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○白川会第5回~ヴォーカル・グループ好きの光石研さん登場

○白川会第5回~ヴォーカル・グループ好きの光石研さん登場 【Mitsuishi Ken Joins Shirakawa-Party #5】 しずおかや。 いつのまにか、すっかり定番になってきた通称「白川会」。1960年代からソウル・ミュージックを愛し、聴き続けてきた白川さんが発起人となり、その友人、そのまた友人が適当に声をかけソウル談義をするひじょうにゆるーい会が、先日(2010年12月7日火曜)下北沢のソウルバー、おでんやさん「しずおかや/エクセロ」で行われ18名の参加者が集った。通算第5回目。 今回は、昨年11月に行われた「しずおかや」35周年記念パーティーで初めてお会いした俳優の光石研さんが、友人の女優峯村リエさん、俳優でありDJもする村上淳さんとともに初参加。どうやら、光石さんが、彼らにこのことを話したらぜひ来たいとのことで参加された。なんと峯村さんは、根っからのシャネルズ・ファンで、1980年の新宿ルイードでのライヴから通い、しかも、シャネルズ・ファン・クラブにも入会していた、という。峯村さんは、ラッツ佐藤善雄さんと対面して超緊張の、でもすぐ打ち解け、超嬉しそう。善雄さんはこの日は、マーチンのディナーショー・リハーサル。それをこの会があるというので、少し早めに抜けてきたそうだ。マーチンも善雄さんのパートを先にやってくれたそうで、やさしい。 一方、この「しずおかや」の店名の書を書かれた光石さんは、まさに、この「しずおかや」店主富田さんつながりの邂逅。昨年11月の35周年イヴェントでは、シャネルズがほぼ全員勢ぞろいして、大ファンだった光石さんは自分の目の前にシャネルズがいるというだけで大興奮していた。このときは、善雄さんもマーチンさんさえも、全員揃ってて、びっくりしたという。これも、富田さんの顔あってのこと。「あの夜は、まさに奇跡の夜だったね」と善雄さん。 前回から、やはりソウルを聴いて長い小西さん、権藤さんらが参加。彼らはかつて70年代に「トレジャー」誌というソウルのミニコミ誌(時代がかっている)を10数冊出していた。それぞれが自己紹介をしたときに、小西さんが古い「トレジャー」誌を作ってました、と言うと、なんと光石さん、「それ、持ってました!」と声を上げる。なんと、その後7冊持っていたことが判明。これは、すごいなあ。筋金入りのヴォーカル・グループ好きだ! この「トレジャー」誌にはデビュー前のシャネルズが掲載されている。そして、権藤さんは、シャネルズのデビュー作のライナーノーツを書いている。と、紹介すると、光石さん峯村さんら、驚嘆気味。 この日、僕はライノのドゥワップのボックスセットを持っていったのだが、光石さんにご紹介したところ、やはりさっそくメモされていた。 Doo Wop Box posted with amazlet at 10.12.08 Various Artists Rhino / Wea (1994-05-17) 売り上げランキング: 6094 Amazon.co.jp で詳細を見る 光石さんがヴォーカル・グループ好きというのは、聞いていたが、なんと、佐藤さんが作ったゴスペラーズのファイルからのデビュー・シングルも買っていた。村上さん、黒沢さん以外今とは違う別のメンバーの作品だ。当時からちゃんとチェックしていたんだ。そういえば、かつて光石さんは、シャネルズから入って、シャネルズ→クールス→山下達郎→ とどんどん音楽の幅が広がっていたと言っていた。善雄さんも、それをきいて殊のほか大喜び。そのファイルからデビュー直後に、渋谷の知り合いの小さなバーでアカペラ・ライヴをやったそうだ。メンバーがカウンターの中に入って歌ったという話などをしてくれ、光石さんも興奮気味に聞いていた。(僕も興奮気味に聞いた) 村上淳さんは、もう20年近くDJをやっていて、なんと、大貫憲章さんのイヴェントなどでもDJしているそうだ。マーヴィン・ゲイ、ロリータ・ハロウェイ、ジョスリン・ブラウン、サルソウル系などが好きだそう。DJするときはCDは使わず、アナログのみだそう。 この日は平日だったせいか、18人以外にお客さんが二組ほどしかいなかったので、もう貸し切り状態。なんだか、回を重ねるごとに、大きくなってきますね。 そして、1次会の後は、2次会「チャップス」へ。ドゥワップ系はないですか、とチャップさんに尋ねると、さすがにドゥワップはないとのことなので、スイート・ソウル、ヴォーカル・グループ系をお願いします、というと、どのあたりのアーティストが、と聞かれ、ふと悩み、瞬間、なぜかブルー・マジックと言ってしまった。なんでスイート・ソウル・ヴォーカル・グループというところでブルー・マジックの名がでたのかは、謎だ。(笑) +++++ 帰り際に、峯村さんから来年彼女が出演する舞台のフライアーをいただいた。これも何かのご縁、ご紹介します。 ■ 長塚圭史新プロジェクト「葛河思潮社」第一弾『浮標(ブイ)』 【スタッフ】作=三好十郎 演出=長塚圭史 【キャスト】安藤聖/江口のりこ/大森南朋/佐藤直子/田中哲司/遠山悠介/中村ゆり/藤谷美紀/峯村リエ/山本剛史 ■神奈川公演 2011年1月17日(月)~23日(日) … Continue reading

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○ゴールド・コンサートの余韻~

○ゴールド・コンサートの余韻~ 【After The Gold Concert】 雑談。 ゴールド・コンサートは年1回。毎年、湯川先生をはじめ、審査員の方々と、ちょっとした雑談をするのが楽しみだ。今回、湯川先生から、お会いするなり、「道楽で、私歌ってるんです」と、11月に六本木スイートベイジルで行われるゴスペル・クワイアーのライヴのフライアーを手渡された。これは亀淵由香さん率いるクワイアーと湯川先生率いるクワイアー、さらにゲストにイケメンのル・ヴェルヴェッツというグループが登場するという。 湯川れい子プロデュース = ハーモニーに乾杯~ 2010年11月3日(水・祝)17時開場、18時30分開演 六本木スイートベイジル 03-5474-0139 東京女声合唱団(TLC)、亀淵友香&VOJA、ゲスト:Le Velvets 6000円 湯川先生は歌うのが大好きだそうで、この東京女声合唱団は、略してTLC(!)。その一員として歌われるそうだ。 このほかにも、湯川先生は鳩山由紀夫前首相夫人鳩山幸さん、細川護煕元首相夫人細川佳代子さん、元朝日新聞下村満子さんとともに「スワン・シスターズ」というグループもやっていて、12月にはキャピトル東急でディナーショー形式のライヴを行うという。いやはや、活動的。 ニューヨークで多くのミックス、リミックスなどを担当され、現在では日本を本拠に活躍しているゴー・ホトダさんによると、最近のアメリカのラジオシーンは、みんな衛星ラジオを聴いているという。カーステレオなども、小さな衛星受信端末があって、それを聴いてるそうだ。もちろん、衛星だからローカルという概念はなく、全米すべてにオンエアできる。ホトダさんは現在熱海在住で、自宅にスタジオ完備、しかも、ネット環境も最高のものでつなげているので、海外との音源のやり取り、作業なども自宅でできてしまうそうだ。熱海から東京駅までは新幹線で40分程度なので、「通勤圏内」でもある。 ジャニーズ系の作品を多数プロデュースしたり、洋楽系のアーティスト作品を多数プロデュースしている鎌田さん。ちょうど去年お会いしたときに、マーヴィンの本を出したという話をした。そうしたら、そのマーヴィン・ゲイの自伝『引き裂かれたソウル~マーヴィン・ゲイ物語』をしっかりお買い求めいただき、読破されたとのこと。そこからマーヴィンの話になった。もちろん、1979年11月の来日は武道館でごらんになっていた。「(マーヴィンの)お父さんは、本当にへんな人だったんですね。それと、向こうのエンタテインメントの世界の成功とどん底の落差は、日本の比じゃないですよねえ」 マーヴィンの死のニュース(1984年4月1日、日本時間は2日)は、その日ちょうど当時仕事をしていた山下達郎さんとスタジオに一緒にいて、達郎さんから聞いたという。その衝撃は今でも忘れない、と。 工藤さんが、マーカス・ミラー&ラリー・グラハムのライヴを見に行き、「吉岡さんを探した」とのことだったが、僕は、ラリー・グラハム単体の方に行っていた。工藤さんはマーカス&ラリーと非公式に話をしたが、ラリーがとても紳士的で、英語も綺麗でわかりやすく、すごくいい人だったので、あのファンキーなプレイとの落差に驚いた、と話した。するとそれを聞いた鎌田さん、「僕はラリーをキンキのレコーディングで使ったことがあるけど、ものすごいゲットーでストリートな奴でしたよ。けっこう金にシビアで。きっと、人を見るんじゃないですか(笑)」と。 ま、確かに。(笑) 鎌田さんはけっこうブラック系のミュージシャン、アーティストに詳しい。自分の趣味でミュージシャンを選んだりしているようで、そのあたりの話もおもしろい。 ENT>MUSIC>EVENT>Gold Concert

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○ラムゼイ・ルイスのジャズ・セミナー~ラムゼイ・ルイス語る(パート2)

○ラムゼイ・ルイスのジャズ・セミナー~ラムゼイ・ルイス語る(パート2) 【Ramsey Lewis Jazz Seminar: Ramsey Talks About History】 講義。 ブルーノート東京で2010年10月2日に行われたジャズ・セミナー、ラムゼイ・ルイスの回。名ピアニストが歴史の一部を語る。1時間余にわたってストレートにさまざまなトピックを語った。あの大ヒット曲、アース・ウィンド&ファイアーも必ずライヴで演奏する「サン・ゴッデス」はいかにして誕生したか。 ラムゼイ・ルイスは1935年5月27日シカゴ生まれだから、現在75歳。スーツにネクタイ、言語明瞭でとても若々しい。記憶もはっきりしていて、その昔話がおもしろい。これだけリッチなヒストリーをもった人の話は、何をきいてもおもしろい。後にアース・ウィンド&ファイアーを結成するモーリス・ホワイトは、1960年代にラムゼイ・ルイスのジャズ・バンドでドラムスを担当していた。モーリスは1941年12月19日生まれだから、ラムゼイ・ルイスの6歳年下。ちなみに、モーリスの発音だが、「リ」にアクセントが来るので、カタカナ表記だとモリースが近い。ニックネームも「リース」だ。日本での表記は長くモーリスがなじんでいるが、このあたりで変更してもいいかもしれない。 「サン・ゴッデス(太陽の女神)」誕生秘話。「サン・ゴッデス」は1974年11月にリリースされたアルバム。最初のシングルは、「ホット・ドギット」、続いて、「サン・ゴッデス」がシングルとなりヒットした。レコーディングは1974年の春から夏にかけての間だった。 「『サン・ゴッデス』はちょっとユニークな形で生まれたんだ。ちょうどアルバムを作っているところだったが、その合間にワシントンDCでライヴの仕事があった。そのとき、モーリス・ホワイトから電話が来た。アース・ウィンド&ファイアーはちょうどニューヨークでコンサートを終えたところだった。モーリスは私と話したがっていた。というのも、私がレコーディングしたらきっと大ヒット間違いない曲が出来たから聴いてくれ、という。これは、『ジ・イン・クラウド』と比較にならないほど大ヒットになる曲だって言うんだ。『ジ・イン・クラウド』の10倍はすごいぞ、ってね。こんな人気になる曲なんてとても想像できない。これはあなたの曲だとまで言う。モーリスは、今どこで何やってるんだ、と訊くので、私たちはワシントンDCのスタジオでレコーディングしてもうすぐレコーディングも終えて、シカゴに戻ると言った。モーリスはニューヨークにいるから、シカゴに戻る途中でもいいので、もしよかったら、これを聴いてくれないかというので、聴くことにした」 「結局、私たちはシカゴに戻り、モーリスと何人か、フィリップ・ベイリーとあと2-3人のメンバーとスタジオで落ちあった。そして、彼らと一緒にその曲を3日間もかけてレコーディングしたんだ。完璧にするまでに、3日もかかったんだよ。かなりハードに一生懸命レコーディングした。なんとか、我々は最終的にその楽曲を完成させた。彼は言った。『さあ、これがあなたのヒットレコードができた』と。私は尋ねた。『さて、曲名は何というんだ?』 モーリスは言う。『ホット・ドッギット(Hot Dawgit)』だ。『おお、そうか、それはいいだろう』と私は答えた。彼はとても興奮していた。『これは、“ジ・イン・クラウンド”を超える大ヒットになるんだ』って。で、そのレコーディングは終わると、モーリスが『そうだ、もう一曲、まだ歌詞もなにもついてないんだが、メロディーが頭の中にできてる曲があるんだ』と言い出した。きっと、私がプレイしたいと思う曲だともいう。レコーディングにはそんなに時間はかからないというので、ほんの2-3時間で軽く録音してみた。録音はすぐに終わり、みんなメンバーもとても気に入っていた。すると、モーリスは『なんかちょっとした歌詞が必要だな』という。私は何も歌詞を書いていなかった。じゃあ、どうするってなって、彼とフィリップ・ベイリーがスタジオに入り、エンジニアにテープを回すよう指示をして、彼らが「ウエイヨー、ウエイヨー」というメロディーを口ずさんだ。モーリスは、言った。『心配するな、心配するな、(この曲はほっといて、いずれにせよ)“ホット・ドッギット”は大ヒットになるから』 私は尋ねた。『2曲目に録った曲のタイトルは何だい?』『さあ、わからないな』といい、しばらくしてから、『サン・ゴッデス』にしようと言った。まあ、なんでもいい、いずれにせよ、『ホット・ドッギット』は大ヒットだから」 「そこで、『ホット・ドギット』をラジオ向けにシングルとしてリリースした。モーリスがこれは絶対に大ヒットするからというんでね。ところがこれはあんまりラジオ局ではかからなかった。だが、アルバムが徐々に売れ始めたんだ。我々はなぜアルバムが売れ始めたんだ、と不思議に思った。そこでちょっと調べてみると、レコード店には人々が『ホット・ドギット』ではなく、『サン・ゴッデス』を求めてやってきていることがわかった。まだその時点では『サン・ゴッデス』はシングルにもなっていなかったが、その曲のおかげでアルバムが売れていたんだよ。そして、これはシングルになってアルバムは最終的にミリオン・セラーになったんだ」 「『サン・ゴッデス』でいくつかのエレクトリック・インストゥルメンタルを使ったのは、モーリスがそれらを使い始めたからだ。彼はフェンダー・ローズを使いたがった。エレキ・ギターもいた。シンセサイザーの音もオーヴァーダビングした。レコードの音をより正確に再現するためには、ライヴ会場でも同じような電子機材を使わなければならなくなった。ひとつを使い始めるとまたそこから次の楽器へとつながっていき、私はキーボード奏者を雇いいれ、ギター奏者を雇いいれ、2人のヴォーカルを起用し、コンガ奏者、サックス奏者までいれた。どんどん編成は大きくなっていった。クインテット、セックステット…とね。だが、最終的に、私はまたアコースティック・ピアノを弾きたくなった。アコースティック・ピアノは、私が最初に愛した楽器だからだ。最終的に、1970年代終わりから80年代初期にかけて、私のグループはクインテットに落ち着いた。正直に言うと、スタンウェイのアコースティック・ピアノなしには、私の音楽はありえない。エレクトリック・インストゥルメンタルは毎年新しいヴァージョンが誕生してくるが、それを練習するよりも、アコースティック・ピアノを練習する時間がもっと欲しかったね」 モーリス・ホワイトはよほど「ホット・ドギット」が気に入っていたのだろう。これは絶対にヒットになるからと、3日もかけてレコーディングした。ところが、ふたをあけると、火がついたのは、ほんの2-3時間で録音した、タイトルもなかったような「サン・ゴッデス」だった。ヒット曲なんて、どこでどう生まれるかわからないものだ。 まだこのほかにも質問と答えがある。その他は、実際の映像をみていただくとしよう。 +++++ しかし、これはすごくいい企画なので、やってくれるアーティストがいたら、どんどんやればいいと思う。それと、どうせやるなら、ライヴ最終日ではなく、初日か2日目くらいにやれば、この話を聞いてライヴを見たくなる人もいるのではないだろうか。特にUストリームで中継すれば、この会場に来られなくても、その話からライヴを見たくなってプロモーションにもなるような気がする。そして、やるなら、ジャズあるいは音楽の知識のある人を司会者にして、日本語のちゃんとしたプロの通訳を使うとクオリティーがあがること間違いない。まだ試行錯誤のところだと思うが、ぜひ続けて欲しい。 ■ 1時間20分におよぶ「ジャズ・セミナー」の全映像 ■ラムゼイ・ルイス 『サン・ゴッデス』(1974年) 太陽の女神 posted with amazlet at 10.10.03 ラムゼイ・ルイス ソニーレコード (1999-11-03) 売り上げランキング: 129283 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ ラムゼイ・ルイス 『ジ・イン・クラウド』(1965年) … Continue reading

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○ラムゼイ・ルイスのジャズ・セミナー~ラムゼイ・ルイス語る(パート1)

○ラムゼイ・ルイスのジャズ・セミナー~ラムゼイ・ルイス語る(パート1) 【Ramsey Lewis Jazz Seminar: Ramsey Talks About History (Part 1 of 2 Parts)】 講義。 ジャズ・ピアニスト、ラムゼイ・ルイスが東京ブルーノートで2010年10月2日(土)、「ジャズ・セミナー」を行った。約1時間20分にわたって、司会者の質問に答え、最後に演奏を披露した。今回のセミナーは、ラムゼイ・ルイスのチケットを購入した人が先着で無料で入場できるという企画。司会者があらかじめ質問を用意し、その質問に答えた。この様子はUストリームで生中継され、ライヴ後はアーカイブとして録音が見られるようになっている。 ラムゼイ・ルイスは話し口調も静かでとても知的な印象。そのピアノの音色からも人柄がわかる。司会者兼通訳役の日本語がおぼつかなかったが、半分くらいはラムゼイが言っていたことを訳してたと思う。 この様子は、現在Uストリームで録画が見られる。 http://www.ustream.tv/recorded/9944156 用意された質問は、どのようにしてラムゼイ・ルイスさんはピアノを始めたか、教会で演奏を始めて学んだこと、その後、音大でクラシックを学んだことなど、大ヒット曲「ジ・イン・クラウド」誕生の話、アースのモーリス・ホワイトとの出会い、「サン・ゴッデス」誕生秘話(これはおもしろかった。司会者がこれを『太陽のめぐみ』(太陽の女神)と発音するので面白かった)、電子キーボード、エレクトリック機材について、ルイスが司会を担当するテレビ番組『レジェンド・オブ・ジャズ』について、今回ブルーノートで初演となる組曲が生まれた話、オーディエンスからの質問で、ピアノ・トリオへのこだわりについて、曲を作るとき何からインスピレーションを得るかなどについて。最後にちょっとだけソロでピアノ演奏を披露。最後の最後に、ほんのワンフレーズだけ「ジ・イン・クラウド」のリフを弾いた。質問→答え、質問→答えで、答えから次の質問は生まれず、記者会見のようだった。しかし、歴史を持ったアーティストの言葉は、どれもおもしろい。そのいくつかを。 ラムゼイ・ルイスの最大のヒット曲は「ジ・イン・クラウド」について。 「チェスにやってきて、たぶん17枚目くらいのアルバムを作っていたときだったと思う。12枚目くらいから、いつも、アルバムの中に1曲だけ、『シリアス(まじめな真剣なストレートなジャズ曲)じゃない遊びの曲』をいれるようにしていた。ただ楽しめる、ダンスが出来て遊べるような曲だ。アルバムのレコーディングはほぼ終わっていたが、そんな『ファン・ソング(遊びの曲)』をずっと探していた。地元のコーヒー・ショップに行ったときのこと。そこにジュークボックスがあった。顔見知りのウエイトレスと話をしていて、『曲を探してるんだ』というと、彼女が『これ、聞いてみてよ』と言って、ある曲をかけた。それが、ドビー・グレイというシンガーの『(アイム・イン・)ジ・イン・クラウド』という曲だった。私は聴いたことがなかったが、メンバーの二人(エルディー・ヤングとアイザック・ホールト)は知っていた。それでカヴァーすることにしたんだ」 「私たちは、そのとき、木曜・金曜・土曜に『ボヘミアン・キャヴァーンズ』というクラブで1日2セット演奏して、それを録音していた。最初の日のファースト・セットの最後。私たちはいつも、最後には『ファン・ソング(楽しい曲)』を演奏することにしていたんだが、『ジ・イン・クラウド』を演奏するのをほとんど忘れていた。すると、ドラマーのレッドホールトが、小さな声で『ジ・イン・クラウド』を忘れるなというので、やった。ところが、そのときの観客のリアクションがいつもとまったく違っていたんだ。歓声をあげ、手を叩き足を踏み鳴らし、すごい反応だった。そのライヴハウス『ボヘミアン・キャヴァーンズ』は、ハードコアなジャズ・クラブで、たとえば、ジョン・コルトレーンやジョニー・グリフィン、セロニアス・モンクなどが出ていたので、『ジ・イン・クラウド』のような曲をやっても、彼らが気に入ってくれるかどうかさえわからなかった。だから、なぜかはわからないが、この曲で観客が踊りだしたりする強烈な反応に驚いた。毎日、毎回、素晴らしい反応を得た。今でさえ、確かにアルバムとしてはいいアルバムだとは思う。だが、あそこまでの大ヒットになるとは、その理由はいまだにわからない」 「アルバムは1965年の5月ごろリリースされたと思う。私たちがミシガン州デトロイトにいたときのことだ。チェス・レコードのオウナー、レオナード・チェスから電話がかかってきた。『どうやら、君たちはヒット・レコードをだしたようだ』とね。その時点で私たちは17枚のアルバムをだしていたので、『なんでいまさら、そんなことを言うんだろう』と怪訝(けげん)に思った。レナードが、言うには、アルバムの中にはいっている『ジ・イン・クラウド』を目当てにみんながレコード店にやってくるんだ、と。そういわれても、私はよくその意味がわからなかった。秋、9月か10月か11月あたりか、セールスが爆発的になってヒット・レコードを持ったって確信した」 モーリス・ホワイトとの出会い。 「モーリス・ホワイトはもともとチェス・レコードのスタッフ・ドラマーだった。当時のレコード会社は、自社アーティスト、シンガーのレコードを作るとき用に、スタッフとしてドラマーや他のミュージシャンを雇っていた。だから、モーリス・ホワイトはいつでもスタジオにいた。プロデューサーに頼まれればいつでもレコーディングしたわけだからね。そうして、私は彼と知り合うようになった。彼のこと知るようになると、彼は実に謙虚で、とても静かでとても礼儀正しい若い男だということがわかった。それに、とてもquestionable(疑問の残る、問題のあるという意味もある。だが、ラムゼイは質問をたくさんする男、という意味でこの言葉を使った。そこですぐに言い直した)な男だった。いや、正確に言うと、質問好きな男でね。(笑) たくさんの質問を私にしてきた。あなたは音楽出版社を持っているが、それは何をする会社なのか、とか、あなたにはマネージャーがいる、マネージャーというのは何をする人間なのか、とか。あなたには、ブッキング・エージェントというのがいるが、これは何なんだ、とか。そこで私は彼に尋ねた。『なんで君はそんなに質問ばっかりするんだね』と。すると、モーリスは答えた。『さあ、何でだろう。僕はただ、知りたいだけなんだ』とね。そうして、私の最初のトリオが解散し、ドラマーが必要になった。そこで彼にメンバーになってくれないかと誘うと、もちろん、と言って、(トリオの)メンバーになってくれたんだ。(メンバーになってからも)彼は依然とても静かな男だった。だが、プレイするとなると、炎が散るほどのものになったんだ。それもものすごい炎だ。ところが、演奏の最後にオーディエンスにおじぎをするときになると、彼はドラムスのシンバルの陰に隠れて、照れているんだな。そこでシンバルの位置が高いと思ったので、そのシンバルの位置を少し低くした。そうすれば、彼が座っていても、お客さんが彼のことを見えるからね」 「それから彼は3年ほど、ラムゼイ・ルイス・トリオにいたと思うが、あるとき、こう言ってきた。あと半年くらいで自分のバンドを作るんでこのトリオを辞めたいんだ、と。私は、『それは、すばらしい、すばらしい』と言い、『どんなバンドなんだ』と尋ねた。私はきっと彼がジャズのトリオか、グループ、カルテットかクインテットでも作ると思ったんだ。ところが彼は違うという。『我々のグループは、歌って、踊って、マジックもやって、ホーンセクションもいて、すごいことをなんでもやるんだ』と。私は、『ちょっと頭を冷やして、休め』と思った。彼はソニー・スティットや多くの素晴らしいジャズ・ミュージシャンと一緒にやってきてるんだから、そんな感じのグループができるはずだと思った。だから、彼の構想を聞いて、ものすごく驚いた。彼は言った。『ちがう、ちがう、僕のグループはR&Bをやったり、ポップをやったり、それにジャズの要素も加えるんだ』そして、後はご存知の通り、彼のグループは大変な成功を収めるわけだ」 こういう昔話は、本当に、生の情報で貴重だ。楽しい。そして、素晴らしい。 (この項つづく)(Cont’d to Part 2) ENT>EVENT>Jazz Seminar>Lewis, Ramsey

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◆下北沢ソウル・サミット~第4回白川会

◆下北沢ソウル・サミット~第4回白川会 【4th Shirakawa-kai: Shimokitazawa Soul Sumit】 盛況。 ファンキー・ボーズ(本職・住職)こと白川さんの音頭で始まった下北沢ソウル・サミット、通称「白川会」の第4回が2010年9月10日(金)下北沢のソウルおでん屋「しずおか屋」で行われた。2008年12月、2009年5月、2009年12月以来。佐藤善雄さん、松尾潔さん、鈴木啓志、小西さん、ロージーさん、りんりんさんら多数(約17名プラスしずおか屋オウナー、富田夫妻)が、とりとめのないソウル談義を繰り広げた。今回も光石研(単語登録済)さんはひじょうに残念ながらロケがはいってしまい不参加。みんなでなんとか光石さん参加でやりましょうと話が盛り上がった。光石さんは、大のシャネルズ・ファンで、たまたましばらく前にタワー・レコードでラッツ&スターの通称ブラック・ボックスを見つけ、狂喜乱舞、即買い求め、ロケなどに行くときにアイポッドなどにいれていつも楽しんでいる、という。(光石研さんの音楽遍歴としずおか屋については下記参照) 2008年12月13日(土) 光石研さんとしずおか屋 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20081213.html さて、この日は途中で佐藤善雄(元シャネルズ、前ラッツ&スター、現ゴスペラッツ)さんの誕生日が9月12日ということで2日早くサプライズ・ハッピーバースデイが。 佐藤さんと話してて、先日このブログに掲載したYMN(吉岡・松尾・中田対談)で、佐藤さんのファイル・レコードの話(そこからクール・スプーン、ゴスペラーズ、ライムスター、スチャダラパーなどを輩出したファイル・レコードはすごいという話)を中田さんと松尾さんがしたが、それを読んで大変感激したという。若い中田さんが、そのあたりをちゃんと評価してくれたことで、昨今のインディのレコード/CDの低迷ぶりに若干気持ちが萎えていたところ、これを読んで心の中でガッツポーズをしたそうだ。いい話だ。 2010年08月02日(月) YMN参集~松尾潔・中田亮・吉岡正晴(パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10607154402.html#main (ちなみに、このYMN原稿、パート3までアップしてありますが、パート4もできております。ただパート5、6くらいまでがまだ文字起こしができてなくて、それができたら、まとめて3パートにわたってお届けする予定です。) おもしろかったのは鈴木さんの一人息子、一路(かずみち=英語読みはOne Way=外人に紹介するときは、This is One Way Suzuki, nice to meet youとなる…かな(笑))君が、隣に座った佐藤さんと話をしているときに、周囲からラッツの話を聞いて「(シャネルズ、ラッツの頃)顔に泥塗ってたんですか」。「泥じゃないよ、ドウランだよ」(佐藤さん)というまるでコントのようなやりとり。 この日意外だったのは、鈴木啓志さんと話をしていて、鈴木さんがここ20年くらいはジャズのレコードも聴いている、と明らかになったこと。「鈴木さんがジャズ??」 なんでも鈴木さん曰く。「ジャズのビート=4ビートはジャズの遺産だ。これも含めバップ、ハードバップなどもジャズ・ファンクという中で捉えると大変重要だ。特に4ビートは独自のものであり基本。それに対してリスペクトを持って聴かないとダメだ」 「しかし、なんでソウルがちがちの鈴木さんがジャズを?」と尋ねると、おもしろい答えが返ってきた。「いやあ、昔から自分が欲しいレコード、海外から買う場合、たとえば、デルフォニックスとかすごい高いんだけど、ジャズのもの、ロイ・エヤーズとかハービー・ハンコックとかけっこう安いんだよね。だから、もし聴かなくなったら売っちゃえばいいや、と思ってしょうがなく買ってたら、そういう(ジャズ系)のが増えちゃって、聴いてたら、けっこうはまっちゃったんだよ。マイルスなんて全盛期のはほんと、素晴らしいよ。ソウルは高くても、ジャズとゴスペルは安かったんだ(笑)」 これは怪我の功名か。(笑) でも、そんな雑談の中、鈴木さんこんな素晴らしいことを酔いながらも言ってくれた。いや、酔ってたから言ったのかもしれない。 鈴木啓志、本日の名言。「音楽も、知ってるものだけ聴いて終わってたら、つまらない。新しいものをどんどんと聴かないと損する」(なんか、がちがちソウルしか聴かないイメージの鈴木さんが言うところが受ける) すると、しずおか屋オウナー富田さんが鈴木さんと熱き討論。富田さん。「いや、だから、(鈴木さんに)君は音楽を聴く範囲が狭いんだよ。いろいろ聴かなきゃだめなんだよ。サザン・ソウルはそりゃあ君は詳しいけど、例えば、(ちょうど何かカントリー曲をソウル歌手がカヴァーしているものがかかり)これなんか、元はカントリーなんだよ。それも知ってないと」と酒の勢いで説教気味。鈴木さん富田さんの前では神妙。 そして、僕のブログのことに話が飛ぶと、鈴木さんが「ブログ、書いてお金になるの」と質問。「なりません」と僕が答える間もなく、「そんなこと言ってるからだめなんだ。そういう問題じゃないんだよ」と富田さんヴォルテージ・アップ!(笑) いやあ、おもしろい。みんなで記念撮影するときに、富田さんにおなかのあたりをつねられ、「吉岡君は運動不足だな」と言われた。酒勢。 深夜12時、しずおか屋閉店近く。主催者白川さんは、翌日は読経が1セッション。「明日は1ステージだから(今日は遅くなっても)大丈夫だよ。多い日は5ステージくらいやるからね」と二次会のセッティングに余念がなかった。白川セッション、もちろん2ステージも5ステージも、観客は総入れ替えです。 ■過去の白川会および「しずおか屋」関連記事↓ 2009年12月18日(金) 白川会@しずおか屋~ソウル談義の夜は更けて http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20091218.html (前回第3回) May … Continue reading

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○ソウル・パワー2010、いよいよ迫る

○ソウル・パワー2010、いよいよ迫る 【Soul Power 2010: Ready To Go】 絆。 2006年から始まったソウル好きアーティストたちの夏の大イヴェント『ソウル・パワー2010』の準備が進んでいる。今年は、ついに久保田利伸さんの参加が決まり、ますます充実したラインアップで2日間行われるが、そのパンフレット用に先日、5者対談が行われた。鈴木雅之さん、ブラザー・コーンさん、久保田利伸さん、スクープ・タケさん、そして、ゴスペラーズ・村上てつやさん。みなそれぞれ超忙しいスケジュールをぬって、5者が顔を会わせるなどというのも、奇跡的なのだが、これも『ソウル・パワー』というイヴェントが成せる技かもしれない。 パンフ用の写真撮影も個人とグループショット、さらに、一足先にゴスペラッツの写真撮影もあり、5者対談も含めかなり豪華な内容になりそう。 今回も司会を勤めさせていただき、1時間半ちょい話を聞いた。聞いたのだが、みなさん、ソウルのこととなると、しゃべるしゃべる。特にコーンちゃんとマーチン、久保田さんらが古い話をしだすと、タケさん、村上さんは、「テレビ見てるみたいで、ほんと聞き入っちゃいますね、楽しいですねえ」とまで言うほど。 今回のメンバーだと、世代的にマーチン・コーンさんと、武哲の2人の間に久保田さんが入る感じで、久保田さんからすると、2人の先輩と2人の後輩に挟まれてという位置づけになる。 当初、マーチン・ゴス・スクープのソウル・トライアングルだった『ソウル・パワー』は、そこにブラザー・コーンちゃんが入ってソウル・カルテットになり、今年はさらに久保田さんが入り、ソウル・クインテットになった。このソウル・ブラザーたちの絆は強い。 実は10の質問を用意し、事前に渡していたのだが、ま、最初の1つめの質問からのトークと脱線トークで1時間半が過ぎてしまった様相である。昨年もそうだったが、この脱線トークをうまくまとめるのが超至難の技。さあて、どこまでできるか、5周年の『ソウル・パワー2010』は、マーチン30周年記念も兼ねる。今年は9月24日(金)、25日(土)、武道館。そのときまでにはパンフレットも出来上がっているので、ぜひごらんください。 公式ホームページ http://www.diskgarage.com/sp/soulpower/ ENT>EVENT>Soul Power

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■『ソウル・ブレンズ』10周年記念イヴェント

■『ソウル・ブレンズ』10周年記念イヴェント 【Soul Blends 10th Anniversary Event】 10. インターFM(76.1mhz=関東地区)で毎週日曜日に放送されているソウル専門番組『ソウル・ブレンズ』が2001年4月からスタートし、現在10年目を迎えている。これを記念して、2010年7月27日(火曜)、麻布十番のクラブ・ディックス・ラウンジで、リスナー200人を招待して盛大に行われた。 ライヴは、ラップ・ユニット、アイス、ハウス系シンガー、リサ、そして、リサともコラボレーションがあるDJヴァーヴァルのDJなどでひとしきり盛り上がった。いずれもこのところ飛ぶ鳥をも落とす勢いのアーティマージュ所属のアーティスト。さながらアーティマージュ・ナイトになった感もした。 マーヴィン・デンジャーフィールド、チサト、そして、僕もちょっとだけステージにあがりご挨拶。真夏の真っ盛り、多数ご来場いただき、ありがとうございます。 『ソウル・ブレンズ』10周年イヴェントは、今回は、お酒のシーバス・リーガルのスポンサードで開催。ということで、途中で、「乾杯の音頭を」といきなりマーヴィンに振られた。まったく想定していなかったので、「チアーズ」「カンパーイ」というのも、なんなんで、その場で「シーバス!」と言ってみた。 みなさん、おつかれさま。そして、『ソウル・ブレンズ』さらなる10年、がんばっていきましょう。 No More Limit posted with amazlet at 10.07.27 Iyse Iyse feat.K-YO & Big J Iyse feat.Tsuji Arisa K-Yo Tsuji Arisa Big J コロムビアミュージックエンタテインメント (2009-03-25) 売り上げランキング: 399468 Amazon.co.jp で詳細を見る … Continue reading

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