Monthly Archives: January 2010

■ピーボ・ブライソン&レジーナ・ベル・ライヴ(パート1)

■ピーボ・ブライソン&レジーナ・ベル・ライヴ(パート1) 【Peabo Bryson & Regina Belle Live (Part 1)】 感動。 毎年初頭恒例ピーボ・ブライソンのライヴ。昨年(2009年)は2月に、当初はレジーナ・ベルを迎える予定だったが、急遽レジーナがだめになり(腫瘍除去手術だったらしい)、デニース・ウィリアムスとの2人のショーになった。とはいえ、僕個人は昨年はマーヴィン・ゲイの翻訳にかかりきりだったので行けなかった。なので、ピーボに会うのは2年ぶりということになる。 やっぱり彼の歌やレジーナの歌を聴くと、僕は本当に歌がうまいシンガーが好きなんだな、ということを再確認する。両者とも、文句などありません。ただその歌のうまさにひれ伏します。しかも、ピーボは徹底した営業路線。毎回おなじみ冒頭全員握手の儀式から始まる。僕が見た日はだいたい10分近くかけて全員と握手した。これを1日2ステージ、10回ほどやるんだから、並大抵のサーヴィス精神ではない。 この日感動の波は2度訪れた。「ミッシング・ユー」が始まる前、キーボードの音がゆるく静かに流れる中、彼はこんなことを話し始めた。 「僕は若かった頃、ハイチを訪ねる機会がありました。6ヶ月ほど滞在したんですが、そこでの経験はそれまでの人生にまったくなかった新鮮なものでした。そして、今CNNをつける度に、僕の心はとても痛みます。未だにハイチには友達がいるんです。今こそ、もっともつらい厳しい時期を過ごしているハイチの人々のために祈りを捧げたいと思います。多くの人に生き延びて欲しいと神に祈ろうと思います。そして不幸にも亡くなってしまった人たちにも神の祈りを捧げたい。 将来、僕も、そしてあなたたちも、この2010年という年を思い出すことでしょう。ある人々、ある場所、ある関係…。僕にはもちろん家族がいます。そして逝ってしまった友達…。僕は亡くなってしまったマイケル・ジャクソンを偲びたい。(I will miss Michael Jackson) 彼とは毎日電話をする仲ではありませんでした。でも、彼に会ったことが、つい昨日のように思われます。そして、とてもよい友達だったテディー・ペンダーグラスを偲びたいと思います。彼とは、何かの本について、イデオロギーについて、哲学について、何についてもさかんに議論したものです。そんなことが懐かしい。彼らの音楽、彼らとの友情、すべて思いだします。…そして、東京ブルーノートのみなさんにはそうしたお話をしておきたいと思いました。東京のみなさん、愛してます。(拍手) 僕は月曜日には日本を発ちますが、その瞬間からみなさんのことを恋しく思います。(I will miss you.) 僕は、みなさんと一緒にシェアできる時間に感謝したい。そして今日こうして僕があなたたちに歌うことが、将来、みなさんの語り草になればいいと思っています。僕は、顔をあわせface to face、あなたの目にeye to eye、あなたのソウルにsoul to soul、歌いたいと思います」(大意) こういう前説があってから歌われる「ミッシング・ユー」。感動しないわけがない。途中からピーボは再び、ステージを降り、観客席を回った。目の前に来たピーボの目は、涙こそ溢れてなかったが、赤くなっていた。しかし、自分があれだけ感情移入して、涙が溢れそうなほどになっているのに、なんであんなにしっかり堂々と歌えるのだろうか。まさにプロ中のプロではないか。この曲の良さもあるが、僕はそんなところにも感動した。日本人のアイドル歌手だったら、涙で歌にならなくなる。 そして、ピーボの紹介でレジーナ・ベル、登場。アイズレーの「フォー・ザ・ラヴ・オブ・ユー」で暖めて、「みなさんの両親、子供たちの親であるみなさんへ捧げます」と言って歌い始めた「イフ・アイ・クド」。レジーナはほとんど顔を天井に向けて超熱唱だ。体すべてを使ったゴスペルをベースにした熱い厚い歌唱は、その声力でブルーノートを圧倒した。素晴らしい。以前、渋谷公会堂で見た記憶があるが、ずいぶん昔のこと。こんなに熱唱したかはっきりとした記憶がない。 「イフ・アイ・クド」は、僕の大好きな1曲だ。それは、このカールから聞いた話ゆえだ。何度か紹介しているが、こんなストーリーだ。 カール・アンダーソンの「イフ・アイ・クド」物語~「人生で一番高い買い物」 http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/story/anderson199501.html そのカールも2004年に亡くなっている。 2004/02/27 (Sat) Carl Anderson Dies … Continue reading

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●第52回グラミー賞予想(パート2)

●第52回グラミー賞予想(パート2) 【52 Grammy Predictions (Part 2)】 予想。 いよいよ日本時間月曜日朝に迫ってきた第52回グラミー賞の予想パート2。 パート1は、こちら。 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10444444544.html グラミー賞の生中継は、日本では2010年2月1日月曜午前9時半から衛星放送ワウワウ(WOWOW)で。そのほかに、フェイスブック、ツイッターなどでも随時中継される。 第52回グラミー賞(2009年度)ノミネートの完全リストはこちら。 http://www.grammy.com/grammy_awards/52nd_show/list.aspx 結局今回は、主要4部門、R&B部門8などを含め計49部門を予想してみた。トータルで6割は当てたい。 Final Nominations List 52nd Annual GRAMMYョ Awards Field 1 – Pop Category 5 – Best Female Pop Vocal Performance ・Hometown Glory / Adele 本命・Halo / Beyonce … Continue reading

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⊿マイケル・ジャクソン・トーク・ショー@銀座山野楽器

⊿マイケル・ジャクソン・トーク・ショー@銀座山野楽器 【Talk Show About Michael Jackson At Yamano Gakki】 トーク。 銀座山野楽器本店で、2010年1月28日(木)午後7時から、マイケル・ジャクソンのDVD『ディス・イズ・イット』の発売を記念したイヴェントが行われ、吉岡正晴が短いトーク・ショーを行った。80席満席になり、立ち見も出た。ご来場いただいかたありがとうございます。 司会者の紹介で、壇上にあがり、まず、DVDを入手された方と訊くと、さすが8割以上の方がもう買われていた。ただ、見ていない方も多く、今日買ったばかりの方が多かったようだ。また、『マイケル・ジャクソン全記録1958-2009』をお持ちの方と訊くと、やはり7割近くの方がお持ちだった。さすがにマイケル・マニアが集まったという感じがした。また、先日22日に発売されたばかりの日経エンタテインメント増刊号『マイケル・ジャクソンThis Is It』の雑誌をお持ちの方も半数以上。この雑誌に関しては各店舗売り切れ続出で、この日、ちょうど増刷が決まった、という。雑誌で増刷が決まるなんてのは、かなり珍しい。これは、DVDを見るガイドとしては最適な1冊だ。一方で、ニューヨークの雑誌ワックスポエティックスのマイケルの表紙の号を持って行ったが、これをお持ちの方はいなかった。たぶん、あまり知られていないのだろう。そこで、この雑誌の内容を説明した。 Wax Poetics Japan No.6 posted with amazlet at 10.01.29 GruntStyle Amazon.co.jp で詳細を見る さて、トークの要旨は、最近のマイケル関連の動き、DVDの特典映像、そして、質疑応答などだった。DVDの特典映像は、映画本編と対をなし、車の両輪だという話をした。両方を見ると、マイケルがいかに壮大なエンタテインメントを作ろうとしていたか、わかる。 最近のマイケル関連ニュースでは、1)2010年1月28日が『ウィ・アー・ザ・ワールド』のレコーディングから25周年。それに照準をあわせるかのようにクインシーが音頭を取り、新たなヴァージョンを作り、ハイチへの義捐金にするというニュース、2)ハイチ関連基金では、先週セレブたちが集まり、テレソンでチャリティーでお金を集めたこと、そうした動きは、もしマイケルが生きていたらいの一番にやっただろう、ということ、3)翌週月曜(日本時間=2月1日)朝、グラミー賞が発表されるが、そこでマイケル・トリビュートが行われること、ここにはロンドン・チームの一部、またその日参加する有名ミュージシャンらが参加するだろう、といったこと、4)ロンドンで発行された超豪華本「オーパス」の話を少し、といったところを話した。 お客様から質疑応答、簡単に。 1)ダンサーのオーディションの模様は映画でも紹介されているが、ミュージシャンはどのように選んだのか。 基本的には音楽ディレクターのマイケル・ベアデンとマイケル・ジャクソンとで決めていると思う。マイケル・ジャクソンがマイケル・ベアデンを選んだのでしょう。大枠でベアデンとマイケルが候補を出し、最終的にはマイケルが決めている。ドラムのジョナサン・モフェット、コーラスのドリアン・ホリーなどは、以前のジャクソンズ、マイケルのツアーの実績があり、抜擢されたのだろうが、あたらしいジュディス・ヒルなどはオーディション、ニューヨークの売れっ子バシリ・ジョンソンなどはマイケル・ベアデンが選んできたと見られる。ギターのオリアンティーは、マイケルがグラミーを見て気に入って選んだという。 2)マイケルはフレッド・アステアにダンスの面で影響を受けていますが、具体的にどの映画に影響を受けていますか。 さすがにアステアは何十本という映画に出ているので、どの映画かというのは、タイトルはわからないですが、きっと、ほとんどすべての映画をマイケルは自宅の映画室で見ていると思う。そうしたものがマイケルのダンスに影響を与えている。「スムース・クリミナル」なんかを見ると、明らかにアステアの影響はたくさんある。たぶんアステアの映画を全部見ていくと、ここのシーンでマイケルが影響を受けたっていうのがわかると思う。 3)フレッド・アステアの奥さんが、マイケルが自身の作品の中でアステアの映像を使いたいと言ってきたが、それを断ったそうですが、なぜですか。 奥さんに聞かないとわからないですねえ。(笑)ひょっとしてお金の問題かもしれない。膨大な金額を要求されたとか。でも、マイケルなら膨大でも払えるからもっと違う理由かもしれない。たとえば、本当にこれはわからないが、その交渉をした人間のことを奥さんが気に入らなかったとか。だから、ダメだとつっぱねた、とか。ひょっとしたら、奥さんが個人的にそのシーンに思いいれがあったから断ったのかもしれない。奥さんに聞いてみたい。 4)吉岡さんは、ブログで「アース・ソング」のところが口パクではないか、と書いていましたが、なぜそう思ったのですか。 それは他のシーンの曲と比べて聞いていると、他のシーンは、実際にあのライヴ感のあるライヴ風の音、歌だったのに、あの曲だけ、スタジオ録音の音源のような気がしたからです。ただ、実際に映画で使われているヴァージョンも、CDそのもののヴァージョンではなく、同時期に録音された別ヴァージョンあたりではないか、と思う。ただし、正解はケニー・オルテガに直接聞いてみるしかないですね。 5)吉岡さんは、マイケルに会われていると思いますが、いつどこで会いましたか、そのときの印象はどうでしたか。 マイケルに会ったのは、1983年8月5日のこと。ジャクソンズにインタヴューをオファーし、ジャッキーがインタヴューに応えてくれることになり、指定された場所に行ったところ、そこがマイケルやお母さん、ラトーヤたちが住んでいる家だった。そのときジャッキーとのインタヴューが終わった後、軽く立ち話をした。でも、もしその日、マイケルに会っていなければ、今日、ここでマイケルのお話をすることもなかったでしょうから、僕にとってもすごく運命的な出会いだったと思います。 This … Continue reading

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△第52回グラミー賞予想 (パート1)発表は2010年1月31日(=日本時間2月1日)

△第52回グラミー賞予想 (パート1)発表は2010年1月31日(=日本時間2月1日) 【52nd Grammy Predictions(Part 1)】 予想。 発表が来週に迫ったグラミー、恒例、グラミー賞予想。本ソウル・サーチン・サイトでのグラミー予想も2002年度以来8年目。僕個人でグラミーの予想を始めたのは1981年頃から。当初は、音楽業界誌ミュージック・ラボで予想していた。同誌が廃刊になった後は、単発で音楽雑誌などに寄稿していたが、2002年度からはこのウェッブで予想している。本命と対抗の合計で6割以上当てることを目標にしている。一応、過去すべて6割以上は確保している。 今年は、ビヨンセが10部門ノミネートだが、これが意外と圧倒的な強さに見えない。 2009年12月2日ロスアンジェルスのノキア・シアターで発表された第52回グラミー賞、まず、主要4部門とR&B部門を予想する。 今年はビヨンセが驚異の10部門ノミネート、テイラー・スイフト(19歳のカントリー・シンガー)が8部門、ブラック・アイド・ピーズ、マックスウェル、カニエ・ウェストが6部門のノミネートを獲得している。ベスト・ニュー・アーティストには、ザック・ブラウン・バンド、ケリー・ヒルソン、MGMT、シルヴァーサン・ピックアップス、ザ・ティン・ティンズらがノミネートされている。 今年のグラミー賞は2010年1月31日(日本時間2月1日午前10時から。日本では衛星有料放送のWOWOW[ワウワウ]が生中継)ロスアンジェルスのステイプルズ・センターで発表される。 グラミーの最新情報に関しては、ツイッター、フェイスブックなどでも随時アップされる。 これまで過去7年の予想とその結果は次の通り。(過去分はすべてソウル・サーチン・ダイアリーに予想と結果がでています) 2008年度(51回)(2009年2月8日発表) 44部門 本命的中19 対抗的中15 計34 .773 2007年度(50回)(2008年2月10日発表) 46部門 本命的中24部門 対抗16部門 計40部門 .870 2006年度(49回)(2007年2月11日発表)42部門 本命的中19部門 対抗9部門 計28部門 .667 2005年度(48回)(2006年2月8日発表)42部門 本命的中18部門 対抗12部門 計30部門 .714 2004年度(第47回)(2005年2月14日発表)46部門 本命26部門 対抗7部門 計33部門 .717 2003年度(第46回)(2004年2月8日発表) 47部門 本命20部門 対抗14部門 計34部門 .723 2002年度(第45回)(2003年2月23日発表) 33部門 本命18部門 対抗5部門 計23部門 .696 (発表日は現地時間、日本時間はこの翌日にあたる) 第52回グラミー賞(2009年度)ノミネートの完全リストは次のリンクへ。 http://www.grammy.com/grammy_awards/52nd_show/list.aspx 主なノミネート、ソウル・サーチャーの予想(パート1)は次の通り。 Album Of The Year: 本命I Am…Sasha Fierce (Beyoncé) The E.N.D. (the Black Eyed Peas) The Fame … Continue reading

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☆(告知)インターネット・テレビに生出演

☆(告知)インターネット・テレビに生出演 【Yoshioka Will Be On Internet TV Coming Friday】 ネットTV。 来る2010年1月29日(金)夜7時から45分にわたって、インターネット・テレビ局「あっ!とおどろく放送局」の「しゃべクリエーター」という番組に吉岡正晴が生出演する。番組視聴は無料、2週間後からアーカイブで録画されたものを見ることができるようになる。 この番組は、毎週、本やCDを出した人を招き、その作品について自由自在に話をしてもらうというもので、僕は『マイケル・ジャクソン全記録1958-2009』の本を携え出演する。司会は沖縄県出身のお笑い芸人・与座嘉秋(ホーム・チーム)、アシスタントは「あっ!とおどろく放送局」でおなじみのタレント・渚。 番組ホームページはこちら↓ http://odoroku.tv/variety/creator/ 番組のメールアドレス↓ creator@odoroku.tv ちょうど、この週は、マイケルの映画『ディス・イズ・イット』もリリースされているので、そのあたりと『マイケル・ジャクソン全記録』の話とをからめてしようかと思っている。 何か質問などがあれば、上記アドレスにお送りいただければ、お答えできるところでお答えします。 マイケル・ジャクソン全記録 1958-2009 posted with amazlet at 10.01.27 エイドリアン・グラント ユーメイド 売り上げランキング: 391 Amazon.co.jp で詳細を見る +++++ 2010年1月28日(木)銀座山野楽器本店 吉岡正晴によるフリートーク・イヴェント 銀座山野楽器本店では、2010年1月26日(火)から28日(木)まで3日間にわたって「マイケル・ジャクソン『ディス・イズ・イット』発売記念イヴェント」を行う。3日間、同DVDから編集された約40分の映像を、毎時公開。さらに、1月27日(水)マイコーりょう・スペシャル・イヴェント、28日(木)19時から吉岡正晴トーク・イヴェントを行う。会場は銀座山野楽器本店7階ジャムスポット。入場無料。 ※ 当日会場にて吉岡正晴 訳書「マイケル・ジャクソン全記録1958-2009」をお買い上げの方に本人がサインをいたします(先着数量限定) 詳細はこちら↓ http://www.yamano-music.co.jp/docs/shops/ginza/index_b1f.html ENT>ANNOUNCEMENT>

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◎マイケル・ジャクソンDVD発売イヴェント@タワー

◎マイケル・ジャクソンDVD発売イヴェント@タワー 【Michael Jackson DVD Release Event】 お祭り。 2010年1月27日に『ディス・イズ・イット』のDVDが発売されるのにともない、1月25日夜、都内各所でマイケル・ジャクソン関連イヴェントが行われた。その中のタワー・レコード渋谷店でのイヴェントの模様。 満員になっていた地下1階イヴェントスペースで映画『ディス・イズ・イット』をブルーレイで上映、夜11時過ぎから久保田利伸さんと吉岡正晴で軽くトーク・ショー、そして、12時直前から1階入口のところでカウントダウン。外でもすでに200人近い人たちが寒い中熱く盛り上がっていて、彼らは12時の号令とともに、店内に入り一斉にDVDを購入した。まさにお祭り騒ぎだった。 トーク・ショーは、オープニングで、ブルーレイの特典映像の一部「スリラー」の3D映像を通常の映像で紹介してから、2人がステージに上がった。 久保田さんはこの映画を1回見たが、とても学ぶことが多かったということで、こんなことを言っていた。「マイケルがあの部分でああいう風に作ってたんだ、っていうのがわかったこと。そしてあの雲の上のマイコーが、神様のようなマイコーが、あのリハーサルをみていると同じ人間のように人間としてやってることがわかる。ミュージシャンへの指示の仕方なんかも、僕もやっているように、やっていた。そんなことが見えてきたことも大感動だった」 「昔、マイケルのビデオを見たり、ライヴを見たりすると、いつか自分でもああいう規模の大きい、大仕掛けのものやってみたいと思うようになりますよ。マイケルみたいに(マントや髪を)なびかせたいと思って、扇風機を3台くらい買ってきてやるんですけど、なかなかうまくいかないんですよ。風をだすところを細くしてみたり、向きをいろいろ研究したり、生地の素材をできるだけ軽いものにしたりしてね」 「マイケルも、朝起きて、ぼーっとしてる。(リハーサルをそんな)寝ぼけ眼でやってるのがねえ、いいんですよねえ。(笑) マイケルがミュージシャンに指示を出すところ、たとえば口でベースを指示するところなんか、只者じゃない。これを見ると、マイケルは、もしこれが実現していたら、どこまで、(我々を)連れていってくれるんだろう、って本当に思いますよね」 ころあいよく、久保田さんの新譜の話題に。ちょうど1月27日にシングル「トゥモロウ・ワルツ」と「スターライト」などがカップリングされたものがリリースされるが、この日は特別に深夜12時から一足先に発売。 この「スターライト」はまさにマイケル・ジャクソンへのオマージュ的存在の作品だ。久保田さん曰く。「マイケルの名曲が30年間にたくさんあるんだけど、『オフ・ザ・ウォール』の時代感覚のものなんですけどね。これは、最初はほんとに遊びのつもり作った30秒くらいの長さのものだったんです。3-4年前あたりに、マイケルの『ドント・ストップ』のイメージで作ってみたんですよ。それこそ仲間内で、こんなのあるといいよねえ、みたいな感じで。で、今年になってアルバムを作るときに、この曲をレコード会社の人に聴かせたら、いいですねえ、これ行きましょう、という雰囲気になり、いろいろ曲を煮詰めて作っていったんです。アース・ウィンド&ファイアーだったら、フィリップ・ベイリーの高い部分を、モーリス・ホワイトが1オクターヴ下で歌うんだけど、マイケルの場合は上の高い声だけで3重、4重にするんですよ。そのあたりのこだわり、(この音を聴いて)わかってくれるかな…(笑)」 「そうしたら、去年突然、マイケルが亡くなってね…。そのとき、自分とマイケル・ジャクソンの育ってきた歩みを振り返ってみると、『ありがとうございます』という『感謝』の気持ちをやっぱりこのタイミングで僕なりの方法で伝えておきたいなあと思ったんですよ。歌詞はあとからだったんだけど、そのときに『スターライト』ってつけたんです。なぜ『スターライト』ってつけたかっていうと、マイケルのような『スター』、光=『ライト』、光り輝く星、みたいな言葉をつけたかったんです。マイケル・ジャクソンのこと、自分のスタイル、彼の生き様、スターとしてスターライトをずっと放っている、そういう雰囲気を指す言葉をつけたんです。で、それができてしばらくしてから、レコード会社の担当が、『久保田さん、知ってました? 『スリラー』の元のタイトルが、『スターライト』だったそうで、それって、ゾクゾクしませんか』って言ってきて、もうゾクゾクしましたよ」 そして、その「スターライト」の音をかけ、さらにそのプロモーション用ビデオも披露した。僕も観客も見るのは初めて。「ドント・ストップ」のように、シンプルに久保田さんが踊り、そこに文字やデザインを加工するという映像だ。久保田さんのダンスが存分に見られる。 久保田さんにとっては、「ジャクソン5、ジャクソンズ、そして、マイケル・ジャクソンまで、マイケルは、自分にとってでかいでかいビッグ・ソウル・アイドル」であり、その後大成長したあとは、「モンスター・グルーヴ・アイドル」だという。 話は止まらなかったが、時間となり、上の1階のカウントダウンへ移動した。 ディス・イズ・イット DVD2枚組 マイケル・ジャクソン THIS IS IT デラックス・コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD] posted with amazlet at 10.01.26 ソニー・ピクチャーズエンタテインメント (2010-01-27) 売り上げランキング: 1 Amazon.co.jp で詳細を見る ディス・イズ・イット ブルーレイ マイケル・ジャクソン THIS … Continue reading

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○ハイチ~天災と人災とヴードゥー:日曜午後のうんちく

○ハイチ~天災と人災とヴードゥー:日曜午後のうんちく 【Haiti~Voodoo~A Chat On The Sunday Afternoon】 うんちく。 毎週日曜日午後、『ソウル・ブレンズ』のコーナー出演のためにインターFMに行くが、その直前の番組でDJをしているのが、鎌倉生まれのサーファー、ジョージ・カックルさんだ。カックルさんは、レイ・チャールズの伝記『わが心のジョージア―レイ・チャールズ物語』を出した出版社から、『ジョージ・カックルのロックンサーフィンメッセージ』という本を出していて、いわば「出版社メイト」。「レーベル・メイト」とは言うが、「出版社メイト」とは言わないか。(笑) 『レイ・チャールズ物語』のときも少し手伝っていただいた。 昨日も、彼が終わったあとロビーにいて雑談になった。そこで話題になったのが、ヘイティ=ハイチのこと。カックルさん、ここら辺の植民地事情に詳しく、一時期ジャマイカなどに興味を持って、あのあたりをよく調べて勉強した、という。僕も今回の大地震で初めてハイチがアメリカ大陸で最貧国だということ、また同時に、それが人災と天災が重なり大きな悲劇が生まれているということも知った。 そのあたりのことはアメリカ在住の冷泉彰彦(れいぜい あきひこ)氏の次の記事に詳しい。 「見捨てられた国、ハイチの悲劇」 配信日:2010-01-16 http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report3_1909.html これを読むと、本当に国の指導者というのはその国の命運を握るのだなあ、という当たり前のことを、痛切に感じる。そしてとんでもない歴史を歩んできたその国民を気の毒に思う。独裁者のでたらめという人災に、誰もが予期せぬ天災がかぶさり、どうしようもなくなる。 カックルさんの見方では、「同じ島でも東側のドミニカは、スペイン領で、ハイチはフランス領だった。スペイン領はそれほどアフリカからの奴隷をいれてこなかったが、ハイチはものすごい量の奴隷をいれた。フランスのやり方があんまりひどかったので、その奴隷たちは反旗を翻し、革命みたいになるが、結局、フランスと賠償金でもめ、それがあの国を苦しめた。逆に奴隷制度がゆるかったドミニカはハイチほどひどくならなかったんだよ。ハイチには法律みたいなものはあっても無いようなでたらめで、上からの(衛星)写真みると、西側(ハイチ側)は、山も丸坊主、何にもルールがないからどんどん木を伐採してる。東側は、けっこう木があるんだよね。きっぱり、あるなしがわかるから興味深い」という。 ルールがなく、どんどん木を伐採したから、保水できず、ハリケーンのときに大洪水が起き、また天災に見舞われる。しかし、これはよく考えてみると人災の延長にあることかもしれない。 さて、ハイチについて、たとえば軽くウィッキぺディアあたりで情報を仕入れたが(それでもものすごい量)、カックルさんの情報はそのあたりにはでていないものでもっとおもしろい。ハイチではヴードゥー教が主流だが(ヴードゥーについても少し調べないと、話がついていけない)、そんな中で、その地ではふぐの毒を人間の体を仮死化するために、使うという。ふぐの毒を服されたものは、医師が診ても死んだように見えるそうだ。そしてハイチの人々は、その解毒剤も持っていて、一旦、棺か墓場にいれても、それによって生き返らせることができるそうだ。ハイチでは火葬ではないので、そうやって秘密裏に人を死んだことにもできるらしい。日本ではふぐの毒で死んだとしたら、そのまま火葬してしまうが、ひょっとしたら、死んでないかもしれない、とカックルさんは言う。 ヴードゥー教はハイチから、アメリカ・ニューオーリンズに流れていく。僕はヴードゥーの話は、ジョー・サンプル教授から聞いた。その流れで、僕がニューオーリンズのヴードゥー・クイーン、マリー・ラヴォーの話を持ち出すと、カックルさんは「ニューオーリンズでは、フレンチ・クオーターに行くより先にマリー・ラヴォーの墓に行ったよ(笑)」と言う。「ニューオーリンズではね、お墓の棺がみんな地上より上にあるんだよ。普通は土の中に埋めるだろ。なぜかっていうと、あそこは湿地帯で、土に埋めてもどんどん上に上がってきちゃうからなんだ」 さすが、地球市民、世界の旅人カックルさん、いろんなことでうんちくがある。 ハイチ大地震が起こってから、フージーズのワイクリフ・ジョンが大変積極的に募金を募っている。彼はハイチ出身で、すぐにツイッターでさまざまな情報を提供し始めている。こういうときのツイッター、有事のツイッターはラジオ以上に、特に世界規模で有効だ。 【ユニセフのハイチ募金】 クレジット・カード、インターネット・バンキング、コンビニなどからいくらからでも募金できます。カードなどの場合、最初に4000円と表示が出ますが、その横のボックスに任意の金額を書き込めば自分の好きな金額を募金できます。 http://www.unicef.or.jp/children/children_now/haiti/sek_hait10.html ■ マリー・ラヴォーについて~ジョー・サンプル教授の話し http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200405/diary20040507.html ■ その「Xマーク・ザ・スポット」が収録されているジョー・サンプルの『ピーカン・トゥリー』(2002年) ザ・ピーカン・トゥリー posted with amazlet at 10.01.25 ジョー・サンプル ビデオアーツ・ミュージック (2002-03-22) 売り上げランキング: 190455 … Continue reading

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◆(告知)日経エンタテインメント増刊・発売、マイケル・ジャクソンDVD発売関連イヴェントなど

◆(告知)日経エンタテインメント増刊・発売、マイケル・ジャクソンDVD発売関連イヴェントなど 【Michael Jackson’s This Is It DVD Release Event】 特集。 映画『ディス・イズ・イット』のDVD発売(2010年1月27日)に伴い、「日経エンタテインメント増刊 マイケル・ジャクソン THIS IS IT」(2010年1月22日発売=定価790円)が発売された。内容をご紹介する。 マイケル・ジャクソン THIS IS IT特集号 日経エンタテインメント!2010年2月号臨時増刊[雑誌] posted with amazlet at 10.01.23 日経エンタテインメント! 日経BP社 Amazon.co.jp で詳細を見る これは、すごい特集本だと思った。全84ページのうち今回は24ページほどを担当させていただいたが、僕は自分の担当分にかかりっきりだったので全体のことはわからなかったが、完成した本を見て驚いた。他の作品解説、ケニー・オルテガ、トラヴィス・ペインのインタヴューなど実に読み応えたっぷり。『ディス・イズ・イット』を見るガイド本としては最適だ。しかも790円って、安い。これはもし僕がかかわってなかったとしても、星5つでお勧め。(笑) 原稿は1月12日深夜、正確には13日朝まで、死にそうになったが、一気に書いた。そのため、SWVとか、レデシーのライヴに行けなかったのだが、21日にはコンビニ、書店にならんでしまうのだから、すごい。週刊誌と同じテンポ。 さて、少し内容について。今回は新たな評伝と映像作品11本の解説を担当。新たな評伝は、さすがにバイオ的なことは充分に出尽くしているので、視点をきっぱり変えて、彼の歌から読み取るメッセージと、彼の人道活動家、社会活動家としての面にフォーカスしてみた。たぶん、この視点でマイケルを語った評伝はこれまでにないはず。もちろん参考資料は、『マイケル・ジャクソン全記録1958-2009』。マイケル・ジャクソン全記録 1958-2009 (笑) 事実確認に、これはマストの座右の書。時系列を追ってマイケルのことを書くときに、本当にこの本は便利だ。マイケル・ジャクソン学の必須教科書です。彼が「ヒューマニタリアン・アワード」などを取っていることは、あまり知られていない。 映像作品は11本。既発DVDと別に4ページ特集で今回同時発売されることになっていた『ソウル・トレイン』。10本を見直すだけでも、改めて勉強になったが、いろいろ調べたのでぜひご一読を。残念なのはこの『ソウル・トレイン』が発売延期になってしまったこと。いいDVDなので、発売にこぎつけて欲しいところ。曲目リストは掲載されているので、CDでそれらを聴きなおすのもいいかもしれない。それまでは、この紹介文で想像を膨らませてください。『ソウル・トレイン』では、マイケルの成長ぶりが時系列ででてくるので、とてもいい資料になっている。 +++++ イヴェント。 マイケル・ジャクソンのDVD『ディス・イズ・イット』が2010年1月27日に発売されるのに伴い、いくつかイヴェントが行われる。 1)2010年1月25日(月)渋谷タワーレコード「今夜はTHIS IS IT!」カウントダウン・イヴェント タワーレコード渋谷店では、2010年1月25日(月)夜「今夜はTHIS IS IT!」カウントダウン・イヴェントを行う。 … Continue reading

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★ニューヨーク・ミニット・ライヴ

★ニューヨーク・ミニット・ライヴ 【Funk, Soul Band : New York Minute Live At Tokyo Main Dining】 ダンス。 ソウル・サーチンでも活躍する日本在住のキーボード奏者ケイリブ・ジェームス、ピエール・アンドレ、ジェイ・スティックス、ダイアモンド、ディッキー・フクダ、ローレンス・ダニエルの6人で結成されたニューヨーク・ミニットの3回目のライヴ。僕は過去2回がいけなかったので、今回が初めて。渋谷のカラオケ・シダックスの1階にある東京ダイニング。PAを持ち込んでのファンキー・パーティー。ゆったりとした約100席が超満員。 全曲ソウル・カヴァー。ノンストップで楽しめる。印象的だったのは、第二部、ケイリブがこんな話をした。「先週みんなでリハーサルをしてた。候補曲として、『イフ・ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ』(『フィリー・ソウル』で歌ったもの)を提案したんだが、みんなから却下された。そうしたら、すぐその直後に、訃報を聞いた。今の時代のナンバー・ワン・ソウル・シンガーだった男。彼に大きな拍手を…。テディー・ペンダーグラス!」 そして、彼らは「ターン・オフ・ザ・ライト」をしっとりとやった。 選曲はまさに鉄板。誰でも知ってるおなじみの曲ばかりで、観客ものりのり。第二部のオープニングのカマサミ・コングさんのMCもおもしろかった。しかし、彼は声が本当にいいので、彼のMCだと盛り上がるなあ。そして、こうしたリアルなバンドは、ライヴで見るに限る。この日はマサ小浜、AIなども遊びに来ていた。 今回は急に決まったが、日本で発行される英字雑誌メトロポリスとタイアップ、Uストリームを使ってインターネットによる生中継が行われた。これは後日、編集されて一部がまたアップされる。しかし、Uストリーム、強力。パソコンにカメラをつないで、イーモバイルで飛ばしていた。これさえあれば、なんでもどこでもライヴ中継可能だ。 次回は3月5日またこの東京ダイニング。 ■ ニューヨーク・ミニットのウェッブ http://www.newyorkminute.jp/index.html ■メンバー ニューヨーク・ミニット New York Minute Kaleb James (keys) Jay Stixx (drums) Lawrence Daniels Jr. (bass) Fukuda “Dicky” Kazuya … Continue reading

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▲フラミンゴス・ライヴ~シカゴ・ブルーズ&ソウル・ショウダウン

▲フラミンゴス・ライヴ~シカゴ・ブルーズ&ソウル・ショウダウン (ライヴの内容がでます。これからごらんになる方で事前に内容を知りたくない方は、ご自身のリスクでお読みください) 【Flamingos : First Live Ever In Japan; Chicago: Blues & Soul Showdown】 半世紀。 オリジナル・メンバーのひとり、テリー・ジョンソンを含む、グループ結成から半世紀以上を経ている伝説のドゥー・ワップ・グループ、ザ・フラミンゴス。そしてシカゴのチェス・レコードで、エタ・ジェームスと両巨頭となり現在はゴスペル・シンガーとなったミッティー・コリアらが奇跡的に初来日。ブルーズ・アーティストを従えたパッケージ・ショー。 オープニング、木下航志がこのブルーズ・バンドをバックに2曲。彼の歌声に観客から声がかかる。後半ミッティーと一緒にデュエットした彼に、ミッティーは「アメリカン・アイドルに出れば、優勝よ」と大賛辞を贈られる。 今回のハウス・バンドとなったジョニー・ロウルズ・バンド、バイザー・スミスは、昔ながらのブルーズを。そして、ミッティー・コリアは、ブルーズではなくゴスペルと説教を。「オーディナリー・ピープル」はしみじみとした歌で、かつてのゴスペル界の大御所、シャーリー・シーザーを思わせ、感動した。またジェームス・クリーヴランドが書き、その歌詞を少し変えたという、彼女の大ヒット「アイ・ハド・ア・トーク・ウィズ・ゴッド」も強力。最後、木下航志とのデュエットで歌った「ヒズ・アイズ・オン・ザ・スパロウ」も観客の心を捉えていた。ミッティーの途中から、通訳が入り、これが妙な訛りがありなかなかおもしろく笑えた。 そして、10分余の休憩を経て、いよいよザ・フラミンゴスの登場。キラキラのステージ衣装で、軽い振り付けを施しながら、そつのないヴォーカル・コーラスを次々披露。この派手な衣装は演歌歌手を思わせる。甘い歌声のテリーを中心にドゥー・ワップ、通常のハーモニーといろいろと聴かせる。たぶん当時としてはかなり洗練されていたヴォーカル・グループということを想像させる。あまり泥臭さがない分、幅広く支持されたのだろう。 「ジャンプ・チルドレン」(テリーのすばやい踊りが見られる=マーチンのラジオ番組『バーバーショップ』のテーマ曲)、そして「ラヴァーズ・ネヴァー・セイ・グッドバイ」のイントロがかかると、一緒に見ていたマーチン、武内享さん、「おおおっ」と感嘆し、そのまま一緒に歌い始める。(シャネルズもカヴァー、武内さんもレパートリーにいれているそうだ) ときにはどこかプラターズを思わせるような雰囲気は、昭和歌謡的ソウル。「ミ・アモーレ」などのドゥー・ワップ系は、この会場を完全にタイムトンネルの彼方に旅立たせる。ここの下記セットリストで5曲目から7曲目まではドゥー・ワップ風で畳み掛ける。「ドリフターズなどに曲を書いていたソングライターが私たちフラミンゴスのために書いてくれた曲です」と言って「ユア・アザー・ラヴ」。 1970年代、80年代のアーティストを聴いても、古いとは思わないが、さすがにこのフラミンゴスは「オールディーズ」らしい「オールディーズ」の趣を存分に醸し出す。曲によっては2分もない作品もあり、セットリストには15曲もあるが、これで1時間。普段ラスヴェガスあたりで営業をしているのか、徹底したサーヴィス精神で観客をエンタテイン。「ベサメムーチョ」あたりで「チャチャチャ…」という掛け声が入ると、歌舞伎町風のベタなのりがプンプンして受ける。 映画『アメリカン・グラフィティー』で一般に広まったオールディーズというジャンル。フラミンゴスは、まさにそのオールディーズ中のオールディーズ・グループという感じだ。 驚いたのは、今回の来日に向けて特別に練習したという「川の流れのように」。女性リード、テレサが歌ったのだが、これが美空ひばり的なニュアンスを見事に歌い(しかも日本語)、コーラスはフラミンゴス風になっていたところ。ここまでニュアンスを咀嚼して自分のものにしていればたいしたもの。この日一番拍手を得たのは、ちょっと皮肉だが。 最後の曲の前にテリーは語る。「これから歌う曲は、私たちの最大のヒットです。これによって、人生が変わりました。このヒット曲のおかげで、私はキャデラックを買え、ニューヨークの中央公園(! 通訳がそう訳した=セントラル・パークのこと)を見下ろすペントハウスを買え、高いネクタイを手に入れ、女の子に大もてになり、大金持ちになりました」という話をおもしろおかしくする。そして、「アイ・オンリー・ハヴ・アイズ・フォー・ユー」。これは、本当に名曲だ。 ライヴ後は4人揃ってすぐにサイン会開始。その後、マーチン、武内さんらと楽屋へ。マーチンも武内さんもドゥー・ワップ大好き、しかも、フラミンゴスはその中でも自らカヴァーするほどのファンだから、生きているうちに彼らを生で見られること自体が信じられない、という。マーチンと並ぶとリーダー格テリー・ジョンソンはけっこう大きい。シャネルズというグループがドゥー・ワップの影響を受けて結成したグループと説明し、ちょうど持っていたマーチンのプログラムに載っていた古い写真を見せると、メンバーに受ける。シャネルズが「ラヴァーズ…」をカヴァーしていると言うと、そのCDはないのか、と言われ、後日もって来る、と約束する。 テリーは「日本人はとても礼儀正しく、とっても気に入った。ぜひまた戻ってきたい。ふだんはアメリカ中をツアーしてまわってるんだ」という。テレサになぜ「川の流れ…」と尋ねると、日本のスタッフから送られて来た10曲近くをじっくり聴いて選んだ、という。「最後は、レイ・チャールズがカヴァーした、なんだっけ」「エリー・マイ・ラヴ」「それそれ、それか、この『川』か考えたけど、この曲ががつーんと私の心を打ったので、こちらにしたの」とテレサ。歌詞の意味も訳されていたので、内容は知ってるという。テレサが低い声で歌うところなど、美空ひばりによく似ている。これは本当にサプライズだった。 マーチンは今年30周年を自分の「ルーツ」を見つめる1年と位置づけている。そんなときにタイミングよく、自身のドゥー・ワップのルーツ的存在フラミンゴスを見ることで大いにインスパイアーされたようだ。マーチン曰く「このタイミングで、50年もやってて、一度も日本に来たことがないフラミンゴスが来日して、それを見られたってことは、きっと、運命というか、必然、音楽の神様がフラミンゴスに(僕を)会わせてくれたんだと思う」。 楽屋の机には、大きくローマ字でプリントされた「川の流れに」の歌詞カードがあった。マーチンもフラミンゴスも川の流れのようにキャリアを積み重ねてきて、今日この日、クロスロードで出会ったのかもしれない。 (ライヴは、2010年1月25日月曜まで毎日、品川プリンスホテル内よしもとプリンスシアター、クラブeXで) ■ブルーズ&ソウル・ショウダウン公式ホームページ (詳細はこちら) http://blues-soul.laff.jp/ ■ フラミンゴス~ザ・ベスト・オブ The Best of the Flamingos posted with … Continue reading

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■ノラ・ジョーンズ・ショーケース・ライヴ@ブリッツ

■ノラ・ジョーンズ・ショーケース・ライヴ@ブリッツ 【Gig Of The Hour : Norah Jones Showcase Live @ Blitz】 一時。 『一時のライヴ Gig Of The Hour』 Written by Soul Searcher ファンキーなライヴか、ジャジーなライヴか 音楽好きに選べと言われた でも薬中や菜食主義は選びたくない だから君のライヴにしたんだ 君はとても優しく、たくさんの愛をくれ、 素敵だし、とっても癒してくれる それにカレーを食べても怒られないから そんなわけで、今日見に行くライヴは君のライヴにしたんだ このライヴを聴いたら、朝ごはんもランチもディナーも 食べられなくなるほど、感動するかなあ ライヴ後は夜明けに公園に散歩に行きたくなるかなあ ライヴに行っても、ピーボ・ブライソンのライヴみたいに 花はもらえないってわかってる まあ、花なんて必ず枯れてしまうしね 音や映像の大洪水に溺れることもないけれど、 このライヴが僕を泣かせないってことはわかってる でも、僕は君の声がとっても好きなんだ 君は、決して議論を吹きかけてきたりしないし、 そもそもステージの君と話しもできない … Continue reading

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●高山広ライヴ:「ねずぶり」~「ねずぶり」とは、そしてそのメッセージは

【Takayama Hiroshi One Man Play: “Nezu-Buri” Battle Between Rats & Cockroach】 圧巻。 ずっと1人芝居というジャンルで活躍している高山広の大作『ねずぶり』の2010年ヴァージョン公演を目黒のパーシモン・ホールで見た。僕が彼のフル・ショーを見たのは2008年9月以来。前回はいくつかの演目をオムニバスにしたものだったが、今回は2時間超で1本の長編。 予想以上に素晴らしかった。感動した。こう来るか、という想定外のストーリー展開、構成も見事ならパフォーマンスも素晴らしい。しかし、本当に2時間以上、よく1人でしゃべれるなあ、と感心する。 登場人物(動物)は楽に10は越える。前半は、コミカルな調子でストーリーは展開するが、後半は息も付かせぬテンポで、シリアスに畳み掛けてくる。この矢継ぎ早感はたまらない。 後半。ずっとねずみとごきぶりは縄張りを巡って対立していた。ねずみよりも、弱く下の地位にいていつも床を這い回っているごきぶり。ひょんなことから、ねずみがごきぶりほいほいのようなものの中に入ってしまい、強力な粘着テープで身動きが取れなくなる。それを見たごきぶりが普段の恨みを晴らすかのように、ねずみに向かって悪態の限りを付く。エスカレートして怒り心頭になるねずみ。だが、粘着剤のために身動きをとろうにもとれない。 ごきぶりは、ねずみの乱暴な考え方に対してバカにしながらも、説教する。今のごきぶりやねずみが蔑まされていて、お互い憎しみあっているのは、報復の連鎖があるからだ、その報復の連鎖を断ち切らないと、と叫ぶ。するとねずみは、自分の母親を人間に殺されたときの話を持ち出し、そんなごきぶりの理想論なんてクソ食らえといきりたつ。ねずみの母親は生きたままカゴごと水につけられ殺される時に、「誰も悪くない、憎んではいけない、いつか笑って許しなさい」と叫んだ。その体験はねずみに大きな心の傷を残した。そして、ねずみは、何をやったって、かわりゃしないと投げやりになる。しかし、ごきぶりは、すべてをここで止めるんだと強調する。そして、その母親の話を聞いたごきぶりはあることを思いつく。 この部分は本当に圧巻だ。思わず乗り出して見た。これは、それこそ現状の世界で起きている戦争、虐殺などに対する強烈なメッセージになっている。マイケル・ジャクソンのメッセージとも通じる部分だ。そしてその圧巻のパフォーマンスを見ていると、まるで映画かアニメを見ているような気になってくる。 そして、ごきぶりもそのごきぶりほいほいに触れて2人ともそこで身動きが取れなくなる。2人がごきぶりほいほいの上で身動き取れず、人間に捕まって殺される運命をただ待つだけなのか。果たして、彼らは助かるのか。そして、「ねずぶり」の意味は。 しかし、よく動く。体も、口も。お見事。最後の、映画で言えばエンドロールのところまで、1人でやるんだから、おそれいった。(笑) ライヴ後、高山さんを訪ねると、汗を拭きながら相手をしてくれた。これは1994年の初演以来、何度となくやっているが、大まかなストーリー以外の細かい部分などは、徐々に変化している、という。今回の『ねずぶり』は、9場ある。(場面転換などで9シーンあるという意味) 以前はもう少し場数が多かったらしく3時間近くになっていたそうだ。たった1人で様々な人間、いや、今回はごきぶりとねずみを演じられるというのがすごい。ごきぶりや、ねずみにもそれぞれ、何人かいて名前もついている。 やはり圧倒的に原作(ストーリー)がおもしろい、パフォーマンスがすごい、そして、音楽とのコラボレーションもいい、というすべてが揃った1人芝居だ。落語でもないのに、落語のような要素もあり、漫才的なおもしろさ、あるいは、スタンダップ・コメディアン的な要素もある。そして何より芝居をするという点で演劇だ。 今、高山さんは仲間とこのパフォーマンスに字幕を流せるような仕掛けを作っているという。そうすれば、基本的なセリフは、演技と同時進行で、ミュージカルででるような、字幕が何語でもだせるようになる。そうなると、海外公演も夢ではない。僕はこの『ねずぶり』なんて、ニューヨークやロンドンあたりでやったらけっこう受けると思う。 たった1人の人間、数本のピンスポット、1台のキーボード。これだけミニマムなもので表現される舞台芸術。本当に人間の力の無限の可能性を感じる。Sky is the limit。一体これだけのパフォーマンスの後、高山さんの体重は何キロ減るんだろう。 これだけ作りこんだ芸術作品は、昨今テレビでもてはやされる瞬間芸とまったく対極にある。今のテレビ的ではないだろう。見る側にも集中力が要求されるからだ。真におもしろいものは、テレビにはない。いや、テレビには向かない、ということだ。そして、いいものは何度見てもいい。こういう作品は何度も何度も見られる。土台骨格のしっかりした作品は時の試練に耐えて、何年経っても上演される。こうした作品がもっとじっくりと、広く鑑賞されることを願ってやまない。 +++++ 高山広 1人芝居@パーシモン 第2回『ねずぶり』 2010年1月15日金曜、19時~ 目黒区パーシモン・ホール 小ホール 原作・出演 高山広 音楽 只野展也 舞台監督 今井東彦 照明 岩城保 照明オペレーター 正村まさみ 音響 伊東孝 協力 吉田健美 小田史一 井上吐誌 佐藤潤平 制作 渡辺秀也 (株)スコップ 宣伝写真 阪上恭史 … Continue reading

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⊿キング牧師誕生日~国民の祝日になるまでの紆余曲折

⊿キング牧師誕生日~国民の祝日になるまでの紆余曲折 【King Holiday ~ It Took 15 Years To Observe Holiday】 キング・ホリデイ。 アメリカは1日時差があるので、どうしてもタイミングを逸してしまうが、1月18日(月)(毎年、1月3週目の月曜)は、マーティン・ルーサー・キング牧師誕生日の祝日(フェデラル・ホリデイ=連邦祝日=合衆国政府が決めた休日。それを実施するかは、州が決める)だった。キング牧師の誕生日は、正確には1929年(昭和4年)1月15日だが、毎年1月3週目の月曜が祝日になっている。スティーヴィー・ワンダーらの力で、1986年1月から祝日になった。そこで、キング・ホリデイができるまでを簡単にご紹介。 今回いろいろ調べてみると、キング牧師の誕生日を国民の祝日にしようという動きは、実は彼が暗殺された1968年以降、ずっとあったらしい。それが、1970年代後半から、それこそスティーヴィーらの著名人が積極的に動いて、1983年、レーガン大統領がその法案に署名した。そして、その3年後、1986年1月第3週から祝日になった。ところが、州によってはこの法律、祝日に賛同しない州もあり、アメリカ全50州の足並みが揃ったのが、2000年になってからだという。これは知らなかった。 1968年から1983年11月2日の大統領署名まで15年の歳月がかかったが、ひとつには一民間人の誕生日を国民の祝日にすることへの抵抗があった。確かに日本にも同等の祝日はない。誕生日が国民の祝日は天皇陛下だけだ。もうひとつは、国民の祝日を1日作ると、その1日分の国家公務員への給与の支払いが莫大なものになることへの懸念があった。レーガン大統領は当初、その経済面の負担が大きいために署名に反対だったが、議会が大方賛成したので、折れた。 議会に法案が初めて提出されたのは、1979年のこと。だが、最初は通過までわずか5票足りず、却下。これを受け、熱心な支持者だったスティーヴィーは、強力にキャンペーンを開始。スティーヴィーはキング牧師の誕生日を祝う「ハッピー・バースデイ」(1980年作品『ホッター・ザン・ジュライ』に収録)をレコーディングし、ヒットさせた。そのおかげで、結局、600万人の嘆願署名を集めることに成功、これが奏を効した。この600万の嘆願署名は、アメリカの同史上最大のものだという。これにより世論を味方につけた。 スティーヴィー・ワンダー『ホッター・ザン・ジュライ』(1980年、「ハッピー・バースデイ」収録) Hotter Than July posted with amazlet at 10.01.19 Stevie Wonder Uptown/Universal (2000-05-02) 売り上げランキング: 3759 Amazon.co.jp で詳細を見る 1986年1月の実施を記念して、カーティス・ブロウ、グランド・マスター・メリー・メルらが集まって、「キング・ホリデイ」という曲を発表。この作品には、エル・デバージ、ホイットニー・ヒューストン、ステイシー・ラティソウ、ティーナ・マリーなども参加している。 King Dream Chorus & Holiday Crew … Continue reading

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△トニー&アマンダ・メイデン(ルーファス)、『ソウルブレンズ』に登場

△ トニー&アマンダ・メイデン(ルーファス)、『ソウルブレンズ』に登場 (ライヴに関してはネタばれになります。これからごらんになる方はご注意ください) 【Tony & Amanda Talks: On “Soul Blends”】 ゲスト。 12時にホテルにトニーとアマンダご一行を迎えに行き、インターFMのスタジオにお連れした。ギターとスタジオの卓をつなぐラインの接続が、エンジニアがいないためはかどらず。実は、この日からあたらしいスタジオに移動したので、今までのスタジオと使い勝手がちょっと違ったのだ。オンエア開始までに、トニーのギターの音がラインで出せず、このままだとギター・プレイはなしに。 トニー・メイデンは、ルーファスの現在の実質的なリーダー。アマンダは、今年24歳のトニーの娘だ。ゲストコーナーは13時半から。その前にオッシーがルーファスの「トゥナイト・ウィ・ラヴ」をかけている。ちょうどそのときスタジオに入ると、トニーがこの曲にあわせて、早くもギターを弾いている。実にかっこいい。そうこうするうちに、スタッフがラインをトニーのギターにつなぐと、音がスピーカーから出てきた。これで、トニーのギターとアマンダの歌でライヴができる。 曲が終わり、マーヴィンがトニーたちを軽快な調子で紹介。そして、アマンダの生歌で「スイート・シング」を。トニーがゆったりとしたギターのリフを弾き、アマンダが歌いだす。ギター1本に歌声だけという超シンプルなアコースティック・セットなので、ストレートにアマンダの歌が心に届く。1コーラスだけだったが、スタジオ中、大感激。「初めてシャカとスタジオでやったときが、こんな感じだったよ」とトニー。マーヴィン「アマンダ、ワオ、ワオ、マン!!」と大感激。「彼女が歌うときはいつも鳥肌もんだよ」とトニーが付け加える。「彼女(シャカ)は、ベストフレンドで、子供の頃から、歌をいろいろ教えてくれたから」とアマンダ。 「ファミリー・ビジネスも素晴らしいが、ところで、スライと仕事をするきっかけは?」とマーヴィンが訊く。トニー。「えーと、ロスアンジェルスのスシ・バーで話したんだ。(笑) 僕たち(ルーファス)は、ブルーノートの20周年でおととし(2008年11月)来日して、好評だったんだ。それでまた来てくれと言われ、そのときスライを誘ったんだ。実は、スライのことは、(今回のヴォーカルの1人)ヴァル・ヤングから聞いていてね。30年以上前には知ってることは知ってたんだけどね。ヴァルからスライの電話番号を聞いてかけてみた。スライはどうせ電話にでないと思ったんだが、出たんだ。彼と話すのは31年ぶりだったよ。で、いろんな昔話をして、もりあがって、『これをやろう』『あれをやろう』ってことになったんだ。彼はほんとに素晴らしい男だよ。僕たちはお互い素晴らしいグルーヴのことを知っている。とてもエキサイティングだよ。そして、素晴らしいクリエイティヴィティーが、毎晩起こっている。彼はいつも何か新しいことを持ち出してくる。(笑)」 そして、彼ら持参の必殺音源は、LAで先週行われたリハの一部。ここではスライが参加した「サンキュー」のリハの模様を、オンエアー。これが実にかっこよく、スライがトニーたちに何か面白いことを言ってる。いい雰囲気で、リハが進んでいる様子が出ている。 最初の生歌がよかったので、急遽2人にもう1曲歌ってもらうことにする。そこで出てきたのが、「ユア・スマイル」。アマンダは、この曲をけっこう気に入っているようだ。1974年の『ラッグス・トゥ・ルーファス』収録曲。これを聴いたマーヴィンは感激して、「いつ、ソロになるの?」 「パパがやらせてくれるなら、いつでも(笑)」。 マーヴィンがアマンダに「ルーファスの曲で好きな曲は」と訊くと、「ユー・ガット・ザ・ラヴ」と即座に答え、こう語った。「これは私の究極の(ルーファスの)フェヴァリット・ソングよ。ステージでは、私がこの曲をロック大全開で歌うのを見ることができるわ。この曲はみんなシャカの曲の中で一番難しい曲って言うけれど、私はそうは思わないの。昔、彼女(シャカ)が教えてくれ、父も(歌い方を)教えてくれ、この一番難しい曲を一生懸命練習してマスターした」 そして、予定時間を少し越え、時報をまたいで、最後の挨拶をしてもらって、お別れの曲を。最後の曲は、本編ライヴでもアンコールになっている曲「エイント・ノー・バーディー」。 ゲスト出演が終わり、エレヴェーターに戻るときにトニーが「実は、生放送のゲストはあんまり得意じゃなかったんだけど、今日のはとても楽しかった。よかったよ。サンキュー」と言ったのには驚いた。サングラスが彼のシャイさを出しているのかとも思ったが、ちーちゃんが、「シャイなのが、ギターを持つと少し隠れるんじゃないかしら。サングラスとギターで、シャイさを隠してるのかも」と言ったのは、かなり当たっていると思った。一方、アマンダは、オープンで気さくでよくしゃべる感じだ。 トニーは、自分が誰かのサポートでギターを弾くときと、このルーファスでやるときとはギターを弾くハードさがだいぶ違うという。もちろん曲でのギターを弾く量も圧倒的に多いからだが、「ステージの上では、全然、ギターを弾いていても痛いとか、大変とか思ったりしたことはない。だけど、ライヴが終わったら指が痛くなるんで、すぐに暖かいお湯に指をつけるんだ」と言う。 Setlist: On “Soul Blends” January 17, 2010 on Inter-FM, 76.1mhz 13:25-14:10 Guests: Tony Maiden / Amanda Maiden 01. Tonight … Continue reading

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☆ルーファス&スライ・ストーン、ライヴ@ブルーノート

(ネタばれになります。これからごらんになる方はご注意ください) 【Rufus Featuring Sly Stone: Aura Of Funk】 ファンク。 ルーファスとしては2008年11月以来1年2ヶ月ぶりのライヴ。スライは2008年8月末9月以来1年4ヶ月ぶりのライヴ。それにしても、ルーファスにスライが客演とは、なかなかすごい企画だ。 今回のルーファスも、実にタイトなバンドに仕上がっている。ドラムスのドネル、オルガンでオリジナル・メンバー、ケヴィン、そして、何よりギターのトニーがめちゃくちゃかっこいい。バンドがかなりいい。今回は歌も4人とスケールアップ。 いずれも超強力だが、ヴォーカルの1人は初来日、ミネアポリスのあのスー・アン・カーウェルだ。MCAからアルバムを出している彼女。アマンダは、トニーの娘。そして、前回も来日して大反響を巻き起こしたマダム・ディーとヴァル・ヤング(リック・ジェームスの秘蔵っ子としてモータウンからアルバムを出している)。キーボードのドン・ワイアットは、このルーファスでは初来日だが、ジョージ・デューク、アニタ・ベイカーで来日経験ありとのこと。 イントロの強烈なドラムから、クインシー・プロデュースの傑作『マスタージャム』からの「ドゥ・ユー・ラヴ・ホワッチュ・フィール」、いきなり、ダンス・モード大全開。続いて「エニー・ラヴ」、スー・アンは、シャカばりに強烈だ。そして、マダム・ディーの声は天井を突き抜けるかのような、あるいは、床に穴があくのではないかと思われるほどの、迫力ヴォイス。 そして、ヴァルとスー・アンのヴォーカルは、このグループのせいか、シャカ・カーンの影響がけっこうある。 今回は前回ライヴでもやってない曲をやったり、リピーターにも配慮。ちなみに、「アース・ソング」は、マイケルの曲ではなく、ルーファスの『アスク・ルーファス』(1977年)収録曲、「ユア・スマイル」は1974年の『ラッグス・トゥ・ルーファス』(「テル・ミー・サムシング・グッド」の入ってるアルバム)収録曲。 そして、ルーファス・メドレーで充分あっためて、いよいよ伝説の登場だ。「みんな、ファンクの心構えはできてるかあ??」とトニーが叫び、あのイントロが始まる。ゆったりしたグルーヴの「イフ・ユー・ウォント・ミー・トゥ・ステイ」だ。そしてスタッフに囲まれ、スライ・ストーンが、パープルのヘア、キンピカの上下で楽屋から出てくる。よぼよぼのように見えるが、ステージに上がると、強烈なファンク光線が光る。不思議だ。(もうこの時点で観客は総立ちなのだが、スライが座ってキーボードを弾くので、背伸びしても後ろから見えない…。スライのところだけ、前の人、座ってくれないかなあ…(笑))あの独特のだみ声で歌い、キーボードもいじっているようだ。 結論から言うと、スライの登場は3曲。それでも相当機嫌よさそうに、途中では体を揺らしながら、踊っていた。まさに伝説の登場に観客の熱狂もピークになる。「イフ・ユー・ウォント・ミー・ステイ」と「サンキュー」を歌い、「サンキュー」の途中でステージを降りる。あれ、もう帰っちゃうの? すると、トニーが迎えに行く形で、アンコールに登場するように、もういちど。「ハイヤー」では、スライは客席に降りてきた。最初に楽屋から出てきたところから、2度目に楽屋に戻るまで約15分。まあ、いいところか。(笑)まさにフィーチャリング、というか、カメオ・アピアランスというか。だが、確かにスライが登場すると、ファンクの神が舞い降りるような気がしてくる。 スライは、しっかりしたタイトなバンドでなければ歌いたくないそうだが、その点、このバンドなら安心して歌えるだろう。 今年見たライヴで文句なくナンバーワンだ。(って、まだ3本目ですが(笑)だいたい1月中に見るライヴはいつもその時点で今年ナンバーワンです) ■ トニー・メイデン、アマンダ・メイデン、今日の『ソウル・ブレンズ』に生出演!  ルーファスのリード・ギター、ヴォーカルのトニー・メイデンとヴォーカルの1人、アマンダ・メイデンが今日(1月17日)『ソウル・ブレンズ』(インターFM、76.1mhz、関東地区、午後1時~3時)に生ゲスト出演します。出演は1時半過ぎの予定。関東地区の人は、ぜひ。またスカイパーフェクトTVを通じて全国で聞くことも可能です。 ■ライヴは、23日土曜まで、18日を除いて、東京ブルーノートで ブルーノート・スケジュール http://www.bluenote.co.jp/jp/schedule/ ■ルーファス、クインシー・プロデュースのアルバム『マスタージャム』(今回のライヴの冒頭2曲はここから) マスタージャム posted with amazlet at 10.01.17 ルーファス・フィーチャリング・チャカ・カーン USMジャパン (2008-08-20) 売り上げランキング: 248762 Amazon.co.jp で詳細を見る 『ルーファス・フィーチャリング・チャカ・カーン』(「ダンス・ウィズ・ミー」を収録) … Continue reading

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◎テディー・ペンダーグラス死去:フィリーのメッセージをのせて

◎テディー・ペンダーグラス死去:フィリーのメッセージをのせて 【Teddy Pendergrass : Yesterday I Had The Blues】 メッセージ。 フィラデルフィア・ソウルの隆盛を支えたソウル・シンガーの1人、テディー・ペンダーグラスが2010年1月13日、フィラデルフィア郊外のブリン・マー病院(Bryn Mawr Hospital)で死去した。59歳。2009年8月に大腸がんの手術をし、以来入院していたが、術後の回復が思わしくなく力尽きた。 いわゆる「フィラデルフィア・ソウル(略してフィリー・ソウル)」は、1970年代初期から、同地のプロデューサー、アーティストたちによって大きな動きとなった。これを牽引したのが、ケニー・ギャンブル&リオン・ハフやトム・ベルといったプロデューサーたち。テディー・ペンダーグラスは、このギャンブル&ハフの音楽制作作品の中でも、オージェイズとともに、車の両輪となった。オージェイズのリード、エディー・リヴァートが圧倒的なシャウト唱法で熱く暑く歌うのに対し、テディー・ペンダーグラスは同じシャウトでも、抑制の効いたクールでセクシーな面を全面に押し出した。ギャンブル&ハフは、「音楽にはメッセージがある(There’s A Message In The Music)」というキャッチフレーズで同レーベルを大きくしていったが、そのメッセージの伝達者として、テディーはエディーとともに重要な役割を果たした。 テディーが歌ったメッセージ・ソングとしては「ウェイク・アップ・エヴリバディー」が白眉。みんなに「世界はかつてとは劇的に変わっている。後ろ向きに考えるのではなく、前向きに考えよう。この混迷の世界の中で、目を覚ませ」と歌う。 「ウェイク・アップ・エヴリバディー」」(値段が今は高いので、オリジナル盤を望まなければ、エッセンシャル他ベストに必ずはいってます) 星。 テディー・ペンダーグラスは、1950年3月26日、フィラデルフィア生まれ。セオドーア・デリーズ・ペンダーグラス。愛称テディー・ペンダーグラス。(母親はサウス・キャロライナ州出身。テディーも生まれはサウス・キャロライナという説もある。公式バイオではフィラデルフィア生まれ) 地元の教会で歌い始め、説教などもするようになった。その後、ドラマーとして活動していたが、1960年代後期に、1950年代から活動を続けていたフィラデルフィアの名門R&Bヴォーカル・グループ、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツに加入。ここでリーダーのハロルド・メルヴィンに、歌を勧められヴォーカルに転向。 同グループは1972年、同地の有力プロデューサー、ケニー・ギャンブル&リオン・ハフがスタートさせた「フィラデルフィア・インターナショナル・レコード(略してPIR)」と契約。1972年5月、PIRからのデビュー曲「アイ・ミス・ユー」をリリース、これがソウル・チャートで7位を記録する幸先の良いヒットとなった。以降、「イフ・ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ(二人の絆)」(1972年10月からヒット、ソウル・チャートで1位、ポップで3位=ゴールド・ディスク)、「ザ・ラヴ・アイ・ロスト」(1973年9月、ソウルで1位、ポップ7位=ゴールド・ディスク)、「バッド・ラック」(1975年3月、ソウルで4位)、「ホープ・ザット・ウィ・キャン・トゥゲザー・ビー・スーン」(1975年6月、ソウルで1位)、「ウェイク・アップ・エヴリバディー」(1975年11月、ソウルで1位)など多数のヒットを放った。いずれも、テディーのハスキーで迫力のあるヴォーカルが最大の魅力となった曲だった。 テディーは1976年、グループを脱退、ソロ・シンガーへ転向。1977年4月にソロ第1弾シングル「アイ・ドント・ラヴ・ユー・エニモア」をリリース、ソウル・チャートで5位を記録し、ソロとしても着実な成功を収め始めた。ソロとしては「クロース・ザ・ドア」(1978年5月、ソウル1位)、「ターン・オフ・ザ・ライツ」(1979年6月、ソウル2位)、「カム・ゴー・ウィズ・ミー」(1979円9月、ソウル14位)と大ヒットが続き、まさにフィリーの星となった。 テディーは、セクシーなソウル・シンガーとして、「セックス・シンボル」のポジションを確立し、「フォー・ウーマンズ・オンリー」という女性だけのコンサートを開き、女性ファンの心を掴んだ。一時期人気の低迷していたマーヴィン・ゲイの後釜としても注目された。セクシーぶりが人気でライヴでは、女性の下着がステージに投げつけられることもあった。テディー作品は、歌詞の面で直接的な単語でセックスを歌うというよりも、間接的な表現でエロティシズムを醸し出していたところに「品(クラス)」があった。 日本ではソウル好きの志村けんがテレビで「ヒゲダンス」を生み出し、そのBGMにテディー・ペンダーグラスの「ドゥー・ミー」を起用。1979年、この曲は「ヒゲダンス」の曲として知られるようになった。 しかし、1982年3月18日、フィラデルフィアで自身が運転するロールス・ロイスが事故を起こし路肩の木に激突、瀕死の重傷を負い命は助かるものの、下半身不随になってしまった。その後は車椅子での生活をするようになったが、歌手活動は続け、1984年、PIRからエレクトラ/アサイラムへ移籍。約8年間在籍。 移籍第1弾アルバム『ラヴ・ランゲージ』では、当時無名だった女性シンガーをデュエットの相手に抜擢し、「ホールド・ミー」という曲を1984年6月からヒットさせた。その相手が翌年メジャー・デビューするホイットニー・ヒューストンだった。これに続いてルーサー・ヴァンドロスがプロデュースした「ユーアー・マイ・チョイス」もヒット。1985年7月13日、『ライヴ・エイド』のフィラデルフィアJFKスタジアムでのライヴでアシュフォード&シンプソンに付き添われ、車椅子で登場。彼らとともに「リーチ・アウト&タッチ」を歌い、数万人の観衆から大きな喝采を集めた。 『ライヴ・エイド』(DVD輸入盤、リージョン1だが、再生でき、一応日本語字幕あり) その後、1988年にはキャロウェイのプロデュースによる「ジョイ」、1991年には「イット・シュドヴ・ビーン・ユー」がブラック・チャートで1位を記録するなどコンスタントにヒットを放った。 サンプリング。 彼のフィラデルフィア時代の作品は、カニエ・ウェスト、トゥイスタら新しいヒップホップ系アーティストにもサンプリングされたり、また「イフ・ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ」は、シンプリー・レッド、パティー・ラベルなどもカヴァーしている。 また、テディーは一時期マーヴィン・ゲイの妻となるジャニス・ハンターとつきあっていた。マーヴィンの自伝『引き裂かれたソウル~マーヴィン・ゲイ物語』の中で、妻のジャニスがテディーの元に行ってしまう苦悩が描かれている。 テディーの作品をPIRでプロデュースしたケニー・ギャンブルは、1月14日、こう語った。「彼はおよそ10枚連続でプラチナム・アルバムを出した大変成功したレコーディング・アーティスト、パフォーミング・アーティストだ。輝かしい未来があったが、事故ですべて頓挫してしまった。だが(車椅子のシンガーとなって)彼は新たなアイデンティティとしてのロールモデルを見つけたのだ。彼は私に対しては、一度も事故について怒りを見せたことはなかった。事実彼はとても勇敢だった。彼はパワフルな声を持った本当に磁力のあるシンガーだった。彼は素晴らしいバリトン・シンガーであり、本当に滑らかな歌唱も見せ、そして荒削りな唱法も出来た」 テディーは1979年から1994年までにグラミー賞に5回ノミネートされたが、残念ながら受賞には至っていない。また、自身車椅子の生活になったが、脊髄を損傷した半身不随の人々のために「テディー・ペンダーグラス・アライアンス」という協会を作り、支援している。 2007年3月、事故からちょうど25周年を記念し、テディーはチャリティー・イヴェントに登場。そこで集めた資金を、同協会に寄付した。公のステージに上がったのは、これが最後らしい。 ギャンブルは言う。「静かな時を過ごす中で、彼はきっと多くの内省、熟考をしただろう。だが私は彼が一度も自身を哀れんだことは見たことがない。いつも忙しそうにしていた。そして、今、彼はもはや痛みを感じたり、悩んだりすることはない。(今までもよりも)良いところにいるんではないだろうか」 テディー・ペンダーグラスのオフィシャル・パブリック・ヴューイングは2010年1月22日(金)午前10時から、Enon Tabernacle … Continue reading

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○アリシア・キーズ・ショーケース・ライヴ

○アリシア・キーズ・ショーケース・ライヴ 【Alicia Keys Showcase Live At Billboard】 眩し。 普段テーブルが置かれている1階が、テーブルが取り払われ、完全スタンディング。そこが立錐の余地もないほどぎっしり。400人超は入っているのではないか。さすがに、時代の歌姫アリシアのスペシャル・ショーケースだけのことはある。洋服のメーカーがスポンサーとなって行われたライヴ。アリシアのライヴは、2002年5月のショーケース・ライヴ(赤坂・旧ブリッツ)、2004年10月の国際フォーラム(初の一般ライヴ)など、2007年11月のショーケース(マル・ビル)、2008年8月のサマーソニック(2度目の一般ライヴ)以来5回目。 予定より45分ほど遅れてバンドメンバー、そしてアリシアが登場。それまでステージ後ろのカーテンが閉められていたが、この日は、彼らが登場するときに開けられ、六本木赤坂の夜景をバックにアリシアが歌うことになった。バンドは、キーボード、ギター、ベース、コーラス2人にピアノとヴォーカルでアリシア本人。ドラムはなし。 超ごきげんな感じで「エンパイアー・ステイト…」から始まり、新作から3曲。そして、『ダイアリー・オブ・アリシア・キーズ』から「カルマ」、そしてファーストから「フォーリン」、2007年の前作から「ノー・ワン」と計6曲を歌いきった。「エンパイアー…」はニューヨークの歌だが、ちゃんと東京、と入れるあたりはサーヴィス満点。それにしてもシンガー・ソングライターとして、みんな曲が短くまとまっていて、しかも歌もうまい。 笑顔とハッピーオーラとともにアリシアの歌声は力強く、聴いていて本当に気持ちがよい。ピアノの弾き語りをするシンガー・ソングライター。「スリープ…」の後では、今回の来日では渋谷をぶらぶらしたことなども明かし、このような観客と近くの場所で歌うことがとても嬉しいなどと語った。 コーラス2人の足元にあったセットリストをじっくり見ると、4曲目に「イフ・アイ・エイント・ガット・ユー」と書かれていたのだが、なぜか、歌われなかった。 こういうアーティストもやはりこれくらい小さいところで見ると、圧倒的に魅力的だ。それにしても、アリシアのその笑顔も、また超ミニにタイツ・スタイルもまぶしかった。加えてファッション系のスポンサーということもあってか、モデル風女性が多数来ており、女性誌のモデルが一堂に集合したような華やかさがあった。 そうそう、この日は始まるまではカーテンが閉められていたので、携帯が通じなかったのだが、ステージが始まるとカーテンが開いて携帯が通じたので、思わずツイッターで実況してみた。曲目だけいれるのでせいいっぱいだったが。(笑)ハッシュタグでalicaとかつけられればいいんだろうけど。なかなかそこまではできなかった。 ■ 過去アリシア・キーズ記事 2007年12月01日(土) アリシア・キーズ@丸ビル http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20071201.html 2007年丸ビルでのショーケース・ライヴ 2004/10/19 (Tue) Alicia Keys Live At Kokusai Forum: Button Is Passed To http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200410/diary20041019.html 2004年の初公演の模様。セットリスト付き。 ■ 最新作4作目『エレメント・オブ・フリーダム』(DVD付き)(大きな壁を乗り越えての心機一転の作品)(発売4週で80万枚のセールス) The Element of … Continue reading

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◆(緊急寄稿) テディー・ペンダーグラス『トゥルーリー・ブレスド』ライナーノーツ 復刻

◆(緊急寄稿) テディー・ペンダーグラス『トゥルーリー・ブレスド』ライナーノーツ 復刻 【Tribute To Teddy: Linernotes Of “Truly Blessed”】 復刻。 テディーのライナーは何本か書きましたが、けっこうよくかけているこれを、MS-DOS化して、アップしてみます。(1990年10月執筆)表記などは、とりいそぎ、そのままです。 『トゥルーリー・ブレスド』 Truly Blessed posted with amazlet at 10.01.14 Teddy Pendergrass Wea Germany (1991-03-05) 売り上げランキング: 362827 Amazon.co.jp で詳細を見る 今度あなたのCDライブラリーに加わることになった一枚のCD(アルバム)をご紹介します。 テディ・ペンダーグラスの『トゥルーリー・ブレスド』  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 「人生は歌うに値する歌」 愛を歌うテディ・ペンダーグラス __________________________________ 人生を順調に進んでいくもの、浮き沈みの激しい人生を歩むもの、劇的な転換期を経る人生を送るもの。人間、誰一人として同じ人生を歩むものはいない。ソウル・シンガー、テディ・ペンダーグラスはこう歌った。 ~人生は歌うに値する歌。君も歌わないか。カギは君の手の内にある。その鍵を使うんだ。思ったとおりにいかなくても、恥じることはない。頑張るんだ。君の人生で何をやるかを決めるのは君だけなんだ。人生は歌うに値する歌~「ライフ・イズ・ア・ソング・ウォース・シンギング」(1977年、同名アルバムより) 1950年3月26日、フィラデルフィアに生まれたテディ・ペンダーグラスは2才半から教会でゴスペルを歌いだし、13才の頃からドラムをプレイするようになった。16才の頃になると、R&Bシンガー、リトル・ロイヤルのバック・バンドにはいり、東部をツアーするようになる。1969年、彼が19才の時にフィラデルフィアのヴォーカル・グループ、キャデラックスに参加、さらにこの後、伝説のハロルド・メルビン&ブルーノーツに入り、72年、フィラデルフィア・インターナショナル・レコードと契約、同グループのリード・シンガーとして数多くのヒット(「イフ・ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ」~72年)を残し、76年ソロに転向。ソロになってからも、新しいアメリカのセックス・シンボルとして現象的な人気を獲得した。しかし、82年3月18日、みずから運転していたロールス・ロイスで事故を起し、テディは下半身付随の重症となる。再起不能といわれたが、84年、レーベルをエレクトラに変え、見事に奇跡のカンバックを果たした。 この事故は明らかに彼の人生において最大の事件となった。それまで、彼の回りにいた連中がひとり去り、二人去り、どこからともなく「テディはもうだめだ」と陰口をいわれるようになった。 彼は事故後、数ヶ月病院でリハビリを行った。体力的なリハビリと精神的なリハビリである。テディがふりかえる。「あるとき、医者がやってきてこういうんだ。『さて、これから君は何をするのかね。』 それは今まで聞いた中でも最悪の質問だった。あんなリハビリをしている最中に将来何をするのかなんてだれがわかろうか。あれ以来、みせかけの希望というものは持たないことにした。」 その頃、彼は大きく落ち込んだ。「自分自身がまったく価値のない(ウォースレス)人間だと思うようになった。何と言っても、過去の自分とは違ってしまったんだから。泣いたこともある。自分に怒ったこともある。だが、自分を建て直し、再び立ちあがらなければならなかった。次に何をやろうかということは問題ではなく、今それとどのように面と向かっていかなければならないか、が問題だったんだ。僕は、誰一人として自分を理解してくれないと感じていた。人々が抱いているイメージは、有名なテディ・ペンダグラスが今は落ちぶれた男になっている、というものだ。ある新聞でこんな見出しがあった。『次のテディ・ペンダグラスになるのは誰?』だれが神をもてあそぶことを許すんだ。僕はまだ死んでいないんだ。」 … Continue reading

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★(速報)テディー・ペンダーグラス59歳で死去

★(速報)テディー・ペンダーグラス59歳で死去 【 (Bulletin) Teddy Pendergrass Dies At 59】 訃報。 フィラデルフィア・ソウルのスーパースターとして、1970年代から80年代にかけて多くのヒットを放ったソウル・シンガー、テディー・ペンダーグラスが2010年1月13日、死去した。59歳だった。 テディーは1950年3月26日、フィラデルフィア生まれ。1971年、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツのリード・シンガーとなり、「アイ・ミス・ユー」、「イフ・ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ」、「ウェイク・アップ・エヴリバディー」などのヒットを放った後、ソロへ転向。「クロース・ザ・ドア」「ターン・オフ・ザ・ライト」などのセンシュアルなヒットを放った。1982年3月18日、自ら運転するロールスロイスが事故を起こし、テディーは下半身不随となり、以後車椅子の生活を余儀なくされた。 2009年8月から入院していた、という。 (詳細は後ほど) OBITUARY>Pendergrass, Teddy (March 26, 1950 – January 13, 2010, 59 year-old)

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▲トニー・メイデン(ルーファス)、『ソウル・ブレンズ』にゲスト出演

▲トニー・メイデン(ルーファス)、『ソウル・ブレンズ』にゲスト出演 【Tony Maiden Will Be Featuring Guest On Next “Soul Blends”】 ゲスト。 今週末(1月16日)から東京ブルーノートでライヴを行うルーファスの実質的リーダーでギタリスト、トニー・メイデンが次回の『ソウル・ブレンズ』(日曜午後1時~3時・インターFM、東京地区76.1mhz)に生ゲスト出演する。ゲストには、トニーの娘でありヴォーカルの1人、アマンダ・メイデンも登場する予定。また、ひょっとしたら、万が一、気分が乗れば、スライ・ストーンもトニーとともにスタジオに遊びに来るかもしれない。トニーは、スライとのリハーサルの模様などについて語る。うまくいけば、リハーサル音源も一部オンエアできるかもしれない。 トニーたちのルーファスは、土曜日(16日)から23日まで18日を除いて1日2ステージ、ライヴを行う。ルーファスのライヴは、2008年11月以来1年2ヶ月ぶり。今回は、スペシャル・ゲストとして、スライ・ストーンが登場する。 また、今回はヴォーカル陣が厚く、アマンダ・メイデン、ヴァル・ヤングのほか、前回来日で大きな話題になったマダム・ディー、また、ミネアポリス・シーンで1990年代にアルバムを出したスー・アン・カーウェル、またシャカ・カーンの娘もメンバーにはいっている、という。ヴォーカルが5人になるらしい。トニーのルーファスにシャカの娘というところがひじょうにおもしろい。そうなると、最大でステージには14人が乗ることになる。かなりの迫力になりそうだ。 今週ロスアンジェルスで行われたリハーサルには、スライ・ストーンもきっちりと登場し、「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」、「サンキュー」、「イフ・ユー・ウォント・ミー・トゥ・ステイ」、「アイ・ウォナ・テイク・ユー・ハイヤー」などを試していった。リハーサルで、スライはヴォコーダーを使い、「サンキュー」を歌っている。 ルーファスとしては、ま前回の来日時のセットリストには入っていなかった「アース・ソング」(アルバム『アスク・ルーファス』収録)、「ユア・スマイル」(アルバム『ルーファサイズド』収録)なども演奏する予定のようだ。 ■ ブルーノート・スケジュール http://www.bluenote.co.jp/jp/schedule/ ■ルーファス、前回ライヴ評およびインタヴュー (なんとパート5まで) 2008年11月13日(木) ルーファス・ライヴ@ブルーノート http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10164090490.html#main 2008年11月15日(土) ルーファス(パート2)~トニー・メイデン語る http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10164913911.html 2008年11月16日(日) ルーファス(パート3)~ケヴィン・マーフィー語る http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10165405612.html#main 2008年11月17日(月) ルーファス(パート4)~マダム・ディー語る http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10165844327.html#main 2008年11月18日(火) ルーファス(パート5)~ヴァル・ヤング語る http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10166274990.html#main ■ ルーファス:「マスタージャム」(クインシー・ジョーンズ・プロデュースの傑作) マスタージャム posted … Continue reading

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■『ソウル・ディープ』NHK放送のカット部分

■『ソウル・ディープ』NHK放送のカット部分 【These Are What Cut Down From “Soul Deep” NHK Version】 カット。 先週2009年1月4日から9日まで6夜連続でNHK-BSで放送されたイギリスBBC制作の音楽ドキュメンタリー『ソウル・ディープ』のカットされた部分がわかった。NHKで放映された部分はオリジナルから10分超程度カットされている。日本での放映時間が10分短いこと、また前説にピーター・バラカンさんの解説が入るためだ。 このカット部分について、ツイッターの「ソウル・ディープ(#souldeep)」に書き込みがあったもので、その書き込みをされた(kohji405mi16=松林さん)に許可を頂き、ここに掲載する。松林さんは、BBCで放送されたオリジナルと見比べて、今回のカットされた箇所を調べた。ただツイッター上への投稿は140字の制限があるので、かなりはしょった部分はあるとのことだが、大まかな感じはつかめると思う。 ツイッターでの『ソウル・ディープ』のハッシュ・タグはこれ。#SoulDeep また松林さんのツイッターはこちら↓  http://twitter.com/kohji405mi16 NHK『ソウル・ディープ』のカット部分。(kohji405mi16=松林さん調べ) #SoulDeep 第1回 #NHK 放送時カットされた映像を確認した: アラン・トゥーサン、ファッツ・ドミノ、リトル・リチャードの演奏シーン、黒人R&BのSP盤が白人DJに割られる当時の映像、白人によるR&B演奏の一例としてジョージア・ギブスのステージ映像 #SoulDeep 第2回 #NHK 放送時カットされた映像を確認した: SARレーベルのエピソード ジョニー・テイラーの演奏シーン ヴァレンティノズ(ボビー・ウォーマックのグループ)の話題&ストーンズの It’s All Over Now 演奏シーン #SoulDeep 第3回 #NHK 放送時カットされた映像を確認した: メアリー・ウェルズ … Continue reading

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●高山広パーシモンホール第2回公演、1月15日に

【Takayama Hiroshi’s One Man Play Will Be On Jan 15h】 一人芝居。 変幻自在の一人芝居、一人で何人ものキャラクターを演じるその驚異のパフォーマンス。笑いと涙、哀愁、人間の機微をユーモアとペーソスで演じる高山広が、来る2010年1月15日(金)、目黒のパーシモンホールで単独ライヴを行う。 これは、パーシモンホールで、昨年12月18日に行われた第1回に続く第2回。今回の出し物は「ねずぶり」。「ねずぶり」は、ねずみとごきぶりの戦いを通じて現代社会を映し出す一人芝居。1994年に初演し、その後何度も推敲を重ね、再演してきたもので、高山の通常の演劇スタイルとは異なり、全編に流れる迫力あふれるシンセサイザーの生演奏と高山の芝居が生み出す臨場感あふれるコラボ(セッション)も大きな見所のひとつ。もともとは3時間ほどあったものをブラッシュアップし、2時間程度にしぼりこんだ、という。 高山氏は言う。「こればかりは世界中どこへ行っても観られないパフォーマンスのひとつであると自他共に、めずらしく(?)そう認める作品です! ボクの体とソウルを賭けて一生挑み続けるこの『ねずぶり』、どうか(観劇よりむしろ“観戦”に近いとよく言われます)体感しにいらしてくださいませ」 2008年8月に赤坂で演じられて以来約1年半ぶりの上演になる。 またこのほかに、毎月レギュラーでやっている目黒のソウルバー、ミッドナイトアワーでのソロライヴも月末(1月30日・土曜)におこなわれる。 ++++ 高山さんは、『ソウル・サーチン』でもかつて、ルーサー・ヴァンドロス(2006年7月1日)、アレサ・フランクリン(2007年3月26日)でそれぞれのキャラを見事な一人芝居で演じてくれた。(詳細は下記過去記事で) 久々のこの長編、期待が高まる。一人芝居に興味ある方、ぜひ一度試しにどうぞ。おもしろさ、その内容は保証します。どのようなものか詳しく知りたい方は、過去記事をごらんください。 ++++ ■ 高山広・プロフィール 高山広は、1963年宮城県出身。1988年から芝居、演技を開始。1992年から、一人芝居をさまざまな会場で行うようになる。ショート・ストーリーを数本まとめたオムニバス形式のシリーズ『高山広のおキモチ大図鑑』では、高山は単に人間だけでなく、動物、昆虫、はては、花火、パチンコ玉、かさ、たばこ、信号機などありとあらゆる森羅万象の物格・人格になりきり、それを演じる。作品数はすでに600本に迫り、数分のショートものから、2時間を越える超大作まで多数。鋭い洞察力をもとにした人物の描き方、演じ方は他の追従を許さない。 ■ 高山広公演 『ねずぶり』 出演 高山広 日時 2009年1月15日金曜、18時30分開場、19時開演 場所 目黒・パーシモンホール小ホール 住所 〒152-0023 東京都目黒区八雲1-1-1 電話03-5701-2924 http://www.persimmon.or.jp/hosting-performance/442.php 料金 全席自由 ¥3000 車椅子席 同料金 問い合わせ パーシモンホール 03-5701-2913 チケット めぐろパーシモンホールチケットセンター 03-5701-2904 チケットぴあ 0570-02-9999(Pコード398-301) http://www.persimmon.or.jp/see/attention.php ■ 『高山広のおキモチ∞HANJOH(だいはんじょう)』 出演 高山広 日時 2009年1月30日(土)20時開演 場所 目黒 ミッドナイトアワー 住所 東京都品川区上大崎3丁目14-12 … Continue reading

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⊿『ソウル・ディープ』にアリシアは入らず。21世紀のブラック・ミュージックは、アリシア・キーズの

⊿『ソウル・ディープ』にアリシアは入らず。21世紀のブラック・ミュージックは、アリシア・キーズのようなジャンルレスなアーティストが台頭か 【Alicia Keys: Artist Belongs To Any Genre, Beyond The Category】 ジャンル。 昨日の『ソウル・ブレンズ』でアリシア・キーズの新作『エレメント・オブ・フリーダム』を紹介した。その中で、アリシアの母はイタリア系を先祖に持つスコティッシュ、アイリッシュ、父がアフリカン・アメリカン、ということを紹介したのだが、1981年生まれの彼女にとって、マイケル・ジャクソンでさえ『スリラー』(1982年)など、後追いで知ることになる。 すでに、彼女が物心付くころから、音楽ジャンルを意識することなどなかったのだろう。しかし、それでも彼女は自分のルーツとして、ジェームス・ブラウンやスティーヴィー・ワンダー、ダニー・ハザウェイ、アレサ・フランクリンなどのオールド・スクールのソウル・ミュージシャンに敬意を払ってきた。 彼女にせよ、ビヨンセ(1981年)にせよ、後期マイケル・ジャクソンなど、従来のソウル・ミュージックという概念からは、充分に飛び出ている。 土曜日までの音楽ドキュメンタリー番組『ディープ・ソウル』は、タイトル通り、「ソウル・ミュージック」に特化してその歴史をなぞった。たぶん、制作者は、わざと意図的にマイケル・ジャクソンやジャネット、プリンスをはずし、ホイットニーは白人受けを狙ったという位置づけにしたのだろう。多分狭義の意味合いでの「ソウル・ミュージック」から外れるということで、そうしたアーティストを外したのだ。その気持ちもわからないでもないのだが…。 しかし、アフリカン・アメリカンたちが作り出してきたブラック・ミュージックの過去60年余の歴史を振り返り、俯瞰的にドキュメントしようとするのであれば、昨日のブログにも書いたが、マイケル、プリンス、ホイットニー、ルーサー、そして、今だったらこうしたアリシア、ビヨンセなどを正しく理解し、解説し、記録しなければならない。 たぶんざっくりした感触だと、1990年代以降に出てくるブラック系ミュージシャンらは、特にジャンルレスになる傾向が強くなっている。そういう意味で、21世紀のソウル・ミュージックは、従来であればソウル・ミュージシャンと呼ばれた人たちが、ひとつの「ソウル・ミュージック」というジャンル、枠組みを飛び出し始めた時代、と捉えるのが一番当たっているのではないかと思う。 仮にこの番組のように、黒人対白人という対立軸の文脈で見るなら、僕はマイケルが『スリラー』あたりでやりだしたことは、それまではブラック・ミュージックというのは、白人たちに「搾取(さくしゅ)される」ことの連続だったのに対し、初めて黒人側が白人音楽を「搾取」したのではないか、と思った。おもしろい象徴的なエピソードは、レイ・パーカーがヒューイ・ルイスの作品を盗作して訴えられたことなどがある。あれなどまさに白黒逆転した事件だった。 また、『ソウル・ディープ』の最終回は、あまりに時代が現代すぎて、制作者たちも、過去の歴史に関する文献、評価などは充分にリサーチできても、新しいものだけにまだ評価が固まっていない、また、俯瞰した文献がないなどから、試行錯誤で迷いながら作ったのだろうと思えた。 それにしても、『ソウル・ディープ』という番組は、いろいろと考えさせてもらういい機会を与えてくれた。改めて感謝。 ■アリシア・キーズの最新作『エレメント・オブ・フリーダム』(DVD付き)(前3作まではすべて全米1位になったが、これはならず。彼女のダークな心模様が、一般受けしなかったのか…。しかし、シンガーソングライターの作品としては、じっくり聴くと、彼女の鼓動が聴こえてくる。歌詞、あるいは訳詞などをじっくり読みながら鑑賞がお勧め) エレメント・オブ・フリーダム デラックス・エディション(DVD付) posted with amazlet at 10.01.11 アリシア・キーズ SMJ (2010-01-01) 売り上げランキング: 208 Amazon.co.jp で詳細を見る +++++ 『ソウル・ディープ』参考文献(パート2) 『ヒップホップはアメリカを変えたか?―もうひとつのカルチュラル・スタディーズ』S.クレイグ ワトキンス著 … Continue reading

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△『ソウル・ディープ』6回目を見て~すっぽり抜け落ちた1980年代

△『ソウル・ディープ』6回目を見て~すっぽり抜け落ちた1980年代 【Soul Deep — From Ghetto To Fabulous: What’s Missing On This Episode】 バランス。 BBC制作の『ソウル・ディープ』の6回目は、「フロム・ゲットー・トゥ・ファブラス」。これは過去5回と比べてかなりつっこみどころ満載だ。まず、この回はブラック・ミュージックのヒストリーを俯瞰したというよりも、メアリー・J・ブライジの特集1時間、という印象が強い。もちろん、それはそれでやる意義はあるのだが、たとえば、ブラック・ミュージックの歴史を1時間x50本やるのであれば、こういう回が1回あってもいい。だが、たった6回の中での1回だと他とのバランスが著しく悪い。ざっくり言うと、1980年代、1990年代のブラック・ミュージック界を俯瞰する部分がすっぽり抜け落ち、コンセプトが甘いと言わざるをえない。 メアリーに1時間割くのであれば、その前に、アリサやアース、クール&ザ・ギャング、オハイオ・プレヤーズ、スティーヴィー、マーヴィン、アイズレイ・ブラザース、ダニー・ハサウェイ、ファッツ・ドミノ、BBキング、マイケル・ジャクソン、プリンス、オージェイズおよびフィリー関連、ジャネット、ルーサー、ナット・キング・コール、エラ、サラ、ダイナなどのジャズ大御所、ダイアナ・ロスなどなど、1時間枠でスポットを当てなければならないアーティストは山といる。 メアリー・Jを紹介する上で、ヒップ・ホップとR&Bを融合したというのは、大体あっているのだが、ここでいうR&Bは、1960年代のR&Bとは少しニュアンスが違っていて、1990年代のR&Bを示している。ブラック・ミュージック(黒人大衆音楽)の呼称の変遷については、6回通して説明(ナレーション)がないので、これだと若干視聴者が混乱する。ここはきっちりと説明すべきだろう。呼称の変遷をフォローすると、ブラック・ミュージックの歴史はかなりわかりやすく説明できる。 『ソウル・ディープ』、最初の5回は全体的に駆け足なのだが、この回だけメアリーと「ヒップ・ホップ・ソウル」について、集中したという感が不自然だ。もしこのあたりを取り上げるのなら、ヒップ・ホップを大きな枠のテーマにし、その最後の部分で、ヒップ・ホップとソウルを融合したメアリーJというスーパースターが誕生した、という流れが自然だ。ヒップ・ホップを取り上げるなら、1979年前後からのラップの歴史を駆け足でもよいので紹介したほしいところ。ラップの最初のヒット「ラッパーズ・デライト」、カーティス・ブロウ、グランドマスター・フラッシュ、そしてランDMCへ。アンドレ・ハレルがあれだけ出てくるなら、ラップ界の大御所ラッセル・シモンズも出さないとバランスがとれない。また、あの編集だと、アンドレ・ハレルが「ニュー・ジャック・スウィング」を作ったかのような印象を与えるが、「ニュー・ジャック・スウィング」を紹介するのであれば、テディー・ライリーなどにも出てきてもらわないと。(もちろん、インタヴューはオファーしたものの、出演を断られたかもしれないのだが) また、メアリーとホイットニーの対比の仕方が、若干恣意的、あるいは作為的な感じがして公平感がない気がする。白人受けするホイットニーに対するアンチとしてメアリーが登場した、という捉え方は、あまりに表面的でうすっぺらい。よくあるテレビ的で残念だ。音楽業界におけるインパクトから言えばホイットニーとメアリーを比べたら、月とすっぽんだ。それを同列、あるいは、メアリーのほうが黒人から支持されたというのは若干無理があるだろう。 たとえば、メアリーのCDは黒人が300万人買いました。ホイットニーのCDは黒人が300万人買い、白人がさらに600万人買って合計900万枚売れました。ではホイットニーの音楽のブラック度がメアリーの半分あるいは3分の1かというと、そんなことはない。充分ホイットニーの音楽もソウルなのだ。しかし、表面的に見ると600万人の白人が買ったことによって、いかにもその音楽自体が「白人に媚びた」風に映ってしまう。(クライブ・デイヴィスは、白人に売るマーケティング戦略は持っていたが。デビュー時にはそれほどでもなかった)そしてメディアはそう書きたがるのだ。それはマイケル・ジャクソンに対しても同じだ。このあたりの「白人に受けたブラック・ミュージック」というテーマは、ひじょうに深いものになると思う。 ネルソン・ジョージ(『リズム&ブルースの死』『モータウン物語』ほかの著作で知られる黒人の評論家)が、ヒップ・ホップ周辺を含めてこのシリーズの最後を端的にひじょうにうまくまとめていた。ちょっと字幕のニュアンスが微妙だったが、改めて訳しなおすとジョージはこう言っていた。 「黒人文化は、もはや『クール』なんてものではない。『最高にクール』になったんだ。黒人は郊外の白人たちにアピールするために、(黒人側が意識や態度を)変える必要はなくなった。今では彼らのほうが黒人になりたがっているのだ。これは、ものすごく大きな変化だ。かつてモータウンは(白人から)支持されるように対応(順応)した。ホイットニーもそうだ。マイケルはある部分そうだった。だが、今では、そうしたことを取り巻く世界の方が劇的に変わったのだ。これは文化が大きく変わったということなのだ」。字幕では「音楽の力」となっていたが、これは訳が違う。「文化自体が変わった」とジョージは言っていた。ジョージは今回のブラック・ミュージック、ヒップ・ホップなどを「文化全体」の枠組みの中で語っていたのだ。 (誤訳という点では、アレサ・フランクリンをホイットニーの「遠い親戚」としていたのも間違い。「そんなバカな」と思って、あわてて戻して英語を聞いたら、extended familyと言っていた。一緒に仕事をした親しい仲間、という意味だ。親戚づきあいをするくらい仲良し、というニュアンス。遠い親戚とは言えない) ブラック・ミュージックの歴史を俯瞰し、かつてはしいたげられた人々の音楽が、21世紀になって白人も真似したがるような音楽となり、ヒットチャートの上位を独占するまでになった、ということを最後に簡潔にまとめていたのだが、そう変遷した過程がすっぽりぬけている。どのようにそうなっていったのか。いつからその兆しがあったのか。なぜ、そうなったか。その背景には何があるのか。それを後押しする要因はなんだったのか。ジョージの「文化が変わったのだ」の裏には多くの事実がある。彼の一言は素晴らしいまとめだが、それが番組内60分で紹介されていない。ひょっとしたら、ジョージはインタヴューの中でそうした説明をしていたが、時間の関係でボツになったのかもしれない。つまり、一言で言えば5回目までと6回目の間がすっぽり抜けてないのだ。その間には、ホイットニーやマイケルが大衆から支持された説明、プリンスの音楽が支持されてきた事実などの説明不足感が大きい。 1980年代から1990年代のブラック・ミュージックの周辺テーマとしては、「クワイエット・ストーム」「ニュー・ジャック・スウィング」「フィリー・ソウル」「ディスコ」「ロックとブラック・ミュージック」「ソウル・トレイン」、「MTVとブラック・ミュージック」、「ブラック・ムーヴィー」などいくらでもある。そして冒頭で少し触れられたブラックの間に誕生したミドルクラス(中流)の台頭があった。そのあたりの分析ももう少し深めに欲しかったところだ。 とはいうものの、この1週間「ソウル・ミュージック」の歴史、大変楽しめた。NHKそして、BBCありがとう。そして、見逃した方のために再放送をよろしくお願いします。 そして、BBCには続編あるいは、ヴァージョンアップ版を期待したい。 ◎番組のBBCのサイト(各日ごと=プレイ楽曲リスト) NHKで放送されたものは、10分程度短縮されているので、このリストからいくつか落ちているものがあるようだが、全体的な流れはつかめる。 http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/1/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/2/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/3/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/4/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/5/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/6/ ◎ メアリー・J・ブライジ 「ヒップ・ホップ・ソウル」の登場はブラック・ミュージックの歴史に残る足跡を残しました。傑作アルバムです。(1992年) What’s the … Continue reading

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☆『ソウル・ディープ』をより理解するための書籍など(パート1)

☆『ソウル・ディープ』をより理解するための書籍など(パート1) 【To Understand “Soul Deep” More; Recommended Books】 推薦本。 NHK-BS1で今日(1月9日・土)まで6夜連続で放送される『ソウル・ディープ』に関連して、この番組、あるいは、ソウル・ミュージックの歴史を知るための推薦参考書をいくつかピックアップしてみた。途中までやったのだが、けっこう量が増えてしまいそうなので、まずパート1としてご紹介。まだかなり見落としているのもあるが、とりあえずということで。 その前にこの『ソウル・ディープ』のサイトがBBCの中にあります。こちらは、5日目(ファンクの回)の曲目リスト。↓ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/5/ NHKで放送されたものは、10分程度短縮されているので、このリストからいくつか落ちているものがあるようだが、全体的な流れはつかめる。 ちなみに、こちらが今日放送・6日目の「ヒップ・ホップの回」↓ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/6/ もちろん、1日目から4日目もこのサイトに紹介されている。 http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/1/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/2/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/3/ http://www.bbc.co.uk/music/souldeep/playlists/4/ さて、参考文献。 まず、1日目。レイ・チャールズの回。基本的にCDは、今回ははずした。ただしドキュメンタリー的なDVDは含めた。各アーティストのCDは、各自チェックしてみてください。 『わが心のジョージア―レイ・チャールズ物語』(レイ・チャールズ/デイヴィッド・リッツ著、吉岡正晴訳) わが心のジョージア―レイ・チャールズ物語 posted with amazlet at 10.01.07 レイ チャールズ デイヴィッド リッツ 戎光祥出版 売り上げランキング: 321274 Amazon.co.jp で詳細を見る 文字通りレイ・チャールズの本人が語った自伝。これを元に映画も出来た。ただし、映画にはクレジットはなし。 DVD『レイ』 … Continue reading

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◎『ソウル・ディープ』を見て~本当に黒人アーティストは1960年代に「クロスオーヴァー」を狙って

◎『ソウル・ディープ』を見て~本当に黒人アーティストは1960年代に「クロスオーヴァー」を狙っていたか 【”Soul Deep” On NHK-BS1~Are Black Musicians Really Trying To “Crossover” In The 60s?】 60周年。 2010年1月4日から6夜連続で、NHK-BS1で放送されている音楽ドキュメンタリー『ソウル・ディープ』。毎回ひとつのテーマを決めて50分にまとめているが、なかなかおもしろい出来だ。話題は尽きない。やはりモノクロでもソウル・シンガーが動いている映像は嬉しい。 とはいうものの、やはりテーマがテーマだけに、どうしても50分では収まりきらないところも多々出てくる。ちょっとソウルの歴史を紐解いたファンからすると、あれはどうした、ここはどうなった、みたいな点がところがふつふつとわきあがってくる。 ざっと言うと、1回目(1月4日)はレイ・チャールズおよびソウルの誕生、2回目(5日)はサム・クック、3回目(6日)はモータウン、4回目(7日)はスタックスおよびサザン・ソウル、この後、5回目がファンク、6回目がヒップホップとなっている。今、このドキュメンタリーを見て興味を持った方のために、さらに知りたければこんなのを読むとよいですよ、という参考文献をまとめているので、最終回終了後にでもブログにアップできると思う。現時点でもけっこうある。 考えてみると、それまで「レイス・ミュージック」(直訳は人種音楽、白人が黒人を蔑んでレイスと呼んだニュアンス)と呼ばれていた音楽が、ジェリー・ウェクスラーの発案で「リズム&ブルーズ」という名称になったのが、1949年。昨年で60周年だった。「モータウン50周年」は話題になったが、「R&B誕生60周年」はそういえば話題にならなかった。誰も気づかなかったのかなあ。(って僕も今やっと気づいたが(笑)) 60年もあれば、その歴史は膨大な量になる。まさに近代史そのものだ。それを50分番組6本の計300分5時間ではそもそも無理なのかもしれない。それでも、こうした俯瞰した番組はたたき台としても絶対に必要だ。まずこうした基本中の基礎教養をみんなが知ったところから、次の話しが始まる。 オーティス。 たとえば、4日目のオーティスの話し。オーティスが「ドック・オブ・ザ・ベイ」について、クロッパーに「これは俺の初のナンバーワンヒットになる」と予言するくだりがあるが、あれには前に背景がある。1967年夏、モンタレーで1万人以上の聴衆の前、しかも多くの白人の前で歌った。ちょうどその時滞在していたサンフランシスコ湾の情景を歌にしていた。その同じ夏、オーティスは喉のポリープのために、手術をする。手術後6週間、まったく話すこともできず、彼は静かに過ごし、そのときにビートルズの『サージェント・ペパーズ』をこよなく聴いた。そして、作り上げたのが、それまでのシャウト唱法ではなく、しっとりと味わい深く歌う「ドック・オブ・ザ・ベイ」だった。白人聴衆の前で支持されたことによる自信、歌い方の劇的な変化、素晴らしい楽曲。これは彼のキャリアにとっての一大転機であり、まさに、生涯を決める「キャリア・ソング」となった。だから、彼はこの曲が「初めてのナンバーワンになる」と大きな自信を持ったのである。 多くの関係者や音楽業界人は、この「ドック・オブ・ザ・ベイ」が、オーティスが飛行機事故で死んだために全米1位になったと見ているが、僕はこれは飛行機事故がなくても、全米1位になったと見る。百歩譲って、事故がなくても1週間1位になったところが、事故があったために4週間1位になった、ということはあるかもしれない。 まあ、これは拙著『ソウル・サーチン』にすでに書いたことなのだが、改めて思い出したので、書いてみた。 ちなみに、『ソウル・サーチン』は既にお読みの方はご存知だと思うが、サム・クック、オーティス・レディング、マーヴィン・ゲイのストーリーはそれにかかわるアーティストの視点から描いている。サムは、ウーマック&ウーマック、オーティスは愛弟子ジョン・ホワイトヘッド、そして、マーヴィンは恩師ハーヴィー・フークワだ。現在絶版になっているが、ときおりヤフオクなどでも出ることがあるので、ぜひ興味ある方はチェックしてみてください。 『ソウル・サーチン』の中の7編のうち、4編は下記で読めます。 http://www.soulsearchin.com/soulsearchin/seven2.html クロスオーヴァー。 ところで、モータウンやスタックスのところでさかんに黒人マーケットから白人マーケットへの「クロスオーヴァー」ということが語られる。ここは、結果的にはそうなっているのだが、みんな語っている人も、今だからそういう風に言ってるのではないか、と僕は感じている。 当時のモータウン関係者も、スタックス関係者も、音楽を作る時は「これを白人マーケットで売ろう」なんてほとんど考えていなかったと思う。よくベリー・ゴーディーが白人マーケットを狙ってモータウン・サウンドを作った、と言われる。僕もある時期そう思っていて、そういう原稿を書いたこともあるが、どうもそれは違うような気がしてきている。そもそも「クロスオーヴァー」という言葉自体が使われ始めたのが1970年代の中頃のことのはず。 それは、むしろ1970年代に入って、アメリカの音楽業界が「ブラック・ミュージック」と「白人音楽」をきっぱり分けるようになってからのことではないだろうか。ちょうどその頃からラジオ界のフォーマットが相当鮮明になり、ロックはロック、ブルーズはブルーズ、ソウルはソウル、ジャズはジャズ、カントリーはカントリー、そして、ヒット曲はトップ40となり始めた。もちろん1960年代にもそうした流れはあったが、1970年代に入って、おそらくFM局の浸透とともにそれが顕著になる。 そうしたラジオ界における分離政策が大きくなったために、ブラック・ミュージックは大きな成功を収めるためには「トップ40」へ(つまり白人マーケットへ)「クロスオーヴァー」しなければならなくなった。だから1970年代になってから「ブラック・チャート」から「トップ40」への「クロスオーヴァー」がより「命題化」してきたのだと思う。 1960年代から1970年代初期(1972~3年ごろ)までは、自然にソウルのヒットもトップ40に入ってきていた。その頃は「クロスオーヴァー」なんて概念もなく、いいソウル曲は、トップ40ラジオでかかり、そのチャートを上がっていたのだ。その顕著な例として1972年5月、ビルボードのホット100のベスト10が8曲もソウル・ヒットで占められたという事件がある。 もちろん、モータウンは1960年代中期からテレビ戦略を持ち、また白人が顧客のキャバレーなどに進出し、結果的に白人マーケットに入り込んだ。そこにはゴーディーの緻密な戦略はあった。だがそれとて、白人というより、単純に「マス・マーケット」(大きなマーケット)を狙っていたというニュアンスに思える。モータウンのサウンドを「白人的」というのは、実は当たっておらず、それを強いて言えば、南部のものと比べて「都会的」だということではないだろうか。「都会的」に「洗練」されていた、だから、白人層にも受けた、ということは言える。 だいたいビルボード誌は1963年10月から1965年1月まで1年3ヶ月ほど、「R&Bチャート」を掲載していない。その必要性がなかったと見ていた。それはトップ40でまかなえていたのである。その後ビルボードは「R&Bチャート」を復活させるので、この期間は、ビルボード史上最大の汚点となっているのだが。 この頃は、「いい曲」であれば、ヒットした。それは黒人であろうが、白人であろうが、ポップスとしてヒットしたのだ。モータウンがヒットしたのは、白人を狙ったからではなく、単純に「いい曲」を作り出せ、それを世に出し続けられたからだ。何よりも、その最大の証拠に、モータウンから出るシングルは、音楽の専門家だけでなく、オフィースで働く普通のスタッフも含めた「金曜朝の楽曲選定会議」(フライデイ・モーニング・ミーティング)の多数決で決めていたのだ。その会議場で、「これは白人向けだからヒットしそうだ」なんてことはテーマにさえならない。 ゴーディーはこう試す。Aという曲とBという曲、1ドル出して買いたいと思うのはどちらだ、と訊く。みんながAだと答える。ここからがゴーディーの真骨頂だ。「では、そのAというシングルと、腹が減ったときに1ドルを出してホットドッグを買うのとどちらを選ぶ?」 それでもAだと言われたシングルを、世に送り出す。会議のメンバーは、一般大衆を代表している。だから、そこで支持されたものがヒットする。 モータウンは白人マーケットを狙って、スタックスは黒人マーケットに絞った、という見方はイギリスでも、アメリカでも今では比較的定説になっており、この『ソウル・ディープ』でもその線で話が進められる。だが、今回『ソウル・ディープ』を見ていて、ひょっとして違うのではないかと思い始めた。少なくとも1960年代は違うのではないだろうか。もちろん1970年代以降は、白人向けのブラック・ミュージックというものは、若干だが存在するのだが。 ちょっと理屈っぽくなったが、このような発見があるだけでも、このシリーズはひじょうにおもしろい。続く2回も楽しみだ。みなさんもぜひチェックを。なお、これはNHKのアーカイブ番組に該当するとのことで、後日でも料金さえ払えば見ることができる。 番組ホームページ … Continue reading

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○ウィリー・ミッチェル~メンフィス・ソウルの重鎮、81歳で死去

○ウィリー・ミッチェル~メンフィス・ソウルの重鎮、81歳で死去 【Willie Mitchell Dies At 81】 訃報。 メンフィスを本拠にミュージシャン、アレンジャー、プロデューサーとして1950年代から活躍してきたメンフィス・ソウルの重鎮、ウィリー・ミッチェルが2010年1月5日(火曜)午前7時25分(日本時間5日・夜22時25分)、メンフィスのメソジスト・ユニヴァーシティー病院で死去した。81歳だった。2009年12月19日に心不全で緊急入院していた。ミッチェルは、メンフィスの貴公子と呼ばれたソウル・シンガー、アル・グリーン、あるいは、アン・ピーブルスなどの作品をプロデュースしヒットを出し、メンフィス・ソウルの隆盛に大きく寄与した。 ウィリー・ミッチェルは、1928年(昭和3年)3月23日ミシシッピー州アシュランド生まれ。8歳頃からトランペットを始め、ハイスクール時代にメンフィスに移る。その頃からアマチュア、セミ・プロのバンドで活動を開始、1950年代にはメンフィスのハイ・レコード、ロイヤル・スタジオに出入りするようになり、ここで、当初はミュージシャンとして自身名義のインスト物などを出していたが、徐々にアレンジャー、プロデューサーとして活動するようになった。 1969年、まだ無名だったソウル・シンガー、アル・グリーンと出会い、彼をハイ・レコードに迎え、自身でプロデュース。それまでのアルのシャウト系の唱法をソフトでささやくように歌うよう指示。これが受け、アルは「レッツ・ステイ・トゥゲザー」(1972年)をはじめとする大ヒットを続々と出すようになった。ミッチェルはハイ・レコード、ロイヤル・スタジオの実質的な実力者になり、メンフィス・サウンド、ハイ・サウンドの重鎮になっていく。アル以外にも、アン・ピーブルス(「アイ・キャント・スタンド・ザ・レイン」1973年)、シル・ジョンソン(「テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー」1975年)、OVライト(「プレシャス・プレシャス」1978年)などのアーティスト、作品を世に送り出した。 彼がプロデュースした作品は、アル・ジャクソンとハワード・グライムスが生み出す特徴的なドラム・サウンド、ティーニー・ホッジスのギター、チャールズ・ホッジスのオルガン、リロイ・ホッジスのベースという「ハイ・サウンド」でまとめられ、一世を風靡した。 一時期ミッチェルと離れていたアル・グリーンは2003年、ブルーノート・レーベルに移籍したのを機に、ミッチェルをプロデューサーとして再び向かえた。また、ウィリー・ミッチェルは、昨年秋に出たばかりのロッド・スチュワートのソウル・カヴァー・アルバム『ソウル・ブック』でも、2曲でアレンジをしている。 ミッチェルがてがけた最大の成功者アル・グリーンは自身の公式サイトに大きなミッチェルとアルの写真を掲げ、次のように書いている。 http://www.algreenmusic.com/ A Magical Collaboration Gone, but never, ever forgotten 奇跡のコラボレーション 師去りとて、決して忘却することなく このトップページには、ミッチェル死去のテレビニュースの映像(約2分弱)もアップされている。 ++++ 邂逅。 ウィリー・ミッチェルといえば、アル・グリーン、アン・ピーブルス、ドン・ブライアント、OVライト、ハイ・レコードのさまざまなヒットだ。あの特徴的なサウンドは本当に1970年代のソウルだ。最近ではアル・グリーンとの作品、ロッドの作品のほか、日本人オリトの作品などが思い出される。オリトは一昨年(2008年)43歳で急逝したが、一足先に行った天国で両腕を広げてミッチェルを待ち受けていることだろう。 ご冥福をお祈りする。 ■過去ウィリー・ミッチェル関連記事 2004/02/28 (Sun) There’s A Dream After Fade-out: Willie Mitchell Revealed … Continue reading

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◆(速報)ウィリー・ミッチェル~メンフィスソウルの重鎮、81歳で死去

【Willie Mitchell Dies At 81】 訃報。 メンフィスを本拠にミュージシャン、アレンジャー、プロデューサーとして1950年から活躍してきたメンフィス・ソウルの重鎮、ウィリー・ミッチェルが2010年1月5日(火曜)午前7時25分(日本時間5日・夜22時25分)、メンフィスのメソジスト・ユニヴァーシティー病院で死去した。81歳だった。12月19日に心不全で緊急入院していた。ミッチェルは、メンフィスの貴公子と呼ばれたソウル・シンガー、アル・グリーン、あるいは、アン・ピーブルスなどの作品をプロデュースしヒットを出し、メンフィス・ソウルの隆盛に大きく寄与した。 (詳細は後ほど) Published: Wednesday January 6, 2010 MYT 11:16:00 AM Producer and musician Willie Mitchell dead at 81 http://www.star-ecentral.com/news/story.asp?file=/2010/1/6/music/20100106112101&sec=music Famed musician, record producer Willie Mitchell dies By Bob Mehr Posted January 5, 2010 at … Continue reading

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★『ディス・イズ・イット』特典映像は、映画本編と表裏一体(パート1)

★『ディス・イズ・イット』特典映像は、映画本編と表裏一体(パート1) 【Extra Footage For “This Is It” (Part 1): Reveals Behind The Scene Of “This Is It” Tour】 表裏一体。 2009年7月から行われる予定だったマイケル・ジャクソンのロンドン・ツアーのリハーサルを記録した映画『ディス・イズ・イット』のDVDが2010年1月27日に発売される。その中に、映画では公開されなかった映像が「特典映像」として収録されるが、それを5日、ソニー・ピクチャーズのオフィースで見せてもらった。 特典映像は、トータル約165分。通常のDVDとブルーレイの両方につくものと、ブルーレイだけにつくものがある。 (通常特典)(どちらのディスクにも収録) 1. カンバックにかける想い (2種) 2. キング・オブ・ポップの衣装について 3. スタッフが語るマイケル・ジャクソン 4. ダンサーのオーディション風景 5. コンサート制作の舞台裏 (3種) ダンサー編、バンド編、ヴォーカリスト編 6. オリジナル劇場予告編 (ブルーレイ用特典)(ブルーレイ・ディスクのみに収録) 1. ショートフィルム 「スリラー」(今回のライヴ用撮り下ろし) 2. ショートフィルム 「スムース・クリミナル」(今回のライヴ用撮り下ろし) 3. メイキング・オブ・ショートフィルム 「スムース・クリミナル」 4. 振り付け師が語るマイケルのダンス 5. フォトギャラリー 6. BD-LIVE (インターネットのサイトに、このディスクを通じてつないで見る映像。このディスク経由でないと見られないらしい。今回はこの部分だけまだ見られなかった) 通常DVDは映画本編と特典映像の2枚組みだが、ブルーレイは1枚のディスクに、本編と特典映像が収録される。ブルーレイのほうがそれだけ容量が多いということだ。 一言で言えば、ここでは多くのミュージシャン、ダンサー、スタッフの証言が多数収録されており、これらの証言を総合していくと、映画『ディス・イズ・イット』本編で見られたものが、あくまで全体像の一部でしかないことが浮き彫りになる。そして映画本編を表の顔とすれば、これは、裏の顔だ。両者を脳内合成して見ると、まるで『ディス・イズ・イット』のライヴを真に体験したかのように思えてくる。 関係者は誰もがこのツアーへの熱い思いと、マイケルへの思いを淡々と語り、胸が熱くなる。そして、曲によってどんな衣装になるか、曲によってどんな舞台装置、仕掛けがあるのかなどが具体的に詳細に語られると、見ているほうは『ディス・イズ・イット』のアドヴェンチャーの壮大なスケールにただただ驚嘆する。多くの世界一流のスタッフがここに集まり、最高のアート(芸術)、エンタテインメント作品を作るために、叡智を結集し、最大限の努力をし、マイケルのドリームワールドを実現させようとしている。映画本編では、表が明らかになったが、ここでは、まさに裏方の人々がどれだけ知恵を絞っているかが明らかになる。まさに表裏一体だ。 最大のポイントは、多くの参加者が、マイケルはこの映画で大きなメッセージを伝えたいと考えていたと証言する部分だ。それは、たとえば「アース・ソング」についての解説のところで顕著だった。「マイケルは、はるか以前から環境破壊について懸念し、立ち上がろうとしていた。もっと我々は自然に対して敬意を払わなければならない。これは現代の人類に対する警鐘だ。マイケルは(コンサートのラストを)ハッピー・エンディングにしたいと思っていなかった。行動しないとだめだというメッセージだった」といったことが語られる。 この「ハッピー・エンディングにしたくなかった」というのは、衝撃だ。本編映画でも映っていたが「アース・ソング」の最後にトラクターが出てくる。前の「ヒストリー・ツアー」では、ここは戦車だった。このメッセージは、「世界を壊すのは機械(トラクター)ではなく、人間なのだ」と説明する。強烈なメッセージだ。 … Continue reading

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▲「ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリー(パート4)」(2009年10月~12月)

▲「ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリー(パート4)」(2009年10月~12月) まとめ。 毎日、仮に2000字前後のダイアリー(ブログ)を書いているとすると、1年で73万字ほどになる。ざっと数えても『マーヴィン・ゲイ物語~引き裂かれたソウル』の2倍近い量だ。 このソウル・サーチン・ダイアリーは、2002年6月6日から始まり、当初はアットランダムに書いていたが、2002年10月6日から毎日書くようになった。以来、一日も休まずにアップされている。2009年10月でまる7周年を迎えたことになる。「ベスト・オブ」は、2004年分以降毎年翌年の1月に選び、発表している。「ベスト・オブ」だけでも、もう6年分ある。はやいところ、書籍にまとめたいところ…。 【10月の1本】 October 29, 2009 『ディス・イズ・イット』~夢と冒険に溢れる2時間 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20091029.html 依然エントリーの多くがマイケル関連。この月は、映画『ディス・イズ・イット』関連が多かったのですが、その感想文を。ほかにエリザベス・テイラーのツイッターでの映画に対する感想文も。 【その他の候補】 October 03, 2009 豪華マイケル・ジャクソン本~ア・トリビュート・トゥ・ザ・キング・オブ・ポップ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20091003.html October 07, 2009 マイケルのDNAを受け継いで~MJ-スピリット@モーフ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20091007.html October 16, 2009 グレイト・ストーリーテラー、リオン・ウェアはノンストップでしゃべる http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20091016.html 東京地区初来日のリオン・ウェアのインタヴュー。実におもしろい。 October 19, 2009 ビヨンセ・ライヴ~『アイ・アム…ツアー』絶好調 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20091019.html October 20, 2009 加藤和彦さん死去~人生の美学と無常 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20091020.html October 27, … Continue reading

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■今日から6夜連続で『ソウル・ミュージック』のドキュメンタリーをNHK-BSで放送

■今日から6夜連続で『ソウル・ミュージック』のドキュメンタリーをNHK-BSで放送 【”Soul Deep”: BBC’s Documentary On Air Tonight At NHK-BS】 ドキュメンタリー。 NHK-BSで今日(2009年1月4日)21時10分(午後9時10分)から22時まで、『ソウル・ディープ』というソウル・ミュージックの歴史を追ったドキュメンタリーが放送される。これはイギリスBBCが2003年に制作したもので、今回は6夜連続で放送される。 詳細はこちら。1日目から6日目までの内容が簡単にでています http://www.nhk.or.jp/wdoc/ 1日目の内容↓ http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/100104.html ブラックミュージックの変遷と発展を、様々なミュージシャンの貴重なインタビューと楽曲でたどるシリーズ“ソウル・ディープ”。第1回は、レイ・チャールズを中心にソウル・ミュージックの先駆者を紹介。ソウルの基礎を作ったR&Bの誕生の背景に迫る。 1940年代、黒人ポピュラー音楽はレイス・ミュージック(人種音楽)に代わり、リズム&ブルース(R&B)と呼ばれるようになる。R&Bはやがてルース・ブラウンやジョー・ターナーの活躍によって、黒人社会で確固たる地位を築いていく。そのR&Bをゴスペルと融合させ、“ソウル・ミュージック”という新たなジャンルを生み出した1人がレイ・チャールズだった。 幼い頃に視力を失ったレイは、盲学校でピアノを学び才能を開花。卒業し大手レコード会社と契約したあとは、その深みのある響く声で白人の若者たちの心をつかんでいった。しかし1950年代、黒人たちは依然として人種差別と闘っていた。そしてソウルはその経験を表現する音楽となっていく。 原題: SOUL DEEP  The birth of Soul 制作: BBC (イギリス 2003年) (以上、NHKのホームページより) ENT>TV>DOCUMENTARY>Soul Deep

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●「ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリー(パート3)」(2009年7月~9月)

●「ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリー(パート3)」(2009年7月~9月) 2002年から続いている「ソウル・サーチン・ダイアリー」。その2009年のベスト・オブ、パート3は7月から9月まで。実はこれを選ぶのもけっこう一苦労で、タイトルだけで大体覚えてはいるが、あらためて読んでしまったりすると、思った以上に時間がかかったりする。 さて、7月はまだマイケル急死のショックが後を引く。来日するアーティストたちは、まるで示し合わせたかのように、どのステージでもマイケル楽曲をこれでもかこれでもかとカヴァーしてトリビュート。また、マイケルを巡るメディアの問題も大きくクローズアップされてきた。 【7月の1本】 July 12, 2009 マイケルの急死を悼んで~マイケル・ジャクソンとメディアの戦い (パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090712.html July 13, 2009 マイケルの急死を悼んで~マイケル・ジャクソンとメディアの戦い(パート2) http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090713.html July 28,2009 マイケル・ジャクソン~徐々に出され始めたメディアの膿 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090728.html マイケルは、なぜメディアと戦わなければならなかったのか。ひじょうに有益な考察です。これはその後の、特に日本のメディアのマイケルへの手のひらを返したような絶賛の風潮にも警鐘を与えているかもしれません。 【その他の候補】 July 06, 2009 訂正:マイケル・ジャクソンは『ウィ・アー・ザ・ワールド』で4番目の逝去 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090706.html July 07, 2009 フェデラーとロディックのソウルの戦い~ウィンブルドン男子決勝 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090707.html ウィンブルドンの決勝、素晴らしい感動的な試合でした。これぞ、アスリートもアーティストであることの証明です。これは今月の1本に選んでもよいほど。 July 08, 2009 マイケル・ジャクソン追悼式 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090708.html July 09, 2009 マイケル・ジャクソン・メモリアル:5人のグローヴに見る兄弟の絆 … Continue reading

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⊿「ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリー(パート2)」(2009年4月~6月)

⊿「ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリー(パート2)」(2009年4月~6月) 【Best Of Soul Searchin Diary 2009: Part 2】 死。 2009年のソウル・サーチン・ダイアリー、そのベスト・オブ。パート2は4月から6月まで。 The Day The Music Died(音楽が死んだ日)、まさに、そんな感じだ。これまでに何度も言われてきた。バディー・ホリーたちが乗った飛行機が事故で墜落した日、エルヴィスが死んだ日、ボブ・マーリーが死んだ日、ジョン・レノンが死んだ日。そして、昨年マイケルが死んだ日。2009年は、初の黒人大統領が誕生した年として記憶されることになったが、同時にマイケル・ジャクソンが亡くなった年としても記憶されることになる。 【4月の1本】 April 23, 2009 人生のファイナル・アンサーを問いかける『スラムドッグ$ミリオネア』 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090423.html これは、とてもおもしろい映画でした。題材のとり方がとても新鮮。映画の構成力が見事。これだけエンタテインメントにして考えさせるところは考えさせるのもすばらしい。 【その他の候補】 April 01, 2009 マーヴィン・ゲイ、1984年4月1日、ロス・アンジェルス http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090401.html マーヴィンの死から25年。その日一体何が起きたのか。 April 02, 2009 マンハッタンズ~直角のお辞儀に見るソウル・エンタテインメントの真髄 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090402.html オールド・スクールたちのきちんとしたところが好き。 April 05, 2009 中村梅雀さん、ジャコのベースを入手 … Continue reading

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△「ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリー(パート1)」(2009年1月~3月)

△「ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリー(パート1)」(2009年1月~3月) 【Best Of Soul Searchin Diary 2009: Part 1】 恒例。 恒例となった「ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリー」その2009年版をお送りします。そのパート1、1月から3月まで。なお2002年6月以降の『ソウル・サーチン・ダイアリー』のアーカイブは次のところにすべてあります。年月のところをクリックすると、その月のタイトル一覧がでます。2008年12月まで。2007年3月以降はアメブロにあります。「ベスト・オブ」は2004年分以降、毎年翌年1月の最初に選んでいます。 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/index.html 2002年6月から2008年12月まで http://ameblo.jp/soulsearchin/ 2007年3月から2009年12月、以降現在まで また、ここで選んだ記事以外におもしろかった、印象深かった、などのエントリー(記事)がありましたら、遠慮なくyoshioka@soulsearchin.comまでご連絡ください。「ベスト・オブ」にいれます。リンクをクリックして、余韻にひたりましょう。あるいは、明日以降4月以降のものを選びますので、その中からこれはいれて欲しいというのがあればいれます。BBSへの書き込みでもOKです。 http://www.soulsearchin.com/soul-bbs2/soul20091226yoshi.cgi まず1月から3月までの第一四半期は、僕がマーヴィンの翻訳でこもりきりだったこともあり、けっこうテレビネタが多くなっているのが例年とちがった特徴。 【今月の1本】 January 22, 2009 オバマに望む3つの奇跡~就任演説を聴いて http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090122.html オバマ関連はいずれも大変おもしろい内容でした。一連のオバマ関連とともに、今月の1本という感じです。 【その他の候補】 January 21, 2009 オバマ大統領誕生~アレサの歌が祝福 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090121.html January 20, 2009 オバマ就任イヴェント、多数のアーティストが参加 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090120.html January 19, 2009 磁力持つオバマのソウル・スピーチ … Continue reading

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☆謹賀新年

☆謹賀新年 新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 ますます、ソウル・サーチンに精進いたします。 みなさんにとっても、幸多き一年になりますように。 2010年1月1日 吉岡正晴 The Soul Searcher +++++ 検証。 さて、昨年15項目の目標を書きました。 1) 聴いたCDは、そのCDのプラスチックケースの中に必ず戻す。そして、最初にあったところに必ず戻す。 2) 届いた郵便物は3日以内に必ず封を切る。 3) いらないものはすぐ捨てる。そして大掃除。 4) しっかりプランを練る。予定や目標や企画を立てて、紙に書く。そして実行する。 5) 聴いたこと、見たこと、感じたことは、忘れないうちにすぐ書き記す。 6) スタンダード1000曲を覚える。 7) オールタイム・ベスト100アルバムを選出する。 8) 50・50・50をなんとか一度は成し遂げてみたい。 (ライヴ50本、書籍50冊、映画50本を見る) 9) 「ソウル・サーチン・ウェッブ」のリノヴェーションをしたい。 10) 「ソウル・サーチン」イヴェントと、その周辺アーティストのライヴを充実させたい。 11) ソウル関係の本を何か出す。 12) 音楽映像番組を作る。 (ドキュメンタリーでも音楽番組でも) 13) 週刊誌か月刊誌でコラムをはじめる。 14) 何か月1でもいいので、これぞというソウル番組をラジオでやりたい。 15) また、アーティストたちとからんで、これまでと違う何かクリエイティヴなことをやってみたい。 2009年の最大の心残り。いわゆる本当の大掃除ができなかったこと。 やはり、昨年から、どうも、これといった発展、進化がない。日々に流され、あっという間に1年が過ぎていく…。 上記、6、7、8、9はどうしても積み残してる。10は7月に2年4ヶ月ぶりに「ソウル・サーチン:ザ・セッション~アイズレー・ブラザース」が、しかも今回は2デイズでできたのは、よかった。内容的にはよかったが、これで収支がとんとんになれば言うことはないのだが…。(笑) 11は、マーヴィン・ゲイの自伝は、予定より遅れたが出版できた。うれしい。しかし、驚いたのが、マイケルの逝去とともに、マイケルの「全記録」本を急遽出したこと。年に2冊も本を出したのは自分でもびっくり。12から15は、これまた積み残しです。その結果、ライヴへ行った本数が少なくなったのは、まあ、しかたないかなあ。 2009年を振り返ってみると、何といってもマイケル・ジャクソンの急死だ。日本時間では6月26日(現地6月25日)以降、すべてが変わったような気がする。マイケルを軸に、そのメッセージ、マイケルとメディアの戦い、そして、映画『ディス・イズ・イット』の公開など、語るべきことは実に多く、僕の周辺はマイケル一色になった。中でも西寺郷太さんとの3回のトークイヴェント、NHK-FMでの2時間40分の番組は、本当に楽しくやりがいがあった。 今年はまた書籍を出したい。1冊計画中のマイケル本のほか、1000円以内で出せる本というのを出したい。果たして実現するかな。 ツイッターとブログを連動させた何かで発信できるものがあれば、そのあたりも視野にいれておきたい。 というわけで、今年もよろしくお願いします。 ENT>ANNOUNCEMENT>

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