Monthly Archives: September 2009

☆マイケル・ジャクソン特集~ワックスポエティックス6号今日発売

☆マイケル・ジャクソン特集~ワックスポエティックス6号今日発売 【Waxpoetics Japan No.6 Featuring Michael Jackson】 マイケル。 ニューヨークのクラブ系マガジンとして定評のあるワックスポエティックス・日本版第6号が2009年9月30日発売される。今号の表紙は子供のころのマイケル・ジャクソン。第一特集が16ページ(DJムロさんのマイケル関連ディスク2ページを加えると18ページ)におよぶマイケルだ。この特集原稿を書いた。 マイケルについては、ジャクソン・ファイヴ時代から聴いてきて、エピック時代の12インチなどもけっこう集めていたが、まさかこんな突然のニュースを聞くとは想像だにしなかった。6月25日の死去(日本でニュースが伝わり始めたのは6月26日金曜朝から)以降、多くのマイケル関連記事が書かれ、出てきた。 ワックスでやるからには、ワックスらしい切り口と見せ方でなければならない。いろいろと舟津編集長とディスカッションを重ねながら、『スリラー』前夜までの音楽的価値といったものに焦点を当てようか、ということになった。いくつかテーマ(フォーカスを当てるポイント)を出したが、『オフ・ザ・ウォール』まででひとつのストーリーを見出すことにした。ワックスでは創刊号のハービー・ハンコックの記事が、彼がエレクトリック・ファンクの出発点ともなる『ヘッドハンターズ』前夜までという切り口で書かれていた。それに倣い、マイケルの『スリラー』前夜までというわけだ。特に他誌の記事では、エピックに移ってからの3枚のジャクソンズのアルバムについて書かれていることが少ない。 そして、もうひとつ他誌ではない裏の切り口が「3人の父親」というテーマだ。マイケルにとっての父親、ジョー・ジャクソン、ベリー・ゴーディー、そして、クインシー・ジョーンズ。マイケルの人生におけるこの3人の立ち位置を裏のテーマとしてまぶしてある。この3人にこうしてフォーカスした記事はどこにもない。 舟津氏が写真を通信社などから様々なものを集め厳選した。もちろん、これも他誌とかぶらないようにしている。舟津氏も僕も7月から膨大な量のマイケル関連本を買い漁った。 過去の最低限の事実関係は、どうしても他の記事ともかぶってしまうが、そこをうまく整理、編集し、独自の視点を加えることによって、言い古されたことに新たな輝きが増すことがある。ワックスのマイケルの記事はそれを試みた。 さて、この号ではマイケルの特集以外で、フィラデルフィアの名プロデューサー、ケニー・ギャンブル&リオン・ハフの13ぺージの特集、ニューヨークの伝説的ライヴ・ハウス、クラブ、ラテン・クゥオーターの記事(16ページ)、デトロイト出身のギタリスト、デニス・コフィーの7ページの記事なども読み応えたっぷりだ。 ■舟津さんのブログ(マイケル記事について) http://www.waxpoetics.jp/blogs/funatsu/2009/09/27/1099/ ■ ワックスポエティックス・ジャパン第6号(2009年8月/9月号) Wax Poetics Japan No.6 posted with amazlet at 09.09.30 GruntStyle Amazon.co.jp で詳細を見る ■ワックスポエティックス日本版第6号の内容↓ http://www.waxpoetics.jp/magazine/ ENT>MAGAZINES>Waxpoetics, Japan

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◎ミュージック・ソウルチャイルド・ライヴ 

◎ミュージック・ソウルチャイルド・ライヴ  【Musiq Soulchild @ Billboard Live】 超満員。 2001年1月23日今はなき西麻布イエローでのショーケース、2002年9月18日、19日リキッドルーム(=中止)、2005年11月26日横浜ベイサイド以来結局3度目のミュージック・ソウルチャイルドの来日ライヴ。4年ぶりということもあってか、追加公演がでてビルボードは5階まで超満員。しかも若いファン、クラブに行きそうなファンが多い。僕は、どこか地下で見たという記憶があり、ヴェルファーレで見たような気がしていたが、あれはルーツのほうだったか。調べてみるとイエローに来ていた。そうだ、イエローだった。ぎゅうづめで、ものすごく煙い中、背伸びして見た記憶がよみがえった。 さて、今回はメンバーがステージにでてきて驚いた。なんとドラムス、ギター、ベース、キーボード2人、コーラス2人というバックが全員女性なのだ。ソウル界のロバート・パーマーか。そして、おもむろにミュージックがステージに上がるや開口一番「いらっしゃいませ~~!」 誰が教えた、この日本語。受ける。ミュージックはかなり日本に興味があるらしく、真剣に日本移住を考えているそうだ。日本語にも興味があり、「です」と「ます」の違いはなんだ、とか、「さん」と「ちゃん」の違いはなんだ、などとスタッフに聞いてくるという。 バンドもしっかりとしていて、ノンストップで次々と曲を披露。ノンストップだけに流れがしっかり出来ていて、飽きない。観客とのやりとりもうまい。1曲目から1階はほぼスタンディングになる一方、スローもじっくり聞かせ、ゆったりしたミディアム調でも躍らせる。基本的には最新作『オンマイレディオ』からの楽曲を中心にした構成。トータル7曲が最新作からだ。 ミュージックは途中少しだけ話をした。「自分は多くの音楽の影響を受けている。多くのオールド・スクールにね。これは、スティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイ、ダニー・ハザウェイなどの影響を受けた曲だ」 ところどころで使う高い声が実に印象的だ。 ミュージック・ソウルチャイルド(本名、タリーブ・ジョンソン)は1977年9月16日フィラデルフィア生まれ。現在32歳。芸名の「ミュージック」は、彼が没頭している音楽そのものを表わし、「ソウルチャイルド」はミュージックの裏にあるアイデアそのものを意味する。同時にソウル・ミュージック界の過去の偉大な先輩たちへの敬意を表わし、ソウル・ジャイアンツのレガシーを今に伝えることを意味している。アルバム5枚リリースし、32歳という若さながら、1950年代、1960年代からのソウル・ジャイアンツを大変よく勉強している人物だ。 ■ 最新作通算5作目『オンマイレイディオ』 オン・マイ・レディオ posted with amazlet at 09.09.29 ミュージック・ソウルチャイルド ダミアン・マーレイ メアリー・J.ブライジ Warner Music Japan =music= (2008-12-17) 売り上げランキング: 30584 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ メンバー ミュージック・ソウルチャイルド/Musiq Soulchild(Vocals) エンジェル/Angel (BackgroundVocals) ティナ・ローズ/Tina Rose … Continue reading

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○ソウル・パワー、盛りだくさん

【Soul Power 2009】 盛りだくさん。 4回目となった「ソウル・パワー」は、今回も実に盛りだくさんだった。2日目でいえば、7組のアーティスト(武田と哲也を含めると8組。またスペシャル・ゲストの柳ジョージを含めると9アーティスト)で繰り広げられる4時間超の大パーティー。 いくつか書き漏らしていることを。 ザ・ファンクス(THE☆FUNKS)の衣装は、ドリーの方は新調だが、弟テリー(ダンスマン)のほうは、マイナー・チェンジだそう。初秋だが、もう実に暑いらしい。兄貴のドリーのほうはたださえ汗かきらしいので、相当大変だそうだ。 タケが歌う「椛~Momiji」は、2009年10月10日に公開される常盤貴子主演映画『引き出しの中のラブレター』のテーマ曲。なかなかの映画テーマ風のバラードで、おそらく会場の人たちもほとんど初めて聴くことになったと思うが、しんみりとさせていた。 ズーコのところでは、3曲目の「二人のラブ・ゾーン」で、村上ルイカを呼び込み。ズーコも熱い歌唱を聴かせる。 藤井フミヤはMCで、シャネルズのファンだったというエピソードを披露。免許取立てで車に乗り、すぐに事故をしてしまい、そのときにカーラジオから流れてきたのが、シャネルズの曲だった、とその節(ランナウェイ~~)を歌った。ゴスペラーズを呼び込み、アイズレイ・ブラザーズの「ツイスト&シャウト」のアカペラはまさに「ソウル・パワー」ならではの聴き物。 ゴスペラーズは、初日の「ボディー・コーリング」を2日目でボーイズ・トゥ・メンの「アイル・メイク・ラヴ・トゥ・ユー」に差し替え。これなかなかいい感じで、たとえば、この曲を日本語にして歌ってみたら、どうだろう。タケを呼び込んだアル・グリーンの「レッツ・ステイ・トゥゲザー」は、本当にこれでもかという可能な限りテンポをスローにして歌いタケ・ワールドを作る。 マーチンは、この日、特別に「さよならいとしのベイビー・ブルース」を増量。どうやら盟友ハセヤンのリクエストだったらしい。MCはあいかわらずおもしろい。なんといっても、昼過ぎに会場に入って、7時半過ぎまで出番がまったくないのはソウル・パワー始まって以来とのこと。思わず昼寝してしまうのではないか、という感じらしい。(笑) そして、MC絶好調は、ブラザー・トム。意味不明な壊れた日本語をしゃべり、観客を操っていた。「どうせ、俺たちにはヒット曲は1曲しかありませんから」という自虐ネタも最高に受けていた。さらに、ウェイブを前から後ろ、右から左にやらせるところなんぞ、観客の手玉の取り方が実に最高。それにしても「ウォント・ビー・ロング」で武道館全員の腕がこぶしを握りながら上下するのを見るとすごいなあ、と思う。 そしてアンコールでは、「武田と哲也」が、またまたJBネタをやってから、マイケルに持っていく。「今年はMJですよ、MJ」 初日はMJと言われ、村上が「村上ジャクソン」、2日目は「みうらじゅん」と答え笑いを誘う。マイケル・メドレーの振り付けがゴスペラーズの「1,2,3 for 5」を振付けたもうひとりのマイケルことマイケル鶴岡だ。 +++++ ライヴ後黒沢さんから打ち上げに誘われたのだが、ブログをアップしてから行こうと思って、ブログを昨日書き終えたら、くたくたになって行けませんでした。何時までやったのかなあ。 ◎出演アーティスト最新関連CD、DVD ■ スクープ・オン・サムバディー 最新作『Love Ballads Best Of S.O.S.Ballads』(2009年9月30日発売) LOVE BALLADS~Best Of S.O.S.Ballads posted with amazlet at 09.09.27 Skoop On Somebody SKOOP SE (2009-09-30) … Continue reading

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◆ソウル・パワー・東京サミット2009(Day 2)

【SOUL POWER TOKYO SUMMIT 2009 (Day 2)】(セットリストは下にあります) 絆。 出会い、一期一会(いちごいちえ)。スケジュールに追われ、次々と仕事をこなしていくミュージシャン、アーティストたち。そんな彼らがある日、どこかで、何かの理由で出会う。その中には意気投合するものもいれば、なんの化学反応も起こらない組み合わせもある。お互い近いものを感じ、いずれ何かやろうと思っても、「今度ゆっくり」の挨拶が社交辞令としてむなしく霧のように消えてしまうこともある。だが、そんな無数の一期一会から物事が発展することがある。それは奇跡であり、必然だ。 今年で4年目を迎えた大イヴェント「ソウル・パワー・サミット」は、そんな奇跡と必然から生まれる一期一会の夢を実現する場だ。 ゴスペラッツやゴスペラーズと藤井フミヤのテレビ番組での出会い。コラボレーション・アルバムへの参加。そこで深まる絆から一直線で「ソウル・パワー」にたどり着いた。 すでに初回「ソウル・パワー・サミット」にミラーボール星からはるばるやってきたミラーボール人、ダンス☆マンがその兄を連れてきて結成したユニット、ザ・ファンクス。フィル・コリンズの「イージー・ラヴァー」をもじって「じーじばーば」、途中に「千の風」まではさみこんだ。スウィングアウト・シスターズの「ブレイクアウト」をもじって「夏の恋は無礼講」。字幕付きのパフォーマンスは、ダンス☆マン、いやファンクスならではのやさしさだ。 スクープは、映画のテーマ曲となる「椛~Momiji」を熱唱、「Key Of Life」の最後の方ではまさにゴスペルを彷彿とさせるパフォーマンスを見せ、観客を震撼とさせた。タケは、本当にセクシーでセンシュアル。日本で一番フェロモンを出すシンガーだ。 藤井フミヤの1曲目は実にファンキーな曲。そして、ジェームス・ブラウンを思わせるマイク・スタンドをけり、引き戻すパフォーマンスをこれでもかこれでもかとやる。彼は日本で一番マイク・パフォーマンスがうまい男だ。そして、ジャンプしてスピリット着地。新曲「嵐の海」は奥田民夫作。『Fズ・キッチン』から。彼がこんなにも踊るとは思わなかった。「SOUL POWER」にふさわしい。 各アーティストみな、それぞれ新曲を披露する中、ゴスペラーズの新曲は「ラヴ・ノーツ」。また、彼らの中ではもうひとりのトリビュートということで、忌野清志郎の「スロー・バラード」を村上てつやが熱唱。曲がいかにもメンフィス・ソウルという雰囲気の重厚なバラードだった。最後、村上のヴォイスは武道館の天井を突き破って清志郎の元に届いたに違いない。 マーチンは、最新作から「スティル・ゴールド」、そして最新作で曲を提供してくれた柳ジョージを招き、彼の作品「ジョアンナ」を。さらに、マーチンの歌の伴奏に、ぜいたくにも柳のギターをフィーチャー。さらに途中からトランペットに幼稚園から一緒の桑野信義が加わっていた。かつてマーチンがあこがれた柳をこのステージに招く。一期一会が、第二段階に進んだ瞬間だ。 ソロで参加してきたブラザー・コーンが、ついにあのバブルガム・ブラザーズの一員として、2人でステージに立つ。ブラザー・トムは、訳のわからないMCやウェイヴの扇動で武道館をお笑いの演芸場にしてしまった。そして、バブルたちも新曲「モーニング」を披露。「ウォント・ビー・ロング」はかなりの長尺で、ミラーボールが回り武道館を一大ディスコにした。それにしても、ブラザー・トムのMCのこわれっぷりには大いに笑った。 最後のアンコールのマイケル・ジャクソン・トリビュートは、圧巻。イントロなどのリフ演奏だけのものも含め12曲。なんちゃってムーンウォークも披露し、大宴会が盛り上がる。このアレンジは、コウイチロウのもの。 アンコールも終え、ミュージシャン、シンガーら参加メンバー全員が最後の挨拶をしているときに、ひとり行方不明になったブラザー・トム。全員が舞台からはけた後、舞台袖にあった黒の棺の扉がおもむろに開く。すると、銀色の手袋をした手が伸びてくる。起き上がるとそれはブラザー・トム。「みんな帰っちゃったんだ」と言って、そそくさと消えて行った。最後のオチだった。 土曜日は初日と比べ、ズーコの3曲、ゴスペラーズの中でタケを呼び込んだ「レッツ・ステイ・トゥゲザー」、マーチンの「さよならいとしのベイビー・ブルース」が増量。結局、1時間早く始まったにもかかわらず終演は21時42分と前日(21時56分)と14分ほどしか変わらなかった。 ミュージシャンにも新旧の再会がある。マーチン・バンドのギター、武内享と藤井フミヤは元チェッカーズ。バブルのバックを支えていたのが、今回のドラムス岸田容男、サスケホーンズというホーン隊。 ステージの上では、まさに絆と絆が交錯していた。 果たして、来年はどのような新たな出会いがステージ上で交錯するのだろうか。そして、どんな絆を観客は目撃することができるのだろうか。 ■ 過去ソウル・パワー関連記事(初回から3回目まで) September 26, 2009 13:54:29 ソウル・パワー・東京サミット2009(Day 1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10351045775.html September 25, 2008 03:04:52 ソウル・パワー2008~2日間を見て … Continue reading

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★ソウル・パワー・東京サミット2009(Day 1)

★ソウル・パワー・東京サミット2009(Day 1) (内容が若干でます。ネタバレに配慮はしますが、これからごらんになる方で事前に内容を知りたくない方はご注意ください。なお、セットリストは明日のブログでご紹介します) 【SOUL POWER TOKYO SUMMIT 2009】 パワー。 日本のソウル・ミュージック好きミュージシャンたちが一堂に会して年1回行われている「ソウル・パワー・サミットSOUL POWER SUMMIT2009」。2006年から始まって今年で4回目を迎える。初日は2009年9月23日(水曜=祝日)大阪で行われ、25日(金)、東京の武道館で行われた。(ライヴ自体は9月26日=土=にも行われる) 今年の目玉は、リーダー格マーチンによれば、「バブルガム・ブラザーズの正式な復活と、藤井フミヤの参加、そして、マイケル・トリビュート」だという。3時間超の実に密度の濃い音楽イヴェントだった。 いきなり、謎のグループ、ファンクス(The☆Fanks)の登場だ。実は、これ、ダンス☆マンとゴスペラーズ安岡優さんの新ユニット。すでに横浜ファンク・フェスでちょっとお目見えしていた。ダンス☆マンはミラーボール星からやってきているが、もうひとりはそのダンス☆マンのお兄さんだった。背の高さがかなりデコボコなのだが。(笑)「ファンクを地球に蘇らせよう」という趣旨で地球に兄貴がやってきた。ちなみに、バックのバンドは、いわゆる武哲バンド。 そして、予定では2番目に登場は、新進気鋭の多和田えみだったが、急に体調不良になり、泣く泣く欠席。スクープの登場だ。「椛(もみじ)」、「キー・オブ・ラヴ」など熱唱。タケ(TAKE)さんのヴォーカルで1万人の会場を震撼とさせる。今回はスクープは、コウイチロウ(KO-ICHIRO)さんとタケさんの2人が参加。ここから、バックはコウイチロウさんを含むマーチンのゴールド・メンバーのバンドへ。 今回メインのスペシャル・ゲスト、藤井フミヤ氏。「嵐の海」「女神(エロス)」など3曲、ひときわフミヤ・ファンの熱狂が熱くなった。ここまでフミヤ氏が踊り、そしてまた、ジェームス・ブラウンばりのマイク・スタンド・パフォーマンスを見せるとは。驚いた。そして、ゴスペラーズを呼び込みフミヤ氏とアカペラで1曲。バックは再度武哲バンド。 続いてそのままゴスペラーズ。「告白」から始まり、スロー系、ちょいソウルっぽい感じの曲に、新曲「ラヴ・ノーツ」を含め、70年代風ソウル風振り付けのついた「1,2,3 for 5」まで一気に盛り上げる。 テンポよくマーチンへ。ここから、武哲バンドから再びマーチン・バンドへバトン・タッチ。最新作『スティル・ゴールド(Still Gold)』からタイトル・トラックから始まり、またまたスペシャル・サプライズ・ゲスト的に柳ジョージさんを呼び込む。柳さんとデュオにし、さらに柳さんをギタリストして起用。柳さんは、マーチンとともに渋唱。 そして、今回オフィシャルに堂々登場は、昨年再結成したバブルガム・ブラザーズだ。昨年のカンバック・シングル「ダディーズ・パーティー・ナイト」、1曲(こんど出る新曲)はさんで、「ウォント・ビー・ロング」で、もう武道館は大ディスコ。ミラーボールが周り、アリーナは熱狂のダンスフロアに。 本編終わり、アンコールは、9時だよ全員集合ということで、今年6月25日に急逝したマイケル・ジャクソンへのトリビュート。メンバー全員、踊る踊る。ジャクソン・ファイヴばりあり、マイケルのスリラー・ダンスあり、なんちゃってムーンウォークありの15分超のメドレー。ここまでやれば、天国のマイケル・ジャクソンも武道館の頭上から微笑んでいることだろう。 それにしても、密度の濃い3時間超のイヴェント。ほんとに、トイレに行く暇がない…。今日土曜は、ズーコの出演が決まっており、また、ひょっとしたら大阪ソウル・パワーに出演したメイJも顔を見せるかもしれないので、昨日より少し伸びそうな気配だ。 (詳細、メンバー、セットリストなどは明日のブログに掲載します) ■ セットリスト: ソウル・パワー2009東京サミット Setlist : SOUL POWER 2009 TOKYO SUMITT show started 18:30 01. Enc. show … Continue reading

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▲アシュフォード&シンプソン、11月に初来日決定

▲アシュフォード&シンプソン、11月に初来日決定 【Ashford & Simpson: First Japan Concert Ever In November】 初来日。 1960年代にはモータウン・レコード所属のソングライターとして活躍、シンガーとしても作品をだし、その後、デュオ・チームとして1970年代から多くのヒットを放ったおしどり夫婦チーム、アシュフォード&シンプソンの初来日が決まった。2009年11月19日木曜から11月22日日曜まで4日間、東京ブルーノートでの単独公演になる。 アシュフォード&シンプソンは、ニコラス・アシュフォード(男性・1942年5月4日、サウス・キャロライナ生まれ=作詞家)とヴァレリー・シンプソン(女性・1946年8月26日、ニューヨーク生まれ=作曲家)の2人によるデュオ。2人は1964年、ハーレムの教会で出会い、音楽的パートナーになり、その後結婚。ニューヨークを本拠にソングライター・チームとして活躍、レイ・チャールズに「レッツ・ゴー・ゲット・ストーンド」(1966年)などのヒットを提供。これに注目したベリー・ゴーディーの声がかりで同年、モータウン入り。モータウンで多数の作品を書くようになる。作曲した代表的なヒットは、マーヴィン・ゲイ&タミー・テレルの「エイント・ナッシング・ライク・ア・リアル・シング」、「ユア・プレシャス・ラヴ」、「ユーアー・オール・アイ・ニード・トゥ・ゲットバイ」、「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」(後にダイアナ・ロスもカヴァー)、ダイアナ・ロスの「リーチ・アウト・アンド・タッチ」など、多くの名曲が誕生した。 また、ヴァレリー・シンプソンはダイアナ・ロス的な声を持ち、一時期、ソロ・シンガーとしても作品をだし、いくつか小ヒットが生まれた。ヴァレリーはマーヴィン・ゲイとタミー・テレルのヒットして世に出た「What You Gave Me(ホワット・ユー・ゲイヴ・ミー)」(1969年)など、タミーが病気で録音できなかった際にピンチヒッターで歌っていることが知られている。 デュオのアシュフォード&シンプソンとして、1973年、ワーナー・ブラザーズと契約。「アイド・ノウ・ユー・エニーホエア」のヒットを皮切りに、出すシングルを次々にヒットさせ、人気デュオ・チームとなった。デュオとしての代表作は、「ソー・ソー・サティスファイド」(1977年)、「ドント・コスト・ユア・ナッシン」(1978年)、「イット・シームス・トゥ・ハング・オン」(1978年)、「イズ・イット・スティル・グッド・トゥ・ヤ」(1978年)、「ファンド・ア・キュー」(1979年)など。1982年にキャピトルに移籍し、「ソリッド」(1984年)の大ヒットも生まれている。美しいメロディーと繊細な歌詞が最大の魅力。 ソングライターとしても豊富なカタログを持つが、ビジネス・パーソンとしても、1980年代に「20/20」(トゥエンティー・トゥエンティー)というレストランをオープンしたり、1996年に「シュガー・バー」というライヴも見せるレストランをオープン、これは現在も人気の高い店になっている。 他にソングライターとしての代表作には、フィフス・ディメンションの「カリフォルニア・ソウル」、グラディス・ナイト&ザ・ピップスの「ランドロード」、ダイナミック・スペリアーズの「シュー・シュー・シャイン」、シャカ・カーンの「アイム・エヴリ・ウーマン」「クラウズ」など多数。 ニック・アシュフォードは映画『ニュー・ジャック・シティー』(1991年)にも少しだけ顔をだしている。また、ヴァレリーの弟、レイ・シンプソンはゲイのディスコ・グループとして一世を風靡したヴィレッジ・ピープル(「YMCA」他の大ヒット)のリード・シンガー、ヴィクター・ウィリスが辞めた後、リードとしてヴィレッジ・ピープルに入った。また別の弟、ジミー・シンプソンは、「ディスコ・ナイト」でおなじみのグループ、GQなどをプロデュースしている。 来日メンバーなどの詳細は近く発表される。 http://www.bluenote.co.jp/jp/schedule/detail.php?id=326 一般予約は 2009年10月01日(木)午前11時から。ブルーノートのメンバー「ジャム・セッション」会員の先行予約は 9月24日(木)午前11時から。 ■アシュフォード&シンプソン 「ストリート・オペラ」 ストリート・オペラ posted with amazlet at 09.09.22 アシュフォード&シンプソン EMIミュージック・ジャパン (2009-08-05) 売り上げランキング: 48535 Amazon.co.jp で詳細を見る … Continue reading

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■川崎のソウル・バー「シュガー・シャック」初訪問

【Kawasaki Soul Brother’s Bar "Sugar Shack"】 初。 2009年5月21日に正式オープンした川崎シュガーシャック。横浜石川町から移転、オープンしてはや4ヶ月。なかなか訪問する機会がなかったのだが、先日(9月21日=月・祝日)、DJオッシーが1日まわすというので、ついに初訪問。 川崎の繁華街の中。駅からも近い。お店は3階だが、入口からなかなかしゃれた雰囲気が漂う。そして、中に入ると、大きな「SUGAR SHACK」の看板。左側にどーんとカウンター。右側にテーブル席が3つほど。約15坪の店を、スケルトンの状態からデザイナーとともに、新規で作り上げた。正面には大きめのガラスが張られ、外が見え解放感もある。 CDJ、ターンテーブル、そして、セラート・スクラッチ用のパソコン。壁と言う壁がレコード棚になっているが、オウナー石川さん曰く「これでも使わないのは持ってきてないんですよ。(店に)5-6000枚はあると思います」。もちろん、ハードディスクにもひたすら、アナログを取り込んでいるという。 この日はオッシーが朝から晩まで、いや、夕方から夜中まで、ソウル・バー仕様、ラウンジ系選曲で勝負。なぜか店に入った頃は、AORナイトの様相を呈していた。なんでだ。(笑) すると、横から石川さん、「うちは、何でもありですから。がはは」と。横の棚には、AOR関連の本もあった。 石川さんは、体調もいいみたいで、さらにアルコールも適度に入って超ごきげん。帰ろうとすると、「だめです、だめです、お店から一杯出しますから」と引きとめられた。結局、長居してしまった。(笑) しかし、川崎という土地柄にまだ自分的には若干アウェイ感というか、緊張感が漂う。(苦笑)横浜のほうがよく通っていたからかもしれないが、なかなか行く機会なかったしね。でも、「シュガー・シャック」ができたことで、川崎もなじみの街になりそう。 DJオッシー登場ということもあって、満席。入れ替わり立ち代り、おなじみのお客さん、『ソウル・ブレンズ』ヘヴィー・リスナーらがやってくる。なかなかファンキーなダウンタウン川崎に、おしゃれでクールなソウル・バーが出現した。川崎に新たなるソウル・バーの伝説が生まれる。 ■ シュガー・シャック過去関連記事 January 25, 2008 シュガー・シャック秘話 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10067877316.html January 24, 2008 Sugar Shack Is Forever http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20080124.html January 15, 2008 Yokohama’s Number One Soul Bar, Sugar Shack Closed … Continue reading

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●メイズ・ライヴ~キング・オブ・レイドバック・ファンク

(ライヴの内容がでます。これからごらんになる方で、事前に内容をお知りになりたくない方はご注意ください) 【Maze Featuring Frankie Beverly Live: Explosion of Laid-back Funk】 爆発。 一言で言えば、レイドバック・ファンク(ゆったりしたリズム、テンポでのファンク)の炸裂、爆発だ。どうしてこんなBPM100(1分間のビートの数。数字が大きいとテンポが速い)前後のゆったりしたリズムで、これほどのグルーヴ感がでるのだろう。 1989年11月青山スパイラル・ホール、1994年9月横浜カフェ・デ・ラ・ソウル以来ちょうど15年ぶりのメイズ・フィーチャリング・フランキー・ビヴァリーのライヴ。前2回のライヴの記憶も忘却のかなたになりつつあるほど、昔のこと。ライヴが始まる前から観客の熱気は沸点に達している。全員が全員、メイズ、フランキーの登場をまだかまだかと待ち受けている感じだ。このコットンでも時折見られる「ファンク・ガス」が充満していて、マッチ一本で大爆発寸前という状況。超満員で客入れに時間がかかったため、ショースタートも18分押し。 メンバーが入ってくると、それだけで大変な歓声だ。そもそもニューオーリンズのエッセンス・ミュージック・フェスティヴァルでは7万人を相手に演奏する彼らがわずか200人を相手に演奏するのだから、これはプレミア・ショーだ。ドラムス、ギター、ベース、キーボード2人、パーカッション2人にフランキー・ビヴァリーという8人編成。 フランキーが客席に向かって聞いた。「初めての(僕たちの)来日を見に来てくれた人はどれくらいいる?」 すると、半分か、少なくとも3分の1の手があがった。これにはさすがに驚いた。初来日は1989年だから20年前だ。あのとき青山スパイラルは300人くらいだっただろうか。20年間のメイズ・ロイヤル・ファン。 ドラム・ソロのイントロから、「レイド・バック・ガール」へ。我らがフィリップ・ウーは舞台右手でキーボード。1曲目からアリーナ部分はほぼ総立ち。そして、「アイ・ウォント・トゥ…」「ウィ・アー・ワン」「キャント・ゲット…」のメドレーで観客を圧倒。腰を揺らし、腕を高く上げ振り、メイズのグルーヴにすべてを委ねる。バンドの演奏は完璧だ。シンプルにドラムとベースだけで、メイズのグルーヴ、波を形作る。そして、そこにファンキーなリフのキーボードやギターが実に絶妙にかぶさる。 最初こそフランキーの声がちょっとでていなかったが、中盤からは、まさに「フランキー!」と言えるフランキー節があちこちで炸裂。こうやって改めてメイズのヒットを次々に聴くと、メイズ作品はとてもメロディアスな楽曲が多いことに気づく。 観客は、「キャント・ゲット…」や「ラニング・アウェイ」のイントロが流れるだけで、歓声を上げる。東京中のメイズ・ファンが全員一堂に会したのではないかと思えるほどの熱狂ぶりだ。その熱狂振りはニューオーリンズにも負けないかもしれない。会場入口で売っているメイズのTシャツを早速着ている人も多い。 「ラニング・アウェイ」が終わったところで、フランキーが話し始めた。約束通りマーヴィンの話し、そこからのバンドの名前の由来、年齢の話しなど、少し長めに話した。「マーヴィンが僕たちを見つけてくれたんだが、その頃、僕たちはロウ・ソウルと名乗っていた。マーヴィンはその名前が気に入らなくてね。このロン(と言って舞台右手のパーカッション)がメイズという名前を出してくれ、それに決まったんだ。~中略~ 若い頃には金が必要だという。だが年を取ると金はそれほど重要ではなくなる。それよりも、愛のほうが必要になる。(「本当か?」の掛け声) 僕は今62歳、今年の12月で63歳になる。(「ハッピー・バースデイ!」の掛け声) さあて、1978年に戻ろう。僕たちの2枚目のアルバム、そのタイトル・トラックだ!」 こうして、「ゴールデン・タイム・オブ・デイ」が始まった。歯切れのいいギター・リフを聴かせるのはトニ・トニ・トニでもプレイしていたジュブ。長尺のジュブのギター・ソロも最高だ。そして、いくつかの曲でそれぞれがソロを取る。もちろん、フィリップも。それにしてもこのメンバーで10年以上もやっているだけのことはある。バンドの締まりが素晴らしい。もうバンド力の余裕だ。 「こういうゆったりしたリズムの曲って一般的に日本人には受けないのかなあ、最高だけど…」と同席の久保田利伸さんに聞くと、「こういうの好きな人は、めちゃくちゃ好きなんだけど、一般的には受けないんだよねえ。僕もアルバムでも1曲まで入れますけど、2曲は入れられない…(苦笑)」 久保田さんは盛んに「ゴー・フランキー・ゴー」、「フィリップ・ウ~~」と掛け声をかけ、めちゃくちゃノリノリ。久保田さんはエッセンスでは見たことがないが、ニューヨークのアポロで見たことがあるという。 日本でもかなり知られる「バック・イン・ストライド」あたりもイントロだけで、客がいっせいに立ち上がる。「ジョイ&ペイン」では、「イエイエイエ~」というあのコーラス部分をみんなが歌う。ひときわ人気が高い曲だ。歓声がものすごい。コットンの客全員がメイズ・マジックに打ちのめされている感じだ。 本編を「ビフォー・アイ・レット・ゴー」で終え、アンコールで「アイ・ウォナ・サンキュー」。大パーティーは102分で終宴となった。 メイズのサウンドは1970年代から変わらない。不変なサウンドが普遍なサウンドになっている典型的な例だ。このレイドバックなグルーヴは、一度はまると抜けられない。個人的には、今年コットンで見たバンド系ライヴで文句なく1番の出来だった。フランキー・ビヴァリー=キング・オブ・レイドバック・ファンク。これを見れば最高にハッピー・フィーリン! (残るライヴは、9月23日(水)、25日(金)、26日(土)の3日、コットンクラブで) http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/index.html ■ フランキー・ビヴァリー来日直前インタヴュー September 09, 2009 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10338285135.html ■ 毎日新聞・楽庫(2009年9月3日付け夕刊) http://mainichi.jp/enta/music/interview/news/20090903dde012070071000c.html ■名盤『ライヴ・イン・ニュー・オーリンズ』のDVD Live in New Orleans … Continue reading

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⊿『新しいマイケル・ジャクソンの教科書』~発売イヴェント

⊿『新しいマイケル・ジャクソンの教科書』~発売イヴェント 【”New Michael Jackson Textbook” Release Event】 ショーケース。 西寺郷太さんが書いた『新しいマイケル・ジャクソンの教科書』(ビジネス社)の発売記念イヴェントが2009年9月20日(日曜)、渋谷のHMVで行われ、ゲストで参加してきた。 会場に着くと、ちゃんとステージがあり、きちんとした感じでなかなかのものだった。1時過ぎに会場の控え室に入り、簡単な打ち合わせ。そんな中、来場者が200人を越えたので、サイン会にとても時間がかかりそうなので、トークパートを当初の45分から30分にして欲しいとの主催者からのリクエスト。 ま、たしかに200人だったら、1人に1分かけたら、それだけで200分(3時間超)かかってしまう。1人20秒、1分で3人、60分で180人だ…。そんなことを考えると、気が遠くなる。(別に僕はサインはしないのだが…苦笑) 会場は基本的には使用時間が90分というので、トーク30分、サイン会60分でいっぱいいっぱいということになる。 話すことを簡単に郷太さんがメモしたものをメールで送ってくれていたので、それをもとに段取りを決める。 2時。まず郷太さんが舞台に上がり、彼が1984年、当時、チェッカーズの『絶対チェッカーズ!!』(1984年7月21日発売)というアルバムか、ジャクソンズの『ヴィクトリー』のアルバム、どちらを買うかものすごく悩んで、ジャクソンズを買った。もしチェッカーズを買っていたら、今日、こんなことにはなっていなかった。その『ヴィクトリー』のライナーノーツに僕が書いたジャクソンズ・ストーリーがあり、それを何度も何度も読み込んでマイケルのことを知るようになった、という話しなどをしてから、彼の呼び込みで僕が登場。彼が僕のことを熱く紹介してくれ、いろんな話しをその場のノリで。 「すごいですね、みなさん、ノーナ・リーヴス・ファンなんですね」と僕が驚くと、「いやあ、そんなことないですよ」 「ノーナ・ファンは、(ノーナ・)ライヴなら全部来るようなコアなファンの方も、やはりここに来てるわけ?」と訊くと、苦笑いしなら「ノーナ・ファン批判ですか?」(観客爆笑)といわれたので、「違います、違います。ほめてるんです」と応酬。8割がた女性だったので、ノーナ・ファンも女性ファンが多いと思ったのだった。すると、特にノーナ・ファンではなく、マイケル・ファンの人もいて、逆にマイケル・ファンからノーナのことを知った人、またマイケルのことも何も知らなく、今回マイケルが亡くなってからマイケルのことを知った人も多くいる、ということだった。それにしても、マイケルってすごい。 面白かったのは、僕が「どうして、マイケルの父も、マーヴィンの父も、兄弟の中で一番才能のある息子をいじめるのか」と問いかけると、郷太さん、しばし考え、「うーん、それは(長男の)ジャッキーが悪い」ときっぱり。(笑) 「ジャッキーはスポーツ万能で、スカウトが来るほど、素晴らしいアスリートで力も強い。もし、彼が最初のうちに父親の横暴に対して一発ガーンとやっておけば、その後、マイケルにも必要以上に体罰を与えなかったんじゃないか」という説を唱えた。そして、ジャッキーもマーロンもみんな優しすぎるほど優しいといい「マーロンは神だ」とまで言い放ち受けていた。 控え室で雑談をしているときに、1988年3月にグラミー賞にマイケルが出たときのことになり、「それ、僕、見に行ってたよ」というと、「その話し、聞いてませんよ」と詰め寄られた。「まだ、他に、僕に話してないことないですか?」 「う~ん、あるかもしれない。叩けば出てくるかも…」(苦笑) 実はグラミーの翌日のマジソン・スクエア・ガーデンで行われたマイケルのコンサートにも行ってたんだが、そのことをすっかり忘れていた。郷太さん、思い出させてくれてありがとう。その話ができるかと思いきや、時間なしでボツ。 というわけで、横から「あと5分」の紙が出され、なんとか無事時間内に終了。やはり、「ほんのさわりだけ」ということで終わった感があった。ま、「マイケル・トークのショーケース」というところでしょうか。(笑) 今度はどこか、それこそどこかの会場で2時間くらいのトークショーかな。 「マイケルが亡くなって考えたこと」「報道機関の姿勢」「マーヴィン・ゲイとの相似性」「好きなマイケルの曲」など郷太さんがくれたテーマはあったが、全部、時間なくボツ。(笑) イヴェント後、僕は次の『ソウル・ブレンズ』の生放送があったので、すぐにおいとましたが、サイン会が終わったあと、郷太さんからお礼の電話。結局4時ちかくまでかかったそうだ。で、そのときに彼に言ったのが、「『新しいマイケル・ジャクソンの教科書』を読む読書会」、なんてのができるんじゃないの、ということ。本を何ページか読んで、それについて、あーだこーだ話すというもの。ただの脱線話の会になる危険性もあるが…。 いずれにせよ、とても楽しめました。あっという間だった。おつかれさま、そして、ありがとうございました。 控え室で記念撮影。左が西寺郷太さん。『Victory』のアルバムが彼の出発点でした。 ■新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書 ~ 西寺郷太著 マイケル関連本の中でお勧め度★★★★★です。 新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書 posted with amazlet at 09.09.21 西寺 郷太 ビジネス社 売り上げランキング: 322 Amazon.co.jp で詳細を見る ENT>ARTIST>Jackson, Michael ENT>EVENT>Jackson, Michael

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△カーク・フランクリン・ライヴ~ポップ・ゴスペルの大爆発

【Kirk Franklin’s Big Explosion】 大爆発。 いやあ、すごかった。2001年8月に大阪と福岡のブルーノートに来日したポップ・ゴスペル界のスーパースター、カーク・フランクリンの東京地区初の一般公演。会場に入るや、観客のカークを待ち受ける熱気がものすごかった。 一言で言えば、ゴスペルはゴスペルだが、もはやポップ、R&B、ジャズ、ラップ、ヒップ・ホップ、クラブ系音楽などあらゆるR&B的要素を詰め込んだコンテンポラリーなライヴだ。しかも、圧倒的なコール&レスポンスで観客を巻き込み、会場は興奮のるつぼと化す。ゴスペルを歌っているのか、コーラス好きなのか、もちろん、カーク・ファンが圧倒的で、曲を実によく知っている。 オープニングからアースの「セプテンバー」でいきなり観客は総立ち。白い帽子にジーンズというラフないでたちで登場したカークは意外と小柄。だが、観客の煽り方はさすがだ。そして何より、踊る踊る。こんなに踊るゴスペル・シンガーは初めて見た。まるで、ゴスペル界のマイケル・ジャクソンのように踊る。小柄なところは、ゴスペル界のプリンス。 編成はドラムス、ギター、ベース、キーボード2人、コーラスが女性4、男性2、これにカークがキーボードを弾く。そしてもうひとりDJがいる。DJを従えたゴスペル・ライヴも初めてだった。 「ブライター・デイ」では、各楽器のソロを回し、このあたりはちょっとジャズ風にも。その後、カークが「なんかリクエストあるか?」と聞くと、観客から矢継ぎ早にいろいろな曲名が出る。そして、ミュージシャンに「今の曲、全部できるか?」と言うと、DJが「イエー」という声のサンプリングを出して笑いを取る。そしてカークがキーボードの前に座り、おもむろに音あわせをして、「モア・ザン・アイ・キャン・ベア」をやりだした。さらに「マイ・エヴリシング」「マイ・ライフ…」「リーン・オン・ミー」と、その場での即興でこなす。 カークには力のあるミュージシャンを統率する「まとめ力」がある。そして、それは観客をも支配する司祭としても素晴らしいものを見せる。歌、踊り、ラップ、ゴスペルの高揚、エネルギー大爆発。それはまさにゴスペルの大パーティー。アンコールのアイズレーの「シャウト」などをゴスペル調でやられると、R&Bにも縦のり(ダンス)があるのだと思わせられる。 ゴスペルの枠に囚われず、しかし、しっかりゴスペルのルーツを持ち、R&Bの要素、ソウル、ジャズ、ヒップホップまでいれ、ブラック・コンテンポラリーの要素をすべて叩き込んだライヴ。しかも、ゆるいライヴなのに、カークのまとめる力がすごいので熱い。 「リーン・オン・ミー」の後、「しんぱいしない…」とコーラスに歌わせる。「みんな隣の人と手をつないで、そして、となりの人とハグして…」とカークは観客を煽った。 今年ビルボードで見たライヴの中で、僕にとっては一番だ。 ■ カーク・フランクリン ~ ゴスペラーズも参加 HERO posted with amazlet at 09.09.19 カーク・フランクリン ゴスペラーズ with カーク・フランクリン ヨランダ・アダムス マーヴィン・L.ワイナンズ スティーヴィー・ワンダー ドリンダ・クラーク-コール J・モス&タイ・トリベット BMG JAPAN (2006-07-26) 売り上げランキング: 11232 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ メンバー … Continue reading

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☆ホイットニー・ヒューストン、オプラに3時間語る(パート2)

【Whitney Houston Talks To Oprah For More Than 3 Hours】 (昨日の続き。昨日の記事→)http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10345413767.html (◎ホイットニー・ヒューストン、オプラに3時間語る(パート1) 母娘。 オプラ・ウィンフリーは、ホイットニーを何度か番組に迎えている。2002年、オプラはホイットニーが新作『ジャスト・ホイットニー』を出したときにインタヴューしたがったが、残念ながらその仕事はライヴァルのトーク・ショー司会者ダイアン・ソウヤーに取られてしまった。ダイアン・ソウヤーのインタヴューは話題になり、そこで「ドラッグはやったが、クラックは最悪」の発言が注目を集めた。前作がリリースされたときのプロモーションの一環だったが、オプラはその放送を当時は見なかった。しかし、今回ホイットニーをインタヴューするにあたり、インタヴュー前日に7年前のショーの録画を見たという。 オプラのインタヴュー、2日目パート2は、ホイットニーが家(おそらくニュージャージー、あるいはアトランタか。場所については番組内では出てこない)を出てロスアンジェルスの友人宅に身を寄せるあたりの話しから始まる。ホイットニーは、2006年頃家を出てロスに移動。ホイットニー(1963年8月9日生まれ)と母シシー(1933年9月30日生まれ)、ホイットニーと娘ボビー・クリスティーナ(1993年3月4日生まれ)とのやりとりは感動的だ。 この頃からホイットニーは、ドラッグや結婚、あらゆる悪魔から逃れたいと考えるようになっていた。しかし、ボビーはドラッグをやめようとはしなかった。「もうたくさん」と強く思っていた。そして、何度も何度も祈った。 その頃、ボビーは家の壁という壁に、目の絵を描いていたという。その目が常にホイットニーを見つめていた。 ワン・デイ。 ホイットニーは家を出るときのことをこう語った。「もはや私は(結婚について)決断しなければならないということはわかっていた。こんなお祈りをしたのを覚えている。『神様、1日だけ私に強さをください(give me one day of strength)、そうすれば私はそこのドアから出て行き、もう振り返りませんから』そして、その『1日』がやってきた。私はこう(ボビーに)言って家を後にしたの。『ちょっとお砂糖とミルクを買いに行ってくる、すぐに戻るわ』」 オプラ。「あなたはその時、もう去る日(彼と別れる日)だという決意を固めていた?」 「わかっていた。もう絶対に戻らない、と。そして、ロスアンジェルスに行ったの。それから家具を処分し始めて、家や車を売りに出し、すべてを消し去りたいと思った」 「家を出た後、それとも前に?」 「後よ。私が家を出てから。友達の家に身を寄せていた。私には彼(ボビー)が、この友達のところにいれば、やってこないとわかっていた。彼女(友達)は、もし彼が来たら撃つわよ、と言うだろうってことがわかっていたから」 これがちょうど2006年頃のことだった。彼女は2着のパンツ、いくつかのスニーカー、少しだけ下着をドギー・バッグに詰め込み、飛行機に乗った。もはや世間がどう見るかなどはまったく考えなかった。ホイットニーは、こんなでたらめな結婚生活は耐えられないと思った。しかし、ボビーはホイットニーとまったく逆だった、という。2人の亀裂は修復しがたかった。ホイットニーは自身が家を出る前に、ボビー・クリスティーナを先に兄ゲイリーのところに預けていた。ゲイリーの妻、ホイットニーから見ると義理の姉(パット)が、娘クリスティーナの面倒をみてくれた。 こうして彼らはマスコミに知られることなく別居した。 きっぱりと別れを告げ失意のホイットニーに力となってくれたのが、母シシー・ヒューストンだった。「そうした悪いものを外に出しなさい」と励ました。シシーは言った。「私はあなたがなんと言おうと気にしないよ。私は自分の子供のことをよく知っている。私はあなたの目を見ているんだから。あなたが幸せでないことはわかるんだよ。この中から抜け出せなければ、よからぬことが起こるわよ。私は決して(あなたのことを)諦めないからね」 ホイットニーとボビーとの争いを、娘は多く目撃してしまった。「彼女はあまりに多くを見すぎてしまった。(私の顔に)つばをはきかけるだけで十分でしょう。クリスティーナは言った。『ママ、パパはあなたの顔につばをはきかけたの?』 私は彼女の目を見つめて言った。『そうよ、でも、いいの』 すると彼女は言った。『ノー、よくないわ。絶対よくない、ノー。正しくないもの』 私は言った。『お願い、私のために、言うことを聴いて。私は神様を信じている。だからあなたは私を信じて。今は、あなたには理解できないかもしれないけれど、でも、ただ、私を信じて。私はあなたをどこにもやらないわ。私はあなたを生涯離しませんから。だから、ただ私を信じて。この状態から抜け出ましょう。そうすれば私たち、きっと幸せになれるわよ。そして、あなたが大人になったら、私は少しずつ、どういう風に物事が起こって、なぜママが家を出なければならなくなったか説明してあげるわ』」 だが、ホイットニーとクリスティーナがカリフォルニアに行っても、娘は依然父親を置いて家を出てきたことを怒っていた。彼女は反抗してきた。「でも私は(神様の)扉をノックし続け、跪いて(ひざまずいて)、祈り続け、彼女に愛してると言い続けた」 だが一方で、ホイットニーは彼(ボビー)を待っていた。戻ってきてくれることを待っていた。 オプラ。「あなたは、カリフォルニアに行っても、まだボビーを待ち、よりを戻そうと思っていたの?」 「そう、私は待っていた」 「では何が最終的な決断をするきっかけに?」 彼女はラグアナという場所に小さな家を求め、静かに暮らしていた。彼は戻ってくると言っていたが、結局、戻ってこなかった。ホイットニーは娘が心配だった。特に娘が父親に対してどう思うかを懸念した。ホイットニーはいろいろな夫婦関係を細かに説明していたが、それでも13歳でインターネットを触れるようになると、さまざまなことをネットを通じて知るようになる。「ママ、これはパパなの?」 彼女は父が別の女性といる写真を見ていた。 そして娘はついに言った。「ひどいわ。彼と別れなさいよ」 娘はホイットニーに言った。「私はママのことをよく見ている。ママは私と一緒にいてくれる。ママは私を愛してる。学校にも連れてってくれる。一緒にいろんなことをしてくれる。私を失望させることはない。私に嘘もつかない。いつでも私のそばにいる。でもパパは来ると言って、決して来ない。何か(プレゼントを)くれると言ってくれたためしはない。ママはこんな仕打ちを受けることはないわ。私も」 オプラ。「もし、娘さんがそう言ってくれなかったら、あなたはまだ待ち続けたのかしら。あるいは、これはターニング・ポイントになった?」 「私のスピリット(精神)は、私を去らせなかったでしょうね。神のスピリットは誰よりも強い。ある点で、決断を促してくれる。義理の姉がとても私のことを思ってくれ祈ってくれた。兄も、私のファミリー、みんなが。いつでも私の傍らにいてくれる人たちがいたの」 … Continue reading

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◎ホイットニー・ヒューストン、オプラに3時間語る(パート1)

【Whitney Houston Talks To Oprah For More Than 3 Hours】 予定外。 全米の人気トーク・ショー『オプラ・ウィンフリー・ショー』の第24シリーズが始まり、そのシーズン・キックオフにホイットニー・ヒューストンの復活インタヴューを2009年9月14日と15日の2日にわけて大々的に放送した。その内容が判明したので2日にわけてご紹介しよう。 このインタヴューは、8月31日にシカゴで収録された。当初の予定では30分程度ということだったが、オプラとホイットニーの話は、大変盛り上がり結局3時間に及んだ、という。元々は1日のゲストという予定だったようだが、急遽2日に分けての放送になった。オプラは、「今まで何千人とインタヴューしてきたけれど、生涯の中で最高のインタヴューになった」と振り返る。8月31日はアルバムの全米でのリリース日。3時間話した翌日(9月1日)、ホイットニーはニューヨークのセントラル・パーク内ラセイ・プレイグラウンドで約4000人を集めた無料ミニ・ライヴを行った。 これは翌日(9月2日)の朝『グッドモーニング・アメリカ』のテレビ番組で放送されたが、若干声がかすれ気味になってしまっている。前日長時間しゃべりすぎたためと本人も認めている。このときは、最新作『アイ・ルック・トゥ・ユー』からの最初のシングル「ミリオン・ダラー・ビル(100万ドルの恋)」、「マイ・ラヴ・イズ・ユア・ラヴ」(1999年のヒット)、最新作から「アイ・ルック・トゥ・ユー」(その場にいた母シシーに向けて歌った)、「アイム・エヴリ・ウーマン」(1993年のヒット=シャカ・カーンのカヴァー)の4曲を歌った。 セラピー。 さて、オプラとの3時間におよぶインタヴューは、まるで「セラピーのようだった」という。ボビー・ブラウンとの結婚生活、離婚などについて、さらにドラッグについて赤裸々に語り、後半ではマイケル・ジャクソンについても語った。 ボビーとホイットニーは、当初大変愛し合い、3年間つきあって結婚した。だが『ボディーガード』以降、ホイットニーの人気が予想できないほど大きなものになり、関係がギクシャクしてきた。特に1993年から1995年以降が、ホイットニー人気とボビーの人気の差が決定的になった。オプラが「彼はあなたに対してやきもちを焼いたのかしら」と聞くと、ホイットニーは「彼はそう言われるのは嫌でしょうが、答えはイエスだわ」と答えた。そこでホイットニーは、そうしたことを避けるために、「ミス・ヒューストンではなく、ミセス・ブラウンなの」と周囲によく言うように努力していた、という。 さらに、ボビー・ブラウンは、『ビーイング・ボビー・ブラウン』というテレビのリアリティー・ショーに出演することになり、ホイットニーも同意。これはその芸能人のリアルな生活にカメラをいれ、プライヴァシーをすべてさらけ出す番組だが、ホイットニーはこれを夫のために承諾した。その時点ではその番組がもたらす結果についてはほとんど考えなかったが、これが放送されると、多くの人がホイットニーのことを心配するようなった。この時点で、ホイットニーは、「私はこの結婚がハッピーではなかった」と思うようになっていた。 そして、多くの人たちが「彼らの結婚は5分で終わるだろう」と言っていたのを見返してやりたいとも思っていた。その気持ちは2人とも同じだった、という。 「ドラッグを始めたのは?」とオプラが聞く。「『ボディーガード』の前、最初は軽いものだった。それから、コカインとマリファナ」 だが、ボビーはこれにアルコールが加わった。アルコールが入ると彼は激変したという。暴力は振るわれなかったが、精神的な暴力を振るわれたとホイットニーは言う。一度だけ彼女の頬を殴ったことがあったが、彼女は彼に対して頭付きを3回ほどくらわしたことがある。彼女は男兄弟の中で育ったので、やんちゃだったという。 「最悪の思い出は?」の質問に、一度、彼の誕生日会を企画したときに、揉め事があって、彼がホイットニーにつばを吐いた、ことだという。この事件は彼女を大きく傷つけた。しかも、それを彼らの娘が目撃してしまった。その翌日、彼女は家を出ようとしてボビーと揉め、彼に頭付きをくらわせたところ彼は床に血を出して転んだ。 『ボディーガード』までは軽いドラッグだったものが、その大ヒット後はドラッグ使用が大変ヘヴィーになった。特に、それに続く映画『ウェイティング・トゥ・エクスヘイル(ため息つかせて)』、さらに映画『プリーチャーズ・ワイフ(天使の贈りもの)』の撮影の頃は、毎日ドラッグ付けで、まったく幸せではなかった、という。自分自身を見失っていたと振り返る。 その頃から結婚生活は暗礁に乗り上げた。ボビーは他の女性と関係を持つようになり、そのデート代をホイットニーのクレジットカードで支払い、すぐに彼女に事実が知られることになる。どちらがその家を出て行くかということになり、結局、ホイットニーが出て行くことになった。 ドラッグ、家庭問題…。しかし、世間には自分たちが不幸だということは見せられない。自身では「(エンタテイナー)ホイットニー・ヒューストンの人生は終わった」ということを認めたくない。しかし、離婚しか道はないということもわかっている。だが彼は自分の夫だということを守りたい気持ちもある。さまざまな葛藤が彼女を覆う。 だが彼女は何をするにも彼が一緒でないとできなかった。ドラッグをやるときも。オプラが切り込む。「あなたは、彼=ボビー=に弱いの? それとも、ドラッグに弱いの? 世間はあなたはドラッグの誘惑に弱いと見ているわ」 ホイットニーが答える。「彼が私のドラッグだった。私は彼と一緒でなければ何もできなかった。私は一人ではハイになれなかった。私と彼が一緒にやった。私たちはパートナー。ハイで入られるのはパートナーがいたから。何をするのも一緒だった」 オプラ。「なぜなら、あなたは彼の妻だから」 ホイットニー。「イエス。彼は私の夫でした。私はこの結婚をうまくやらなければならない、なんとしてでも、と、その頃は思っていた」 ドラッグを断ち切るために、最初30日間施設に入った。だが、それでも切れなかった。業を煮やした母親がある日、シェリフ(保安官)を伴ってやってきた。「命令書があります。私の言う通りにするか、さもなければ、これがテレビ沙汰になってあなたは引退。でもそんなことにはなりたくないでしょう」 こうして、母親は娘を連れ出し再度ドラッグを断ち切らせようとした。 「そのときお母さんは、リハビリに行きなさいと言ったのか、それとも、この結婚をやめなさい、と言ったのか、どちら?」とオプラ。ホイットニーは、「まずリハビリに行って、心をクリアにしてから決断しなさい、と言ったわ」 母は強し。母の愛は何よりも勝る…。 (オプラ=ホイットニー・インタヴュー2日目へ続く) 詳細はオプラのウェッブに掲載されている。文字で全文が読めます。 http://www.oprah.com/article/oprahshow/pkgscreeningroom/20090831-tows-whitney-houston#print ■ ホイットニー関連記事 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10342830088.html ■ ホイットニー・ヒューストン 7年ぶりの新作『アイ・ルック・トゥ・ユー』~全米1位初登場 アイ・ルック・トゥ・ユー posted … Continue reading

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○マリー・トラヴァース(ピーター・ポール&マリー)死去

○マリー・トラヴァース(ピーター・ポール&マリー)死去 【Mary Travers Dies At 72】 訃報。 1960年代に多くのヒットを放ったフォーク・トリオ、ピーター・ポール&マリーの紅一点、マリー・トラヴァースが2009年9月16日(水)、コネチカット州のダンブリー病院で死去した。72歳だった。白血病を患っていた。 仲間のピーター・ヤロウ、ポール・ストゥーキーとともにピーター・ポール&マリーを結成、きれいなスリー・パート・ハーモニーを聴かせ1960年代に「レモン・トゥリー」「イフ・アイ・ハド・ア・ハンマー」、「パフ」など多数のヒットを放った。ボブ・ディラン作の「ブロウイン・イン・ザ・ウィンド(風に吹かれて)」はボブのヴァージョンとは違った耳当たりのいい洗練されたヴァージョンにしてヒットさせた。 メリー・アリン・トラヴァースは1936年11月9日ケンタッキー州ルイヴィル生まれ。2歳のときに両親とともにニューヨークに移り住んだ。後にボブ・ディランをマネージするアルバート・グロスマンという人物が、当時無名だったピーター・ヤロウのマネージメントをしており、キングストン・トリオのような女性を含めたフォーク・トリオのイメージを思いつき、カフェの壁に貼ってあったメリーの写真を見て、連絡を取り、グループを結成した。3人目のポールはマリーの友人だった。 1962年、「レモン・トゥリー」が全米で初ヒット。当時の彼らのあこがれでもあったピート・シガーの作品「イフ・アイ・ハド・ア・ハンマー」を同年にカヴァーし、これがポップでトップ10入りを果たすヒットとなり、注目のトリオとなった。その後「パフ・ザ・マジック・ドラゴン」、「風に吹かれて」など多数のヒットを生み出し、フォーク・ブームの牽引車となった。また政治的発言なども多く、当時の時代の空気を反映したグループとなった。 ■死去を伝えるニューヨーク・タイムス紙の記事 http://www.nytimes.com/2009/09/17/arts/music/17travers.html +++++ ピーター・ポール&マリーは、僕が、それこそ洋楽を聴き始めた頃にすでに大人気だったグループだった。深夜放送やFENでよくかかっていて耳なじんだ。何よりも、中学時代の同級生がギターを弾きながら、「パフ」やら「風に吹かれて」をコピーしていたのを、耳たこで聴かされたことをよく覚えている。「パフ」なんかは、ギターの入門曲で、ギターを買った者はみなこのあたりから覚えたのだ。その同級生は北海道大学で医学部の教授になっている。 ■ ベスト・オブ Best Of Peter, Paul & Mary posted with amazlet at 09.09.17 Peter Paul and Mary Warner Bros. (1995-02-10) 売り上げランキング: 196149 Amazon.co.jp で詳細を見る ENT>OBITUARY>Travers, … Continue reading

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◆テリー・キャリア・ライヴ~時は静かにゆったり流れながらも、空気を支配…

【Chicago’s Own Terry Callier: Time Flows Slowly But Dominate The Air】 フォーク。 シカゴの吟遊詩人、テリー・キャリアの久しぶりのライヴ。観客はけっこう若い人たちが多い。やはりクラブ・シーンで人気ということもあるのだろう。僕自身が彼のライヴを見るのは5年ぶり。 カーティス・メイフィールドと仲がよかったとのことだが、確かに、カーティスや、あとビル・ウィザースなどのシンガー・ソングライターと同じ香りを感じる。カーティス、ビルより、一層フォーク・シンガー寄りな感触だ。ドラムス、ベース、キーボード3人、サックス、そしてテリー(ギターとヴォーカル)という編成。驚いたことに今回のバックバンド全員が白人だった。 ピアニストひとりをバックにした曲から始まり、空気を支配すると、ゆったりと最新作『ヒドゥン・コンバセーション』からの作品を中心に74分。ファースト・セットと半分くらいは違う曲をやっているようだ。9月15日のファースト・セットのセットリストが公開されていたが、それとのかぶりは半分程度。また、その場で曲チェンジも自由自在。セットリストも手書きで、びしっときっちり決めているわけではない。 まさに吟遊詩人らしく、途中、ラップのようなモノローグも入る。そして、サックス奏者の入り具合もいかにも1960年代のモッズ風、あるいはニューヨークのヴィレッジあたりにあるカフェ・ライヴハウス的な匂いだ。まったりした感じでゆっくり時間が流れるが、拍手はけっこう熱い。 ところで、前回ライヴ評でテリーの生年を1941年としているが、彼自身のマイスペースなどでは1945年生まれ、としている。1945年でも64歳。枯れたソングライターの魅力が暖かい声援を得ていた。 ■過去記事 2004/04/20 (Tue) Terry Callier: A Troubadour http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200404/diary20040420.html (2004年来日時のライヴ評) ■ 最新作『ヒドゥン・コンバセーション』 ヒドゥン・コンバセーションズ posted with amazlet at 09.09.17 テリー・キャリアー ビクターエンタテインメント (2009-05-20) 売り上げランキング: 70179 Amazon.co.jp … Continue reading

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★マーカス・ミラー、マイルスに捧げる

★マーカス・ミラー、マイルスに捧げる (ライヴの内容が出ます。これからごらんになる方はご注意ください) 【Marcus Miller Tribute To Miles Davis】 ノスタルジー。 人気ベース奏者、マーカス・ミラーが新ユニットを組み、マイルス・デイヴィス作品(アルバム『トゥトゥ』)を演奏するという試みをしている。そのバンドでの初ライヴ。ライヴのタイトルは、『マーカス・ミラー:トゥトゥ・リヴィジテッド』。なんとビルボードに来る前に、仙台ゼップ(9月9日)、札幌ゼップ(9月11日)の公演があり、ビルボード東京の後にビルボード大阪がある。全国ツアーだ。 編成はドラムス(1985年前後の生まれ)、キーボード、トランペット、サックス、そして、マーカスのベースという5人。マイルス・デイヴィス役(トランペット)を新進気鋭のクリスチャン・スコット(2004年バークリー音楽院卒業。1983年前後の生まれか)が演じる。サックスはこれも新人、まだ21歳という驚異のアレックス・ハン(1988年前後の生まれ。2009年8月、予定より1年早くバークリー音楽院を卒業)。3曲目のサックス・ソロの炸裂は印象的だった。マーカスのベースはいつ聴いてもバチバチごきげん。彼のようにベースで主役を張れるというところが本当にすごい。それにしてもマーカスのボトムの効いたベース・サウンドは、僕が座った会場の5階までずしりと響く。 演目は、マイルス・デイヴィスの1986年のアルバム『トゥトゥ』から6曲、ほかに、マーカスの「ジャン・ピエール」、マイルスもカヴァーしたマイケル・ジャクソンの「ヒューマン・ネイチャー」など。 ただこの日は最初からギターの音が聴こえてきたが、ギタリストはなし。キーボードが鍵盤でギターの音を出していた。マーカスに話を聞くと、「いやあ、実はソロがしっかりとれるどんぴしゃなギタープレイヤーがまだいなくてね。中途半端なソロをやるくらいだったら、いないほうがいいだろう」とのことでまだギタリストが探しきれていない様子。では、誰か心当たりはと尋ねると「ジェフ・リー・ジョンソンというギタリストがいて、彼なんかだったらいいなと思ってる。しばらく話してないんだけどね」と候補はいる様子。 そしてこれまでのライヴ評を振り返ってみていたら、マーカスは自身のバンドのとき、ほとんどいつもギタリストを連れてきていないことを発見した。 このバンドになって約2週間。リハーサルを4回ほどやり、しっかり固めた。「初日の仙台はひじょうに興味深い出来だった。(笑)だけど、日に日によくなっている。タイトになっているよ」 このユニットで日本の後、ヨーロッパにツアーに出るという。また、今日のセットリスト9曲のほかに、「ハンニバル」「アマンドラ」「ミスター・パストリアス」などもレパートリーになっているようだ。おそらくアンコールなどは、その日の気分で曲を入れ替えるのだろう。 マーカスはマイルスに認められ、この世界での名前を確固たるものにした。マイルス学校で学んだものは計り知れない。マイルスの曲をやるというのはどんな気持ちかと聞くと「ノスタルジックな感じだよ。ときにマイルスが上から降りてくるような気にもなってくるなあ」と答えた。 マーカスがこうした20歳も年が離れた若手と演奏していると、彼ら若手にとってマーカスが、マイルスのように思えるに違いない。こうして次々と「マイルス・チルドレン」が増えていく。 ■ マイルス・デイヴィスの名盤『トゥトゥ』 マーカスもプレイし、曲を提供 TUTU posted with amazlet at 09.09.15 マイルス・デイヴィス ダブリューイーエー・ジャパン (1995-10-25) 売り上げランキング: 45623 Amazon.co.jp で詳細を見る マーカス・ミラーの現在までのところ最新作『フリー』 フリー posted with amazlet at 09.09.15 マーカス・ミラー レイラ・ハザウェイ … Continue reading

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▲ホイットニー・ヒューストン、オプラで赤裸々告白~7年ぶり新作、アルバム1位初登場

▲ホイットニー・ヒューストン、オプラで赤裸々告白~7年ぶり新作、アルバム1位初登場 【Opra’s Whitney Interview : No Topic Is Off Limits】 復活。 ホイットニー・ヒューストンの新録オリジナル・スタジオ・アルバムとしては7年ぶりとなる新作『アイ・ルック・トゥ・ユー』が2009年9月19日付けビルボード・アルバム・チャートで1位初登場という快挙をなしとげた。また、ホイットニーは、9月14日(月=現地時間)、アメリカの人気トーク番組『オプラ・ウィンフリー・ショウ』に出演、過去7年の人生を語る。『オプラ・ウィンフリー・ショウ』は、14日と15日の2日にわたってホイットニーのインタヴューを放送する異例の扱い。『オプラ・ウィンフリー・ショウ』は9月から新シリーズ(1986年から始まり24年目)が始まり、そのキックオフ・ショーとして大々的にこのホイットニーとのインタヴューを宣伝している。 ホイットニーが大きなテレビ・インタヴューに答えるのは2002年の『ダイアン・ソウヤー』以来。このテレビ番組では、「たくさんお金を稼いだので、クラックをやったことはあるけど、クラックは最悪だわ」と言い、中毒になっていることなどは否定していた。その後、ホイットニーはドラッグのリハビリ、夫のボビー・ブラウンと離婚、娘クリスティーナの親権獲得、父親との裁判など激動の人生を過ごした。 2日にわたって放送されるインタヴューでは、そうした過去をホイットニーが包み隠さず、オプラに話している、という。質問の制限などは一切なく(No topic is off limits)、オプラはホイットニーに真実を話して欲しいと願った。 その中の一部が予告編として紹介されているが、そこではホイットニーの母、シシー・ヒューストンが武器を持った警察官を伴い、ホイットニー家を訪れ、ボビー・ブラウンがいる前で、ホイットニーをリハビリ・センターへ行かせる為に強引に連れ出すシーンが語られる。シシーは強い調子で「私はあなたを失うわけにはいかない。ここに命令書があるわ。私の言うことを聞きなさい。強制的にあなたを連れ出すのは本意ではない。そんなことになれば、私たちはテレビ沙汰になって、あなたもリタイア、ばかばかしいでしょ」と言い、ボビーに対して「私は、(私の)娘を返して欲しいの。動くと、彼ら(シェリフたち)があなたを押さえつけるわよ。さあ、彼らにそんなことをさせないでね」と言い放ち、ボビーは凍りついたという。そしてそのおかげでホイットニーはドラッグから抜け出すことが出来、大変母親に感謝している。ドラッグ付けになった一時期は、7ヶ月もずっとパジャマ姿で過ごしていた。ちょうど、1992年暮れから『ボディーがード』が大ヒットした後のことだという。彼女がリハブに入ったのは1994年のことだそうだ。 オプラは切り込む。「いつドラッグを始めたの?」「最終的に離婚を決意することになったきっかけは?」「声を失うことは恐かった?」 2006年以降、所属レコード会社の社長、クライヴ・デイヴィスが躍起になって彼女のカンバックに動いた。何度もくじけそうになるホイットニーを励まし、アルバムを作り、何度も発売は遅れ、ついに完成して2009年8月末の発売にこぎつけた。8月中の発売は、来年のグラミー賞ノミネートの資格を得る締め切りが8月末日だからだ。来年のグラミーにおけるノミネートが期待される。 ホイットニーは、デビュー作から7枚連続でアルバムがマルチ・ミリオンセラーになった初のアーティストとなっている。これはビートルズをしのぐ記録だという。 オプラは、このインタヴューを自分がてがけた数多くのインタヴューの中でベストのものだったと言う。また、インタヴューするにあたり、「何か見出しになるようなセンセーショナルなことを言わせようなどとはせずに、一人の人間同士として正直な会話ができるように心がけた」と言っている。 番組は2009年9月14日(月曜)夕方4時(=ニューヨークでの放送時間。日本時間15日午前5時。なお、全米各地で放送時間が異なる。)から第一部が放送される。 ■ オプラ・ウィンフリー・ショウの予告編 http://www.oprah.com/media/20090831-tows-whitney-houston-sheriff#up ■ ホイットニー・ヒューストン 7年ぶりのスタジオ録音新録による新作『アイ・ルック・トゥ・ユー』~全米1位初登場 アイ・ルック・トゥ・ユー posted with amazlet at 09.09.15 ホイットニー・ヒューストン BMG JAPAN Inc. (2009-09-16) … Continue reading

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■中澤信栄(のぶよし)ライヴ@モーション・ブルー

【Nakazawa Nobuyoshi Live At Motion Blue】 ガッツ通。 ガッツ改め中澤信栄のモーション・ブルーでのオリジナル・セット。入れ替え制のコンパクトにまとめた9曲約75分。いつもながら、元気よく、そしてうまい喉をたっぷり聴かせる。ライヴとしての完成度はひじょうに高い。アップテンポの曲、スロー・バラード、日本語のオリジナル曲で、ポップな曲調を繰り出す。ホーン・セクションをいれたバンド・サウンドは、ソウルフル。 ちょっとプリンスの「パープル・レイン」のイントロを思わせる「ビー・ウィズ・ユー」、すっかりおなじみ「地球に抱かれている」「ロング・ヴァケーション」などなど。ニューオーリンズのいわゆる「セカンド・ライン」のリズムでアレンジされた「地球に抱かれてる」などは、いかにも中澤らしい。 ガッツいや中澤の曲はどれもいいのだが、曲名とサビの部分がちょっと一致しないものがある。そのあたりをほんのちょっと微調整すればさらに楽曲がキャッチーになるような気がする。 アンコールに登場したのは、2009年11月4日に現在のレーベルからの第二弾シングルとなる「涙雨」。本邦初披露の新曲だ。前作は自主流通、ライヴなどでの手売りが中心だったが、こんどの新曲は一般のCDショップでも買えるようになるそうだ。 奇しくも入口でさかいゆうさん、スガシカオさんと遭遇し、一緒にライヴを見た。さかいさんは、以前ガッツのところに一時期居候していたこともあるという。彼は最近スガさんと同じ事務所に入って、秋には移籍新曲が出るそうだ。これも楽しみ。この日のベース奏者坂本竜太さんはスガさんが13年くらい前に初めてバンドを作ったときの最初のベース奏者だそう。みんなつながっている。 さかいさんに「今日のコーラスの人は、初めてだよねえ…」というと、「おおっ、ガッツ通ですねえ…」と返された。(笑) 略して「ガッツー」か。 ◎中澤信栄 次回ライヴは2009年10月29日(木)、目黒・ブルース・アレイで。 ■ 夢物語 夢物語 posted with amazlet at 09.09.14 中澤信栄 DCT records (2009-03-18) 売り上げランキング: 10521 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ ガッツ改め中澤信栄・過去関連記事 May 22, 2009 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10265588486.html (前回ライヴ評) October 24, 2008 … Continue reading

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●『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』出版イヴェント開催決定

●『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』出版イヴェント開催決定 【Talk Event With Author Nishidera Gota】 告知。 2009年9月12日に発売された西寺郷太著『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』(ビジネス社)の出版を記念して、9月20日(日)午後、渋谷のCDショップ、HMVでトーク&サイン会が開催される。著者西寺さんのトーク・ゲストで吉岡正晴が登場する。 +++++ 西寺郷太さんのブログで、西寺さんが僕との出会いについて書いてくれています。 http://www.nonareeves.com/life/gotama/2009/09/post-1162.html 「正確さ」「わかりやすさ」を褒めていただき、嬉しいですね。 郷太さんは、7月と8月、1日17時間、45日間缶詰になって書いたそうです。ものすごい集中力。僕もそれぐらい集中できたら、マーヴィン物語、もう少し早く出たかな。(笑) ■本の内容について http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10336074792.html ■ 西寺郷太著『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書 新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書 posted with amazlet at 09.09.09 西寺 郷太 ビジネス社 売り上げランキング: 170 Amazon.co.jp で詳細を見る ■イヴェント概要 『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』出版記念トーク&サイン会 日時:2009年09月20日(日)14時スタート (トークは14時45分ごろまで。その後サイン会) 場所:HMV渋谷/3Fイヴェント・スペース 出演: 西寺郷太 ゲスト出演 : 吉岡正晴 参加料 無料 お問い合わせ  HMV渋谷 03-5458-3411 http://www.business-sha.co.jp/content/news_114.html … Continue reading

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⊿フィリップ・ウー・ライヴ: フィリップとブレンダのマイケル

⊿フィリップ・ウー・ライヴ: フィリップとブレンダのマイケル 【One Of A Kind Keyboard Player Philip Woo Live】 ファンキー。 「フィリップ、いいですよねえ」とブルース・アレイの高橋さんが声をかけてきた。ちょうどセカンド2曲目のジョー・サンプルの作品をプレイ中のことだった。「そうなんですよ、フィリップはアコースティックのピアノも、ハモンドもどっちもいいんですよねえ。この2つを両方うまく弾けるっていうところがすごい」と僕。日本最強のキーボード奏者フィリップ・ウーのソウル・セッション・ライヴ。 けっこう、この日、フィリップはよくしゃべった。2曲目の前に、こう話した。「最近、僕はけっこう若いアーティストに(ピアノを)教えることが多い。若くない人にも教えますが。グルーヴを教えたりするんだけど、これが僕の専門なんでね。(笑) 木下航志は、そんな生徒のひとりです。僕のところに来るミュージシャンはみんなグッド・ミュージシャンです。でも、僕はそうした人たちのレヴェルをもう一歩高いところに上げてあげたい。グレイト・ミュージシャンにしたい。若い人には、たとえば、スティーヴィーやダニー、ハービー・ハンコック、そういった人たちのキーボード・プレイを教えたりします。僕も若かった頃は、そうした人たちから多くを学びました」 「そして僕は若いときにロイ・エヤーズに教わりました。僕が19か18くらいのとき、ロイが僕をステージに上げてくれ、『さあ、弾いてみろ』とチャンスを与えてくれたんです。そのステージには本当に素晴らしいミュージシャンがいて、一緒にプレイできて感激しました。以来、僕はプロになってこうして演奏しています。だから、僕も何かそのお返しをしたい。新しく、若いミュージシャンがプレイしたいと思えば、ぜひそんなチャンスを与えたいと思っています。ということで、みなさんに、若く新しいサックス奏者アユミ海野(ウンノ)をご紹介しましょう」  3曲目の「シャム・タイム」は、オルガン・ジャズの逸品。クラレンス・ウィーラー&エンフォーサーズがやっているものをカヴァーした。クラレンス・ウィーラーはシカゴを本拠とするサックス奏者で1960年代からこの自らのバンドで活躍していた。そしてこのバンドにいたのが、ソニー・バークというキーボード、オルガン奏者。フィリップはこのソニーのパフォーマンスが好きだそうだ。彼は後にモータウンでアレンジャーとなり、スモーキー・ロビンソンなどの作品やツアーをてがける。この曲自体はエディー・ハリスが書いたもの。フィリップのこういう選曲は実に勉強になる。調べたらこれは1970年にリリースされたアルバム『Doin’ What We Wanna』(Atlantic)からの曲だった。コーラスにはジュディ・クレイも入っているとある。これは、アトランティックから出たが、2006年に日本のインディから再発されている。 いやあ、いつもながらこのバンドは最高にかっこよかった。 この日は最初モーションにいたので、フィリップ・ライヴはセカンドからの観戦。マイケル・ジャクソンのトリビュートで「アイ・キャント・ヘルプ・イット」をブレンダが歌う。フィリップが言う。「もちろん、彼は僕たちみんなの心の中にいます。初めて『アイル・ビー・ゼア』を聴いたときの日のことをよく覚えています。小さなハンバーガーショップのジュークボックスでした。たぶん15歳くらいの小さな子が、こんなに大きなアフロヘアをして(手でジェスチャー)、その曲を歌っていたんです。初めて聴いたときのあの光景は決して忘れられません。それから、キャンプに行ったときのことも覚えています。みんな小さなテープレコーダーを持ってきていて、それがみんなジャクソン・ファイヴのテープをいれてかけていたんです。一日中昼も夜も、ジャクソン・ファイヴ、ジャクソン・ファイヴでした。マイケルは僕たちの心の中にいます。そして彼は僕たちの音楽にも宿っています。(ブレンダから『イエー』の掛け声) 僕たちは彼のことを愛しています、そして、I miss him、彼に捧げたいと思います」(拍手) ブレンダはブレンダで、ティーンの頃、マイケルのような踊りをしようと真似したことを、実際にやってみて、おもしろおかしく話してくれた。アメリカのミュージシャンは、マイケルについては誰でもいくらでも話ができるようだ。 この日一番よかったのは、ブレンダが歌った「アット・ラスト」。圧巻だ。「みんな、『キャデラック・レコード』は見た? ビヨンセは、マイケル亡き後、もっとも素晴らしいエンタテイナーになっていると思うわ。映画の中で、ビヨンセは素晴らしい仕事をしました。その1曲『アット・ラスト』をお送りします」こうして歌われた「アット・ラスト」。歌に情感がこもり、見事な歌唱になった。 最後ジェームス・ブラウンの「スーパー・バッド」のギターの繰り返しをファンキーに決めたハンコ屋さんは、「腕が腱鞘炎になりそう」と笑いながらこぼした。 (セットリストは一番下にあります) ■「シャム・タイム」収録のクラレンス・ウィーラー&エンフォーサーズのアルバム ドゥーイン・ホワット・ウィー・ワナ(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 09.09.11 クラレンス・ホイーラー&ジ・エンフォーサーズ インディーズ・メーカー (2006-11-26) 売り上げランキング: 184220 Amazon.co.jp で詳細を見る … Continue reading

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△北山陽一初ライヴ『九月入学』@モーション・ブルー

【Kitayama Youichi Very First Solo Live】 初。 ゴスペラーズの北山陽一さんが、初めてのソロ・ライヴを横浜・モーション・ブルーで行った。この日は2セット入れ替え制。女性のファンで埋め尽くされ立ち見もでる超満員。 バンドはドラムス、キーボード、ピアノ、ギター、ベースの5人。北山さんはゴスペラーズでは低音担当だが、実は、高音部の綺麗な声を出す。この初ライヴでは、彼の高音の地声をたっぷり聞かせてくれた。シンガーは、本人さえ気づかないほど声のヴァリエーションを持っているものだ。ましてやCDでの決まった楽曲でしかその歌声を聴いていないと、そのシンガーがどれほどの声域を持ち、どのような種類の声を出せるかなど知る由もない。そういう意味で、こうしたソロ・ライヴをやることで自分の可能性を探し出すということはとても意義深い。 北山さんはステージで「このライヴを考えた時は、どうなるかと思ったが、やり始めたら楽しくてしょうがなくなった」と言った。ライヴ後ちょっと挨拶に行ったときに、「なんでまたソロを?」と尋ねてみると「修行です。自分にとっての」ときっぱり。「グループでやっていると、5分の1なので、どうしても自分に甘えが出てくる。ソロをやってみることで自分にとって修行になるとおもって。ほんとに初めてのソロでしたが、いろんなことが勉強になった」とも。 今回のためにわざわざオリジナルも作る力の入れよう。しかもステージでは、「僕の妄想は(この日は『妄想』という言葉が、えらく観客から受けていた)このメンバーで旅に出ることです」と言っていた。 前半は圧倒的にスロー・バラードでまとめたライヴにファンはうっとり。個人的には、一度彼の歌で別の場所のところで聴いていたマイケル・ジャクソンの「ゴーン・トゥ・スーン」が彼の声にはとてもあってるような気がしたので、それを再確認、ひじょうに印象に残った。 しいて言えば、北山ベースたる低い声のものを1曲くらい聴きたかった。すると、「高い声で歌っていると、なかなか低い声が出せなくなってしまうんです」だそうだ。 さて、次は酒井さん、安岡さん、どちらが先にソロ、やるのだろう? その前に、黒沢薫さんが9月21日(月)、福岡でソロ・ライヴを行う。 ■黒沢 薫LIVE 2009 “Feel’n Masala Soul” 日時 2009年9月21日(月・祝)、ファースト16時30分~、セカンド19時30分~ (入れ替え) 場所 福岡県福岡市・Gate’s7 料金 5000円(税込み) ドリンク代(500円)別 メンバー 黒沢薫 松本圭司(Key) 石成正人(G) (世間的にはいわゆる5連休の真っ只中。ホテルも飛行機も取れないっすよ(笑)>黒沢さん) ■ 『星屑の街』 星屑の街 posted with amazlet at 09.09.11 ゴスペラーズ キューンレコード (2002-11-13) 売り上げランキング: 106735 Amazon.co.jp で詳細を見る … Continue reading

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△今日NHK-FM『ザ・ソウル・ミュージック』第500回記念に出ます

お知らせ。 今日(2009年9月10日)放送のNHK-FM『ザ・ソウル・ミュージック』が、1999年4月放送開始からついに500回を向かえ、ゲストで吉岡正晴が出演します。夜11時から12時まで。お時間ある方、ぜひお聴きください。 その内容についてのブログ。 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10335836563.html

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☆スライ・ストーン今年も来日していた 衝撃情報

【Sly Stone Was In Town With George Clinton】 衝撃。 ソウル・サーチャーが得た信頼出来る筋からの情報によると、なんと、昨年(2008年)東京ジャズで初来日していたもうひとりのキング・オブ・ファンク、スライ・ストーンが今年の東京ジャズにあわせて密かに来日していたという。しかも、本当はジョージ・クリントンのステージにサプライズで登場する話まであったとか。衝撃情報だ。もし、ジョージ・クリントンのステージにスライが飛び入りで出てきたら、それはファンは狂喜乱舞、大変なことになっていただろう。 しかし、スライ・ストーンはクリントン・ライヴの行われた土曜日(9月5日)昼、結局ホテルの部屋から出ることなく、クリントンのステージに登場することもなかった。その理由はわからない。もちろん、ジョージとスライは旧知の仲であることはまちがいない。 そして、日曜日(9月6日)午後、ジョージ・クリントンとともにホテルをチェックアウトするところを複数のファンに目撃され、サインや写真などにも応じていた。しかも、さらに衝撃な事実がジョージ・クリントンもスライ・ストーンもチェックアウト時には両者とも車椅子に乗っていたという。ジョージはステージでは、もちろん、普通に歩いていた。 ジョージ・クリントンたちは9月7日(月曜)アメリカ国内(シカゴ)でライヴの仕事が入っていた。6日に日本出発、時差の関係で同日アメリカ着。翌日夜、仕事、というハード・スケジュールだ。 車椅子で思い出されるのが、2006年3月、ジェームス・ブラウンの結果的に最後となった来日時。ステージでは普通に飛び跳ねていたが、移動には車椅子を使っていた。そして、その年(2006年)の12月25日に亡くなった。 また、Pファンク・メンバーのうちの何人かはそれぞれ、ライヴ後の土曜日夜、赤坂「ミラクル」、また大森「イン・ザ・グルーヴ」に出向いたという。 あるファンは、ジョージとスライが車椅子に乗っている間で3ショットの写真を撮ったという。これも強烈だ。 ところで、知らなかったのだが、ジョージ・クリントン、Pファンクのライヴは海外では録音自由とのこと。ロック・グループ、グレイトフル・デッドと同じ趣旨で、その録音を商売にしない限り、個人使用なら録音してもいいそうだ。ただしビデオ撮影はだめ。また、それぞれの会場が録音を禁止しているところでは一応だめらしい。録音可の会場では、録音用にスペースを作っているという。 +++++ スライのドキュメンタリー映画『カミン・バック・フォー・モア』 困窮。 スライ・ストーンに関しては、スライを追ったドキュメンタリー映画「Coming Back For More」(監督ウィレム・アルキーマ=オランダ人)が完成、ヨーロッパで9月に公開される。スライのインタヴューらしいインタヴューが出てくるのは20年ぶりとのこと。この中でスライは現状について説明している。スライは自身の楽曲の著作権を元マネージャーのジェリー・ゴールドステインに、毎月一定額の小遣いをもらうことを条件に渡してしまった。だがジェリーが経済的に行き詰まり、毎月の小遣いがストップ、それに伴いスライの生活も困窮。社会保障でほそぼそと生きている、という。 映画の日本での公開予定は今のところないようだ。 ■ スライ&ファミリー・ストーン 『エッセンシャル』(これを買ってあげても、スライには印税はいかないのか…) エッセンシャル・スライ&ザ・ファミリー・ストーン posted with amazlet at 09.09.09 スライ&ザ・ファミリー・ストーン ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル (2003-03-12) 売り上げランキング: 115286 Amazon.co.jp で詳細を見る … Continue reading

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◎フランキー・ビヴァリー、来日直前インタヴュー

【Frankie Beverly Talks About Up Coming Japan Tour】 抱負。 フランキー・ビヴァリー&メイズの来日(2009年9月22日~26日)が迫ってきた。ソウル・サーチンでは、来日直前の彼に電話でインタヴューを敢行。来日への抱負、意気込みを聞いた。 メイズの来日は、1989年11月、青山スパイラル・ホール、1994年9月、横浜カフェ・デ・ラ・ソウルにおけるライヴ以来ちょうど15年ぶり。メイズはもともとアメリカでの爆発的人気(リリース・アルバムがほぼすべてゴールド・ディスク=50万枚以上のセールス=)と日本での一般的人気度の落差が激しく、なかなかギャラの関係で招聘できないアーティストの一組だった。 ここ数年、メイズはニューオーリンズで毎年行われるブラック・ミュージックの大祭典『エッセンス・ミュージック・フェスティヴァル』で最終日の大トリを取ることで知られる。メイン会場は7万人、ここを満杯にし観客を熱狂させる。ふだんでも3000人から7~8000人クラスの会場でライヴを行っているので、今回のキャパシティー約200人という小さなライヴ・ハウスでのライヴはほとんど奇跡だ。 今回招聘のコットンクラブも、お店始まって以来初の1セットのみで営業する。通常、7時と9時半、2セット入れ替えだが、今回は1セットのみで、1セットを通常より長くプレイしてもらう。 さて、僕は電話の向こうのフランキーには、1989年の来日時にインタヴューしている。 来日へ向けてまずこう切りだした。「実は僕は日本の食べ物が大好きなんだ。スシ、ウナギ。サンフランシスコではよく日本レストランに行ってるんだ。だからものすごく楽しみにしているよ」 今回は、元メイズのメンバーで、現在日本在住のフィリップ・ウーがキーボードで参加する。フィリップについてこう絶賛。「彼が日本に移住するためにメイズを辞めたのは本当に痛手だった。彼のようなキーボード奏者はなかなかいない。彼はone of a kind (ユニークな、比類のない)だ。彼は確か1994年にメイズで日本に行ったときに日本が気に入って、それ以来(日本に)いついてしまった。今度一緒に彼とプレイ出来るのが待ちきれない」 メイズは30曲近いヒットを持っているが、これだけヒットがあるとヒット・メドレーのような形もあるのだろうか。「いや、実は僕はヒット曲を少しずつやるメドレーはあんまり好きじゃないんだ。(笑) 自分が観客になったとき、その好きなグループの好きな曲が短くメドレーにされると、不満だからね。(笑) やるなら、(その曲を)フルサイズでやるよ」と頼もしい答え。 ところで、最近はメイズのような大型ソウル・バンドが音楽業界ではかなり生き延びるのが難しくなっているが、メイズは生き延びている。「たぶん、いろいろな機械(マシーン)ができて、ミュージシャンに取って代わっているのが大きな要因じゃないかな。ドラムマシーン、シークエンス、シンセサイザー。打ち込みですべて出来てしまい、リアル・ミュージシャンのバンドが必要とされなくなった。そうしたことがバンドをスポイルし、バンドの維持が難しくなった。僕らが、維持できているのはとてもレアで幸せなことだ」 「僕らくらいの古いバンドのメンバーの何人かでさえ、シークエンス(打ち込み)を使うようになっている。ソウル・ミュージックはブルーズから発展している。それをマシーンにやらせるわけにはいかない」 近々出る作品についても語ってくれた。「昨年10月、テキサス州ダラスでやったライヴのDVDが来年出るよ。これはすごいんだ。(かつての名盤)『ライヴ・イン・ニューオーリーンズ』みたいな感じ。5-6曲、新曲も入っている。タイトルは『アンティシペーション』だ。ツアーで忙しくてなかなか編集が出来ないんだが、時間が空けば、その作業を出来るだけ早いうちにすませたい」 「また、それとは別件で、僕の息子の嫁が、『メイズ・トリビュート・アルバム』を作っている。メアリー・J・ブライジが「ビフォー・アイ・レット・ゴー」を歌い、ジョーが「キャント・ゲット・オーヴァー・ユー」、キムが「ゴールデン・タイム・オブ・デイ」などを歌っている。『シルキー・ソウル・トリビュート・トゥ・メイズ』というタイトルだ」 そして、彼とゆかりの深いマーヴィン・ゲイについて。マーヴィンは、メイズのことを無名時代に発見し、育てた恩人だ。彼についてになるとフランキーは少し熱く語り始めた。 「1日たりとも彼のことを考えなかった日はない。あの頃、僕たちはメンバー全員がひとつの家に住んでいて、必死に生きていたバンドだった。74年か、75年かのある夜、サンフランシスコのクラブでプレイしていたとき、彼が観客の中にいたんだ。ライヴ後、彼と話をすると、彼は僕のバンドを気にいってくれ、僕も彼のことが大好きになった。彼はいくつかの機材を買ってくれ、レコード契約を取ってくれた。今、こうしていられるのも彼のおかげだ。当時は自分たちはまだ『ロウ・ソウル』と名乗っていた。だが、彼はその名前が気に入らなかった。「ひどい名前だから変えてくれ」とマーヴィンが言って、(メンバーの)ロームが「メイズ」という名前を出してきた。今度はマーヴィンはその名前を気に入ってくれ、その後は、ご存知の通りだ。彼は僕にとってのビッグ・ブラザー。僕がやるショー、どこでもすべてで彼の名前を出すんだ。自分がしゃべるところでは、どうやってマーヴィンに会ったか、彼が僕たちにとってどれほど大きな意味があるか、彼は僕の心に永遠にいる、といったことを話すんだ」 長年、メイズにいたフィリップは言う。「このバンドは素晴らしい。曲目さえわかっていれば、リハーサルなんてしなくても出来る。実際、アメリカではリハはもとより、サウンド・チェックさえなくても本番ができるほどなんだよ」  フィリップによれば、すでに演奏予定の曲目(セットリスト)は来ているという。あとは、各自がそれを練習して、本番に臨めばそれでいいだけだ。 マーヴィンへのトリビュート、そして、四半世紀以上継続しているリアルなライヴバンドとしてのプライドが楽しめる一夜になるだろう。 ■名盤『ライヴ・イン・ニュー・オーリンズ』のDVD Live in New Orleans (Dol Dts) [DVD] [Import] posted with … Continue reading

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○ジョージ・クリントン&パーラメント、ファンカデリック・ライヴ

○ジョージ・クリントン&パーラメント、ファンカデリック・ライヴ 【George Clinton Is Still Funk Master】 教祖。 昨年はスライ・ストーンをブッキングしたNHK主催の音楽イヴェント「東京ジャズ」。ソウル・サーチャー的な今年の目玉は、ジョージ・クリントン。土曜昼の4組目。最初の3組は家で仕事をしながら、FMの生放送を聴いた。ジョージ・クリントンは4時過ぎの出演と思われるので、それを目指して国際フォーラムへ。 会場にあったタイムテーブルでは4時20分からがジョージ・クリントンだった。NHKの発表では、18人がオンステージにいたというファンクの総帥ジョージ・クリントンのPファンク・オールスターズのライヴはおよそ7年ぶり8度目の来日とのこと。予定より5分遅れの4時25分からスタートした。いきなりぞろぞろとメンバーがステージに出てきて、イントロ曲をかまし始めた。そして、1曲目途中からおもむろに、超もったいぶって御大登場。ファンキーなジョージ健在だ。この存在感のすごさは、東京ジャズだろうが、国際フォーラムだろうが、場所、TPO、まったく関係ない。クリントンが登場したところが、クリントン・フォーラム、クリントン・ジャズの瞬間だ。 その姿はまさに新興宗教の教祖様が壇上に上がったような熱狂ぶり。かなり久々感があったが、これをファンクの儀式と言わずして何と言おう。 それにしてもいつものように大軍団でぐちゃぐちゃになりながらも、ファンクという一本線を通すというか。ずいぶんとロックっぽいところもあるが。いつもどおりオムツ姿(ゲイリー・シャイダー)、ウエディング・スタイル(アンドレ・フォックス)などステージ上は妙なコスプレ。儀式なのだから、音楽的にどうのこうのと細かいことは関係ない。 ホーン・セクションがなかったのが若干物足りなかったが、驚くことなかれ、66分でステージを去り、アンコールなし。ジョージ・クリントンがこんなに短いステージで終わるとは、そんなことは関係ない。 それにしても、この土曜の午後の部は4組のアーティストが出たが、最初の3組のアーティストのファンと、ジョージ・クリントンのファンはほとんどかぶらないのではないだろうか。このあたりのブッキングの難しさがこうしたフェスティヴァルの悩みの種だろう。3組見て帰った人、逆に4組目から来た人などもいるのではないか。 生年。 ところで、ファンカデリックの『ハードコア・ジョリーズ』などが1993年に今はなきアルファ・レコードからCD化されたとき、4枚のアルバムにわたって詳細なライナーノーツを書いた。(いずれソウル・サーチン・ホームページのライナーノーツのコーナーにアップする予定) そこには「僕が4回にわたってインタヴューした材料を元に詳細なストーリーを書いた」とある。4回もインタヴューしていたことに驚いた。(忘れてるところが情けない=(笑)) で、このライナーではクリントンの生年を「1941年が有力だが、1940年説」と唱えている。たぶん僕のことだから相当いろいろ調べて、総合的に1940年ではないかとしたのだと思うが、最近のウィキなどでは1941年と書いてあるものもある。一方オール・ミュージック・ガイドほかいくつかの資料は1940年なので、ちょっと再確認が必要かもしれない。(なお現在は、そのアルファ盤は廃盤だが、同じ作品はビクターからリリースされている。ただしビクター盤には僕のライナーは入っていない)  ◎ ファンカデリック『ワン・ネイション・アンダー・ア・グルーヴ』名盤(ビクターからの紙ジャケット) ワン・ネイション・アンダー・ア・グルーヴ+1(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 09.09.06 ファンカデリック ビクターエンタテインメント (2009-03-25) 売り上げランキング: 81385 Amazon.co.jp で詳細を見る ◎ ベスト The Best of Parliament: Give Up the … Continue reading

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◆木下航志『ドゥ・ザ・ソウルVol.6』ライヴ

【Do The Soul Vol.6】 スマイル。 2008年6月以来2~3ヶ月に一度目黒ブルース・アレイで行われる木下航志の『ドゥ・ザ・ソウル』も早くも6回目。前回が5月9日だったのでおよそ4ヶ月ぶり。ブログにアップするのが1日遅れですいません。(笑) 毎回、新しいレパートリーを増やす航志くんは今回もいろいろ新曲を歌ってくれた。キーボード(フィリップ・ウー)、ギター、ベース、ドラムス、パーカッション&サックス、コーラスに航志くんという編成。ステージ中央に座り、しっかりとバンドを引っ張る。しかも、1曲1曲ごとにひょうきんなMCを交え、ライヴを進める。しかし1曲ごとにMCいれなくてもいいんじゃないか。(笑)おもしろいが。このゆるい雰囲気が次第にフィリップのライヴみたいになってるという指摘もあった…。(笑) 今回は、前半にずいぶんとギター・ソロのフィーチャーが多く、マサ小浜大活躍だ。 最近航志くんは、映画『キャデラック・レコード』を見たそうで、そこからビヨンセが歌った「アイド・ラザー・ゴー・ブラインド」を披露。この曲が終わったあと、総選挙の話しをして、「麻生総理は漢字を読めませんが、僕も読めません」というギャグをかました。(笑) 一点、アドヴァイス。このビヨンセのヴァージョンは女性が歌う歌詞になっている。まずビヨンセ・ヴァージョン。 Something told me it was over When I saw you and HER talkin’ Something deep down in my soul said, ‘Cry, GIRL’ When I saw you and that GIRL walkin’ around … Continue reading

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■西寺郷太・著『新しいマイケル・ジャクソンの教科書』、いよいよ発売

【Nishidera Gota’s Michael Jackson Book Will Be Released September 10】 渾身。 音楽業界屈指のマイケル・ジャクソン情報通であるミュージシャンであり、グループ、「ノーナ・リーヴス」のリード・シンガーの西寺郷太さんが書き下ろしたマイケル・ブック『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』(ビジネス社=1900円+税)が2009年9月10日発売される。 昨日、本人と会い、一足先にその渾身の著作をいただいた。しかも、ご本人の「ヴィクトリーからすべてが始まりました」というサイン付きで。ありがとうございます。まだ全部は読めていないが、さっそく感想を。 版型はいわゆる四六版(約130mmx188mm)で写真を除いて320ページ。『マイケル・ジャクソン観察日誌』(小学館)と同じ。しかも、よく見たら、ページ数までちょうど320ページで同じだ。(笑) マイケル・ジャクソンの生涯を6章に分けて、詳細な信頼できる一次情報を元に丹念に描いている。ひじょうに安心して読めるマイケル・ジャクソン物語だ。 第一章は1958年から1968年までのモータウン・デビュー前まで。第二章は1969年から1975年までのモータウン時代、すなわちジャクソン・ファイヴ時代、第三章は1976年から1981年までのエピック時代、ジャクソンズ時代から『スリラー』前夜まで。第四章が1982年から1984年まで、まさに『スリラー』時代、第五章が1985年から1992年まで「キング・オブ・ポップ」の時代、第六章が1993年から2009年までの間、という章立て。およそ26万字におよぶ超力作だ。 いずれの章も豊富な文献にあたり、ひとつの事実を多方面から確認している。しかも文章もとても読みやすい。もちろん、基本的にジャクソン・ファイヴ、ジャクソンズ、マイケルの作品にも精通している。彼自身もこれでも全部は書ききれなかった、という。もちろん、そうだろう。西寺郷太の視点がしっかりあるマイケル・ジャクソン物語であり、しかもひじょうにあらゆる点でバランスのとれたマイケル・ジャクソン物語になっている。特に、マイケルがスキャンダルにまみれた時代の第六章の冷静な筆致は見事。彼がこれだけの多くの文献につぶさにあたっているところが素晴らしい。多くの駄文を出すメディアの書き手に見習って欲しいところだ。 視点。 個人的に興味深かったのは、269ページのマイケルの『ヒストリー』のアルバムをジョン・レノンの『ジョンの魂』、マーヴィン・ゲイの『離婚伝説』と同じ視点で語られるべきだと思う、というところ。僕も『デンジャラス』以降のマイケル作品に、マーヴィンの『離婚伝説』的な匂いをものすごく感じていたので共感した。さらに、西寺さんはマーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』とマイケルの『スリラー』、マーヴィンの『レッツ・ゲット・イット・オン』とマイケルの『バッド』、マーヴィンの『アイ・ウォント・ユー』と『デンジャラス』、そして、『離婚伝説』と『ヒストリー』を比較して並べる。なるほど、ひじょうにおもしろい見方だ。2人の共通点は、どちらのアーティスト(マーヴィンもマイケル)も、そのときの心模様をこれでもかというほど赤裸々に作品に投影している点だ。周囲の人間に翻弄(ほんろう)されるところも、またさまざまな点で傷ついている点、完璧主義なところもものすごくよく似ている。 タップ・ダンサーのオマー・エドワーズが言ったように、「マーヴィンもマイケルもキリストも、みな苦労を背負って死んでいった」。 マーヴィンの自伝『マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル』では、マイケルが登場してきたときのマーヴィンの焦りを描いている。マーヴィンにとっては、またまた強敵なライヴァルがでてきた、この若い奴は本当に自分を脅かす、とその心の内を吐露している。 西寺さんがこの本を書くに至る、熱心なマイケル・ファンになったきっかけが僕が1984年に書いたアルバム『ヴィクトリー』のライナーノーツだったということも、感無量だ。(このアルバムは2009年7月に紙ジャケットで発売され、その当時のライナーがそのまま封入されている) そして、最近、マーヴィンとマイケルのことをじっくり考えるとき、彼らの父は、何人もいる自分の息子たちの中で、なぜ一番才能のある息子に、一番厳しく辛く当たったのだろうか、という疑問が浮かんでいる。それは単なる嫉妬なのか、極めてひねくれた愛情の裏返しなのか。心理学の専門家にでも一度ゆっくり話を聞いてみたい。そこにフォーカスした視点でのストーリーを一度書いてみたいものだ。 西寺郷太著のこの著作は、マイケル・ファンにはまちがいなくお勧めの一冊だ。 ■過去関連記事 April 07, 2008 マイケル研究家・郷太観 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20080407.html (さすがにこの小沢一郎説はこの著作の中には入らなかったが、独自の視点を持っているところがおもしろい) ■『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』西寺郷太著(ビジネス社)2009年9月10日発売 (9月10日にはアマゾン、書店などに入荷するそうです、アマゾンに注文をいれておけば早ければ11日ごろには届くかもしれません) 新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書 posted with amazlet at 09.09.05 西寺 郷太 … Continue reading

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●NHK-FM 『ザ・ソウル・ミュージック』500回を迎える

【Ten Years To Reach #500 With “The Soul Music”】 500回。 1999年4月の放送開始から10年5ヶ月、NHK-FMで毎週木曜夜11時から放送されているラジオ番組『ザ・ソウル・ミュージック』が次週2009年9月10日放送分で記念すべき500回目を迎える。光栄にもその500回目のゲストに呼んでいただいた。週1の番組で500回は、文句なしの長寿番組。しかも全国ネット。本当におめでとうございます。また続く10年ぜひがんばってください。 しばらく前に、4曲選んでくださいとプロデューサーから連絡をもらった。ふだん、4曲くらい難なく選べるのに、さすがにお祝いの1曲などは実に頭を悩まし、珍しく3日3晩考えた。 そのあたりのトークと曲は、9月10日午後11時にNHK-FMの放送を聴いていただくとして、やはり、10年もこの番組が続いている、ということに諸手を上げて拍手だ。ラジオは本や活字と違って、音そのものが聴こえるから、その影響力は計り知れない。 尾臺さんが言っていたのだが、つい先日、「番組のオープニングでテーマのようにかかっている曲はなんと言う曲ですか」というお便りが来たという。それはマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」だった。ソウル・ファンだったら誰もが知っている曲でも、まだまだ知らない人は多い。そして、そういうその曲について予備知識がまったくない人でも、一度聴いていいと思うというところに、「音自体を聴かせること」「どんなに有名な曲でも何度でも聴かせること」の最大の意義がある。 送り手はともすれば、「ホワッツ・ゴーイング・オン」のような超有名曲を「またか」「飽きるほどかけた」と言って粗末にすることがある。だがこうしたFMなどの大きな媒体では、それでもまだ知らない人がいるということを肝に銘じなければならない。「ホワッツ・ゴーイング・オン」を初めて聴いて、それがいいと思い、CDを買おうとするのであれば、何百万回かけたとしても、そしてかける側がかけることに飽きていたとしても、その曲をかける意義はある。 番組では、マーヴィンの話し、マイケルの話しなどをしたが、もちろん、時間はあっという間にすぎた。(笑) それにしても、尾臺さんは収録前の打ち合わせ中も、収録中の曲がかかっている間も、そして、収録が終わってからも、ずっとしゃべっている。すごい…。 雑談の中で、尾臺さんが今、CDとアナログを整理中だという話しになった。もう彼女も収拾がつかないらしい。お互いその苦労は同じだ…。(苦笑) ■ このアルバムから1曲お祝い曲を選びます。ダニー・ハサウェイの名盤『愛と自由を求めて(Extension Of A Man)』(1973年作品) 愛と自由を求めて+1 posted with amazlet at 09.09.05 ダニー・ハサウェイ Warner Music Japan =music= (2008-09-24) 売り上げランキング: 35056 Amazon.co.jp で詳細を見る ENT>RADIO>The Soul … Continue reading

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⊿武田と哲也:Soul Power Presents ”Silkの似合う夜パート2”

【Takeda & Tetsuya’s Soulful Night】 悩殺。 スクープ・オン・サムバディーのリード・シンガー、タケ(TAKE)とゴスペラーズのリード・シンガーのひとり、村上哲てつやによる2人のユニット「武田と哲也」の東京地区での初ライヴ。これまで葉山のオトダマでのライヴや、地方でのライヴはあったが、東京地区は初ということで、会場の六本木スイートベイジルは、2日4回公演が超満員。しかも99%ファンは女性。ざっとみたところ、男子はスタッフなどを除いて数人しかいなかった。うちひとりは赤坂・ミラクルの川畑さん。(目立ちます=(笑)) さて、いきなりラップ風のソウル曲からスタート。そして、アイズレイの「ビトウィーン・ザ・シーツ」、ジョデシーと濃厚な悩殺ソウルで観客を秒殺。そうかあ、「本人たちがもっとも楽しみすぎている」と言っていた意味が、このライヴを見てよーくわかった。これはソウル好きだったら絶対楽しい。こんなこと去年からやってたんですか。う~む、うらやまし。(笑) 前半が基本ソウルのヒット・カヴァー、しかもどれもテンポを落とした歌。哲也曰く、「タケはなんでも、CDよりもテンポを落としてライヴでやってしまうんです。BPM50以下は、タケダ・テンポと言われます」という説明があるように、スローでこれでもかこれでもかと迫ってくる。それにしても、たとえば「キャント・ハイド・ラヴ」をここまでテンポを落としてやってくるのはすごい。 下記セットリスト7から日本語曲になり、お客さん的にはよりなじめる感じだろうか。途中のMCは、悩殺セクシー・ソウルとは真逆で、やはり2人のキャラがよく出ておもしろく笑った。 まさに9月末の『ソウル・パワー』の前哨戦だ。 ■ メンバー 武田と哲也 (ヴォーカル) 本間将人(キーボード、サックス、ミュージカル・ディレクター) 坂東慧(ドラムス) 上條頌(ギター) 後藤克臣(ベース) 佐藤雄大(キーボード) ■セットリスト 武田と哲也 Setlist: Takeda to Tetsuya, September 2, 2009 @ Sweet Basil 139 [ ] indicates original artists show started 18:30 01. Soul … Continue reading

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△マイケル・ジャクソン関連イヴェント

△マイケル・ジャクソン関連イヴェント 【Michael Jackson Related Events】 イヴェント。 衝撃の逝去から約2ヶ月。マイケル・ジャクソン関連イヴェントが多数あるが、ここでは4本をご紹介。 1)「マイケル・ジャクソン・コンヴェンション」 東京・お台場のヴィーナス・フォートで行われる展示会。写真展などをおこなっている。また、マイケル・ジャクソンのツアーを完全コピーするパフォーマンスを見せるグループ、MJ-SPIRITが、2009年9月21日(月曜日)にパフォーマンスを見せる。時刻は14時と16時ごろから50~60分程度。詳細はヴィーナス・フォートへ。 (開催概要) 期間:2009年8月27日(木)~9月23日(水) 場所:ヴィーナス・フォート2F 教会広場 時間:11:00~21:00 料金:無料 内容: A)マイケル・ジャクソン ヒストリー報道写真展 ジャクソン5時代から、貴重な写真によるマイケルの歴史を見ることができる報道写真をパネル展示。 特に生前数日前の最後のリハーサルとなった「ラスト・リハーサル」における写真が、日本初として公開。 (写真提供:ユニフォトプレス、Kevin Mazur/ゲッティ イメージズ) B)マイケル・ジャクソン オフィシャルグッズ販売 特設コーナーにて、7月のロンドン公演(UKツアー)で販売予定だったマイケル・ジャクソン公式グッズ(Tシャツ、マグカップ、バッグ、アクセサリーなど)や、その他にもCD、DVD、書籍、ポスターなどを特別販売。 C)秘蔵映像なども放映 MTV JAPANより、日本に来日した際の秘蔵映像を公開する予定。その他にも過去のPVも放映予定。 D)MJ-SPIRIT ライヴ・パフォーマンス 日時: 2009年9月21日(月曜)14時~、16時~ (50~60分程度) 詳細↓ http://www.venusfort.co.jp/event.html#event_michael01 ヴィーナス・フォートへのアクセス↓ http://www.venusfort.co.jp/access/index.html 2)マイケル・ジャクソン・ファンの集い(宮崎・ハウステンボス) 長崎県のハウステンボスで、「マイケル・ジャクソン・ファンの集い」という1泊2日のイヴェントが行われる。1日目の夜、ディナー、プロデューサーのサエキけんぞうさん、マイケル・ジャクソンのファンサイト「ムーンウォーカー」を運営しているトヨさんのトーク・ショー、DJタイム、MJ-SPIRITの約45分のライヴ・パフォーマンスなどがある。2日目は、マイケルが訪ねたハウス・テンボスを散策。 (開催概要) アミューズメント施設「クリスタル・ドーム」の期間限定公開。ディナー&トーク・ショー。MJ-SPIRIT ライヴ・パフォーマンス。ハウス・テンボス内ツアー。 日時A: 2009年9月11日(金)~12日(土) 1泊2日 日時B: 2009年9月12日(土)~13日(日) 1泊2日 両日とも限定300名・先着予約順 … Continue reading

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☆マイケル・ジャクソン『オフ・ザ・ウォール』(リマスター盤)の謎

☆マイケル・ジャクソン『オフ・ザ・ウォール』(リマスター盤)の謎 【Remaster Version Of “Off The Wall”】 謎。 2009年7月8日にマイケル・ジャクソン関連の作品が7月から始まるロンドン公演に向けて紙ジャケットで一挙にリリースされたのはご存知の通り。これはマイケル逝去と関係なく準備されていたのだが、『オフ・ザ・ウォール』も2001年リマスター盤が紙ジャケット(ボーナス・トラック付き)でリリースされた。 さて、昨日、ソウルメイトDJオッシーより電話。「今、V社のソウルマニア、加藤さんと一緒にいるんですけど、加藤さんが最近、2001年リマスターの『オフ・ザ・ウォール』(紙ジャケ)を買って聞いてたら、『ゲット・オン・ザ・フロア』の左チャンネルから、聴きなれないギターの音が聴こえてる、っていうんですよ。その話し、知ってます?」という。加藤さんは2001年リマスター紙ジャケと前から持っていたCDを聴き比べ、やはり前のにはそんなギターの音が入っていないことを確認した。 そこで早速僕も2001年リマスター紙ジャケと1988年にCD化されたときのCDを2組のステレオで聴き比べてみた。リマスターだけに低音もぐっと上がって迫力のある音に変身していた。そして、「ゲット・オン・ザ・フロア」に。すると、確かにリマスター盤には冒頭から左チャンネルにギターのカッティングのような音が入っているではないか! なんだこれは。 リマスター時にある特定の周波数を持ち上げたり、下げたりすることによって、今まで聴こえにくかったものがはっきり聴こえるようになったりすることは、確かにある。だが、この「ゲット・オン・ザ・フロア」は明らかに前のヴァージョンにはないギターの音が入っている。 では、なぜこういうことが起こったのか。考えられるのは、1)リマスターを作るときに、もともとのマスターを取り違えた、2)リマスターを作るときにミックスを変えたものを作った、などだ。 ということで、早速オッシーに折り返し電話。「これは、事件です! 明らかにギターの音が入ってます。これ、明日のブログ・ネタにします!」 『オフ・ザ・ウォール』のクレジットによるとギターはワウ・ワウ・ワトソン。別のマスターから作ったのだろうか。謎だ。それにしても、よくこんな音の違い気がついたもんです、加藤さん、すごい。 そういえば、昨年10月、ボビー・ウーマックのベスト盤のリマスターでも「アクロース・110ス・ストリート」でギターの音が持ち上がっていたことを書いた。リマスターすると、聴こえていなかったギターの音が持ち上がるのだろうか。 http://blog.soulsearchin.com/archives/002696.html この『オフ・ザ・ウォール』が出たのは1979年8月。あの頃は出たときに、本当によくかけた。ちょうど今から30年前。30年後に、このアルバムのネタで盛り上がるなんて夢にも思わなかった。 さてさて、僕がこのブログ記事を書いていると、オッシーからメール。なんと「ブログアップしました」。先を越された。(笑) やること、はや。↓ http://ameblo.jp/osshy/day-20090901.html ■ 『オフ・ザ・ウォール』(2001年リマスター盤、紙ジャケット)(「ゲット・オン・ザ・フロア」に謎のギターの音収録) オフ・ザ・ウォール(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 09.09.01 マイケル・ジャクソン クインシー・ジョーンズ ロッド・テンパートン SMJ (2009-07-08) 売り上げランキング: 225 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 『オフ・ザ・ウォール』(1999年のCD)(謎のギター音は、なし) Off … Continue reading

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◎マイケル追悼本~どれがお勧め?(パート9)

◎マイケル追悼本~どれがお勧め?(パート9) 【Michael Jackson Books & Magazines】 GQ。 アメリカの月刊誌GQの2009年9月号。表紙がマイケル。写真と記事で約10ページ。 GQ2009年9月号1733円、660グラム “Back In The Day” by John Jeremiah Sullivan (一言評) ケンタッキー出身、1974年生まれの白人ライターがマイケルのキャリアに関する書籍、雑誌などの資料を読み込んで書いた記事。サリヴァンはいわゆる一般ネタを書くライターで、音楽の専門家ではない。もちろん、一般ライターとしてそれなりの視点、フォーカスが、独自の切り口などがあれば、よい記事にはなるが。 10ページの記事に洋書で1700円超だとちょっと一般的にはお勧めできない。最近、こうやってマイケル関連の記事を読んでいると、いかにその記事にマイケル本人の言葉が入っているか、マイケルに近い人間の生の声が入っているかが重要なポイントになってくる。もちろんマイケルの言葉は、すでに出ているインタヴューからでもいいのだが…。それとその書き手が、どれだけマイケルの音楽を聴き、ライヴを見ているか、そしてそれから何を感じたか、そうしたものが表出していない記事というのはやはりつまらない。 このライターは確かによく資料を読み込んでいるのだが、やはりある一線から先、読者を説得できないような気がする。それはこの書き手が本質的にマイケルの音楽をジャクソン・ファイヴの時代からマイケル・ソロ時代まで、追ってきていないからなのだろう。資料を集めて書いた論文のような感じだ。そしてそのフォーカスが定まらず、何が言いたいのか、マイケルのどこを浮かび上がらせたいのかがよくわからない。雑誌が660グラムもあるので、寝転んで気軽に読めない…。(笑) (重いなあと思ったので、計った) 皮肉にもこの記事の中で一番僕が印象を受けたのは、見開き2ページの2枚のGQらしいかっこいい写真の横に小さくでていたキャプションだ。これは正確にはこの写真の説明ではないのかもしれないが、LAリードが語ったコメントだ。「ジャクソン・ファイヴで育った自分たちにとって、『オフ・ザ・ウォール』の直前というのは、ジャクソンズが少し低迷していた時期だった。クール(かっこいい)ではなかった。『ウィズ』はよかった。自分たちにとってはオハイオ・プレイヤーズや、Pファンク、ギャップ・バンドなんかがかっこよかった時代だ。そんなとき、とても尊敬する人物からこれを聞いてみろ、と渡されたのが『オフ・ザ・ウォール』だった。だが、自分はもうジャクソンズは終わったと思っていたので、聴かなかった。それからインディアナのディスコに行ったとき、そこで大音量で『オフ・ザ・ウォール』、『ロック・ウィズ・ユー』なんかがかかった。それを聴いたときやられた! 俺のほうがクールじゃないんじゃないかって思った。自分はスライ、アースにやられてきた。世界は前進していたんだ。マイケルは(自分より)一歩進んでいた」 理屈じゃない。リアルな体験がいい。そういうのが読みたいのだ。 「う~~ん、英語は難しい・・・」 六本木ツタヤで買って即読み。 お勧め度=★ お勧め度を5段階で評価。 ★★★★★=お勧め。大変よい。 ★★★★=買って損なし。お勧め。 ★★★=まあまあ。値段による。 ★★=う~~ん、微妙。 ★ =マイケルものを全部集める人だけ買えばよろしい。 ☆=おまけ ENT>MICHAEL JACKSON>Books & Magazines

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