Monthly Archives: December 2008

■マルターノ、梶原順ライヴで幕を閉じる

■【マルターノ、梶原順ライヴで幕を閉じる】 閉店。 2006年9月に藤が丘にオープンしたピッツェリア、マルターノ(藤が丘店)が2008年12月30日をもって閉店する。その最終日、ギタリスト梶原順さんのライヴが行われた。梶原さんは一度本人名義でこのマルターノでもライヴを行ったり、ケイリブたちのライヴにゲストで登場したりしている。しばらく前のケイリブのライヴが最後の予定だったが、梶原さんが、最後の最後にぜひやりたいということで営業日最後に閉幕公演を行った。 マルターノの大西さんからご案内をいただいていたが、早い時間別の用事があって、それを早めに切り上げセカンド前に現地に到着。すると、な、なんと入り口に、山下達郎さんライヴでおなじみの小笠原拓海さんが。おととい会ったばかりだが。「ああれ」「あれえ~~?」 見に来たのかと思って「1人?」とか聞くと、「いえ、あの、今日、プレイしてるんですけど…」 「あ、あああっ、そうだったんだ(苦笑)」  梶原さんが、1年半ほど前にベースの川内啓史(かわうち・けいし)さんとギターの伊藤悠甫(いとう・はるとし)さんを抜擢しライヴをやったことがきっかけでつながりができ、さらに彼らと洗足大学時代同級生の小笠原さんにも声がかかった。彼ら3人は、ファブ・ボンド(Fab Bond)というユニットを組んで、ときどきライヴをやったりしていた。3人とも1984年組みの24歳だ。(1人、川内さんだけ、85年1月で来月24歳) ドラムス、ベース、ギターの3人がきっちりとしたサポートを繰り広げるので、これなら梶原さんもやりやすいだろう。そして、それにのって梶原さんがメインの職人ギターを聴かせる。小笠原さんのドラムは、実に軽やか。彼は同じ大学の先輩、市原ひかり(トランペット)さんに誘われ、別のバンド、ヒップ・シック(Hip Chick)というのも彼らとやっているそうだ。そうしたら、その市原さんがちょうど来ていて紹介され、11月に出たばかりのCD『JOY』を頂いた。(帰りの車で早速聞いたら、スティーヴィーの「マイ・シェリー・アムール」をいい感じでカヴァーしていた) 下記セカンドのセットリスト、アップテンポの「ユーヴ・ガット・ザ・リズム」などは、実にグルーヴ感があり、途中のベース・プレイも徐々にのりのりで、ソロ・パートも生き生きしてきた。4人で作るリズムが実に強固で洗練されたきれいなファンクという感じ。(なんか表現が変ですいません) この曲の後半部分など4人が集中して一体化して一瞬トランス状態化したかのよう。7曲目の「テイク・ア・ブレイク」もどんどん盛り上がった。マルターノでこんなに大きな音出していいのだろうか、というほど音が大きかった。 ということで、マルターノは12月30日で閉店。しかし、残念だなあ。1月8日から解体が始まる。もし、この店を引き継いでもいいという方がいらっしゃったら、至急ご連絡ください。(笑) ebs@st.rim.or.jp あるいはマルターノまで。大西さん、お疲れ様でした。またリヴェンジしましょう。 ++++ ちょうどライヴが終わった後、レコード大賞が発表されていて、新人賞にジェロ、そして、大賞にエグザイルの「ティアモ」が受賞した。おめでとうございます。事前に僕は、新人賞はジェロ、大賞は「ティアモ」と何度も松尾さんに言ってましたが、めでたしめでたし。テレビの画面、メンバーの後ろで確認しました。 ++++ 2008年も大晦日。今年も、みなさまお世話になりました。また、来年もよろしくお願いします。 ++++ ■ メンバー 梶原順 (かじわら・じゅん)ギター 川内啓史(かわうち・けいし)ベース 伊藤悠甫(いとう・はるとし)ギター 小笠原拓海(おがさわら・たくみ)ドラムス ■ セットリスト Setlist : Kajiwara Jun @ Martano, Fujigaoka, December 30, 2008 first 01. Have Some Fun (Original) 02. … Continue reading

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●アーサ・キット、デラニー・ブラムレット死去

●【アーサ・キット、デラニー・ブラムレット死去】 訃報。 ブロードウェイなどで活躍した黒人シンガー、エンタテイナー、アーサ・キットが2008年12月25日、コネチカット州の病院で大腸がんのため死去した。81歳だった。 彼女は「セックス・キットゥン」(セクシーな子猫ちゃん)の愛称を持って、親しまれた。芸名のキットと子猫を意味するキットゥンをかけている。 アーサ・キットは1927年1月17日サウスキャロライナ州生まれ。母はチェロキーと黒人のハーフ、父はイギリスとオランダのハーフということで、さまざまな血が入った人物。また彼女は、自身がレイプされたことによって誕生したと自伝などで明かしている。1950年代から歌手として徐々に頭角を出し、いくつかのヒットを放った。その後ブロードウェイ、映画界にも進出、エンタテイナーとして知られるようになった。1960年代のテレビ映画『バットマン』第3シリーズでのキャット・ウーマンの役でも知られる。 レコード面では、1953年の「ウスカ・ダラ~ア・ターキッシュ・テール」がポップ・チャートで23位、他に「セッシ・ボン」(1953年)、「サンタ・ベイビー」(1953年=4位)などのヒットがある。また、1983年にニューヨークのストリートワイズ・レーベルからディスコ・ヒット「ホエア・イズ・マイ・マン」を出し、これがディスコ・チャートで7位を記録している。 彼女のターニング・ポイントは、1968年に当時のヴェトナム戦争に反対し、その声明をホワイトハウスの昼食会で宣言し、大きな論争を巻き起こしたとき。そのために、彼女はアメリカに居辛くなり、海外を拠点にするようになった。約10年を経て、1978年、彼女はブロードウェイに戻る。 12月25日の命日は、ご存知の通り、ジェームス・ブラウンと同じである。 +++++ デラニー・ブラムレット死去 ロック・ギタリストで多くの作品を残してきたデラニー・ブラムレットが2008年12月27日午前5時前、ロスアンジェルスの病院で死去した。胆嚢(たんのう)の手術をした後だった。妻によるとこの7ヶ月闘病していたという。 デラニーは、1939年7月1日ミシシッピー州ポントトック生まれ。南部のR&Bに根ざしたサザンロック系のアーティストとして活動。特にデラニー&ボニーとして活躍しヒットもある。テレビの音楽番組『シンディグ』のハウス・バンドの一員となり、その頃からJJケール、レオン・ラッセルらと音楽活動をするようになる。彼がかかわった作品では、レオン・ラッセルが歌った「スーパースター」(後に、カーペンターズ、ルーサー・ヴァンドロスなどの歌でも有名)、エリック・クラプトンが録音した「レット・イット・レイン」などがある。エリック・クラプトンは、元々デラニー、ボニー&フレンズに参加し、デラニーがクラプトンのファースト・アルバムを共同プロデュースしている。その他にも、エタ・ジェームス、エルヴィン・ビショップ、ドロシー・モリソン、ステイプル・シンガーズなどの作品もプロデュースしている。 ENT>OBITUARY>Kitt, Eartha (January 17, 1927 – December 25, 2008, 81) ENT>OBITUARY>Bramlett, Delaney (July 1, 1939 – December 27, 2008. 69)

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⊿ 山下達郎~フェスティヴァル・ホール最後の日

(ネタばれにならないように配慮して書きますが、これからご覧になる方は十分ご注意ください) ⊿ 【山下達郎~フェスティヴァル・ホール最後の日】 さよなら。 「ここを壊すということは、カーネギー・ホールを壊すようなものだ。ばかだ」と声高に主張した山下達郎さんの、その思い入れたっぷりの大阪フェスティヴァル・ホールでの最後のライヴが2008年12月28日(日)行われた。僕は、ここでライヴを見るのは初めてで、最後になる。 足を踏み入れて感じたことは、やはり、木を基調にした「いい気」のある素晴らしいホールだということ。とても品のある格調が感じられた。過去50年分の歴史の一部が廊下などに写真として貼られたりして、ホールのさよなら気分を盛り上げる。 そんな中、カラヤンとワグナー演奏会写真の間に、山下達郎・前回のライヴ写真が堂々と飾られていた。この並びを考えたのは、達郎さんライヴを初期からてがけてきた一人ソーゴーの源野さん。それぞれのミュージシャンとスタッフ、そして観客がこのフェスティヴァル・ホールに思い入れを持ち、その思い入れの塊がこの夜のライヴに乗り移ったようだった。ライヴ前にはドゥ・ワップのレコードが流れていた。 達郎さんは、アンコールの前に「小さなお願いがあります。最近はインターネットやブログですぐ情報がでますが、まだツアーも始まってまだ5分の1も終わっていません。そこのところ御配慮をお願いします」と述べた。なので、セットリストは本ツアー終了(2009年4月25日)までお預けということにする。そこでこの日だけのこと、また全体的な感想文を少し書いてみたい。 達郎さんが、このフェスティヴァル・ホールに初めて出たのが1980年5月27日のこと。以来この日で47回目の出場になった、という。ほかに大先輩方には、200回を超える人もいるとのことだが、それでも47回はかなりの数。奇しくも今回のツアーは全47本、そして、この日は9本目。 今回6年ぶりにツアーを始めた理由のひとつに、このフェスティヴァル・ホールがなくなるということがあった、という。また、もうひとつの理由として、自分のバンドのメンバーが他のミュージシャンのツアーにでていて、なかなかこちらに回ってこなかったためしびれをきらした、ということもあった。そこでドラムに24歳の小笠原拓海さん、第二キーボードに柴田俊文さんが入り新バンドが出来上がった。小笠原さんは、約2年かけて探していてやっと見つけた人材だという。「このバンドは、今までやってきた中で一番好きかもしれない」と達郎さんは言う。 ドラムス、ギター、ベース、キーボード2、コーラス3、サックスという9人のバックバンドに達郎さん本人、10人がオンステージ。 一言でいえば、3時間半超のライヴを行えるそのミュージシャン力にひたすらひれ伏すという感じだ。しかも、ミディアム調、アップテンポ、スロー・バラードでさえもしっかりとしたグルーヴがある。 今回僕が一番感じたことは、歌声の力強さはさることながら、ミュージシャンを含めステージ全体を掌握するバンド・マスター、プロデューサーとしての山下達郎の姿だ。特に各ミュージシャンにそれぞれのソロ・パートを存分に与え、それぞれのミュージシャンが応えるあたり、完全にバンド・ユニットとして機能している。おそらくリハーサルでは各ミュージシャンへ細かい指示がたくさん出ているのだろう。バンドは、ニューヨークのユニット、スタッフを思わせるようなタイトさ。そしてそれを仕切る達郎さんは、まるで、プロデューサー指揮者クインシー・ジョーンズ、しかも、歌うクインシー・ジョーンズというイメージを持った。達郎さんはクインシーは好きではないかもしれないが。(笑) また、いくら曲が進んでも、やる側も聴く側も集中が切れないところがすばらしい。実際アンコールに入るまでの2時間40分があっという間に過ぎた。 達郎ツアーに大抜擢された小笠原さん。山下洋輔バンドなどで活躍してきた彼だが、ライヴ後、一瞬話す機会がありひとつだけ質問した。「20曲以上ある曲で、どの曲が一番難しいですか」「いやあ、(その質問は)難しいなあ。全部、難しいですよ。どれも簡単ではありません。何度も聞いて覚えて、必死です」「では(ライヴを)9本やってみて、最初よりこの部分は自分はうまくできた瞬間とかあります?」「う~ん、そこまではまだ言えないですが、他の(ミュージシャンの)音が聞こえるときは、自分もうまくプレイできるような気がします。でも、まだまだです」 いやいや、スター・ドラマーの誕生だ。 達郎さんはフェスティヴァル・ホールの思い出もいくつか語ったが、「ここを始めた頃は、新年のライヴがあって、2日~4日がジュリー(沢田研二)、5と6が僕で、7~9が杉良太郎さんとなってて、その3人が並んだポスターがあったんですが、(今僕のところに)ないんですよねえ」(笑)というのがおもしろかった。 4日あったフェスの最後ということで、竹内まりやさんが登場し、フェスでの思い出を語った後、「人生の扉」と「セプテンバー」を歌い大喝采を浴びた。さらにアンコール中も2曲ほど予定にない曲が歌われ、アンコール最後の1人アカペラ曲が終り、客電がつき、「ザッツ・マイ・デザイア」が流れた。しかし、観客のスタンディング・オヴェーションは止まらず、結局達郎さんもう一度ステージに。「あんたたち、俺を殺す気か(笑)」と言って、まりやさんを伴い二人で「本当に最後の1曲」を歌った。そして、再び、「ザッツ・マイ・デザイアー」。「こんなことは、20数年前にあったくらいだ」という。18時06分に始まったライヴが本当に終わったのは21時37分だった。 達郎さんは、この日何回「フェスティヴァル・ホールの神様」と言ったことだろう。本当に、このようなホールには音楽の神様がいると思う。ニューヨークのアポロ劇場、シカゴのリーガル劇場、フィラデルフィアのアップタウン劇場、それぞれの街にある、その地のアーティストたちの血と汗と魂(ソウル)が染みついた会場。そうした会場は、ただのハコではない。そこで歌ってきた、演奏してきた何千人あるいは何万人というアーティストたちの魂のかけらがそこに一粒ずつ落ちているのだ。このフェスティヴァル・ホールもそうだろう。 50年前に当時35億円をかけて作ったホール。今ならその10倍か20倍以上の貨幣価値になるかもしれない。ホール自体の周りに隙間があることによって、ホール自体が鳴るように設計されているそうだ。現在の建築基準法ではこの建て方では建てられないという。だったらなおさら壊すな、だろう。 達郎さんもミュージシャンも、観客もこの日ほどライヴが終わらなければいいのに、と思ったことはないにちがいない。 この日、ポピュラー系アーティストのトリを飾った山下達郎。フェスティヴァル・ホールの支配人がライヴを見て、「掛け値なく今まで見たライヴの中で最高のものでした」と言ったそうだ。 さよなら、フェスティヴァル・ホールの日~ しかし、山下達郎のツアーは、あと38本続く~ ■ 過去山下達郎関連記事 May 07, 2008 Yamashita Tatsuro Live At Hamarikyu Asahi Hall 【山下達郎~素晴らしき人生】 http://blog.soulsearchin.com/archives/2008_05_07.html May 11, 2008 … Continue reading

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△ゴールデン・ライフを生きて~ブレンダ・ヴォーン・ライヴ

△【ゴールデン・ライフを生きて~ブレンダ・ヴォーン・ライヴ】 黄金。 ブルーズ・アレーでの2008年3月以来ブレンダ・ヴォーン・ソロ第4弾ライヴ。回を増すごとに本当に充実し素晴らしい内容になっていくブレンダのライヴ。回を増すごとに動員も増やしているが、今回は通路までかなりの立ち見が出た。4回で一番多くの観客が集まった。しかもメンバーも、強力なラインアップを揃え、セットリストも充実だ。これを続ければ観客は決して減ることはなく必ず増えていくだろう。 「私は50歳になります。恥ずかしいこと? そんなことはないわ。50年生きてきたことを誇りに思います」 ライヴの冒頭で堂々とブレンダは宣言した。誕生日は12月30日(1958年=戌年~いぬどしです)なので正確には3日後だが、盛大な誕生パーティーになった。今回のライヴのコンセプトは、ジル・スコットの作品「ゴールデン」から取った「自身の人生をゴールデン(黄金)のように生きて」というもの。まさに彼女の人生そのもののようだ。 見所もたくさんあったが、ジル・スコットの「ゴールデン」、イスラエルの「カム・イン…」など彼女が初めて歌う曲も実によい。木下航志を迎えたレイ・チャールズ曲でのからみあいなどは、航志&ブレンダが堂々と渡り合うところが驚く。航志はこうした黒人ばかりの中に入ると本当に影響されて、黒くなる。この日はジーノはもちろんのこと、マサ小浜のギターもいつになくファンキーに感じられた。 第一部で「ハッピー・バースデイ」の後に、ビデオが流されたが、ここで彼女の恩人の1人、ジェフリー・ピートさんの「50歳おめでとう。これからの50年も期待してるよ」というメッセージが流されると、ブレンダも涙を隠さなかった。このジェフリーはブレンダによると、彼女がオークランドにいた頃にすごくよくしてくれたライヴ・ハウスのオウナーで、彼の持つ「ジェフリーズ・イナー・サークル」という店でブレンダはレギュラーで歌い始め、大きなきっかけをつかんだという。その後、ブレンダはその場で涙を少しぬぐいながら、即興でケイリブのキーボードにあわせて、「アイ・サンキュー」と歌った。ブレンダによれば、「ケイリブが弾いていたコードにあわせてその場で出てきたメロディーと歌詞よ。早く忘れる前に書きとめておかなければ(笑)」と言う。 第二部で飛び入りで入ったドラムス、デイヴィッド・ハインズはフランク・マッコムのドラマー。所要で日本に来ていて、遊びに来た。彼は左利きだが、この日は右利き用ドラムで急遽プレイしたが、かなりのもの。彼はフランクのステージではいろいろな音がでるシンセ・ドラムみたいなのをやった人。 「ユー・ガット・ザ・ラヴ」「エイント・ノーバディー」などのシャカ・カーン曲を聴くと、まさにブレンダは「日本のシャカ」かと思う。そして、彼女がグラディスの「ニーザー・ワン・オブ・アス」を日本人男性3人を舞台に上げ、即席ピップスにして歌うのを聴くと、「日本のグラディス」かとも思う。もちろん、アレサの曲を歌えば、「日本のアレサ」になる。これはスタイルが似ているという以上の意味での褒め言葉として受け取ってもらっていい。僕は個人的には、パティー・ラベル的なブレンダの甲高い声より、グラディス系の落ち着いた低めの声の方がより彼女の魅力が増すのではないかと思う。 緩急取り混ぜてのセットリストは、聴かせ、躍らせ、ハッピーにさせ、ときにしんみりとさせる。第二部の圧巻は、カーク・フランクリンの「リーン・オン・ミー」。「今年、2008年はたくさんいいことがありました。そのひとつは、この曲をカーク・フランクリンと一緒に録音できたことです。ゴスペラーズとカークでの録音を、ガイドし共同プロデュースできました。ゴスペラーズのみなさんは、さきほど来てくれていました。ありがとう」 ケイリブ、ロビー、ブレンダらが少しずつソロを歌い、この日のコーラス隊、メロディー・セクストン、ロビー・ダンジー、ソニヤ・ロジャース(なんとハウスのCCロジャースの妹だそう!)を従え、遊びに来ていたアンソニー・ベイリー、ミーシャ、アル・マーティン、タイらが少しずつ客席から歌い、ステージに向かい、最後ステージには7人のゴスペル・クワイアが出来てしまった。20分に及んだこの「リーン・オン・ミー」はけっこう来た。 アンコールでの木下航志くんの「アメージング・グレイス」のソロは、周りのコーラス隊があきれるほど堂々としていた。この後、予期せずにブレンダが「ホワット・ア・ワンダフル・チャイルド」というゴスペルを歌い始め、バックがそれに急遽ついていくというハプニングも。 それにしても、バックバンドも強力で、今、東京ベースのミュージシャンで見られる最高のソウル・ショーと言っていいだろう。 充実の中身の濃いライヴだ。セカンドだけで1時間50分。たっぷりたっぷりである。最後は途中で紹介されたブレンダの大きなバースデイ・ケーキがお客さんに振舞われた。 ハッピー50th! 半世紀、おめでとう! そして、Thank you for your great music, as always. You’re living in your life like it’s golden. ゴスぺラーズからは、黒沢さん、酒井さん、北山さんらが観戦。例の「1-2-3-For-5」がシングルに決定し、そのPV撮影が翌日(日曜)にあるそうだ。これは嬉しい! ■ 過去関連記事ブレンダ・ヴォーン  March 14, 2008 Brenda Vaughn’s Third Her Own … Continue reading

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▽テンプテーションズ・レヴュー・フィーチャリング・デニス・エドワーズ

(ライヴの内容に触れます。これからごらんになる方で、事前に内容を知りたくない方はご注意ください) ▽【テンプテーションズ・レヴュー・フィーチャリング・デニス・エドワーズ】 一体化。 客席も熱く盛り上がり、ステージの今宵のスターに熱い視線を投げかける。イントロに引き続きアップ・テンポの「スタンディング・オン・ザ・トップ」で始まると、アリーナの観客の一部が早くも立ち上がった。アーティストと観客の距離が近いというのは、一体感を生み出すのに重要な要素だ。 デニス・エドワーズがしわがれ声で言う。「昨年日本に来ることになったとき、ワイフに来るかというと、来ないと言った。だが、(結局一緒に)来てみると、日本にはとても綺麗な女性がたくさんいることがわかった。だから、もう彼女は僕を1人で来させてくれないんだ。(笑)」 5人お揃いのオレンジ色のジャケットに白のパンツ。同時に同じステップと振りをつけ、歌う。アリ・オリの持ち歌「レディー・ソウル」をデイヴィッド・シーが自信たっぷりに歌う。そのデイヴィッドは途中から舞台左側から客席に降りて客席の女性に向かって歌った。とろける。 前半のハイライト「パパ・ウォズ・ア・ローリング・ストーン」はソリッドなリズムと5人のきびきびした振り付けが印象的。これ、じっくり見ていたら、デニス→クリス→マイク→GCとリードを引き継いでいた。これは声のヴァリエーションも素晴らしい。 デニスが叫ぶ。「Can I turn it loose?」(のりのりで行っていいか?) 客席から「オーイエー」という声と拍手。客席と一体化したライヴだ。今回、急遽アリ・オリの代打で登場のGC、相変わらず、振り付けがワンテンポ遅れて愛嬌なのだが、ひょっとして、全部覚えてもこうなのかな、とも思ってしまった。(笑)そのGC、「サム・エンチャンテッド・イヴニング」ではここぞとばかりに熱唱する。 バラードでのハイライトは、「アイ・ウィッシュ・イット・ウド・レイン(雨に願いを)」。デイヴィッドの熱い歌唱がコットンに響く。アンコールの「マイ・ガール」では、ミラーボールが周る。しかし、テンプスのようなグループのライヴは何度見てもいい。 ○テンプス、今後のライヴはコットン・クラブで12月27日(土)と28日(日)が1日2回。29日は休み。30日、31日は1日ワン・ショー。時間などが日によって違いますので、下記ウェッブをごらんください。 http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/schedule/ ■ 過去ライヴ評 December 25, 2008 Temptations Featuring Dennis Edwards Live: GC Is Here http://blog.soulsearchin.com/archives/002776.html (東京初日ライヴ評) November 26, 2007 It’s The Temptations’ Week With The Temptation … Continue reading

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☆元シュープリームスの女性たち~天空をバックに

☆【元シュープリームスの女性たち~天空をバックに】 窓ラウンジ。 六本木ヒルズのマドラウンジでのイヴェントに、元シュープリームスのメンバーが結成したその名も「ザ・フォーマー・レディーズ・オブ・ザ・シュープリームス」が登場。このシュープリームスは今回7回目の来日ということだが、僕は初めて見る。今回のメンバーは、シェリー・ペイン、リンダ・ローレンス、フレディー・ポールの3人。 赤のおそろいのドレスで登場。バックには地上52階から見られる東京の夜景が広がる。基本はスタンディングのイヴェントなので、全員最初から総立ち。(笑)アップ・テンポの曲を、ちょっとした振りをつけて歌う。カラオケではあるが、3人の存在感が大きいので、意外と気にならない。 リードの中心は小柄なシェリー・ペイン。「ベイビー・ラヴ」が歌われてきたとき、後ろから「これってアムロちゃん?」という声が。なるほど、そういう時代2008年。最初向かって左側に立っていたリンダが、「スキヤキ」の一番を日本語で歌った。「上を向いて~~」という歌声が出ると、一斉に「うおおおおっ」という声が上がった。歌はみなしっかりしている。また、後半アレサ・フランクリンの「レスペクト」を歌ったところなど、客を1人舞台に上げてのりのりだ。 しばらく見ていると、舞台袖にジョン・アビー氏の姿が。そうか、そういえば、前回会ったときに、このシュープリームスを日本に連れてくると言っていた。 それにしても、同じ週にテンプテーションズ、シュープリームス、そして、スタイリスティックスを見られる東京という街、世界でも屈指の「ソウル・タウン」だ。 次のDJとしてスタンバっていたのは、クリスマス服に派手に身を包んだDJアトム。他にDJ小山、DJアキラらがこの日のDJであった。 ■ メンバー シェリー・ペイン Sherrie Payne リンダ・ロウレンス Lynda Laurence フレディー・ポール Freddi Poole メンバーについての詳細は、2008年12月10日付本ブログをごらんください。 December 10, 2008 Former Ladies of The Supremes Show Will Be At 52nd Floor http://blog.soulsearchin.com/archives/002761.html ■セットリスト: フォーマー・レディーズ・オブ・ザ・シュープリームス Setlist: Former Ladies Of The … Continue reading

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◎テンプテーションズ&G.C.キャメロン

(ライヴの内容に触れます。これからごらんになる方で、事前に内容を知りたくない方はご注意ください) ◎【テンプテーションズ&G.C.キャメロン】 伝統。 およそ1年1ヶ月ぶりのデニス・エドワーズのテンプテーションズ・レヴュー・ライヴ。東京は、24日のオークラでのディナー・ショーから始まった。40年以上のヴェテラン・ヴォーカル・グループ、テンプテーションズ、今回はリード・シンガーのひとりアリ・オリが急病で入院し、その代打で元スピナーズのリード・シンガー、G.C.キャメロンが急遽登場。 GCは、2000年ごろからデニスのではないテンプスに参加していたので、一応、ステップや歌はすべて知っている。ひょっとして、GCが入ることで、彼のヒット「イッツ・ア・シェーム」や「イッツ・ソー・ハード・トゥ・セイ・グッドバイ」などは歌われるのだろうかとの期待も膨らむ。 ディナー・ショー会場は「平安の間」。天井も高い宴会場だけに、かなり広い印象だ。約300人で満席。この日はワン・ショーだけ。普段コットンなどにライヴに来る観客層とはちょっと違う。さすがホテル・オークラの顧客という感じだ。 ショー構成は基本的には昨年同様、リード・シンガーが代わる代わるテンプスの大ヒット曲を歌い続け、観客を盛り上げる。歌い、踊り、踊り、歌いの約90分。セットリストは1曲目から15曲目まで昨年と同じ。もうこのパターンで完璧に作りこまれているということだろう。オープニングで「スタンディング・オン・ザ・トップ」が始まると、まさにリングのゴングが鳴り響き、ハイ・エナジーなショーの始まりだ。もうショー進行は手馴れたもの。 さてアリ・オリの代表作「レディー・ソウル」は、誰が歌うのかと思ったら、デイヴィッド・シーが堂々の歌唱を見せた。デニスは、「アリ・オリが急病になったとき、私は古い友人に電話をしました。ご紹介しましょう。ミスター・G.C.キャメロン!」といってGCを紹介した。そして、GCは、やはりアリ・オリが歌った「サム・エンチャンテッド・イヴニング」、そして、「トリート・ハー・ライク・ア・レイディー」を堂々と歌った。 ただGCは最近テンプス・ステップを踊っていなかったせいか、さすがに振り付けの動きが1人だけ、ワンテンポ遅れるのが愛嬌。それでも彼はそんなことは関係ないというような満面の笑みでパフォーマンスを続けるので、「ま、いいか」という気持ちになってしまう。(笑)僕はけっこう彼の一挙手一投足を見守ってしまった。 さて、クリスマス時期なので、最後にはデイヴィッド、マイク、デニスとリードを回す「サイレント・ナイト」が歌われた。この日は名古屋から移動してのライヴだったので、若干疲れ気味だったかもしれないが、明日一日休むので金曜(12月26日)からのコットン公演はまたまた熱気あふれるものになりそうだ。典型的なR&Bヴォーカル・グループの最高峰、テンプスの伝統は今年も受け継がれる。ちなみにデニスは1943年生まれで、GCは1945年生まれ。2歳しか違わない。 ライヴ後すぐにホワイエに出てきて、5人全員が揃ってのサイン会。みんなに「メリー・クリスマス」と言ってサインをしていた。 ○テンプス、今後のライヴはコットン・クラブで12月26日(金)から28日(水)まで1日2回。29日は休み。30日、31日は1日ワン・ショー。時間などが日によって違いますので、下記ウェッブをごらんください。 http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/schedule/ ■ 過去ライヴ評 November 26, 2007 It’s The Temptations’ Week With The Temptation Walk (Part 1) http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200711/2007_11_26.html (パート1から4まであります) ■メンバー ザ・テンプテーションズ・レヴュー・フィーチャリング・デニス・エドワーズ Dennis Edwards(vo), GC Cameron(vo), David Sea(vo), Mike Pattillo(vo), Chris … Continue reading

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○千住明氏ソウルを語る

○【千住明氏ソウルを語る】 言い換え。 NHK-FMで2008年12月23日(火曜=祝日)午後4時半から8時間にわたって生放送された『一日ソウル・ミュージック三昧』。スタジオに見に行こうと思っていたのだが、どうにも翻訳の作業が遅れているので仕事しながらFMを聴くことにした。番組で、クラシック系の仕事で知られる千住明さんがゲストの1人として登場。彼のソウル・ミュージックの原点を語った。 彼とソウルとの原点は、赤坂のムゲンあたりにあるという話は、下記講演会で聴いていた。改めて下記エントリーを読むと、感激も新ただが、この日は番組で彼の思い出のソウル・ヒットについて語り、かけていた。 May 22, 2005 Senju Akira Talks (Part 1): Native Speaker Of Music  【音楽のネイティヴ・スピーカーによる『音楽のすゝめ』】 http://blog.soulsearchin.com/archives/000278.html May 23, 2005 Senju Akira Talks (Part 2): Baton Was Passed On To Son 【渡されたバトン】 http://blog.soulsearchin.com/archives/000281.html 彼が選んだのは、オージェイズのゴスペル・ヴァージョンの「エモーショナリー・ユアーズ」(千住さんコメント・以下同=分厚いゴスペル隊には、まいった)、スリー・ディグリーズの「ホエン・ウィル・アイ・シー・ユー・アゲイン(天使のささやき)」(ディスコでよく聴いた。東京音楽祭で優勝)、クインシー・ジョーンズの「アイアンサイドのテーマ」(モードという手法を使ったジャズのアレンジ、それがソウル風になっていたところに衝撃を受けた)、アイザック・ヘイズの「シャフト」(今でも、この曲は好きで自分がアレンジの仕事などで煮詰まったりすると、よく聴いたりする)。この選曲はおもしろかった。 彼のクラシックあるいはテレビ音楽、ドラマなどの仕事ぶりから、こうしたものが原点的にあったというのは、ムゲンに通ったことを知っても、さらに想定外だった。音楽家っていうのは、ふだん作って多くの人に親しまれているタイプの音楽とはまったく違うところに、お気に入りがあったりするものなのかもしれない。 オージェイズはゴスペル・ヴァージョン。20数人のクワイアーを従えた素晴らしいヴァージョンで、当時ライナーを書いたことを思い出した。 ソウル・ミュージックについては、千住さんはたくさんのことを語った。たとえば、「譜面にない音がでてくる」「ソウル・シンガーの声の出方は、空気が震える、違う」「みんなが一緒にひとつの音楽をやるところが素晴らしい」などなど。 しかも彼がソウル・ミュージックのことを話すときに、夢中になって、熱くなってしゃべっていたところがおもしろかった。その勢いで、「赤坂ムゲン」「コーク」などの固有名詞がぽんぽんと飛び出た。 NHKでは、ご存知の通り、固有名詞について、販売促進につながるものは、言い換えするように指導される。「赤坂ムゲン」などは、もうすでになくなっており、また、もはや文化のひとつとして定着しているので、言い換えする必要もないと思うが、途中でスタッフから注意されたのか、いきなり、千住さんが「Mゲン(エムゲン)」と発音して、同席のゴスペラーズ、村上さんが「エムゲンね」と苦笑していた。僕も最初、何のことかと思ったが、「Mゲン」と言い直したのが笑えた。さすがにNHK的には「コーク(コカ・コーラ)」は「炭酸清涼飲料水」あたりになるかとオダイさん。そういえば、山口百恵の『プレイバックPART … Continue reading

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◆スタイリスティックス~ザット・セイム・ウェイ

(内容に触れます。これからごらんになる方で、事前情報を知りたくない方はご注意ください) ◆【スタイリスティックス~ザット・セイム・ウェイ】 おじぎ。 彼らの何曲かごとに、曲が終わったところでする「おじぎ」が深く、直角で、長い。お客さんを楽しませてなんぼのもの。徹底したエンタテイナー。MC役ハーブ・マレルは軽快なトークで語る。「ちょうど僕たちは、グループを結成して40年。(拍手)いつでもここ日本に来られてとても嬉しい」 クリスマス時期のスタイリスティックスは月曜から土曜まで6日間、12ステージがすでに満員。28日には横浜のホテルでディナー・ショーまで組まれている。 全21曲、ほぼおなじみの曲がほぼノンストップで歌われる。1曲1曲が短く、テンポよくたたみかけてくる。どれもおなじみの曲ばかりだが、今回はちょうど出た新作『ザット・セイム・ウェイ』から新曲「サッド・トゥモロウ」と「エボニー・アイズ2008」を披露。前者はエアリオン・ラヴが書いた曲で、歌に入るイントロのところで、「これは数年前、僕の兄が亡くなったときに書いた曲です。この歌詞は、誰かを失った誰にでもあてはまる曲だと思います」と一言いれて歌い始めた。 「涙も、悲しみも、痛みもいらない。言葉にできない気持ちが体から抜け出た。一緒に過ごした思い出ももう語れない。一日の終わりを迎えるのが恐い。さよならをいうことなく、あなたは去っていってしまった。もっと多くを語りたかった~ときが経てば痛みも消えることはわかっている。でも、愛は決してなくならない」(大意) なるほど、ここでいう「あなたyou」は恋人ではなく、彼の「兄」(もしくは弟)だったのだ。もちろん、聴く者によっては、恋人、あるいは両親、親友でもあてはまるだろう。 歌って、踊り、びしっと振り付けがついて、深いおじぎをして。その40年の歴史に、帽子を取って敬意を表しよう。アンコールを終えてステージを降りると、ファンが彼らの元に殺到した。 ライヴ後楽屋に挨拶に行った。楽屋入口で待っていると、ポジティヴのモーリスから声をかけられた。「久しぶり。元気そうね。よくビルボードで会うね」「おおっ、これは、久しぶり。次のプロジェクトは何?」と尋ねると「ジャネットだ。キョウドウ横浜と一緒にやるよ」。 中に入ると、いきなり、エアリオンが持っていたCDを見るなり、「ライナーノーツを友達に訳してもらって読んだよ。いいことを書いてくれてありがとう」と言われた。こちらがびっくり。ハーブにはメールでいくつか質問をして答えをもらったので、そのお礼も言ったら、彼にも「いい記事をありがとう」と言われた。「日本ではどれがシングルになっている?」と聞かれ、「う~ん、日本では今はシングル盤は切られないですねえ。ラジオは、アルバムからの曲をかけていると思いますよ。たぶん、1曲目のタイトル曲が一番かかってるんじゃないかな」「最近地元(フィラデルフィア)ではアルバムから『エボニー・アイズ2008』がかかっていて、これがシングルになるらしい。だから、今回ステージで歌ったんだ」「なるほど」  すると、ヴァン・フィールズが「『ペインテッド・オン・ザ・スカイ』もすごくいい曲だよ。全曲、気にいってるけど、これはチェックしてくれ」と言う。 彼らは12月11日から、福岡3日、札幌1日、大阪4日、そして、東京6日、最後にディナー・ショー。超ハードワークだ。あと一週間、喉、お大事に。 ◎スタイリスティックス~ビルボード・ライヴで12月27日(土)まで毎日2ステージ http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=6589&shop=1 ■ 最新作『ザット・セイム・ウェイ』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001GM7A7M/soulsearchiho-22/ref=nosim/ 『スタイリスティックス・クリスマス』(新装発売) http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001GM7A7W/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ■ 過去関連記事 April 16, 2008 Stylistics : Magic Of The Song 【「愛がすべて」、その魔力のすべて】 http://blog.soulsearchin.com/archives/002457.html 前々回来日時ライヴ評。 December 22, 2007 Stylistics : Take Me … Continue reading

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★アリ・オリ入院

★アリ・オリ入院 緊急。 24日から始まるテンプテーションズ・レヴューに来日予定だったアリ・オリが急病のために来日中止となり、代わって元スピナーズのGCキャメロンがリード・シンガーのひとりとして来日することになったが、アリ・オリが自身のホームページで入院したことを明らかにした。 「アリ・オリ・ウッドソンは入院しましたが、現在快方に向かっており、まもなく活動を開始します」というメッセージで、病名などについての詳細はない。また、寄付、カードなどは次のアドレスへと記されている。 アリ・オリの公式ウェッブ。入院のお知らせ。 http://www.aliolliewoodson.com/ お見舞い、カード、寄付などの送り先。 Ali Woodson c/o Hi C Management 7375 SE 12th Circle Ocala, FL 34480 (守島さん、情報ありがとうございます) +++++ アリ・オリは昨年のテンプス・レヴューに来日、また今年も6月に・シンガーとしてアリ・オリ・ウッドソン名義でケントスに来日している。アリ・オリは1951年9月12日デトロイト生まれ、現在57歳だ。 これまでに1988年9月にテンプスの一員として初来日。以後テンプスで計3回、ソロで3回、アル・マッケイで1回、デニス・エドワーズのテンプスで1回、計8回来日している。今回が9回目の来日となるはずだった。 早期回復を祈りたい。 ENT>ANNOUNCEMENT

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▲松尾潔氏『サウンド・ミュージアム』21日登場、『一日ソウル・ミュージック三昧』23日に8時間

▲【松尾潔氏『サウンド・ミュージアム』21日登場、『一日ソウル・ミュージック三昧』23日に8時間生放送】 クリスマス。 NHK-FMで今日12月21日(日)19時20分から22時まで2時間40分にわたって『サウンド・ミュージアム』という番組に、松尾潔さんが登場、ソウルのクリスマス・ソング特集を行う。この番組は、月1回毎月末に特集をしているという。今回はソウル系のクリスマス・ソングを集めて選曲している。クリスマスといえば、松尾さんはイグザイルの「ラスト・クリスマス」の日本語盤の歌詞を書きプロデュースしている。 http://www.nhk.or.jp/sound-m/ このホームページに選曲の予定表などが丁寧にでている。 +++++ 『一日ソウル三昧』。 一方、毎週木曜日夜にNHK-FMでレギュラー放送されている『ザ・ソウル・ミュージック』の拡大版がまた放送される。12月23日(火曜=祝日)に16時30分から翌午前0時30分まで(途中18時50分~19時20分のニュース中断あり)8時間の生放送が行われる。今回はいわゆる『一日~三昧(ざんまい)』枠。ゲストにゴスペラーズ、ズーコ、ツヨシ、グッチ裕三&グッチーズなどが出演。司会はオダイジュンコとグッチ裕三。この『一日ソウル・ミュージック三昧』は前回は2006年11月4日に行われた。 また『ソウル・ミュージック』のライヴ・ヴァージョンは、2003年12月21日から始まった。以後、2004年12月2日、2005年4月29日、2005年12月23日、2006年11月4日(『一日~三昧』枠)と来て、今回は6回目。木曜レギュラー枠をライヴにして、多くのライヴ・ミュージシャンが実際にスタジオで生演奏を繰り広げてきた。今回も上記アーティストらのライヴが聴かれる予定。2004年放送分では、今は亡きオリトなども生歌声を聴かせた。(今回は7回目だそうです。2002年か、2003年にもう1回あるのかもしれません。訂正します) なにしろ、夕方4時半からニュース中断30分はあるものの、8時間の長時間生放送。これをコマーシャルなしで、どーんとできるNHKの底力は本当にすごい。リクエストはファクス、メールなどで受け付ける。なおスタジオ見学は募集していたがすでに締め切られている。 ▽リクエストFAX受付番号:03-3465-9930 (当日後4:00-後10:30) ▽E-mailでのリクエストは番組HP http://www.nhk.or.jp/zanmai/index.html +++++ ハッピー・ホリデイズ。 日本ではまだ「メリー・クリスマス」という言葉が主流だと思うが、このところ欧米ではこれを「ハッピー・ホリデイズ」と言い換えるようになっている。これはクリスマスが特定の宗教のお祝いということで、その宗派でない人には関係ないため、一般的な言葉として「ハッピー・ホリデイズ」を使うそうだ。いわゆる「ポリティカリー・コレクト(政治的に正しい言い換え)だ。クリスマス・ツリーはなんと言うか。おわかり? 「ホリデイ・ツリー」だそうだ。う~~む。 ENT>RADIO>ANNOUNCEMENT>

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■ジョー・サンプル&ランディー・クロフォード、ジャパン・ツアー、2009年3月に決定

■【ジョー・サンプル&ランディー・クロフォード、ジャパン・ツアー、2009年3月に決定~スティーヴ・ガッドも参加】 30周年。 「ワン・アンド・オンリー」なピアニスト、ジョー・サンプルとユニークなヴォーカリスト、ランディー・クロフォードとの日本ツアーが2009年3月に決定した。東京は文化村オーチャードホール(客席数約2150)3回、他に札幌、大阪の計5公演が予定されている。帯同するのは、ドラムスにこれまたヴェテラン・スティーヴ・ガッド、ベースにジョーの息子、ニック・サンプル。最近のジョー&ランディーの2枚のCDと同楽器の編成(ドラムス、ベース、ピアノ、ヴォーカル)となる。 ジョー・サンプルとランディー・クロフォードが共に来日しライヴをするのは2007年9月の東京ジャズ以来1年半ぶり。東京ジャズのときは、多くのアーティストが出演したため、彼らのセッションは1時間弱だった。今回はフル・ショーが見られる予定。また、ランディーとジョーが一緒に来日したのは1980年1月が初で、そのときは、クルセイダーズ名義でランディーがゲスト。もちろん、「ストリート・ライフ」を歌った。 ジョーとランディーが知り合ったのは1976年頃らしい。それが花開くのが1979年。ジョーのジャズ・フュージョン・グループ、クルセイダーズが初めてヴォーカルをいれる作品を作ることになり、そのアルバムでヴォーカルに抜擢されたのが当時はまだ無名だったランディー・クロフォードだった。そのアルバムは『ストリート・ライフ』として世に出て、クルセイダーズの長い歴史の中で最大のヒットとなった。以後、ジョーはランディーのソロ・アルバムをプロデュースしたりしていた。 2004年、ロンドンでクルセイダーズのライヴにランディーが久しぶりにゲストで出演したことをきっかけに、ジョーとランディーのアルバム『フィーリング・グッド』(2006年)が生まれた。さらにそれを持ちツアー、続編とも言うべき『ノー・リグレッツ』が今年(2008年)出て、それを受けてのツアーということになる。 『ストリート・ライフ』からちょうど30年。ジョーとランディーのコラボレーション30周年記念イヴェントとなる。 また、今回のプロモーターJECによると、今度のライヴを「円高差益還元コンサート」と銘打つ。急激な円高によって、ギャラなどの費用が円に換算すると安くなったため可能になった。オーチャードなどでは、税込みで6825円というひじょうに良心的な値段になった。 ◎『ランディー・クロフォード&ジョー・サンプル・トリオ・フィーチャリング・スティーヴ・ガッド、ニック・サンプル ジャパン・ツアー公演概要』 2009年3月16日(月)   札幌市民ホール ■開場6:30pm/開演7:00pm  全席指定¥7,350(税込) 3月18日(水)   大阪厚生年金会館 大ホール ■開場6:30pm/開演7:00pm  全席指定¥6,825(税込) 3月20日(金・祝) Bunkamuraオーチャードホール ■開場4:30pm/開演5:00pm  全席指定¥6,825(税込) 3月21日(土)   Bunkamuraオーチャードホール ■開場4:30pm/開演5:00pm  全席指定¥6,825(税込) 3月22日(日)   Bunkamuraオーチャードホール ■開場3:30pm/開演4:00pm  全席指定¥6,825(税込) ※全公演、未就学児童はご入場できません。 JEC先行予約受付日:2008年12月19日(金)[予定] チケット一般発売日:2009年 1月 24日(土)[予定] 企画・招聘・制作/総合お問合せ:JECインターナショナル TEL:03-5474-5944 URL: http://www.jec-international.co.jp 札幌公演お問合せ:BOSSA 011-271-5410 大阪公演お問合せ:YUMEBANCHI 06-6341-3525 ■ ジョー・サンプル、ランディー・クロフォード過去関連記事 September 22, 2007 Tokyo Jazz … Continue reading

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●テンプス・レヴュー、アリ・オリ急病でG.C.キャメロンが代打

●【テンプス・レヴュー、アリ・オリ急病でG.C.キャメロンが代打】 代打。 12月24日からホテル・オークラ、コットン・クラブで公演を行うテンプテーションズ・レヴュー・フィーチャリング・デニス・エドワーズの5人のうち、リード・シンガーのひとり、アリ・オリ・ウッドソンが体調不良のため急遽来日が取りやめになり、その代役として、元スピナーズのリード・シンガーを務めたG.C.キャメロンが来日することになった。コットン・クラブが12月18日ウェッブで発表した。他の4人は変わらない。G.C.の来日は、2003年1月以来ほぼ6年ぶり。 G.C.キャメロンは、1945年9月21日ミシシッピー州ジャクソン生まれ。1970年代にスピナーズのリード・シンガーとして脚光を浴びた。マーヴィン・ゲイの育ての親であり、このスピナーズを育てたプロデューサー、ハーヴィー・フークワがオーディションして彼を選んだ。代表曲のひとつ「イッツ・ア・シェーム」は彼がリードを取る作品。その後、ソロ・シンガーとなり、1975年映画『クーリー・ハイ』収録の「イッツ・ソー・ハード・トゥ・セイ・グッドバイ」が中ヒット。この曲は後にボーイズ・トゥ・メンがカヴァーしてヒットした。 その後1980年代に入ってから南部のソウル・レーベル、マラコからアルバムをリリース注目され2000年から2002年まで一時期スピナーズに復帰したこともある。また、また2003年、当時メンバーだったバリントン・ヘンダーソンに代わってテンプテーションズに参加、約4年ほどテンプスのメンバーとして活動していた。2007年6月、再びグループを脱退していたが、今回はデニス・エドワーズらの誘いで急遽来日メンバーとなったものとみられる。 GCであれば、実際4年テンプスのメンバーでもあったので、パフォーマンス自体はまったく問題なく、むしろGCのヒット曲が歌われるのであれば、興味の幅も広がるかもしれない。 ■ 過去関連記事 2003/01/15 (Wed) GC Cameron’s Brother In Law http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200301/diary20030115.html GCキャメロン前回ライヴ評 December 07, 2008 Temptations Review Featuring Dennis Edwards: Show & Dinner At Hotel Okura http://blog.soulsearchin.com/archives/002758.html 今回ショー&ディナーを開催 November 26, 2007 It’s The Temptations’ Week … Continue reading

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⊿ 渋谷のバー・ルーム、2月頃までに閉店

⊿ 【渋谷のバー・ルーム、2月頃までに閉店】 閉店。 2000年2月14日に渋谷に開店したソウル・バー(とは打ち出してはいないが)「バー・ルーム」が店主樫井さんの体調不良のため、近く閉店することになった。樫井さんは10月末に検査をして、持病があることが発覚。命に別状はないが、その病気も治療すれば治るということ、また、夜の仕事は体に負担が大きいため、悩んだ末に閉店を決心し、11月8日に自身のブログで発表していた。しばらく治療に専念後、昼間の仕事に戻る予定。 現状では、2009年2月14日を閉店日にしようと考えているが、年明けに再度検査入院があり、その結果で閉店日が早まったり遅くなったりする可能性もある。樫井さんはその持病のためになかなか昼間寝ることができず、疲れが取れないという。ただ、疲れているにもかかわらず、店に出てお客さんと話をしていると、普通に元気になってしまうそうだ。ある意味、だからやっかいだとも言える。 今後の「バー・ルーム」だが、次の引継ぎ手がいない場合、取り壊し現状復帰し「スケルトン(サラの状態)」にして返す。また、いわゆる「居抜き」で引き受け手があっても、「バー・ルーム」の看板は下ろすそうだ。 樫井さんは、1967年3月17日生まれ。未年(ひつじどし)。20代は外資系IT企業のサラリーマンを経験し、その後32歳で念願のバーを開店した。30代はまさにこの「バー・ルーム」にすべてを賭けた。コンセプトとしては、がちがちの「ソウル・バー」ではなく、いい音楽といいお酒を提供する大人の空間、良質の音楽が流れるオーセンティックなバーというもので、しかし、結果的にソウルがかかる比率が高いということころに落ち着いた。音量もそれほど大きくはない。インテリアも一見ソウル・バー風ではない洗練されたところがユニークだ。 2004年3月にリリースされた、雑誌ブリオと提携したソウルのコンピレーション・アルバム『ブリオ・ソウル・バー』のジャケットも飾った。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0001FACLG/soulsearchiho-22/ref=nosim/ また樫井さんはサッカーに精通しており、子供たちのサッカー・コーチを長くヴォランティアで行っているが、これは続ける予定。 以前、樫井さんが、カウンターの床位置とカウンターの高さの微妙なこだわりについて、話してくれたことがある。「バー・ルーム」はドアを開けて中に入るとすぐ正面に5人程度が座れるソファ席、そして、入って右手に長いカウンターがあるが、そのカウンターが入り口から一段ほんの数センチだけ高くなっているのだ。これを高くすることによって、自分(バーテンダー)側が普通より低くなり、客が座ったときの高さとちょうどよくなるという。そこを何センチにするか、かなり考えた、という。 閉店を発表してから多くのメッセージが寄せられているそうだ。先日、松尾さん、久保田さんらとひと時を過ごしたが、その時、久保田さんが「オールウェイズ&フォーエヴァー」(ヒート・ウェイヴ)をリクエスト。それを聴いていて、「お店の閉店の最後にこの曲をかけたらどうですか」と言うと、樫井さんも気に入ってくれたようだ。 樫井さん曰く、「今、自分の思い出作りをいろいろやっています」とのこと。「バー・ルーム」、閉店前に一度と言わず何度でもお運びください。 バー・ルーム・オフィシャル http://ameblo.jp/bar-room/ 閉店を発表した日のブログ http://ameblo.jp/bar-room/entry-10161925908.html ■ 年末年始は12月31日~2009年1月6日まで休業。1月7日から。 ■ バー・ルーム 東京都渋谷区円山町1-3 SKビル4F ・ 電話 03-5489-3633 ・ ホームページ= http://www.hi-five.co.jp/ 営業時間=20:00~2:00(月~金)・20:00~0:00(土) 定休日=日曜日・祝日 チャージ 735円、ドリンク630円から SOUL BAR>Bar Room

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△ボビー・ジョニー・ラルフ・ライヴ

△【ボビー・ジョニー・ラルフ・ライヴ】 トリオ。 この日は会場超満員。観客の熱気がいつになくむんむんする。かつて、「ニュー・ジャック・スイング」で踊った人たちが、20年後の今も元気に踊る。この夜のビルボードは、経済不況なんて関係なし。1980年代に人気を集めたティーン・ポップ・グループ、ニュー・エディションの主要メンバー3人が手を組んで始めたツアー。ジョニー、ラルフは最近でも時々、来日しているが、日本でも「ボビオ」クンの愛称で人気となったボビーの来日ライヴは1993年以来15年ぶりということもあって、予約はあっという間にいっぱいになったという。ちなみにジョニー・ギルは2006年12月単独以来、またラルフは2003年8月のニュー・エディションのメンバーとしての来日以来。 大音量とともに、3人がステージに登場。イントロから、客席はほぼ総立ち。全員黒の衣装にボビーは白いハット、ラルフは黒いハットを被り登場。少し太めになったボビー、相変わらず細いラルフ、そして貫禄のジョニー。ショーは、ボビー、ラルフ、ジョニーのアップテンポのソロ・ヒットを次々と披露し、いきなり観客を興奮のるつぼに落とし込む。曲によっては、しっかり振り付けがついたものもある。ボビーがリードを歌うときは、ラルフとジョニーが、ラルフのときは、他2人がといった具合にリードとバックコーラスをつけミニ・ニュー・エディションの様相。 「エヴリ・リトル・ステップ」まで一気にノンストップで煽ったあと、高いスツールを出し3人が座ってしっとりとバラード系を次々披露。「僕たちはずっと日本を恋しがっていたよ。僕たちは一緒にやって25年…」 そんなMCをしている最中に前列ファンが昔の来日時のパンフレットをおもむろにメンバーに手渡す。「おおっ、way back… ずいぶん昔だ…(笑)」 セットリスト下記6曲目から11曲目までは、ゆったりとした「昔はよかったなあ」という雰囲気で、妙にいい。「あの頃はあばれてたけど、今は落ちついた」ような空気だ。 選曲は1日目2日目と若干入れ替わってるようで、1日目セカンドでは「マイ・マイ・マイ」(ジョニー)、「センシティヴィティー」(ラルフ)などもやったそうだ。こうやって聴いていると、ラルフが甘い声、ジョニーが野太い男っぽい声、そして、ボビーがその中間というか、3人それぞれに役所(やくどころ)が違うことがよくわかる。 ジョニーの「マイ・マイ・マイ」風「ゼー・ユー・ゴー」を終えると、ラルフが彼に向かって「ジョニー・ギル、ヨー! ワン&オンリー!」と叫んだ。いいシーンだ。 ボビーは、「ロニー」でセンターの客席テーブルに乗り、腕を振りながら熱唱。そして、アンコールの「マイ・プリロガティヴ」では3人で観客に赤いバラをプレゼントしてまわっていた。昔、武道館や横浜アリーナあたりで見たことを考えれば、これだけ近くで見られるわけだから、ファンとしては嬉しいところ。次回来日時は4-5日出来そうな気配だ。 ■ 過去関連記事 2003/08/06 (Wed) New Edition Live At AX http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200308/diary20030806.html 前回ニュー・エディション来日時ライヴ評 2003/08/07 (Thu) Latest Edition of New Edition Live Report http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200308/diary20030807.html December 21, 2006 Johnny Gill: 56 Minutes Of … Continue reading

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▽33年前のテープ

▽【33年前のテープ】 タイムマシーン。 先週末、高校時代の友人U君から電話があった。1年くらい前に久々に再会し夕食をしたが、今回の電話は、なんと大学時代に僕がDJをしているテープをさるところから入手、それをCDRに焼いたから渡す、というのだ。 何のことかわからず、いろいろ聞くと、こういう話だ。大学2年くらい(テープは1975年の冬らしい)のときに、U君のグループが学生のスキー・ツアーを企画し、スキー場でディスコ・パーティーをやることになった。そのパーティー用にDJ入りの踊れる曲をつないだテープを作ってくれといわれ、僕が作ったらしい。ちゃんとつながっていて曲も頭だしもされて出て、しゃべりも少しはいっているという。そ、そ、そんなあ…。 僕は全然覚えてないのだが、まあ、とにかく残ってるのだから、やったのだろう。この前の中学時代のラジオドラマのはなしみたいなものだ。で、そんなテープをどこで録音したのかと尋ねると、U君は「お前のうちだよ」という。正直、腰を抜かすほど驚いた。うちでカセットに録音したらしい。そうかなあ。それも覚えてない。 今、ふと思いついたんだが、ひょっとして、マスターをティアック社製のオープンリールで声と曲だけを録音し、テープを編集したのではないだろうか。それをカセットにダビングする。そうすれば、曲つなぎもできたテープになる。だが彼によると、「ミキサーをどっかから借りてきたんじゃないか」という。わからない。覚えてない。 「で、僕はそのスキー・ツアーに行ったの?」 「いや、来なかった」 「なんで、そんなテープを僕が作ったの?」 「僕が頼んだから」 「そのテープはカセットがマスターなの?」 「そうだ」 「誰から入手したの?」「それは言えない…(笑)」 彼によると、カセットはところどころよれよれで、なんと2箇所切れていた、という。そこで、テープを張り合わせるテープでピンセットを使ってつなげたそうだ。しかし、ほとんどの部分はちゃんと音が再生できる。「まあ、とにかく聞いてみなよ」とU君は言う。しかし、恐いなあ。聴いてみたい気もするが、聴きたくもない気も。恐いもの見たさというか…。このビミョウな大人心(おとなごころ)。 どんな曲が入っているのかというと、フォー・トップスの「アイ・ジャスト・キャント・ゲット・アウト・オブ・マイ・マインド」、LTGエクスチェンジの「コラゾーン」、ウォーの「シスコ・キッド」、ウィルソン・ピケットの「ドント・レット・ザ・グリーン・グラス・フール・ユー」、エディー・ケンドリックスの「ブギー・ダウン」、ストーリーズの「ブラザー・ルイ」などなど。120分テープにノンストップではいっているという。選曲はいいじゃないか。(笑) しかし、全然、記憶になし。 というわけで、2枚のCDに焼いてくれたので、久々に会うことになった。彼が、汐留に勤めているので銀座で会うことになったのだが、銀座にあるNBクラブというところを指定された。なんとライヴもやっている、という店らしい。そこで毎週一日歌っているグレン・レイというブラザーのシンガーが友達だから紹介するとも言っていた。住所を見ると、銀座、しかも並木通りにある。一体どんな店なんだろ。 そういうことで、銀座に出向くことになった。 (この項、続く) ESSAY>

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☆【お助けマン古家さん、『ソウル・ブレンズ』登場。来訪者多しの黄昏時】

☆【お助けマン古家さん、『ソウル・ブレンズ』登場。来訪者多しの黄昏時】 満席。 昨日の『ソウル・ブレンズ』(インターFM76.1mhz日曜午後3時~5時)にはお客さまが多数来場。 まず、4時台、クリスマス・イヴに行う『テンプテーションズ・フィーチャリング・デニス・エドワーズ』のショー&ディナーを行うホテル・オークラからマーケティング部の轟さんが登場。ショー&ディナーのコンセプトを懇切丁寧にご紹介。ホテル内9箇所のレストランでゆっくり食事をしてから、テンプス・ライヴを別会場で、というもの。通常のディナー・ショーだと、食事をする会場とライヴは同じで、そのため食べるメニューは一種類になってしまうが、このショー&ディナーだとレストランが9つあるので、チョイスは自由自在。 これはオンエアでは流れなかったが、こうしたショー&ディナー、おもしろいのは、絶対に満席になる、というもの。さて、そのからくりは、というと。 テンプスのライヴ、オークラの宴会場で行うが、最大500名くらいまでは収容できる。これが仮に予約が400名でも席とテーブルを400名分、この場合ゆったりセッティングする。予約好調で550とかになったら、少し通路が狭くなるが、それでもテーブルはいれられる。だから、空席がない、必ず満席になるという仕組みだ。思わず「へえ~~」と感心してしまった。確かにライヴハウスだと席数が決まっていてそういうことはなかなかできない。でも、テンプス、まだお席に余裕があります、とのこと。ただレストランが場所によっては一杯になっているそうだ。 ソウル。 そして、4時半の男では、韓国のシン・スンフンの新作ご紹介。なのだが、さすがにこのあたりは、ソウル・サーチャーといえどもかなりアウェイなアーティスト。ということで、以前シン・スンフンご紹介のときに、飛び入りで出ていただいた5時からの『Kジェネレーション』のDJ古家正亨さんに、正式にきていただいた。いやいやありがとうございます。(「3週間前からブッキングされました」=古家氏弁) そうなんです、古家さんが生放送で登場可能な日に、シン・スンフンの紹介日を変えたんです。 さすが、ちょいとふれば、立て板に水でシン・スンフン、韓国音楽事情を語っていただける。鬼に金棒、ソウル・ブレンズに古家正亨さん、だ。「韓国ビッグ3は、チョー、キム、シン」「韓国もレコード売れなくなって、ダウンロードのためだと言われてる」「韓国語の発音では、Radioが、ラディオ。英語ではレイディオ、日本語ではラジオ、ちょうどその間くらい」「ラジオをつけてごらんを韓国語で紹介していただいた」「シン・スンフン新作は3部作の第1弾。本当だったら、第2弾、第3弾はもう11月、12月に出る予定だったが出ていない。韓国のリリースも相当いいかげんです」「シン・スンフンが久々の新作を作ろうと思ったら、どんどん曲がでてきて、2枚、3枚発売しようということになった」(なんか、スティーヴィーの『キー・オブ・ライフ』みたいですね、と相槌) 古家さん、自身のレーベルをスタートさせ、山野楽器で先行発売。第一弾アーティストは韓国の渋谷系アーティスト、PEPPERTONES(ペパートーンズ)だそうで、そのレーベルの名前は、「オールド・ハウス」。そのまんまだ。また、12月24日には銀座山野楽器本店7階でトークイヴェントにも出演されるという。ゲスト出演ありがとうございます。また、韓国ソウル系のときには、よろしくお願いします。 ヘヴィー・リスナー、Cよりメール。「今日は、ソウル違いだぜ!」 来日。 その後、某プロモーター宣伝担当の方。有名ピアニストと有名女性ヴォーカリストのジョイント・ライヴが2009年3月に決まったのでそのお知らせに。演奏は、ドラムス、ピアノ、ベースのトリオ、これにヴォーカルが加わる。ベースはピアニストの息子である。情報公開は、新聞発表の日が確定したらとのこと。札幌、大阪、東京2回の予定が組まれている。もちろん、詳細このソウル・サーチンでもご紹介します。(ここまで書いてしまえば、わかる人にはわかりますね=苦笑) 翻訳本。 さらに、その後、オッシー・ファミリーの一員ヒデさんが、翻訳者の菊池淳子さんを連れていらした。初めてお会いする菊池さんだったが、彼女が翻訳されたヒップホップの歴史を俯瞰した2005年全米発売の単行本『ヒップホップはアメリカを変えたか?』(S・クレイグ・ワトキンス著、菊池淳子訳=フィルムアート社、2008年12月15日発売)のプロモーション。 "ヒップホップはアメリカを変えたか?―もうひとつのカルチュラル・スタディーズ" http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4845908247/soulsearchiho-22/ref=nosim/ これも、読んだら改めてご紹介します。なんと、この本に何枚かイメージ写真が収められているのだが、その写真の1枚が、オッシーがDJをしているときの手を写したもの。「手タレです、わたしは」とオッシー。残念ながらクレジットはないのだが…。帯にはピーター・バラカンさんの推薦コメント。彼は原書を読んでいて気に入っており、日本語版完成の折には喜んで帯を書いていただけたそうだ。 詳しい内容、目次は菊池さんのウェッブに。↓ http://www2.ocn.ne.jp/~jkikuchi/transrate/pg01.html ということで、来訪者多しの黄昏時。次の予定にあわてて飛んで行きました。 ENT>BOOKS>Hip Hop Matters

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◎トム・ジョーンズの新作は『24』

◎【トム・ジョーンズの新作は『24』】 24。 超ヴェテランのシンガー、トム・ジョーンズのニュー・アルバムが届いた。タイトルは、『24時間』。何気なく聴いていたら、けっこうファンキーで楽しいので、ご紹介。 トム・ジョーンズといえば、「シーズ・ア・レイディー」や「思い出のグリーングラス」…というのは、かなりの年配。(苦笑) トム・ジョーンズといえば、「恋はメキメキ」やプリンスの「キス」のカヴァーというと、最近のファン。もっともCM曲聴いてファンになった人もいるかも。 アルバムを流していて、最初にひっかかったのが、7曲目の「シュガー・ダディー」という曲。いいリズムの曲だと思ったが、天辰保文さんの解説を読むと、なんとこれはU2のボノとエッジが書いた曲で、ダブリンのパブでトム・ジョーンズとボノが飲む機会があり、それがきっかけで出来た曲だという。そして、この曲が発展してアルバムにつながったそうだ。 「シュガー・ダディー」といえば、ジャクソン・ファイヴ…というのはソウル・ファン。これからは、「シュガー・ダディー」といえば、トム・ジョーンズになるかな…。 アルバムの2曲目に入っている「別れの時」という曲はずいぶんと60年代風だなと思ったのだが、クレジットには特にサンプリングなどの表記はなし。 もう1曲気になったのが、日本盤ボーナス・トラックとなっている「フィール・ライク・ミュージック」という曲。クレジットをよくよく見ると、グラディス・ナイト&ピップスの大ヒット「フレンドシップ・トレイン」がサンプリングされている。グラディスのものは、かのノーマン・ホイットフィールドがプロデュースしたファンキーな作品。トム・ジョーンズのヴァージョンはかなりソウルフルで、これなんで、ボーナス・トラックなんだろう。一番気に入った。 ところでアルバム・タイトル『24時間』だが、これを見て、松山千春のアルバムと同名と思う人は、このソウル・サーチンの読者には、いるまい。(『24時間』を調べていたら、それが出てきただけです←苦笑) トム・ジョーンズは1940年6月7日イギリス・ウエールズ出身。6月7日は、プリンスの誕生日と一緒だ! プリンスの「キス」をカヴァーするには十分すぎる理由ではないか。(関係ないか) ■ トム・ジョーンズ 『24時間』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001I1D6P6/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ENT>MUSIC>ALBUM>Jones, Tom

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〇光石研さんとしずおか屋

○【光石研さんとしずおか屋】 接点。 情報は発信すると、何かしら入ってくるもの。まさにそんな感じだ。昨日(2008年12月12日付け)のこのブログで、光石研さんがソウル好きらしいと書いたら、さっそく、これをお読みになった虎さんから、「光石さんが、下北沢のしずおか屋のロゴを書かれていたと思います」との書き込み。えええっ~~? 何度も見かけたあのロゴを!! それは知りませんでした。虎さん、情報ありがとうございます。 そこで早速、しずおか屋の富田さんに連絡を取るとお返事が。「光石さんは開店の時からのお客様で、看板も書いて頂きました。店内の『しずおかや』と書かれた陶で出来た壁掛けは光石さんのお父様からプレゼントされました。光石研さんは本名なんです。お父様もセンス良いですよね! 石を研ぎ光る。彼は、モーメンツ大好きですよ。今は忙しいみたいけど、時々、来てくれます。今度、うちの店でお話出来ると良いですね」 そうだったんですか。思わぬところに接点が。 昨日、書いた後、光石研さんを検索していたら、なんと昨日(2008年12月12日)朝の「はなまるマーケット」にゲストで出演との情報。そこでさっそくチェック! (といっても、そんな早い時間は到底起きることはできないので、留守録) 後で見ると、前回NHKのとはまったく内容が違う。よく考えてみれば、各局の番組宣伝を中心にするので、それぞれ違うのは当たり前か。(笑)で、DJの話でも出るかとおもいきや、まったくそんな話は出ず。ただし、彼が登場するときのBGMが、またまたほとんど聴こえないほどの音量だが、超薄く流れていて、これはマンハッタンズの「シャイニング・スター」でした。モーメンツの流れからすると、きっと彼が選んだのだろうと推察する。トーク番組のゲスト登場時BGMリストなんての作成してもおもしろいかもしれない。(って、そんなもの読む人いないか) そこから意外とそのゲストの音楽嗜好がわかるかもしれない。 ところで彼の膨大な出演リストを見ていたら、1998年の『シン・レッド・ライン』とある。どういう経緯で出演されたのだろう。この映画はすごく印象に残っているのだが、彼がどこに出ているのか覚えていない。 さらに、ところで、「みついしけん」と入力すると、「三井試験」と出るので、「光石研」を単語登録した。 そうこうして、さらにいろいろ調べると、やっとでてきた光石さんの音楽遍歴の一部。 ほぼ日刊イトイ新聞の光石研さんの回。(2007年9月11日アップ)↓ http://www.1101.com/hondana/mitsuishi.html タイトルがすばらし。テーマ、「ソウルな5冊」! しっかり『甘茶ソウル辞典』が! そして、シャネルズが大好きだったということも発覚。しかも、シャネルズ→クールス→山下達郎→クレイジー・ケン・バンド→スイート・ソウルというひじょうにまっとうな音楽遍歴の持ち主。ということは、マーチンさんと光石さんの対談もあり、と。(妙な編集者魂)しかも、川勝さんのクレイジー・ケン・バンド本となると、ドゥ・ザ・モンキー管轄か…。いや、川勝さんは、今は離れられていたか。(笑)と思ってさらに調べを進めてみると、なんと、川勝さん、すでに光石さんを呼んでトーク・ショーをやっていたではありませんか。 http://blog.livedoor.jp/bunkadelic/archives/2008-04.html 文化デリックのPOP寄席 2008年4月6日  ≪第2部≫ by 光石研 ◎テーマ:俳優・光石研、我が音楽遍歴を語りまくる。 【1】音楽遍歴 (1)クールス (2)山下達郎~R&R=リーゼントの呪縛からの解放 (3)『リメンバー』誌を愛読~甘茶ソウル (4)渋谷系、フリーソウル、ピチカート・ファイヴ (5)クレイジー・ケン・バンド CDをかけながら、トークが爆発したそうだ。いやいや、ネットサーフィン、切りがなし。(苦笑) ESSAY>Mitsuishi, Ken

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◆俳優・光石研さんはソウル・ミュージック好きらしい

◆【俳優・光石研さんはソウル・ミュージック好きらしい】 ソウル。 先日(12月4日)たまたまNHKの『スタジオ・パークからこんにちは』を何気なくつけていたら、名バイプレイヤーである俳優の光石研さんがでていた。といっても、正直言って僕は日本の映画やテレビ・ドラマをほとんど知らないので、彼のことは存じ上げなかった。ので、パソコンに向かう手も休めずに、まあ、音も小さく流れている程度だったのだが。(ほんとは集中して原稿やらないと) 司会者と定番のやりとりがあって、それをみる限りまじめで誠実な受け答えをする人だなあと思っていた。それから後半になって、趣味は、というやりとりになった。すると、この光石さん、なんとDJが趣味だと言う。それで、自宅にターンテーブル2台とミキサーを置いて、DJをやっているというではないか。その自宅の様子はスチールの写真で動いている映像ではなかったのだが、しっかりターンテーブルなどが映っていた。いきなり、僕はパソコンの手を休め、テレビにかじりつきだ。 し、し、しかも、その話題になったときにバックで薄く流れていた曲がモーメンツの「ラヴ・オン・ア・トゥー・ウェイ・ストリート(孤独のハイウェイ)」だったのを僕は聞き逃さなかった! え~~、まじですか。もちろん画面に曲名などのクレジットなんかでやしない。このときNHKの全国放送のテレビでモーメンツが流れたことを意識した人など、日本に3人はいないだろう。(大げさ) そうしたら、彼は「ソウル・ミュージック、好きですねえ」なんて発言。一挙に僕の「気になる人」になった。スイート・ソウル系好きなんだ。アナログのレコード店なんかも通ってるのかなあ。 ということでちらっと光石さんを調べてみると、もう30年近くも名脇役として映画界、テレビ界で大活躍されてるんですね。出演本数がハンパではなかった。でも、ソウル系のライヴでお見かけしたことはないなあ。っていうか、今までなら、お見かけしても、僕はわからなかったですね、すいません。(苦笑)これを機にしっかりお顔をインプットさせていただきました。 で、光石さん、このとき似顔絵も披露。これがまたうまかった。いろいろな特技がおありになるようですばらしい。一度ソウルバーあたりでお会いしてみたいなあ。 光石さんは1961年9月26日、福岡県北九州市の生まれ。ということで、9月26日生まれのソウル・ミュージシャンを調べてみました。アップタウン・レコードを始めてメアリー・J・ブライジを育てたアンドレ・ハレル(1960年生まれ)、ボーイズ・トゥ・メンのショーン・ストックマン(1972年生まれ)、アン・ヴォーグのシンディー・ヘロン(1965年生まれ=元ベイスターズ・ブラッグス婦人)などがいた。他にテニスのセレナ・ウィリアムスとか、作曲家のジョージ・ガーシュインなんかもいた。 ENT>ESSAY

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★ブラン・ニュー・ヘヴィーズ~ロック・ザ・ハウス

★【ブラン・ニュー・ヘヴィーズ~ロック・ザ・ハウス】 総立ち。 いわゆる1990年代に話題となった「アシッド・ジャズ」シーンの立役者の一組、ブラン・ニュー・ヘヴィーズの2007年11月ビルボード・ライヴ以来のライヴ。日本にもコンスタントにやってきて人気を集める。ドラムス、ギター、ベースの3人が創立メンバーで、これにキーボード、トランペット、トロンボーン、コーラス1、リード・ヴォーカルが参加。今回のリードは、このグループのリード・シンガーになったことから人気を集めたエンディア・ダヴェンポート。一時期グループを抜け、ソロ活動をしていたが、最近はグループに復帰し、今回も堂々と歌を聴かせる。 バンド名の「ブラン・ニュー・ヘヴィーズ」は、ジェームス・ブラウンの数あるキャッチ・フレーズのひとつ、「A Minister Of New New Super Heavy Funk」から取ったというほど。ジェームス・ブラウンとミーターズに傾注していたメンバーが当初はインストゥルメンタル・バンドとしてスタートした。ヴォーカルをいれヒットが出るようになり、イギリスだけでなくアメリカでも注目のアーティストに。 この日もBMP120以上 のひじょうにのりのいいシンプルなファンク、ディスコ風サウンドで終始観客を盛り上げる。1曲目「イントロ」が終わったあたりから、観客は立ち上がり始め、中盤からほぼ総立ちのような形になった。2-3曲メドレーでつなぎ、一気にテンションをあげていく。元々ライヴ・バンドあがりだけに、グルーヴを作ること、観客ののせかたが実にうまい。リードのエンディアもどこか女ジェームス・ブラウンを思わせるのり。サウンドがポップでキャッチー、シンプルなリズムでのりやすい。1時間20分一気に盛り上げた。最終日最終公演ということもあってか、満員。 帰りがけ、サイン会のために階下におりるドラマーのヤン・キンケードに声をかけたら、「また来年来るよ!」と言った。 ■ ゲット・ユースト・トゥ・イット、ブラン・ニュー・ヘヴィーズ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000H30IFW/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ■ ブラン・ニュー・ヘヴィーズ過去記事 2003/02/03 (Mon) Brand New Heavies: Off The Mike http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200302/diary20030203.html ブラン・ニュー・ヘヴィーズ、ゲストに ■ メンバー エンディア・ダヴェンポート/N’Dea Davenport(Vocals) レイチェル・ヤーヴァ/Rachel Yahvah(Back Vocals) サイモン・バーソロミュー/Simon Bartholomew(Guitar/Vocals) アンドリュー・ラヴ・レヴィ/Andrew Love … Continue reading

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▲フォーマー・レディーズ・オブ・シュープリームス、クリスマス・マド・ラウンジに登場

▲【フォーマー・レディーズ・オブ・シュープリームス、クリスマス・マド・ラウンジに登場】 52階。 1960年代に一世を風靡したダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスから派生した「フォーマー・レディーズ・オブ・シュープリームス(元シュープリームスに在籍したレディーたち、の意)」が、2008年クリスマス・イヴとクリスマスに東京・六本木ヒルズ森タワー52階にあるマドラウンジでライヴを行う。 今回のメンバーは、シェリー・ペイン、リンダ・ローレンス、フレディー・ポールの3人。すでに数回来日しており、今回で7回目になるという。このところ、毎年東京のケントスでライヴを行っており、直近では今年9月にケントスでライヴを行った。今回のライヴは、DJイヴェントとコラボレートしており、ライヴ、DJといったプログラムで行われる。バンドではなくトラックを使用、約30分から40分のショーを繰り広げる。 リンダ・ローレンスは、ゴスペル・グループ、ディキシー・ハミングバーズのメンバー、アイラ・タッカーとルイーズ・タッカーの間に1949年2月20日フィラデルフィアに生まれた末娘。スティーヴィー・ワンダーのバック・コーラス・グループ、ワンダーラヴに1969年に加入。この時期、スティーヴィーがレコーディングした「サインド・シールド・デリヴァード・アイム・ユアーズ」のバックコーラスを作者のひとり、シリータ・ライトらと歌っている。 リンダは、シュープリームスからアルコール中毒で脱退したフローレンス・バラードの後にはいったシンディー・バードソングの後釜として、1972年4月から1973年8月まで正式メンバーとして参加した。この時のリード・シンガーは、ダイアナ・ロスを引き継いだ二代目ジーン・テレルだった。リンダは1976年、姉のサンドレイ・タッカーと組んでディスコ・グループ、ウィルトン・ストリート・プレース・バンドを結成、テレビ番組『アイ・ラヴ・ルーシー』のテーマ曲をディスコ調にした「ディスコ・ルーシー」というディスコ・ヒットを放つ。 そして1973年秋、そのジーン・テレルに代わって次のリード・シンガーになるのが、三代目シェリー・ペインである。シェリーは1978年ごろまでシュープリームスに在籍。シェリー・ペインは1944年11月4日デトロイト生まれ。同じくR&Bシンガーのフレダ・ペインの妹。60年代後期に、同じくデトロイトでスタートしたレーベル、ホットワックス・インヴィクタスに在籍したザ・グラス・ハウスというヴォーカル・グループのメンバー。同グループは2枚のアルバムをだしている。同レーベルの女性グループ、ハニー・コーンで大ヒットした「ウォント・アッズ」という曲は元々、シェリーをリードにグラス・ハウスでレコーディングされたものだったが、残念ながらそのヴァージョンはヒットしなかった。 1986年、シェリー・ペインは、ジーン・テレル、シンディー・バードソングと組んで「フォーマー・レディーズ・オブ・シュープリームス」を結成。シンディーが脱退した後、リンダ・ローレンスが参加した。その後1992年、ジーンも脱退、リンダの姉サンドレイ・タッカーが参加。1996年7月、フレディー・ポールがサンドレイに代わって参加。現在のラインアップになった。グループとしてイギリスのモータウン物を発売していたイアン・レヴィンの持つモーター・シティーからアルバムを出したこともある。 フレディー・ポールはロス・アンジェルス育ち。1963年、シングルを出しているデリケーツというヴォーカル・グループに14歳で参加。1949年前後の生まれと見られる。その後マイアミのTKから1976年に出た女性トリオ、ワイルド・ハニーの一員。さらに多くのアーティストのコーラスなどを担当、パティー・ラベル、グラディス・ナイトなどのツアーにも同行してコーラスをしていたという。 2000年、シェリーとリンダは、ダイアナ・ロスが一時的に再結成したシュープリームスに参加している。 マドラウンジで行われるライヴの概要は次の通り。 ■ マド・ラウンジ・クリスマス・ウィズ・フォーマー・レディーズ・オブ・ザ・シュープリームス ◎開催場所:ミュージアム カフェ マドラウンジ(六本木ヒルズ森タワー52 階 東京シティビュー内)電話 03-3470-0052  www.ma-do.jp ◎開催日2 0 0 8 年1 2 月2 4 日(水)*完全入替制/オールスタンディング 第1 部(ビュッフェ・スタイル)19:00~21:30 当日18,000円/前売り15,000円 ・ Former Ladies of The Supremes ライヴショー ・ クリスマス・ディナー・ビュッフェ(キングサーモンのパイ包み焼き、ソースジェノベーゼ、七面鳥の丸焼き、マロンのスタッフィン … Continue reading

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■シャンテ・ムーア&ケニー・ラティモア~ラティムーアの中の愛

(これからごらんになる方は、あなたのリスクにおいてお読みください。ライヴ内容に触れます) ■【ラティムーアの中の愛】 色気。 ソウル界のおしどり夫婦シャンテ・ムーアとケニー・ラティモア、二人あわせてラティムーアの2006年9月以来約2年3ヶ月ぶりの来日ライヴ。今回は、まずシャンテが歌い、ケニーが歌い、デュエット、またシャンテ、ケニー、デュエットという構成。 どちらもじっくりと歌を聴かせるシンガー。観客は文字通り歌に酔いしれる。中盤のデュエット1曲目、「ウィズ・ユー・アイム・ボーン・アゲイン」(元はビリー・プレストン&シリータの大ヒット)あたりは、まさしく彼ら二人のテーマ曲ではないかと言えるほどはまっている。「あなたとともに、生まれ変わる」わけだから。それぞれが歌い、歌唱がデュエットになるところなど、もう圧巻。 ドラムス、ギター、ベース、キーボードに3人の女性コーラスという編成。コーラスの3人はちゃんと振りをつけ、いかにもバックコーラス風でいい感じ。 シャンテで一番印象に残ったのは、ミニー・リパートンの「ギヴ・ミー・タイム」。個人的にもすごく好きな曲だっただけに、最初に歌われたときはびっくりした。彼女のヴァージョンは初めて聴いたが、2008年6月に出た新作『ラヴ・ザ・ウーマン』に収録されていた。ライヴ後のサイン会で二人になぜこの曲をと尋ねると、「僕らが結婚したときに、僕がこの曲をかけたんだ」とケニー。「私たちの記念の曲なのよ」と答えてくれた。これはどんぴしゃの曲だ。 シャンテは下記セットリスト12の「ストレート・アップ」を歌う前に、「この曲を歌うのは、ここ(日本・コットン・クラブ)だけよ」と言った。これが流れると、アップテンポで一番知られているせいもあってか、一番観客の反応があった。「なぜ、彼女はこの曲が嫌いなの?」と同行松尾潔さんにきくと、「それまで大人のシンガーとして売り出されてきた彼女が、ある意味『セルアウト』したからじゃないですか。これだけいきなり十代向けの曲をプロデューサーに歌わされたわけで。プロデュースはジャーメイン・デュプリです」と解説してくれた。なるほど。納得。今日のセットリストの中で、これだけポップ。後はみなじっくり聴かせるタイプだ。でも、いい曲です!  ケニーの中では、じっくり聴かせる「フォー・ユー」が圧巻。1996年発売のデビュー作『ケニー・ラティモア』収録のヒット。堂々とした楽曲にまさに息吹を与えるパフォーマンスだ。スキンヘッドで体全体を使って歌う様は実に絵になる。ちょっとどこかエリック・ベネイ風、平井堅風に見えた。彼はビートルズ楽曲をとりあげたり、30歳で死去した悲劇のシンガー・ソングライター、ジェフ・バックリーの作品(セットリスト9)を歌ったりとヴァーサタイルなシンガーとしての面を見せる。これら2曲とも最新作『タイムレス』に収録されている。ちょっと他に聴きたい曲もあったのだが。たとえば、『エクスポーズド』の「ラヴズ・スティル・オールライト」とか、デュエット・アルバムから「イズ・イット・スティル・グッド・トゥ・ヤ」とか。 ちなみに日本人ギタリストのケイタさんは、音楽ディレクター、デヴァントによると、地元(LA)の教会でやっているときに知り合ったそうだ。 それにしても、シャンテも色気たっぷりだが、ケニーも男の色気たっぷりたっぷり。こりゃあ、二人のそばにいるだけで、子供ができそうだ。(笑) ライヴ後二人仲良くサイン会に応じた。ファンとの接し方もほんといいカップルだ。 (ところで、彼らの年齢を以前、「シャンテが3歳年上」と書いてしまったが、今回調べてみると、どちらも1967年生まれになっている。どうなんだろう。同じ年なのかな。(謎) シャンテ誕生日は2月17日とのこと) +++ ライヴ後、近くできちんと蝶ネクタイに盛装したソウル・マンを松尾さんが紹介してくれた。なんと久保田利伸さんのところで踊ったり、歌ったりしているワーナーさんだった。「あああ、以前フィリップ・ウーの吉祥寺ライヴでダニー・ハザウェイの『ア・ソング・フォー・ユー』歌ったの聴きましたよ!」 なんとシャンテの大ファンで「シャンテに会うなら、盛装で来ないと」ということで、黒いスーツに身を包んでの登場だった。アフロがかっこよかった。 ■ シャンテ・ムーア 最新作 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0017SVGXE/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ■ ケニー・ラティモア最新作 『タイムレス』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001B56IEK/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ■ ケニー&シャンテ デュオ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000844F9/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ■ ライヴは10日を除いて12月12日まで丸の内コットンクラブ。 ■ 過去記事 (前回ライヴ評) September 25, 2006 Chante Moore & Kenny Lattimore: Moody’s Mood For Lovers http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200609/2006_09_25.html ■ メンバー … Continue reading

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▽ディー・ディー・ブリッジウォーター、TOKU、トミーが飛び入り

▽【ディー・ディー・ブリッジウォーター、TOKU、トミーが飛び入り】 スキンヘッド。 通路脇を歩いてステージに上がったディー・ディー。なんとスキンヘッドだった。銀色のラメの光物のワンピース風で派手派手に登場。 ジャズ、ソウル、ミュージカル、ブルーズ、ブラジルとあらゆる音楽を自由自在、縦横無尽に歌うディーヴァ、ディー・ディー・ブリッジウォーターの2007年8月以来のライヴ。前回のライヴ評がないと思ったら3日間しかなく、ちょうど品川教会のリハがあって行けなかったので、僕としては2005年5月以来のライヴ観戦。 毎回アルバムを出すと、その新作に沿ったライヴをやり、ほとんど同じセットはないディー・ディーのライヴだが、今回は昨年の新作『レッド・アース』がある。ユーモアを交えたトークとシリアスな歌唱。編成はドラムス、パーカッション、アコースティック・ベース、ピアノというシンプルなアコースティックなバンドだがかなりグルーヴ感がある。必要最低限の編成で十分にグルーヴとソウルを生み出せるというわけだ。 スローからミディアム・テンポまで満遍なくしっかりとしたパフォーマンスを見せるが、特に圧巻だったのがニーナ・シモン作「フォー・ウーメン」とジーン・マクダニエルスが40年前に書いた曲「コンペアード・トゥ・ホワット」(レス・マッキャン&エディー・ハリスで1970年にヒット)だった。両者ともとても歌詞が印象的。後者は2008年の今でも通用するような歌詞だ。曰く「大統領が戦争を始めた。みんなは何が起こっているか知らない。誰も(戦争を始めた)理由を教えてくれない…。本物で行こう。でも、何と比べて?」 「本物とは、何と比べて、本物なんだ」というメッセージだと思うが、これなんかかなりファンキーな曲で、彼女のソウル・シンガー的な側面を見た思いだ。またニーナ・シモンの曲は、調べてみると、1966年の『ワイルド・イズ・ウィンド』というアルバムに収録されている。これもディープだ。 アンコールで、なんとドラムに東京在住トミー・キャンベルが登場、ガーシュインの「ラヴ・フォー・セール」を。すると、途中から、我らがTOKUがトランペットを持って登場。ジャム・セッションを繰り広げた。トミーもTOKUも何度もディー・ディーとは会っていて、TOKUはニューヨークでも飛び入りしたことがあった、という。ディー・ディーとTOKU、堂々とインタープレイのやりとり。 さまざまなジャンルの音楽を俯瞰して捉え、それをすべて自分のものにしてしまう力量を持つディー・ディー。たとえば、彼女だったら自分の90分のショーでブラック・ミュージック・ヒストリーなんていうのをできるのではないだろうか。スピリチュアル、ゴスペル、ブルーズ、リズム&ブルーズ、ソウル、ジャズ、ファンク、ラテン、ブラジル、そしてフレンチまで。何でもできる才人だ。20分におよぶフリー・セッションの「ラヴ・フォー・セール」が終わると、ディー・ディーはアカペラで「パーティー・イズ・オーヴァー」とメロディーをつけて歌って、ステージを降りた。拍手が続き、ファンが帰り際通路を通る彼女の頭にハンカチをのせ、汗を拭いた。 ■過去記事 May 17, 2005 Share The Love: Declares Dee Dee Bridgewater http://blog.soulsearchin.com/archives/000267.html 2003/02/27 (Thu) Saga of Dee Dee Bridgewater continues http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200302/diary20030227.html ■ メンバー ディー・ディー・ブリッジウォーター(ヴォーカル)Dee Dee Bridgewater(vo) エドセル・ゴメス(ピアノ)Edsel Gomez(p) アイラ・コールマン(ベース)Ira Coleman(b) ミニノ・ガレイ(ドラムス、カホン、パーカッション)Gabriel "Minino" … Continue reading

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☆デニスのテンプテーションズ、ホテル・オークラでショー&ディナー

☆【デニスのテンプテーションズ、ホテル・オークラでショー&ディナー】 クリスマス。 昨年(2007年)来日し、ソウルファンに大きな話題を提供したテンプテーションズ・レヴュー・フィーチャリング・デニス・エドワーズが、12月24日のクリスマス・イヴに東京・港区虎ノ門のホテル・オークラで「ショー&ディナー」を行う。これはホテル内9つのレストランでゆっくり食事をしてから、ライヴ会場に移動し、ライヴはライヴで楽しむという企画。従来の「ディナー・ショー」は食事をしながらライヴを見たりを同じ会場内で行うが、これは別会場(平安の間)にしているところがポイント。 通常は、日本人アーティストの出演が多いが、今回アメリカ・ソウル界の大御所、テンプテーションズ・レヴューのライヴを行うことで新しいファン層の獲得を目指す。ここでは約90分程度のものになる予定。 このテンプテーションズ・レヴューはテンプテーションズの歴代リード・シンガーが3人いる強力なグループ。その3人とは、初代リードのデイヴィッド・ラッフィンから引き継いだ二代目デニス・エドワーズ、さらにそのデニスから引き継いだ実質的な三代目アリ・オリ・ウッドソン、そして、1980年代、アリ・オリがグループを脱退するときに、テンプスからその後釜に請われたもののスケジュールの関係などでそれを辞退し「テンプスのリード・シンガーの座を蹴った男」と話題になったデイヴィッド・シーだ。奇しくも、このリード・シンガーのスリー・トップが一堂に会するということでも大きな話題のグループだ。 テンプテーションズは、ビルボード誌ブラックチャートの歴代トップ・アーティスト・ランクで、ジェームス・ブラウン、アレサ・フランクリンについで堂々3位。男性の1位がジェームス・ブラウン、女性の1位がアレサ、そして、グループの1位がテンプスというまさにソウル界トップに君臨するグループだ。 なお、この後、テンプスは丸の内コットンクラブでも12月26日から31日までライヴを行う。 クリスマス・ショー&ディナー・イヴェント詳細は次の通り。 ■ホテル・オークラ「ショー&ディナー」「テンプテーションズ・レヴュー・フィーチャリング・デニス・エドワーズ」 場所 ホテル・オークラ東京 〒105-0001東京都港区虎ノ門2-10-4 電話(03)3582-0111 (大代表) 開催日 2008年12月24日(水)ディナータイム:17:00~19:00 (場所:ホテル・オークラ東京内9つのレストラン) ショータイム:19:30~ (場所:本館1階平安の間) 料金 35.000~43,000 円(レストランによって、値段が変わります。料金には、ショー、お料理、お飲物、サーヴィス料を含む) ◎ メンバー 「ザ・テンプテーションズ・レヴュー・フィーチャリング・デニス・エドワーズ 」 Dennis Edwards(vo), Ali Ollie Woodson(vo), David Sea(vo), Mike Pattillo(vo), Chris Arnold(vo), John Taylor(Director of Horns), Earl Turhan Turrell(key), Mike Price(tp), … Continue reading

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◎木下航志ライヴ@ブルース・アレイ

◎【木下航志ライヴ@ブルース・アレイ】 ソウル。 ソウルフルな平成生まれのシンガー・ソングライター、木下航志がこのところ目黒ブルース・アレイで約3ヶ月に1回定期的にライヴを行うようになっている。タイトルは『ドゥ・ザ・ソウル』で今回はその第3回。バックバンド・メンバーはほぼ前回と同じだが、ドラムスがJRに、またコーラスにニューヨークからソニヤが参加。今回は、なんと席が満員で立ち見もでるほどの盛況ぶり。人気の裾野が広がっているようだ。 航志の声が「ソウル向き」であることはまちがいないが、19歳でミュージシャンを率いてこれだけの2時間以上のライヴが出来てしまうところがやはりすごい。彼がキーボードを弾いて、歌を歌っていると、まさに「アイ・ビリーヴ・トゥ・マイ・ソウル(僕は自分のソウルを信じてる)」という言葉が彼の体のあちこちから放射線状に飛び散る感じだ。今回初お目見え曲も多く、かなり楽しめた。 それにしても、毎回確実に力をつけている木下航志というのが第一印象。テーマはソウルを歌うというもので、ほぼソウル・カヴァー曲で、バックのフィリップを始め強力なメンバーがソウルフルな航志をサポートする。ファーストの圧巻はスティーヴィーの「ユー・アンド・アイ」のほぼ弾き語り。声の伸びがすばらしい。この曲は彼の18番になるほどあっている。声が上に上がり、ぐーんと力強く伸びるところなんか、ちょっと言い過ぎだが、スティーヴィーを彷彿とさせる。ラジオなどにゲストで行った場合、キーボードひとつでできるので、今後も歌う機会が増えそうだ。 そして、飛び入りでシャンティが入り、ダニー&ロバータの「ホエア・イズ・ラヴ」を航志とデュオで披露した。しばらく前に、鹿児島でのシャンティのライヴに航志が飛び入りで歌ったので、今回はデュエットをしてみたという。二人のデュエットはなかなか相性がいいみたいだ。シャンティはこんど日本語の曲でデュエットしてみたい、という。 またあいかわらず、とぼけた自然体のMCがおもしろい。セカンド2曲目山下達郎さん楽曲を終えたところでこんなことを。「今日から山下達郎さんも、ツアーを始めたみたいで、会場は違いますが、同じ日にこのようにライヴが出来て幸せです(笑)」 今日(12月5日)からツアーが始まること、さすがご存知。毎回必ず達郎曲をカヴァーしているが、今回は「レッツ・キス・ザ・サン」をカヴァー。これを聴いてて、シャンティの「ウェイク・アップ・トゥ・ザ・サン」とメドレーにして歌ったらいいのではないかとも思った。 フィリップがMD(音楽監督=バンドマスター)だけに、存分に各ミュージシャンにソロ・スペースを与える。これがなかなかいい感じでバンドとしてもまとまっている。ソロのインタープレイでは、「ア・ソング・フォー・ユー」で、フィリップが思いつきでメロディーを弾くとそれを聴いてすぐに航志くんが同じ音を弾きなおすというゲームをやるのだが、これがかなりおもしろい。航志くんはよく聴いた音をすぐに再生できるものだ。そしてこの曲の最後のヴォーカル部分も圧巻。曲が終わっても拍手が鳴り止まない。 またサム・クックの「ユー・センド・ミー」では、ブレンダ、ピエール、ソニヤなどのソロ・シンガーにヴォーカルを回し、これもおもしろかった。ブレンダはもちろんいつもの通りの大迫力だが、ライヴでは初めて聴いたソニアというシンガーも相当すごかった。第一部と第二部をあわせると2時間20分。たっぷりたっぷり。アンコール最後に「サイレント・ナイト」を歌ったが、最初英語で、途中から日本語になり、やはりこういう曲だと航志君の日本語の持つパワーが倍化する。今まで3回で一番よかった。これからもどんどん成長、進化していくだろう。 以前書いたと思うが、航志くんのピアノのプレイ・スタイルがフィリップの影響を受けている。またヴォーカルのうなり、こぶしが利いてきた。何をやっても音楽の申し子だ。ステージの上で本当に楽しいのだろう。 この日はグレイ(GLAY)のギタリスト、たくろう(TAKURO)さんが観戦。彼はふだん何万人も集める幕張などでライヴをやるが、「大きいところでやっても、こういう小さいところでもちゃんと出来ないとだめですねえ、と強く感じました。ギミックなんか何もないストレートなライヴいいなあ、とすごく感激しました」と興奮気味に話してくれた。 ■ 木下航志『Do The Soul』次回は、2009年3月7日(土曜)ブルース・アレイで。 ■ 木下航志 最近の過去記事 September 12, 2008 Kishita Kohshi Live At Blues Alley: Started With "Sun Goddess" With Sunglass http://blog.soulsearchin.com/archives/002669.html June 09, 2008 Kishita Koushi First Live At Blues … Continue reading

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●第51回グラミー賞ノミネート発表

●【第51回グラミー賞ノミネート発表】 候補。 第51回グラミー賞のノミネートが発表された。全部で110部門。2007年10月1日から2008年9月30日までに全米でリリースされた作品がノミネート対象となっている。発表は2009年2月8日、ロスアンジェルスのステイプルズ・センターで行われる。中継はCBS。12月17日までに投票権のある会員に投票用紙が郵送され、会員は1月14日までに返送する。その後集計され、2月8日に発表される。 今年の最多はリル・ウェインの「アルバム」を含む8部門、コールドプレイが7部門、さらに、カニエ・ウェスト、ジェイZ、ニーヨが6部門でノミネートされている。 このところ、コラボレーションが多数でているが、ポップ部門でも多くの候補がコラボレーションになっている。アリシア・キーズとジョン・メイヤー、マドンナとジャスティン・ティンバーブレイクなど。 グラミー賞は今年から、ノミネーションの発表自体もテレビ中継を行った。また、2008年12月6日、ロスアンジェルスのダウンタウンに「グラミー博物館」がオープンしている。 「ソウル・サーチン・ブログ」でも1月末までに、恒例のグラミー予想を行う予定。主なノミネートは次の通り。 完全なリストは、グラミーの公式ページに。(英語) http://content.grammy.com/grammy_awards/51st_show/list.aspx ■ 51回グラミー賞ノミネート General Field Category 1 Record Of The Year (Award to the Artist and to the Producer(s), Recording Engineer(s) and/or Mixer(s), if other than the artist.) Chasing Pavements: Adele Viva … Continue reading

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⊿【国本武春・大忠臣蔵@朝日ホール】

⊿【国本武春・大忠臣蔵@朝日ホール】 名調子。 待ってました。うなる浪曲師、日本一のエンタテインメント浪曲、三味線とうなりたっぷりの名調子国本武春さんの単独ライヴ。年末恒例『忠臣蔵』で有楽町・マリオン11階由緒正しい朝日ホール。 初めて彼のことを知ったのは2005年12月のこと。今回はフルショウを拝見させていただいた。さすがに観客の年齢層は高い。ほとんど50代より上かと思えるが、いや、40代もいるか。男女比は7:3くらいか。いや、意外と女性が多いので6:4くらいかな。落語よりもう少し若い感じはする。 第一部も第二部も『忠臣蔵』を中心にした演目。第一部は、例によって「三味線」エンタテインメントの正しい聴き方、いや、参加の仕方をレクチャーしつつ、三味線をバックに何曲か歌う。ハイヴォイスの歌になるあたりなんか、けっこううまい。三味線をギター同様に扱い、さらにリズムマシンの打ち込みも併用して、なんともいえぬ独特の世界を醸し出す。 これはお客参加型のエンタテインメントで、客はまず演者が登場すると、「待ってました」と声をかける。次に三味線が3回鳴ったら、「名調子!」と声をいれ、さらに一段落したら「日本一(にっぽんいち)!」と声をかける。まさにここらあたりは、演者と観客の「コール&レスポンス」だ。おもしろい。 浅野内匠頭(あさの・たくみのかみ)が大名吉良上野介(きら・こうずのすけ)を切りつけるシーンを、国本さんが熱演。その一部をみなさんもやってみましょう、と教える。徐々に観客も慣れてきて、いくつかの振りを覚えるのだが、まあ、これがおもしろい。浅野が吉良に切りかかろうとすると、部下が「殿中でござる、殿中でござる」と言って、止める。 日本の話芸の素晴らしいことのひとつは、首を左右に動かすだけで、登場人物を変えられるとのこと。 有名なストーリーに独自の楽曲をつけて、ロック調、バラード調で歌を聴かせる。67分で第一部終了。 約20分の休憩を挟んで、古典浪曲を三味線沢村豊子さんと国本さんのうなり。このタイトルは、「徳利(とくり)の別れ」というもの。これは、吉良に復讐を誓う赤穂四十七士のひとり赤埴重賢(あかばね・しげかた=通称・源蔵=げんぞう)が、討ち入りの前に兄のところに行き、最後の酒を交わそうとするが、たまたま兄はいなかった。そこで、その酒の入った徳利の半分を自分が飲み、半分を帰った兄に飲んでもらい交わしたことにしよう、というもの。これをよどみなく、噛むこともなく、本当に名調子で立て板に水でやる。約30分。まさに「芸」だ。すばらしい。 終わって、トイレに寄って外に出たら、もう国本さん、サイン会を始めていた。はや。「いよっっ、にっっっっっぽんいち!」 ■ 過去記事 January 11, 2006 Kunimoto Takeharu (Part 1): Live At Ne Quittez Pas http://blog.soulsearchin.com/archives/000765.html January 12, 2006 Kunimoto Takeharu (Part 2): New Wave Of Roukyoku: Trying To Find … Continue reading

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△もうひとつのソウル・サミット~鈴木啓志氏パソコン始める

△【もうひとつのソウル・サミット~鈴木啓志氏パソコン始める】 ネット。 ソウルを聴いて半世紀「ファンキー坊主」こと白川さんがゆっくりソウル・バーで飲みましょう、ということで佐藤善雄さん、松尾潔さん、鈴木啓志さんらが下北沢の「しずおか屋」に集合した。僕も末席に。タイトル「もうひとつのソウル・サミット」。前回小規模に一度行ったものに今回は鈴木さんをスペシャル・ゲストでフィーチャー。鈴木さん絶好調であった。 今回の一面トップの大ニュースは、「鈴木啓志ネット始める! Emailも」といった見出しだろうか。ソウル界大御所の評論家である鈴木さんは、インターネット、パソコンなどまったくわからずということで、これまでに全然手をつけてこなかった。前回鈴木さんに会ったのがいつだったか正確におぼえてないのだが、そのときは少なくともパソコンはやっていなかった。 そうしたら、なんとこの日、鈴木さんが「自分用のパソコンを持ち、ネットを見ている」ということが発覚したのだ。「吉岡くんのページも見てるよ!」 が~~ん。「鈴木さん、それ息子さんのパソコンじゃないですよね、自分のですよね」「ああそうだよ」「鈴木さん、じゃあ、Eメールは?? アドレス教えてくださいよ!」「あるんだけど、わかんないだよ。メールは見れるけど、送れない…。それにアドレス教えると、いろんなところから、変なメールがたくさん来るんでしょ」 間髪いれず横から白川さん。「うん、うん、僕がたくさんエロ画像送りますよ、なんでも送りますよ」  どうやら鈴木さん、海外とのやりとりでさすがに最近ではメールが必須になったので導入したらしい。「向こうから来る資料とかが、ファックスとかじゃなくて、最近はみんなメールで送りたいって言うようになってきた」と鈴木さん。で、時々音声ファイルなども来て、「(送られてきた)音は聴けるんだけど、自分でまだ送れない…。ぜんぜんわかんないんだよ」「で、原稿もついにワープロになったんですか」「いや、手書き!」「パソコンはいつからですか」「3ヶ月くらい前から…」 そうですよねえ、オークションとか海外からレコード買うんだったら、パソコン必須ですからねえ。しかし、かたくなにパソコン導入を渋っていた鈴木さんがパソコンをいれたということで、これは21世紀最大のソウル界のニュースだ。 でも、いまだに携帯電話は持っていない。さすがだ…。 佐藤さんと白川さんは、佐藤さんの親戚が白川さんの檀家ということで、その法事で知り合い最近急速に接近。そんなことが起こるんですかねえ、東京ナイト。(笑) 佐藤さん、この「ソウル・サーチン」で江守藹さんの本を見てすぐアマゾンで購入されたという。「すごくおもしろかった。自分と接点があるものもあったんで。で、アマゾンだと同じ著者のその他の本って(画面に)出るでしょう。だから、一緒に江守さんの『アメリカ南部を聴く』も買っちゃいました」 まさにアマゾンの(思う)ツボだ。「江守さんが、なぜあれだけテンプスなのか、すごくよくわかって感動しましたよ。(エディー・ケンドリックスの)お葬式にまで行ってね。あの本で出てた『踊り場』ね、『ディスコ』じゃなくて。僕たちも高校で行き始めた頃、やっぱり『踊り場』だった。いやあ、ほんと、おもしろかった。僕らは、勝本さんとかニックさんは、後から知ったんで、彼らのことがよくわかってよかったですよ」 ■ 黒く踊れ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4877770925/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ■ アメリカ南部を聴く―ソウルフル・トリップ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4636209346/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ワン・ウェイ。 その他、マニアックなシングル盤の話などなどがありつつ、そうこうしているうちに、下北沢から三軒茶屋のソウル・バーへ移動ということになる。まず、「マジック・ソウル」、そして、「ベイビー・ベイビー・ベイビー」だ。白川さんの携帯を借りた鈴木さん、電話をかけに。なんと、ここに鈴木さんの1人息子一路(かずみち)くんがアルバイトを終えて、ジョインするという。なんか、一路くん、イグザイルのファンとのことで、鈴木さんが松尾さんに会わせたいとのこと。 鈴木パパ、ジュニアを三茶の駅までお迎え。松尾さんは、彼が2歳くらいのときに(1991年か92年)、鈴木宅でだっこしたことがあるという。何分か経って登場した一路くん、なんとジャニーズ系とも思えるかわいいルックス・ナイスな姿で登場。一同「鈴木さんに似てな~~い」と声をあげる。1989年11月11日(つまり平成元年だ)生まれという、すべて1並び! うそか本当か、午後1時11分生まれだそうだ。そして、「一」をどこかにいれたいと思ったパパは、自分が好きだったデトロイトのグループ、ワン・ウェイ(一路)を思い、その子に名付けたのであった。 ということを本人は知っているのか、と松尾さんが本人に尋ねると「さあ、知らない」とのこと。松尾さん懇切丁寧にワン・ウェイの解説をし、一路くん「そうだったんですか」と感慨深そう。しかし彼は「お父さんのレコードはほとんど聴かない、お父さんが書いたものは読んだことがない」そうだ。 横から白川さん、「こんど何枚か抜いて、僕に持ってきて」。まだ彼は将来どんな道に進むかは決めていないそうだ。いずれにせよ、ワン・ウェイで突き進むのではないか。そんなことも起こる、三茶ナイト。 ■ ワン・ウェイ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0019N1Q2S/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ESSAY>Another Soul Summit

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▽押阪忍氏アナウンサー生活50周年記念感謝の集い

▽【押阪忍氏アナウンサー生活50周年記念感謝の集い】 錚々。 まさにテレビ、アナウンサー業界の超ヴェテラン、押阪忍さんのアナウンサー生活50周年を祝う感謝の集いが2008年12月1日、新宿の京王プラザホテルで行われた。元々現在のテレビ朝日の局アナから独立。民放からのフリーアナへの第一号となり、以後在京各局で多数のレギュラー番組の司会を担当してきた。 さすがにマイクを握って50年だと集まられる方々が錚々たるメンバーばかりだ。途中で後輩、先輩らのアナウンサーが17人ほどステージに上ったが、これは圧巻。これほどのアナウンサーが一堂に会することなどめったにないだろう。壇上には左から五十音順でアナウンサーが並んだ。朝岡聡さん、生島ヒロシさん、大沢悠里さん、小倉智昭さん、梶原しげるさん、岸ユキさん、草野仁さん、佐々木信也さん、東海林のり子さん、鈴木史朗さん、鈴木治彦さん、鈴木文弥さん、高嶋秀武さん、露木茂さん、徳光和夫さん、福留功男さん、南美希子さん。そして古館さんは最初の挨拶だけで帰られたが、アナウンサー・フーズフーの様相を呈していた。みなさんお話が上手で、しかも、それぞれが押阪さんとの直接の思い出を語られるから、すぐに時が過ぎ、気がつけば、予定の進行からあっという間の30分押し。 途中で、押阪さんが登場したテレビ番組のアーカイブがスクリーンに映し出されたが、これがみなよく残っているというくらいのお宝映像が次々と出てくる。この中には1976年に押阪夫妻とそのお子さん二人(つまり、オッシーと智彦さんだ!)が登場するものや、NHKの『お笑いオンステージ』(1972年4月から1982年4月まで放送)の「減点パパ(減点ファミリー)」のコーナーなどじっくり見てみたいものが多数あった。 進行役、司会の大役はオッシーが満を持して臨んだ。ひょっとしてここ数日緊張で、胃にアナでもあいたんじゃないだろうか。心配だ。宴会場は、時間が経つにつれ超満員。人であふれた。 +++++ 種。 お土産の袋の中に、押阪さんが書かれた最新の本『身につけたい美しさ~ことばしぐさ』(KKロングセラーズ)が入っていた。その中で印象に残った話があった。押阪さんはTBS系お昼のクイズ番組『ベルトクイズQ&Q』(1969年6月から1980年2月まで放送)を長く担当していたが、そこで年3回「子供大会」をやっていた。子供たちは、賞品の天体望遠鏡や自転車、テレビ、ラジカセなどを獲得するために一生懸命クイズに答える。番組が終わるとみんなで記念写真を撮り、それを出演者全員に送るというのが慣わしだった。 それから約20年後、押阪さんが講演で地方都市に行ったとき、口ひげを生やした30歳代の男の人が楽屋を訪ねてきた。するとその彼は天体望遠鏡を持った子供が写っている写真を取り出し押阪さんに見せた。「子供のころ、この番組に出たくて出たくて…、この写真は僕の最高の思い出なんです」と言ったそうだ。 テレビなどの仕事を長くされていると、本人が意識しないところで、多くの視聴者にたくさんの思い出を残しているものだ。言ってみれば知らず知らずのうちに「種を蒔き」、そうした「蒔かれた種は思い出の花を咲かせている」のだ。それはラジオでも同じだろうし、また本なども同じ。人に何かを発信するということは、常に何がしかの種を蒔いているということ。この著作を拝見し、それを50年にわたってされ続けている押阪さんは、きっとまだ本人さえ知らないたくさんの思い出の花を咲かせているに違いないと思った。 押阪さん、奥様・栗原さん、ご夫妻でこんごのさらなるご活躍をお祈りしています。 PARTY>Oshizaka, Shinobu

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☆トク、ニュー・アルバム『ラヴ・アゲイン』

☆【トク、ニュー・アルバム『ラヴ・アゲイン』】 勝負作。 『ソウル・ブレンズ』に、トク(TOKU)が新作『ラヴ・アゲイン』のプロモーションでやってきた。彼がライヴ告知で7月にやってきたときに、このアルバムのちょうどマスタリング前くらいの音を全曲聴かせてくれて、それがかなりよかったので印象に残っていて、何人かにその話をしたのだが、今日は晴れてアルバムもリリースされての登場になった。 今回の大きなポイントは、アトランタでレコーディングしている点、そして、ゲストにイグザイル(Exile)のヴォーカル、アツシが1曲でゲストで入っている点、また、CMで使われた「シー」が入っている点などだ。2007年から2度にわたってアトランタにわたりレコーディングしてきたというので、1年半、まあ、準備から考えると2年以上かけたアルバムとなっている。ある意味、トクにとっての勝負作のようだ。 アトランタは一度そこに行って、現地の空気、雰囲気、ミュージシャンたちのヴァイヴがものすごくよかったので、ぜひここでアルバムを作りたいと思ったので今回のレコーディングにつながったそうだ。 2曲目に入っていたのが、「ロック・ウィズ・ユー」のおしゃれなジャズ・ヴァージョン。そう、あのマイケル・ジャクソンの大ヒットだ。途中で彼のフルーゲルホーン・ソロも入り、実に聴き易いサウンドに仕上がっている。 そしてもう1曲印象に残ったのが、アツシとの男デュエット曲「アゲイン」。二人の声質が違うので、おもしろい出来になった。曲がいい。これなんか、シングル・カットすればいいのにと思うが、ジャズ系のアーティストの作品はあまりシングル・カットという考え方がないそうだ。歌詞はシャンティが書いている。アメリカのスムース・ジャズ・ステーションなんかでかかったら人気になりそうだ。トクがこの曲はライヴですでに歌っていて、ここ1年くらい知り合って仲良くしているアツシがこの曲を気に入り、デュエットすることになったという。 このアルバム自体をアメリカのジャズとか、スムース・ジャズ局に持っていけば、けっこういいところまで行くのではないだろうか。 ■ TOKUオフィシャル http://www.toku-jazz.com/index-j.html ■新作『ラヴ・アゲイン』(2008年11月26日発売) http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001HBQLDG/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ENT>ARTIST>Toku

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