Monthly Archives: July 2009

○オマー、マイケル・ジャクソン、マーヴィン・ゲイを語る~ ハーレム・ナイツ(パート2)

○オマー、マイケル・ジャクソン、マーヴィン・ゲイを語る~ ハーレム・ナイツ(パート2) キリスト。 「オオッ~~、ソウル・サーチャーッ!」といってオマーがハグしてきた。2009年3月の映画『メトロポリス』とのジョイント・イヴェント(ランドマーク・ホール)以来だから、4ヶ月ぶりのことだ。昨年7月から彼は4回も日本に来ている。すっかり日本通だ。 ちょうどファースト・セットが終わったところで楽屋を訪ね、彼に挨拶した。オマーがオープニングでマイケル・ジャクソンの「ハートブレイク・ホテル」(レコードではジャクソンズ)をやったのを受け、マイケルの話しに。 「いやあ、右、左って紙を破いて、正面のを破って出てきたのには、とても興奮したよ」 「おお、そうか、それは嬉しいな」  「ちょっとお願いが」「なんだ?」「実はマーヴィン・ゲイの自伝を翻訳したんだけど、この本を持ってブログ用に写真撮らせてもらいたいんだけど」 「いいよ」 最初、普通に立って撮影したところ、それを見て、「だめだ、やり直そう」と言って、椅子に座り、本を読んでる風にしてくれた。「ちゃんと、マーヴィンの写真が映るように撮れよ」 なんでも、徹底している。 そのときの写真↓ http://ameblo.jp/divided-soul/day-20090729.html 一緒に行った岡さんが、オマーのスニーカーを見せてもらって感心している。「ほんとに、普通のスニーカーなんですね」 底に金具が付いているのが違いだ。 オマーがマーヴィンとマイケルについて語りだした。「マーヴィンも、マイケルも僕にいわせると、どちらも『Beautiful tragedy』(美しき悲劇)だ。彼らのような存在のアーティストは、活動がのこぎりでパッと切ったみたいに、突然切られてしまうんだ。そして、誰にでも、何でも起こってしまうということだ。ある日、若くして君は死んでしまうかもしれない。大きなスケールの中で、すべてが起こる。ビッグに生きてきた人間は、死ぬ時もビッグ(衝撃的)なんだよ。これは、ある意味で『Perfect balance』(完璧なバランス)なんだ。いいか、マーヴィンもマイケルも、そしてキリストも苦しみを経験してきた」 マーヴィンとマイケルの死をキリストと同列に語った男は初めてだった。僕にとっても衝撃のコメントだ。 どうやってそんな人生の哲学を学んだのか、と尋ねた。何か本でも読んだのかと思った。答えはシンプルだった。「I studied life(僕は人生を勉強してるんだ)」 さらにオマーは続けた。「僕には母がいない。いや、生んでくれた母はいるが、育ててくれたのは実際の母ではない。でも、いろいろな母がいるんだ。祖母が実際に僕を育ててくれた。父もいなかったが、伯父さんが父だった。それから、僕にはたくさんのメンター(よき師、先輩)がいた。僕は人生を学び、女性を学び、人間のネイチャー(性質)を学んだ。女性を学ぶといってもセックスのことじゃない。女性の直感、洞察力はすごい。そうしたものが、僕が洋服を着るとき、音楽を作るとき、踊るとき、影響を与える。僕も直感で音楽を作り、踊りをクリエイトする。人生とは、男が常に学び続けなければならないことだ。そこに何人かの人間を集めて、人生について語り合う。僕はそれを世界中のあらゆるところでやってきたんだよ。人生についての自然な話しだ。年老いた男と、若い男と、あらゆる国の男と語り合う。そうやっているうちに、『nature of life(人生の特性、人生の本質)』を学ぶことができる」 なんでたかが立ち話で、こんな話しになるんだろう。(笑)オマーは、ディープな男だ。 (下記の過去記事を読み返すと、彼が実にいろいろと考え、話をすることがよくわかります) ■オマー・エドワーズ過去関連記事 (オマーの人となりがよくわかります) October 23, 2008 Omar Is Rhythm, Omar Is Music, Omar Is Singer: We Hear Omar’s Songs 【オマーのタップからオマーの歌が聴こえてくる】 … Continue reading

Posted in ブログ | 1 Comment

◆ハーレム・ナイツ8 (パート1)~オマー・エドワーズ、マイケルに捧げる

ハーレム・ナイツ8 (パート1)~オマー・エドワーズ、マイケルに捧げる (ライヴ内容が出ます。これからごらんになる方はご自身のリスクでお読みください。ごらんになる予定のない方、見ようか見まいか迷ってられる方、見る予定で事前に内容を知ってもよい方はお読みください) 【ハーレム・ナイツ8 (パート1)~今年は盛りだくさん~】 マイケル。 毎年夏のこの時期、横浜ランドマーク・ホールで行われる『ハーレム・ナイツ』。いつもエキサイティングな企画でブラック・ミュージック好きを楽しませてくれるイヴェントだが、今年もいつになく盛りだくさんで楽しめた。今年は、レギュラーのタップ・ダンスのオマー・エドワーズを軸に、新人女性シンガー、キンバリー・ニコール、ヴェテラン・シンガー、ハーレムの重鎮ロン・グラントの渋い歌声、そして、コミカルなソウル・ショーを展開したソウルマンと名乗るシンガーがそれぞれの持ち味を出し、2時間半余(途中20分の休憩を含む)をたっぷりエンタテインした。この日も、超満員。オマー目当ての人はいるだろうが、その他のシンガーはそれほど有名ではないので、この『ハーレム・ナイツ』という企画に人が集まっているのだろう。これがまずすごい。 さて、暗転。舞台左手に白いスクリーンで四方を囲まれた公衆電話のボックスのようなハコが置かれている。暗くなると、向こう側からスポットがあたり、その中にいる背の高い男のシルエットがくっきりと映り出す。あの男がいきなり登場だ。オマー・A・エドワーズ。しかも、マイケル・ジャクソンの「ハートブレイク・ホテル」のような映し方。と思うと、いつのまにかバンドが「ハートブレイク・ホテル」を演奏し始めていた。ここでもいきなり、マイケル・ジャクソン・トリビュートだった。 ここ一ヶ月見たアーティストはみな全員マイケル・ジャクソンをやる。そうしたものを毎回見るにつれ、本当にマイケル・ジャクソンというアーティストの存在の大きさをひしひしと感じる。マイケルをやらないアーティストはいないのではないかとさえ思ってしまう。死去のニュースが伝わった6月26日(日本時間)のラファエル・サディークからアン・ヴォーグ、そして、書き忘れているが我らがソウル・サーチャーズもやっている、そして、マーチン、AI、ロバータ・フラック、そして、トク、オマー・エドワーズ。 シルエット。 この白いスクリーンには、今回会場で展示されている早乙女道春さんがギターの絵を描いた。電話ボックスの中で、オマーはタップを打つ。しばらくして、右側の壁を腕で打ち破り、次に左側の壁を打ち破る。果たして、最後は正面のスクリーンをぶち破ってオマーが観客の前に姿を現した。なんという登場の仕方か。思わずうなった。素晴らしい。1曲その場でインプロヴィゼーションでタップを打った後、ジョン・レジェンドの「グリーン・ライト」にあわせ踊る。そして、「僕の母は14歳まで靴が履けなかった。お母さんは、木の上に上り、鳥と仲良くしていた」と言って、靴を脱ぎ、裸足でタップを披露した。 その後最初のシンガー、キンバリー・ニコールが登場。彼女も間にマイケルの「アイ・キャント・ヘルプ・イット」を挟む。 休憩を挟んでの第二部もオマーから。「オージェイズ、テンプテーションズ、ジャクソン・ファイヴ…。こうしたアーティストに踊りを教えタップ・ダンサーがいます。モータウンにいたチョリー・アトキンスだ」と言って、テンプテーションズ風の振り付けを決めた。ソウル・ダンスとタップ・ダンスが見事に融合した瞬間だった。このあたりも、前年までにはなかった新しいアイデアと言っていいだろう。ここで流れた曲は、ジェームス&ボビー・ピュリファイの「アイム・ユア・パペット」。日本ではゴスペラーズの村上てつやさんが歌っていることでも知られる1曲。このレコードをかけながらまるで上から糸で操られるように踊った。 しかもこの後、オマーは観客みんなに4つの動きを教え、全員にタップ風ダンスをやらせる。タップでの「コール&レスポンス」だ。350人のタップ・ダンスは圧巻だった。(笑)今日以降いかれる方は簡単な動きをオマーが丁寧におしえてくれるので、ぜひお試しあれ。 ジェームス・ブラウンの「ファンキー・グッドタイム(ドゥイン・イット・トゥ・デス)」から「イッツ・ア・マンズ・マンズ・ワールド」になる頃、オマーはさらりと「ムーン・ウォーク」を挟み込んだ。曲が終わると、そこには1本のマイクスタンドに黒い帽子がさりげなくかけられている。マイクを摑んでオマーは宣言した、しかも日本語で! 「出会いもあれば、別れもある。人生は短い…。愛は永遠…」 そして流れ出てきた曲はマイケル・ジャクソンの「マン・イン・ザ・ミラー」。こんな演出があるだろうか。このシチュエーションにこのイントロが流れてきただけで号泣ものだ。オマーはスタンドの黒いハットに敬意を表わしながら、華麗なタップを踏んだ。まるで、マイケルがオマーに乗り移ったかのようだ。ほんの2分ほどのパフォーマンスだったが、この日僕は一番ここに感動した。(しかし、1本のマイクスタンドに黒い帽子、オマー、そしてマイケルのレコードだけで、ここまで感動がくるとは。だったら、大挙してニューヨークからやってきたバンドはどうなるんだって話しだが…。(苦笑) いや、みんなよかったですよ) オマーが舞台袖にはけて、MCによって紹介されたのがハーレムの重鎮、ロン・グラント。いきなり客席の僕の横を通って登場したので、びっくりした。初めて見たが、実に渋いオールド・スクールのシンガーだった。なによりもよかったのが、マーヴィン・ゲイの「セイヴ・ザ・チルドレン」だ。スティーヴィー、ダニーとそのレパートリーから、僕や一緒に見に行った岡さんらと同時代的な匂いを感じる。 最後に登場したのが、ソウルマンと名乗る謎のアーティスト。これがめちゃくちゃおもしろかった。サム・ムーアとジェームス・ブラウンを足して2で割ったような、見せて楽しませる「一発芸」的なエンタテインメント。足の動きはジェームス・ブラウン、そして、ハイトーンの声はサム・ムーア。 それにしても、毎年、ハーレムからは無名ながら芸達者なアーティストがやってくる。ハーレムのアーティスト倉庫は人材の宝庫さながらだ。 (『ハーレム・ナイツ』リポート~つづく) ■ 「マン・イン・ザ・ミラー」は、『BAD』に収録。紙ジャケになりました バッド(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 09.07.30 マイケル・ジャクソン クインシー・ジョーンズ SMJ (2009-07-08) 売り上げランキング: 104 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 関連リンク ハーレムのアーティストを発掘し日本に送り出すもうひとりのハーレムの重鎮、トミー・トミタさんと松尾公子さんのブログ。『ハーレム・ナイツ』関連の記事も多数あります http://tommyny.exblog.jp/11594899/ ■ … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

■ロバータ・フラック・ライヴ~マイケル・ジャクソンに捧げる

■ロバータ・フラック~マイケル・ジャクソンに捧げる 【ロバータ・フラック~マイケル・ジャクソンに捧げる】 追悼。 マイケル・ジャクソンのショート・フィルム「バッド(Bad)」(1987年)の曲に入る前のシーン。マイケルは東部の学校での優秀な生徒ダリルを演じている。学期が終わり家に戻ると、そこは母子家庭なのか、母親がタイプライターに手書きの手紙を挟んでいる。文字がアップに映し出され、それを女性の声が読み上げる。「ダリル、お帰りなさい。私は仕事にでているわ。サンドウィッチが冷蔵庫にあります。7時に戻ります。ラヴ、ママ」 母性豊かなやさしい温かなナレーションだ。この声の主こそ、ロバータ・フラックだ。 ロバータの2007年4月、2008年3月に続くライヴ。ドラムス、ベース、キーボード、サックス、バック・ヴォーカルの5人にロバータ・フラックというバンド編成。冒頭いきなりマイケル・ジャクソンの作品3曲をメドレーで歌った。最初の2曲はバンドメンバーが、そして、「ユー・アー・ノット・アローン」から、ロバータがステージに上がってきた。最近の海外アーティストは誰もが必ずなにかしらのマイケル・トリビュートを行う。この日の観客は若干静か目だったが、ロバータはかなりノリノリの様子。 ロバータがステージに上がるとそれだけで、存在感のオーラが一挙に漂う。おそらく、ロバータ・クラスになると、その日のパフォーマンスの出来不出来などはほとんど関係なく、過去30年なり40年の音楽家としての積み重ねがオーラとして毎晩ステージから客席に向かって飛び出していくのだろう。つまり存在感だ。彼女がステージに出て、声をだしただけで、涙が溢れるというファンの声も聞く。母性あふれる声、息子にサンドウィッチを作り置きして仕事にでかける母親のやさしさといったものが、声そのものに宿っているのだろう。だからそこに感動する。 ロバータは事前にセットリストを決めない。だから、ほぼその場の雰囲気で次に歌われる曲が決まる。そして観客とのコール&レスポンスを楽しむ。ミュージシャンも次の曲は、ロバータが歌いだし、あるいはピアノを弾き出してからわかる。サックスのアルチューロに「ワインライト」を吹かせている間、ロバータはピアノの上の楽譜をパラパラとめくり、次に何を歌おうか考えていた。そのライヴのスポンテニアス(自発的、即興的)度合いは、まさにジェームス・ブラウン以上のものかもしれない。 この日このセットで驚いたのは、「フィール・ライク・メイキング・ラヴ」が御終わるか終わらないかのところでいきなり、「ノー・ウーマン、ノー・クライ」をやりだしたところ。また、本編最後の「ラヴ・ミー・イン・ア・スペシャル・ウェイ」で、客席をぐるりと一周まわったかと思うとステージに戻り、「さあ、(アンコールを)選んで。『バック・トゥゲザー・アゲイン』か、『ザ・ファースト・タイム…』か、『クローサー・アイ・ゲット・トゥ・ユー』か…」 はっきりした返事が観客から来なかったので、ロバータは、スローの名曲「アイル・スタンド・バイ・ユー」を歌った。途中で彼女は言った。「世界は、本当に混乱してます。でも、音楽だけは人々をひとつにできるものです。他にそんなものはないでしょう!」(観客から拍手) この日のパフォーマンスは彼女にとっては普通の標準的なライヴだろう。しかし、多くの客にこの日のパフォーマンスはワン&オンリーのものだったと感じさせてしまう。ロバータにはそんなマジックがある。70歳を超えて、この声、このパフォーマンス。それもマジックだ。 ■ ロバータのベスト。(大体のヒットは入ってます) ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ロバータ・フラック posted with amazlet at 09.07.29 ロバータ・フラック ロバータ・フラック&マキシ・プリースト ロバータ・フラック&ダニー・ハサウェイ ピーボー・ブライソン&ロバータ・フラック ダニー・ハサウェイ ワーナーミュージック・ジャパン (2006-06-21) 売り上げランキング: 64136 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 名盤『やさしく歌って』(ネスカフェのCMでもおなじみ曲) やさしく歌って posted with amazlet at 09.07.29 ロバータ・フラック Warner Music Japan … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

●マイケル・ジャクソン~徐々に出され始めたメディアの膿

●マイケル・ジャクソン~徐々に出され始めたメディアの膿 【マイケル・ジャクソン~その後~徐々に出され始めたメディアの膿】 第一弾まとめ。 「キング・オブ・ポップ、ロック&ソウル」マイケル・ジャクソンが2009年6月25日に死去してはや一月以上が経った。マイケルを特集した写真集などが多数発売され、追悼ムードは高まる。 しかし、どれも大急ぎでやっつけで作った感は否めない。ニューズウィーク誌の「完全永久保存版」(2009年7月22日号)と銘打った号でさえも、年表などにいくつもの間違いがあり、ロレーン・アリ記者が書いた記事も、今までの「マイケルの噂」を元にした三文記事の域をでない。一応ちゃんとしたメディアと思われているニューズウィーク誌でさえこの有様なのだ。アリ記者は白人なのだろうか。Black or White? 僕はふだんこうした記事を読むときに、それを書いた記者が黒人か白人か、男性か女性かそれほど気にしない。書かれた内容で判断するが、ことマイケルに関しては、なぜかその記事を書いたのが黒人なのだろうか、白人なのだろうか、と考えてしまう。それほど白人が見るマイケル像と黒人が見るマイケル像はかけ離れているのだ。おそらく日本に入ってくるそうした情報は、圧倒的にアメリカの白人が書いたものが多いのだろう。そうした偏見なりフィルターなりがかかったものが、日本に届くから、より事はやっかいだ。ジャーナリストとして何が大事かと言えば、表層的な現象ではなく、その物事の本質を的確に捉えることだ。もちろん難しいことは当然だが。 そんな中で僕が書いた記事を見た毎日新聞の中川記者から連絡があり、「記事の引用というのもなんですので、取材をしたい」という。そこで電話取材を受け、いろいろ話をした。中川記者は僕の他にも湯川れい子さんなどにも取材をし、2009年7月23日付けの毎日新聞・朝刊の「記者の目」というコラムにまとめた。新聞に載る記事としては1500字ほどの大作だ。 7月27日現在で52件の読者からのコメントが寄せられ、これは他の記事と比べてもかなり多い反応だ。しかも、ポジティヴな反応が圧倒的に多い。このコラムは他の一般記事と違い、記者の主観を交えて書くというのが趣旨なので、コメントでの「記者個人の感情が出すぎている」という感想は的を得ていないと思う。仮にそうした反応に配慮するとすれば、たとえば、冒頭の6行と、最後の結びの文の「~マイケルファンの一員としても~」の文言をはずせば、「感情の出すぎ」ということさえ誰も言えなくなるいい記事だ。 また、少し古くなるが、2009年7月12日(日)に山下達郎さんが彼のラジオ番組『サンデイ・ソングブック』の「モータウン・アーカイブ第4回」の中で、僕のマイケル報道についての記事の一部を引用してくださった。達郎さんは、その前週、マイケルについて「マイケル・ジャクソンというのは誰もが認める不世出のアーティストでありましたけれども、マーヴィン・ゲイ同様、アメリカ芸能界の地獄で燃え尽きてしまいました」とコメントされ、これに多くの反響が来たと述べた上で、紹介された。「アメリカ芸能界の地獄で燃え尽きた」というのは、本当に言い得て妙だと思う。 僕はたぶんあと何年かすれば、マイケル・ジャクソンというのは20世紀に誕生した最大のポップ・スターとして、誰からも崇められ、些細なゴシップさえ、みんな笑ってしまうようなとてつもない存在になるだろうと思う。今は、過去20年以上のマイケルに対する「メディアの膿(うみ)」を出している過程なのだと考える。どんどん膿をだしてすっきりしたほうがいいに決まってる。 ■改めてマイケル・ジャクソン考、まとめて 2009年6月27日 ● マイケル・ジャクソンが成し遂げたこと http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10288332826.html http://32970.diarynote.jp/200906270452575494/ 2009年6月29日 ★ マイケル・ジャクソンの死とマーヴィン・ゲイの死 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10289623911.html http://32970.diarynote.jp/?day=20090629 2009年7月8日 ◆ マイケル・ジャクソン追悼式 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10295593849.html http://32970.diarynote.jp/200907080654029997/ 2009年7月9日 ○マイケル・ジャクソン・メモリアル:5人のグローヴに見る兄弟の絆 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10296230966.html http://32970.diarynote.jp/200907090513177008/ 2009年7月12日 △マイケルの急死を悼んで~マイケル・ジャクソンとメディアの戦い (パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10298164180.html http://32970.diarynote.jp/200907120425558073/ 2009年7月13日 ●マイケルの急死を悼んで~マイケル・ジャクソンとメディアの戦い(パート2) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10298820925.html http://32970.diarynote.jp/200907130430532407/ … Continue reading

Posted in マイケル・ジャクソン関連 | 5 Comments

⊿「ダルフールのための歌」~レコーディング・セッション (ダルフール=パート2)

⊿「ダルフールのための歌」~レコーディング・セッション (ダルフール=パート2) (前日からの続き) 【「ダルフールのための歌」~「タッチ」】 タッチ。 西アフリカ、スーダン共和国西側の地域ダルフールで起こっている紛争で虐殺された人々や、次々と生まれている難民を助け、その紛争自体への関心を高めようという作品が東京でレコーディングされている。この問題は、日本ではほとんどメディアで報道されていないが、アメリカ、イギリスの一部のメディアでドキュメンタリーなどが報道されている。アメリカでは俳優のジョージ・クルーニーが関心を寄せ、コメントを発表している。 今回録音されている曲のタイトルは「タッチ」。ダルフール・プロジェクトの中で、映画『シング・フォー・ダルフール』の公開を9月に控え、そのプロモーションの一環としてこの「タッチ」の制作、発表がある。 レコーディングは、トラックをすでにペニーKなどが制作しており、この日はヴォーカルを録音。まずイントロの部分のコーラスをソプラノ、テナーなどに分けて録音。しかも各パートに数人のシンガーたちがいるので、そのメロディーをケイリブたちが教える。この数十秒のイントロの録音だけで、相当な時間をかけていた。 男性コーラスを入れるところで、誰かのお腹がなった。ケイリブが言う。「ずいぶんいいマイクロフォンだなあ。もう一度やり直し。ボビー・マクファーリンみたいなノイズは入らないからな」 全員が爆笑する。あるいは、誰かの声がフラット気味になった。ケイリブがエンジニアに言う。「今の部分を後で、ちょっとだけ手術できるかい?」 ブースのこちら側から返事が飛ぶ。「どんな手術だ?」(笑) レコーディングは延々と続き、予定された初日では終わらなかった。 今回の映画、楽曲のコンセプトは、「タッチ(触れる)」ということ。映画のプレス・リリースにも単なる印刷物だけではなく、凹凸がついた部分がある。これも「タッチ」を意識したものだ、とプロデューサーの臺さんが言う。 「タッチ」の歌詞はこんな感じだ。 Touch The Sky (Sing this song for Darfur) Ah Ah Ah Ah Ah Ah Ah Oh Oh Oh Oh Oh……Oh We learn for our mother we all learn We … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

△ダルフール紛争へのチャリティー・ソング「タッチ」、ブレンダたちが集結

△【ダルフール紛争へのチャリティー・ソング「タッチ」、ブレンダたち東京ソウル・オールスターズが集結】 無関心。 世界は広い。世界では我々日本人が知らないことがたくさん起きている。日本は平和だが、世界ではあちこちで戦争が起こっている。たまたまちょっとしたきっかけでアフリカのダルフールという地域で起こっている紛争について知ったブレンダ・ヴォーン、ケイリブ・ジェームスらが東京で立ち上がり、「ダルフールのための」楽曲を作り、関心を集めようとしている。 もともと、ブレンダはアニメの『ゴールデン・エッグス』の仕事をしたプロデューサーの臺佳彦(だい・よしひこ)さんからダルフール紛争を聞いた。臺さんは2008年9月東京で行われた映画祭に出品された『シング・フォー・ダルフール』(監督・ヨハン・クレイマー)というドキュメンタリー風のアート・フィルムを見て感銘を受け、その日本での配給をてがけることになった。そこでダルフールで起こっていることを調べ、こうしたことに無関心でいてはいけない、と思うようになったという。 ダルフールとは、アフリカのスーダン国の西側の地域。ここで政府の支援を受けたアラブ系人種グループ(ジャンジャウィードという民兵組織)が非アラブ系の住民を虐殺、所有物を略奪し、非アラブ系住民が隣国などに難民として逃げ出しているという紛争が起こっている地域だ。虐殺された人数は国連も把握していないが、20万にとも40万人とも言われている。難民は数百万人にのぼる。このスーダンには、中国が武器が提供していて、その内紛をサポートしているが、それは中国がスーダンの安価な石油資源を狙ってのことだという。国連も監視団を送るものの、さまざまな要因で骨抜きにされている。 臺さんの呼びかけで、ブレンダ・ヴォーン、ケイリブ・ジェームスらがダルフールの難民たちを支援し、そこへ関心を集めるためのチャリティー・ソングを作ることになった。曲はブレンダやレディー・ヨーなどが参加して作った「タッチ」というもので、ここには東京ソウル・オールスターズが参加している。たとえば、ブレンダとケイリブがヴォーカル・アレンジなどを施し、トラック全体の打ち込みをペニーK、キーボードにフィリップ・ウー、ベースにジーノ、パーカッションにゲイリー・スコット、ギターがマサ小浜ら。歌は、ゲイリー・アドキンス、デイヴィッド・キング、シャンティ、アージー・マーティン、木下航志、有坂美香その他大勢。これに賛同したシンガーたち(総勢40名ほど)が7月25日、都内のスタジオに集合し、深夜までレコーディングを続けた。 映画『シング・フォー・ダルフール』は、2009年9月渋谷の映画館などで公開、また、このオールスターの楽曲「タッチ」は、配信で無料でダウンロードできるようになる。 臺さんは、この作品、この映画で「無関心であることが一番いけない」というメッセージを発信できればいいと考えている。 (この項つづく) なお、このDarfurの発音だが、日本のメディアの表記は「ダルフール」、ブレンダ、ケイリブたちの発音は「ダルファー」となっている。 「ダルフール紛争」については、下記ウィキペディアなども参考になります。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%AB%E7%B4%9B%E4%BA%89 ENT>MUSIC>Sing For Darfur

Posted in ブログ | Comments Off

☆アンソニー・ハミルトン~オールド・スクールの輝き

(ネタばれになります。これからごらんになる方はご注意ください) ☆【アンソニー・ハミルトン~オールド・スクールの輝き】 輝き。 アメリカ南部ノース・キャロライナ出身のソウル・シンガー、アンソニー・ハミルトンの初ライヴ。なぜかいつになく観客にブラック度高く、またアンソニーの熱心なファンと思われる観客も多く、客席が熱かった。アルバムは、いずれも個人的にけっこう気に入っていて、『エイント・ノーバディー・ウォーリン』の中の「チェンジ・ユア・ワールド」は一時期えらくヘヴィー・プレイだった。基本的に僕は彼のソウルフルな声が好きだ。 ドラムス、キーボード2人、ギター、ベース、コーラス2人という布陣のソウル・ショー。ミディアム調からアップテンポは客を立たせ盛り上げ、しかも熱く歌を聴かせ、バラードもねっとりと観客をぐっと抱き寄せる。ちょうどケイシー&ジョジョのケイシー、キース・スウェット、ジョーあたりを足して3で割ったような雰囲気に感じた。黒いスーツに白淵のハット、粋でおしゃれなアンソニー。どこかチャーリー・ウィルソンやロン・アイズレイも思わせる。「キャント・レット・ゴー」では、ステッキさえ持ってきた! セットリストも下記3枚からバランスよく選曲。 ミディアム調3曲でいきなり、観客をつかんで、バラードへ。ちょっとどこか「パープル・レイン」を思わせるギターリフの「ハー・ハート」あたりはぐっとくる。そして、「サイレンス・キルズ」では、彼の奥さんターシャが登場。これがすごい声と声量の持ち主で圧巻だった。声量はアンソニーを上回る。これはターシャの2008年リリースのアルバム『マクミリアン・ストーリー』収録の1曲。 そして、あちこちにまぶされるチャーチーな(教会的な)リズムとフレーズ。「プレイ・フォー・ユー」などは教会で聴かれるようなリズム。アンソニーの出自がまちがいなくゴスペル(教会)にあることがよくわかる。下記セットリストの中でアンソニーの最大のヒットは「シャーリーン」。客席のブラックたちからもさかんに「早くシャーリーンを歌ってくれ」みたいな声援がかかっていた。 アンコールはなかったが、観客からのアンコールを求める拍手がかなり長い時間続いた。滅多にない光景だった。ライヴ後はサイン会。 ゴスペル、ソウル、ブルーズをまぜあわせたオールド・スクールなソウル・シンガー。しかも、グラミー賞受賞アーティストでもある。1971年1月28日生まれ、現在38歳のソウルの輝きを見せ付けた。 ■(CD1)カミング・フロム・ウェア・アイム・フロム カミング・フロム・ウェア・アイム・フロム posted with amazlet at 09.07.25 アンソニー・ハミルトン スカーフェイス ジャーメイン・デュプリ BMG JAPAN (2004-02-25) 売り上げランキング: 93853 Amazon.co.jp で詳細を見る ■(CD2)エイント・ノーバディー・ウォーリン エイント・ノーバディ・ウォーリイン posted with amazlet at 09.07.25 アンソニー・ハミルトン ターシャ・マクミリアン BMG JAPAN (2006-01-25) 売り上げランキング: 104307 … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

◎江守藹氏企画のゴスペル留学~アメリカ南部アラバマの旅

江守藹氏企画のゴスペル留学~アメリカ南部アラバマの旅 【ゴスペル留学~アメリカ南部アラバマの旅】 ワークショップ。 ソウル・イラストレーター、音楽プロデューサーでもあり、日本におけるソウル・ミュージックの歴史に多大な貢献をしている江守藹氏がコーディネートしたゴスペルを学ぶツアー企画が決まった。出発日は、2009年9月26日、10月17日、11月14日の3回、それぞれ5泊7日に日程で行われる。 ツアー日程は、初日に成田からヒューストン乗り継ぎでアラバマ州バーミングハムへ。2日目はバーミングハム滞在。日曜礼拝に参加、午後にソウル・シンガー、デイヴィッド・シーのゴスペル・レッスン。3日目も同ゴスペル・レッスン。4日目フリータイム。オプションでキング牧師生家訪問など。5日目ゴスペル・レッスン、夜デイヴィッド・シー主催ゴスペル・パーティー、デイヴィッドのパフォーマンスも。6日目バーミングハム発、7日目成田着。 デイヴィッドのレッスンが2日目、3日目、5日目とあり、5日目の夜にショーがあるというデイヴィッド三昧のツアーになる。 江守氏によれば、「ゴスペルの中で日本人が触れる機会が少ないのがサザン・ゴスペル。遠くて不便ということもあるのかもしれない。だが、ゴスペルを愛する人がサザン・ゴスペルを知らずしてゴスペルを語ることもできないだろう。そこで現地へ行き、黒人教会の日曜礼拝、専属クワイアーからの直接指導を受けるツアーを企画した」とのこと。 デイヴィッド・シーは、デニス・エドワーズのテンプテーションズ・レヴューの一員として、またソロ・シンガーとしても5枚のアルバムをリリースするバーミングハムのゴスペル界の重鎮でもある。 またアラバマ州バーミングハムは、1950年代から1960年代にかけてマーティン・ルーサー・キングの公民権運動の中心地でもあった場所。 旅行代金は、9月26日出発が396,000円、10月17日出発が384,000円、11月14日出発が366,000円。各20名限定。最少催行人員10名。 詳細はこちら↓ http://www.gyb.co.jp/09a/ACAAT.html 詳細についての問い合わせ、資料請求は、電話03-3505-0055(株)グローバルユースビューロー。江守さんのイラスト入り詳細パンフレットがあります。 http://www.gyb.co.jp/index.html (クリックすると拡大されます) ANNOUNCEMENT>Gospel Tour

Posted in ブログ | Comments Off

○赤坂サカスの水族館~シーラカンスの展示

○赤坂サカスの水族館~シーラカンスの展示 シーラカンス。 7月20日は海の日。水道橋でAIのライヴ前に、赤坂サカスの水族館でやっているシーラカンス展をのぞきませんか、という松尾氏のお誘い。彼の知人が休みの日だけやってきて、解説をしている、という。ソウル・サーチン美術部ならぬ水族館部だ。 赤坂サカスは、大変な人。3連休だけあって家族連れなどが多い。 案内をしてくれた鈴木香里武(カリブ)君は、なんと1992年3月3日生まれの高校生。しかし、「さかな君」のように、魚関係にやたらと詳しい。香里武というのは本名だが、この名前からして運命的というか。子供のころから、魚に関しては目がないほど好きで、いろいろ調べたりしているうちに知識が増えたという。その落ち着いたしゃべり口は、とても高校生とは思えない。 http://sacas.net/event/top.html#aqua 最近の東京湾は温暖化の影響もあり、意外と熱帯魚などが生息しているとか、ゴミとして捨てられた自転車が魚の棲家になっていたりとか、いろいろ解説してくれた。こういう展示会は専門家の解説があるとやはり理解が深まる。 今回の一番の目玉は、シーラカンスの展示。シーラカンスは3億年以上も前に生息していた「生きた化石」と呼ばれるもの。その末裔が30年以上前に捕獲され冷凍保存されていたものを展示した。しかし、シーラカンスはワシントン条約1というジャンルに入る生物ということで、現在は公衆への展示ができなくなっている、という。ただここのシーラカンスは、30年以上前に捕獲されたものなので、そういうふうに規制される前に捕獲されたため、なんとか10年近くかけて展示許可が下りたとか。 シーラカンスなんて、初めて見た。けっこう大きくグロテスク。体長は170センチもある。 途中で、カリブ君の師匠という今回のもろもろをコーディネートした石垣さんを紹介された。石垣さんの会社は、世界中の海からさまざまな魚類などを集め、水族館などに納入する仕事をしている。そうしたものを集めているうちに、魚類に関する知識も膨大なものになった。石垣さんの会社のホームページ。 http://www.bluecornerjapan.com/index.shtml いろいろな映像などもであって、びっくり。世の中には知らないことがたくさんある~~。 ところで、この展示会での写真は権利の関係でだめだというので、実際のシーラカンスをごらんになりたければ、赤坂サカスへどうぞ。入場料500円、8月31日までやっている。 http://www.akasakabiztower-sd.com/summer/01.html +++++ (お知らせ) 2009年7月23日付け毎日新聞朝刊「記者の目」でマイケル・ジャクソンについてコメントしています。よろしければごらんください。 http://mainichi.jp/select/opinion/eye/ (日にちが経過するとこのリンクでは読めなくなるかもしれません。2009年7月23日付けをごらんください) CULTURE>Aquarium

Posted in ブログ | 1 Comment

◆AI VIVA A.I.ツアー 千穐楽&モア…

◆AI VIVA A.I.ツアー 千穐楽&モア… 【AI VIVA A.I.ツアー、マーガレット様のご登場】 盛り上げ上手。 AI(アイ)のツアーは、今年は40本(ゲネプロをいれると41本)というかなりの本数だった。そのAIツアー観戦こぼれ話でも。 初日、メンバー紹介のときにトイレに出ていったら、あとでケイリブとギターのマサさんに、「途中ででてったでしょ」と2人に言われた。「バリバリによく見えますよ、吉岡さんのところ」とマサさん。「一番いいところでいなくなるんだからあ」 というわけで、2日目はライヴ始まる前にトイレをすませ、しっかりメンバー紹介のところも、見させていただきました。 確かにJCBホールはステージから客席が近いので、ステージからも、こっちからもよく見える。 今回のツアーでパンフレットはないのかなあ、と思い事務所のA社長に尋ねると、「いやあ、パンフレットは売れないのよ、タオルみたいには…(笑)」と言われた。なるほど、タオルは恐ろしく売れているようだ。なんてったって、アリーナ階のみんながタオルを振り回すのだから。それを見て、あ~、確かにタオルは売れても、パンフは売れないなあと思った。パンフじゃ、ライヴで振り回せないもんね。(笑)う~む。 AIの客層は6-4で女子が多い感じか。男子もいるのは、けっこうカップルで来てるファンが多いせいだろう。なんか昔はもっと女子率が高かったような記憶があるが、男子ファンも増えているようだ。理想的な比率かもしれない。 2日目は、テレビカメラが入っていた。DVDになるのか、どこかでテレビ放映されるのだろうか。あるいは、次のCDのボーナス・トラックかな。 マーガレット・キナシのAIとの出会い話しはおもしろかった。「11年くらい前に、ロスの焼肉屋で会ったのよお。そしたら、この子(AI)、あたし見て、『あんたのこと、知ってる、テレビで見たことある~、あ、おかあさん(あなたのこと)好きだからおかあさんに電話する』とか言って。その場でママに国際電話よ。鹿児島にいるママに。(爆笑)で、この子、日本のなんとか大賞とか興味なくて、『あたし、必ず、アメリカでグラミー賞取るから』って言ってたわ。それから日本に来て、あっという間に売れちゃいました。あれから、もう、来年デビュー10周年? アイ・ラヴ・ユー!」 そして、「ミュージシャンのみんな、そこに座って、AIの『ストーリー』、聴かせてよ。ピアノの方、どなたかしら?」と聞くと、たまたま横にあの大柄のケイリブがいて、「ちょっとよろしく」みたいな感じで、ケイリブのピアノ1本でAIが「ストーリー」をもういちど歌うことになった。「みんな、最後、染みながら聴くのよ~、染みながら~」 不思議なもので、作りこんで歌った本編での「ストーリー」よりも、決して完璧ではないこの「ストーリー」のほうが、より心を打つパフォーマンスになる。それはこのマーガレットの素晴らしい前振りがあって、アイ自身の気持ちも高揚しているからだ。しかも、「you don’t have to worry」というコーラスをその場で、コーラス隊がさらっといれる。いいねえ。声の不安定さは、そのままあの瞬間のAIの心の震えを表わしているのだ。 後で素顔に戻った木梨さんに聞くと、「アコースティックの『ストーリー』が聴きたかったから」とのこと。ケイリブは、「ああ、とてもスポンテニアス(自然発生的)でよかったね!」とコメント。それにしても、マーガレット様、盛り上げ上手~~。 +++++ 昨日のセットリストなど http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10304016970.html +++++ さて、ベースのジェフリー・コナーは、しばらく前にアメール・ラリューで来日したことがあった、という。足を大きく広げてプレイするそのスタイルが実にかっこよかった。 また、パーカッションのクリストファー・ハーディーは、現代音楽の分野で大活躍している打楽器奏者だという。(←松尾潔情報)調べてみると、こんな活躍ぶり。↓ http://www.christopherhardymusic.com/japanese/index.php ところで、毎回立派な舞台装置で楽しませてくれるアイのコンサートだが、あの大きな舞台装置、電飾、終わったらどうなるのだろう、と思って社長に聞くと、「捨てちゃうんですよ、もったいないでしょ、すごいお金かけてるのにねえ~~」となごり惜しそう。確か、こうした舞台装置は、どのアーティストも基本的にはよほどのことがない限り、廃棄処分にするそうだ。どこかに保存しておくにも、膨大な保管料がかかるからいたしかたない。 +++++ AIが監督したという30分のミニ・ムーヴィー「テイク・アクション」が2009年8月1日と2日に他の作品2本とともに全国12ヶ所の映画館で公開される。 映画公開記念イベント「ブルパシライブ2009」 公開日当日である8月1日と2日には、映画を観てライヴを楽しむという映画とライヴが融合した世界初の新型夏フェス「ブルパシライブ2009」開催される。ブリッツのイヴェントは、映画30分、ライヴ30分をアイを含め3組のアーティストが見せるという。 □LIVE @東京/赤坂BLITZ 2009/08/01(土) 19:00- 2009/08/02(日) 18:00- □映画 @東京/Actシアター 2009/08/01(土) 11:30-/14:00-/16:30-/19:00- … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

■AI VIVA A.I.ジャパン・ツアー・ファイナル

■AI VIVA A.I.ジャパン・ツアー・ファイナル 【アイ、ヴィヴァ・アイ・ジャパン・ツアー終了】 千穐楽。 昨年の32本のツアーを上回るトータル40本(ゲネプロをいれると41本)の最終日。ただでさえ暑い7月がAIの熱気で、Hotter than July! 下記セットリストで01から14までのノンストップの冒頭は、毎度ながら圧巻だ。4回の衣装チェンジで5つのファッションを見せ、R&Bぽい曲から、バラード、四つ打ち系、ときにロック曲、レゲエ・ダンスホールまで。 この日おもしろかったのが、14曲目の後の最初のまとまったMC(トーク)のところで、マイケル・ジャクソンの話をして、突然予定にない「ビリー・ジーン」と「スリラー」の一部を即興でやったところ。「ビリー・ジーン」では、ムーンウォークをしてみせ、大いに沸かせた。 CDとは一味違ったライヴ用のアレンジは、ケイリブを始めミュージシャンたちがCDを聴いて自由にクリエイトしているという。そこでたとえば、「パラダイス」では、イントロのギター・リフがルーサーの「ドンチュー・ノウ・ザット」を思わせる。(©松尾潔氏の解説)バンドは抜群にうまいし、アイの歌唱力は日本人シンガーの中でもずば抜けたうまさだから、この最初のこれでもかこれでもかとたたみかけるところは本当に圧巻だ。 観客はみなタオルを持って、右に左に振り回す。アリーナ階は立錐の余地もないほどぎゅうづめのスタンディング。酸欠にならないだろうか。僕はロック系の曲よりやはりブラック、R&B系、あるいは、「EO」のようなシンプルなダンス系のほうが観客に受けていたような気がした。ギタリスト、チャーの息子さんでもあるジェシーが入ったアンコールの「スクリーム」では、ジェシーがスラッシュのように思えた。めちゃくちゃインパクトある。 ロビーとユリがいきなりアカペラでアイに捧げる歌を歌ったのもよかった。 千穐楽は、アンコール最後の「ピープル・イン・ザ・ワールド」の中で、キナシ・マーガレット(木梨憲武)がドリームガールズ風の矢島美容室仕様で登場。 マーガレットとアイの初の出会いエピソード(ロスの焼肉屋で11年前くらいに出会った)を語ってから、観客に同曲を歌わせた。それにしても、話が圧倒的にうまく、マーガレットの登場で一気に観客を持っていったのはさすがだ。しかも、これが終わった後、突然、ミュージシャンをステージに座らせ、「ストーリー」をピアノのケイリブと2人で歌わせることに成功。アイが歌うのをそれまで40本やってきたミュージシャンたちが囲むように聴き入った。これは本編で聴いたヴァージョンよりも、圧倒的に心に響く歌唱だった。やはり、その曲を聴かせるまでのストーリーをちゃんと話して盛り上げてから、歌に入ったので、観客もその曲への感情移入がより強くなった。 ちなみに前日、水谷豊さんのライヴを見た松尾潔氏によると、水谷ライヴでも木梨憲武さんが、最後にすっぴんで登場したという。「ま、二日続けて、両方のライヴを見た人間は僕以外にいないと思います」とプチ自慢が入った。 ■ AIベスト・アルバム AI Best A.I. 9月23日発売決定 アイの初のベスト・アルバム、9月にリリース。新曲も入る予定。 ■ 最新作 VIVA A.I. このアルバムから16曲も演奏 VIVA A.I.(初回限定盤)(DVD付) posted with amazlet at 09.07.20 AI James Morrison AI+EXILE ATSUSHI JESSE CORN HEAD ユニバーサル … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

●AI ヴィヴァAIジャパン・ツアー

●AI ヴィヴァAIジャパン・ツアー 【より近くで見せるAI~ヴィヴァAIジャパン・ツアー】 近く。 4月から全国ツアー中のアイ(AI)の東京後楽園JCBホールでのライヴ2デイズの初日を見た。翌日(20日)で40本の最終日を迎える。 前回は武道館だったが今回は東京ドーム横のJCBホール。キャパは約3000人。コンセプトが「より近いところで見てもらう」ということで、大きな会場ではなく、コンサート・ホールを中心に全国を回ってきた。 ステージには、AとIの文字をデザインした派手な電飾のついた台。Aの横棒のところにもステージがあり、そこにはドラムス、ホーン3人、パーカッションが乗る。ステージ・レベルではコーラス4人、ギター、ベース、バンドマスターでキーボードのケイリブ、そして右側Iの電飾台のところ中レヴェルにはもうひとりキーボード(ペニーK)という布陣。今回はダンサーが入らず、じっくり歌を聴かせるというコンセプトもあるようだ。 全体的に実にテンポよく次々と曲が歌われる。全30曲、あまりトークもなく間延びせず、セット自体がぎゅっと凝縮されている感じだ。そして、全30曲中16曲までが新作『ヴィヴァAI』からの作品ということで、曲も前回から大幅に入れ替わっている。もはやAIは、エンタテイナーとしてすっかり安定している。いつでもどこでもなんでもできる感じだ。アンコール含めてたっぷり2時間40分、暑い夏を思いっきり熱く燃えさせてくれた。 この日は久保田利伸さん、クリスタル・ケイちゃんなども観戦にきていた。 (セットリストは、明日以降にご紹介します) ■最新作 VIVA A.I.(初回限定盤)(DVD付) posted with amazlet at 09.07.20 AI James Morrison AI+EXILE ATSUSHI JESSE CORN HEAD ユニバーサル シグマ (2009-03-04) 売り上げランキング: 5531 Amazon.co.jp で詳細を見る ENT>MUSIC>LIVE>AI 2009-77

Posted in ブログ | Comments Off

⊿『ソウル・サーチン~アイズレイ・ブラザーズ』曲目解説

【『ソウル・サーチン~アイズレイ・ブラザーズ』曲目解説】 解説。 『ソウル・サーチン』で歌われた楽曲を簡単に解説します。当日、ごらんになった方はこれを見ながら、あの感動を思い出してください。そして、おいでになれなかった方は、きっとすごかったんだろうと思いを馳せてください。 ■セットリスト(2009年7月15日) SOUL SEARCHIN: THE SESSION VOL.3 A TRIBUTE TO ISLEY BROTHERS @ BLUES ALLEY, JULY 15, 2009 1st set 19:31 show started Panelist Talk #1 M01. Harvest For The World (Kaleb) 1976年8月からのヒット。ソウル・チャート9位、ポップ・チャート63位。同名アルバムからのスマッシュ。イントロのアコースティック・ギターから、味わい深いメロディーが印象的。ここではマサ小浜がナイスなギターを。ショーのオープニングには最高の1曲。 『ハーヴェスト・フォー・ザ・ワールド』 Harvest for the World posted … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

△ソウル・サーチャーズのアクティヴィティー

【『ソウル・サーチン~アイズレイ・ブラザーズ』ソウル・サーチャーズたちの活躍】 告知。 7月14日、15日、2日間にわたってファンキーでグルーヴィーでメローなパフォーマンスを見せてくれたケイリブ・ジェームス&ザ・ソウル・サーチャーズ・フィーチャリング・フィリップ・ウーの面々。彼らは普段は、それぞれが実力派アーティストとして誰かのサポートをしたり、自分のギグをやっている。そこで、彼らの今後のライヴなどを一挙にご紹介。「ソウル・サーチン」で気に入ったミュージシャンがいたら、そういう人たちのライヴにも足を運んでみてください。 その前に、15日にやってきたメットポッドDJカマサミ・コングのスペシャル・レポート。下記メットポッドの2009年7月18日(金曜)付けで、『ソウル・サーチン』についてケイリブが話し、何曲かが数十秒流れます。Thanks for nice report, Kong-san. 雰囲気がよくわかります。 http://metropolis.co.jp/podcast/ ソウル・サーチャーズの面々のアクティヴィティ ケイリブ・ジェームス (キーボード、音楽ディレクター) AIライヴ=2009年7月19日(日)、20日(月)@JCBホール。ケイリブはその音楽ディレクター。 http://www.kalebjames.com/ フィリップ・ウー (キーボード、オルガン) 2009年7月22日(水)、四谷メビウス 2009年9月10日(木)、目黒ブルース・アレイ http://blog.goo.ne.jp/philipwoo/ 中澤信栄(Gatz改め)(ギター、ヴォーカル) 2009年7月20日(月)相模大野ステーションスクエア(フリーライヴ) 2009年9月13日(日)モーション・ブルー http://ameblo.jp/nakazawanobuyoshi 高田真 (ドラムス) http://www.eviaudio.co.jp/endorser/kokunai/ShinTakada.html マサ小浜(ギター) AIライヴ=2009年7月19日(日)、20日(月)@JCBホール。ギターで参加。 2009年 8月1日(土)  小林香織 (sax) ライヴJZ brat (渋谷) 2009年 8月17日(月) 日野賢二(B) バースデイライヴ Alfie (六本木) 2009年 8月18日(火)  日野賢二(B) バースデイライヴAlfie … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

☆『ソウル・サーチン~アイズレイ・ブラザーズ』

☆【『ソウル・サーチン~アイズレイ・ブラザーズ』】 メモ。 今回も『ソウル・サーチン~アイズレイ』のためにいろいろ調べて、話すネタはけっこう揃えていた。だが、やはり2回のトーク部分で各15分ではどうしても紹介しきれない部分がほとんど。 自分で用意していたメモをいくつか簡単にご紹介しよう。 まず、生年月日。(おととい書いたが改めて)上から3人がヴォーカル、下の3人が楽器演奏。 オケーリー・アイズレー(1937年12月25日~1986年3月31日、48歳) ルドルフ(1939年4月1日生まれ)1989年聖職者に。 ロナルド(1941年5月21日生まれ) アーニー(1952年3月7日生まれ)(ギター、ドラムス) マーヴィン(1953年8月18日生まれ)(ベース)1997年脱退。 ルドルフの義理の弟クリス・ジャスパー(1951年12月30日生まれ)(キーボード) クリスが義理の弟というのは、ルドルフの奥さんエレインがクリスの姉だから。クリスから見ると、ルドルフは義理の兄になる。ルドルフから見ると、クリスは義理の弟。 これはトークで話したら、けっこう受けたネタだが、ロナルドは現在脱税の罪でインディアナ州テーラ・ホートという刑務所に服役中。囚人番号は、31215-112.出所予定日は2010年4月13日。 超簡単な年表。 ヒット曲は、1959年RCAから「シャウト」、 1962年ワンド・レコードから「ツイスト&シャウト」、各1枚ずつアルバム。1964年一度自身のレーベル、ティーネックを設立するがうまくいかず、1965年モータウン入り。モータウンで2枚アルバム。このときに「ディス・オールド・ハート・オブ・マイン」がヒット。 1969年、ティーネック再度開始、ブッダ・レコード配給。アルバム7枚。 1973年、ティーネック、CBS配給に。アルバム『3+3』から約10年でアルバム13枚。もっとも実り多き時期。 1983年、上の3人と下の3人が分裂。上はワーナーへ、下はCBS傘下に残る。1984年、アイズレイズ、ワーナーへ。アルバム5枚。 そのさなか、1986年3月、オケーリー死去。 1987年、クリス・ジャスパー、ソロ。 1989年、ルドルフ聖職者へ。 1990年、アーニー・ソロ。 1997年、マーヴィン糖尿病で足の一部を切断、グループを脱退。 2002年、ロナルド、アンジェラ・ウィンブッシュと離婚 2003年~? バックコーラスJSのキャンディと付き合い始める。その後結婚。 2005年10月、ロナルドの脱税裁判開始、 2006年、ロナルド65歳で父に。 2006年9月、37ヶ月の実刑判決。 来日は、1990年11月有明エムザ、1995年ころ? 大阪ブルーノート、1998年4月渋谷AX、横浜グラムスラム、1999年2月赤坂ブリッツ、2001年12月渋谷AX、新宿リキッド、2004年3月東京ブルーノートの計6回。(ほかに来日情報ありましたら、ebs@st.rim.or.jpまでおしらせください) 尾臺順子さんは、思い出深いアイズレイのアルバムは、『グランドスラム』だそう。岡さんは、「イッツ・ユア・シング」をニック岡井さんに「フライング・ナン」というステップで踊ってもらったことが、とても大事な思い出になっている、という。 兄弟の上3人と下3人の分裂時の話もしたかった。音楽的な特徴、アーニーのギターとジミ・ヘンドリックスの影響。(これは少し話したのと、2日目にガッツにアーニーのギター講座をやってもらってのがおもしろかった) 参加メンバーはそれぞれ東京の音楽シーンで日々活躍している人たちばかりなので、個々のメンバーの今後のライヴ、告知事項などを明日まとめてご紹介します。本当は、それぞれの出番のところで、全部やれればよかったのですが、時間が押していてできませんでした。 ENT>LIVE>Soul Searchin>Isley Brothers

Posted in ブログ | Comments Off

◎『ソウル・サーチン~アイズレイ・ブラザーズ』満員御礼無事終了

◎【『ソウル・サーチン~アイズレイ・ブラザーズ』満員御礼無事終了】 感謝感謝 音楽イヴェント『ソウル・サーチン~アイズレイ・ブラザーズ』の回が無事2日間の日程を終えた。2日目は初日の問題点を反省し、定時スタートで、トーク部分を削り、曲が2曲増えた。正味時間はほぼ同じだったので、全体的に引き締まったということなのだろう。 バンドは実にタイトで、うまいシンガーが次々と登場してきて、さながらソウルのコンピレーション・アルバムを聴いているかのようだ。 この日のサプライズは、『ソウル・サーチン』初登場。スクープ・オン・サムバディーからタケ(Take)さん。ファースト・セットでユリさんが「フォー・ザ・ラヴ・オブ・ユー」を歌った後登場。実はタケさんとは、ここ3年ほどあちこちで顔をあわせるようになり、いつかスケジュールが合う時に『ソウル・サーチン』でも歌ってください、と頼んでいた。それがやっと実現した。 いろいろケイリブと相談し、タケさんにはロナルド・アイズレイとバート・バカラックが組んで作ったアルバムから1曲をお願いすることにして、「クロース・トゥ・ユー」を歌ってもらった。フィリップとケイリブのキーボードだけをバックに、実にエロエロに歌ってくれた。観客もトロトロになっただろう。他が全曲フル・バンドでの曲だったため、このシンプルなキーボード2人でのヴォーカルは、特にヴォーカルを際立たせた。 そして、この日は綿密に時間を計算し、ファースト・セットはほぼ予定通り。セカンドは、途中で予期せぬケイリブのトークが5分ほどはいり、そのまま後ろに押した。(笑) さらに、セカンドでは前日の登場で若干ばればれでもあった「いつものシークレット・ゲスト」、黒沢薫さん登場。しかも、この日は濃いブルーの帽子にステッキを手に持ってステージに上がった。それを見たケイリブ「楽屋にステッキがあって、一体誰が使うのかと思ったら、彼だったか!」と大うけしていた。「イフ・ユー・ワー・ゼア」を熱唱。 しかし、タケさんの歌を客席で見ていた黒沢さんが、「僕も、こんな曲歌いたかったなあ…」とぽつりと言ったのはひじょうに印象に残った。 この日も『マーヴィン・ゲイ物語』が完売。ありがとうございます。そして、今回初めていらっしゃったという方々も多かった『ソウル・サーチン』、お初の方も、リピーターの方も、またぜひおいでください。今度は2年以上もあけることなくやりたいと思います。 (ライヴの詳細は、明日以降に続きます) ■ メンバー 「ケイリブ・ジェームス&ザ・ソウル・サーチャーズ・フィーチャリング・フィリップ・ウー」 ケイリブ・ジェームス(キーボード&ヴォーカル) フィリップ・ウー (キーボード、ハモンド・オルガン) 中澤信栄(ギター&ヴォーカル) 高田真(ドラムス) マサ小浜(ギター) 原たけし(ベース) ゲイリー・スコット(サックス、パーカッション、ヴォーカル) ロビー・ダンジー(ヴォーカル) タイロン・デイヴィス(ヴォーカル) ユリ(ヴォーカル) ブレンダ・ヴォーン(ヴォーカル) 木下航志(ヴォーカル&キーボード) シャンティ(ヴォーカル) 特別ゲスト 黒沢薫(ヴォーカル) 特別ゲスト Take from Skoop On Somebody(タケ)(ヴォーカル)15日のみ トーク・パネリスト 司会 吉岡正晴、尾臺順子、岡伸昭、松尾潔(14日のみ) ■セットリスト(2009年7月14日) SOUL SEARCHIN: THE SESSION VOL.3 A TRIBUTE … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

ソウル・サーチン: ザ・セッションVol.3 14日無事終了

『ソウル・サーチン~アイズレー・ブラザース』初日無事終了 (内容が少しでます。今日、ごらんになる方で事前にあまり内容をしりたくない方は、ご注意ください) 【『ソウル・サーチン~アイズレー・ブラザース』初日無事終了】 2年4ヶ月ぶり。 2007年3月の『ソウル・サーチン・ザ・セッションVol.2~アレサ・フランクリン』以来、2年4ヶ月ぶりの『ソウル・サーチン』、今回は50年の歴史を持つアイズレイ・ブラザース。上から、オケーリー・アイズレー(1937年12月25日~1986年3月31日、48歳)、ルドルフ(1939年4月1日生まれ)、ロナルド(1941年5月21日生まれ)の3人のヴォーカルに、アーニー(1952年3月7日生まれ)、マーヴィン(1953年8月18日生まれ)、ルドルフの義理の弟クリス・ジャスパー(1951年12月30日生まれ)の3人バンドを加えた6人組。 50年の歴史、80曲以上のヒット、様々なタイプのサウンド(ロック風、ソウル風、ゴスペル風、スロー・ジャム系)を持つアイズレイ・ブラザースの魅力は、これだけの時間があっても、消化しきれない。ということで、結局、予想はされたが、トークの部分を一部と曲を1曲カットせざるを得なくなった。2日目は、うまく時間のマネージメントをしっかりして、1曲カットがないようにしたいと思う。 始まる前のリハで、フィリップが説明してくれた。「アイズレイズは、クラヴィネットのサウンドがとても重要なんだ。だから、今回僕はノードのキーボードをクラヴィネット専用として持ってきた。それからアナログ風の音がでるデジタル・シンセサイザー、これで、70年代風のアナログ・キーボードの音を出すんだよ。そして、最後がこれ。ハモンドB3」 「アイズレイのメンバーとは、彼らのオープニング・アクトをやったことがあったよ。(僕が)ロイ・エヤーズにいたときかな。メイズのときもやった。クリス・ジャスパーはワンダフルなキーボード・プレイヤーだ」 クラヴィネットといえば、僕が初めてその楽器の存在を知ったのが、コモドアーズの1974年の大ヒット「マシン・ガン」というと、フィリップがすぐにそのフレーズを弾いてくれた。 最高のグルーヴ、最高のメロウネス、いえ~~ アイズレイの魅力は、グルーヴあふれるサウンドに、ロナルドのセンシュアルなヴォーカル。そして、ファンクとロックの融合が大きなポイントのグループ。松尾潔さん、尾臺順子さん、岡伸昭さんとの楽しいトークと、ケイリブ・ジェームス&ザ・ソウル・サーチャーズ・フィーチャリング・フィリップ・ウーのライヴで予定時間を大幅に超えてのパフォーマンスになった。 シンガーは、ケイリブ、ガッツ、ブレンダ、木下航志、ユリ、シャンティ、ロビー・ダンジー、タイロン・デイヴィスら豪華布陣。さらにサプライズで黒沢薫さんが参加してくれ、アイズレイの1973年のアルバム『3+3』からの「イフ・ユー・ワー・ゼア」を山下達郎さんの「ダウンタウン」とうまくミックスして歌ってくれた。ケイリブとゲイリーがバック・コーラスを日本語で「ダウンタウンへくりだそう」という歌詞をつけたのがおもしろかった。黒沢さんは、「アイズレイと大好きな達郎さんへトリビュートできて嬉しいです」とご紹介。 パネリスト4名でトークタイム。意外とあっという間に時間が経つ トーク・ネタでは、松尾さんが、彼がリミックスを担当したジョンBの曲「シンプル・メロディー」で、アイズレイ・ジャスパー・アイズレイの「アイ・キャント・ゲット・ルージング・ユー」をサンプリングしたときの話をしてくれた。これを使用するにあたり、アメリカ本国にサンプリングの許諾を求めたところ、名義を「アイズレイ・ブラザース」にしろと言われ、なくなくしたという。しかし自分も音楽ライター的なことをやっているので、アイズレイ・ジャスパー・アイズレイのものをアイズレイ・ブラザースと書いて、間違われてと思われるのがすごく嫌だったことをおもしろおかしく説明してくれた。 また、尾臺さんは、彼らに「オハイオ男気質」を感じるという話を、あつーく語ってくれた。 ユリの2曲は、ホイットニーばりでよくあっていて、またシャンティの「アット・ユア・ベスト」も、彼女が「ソウル・サーチン」で歌った中で一番フィットしていたような気がした。ブレンダは、いつでも観客を盛り上がらせるのが実にうまい。今日はまた別のシークレット・ゲストの登場、今日できなかった曲などがはいります。 詳細は、また今日。昨日、ご来場いただいた方、ありがとうございました。そして、第二日目、いらっしゃる方、十分お楽しみください。 最後は総立ち! イエーp> ■ ソウル・サーチン・ザ・セッション@目黒・ブルース・アレイ (15日の当日券、若干はあります。立ち見の可能性もあります) 記 イヴェント名 『ブルース・アレイ・ジャパン・プレゼンツ~ソウル・サーチン: ザ・セッションVol.3 ~ア・トリビュート・トゥ・アイズリー・ブラザーズ』 日時 2009年07月15日(水曜) July 15 (Wednesday), 2009 19時半~ 出演 ケイリブ・ジェームス&ザ・ソウル・サーチャーズ・フィーチャリング・フィリップ・ウー ゲスト 木下航志、シャンティ、ブレンダ・ヴォーンほかシークレット・ゲスト。 トーク・パネリスト 司会 吉岡正晴、尾臺順子、岡伸昭 会場  目黒・ブルース・アレイ http://www.bluesalley.co.jp/ 住所  〒153-0063 東京都目黒区目黒1-3-14ホテルウィング・インターナショナル目黒B1F 電話  03-5740-6041(予約専用電話)当日のお店番号03-5496-4381 … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

◆『ソウル・サーチン~アイズレー・ブラザース』いよいよ今日

◆【『ソウル・サーチン~アイズレー・ブラザース』】 リハーサル。 日曜日(7月12日)、シンガーとバンドの合同リハーサル。この日でほぼ形を整える。バンド7人とコーラス3人で基本的には10人編成のバンドということになる。バンドの中でも、ケイリブ、ゲイリー、そして、ガッツが歌も歌うので、ヴォーカル陣も豪華だ。さらに、ここにゲスト・シンガーがはいる。確かにライヴ・ハウスでやるには贅沢すぎる布陣だ。 セットリストは、メドレーでやる曲も含め23曲を練習したのだが、どうやら、1曲時間の関係でボツになるようだ。そのあたりは、音楽ディレクターのケイリブがうまくまとめてくれるだろう。バンドは、タイトでコーラスも基本3人に、歌えるシンガーが加わる。 しかし、3日のリハーサルでここまでまとめてくるとは、やはりいつもながら、こういう人たちはすごいなあ、と思う。それにしても、このユニットを2日だけで終わらせるのはもったいない。地方ツアーなど十分にできるのだが、どこかのプロモーターが買ってくれないかなあ。(笑) さて、それはともかく、ほぼセットリストも決まり、それにあわせてトーク・ネタを仕込んだ進行表を仕上げ、パネリストにメールした。時間を概算するとやはり足りない。(笑) 日本のアーニー・アイズレーは2人、ロン・アイズレーもしっかり用意いたしました。さらに、日本のアリーヤ、日本のクリス・ジャスパーも2人。じっくりお楽しみいただけると思います。いよいよ今日夜7時半、目黒・ブルース・アレイで。 ■ エッセンシャル The Essential Isley Brothers posted with amazlet at 09.07.14 The Isley Brothers Epic/Tneck/Legacy (2004-08-03) 売り上げランキング: 51049 Amazon.co.jp で詳細を見る ■告知 ソウル・サーチン告知: http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090524.html 詳細 (まだ初日のほうは、若干座席が残っています。ご予約はお早めに) 記 イヴェント名 『ブルース・アレイ・ジャパン・プレゼンツ~ソウル・サーチン: ザ・セッションVol.3 ~ア・トリビュート・トゥ・アイズリー・ブラザーズ』 日時 2009年07月14日(火曜)  July 14 (Tuesday), … Continue reading

Posted in ブログ | 1 Comment

●マイケルの急死を悼んで~マイケル・ジャクソンとメディアの戦い(パート2)

●マイケルの急死を悼んで~マイケル・ジャクソンとメディアの戦い(パート2) 【マイケル・ジャクソンとメディアの戦い(パート2)】 現場。 1995年にリリースされた『ヒストリー』をじっくり久しぶりに聴いてみた。特に2枚目の『History Continues』サイドは強烈だ。「スクリーム」「ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス」「ディス・タイム・アラウンド」「D.S.」「チャイルドフッド(CDの表記はチャイルドフード)」「タブロイド・ジャンキー」と、マイケルのメディアに対する、これでもかというほどのメッセージが思い切り詰め込まれている。改めてこの作品のメッセージを読んで、この時期のマイケルの心の奥底がほんの少しだけでも垣間見られたような気がする。 しかも、これらのサウンドは、『スリラー』や『バッド』よりも、はるかに「黒い」。サウンドは黒く、メッセージは強く、マイケル・ジャクソンというアーティスト性はクインシー3部作(『オフ・ザ・ウォール』『スリラー』『バッド』)よりも、ひょっとして色濃く出ていたのかもしれない。しかし、ご存知のようにこれらの作品群はクインシー3部作と比べれば、それほど爆発的なベストセラーにはならなかった。それはあたかもマーヴィン・ゲイのもっともアーティスト性が反映したという『ヒア、マイ・ディア(離婚伝説)』が、それまでの作品ほど売れなかった、ということと重なる。 そもそもメディアというものは、一般的に言って、物事を深く追求し、本質を見ぬく力が弱い。もちろん一部に優れたジャーナリストがいて、優れたジャーナリズムを形成するものもあるが、そうしたことは珍しく、大体がその場しのぎで情報を集め、それをすぐに発表する。締め切りがあるから物理的にも仕方がない。新聞やテレビなど、数時間で集めたものをすぐに出す。言ってみれば「取って出し」状態なのだ。そこにまことしやかな嘘が紛れ込んでも、それを嘘と見抜く力はなかなかない。 しかも、ひとつのメディアが嘘を流してしまうと、それを信じた二次的なメディアがそれに輪をかけて報道し、偽情報がねずみ講式に広まってしまう。そうなったら、誰も何も止めることはできない。メディアの暴走が始まる。特にマイケル・ジャクソンに関しては、メディアは暴走を続け、真実に対する「免疫機能不全」に陥ってしまった。 僕は1980年代初期に見たマイケル対メディアの戦いで、メディアの表層的な部分を強く感じ、簡単にそうしたものを信じてはいけない、と思うようになった。 マイケル・ジャクソンという取材対象に、メディアが何かを書こうとしたとき、記者は何をするのだろうか。一番いいのは、本人に直接話を聞くことだ。これは文句なくベスト。だがマイケルのときのようにそれが出来ないときには、次に何をすべきか。 殺人課の刑事と同じく「現場百回」である。この場合の「現場」とは? それは彼が過去に語ったインタヴューの記録などもあるが、なんと言ってもレコード(CD)作品である。そこには、マイケル・ジャクソンの主義主張、信条が実によく現れている。特に、1990年代以降の作品にはそれが顕著だ。それをていねいに読み取っていくと、マイケルの心の片隅が我々にもわかってくる。 一例をあげよう。『ヒストリー』の中に、「D.S.」という曲がある。これは、「ドム・シェルドン」という名の冷酷な男のストーリーだ。ドム・シェルドンの頭文字(D.S)を取って、タイトルにした。これは、マイケル・ジャクソンに対し異常なほどの執念を燃やし、マイケルを有罪にしようとしたサンタバーバラの検事、トム・スネドンのことを歌っている。トム・スネドンを音の響きのよく似た別名のドム・シェルドンに変えているわけだ。「僕を捕まえるなら、手段を選ばないらしい。ドム・シェルドンは冷酷な男。どんなやり口を使っても、世間をあっと言わせたいんだ。KKK(黒人を差別する強烈な白人至上主義のグループ)とも関係があるのかな?」 トム・スネドンに対する気持ちを正直に吐露(とろ)している。これは氷山の一角だ。それぞれの曲にさまざまなストーリーがある。タブロイド紙を漁る前に、CDをじっくりお聴きなさい。DVDをゆっくり座って御覧なさい。そうすれば、ある程度の感性を持っていれば、彼がどれほど偉大なアーティストかわかるだろう。 果たして今回のマイケル・ジャクソン逝去関連記事を書いた記者の中に、じっくり「現場」を訪れた記者はいたのか。現在のところ僕も多数の記事を見てきたが、とても「現場」を取材したと思える記事にはお目にかかっていない。全体的に表層を見ただけで書いたものが多い。「現場」を取材することなくして、きちんとした記事など書けるわけがない。逆に言えば、「現場」など取材もせずに何かを書けてしまうほどの材料があふれているということだ。それほど、マイケル・ジャクソンという存在が大きかったのである。 メディアの暴走、メディアの免疫不全、そして、現場取材のなさ、これがマイケル・ジャクソン関連報道のがん細胞だ。 (マイケル・ジャクソン関連は続く予定) ■ マイケルの踊りは誰をも熱中させます ビデオ・グレイテスト・ヒッツ~ヒストリー [DVD] posted with amazlet at 09.07.13 Sony Music Direct (2005-12-07) 売り上げランキング: 1 Amazon.co.jp で詳細を見る ヒストリー・オン・フィルム VOLUME II [DVD] posted with amazlet at … Continue reading

Posted in マイケル・ジャクソン関連 | Comments Off

■『ソウル・サーチン~アイズレー・ブラザース』いよいよ明日~松尾潔さんは明日登場 

■『ソウル・サーチン~アイズレー・ブラザース』いよいよ明日~松尾潔さんは明日登場  明日(2009年7月14日)、目黒のブルース・アレイで『ソウル・サーチン~アイズレー・ブラザース』です。毎回一組のソウル・ジャイアントをピックアップして、トークとライヴでそのアーティストの魅力を探ります。今回は2年4ヶ月ぶりの開催。なお、出演日程が未定だった音楽プロデューサー、松尾潔さんの出演は14日のみとなりました。松尾潔さんファンは、14日にブルース・アレイに直行! ミュージシャン、シンガーは総計14名に。シークレット・ゲストも登場。 ソウル・サーチン告知: http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090524.html 詳細 (まだ初日のほうは、若干座席が残っています。ご予約はお早めに)            記 イヴェント名 『ブルース・アレイ・ジャパン・プレゼンツ~ソウル・サーチン: ザ・セッションVol.3 ~ア・トリビュート・トゥ・アイズリー・ブラザーズ』 日時 2009年07月14日(火曜)  July 14 (Tuesday), 2009 19時半~ 日時 2009年07月15日(水曜) July 15 (Wednesday), 2009 19時半~ 出演 ケイリブ・ジェームス&ザ・ソウル・サーチャーズ・フィーチャリング・フィリップ・ウー ゲスト 木下航志、シャンティ、ブレンダ・ヴォーンほかシークレット・ゲスト。 トーク・パネリスト 司会 吉岡正晴、松尾潔(14日のみ)、尾臺順子、岡伸昭 会場  目黒・ブルース・アレイ http://www.bluesalley.co.jp/ 住所  〒153-0063 東京都目黒区目黒1-3-14 ホテルウィング・インターナショナル目黒B1F 電話  03-5740-6041(予約専用電話)当日のお店の番号03-5496-4381 料金  5500円(チケット代)+525円(席料)+ドリンクなど、立ち見は5000円 当日券は各料金500UP (各税込) 主催・制作  ソウル・サーチン実行委員会 お問い合わせ先  soul_searchin_the_session@yahoo.co.jp 予約は  … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

△マイケルの急死を悼んで~マイケル・ジャクソンとメディアの戦い (パート1)

マイケルの急死を悼んで~マイケル・ジャクソンとメディアの戦い (パート1) 【マイケル・ジャクソンとメディアの戦い(パート1)】 嘘。 「自分の行動には十分注意しなさい。なぜなら、嘘だって(いつしか)真実になってしまうから」(And be careful of what you do ’cause the lie becomes the truth) (「ビリー・ジーン」から) 嘘だとしても、それがメディアで繰り返し流されてしまえば、多くの人が信じてしまう「虚像の真実」になってしまう。この「嘘が(いつしか)真実になる(lie becomes the truth)」という一行は、1982年暮れに発表された『スリラー』の「ビリー・ジーン」の中でも強烈なマイケル・ジャクソンの主張だった。すでにこの時点で、マイケル・ジャクソンはメディアと距離を置き、一切のインタヴューを受けないと宣言していた。 それは、いくらインタヴューに答えても、メディアは自分が書きたいと思う趣旨の記事しか書かず、何か書く時は、その趣旨にあわせ、発言者の発言をねじまげて書く。そうしたことにすっかり嫌気が差したマイケルは一切の取材を遮断する。メディアに答えなくなると、今度はメディアは憶測と想像でストーリーを作り始める。すると、マイケルはさらにメディア嫌いになっていく。もはや悪の連鎖は誰にも止められなくなった。それが1980年代初期のことだ。 マイケルは、『オフ・ザ・ウォール』(1979年発表)のリリース時にはいくつかの媒体のインタヴューを受けていた。だが、『スリラー』(1982年発表)の時には、一切のインタヴューを受けなかった。1984年にジャネット・ジャクソンに僕がインタヴューしたときに、「なぜ、マイケルは一切のメディアのインタヴューを受けなくなったのか」と尋ねると、「かつて、自分が言ったこととまったく逆のことを書かれ、とても傷ついたので、それ以来一切の取材を断ることにしたのよ」と言っていたことを思い出す。 その後、マイケルは、編集ができない生放送でのインタヴューならという条件で2度インタヴューに答える。それがオプラ・ウィンフリー(1993年2月10日)とダイアン・ソーヤーのトーク・ショー(1995年6月15日)への出演だ。 では取材を断るようになって以来、マイケルはどうしたかというと、自分の主張や考え方は、時折開かれる何かの記者会見のときや、自らのレコード、作品の中で発表するようになる。「ビリー・ジーン」での一行は、そうしたメディアに対するメッセージだ。 +++++ 黒白。 未だに多くのメディアが「マイケルは白人になりたかった」「肌を脱色している」と書く。肌の件は、彼の持病だ。膠原病(こうげんびょう)という病気で、肌の色素が壊れてしまい、白い斑点ができてしまうというもの。免疫力も低下するという。彼は肌の病気だということを1980年代の初めから言っている。 僕が1983年8月、マイケルの自宅で彼に会ったとき、マイケルは「僕は太陽の光に当たってはいけないんだ」と言ったことを強烈に覚えている。真夏の暑い日ざしのカリフォルニアだったからだと思った。そのときは、僕自身それがどれほど重大なことかまったく認識していなかった。その発言自体をずっと忘れていたほどだ。だが、その後彼の肌が変化するにつれ、ダイアン・ソーヤーのショーに生放送で出演し、肌の病気のことを語ったとき、そのことを思い出した。 彼の音楽や出自をじっくり観察し冷静に考えてみれば、マイケルが「白人になりたい」などと思うはずがないことは自明の理なのだ。白人のエンタテイナーを尊敬することはあれ、自身の黒人としてのプライドは強い。それをおもしろおかしく、「白人になりたい黒人」というステレオ・タイプにはめ込んだほうがネタとして売れるので、そういうストーリーを作ったのだろう。 しかし、メディアで「マイケルは白人になりたがった」ということが繰り返し流されると、多くの人はそうだと思ってしまう。メディアのいいかげんさが良く出た例だ。まさに「嘘も(いつしか)真実になってしまう」のだ。これはマイケルのことだけに限らない。 肌の病気ゆえに、『マイケルは白人になりたがっている』といわれてしまったのは、彼にとっても本当に不本意だったことだろう。この病気ゆえに痛み止めを常用し、それが中毒となり、痛み止めのオーヴァードーズ(過剰摂取)が死に至らしめたとしたら、この病気こそ、彼の大きな死因となる。(このあたりは今後の死因の正式な発表を待たねばならない) 僕はマイケル自身もこの病気については、もっとはっきりと声明なりを発表すればよかったと思う。そこで本当に文字通り白黒はっきりさせるべきだったと言えるが、今となってはそれも結果論かもしれない。 (この項、つづく予定) ■ マイケル・ジャクソン逝去関連記事(リンクはコピー&ペーストしてください) June 27, 2009 04:53:57 … Continue reading

Posted in マイケル・ジャクソン関連 | 2 Comments

⊿『J-Wave 25~When Marvin Said』、今日深夜オンエア

『J-Wave 25~When Marvin Said』、今日深夜オンエア マーヴィン。 マーヴィン・ゲイの『マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル』の出版と関連して、今日深夜、東京地区のFM局Jウェイヴ(81.3mhz)の『Jウェイヴ25』(深夜1時から2時、正確には7月13日午前1時から2時)でマーヴィン・ゲイの特集をします。ナヴィゲーターは、シャンティ、ゲストで吉岡正晴がマーヴィンと自伝の話をします。東京地区の方、ぜひお聴きください。 番組名 J Wave 25 When Marvin Said 放送局 J Wave 81.3mhz (東京地区FM) 出演  シャンティ(ナヴィゲーター) 吉岡正晴(ゲスト) 日時  2009年7月12日深夜25時~26時 番組ホームページ http://www.j-wave.co.jp/original/jwave25/ ENT>ANNOUNCEMENT>J Wave 25

Posted in ブログ | Comments Off

☆ソウル・サーチン:バンド・リハーサル~ソウル・サーチンまであと3日

☆ソウル・サーチン:バンド・リハーサル~ソウル・サーチンまであと3日 【ソウル・サーチンまであと3日】 タイト。 音楽イヴェント『ソウル・サーチン~アイズレー・ブラザース』のリハーサル第2日目はバンドのリハ。ドラムス、ギター、ギター、ベース、キーボード、キーボード、パーカッション&サックス。前回アレサ・フランクリンのときの強力布陣だが、2人目のギターは『ソウル・サーチン』初登場のマサ小浜さん。 もう何度もあちこちでそのファンキーなギター・ワークを見せて、聴かせてもらってるが、ソウル・サーチャーズに参加していただくのは初めて。ガッツ(中澤信栄)とのコンビネーションも実にいい感じだ。そして、ドラムス(高田真)、ベース(原武)のコンビネーションも前回証明済み。さらに、ケイリブ・ジェームスとフィリップ・ウーのツイン・キーボードも役割分担がしっかりできている。フィリップは、こういうリハの様子を見ていると、実に職人、まさに匠という感じがする。 ガッツは、昨日朝沖縄から羽田に戻ってきて、一度自宅に戻り、そこからリハ・スタジオまでやってきた。 アコースティック・ギターの響きも印象的な代表曲のひとつでこんなことがあった。一度通してやってみたあとフィリップが言った。「ケイリブ、ヴァースの先をちょっとかけてくれないか」 ケイリブがCDをプレイする。「うん、1回目は、こうだが(とキーボードをプレイする)、2回目だけはこうだ。1回目はセヴンなんだが、2回目は、2回目だけは、Eマイナーだ」 「ほんとか、そうするとクラッシュしてるな」 そうしてそこに調整が行われた。 ケイリブが軽く仮歌で歌うのだが、その声を聴いているとだんだんケイリブの声がロナルドのように聞こえてくるから不思議だ。 ソウル・サーチャーズのロナルドは、ケイリブ、アーニー・アイズレー役はガッツとマサ小浜。クリス・ジャスパー(キーボード)は、ケイリブ&フィリップ、そして、ドラムスはギター同様アーニーで、その役は高田真、ベース役マーヴィンは、原武ということになる。東京アイズレーたちだ。 メドレーでまとめる曲もあるが、全部で23曲ほどになる予定だ。フィリップが言った。「クソ多いな、この曲数!(笑)」しかし、ゲイリーとケイリブのかけあいは、みょーな漫才みたいでおもしろい。 マサさんが言った。「アイズレーって、ロックぽい曲が多いですよね。そこがおもしろい」 ひとつネタばれになるが、書いてしまおう。実は、彼らの大ヒット「フーズ・ザット・レイディー」をやるのだが、この曲は1973年の『3+3』のアルバムに入っているヴァージョンがよく知られている。これは、元々1964年ごろレコーディングされたもので、そのヴァージョンはボサノヴァ風でオルガンなども入ったかなり60年代風のもの。1973年ヴァージョンとはまったく違う。そこで、冒頭で少し60年代風をやって、そこから70年代ものにつなげようというアイデアだ。これはけっこうおもしろい出来になると思う。 それにしても、小さなリハ・スタジオで聴いているせいか、実に音にしまりがあってタイトでファンキーだ。ほんと、なんかこれでミニ・ツアーでもしたい感じになってくる。 ソウル・サーチンまであと3日。 ソウル・サーチン告知: http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090524.html 詳細 (まだ初日のほうは、若干座席が残っています。ご予約はお早めに) 記 イヴェント名 『ブルース・アレー・ジャパン・プレゼンツ~ソウル・サーチン: ザ・セッションVol.3 ~ア・トリビュート・トゥ・アイズリー・ブラザーズ』 日時 2009年07月14日(火曜)  July 14 (Tuesday), 2009 19時半~ 日時 2009年07月15日(水曜) July 15 (Wednesday), 2009 19時半~ 出演 ケイリブ・ジェームス&ザ・ソウル・サーチャーズ・フィーチャリング・フィリップ・ウー ゲスト 木下航志、シャンティほか トーク・パネリスト 司会 吉岡正晴、松尾潔(予定)、尾臺順子、岡伸昭 会場  目黒・ブルース・アレイ http://www.bluesalley.co.jp/ 住所  〒153-0063 … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

◎『ソウル・サーチン:アイズリー・ブラザーズ』まであと4日

◎『ソウル・サーチン:アイズリー・ブラザーズ』まであと4日 【『ソウル・サーチン』リハーサル始まる】 プロ集団。 2年4ヶ月ぶりとなる音楽イヴェント『ソウル・サーチン:ザ・セッションVol.3~ア・トリビュート・トゥ・アイズリー・ブラザーズ(アイズレー・ブラザース)』まであと4日。9日(木)からいよいよリハーサルが始まった。いつもの通り、ヴォーカル隊のリハーサル、バンドのリハーサル、そして合同のリハーサルと3日間のリハを経て本番に臨む。 毎回一組のソウル・レジェンドをピック・アップして、そのアーティストについてのトークとリアル・バンドによるライヴ演奏でそのアーティストの魅力を探るイヴェント『ソウル・サーチン』。通算8回目は、8回目にして初のグループ。取り上げたのは50年近い歴史を誇るアイズリー・ブラザーズだ。 今日のヴォーカル・リハには、音楽ディレクターのケイリブ・ジェームス、現在AI(アイ)や久保田利伸などのコーラスなどで活躍するユリ、ニューヨーク出身でケイリブとは長年の友人でもあるタイロン・デイヴィス(シカゴ出身のソウル・シンガーとは同名異人)、そして、『ソウル・サーチン~ディーヴァ・グレイ』のライヴでコーラスをつけてくれたロビー・ダンジー(元クリストル=1980年代にアルバムをリリースした4人組女性R&Bグループの一員)、当日パーカッション、サックスもやりながら、コーラスをつけるゲイリー・スコットらの基本メンバーに、ゲストのシャンティ、木下航志、そして、シークレット・ゲストが集まった。 アイズリーは、レコード上では歌の部分を3人、バンドが3人という布陣で全音を作るが、それでも多重録音しているため、実際にライヴでやるには6人では足りない。たとえば、コーラスもダブルで入っていたり、ギターの音も2種類入っていたりするからだ。 そして、『ソウル・サーチン』は、いつもながら、あれもこれも加えていくという悪い癖があり(笑)、またまたかなりの大所帯になってしまった。今回はバンドが7人、コーラスが3人、これにゲスト・シンガーが5人ほど入る予定。そして、吉岡が司会となり、トーク・パネリストが3人だ。周囲からは、「こんなぜいたくなイヴェントがあるのか」と言われているが、確かに、よくよく冷静に考えるとずいぶんぜいたくな感じだ。いつも密度は濃い。 それはともかく、先日のケイリブとの打ち合わせでやる曲を絞り込んだのだが、これがなんといっても50年の歴史があるだけに、実に大変。しかし、選曲してヴォーカルのリハーサルをしてみると、タイロン、ユリ、ロビー、ゲイリー、シャンティらのコーラスが実にぶ厚くなって素晴らしい。 奇しくもシャンティが言った。「このコーラス、最高。こうしたい、ああしたいというという希望もすぐ、みんなわかってくれる。たとえば、もう少し暖かく、って言うと、みんなそれをすぐ理解してくれて、暖かいコーラス・ハーモニーをつけてくれる。やわらかく、といえば、やわらかくなる。楽しいわ~~」。 いくつかのセクションでメドレーにしたが、たぶん、みなさんの好きなあんな曲、こんな曲の多くの曲をできるかとは思うが、果たして。   何時間も集中してやってると、みんなぐったりします。 しかし、みんな本当によく集中します ところで、いつもリハーサルに入ると、僕はオーガナイザーという立場を忘れてしまう。狭いスタジオでケイリブをはじめとするシンガーやミュージシャンたちが、真剣にたった4小節のコーラス部分を何度も何度もやり直しながら完成させていく過程を目の当たりにしているだけで興奮してくる。彼らは純粋にそのコーラス・パートをどうすれば最高のものにできるか、徹底して研究し、実践しているのだ。特に今回は、ソロ・シンガーではなく、初めてのヴォーカル・グループということもあり、コーラス・パートはおもしろい。前回のアレサのときの、バック・コーラスも実に見ていて楽しかったが、今回もそれ以上のものがある。当たり前なんだが、みんなほんとにプロ集団だ。 帰り際、ゲイリーに言われた。「マサハル、なんで、ジェームス・ブラウンをやらないんだ。それから、今年中にマイケル・ジャクソンをやろうよ」 すると横にいたロビー・ダンジーが、彼女は7月末に一度LAに戻り、12月の頭に日本に戻るが、「もし11月にソウル・サーチンやるなら、それにあわせて絶対戻ってくるわよ」との嬉しい一言。みなさん、ありがとう。 ■ 予習するなら、とりあえず『エッセンシャル』 The Essential Isley Brothers posted with amazlet at 09.07.10 The Isley Brothers Epic/Tneck/Legacy (2004-08-03) 売り上げランキング: 59414 Amazon.co.jp で詳細を見る ソウル・サーチン告知: http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090524.html 詳細 (まだ初日のほうは、若干座席が残っています。ご予約はお早めに)            記 … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

○マイケル・ジャクソン・メモリアル:5人のグローヴに見る兄弟の絆

○マイケル・ジャクソン・メモリアル:5人のグローヴに見る兄弟の絆 【マイケルにとっての初のビッグ・セレブレーション】 セレブレーション。 マイケル・ジャクソンは、長い間、その両親の宗教のために、いわゆる「祝い事」ができなかった。クリスマスのパーティーもプレゼントもなければ、誕生日を祝うこともなかった。おそらく、小さな子供心になぜクリスマス・プレゼントや誕生日パーティーがないのだろう、と思ったにちがいない。しかし、何年もそうしたパーティーがないことに徐々に慣れてしまったのだろう。 マイケルは11歳のときにすでに全米ナンバーヒットを出したことで、常に衆人環視の中で生きてこなければならなかった。そうして普通の子供ができることが出来なかった。放課後に級友と公園に行って遊んだり、近所の同級生とたわいないことで日が暮れるまで遊ぶことなどできなかった。彼は後年、それを自分の「失われた子供時代」と呼び、それを大人になり成功してから、取り戻そうとする。 その結果が、ネヴァーランドであり、子供たちを周囲に置いて、その子供たちと遊ぶことだった。「祝い事」がなかったことも、彼にとっては「失われた子供時代」の象徴的な一ページであっただろう。 そんなマイケル・ジャクソンにとって、生まれて初めての、そして最大のセレブレーション(祝い事)が、皮肉にもこの「メモリアル・サーヴィス」になった。CNNの中継は、タイムス・スクエア、ハーレム、アトランタ、ジャクソン家の生まれ故郷インディアナ州ゲイリーなどあちこちにカメラを配置している。 次々繰り広げられるスピーチ、音楽パフォーマンスは、どれも感動的だ。ベリー・ゴーディーは、マイケルを「グレイテスト・エンタテイナー・エヴァー・リヴド」(今まで誕生した中で、最大のエンタテイナー」と評した。マジック・ジョンソンは、「マイケルが我々(アフリカン・アメリカン)のために多くの扉を開いてくれた」と賞賛。 幼馴染で、お互い子供の頃から衆人環視の中にあって悩みを語り合ったブルック・シールズが、マイケルの好きだった曲としてチャーリー・チャップリンの「スマイル」のことを話すと、ジャーメイン・ジャクソンがその「スマイル」を歌った。ブルックは言った。「私たちは子供の頃から、大人であるように強制されました。でも私たちが2人でいるときは、2人とも小さな子供同士だったんです」 2人は「失われた子供時代」を、ほんの一時(ひととき)だったが、取り戻していたのだろう。 “Smile” by Charlie Chaplin Smile though your heart is aching さあ、微笑んで、心が痛んでも Smile even though its breaking ねえ、微笑んで、恋が破れても When there are clouds in the sky, you’ll get by 大空が雲で覆われても、大丈夫、なんとかなる If you smile … Continue reading

Posted in マイケル・ジャクソン関連 | Comments Off

◆マイケル・ジャクソン追悼式

【マイケル・ジャクソン追悼式】 追悼式。 マイケル・ジャクソンの追悼式が2009年7月7日午前10時すぎ(日本時間=8日午前2時すぎ)から、ロス・アンジェルスのステイプルス・センターで行われた。マライア・キャリー、スティーヴィー・ワンダー、ライオネル・リッチー、スモーキー・ロビンソン、ジェニファー・ハドソン、ベリー・ゴーディーらが参加。最後には、「ウィ・アー・ザ・ワールド」を全員で歌い盛大な追悼式となった。 セットリストなど詳細は明日以降にまとめるが、僕は東京FMの生番組『マイケル・ジャクソン追悼スペシャル キング・オブ・ポップ マイケル・イズ・フォーエヴァー』に午前3時から5時まで出ていた。スタジオ内でインターネットで画像だけを見ながら、番組を進行。とてもおもしろかった。 マライア・キャリーがトレイ・ロレンツと「アイル・ビー・ゼア」を歌う。そして、クイーン・ラティーファのスピーチ。ライオネル・リッチーの歌「ジーザス・ラヴズ・ミー」。 驚いたのは、ベリー・ゴーディーがスピーチの壇上に上がったこと。なかなか公の席に出てこないベリーが、さすがにマイケルの葬儀ということで、ユーモアも含めたスピーチをこなしていた。それに続いて登場したスティーヴィーが、「ネヴァー・ドリームド・ユー・リーヴ・イン・サマー」~「ゼイ・ウォント・ゴー・ホエン・アイ・ゴー」をピアノの弾き語りで披露。前者は、「まさか君が夏にいなくなるなんて夢にも思わなかった」という歌だ。なるほど、これはどんぴしゃの曲ではないか。 そして、ジェニファー・ハドソンの「ウィル・ユー・ビー・ゼア」。最初、顔だけではわからなかった。「フーズ・ラヴィン・ユー」を歌ったのは、なんと、7月13日から始まる予定だったロンドンでのライヴで前座を務めることになっていたシャヒーム。最後は「ウィ・アー・ザ・ワールド」を参加者全員で大合唱した。 最前列には、ジャクソン兄弟たちが、金色のネクタイ、黒いサングラスといういでたちで座っていた。ジャネット、ラトーヤ、そして、クインシー・ジョーンズはいたのだろうか。 ENT>MUSIC>ARTIST>Jackson, Michael

Posted in マイケル・ジャクソン関連 | Comments Off

★(緊急告知)今日朝、日本テレビ系『ズームイン・スーパー』でコメントします

★(緊急告知)今日朝、日本テレビ系『ズームイン・スーパー』でコメントします マイケル・ジャクソン追悼式に関連して、2009年7月8日(水曜)朝、日本テレビ系列の『ズームイン・スーパー』(午前5時20分~8時)で吉岡正晴がコメントをします。マイケルのこと、またマイケル・ジャクソンとこの日歌うと言われているスティーヴィー・ワンダーとの関係などについて話します。何秒使われるかわかりませんが。 この写真が、よく登場します。笑

Posted in ブログ | 1 Comment

▲緊急特番 TOKYO-FM マイケル・ジャクソン 今日深夜 放送にゲスト出演します

▲緊急特番 TOKYO-FM マイケル・ジャクソン 今日深夜 放送にゲスト出演します 今夜(2009年7月7日)深夜27時(正確には、7月8日水曜・午前3時)からのTOKYO-FMのマイケル・ジャクソン特番に出演します。アメリカ・ロスアンジェルスのステイプル・センターで行われる葬儀の現地リポートを含めた番組です。

Posted in ブログ | Comments Off

■フェデラーとロディックのソウルの戦い~ウィンブルドン男子決勝

■フェデラーとロディックのソウルの戦い~ウィンブルドン男子決勝 【フェデラー対ロディック、見事な芸術】 アート。 まさにアートと評してもいいのではないだろうか。あるいは、2人のソウル対ソウルの熱き戦いといってもいい。2009年7月5日(日曜)ウィンブルドンで行われた男子シングルス決勝は、本当にすばらしかった。このレヴェルでの戦い、このレヴェルでの技術を持つ2人の戦いは、マインド、ボディー、そしてソウルの戦いだ。どちらにも勝たせたかった。 全77ゲーム中(4大大会決勝新記録)フェデラーはサーヴィス・ゲームを2度しか落としていない。ロディックにいたっては、第76ゲームまで1度も落としていないのだ。白熱の壮絶な戦いだ。タイブレイクのない第5セットは、14ゲームズ・オールとなったところで、88分を経過していた。女子の試合なら1試合終わってしまうことも可能な時間だ。 29ゲーム目はフェデラーのサーヴ。これを簡単にキープ。フェデラーの15-14。そしてロディックのサーヴィス・ゲーム第30ゲームは、いきなり、0-30となりセンター・コートがざわめく。しかし、そこからロディックが3ポイントを連取し40-30、ゲーム・ポイント。しかし、フェデラーがもう1本取りデュース。ロディックの強烈なサーヴィスでアドヴァンテージ・ロディック。しかし、続くポイントをフェデラーが取り再びデュース。その次のポイントをロディックがミスして、ついに77ゲーム目にしてブレイク・ポイント、しかも、チャンピヨンシップ・ポイントとなる。 この日、それまで6回のブレイク・ポイントをものにできていなかった王者は、ロディックのミスショットか、フレームショットか、あるいはイレギュラー・バウンドだったか、いずれにせよ、このワンチャンスをものにした。4時間超で訪れたたった1回のチャンス。王者のグランドスラムは、15個に。それまで14個を保持していた元王者ピート・サンプラスの目前で、彼は15個目、ウィンブルドン優勝6回目を手にした。ロイヤル・ボックスにいたのは、サンプラスだけでなく、ボルグ、そして、ロッド・レイヴァー。放送席にはマッケンローも。4時間16分におよぶ死闘についに決着がついた。 本当にフェデラーは勝負強い。データを見ると、トータル・ポイントは、フェデラー223、ロディック213で、わずか10ポイントの差。互角だ。しかも強烈なのは、その200ポイント以上の中でロディックは5回のブレイク・ポイントで2回をゲット。この2回によって彼は2セットを取る。一方、フェデラーは7回のブレイク・ポイントを得ながら取れるのはたった1度だけ。しかし、それが、よりによって最後の最後77ゲーム目のブレイク・ポイント、すなわち、チャンピオンシップ・ポイントをものにするのである。勝負のあやは紙一重(かみひとえ)とはこのことだ。いや、神一重だ。 歴史に「もし」はないが、唯一ロディックに勝利の栄冠が輝いたとすれば、第2セットで得た4つのセットポイント(タイブレイクでロディック6-2になっていた)のどれか一つでもものにできれば、ということだろう。あそこで取っていれば、ロディックのセットカウント2-0になり展開は違った。おそらくロディックに勝利の女神が微笑んだ可能性は高い。 逆に言えばそれを取らせなかったフェデラーのすごさだ。フェデラー対ロディックのそれまでの対戦成績はフェデラーの18勝2敗だった。ひょっとして、これが呪縛としてロディックの頭によぎったのか。イギリスのメディアが書いた。「悪夢の4ポイント」。 ロディックはまちがいなく生涯、最高の試合をした。しかし、それに負けた。試合後、ロディックは椅子に座り呆然としていた。目は赤くなっているようだった。テニスは、スポーツはときとして残虐だ。試合後の会見場ではジャーナリストたちが、ロディックへの質問を躊躇していた、という。第2セットを落として、前向きでいられたか、という質問にロディックはこう答えた。「何事もそうだが、2つの考え方がある。落ち込んであきらめるか、前に向かって進むかだ。後者のほうが僕はいいと思った」  一方、フェデラーは言った。「確かに、僕はウィンブルドンの決勝のファイナル・セットでどう戦うべきかを知っていた」 打ちひしがれたロディックへの表彰式でのスタンディング・オヴェーションは、フェデラーよりも長く感じられた。この日、ロディックも、フェデラーも、見事なパフォーマンスを見せたアーティストだった。 SPORTS>TENNIS>Wimbledon, 2009

Posted in ブログ | Comments Off

●訂正:マイケル・ジャクソンは『ウィ・アー・ザ・ワールド』で4番目の逝去

【訂正:マイケル・ジャクソンは『ウィ・アー・ザ・ワールド』で4番目の逝去】 意外。 おとといのブログで、『ウィ・アー・ザ・ワールド』を久々に見て、マイケルがこのセッション参加者45名の中で、レイ・チャールズに続いて死去した2人目だと書いた。そうしたら、それを読んだ西寺郷太さんが、「あの中にもうひとりマイケル以前に亡くなった人がいます。ジューン・ポインターです。だから、3番目です」と連絡をくれた。 そこで再度確認してみた。僕は、おとといの記事を書くときに、一応他に亡くなっている人がいないか、絶対生きている人以外は、確認した。で、一番気にしたのがポインター・シスターズだった。4姉妹の誰かが亡くなったことが記憶にあったので、4人を確認すると一番下のジューンが2006年に亡くなっていた。 April 14, 2006 June Pointer Dies At 52 【ジューン・ポインター死去】 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200604/2006_04_14.html ところが、45人のリスト(DVDのライナーノーツ)を見ると、ポインターで参加しているのは、アニタ、ルース、そして、ボニーと印刷されていた。正確には43人が集合写真で映っていて、ボニーは44人目で「ノット・ピクチャーズ」として、45人目のウェイロン・ジェニングスと名前だけクレジットされていた。 なので、ジューンはいないと確認したのだ。だから、レイの次に亡くなったのがマイケル、と判断した。 ところが、西寺さんはさらに研究が深い。なんと、彼はこのセッションには、ジューンが来ていて、ボニーは来ていなかったはずだという。そこで深夜、いろいろ電話で話しながら、写真をネットで探したりして、このセッションに参加したのは、ボニーか、ジューンかということを議論した。 このセッションに関する資料本に載っていた他の写真(ジューンと思われる)、ボニーと姉妹が仲が悪いという事実などから、総合的に判断して当日このセッションに来ていたのはジューンで、ボニーは来ていなかったという結論になった。つまり、DVDのライナーのクレジットが間違っていたのだ。おそらくブックレット編集者は、ポインターの4人の名前と顔が一致していなかったのだろう。 ではなぜジューンは個々の写真には載っているのに、43人の集合写真に載っていないのか。ここからは西寺説なのだが、彼女はグループのリード・シンガー。この日、リード・シンガーで「ウィ・アー・ザ・ワールド」ではみな少しでもリードをもらっているが、彼女はたまたまリードをもらえなかった、そこでへそを曲げて帰ってしまったのではないか、という。作詞家のウェイロンは、この曲の歌詞が気に入らないというので帰ったそうだ。まあ、もっともスタジオの入り口には「エゴをドアに置いて、ここに入るように」といったニュアンスの張り紙があったのだが…。 そして、この集合写真に載っていないもうひとりのウェイロン・ジェニングスを一応調べたら、な、なんと彼は1937年6月15日生まれで、2002年2月13日、この45人の中で一番最初に亡くなっていたのだ。45人のうち、2人が集合写真に載っておらず(ジューンが正しいとして)、計らずもその2人が亡くなっていたことになる。なんという偶然か、奇遇か、あるいは呪いか。 実はこのウェイロン・ジェニングスにはおもしろい話があって、それを下記に書いている。 2004/05/03 (Mon) 8 Minutes 30 Seconds of American Pie: The Day The Music Born http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200405/diary20040503.html 大ヒット「アメリカン・パイ」関連の記事なのだが、その中で飛行機事故で死去するロックスターの話しになる。ウェイロンは、本来その飛行に乗るはずだったのだ。 というわけで、集合写真には写っていないが、このセッションには参加していたウェイロン(2002年2月)、レイ(2004年6月)、ジューン(2006年4月)、に続いてマイケルは4番目に亡くなっていたと訂正します。 それにしても、そのときにいろいろと生年月日を調べたのだが、マイケルはこの45人の中で2番目に若いのだ。マイケルよりさらに若いのは、弟のランディー(1961年10月29日生まれ)だけである。逆に長老はハリー・ベラフォンテ(1927年3月1日生まれ)、続いてレイ・チャールズ(1930年9月23日生まれ)、そして、クインシー・ジョーンズ(1933年3月14日生まれ)である。このセッションの1985年1月28日、クインシーは51歳だった。マイケルは、26歳である。 ところで、この『ウィ・アー・ザ・ワールド』のセッションについて、西寺郷太さんが大変おもしろい仮説を書いている。長文だが、興味深いのでごらんになってはいかがだろうか。なるほどと思う点も多々ある。 … Continue reading

Posted in マイケル・ジャクソン関連 | Comments Off

⊿鈴木雅之:「イエス、ウイ・ラヴ!」と宣言

鈴木雅之:「イエス、ウイ・ラヴ!」と宣言 【ラヴ・ソングの匠(たくみ)のきわみ~イエス・ウイ・ラヴ!】 匠。 マーヴィン・ゲイの「ザッツ・ザ・ウェイ・ラヴ・イズ」がかかっていたと思ったら、しばし、その音量がアップ。そして、曲終わりとともに暗転。ライヴが始まった。真っ暗闇のステージの上の方に忽然とマーチンが現れた。 「マーチン、朝まで歌ってぇ~~~」 客席から黄色い声援(ヴォキャブラリーが古くてすいません)がかかる。ずっと輝き続けること、スティル・ゴールドを大きなメイン・テーマに掲げた最新作『スティル・ゴールド』を中心にしたツアー千穐楽。フル・ショーを見るのは、2007年6月以来、ほぼ2年ぶり。 かつて渋谷公会堂だった場所は、今や、シーシー・レモン・ホール。「『スティル・ゴールド』ということで、マイクもゴールドにしました。やはり、この殺伐とした世の中、今、私たちに必要なのは、チェンジ…、あ、いや、違う、ラヴだと思います。だから、イエス・ウイ… ラヴ! さあ、皆さんもご一緒に。イエス・ウイ…」 すると観客席から一斉に「ラヴ」。 観客とのコール&レスポンスも手馴れたもので、MCも絶好調。そして、歌声も力強く、バンドもオールスター最強バンド。シュアでグルーヴィなベース小松さん、スーツ姿もかっこいい。コーイチロウさんもファンキーだ。マーチン曰く「来年は、私、デビュー30周年ということなんですが、今年は29年という中途半端な年でありまして…」(会場から爆笑) 1階は1曲目から立ち上がる客も。後半「ランアウェイ」以降は一気にパーティーが爆発。シーシー・レモン・ホールの温度も2度あがった。「可愛いいひとよ」を歌い終えた後、「生きて行く上でつらいときもあるでしょうけれど、これからもラヴ・ソングを歌っていきます」と言ってから、最新作から「ホーム・グロウン」を歌った。みんな、けっこう女優ミラー、持ってるんだ。浸透してます。 公会堂デビュー。 個人的なことなのだが、実は今回、達郎さん以来、また母親をライヴに連れて行った。するとこの会場、渋谷公会堂についての思わぬ事実が発覚。「今日行くところは、今はシーシー・レモン・ホールっていうんだけど、昔は、渋谷公会堂っていってたところだよ」 「あの公園通りを上がってったところ?」 「そう」 「そこね、前、行ったことあるわよ。あなたが幼稚園のとき、幼稚園でオルガン習ってて、その発表会が、渋谷公会堂であったの。40年以上前ね。あなた、覚えてない?」「ぜ~~んぜ~~ん、覚えてない…」 確か、最初オルガンを習い、小学校の途中からピアノを習ったのは覚えているのだが。藤沢でやった別の発表会は覚えてるのだが…。と、と、ということは、僕はマーチンより先に渋谷公会堂デビューしていた、ということ? (笑) たぶん、昭和35年(1960年)前後ではないか。 楽屋でマーチンと母親初対面。母親。「とても楽しめました。意外と時間が短かったんですね」(おそらく、達郎さんの3時間半を想像していたものと思われる)  するとマーチン。「いや、もうこれでいっぱい、いっぱいです(笑)」 そして、今回、イラストレーター・作家の江守藹氏をお誘いし、一緒に鑑賞。マーチンとご対面。な、な、なんと2人はお互い知っていたが、実際に会うのは初めてということだった。 これには僕もびっくり。楽屋では、ブラザー・コーンちゃん、ケイ・グラントさん、松尾潔さんと久しぶりに会った。 楽屋から帰るとき、そのステージを横から見て、母親曰く「意外と小さいのね」。さっきまであった夢のステージはスタッフによって、手際よく撤収作業が行われていた。 ■ 過去記事 前回ライヴ評~鈴木雅之ライヴ、ファイナルは大幅増量 2007年6月23日付けブログ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070623.html ■早くもこのツアーDVD発売決定 ~taste of martini tour 2009 Still Gold~ [DVD] posted with amazlet at 09.07.05 エピックレコードジャパン (2009-09-16) 売り上げランキング: 3363 Amazon.co.jp で詳細を見る 最新作『スティル・ゴールド』 … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

△マイケル・ジャクソンのリハーサル模様

△マイケル・ジャクソンのリハーサル模様 リハーサル。 昨日(7月3日=金)、CNNなどでマイケル死去2日前のリハーサルの映像が放送されていた。歌われていた曲は、「ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス」(1996年のヒット)だった。かなり激しい踊りをバックダンサーがやり、それにあわせてマイケルも踊る。特に問題があるようにはとても見えなかった。 この記録映像は、将来的に「メイキング」を作るときのための映像と思われるが、これがまさか遺作映像になるとは、だれも思っていなかったにちがいない。 インタヴューに、ヴォーカル・コーチとしてドリアン・ホリーが出ていた。彼も「特に変わったことはなかった」と言った旨の証言をしていた。ドリアンは、最初の1987年9月来日時にコーラスの一員として来ていた人物だ。 +++++ 久しぶりに『ウィ・アー・ザ・ワールド』のDVDを見た。ここには45人のアーティストたちが参加しているが、この中で死去しているのは、レイ・チャールズだけだった。そして、誰がこの中で次に亡くなるがマイケルだなんて思い描いただろうか。マイケルはこのとき26歳だ。 クインシーもまだ若い。ライオネルも、そして、ダイアナも。1985年1月のドキュメントだから、もう24年も前のことになる。 +++++ ワックスポエティックスの第5号の準備が進んでいる。月末に発売されるが、今回は僕はなんとマイルス・デイヴィスの記事を翻訳した。マイルスの1972年から1975年にかけての『オン・ザ・コーナー』からしばらくの期間にスポットを当てた記事。マイケル・ヘンダーソン、エムトゥーメ、ピート・コージーらに、この時期のサウンドについて、実際にマイルスとプレイしてきたアーティストとして話を聞いている。これはおもしろい。 +++++ 昨日(7月3日)は、収録の後、ゴスペラーズ@武道館。久々にメンバーに会った。それにしても、武道館、超満員。東・西、ステージの真横までぎっちりファンが座ってる。15年間、やり続けてきた自信と、感謝にあふれていた。好きな歌を歌い、これだけの人たちに支持され愛され続けるということは、シンガーにとってこの上ない幸せだ。そして、今日は、マーチンの千穐楽。 +++++

Posted in マイケル・ジャクソン関連 | Comments Off

☆ジョージ・クリントン(Pファンク)、パーラメント/ファンカデリック9月に来日

☆ジョージ・クリントン(Pファンク)、パーラメント/ファンカデリック9月に来日 来日。 ジョージ・クリントンがパーラメント/ファンカデリックをひっさげて2009年9月に来日、NHK主催の『東京ジャズ』の9月5日、昼の部に登場する。同ジャズのホームページで発表された。クリントンの来日はかなり久しぶり。 2009年9月5日(土)午後1時からの部。この部には他に神保彰、ジョン・スコフィールドが出る。クリントンが何番目に登場するかはわからない。果たして、きっちり1時間でライヴを終えることができるのだろうか。メンバーなどはまだ発表されていない。 今年の東京ジャズは、9月4日夜の部から、9月6日の夜まで、金曜から日曜まで5ステージ。 詳細はこちらへ↓ http://www.tokyo-jazz.com/index.html +++++ マイケルの遺書。 マイケル・ジャクソンの遺書の内容に驚いた。子供の後見人にマイケルの母というのはわかるとしても、もし母キャサリンが引き受けられなくなったら、ダイアナ・ロスに頼むとしていた。これは本当に驚いた。 +++++

Posted in ブログ | Comments Off

◎オリジナル・アン・ヴォーグもマイケル・ジャクソンへ捧げる

◎【オリジナル・アン・ヴォーグもマイケル・ジャクソンへ捧げる】 迫力。 サンフランシスコ、オークランド出身の女性4人組グループとして1990年代に大きな人気を獲得したアン・ヴォーグの2008年2月以来、5回目の来日ライヴ。今回は、シンディー、マキシーン、テリーに加え、オリジナルのドーンが参加。オリジナル・アン・ヴォーグとして登場した。(ちなみに前回はローナが参加、その前はローナなしの3人) バックはドラムス、ベース、キーボードの3人だが、しっかり厚めのサウンドを作り、多くの曲に4人のセクシーな振り付けをつけ、徹底して観客をエンタテインする。思い切りハイ・エナジーなショー。それぞれがリードを交代に取り、誰がリードを取っても、しっかり歌いこなす。ドーンは、「リスペクト」や「ギヴィング・ヒム・サムシング…」などでリードを取っていた。 この日は最初の立ち位置で左からテリー(MCの中心)、ドーン(迫力、衣装についた黒のヒラヒラが印象的)、マキシーン(唯一の袖ありシャツ)、シンディー(唯一のミニ・スカート)という並び。4人が揃って踊ると相当インパクトがある。 中盤の女性ソウル・シンガーのヒット曲メドレー12曲は、いつもながら強烈だった。そして、「ホールド・オン」に入る前に、確かテリーが「音楽的天才、マイケル・ジャクソンは、体はいなくなってしまいましたが、ソウルはずっと私たちの中に生き続いていきます」と言って、マイケルへ捧げる歌を歌った。これが、奇しくもラファエル・サディークも曲の中に挟みこんで歌っていた「フーズ・ラヴィング・ユー」。アン・ヴォーグのレディー4人は、最初、アカペラで歌い始め、途中からバンド演奏がついた。とてもよかった。 途中から観客はかなり立ち上がっていたが、アンコールでは、1階のアリーナ席は総立ちになっていた。 ■ 過去記事 2008年2月13日付け ▽4人のアン・ヴォーグ・ライヴ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20080213.html (前回ライヴ評) March 01, 2006 En Vogue: Whatta Girl, Whatta Girl http://32970.diarynote.jp/?day=20060301 http://blog.soulsearchin.com/archives/000857.html (前々回ライヴ評) ■ メンバー ~アン・ヴォーグ~ テリー・エリス/Terri Ellis(Vocals) シンディー・ヘロン・ブラッグス/Cindy Herron Braggs(Vocals) ドーン・ロビンソン/Dawn Robinson(Vocals) マキシーン・ジョーンズ/Maxine Jones(Vocals) ~バックバンド~ イライジャ・グリーン/Elijah Green(Bass) ダンテ・ロバーソン/Dante … Continue reading

Posted in ブログ | Comments Off

○ルーサー・ヴァンドロス逝去から4年

○【ルーサー・ヴァンドロス逝去から4年】 命日。 あのソング・スタイリスト、ルーサー・ヴァンドロスが2005年7月1日に亡くなってからはや4年。今日は4周年の命日だ。2006年7月1日には、目黒のブルース・アレイで『ソウル・サーチン~トリビュート・トゥ・ルーサー・ヴァンドロス』を行った。あれからでも、もう3年かと思うと、時が経つのは本当にはやい。 2年4ヶ月ぶりのイヴェント『ソウル・サーチン』、今回はみなさんの多くのリクエストに答えてアイズリー・ブラザーズである。そういえば、ルーサーで「ラヴ・ザ・ワン・ユア・ウィズ」をやったが、アイズリーもこの曲をやっている。 準備は順調に進んでいるのでいらっしゃる方はぜひ楽しみにしていただきたい。 +++++ マイケル・ジャクソンの死去に関連して、毎日新聞に追悼文を寄稿した。いま、毎日新聞のサイトを見たのだが、まだアップされていないようだ。明日以降にアップされると思うので、そのとき追記でリンクを張ることにする。 マイケル・ジャクソン関連記事 2009年6月30日付毎日新聞夕刊 「黒人音楽を世界中の音楽にしたスーパースター~マイケル・ジャクソンさんを悼む」 2009年6月29日付け日本経済新聞夕刊 「M・ジャクソンさん、CD黄金期と共に去りぬ」 また、6月29日付け日本経済新聞夕刊の「M・ジャクソンさん、CD黄金期と共に去りぬ」という記事にコメントを寄せた。これも、ネットで読めるかと思いきやまだ見つけられない。 もしそれらの新聞をお持ちでしたら、ごらんください。 +++++ ■ ブログについてのお知らせ メインサイトであるソウル・サーチン・ブログのサーヴァが昨日(2009年6月30日)からダウンしております。ホームページ本体、アーカイブなどは生きていますが、ブログの古いもの2008年1月から最新のものまでが、個々では見られなくなっています。2007年までは、ホームページ→目次→Diary過去分で月ごとに収録されています。 ブログ自体は、ミラー・サイトとして次のところにアップしておりますので、引き続きごらんください。最新の日記もデイリーでアップしています。 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/little_diary.cgi (過去1000件分=約3年弱分。ここには写真が載せられません。過去1000件分が入っていますが、古い順から消えていきます。ソウル・サーチン・ダイアリーとして、ここから2002年6月スタートしました) http://32970.diarynote.jp/ (2003年3月21日以降のブログ。ここには2003年3月以降のものがすべて収録されています。写真はほとんどありません。) http://ameblo.jp/soulsearchin/ (2007年3月27日以降のブログ。前回のソウル・サーチン以降始めたアメブロ。写真なども載せています。コメントもトラックバックも承認制ですが可能です) 本サイトがダウンしている間は、このアメブロがお勧めです。 また、同じアメブロで『マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル』ブログを始めました。本に関することをアップしています。こちらもよろしく。 http://ameblo.jp/divided-soul/ +++++

Posted in ブログ | Comments Off