Category Archives: ライヴ評・レポート

◎ ~ナイル・ロジャーズ語る(パート1)~僕たちはカヴァー・バンドではない

◎ ~ナイル・ロジャーズ語る(パート1)~僕たちはカヴァー・バンドではない 【Chic Tyhoon Gone: We’re NOT Cover Band: Nile Declares】 旋風。 2012年4月18日(水)から21日(土)まで4日間、ナイル・ロジャーズ率いるシックのライヴが東京ブルーノートで行われた。4日間、8本のステージ。土曜のセカンドでは、ユーチューブへの投稿で募集ギターコンテスト応募者から選ばれた5名が決勝戦として登場。優勝者が決まった。 連日、熱いステージが繰り広げられ、みな大いに大いに盛り上がった。 ライヴに関して言えば、1曲目から観客は総立ち。特にメドレーはヒット曲が次々と登場し、観客を圧倒。そこそこ洋楽を聴いているファンでも、「これも彼らが作ったの?」「彼らのプロデュース曲なの? 知らなかった」というほど、ヒット曲オンパレードで楽しめたようだ。 ある40代のファンは、「僕らのようなリアルタイムで育った者が20代の若いファンを連れてきても、楽しんでもらえるライヴ。曲を知らなくても、とにかく踊って楽しめるライヴ、安心して連れてこれるライヴだね」と言う。 確かに多くはリピーターだが、けっこう20代の初めてと思しきファンもいた。毎回どんどん観客が増えているような気もする。一時期、空席が目立った公演もあった数年前と比べると、雲泥の差だ。 これも、ナイル・ロジャーズのサーヴィス精神満点の心意気がファンに厚く熱く伝わっているがゆえのことだろう。 セカンド終了後のサイン会や写真撮影も心置きなく応じ、誰とでもすぐにフレンドリーになれる。 ナイルの毎日のブログでは、この週、日本でのライヴの様子が多くの写真で掲載された。 こうやってナイル・ブログに載れば、誰だって、ナイルのファンになり、さらにまた来ようと思う。 ■ ナイル・ロジャーズ・デイリー・ブログ『ウォーキング・オン・プラネットC(惑星Cを行く)』(日本語版) http://nilerodgers.com/blogs/wakusei-c-o-iku-nihongo-ban 2012年4月20日付け、21日付けなどに日本のブルーノートの観客などが。 ■http://nilerodgers.com/blogs/wakusei-c-o-iku-nihongo-ban/1607-we-are-family (この中で僕もちらっと映ってます(笑)。しかし、超小さいですけど) ライヴに関していくつかコネタを。 今回のライヴでは昨年までのセットリストで演奏されてなかった2曲が新しく演奏された。「ロスト・イン・ミュージック」とデュラン・デュランの「ノトーリアス」だ。 ナイルは、前者を紹介するときにこういっていた。「ちょうどこの曲を作るとき、僕たち(ナイルとバーナード)は、もうめちゃくちゃ忙しかった。(プロデュースする)アルバムのレコーディング、ツアー、自分たちのアルバムなど。ほんとに寝るヒマもなかった。そんな中、スタジオで『俺たち音楽にうずもれてるよな we’re lost in music』という話になり、それが曲になった」。 ナイルは何度か「僕たちはカヴァー・バンドではない。今日、みなさんが聞いている曲はすべて僕たちが書いたり、プロデュースしてきた曲ばかりだ。みんなオリジナルなんだ」と宣言した。 このカヴァー・バンドではない、という宣言は大きい。デイヴィッド・ボウイ、ダイアナ・ロス、シスター・スレッジ、マドンナ、デュラン・デュラン、そして、シック。すごいラインアップだ。 彼らのライヴを見ていてつくづく感じるのが、ヒット曲のパワーだ。どれも大ヒットで、誰もが知っている。そうした曲を次々とメドレーでやられれば、誰だって盛り上がる。 ■12月再来日 カウントダウン。 前回のブログでご紹介したように、ナイルは今年12月末、カウントダウン公演のため、再び来日する。正式な日程はまだ発表されていないが、大晦日はカウントダウン公演をする。元旦は休み、2日に新年初公演となる模様だ。近々発表される。この4日間でさえ、足の踏み場がないほど激混みだったが、カウントダウンはきっと大変な騒ぎになりそうだ。 (ナイル・ロジャーズのミュージカル・プロジェクト『ダブル・タイム』の進捗と、別企画『フリーク・アウト』などについて、明日以降のブログでご紹介します) ■ ナイル・ロジャーズ今回ライヴ評 … Continue reading

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◎ロニー・ジョーダン、クラブ・ゴーアーズとジャズ・アダルトと

◎ロニー・ジョーダン、クラブ・ゴーアーズとジャズ・アダルトと 【Ronny Jordan Meets DJ Krush】 混合。 1990年代に入ってイギリスのアシッド・ジャズ・シーンから登場したジャズ・ギタリスト、ロニー・ジョーダンのライヴ。ロニーは1962年11月29日生まれというから、現在49歳。ステージで見ると、もっと若く見える。 会場はなかなかおもしろいオーディエンスのミックスぶり。普段はクラブに行ってそうなクラブ・ゴーアーズと昔からのジャズが好きなジャズ・アダルトが一箇所で音楽を楽しむ。観客層の二極分化が激しい珍しいライヴか。 前日までのナイル・ロジャーズとは打って変わっての静かな座って聴くライヴ。けっこう演奏される曲は「踊るジャズ」という雰囲気なのだが。 今回は、一部がオルガン・トリオ、二部が5人のバンドにゲストとしてヴォーカルとDJが入るというもので、セットリストはそれぞれ違う。そして両方を通して見られる通し券がなんと9500円で売られ、けっこう通し券で見るファンが多かったそうだ。ファーストを7500円出して見ると、あと2000円追加するだけで、セカンドも見られる、となると、みんな通しで見たくなる。おもしろい値段設定だ。ある意味割安感もあるかもしれない。これはナイス・アイデア! 僕は時間の都合でセカンドだけだったが、なかなかファンキーなメンバーでおもしろかった。ライヴ後立ち話をしたベースのケン・フレンドはレデシーで3回、ジョージ・デュークで2回、ジョン・スコフィールドで1回来日していて今回7回目の来日だそう。ちなみにドラムのブランドンは初来日だという。 ヴォーカルのシャリースは、例えば、6曲目「ジャッカル」などではまるで「ポエトリー・リーディング」のように詩を朗読する感じだった。ヴォーカルも全歌詞を歌うのではなく、ちょっと一部を歌ってスキャットのようにインストに花を添える感じ。 ロニーのギターは、やはり、ウェス・モンゴメリー、ジョージ・ベンソンなどの王道ギタリストの路線を行く。 しかし、今回のセットで一番驚いたのが、日本人DJのDJクラッシュのプレイ。彼らは1994年のアルバム『バッド・ブラザーズ』で共演しており、今回の共演はそれ以来18年ぶりだそう。アンコール含め3曲の登場だが、9曲目でステージに上がり、セラートを使ったDJを始めると、瞬時に空気が変わった。ターンテーブルを扱う動きもかっこよくまるでミュージシャンのよう。そして、音自体もロニーらのバンド・サウンドとうまく融合して、ミュージシャンの中に溶け込んでいた。アンコールでのDJとギタリストのかけあいバトルなどとても見ごたえがあった。 まさに、DJというより「ターンテーブリスト」と呼ぶにふさわしいパフォーマンスだ。このDJとギタリストの邂逅は、見事だった。 渋谷のもっと狭いクラブや、昔の西麻布イエローあたりでやったら、観客全員スタンディングで盛り上がるにちがいない。 前日までのシックとロニーの両方を見る人ってほとんどいないと思ったら、知り合いのソウルオズさんが前日と連チャンで、しかもこの日は通しで見てました。(笑) (ブルーノートで 2012年4月25日水曜日まで) http://www.bluenote.co.jp/jp/artist/ronny-jordan/ ■ バッド・ブラザーズ 1994年リリース (中古盤で安いものがあるようです) Bad Brothers posted with amazlet at 12.04.23 Ronny Jordan & DJ Krush Island (1994-08-18) 売り上げランキング: 23583 Amazon.co.jp … Continue reading

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◎シック・ナイル・ロジャーズ、バーナード・エドワーズの命日にライヴ~12月年末カウントダウンに再

◎シック・ナイル・ロジャーズ、バーナード・エドワーズの命日にライヴ~12月年末カウントダウンに再来日を発表 【Nile Rodgers : Live On Bernard’s Passing Day】 命日初日。 ファーストが押したということで、ちょっと遅れてまずナイル・ロジャーズが楽屋から一人ででてきて、観客のファンとあいさつをしながら、少しずつステージに。ファンから握手を求められたりして、なかなかステージまでいけない。そして、やっとステージにたどり着くと、楽屋出口で待機していたミュージシャンたちが、全員白のスーツに身を包み、ニューオーリーンズ風鼓笛隊のごとく、列を成して音を出しながら、ステージに向かう。いよいよシックのライヴの始まりだ。 ベースとドラム、その他の楽器が一気に音を出すと、もう1曲目にもかかわらず、そして初日もかかわらず満席の観客は総立ち。パーティーが始まった。 昨年の2度の来日を含め、通算13回目の来日。なんと前回は4月18日が最終日だったが、今回は初日が4月18日。4月18日は、もちろん、盟友親友バーナード・エドワーズの命日だ。 昨年は癌の手術をしてから初めてのライヴ・ツアーで、周囲も心配したが、今年は元気いっぱいの様子。冒頭でファンにあいさつをしながらステージにあがるだけでなく、ライヴ終了後も、逆サイド(入って奥側)からファンにもみくちゃにされながら、一人一人と話をしながら、楽屋までゆっくりと戻っていく。大サーヴィスぶりだ。 そして、楽屋に戻り、一息つくと、すぐに上の階でサイン会。ファンとのふれあいが本当に好きなんだな、と思う。 オリジナル。 ナイルが観客に尋ねる。「今日、初めてシックを見る人?」 すると何人かが手を上げた。1割もいないのではないか。まあ、恥ずかしくて手を上げなかったのかもしれないが、それでも、3割も「初めてのシック(ハジシク)」はいない様子。それだけリピーターが多いということだ。そして、続けて言った。「みなさんはごぞんじないかもしれませんが、今日ここで僕たちがプレイしている曲はすべて僕が、あるいは僕とパートナーのバーナードで、書いた曲なのです。僕たちはカヴァー・バンドじゃないんです。オリジナル・プレイヤーがプレイしています」 ヒット曲メドレーはとにかく盛り上がる。 この日ちょっとしたハプニングがあった。12曲目の「オープン・アップ」が終わった後、ラルフが歌う「レッツ・ダンス」に行くところで、フォラミとキムの女性シンガーが着替えて戻ってくるはずだったが、着るものにトラブルがあり、なかなか帰ってこなかった。そこで、ナイルやミュージシャンたちが遊びで適当にジャムセッションを始めた。 すると、2曲ほどほんのリフを弾いた後、ナイルがアース・ウィンド&ファイアーの「サン・ゴッデス(太陽の女神)」を弾き始めた。するとキーボードのリッチ・ヒルトンがそれをサポート、けっこうプレイした後、今度はサックスのビル・ホロマンが「ファンタジー」のメロディーを弾き出し、これまたけっこうプレイした。いわば、セットリストにはない「おまけ」だったのだが、けっこう受けた。 ライヴ・アンコールのところでナイルは言った。「今日、やった曲は僕たちが書いた曲だが、アース・ウィンド&ファイアーの曲は例外だ」と言ってまたまた受けていた。 彼らのライヴを見ていると、彼らの大ヒット曲「ウィ・アー・ファミリー」を地で行くように感じる。つまり、バンド・メンバーも、オーディエンスも、そして、ブルーノートのお店のスタッフも、シックの関係者もみな、ひとつのファミリーという感じがしてくる。みんな仲良く難しいこと考えずに、音楽を楽しもう、パーティーだ、って感じで、その「ファミリー」っぽさに、とても心温まる感じがする。きっと、それは、ナイル・ロジャーズ本人の「ウィ・アー・ファミリー」のスピリットがメンバーにも、そしてオーディエンスにもスタッフにも伝わっていくからなのだろう。 大発表。 ナイルのMCのなかで、大ニュースが発表された。今年の年末から年始にかけて、カウントダウンを含め約一週間再度来日するという。詳細は後日発表されるが、いずれにせよ、ブルーノートの今年のカウントダウンはシックになるということだ。 ◎ ライヴは土曜日まで、ブルーノート東京 http://www.bluenote.co.jp/jp/artist/nile-rodgers/ ■ 過去ナイル・ロジャーズ関連記事 ナイル・ロジャーズ、1日だけのブルーノート・ライヴ 2011年05月31日(火) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10907507216.html (前回来日記事) ナイル・ロジャーズ、万感の思いを込めて15周年ライヴ・スタート 2011年04月14日(木) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10860777137.html (前々回来日記事) ナイル・ロジャーズ来日記念特集~過去ナイル関連記事 2011年04月15日(金) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10861031113.html … Continue reading

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◎マサ・コハマ・スペシャル~第7回

◎マサ・コハマ・スペシャル~第7回 【Masa Kohama Special: Versatile Guitarlist】 安定感。 すっかり人気公演となった「マサ・コハマ・スペシャル」、2011年7月、9月、12月に続いての第7回。満員。だいたいワンクールに1回ですか。いいペースです。第二回以外、ほぼ全部見てる感じ。ここまで来ると2回を逃したのが悔やまれる。(笑) 今回は13日の金曜日スペシャル。 ケイリブ・ジェームス(キーボード)、マサ・コハマ(ギター)、ジェイ・スティックス(ドラムス)、ジーノ日野賢二(ベース)のたった4人が繰り出すファンキー&ロッキンなライヴ。4人だけでこれだけのきちっとした音が出せるのが、ほんといいなあ。鉄壁な4人だ。 毎回ちょこちょこセットリストを入れ替えてくれるので飽きない。このところ定例となり人気の「マイケル・ジャクソン・コーナー」に加え、前回から「昭和歌謡コーナー」を作り、今回は加山雄三の「君といつまでも」を。途中でナレーションまでいれて、大受け。(笑) ライヴ見てて思った。マサさん、リクエスト! この昭和歌謡コーナーで、「上を向いて歩こう(Sukiyaki)」やってください。それから、ギター・リフで有名な曲のリメイクなんか。思いついたのが、ヴェンチャーズ。一番有名な「ウォーク・ドント・ラン」なんていかが? あるいは、アル・マッケイにリクエストし続けているアースの「バック・オン・ザ・ロード」。ギター・ソロがいいんです。古くてロックですが、ステッペン・ウルフの「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」、ドゥービー・ブラザーズの「チャイナ・グローヴ」あたりは、ギターを大々的にフィーチャーしたマサ・コハマ・スペシャル向き。こんご選曲、ご検討ください。 それにしても、セットリストをごらんいただければわかるが、実にヴァラエティーに富んだ選曲の流れが実におもしろい。セカンド・セットなど、ソウル~ブルーズ~グランジ~昭和歌謡~フュージョン~ネオ・ソウル~ラテン・ロック。なんという多様性。 ■過去マサ・コハマ・スペシャル・ライヴ評 マサ・コハマ・スペシャル パート6~ますます多様性見せるギタリスト 2011年12月31日(土) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11121352523.html 2011年09月18日(日) マサ小浜スペシャル・パート5 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20110918.html 2011年07月09日(土) マサ小浜スペシャルVol 4 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10946888458.html 2011年06月07日(火) ユリ・マサ・ライヴ~自由度の高いライヴ:Juju、トータス松本さん飛び入り http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10915057661.html 2011年03月12日(土) マサ小浜3回目のライヴ~「レッド・マサ・スペシャル」、アツシ飛び入りも http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10827190545.html 2010年07月09日(金) マサ小浜、初ソロ・ライヴ~ソウルとファンクとスムース・ジャズと http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10584972682.html ■ メンバー (G)マサ小浜  (Key/Vo)Kaleb James  (B)日野JINO賢二  (Ds)Jay … Continue reading

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◎ ファット・ファンクション~TOP+AWB+INC

◎ ファット・ファンクション~TOP+AWB+INC 【Phat Phunktion Live】 西海岸。 1970年代から活躍するファンク・グループ、タワー・オブ・パワー、アヴェレージ・ホワイト・バンドなどと同系統のアメリカ西海岸のグループ、ファット・ファンクションのライヴ。2011年11月にライヴが予定されていたが、中止となっていて、そのリヴェンジ。2006年2月東京・大阪のクラブクアトロでのライヴ以来2度目の来日。 キーボード、ドラムス、ギター、ベース、サックス、トランペット2、トロンボーン、パーカッションの9人編成という大型グループ。 やはり、タワー・オブ・パワー・ジュニアというイメージが強い。タワー・オブ・パワー(TOP)やアヴェレージ・ホワイト・バンド(AWB)とインコグニート(INC)をミキサーにかけてがーっとまわし、出てきたジュースといったようなサウンドだ。 なかなか心地いい軽いファンクという印象をもった。おもしろかったのが、アースの「ジュピター」をカヴァーしたり、アンコールでタワー・オブ・パワーの「ホワット・イズ・ヒップ」をカヴァーしていたこと。やはりこの手は盛り上がる。 ライヴにタワー・オブ・パワー・ファンクラブ会長の櫻井さんがいて、久々に立ち話。なんとファーストから通しで見ていたそうで、セカンド・セットのアンコール「ホワット・イズ・ヒップ」は、ファーストにはなかったそう。「(このライヴに)来ないわけないでしょう。(笑) こういうのは欠かしません。横浜も行きますよ。次はタワー関連のリチャード・エリオットです」と元気一杯。櫻井さんがリチャードを追っかけて香港まで見に行ったとか、一緒に食事をしたという話をひとしきり披露され、これまたトーク大全開でおもしろかった。 ■ ファット・ファンクション最新作 Real Life・・・High Fidelity posted with amazlet at 12.04.16 ファット・ファンクション UP FRONT WORKS Z = MUSIC = (2011-11-02) 売り上げランキング: 10374 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 前作 ユー・アンド・ミー posted with amazlet … Continue reading

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◎ピー・ウィ・エリス・ファンク・アセンブリー~若さと老練さのクロスオーヴァー

◎ピー・ウィ・エリス・ファンク・アセンブリー~若さと老練さのクロスオーヴァー 【Pee Ellis Funk Assembly Live】 黒々。 黒っぽい音が好きな友人Mが、「ねえ、ピー・ウィ・エリスってどんな感じ?」と聞いてきたので、軽く「元ジェームス・ブラウン・バンドだから、メイシオみたいなド黒いファンクだよ」と答えたら「じゃあ、行こうよ」となり、けっこういろいろ詰まっていたが急遽つきあうことに。 元ジェームス・ブラウン・バンドで、自らもJBホーンなどで活躍しているサックス奏者、ピー・ウィ・エリスの最近の自身のバンド、ファンク・アセンブリーのライヴ。ピー・ウィは、JBホーンズでも来ているが、最近だとファンク・オール・スターズで来日していた。 ドファンクのはずが、いきなり1曲目始まるとド・ジャズで、あれれ、という感じだったが、2曲目から少しファンクになり、3曲目でヴォーカルが入ると、JBになった。 バンド全体としてはかなりまったりしたバンドで、特段何がうまいとかではなく、抜群のテクを見せたりはしないで、一本背骨が通った感じはしないのだが、たとえば、エレクトリック・エンパイアーやベン・ロンクル・ソウルのようなバンドなら日本人でも出来そうに思うが、このバンドは日本人では到底できない、そういう独特のミュージシャンの雰囲気、間、黒さを持っている。安いバンドなんだが(褒め言葉です)、日本人には出せないものがあるのだ。何なのだろう。 もう一点、バンド・リーダー、ピー・ウィは70歳だが、ドラマーなどまだ若いはず。30代か。そのためか、若さのあまりけっこうがんばってちゃって、走る走る。そういう意味で、若さと老練さのクロスオーヴァーも見所ではあった。 統率力。 メイシオにせよ、フレッド・ウェスリーにせよ、このピー・ウィにせよ、そのライヴを見ると、やはり、ジェームス・ブラウンというアーティスト、人物のバンド統率力の卓越ぶりが如実に感じられる。みな、サイド・ミュージシャンとしてものすごくいい味を出すのは、ジェームス・ブラウンという、その才能を引っ張りだすのがめちゃくちゃ優れた人物がいるからなのだな、とつくづく感じる。 ピー・ウィの曲間のトークは、南部訛りのせいか、年(現在70歳、1941年4月21日生まれ。まもなく71歳)のせいか、なかなか聴き取りにくいが、「コールド・スウェット」のところでこんな昔話をした。 「1960年代のある日、アポロ・シアターにジェームス・ブラウンと10日間連続で出たことがあった。一日3ショーやってね。そのとき、ジェームス・ブラウンがグルーヴ・メイカーを思いついた。『ヘイ、ヘイ、フィール・オールライト! ワンタイム! アッ~』というやつだ。トゥ・タイムだと、アー、アー、だ。あれ以来、これが定番になった」 当時は一日3ショーというのが、当たり前とは言え、やはりすごい。 ジェームス・ブラウンの定番曲はさすがに盛り上がるが、ピー・ウィが書いた「チキン」は、ジャコの演奏などでも知られ、ジャズ・ミュージシャンたちの超定番になり、これも観客から受けていた。 やはり、ピー・ウィやメイシオ、フレッドらのライヴを見ていると、ジェームス・ブラウンへの思いが募るものだ。 今回のライヴは、ヴォーカルが入ることもあり、事前にセットリストがあったようだ。 ■コットンクラブでの映像 http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/2012/0406_pee/ こんな映像も。 Fred Ross.Pee Wee Ellis and Fred Wesley 40 years anniversary of “Soul Train” http://youtu.be/EuCB5zIV_1w これ、ベースはフレッド・トーマスだ!  ■ 過去関連記事 ファンク・オール・スターズ・ライヴ~事前セットリストなしのライヴ … Continue reading

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◎ジョン・オーツ~南部音楽を求めて

◎ジョン・オーツ~南部音楽を求めて 【John Oates: Searching For Southern Music】 ルーツ。 観客の何人かは、ちょうどこの日のライヴと重なっている山下達郎ライヴとこのジョン・オーツ・ライヴの両方に日替わりで行くという人がいたそうだ。僕は5日が山下達郎、6日がジョン・オーツ。その逆、5日にジョン・オーツ、6日に達郎さんという人もいる。 80年代に大人気となったデュオ、ホール&オーツのジョン・オーツのほうのソロ・ライヴ。一度ビルボードに2009年2月やってきて、ソロとしては今回が約3年ぶり二度目。ホール&オーツとしては数え切れないほど多数の来日を誇る。 ブルーノートの担当者から、ジョンの最新作やライヴはかなりブルーズっぽくクロっぽいので吉岡さん好みですよと誘われ、CDを聞いたら、ほんとにブルーズっぽくてびっくり。ちょっとノーマークだったのでこれは嬉しい誤算だった。 ダリル・ホールのソウル好きは有名だが、ジョンもこういうのが好きということで、二人はめちゃくちゃ音楽的に気があったのだろうな、とすぐにわかった。 エリック・クラプトンやスティーヴィー・ウィンウッドあたりが何部のブルーズ、ソウルをルーツとしてそうしたものを自身のライヴで見せるが、ジョン・オーツのライヴもまさにそうだった。 南部のソウル、ブルーズのほかにもうひとつ大きな要素はカントリーだ。ジョン・デンヴァー作の「リーヴィング・オン・ア・ジェット・プレイン」(ピーター、ポール&マリーのヒット)をやったり、ギターのリフがカントリー調だったり。要は南部の濃い音楽のオンパレードだ。 エルヴィスでおなじみの「オール・シュック・アップ」やコースターズの「サーチン」なんかもセットリストにいれている。そして、一番盛り上がるのは、やはり、ホール&オーツとしてのヒット。「シーズ・ゴーン」のところでは、イントロだけで観客がわっと沸いた。 ライヴ後、ジョンに会うと実にきさくな人だった。「まるで南部のジュークジョイントかなんかのライヴのようでした。あなたはニューヨーク生まれなのに(育ちはフィラデルフィア)、なんでこんなに南部の音楽、ブルーズやソウル、カントリーがお好きなんですか」と尋ねた。 すると、「十代の頃からそういうタイプの音楽が大好きだったんだ。だから、自分がバンド活動を始めると自然とそういう音楽ばかりをやるようになったんだよ」と答えてくれた。 ホール&オーツのライヴが『仕事』のライヴだとするとこのジョン・オーツのソロ・ライヴは、『趣味』のライヴなのかなとも思った。もちろんいい意味でのことだ。 ■ 最新作 ブルーズヴィル・セッションズ (なんとこのCDの日本盤解説がアドリブ元編集長の松下さん。そして、ライヴでばったり松下さんと遭遇した。松下さんと会うのは、オーチャードでのケニーG以来だった。「えらいねえ、よく来てるね~」と言われた。(笑)) ザ・ブルースヴィル・セッションズ (The Bluesville Sessions) [直輸入盤・日本語帯解説付] posted with amazlet at 12.04.09 ジョン・オーツ・バンド WBA Records / King International (2012-03-24) 売り上げランキング: 56847 … Continue reading

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◎ 山下達郎の音楽を知っている人生と、知らない人生

◎ 山下達郎の音楽を知っている人生と、知らない人生 (2012年4月5日の山下達郎ライヴを見ての感想文です。ご本人の意向を反映し、極力ネタバレには配慮していますが、これからごらんになる方で、先入観を持ちたくない方はご注意ください。すでにごらんになった方、行く予定のない方、行こうかどうか迷っている方などは心置きなくごらんください) 【Yamashita Tatsuro: Life With Knowing Tasuro’s Music, Life Without Knowing His Music】 濃密音楽愛。 暗転してから3時間半。まさに濃密で音楽愛のあふれる空間と時間だ。何度となくこれまで自分が音楽が好きでよかったなあ、と心底感じ取った瞬間があった。音楽が趣味で、楽しみで、好きでそれを見に行って感動できる。これは平和な時代の最高の贅沢だ。 人生には二つある。 音楽の良さを知っている人生と、知らない人生。僕は幸いにも前者だ。とても幸せなことだと思う。 良い(良質の)音楽を知っている人生と、知らない人生。僕は幸いにも前者だ。とても幸せなことだと感じる。 もうひとつ。 人生には二つある。 山下達郎の音楽を知っている人生と、知らない人生。僕は幸いにも前者だ。とても幸せなことだ。 そんなことを3時間半の間、ずっと思った。 僕が山下達郎の音楽を知ったのは1979年夏。西麻布のバー「トミーズ・ハウス」だった。初めて山下達郎のコンサートに行ったのは1980年12月、中野サンプラザだった。 今のようにあまりコンサートに行く機会がなかったあの時代、サンプラザで見たアーティストはとてもよく覚えている。グラディス・ナイト&ザ・ピップス、クール&ザ・ギャング、スタイリスティックス、バリー・ホワイト、マンハッタンズ、クルセイダーズ…。どれもそのときの空気、雰囲気を良く覚えている。当然そうしたラインナップに山下達郎は入る。(ちょっと僕が見てるラインアップが偏っているのはご容赦ください(笑)) 最近、比較的小さなライヴハウスでのライヴを見る回数のほうが多くなっているが、やはりこうしたコンサート・ホールでのライヴは格別にいいなあ、と感じさせられた。 ハジタツ。 ライヴが始まる前、サンプラの1階のカフェでヤンキー風のおにいちゃんがかわいい女の子に「ヤマタツ見にきたの?」と声をかけていた。その子は「ヤマタツ」の意味がわからず、ぽかーんとしていた。30年前と時代は変わったが、今は、そんな風景さえ山下達郎コンサートの一風景として楽しめてしまう。 今日初めて山下達郎のコンサートに来た人、と問われ、この日は観客の3割ぐらいが手をあげただろうか。けっこう多いな、という印象を持った。最近では親子・二代で来るファンも多いという。全体的に年齢層は高いが、年齢層も、職業も、ファンの歴史の長さも様々に混合している観客層はまさにメルティング・ポット。それをステージの主は、じつにうまくあしらっていく。同じツアーに何度もリピート来場する超常連さんにも、普通の常連さんにも、そして初めての来場者「ハジタツ」にも。(初めて来た人が手をあげたとき「初めての山下達郎ライヴ=ハジタツ」なんて言葉を思いついた。ハジタツ、こんなにいるのか、と) 山下達郎が2008年からライヴ活動を再開して、今回で彼が言うところのツアー「シーズン3」。最初の一年目はまだ声の調子が本調子ではなかったが、このところ以前のように戻ってきた、とステージのMCでも言う。 かつてのように新作発売からのツアーという枷にとらわれず、自身が過去40年以上で作った約300曲の中から、やりたい曲だけをステージにかけて、歌い倒す3時間半。(とは言っても、新作からの曲もちゃんとある。そしてそのセットリスト作りには並々ならぬ苦労があるようだ) 何度か泣きそうになったことがあった。二度ノーマイクで歌ったところだ。恒例アカペラ・コーナーの1曲で、途中マイクから離れ、声を発した。まさにアンプを通さない正真正銘のアンプラグドの生声、生歌が収容人数約2200の会場に響いた。その瞬間、なぜかぐっとこみあげるものがあった。なんで、そこでそんなに感動したのだろう。やはり30年以上の年月の積み重ねの長大さなのだろうか。継続の美学の重厚さか。あるいは、生声はすべてのプリミティヴな原点という素朴さを感じたからか。そのすべてなのだろうと思うが、それ以上のものもあると感じた。 観客。 シーズン3にはいって、バンド演奏・歌唱は、まるで完成したレコードのようだ。特にドラムス、小笠原拓海はますます「達郎色」に染まってきたような気がする。そして、他のリズム隊と繰り出す音が実にタイトにしまる。見事だ。 曲間のトークも江戸っ子らしい落語仕込みでじつに軽快で、とんがっている。 アンコール前だったか、「(日本の現状は)バカな政治家とバカな官僚がこんなことにしてしまって、ちゃんとやってもらわないと困る。~~なんて発言をしたら、リスナーの方から、『あなたのような影響力のある方が、そんな発言をしていかがなものか』というお便りがありました。しかし、バカをバカと言って何が悪いっ」と話したところ、その瞬間観客席から一斉に熱い拍手が巻き上がった。こんな観客も素晴らしいと思った。 山下達郎は政治家でもなんでもないが、その一本芯の通った思想、哲学は、ファンの間にも30年以上にわたって染み込んでいる、ということを垣間見た瞬間だった。 そして、彼の音楽は一見おしゃれな音楽のように見えるが、実はこんなところでもわかるように、根っこにあるスピリットは、正真正銘のロックン・ロールだ。 感動前線。 … Continue reading

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◎ダンスの可能性を無限にするケント・モリ・ライヴ・パフォーマンス

◎ダンスの可能性を無限にするケント・モリ・ライヴ・パフォーマンス 【Sky’s The Limit: Kento Mori’s Dance Performance】 無限。 ダンスでどこまで表現できるか、ダンスで何が表現できるか。ダンスでどこまでストーリーを語れるか。ケント・モリはそれを究極まで追求する。そのメッセージは、マイケル・ジャクソンが掲げるものと同一線上にある。 今回のケント・モリの名実ともに初のフル・ソロ・ライヴは、彼がこれまでにアイデアを暖めてきたものを総動員し、集大成して、作り上げたものだ。もちろん、そのルーツ、出発点にはマイケル・ジャクソンという存在が厳然としてある。何しろ、子供の頃、マイケルのビデオを見て、あこがれ、あんな風に踊ってみたいと思って、ダンスの道に進んだ。そして、いつしかマイケルが掲げるメッセージを知るようになり、自分自身もそうしたメッセージをダンスで伝えて行きたいと思うようになった。それは特に『ディス・イズ・イット』ツアーのオーディションに合格しながらも、そのツアーに出られなかった忸怩(じくじ)たる思いがマグマとなって大きな活火山になったともいえる。 ケント・モリは言う。「ダンスは地球のみんなをつなぐもの。それは人間本来にみなあるもの。ダンスを通じて、さまざまなメッセージを伝えたい」 初めて2012年3月24日そのフル・ショーを見て、僕は暗転の数から9か10のシークエンス(場面)があるのかと思ってケントに尋ねると、これは6つのシークエンスに分かれている、という。その6つとは、最初と最後が「夢Dream」と「愛Love」、その間に「喜怒哀楽」の4つの場面があるという。それを聞いてなるほどと思った。 彼によれば、2011年12月に行われた「マイケル・トリビュート」では約30分のショーだったが、今回は100分を越すフル・ショー。やりたいこと、やらねばならないこともたくさんあった。 「喜び」部分は、彼の誕生から、音楽、ダンスに魅せられて今日いたるまでのケント・モリの人生のフラッシュだ。その過程でケントがダンスの中に喜びを見出し、またダンスから生み出される喜びを表現する。 喜怒哀楽の4つのシーンでは、特に「怒(怒り)」の部分はここだけで20分近くあり、もっとも力が入った部分となった、という。これは地球の怒りなどを表現している。 また哀愁の「哀」の部分はケント・モリの実の妹愛理を大々的にフィーチャーしたコーナー。彼女はシンガーを目指し、がんばっている。 「楽」の部分は一番楽しいシーン。ビートのきいた曲でみんなが楽しく踊る、という部分だ。ダンスの楽しさを存分に表現している、一番ダンサーらしさの出ているシーン。 最後の「夢」の部分は、まさに多くの人たちと夢を共有しようというシーン。「ウィ・アー・ザ・ワールド」のメッセージそのものが、ダイレクトに表現される。ここでは、ダンサーが世界各国の衣装を身にまとって出てくるが、これは人種も国籍も、またそれぞれの文化や習慣などが違っても、ダンスのもとにひとつに、私たち、僕たちがみんな自身そのものが世界なんだ、というメッセージを語りかけている。 こうした解説があると、実にそのストーリーがよく入ってくる。ケントはこの簡単な内容のパンフレットが用意されていると思ったそうで、それを知ってもらえるとひじょうに嬉しいと言っていた。 伝道師。 これだけのスケールのもので、ストーリー性があるものだと、たとえば毎年1回全国何箇所か回るツアーをして、10年くらいは行けるのではないだろうか、と思った。もちろん、毎年マイナー・チェンジしたりしてヴァージョン・アップして、より磨きをかける。最終的には、常設ライヴハウスなどができたら素晴らしい。ケントによれば、「アイデアはいくらでもあるんですよ」という。そのほとばしるアイデアをいかにして具現化して、それを多くの人々に見せられるか。それが今後のテーマだ。 たった一人のダンス・パフォーマーが、その名前において、これだけのライヴをやってしまうのだから、これは大変なこと。一人のダンサーが自分の冠でコンサートをやるなんて、なかなかできない。 ダンスという芸術形態の位置づけは、たとえば、歌というものがメッセージをダイレクトに言葉によって伝えるものとすると、楽器によるインストゥルメンタルは音色、奏法などでなんらかの主張やメッセージを伝えようとする。よくギターが泣く、サックスがむせび泣く、ピアノがストーリーを語る、などと表現されることがあるが、ダンス・パフォーマンスというのは、ちょうどそんな歌と楽器演奏の中間くらいにあるような気がする。楽器演奏より、さらにわかりやすくメッセージを語ることができ、伝えられる。それは体の動き、顔の表情、ジェスチャーなどで物語を伝え易いからだ。 そういう意味でも、ケント・モリがこうしたストーリー性のあるライヴ・ショーを繰り広げられるというところが何より素晴らしい。言葉や歌を使わないダンサーでも、メッセージを伝えることができるのだ。 もうひとつ、今回のライヴを見て感じたのはケント・モリが子供たち、若いダンサーを使いこなすのが実にうまい、ということ。こうした子供たちのダンサーたちが、ケント・モリみたいになりたいと熱心に踊り続ければ、日本のダンス・シーンもものすごく活発化し、盛況になる。今年から義務教育内体育の時間で、ダンスが必修のひとつになるので、ダンスというテーマはこれからの若い人たちの基礎教養になっていく。 なんの分野でも、たとえば、スポーツ(テニスやマラソン、サッカーなんでも)でも一人スターがでてくれば、そのスターを追う若者が次々と登場する。ケント・モリはそうした日本を代表するダンサーの一人として、ひじょうにぬきんでた存在になっている。野球でいえばイチロー、テニス界の錦織、サッカーでいえば、中田や多くの海を渡った選手たちなどがそれにあたる。 まさに、夢と愛、そして、喜怒哀楽のメッセージを放ったケント・モリは、スピリットの点で広い意味での愛の伝道師だ。 2010年02月09日(火) ケント・モリ~その存在理由 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10454316988.html 2010年05月25日(火) ケント・モリ自伝『ドリーム&ラヴ』2010年6月25日発売 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10544121365.html#main ☆ケント・モリ『情熱大陸』放映~ドキュメンタリーとは 2012年01月17日(火) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11137459054.html ■ケント・モリ著 Dream&Love posted … Continue reading

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◎『ソウル・サーチン:ザ・セッション Vol.11~A Tribute To Sly & The

◎『ソウル・サーチン:ザ・セッション Vol.11~A Tribute To Sly & The Family Stone』無事終了 【Soul Searchin: Thanks For Joing Us】 満員御礼。 毎回ソウル・ジャイアントを一人選んで、そのアーティストについてのトークとリアル・ミュージシャンによるライヴでアーティストの魅力を掘り下げるイヴェント「ソウル・サーチン」。 第11回目は、伝説のファンク・アーティスト、スライ・ストーンを取り上げました。 最終的には満員御礼となりました。ご来場いただいたみなさまありがとうございます。楽しんでいただけたでしょうか。 今回は、「ソウル・サーチン」をごらんに来ていただいたスガ・シカオさんを飛び入りで招きいれ、スガさんのスライ好きのお話を急遽聞くことができました。スガさんは、自らスライ好きを広言されていただけに、スライに対する熱い思いは大変おもしろいお話になりました。 詳細は、また明日以降のブログでレポートします。とりあえず、セットリストをお送りします。 ■ 暴動 There’s A Riot Going On (輸入盤) There’s a Riot Goin on posted with amazlet at 12.03.29 Sly & Family … Continue reading

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◎北山陽一『春休み』~ソロ・ツアー

◎北山陽一『春休み』~ソロ・ツアー 【Kitayama Youichi’s Haru Yasumi】 春休み。 年に一回、コンスタントにソロ・ライヴを行なっている北山陽一。今回のタイトルは「春休み」。なんと、この目黒・ブルース・アレイを皮切りに、全国で9本ライヴを行い、一番最後、横浜モーション・ブルーで終わる。(セットリストの解禁が3月25日モーションでのライヴが終わった後なので、本日付ブログでご紹介します) ブルース・アレイはここまで入るかというほどの超満員。入ってすぐ右側の一段高い客席のところは1テーブルをのぞいて、立見席にして身動きがとれないほど。もちろん、レジ前、階段のところも立見席だ。酸欠になりそうなほど。さすが北山人気。 バンドは、『ソウル・パワー』などにも出演しているおなじみのメンバー(ベースのカツとドラムスのフユ)だが、北山ソロに参加するのは、柴田以外は初めて。 冒頭いきなり、ジャスティン・ティンバーレイクの「セニォリータ」には驚いた。こんなファンキーな曲で幕をあけるとは。ファンキーでグルーヴィーなフユのドラムスと同じくファンキーでグルーヴィーなカツのベースが、大音量でノリのいいファンク・サウンドを奏でる。 おおまかに言って前半はファンキーでダンサブルなカヴァーなど、そして中盤以降はゴスらしい作品、ソロに似合うバラード系作品をまとめた。特にマイケル・メドレーのアレンジが斬新でよかった。 なによりも北山本人とバンドメンバーが全員、超楽しそうに音楽をやっているのが伝わってくる。 また日本語作品は日本語がストレートに入ってくるだけに、そこに写真や情景が思い浮かぶように立ちあがっくる。歌の歌詞とメロディーから、つまり、歌そのものから、そこに景色が浮かんでくるのが、とてもいい。 ■メンバー 北山陽一 (ヴォーカル) フユ (ドラムス) 後藤克臣 (ベース) 柴田敏孝(キーボード) ■ セットリスト Setlist: Kitayama Youichi “Haru Yasumi”, March 6, 2012 @ Blues Alley Japan Show started 18:32 01. Senorita [Justin Timberlake] 02. Michael … Continue reading

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◎レデシー・ライヴ~貫禄と余裕

◎レデシー・ライヴ~貫禄と余裕 【Ledisi Live:】 貫禄。 レデシーの存在を知ったのは、2002年ごろ、サンフランシスコを本拠とするピアニスト、サヤのCD『デスティネーション・ファーアウェイ』に参加していたとき。彼女は「アンティル・ウィ・ミート・アゲイン」という曲を歌っている。このアルバムは、ほかにブラクストン・ブラザーズなども参加していて、ちょっとした一枚だ。レデシーは2001年にソロを出して以来、今日まですでに6枚のアルバムを出すまでになっている。 2002年6月大阪ブルーノート初来日、2007年11月(東京初ライヴ=ビルボード)、2009年1月(コットン)、2010年1月(ビルボード)以来、通算5度目の来日。(2011年4月(ブルーノート)はキャンセル) キーボード2名、ギター、ベース、ドラムス、コーラス2人にレデシーという布陣。 一言でいえばとてもいいライヴだった。しっかりしたバンド、そして、なによりシンガーとしての貫禄がでて、ステージ裁きも余裕がでてきたような気がした。低い声はレイラ・ハサウェイを思わせるような、そして高い声はかわいらしく。それにしても、音の安定感といったらない。加えて声の力が強い。ちょっとマイクを離しても、その歌声はきっちり通る。ライヴでこれだけしっかりぶれることなく歌えるというのは、本当に基礎の基礎ができあがっていることの証明だ。 バラード・メドレーなんかもひじょうによかった。すでにデビューから10年を超える中堅シンガー。しかも最新作はグラミー賞ノミネート(受賞は残念ながらできず)となり、上り調子絶好調だ。 バックコーラスの2人も途中でソロを取ったが、どちらもうまい。ダネトラのほうは、アンジー・ストーンでも来日していた。 ■ 過去関連記事 2007年11月15日(木) ギブス http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10056387099.html ■最新作『ピーセス・オブ・ミー』(輸入盤) Pieces of Me posted with amazlet at 12.03.22 Ledisi Verve Forecast (2011-06-14) 売り上げランキング: 14226 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ピーシズ・オブ・ミー(日本盤) ピーシズ・オブ・ミー posted with amazlet at 12.03.22 レデシー … Continue reading

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◎ ベン・ロンクル・ソウル~60年代ソウルを今、洗練されたグルーヴ

◎ ベン・ロンクル・ソウル~60年代ソウルを今、洗練されたグルーヴ 【Ben L’oncle’s Soul: Pop, Fashionable, And Real Soul】 ソウル。 「みんなは、ソウル・ミュージックは好きかあ???」「オオッ、イエー」限りなく観客席も熱く盛り上がる。ほぼ無名の新人ながらブルーノートは超満員。みんな情報早いなあ。観客は若いファンとブルーノートのファンと外人グループ。 ステージ中央、サスペンダーに蝶ネクタイという実におしゃれないでたちのベン・ロンクル・ソウルたちが観客を煽る。彼らの日本初来日ライヴ。なんと2010年にフランスのモータウンと契約し、デビュー。2011年のジャズ・フェスでいきなり大注目を集めた新人グループだ。今回は東京2日だけ。 もちろん初めて見たが、予想以上に素晴らしいライヴだった。きっちりした「ソウル・ショー」、バンド演奏も歌も、そして、踊りを含めたパフォーマンス、すべてが完成していた。 そこにはジェームス・ブラウン、テンプス、マーヴィン、スティーヴィーなどのモータウン、オーティス・レディング、サム&デイヴなどのスタックス、アイク&ティナ・ターナーまで、1960年代のソウルのエッセンスがこれでもかと詰まっていた。こんなソウル・ショーはなかなか見られない。最近のものでいえば、ラファエル・サディーク、エイミー・ワインハウス、そして、ライアン・ショーなどの流れと同一線上にいる素晴らしいソウル・グループだ。僕がレコード会社のA&Rマンだったら、何も言わず即座に契約する、そんなアーティストだった。 彼らは2009年ごろ、フランスで結成された、現在は9人組。トランペット、サックス、ギター、ベース、キーボード、ドラムスにコーラス2人、そして、リード・シンガーのベン・ロンクル・ソウル。 アップテンポの曲で始まった「ソウル・ショー」は、いきなりダニー・レイを思わせるMCからジェームス・ブラウン・バンドばりのブリッジで曲に突入。バンドはブラス・セクションが2人いることから、実に60年代のリアルなソウル・バンドという感じが醸し出される。しかも二人のコーラスは、実に激しく動く。エイミー・ワインハウスのコーラス/ダンサー並みによく踊る。それも、シンプルな動きなので、観客もすぐに覚えられそう。それがまたバックのメンバーをからめた振り付けをするので、実に楽しい。 各楽器のソロも存分に見せるが、なによりもショーすべてがショーアップされ、徹底的にエンタテインメントとして完成されているから、飽きることがない。しかも、みんなネクタイをしていて、ちゃんとした洋服で、それがいちいちおしゃれだ。ベンなどサスペンダーにめがねというのが、トレードマークで自分のブランド・スタイルといういでたちだ。全体的なプロデュースがとてもよくできている。ファンク、グルーヴたっぷりだが、それがヨーロッパのせいか大変よく洗練されている。ファンク曲でもメロディアスなところがあり、日本人好み。 そして何よりも、ベンのソウルフルな声が素晴らしい。これまでだとライアン・ショー、ラファエル、しばらく前だとイギリスのファイン・ヤング・カニバルズあたりを思わせる声自体がソウルな声だ。僕はファイン・ヤング・カニバルズを思い出した。(そういえば彼らはどうしたんだろう) オーティス・レディングの声を声質はそのままに、少しポップに明るくしたような声とでもいえばいいだろうか。このポップかげんがちょうどいい。 ベース奏者と2人のコーラス、ベンがブラックだが、あとは白人。白人にグルーヴは作り出せないと言ったのは誰だ。それが間違いだということを彼らは証明している。 ベン・ロンクルはフランスのトゥール出身。本名、ベンジャミン・ドゥテールド。お母さん、おばあさんがソウル・ミュージック好きで、自然にそういうものに親しみ、好きになっていったという。ステージでベンは、オーティス・レディング、スティーヴィー・ワンダー、レイ・チャールズ、マーヴィン・ゲイ、ジェームス・ブラウン、ダニー・ハサウェイ、スライ&ファミリー・ストーンらの名前をよく聞いてきたアーティストとしてあげていた。 2004年、19歳か20歳の頃、トゥールーズのフィティアヴァナ・ゴスペル・クワイアーに参加。同グループは2009年に『アイ・ハヴ・ア・ドリーム』をリリース。 その後、自身のグループを作り、いくつかカヴァー曲を録音しそのビデオを作りインターネットにアップした。その中のホワイト・ストライプスの「セヴン・ネーション・アーミー」がフランス・モータウンの目に留まり契約。最初6曲入りのEP『ソウルウォッシュ』を出し、その後フル・アルバム『ベン・ロンクル・ソウル』を出した。最初からジャケットなどイメージが統一されており、かなりプロデュースされている感じがする。 ライヴではコール&レスポンスもうまく、途中のブレイクで客をじらすあたりも、ジェームス・ブラウンや先輩ソウル・アーティスト譲り。 ベンはなんども「ドゥ・ユー・ライク・ソウル・ミュージック?」と聞く。きっと「R&B」ではなく、「ソウル・ミュージック」なのだろう。 彼は昔はロンクル・ベンとみんなに呼ばれていたそうだ。それは、彼がいつもサングラスをして帽子を被っていて、アメリカのライスのブランド、ベン・ロンクルのキャラクターと似ていたから。しかし、ロンクル・ベンだと、商標権などの問題がありそうなので、ベン・ロンクルとひっくりかえしてバンド名にした。 ライヴの最後は、手で「ピース(Vサイン)」「ラヴ(ハートマーク)」、「ソウル(握りこぶしをつきあげる)」のジェスチャーで締めくくった。 ファーストから超満員。なんと前日当日でいきなり予約が伸びたそうだ。何があったのだろうか。それにしてもこれほど素晴らしいライヴを見せてくれれば、次は4-5日ブルーノートでできそうだ。 ここ1-2年で見た新人では一番よかった。彼らのように完成しているアーティストだったら「即・契約」というのは最大の褒め言葉だ。 そうそう、一体このベン・ロンクル、いくつなのだろうって気になった。そこで彼に誕生日を尋ねたら、1984年11月10日生まれということで、まだ27歳である。若い! 当然、ジェームス・ブラウン、オーティス、サム・クックなど、みんな彼が生まれる前のスターということになる。こうやって音楽の鎖はつながっていくのだなあ、と思った。若い世代がこうして昔のソウルを今風の解釈でやるのは、だんぜんありだと思う。 いやあ、だから、エレクトリック・エンパイアーにしろ、このベン・ロンクル・ソウルにしろ、こういうグループって、絶対に日本でもできると思うんだけどなあ。 ■音源・映像 Ben, l’oncle Soul – Seven Nation Army http://youtu.be/C4XKNNl31Gc … Continue reading

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◎クリヤ・マコト:ホイットニー・トリビュート・ライヴ

◎クリヤ・マコト:ホイットニー・トリビュート・ライヴ 【Kuriya Makoto Plays Whitney Houston】 トリビュート。 キーボード/ピアノ奏者、クリヤ・マコトさんが急遽モーション・ブルーでホイットニー・ヒューストン・トリビュートをやることを決めた。当初はピアノ、ベース、ドラムスだけのトリオでツアーに出るので、その前哨戦として軽くやろうと考えていたのだが、その話を周囲にすると、私も、私も歌う、とコトが大きくなり、結局はシンガー3人、プラス、サックスにアンディー・ウルフまで参加する大所帯なライヴになった。 ブレンダは、今度の土曜日木下航志ライヴにゲストで出て、何曲か歌うが、日本での残り日がカウントダウンになっているので、一際エモーショナルになる。 僕はファーストは時間の都合で見られなかったが、ファースト最後でマルと黒沢薫さんの強力なデュオが繰り広げられたらしい。ちょうどセカンド始まる直前にモーションに入ったので、見逃したが、ライヴ後、マルが一部の資料映像を見せてくれた。ファーストを見た観客も、二人のデュエットはすごかったですよ、と証言した。これはマライアとホイットニーのデュエットだ。デュエットとしてはいい選曲。 実は二人がデュエットするというのは事前に聞いていて、ジャーメインとホイットニーとのデュエット「テイク・グッド・ケア・オブ・マイ・ハート」やテディー・ペンダグラスとのデュエット「ホールド・ミー」などもあるということを言っていたのだが、マライアとのデュエットを選ぶとは思いつかなかった。どうやら前日、二人で特訓したらしい。それでもバンドとのあわせは、当日の2回程度というから、みんなプロだ。 ■ ホイットニー&マライア 『ホエン・ユー・ビリーヴ』 http://youtu.be/eAM2-hg7xJs マルはほかにもミディアム調の「ダンス・ウィズ・サムバディー」や最新作「ミリオン・ダラー・ビル」などを。「ミリオン・ダラー・ビル」なんか、マルっぽくて、なかなかあっている。 黒沢さんは、この日、シークレット・ゲストで登場だが一部のファンは知っていたようだ。第二部では、3曲目で登場。マイケルとホイットニーの両方の葬儀に出てきた人物としてスティーヴィーを紹介。ホイットニーの葬儀で歌った曲を歌った。それが「リボン・イン・ザ・スカイ」。途中でスティーヴィーが歌ったように、「アイ・ウィル・オールウエイズ・ラヴ・ユー」の一部をいれたりした。ほんと、黒沢さんは芸が細かい。ちなみに、この曲の頭には、マイケルの「シーズ・アウト・オブ・マイ・ライフ」の一フレーズもアカペラでいれて、ホイットニーにつないだ。どこを取っても、あの独特の黒沢節になるところが、受ける。しかし、この「リボン…」を聞いていて、ふと、これを日本語にして黒沢節で歌ったら、どうなるだろう、などとも思ってしまった。訳詞でもやってみようかな。(笑) そして、この日の圧巻は、やはり彼女も歌いなれているブレンダの「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」。この曲は彼女の「グレイテスト・パフォーマンス・オブ・オール」という感じだ。後半は徐々に教会っぽくなり、熱唱を爆発させた。 ホイットニー・トリビュートはこれからしばらく続くだろうが、ホイットニーの曲は、マイケルほど難しくはない。いずれ「ソウル・サーチン」でもやりたいと思う。そのときはとっておきのエピソードなどを交えて紹介してみたい。 ところで、この日黒沢さんはマネージャーなしで、なんと電車で横浜まで来た。そこで帰りはマルらと一緒に車で第三京浜を走って東京に戻った。車中、黒沢さんがずっと歌い続けていたということはない。 ■ マル・Fire Lily ワンマンライヴ Spring Special Live 2012年4月13日(金)午後7時半、21時 渋谷JZ(ジェイ・ジー)ブラット 予約3800円、当日4300円 予約は marumusicvox@gmail.com  まで直接メールかお店(03-5728-0168)まで。 ■ 『ディーヴァ:ホイットニー・ヒューストン 物語』ジェフリーボウマン著 吉岡正晴訳 (1996年11月発売) 日本で最初にリリースされた彼女の伝記本 ディーヴァ―ホイットニー・ヒューストン物語 posted with amazlet at 12.03.14 … Continue reading

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◎シンディー・ロウパー(シンディ・ローパー)~あれから1年後に“帰国”

◎シンディー・ロウパー(シンディ・ローパー)~あれから1年後に“帰国” 【Cindy Lauper: Since 311】 運命。 まさにその運命の日、彼女は来日した。2011年3月11日。日本にランディングした後、周囲の帰国の勧めを拒絶し、日本全国をツアーしたシンディー・ロウパー。 その彼女が1年ぶりに日本に帰ってきた。まさに、気分は「お帰りなさい、シンディー!」という感じだ。東京初日(3月9日)を見た。 セットリストも前年から半分以上変えて、昨年見た人も十分楽しめる選曲になっている。また、バンドも昨年と同じ5人に加え、ハーモニカのチャーリー・マッセルホワイトを加えた6人組になりパワーアップ。 冒頭から観客席は総立ちで、ほぼライヴ中、総立ち。 4曲目でマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」を、まさにシンディー節で。 シンディーはかつて売れる前に、ニューヨークの日本レストラン「ミホ」で歌っていた。その頃、一緒にプレイしていたギタリストからこれを歌ったらどうだと言われ、覚えた曲があった。そんな1曲が「忘れないわ」。この曲は、1960年代日本でも人気があったアメリカのシンガー、(リトル)ペギー・マーチが日本のために日本語で歌ったもの。これを、シンディーも日本語で歌ってみせた。親日家ならではの1曲だった。 忘れないわ:ペギー・マーチ http://youtu.be/AETBr6yFm0A 3月11日は、シンディーの東京での3日目で、この日は昨年ツアーに帯同した日本のフルーゲルホーン奏者、トクも飛び入りで「トゥルー・カラーズ」に参加したそう。 さらに、3月12日は、外国特派員協会でも記者会見を行った。これらの情報なども、こんご多数出てくるだろう。 ところで、今回のツアーには、とても内容の濃いパンフレットが出来ていた。昨年の詳細なツアー・レポート、湯川れい子さんの原稿、多くの写真など、最近洋楽アーティストのライヴでパンフレットがあまりないので、こういうのは嬉しい。 シンディーが一年ぶりに、約束通り、日本に戻ってきた、ということがもっとも大きな意味だろう。これはまさに“帰国”凱旋公演と言ってもいい。ここまで日本に根付いた洋楽アーティストって、本当に珍しい。 最近の「タイム・アフター・タイム」 http://youtu.be/W0kWZ-Nk5i4 ■ 過去記事(昨年ライヴ評) 2011年03月18日(金) シンディー・ロウパー(シンディ・ローパー)~歌声は復興への灯火 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10833419437.html ■ シンディ・ローパー『メンフィス・ブルーズ』 メンフィス・ブルース posted with amazlet at 12.03.10 シンディ・ローパー チャーリー・マッセルホワイト SMJ (2011-02-23) 売り上げランキング: 1312 Amazon.co.jp … Continue reading

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◎ フランク・マッコム・トリオ~ハービー・ミーツ・スティーヴィー

◎ フランク・マッコム・トリオ~ハービー・ミーツ・スティーヴィー 【Frank McComb: Herbie Meets Stevie】 魅力。 昨年(2011年)3月、震災直前に来日してからちょうど1年ぶりのフランク・マッコムのコットンでのライヴは、彼もインドネシアで行われた「ジャヴァ・ジャズ・フェス」帰り。コットン3日、モーション・ブルー1日行った。2004年初来日以来、何度も来日してすっかり日本びいきのフランクは固定ファンも獲得。 さて、時間ぎりぎりにセンターの空いてる席に座ったら隣は、柴田敏弥(敏孝)さん、神谷エリさん、向こうにはまた高田真さん。 いきなり、ローズでの長めのイントロから「キューピッドズ・アロー」でその渋い喉を聴かせる。キーボード・プレイももちろんいいのだが、やはり、半分は歌って欲しいところ。(笑) と思ったら、この日はずいぶんとフランクは歌った。途中に長いソロをいれたものもあるが、一応、全曲歌った。 どの曲もオリジナルからかなりスタイル、雰囲気を変えて独自のアレンジで、くずして歌う。ここまで自身の曲を自分で新しいものに出来るというのはアレンジの才能なのだろう。 おもしろいのは、ローズを弾いていると、ちょっとハービー・ハンコック風だが、それにあわせて歌い始めるとスティーヴィー・ワンダー風になるところ。まるでハービー・ミーツ・スティーヴィーという感じだ。 キーボードは実に力強くアドリブのタッチに、よくベースのアンソニーとドラムスのロニーがきっちりついてくる。このトリオは昨年も一緒だったが、もうまさに阿吽(あうん)の呼吸で、フランクがどこで何をしようが対応してくる。 彼らは楽譜に書かれたことだけでなく、そこに3人のその瞬間瞬間のミュージシャンシップから生まれる空気とグルーヴをプレイする。だから、楽譜以上の演奏がでてくるわけだ。このあたりが、実に力強い。 フランクの魅力ってなんだろうと改めて考えた。やはりこの強力なキーボード・プレイと、このしなやかで柔軟性のある歌声だ。ときにスティーヴィー、ときにダニーを思わせるこの声は、それだけで武器だ。 フランクは、ジャカルタのジャヴァ・ジャズ・フェスが終わった後、宿泊先のホテルのラウンジでジャム・セッションをしていた。ちょうど、フランクの持ち歌でもあるスティーヴィーの「スーパースター(ホエア・アー・ユー・ホエン・アイ・ニード・ユー)」を歌っていたら、スティーヴィー本人とジョージ・デュークがやってきて、そのままジョイント・セッションになったという。それまで、そのセッションを見てる人はそれほどではなかったが、スティーヴィーとジョージが来たら、いきなり大変な人だかりとなり、みんなが携帯で写真や動画を撮り始めたという。フランクによると、まだ自分も見ていないので、動画などあったら、フランクのサイトに送ってくれ、と呼びかけているそうだ。 その動画がアップされた。 http://www.youtube.com/watch?v=Fot43PgbjLo 画面左下にフランク、中央にスティーヴィー(立って歌う)、右の奥にジョージ・デューク。フランクは「スーパーウーマン」を歌っていたが、そこにスティーヴィーが参加。 そんなわけで、今回のフランクのステージは、いつになく、ダニー色よりスティーヴィー・ワンダー色が強かったような気がする。 また、アコースティック・ピアノで3曲(下記セットリスト3~5)ほど歌ったが、これもなかなかよかった。この間は、ベースとドラムスは、いい感じでフランクのソロを楽しんでいるようだ。 昨年もやっていたが、「スーパースティション」は、よりハードに、後半の盛り上がりがすごい。そして、これも昨年同様だが、アンコールの「ドゥ・ユー・リメンバー・ラヴ」も徐々に盛り上がり、後半では、スティーヴィーの「ユーヴ・ガット・バッド・ガール」を入れ込んだ。フランク、アンソニー、ロビーの3人が一体となり、強烈なソウル玉となって観客に降り注ぐ。 途中のMCで日本のみんながいつもサポートしてくれて感謝している、自分はマネージャーもレコード会社もない。全部自分でやっている。こうやってここコットンクラブに来られるのは、みなさんのおかげだ。だから、津波・地震にやられた日本のみなさんのために、今日は自分のCD、普通は2000円以上するものを1000円でお分けして、後でサインもする、とアナウンス。 ライヴ後さっそくサイン会を始めたが、1000円のCDは、本人のアルバムだが、なんと自分でカラーコピーのジャケットをつけて自分で焼いたCDだったので受けた。(笑) だが、サインもして、写真も撮って、サーヴィス精神旺盛だ。 今回のライヴは、ヴォーカルが多かったので、何かとても聞き易かった。 コットンクラブのサイト。ライヴ映像がアップされています http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/120307_frank/ ■ フランク・マッコム「ラヴ・ラヴ・ラヴ」動画 http://youtu.be/CocoZhYhYXw ■ フランク・マッコム過去記事(一部) (2004年の初来日からかなり追っかけてます) 2011年03月09日(水) フランク・マッコム・ライヴ~新作『ニュー・ビギニング』を従えて http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10824696197.html (過去記事全一覧はここに) 2004/02/16 … Continue reading

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◎アル・ジャロウ&ジョージ・デューク~47年を経てのコラボレーション

◎アル・ジャロウ&ジョージ・デューク~47年を経てのコラボレーション 【Al Jarreau & George Duke: After 47 Years】 途中下車。 1940年3月12日生まれのアル・ジャロウ、1946年1月12日生まれのジョージ・デューク。6歳違い。アル71歳(来週の誕生日がすぎれば72歳)、ジョージ66歳。どちらも、アメリカ・ジャズ界では確固たる地位を築いているヴェテランだ。片やまさに「虹色の声(ヴォイス・オブ・レインボー)」と呼ぶにふさわしい声帯の魔術師アル・ジャロウ。片やファンクからメロディアスなとろけるアコースティック・ピアノまで多様性のあるピアノ/キーボードを聴かせるキーボードの匠ジョージ・デューク。この二人に超ハイ・エナジーなドラムスとゴリゴリのグルーヴ・ベースの計4人だけで強烈なライヴを繰り広げる。 ジャカルタで毎年この時期に行われているジャズ・フェス『ジャヴァ・ジャズ・フェスティヴァル』(3月2日金曜~4日日曜の3日間、野外・屋内に20近いステージが同時進行する。2005年から始まり今年は8回目)には多くのジャズ・ミュージシャンからポップ・ミュージシャンなども出演する。今年の目玉はスティーヴィー・ワンダーだったが、そこに出演したアーティストたちがアメリカに帰る際にほんの数日だけ日本に立ち寄ってライヴを行っていく。ジョージ・デューク・グループもそうだが、フランク・マッコム、デイヴィッド・ガーフィールド・グループなどもそう。ジョージ/アルは東京と大阪で1日ずつライヴをして、アメリカに戻る。帰国途中下車、という感じだ。 47年。 さて、アル・ジャロウとジョージ・デュークは、一昨年あたりからジョージ・デュークのトリオでアルが歌うという企画が持ち上がったらしいが、アルが自分の若手のトリオでツアーにでてしまったために、これが実現しなかった。 アル・ジャロウは1940年(昭和15年)ウイスコンシン州に生まれ、大学卒業後、サンフランシスコでリハビリのカウンセラーとして仕事をしていた。ちょうどその頃同地にいたジョージ・デュークと知り合い、ジョージのトリオでジャズを歌い始める。1962年頃のことだ。まだこの頃は、ジョージもアルも音楽では食べていけなかった。夜な夜なジャズ・クラブで何セットも演奏して、昼間は別の仕事をしながら食いつないでいた時代だ。 たまたま、この頃ジョージがアルの歌でデモ・テープを録音した。もちろん当時はデモ・テープを作って、レコード会社に売り込みに行き、レコード契約を取ろうとした。しかし、どこにもって行っても、相手にされず、彼らもそのテープのことさえ忘れてしまった。 アルはその後本拠をロスに移し、やはりジャズ・クラブで歌っていた。徐々にその声、独特のスキャットの歌い方、体全体を使っての歌い方が評判を呼び始め1975年、アルのそんなパフォーマンスをワーナー・ブラザーズのディレクターが「発見」し、契約。アルはメジャーなレコーディング・アーティストとしてデビューする。デビュー作『ウィ・ガット・バイ』は、ジャズ・シーンを中心に話題となり、アルは徐々にヒットも出し、有名になっていく。 一方ジョージも1960年代後期からジャズ・フュージョン畑(当時はまだそういう名称はなかったが)のキーボード奏者として徐々に頭角を現し始める。1970年代にはロックのフランク・ザッパのバンドに加入。ユニークなキーボード奏者として業界内で知られていく。 1970年代後期からはエピック・レコードで自身のアルバムを出し、ジャズからファンク寄りのアプローチをみせて人気を集めるようになっていた。さらに、1981年、ジョージはア・テイスト・オブ・ハニーの「スキヤキ」をプロデュース。これが全米で200万枚以上売れる大ベストセラーとなり、以後プロデューサーとして超売れっ子となっていく。 そんなジョージとアルが一昨年あたりに再会し、昔のようなトリオで歌うスタイルをやろうということになった。ちょうどその頃、ジョージが自宅に古いテープがあるのを発見。それが1965年、当時まだ二人とも無名だった頃のデモ・テープだった。ジョージはこれを発見し、大興奮。アルに電話し、自宅に遊びに来るよう伝え、アルがやってくると、このテープを聴かせた。そのテープとは45年ぶりくらいの再会だった。アルはこのテープが流れると、ぼろぼろと涙を流し始めたという。アルの脳裏に思い浮かんだのは45年前の無名で、これからジャズ・シンガーとしてやっていこうと夢と希望に燃えていたあの頃のことだったのかもしれない。 結局、このテープをCD化、そして、ツアーをすることになった。 アルは別の若手トリオで一度ツアーにでたが、今年になってジョージとツアーに出て、3月にはインドネシア・ジャカルタのジャズ・フェスに登場した。その帰り道、東京・大阪で1日ずつの貴重なライヴが行われたというわけだ。 1965年。 この音源のCDは、当日即売し、サイン会もしていたが、まだあまり輸入盤が出回っていないようだ。そうしたら、すでにアイチューンズiTunesに乗っていた。 Al Jarreau and the George Duke Trio “Live” at the Half Note 1965 (VOL 1) http://itunes.apple.com/jp/album/al-jarreau-george-duke-trio/id429594414 … Continue reading

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◎ ベティー・ライト自身名義初来日ライヴ

◎ ベティー・ライト自身名義初来日ライヴ 【Betty Wright First Japan Live】 アフロ。 太陽とパームツリーの街、フロリダ州マイアミから生まれた「マイアミ・サウンド」。そんなマイアミから登場した女性シンガー、ソングライター、ベティー・ライトの自身初名義ライヴ。ボビー・ウーマックの17年ぶりの来日に続いて、南部からのベティー初来日はソウル・ファンにとっては嬉しいところ。もちろん、ベティーとしてのライヴは初めてなのだが、彼女は1991年グローリア・エステファンのバックコーラスの一員として来日はしている。 ベティー・ライトには1980年代中ごろ、ニューヨークで行われていた「ニュー・ミュージック・セミナー」で会ったことがある。彼女がパネル・セッションで話をしていて、その後、立ち話をした。大変快活で頭脳明晰、よくしゃべる人という印象を持った。シンガーとしても成功したが、あれだけ業界を俯瞰して見ることができればプロデューサー的な裏方でも十分やっていけるだろうなあと思ったものだ。マイアミのヘンリー・ストーンのTKレコードに関してはやまほど書きたいことはあるが、また別の機会に。ベティー・ライト1983年のアルバム・ライナーノーツも書いたことがあった。 さて、ライヴはドラムス、ギター、ベース、キーボード、パーカッション、コーラス3人という8人編成バンドにベティーがステージ中央に立つ。今回は特別にセカンドがなくなり、ファーストのみ2日の編成。 いきなり赤いワンピースのような派手な衣装に、特大の丸いアフロ・ヘアーで登場。あれはカツラか本物か。70年代風というか、オールドスクール風でインパクトがある。ライヴは全体的に南部のチトリン・サーキットで見ているような空気感が漂う。ベティーの声は、まったく衰えることを知らず、ひじょうによく声が通る。 一番有名な「クリーン・アップ・ウーマン」が1971年のヒットだが、これはのちに多くのアーティストにサンプリングされたりカヴァーされたりして、よく知られる。超ヴェテランだが、最近でもルーツと一緒に作ったアルバムがグラミーにノミネートされたり、現役ばりばりだ。そのルーツとの共作からも披露。 http://youtu.be/r0ssMVL9I1Q ちょうど、その作品がグラミーにノミネートされ、会場に向かう途中でホイットニーの死を知った、という。そんな話をしてから、ホイットニーへのトリビュートとして「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」をコーラス3人と歌った。このコーラス3人のうち2人がベティーの娘だそうで、客席から見て真ん中と向かって左(センター寄り)が娘だと思ったのだが…。二人が赤のおそろいを着てるように見えたので、それが娘たちかと思った。またギタリストはベティーの兄弟だそう。(弟か兄かは判明せず) 歌声は健在で、よく出ている。特に低めの声が印象よく、一方、時折ミニー・リパートンのような超高い声を出してインパクトもあるのだが、多用するとちょっと小さい子供の悲鳴のようにも聞こえてしまうので、たまに出すのがいいのではないかと思う。 意外だったのが、「私はザディコ・ミュージックが大好き。そして私は46年それを歌っている」といって彼女のヒット「シューラ・シューラ」を歌ったこと。これがザディコを源流に持つとは、今まで気づかなかった。 確かにマイアミという土地柄、ゴスペル、ラテン、ソウル、レゲエだけでなく、南部のザディコなどの要素も入ってくるのはうなづける。 驚いたのは、「クリーン・アップ・ウーマン」の後半でジェームス・ブラウン・メドレーを披露したこと。ブラウンが好きなのだろうが、6曲近くメドレーでやったのには驚いた。 このライヴも比較的ゆるい感じで、セットリストは、ベティーが自由自在に変えていくのだろう。 ベティーの最近の仕事では、なんと言ってもジョス・ストーンのファーストのプロデュースぶりが際立っているが、そうしたオールド・スクールとしての貫禄は十分に出していた。 ■ ベスト ザ・ヴェリー・ベスト・オブ posted with amazlet at 12.02.28 ベティ・ライト イーストウエスト・ジャパン (2000-07-26) 売り上げランキング: 161162 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 最新作『ザ・ムーヴィー』 Betty Wright: … Continue reading

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◎ マイケル・ジャクソン『ディス・イズ・イット』ツアー、終了~MJスピリット・ライヴ

◎ マイケル・ジャクソン『ディス・イズ・イット』ツアー、終了~MJスピリット・ライヴ 【Michael Jackson’s This Is It Tour Ends】 終了。 2009年7月からロンドンのO2(オーツー)アリーナで50本のライヴを終えたマイケル・ジャクソンは、その後2010年5月日本を皮切りに世界ツアーに出た。そのときここAXで行われたライヴだ。そしてそのツアーが約1年半をかけて世界を周り、最終公演を東京で行う。それがこの日のステージだ。~~という設定で行われたMJスピリットの『ディス・イズ・イット』ツアーの完全再現ショー。 前回も書いたが、ここまで徹底してやってくれると、本当にマイケルが降臨しているかのような錯覚に陥る。大道具、小道具、ちょっとした新しいネタなども含めての2時間超。楽しめる。マイケルが生きていたら、きっとこうやったであろうショーの再現である。 今回は「ビリー・ジーン」の電飾がさらにグレードアップ。色もいろいろ、しかもヴァリエーションもあってすごい。もうひとつ「ダーティー・ダイアナ」のところのポール・ダンサーもインパクトあった。これは前回なかったもの。 改めてこうやって見ていくと、マイケルの曲ってどれも素晴らしいなあ、と思う。楽曲がとにかくいい。そして、そこにかっこいいダンス・パフォーマンスが加わるのだから、まさに鬼に金棒だ。最後の「マン・イン・ザ・ミラー」など何度こうやってライヴで聞いても、素晴らしい。 ■過去前回ライヴ評。過去記事も 2010年05月23日(日) マイケル・ジャクソンのスピリットとソウルが舞い降りたMJスピリット (パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10542306627.html 2010年06月04日(金) MJスピリット(パート2): マイケル・ジャクソンのスピリットとソウルが舞い降りたMJスピリット http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10552859570.html#main ■セットリスト:MJスピリット @ 渋谷AX 2012年2月25日土曜 Setlist: MJ Spirit 前説:トヨ&吉岡正晴 show started 18:45 00. Video 01. Wanna Be Startin’ Something 02. Don’t Stop … Continue reading

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◎ ボビー・ウーマックは力のある限り歌い切る~ソウル・マンの教え

【So Exciting My Hero, One & Only Bobby Womack】 壮絶。 なんといったらいいのだろう。満身創痍だが、ショーは必ずやり遂げる、その信念とソウルが、このすさまじいばかりの壮絶パフォーマンスを成立させている。 セカンドはジャケット、パンツ、帽子から靴まで、赤で統一し、びしっと決めて登場。1曲目でボビーが書いてジョージ・ベンソンでヒットした「ブリージン」をバンドが演奏しスタート。そしてイントロ的に「ユー・キャント・タッチ・ディス」が流れ、これに乗せておもむろにボビーが登場した。声の出方が初日よりかなりいい。1日違うだけでここまで違うかというほどよく声がでている。基本は座っているが、立つ回数も多いような気がした。まさしく「気」でステージを行っている感さえする。 「ハリー・ヒッピー」など、そのひたむきなボビーの姿を見ていると、こちらが泣けてくる。ここでは、前日同様リサ・フレイジャーとのデュエット。やはりこのリサは見事だ。 Harry Hippie http://youtu.be/Cx2jDWpD6fM ボビーは曲のイントロや途中でしばしば「語り(モノローグ)」をいれるが、これがどこまでネタでどこまで本当なのかがわからない。しかし、ラップの原形とも言えるこのナレーションは、同じサム・クック門下生ルー・ロウルズ譲りというか、実に渋い。ただの語りが音楽になってしまうのだから、本当にすごい。 彼のパフォーマンスを見ていて、初来日1987年9月のことを思い浮かべていた。あのときも初めて見るだけあって感激した。あれから25年。以後今回までに2回来日。4回目の来日だ。毎回見てきたが、しかし、3回目から17年の間隔はあまりに長い。本人は「17年? そんなに経ったか?」といった風で、それほど気にもしていないようだ。だが、確実にボビーも、そして見るこちら側も25年、歳をとっているのだ。 「ストップ・オン・バイ」でマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」風の節をいれてトリビュートしつつ、次の曲へ。「アイ・ウォズ~~~、ボーン・バイ・ザ・リヴァー~~~」、ボビーが歌うこれだけでソウル・ファンは号泣する。 「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」では、今回は「弟(セシル)の娘、サム・クックの孫、ケイシー」と紹介した。彼女の愛称は「ケイシー」だそうだ。あとから聞いたのだが、なんと彼女はまだ19歳。若い。そこで一緒に一節歌うボビーの娘ジーナリーとは従姉妹同士になるわけだ。 http://youtu.be/jNe2rRBJ5j4 この日は12曲目「アイム・トライング…」と14曲目「イフ・ユー・ドント…」が前日歌われなかった作品。曲順もその場でボビーの気分でどんどん代わるようだ。実際、初日と後半の曲が入れ替わっている。 レデシーらオークランド・ミュージック・サークルの一員、サンドラ・マニング(キーボード奏者)によれば、「曲が変わったら、必死についていくわ」と言っている。サンドラはレデシー、レイラ・ハサウェイ、ラリー・グラハムらとレコーディングやライヴ・ツアーなどもしている、才女だ。 I Wish He Didn’t Trust So Much http://youtu.be/ovmS20sc2_U 司祭。 バラードでも張り上げるシャウト・ヴォイス。「アアアアーッ」と長く声を伸ばすソウル・ヴォイス、これには本当にそれだけで打ちのめされる。声だけでやられてしまう感じだ。そして、どう見ても足はふらつき、腕には点滴か注射の跡を隠すように巻いた黒い包帯、体調は万全ではないのに、ステージをやり遂げるぞというこの気迫、執念、これには心底感動した。「アアアッ~~」とシャウトしたまま、ステージで倒れ込んでしまうのではないかとさえ思ってしまうほどの熱演だ。だが満身創痍の男も、ステージでは元気になってしまう。それもまた、音楽の力だ。 腕と体でありったけのボディー・ランゲージ、ジェスチャーを見せ、杖を振り回し、バンド・メンバーにキューを出し、すべてのショーを仕切るボビー・ウーマック司祭。ソウル・ショーは熱く暑く厚くなければならない、というのをまざまざと見せ付けてくれる。ステージに上がるとアドレナリンが出て、ふだんよりもものすごい元気さが出る男に違いない。それにしても、ボビーの歌唱はなんでこんなに熱いんだろう。きっとボビー自身が熱い人生を生きているからなのだろう。 14曲目が終わった後、次の曲に行くときにサックス奏者に「そろそろ時間だ」みたいなことを耳打ちされたのだろう。それを受けてボビーは「俺はやりたいときまでやる」とマイクで広言した。 セシルとリンダ・ウーマック夫妻の娘でケイシーと呼ばれるゼカリアスは、19歳で7人兄弟の6番目。サム・クックの孫だが、その娘3人で「エジプシャン・クイーン」というユニットを組み、ボビーも曲を提供したりして、いずれデビューするという。ボビー自身もアルバムを作っており、4月くらいには全米リリースする予定だという。 改めて、ボビー・ウーマックってこの時代に生き残った、本当に「ラスト・ソウル・マン」「ソウル・サヴァイヴァー」ということをひしひしと感じる。マイ・ヒーロー、ラスト・ソウル・マン、God Bless Youとしかいいようがない。 ボビーの「やれる限りギリギリまでやる。力ある限り歌い続ける」というその姿を見て、僕も「生ぬるくやってちゃだめだ、徹底してやれ」と教えられたような気がした。 … Continue reading

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◎ ボビー・ウーマック、17年ぶりに日本のステージに: 伝説の来日に感謝

◎ ボビー・ウーマック、17年ぶりに日本のステージに: 伝説の来日に感謝 【Bobby Womack: Last Soul Man’s Theory : Show Must Go On】 ラスト。 「ラスト・ソウル・マン」ことボビー・ウーマックが17年ぶりに日本のステージに立った。ボディーガードに付き添われ、杖をつきながらステージ中央に。バックバンドは、ドラムス、ギター、ベース、キーボード2人、コーラス3人、ホーンセクション3人という大所帯11人。これにボビーでオン・ステージは総勢12人。さすがにオールド・スクールのソウル・ショーは大所帯だ。 また、客席は日本のソウル関係者全員が集まってきたのではないかというほどの大集合で、超満員。2日4公演がソールドアウトという伝説らしき集客を見せた。 一言で言えば、「伝説を見られたことに感謝」。あのスライ・ストーンを初めてみたときと同じような感覚を持った。 イントロからいきなり「アクロース110th(ハンドレッド・テンス)ストリート」へ。しかし、すぐにスツールに座って、ほとんど座ったままの歌唱だった。見た目にもかなり疲れているのか、体調が悪い様子。またかなり老けてやせた印象を持った。前半はなかなか声も思うように出ていない感じだ。以前のライヴでは大迫力で、声だけで観客をぶっとばすほどの力があったが、残念ながら、声を出すのも苦しそう。とはいえ、徐々にときおり往年の光輝くあの「ボビー節」が出てくるから、ファンとしてはそれだけで嬉しいところ。 次々とヒット曲がメドレーで歌われ、曲によってはイントロが流れるだけで、「ウォーーッ」と歓声があがる。セットリストはまさにベスト・オブ・ボビー・ウーマックという感じ。 驚いたのは「ノーバディー・・・」のところで、ボビーがぽつりと「本当はここにいるべきじゃないんだ。俺は二度も手術して、癌で心臓も悪くてな…」なんてことを言ったこと。半分ボビー特有のジョークと取る人もいたが、ちょっと気になるコメントだ。 4曲目の「ハリー・ヒッピー」で3人の女性シンガーの一番センター寄り、客席から見て左のシンガーと一緒に歌ったが、見事な歌声を聞かせた。素晴らしい迫力。紹介されなかったのだが、リサ・フレイジャーのようだ。彼女はワシントンDC出身のシンガーで、かつてレイス(Lace)というグループのメンバーだった人物。2000年に自身のアルバム『ハート・オブ・ゴールド』をイタリアのレーベルから出している。これまでにボズ・スキャッグスなどのバックコーラスでも来日している。(ちなみに右端もリサ) そして、このあたりから、ボビーの歌の調子があがってきた。 「ストップ・オン・バイ」のところでは、マーヴィン・ゲイの思い出話などをしたのだが、英語がもごもごして、かなり聴き取りにくくよくわからなかった。ただ彼の語りは、いかにも曲に乗ってしゃべるような感じになるので、詩人ボビー・ウーマックの趣も感じさせた。 圧巻だったのは、ボビーにとっての大先輩であり師匠であるサム・クックの「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」を歌ったところ。真ん中のコーラスを呼び出し、「俺の弟の娘だ」と紹介した。彼女の歌声もさすがに力強く、ボビーもそれに影響されて、歌に力が加わった。 彼女は、メンバー表にある「ゼカチャグーラ・ゼカリアス」だ。つまり、ボビーの弟セシルと、サム・クックの娘リンダ夫妻の間に生まれた子供の一人、そう、サム・クックの孫なのだ。サムの孫と師匠であるサムの曲を、ボビーが熱唱する。この1曲だけでも、聴く価値があるというもの。(ちなみにその前に「サプライズ」と言って、ボビーの娘を紹介し、一節歌わせたが、すぐに止めさせた。まあ、これはご愛嬌というところ) 「アイ・キャン・アンダースタンド・イット」では、自身が曲を書いたウィルソン・ピケットや親友のスライへのトリビュートを示した。 それにしても、90分超のライヴを2セットもやってくれて、本当に感謝感謝である。 ボビーのライヴを見ていて、「自分は何があってもステージは勤める、Show Must Go Onだからな」というセオリーを強く感じた。たぶん、ジェームス・ブラウンもそうなのだろう、オーティス・レディングも。オーティスはそれで事故にあった。彼らは仕事があったら、何が何でも穴をあけずにやり遂げる。それはオールドスクールのソウル・マンたちの生きる哲学なのだと思う。そこまで無理しなくてもと思うのだが、そうした感情は2010年のホイットニー・ヒューストンのライヴを見たときにも巻き起こった。 もちろん、初来日のときは声も出て動きもあり本当に素晴らしかった。今回のボビー・ウーマックには一言、そんな体調をおしてまで来日してくれてありがとう、と言いたい。そしてサムの孫であるゼカチャグーラとのデュエットで歌った「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」を僕は一生忘れない。 ボビー・ウーマック、1944年3月4日生まれ、まだ67歳。来月68歳だ。体調を戻して、また日本に戻ってきて欲しいと切に願う。 ■ ボビー・ウーマック関連記事 前回来日時インタヴュー記事 ボビー・ウーマック、インタヴュー『僕たちの地震』(1995年5月記) http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/interview/womack19950501.html 2008年10月08日(水) ボビー・ウーマック、ベストはリミックス入り http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20081008.html … Continue reading

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◎ ブレンダ・ヴォーン・ライヴ

◎ ブレンダ・ヴォーン・ライヴ 【Brenda Vaughn Live At Blues Alley】 実力派。 「東京レディー・ソウル・ナンバー・ワン」ブレンダ・ヴォーンが久しぶりにブルース・アレイでライヴを行った。昨年12月に行われる予定のものが、ブレンダがシンガポールでの仕事が入ったために、中止となり、2月に改めて行われることになったもの。 ブレンダは、311以降、自身の人生をじっくりと考えるようになった。これまで日本をベースにしていたが、もう少し世界を見てみたい、最終的にはアメリカに戻ろう、ということで昨年12月、日本でのアパートを引き払った。こんごは、適宜来日して、コンサートを行ったりすることになる。 ブレンダのような歌のうまい実力派がもっともっと脚光を浴びればいいと思うが、なかなかそうはいかない。 今回は、アデルの曲なんかも含め、なかなかおもしろい選曲に。アシュフォード&シンプソンも故ニック・アシュフォードへのトリビュート。これなど、なかなかライヴで聴けないので貴重だ。 1部2部ともに1曲ケイリブが観客が暖め、おもむろにブレンダが登場。2部のオープニングは、トム・ウェイツ書きファイヴ・ブラインド・ボーイズ・オブ・アラバマが歌っている「ウェイ・ダウン・ザ・ホール」。前回のケイリブのライヴでも歌っていたが、渋い選曲で、聴かせる。 この日のハイライトはやはり「ホイットニー・トリビュート」。セカンドで、「ジーザス・ラヴズ・ミー」、「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」、「アイム・エヴリ・ウーマン」と歌った。 シャカ・カーンやホイットニーは、ブレンダがいつでも何でも歌っているだけに、さすがに自分のものにしていて、安心して聴ける。特にホイットニー関連3曲は、さすがに歌いこんでいるだけあって、ホイットニーのことも思い浮かべられるほど。 ブレンダは3月中旬まで日本に滞在し、その後は未定。 ■ ミュージシャン Brenda Vaughn, vocal Kaleb James, keyboards, vocal Philip Woo, keyboards Kenji Jino Hino, bass Masa Kohama, guitar Jay Stix, drums David … Continue reading

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◎ ピーボ・ブライソン、デボラ・コックス・ライヴ~サーヴィス精神満点のライヴ

◎ ピーボ・ブライソン、デボラ・コックス・ライヴ~サーヴィス精神満点のライヴ 【Peabo Bryson & Deborah Cox Live: I Am Your Servant】 サーヴィス精神。 すっかりおなじみで何度目の来日かもう誰もカウントできないほど、来ているピーボ・ブライソン。昨年9月、デイヴ・コーズのゲスト以来、また本人名義では2011年1月以来のライヴ。今回は、ゲストにデボラ・コックスを迎えた。ゲストは前々回がレジーナ・ベル(2010年)、前回(2011年)がシャンテ・ムーア。 毎回おなじみ、イントロで観客全員と握手してからステージへ。そして、最後は10本ほどの赤いバラを観客の女性ファンにプレゼント。サーヴィス精神満点、今回もたくさん日本語をしゃべって受けていた。 デボラは僕は初めて見るような記憶だが、ひょっとしたら、プロモーションなんかで来日しているかもしれない。ステージで「また、日本に戻ってこられて嬉しい」と言っていた。彼女の印象は、なにより、とても肉感的なスタイルで、しかも筋肉質で、それでちゃんと美人ということで驚いた。そして、セリーヌ・ディオン、ホイットニーを彷彿とさせる王道的な歌唱を聞かせる。カナダ・モントリオール出身で、かつてはセリーヌのバックコーラスもしていた。そして、アメリカではホイットニーを育てたクライヴ・デイヴィスのアリスタ・レコードからデビュー。セリーヌ、ホイットニーを思わせるのは、その流れからいっても当然だ。なかなかいい感じだった。彼女は自らのヒットを3曲歌い、最後、ピーボとデュエットで「ホール・ニュー・ワールド」を披露した。 ピーボは、東京公演の前、大阪に約1週間滞在。年恒例の阪急のイヴェントでフルオーケストラをバックに歌ってきた、という。その主催者のリクエストで新しく歌ったが、下記セットリストで5と6。レオン・ラッセル~ダニー・ハサウェイの「ア・ソング・フォー・ユー」とスティーヴィーの「ドゥ・アイ・ドゥ」。これは新鮮! 特に「ア・ソング・フォー・ユー」のような曲は、ピーボにどんぴしゃ、完璧だ。 どうしても、ピーボというとバラード、あるいは、女性シンガーとのデュエット、というイメージを持つ。朗々と歌い上げるのが、ほんとに似合う。 そして、ライヴを見ていると、彼の「フィール・ザ・ファイアー」を聴きたいと思うのだが、なかなかやってくれない。この日も、ライヴ後、楽屋でピーボに再会し、「フィール・ザ・ファイアー」のことを言ったら、「ああ、そうだったな」と思い出してくれた。僕も、来日前にメールなりなんなりしてリマインドしないとダメだと思うのだが。(笑)  左・デボラ・コックス&ピーボ・ブライソン、右・ピーボ&ザ・ソウル・サーチャー ちょうど、ブルーノートに行く道すがら、車でサム・クックのCDを聴いていたが、ピーボがサムをカヴァーしてもおもしろいな、と思った。彼とサム・クックについて話をしたので、その話はまた後日。 バンドメンバーは前回とドラムスを除いてすべて同じ。そのキーボードのデイヴ・イワタニのルックスが、フィリップ・ウーに似ているので、いつもフィリップがいるのかと思ってしまう。なんてネタはかなり内輪ネタです。 今回はブルーノート(今日・水曜)のほか、コットンクラブも2日(木・金)ある。 http://www.bluenote.co.jp/jp/index.html http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/ ■ ピーボ過去記事(ソウル・サーチン・ブログにはたくさんあります) 2011年09月16日(金) デイヴ・コーズ&ピーボ・ブライソン~稀代のエンタテイナー2人が共演 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11018778223.html 2010年01月31日(日) ピーボ・ブライソン&レジーナ・ベル・ライヴ(パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10446839019.html#main 2010年02月10日(水) ピーボ・ブライソン(パート2)~テディーとマイケルを語る http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10455090009.html (ここに過去関連記事多数) ■ ベスト ベスト・オブ・ピーボ・ブライソン … Continue reading

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◎デイヴィッド・T・ウォーカー・ライヴ~古典となった芸術的ギターの音色

◎デイヴィッド・T・ウォーカー・ライヴ~古典となった芸術的ギターの音色 【While His Guitar Gentle Weeps】 古典。 何度見てもいつも同じだが、何度見てもいつもいい。それはまるで古典の芸術作品に触れるような肌触りと言っていい。古典落語でも、歌舞伎でも、そうした「古典」と称され賞賛されているものは、長い時代を経て評価が確立しているものだ。時の流れが下す診断とは、厳しいものである。 デイヴィッドTのライヴ・パフォーマンスを見ていると、いつも同じだが、いつも素晴らしいと感じ入る。そして、彼のギターの音色そのものが、もはや古典なのだな、と再確認してしまう。 2007年5月に自己名義で単独来日して以来、すっかり日本の土を踏むことが多くなったデイヴィッド・T・ウォーカーの約1年1ヶ月ぶりの来日ライヴ。ただし昨年5月にマリーナ・ショーのバックで来ているので来日自体は8ヶ月ぶりだ。 前回来日と同じメンバー、ウンドゥグ・チャンスラー(ドラムス)、バイロン・ミラー(ベース)、クラレンス・マクドナルド(ピアノ)とデイヴィッドTという4人の侍たちが、再び、ビルボードのステージに立つ。ヴェテラン同士息もあい、おそらくアイコンタクトせずとも、音の響きだけで、意思疎通が出来ているような気さえしてくる。 彼らの場合、けっこうファンキーでグルーヴのある曲(スライの「イフ・ユー・ウォント・ミー・トゥ・ステイ」など)も、実にうまく聴かせ、「ユール・ネヴァー・ファインド~ラヴズ・シーム」などのメロディアスな作品もこなす。 そして、デイヴィッドのギターもスペースのある、「余白」の感じられるギター・サウンドだ。 どこを切っても金太郎飴のように、デイヴィッド・Tのギターの音色が醸し出される。まさにワン・アンド・オンリーだ。 デイヴィッドのギターがむせび泣く限り、その瞬間には愛と平和が訪れる。 ■過去関連記事 2010年12月14日(火) デイヴィッド・T・ウォーカー~ギターの匠・人間国宝 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10735756373.html 2009年12月16日(水) ようこそデイヴィッドTのリヴィングへ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20091216.html 2009年08月03日(月) マリーナ・ショウとドリーム・チームによるドリーミーな夜 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10312956175.html 2008年11月22日(土) デイヴィッド・T・ウォーカー、ビルボード・ライヴ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20081122.html 2007年12月25日(火) 瞬間 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20071225.html 2007年12月23日(日) デイヴィッド・T・ウォーカー http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20071223.html 2007年12月19日(水) デイヴィッド・T・ウォーカー、ギターは私の声だ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20071219.html 2007年12月17日(月) デイヴィッド・T・ウォーカー http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20071217.html … Continue reading

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◎ プリンス・トーク・イヴェント~安齋肇+湯浅学

◎ プリンス・トーク・イヴェント~安齋肇+湯浅学 【Prince Talk Event At Small Place】 クローズド。 『空耳アワー』ホストでもおなじみの人気イラストレーター、安齋肇さんと、音楽評論家、湯浅学さんが、プリンスのことを好き勝手にしゃべるというトーク・イヴェントが、2012年1月27日(金)、渋谷宇田川町の「アップリンク・ファクトリー」で行われた。ここは、かつて、映画『ソウル・パワー』のDVD発売記念イヴェントを行ったところだ。前日に、日本一のプリンス・マニア、ツナさんからこういうのがあると情報が入り、急遽一緒に行くことになった。 僕はその前に、渋谷西武でラルフ・ロールの「ソウル・スナックス」をのぞきに行っていて、ちょっと遅れてしまった。7時15分くらいに着いた。まあ、どうせ、安齋さんのことだから、遅刻して7時半くらいから始まるだろう、とタカを括っていたのだ。そうしたら、なんと、会場ではすでにイヴェントは始まり、安齋さんはすでにそこにいた! ツナさんがなんと一番前の席をプリンス・マニア軍団とともに取っておいてくれ、そこに座った。入っていくときに、安齋さんに「これは、これは…」みたいないじられ方をしたので、思わず「遅刻しなかったんだ…」と言うと、「騙されたんだよ」と。どうやら、7時開始のイヴェントで、5時に集合と言われていたらしい。「おかしいと思ったんだけどさあ」とイヴェント後にワイングラス片手にポツリと言った。 湯浅さんは活躍はもちろん存知あげているが、多分、お会いするのは初めてだと思うので、終了後名刺交換などしたが、彼がこんなにプリンスが好きとは知らなかった。 今回のイヴェントは、プリンスがテレビに出た映像や、最近のライヴ映像などをかけながら、それを見つつ、安齋さん、湯浅さんが好き勝手にしゃべるというもの。テレビの副音声のようなものだ。 この日の映像を集めていたのは、青林工藝舍という出版社で編集の仕事をされている浅川満寛さん。ネットに落ちていたものを、丹念に集めて、DVDに焼いて持ってきた。 「なんでこんなイヴェントをやったかというと、僕がものすごくプリンスが好きで、プリンスのことを話したいんだけど、僕の回りに誰もいないんですよ。今でもプリンス好きな人ってここ(会場)にしかいないような感じで(笑)、安齋さんとプリンスの話をしたかった」と湯浅さん。すると、安齋さん「(プリンスのファンが少なくて)堕落してるねえ! ダメだよね!」。 最初に昨年8月のスイス公演の映像から、「ゴールド」と「パープル・レイン」。最近のオーディエンスはみんなスマートフォンやデジカメを持っていて、それぞれ1-2分、あるいはもう少し長く撮影し、それをユーチューブにアップする。そうした複数ある映像を、なんと全部取り込んで、どこかの「編集小僧」が、プロ顔負けの編集をするのだ。一体カメラ何台あるのか。冒頭の映像など、多数のカメラからの映像があって、テレビを見ているみたい、というか、その場にいる気にさえなってきた。こう好き勝手に撮って、編集までして、さらにそれをネットにアップして楽しめる。まるで、グレイトフル・デッドのような感じだ。 で、映像見ながら、ああだ、こうだ、彼らがいちいち茶々をいれるので、楽しい。友達のリヴィングでお酒を飲みながら、プリンスのライヴ映像を見て、あーだこうだ、言ってる感じだ。安齋さんは冒頭から赤ワインで飛ばしている。 そして、曲によっては、彼らが「ここが見所」「ここに注目」などという感じで、いろいろと説明してくれるので、これまたおもしろい。たとえば、3曲目のビートルズの「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープ」では、途中からプリンスがステージを乗っ取る形になるのだが、そこをおもしろおかしく安齋さんたちが盛り上げるので、えらくおもしろくなる。 湯浅さん、安齋さんの語録、記憶の中から。 プリンスというのは「付き合うのはやだけど、そばにいたい(笑)」(安齋)。 アルバム『コントラヴァージー』に封入されていたプリンスのほぼヌードのポスターを取り出し、詳細に解説。「これ、トイレに貼れないでしょう」(湯浅) 「(そのポスターを)友達が来るたんびに見せていたので、ついには折れ筋が切れた」(安齋) 左・このポスターについての解説で、ひと盛り上がり。右・安齋さん、ツナさん 「プリンスがローリング・ストーンズの前座で猛烈なブーイングを受け、プリンスがトイレで泣いた。そこをデイヴィッド・ボウイに見られ、慰められた。っていう話があるが、それは、ウソだと思う(爆笑)」(安齋) (ポスター見ながら)「プリンス、ボタン好きだよね」(湯浅) 「イラストレーターの湯村輝彦さんは、プリンスのこと嫌いなの。『あいつは、ボタンが多いから』って。(笑) 子供の頃、(湯村さんは)ボタンを縦に踏んづけて、ものすごく痛かったらしい。それ以来、ボタンが大嫌いになったんだって(会場爆笑)」(安齋) 「プリンスはでかいボタンの洋服多い。だから、湯村さんの敵なんだよ」(湯浅) 「背が小さいことへのコンプレックスはあるよね。プリンスって爆笑問題の田中くらいしかないんだよ」(湯浅) 「だから、田中がメイクして歌ってると思ってね(爆笑)」(安齋) 「メイシオ! って声かけるけど、(プリンスより)年上だよね」 さすがに、こういうのだとユーストリームはできない。まさに、こうしたクローズドなトーク・イヴェントだけでできることだ。結局10時過ぎまで3時間以上の熱いトークとなった。しかし、プリンス好きの仲間たちと映像みながら、あーだこーだ言ってくのは楽しい。 以前、ツナさん安齋さんと僕の3人でトーク・ショーを新宿のロフトでやったが、久々にあのときのことを思い出した。もう6年も前なんだ。 ■ 過去関連記事・プリンス・トークショー March 20, 2006 Prince Talk Event Vol.3 Report … Continue reading

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◎ 久保田利伸『パーティー・エイント・ア・パーティー』ツアー終了

◎ 久保田利伸『パーティー・エイント・ア・パーティー』ツアー終了 【Kubota Toshinobu’s “Party Ain’t A Party” Ended】 金棒。 久保田利伸の2011年10月から始まっていた「ゴールド・スクール」ツアー28本、1月のアリーナー・ツアーである「パーティー・エイント・ア・パーティー」ツアー6本が、2012年1月22日(日)すべて終了した。 最終日を、「正確に言うと国立代々木競技場第一体育館」(久保田風)で見た。 「このパーティーは、ただのパーティーじゃないぞ」というこのライヴは、まさにデビュー25周年の久保田ライヴを集大成した大パーティーだった。 「ゴールド・スクール」で11月に見たツアーをベースに若干の曲を入れ替え、会場が広いだけにスケールアップしたライヴ・パフォーマンス。何より観客数が多いだけに、盛り上がりがハンパではない。 DJマスのDJタイム最後の曲がキャムロンの「Party Ain’t A Party」、そこから生演奏に入っていく。ちゃんと計算されている。 全体的には、しっかりしたバンドがバックを支えるので来日ブラック系アーティストのライヴを見ているような感じさえしてくる。しかし、すべて日本語で歌い、日本語でMCをするので、そこは完全Jポップ。十分日本人にもアピールする。アメリカのファンキーなソウル、グルーヴのあるサウンドと、日本的メロディー、歌詞とを融合させて、一般的人気を得ているというのは、ブラック・ミュージックを日本に根付かせたという意味でもひとつの金字塔だろう。 基本はそのタイトでファンキーなバンドで久保田が歌うのだが、今回は大掛かりなLEDパネルを大量に使った豪華絢爛なステージ・セットでも見せるので、これはまさに鬼に金棒だ。 この日、アンコールでは、オカザイル(岡村隆史)が登場。まさか僕のすぐ後ろに座っていたとは。超びっくり。(笑) 久保田と一緒に観客席を3つにわけ、それぞれのダンスを教え、観客に踊ってもらった。彼が担当したのは、ステージに向かって左サイドの「ザ・バード」(ザ・タイムのヒット)のダンス。右サイドは体を激しく揺らすダンス、そして、センターアリーナは、ただ単純に上にジャンプするマサイ族のダンス。これが途中から実際のアフリカのジャンプ・ダンスの映像が出た。このあたりの観客とのコール&レスポンスも、手練手管。 DJタイムから3時間超。これだけのものを見せて、聴かせてくれれば、まさに楽しいメリー・ゴー・ラウンド状態だ。 +++ 音楽一筋。 日曜ということで17時開演。若干暗転してDJのヴォリュームが大きくなった。そこでかかるソウル、R&Bヒットの数々。(詳細はセットリスト参照) 会場は3階席まで超満員、これが二日だからすごい。暗くなったところで、色とりどりの蛍光ペンライトが揺れ、実に美しい。本編でMC(おしゃべり)は2箇所だけ。ひたすら曲を歌い聴かせ、見せる。音楽一本勝負という形だ。 これについては、MCの中で、しばらく前にプロモーション・ビデオを撮影するために、監督から指示をされたが、それがなかなか守れず、自分に演技は向いていない、だからこそ、こうして歌一本だけで今日までやってこれました、という話を披露。ここにも音楽一本勝負のエピソードが出ていた。 たぶん、久保田の中には自分が大好きなブラック・ミュージックをどこまで、自分の音楽の中に入れ込めるかというのは、大きな課題であり、喜びであると同時にときには悩みであったろうと思う。どれくらいまで入れ込めるか、そのさじ加減こそが、彼の過去25年の苦悩の闘いだっただろう。それがこうした最高の形で音と歌をプレゼンテーションでき、それがこれほどの支持を集めているのだから、最高だ。その苦悩も十分に報われるものだ。 彼がアンコールを終えて言った一言、「今日ここに来てくれた観客のみなさんは、世界一のファンキー・ピープル、僕の宝です」は、心の底からの言葉に違いない。 25年をフラッシュバックし、心を込めて歌った3時間。久保田は、次の25年を見据える。 ■ 久保田利伸過去記事 2011年11月26日(土) 久保田利伸 『ゴールド・スクール』ツアー~ゴールドの道を行く http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20111126.html 2010年07月30日(金) 久保田利伸ライヴ@国際フォーラム http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10603911387.html 2010年06月28日(月) 久保田利伸『タイムレス・フライ』ツアー http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10575093029.html … Continue reading

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◎ フィリップ・ウー&ニューヨーク・オール・スターズ・ライヴ~BPM低くても踊れる黒いグルーヴ

◎ フィリップ・ウー&ニューヨーク・オール・スターズ・ライヴ~BPM低くても踊れる黒いグルーヴ 【Philip Woo & New York All Stars Live】 黒さ。 日本を代表するソウル・マン、久保田利伸のバックをファンキーに支えるフィリップ・ウーをはじめとするニューヨーク・ブラザーズ&シスターズたち。彼らは今週・土日(1月21日、22日)の久保田ライヴ終了後、帰国の途につく。そこで、今回と翌日六本木アルフィーでのライヴがファイナル・ライヴ。 いやあ、それにしても、密度の濃い素晴らしいライヴだった。もうまるで、ニューヨークあたりのライヴハウスにいるような錯覚に陥る。なにしろ、ラルフ(ドラムス)、クリフ(ベース)、フィリップ(キーボード)、マサ(ギター)の作り出すグルーヴ感は見事だ。そしてこれに乗るタイとフェリシアのヴォーカル。なんのトリックもなく、1曲1曲ていねいにプレイするまさにソウル・ショー。 タイの歌うダニー・ハサウェイ・ソング、フェリシアのアリーサ・フランクリン、シャカ・カーン・ソングも白眉。そしてバンドがとてつもなくファンキーになるテンプスの「シェーキー・グラウンド」「ドクター・フィールグッド」のブルーズ・フィーリング、オハイオ・プレイヤーズの「レッツ・ラヴ」など、BPMが低くても(テンポが遅くても)、踊れてしまうこのグルーヴ感は、もうほんとに見事としかいいようがない。 「ドクター・フィールグッド」なんか聴いていると、この「黒さ(Blackness)」は一体どうやって出るのだろうと、つくづく考えてしまう。バンドが生み出す黒さって、頭で考えてもなかなか出せるものではない。 選曲はいつもながらに、フィリップの「オタク」ぶりが出ているが、ケニー・バークの「ライジン・トゥ・ザ・トップ」には驚いた。メアリーJブライジなどのサンプリングで、今の若い人にも支持されているが、これをこんな生で聞けるなんて。しかも、クリフのベースのノリがなかなかいい。こんなに遅いテンポでも観客はほぼ総立ちでゆったりと踊っている。途中に、マクファーデン&ホワイトヘッドの「エイント・ノー・ストッピン・アス・ナウ」などもマッシュアップしてしまうところが、またにくい。 ファーストの最後に、「(会場の)どこかにライターのヨシオカがいるが、彼とはよく古いソウル・ヒットの話をする。僕も『オタク』だが、彼は僕以上に『オタク』で、これは彼のリクエストでやります。一発屋(これ、日本語)のサウス・ショア・コミッション、1975年のヒット、『フリーマン』」と言って、これをやってくれた。前回のライヴのときに、彼らがこれをやって、ものすごくよかったので、再度リクエストしたのだ。今回も、途中にラルフとのやりとりや、ソロ回しもあり、もうまるで自分たちの楽曲のよう。リズム隊のノリも抜群で、元々ディスコ・ヒットだったが、ポップでキャッチー、グルーヴも十分で、最高ののり。たぶん、フィリップが言うようにほとんど知られてないと思うので、「ニューヨーク・オール・スターズの曲」、「自分たちの曲」のような顔をして、毎回演奏していったら、「彼らのヒット」となって盛り上がると思う。僕なんか、翌日でもこのベースのリフが頭の中をぐるぐる回ってる始末。 今回デュエット曲は2曲。最初がビリー・プレストン&シリータの「ウィズ・ユー・アイム・ボーン・アゲイン」、もう一曲がマーヴィン&タミーの「ユア・プレシャス・ラヴ」。どちらもうっとりする。次は、二人でルーサーの「フォーエヴァー…」をデュエットにして歌ってもらいたい。ソウルメイトのルー軍団は、ちょうど大学時代のダンスパーティーで「ウィズ・ユー…」がチークタイムの定番になっていて、あの頃が思い出されて、大感激したと言っていた。 それにしても、全曲いちいち解説したいほど、いい選曲で楽しめた。 この日は、久保田利伸さん、お忍びで観戦。でも、あのアフロがシルエットで見えたようで、ファンに発見されてしまった模様。(笑)  ■ 過去フィリップ・ウー&ニューヨーク・オール・スターズ関連記事(一部) 2011年11月27日(日) フィリップ・ウー&ニューヨーク・オールスターズ・ライヴ(パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11089996666.html July 13, 2006 Philip Woo Band: So Tight, So Funky http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_13.html July 21, 2006 Philip … Continue reading

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◎シャカ・カーン(チャカ・カーン):セットリスト大幅に変え、心機一転か

◎シャカ・カーン(チャカ・カーン):セットリスト大幅に変え、心機一転か 【Chaka Khan: Try Something New】 心機一転。 最近では2008年6月、2009年1月、2009年11月、2011年2月以来の来日。前回はちょうど「ソウル・サーチン~クインシー・ジョーンズ」とぶつかっていたが、最終日にちらっと見に行っていたが、バタバタしててライヴ評が書けないでいた。ほぼ毎年やってきている感じだ。 今回の大きなポイントは、バンド・メンバーのコーラス2人とベース奏者を除いて、日本在住のソウル・ミュージシャンであるということ。 キーボードのキース・ヘインズ、ドラムスのロレンゾ、ギターのザンドレらは、日本のソウル・シーンで知る人ぞ知る存在。AIのライヴや、デイヴィッド・キングのマイケル・トリビュートなどで活躍中。 一方、ベースのオットーは、以前からシャカの知り合いで、シャカの妹(タカ・ブーン)の作品をプロデュースしてそれを気に入られたので、何年か前のツアーに参加。今回、久しぶりに呼ばれたという。ニューヨーク出身だが、現在はロンドン在住。それ以前10数年前に日本に住んでいて、六本木のピックフォードでもプレイしていた、という。会話のところどころに日本語も混じる。コーラスの2人は、前回来日時と同じ2人だった。 それよりも驚いたのが、今回のセットリスト(選曲)だ。下記をごらんいただくとわかるように、過去のライヴがほぼシャカの誰でも知ってるベスト・ヒットを歌ってきたのに対し、今回はあまり知られていない作品が多く歌われたこと。「スルー・ザ・ファイアー」「テル・ミー・サムシング・グッド」「ドゥ・ユー・ラヴ・ホワット・ユー・フィール」「アイ・フィール・フォー・ユー」などがなかったのだ。 これに関しては、「ディープなシャカ・カーン・ファン向け」「一般受けはしないが、通好み」「シャカのリピーター向けの選曲」などの感想が聴かれた。 「アース・ソング」に関しては、「これが私が3番目に書いた曲。いや、2番目かしら。いや、1番最初に書いた曲かな。まあ、とにかくキャリアのごく初期に書いた曲」といって紹介して歌った。 シャカにしてみれば、今回のライヴ、この選曲はちょっとしたチャレンジというか、お試しみたいな形なのではないだろうか。少し昔の曲もやります、みたいな。その試行錯誤はいいのではないかと思う。 ■ ベスト Vol. 1-Epiphany-Best of Chaka posted with amazlet at 12.01.12 Chaka Khan Reprise / Wea (1996-10-31) 売り上げランキング: 23923 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 過去記事 2009年11月10日(火) シャカ・カーン(チャカ・カーン)、鳥のように自由に歌う … Continue reading

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◎ ウィスパーズ~R&Bヴォーカル・グループの伝統と粋

◎ ウィスパーズ~R&Bヴォーカル・グループの伝統と粋 【Whispers: Tradition and Class By Itself ; Typical R&B Vocal Group】 粋。 2011年年末のコットン・クラブは、R&Bヴォーカル・グループ、ウィスパーズ。ウィスパーズの初来日は1988年3月、横浜ベイサイド・クラブの杮落とし。その後1999年5月、渋谷オンエアー。2005年12月、2006年12月、コットン・クラブ。その後、2008年7月のコットンが一度発表されたもののキャンセルになり、結局ちょうど5年ぶり5回目の来日となる。 今回は、コットン・クラブがおもしろい企画をやっていた。ファースト・ステージ限定、ツイッター限定だが、その日のウィスパーズの衣装の色を当ててもらうというもの。入口で「ツイッターを見ました」というと、何種類かの色のカードが出され、そこから一枚を選び、その日のステージ衣装とその予想が当たると、ミュージック・チャージが5000円キャッシュバックされるという。初日は1名当選が出たそうだ。ウィスパーズやテンプテーションズは緑、青、赤、白、パープルなど本当に原色など多彩で楽しい。 テンプテーションズやこのウィスパーズなどのR&Bヴォーカル・グループは、衣装も、靴も派手で、彼らがステージに上がった瞬間からエンタテインメント・ショーがきっちり始まるので、見てる側もそれだけで上がる。歌もきっちり、踊りもきっちりで、ちゃんと仕事をしている。その仕事ぶりは、まさにソウル界の伝統と粋を余すところなく見せ付ける。 彼らが登場した短いビデオが流され、その中でドン・コーネリアスの紹介でウィスパーズが呼び込まれ、彼らがステージに。いきなり、振りのついたステップで歌う。しかし、今回驚いたのは、メンバーのニコラスが終始椅子に座っていたこと。座っていながらも体はゆらしながらやっていたが、どうやら腰を痛めたようで、ここしばらくはずっとスツールに腰掛けながらのパフォーマンスになっているそうだ。 キーボード3人、ベース、ドラムス、ギターの6人編成バンド。バンドも多くが長くやっているので、タイトで決まっている。双子のウォーレスとスコッティーは本当によく似ているので、何度見てもわからなくなる。(笑) この日は、客席から見て向かって左(下手)側にいたのが、ウォルターで右側がスコッティー。MCはウォルターが担当。ウォルター&スコッティー兄弟は、日本では「ソウル界のスーパー・マリオ」と呼ばれている。確かに、よく雰囲気が似ている。ひげがニコラス、スキンヘッドがリヴェール・ディグリーだ。 歌と踊りは、このワールド・クラスのウィスパーズなら文句なし。大体彼らのヒットが、ほぼノンストップで、スローもミディアムもアップも流れて歌われるので、テンションがまったく下がらない。このノンストップ・メドレー形式はソウル・ショーの基本だ。完全なパッケージになっている。 二人のリードを中心に残りがハーモニーをつけ、さらに振り付けもあり、見て聴いて楽しませる。しかし、彼らはヒット曲がもっとあるので、違うヒットも聴きたい。 ディスコ世代には、「アンド・ザ・ビート・ゴーズ・オン」「イッツ・ア・ラヴ・シング」あたりは、もう直球ど真ん中。客席も総立ちになり盛り上がる。アンコールの「ロック・ステディー」もあげあげだ。 ちなみに大晦日のカウントダウンでは、最後観客をステージに上げ、みんながステージの上で踊って大騒ぎになったそうだ。 ■「ロック・ステディー」で大団円。 http://youtu.be/rPJz3syNbtE ■ 過去関連記事 December 18, 2006 Whispers Live At Cotton Club: Nice Christmas Gift http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200612/2006_12_18.html ■ウィスパーズ 『イマジネーション』 … Continue reading

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◎ ザップでファンク越年

◎ ザップでファンク越年 【Year-Crossing Funk By Zapp】 年越し。 (年末に見たライヴ評がたまっているので、徐々にアップします。デイヴィッド・キングらのMJトリビュート、MJスピリットも、ちょっと待ってね。まずはザップから) 大晦日のライヴはいつでもどこでもカウントダウン。夜中の12時にあわせてライヴをうまく終わらせ、カウントダウン、時報とともに、大音量でライヴを再開するのが常。 今年は、ビルボードライブでザップとともにファンキーに年越し。 ザップは2011年4月にも来日しており、ほぼ8ヶ月ぶり。もう、いつでも、そのファンク度とサーヴィス精神には脱帽だ。 白いスーツの5人がステップを踏みながら、2階の方から降りてきてエンタテインメント・ショーは始まった。 イントロから超ハイエナジーな演奏で、観客をあおりにあおり、すぐにフロアを総立ちにさせる。外は真冬の寒さだが、会場はファンクの熱気で湯気が出る感じだ。 最初ステージ・センターに準備されたヴォコーダーは、下に車輪がついていて、自由自在に動かせる。MCが「ホワッツ・ヒズ・ネーム?」と聞くと、観客は「ロジャー!」と答える。「ここは、大阪か?」「ノー」「名古屋か?」「ノー!」「東京か?」「イエー!」。 7人オンステージのファンク絵巻物。メンバーはひと時たりとも止まっていない。超シンプルなリズムの繰り返しが、徐々に高揚感を上げ、ファンクの恍惚の世界に観客をいざなう。 しいて言えば、ライヴが一度11時半前に終わってしまって、カウントダウンまで間があいてしまったが、うまく計算して、ライヴ終わり→カウントダウン→アンコール→DJタイム、という流れのほうが盛り上がり感が持続すると思う。ぜひ来年、いや、もう今年は、演奏そのものからカウントダウンへ。 12時前にシャンパーンが用意され、12時とともに、手元に配られたクラッカーがはじけ、その瞬間、ザップの演奏が再開された。 それにしても、彼らの踊りを見ていると、「ソウル盆踊り」というか、「ファンク盆踊り」みたいに感じた。年末を過ごすのにはもってこいのショーだ。 というわけで、今回は、「年越し蕎麦」ならぬ「年越しファンク」の巻きでした。 ちなみに、今回はオープニングでわれらがDJオッシーが、ファーストのあとは、DJアトムがそれぞれDJを担当していた。僕はセカンドだったので、オッシーには会えなかったが、アトムがしっかり仕事をしていた。オッシーはここから、走って汗だくになりながらナバーナに向かった、という。 ■過去関連記事 2010年03月03日(水) ザップ&シャーリー・マードック~徹底したエンタテインメント http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10470639582.html 2011年04月25日(月) ザップ・ライヴ~シャーリー・マードック、ボビー・グローヴァーを迎えて http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10870098163.html 2005/01/29 (Sat) Zapp & P Funk Live At Zepp http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200501/diary20050129.html ■ ザップ  ザップ! … Continue reading

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◎ メイシー・グレイ~1年間に3度目の来日

◎ メイシー・グレイ~1年間に3度目の来日 【Macy Gray: Ichiban-No.1】 イチバン。 2011年2月にビルボード・ライブ東京、先月(12月)にマイケル・トリビュートで、そしてまた1月来日と、この1年間に3度も日本の土を踏んだソウル・シンガー、メイシー・グレイ。 メイシー・グレイは体格の良さで存在感を見せるが、その圧倒的な部分は、やはりなんといっても彼女の歌声と歌唱だ。 今回は、ギター、ベース、ドラムス、キーボード、そしてコーラス2人という6人編成のバンドにメイシー。観客も3が日だが超満員。 いきなり、曲が始まると二人のコーラスが激しく踊る踊る。ちょっと太めで、その体格でここまで踊るかというくらいステージ上で振付ける。迫力いっぱいでいい雰囲気をだしていた。 メイシーはうまくバンドを操り、次々とノンストップで自身の持ち歌を歌う。基本的なセットリストはあるようだが、比較的自由に変更可能のようだ。ミディアム調からあげあげのものまで、どこをとってもメイシー調。アゲアゲ部門でいえば、「セクシュアル・レヴォリューション」から、なぜかロッド・スチュワート、ディーライトへつないだメドレーはめちゃくちゃ盛り上がった。 また、たまたまこの日は、キーボードのズーの誕生日だったこともあって、彼のために「ハッピー・バースデイ」を歌った。その後、観客に「誕生日の人、いる?」と尋ね、いたので、その彼女に向けて、もう一度「ハッピー・バースデイ」を歌うサーヴィスぶり。 ほぼ満員の観客に外国人比率が高かったせいか、えらく客の反応、ノリがいい。そしてそれを受けて、メイシーもものすごくのっていた。何度か「あなたたち、本当に騒ぐのね~」と声をかけ、ふだんやらないアンコールを。それが、レイディオヘッドの曲だったが、なかなかメイシーにあっていた。 しかし、メイシーは何を歌っても「メイシー節」になるなあ。 今年最初に見たライヴということで、「今年一番よかったライヴ!」。(毎年恒例) ■過去記事 2011年02月23日(水) メイシー・グレイ~しわがれ声にノックダウン http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10809631728.html ■ メイシー・グレイ:セル・アウト ザ・セルアウト posted with amazlet at 12.01.07 メイシー・グレイ ボビー・ブラウン ヴェルヴェット・リヴォルヴァー ロミカ ユニバーサル ミュージック クラシック (2010-06-23) 売り上げランキング: 66312 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ メンバー … Continue reading

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◎ レイラ・ハサウェイ~楽器に溶け込む「魅惑のロウ・ヴォイス」

◎ レイラ・ハサウェイ~楽器に溶け込む「魅惑のロウ・ヴォイス」 【Lalah Hathaway: Lovely Low Voice】 一体化。 実力派ディーヴァ、レイラ・ハサウェイ、「低音の魅力」「魅惑のロウ・ヴォイス」レイラの2010年7月以来1年半ぶりの来日。 初日を見に行ったところ、なんとマサ・コハマ(ギター)とタイ・スティーブンス(ヴォーカル)が客席に。タイの横があいていたので、一緒に観戦。タイはモナコで一昨年夏にレイラに会ったという。 楽屋からステージまで歩く彼女の足は裸足。ステージの上でも裸足。 ミュージシャンに自由なスペースを与え、彼らが自由にクリエイティヴな音を出す。そして、レイラを見ていると、彼女がいかに自身の「魅惑のロウ・ヴォイス」をそのミュージシャンとのアンサンブルの中で声という楽器として引き立たせようとしているかがよくわかる。本当にレイラの歌声がそれぞれの楽器に溶け込んで一体化する様は美しい。 おちつきのある声は実に魅力的。バンドもタイト。今回のドラムは、エリック・シーツといい前々回の来日(ビルボード東京)、その前で担当していた人物で、自ら「ソウル・シーカーズ」というグループでも活躍するドラマー。完全に今風の音を出す。 今回思ったのは、彼女は十分にオールド・スクールのシンガーとしての貫禄を持ちながら、エイミー・ワインハウスやアデル、あるいはクリセット・ミッシェル的な21世紀型ニュースクールとの狭間に位置するシンガーではないか、ということ。 個人的にもっとも嬉しかったのは、アニタ・ベイカーの「エンジェル」とアース・ウィンド&ファイアーの「ラヴズ・ホリデイ」をメドレーにして歌ったところ。この2曲の選曲は、特にレイラにあってるなあ、と思った。もちろん、定番のルーサーの「フォーエヴァー…」あたりは、もう完璧にレイラのものになっているのだが。「イッツ・サムシング」の途中でのスキャット部分なども、いつもながら強力な聞き物。これを聴いていると彼女はまさにジャズとR&Bの狭間にも位置しているとも思う。 ユニークな立ち位置にいるシンガーだ。 ■ レイラ・ハサウェイ・オフィシャル http://lalahhathaway.com/index.html ■ ライヴは2012年1月8日(日)までブルーノート東京で http://www.bluenote.co.jp/jp/artist/lalah-hathaway/ ■ レイラ・ハサウェイ過去記事 (Soul Searchin’ Archives On Lalah Hathaway) 2010年07月12日(月) レイラ・ハサウェイ~スペースのある自由度あふれるライヴ http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10588308249.html 2010年07月14日(水) ジャム・セッション・スペシャル~レイラ・ハザウェイ、アンジェラ・バンドらと http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10589654586.html 2008年05月14日(水) レイラ・ハザウェイ~ダニーに抱きしめられて http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20080514.html 前回来日ライヴ評。 … Continue reading

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◎ マサ・コハマ・スペシャル パート6~ますます多様性見せるギタリスト

◎ マサ・コハマ・スペシャル パート6~ますます多様性見せるギタリスト 【Masa Kohama Special Vol.6】 多様性。 スーパー・ギタリスト、マサ・コハマ、そのスペシャル第6弾。すっかりライヴハウス「ブルース・アレイ」の名物ライヴになり、今年だけで5回目になる。ほぼ2ヶ月に1度の割りで行われている感じだ。この日も満席、立ち見が出た。 ちょうどマサがステージに行くときに、僕をみつけてくれ、「はい、これ」といってセットリストを渡してくれた。しかも、右上に「吉岡さん用」と書かれているではないか。嬉しいねえ。これは。(笑) ありがとうございます! ベースのジーノと。写真撮影・長渡和好 さて、「マサ・コハマ・スペシャル」は毎回いくつか曲を入れ替えるが、今回の衝撃は、いきなり、オープニングの「サティスファクション」だった。ローリング・ストーンズ楽曲を、ここではプリンス風で。たとえば、次回はオーティス・レディング風のも聴いてみたい。さらに、デフ・レパードの「フォトグラフ」、ミスター・ミスターの「ブロークン・ウィングス」、ゲス・フーの「アメリカン・ウーマン」(アイク・生沢さんゲストヴォーカル)などのロック曲が目立った。そして、超意外な石田あゆみの「ブルーライト横浜」。 アイクさんは、日本のロック業界を代表するようなロック・シンガーで、B’z(ビーズ)などの作品で歌声を聞かせている。「アメリカン・ウーマン」、生で聴いたことなかったので、嬉しかったですねえ。ハスキーな声が超強力。日本のロック界の至宝かもしれない。(なんとタイミングよくブルーノートでライヴがあることが発表された。詳細下記に) アイクさん、ヴォーカル。中央に。写真撮影・長渡和好 マサ・コハマは僕からすると、ソウル、R&B、フュージョン的なギタリストとして捉えているのだが、それはこっちの勝手な妄想で、本人はロックでも、きっとカントリーでも、歌謡曲でもなんでもできる。彼みたいなスタイルをヴァーサタイル(多様性のある)なアーティストという。前にもどこかで書いたが、ある程度レヴェルを越えたアーティストは、ギタリストにしろ、キーボード奏者にしろ、みんなどのようなジャンルでも出来る。ただその中で得意というか、一番自分にフィットするジャンルがある、そんな感じだと思う。 今回一番驚いたのは、「ブルーライト横浜」。いま、ピンク・マルティーニ&由紀さおり(オリジナルは1969年いしだあゆみのヒット)で全米で大きな話題になっているが、この「昭和歌謡」をソウル調というか、ポップ調インストにアレンジしたが、これはマサ・コハマの今年一番のアイデア賞だと思った。彼のライヴでは、「マイケル・ジャクソン・コーナー」が定番で人気だが、この「昭和歌謡コーナー」も今後、人気になりそう。本人は「(前日)この曲を一生懸命ひとりで練習していた自分がかわいかったです」と言い、えらく受けていた。なんかグループ・サウンズっぽい曲もマサ・ギターにあってる感じがした。 個人的には、今回初のクインシー・ジョーンズ/ジェームス・イングラムの「ワンハンドレッド・ウェイズ」なんか、すごくよかった。 マサ・コハマ・スペシャル、すでにいくつか定番曲もできている。TLCの「レッド・ライト・スペシャル」、ジャネット、ロバート・ジョンソン、そして、アンコールのプリンスの「パープル・レイン」。これを聞いてると毎回、「ソウル・サーチン~プリンスの回」では、絶対にこれをやって欲しい。マサ・コハマの「パープル・レイン」を聞いていて、「ソウル・サーチン」でいずれプリンスをやろうと思ったほど。 それにしても、今年の節目である3月12日付けのソウル・サーチン・ブログ(3月11日午後に書いていた。3月12日の0時01分アップロード)は、前日(3月10日)のマサ・コハマのライヴ評。そして、今年の最終日12月31日のソウル・サーチン・ブログがマサ・コハマのライヴ評で締められるなんて、なんという奇遇というか、ご縁なのだろうか。(笑)  +++++ マサ・コハマ、次はケイリブとのライヴ、1月6日(金)中目黒・楽屋(らくや)。1月18日(水)目黒ブルース・アレイで、フィリップ・ウーのニューヨーク・オールスターズなど。(下記参照) ■ マサ小浜ウェッブ(スケジュールなど) http://masakohama.com/ ■ マサ・コハマ関連記事(一部) 2011年09月18日(日) マサ小浜スペシャル・パート5 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20110918.html 2011年07月09日(土) マサ小浜スペシャルVol 4 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10946888458.html 2011年06月07日(火) ユリ・マサ・ライヴ~自由度の高いライヴ:Juju、トータス松本さん飛び入り http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10915057661.html 2011年03月12日(土) マサ小浜3回目のライヴ~「レッド・マサ・スペシャル」、アツシ飛び入りも http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10827190545.html 2010年07月09日(金) マサ小浜、初ソロ・ライヴ~ソウルとファンクとスムース・ジャズと http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10584972682.html … Continue reading

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◎ 軽音部大忘年会~空気の振動が感動につながる

◎ 軽音部大忘年会~空気の振動が感動につながる 【Air Vibration Makes More Emotion】 振動。 ゴスペラーズ北山陽一さんが主催する友人ミュージシャンと自由にセッションを繰り広げる「軽音部」の大忘年会が、2011年12月27日(火)深夜24時(正確には28日午前)から朝方まで渋谷のライヴハウスで行われた。こんなにミュージシャンがいるかというほどの大賑わい。通路は満員電車並。自由にその場で会ったミュージシャンたちが、即興でいろいろなジャンルの曲を夜通し繰り広げる。 後半は時間が足りなくなり、セッションは1曲10分以内のお達しが。(笑) みんな曲を演奏するのが楽しいので、一度ステージに上がると、みんな演奏をやめようとしないのだ。 この「軽音部」は2000年頃、北山さんが彼のポケットマネーで音楽ジャンル、レコード会社、プロダクションなどの枠を超え、音楽の世界でビジネスを忘れて初心に戻り、楽しむために夜通しセッションをするという趣旨で始めたミュージシャンだけの内輪のパーティー。当初は小規模に2-30人程度で行っていた。年に1回のときもあれば、2-3回行われることもあった。徐々に規模が大きくなってきて、今年は、3回行われた。今回は通常の北山さん友人関係だけでなく、お店が呼んだミュージシャンたちも多数参加し、150人以上のミュージシャンが集まった。 これだけのミュージシャンが集まり、その場で曲と楽器パートを決め、自由にジャムセッションを繰り広げられる、そういう場があるということが、とても貴重だ。この「軽音部」にしろ、トクがやっている「トクズ・ラウンジ」にせよ、生身のミュージシャンが同じステージでお互いの目を見ながら、演奏をしたり歌ったりするところが、音楽の原点としてすばらしい。 どこかのツイートで見たが、音楽、音とは、元々は「空気の振動」からできていた。それが、打ち込み→デジタル録音→アイポッドなどのデジタル再生機で再生したものを聴いていると、そこに「空気の振動感」がなくなってくる。楽器がすべてデジタルになっても、歌声は空気の振動、震えだが、やはりすべて空気が振動して、その場でその振動を感じ取れるほうが「本物感」が強い。 そしてそうした「振動感」が「感動」につながるのだなあ、とつくづくこのセッションを見ていて思った。感動とは、「感」が「動く」わけだから。やっぱり、音楽からは「汗」が飛び散らなきゃ。 今月でアムリタの「トクズ・ラウンジ」が終わってしまい、次の場所を模索中だが、「トクズ・ラウンジ」や「軽音部」のような動きは、ゆっくりでいいので、長く続けていって欲しい。 この日は、トク、北山さん、山下達郎バンドの小笠原拓海さん、フユ、はんこやさん、マル、カツ、スウィンゴーSwing-Oさん、佐々木誠さん、澤田かおりさん、その他たくさんの人たちが来ていた。マサ・コハマは翌日ブルースアレイでのライヴがあるので、2日連続で会うことになった。 キーボードのスウィンゴーさんから彼の最新作のCDをいただいた。 Stop! Look! Listen! posted with amazlet at 11.12.28 45 origami PRODUCTIONS (2011-12-07) 売り上げランキング: 7622 Amazon.co.jp で詳細を見る さっそく聴いたら、かなりかっこいいサウンドで仕上がっていた。ジャズ、ファンクの要素がいいグルーヴに乗って、まとめられている。 LIVE>Keion-bu

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◎ スタイリスティックス・ライヴ~新メンバー・ジェイソンが加入

◎ スタイリスティックス・ライヴ~新メンバー・ジェイソンが加入 【Stylistics Live- New Member Jason Sharpe Joined For The First Time】 恒例。 前年のライヴ評を見たら、去年も12月20日にスタイリスティックスを見ていた。ちょうど一年前だ。客層は年齢が高く、スタイリスティックスの熱心なファンが多い、という。スタイリスティックスは年に一回必ず来るが、他のアーティストのライヴにはそれほど来ないらしい。つまり、「スタイリスティックス命」の固定ファンをがっちりつかんでいる。 毎年、内容的にはほとんど同じだが、今年は去年と大きな違いがふたつあった。まず、去年までのメンバー、ヴァン・フィールズが辞め、ヴァンに代わって新人のジェイソン・シャープが加入したこと。去年、リーダー格のハーブ・マレルが怪我をして杖をついていたが、今年は完治して、元気にステージで踊っていたことだ。 スタイリスティックスは今年の初めにヴァンが辞め、しばらく3人でやっていたが、エアリオンの友達だったジェイソンに声がかかり、加入に至った。ジェイソンは1967年7月16日メリーランド州バルティモア生まれ。イーバンより年上ということになる。一時期、ヒートウェイヴのツアー・メンバーに参加していたという。スタイリスティックスではファルセットとセカンド・テナーを担当。まだメインでリードを取ることは少ないが、この日、アンコールでクリスマス・ソングの「ハヴ・ユアセルフ・ア・メリー・クリスマス」をリードで、ファルセットで歌い、強力な歌声を聴かせた。 こんごは、彼がリードを取る曲も増えたり、あるいは二人のファルセットを縦横無尽に絡ませるヴォーカルなどもでてくるかもしれない。 流暢なハーブ・マレルのMCにはさまれながら、ほぼノンストップで歌われるヒット曲メドレーは、いつ聞いても安心だ。 ■ スタイリスティックス・最新ベスト盤 『”シングルズ 1970~1977″』 2010年12月8日発売=スタイリスティックスのアヴコ/H&L時代のシングルのA面B面両面を1977年まですべて収録した2枚組み。最初のシングルのB面(レット・ザ・ジャンキー・バスト・ザ・プッシャー )は、長くLP未収録だったため本邦初CD化となった。ライナーノーツ、書いています。 シングルズ 1970~1977 posted with amazlet at 10.12.20 スタイリスティックス ビクターエンタテインメント (2010-12-08) 売り上げランキング: 26662 Amazon.co.jp で詳細を見る ■スタイリスティックス公演は2011年12月25日(日)までビルボード東京で。 http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=calendar&shop=1 … Continue reading

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