、これ以後、いろいろなセッションで活動をともにするようになっていた。 そして、バシリは2001年9月7日と10日にニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで行われたマイケルの30周年記念イヴェントのバンド・メンバーとしても参加していた。このときは、バンドが二つあった。ひとつはいろいろなアーティスト、ホイットニーをはじめ、アッシャー、マーク・アンソニー、モニカ、ルーサーなどあの場で歌ったシンガーたちのバックをつけたいわゆる「ハウス・バンド」。もうひとつがマイケルのシーンでバックをつけた「マイケル・ジャクソン・バンド」だ。なんと、バシリは、そのハウス・バンドとマイケル・バンドの両方で、パーカッションを叩いていた。 このときのマイケル・バンドのメンバーは、ジョナサン・モフェット(ドラムス)、ブラッドボックス(キーボード)、アレックス・アル(ベース)、マイケル・ベアデン(キーボード)、デイヴィッド・ウィリアムス(ギター=現在では故人)、音楽ディレクターがグレッグ・フィリンゲインズ(キーボード)、そして、バシリ・ジョンソン(パーカッション)だ。言ってみれば、この時点で、今回の『ディス・イズ・イット』バンドの母体が出来上がっていた、と言ってもいい。 バシリは、このとき、マイケルの弟ランディー・ジャクソンとも会って、話をしている。ランディーもパーカッションをプレイするので、お互い話があった、という。ランディーも、バシリもヴァルジェイというメーカーのパーカッションを使っていたり、それぞれがメンター(師匠)とする人物(ビッグ・ブラックというパーカッション奏者)が共通していたりと話が盛り上がった。 バシリがマイケル・ジャクソンと初めて会ったのは、その2001年ライヴのリハーサルのときだという。パーソナルな話はしなかったが、とても優しくナイス・ガイという印象を持った。 したがって、2009年4月22日は、バシリにとって、マイケルとは約8年弱ぶりの再会ということになった。彼にとってのマイケルとは、二つの意味があった、という。バシリが語る。「ひとつは、みんなが考えるように、このプラネット上の最大で最高のスター、アイコンということ。そして、もうひとつは(自分の)ボス(上司)である、ということだ」 バシリもまた、マイケル・ジャクソンとマドンナというボスに仕えた稀有なミュージシャンということになる。バシリは、この2人のボスについてこう述べる。「彼らには多くの共通点がある。マイケル、マドンナに限らず、(自分がバックを務めた)ビヨンセ、ホイットニーなども含めて、そういうアーティストたちは完璧を目指して、ハードにハードにとにかく一生懸命、自分が納得するまで徹底してやるんだ。自分で設定した基準がものすごく高い。その基準に達するまでとにかくハードにリハーサルを積む。マイケルは兄弟にもハードだった(つらくあたった)けどね(笑)」 もちろん、バシリもそうしたハード・ワークは厭わない。 マイケルは直接、バシリのパフォーマンスに注文をつけたりしたのだろうか。「いや、直接はないんだ。もし何かあれば、(音楽ディレクター=MD)のマイケル・ベアデンを通して注文が来る。ある日にリハをやって、どこか変えて欲しいところがあったら、翌日、ベアデンがここの小節はこうやってくれ、といった細かな指示を紙に書いて出してくる。マイケルが、直接、ベアデンにいろいろ指示してるんだね。映画でもそういうシーンがあっただろう」 (続く) (明日以降、『ディス・イズ・イット』のさまざまな仕掛け、どの曲をリハーサルをしていたか、映画に出てこないがリハをしあげていた曲などが明かされます) ■ 『ディス・イズ・イット』ブルーレイ マイケル・ジャクソン THIS IS IT(特製ブックレット付き) [Blu-ray] … Continue reading

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★ホイットニーは、日本のサポーターに感謝

(内容が出ます。これからごらんになる方は、ライヴ観覧後にお読みください) 【Whitney Thanks To Japanese Audiences For Their Support】 感謝。 ホイットニーの13年ぶりの日本におけるライヴツアーが始まった。結局最新アルバムから4曲、1998年の『マイ・ラヴ・イズ・ユア・ラヴ』から4曲、デビュー作から4曲、『ボディーガード』から2曲、『プリーチャーズ・ワイフ』、『ホイットニー2』から各1曲、実質計16曲を歌った。 僕は13年ぶりのホイットニーのライヴということで、その待たされた時間の長さとカンバックにいたるまでの紆余曲折のストーリー(『オプラ・ウィンフリー・ショー』での告白=下記記事参照)を知っていたので、彼女がステージに登場した瞬間、「Welcome Back」という気持ちになった。それはパフォーマンス自体とは別の彼女の人生のサイドストーリーを知って、感無量になったというものだ。 ホイットニーは黒いスパンコールのミニのワンピースにトレンチコートという一見昔と変わらない姿で登場。ショーの冒頭は最新作からの3曲をノンストップで飛ばすが、ここに登場するダンサーたちがさすがによく動き、かっこいい。マイケルの『ディス・イズ・イット』ツアーから、ドレス・リードとシャノン・ホルツァフェルが参加、彼らに加え計4人のダンサーはいずれも実力者で、現役ばりばりのダンスでステージを圧倒する。ドレスやシャノンの生の姿を目の前で見ていると、映像から伝わる以上のものがびんびんと伝わってくる。スクリーン上の彼らより、生の彼らが100倍いい。僕は彼ら2人を見ながら、『ディス・イズ・イット』のイメージを脳内合成してしまった。 ホイットニーは曲間で、「30年以上(歌うことを)やっていますが、すべてのファンに感謝したい。特に日本のファンはずっとサポートしてきてくれたので、大好きです。サンキュー・トウキョー」といったことを話した。その話しっぷりは、紆余曲折あって、やっとカンバックしてきました、みなさん暖かく見守ってきてくれてありがとう、と言っているようだ。 実質3曲目で歌われた「アイ・ディドント・ノウ・マイ・オウン・ストレンス」。最新作からの、ホイットニーの自伝的な作品だ。過去10年、さまざまなトラブルがあった。そこから抜け出すためには、自分自身が強くなければならなかった。私はその自身の強さを知らなかった、と吐露する作品で、まさに今のホイットニーを等身大で映し出す1曲だ。声は震え気味、かすれ気味だったが、やはりこの曲の歌詞と彼女が13年ぶりに日本のステージに立っているというその事実だけで、胸がいっぱいになる。 途中、ホイットニーが着替えるために兄ゲイリーが場をつないだ後、「ワン・モーメント・イン・タイム」がビデオで流れるが、そのときのCD音源の声が若くはつらつとしており、実際の歌との格差を図らずも露呈させてしまった。 正直、ショーの後半は声がかすれ気味で苦しそうなところもあり、万全の体制ではない。「オールウェイズ・ラヴ・ユー」も、張り上げることなく、軽く流して歌う感じでちょっと寂しい。以前のライヴでは、声が会場中に響き渡り、ここで本当にぐっときて感動したものだ。たぶん今の状態ではそういう風に歌えないのかもしれない。 今回のセットリストは、実質16曲中、最新作と『マイ・ラヴ…』から計8曲。ここにきているオーディエンスは明らかに年齢層が高く、最初の3枚のアルバムを聴き込んでいる人たちが多いはず。なので、最初の3枚からで7~8割を占めてもいいと思う。「ソー・エモーショナル」「ラヴ・ウィル・セイヴ・ザ・デイ」「アイム・ユア・ベイビー・トゥナイト」あたりのアップテンポでも、あのダンサーたちがいれば、充分魅せられる。他にも、テディー・ペンダーグラスと歌った「ホールド・ミー」を歌って、テディーへのトリビュートをしてもいい。また、バラードでは「ディドント・ウィ・オールモスト・ハヴ・イット・オール」、「ホエア・ドゥ・ブロークン・ハーツ・ゴー」「ミラクル」「オール・ザ・マン」「アイ・ハヴ・ナッシング」などまだまだいい楽曲がある。 今回は、マイケル・トリビュートはなく、予定されていた「アイム・エヴリ・ウーマン」も急遽カットされ歌われなかった。(一部の記事で、この曲が歌われたように書かれているが、事前のセットリストには書かれていたが、実際は歌われなかった。たぶん、記者はライヴを全部は見ずに書いたのだろう) この曲のところでホイットニーが音楽ディレクターに何か指示していたので、おそらく声の調子がよくなかったのでカットしたのだろう。 セットリスト9曲目から12曲目までは、いわゆる「アンプラグド」ということで、パーカッション、キーボード、ギターだけのアコースティックで、おなじみの曲をかなり、アレンジして歌った。アイデアはいいと思うが、観客は、おそらくレコードと同じような迫力あるこれでもかという歌唱を期待していたのではないだろうか。たとえば、これをやるなら、曲の導入部はアンプラグドでも、徐々にバンドが入ってきて、最後は観客を圧倒する堂々の歌唱を見せるといいと思う。 土日、さらに大阪に向けて、ゆっくり休んで声をメインテナンスし、ぜひとも、充実したステージを見せて欲しいと願う。彼女なら絶対にまだまだやれるはずだ。 ■来日ライヴ情報 http://www.creativeman.co.jp/artist/2010/02whitney/ 東京(さいたま)は、2月13日(土)、14日(日)。当日券あります。大阪は17日と18日。プロモーターはクリエイティブマン。 ■過去ホイットニーの記事~最新作関連の記事。(ホイットニーがオプラに過去を語ったもの) 2009年09月15日(火) ホイットニー・ヒューストン、オプラで赤裸々告白~7年ぶり新作、アルバム1位初登場 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10342830088.html 2009年09月19日(土) ホイットニー・ヒューストン、オプラに3時間語る(パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10345413767.html 2009年09月20日(日) ホイットニー・ヒューストン、オプラに3時間語る(パート2) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10345956495.html#main 2010年02月11日(木) ホイットニー・ヒューストン・13年ぶりのツアーいよいよ今日から http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100211.html ■ デビュー作、25周年記念盤・新発売 (名作・傑作です) … Continue reading

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▲ホイットニー・ヒューストン・13年ぶりのツアーいよいよ今日から

【Whitney Houston’s Japan Tour First Since 13 Years Kick Off Today】 全貌。 1980年代もっとも売れた女性シンガーのひとり、ホイットニー・ヒューストンの約10年ぶりのツアー「ナッシング・バット・ラヴ・ツアー」の日本の部が今日から始まる。来日は12年9ヶ月ぶり。ソウル・サーチンでは一足先にその全貌を掘り下げてみたい。 すでに、先週末(2月6日、7日)韓国・ソウルで2本のライヴを行ってきており、その後を受けてのショーになる。日本ではさいたまスーパー・アリーナで3回(2月11日、13日、14日)、大阪城ホールで2回(2月17日、18日)行われる。その後、ホイットニーはオーストラリアに向かう。この前哨戦として、2009年12月9日と10日に、ロシアのモスクワで2本、ライヴを行ってきた。 ホイットニーの日本でのライヴは、1986年10月、1988年9月、1990年1月、1991年3月(ボビー・ブラウンと会う)、1993年9月、1997年5月(97年1月予定の振り替え)以来。大規模なワールド・ツアーは1999年の「マイ・ラヴ・イズ・ユア・ラヴ・ワールド・ツアー」以来のもの。 今回は、新作『アイ・ルック・トゥー・ユー』のリリースを受けたツアー。ホイットニーは、最長2年くらいのツアーをイメージしている、という。アジア、オセアニアのあと、一旦アメリカに戻り、その後ヨーロッパ・ツアー。そして、機が熟せばアメリカ・ツアー。そして、残りの行っていないところ、残りの世界、好評であれば、最後のほうで再度日本でのショーも可能性があるらしい。ちょうどマイケルがバッド・ツアーを日本から始めて日本で終えたような感じだ。現在のところ、アジア・オセアニア、ヨーロッパ(4月から6月)で50本が予定されている。 すでにバンド、シンガーは、2-3週間ほどの入念なリハーサルをアトランタで行い、ソウルでのライヴに臨んだ。初日こそ若干硬かったが、2日目はすでにリラックスしていたという。ホイットニーも、気分が乗ってくれば、どんどんしゃべったり曲が長くなったりして、ショー自体が延びてくるタイプ。そのあたりは、スティーヴィー・ワンダーと似ているかもしれない。 予想セットリストは、『アイ・ルック・トゥ・ユー』から5曲、『マイ・ラヴ・イズ・ユア・ラヴ』から4曲、あとはヒット曲がこれでもかこれでもかと登場しそうな気配だ。大ヒットはメドレーになる可能性も。また「アンプラグド・セクション」というコーナーで、アコースティックな感じでバラード・メドレーを歌う。基本は90分程度のセットで、興に乗れば120分くらいになるようだ。ということは、観客が盛り上げれば、長く歌ってくれるということだ。 メンバーの中に、マイケル・ジャクソンの『ディス・イズ・イット』ツアーに参加することになっていた3人がいる。パーカッションのバシリ・ジョンソン、ダンサーのシャノン・ホルツフェ、そして、ドレス・リードだ。シャノンはオランダ出身でオーストラリアに移ったダンサー。すでにブリトニー、レオナ・ルイス、ファーギーなど多数のバックをつけている。ドレスは一時期生活保護を受けた苦労人だ。「自分は(夢を)諦めなかったから、ここにいる」というどん底からマイケルのバックダンサーへと上りつめた人物。クリスティーナ・アギレラ、ジャネットなどとも仕事をしている。『ディス・イズ・イット』の中でも、ひときわ印象に残る1人。 バシリ・ジョンソンは、ニューヨークのパーカッション奏者としてはファースト・コールの人物。ニューヨークのソウル、R&Bからポップ、ロックまであらゆるジャンルの音楽に顔を出す。日本のアーティストでも、ジャニーズ系の作品(嵐、スマッピーズ)などにも参加。 またバックコーラスのシンディー・マイゼルも同じくニューヨークのファースト・コールのシンガー。カシーフの作品など多数のレコードが残っている。ヴァレリー・ピンクストンは、ホイットニーの過去のツアーにも参加しているが、最近では、シェリル・リンの2009年、2008年のライヴ(ビルボードライヴ)でも来日していた。デトロイト出身のシンガーで、アニタ・ベイカーが所属していたチャプター8に、アニタが辞めた後加入したシンガー。 今回の音楽ディレクターは、ドラムスも担当するマイケル・ベイカー。スティング、クリスティーナ・アギレラ、エルトン・ジョン、アレサ・フランクリン、およびアリスタ関係の仕事から、ジャズ・フィールド、アル・ジャロウ、ケニー・バレル、ジミー・スミスなどまで幅広く仕事をしてきている人物。ここ数年はホイットニーのツアーの音楽ディレクターを担当している。2001年9月に行われたマイケル・ジャクソンの30周年記念イヴェント(マジソン・スクエア・ガーデン)でも音楽ディレクターを担当した。昨年(2009年)のグラミー賞でのホイットニーの部分も担当している。ギターのシェロッド・バーンズは、ニューヨークを本拠に活躍するギター奏者。音楽シーンで活躍中のジョン・バーンズ、カトリース・バーンズと兄弟のようだ。クインシー、アリフ・マーディン、ロバータ・フラックなどとも仕事をしてきた。 ベースのマシュー・ギャリソン(1970年生まれ)の父、ジミー・ギャリソンは、ジョン・コルトレーンのベース奏者だった。ジャック・デジョネ、ハービー・ハンコックなどジャズ畑のミュージシャンと活動。その後、ポップ系のものもプレイするようになった。 ホイットニーは、今回、ロシアのショーでも、またソウルのショーでも、マイケル・ジャクソン・トリビュートを行っている。ロシアでは、「マン・イン・ザ・ミラー」を歌い、その中に「ミッシング・ユー」を挟みこんだ。今回の日本ツアーで「マン・イン・ザ・ミラー」が歌われるかはわからないが、なんらかのマイケル・トリビュートが行われるのは確実だ。バンドは、ホイットニーからコールがかかれば、いつでも「マン・イン・ザ・ミラー」をやる体制は出来ているそうだ。 さて、10年ぶり以上に姿を見せるホイットニー。どのようなステージになるだろうか。 ■来日ライヴ情報 http://www.creativeman.co.jp/artist/2010/02whitney/ 当日券は3日ともあるようです。プロモーターはクリエイティブマン。 ■過去ホイットニーの記事~最新作関連の記事。(ホイットニーがオプラに過去を語ったもの) 2009年09月15日(火) ホイットニー・ヒューストン、オプラで赤裸々告白~7年ぶり新作、アルバム1位初登場 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10342830088.html 2009年09月19日(土) ホイットニー・ヒューストン、オプラに3時間語る(パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10345413767.html 2009年09月20日(日) ホイットニー・ヒューストン、オプラに3時間語る(パート2) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10345956495.html#main ■ホイットニー・ヒューストン 7年ぶりの新作『アイ・ルック・トゥ・ユー』~全米1位初登場 アイ・ルック・トゥ・ユー … Continue reading

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■ピーボ・ブライソン(パート2)~テディーとマイケルを語る

■ピーボ・ブライソン(パート2)~テディーとマイケルを語る (2010年1月31日付けブログの続き) 【Peabo Bryson Talks About Teddy & Michael】 雄弁。 (遅くなりました。ピーボ・ブライソン、続きです) もう楽屋には、レジーナ・ベルはいなかった。レジーナに「イフ・アイ・クド」が素晴らしく、感動したことを伝えたかったが、かなわなかった。出番が終わるとすぐに帰ってしまうらしい。一方、ピーボは何人かのゲストと話をしたあとだった。 ピーボは、実に雄弁だ。前回来日のときも、正式にインタヴューしたときも、話はノンストップ。しかもいろいろなことに一家言(いっかげん)を持つ。ステージで少し触れた故テディー・ペンダーグラスと故マイケル・ジャクソンについても、いろいろ話をしてくれた。 「誰と限らず、僕は人々を懐かしむ。そんな中でも、テディー(・ペンダーグラス)や、マイケル(・ジャクソン)は大物だった。人種問題でのリーダーであり、あらゆる分野の論点について議論をした。特にテディーとは、あらゆることでディベートしたものだ。彼は考える男だった。君はこう考えるが、僕はこう考える、とかね」 「テディーとは一緒にツアーに回ったことがある。僕が前座というか、彼が後から歌うね。2000何年かのアニヴァーサリーのときにも一緒に歌ったよ」 「テディーとは、最近読んだ本について、話たりしたな。哲学について議論を戦わせたものだ。彼もいろいろ物知りでね。この本を読んだか、あの本読んだか、とか本の情報を交換したり。いわゆる『ニュー・ワールド・オーダー(新世界秩序)』とは何かを議論したり。誰がこの世界を支配しているのか、とか。ドストエフスキーはアスホール(くそったれ)だ、とか。(笑) そんな話が延々と続くんだよ」 ニュースではリタイアが伝えられていたが、「テディーはリタイアしていたのだろうか」と尋ねた。「そうだね、彼は、リタイアしたと言っていたな。実は、僕もそのことを彼に聞いたことがある。でも、彼は歌うことは大好きなんだ、どこでもね、いつでもね。本当はいつでも歌いたい。だけど、彼は旅が大嫌いなんだよ。だから、ツアーには出ないわけだ」 「最後に彼と話したときは、3時間以上も話をしたよ。とても興味深い人物であり、本当によくしゃべる男だよ」 テディーは1950年生まれ、ピーボは1951年生まれ。ほぼ同世代。1972年からテディーは、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツのリード・シンガーとして人気を集める。そして、ソロになり、ヒットを出すのが1977年。ソウルのスター街道を先に歩んだのがテディーだ。一方、ピーボがアトランタのインディから小ヒットを出すのが、1976年。1977年にメジャーのキャピトルに移籍してからは飛ぶ鳥をも落とす勢いとなる。まさに1970年代から1980年代にソウル・ミュージック・シーンを席巻した2人だ。 ピーボにはマイケルについても、思い出があった。 「マイケル・ジャクソンは、ずっと僕をリスペクトしていてくれたみたいなんだ。たとえば、2人が同じ部屋にいて僕のことを見つけると、いつも彼の方からやってきて僕に何かを言ってくれた。僕のほうから彼のほうに行ったことはないなあ。いつも彼が来てくれる」 「マイケルに初めて会ったのは、僕が初めて出たイメージ・アワードの授賞式のときだった。たぶん、1979年くらいじゃないかな」 「あの葬儀には行ったのですか?」と僕は尋ねた。するとピーボはきっぱりと言った。「あれは、サーカスだ。僕は彼をとてもリスペクトしているので、あれには参加できないね。僕は、あの葬儀の中にいるところを、人には見られたくないな。あそこに出た多くの人たちは、(みんなに)見られたいんだよ。(そこに参加することで)世界に向けてマイケルが好きだと言っているところを、見てもらいたいんだ。僕は、いやだね。もちろん、彼が逝ってしまい、もう新しい音楽を作ることができないわけだから、本当に悲しいことだよ」 「マイケルが成し遂げてきたことは素晴らしく、彼は『ジ・モースト・アメージング・パフォーマーThe most amazing performer』(唯一の素晴らしき驚異的なパフォーマー)だ。サミー・デイヴィスがかつては『ワールド・グレイテスト・パフォーマー』だった。無限の可能性を秘めていた。マイケルは、それを超えていたと思う。ステージでは、あらゆる曲、どの曲にも(大規模な)プロダクション(ステージなどの仕掛け)がついているだろう。あれをやるには、本当にたくさんの仕事をしなければならない。裏方を含めてやるほうは大変だ。いやいや、僕にはできない。(笑)」 ピーボは、この話の日以降のステージで、ギター1本でテディーの「ウェイク・アップ・エヴリバディー」やマイケルの「ヒューマン・ネイチャー」を即興でちらっと歌ったそうだ。うらやましい。その前にどんな話をして、それらを歌ったのか、聞いてみたい。 ピーボから、テディーやマイケルの話が聞けたのは嬉しかった。 回数も数えられないほどの来日履歴を誇るピーボだけに、日本のミュージシャン友人も多い。数多くのミュージシャンたちが、ピーボのステージを見に訪れている。そうそう、今回も、彼は「フィール・ザ・ファイアー」を歌ってくれなかった。テディーもステファニー・ミルズと歌っていたっけ。次に来日する前に、リマインドのメールを送っておかないと…。(笑) (テディー・ペンダーグラスのフィリーからの3枚目以降6枚目までが、近々紙ジャケットで再発売されます。1-2枚目は既発。詳細はまた後日) ■ 過去関連記事一覧↓ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100131.html ■ ピーボ・ブライソン (現在のところ最新作) ミッシング・ユー posted with amazlet … Continue reading

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●ケント・モリ~その存在理由

●ケント・モリ~その存在理由 【Kento Mori: The Reason To Be Here】 強烈。 西寺郷太さんのはからいで、ケント・モリくんに会うことができた。そして、いろんな話をした。当初は、午後7時から2時間くらいの感じかと思っていたが、これがとんでもない。マイケル話でみんなで盛り上がり、最初に話をしていたスタジオから三茶サンキングへ移動。結局朝までになってしまった。 会った印象はとにかく強烈なエネルギーがある人物だということ。しかも、超ポジティヴなエネルギーに溢れている。その一点だけでも素晴らしい。しかもフレンドリーないい人物。僕自身も、久々に人と会って、プラスのエネルギーをたくさんもらった感じがする。それは郷太くんも同じだったようで、今、真剣に執筆しているマイケル・ジャクソンの新書原稿が煮詰まり、ちょっとやわになっているところにケントくんと会って、「がぜん、やる気が出た」と言っている。 1985年3月3日生まれのケント・モリくんは2006年4月、意を決して渡米。それからすべての出来事が、運命的に起こっていく様子は、劇的なドラマそのものだ。僕自身も、Everything happens for a reason(すべての出来事には、理由がある)という言葉を信じるが、彼の場合、それをこれでもか、これでもかと、地で行く人生を歩んでいる。彼自身の言葉の節々に、「理由があって、そのことが起こっている」という表現が出てきたのも頷ける。 もうひとつ、これは僕自身が考えた言葉で、「人生は5分で変わる」というものがある。たった5分の凝縮された何かがあれば、その人の人生は劇的に変わる、というものだ。たとえば、シンガーやミュージシャンが素晴らしいパフォーマンスを見せれば、そのたった5分のステージで、オセロゲームの白と黒が一瞬に逆転するように、すべて変わることがある。 マイケル・ジャクソンが『モータウン25』で見せた「ビリー・ジーン」のパフォーマンスは、この「人生は5分で変わる」の典型的な例だ。スポーツ選手も、特に個人技の場合、それが起こる。ダンサー、シンガーたちにはそういうことが起こりやすい。 ケント・モリくんにとっては、マドンナのオーディション、そして、マイケルのオーディションは、まさに「人生は5分で変わる」の瞬間だった。 マイケルのオーディションのとき、他のダンサーたちのことは気になったのか、と聞くと、「いや、とにかく自分自身が最高のパフォーマンスをすることに集中した。そうすれば、受かると絶対思ってました」と言うのだからすごい。 マドンナのツアー・メンバーに選ばれ、そのツアーに出たことで得た自信を元にマイケルのオーディションに出向き、合格。しかし、マドンナとの契約が残っていたために、泣く泣くマイケルの『ディス・イズ・イット』を断念。しかし、誰も予期せぬ形でマイケルが急死。その直後、マドンナのステージで、マイケル・トリビュートを、ケント・モリが敢行。それがまた大評判となり、ケント・モリは世界から注目されるダンサーとなっていく。そして、マドンナ・ツアー終了後、「マイケル・ジャクソン・トリビュート」のツアーへ。 マドンナとの契約があったために、世界一仕事をしたかったマイケルのダンサーになれず、大きく落ち込んだ彼。だが、マイケルのツアーにいけなかったことにも理由がある、それはいつかわかる、と彼は祖父に言われたそうだ。それがマイケルの死などということは、誰にもわからなかった。 10日から一瞬LAに行くというので、何しに行くのかと尋ねると、AIとの仕事だという。だが、まだAI本人には会ったことがない、という。そこでサンキングからAIに電話して、「ケント・モリがいるから来ない?」と誘うとAIもやってきて、マイケル談義が盛り上がった。おもしろいことに、LAではAIの妹とはすでに知り合っていて、AIとは電話では話したことはあった、という。ダンサー仲間との接点、共通の知り合いも多数いるようだった。 みんなでわいわいいいながらマイケルの『ブカレスト』のDVDを見ていると、ケントくんは踊りだした。「ビリー・ジーン」「ヒューマン・ネイチャー」など大喝采。また、『ディス・イズ・イット』(ブルーレイ版)を一緒に見ながら、解説を受け、ケントくんが一瞬映る瞬間などをコマ止め、まき戻しして見たりしているうちにあっという間に朝になった。 人との出会いが、出来事を生み出し、その出来事が、次の出来事につながり、何かが起こっていく。それは神が描く華麗なるシナリオさながらだ。僕は彼を見ていて、「ものすごく引きの強い男、そういう運命の元に生まれた男」と強く思った。そして、ケント・モリには、マイケル・ジャクソンのエクステンションとなって、そのメッセージを伝え、広めていくという大きな存在理由がある。 ソウル・サーチンでは今後も彼の一挙手一投足に注目していく。 ■ マイケル・ジャクソン『ディス・イズ・イット』(ブルーレイ) マイケル・ジャクソン THIS IS IT(特製ブックレット付き) [Blu-ray] posted with amazlet at 10.02.09 ソニー・ピクチャーズエンタテインメント (2010-01-27) … Continue reading

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⊿ブッカーTライヴ@ブルーノート

⊿ブッカーTライヴ@ブルーノート 【Booker T Live: Standing In The Shadow Of MGs】 陰。 前回のブッカーTの来日は2008年11月。そのときは、MGズのドナルド・ダック・ダン、スティーヴ・クロッパーとブッカー、そしてドラムスの4人。4人だがきっちりMGズ。あのときは、今は亡き忌野清志郎さんが、飛び入りで入って、「ソウル・マン」などを歌った。あれから半年後には、亡くなってしまったなんて、今でも信じられない。それから1年3ヶ月ぶりの来日。 今回は、ブッカーTに若手サポートが4人来て、オンステージは5人。MGズは気心知れた、以心伝心の仲間たちがひとつのユニットとしてオールド・ファッションな素晴らしいグルーヴを醸し出していた。だが、今回はサポートが若手とあって、ブッカーT教授の元、その生徒たちが宿題をこなすが如くプレイをしている。若手はMGズの陰に遠慮している感もある。そんな印象を受けた。教授は、しっかりハモンドを鳴らす。 観客は、ブッカーTの熱心なファン風の人たちが多いようで、前列に座っている若者はビートに合わせて、思い切り頭を左右に振っていた。その振りっぷりは、ミュージシャンたちをも凌駕していた。 冒頭3曲は、彼の2009年4月リリースの最新作『ポテト・ホール』から。これは先日のグラミーで、「ベスト・ポップ・インストゥルメンタル部門」を見事受賞。ブッカーTもそのことに触れていた。そして、5曲目からはブッカーTがギターを持ってステージ中央に進み、ギターを弾きながらアルバート・キングなどでも知られるブルーズ曲「ボーン・アンダー・ザ・バッド・サイン」を歌う。歌とギターは愛嬌だが、さらに、サム&デイヴ、オーティス曲を独自のサウンドで。アル・グリーンの「テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー」あたりは、メンフィス、さらにウィリー・ミッチェルへのトリビュートだったのかもしれない。そして、曲の一部でドラマーのダリアンがラップをいれる。 そして、新作タイトル曲をやったあとは、一気に大ヒット・メドレー。やはりこのあたりは受ける。 ライヴが終わりレジに進むと、そこには、清志郎さんがブルーノートのステージで歌っている勇姿の写真が額に入れて飾られていた。僕は幸運にも清志郎さんの歌う姿をこのブルーノートで4回見た。その4回目が前回のブッカーTのときだった。ブルーノートのステージにも確実にミュージシャンたちの血と汗と涙が沁みついているなと思った。 サイン会もしっかりしていた。客席に『ポテト・ホール』のライナーノーツを書いている音楽評論家の大友博さんを発見。久しぶりだったので挨拶してちらっとお話。今年もグラミーを見に行っていたそうだ。 (ライヴは2010年2月10日水曜まで、東京ブルーノートで) ■過去記事 2008年11月21日(金) 忌野清志郎、ブッカーT&ザ・MGズライヴにまたまた飛び入り http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20081121.html 2008年11月24日(月) 忌野清志郎、MGズに3度目の登場 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20081124.html ■ 最新作『ポテト・ホール』 ポテト・ホール posted with amazlet at 10.02.08 ブッカー・T SMJ(SME)(M) (2009-04-22) 売り上げランキング: 27566 Amazon.co.jp … Continue reading

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△ツイッターとUストリーム:今後の可能性

△ツイッターとUストリーム:今後の可能性 【Twitter And Ustream: 】 試行錯誤。 昨日のブログで告知したが、2010年2月19日(金)午後7時から六本木ツタヤで行われる橋本徹さんと僕(吉岡正晴)のトークショーは、ワックスポエティックス主催だが、あの告知記事を書いているときに、「あ、これも、Ustream(ユー・ストリーム)」で生中継すればいいのでは、と思いつき、さっそくその旨編集長にメールしたら、「僕も同じことを考えていました」との返事が来た。うまくできれば、Uストリームで生中継できるようにします。 もしそうなったら、たとえば、よくある生中継のときの「前煽り番組」でもあるとおもしろいかな。ほら、「グラミー生中継」とかボクシングの大試合の前の「今年の傾向は~~」とか、「今回の試合の流れは~~」とか、そういう前説の番組なんかがあってもおもしろい。 先日、孫正義氏の決算報告会の様子をUストリームの生中継で見ていたら、実に孫さんのプレゼンが上手なので感銘した。で、そのとき、ソフトバンクは、もうこのUストリームの株を十数パーセント買収していて、筆頭株主かなんかになっているそう。さすが、目の付け所がめちゃくちゃ早い。(コンピューター業界の人にとっては、別に早くもなんともないかな) 孫さんは、話し方もゆっくり、平易な言葉で、変にカタカナ語を多用することもなく、誰にでもわかるように話す。プレゼンの鏡だ。いや、人前で話す話し方の鏡だ。それに記者からの質問にも丁寧にわかりやすく答え、応えられないところはきっぱりと「ノー・コメントです」と遮断する。見事なやりとりだ。 僕はヤフーBBが始まった頃、一度すぐに契約したが、不具合が多く、それを直すための対応がひどかったのですぐに解約。以後ヤフーに対しては悪い印象を持っていた。だが孫さんのこの報告会でのやりとりを見て、ヤフー・ソフトバンクを見直した。 昨年暮あたりから、ツイッター(Twitter)とUストリーム(UStream)は、台風の目だと感じている。ツイッターは、ブログなんかと比べて圧倒的に「敷居が低い」。何でも気軽につぶやけるところがよい。一方、140字という制限があるから、何かを伝えたいときには、文章は簡潔に、短く、要点をしっかりとつかんで書かないといけない。これがまた鍛錬になる。また、これをフォローする側も、別になんの気負いもなくただフォローすればいいだけで、お気軽お気軽。その人のつぶやきが多すぎると思えば、はずせばいいだけの話し。このあたりのゆるさが、いかにも今風だ。 これはツイッターでもつぶやいたが、最近たとえば印刷物用の原稿で150字のものを10本書くなんてとき、いつのまにか、ツイッター調に文章がなっているのが、自分でも笑えた。体言止め、無駄な「句読点」を省く。要点をクリアにする。短い原稿の方が、そもそも難しいのだ。でも、原稿なんてことではなく、ただのつぶやきでいいのだから、楽でいい。 僕はツイッターは情報収集にとても便利だと感じている。そして、140字の作文は、作文の鍛錬になる。 僕のツイッターはこちら。お気軽にフォロー、どうぞ。 http://twitter.com/soulsearcher216 Uストリーム。 Uストリームは、トークものには圧倒的な利便性を出す。トークショー中継、パネル・ディスカッション中継、そして、ライヴ系、スポーツ中継などだ。もちろん、音楽のライヴものにも強さを見せるが、現状では、著作権をどうクリアするかが課題。もちろんゲリラ的に、初期のYou Tube(ユー・チューブ)のようにやってしまうことも可能で、そうした動きはどんどんと広まるだろうが、何か折衷案は出るのだろうか。 Uストリームをする主催者が、JASRAC(日本著作権協会)にいくばくかの金を払う、というのもなんかおかしな話だ。というのは、Uストリームでは全世界に生放送できるが、JASRACは、国内での使用に関して集金する出先機関のようなもので、世界を仕切っているわけではないからだ。いっそのこと、Uストリームでの実演、生放送はすべて無料で許諾、みたいにしてしまえば一番いい。 これに関しては、沖野修也さんが、2010年2月7日深夜0時から1時まで、JASRACに許諾を与える前の楽曲(JASRACに登録していない作品。著作権の集金団体が決まっていない楽曲。原盤権も持つもの)だけで、渋谷のクラブ「ザ・ルーム」から1時間Uストリーム中継した。これは文句なく合法なUストリーム利用法だ。 著作権なんていうのは、人間の歴史の中でせいぜい500年くらいのもの。著作権で大もうけできたのは、言ってみれば、バブルみたいなもの、という見方さえある。 Uストリーム、今後どのように使われていくのだろうか。ものすごく可能性を感じる。Uストリームとツイッターの合わせ技は、きっと何かうまいものがあるはず。どちらも、まだまだ試行錯誤の段階だが、四の五の言わず、とりあえず慣れてから、いい使い方を思いつけばいい。 ENT>ESSAY>

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☆雑誌ワックスポエティックス最新号まもなく発売~イヴェント2本も

【Jディラ追悼イヴェント、橋本徹氏と吉岡正晴トーク・イヴェント】 イヴェント。 ニューヨーク発の先鋭的な音楽雑誌ワックスポエティックス・ジャパンが、最新第8号を2010年2月10日(水)に発行するが、それと連動して、イヴェントを2本行う。 第8号内容↓ http://www.waxpoetics.jp/event/flyer/20100210/ ひとつは、最新号の特集記事にもなっているヒップホップ界のプロデューサーで、4年前に32歳で死去したジェイ・ディーことJディラ追悼イヴェント。Jディラの弟イラJを招き、雑誌発売日2月10日に代官山ユニットで行う。 もうひとつは2月19日(金)午後7時から六本木ツタヤで行われるトーク・イヴェント。トークは人気CDシリーズ『フリー・ソウル』のコンピレーションでおなじみの選曲家、DJ橋本徹氏と吉岡正晴。トーク・テーマは、雑誌ワックスポエティックスについて、8号でも特集している『フリー・ソウル』について、そしてマイケル・ジャクソンについてなど。入場無料。 第8号の表紙は、実は2パターンあり、ロジャーが共通の裏表紙だが、表表紙にはJディラのヴァージョンと、パブリック・エナミーのヴァージョンがある。Jディラは16ページ+クエスト・ラヴが語るJディラ、3ページの大特集、パブリック・エナミー関連ハンク&キース・ショックリーも17ページの大特集だ。そして、これも故人となっているトークボックスで知られるファンク・マスター、ロジャーの特集が11ページなど。あいかわらず、超読み応えがある内容になっている。 同誌は送料無料で年間購読ができる。発売日までに毎号最新号が届く。定期購読の場合、印刷工程などの日程で、書店よりも早く届くことがある。 https://www.waxpoetics.jp/store/products/detail.php?product_id=53 また音楽雑誌の中でも大変資料性が高いことから、バックナンバーを置くCDショップ、書店も多い。 今号関連のイヴェンの詳細は、下記ワックスポエティックス・ジャパンのウェッブにあるが簡単な内容は次の通り。 http://www.waxpoetics.jp/ ■ イヴェント概要 1)-A Tribute to J DILLA- 日時 2010年2月10日(水) 23時30分~ 会場 代官山ユニットUNIT / SALOON 03-5459-8630 www.unit-tokyo.com www.myspace.com/unittokyo 渋谷区恵比寿西1-34-17 ザ・ハウスビルB2/B3F 入場料 前売り3000円、フライヤーあり3500円、当日4000円 ライヴ出演者 ILLA J (Delicious Vinyl / Detroit) 出演DJ DJ MURO, DJ KIYO … Continue reading

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◎『ウィ・アー・ザ・ワールド:25 フォー・ハイチ』動画など

◎『ウィ・アー・ザ・ワールド:25 フォー・ハイチ』動画など 【More Update For “We’re The World : 25 For Haiti”(Part 2)】 アップデート。 「ウィ・アー・ザ・ワールド25 フォー・ハイチ」のプロジェクトについて、さらなるアップデート情報。記者会見の様子が動画などで出始めた。このプロジェクトは、アメリカ音楽業界で2010年最大のニュースかもしれない。 いくつか新情報を。 1)キャサリン・ジャクソン(マイケルの母親)の要請で、著名な詩人メイヤ・アンジェルーが詩を書き下ろし、「ウィ・アー・ザ・ワールド25」のエンディングで朗読されることになりそうだ。そのナレーションにジャクソンの子供の起用という話が持ち上がっている。ジャクソンの子供が、パリス、プリンスらを意味するのか、その他のジャクソン家の子供たち、レコーディング・セッションに参加していたグループ、3Tのメンバーなのかは不明。 2)記録映像は、3Dで撮影された。2月12日のテレビ(冬季オリンピックの開会式関連のセレモニー中に公開予定)でも、3Dで放送されるかもしれない。今回の記録映像が、3Dで撮影されると聞いてバーブラ・ストライサンドが言った。「私の鼻はどう映るのかしら?」 (バーブラは独特のちょっと高い鼻がトレードマーク) 3)まだオフィシャルから正式には発表されていないが、今回のレコーディングの参加者は少なくとも81名。前回の45名の倍近くになった。参加リストにアース・ウィンド&ファイアーの名前があるが、この場合4名なのか、ここから何人参加したのかなど細かいことはまだわからない。 4)今回のレコーディング・スタジオは、前回のスタジオと同じ。当時はA&Mスタジオと呼ばれていたが、現在は呼称が「ヘンソン・レコーディング・スタジオ」となっている。 5)「ウィ・アー・ザ・ワールド25」は、もともと2010年1月28日に、同じスタジオでクインシー、ライオネルの音頭で、再録音しようという計画があった、という。これまでにも、何度か周囲から再録音を誘われていたが、なかなか実現までこぎつけなかったようだ。それがハイチ大地震の発生で、このチャリティーにしようということになった。また、前回は、「アメリカン・ミュージック・アワード」の授賞式の直後にレコーディングしたが、今回は「グラミー賞」授賞式の翌日にレコーディングが組まれた。前回はレコーディングのスタートが夜遅く、未明までかかってしまったため、今回は翌日の午後からスタートすることにしたようだ。 6)”Please check your egos at the door”(あなたのエゴ=わがまま=は、このドアで捨ててきてください) この有名な張り紙は、今回もスタジオの入口に張られたようだ。 MTVウェッブでの動画。 http://www.mtv.com/videos/news/478110/celebrities-describe-working-on-we-are-the-world-remake.jhtml#id=1631035 ENT>NEWS>We Are The World

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◎『ウィ・アー・ザ・ワールド:25 フォー・ハイチ』続報

◎『ウィ・アー・ザ・ワールド:25 フォー・ハイチ』続報 【More Update For “We’re The World : 25 For Haiti”】 続報。 グラミー賞受賞式が行われた翌日の2010年2月1日。クインシー・ジョーンズとライオネル・リッチーの呼びかけで集まった70人以上のスターたちが録音した「ウィ・アー・ザ・ワールド」。1月12日に起こったハイチ大地震の被災者救済のチャリティー・シングルは、正式なタイトルが「We’re The World : 25 For Haiti」となり、2月12日ヴァンクーヴァー冬季オリンピックの開会式セレモニーの中で、録音風景などとともにNBCテレビが生中継する。このときは、その映像は3Dで放映されるという。このビデオは、『ミリオン・ダラー・ベイビー』などで知られるポール・ハギスが監督。この作品からの収益はすべて「ウィ・アー・ザ・ワールド基金」に行き、そこからハイチの人々へわたる。ハイチ出身のワイクリフ・ジーンもエグゼクティヴ・プロデューサーの1人となっている。 さらに昨日以降、いくつかアップデートされた情報が集まっているので、簡単にまとめておきたい。 そもそもこのプロジェクトは、今年の1月28日がオリジナルの「ウィ・アー・ザ・ワールド」の歴史的レコーディングが行われてからちょうど25周年になるということで、何かをやろうということになっていた。そのための準備がクインシー、ライオネル周辺で計画されていた。そんな中、1月12日に突然ハイチに大地震が起こり、すでに20万人もの犠牲者が出る史上稀に見る大惨事になった。そこで、この「ウィ・アー・ザ・ワールド」をこのハイチ救済のために再録音しようと、軌道修正された。 今回集まった70人以上は、発起人のクインシー、ライオネル以外、前回レコーディングに参加したものは1人も参加していない。ここは憶測だが、前回の参加者を1人呼ぶと「彼は呼んで、こっちは呼ばない」などとなると収拾が付かなくなるので、それなら、いっそのこと全員呼ばず、新しい人たちを集めようとしたのかもしれない。 ライオネルによれば、「(新しい人だけでやったことについて)それは、ひじょうに厳しい決断だった。みんなこれにかかわりたいわけだからね。だが、バトンを次(の世代)に手渡さなければならないときもあるのだ」と言う。ライオネル自身も、今回は歌わず、彼のパートはジャスティン・ビーバー(1994年3月1日カナダ生まれ)に譲っている。 またライオネルによれば、前回のレコーディングと一番の大きな違いは、前回は自分のパートがないときには、参加者は手持ち無沙汰にしていたが、今回はみな携帯でツイッターをやったり、写真を撮ったりして、以前より録音に時間がかかってしまったことだという。 楽曲は、全員のコーラスによるビル・ウィザースの作品「リーン・オン・ミー」の一部をアカペラで歌うシーンが入っている、という。これは、長時間立ったままレコーディングしていたために、参加者の1人、メラニー・フィオナ(1983年7月4日カナダ・オンタリオ生まれ)の足が痛くなり、隣にいたミュージック・ソウルチャイルドに『あなたに寄りかかるわI was going to lean on you』と言ったところ、彼が『this isn’t ‘Lean on Me.’(寄りかかってる場合じゃないだろ)』と答えた。すると、それを聞いた誰かが「リーン・オン・ミー」といい、セリーヌが「リーン・オン・ミー」を歌いだした。そして、みんなで一緒にコーラスをして歌い始めた、という。 元の楽曲でマイケル・ジャクソンが歌ったラインは、妹ジャネット・ジャクソンが歌うが、ジャネットはすべてではなく、若干マイケルの声も残される、という。 『アメリカン・アイドル』出身のジョーダン・スパークス(1989年12月22日生まれ)は、1985年の時点ではまだ生まれていなかったが、この楽曲が持つインパクトは、ジョーダンに大きな影響を与えていたという。 エイコンは、つい最近までマイケルと一緒に曲作りをしていたと伝えられているが、その作業中にマイケルから、オリジナルの「ウィ・アー・ザ・ワールド」のレコーディングのときの様子などの話を直接聞いていた、という。だから、まさか今回この新録に立ち会えるなどということは想像だにしていなかった、という。 ライオネル・リッチーとクインシーは、今回は完全に裏方に回っているが、リッチー曰く「信じられないかもしれないが、マイケルがもし生きていたら、必ずや、彼もこのプロジェクトを裏方で支えたと思う」。 ジョッシュ・グローバンは、ケニー・ロジャースとポール・サイモンがハーモニーを取っていた部分を歌う。 … Continue reading

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○『ウィ・アー・ザ・ワールド』四半世紀経て再度録音~ハイチ救済で

○『ウィ・アー・ザ・ワールド』四半世紀経て再度録音~ハイチ救済で 【Quincy Recorded New “We’re The World” For Haiti】 再度。 クインシー・ジョーンズとライオネル・リッチー、マイケル・ジャクソンが音頭を取り、1985年1月にレコーディングされたチャリティー・ソング「ウイ・アー・ザ・ワールド」が、2010年1月12日大地震に襲われたハイチの被災者への基金用に、2010年2月1日(月)再度録音された。今回もクインシーとライオネルが声をかけて70人以上のセレブたちがこのレコーディングに集まったが、前回(1985年)のセッションに参加した人は、1人も参加していない。また録音スタジオも、25年前と同じハリウッドのA&Mスタジオ。 参加者は、ピンク、セリーヌ・ディオン、ナタリー・コール、ジョナス・ブラザース、カニエ・ウェスト、トニー・ベネット、ジェニファー・ハドソン、エイコン、そして、驚いたことにスーパースター、バーブラ・ストライサンドまで。バーブラは、自身のピッチが不満で何度も自分のパートを録音し直した。バーブラは、オリジナルではダイアナ・ロスが歌っていたパートを録音したが、彼女に付きっ切りで歌唱指導したのは、パティー・オースティンだった。 また、本来であればギターで参加のカルロス・サンタナも歌で参加。一方、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンとアル・ジャーディンはお互い無視しあっていた、という。 この中には15歳のカナダのジャスティン・ビーバーなどもいたが、ジャスティンはオリジナルが録音されたときは、もちろんまだ生まれていない。ナタリー・コールによれば、お互いがファン同士なので、ここで会ったスーパースターたちがそれぞれ連絡先を交換するなどしていた、という。 リル・ウェインとバーブラの間に入ったジョシュ・グローバンは、今までにない緊張をしたといい、このセッション自体が「インスパイアード・ケオス(お互いが影響しあうケオス(混乱)」だったと述べた。 またそのリル・ウェインは、母親からグラディス・ナイトと一緒の写真を撮るように言いつけられた。彼は、オリジナルではボブ・ディランが歌っていたところを歌った。ラッパーとしては、他にLLクール・J、ブラック・アイド・ピーズのウィル・アイアムも参加。 オリジナルの歌詞に若干の変更が加えられ、ウィル・アイアムのラップも追加される。また元曲でマイケル・ジャクソンが歌っていたラインを、1985年のセッションには参加していない妹のジャネット・ジャクソンが火曜日にアトランタから録音する予定。 このレコーディングに声をかけたが、残念ながら参加できなかったアーティストは、ビヨンセ、ジェイZ(翌日すぐにニューヨークに帰った)、テイラー・スイフト(翌日オーストラリアへ出発)、レディー・ガガも不参加となった。 火曜遅くまでレコーディング作業は続き、完成されたヴァージョンは2010年2月12日、ヴァンクーヴァー冬季オリンピックのセレモニーで公開される予定だ。 ■ビルボード誌 http://www.billboard.com/#/news/quincy-jones-gathers-stars-for-we-are-the-1004064069.story ■ロイター配信 http://www.reuters.com/article/idUSTRE6111GH20100202 ENT>NEWS>Haiti

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◆第52回グラミー、もっとも印象に残った10の瞬間

◆第52回グラミー、もっとも印象に残った10の瞬間 【The Most Memorable Moments Of 52nd Grammy Night】 瞬間。 2010年1月31日にロスアンジェルスのステイプルズ・センターで行われたグラミー賞授賞式。約3時間半におよぶショーの中で、個人的にもっとも印象に残った10の瞬間。 1)マイケル・ジャクソン・トリビュートの「アース・ソング」のパフォーマンス。3Dめがねをかけたビヨンセやその他のセレブたち。そして、セリーヌ、アッシャー、キャリー、ジェニファー、最後にスモーキー・ロビンソンの登場。いかにもグラミーらしい人選に妙な「グラミー感」「グラミー観」を見た瞬間。特に最後にスモーキーを登場させたところはうまい。 2)この日のショーストッパーは、いかなるエンタテイナーでもなかった。あのスーパースターの子供たち、2人だった。プリンス・ジャクソンとパリス・ジャクソン。プリンスは、すっかり大人になった印象。ここ数ヶ月で何年分もの成長をしたのではないだろうか。同じくパリスにも同印象。そして、ここで神様とファン、そして祖父母への感謝の言葉は言うが、彼らの叔父叔母たちへの感謝はなかった。深い意味はあるのだろうか、と思わせられた瞬間。その毅然とした態度に、叔父たちをはじめとする周囲の遺産争いの現実を見て、呆れているのかもしれないとも思った。 3)これは、グラミー本編ではないが、この頃、マイケルの弟、ランディー・ジャクソンは、ジャクソン兄弟たちは、この場にいたかったが、NARASから招待されなかった、とツイッターでつぶやいた。 So proud, my brother being honored 2nite w/the Lifetime Achievement Award. My family would love to be there but truth is, we weren’t invited. posted at … Continue reading

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(速報)★第52回グラミー賞決定(パート1)~ビヨンセは6部門、主要3部門は3者で分ける

(速報)★第52回グラミー賞決定(パート1)~ビヨンセは6部門、主要3部門は3者で分ける 【52nd Grammy Final】 勝者。 第52回グラミー賞は2010年1月31日(日本時間2月1日午前10時から)ロスアンジェルスのステイプルズ・センターで発表された。 アルバムは、ビヨンセではなく、対抗のテイラー・スイフト、レコードは予想外のキングス・オブ・レオン、ソングはビヨンセ、新人はザック・ブラウン・バンドだった。主要3部門は、それぞれ、ビヨンセ、スイフト、キングスと、それぞれで分けた形となった。 パフォーマンスでは、マイケル・ジャクソン・トリビュートにセリーヌ・ディオン、アッシャー、スモーキー・ロビンソン、キャリー・アンダーウッド、そして、ジェニファー・ハドソンが参加し、マイケルのトラックにあわせて「アース・ソング」を歌った。会場では3D映像が流され、観客は3D眼鏡をかけて鑑賞した。 +++ ソウル・サーチャーの予想は、全49部門で本命で19部門、対抗で11部門、はずれが19部門、本命と対抗での的中率は6割1分2厘、過去8年で最低だった。さすがに例年になく難しかった。特に主要4部門の「レコード」と「ソング」をはずしたのは痛かった。ビヨンセは「ソング」をはずすと見たが、取ったのが「ソング」で完全に裏目。「レコード」のキングス・オブ・レオンは、会場内でも驚きだったようだ。 これまで過去の予想とその結果は次の通り。(過去分はすべてソウル・サーチン・ダイアリーに予想と結果がでています) 2009年度(52回)(2010年1月31日発表)49部門 本命的中19 対抗的中11計30部門 .612 2008年度(51回)(2009年2月8日発表) 44部門 本命的中19 対抗的中15 計34 .773 2007年度(50回)(2008年2月10日発表) 46部門 本命的中24部門 対抗16部門 計40部門 .870 2006年度(49回)(2007年2月11日発表)42部門 本命的中19部門 対抗9部門 計28部門 .667 2005年度(48回)(2006年2月8日発表)42部門 本命的中18部門 対抗12部門 計30部門 .714 2004年度(第47回)(2005年2月14日発表)46部門 本命26部門 対抗7部門 計33部門 .717 2003年度(第46回)(2004年2月8日発表) 47部門 本命20部門 対抗14部門 計34部門 .723 2002年度(第45回)(2003年2月23日発表) 33部門 本命18部門 対抗5部門 計23部門 .696 (発表日は現地時間、日本時間はこの翌日にあたる) 第52回グラミー賞(2009年度)オフィシャル。全勝者リストはこちら。 http://www.grammy.com/grammy_awards/52nd_show/list.aspx (グラミーに関しては、明日付けのブログでもご紹介します。) 主な勝者は次の通り。 Album Of The Year: 本命I Am…Sasha Fierce (Beyoncé) The E.N.D. (the Black Eyed Peas) The Fame … Continue reading

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▲マイケル・ジャクソン・トリビュート、グラミー賞で「アース・ソング」の3D映像公開

▲マイケル・ジャクソン・トリビュート、グラミー賞で「アース・ソング」の3D映像公開 【3D “Earth Song” Will Be Revealed At 52nd Grammy】 トリビュート。 2010年1月31日夜(=米西海岸時刻夕方5時=日本時間2月1日午前10時)からロスアンジェルスのステイプルズ・センターで発表されるグラミー賞授賞式でのマイケル・ジャクソン・トリビュートの一部がわかった。同センターは、マイケルがロンドンに行く前に、ずっとリハーサルを行っていた同じ会場。 ここではロンドンで行われる予定だった『ディス・イズ・イット』のライヴで使われる「アース・ソング」の3D映像が流される。この映像が公開されるのは世界初で、おそらく現地では3Dで流され、テレビでは通常の映像が流されるものとみられる。会場では、3Dめがねも用意されるのかもしれない。 この映像にあわせ、ジェニファー・ハドソン、スモーキー・ロビンソン、キャリー・アンダーウッド、アッシャー、セリーヌ・ディオンらが歌を歌う。ひょっとすると「アース・ソング」を歌うのかもしれない。 ここでは、マイケルの3人の子供が「ライフタイム・アチーヴメント賞」を受賞する。マイケルのほかに、「ライフタイム・アチーヴメント賞」を受賞するのは、レオナード・コーエン、ボビー・ダーリン、デイヴィッド・ホニーボーイ・エドワーズ、ロレッタ・リン、アンドレ・プレヴィン、クラーク・テリーら。 今回のグラミー賞授賞式での、予定されているライヴ・パフォーマーは次の通り。ジャスティン・ティンバーレイク、ジェフ・ベック、レディー・ガガ、ビヨンセ、ブラック・アイド・ピーズ、メアリーJ・ブライジ、アンドレア・ボッチェリ、ボン・ジョビ、デイヴ・マシューズ・バンド、ドレイク、エミネム、ロバータ・フラック、ダグ・E・フレッシュ、エルトン・ジョン、マックスウェル、ピンク、スラッシュ、テイラー・スイフト、ザック・ブラウン・バンドなど。 当日は全109部門中、99部門ほどが、10時までのプレ・テレビ放送で発表され、残り10部門ほどを全米および世界テレビ生中継の中で発表することになっている。 +++ グラミー賞は、全米ではCBSが生中継、日本では有料衛星テレビ局ワウワウ(WOWOW)で生中継。ラジオはインターFMが生中継する。また、グラミーのフェイスブック、ツイッターなどでも随時情報が更新される。 本ソウル・サーチンでも、2月1日は午前中から速報をお伝えする予定。 +++ チャーリー・ウィルソン(元ギャップ・バンド)のソウル・サーチン どん底。 今回のグラミーでR&B部門「男性パフォーマンス」と「R&Bアルバム」の2部門でノミネートされているチャーリー・ウィルソンは、1980年代中頃、ギャップ・バンドが事実上解散した後、ドラッグ中毒になり、1993年から1995年まで一時期ホームレスにまで落ちぶれていた、という。そして、1995年、ドラッグのリハビリセンターに入り、奇跡的に復活。その後、スヌープ・ドッグがチャーリーを再発掘したことで、再び脚光をあびることになった。貧困から、ギャップ・バンドで大成功、再び落ちるところまで落ちホームレスとなり、そこから再度這い上がり、グラミーのノミネートまで来た。まさにソウル・サーチンを地で行くストーリーを持っていた。改めてゆっくりこのソウル・サーチン・ブログでもご紹介するが、一足先にそんなストーリーを書いた記事。↓(英語) http://www.usatoday.com/life/music/awards/grammys/2010-01-25-charlie25_CV_N.htm 2010年1月25日付の記事。USAトゥデイ誌。インタヴュー映像も。彼が1月29日に57歳になった、とこの中で書かれている。 こんなどん底を味わっていたなんて、まったく知らなかった。復帰しての来日だったら、過去来日したとき(2007年4月、2008年8月)も、ごきげんだったわけだ。 2007年04月25日(水) チャーリー・ウィルソン・ライヴ評 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070425.html 2008年08月06日(水) チャーリー・ウィルソン 93分、汗だくファンクの真髄 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20080806.html 今回グラミーにノミネートされた作品『アンクル・チャーリー』 アンクル・チャーリー posted with amazlet at 10.01.31 … Continue reading

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