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Soul Searchin-Rehearsal for Sly Stone (動画)

来る3月29日(木)目黒ブルースアレイで行われる音楽イヴェント「ソウル・サーチン~トリビュート・トゥ・スライ・ストーン」。そのリハーサルの模様、ほんの一部。やっている曲は、グラハム・セントラル・ステーションの「ジャム」。ジーノ(ベース)、マサ・コハマ(ギター)、フィリップ・ウー、グレッグ・ハートリッジ(キーボード)、シン高田(ドラムス)。 Rehearsal for Soul Searchin: A Tribute To Sly Stone. They were jammin with song called “Jam” (by Graham Central Station). Come and see us at Blues Alley, March 29th. For reservation, call 03-5496-4381. Seats are limited.

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□ 第84回アカデミー賞(オスカー)予想 ~ 今年は『アーティスト』か

□ 第84回アカデミー賞(オスカー)予想 【84th Oscar Predictions 2012】 オスカー。 グラミーに続くアメリカエンタテインメント業界最大のお祭り、アカデミー賞が2012年2月26日(日)ハリウッド・ハイランド・センターで発表される。今年は第84回、24部門。日本時間27日(月)午前10時から有料衛星放送局ワウワウWOWOWで生中継される。司会はオスカーでの9回目の司会となるビリー・クリスタル。 今年はモノクロのほぼサイレント映画『アーティスト(The Artist)』の人気が圧倒的。フランス映画として初のアカデミー賞作品賞のノミネート。もっともノミネートされているのはマーティン・スコセッシが初めててがける3D映画『ヒューゴの不思議な発明(Hugo)』で11部門。『アーティスト』が10部門。『マネーボールMoneyball』『戦火の馬War Horse』が6部門。 『アーティスト』は最低6部門うまくいけば8部門まで伸ばし、このオスカーの夜、最大の話題になるだろうとソウル・サーチャーは予想する。 ノミネートリストなどは、オスカーのオフィシャル・サイトへ。 http://oscar.go.com/ 恒例ソウル・サーチンのオスカー予想。発表は26日日曜西海岸時間午後5時半(日本時間27日午前10時半)から。 昨年の予想と受賞者など。過去記事も 2011年03月01日(火) 第83回2010年度(2011年)アカデミー賞決定 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10815950729.html オスカー、過去の予想的中率は次の通り。 第84回 2011年度 予想24部門 (2012年2月26日発表) 第83回 2010年度 予想24部門 本命的中18 対抗的中4 .917 (2011年2月27日発表) 第82回 2009年度 予想24部門 本命的中14 対抗6 .833 (2010年3月7日発表) 第81回 2008年度 予想24部門 本命的中17 対抗5 .917 第80回 2007年度 予想24部門 本命的中13 対抗4 .708 第79回 2006年度 予想24部門 本命的中13 対抗8 .875 第78回 2005年度 予想10部門 本命的中7 対抗2 .900 第77回 2004年度 予想10部門 本命的中7 対抗3 1.000 今年の全24部門のソウル・サーチャーの予想は次の通り。 84th OSCAR PREDICTIONS: 01. Best Picture 本命 The Artist … Continue reading

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アカペラ最高峰、テイク6~2月14日にオーケストラと共演

アカペラ。 アカペラの最高峰、テイク6が、土日のブルーノート公演のほかに、今回すみだトリフォニーホールで、新日本フィル・オーケストラと共演する。そのプログラムに寄稿したものを、ご紹介する。興味をもたれたら、火曜日14日がチャンス。 詳細は、こちら。 http://triphony.mcsdesigns.jp/concert/20120214topics.php 最高峰。 アカペラ・グループの世界最高峰、テイク6が2012年2月に、2010年5月以来1年9ヶ月ぶり通算21度目の来日を果たす。初来日は1989年11月なので、22年以上前のことになる。これだけの長きにわたりアカペラ・グループとして世界中で活躍し、来日もしているので、日本でもすっかりおなじみ、ファンも多い。そのテイク6が、今回は久しぶりにホール・コンサートを行う。しかも、コンサート前半はアカペラで6人だけで歌い、後半は、会場となる墨田トリフォニー・ホールをホームとする新日本フィル・オーケストラとの共演となる。オーケストラに世界一強力な6人のコーラス。果たして一体どのような融合を見せるのだろうか。今から楽しみは尽きない。 最近は一般の方が趣味でコーラスやゴスペル隊で歌を歌う機会も増え、コーラスやアカペラへの注目度はかつてなく高まっている。そんな中、テイク6の歌声は、そうしたコーラス、アカペラを目指す人にとって、アカペラ界の世界最高峰、エヴェレストだ。  特徴。 アカペラ・グループはこの世にたくさんある。通常のヴォーカル・グループで、レパートリーの中にアカペラ作品を含めているグループもさらに多くいる。アカペラの中には、ジャズ・クラシック系のもの、黒人独特のドゥー・ワップをルーツにしたR&B的なアカペラ、ポップなソフト・コーラス・グループ的なアカペラ、ゴスペル調のものなどだ。 テイク6の最大の特徴は、アカペラ・グループの中でもジャズとゴスペルの要素をたくみに混ぜ合わせていること、それを6人という大所帯のシンガーでハーモニーを作っているというところにある。同じタイプのアカペラ・グループにナチュラリー7というグループがいるが、彼らがよりR&B的、ヒップホップ的な要素を取り入れているのと対照的だ。 テイク6から出てくる音は、基本、すべて彼らの口からでてきたものばかり。たとえば、ライヴではトランペットの音を口で真似て出す。いわゆる「マウス・トランペット」だが、それでもメンバーで違う音を出す。クロード・マクナイトが通常のトランペットの音、ジョーイ・キブルはミュートしたトランペット、デイヴィッド・トーマスのワウワウがかかったトランペットといった具合だ。 メンバーは実に器用でなんでもうまくこなすが、6人の声が重厚なハーモニーを作った瞬間に生まれる恍惚感はなんともいえない。おそらく会場にいらしている方は、その恍惚感をこれまでに体験されているかと思うが、今日、初めてテイク6のライヴを体験される方は、その声が生み出す音の洪水にゆっくりと身を委ねて欲しい。そこから、実に様々なストーリーや情景、映像が浮かびあがってくるはずだ。リスナーの五感を最大限に刺激し、イマジネーションの世界をリスナーの脳内に作り出す。それが出来るのがテイク6であり、彼らの最大の魅力でもある。 デジタルで出来上がった音には、「余白」や「余韻」がない。人間の声という究極のアナログ・サウンドには、決してデジタルで再現できない、数値に変換できない「暖かみのある音」の要素がたっぷり含まれている。そこから生まれる「余白」は、音そのものを楽しむ上で、大変重要な要素でもある。  ネイキッド。 メンバーの1人、クロード・マクナイトは、かつて僕がインタヴューしたときにアカペラのことを「ネイキッド・メディア(裸のメディア)」と表現しこう語った。「アカペラで人々の注意を引くにはとてもクリエイティヴにならなければならない。声自体は、実に多くのことができるんだ。これは正に自然の楽器だ。そこ(アカペラ)では、他に頼るもの(=他の楽器のこと)なんて何もない。すべてのコーラスを聴き、自分がどこにフィットするかを知らなければならない。一つでも音が違ったらすべてが狂ってしまうのだ。だからアカペラはネイキッド・メディアなのだ」 一糸まとわぬ美しい肉体が、見事な芸術作品として肉体美を醸し出すように、彼らが生み出すアカペラはネイキッド(裸)の芸術作品である。そして、6人の声、ハーモニーの無限の可能性が会場に広がる。 アカペラのときステージの上には彼ら6人しかいない。その口の動きをじっくりご覧いただこう。だが、どの声がどの口からでているかを識別するのは、各メンバーの顔とポジション、そして何よりその声を熟知していないと、至難の技だ。だが、何度も見てくると、誰がどこを歌っているかが、徐々にわかってくるようになる。仮にわからなくても、6人の重厚で品のあるコーラス・ハーモニーを聴けば、それだけで十分に楽しめるはずだ。しかも、コーラスを目指す人たちにとっては、彼らは最高のお手本となる。 6人でのアカペラは、ときにそのハーモニーがひじょうに難しくなる。しかし、音楽的素養がしっかりあるために、彼らはそれをいとも簡単にやっているように見せる。プロフェッショナルとは、大変難しいことをあたかも簡単に軽くやっているように見せられることだ。テイク6は、まさにコーラス、ハーモニーのプロ中のプロである。 そして、今回はそのプロ中のプロのハーモニーに、やはりプロ中のプロ、新日本フィルのオーケストラと共演する。こんな華麗で豪華で贅沢な一夜があるだろうか。すみだトリフォニーは音響の良さも定評がある。そこでフル・オーケストラとアカペラの世界最高峰が、音と声を重ね合わせる。これは見逃せない。 曲目。 いくつかの曲「オーヴァー・ザ・ヒル・イズ・ホーム」「スイート・リトル・ジーザス」などは、テイク6がよくステージで歌う彼らのレパートリー。通常はアカペラで歌われるが、今回はオーケストラと歌う。「スマイル」は、マイケル・ジャクソンがもっとも好きな曲と言ってレコーディングし話題になったチャーリー・チャップリンのスタンダード作品でもある。 (2012年1月30日、吉岡正晴=The Soul Searcher) 吉岡正晴 音楽評論家。「ソウル・サーチン」をキーワードにソウル・ミュージックの魅力を広める「ソウル・サーチン・ブログ」、ウェッブ、イヴェント、ラジオ番組(毎週日曜午後2時半~関東地区インターFM76.1mhz)などをてがける。著書に『ソウル・サーチン』、翻訳書に『マーヴィン・ゲイ物語』『マイケル・ジャクソン全記録』など。

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□ 第54回グラミー賞予想

□ 第54回グラミー賞予想 発表 【54th Grammy Predictions】 グラミー予想。 ソウル・サーチン恒例、第54回グラミー賞の予想をお送りする。今年は2012年2月12日(日)(日本時間2月13日午前10時)ロスアンジェルスのステイプルズ・センターで発表される。ノミネートは、NARAS(ナショナル・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツ・サイエンス)から2011年11月30日に発表された。今回の中継はCBS。日本では例年通り、有料衛星放送WOWOW(ワウワウ)が生中継する。 今年もっとも多くノミネートされたのはカニエ・ウエストで7部門、これに続いて今年もっともアルバムを売ったイギリスのアデル、フー・ファイターズ、ブルーノ・マーズが6部門、リル・ウェイン、ダンス・ミュージックのプロデューサー、スクリレックスが5部門。アデルとブルーノ・マーズは主要3部門ですべてノミネートを獲得。大量ノミネートが予想されたトニー・ベネットは3部門にとどまった。 今年のグラミーは、前年の109ノミネート部門から78部門へ縮小した。 今回のノミネート対象は2010年10月1日から2011年9月30日までに全米でリリースされた17500以上の作品。グラミーの投票用紙は12月14日、グラミーの会員に送付され、2012年1月11日の締切までに会計会社のデロイッテ社に返送する。同社は秘密裏に集計し、2月12日の発表までは誰もその結果は知らされない。 昨年のグラミー予想など関連記事。筆者はグラミー予想を1981年頃から行っている。今年は42部門の予想を、例年通り本命と対抗に分けて予想した。 これまで過去の予想とその結果は次の通り。(過去分はすべてソウル・サーチン・ダイアリーに予想と結果がでています)(日時は現地時間、日本では1日先になる) 2011年度(第54回)(2012年2月12日発表)42部門 2010年度(第53回)(2011年2月13日発表) 51部門 本命的中 26 対抗的中 19 計45部門 .882 2009年度(52回)(2010年1月31日発表)49部門 本命的中19 対抗的中11計30部門 .612 2008年度(51回)(2009年2月8日発表) 44部門 本命的中19 対抗的中15 計34 .773 2007年度(50回)(2008年2月10日発表) 46部門 本命的中24部門 対抗16部門 計40部門 .870 2006年度(49回)(2007年2月11日発表)42部門 本命的中19部門 対抗9部門 計28部門 .667 2005年度(48回)(2006年2月8日発表)42部門 本命的中18部門 対抗12部門 計30部門 .714 2004年度(第47回)(2005年2月14日発表)46部門 本命26部門 対抗7部門 計33部門 .717 2003年度(第46回)(2004年2月8日発表) 47部門 本命20部門 対抗14部門 計34部門 .723 2002年度(第45回)(2003年2月23日発表) 33部門 本命18部門 対抗5部門 計23部門 .696 今年(2011年度、第54回)の78部門の完全なノミネートリストは、次のNARASのサイトにある。 http://www.grammy.com/nominees 主な予想は次の通り。本命・対抗の文字がない部門は予想していないもの。 昨年のグラミー確定のブログ。 http://ameblo.jp/soulsearchin/archive6-201102.html#main 前回の予想は、51部門を予想し、本命・対抗あわせて8割8分2厘の的中率だった。 グラミー賞オフィシャル・サイト(英語) http://www.grammy.com 今年のクラシック部門を除いたノミネートは次の通り。 1. Record Of The Year 本命 Rollin In … Continue reading

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○ジェームス・ブラウン特集、ネット番組『ソウル・マジック』で2月7日放送

○ジェームス・ブラウン特集、ネット番組『ソウル・マジック』で2月7日放送 【James Brown Sings Too Good: On Soul Magic】 ブラウン。 2012年2月7日火曜、八木カナさんのインターネット番組『ソウル・マジック』に吉岡正晴が佐藤潔さんと生出演する。八木さんは札幌、佐藤さんは仙台、吉岡は東京からそれぞれスカイプでつないで生放送する。 この番組はユー・ストリームの「カナ・チャンネル」でパソコンさえあれば、世界中どこでも聞くことができる。生放送終了後はアーカイブに。 http://www.ustream.tv/channel/kanachan-nel ちなみに、過去吉岡がゲスト出演した回もアーカイブになって、いつでも聴けます。2011年11月29日、第14回分。 そのときの模様。↓ 2011年12月01日(木) 『ソウル・マジック第14回』無事2時間以内に終了 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20111201.html 今回(2012年2月7日)の出演は、八木カナさん、「ジェームス・ブラウン愛好家」佐藤潔さん、僕と3人でジェームス・ブラウンについて語る。題して「歌のうまいジェームス・ブラウン」。これは佐藤さんのアイデアで、たまたま1月14日、15日に彼が仙台で行われた山下達郎さんのライヴを見に行って、かつて僕が書いたブログを思い出した、というところから出ている。 2006年12月25日付け December 25, 2006 After Johnny Gill; Japanese Soul Men Summit http://blog.soulsearchin.com/archives/001478.html ここで達郎さんは「歌がうまいシンガー」についてこう言ってる。達郎さん「俺は、ジェームス・ブラウンだよ。みんなあの人をそういう風には評価しないけど、何がなんでも歌が一番うまいね」。そこで、歌のうまいジェームス・ブラウンというテーマで話をしようというもの。 僕も最近、マイケル・ジャクソンを改めて聴きこんだとき、ジェームス・ブラウンの影響、ジェームス・ブラウンの歌のうまさを感じた。それまでおぼろげだった考えが、はっきりくっきりとしたものになった。そのあたりの話もしてみたい、と思っている。 募集。 「ソウル・マジック」のリスナーのみなさんからジェームス・ブラウンの作品で、「歌がうまい」と思われるものを、募集します。 ツイッターで、#soulmagicをつけてコメントしていただくか、僕や八木さん、佐藤さんのツイッターに返信していただければOKです。 吉岡ツイッター https://twitter.com/soulsearcher216 八木カナさんのツイッターアカウント https://twitter.com/ky00950 佐藤潔さんのツイッターアカウント https://twitter.com/#!/bopgun1962 ハッシュタグとは、#(ハッシュ・マーク)をつけて、ツイッターでコメントすると、それをつけたコメントが一覧になって、同じトピックのコメントが一度に見られるというもの。ツイッターで自分の発言の一番最後に #soulmagic をつけると、『ソウル・マジック』を聴いている人たちがそのコメントを共有してみられる。そこにリクエスト曲などを書いてもらえれば、こちら側にもすぐに伝わるというわけです。 … Continue reading

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◎ レイラ・ハサウェイ~ミュージシャンの背中に浮かび上がる音符

◎ レイラ・ハサウェイ~ミュージシャンの背中に浮かび上がる音符 【Musical Notes on the Back: Lalah Hathaway’s Spacious Live Performance】 インスピレーション。 本当に聴いているだけで、インスピレーションが湧き上がる見事なパフォーマンス。この日は、レイラ最終日・最終回ということもあり、観客も満員になり、みなのっていた。レイラのライヴは、観客にかなりミュージシャン比率が高い。 ミュージシャンにスペースを与え、ミュージシャンもそれに応え、存分にプレイする。そして、レイラは自身が楽器のひとつであることを熟知し、ミュージシャンたちと等しく同化する。ヴォーカル・対・バックバンドという主従関係でなく、ヴォーカリストもそのバンドの一員として並列・イコールの立ち位置だ。 シンガーがずば抜けていると大概、シンガー対バンド、下手をするとシンガーとそのただのバックバンド(シンガーが主人公で、バンドは誰でもいいという関係)という力関係に陥ってしまうことが多いが、レイラはシンガーとしてずば抜けているだけでなく、バンドともイコールの関係を構築できているところが素晴らしい。 そして、「スペースを与える」「スペースがある」という感覚は何事にも本当に重要で、レイラのライヴではいつもそれがあるから見事だ。バークリー出身、「ソウル」と「ジャズ」、その他の音楽ジャンルさえも自由に行き来できるからだろう。 たとえば、定番となっているスタンダードの「サマータイム」は、この日はファンキーなベースから始まり、ドラムス、キーボード、コーラスのジェイソン、トニーとソロを回した。ソロ回しがある楽曲は、毎回、中味も変われば、テンポさえも変わる。その応対は自由自在。 あるいは、ルーサーの「フォーエヴァー…」では長尺のギター奏者、エロールのギター・ソロが空間を支配した。まるでロックのギター・ソロを思わせるその時間、エロールがこの曲を、ブルーノートをのっとった感じさえした。しかも、これほど長い変幻自在のソロでも、ドラムスのエリック・シーツがしっかりとついて、曲のビルドアップ(もりあげ)に寄与している。このあたりは、お互い、本当によく相手を聴いているなあ、と感心させられる。ルーサーのスロー・バラードがいつのまにかヘヴィーなロックになり、そして最後はまたバラードへ。たった一曲の中に、見事なストーリーが浮かび上がった。 この日、タイ・スティーブンスやシャンティと一緒に見たのだが、タイもこの「フォーエヴァー…」を歌う。彼のものを昼間の「ソウル・サーチン」でかけていたので、僕の脳内では、タイとレイラのものを「想像でデュエット」していた。ヴァーチャル・デュエットだ。タイはルーサーに出来るだけ近く歌うので、ルーサーとレイラのデュエットも、実現したら相当いい感じになると思った。この日の「フォーエヴァー…」は17分にも及んだ。 この曲に関して言えば、ルーサー亡き今、タイやレイラのものを聴いてルーサーに思いを馳せるのは自然なことだ。 プロのシンガーやミュージシャンというのは、あたり前のことだが、人に出来ないことをやってプロ、難しいことをやってもそれを簡単にやっているように見せてこそのプロ、ということをつくづく感じる。 彼らの個々のパフォーマンスを見ていると、その背中に音符がついているように見えてきた。そして、レイラが歌う歌詞にも音符がついて、空を飛ぶようだ。歌詞に息吹、命が与えられるとはこのことだ。 9曲目「イッツ・サムシング」では、土曜日にも飛び入りしたという日本のフルーゲルホーン奏者/ヴォーカリスト、トク(TOKU)が呼び出されステージに。最初はスキャットのバトル、さらにレイラの声とフルーゲルのバトルと15分以上におよぶ実にスリリングな展開になった。 ここでは、長尺のバトルのあと、いきなりコーラスのトニとジェイソンがエンディングのコーラスをいれて、曲をカットアウトして終えた。「ええっ、どうやって終えるのがわかったの?」とタイに聴いたら、「たぶん、レイラが『ヴォーカル・キュー』を出したんだと思う。何かのキーワードで、彼らはエンディングを知るんだよ」と教えてくれた。 各ミュージシャンとレイラ、レイラとトク。それぞれがレベルの高い人たちと交わることによって、お互い、より高いレベルに持ち上がっていくという相乗効果、ケミストリー(化学反応)が生まれる。この日のライヴ・パフォーマンスには、そんなマジック、ケミストリーが満ちあふれていた。 最後は観客総立ちで、アンコールも2度登場。これだけ客席ものっていれば、大サーヴィスぶりもわかる。 ソウルとジャズの狭間を行くシンガー。流行に左右されず、マイ・ペースで進むシンガー。 いつも彼女は裸足で楽屋からステージまで進む。まさにはだしのクイーンだ。熱狂のライヴは1時間40分を超えていた。 レイラはその後、ファンにサイン会、写真もOK。ステージでも「新作、聞いた? これをプラチナム・ディスク(100万枚)にしたいの。買ってね。」と宣伝。もっと認められて、もっと売れていいアーティストであることには間違いない。 何度もレイラのステージは見ているが、ジョー・サンプルと一緒にやったステージ以来の素晴らしさだった。 From left: Ty Stephens(singer), Shanti(singer), Lalah, Yoshioka Masaharu (The … Continue reading

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◎ アーマ・トーマス~ニューオーリンズのソウル・ジョイント

◎ アーマ・トーマス~ニューオーリンズのソウル・ジョイント 【Irma Thomas Live】 ニューオーリンズ。 ニューオーリンズのソウル・ジョイントがそのままビルボードにやってきた。そんな感じがしたアーマ・トーマスの約20年ぶりの来日ライヴだった。アーマは1987年4月、青山のレストラン・クラブ「カイ」のライヴで初来日。その後1991年9月「ガンボ・ジャンボ・カーニバル」で来日。このときは、渋谷クラブ・クアトロ、日比谷野外音楽堂などでライヴを行っていた。 キーボード2名、ギター、ドラムス、トランペット、サックスとい6人バンドにアーマという布陣。客席はこの手のソウルが大好きそうなファンが集まりほぼ満員。1曲、バンドが演奏曲で暖めてから、おもむろにアーマの登場。インスト曲、僕が見た回はJBズの「Pass The Peas」からだったが、ボビー・ウーマックの曲から始めた回もあったそうだ。 この日はたまたま事前にセットリストをもらえたのだが、そこには冒頭の4曲しか書かれていなかった。しかも、手書き。聞けば、これ以降は、本人がその場のノリで決めるという。それもあって、彼女は超分厚い歌詞カードのブック(ソング・ブック)を持って、ステージに上がった。めったにやらない曲をやろうとしたときに、歌詞を確認するのだろう。セットリストには4曲しか書かれていなかったが、アーマの1曲目からもう曲が違っていた。(笑) 紙には「Love Don’t Change」とあったが、実際歌われたのは「If You Want It, Come And Get It」。 では、どうやって次の曲を決めるのか、注視した。これがやはり「ジェームス・ブラウン・スタイル」ではないかと思った。曲が歌詞から始まるもの、たとえば7曲目の「ヒップ・シェイキン・ママ」は、アーマがその歌詞を歌い始めれば、バンドがついてくる。別の曲の頭は両手で「グー」の握りこぶしを作ってバンドに見せていた。あれが、キューではないだろうか。そうすれば、ほとんど曲間を空けずに、まるであたかも決まっているかのように、メドレーっぽくできる。歌詞カードを選んでから歌うものは、ステージで打ち合わせていた。たぶん20曲くらい分のキューがあるような気がする。だいたいアップ・テンポ、スローと交互に歌う感じ。 というわけで、おそらく毎回曲目が違ったアーマのライヴだが、基本は同じだ。ニューオーリンズの「セカンド・ライン」のリズムあり、R&Bあり、ブルーズあり、ゴスペル調あり、バラードありというルーツ臭たっぷりのライヴだ。やはり、60年代R&Bの雰囲気、空気は強く、いなたいヴォーカルが実に味があって魅力的である。 そして何より、その声の力強さが印象に残った。後半「セカンド・ライン」の楽曲が続いて、いい意味での「チトリン・サーキット」の趣を醸し出していた。 そうそう、ジェリー・ラゴヴォイ作ローリング・ストーンズで知られる「タイム・イズ・オン・マイ・サイド」は歌われたり、歌われなかったり。でも、客席からリクエストすれば、きっと歌ってくれそう。 「ソウル・クイーン・オブ・ニューオーリンズ」は、ライヴ終了後、ほとんどすぐサイン会に登場し、ファンの長い列がたちまち出来た。 ■ アフター・ザ・レイン/アーマ・トーマス After the Rain posted with amazlet at 11.12.07 Irma Thomas Rounder / Umgd … Continue reading

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○お知らせ 今日夜Uストリームのインターネット番組にゲスト出演

○お知らせ 今日夜Uストリームのインターネット番組にゲスト出演 【Soul Searcher Will Be On Tonight’s “Soul Magic” Ustrem Live Program】 生放送。 今日2011年11月29日火曜夜10時からUストリームのインターネットラジオ『ソウル・マジック』(DJ八木カナ)にゲスト出演します。 アクセス先はこちら。http://bit.ly/uY2eqI  日本全国、世界中で聴けます。生放送後は、アーカイブに残ります。 ツイッターで、ハッシュタグ #soulmagic をつけるか直接 @soulsearcher216にツイートしていただければ質問などに対応します。 ホストの八木さんと僕が、いくつかアーティストをピックアップして、その話をしつつ、曲をかけます。ドラマティックス、デルズ、スタイリスティックス、グラディス・ナイト&ザ・ピップス、シャイ・ライツ、マーヴィン・ゲイなどについてお話をする予定ですが、流れで予定がどんどん変わることもありますのでゆるーくお聴きください。一応1時間半をめどにしています。 テーマのひとつ、マーヴィン・ゲイの自伝『引き裂かれたソウル』 マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル (P‐Vine BOOKs) posted with amazlet at 11.11.29 デイヴィッド・リッツ ブルース・インターアクションズ 売り上げランキング: 307055 Amazon.co.jp で詳細を見る マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル (P‐Vine BOOKs) ANNOUNCEMENT>Soul … Continue reading

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#「レディー・イズ・ア・トランプ」の時代背景~何を歌っているか

#「レディー・イズ・ア・トランプ」~トニー・ベネットとレディー・ガガ 【Lady Is A Tramp: Portrays 1930s High Society】 名曲物語。 85歳にして初めての全米ナンバーワン・アルバムを獲得したトニー・ベネット。デュエット企画アルバムとしては2枚目になる『デュエット 2』。ふだん、トニーはアルバムをわずか2-3日で作るが、今回の作品はあちこちに行ったために6ヶ月もかかった、という。スケジュールとデュエット相手のいる場所に出向くためにこれほどの時間がかかったそうだ。 このアルバムは今年12月頃発表されるグラミーで相当数ノミネートを得ると思う。もちろん主要3部門(「ソング」「レコード」「アルバム」)だけでなく、8つくらい行けるのではないか。最終的に3部門独占獲得も可能性十分だ。すでに15のグラミーを得ているトニーのその数がぐっと上乗せされる。 さて、そのアルバム・トップに収録されているのが、グリーン・ヘアのレディー・ガガとのデュエット曲「レディー・イズ・ア・トランプ」。二人とも実に楽しそうに歌っている。この曲の背景を少しご紹介してみよう。 この曲は1937年(昭和12年)に作曲家チーム、リチャード・ロジャーズ&ロレンツ・ハート(通称ロジャーズ&ハート)によって書かれたもの。ロジャーズ&ハートが制作していたミュージカル『ベイブズ・イン・アームス』の挿入歌として書かれた。当初、トミー・ドーシー、リナ・ホーンなどが録音したが、フランク・シナトラとエラ・ヒッツジェラルドが1950年代に録音。シナトラのものは映画『パル・ジョイ』でも使われた。その後も多数のカヴァーが録音されスタンダード・ナンバーとして現在までよく知られる作品となっている。 トランプ。 さて、「レディーはトランプ」というこの「トランプ」の訳し方が実に難しい。直訳的には、「あばずれ」「売春婦」「放浪者」「さすらいもの」などになるが、ここでは型にはまった鼻の高い「社交界」の雰囲気を揶揄する感じの「型にはまらない」「自由気ままな女」というニュアンスが近いのではないかと思う。1937年頃というと大恐慌から復活し、第二次世界大戦の前で、リッチな階層は人生の楽しみを謳歌していた。そのハイソには細かな決まりごとやルールがあってめんどくさかった。 この曲はそうした1930年代の金持ちハイ・ソサエティーにまぎれこんだ、ちょっと変わり者の個性的な女性を描いている。 She gets too hungry for dinner at eight (I’m starving) 「夜8時のディナーなんて、(遅すぎて)おなかがすきすぎる」(おなかペコペコ) というのは、金持ちハイソでは遅く食事を始め、ゆっくり食べるのがよいとされていたから。それまでに、ちょっと飲んだり、何かしていたりして、8時からゆっくりディナーを始めるといったことになったらしい。元気いっぱいのトランプ(自由気ままな女)にとっては、夕食を8時まで待つなんてできない、というわけだ。 She loves the theater but she never comes late 「彼女はシアターが大好き。だけど、絶対に(ショー開演時刻には)遅れていかない」 これも、当時のハイソの連中は、ショーには行くが、遅れていくのがおしゃれだとされた。彼女はショーが好きなので、決して遅れて行かない。 … Continue reading

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○ 9月5日深夜からTFM系列『ビッグ・スペシャル』でモータウン特集

○ 9月5日深夜からTFM系列『ビッグ・スペシャル』でモータウン特集 【Michael Jackson Special On TFM Tonight】 告知。 来週2011年9月5日(月)から8日木曜までの4日間、東京FM系列ネットで、深夜25時から28時(正確には6日(火曜~金曜)午前1時~4時)まで『ビッグ・スペシャル』という番組でモータウン特集を放送します。4日間の選曲を担当し、最終日木曜深夜には、生放送で番組出演し、モータウン・レコードいついてお話をします。 2011年9月5日(月)深夜25時~28時生放送、『ビッグ・スペシャル~モータウン特集』(東京FM系列全国ネット、正確には6日午前1時~4時)。 関東地区は、関東のラジコで。その他の地区は各地区のラジコでも聞けます。 関東用のラジコ↓ http://radiko.jp/player/player.html#FMT この『ビッグ・スペシャル』は、毎週月曜深夜から木曜深夜まで25時から28時まで生放送しているもので、9月5日の週は、月曜からモータウン特集を組んでいる。約30以上の局でネットされるとのこと。(番組ホームページでは35局のネット局名が出ている) http://www.fmsounds.co.jp/production/program_detail.php?b=1&p=62&PHPSESSID=vvnqkbcm 当日は生放送ですので、リスナーからのメール、ツイッターでのメッセージなども受け付けます。 ハッシュ・タグは、次のようなものがあります。 東京FM #tfm ビッグ・スペシャル #bigsp  また、直接メールを送るフォームはこちら http://www6.jfn.co.jp/mailforms/index/94 ANNOUNCMENT>Big Special MICHAEL JACKSON>TFM Big Special

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★△ナイル・ロジャーズ・ツアー進む~プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著

★△ナイル・ロジャーズ・ツアー進む~プラネットC(癌惑星)を歩いて ナイル・ロジャーズ著(第82回~84回) 秘話。 ナイルのライヴは順調に続いている。4月14日(木)は、昼間に「アイ・ウォナ・ダンス」を何度も練習。ファースト・ステージから披露した。ナイルは「ファーストではかなりぐちゃぐちゃになったけど、セカンドはまあよくなった。ツアーが終わる頃には、最高の出来になってるよ。だから、またこれを聴きにきてくれ」とステージで話した。 この日もライヴ後、軽くサイン会。翌朝はJウェイヴのジョン・カビラさんの番組出演のため9時前にホテルを出るという。 カビラさんの番組『東京ユナイテッド』(Jウェイヴ、午前6時~11時半)では、ナイルは「レッツ・ダンス」の誕生秘話をギターを鳴らしながら披露した。それによると、ナイルはデイヴィッド・ボウイがスイスに持っている別荘に呼ばれ、そのベッドルームでこの曲を初めて聴かされた。デイヴィッドはギターでこれを弾いたが、最初はとてもフォーキーな(フォーク調の)曲だった。最初はAm(エー・マイナー)だったがこれをBフラットにし、ジャズコードを加え、マイナー13はどうかと提案。ジャジーな雰囲気を加えたところ、デイヴィッドが気に入ってくれた、という。また、イントロ部分は、アイズレイ・ブラザーズの「ツイスト・アンド・シャウト」をヒントに、作り上げた。最後に、バンドメンバーが入り、「レッツ・ダンス」をプレイした。 ●ナイル・ロジャーズ、日曜日の『ソウル・ブレンズ』(インターFM、関東地区76.1mhz=午後1時~3時)に生出演。ギターも持ち込みの予定。1時20分ごろから登場予定。1時間以上たっぷりお話をうかがいます。 ラジコでも。http://radiko.jp/player/player.html#INT (関東圏で接続できます) 【Walking On Planet C】 『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳 闘病記。 ナイル・ロジャーズの癌闘病記、「ウォーキング・オン・プラネットC~プラネットCを歩いて」、2011年4月9日~4月11日分、写真・キャプション、ユーチューブ、訳注付き。 前回までのブログ、写真、ユーチューブ映像などはソウルサーチンの本サイト、ブログhttp://ameblo.jp/soulsearchin/ をごらんください。なお、当日に写真なしの文字のみの翻訳をツイッターにアップしていますので、早くお読みになりたい方は、ツイッターをごらんください。ツイッターのアドレスは、https://twitter.com/soulsearcher216 です。 このブログは、ナイル本人の了承を得て、日本語に翻訳し、写真なども同じものを掲載しています。第1回から http://ameblo.jp/soulsearchin/theme-10032211060.html のファイルにアーカイブが所蔵されています 『プラネットC(癌惑星)を歩いて』 ナイル・ロジャーズ著 吉岡正晴訳 第82回(4月9日) 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 ナイル・ロジャーズ著 第82回(4月9日) 【Walking on Planet C by Nile Rodgers 】 第82回 生き返る #82 Living It Again Written … Continue reading

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◆ 大震災~節電も不便もすぐに慣れる

◆ 大震災~節電もすぐに慣れる 【Human Being Will Used To It】 萎縮。 なんか日本全体がじわっと萎縮してる感じだ。(正確には九州や関西がどういう感じかは行っていないのでわからないのだが) こういう空気は生まれて初めて味わった。 夜、国道一号線のライトが消えていて、暗い。田舎道のようだ。しかし、夜は暗いものだと思えば、月明かりがまぶしく見える。土曜の夜は、「スーパームーン」といっていつもより大きく明るい月だったそうだ。そこで外に出て写真を撮ろうとしたが、僕のデジカメではうまく月が丸く撮影できなかった。ちゃんとした一眼レフじゃないとだめみたいだ。  光ってしまって、丸くならない… コンビニのかんばんライトが消えている。店内の照明も落としているのだろう。だが、今までが明るすぎたのかもしれない。別に点いてなくても気にならない。 人間なんて、「慣れる動物」。これが続けば、こういう暗いのが当たり前ということですぐに慣れる。さまざまな不便も今までの便利さに慣れていただけ。不便に感じるのは、便利に慣れていたから。昔はコンビニも必要以上の暖房もなかった。そう考えれば、なんとかなる。 しかし、人間というのは「慣れたこと」のほうが楽なので、どうしても、「慣れたこと」を求めるようになる。そして変化を恐れ、年を取るにしたがって保守的になっていく。 ヴィジョン。 さて、きちんと節電すれば、計画停電も必要ないのかもしれない。大前研一氏の「大前研一ライヴ」の3月19日収録分でも、斬新な提案をしている。原子力の依存度は3割弱というので、真剣に我々が3割の節電をすれば、原子力は必要なくなる。 http://www.youtube.com/watch?v=8GqwgVy9iN0 東電の批判だけでなく、きちっとヴィジョンを持って、こうすればいい、というアイデアを出しているところが素晴らしいと思う。サマータイム、週の仕事日を会社によってずらす、関西と関東の電気の周波数を統一する、おもしろいのは年間で一番消費電力が多くなる時期の夏の甲子園をやめる、というもの。甲子園は秋にずらせばいい。いずれも賛成だ。85分もあるが、結局夜中見てしまった。 世の中、萎縮と自粛で、ほんとに沈滞しているムードはよくない。ぱっと行きたい。 ESSAY>Earthquake

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◎アンジー・ストーン・ライヴ~抑制の効いた良質オールド・スクール・ライヴ

◎アンジー・ストーン・ライヴ~抑制の効いた良質オールド・スクール・ライヴ 【Angie Stone Live】 抑制。 2005年にアンジー・ストーンとして初来日。そのときは、インタヴューもして、ライヴを2度見た。その後喉の調子を悪くして、残りの日程をキャンセル、ライヴを見られたことはひじょうにラッキーだった。さらに、2007年11月の来日が、病気のため再度中止に。アンジー・ストーン名義のライヴとしては、5年10ヶ月ぶり2度目ということになる。シークエンス、ヴァーティカル・ホールドを経て、ソロ・シンガー、アンジー・ストーンへ。キャリアは長い。 この日は松尾潔さんのお誘いで、林剛さん、壮治虫(しょう・おさむ)さんと4人で鑑賞。ソウルをエンジョイするには、かなり濃いメンツだ。(笑) バンドは、ドラムス、ギター、ベース、キーボードにコーラス2人、これにアンジーという編成。 まさに、ナイル・ロジャーズが語った「オールド・スクール」然とした佇まいであった。リアル・ミュージシャンによるリアル・ミュージック。そして、歌をしっかり聴かせる。ちょっと「ミニ・シャカ・カーン」「おとなしいシャカ・カーン」と思ったが、たっぷりソウルがあった。また、二人の女性コーラスもかなりうまい。 思い切りシャウトしない代わりに、抑制の効いた歌唱が、歌物R&Bという印象を強くする。途中、バンドメンバーのソロなども適宜交え、ライヴ・ショーとしてはまとまっている。あちこちに古いソウルのリフが入るが、そうしたオールド・ソウルのヒットは、きっと、アンジー本人のアイデアなのではないかと松尾さんは推測していた。 最後にアンジーに「マイ・ブラザー」と紹介されてステージに男性が登場したが、なんと彼女のフィアンセだそうだ。 なお、コーラスのポーラ・チャンピオンは、あのジェイソン・チャンピオンの奥さん。ということを林さんが指摘、すると、楽屋にEMIのジェイソンの担当者がいた! 楽屋で松尾さんはアンジーと以前からよく知っていた。またアンジーは久保田利伸さんとひじょうに親しいので、「トシは今日、来ないのか」と尋ねていた。松尾さんが、3人を紹介するときに、「most influential music critics」と言ったので、アンジーは「じゃあ、いい事を書いてね(笑)」と言われた。アンジーの名前は、元々は「エンジェル(天使)」だという。ということは、ディアンジェロと二人合わせると、ダブル・エンジェル、二人とも天使だ、という話はそこではしなかったが、その後のソウルバーでした。現在はアトランタに住んでいるという。 前回来日時のライヴ評で、アンジーの生年を1962年くらいかと推定したが、今回試しにウィキを見たら、1961年12月18日生まれと書いてあった。これはきっと正しい。現在49歳だ。だが、とても49には見えない。30代半ばに見える。ほんと若々しい。そういえば、われらがブレンダもとても若く見えるが、シスターは本当に年齢不詳で魅力的だ。ということは、ディアンジェロは1974年2月11日生まれなので、13歳年下(だいたい12歳)ということになる。そして、今日2月11日は、ディアンジェロの37歳の誕生日だ。余談だが、マーヴィン・ゲイと最初の妻アンナ・ゴーディーはアンナが17歳年上だった。 ■過去関連記事 2005/03/23 (Wed) Angie Stone: Live At Blue Note http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200503/diary20050323.html 2005/03/25 (Fri) Angie Stone Is Perfect Old-Schooler http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200503/diary20050325.html ■ アンジー・ストーン・アルバム アンエクスペクテッド posted with amazlet … Continue reading

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○『ディスコティック・ラヴ』~ディスコオムニバス、DJオッシーが選曲

○『ディスコティック・ラヴ』~ディスコオムニバス、DJオッシーが選曲 【Discoteque Love: Disco Compilation】 選曲。 毎週日曜日午後の東京の定番ラジオ『ソウル・ブレンズ』(インターFM76.1mhz=午後1時~3時)のプロデューサーでもあり、選曲もし、ディスコ、クラブなどでもDJをしているDJオッシーがディスコ作品を選曲した2枚組みコンピレーション・アルバム、その名も『ディスコティック・ラヴ』が2011年2月2日、発売される。 今回の選曲でDJオッシーが留意した点について次のように言う。「いろいろなディスコのオムニバスに入っていそうで入ってない曲、それでもフロアでいまだに大人気の曲をできるだけいれようとしました」とのこと。具体的には、「1曲目にいれたトム・ブラウンの『ファンキン・フォー・ジャマイカ』は、1991年の12インチミックスです。それから、ホイットニーとジャーメインの『やさしくマイ・ハート』もなかなか入っていません。ルーサー・ヴァンドロスの『スーパーレディ』も、まず入ってません。他に、ピーター・ブラウンの『ゲーム』、アレサ・フランクリンの『ゲット・イット・ライト』、ジャクソンズの『ウォーク・ライト・ナウ』、グロリア・エステファンの『ワーズ・ゲット・イン・ザ・ウェイ』、ジム・メッシーナの『シーイング・ユー』なども今回自慢の選曲です」と言う。 もちろん、今回収録されたのは全34曲。このほかに何十曲と候補があり、レコード会社の許諾がでなかったものなども多数あった。こうしたコンピレーションの編纂は、結局許諾が来ないと入れられないので、なかなか思うようにならないのが、選曲家の悩みどころ。 1枚目がいわゆる踊れるディスコヒット、そして2枚目がスローを集めたチーク用。 このアルバムの発売に関連して、2011年2月6日(日)の『ソウル・ブレンズ』内「ソウル・サーチン」のコーナーで、DJオッシーが、初めて番組に「ゲストとして」登場する。オッシー&ヨッシーのかけあいをおたのしみに。 トラックリスト ディスク:1 1. ファンキン・フォー・ジャマイカ (1991 12” Remix) トム・ブラウン 2. やさしくマイ・ハート (Duet With Jermaine Jackson) ホイットニー・ヒューストン&ジャーメイン・ジャクソン 3. トゥゲザー・フォーエヴァー リック・アストレー 4. ダンシング・シスター ノーランズ 5. ベスト・オブ・マイ・ラヴ エモーションズ 6. パーティ・ナウ レイ・パーカー 7. ガット・トゥ・ビー・リアル シェリル・リン 8. スーパー・レディ ルーサー・ヴァンドロス 9. シャイン・オン ジョージ・デューク 10. レッツ・グルーヴ アース・ウィンド&ファイアー … Continue reading

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◎デイヴィッド・T・ウォーカー~ギターの匠・人間国宝

◎デイヴィッド・T・ウォーカー~ギターの匠・人間国宝 【David T. Walker ~ A Real National Treasure】 人間国宝。 2007年5月の日本における彼自身の初名義ライヴ以来、ひんぱんに来日して、大変人気の高いデイヴィッド・T・ウォーカー。今年、昨年ともにマリーナ・ショーのバックでも来ており、さらに、デイヴィッドは今回のこのライヴ以外、日本の人気グループ、ドリームズ・カム・トゥルーのライヴでもギターをプレイしている。このビルボードのライヴ後も、日本をゆっくり1週間ほど、楽しむためにオフにしているそうだ。「私は、日本が大好きだからねBecause I love Japan」とデイヴィッドは言う。 さて、4人の侍たちが、ステージに上がり、デイヴィッドがセンターのマイクに向かうと、いきなり「こんばんは!Konbanwa!」と声を出した。そして、イントロが流れたその瞬間、一挙に観客はデイヴィッドの世界に引きずり込まれる。この一音で、デイヴィッドとわからせるその指。どこをとっても、どこを切っても、デイヴィッドの音だ。 毎年やってくる彼だが、今回のライヴは、ちょうど2010年12月8日にリリースされたばかりの新作『フォー・オール・タイム』からの楽曲を多めに演奏した。それと、今回は曲間で、けっこうしゃべっていたような印象がする。曲のタイトルを必ず言ったり、新作からの作品だと説明したり、今まではただ黙々と演奏するだけだったのだが。 ちなみに実質的な1曲目となったビートルズの「エリノア・リグビー」は、以前は、曲間で軽くリフをいれるだけでやっていたもの。(下記の過去関連記事内・セットリスト参照=前回・前々回も「Going Up」のリフでこれをいれていた) それを今回は、アレンジを煮詰めてフル・サイズにしレコーディング、改めて完成品として披露した。ライヴでやって反応がよければ、レコーディングするというスタイルだ。 それにしても、このギターの音色は何度聴いてもトロトロでメロメロになる。デイヴィッドは、1941年6月25日生まれ。昭和16年、へび年の69歳。まさしく人間国宝だ。 次回、日曜日に日本にいるときは、ぜひ、「ソウル・ブレンズ」に生ゲストでの出演を依頼しよう。それにしても12月のミッドタウンはすごい人ごみ。駐車場も出るのも入るのも、超時間がかかる。 ■過去関連記事 2009年12月16日(水) ようこそデイヴィッドTのリヴィングへ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20091216.html 2009年08月03日(月) マリーナ・ショウとドリーム・チームによるドリーミーな夜 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10312956175.html 2008年11月22日(土) デイヴィッド・T・ウォーカー、ビルボード・ライヴ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20081122.html 2007年12月25日(火) 瞬間 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20071225.html 2007年12月23日(日) デイヴィッド・T・ウォーカー http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20071223.html 2007年12月19日(水) デイヴィッド・T・ウォーカー、ギターは私の声だ http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20071219.html 2007年12月17日(月) … Continue reading

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奇跡

ツイッターからいらした方へ。深町純・集大成ブログのアドレスは、正しくは次の通りです。 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10716970858.html こちらをクリックしてください。ごめんどうおかけしてすいません。 2010年11月25日付けのブログです。 【ブルー・ローズに起こる奇跡】 奇跡 10月27日(土曜)は、この時期には珍しく関東地方に台風がやってきた。まさか台風とは。これでは当日券に影響があるに違いない。とは言うものの、ふたをあけてみれば、8割方席は埋まった。 ステージのピアニストは緊張しているのだろうか。第一部はほとんどおしゃべりはなく、音楽比率はかつてない96パーセントを記録。まさに「ピアノ・コンサート」になった。普段半分近くしゃべる深町さんにとっては、これこそ、奇跡だった。 即興演奏は、すなわち一期一会(いちごいちえ)。二度と同じ演奏はない。本人さえ同じようには弾けない。となると、この感動や感激をなんとしてでも記録に残しておきたい。そこで『ソウル・サーチン』関連の映像を記録しているレムTVのチームに収録をお願いした。今回は6台のカメラでたったひとりのピアニスト深町純を追った。一体どんな映像になるか今から楽しみだ。 しかし、いくら映像も音も記録したとしても、この演奏そのものは決してデジタル化することはできない。この場にいて、深町ピアノが共振させる空気を吸い、そのピアノの振動を五感を使って体全体で体験すること、それこそが最大の贅沢だ。この日、このブルー・ローズにやってきた300人の人たち、この時間を体験した人だけに残る「記憶」「思い出」「感触」、それがプレシャス(貴重)なものなのだ。そこにライヴ・パフォーマンスの醍醐味がある。 やはり、いい演奏家、いいピアノ、いい音、いい響き、いい環境での音楽は、格段においしい。年に一度とは言わず、半年に一度くらいの割合でいい音を響かせてはいかがだろうか。深町さんにとっては、そんなに難しいことではない。 第2部の冒頭は17名の子供たちのコーラスとの共演となった。これは、今回のライヴを企画立案した小野布美子さんが普段子供たちに音楽を教えていて、その生徒たちがみんなで作った自作曲を舞台で歌うというものだった。これまでに深町さんと子供たちは何度か一緒にやっていた。僕は正直、リハのときにこれを見て、「なんだこれは」と思った。学校の発表会という感じのものだったからだ。 4曲を歌ったが、途中のMCで深町さんが計らずも言った。「まあ、稚拙(ちせつ)な歌ですが・・・。でも音楽って不思議だよね。稚拙でもでもこうやってひたむきに歌っているっていうのはいいよね。(拍手) 僕は子供って嫌いなんですよ。(笑) だって子供がいたらこんな音楽会は台無しになっちゃうでしょ。(笑) これらの曲は彼らが自分たちが作った曲で、誰か大人から歌えと言われて作ったものではありません」  サントリー・ホールは基本的にはクラシックにしか貸さないという。また、貸し出しに際してさまざまなチェックリストがある。曲演奏中に客入れをしていいか、写真撮影許可するかしないか、花束はどうするか、お子さんは入場可か、などなど。ま、この日もかなり小さな子供を連れてきた人がいて、その赤ん坊が演奏中に泣くというか、声をだすので、やはりさすがに迷惑だなと感じた。以降は6歳以下はご遠慮願いましょうか。打ち合わせのときにおもしろかったのが、「演奏曲目は何ですか」というもの。どうやらクラシックの演奏会では事前に演奏曲目を出すことが多いらしい。もちろん深町さんは即興なので、何曲やるか、何分やるか、もちろんタイトルさえわからない。「曲目は事前にはわかりません」「では終わった後、演奏曲目は張り出されますか?」「・・・」。(苦笑)(僕がいつも作ってるセットリスト、張り出せばよかったかな=(笑))  それにしても、この空間に漂うピアノの響きは格別だ。ヨーロッパの昔の貴族たちは、こうした即興演奏みたいのを毎日のようにやっていたのだろうか。サントリー・ホールの担当の人が、ふだんはいつも同じクラシックの作品ばかりを聴いているらしく、この深町さんのような演奏に「新鮮さ」を覚え「こういうのが聴きたかったんですよ」と言って即売でCDを買っていったそうだ。 ふだんやっているFJズや、かつてやっていた恵比寿アートカフェでのパーティーで聴く音と、このブルー・ローズで響く音は天井の高さも、反響も、またピアノ自体の音も違う。そういう違いによって、演奏家のモチヴェーションは高まるのでしょうか。「それは(もちろん)あると思うね。当然、演奏家にもそこの音が入ってくるからね。やはり、(演奏家が)集中していると、いい演奏ができるとはよく言われる。ただね、自分がものすごく集中していい演奏ができたと思っても、意外と聴いている人は違って受け取っていたりしてね。逆に、僕があんまり集中できずに楽に弾いたときに、『力抜けてて、よかってね』なんて言われることもある。一概にはなんとも言えないな」 (深町・談) 1曲終わるごとに、もちろん観客からは拍手が来るのだが、いつもよりも、あたりまえなのだが、格段に拍手の時間が長かった。観客の満足度もいつもとは違うのだろう。 そして、最後の曲が終わり万雷の拍手に迎えられ彼は再びステージに登場した。「僕の人生の信条のひとつに・・・、決してアンコールはしない、というものがあるんですが・・・。(笑) でも、1曲弾きます」  何曲も演奏されたこの日のステージだったが、そこにはまちがいなく深町純の小宇宙があった。それは、決してアートカフェやFJズでは感じられないものだった。ひょっとしたらアートカフェなどでは「小国」があったのかもしれない。普段、人が動き、ドリンクのカップや食べ物が行き交う中で聴く音楽と、シーンとほぼ全員がステージ中央のひとりの演奏家に対して集中しているのでは、まったく空気が違う。僕も背筋を伸ばして聴いた。 小宇宙からは、きっと宇宙に人類誕生という奇跡が起きたように、何か違う小さな奇跡が起こるに違いない。舞台はブルー・ローズ、不可能が可能になった部屋なのだから。 (2007年10月27日土曜、サントリー・ホール・ブルー・ローズ=深町純ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Fukamachi, Jun 2007-142

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◎山下達郎ライヴ2010、39本終演~物質に付加価値を与える「体験」

◎山下達郎ライヴ2010、39本終演~物質に付加価値を与える「体験」 【Yamashita Tatsuro Live 2010 Closing】 エクスペリエンス。 2008年からツアーに復帰した山下達郎の2010年ツアーが、2010年11月8日(月)青森県八戸の公演で終了した。8月6日神奈川県厚木からスタートし、当初はデビュー35周年にかけて35本だったが、結局追加が出て総計39本のライヴを敢行した。終演にて、ネタバレのお許しが出るということで改めて感想文を。 約3時間半、充実のトークと感動の音楽。それは、CDでは決して得られない「エクスペリエンス(体験)」という至宝。 ステージセットは、アメリカンなカントリー風の小屋が左右に一棟ずつ。その中央に芝生が敷かれ、ミュージシャンたちが立つ。サックスの土岐さんだけ、ピックアップトラックの荷台。主役はジーンズに青いシャツ。 山下達郎の音楽は、第一義にポップ・ミュージックという形態を取るために、一見重いメッセージを伝えないように見えるが、しかし、奥深いところで、普遍的なメッセージが横たわっている。 「平和じゃないと、音楽なんてやってられませんから」山下達郎はコンサート終盤、そう語った。そして、最近の政治屋(せいじや)に苦言を呈した。これはまさに真理で、音楽や芸術などというものは、世の中が平和で余裕がなければゆっくり楽しめない。そして、こうも言った。「私のファンの方は、40代、50代の方が多くなっています。この人たちの中には、今、とても厳しい状況の中に生きている人もいるかと思います。でも、がんばっていきましょう」 ひょっとして、自殺したワーナー社長へのメッセージでもあったのか。 「若いときには、てらいや照れがあって書けない曲も、年を重ねて、書けるようになったりします。この曲をナインティナインの岡村さんと、友人の桑田佳祐さんに捧げます」(「希望という名の光」~「蒼氓」の曲中での語り) 彼が35年以上にもわたって音楽という余裕の芸術をやり続けられてきているのは、彼の頑固一徹のブレない信念が強いためだ。 彼は常々言う。その3大信条。「テレビには出ない」「本は書かない」「武道館はやらない」。今年、ワーナーのお祭りで武道館に初登場した。だが、あれは彼のコンサートではなく、2曲だけの余興ということなのだろう。 しかし、ステージでこう宣言した。「還暦までは、毎年ツアーやっていきますから。それと、ライヴハウスもやります」「ライヴは毎年やってないと、だめなんです」 観客からいっせいに歓声があがる。3時間半の中の、達郎語録だけ集めても示唆に富んだものになる。 彼のライヴを見ていると、ライヴとは、まさにその場、その瞬間にいて感じる「エクスペリエンス(体験)」ということを強く思う。ヴァーチャルではなく、インタラクティヴ。これはCDでは味わえないもので、アーティストと観客とのやりとり、会場の空気感、照明や音響、におい、ステージに見えるセット、そうしたものすべてを含めての「体験」だ。場所と時間と演奏者と観客。これらが一体となり、出来上がる時間と空間。CDをはじめとするデジタルものは、コピーが簡単になればなるほど、その価値は少なくなる。だが、こうしたライヴ体験というものは決してコピーできない。まさに一期一会だ。 12年前翻訳した『未来地球へのメール』(エスター・ダイソン著=1998年)では、「コピーが簡単なものはその価値が低くなる。それに代わって価値が出てくるのがコピーのできない『エクスペリエンス』だ」といった趣旨が語られる。音楽業界におけるライヴ・パフォーマンスというのは、まさに決してコピーができない「エクスペリエンス」。そして、それをしっかりこなせるミュージシャンだけが、21世紀に生き残れる。山下達郎はそうしたことも証明している。 そして、「エクスペリエンス(体験)」には、物質的なもの(たとえばCD音楽)にさらに、付加価値が加わっている。しかも、山下達郎の場合は、極上の「エクスペリエンス」だ。 ■ 山下達郎・過去関連記事 2010年11月07日(日) 山下達郎、デビュー35周年ライヴ・ツアー~刻まれ続ける音楽と人生の年輪 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20101107.html 今回のツアー、アカペラ・コーナーで語られたハーヴィー・フークエについて↓  2010年07月08日(木) ハーヴィー・フークワ80歳で死去~ムーングロウズのリード・シンガー:マーヴィン・ゲイの育ての親 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10584608240.html 前回ツアー最終日↓ 2009年05月12日(火) 12時46分04秒 soulsearchinの投稿 ○全身全霊でかけぬけた50本~山下達郎2008-2009ツアー最終日終了 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090512.html 大阪フェスティヴァル・ホール最後の日↓ December 29, 2008 Yamashita Tatsuro … Continue reading

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○プリンス、12月から全米ツアーへ、ヨーロッパ・ツアー後に

○プリンス、12月から全米ツアーへ、ヨーロッパ・ツアー後に 【Prince Will Hit US Tour】 12月。 プリンスは、2010年10月14日、ニューヨークのアポロ・シアターで記者会見を開き、12月から全米ツアーに出ると発表した。ツアー・タイトルは、『ウェルカム・トゥ・アメリカ(Welcome 2 America)』。共演アクトとして、メイシオ・パーカー、レイラ・ハザウェイ、シーラ・E、ジャネール・モネイ、ミント・コンディション、エスペランザ・スポルディング、カサンドラ・ウィルソンなどが参加する。また、ニュー・パワー・ジェネレーションも毎晩演奏する。今回のライヴ・ツアーは、ライヴ・ネーション社が取り仕切る。日程・会場の詳細は、数日中にライヴ・ネーションから発表される。 「あなたの友人や子供たちを、みんな連れていらっしゃい。フット・スプレイももってらっしゃい。ファンキーなパーティーになるから」とプリンスは言っている。そして、「早めに来て、何度でもいらっしゃい。ふたつとして同じショーはないから」とも。 この記者会見の席上で披露された金色のフェンダー・ギターは、のちにオークションで販売される、という。ここから得られた収益は、ハーレム・エンパワーメント・ゾーンというハーレム復興グループに寄付される。 今回のライヴ会場は、ニューヨークはアポロ・シアターで何日か行われるらしい。また、プリンスは、これらのアーティストをコーディネートするキュレーター役もになう。 またこの記者会見で、プリンスは最新曲「リッチ・フレンズ」のフル・ヴァージョンを初めて披露した。その後、『21ナイツ・イン・ロンドン』のDVDから一部が見せられた。 これに先立つプリンスのヨーロッパ、中東、南アフリカ・ツアーの日程は次の通り。 2010-10-15 Helsinski, Finland 2010-10-18 Vestlandshallen. Bergen, Norway 2010-10-20 Copenhagen. Denmark 2010-10-22 Herning. Denmark 2010-10-26 Antwerp. Belgium 2010-11-02 Roma. Italy 2010-11-03 Milan. Italy 2010-11-14 Abu Dhabi … Continue reading

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▲ナタリー・コール(パート2):レパートリーは800曲以上

▲ナタリー・コール(パート2):レパートリーは800曲以上 (「ナタリー・コール完全復活」2010年5月20日付けのつづき) 【Natalie Cole Has More Than 800 Repertoires】 アメイジング。 5月20日付けブログで書いたナタリーのライヴ評のつづき。 2010年5月20日付けブログ↓  http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100520.html ライヴ後、余韻に浸っていたが、さすがに最初のインストゥルメンタル3曲がわからなかったので、ステージから降りてきたピアノのジョッシュに声をかけ、最初の3曲の曲名を尋ねた。すると、2曲目は、そのジョッシュが書いた曲で、「アンティドート」という曲名をすぐ教えてくれた。それから、日曜日(5月16日)の1曲目で演奏していた「ポイント・オブ・オリジン」は、この日3曲目に演奏した、という。そして、最初に曲はもうひとりのキーボード奏者アレックスの作品なので、彼に聞こうということになった。すると、ちょうどそのアレックスが通りがかり、彼の曲名を教えてくれた。それが「ヒューマン・レヴォリューション」という曲だ。 ジョッシュがどこかに行き、アレックスと話になった。いきなり、「わたしのなまえはアレックスです。初めまして」と日本語で挨拶。びっくりすると、「奥さん、日本人です、LAに住んでます」。アイフォンをカチャカチャやって、「これ、私の4歳の娘」、カチャカチャ、「これ10歳の娘、日本語、英語、イタリア語、しゃべります」 「ええっ?」 「僕、もともとイタリア人です。イタリア出身。ローマ出身。奥さん、練馬区出身」(笑) いろいろ聞くと1958年の生まれで、24歳の時(1982年)ボストンのバークリーに行った。そこで音楽を学んだが、そのときの同級生に小曽根真がいる、という。「彼はすばらしいね、すごいね」。 初めて日本に来たのは1988年、ボビー・ブラウンの初来日のときだそうだ。以後、ベイビーフェイス、ボビー、クリスティーナ・アギレラ、ピンクなどで来日経験豊富だ。今の奥さんは1988年に日本に来たときに知り合った、という。 ナタリーのバンドは、ここ5年ほどやっている、という。前回来日時(2008年)は、タミールというピアニストだったので、彼は来ていないが、ナタリー・バンドには入ったり、スケジュールの都合で参加できなかったり、だそう。 「彼女とのライヴ、ツアーは実に楽しいよ。だって、毎日セットリストが違うんだよ。だから飽きない。ここ(ブルーノート)にも毎日来るお客さんがいるだろう。だから、毎回セットリストを変えるんだ。ファーストとセカンドもね。ポップ・アーティストは、きっちりセットリストがあって、いつでも来る日も来る日も同じことを繰り返すが、ナタリーは違う。その場の雰囲気で観客と直接触れ合うんだ。ハート・トゥ・ハートだよ(といって僕の胸をドンと強くたたく)。彼女は経験があるから、観客が何を望んでいるか、その場でわかる。そして、それを与える。だから、曲も予定とは違った曲をやることだってしょっちゅうだ」 この日のセカンドセットのセットリストがB5の紙に印刷されていた。「これは、そうだな、ショーが始まる30分くらい前にナタリーが決めた。もちろん、これどおりにいかないこともある。何かを急に歌い出したら、僕らバンドはそれについていく。それから、違う曲の場合は、MD(音楽ディレクター)のゲイルが、楽譜番号をメンバーに言って、それを演奏するんだ」 確かにセットリストには数字が振ってある。上から、8、520,18、といった具合だ。楽譜にはすべて数字が振ってあって、急に曲が決まってもその数字を伝えれば即座にその曲を演奏することができるわけだ。 「ナタリーは、驚くべきことに800曲くらいレパートリーを持っているんだよ。しかも、彼女はそれをほとんど覚えているんだ。すごいことだよ」 「あ、でも今日は、『テル・ミー・オール・アバウト・イット』を歌うときに、歌詞を覚えていないからって、歌詞カードを探してたよね」と僕。 「過去5年で、あんなことは3度くらいしかない。今夜は珍しかったね」 では、今回も800曲分の楽譜があるのだろうか。 「いや、800曲は持ってきてない。行く先々で、それぞれのマーケットで人気のある曲があるんだ。フィリピンだと、『ホエン・アイ・フォーリン・イン・ラヴ』が人気だったり、『スターダスト』が人気の国があったりするんだ。今回は7-80曲分かな。そこから毎日、いろいろ選ぶんだ。で、そのセットリストも30分ほど前に作ったというわけ。だから、セットリストは毎日違うよ」 「人を待たせてるんで、行かなきゃ」 早口でまくし立て、あっという間にどこかへ消えていった。そうそう、明日はオフだから、箱根の温泉に行くんだと嬉しそうに言っていた。 ■アレックスの紹介ページ http://nucircle.com/people/alex.html ■ジョッシュ・ネルソンのウェッブ http://www.joshnelsonmusic.com/ ジョッシュは、サラ・ガザレクのライヴでコットンクラブにも来ていた。 演奏された「アンティドート」収録のアルバム I Hear a Rhapsody posted with amazlet … Continue reading

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▲クリスティーナ・トレイン~キャロリン・フランクリンを歌う

◆クリスティーナ・トレイン~キャロリン・フランクリンを歌う 【Kristina Train Sings Carolyn Franklin Song】 カヴァー。 ブルーノート・レーベルが、「次のノラ・ジョーンズ」という打ち出しで、売出し中の新人シンガー、そのショーケース的な初来日ライヴ。 デビュー・アルバムのタイトルは、『Spilt Milk』(スピルトゥ・ミルク=こぼれたミルク)。2009年2月、これをレコーディングしているとき、それまで録音していたデータがすべて飛んでしまった。衝撃を受け、落ちこんだクリスティーナらだったが、「Don’t cry over spilt milk(こぼれたミルクに泣くな=覆水盆に返らず)」と心機一転、すべてを取り直した、という。そこで生まれた曲がこの「スピルトゥ・ミルク」。ま、それがタイトル曲になってアルバムで一番キャッチーな作品になったのだから、「瓢箪(ひょうたん)からこま」か? (いや、なんか、もっといい格言がありそう)  さて、アルバムも何度も聴き、「山野ミュージック・ジャム」でも紹介したが、やはり、声が、そして、雰囲気がノラに酷似しているので、ノラ・フォロワーとしてみてしまう。正直なところ、これがプラスなのか、マイナスなのか、なんとも判断のしようがない。 ステージセンターに立ち、左側にピアノ、右側にギター、少し奥にバックコーラスという4人編成。ニューヨークのコーヒーハウスあたりでやっていそうな雰囲気のライヴだ。全体的には、フォーク・シンガーという面持ち。ノラの声は透明感があるが、クリスティーはハスキー・ヴォイス。ちょっと主婦のような二の腕が印象的な、清楚系にして、きりっとし、育ちも良そうなお嬢様的雰囲気。よく言えば、江角まきこ風か。 ソウル・サーチャー的に、一番ささったのが、下記セットリストで8の「イフ・ユー・ウォント・ミー」。なんと、アリサ・フランクリンの妹キャロリン・フランクリンの作品のカヴァー。クリスティーナは、「これは、アルバム『シスター・ソウル』にはいっていた曲」と紹介していた。調べてみると、この曲は1973年にRCAからシングルのB面として出ていて、当時のアルバムには収録されていなかった。その後2000年代に入ってイギリスでRCA音源がシングル盤も含めて一枚のCDに編纂され、それが『シスター・ソウル』と題され、そこに収録されていた。だが、彼女のデビューCDには、入ってない。なぜだ…。(泣)次作には日本盤ボーナストラックでもいいので入れて欲しい。 ■ クリスティーナ・トレイン デビュー作 (日本盤)(しかし、その「イフ・ユー・ウォント・ミー」は、このアルバムに入っていない…) クリスティーナ・トレイン posted with amazlet at 10.04.04 クリスティーナ・トレイン EMIミュージックジャパン (2010-02-17) 売り上げランキング: 14293 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ Spilt Milk (同アルバムの輸入盤) Spilt Milk posted … Continue reading

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■映画『ソウル・パワー』6月に日本公開決定 (パート1)

【”Soul Power” Movie Will Be Released June】 大祭典。 1974年、アフリカ大陸のザイール共和国(現在・コンゴ共和国)のキンシャサで、モハメド・アリ対ジョージ・フォアマンの世紀の対決が行われることになった。モハメド・アリは徴兵拒否でリングから追放されていたが、それが解けて再復活の夢をかけこの試合に臨み、一方のフォアマンは無敵の40連勝中。誰の目にもフォアマン有利だった。しかし、アリは奇跡的にこの試合に勝ち、これは、後に「キンシャサの奇跡」「ランブル・イン・ザ・ジャングル」などと呼ばれ、後世まで語り継がれるものとなった。(拙著『ソウル・サーチン』の第3章マイケル・マッサーの部でも、その模様に少し触れている) そのときにイヴェントを主催したプロモーター、ドン・キングらは、試合を盛り上げ煽るために、同時にアメリカのブラック・ミュージシャンと現地のブラック・ミュージシャンを集めた一大音楽イヴェントを開催しようと考えた。 彼らは音楽イヴェントから試合まで膨大な記録映像を収録していた。そのうちの試合部分の記録映像は、『モハメド・アリ かけがえのない日々』として公開され、アカデミー賞まで受賞するに至った。ところが、同時に撮影されていた音楽部分の映像は今まで倉庫に眠ったままで、これらを見た『かけがえのない日々』の関係者が、未公開映像にスポットを当て編集、当初は音楽DVDにしようと考えたが、そのあまりの内容の素晴らしさゆえに1本の長編映画にしたのが、この2008年製作の『ソウル・パワー』と題された作品だ。 ここに集結していたアーティストは、「キング・オブ・ソウル」ことジェームス・ブラウン、当時大ヒットを次々と飛ばしていたスピナーズ、ブルーズのキング、BBキング、サルサの女王セリア・クルーズ&ファニア・オールスターズ、南アフリカの闘志ミリアム・マケバ、ジャズ・ファンクの王者クルセイダーズ、ブラック界の吟遊詩人ビル・ウィザース、元祖アフリカン・マン、マヌー・ディバンゴ、そして、アフリカのミュージシャンたちなどだ。 この作品は、2010年6月12日から渋谷シネセゾン、吉祥寺バウスシアター、新宿Kズ・シネマで公開され、その後順次全国で公開される。ブラック系、ラテン、アフリカなどのワールド・ミュージック系好きのファンにとっては、必見の作品となりそうだ。 +++ 興奮。 この映画の初号試写を3月10日に見た。初号試写とは、字幕を確認したり極うちわの関係者向け(これを買い付ける映画館関係者など)にするもので、修正があれば最終修正をして、一般試写(媒体向け)に進む。字幕の監修をオーサカ=モノレールの中田亮さんが担当した。 3日間にわたって繰り広げられた大祭典の模様は、熱く、圧倒的だ。まず驚いたのが、映像がきれいで、しかも音もよく録れているということ。おそらくマルチの16チャンネルで録音されているようだ。カメラも数台使われている。大きな画面で見ると、次第にライヴ会場にいるような錯覚に陥ってくる。ちょうどマイケル・ジャクソンの映画『ディス・イズ・イット』と同じように、画面に向かって立ち上がり、拍手をしたくなるような感じだ。しかも、どれもがブラック・アーティストばかりで、抜群なリズムとグルーヴでこれでもかこれでもかとやってくる。これはたまらない。興奮した。本編は93分ほどなのだが、もっともっと2時間でも見たいと思ったほど。 大きな発見がいくつもあるのだが、ビル・ウィザースの動く姿(ファースト・アルバムからの「ホープ・シール・ビー・ハピアー」)、クルセイダーズの一番充実したメンバーを擁した「プット・イット・ホエア・ユー・ワント・イット」(ジョー・サンプル、スティックス・フーパー、ウェイン・ヘンダーソン、ウィルトン・フェルダー、そして、若き日のラリー・カールトンまで!)、そして、ジェームス・ブラウン(「ペイバック」、「コールド・スウェット」など)。司会者のダニー・レイのめちゃくちゃクールなMCぶりにも感銘した。そして、ここにはメイシオも、フレッド・ウェスリーもいる! スピナーズもリード、フィリップ・ウェインは故人だ。ロイド・プライス(「パーソナリティー」のヒット)やヒュー・マサケラ(南アフリカのトランペット奏者)が、主催者側の裏方で仕事をしていたのも印象的だった。もちろん、これは僕がブラック・ミュージック、ソウル系が好きだからこのあたりに目が行くのだが、ラテン、アフリカ系に詳しい方たちは、セリア・クルーズ、ファニア・オールスターズ、マヌ・ディバンゴなどに目が奪われる。 本当に、何でも記録しておくというのは、大事なことだなあ、とつくづく思う。(笑) こんな歴史的な映像が36年間も眠っていたなんて信じられない。 この試写の後、字幕監修をした中田亮さん、ラテン、アフリカ、ワールド・ミュージック全般に詳しい藤川理一さん、BMRの林剛さんらと映画についてのあれこれを熱い話し(マニアックとも、偏狭的とも言う)をしながらランチをした。これが実におもしろい話で、思わず、「これ、そのままトーク・ショーにしましょうよ」と提案してしまった。(笑) (ということで、そのあたりについての『ソウル・パワー』の話はパート2へ続く) ■ DVD輸入盤『ソウル・パワー』(リージョン1ですので、ご注意ください) Soul Power (Ws Sub Ac3 Dol) [DVD] [Import] posted with amazlet at 10.03.14 Sony Pictures (2010-01-26) 売り上げランキング: 25392 Amazon.co.jp … Continue reading

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☆雑誌ワックスポエティックス最新号まもなく発売~イヴェント2本も

【Jディラ追悼イヴェント、橋本徹氏と吉岡正晴トーク・イヴェント】 イヴェント。 ニューヨーク発の先鋭的な音楽雑誌ワックスポエティックス・ジャパンが、最新第8号を2010年2月10日(水)に発行するが、それと連動して、イヴェントを2本行う。 第8号内容↓ http://www.waxpoetics.jp/event/flyer/20100210/ ひとつは、最新号の特集記事にもなっているヒップホップ界のプロデューサーで、4年前に32歳で死去したジェイ・ディーことJディラ追悼イヴェント。Jディラの弟イラJを招き、雑誌発売日2月10日に代官山ユニットで行う。 もうひとつは2月19日(金)午後7時から六本木ツタヤで行われるトーク・イヴェント。トークは人気CDシリーズ『フリー・ソウル』のコンピレーションでおなじみの選曲家、DJ橋本徹氏と吉岡正晴。トーク・テーマは、雑誌ワックスポエティックスについて、8号でも特集している『フリー・ソウル』について、そしてマイケル・ジャクソンについてなど。入場無料。 第8号の表紙は、実は2パターンあり、ロジャーが共通の裏表紙だが、表表紙にはJディラのヴァージョンと、パブリック・エナミーのヴァージョンがある。Jディラは16ページ+クエスト・ラヴが語るJディラ、3ページの大特集、パブリック・エナミー関連ハンク&キース・ショックリーも17ページの大特集だ。そして、これも故人となっているトークボックスで知られるファンク・マスター、ロジャーの特集が11ページなど。あいかわらず、超読み応えがある内容になっている。 同誌は送料無料で年間購読ができる。発売日までに毎号最新号が届く。定期購読の場合、印刷工程などの日程で、書店よりも早く届くことがある。 https://www.waxpoetics.jp/store/products/detail.php?product_id=53 また音楽雑誌の中でも大変資料性が高いことから、バックナンバーを置くCDショップ、書店も多い。 今号関連のイヴェンの詳細は、下記ワックスポエティックス・ジャパンのウェッブにあるが簡単な内容は次の通り。 http://www.waxpoetics.jp/ ■ イヴェント概要 1)-A Tribute to J DILLA- 日時 2010年2月10日(水) 23時30分~ 会場 代官山ユニットUNIT / SALOON 03-5459-8630 www.unit-tokyo.com www.myspace.com/unittokyo 渋谷区恵比寿西1-34-17 ザ・ハウスビルB2/B3F 入場料 前売り3000円、フライヤーあり3500円、当日4000円 ライヴ出演者 ILLA J (Delicious Vinyl / Detroit) 出演DJ DJ MURO, DJ KIYO … Continue reading

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(速報)★第52回グラミー賞決定(パート1)~ビヨンセは6部門、主要3部門は3者で分ける

(速報)★第52回グラミー賞決定(パート1)~ビヨンセは6部門、主要3部門は3者で分ける 【52nd Grammy Final】 勝者。 第52回グラミー賞は2010年1月31日(日本時間2月1日午前10時から)ロスアンジェルスのステイプルズ・センターで発表された。 アルバムは、ビヨンセではなく、対抗のテイラー・スイフト、レコードは予想外のキングス・オブ・レオン、ソングはビヨンセ、新人はザック・ブラウン・バンドだった。主要3部門は、それぞれ、ビヨンセ、スイフト、キングスと、それぞれで分けた形となった。 パフォーマンスでは、マイケル・ジャクソン・トリビュートにセリーヌ・ディオン、アッシャー、スモーキー・ロビンソン、キャリー・アンダーウッド、そして、ジェニファー・ハドソンが参加し、マイケルのトラックにあわせて「アース・ソング」を歌った。会場では3D映像が流され、観客は3D眼鏡をかけて鑑賞した。 +++ ソウル・サーチャーの予想は、全49部門で本命で19部門、対抗で11部門、はずれが19部門、本命と対抗での的中率は6割1分2厘、過去8年で最低だった。さすがに例年になく難しかった。特に主要4部門の「レコード」と「ソング」をはずしたのは痛かった。ビヨンセは「ソング」をはずすと見たが、取ったのが「ソング」で完全に裏目。「レコード」のキングス・オブ・レオンは、会場内でも驚きだったようだ。 これまで過去の予想とその結果は次の通り。(過去分はすべてソウル・サーチン・ダイアリーに予想と結果がでています) 2009年度(52回)(2010年1月31日発表)49部門 本命的中19 対抗的中11計30部門 .612 2008年度(51回)(2009年2月8日発表) 44部門 本命的中19 対抗的中15 計34 .773 2007年度(50回)(2008年2月10日発表) 46部門 本命的中24部門 対抗16部門 計40部門 .870 2006年度(49回)(2007年2月11日発表)42部門 本命的中19部門 対抗9部門 計28部門 .667 2005年度(48回)(2006年2月8日発表)42部門 本命的中18部門 対抗12部門 計30部門 .714 2004年度(第47回)(2005年2月14日発表)46部門 本命26部門 対抗7部門 計33部門 .717 2003年度(第46回)(2004年2月8日発表) 47部門 本命20部門 対抗14部門 計34部門 .723 2002年度(第45回)(2003年2月23日発表) 33部門 本命18部門 対抗5部門 計23部門 .696 (発表日は現地時間、日本時間はこの翌日にあたる) 第52回グラミー賞(2009年度)オフィシャル。全勝者リストはこちら。 http://www.grammy.com/grammy_awards/52nd_show/list.aspx (グラミーに関しては、明日付けのブログでもご紹介します。) 主な勝者は次の通り。 Album Of The Year: 本命I Am…Sasha Fierce (Beyoncé) The E.N.D. (the Black Eyed Peas) The Fame … Continue reading

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△第52回グラミー賞予想 (パート1)発表は2010年1月31日(=日本時間2月1日)

△第52回グラミー賞予想 (パート1)発表は2010年1月31日(=日本時間2月1日) 【52nd Grammy Predictions(Part 1)】 予想。 発表が来週に迫ったグラミー、恒例、グラミー賞予想。本ソウル・サーチン・サイトでのグラミー予想も2002年度以来8年目。僕個人でグラミーの予想を始めたのは1981年頃から。当初は、音楽業界誌ミュージック・ラボで予想していた。同誌が廃刊になった後は、単発で音楽雑誌などに寄稿していたが、2002年度からはこのウェッブで予想している。本命と対抗の合計で6割以上当てることを目標にしている。一応、過去すべて6割以上は確保している。 今年は、ビヨンセが10部門ノミネートだが、これが意外と圧倒的な強さに見えない。 2009年12月2日ロスアンジェルスのノキア・シアターで発表された第52回グラミー賞、まず、主要4部門とR&B部門を予想する。 今年はビヨンセが驚異の10部門ノミネート、テイラー・スイフト(19歳のカントリー・シンガー)が8部門、ブラック・アイド・ピーズ、マックスウェル、カニエ・ウェストが6部門のノミネートを獲得している。ベスト・ニュー・アーティストには、ザック・ブラウン・バンド、ケリー・ヒルソン、MGMT、シルヴァーサン・ピックアップス、ザ・ティン・ティンズらがノミネートされている。 今年のグラミー賞は2010年1月31日(日本時間2月1日午前10時から。日本では衛星有料放送のWOWOW[ワウワウ]が生中継)ロスアンジェルスのステイプルズ・センターで発表される。 グラミーの最新情報に関しては、ツイッター、フェイスブックなどでも随時アップされる。 これまで過去7年の予想とその結果は次の通り。(過去分はすべてソウル・サーチン・ダイアリーに予想と結果がでています) 2008年度(51回)(2009年2月8日発表) 44部門 本命的中19 対抗的中15 計34 .773 2007年度(50回)(2008年2月10日発表) 46部門 本命的中24部門 対抗16部門 計40部門 .870 2006年度(49回)(2007年2月11日発表)42部門 本命的中19部門 対抗9部門 計28部門 .667 2005年度(48回)(2006年2月8日発表)42部門 本命的中18部門 対抗12部門 計30部門 .714 2004年度(第47回)(2005年2月14日発表)46部門 本命26部門 対抗7部門 計33部門 .717 2003年度(第46回)(2004年2月8日発表) 47部門 本命20部門 対抗14部門 計34部門 .723 2002年度(第45回)(2003年2月23日発表) 33部門 本命18部門 対抗5部門 計23部門 .696 (発表日は現地時間、日本時間はこの翌日にあたる) 第52回グラミー賞(2009年度)ノミネートの完全リストは次のリンクへ。 http://www.grammy.com/grammy_awards/52nd_show/list.aspx 主なノミネート、ソウル・サーチャーの予想(パート1)は次の通り。 Album Of The Year: 本命I Am…Sasha Fierce (Beyoncé) The E.N.D. (the Black Eyed Peas) The Fame … Continue reading

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☆(告知)インターネット・テレビに生出演

☆(告知)インターネット・テレビに生出演 【Yoshioka Will Be On Internet TV Coming Friday】 ネットTV。 来る2010年1月29日(金)夜7時から45分にわたって、インターネット・テレビ局「あっ!とおどろく放送局」の「しゃべクリエーター」という番組に吉岡正晴が生出演する。番組視聴は無料、2週間後からアーカイブで録画されたものを見ることができるようになる。 この番組は、毎週、本やCDを出した人を招き、その作品について自由自在に話をしてもらうというもので、僕は『マイケル・ジャクソン全記録1958-2009』の本を携え出演する。司会は沖縄県出身のお笑い芸人・与座嘉秋(ホーム・チーム)、アシスタントは「あっ!とおどろく放送局」でおなじみのタレント・渚。 番組ホームページはこちら↓ http://odoroku.tv/variety/creator/ 番組のメールアドレス↓ creator@odoroku.tv ちょうど、この週は、マイケルの映画『ディス・イズ・イット』もリリースされているので、そのあたりと『マイケル・ジャクソン全記録』の話とをからめてしようかと思っている。 何か質問などがあれば、上記アドレスにお送りいただければ、お答えできるところでお答えします。 マイケル・ジャクソン全記録 1958-2009 posted with amazlet at 10.01.27 エイドリアン・グラント ユーメイド 売り上げランキング: 391 Amazon.co.jp で詳細を見る +++++ 2010年1月28日(木)銀座山野楽器本店 吉岡正晴によるフリートーク・イヴェント 銀座山野楽器本店では、2010年1月26日(火)から28日(木)まで3日間にわたって「マイケル・ジャクソン『ディス・イズ・イット』発売記念イヴェント」を行う。3日間、同DVDから編集された約40分の映像を、毎時公開。さらに、1月27日(水)マイコーりょう・スペシャル・イヴェント、28日(木)19時から吉岡正晴トーク・イヴェントを行う。会場は銀座山野楽器本店7階ジャムスポット。入場無料。 ※ 当日会場にて吉岡正晴 訳書「マイケル・ジャクソン全記録1958-2009」をお買い上げの方に本人がサインをいたします(先着数量限定) 詳細はこちら↓ http://www.yamano-music.co.jp/docs/shops/ginza/index_b1f.html ENT>ANNOUNCEMENT>

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◎テディー・ペンダーグラス死去:フィリーのメッセージをのせて

◎テディー・ペンダーグラス死去:フィリーのメッセージをのせて 【Teddy Pendergrass : Yesterday I Had The Blues】 メッセージ。 フィラデルフィア・ソウルの隆盛を支えたソウル・シンガーの1人、テディー・ペンダーグラスが2010年1月13日、フィラデルフィア郊外のブリン・マー病院(Bryn Mawr Hospital)で死去した。59歳。2009年8月に大腸がんの手術をし、以来入院していたが、術後の回復が思わしくなく力尽きた。 いわゆる「フィラデルフィア・ソウル(略してフィリー・ソウル)」は、1970年代初期から、同地のプロデューサー、アーティストたちによって大きな動きとなった。これを牽引したのが、ケニー・ギャンブル&リオン・ハフやトム・ベルといったプロデューサーたち。テディー・ペンダーグラスは、このギャンブル&ハフの音楽制作作品の中でも、オージェイズとともに、車の両輪となった。オージェイズのリード、エディー・リヴァートが圧倒的なシャウト唱法で熱く暑く歌うのに対し、テディー・ペンダーグラスは同じシャウトでも、抑制の効いたクールでセクシーな面を全面に押し出した。ギャンブル&ハフは、「音楽にはメッセージがある(There’s A Message In The Music)」というキャッチフレーズで同レーベルを大きくしていったが、そのメッセージの伝達者として、テディーはエディーとともに重要な役割を果たした。 テディーが歌ったメッセージ・ソングとしては「ウェイク・アップ・エヴリバディー」が白眉。みんなに「世界はかつてとは劇的に変わっている。後ろ向きに考えるのではなく、前向きに考えよう。この混迷の世界の中で、目を覚ませ」と歌う。 「ウェイク・アップ・エヴリバディー」」(値段が今は高いので、オリジナル盤を望まなければ、エッセンシャル他ベストに必ずはいってます) 星。 テディー・ペンダーグラスは、1950年3月26日、フィラデルフィア生まれ。セオドーア・デリーズ・ペンダーグラス。愛称テディー・ペンダーグラス。(母親はサウス・キャロライナ州出身。テディーも生まれはサウス・キャロライナという説もある。公式バイオではフィラデルフィア生まれ) 地元の教会で歌い始め、説教などもするようになった。その後、ドラマーとして活動していたが、1960年代後期に、1950年代から活動を続けていたフィラデルフィアの名門R&Bヴォーカル・グループ、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツに加入。ここでリーダーのハロルド・メルヴィンに、歌を勧められヴォーカルに転向。 同グループは1972年、同地の有力プロデューサー、ケニー・ギャンブル&リオン・ハフがスタートさせた「フィラデルフィア・インターナショナル・レコード(略してPIR)」と契約。1972年5月、PIRからのデビュー曲「アイ・ミス・ユー」をリリース、これがソウル・チャートで7位を記録する幸先の良いヒットとなった。以降、「イフ・ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ(二人の絆)」(1972年10月からヒット、ソウル・チャートで1位、ポップで3位=ゴールド・ディスク)、「ザ・ラヴ・アイ・ロスト」(1973年9月、ソウルで1位、ポップ7位=ゴールド・ディスク)、「バッド・ラック」(1975年3月、ソウルで4位)、「ホープ・ザット・ウィ・キャン・トゥゲザー・ビー・スーン」(1975年6月、ソウルで1位)、「ウェイク・アップ・エヴリバディー」(1975年11月、ソウルで1位)など多数のヒットを放った。いずれも、テディーのハスキーで迫力のあるヴォーカルが最大の魅力となった曲だった。 テディーは1976年、グループを脱退、ソロ・シンガーへ転向。1977年4月にソロ第1弾シングル「アイ・ドント・ラヴ・ユー・エニモア」をリリース、ソウル・チャートで5位を記録し、ソロとしても着実な成功を収め始めた。ソロとしては「クロース・ザ・ドア」(1978年5月、ソウル1位)、「ターン・オフ・ザ・ライツ」(1979年6月、ソウル2位)、「カム・ゴー・ウィズ・ミー」(1979円9月、ソウル14位)と大ヒットが続き、まさにフィリーの星となった。 テディーは、セクシーなソウル・シンガーとして、「セックス・シンボル」のポジションを確立し、「フォー・ウーマンズ・オンリー」という女性だけのコンサートを開き、女性ファンの心を掴んだ。一時期人気の低迷していたマーヴィン・ゲイの後釜としても注目された。セクシーぶりが人気でライヴでは、女性の下着がステージに投げつけられることもあった。テディー作品は、歌詞の面で直接的な単語でセックスを歌うというよりも、間接的な表現でエロティシズムを醸し出していたところに「品(クラス)」があった。 日本ではソウル好きの志村けんがテレビで「ヒゲダンス」を生み出し、そのBGMにテディー・ペンダーグラスの「ドゥー・ミー」を起用。1979年、この曲は「ヒゲダンス」の曲として知られるようになった。 しかし、1982年3月18日、フィラデルフィアで自身が運転するロールス・ロイスが事故を起こし路肩の木に激突、瀕死の重傷を負い命は助かるものの、下半身不随になってしまった。その後は車椅子での生活をするようになったが、歌手活動は続け、1984年、PIRからエレクトラ/アサイラムへ移籍。約8年間在籍。 移籍第1弾アルバム『ラヴ・ランゲージ』では、当時無名だった女性シンガーをデュエットの相手に抜擢し、「ホールド・ミー」という曲を1984年6月からヒットさせた。その相手が翌年メジャー・デビューするホイットニー・ヒューストンだった。これに続いてルーサー・ヴァンドロスがプロデュースした「ユーアー・マイ・チョイス」もヒット。1985年7月13日、『ライヴ・エイド』のフィラデルフィアJFKスタジアムでのライヴでアシュフォード&シンプソンに付き添われ、車椅子で登場。彼らとともに「リーチ・アウト&タッチ」を歌い、数万人の観衆から大きな喝采を集めた。 『ライヴ・エイド』(DVD輸入盤、リージョン1だが、再生でき、一応日本語字幕あり) その後、1988年にはキャロウェイのプロデュースによる「ジョイ」、1991年には「イット・シュドヴ・ビーン・ユー」がブラック・チャートで1位を記録するなどコンスタントにヒットを放った。 サンプリング。 彼のフィラデルフィア時代の作品は、カニエ・ウェスト、トゥイスタら新しいヒップホップ系アーティストにもサンプリングされたり、また「イフ・ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ」は、シンプリー・レッド、パティー・ラベルなどもカヴァーしている。 また、テディーは一時期マーヴィン・ゲイの妻となるジャニス・ハンターとつきあっていた。マーヴィンの自伝『引き裂かれたソウル~マーヴィン・ゲイ物語』の中で、妻のジャニスがテディーの元に行ってしまう苦悩が描かれている。 テディーの作品をPIRでプロデュースしたケニー・ギャンブルは、1月14日、こう語った。「彼はおよそ10枚連続でプラチナム・アルバムを出した大変成功したレコーディング・アーティスト、パフォーミング・アーティストだ。輝かしい未来があったが、事故ですべて頓挫してしまった。だが(車椅子のシンガーとなって)彼は新たなアイデンティティとしてのロールモデルを見つけたのだ。彼は私に対しては、一度も事故について怒りを見せたことはなかった。事実彼はとても勇敢だった。彼はパワフルな声を持った本当に磁力のあるシンガーだった。彼は素晴らしいバリトン・シンガーであり、本当に滑らかな歌唱も見せ、そして荒削りな唱法も出来た」 テディーは1979年から1994年までにグラミー賞に5回ノミネートされたが、残念ながら受賞には至っていない。また、自身車椅子の生活になったが、脊髄を損傷した半身不随の人々のために「テディー・ペンダーグラス・アライアンス」という協会を作り、支援している。 2007年3月、事故からちょうど25周年を記念し、テディーはチャリティー・イヴェントに登場。そこで集めた資金を、同協会に寄付した。公のステージに上がったのは、これが最後らしい。 ギャンブルは言う。「静かな時を過ごす中で、彼はきっと多くの内省、熟考をしただろう。だが私は彼が一度も自身を哀れんだことは見たことがない。いつも忙しそうにしていた。そして、今、彼はもはや痛みを感じたり、悩んだりすることはない。(今までもよりも)良いところにいるんではないだろうか」 テディー・ペンダーグラスのオフィシャル・パブリック・ヴューイングは2010年1月22日(金)午前10時から、Enon Tabernacle … Continue reading

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◆(緊急寄稿) テディー・ペンダーグラス『トゥルーリー・ブレスド』ライナーノーツ 復刻

◆(緊急寄稿) テディー・ペンダーグラス『トゥルーリー・ブレスド』ライナーノーツ 復刻 【Tribute To Teddy: Linernotes Of “Truly Blessed”】 復刻。 テディーのライナーは何本か書きましたが、けっこうよくかけているこれを、MS-DOS化して、アップしてみます。(1990年10月執筆)表記などは、とりいそぎ、そのままです。 『トゥルーリー・ブレスド』 Truly Blessed posted with amazlet at 10.01.14 Teddy Pendergrass Wea Germany (1991-03-05) 売り上げランキング: 362827 Amazon.co.jp で詳細を見る 今度あなたのCDライブラリーに加わることになった一枚のCD(アルバム)をご紹介します。 テディ・ペンダーグラスの『トゥルーリー・ブレスド』  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 「人生は歌うに値する歌」 愛を歌うテディ・ペンダーグラス __________________________________ 人生を順調に進んでいくもの、浮き沈みの激しい人生を歩むもの、劇的な転換期を経る人生を送るもの。人間、誰一人として同じ人生を歩むものはいない。ソウル・シンガー、テディ・ペンダーグラスはこう歌った。 ~人生は歌うに値する歌。君も歌わないか。カギは君の手の内にある。その鍵を使うんだ。思ったとおりにいかなくても、恥じることはない。頑張るんだ。君の人生で何をやるかを決めるのは君だけなんだ。人生は歌うに値する歌~「ライフ・イズ・ア・ソング・ウォース・シンギング」(1977年、同名アルバムより) 1950年3月26日、フィラデルフィアに生まれたテディ・ペンダーグラスは2才半から教会でゴスペルを歌いだし、13才の頃からドラムをプレイするようになった。16才の頃になると、R&Bシンガー、リトル・ロイヤルのバック・バンドにはいり、東部をツアーするようになる。1969年、彼が19才の時にフィラデルフィアのヴォーカル・グループ、キャデラックスに参加、さらにこの後、伝説のハロルド・メルビン&ブルーノーツに入り、72年、フィラデルフィア・インターナショナル・レコードと契約、同グループのリード・シンガーとして数多くのヒット(「イフ・ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ」~72年)を残し、76年ソロに転向。ソロになってからも、新しいアメリカのセックス・シンボルとして現象的な人気を獲得した。しかし、82年3月18日、みずから運転していたロールス・ロイスで事故を起し、テディは下半身付随の重症となる。再起不能といわれたが、84年、レーベルをエレクトラに変え、見事に奇跡のカンバックを果たした。 この事故は明らかに彼の人生において最大の事件となった。それまで、彼の回りにいた連中がひとり去り、二人去り、どこからともなく「テディはもうだめだ」と陰口をいわれるようになった。 彼は事故後、数ヶ月病院でリハビリを行った。体力的なリハビリと精神的なリハビリである。テディがふりかえる。「あるとき、医者がやってきてこういうんだ。『さて、これから君は何をするのかね。』 それは今まで聞いた中でも最悪の質問だった。あんなリハビリをしている最中に将来何をするのかなんてだれがわかろうか。あれ以来、みせかけの希望というものは持たないことにした。」 その頃、彼は大きく落ち込んだ。「自分自身がまったく価値のない(ウォースレス)人間だと思うようになった。何と言っても、過去の自分とは違ってしまったんだから。泣いたこともある。自分に怒ったこともある。だが、自分を建て直し、再び立ちあがらなければならなかった。次に何をやろうかということは問題ではなく、今それとどのように面と向かっていかなければならないか、が問題だったんだ。僕は、誰一人として自分を理解してくれないと感じていた。人々が抱いているイメージは、有名なテディ・ペンダグラスが今は落ちぶれた男になっている、というものだ。ある新聞でこんな見出しがあった。『次のテディ・ペンダグラスになるのは誰?』だれが神をもてあそぶことを許すんだ。僕はまだ死んでいないんだ。」 … Continue reading

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◎『ソウル・ディープ』を見て~本当に黒人アーティストは1960年代に「クロスオーヴァー」を狙って

◎『ソウル・ディープ』を見て~本当に黒人アーティストは1960年代に「クロスオーヴァー」を狙っていたか 【”Soul Deep” On NHK-BS1~Are Black Musicians Really Trying To “Crossover” In The 60s?】 60周年。 2010年1月4日から6夜連続で、NHK-BS1で放送されている音楽ドキュメンタリー『ソウル・ディープ』。毎回ひとつのテーマを決めて50分にまとめているが、なかなかおもしろい出来だ。話題は尽きない。やはりモノクロでもソウル・シンガーが動いている映像は嬉しい。 とはいうものの、やはりテーマがテーマだけに、どうしても50分では収まりきらないところも多々出てくる。ちょっとソウルの歴史を紐解いたファンからすると、あれはどうした、ここはどうなった、みたいな点がところがふつふつとわきあがってくる。 ざっと言うと、1回目(1月4日)はレイ・チャールズおよびソウルの誕生、2回目(5日)はサム・クック、3回目(6日)はモータウン、4回目(7日)はスタックスおよびサザン・ソウル、この後、5回目がファンク、6回目がヒップホップとなっている。今、このドキュメンタリーを見て興味を持った方のために、さらに知りたければこんなのを読むとよいですよ、という参考文献をまとめているので、最終回終了後にでもブログにアップできると思う。現時点でもけっこうある。 考えてみると、それまで「レイス・ミュージック」(直訳は人種音楽、白人が黒人を蔑んでレイスと呼んだニュアンス)と呼ばれていた音楽が、ジェリー・ウェクスラーの発案で「リズム&ブルーズ」という名称になったのが、1949年。昨年で60周年だった。「モータウン50周年」は話題になったが、「R&B誕生60周年」はそういえば話題にならなかった。誰も気づかなかったのかなあ。(って僕も今やっと気づいたが(笑)) 60年もあれば、その歴史は膨大な量になる。まさに近代史そのものだ。それを50分番組6本の計300分5時間ではそもそも無理なのかもしれない。それでも、こうした俯瞰した番組はたたき台としても絶対に必要だ。まずこうした基本中の基礎教養をみんなが知ったところから、次の話しが始まる。 オーティス。 たとえば、4日目のオーティスの話し。オーティスが「ドック・オブ・ザ・ベイ」について、クロッパーに「これは俺の初のナンバーワンヒットになる」と予言するくだりがあるが、あれには前に背景がある。1967年夏、モンタレーで1万人以上の聴衆の前、しかも多くの白人の前で歌った。ちょうどその時滞在していたサンフランシスコ湾の情景を歌にしていた。その同じ夏、オーティスは喉のポリープのために、手術をする。手術後6週間、まったく話すこともできず、彼は静かに過ごし、そのときにビートルズの『サージェント・ペパーズ』をこよなく聴いた。そして、作り上げたのが、それまでのシャウト唱法ではなく、しっとりと味わい深く歌う「ドック・オブ・ザ・ベイ」だった。白人聴衆の前で支持されたことによる自信、歌い方の劇的な変化、素晴らしい楽曲。これは彼のキャリアにとっての一大転機であり、まさに、生涯を決める「キャリア・ソング」となった。だから、彼はこの曲が「初めてのナンバーワンになる」と大きな自信を持ったのである。 多くの関係者や音楽業界人は、この「ドック・オブ・ザ・ベイ」が、オーティスが飛行機事故で死んだために全米1位になったと見ているが、僕はこれは飛行機事故がなくても、全米1位になったと見る。百歩譲って、事故がなくても1週間1位になったところが、事故があったために4週間1位になった、ということはあるかもしれない。 まあ、これは拙著『ソウル・サーチン』にすでに書いたことなのだが、改めて思い出したので、書いてみた。 ちなみに、『ソウル・サーチン』は既にお読みの方はご存知だと思うが、サム・クック、オーティス・レディング、マーヴィン・ゲイのストーリーはそれにかかわるアーティストの視点から描いている。サムは、ウーマック&ウーマック、オーティスは愛弟子ジョン・ホワイトヘッド、そして、マーヴィンは恩師ハーヴィー・フークワだ。現在絶版になっているが、ときおりヤフオクなどでも出ることがあるので、ぜひ興味ある方はチェックしてみてください。 『ソウル・サーチン』の中の7編のうち、4編は下記で読めます。 http://www.soulsearchin.com/soulsearchin/seven2.html クロスオーヴァー。 ところで、モータウンやスタックスのところでさかんに黒人マーケットから白人マーケットへの「クロスオーヴァー」ということが語られる。ここは、結果的にはそうなっているのだが、みんな語っている人も、今だからそういう風に言ってるのではないか、と僕は感じている。 当時のモータウン関係者も、スタックス関係者も、音楽を作る時は「これを白人マーケットで売ろう」なんてほとんど考えていなかったと思う。よくベリー・ゴーディーが白人マーケットを狙ってモータウン・サウンドを作った、と言われる。僕もある時期そう思っていて、そういう原稿を書いたこともあるが、どうもそれは違うような気がしてきている。そもそも「クロスオーヴァー」という言葉自体が使われ始めたのが1970年代の中頃のことのはず。 それは、むしろ1970年代に入って、アメリカの音楽業界が「ブラック・ミュージック」と「白人音楽」をきっぱり分けるようになってからのことではないだろうか。ちょうどその頃からラジオ界のフォーマットが相当鮮明になり、ロックはロック、ブルーズはブルーズ、ソウルはソウル、ジャズはジャズ、カントリーはカントリー、そして、ヒット曲はトップ40となり始めた。もちろん1960年代にもそうした流れはあったが、1970年代に入って、おそらくFM局の浸透とともにそれが顕著になる。 そうしたラジオ界における分離政策が大きくなったために、ブラック・ミュージックは大きな成功を収めるためには「トップ40」へ(つまり白人マーケットへ)「クロスオーヴァー」しなければならなくなった。だから1970年代になってから「ブラック・チャート」から「トップ40」への「クロスオーヴァー」がより「命題化」してきたのだと思う。 1960年代から1970年代初期(1972~3年ごろ)までは、自然にソウルのヒットもトップ40に入ってきていた。その頃は「クロスオーヴァー」なんて概念もなく、いいソウル曲は、トップ40ラジオでかかり、そのチャートを上がっていたのだ。その顕著な例として1972年5月、ビルボードのホット100のベスト10が8曲もソウル・ヒットで占められたという事件がある。 もちろん、モータウンは1960年代中期からテレビ戦略を持ち、また白人が顧客のキャバレーなどに進出し、結果的に白人マーケットに入り込んだ。そこにはゴーディーの緻密な戦略はあった。だがそれとて、白人というより、単純に「マス・マーケット」(大きなマーケット)を狙っていたというニュアンスに思える。モータウンのサウンドを「白人的」というのは、実は当たっておらず、それを強いて言えば、南部のものと比べて「都会的」だということではないだろうか。「都会的」に「洗練」されていた、だから、白人層にも受けた、ということは言える。 だいたいビルボード誌は1963年10月から1965年1月まで1年3ヶ月ほど、「R&Bチャート」を掲載していない。その必要性がなかったと見ていた。それはトップ40でまかなえていたのである。その後ビルボードは「R&Bチャート」を復活させるので、この期間は、ビルボード史上最大の汚点となっているのだが。 この頃は、「いい曲」であれば、ヒットした。それは黒人であろうが、白人であろうが、ポップスとしてヒットしたのだ。モータウンがヒットしたのは、白人を狙ったからではなく、単純に「いい曲」を作り出せ、それを世に出し続けられたからだ。何よりも、その最大の証拠に、モータウンから出るシングルは、音楽の専門家だけでなく、オフィースで働く普通のスタッフも含めた「金曜朝の楽曲選定会議」(フライデイ・モーニング・ミーティング)の多数決で決めていたのだ。その会議場で、「これは白人向けだからヒットしそうだ」なんてことはテーマにさえならない。 ゴーディーはこう試す。Aという曲とBという曲、1ドル出して買いたいと思うのはどちらだ、と訊く。みんながAだと答える。ここからがゴーディーの真骨頂だ。「では、そのAというシングルと、腹が減ったときに1ドルを出してホットドッグを買うのとどちらを選ぶ?」 それでもAだと言われたシングルを、世に送り出す。会議のメンバーは、一般大衆を代表している。だから、そこで支持されたものがヒットする。 モータウンは白人マーケットを狙って、スタックスは黒人マーケットに絞った、という見方はイギリスでも、アメリカでも今では比較的定説になっており、この『ソウル・ディープ』でもその線で話が進められる。だが、今回『ソウル・ディープ』を見ていて、ひょっとして違うのではないかと思い始めた。少なくとも1960年代は違うのではないだろうか。もちろん1970年代以降は、白人向けのブラック・ミュージックというものは、若干だが存在するのだが。 ちょっと理屈っぽくなったが、このような発見があるだけでも、このシリーズはひじょうにおもしろい。続く2回も楽しみだ。みなさんもぜひチェックを。なお、これはNHKのアーカイブ番組に該当するとのことで、後日でも料金さえ払えば見ることができる。 番組ホームページ … Continue reading

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○ウィリー・ミッチェル~メンフィス・ソウルの重鎮、81歳で死去

○ウィリー・ミッチェル~メンフィス・ソウルの重鎮、81歳で死去 【Willie Mitchell Dies At 81】 訃報。 メンフィスを本拠にミュージシャン、アレンジャー、プロデューサーとして1950年代から活躍してきたメンフィス・ソウルの重鎮、ウィリー・ミッチェルが2010年1月5日(火曜)午前7時25分(日本時間5日・夜22時25分)、メンフィスのメソジスト・ユニヴァーシティー病院で死去した。81歳だった。2009年12月19日に心不全で緊急入院していた。ミッチェルは、メンフィスの貴公子と呼ばれたソウル・シンガー、アル・グリーン、あるいは、アン・ピーブルスなどの作品をプロデュースしヒットを出し、メンフィス・ソウルの隆盛に大きく寄与した。 ウィリー・ミッチェルは、1928年(昭和3年)3月23日ミシシッピー州アシュランド生まれ。8歳頃からトランペットを始め、ハイスクール時代にメンフィスに移る。その頃からアマチュア、セミ・プロのバンドで活動を開始、1950年代にはメンフィスのハイ・レコード、ロイヤル・スタジオに出入りするようになり、ここで、当初はミュージシャンとして自身名義のインスト物などを出していたが、徐々にアレンジャー、プロデューサーとして活動するようになった。 1969年、まだ無名だったソウル・シンガー、アル・グリーンと出会い、彼をハイ・レコードに迎え、自身でプロデュース。それまでのアルのシャウト系の唱法をソフトでささやくように歌うよう指示。これが受け、アルは「レッツ・ステイ・トゥゲザー」(1972年)をはじめとする大ヒットを続々と出すようになった。ミッチェルはハイ・レコード、ロイヤル・スタジオの実質的な実力者になり、メンフィス・サウンド、ハイ・サウンドの重鎮になっていく。アル以外にも、アン・ピーブルス(「アイ・キャント・スタンド・ザ・レイン」1973年)、シル・ジョンソン(「テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー」1975年)、OVライト(「プレシャス・プレシャス」1978年)などのアーティスト、作品を世に送り出した。 彼がプロデュースした作品は、アル・ジャクソンとハワード・グライムスが生み出す特徴的なドラム・サウンド、ティーニー・ホッジスのギター、チャールズ・ホッジスのオルガン、リロイ・ホッジスのベースという「ハイ・サウンド」でまとめられ、一世を風靡した。 一時期ミッチェルと離れていたアル・グリーンは2003年、ブルーノート・レーベルに移籍したのを機に、ミッチェルをプロデューサーとして再び向かえた。また、ウィリー・ミッチェルは、昨年秋に出たばかりのロッド・スチュワートのソウル・カヴァー・アルバム『ソウル・ブック』でも、2曲でアレンジをしている。 ミッチェルがてがけた最大の成功者アル・グリーンは自身の公式サイトに大きなミッチェルとアルの写真を掲げ、次のように書いている。 http://www.algreenmusic.com/ A Magical Collaboration Gone, but never, ever forgotten 奇跡のコラボレーション 師去りとて、決して忘却することなく このトップページには、ミッチェル死去のテレビニュースの映像(約2分弱)もアップされている。 ++++ 邂逅。 ウィリー・ミッチェルといえば、アル・グリーン、アン・ピーブルス、ドン・ブライアント、OVライト、ハイ・レコードのさまざまなヒットだ。あの特徴的なサウンドは本当に1970年代のソウルだ。最近ではアル・グリーンとの作品、ロッドの作品のほか、日本人オリトの作品などが思い出される。オリトは一昨年(2008年)43歳で急逝したが、一足先に行った天国で両腕を広げてミッチェルを待ち受けていることだろう。 ご冥福をお祈りする。 ■過去ウィリー・ミッチェル関連記事 2004/02/28 (Sun) There’s A Dream After Fade-out: Willie Mitchell Revealed … Continue reading

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☆ワックスポエティックス・ジャパン7号発売~アメリカ版はマイケル特集

☆ワックスポエティックス・ジャパン7号発売~アメリカ版はマイケル特集 【Waxpoetics Japan #7 Now On Street】 ブラウン。 良質なリアル・ミュージックとリアル・ミュージシャンを紹介しているニューヨークの音楽マガジン「ワックスポエティックス」の日本版第7号が2009年11月30日発売された。今回の特集はジェームス・ブラウン。 ジェームス・ブラウン・ファミリーに在籍していたアラン・リーズの寄稿、ドイツの29歳の若者が2007年にミスター・ブラウンに行ったインタヴュー、アフリカ・バンバータのインタヴューなどでブラウンの魅力に迫る。この29歳のドイツ人のインタヴューは、まさに手練手管のブラウンが若者をあしらう様子がリアルにでているのだが、その中でも、4拍子の最初のリズム「ワン」を強調する話はなかなかおもしろい。 また、アラン・リーズは、ジェームス・ブラウンの後、プリンスの下で仕事をするようになるが、プリンスがアランがブラウンの下で働いていたという事実だけで、雇い入れた、というところなど実におもしろい。 ジェームス・ブラウン・ファンなら必見の号になっている。これを読んでいて、僕がかつて何度かインタヴューしたテープを引っ張りだそうかと思った。 このほかに、シカゴのカデット・レコードを中心にアレンジャーとして活躍したリチャード・エヴァンス、ニューヨークのR&Bヴォーカル・グループ、ブラック・アイヴォリーのリロイ・バージェスのインタヴューなども掲載されている。 ■ワックスポエティックス第7号 ジェームス・ブラウン Wax Poetics Japan No.7 posted with amazlet at 09.12.06 GruntStyle Amazon.co.jp で詳細を見る +++ そして、一方、アメリカではワックスポエティックスも第37号が発売されている。今回は、マイケル・ジャクソン大特集で、これは2号にわたるもののようだ。日本版でも6号でマイケル特集を、吉岡が書いたが、アメリカ版でもマイケル特集を掲載中。 アメリカ版のマイケル特集はまずスクープ・ジャクソンというライターの記事、ロニー・リーズの『ゴーイン・バック・トゥ・インディアナ』という記事(7ページ)、同じくロニーのジャクソン5に関する記事(7ページ)=これは、モータウン時代のジャクソン5の作品をプロデュースしたフォンス・マイゼル、ラリー・マイゼルなどの証言をカヴァー、また、リコ・ワシントンの記事ではリオン・ウェア、スザンヌ・グリーン、ジェームス・イングラム、サイーダ・ギャレットらのマイケル作品への証言が出る。特にサイーダのインタヴューでは、彼女がいかにあの名曲「マン・イン・ザ・ミラー」を生み出したか、その誕生秘話を紹介している。また、ジョン・ランディス、ワウ・ワウ・ワトソンのマイケル関連インタヴューも。相当読み応えがある。 サイーダの話しをかいつまんで紹介するとこうだ。「マン・イン・ザ・ミラー」はサイーダがあるときグレン・バラードとこれを書いて、あまりのできの良さになんとかクインシーにすぐに聞いてもらおうと思ったが、それが金曜日。月曜まで待てずに、そのデモテープを直接クインシーの自宅にもって行った。ところがクインシーは重要なミーティング中。そこに割り込んで、ずいぶんと迷惑がられたが、2時間後、クインシーから電話がかかってきて、「この10年で聴いた作品の中で、最高のできだ。マイケルにプレゼンするが、もしマイケルが気に入らなかったら、ジェームス・イングラムのアルバムにいれる」と言われた。 その後、マイケルはこれを聴くと、すぐに気に入ったが、途中のブリッジ(サビとメインの間)が短すぎるから長くしてくれ、という意見を出した。サイーダは、密かに「マイケルとの共作になるのは嫌だな」と思い、できうる限り自分でやろうとし、何パターンも途中のブリッジの例を作りマイケルに提示したところ、そのうちのひとつを気に入ってくれた、という。こうして、マイケルがこの曲を録音することになり、見事「バッド」に収録された。こうしてサイーダにとって生涯を決めた1曲が無事マイケルによって録音されたのだ。 これらのアメリカ版のワックスに登場した記事は、順に日本版にも登場する。 ■ 「マン・イン・ザ・ミラー」はアルバム『バッド』に収録 バッド(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 09.12.06 … Continue reading

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⊿シャカ・カーン(チャカ・カーン)、鳥のように自由に歌う

【Chaka Khan Sings Free As Bird】 鳥。 シャカ・カーンの2008年6月、2009年1月に続く10ヶ月ぶりライヴ。すっかり安定した人気公演となり、初日もほぼ満席。 この日、シャカはよくしゃべった。「私の人生の中で、とてもたくさんの素晴らしい才能の持ち主に出会ってきました。マーヴィン・ゲイ、彼と一緒に仕事ができなかったことは本当に悔いに残ることね。ルーサー・ヴァンドロス、彼とは仕事をした。マイルス・デイヴィスも逝ってしまった。アリフ・マーディンも。そしてもうひとり私の人生に大きく触れた人がいました。マイケル・ジャクソンです。今日は、私のバックコーラス隊、シャカレッツにマイケルの曲を歌ってもらいましょう」 そういって、コーラス3人がそれぞれマイケル楽曲を歌った。最後の「アイル・ビー・ゼア」で、シャカがかぶさるように登場。そういえば、シャカは自身でマイケルの大ヒット「ガット・トゥ・ビー・ゼア」をカヴァーしている。この「アイル・ビー・ゼア」の後に「ガット・トゥ・ビー・ゼア」を歌えばどうだろう? シャカレッツ? そんな名前付けたんだ。知らなかった。 このところ、シャカはすっかり精神的にも安定し、真摯に人生を生きているようだ。ステージのMCで言う。「私は、前はものすごくバッド・ガールだった。いつでもハイでね。子供が2人、夜中に『ママ、ママ』と泣いても、仕事に行ってしまったり。でも、あるとき、神様が私に語りかけてくれた。ありがとう、神様。私も、人生いろいろあって、たくさんのアップス&ダウンを経験してきた。そんな中で書いた曲。『エンジェル』。これは、あなたがエンジェルだという歌。神は、エンジェルであるあなたを愛しているんです」 下記セットリスト自作の「エンジェル」から傑作「スルー・ザ・ファイアー」の流れは、完璧に最近のシャカのハイライトになっている。特に後者はかなりゴスペル・フレーヴァーが濃くなり、味わいも深い。おそらく人生の年輪を重ね、この楽曲の年輪も深まっているということなのだろう。ライヴの中でも最大の聴き所。見事だ。 シャカはまるで自由な鳥のように歌う。ハスキーな声、低い声、キンキンする高い声、あらゆる声(Voice)を自由自在に操り、観客を虜にする。この日は、初日だというのにかなりのっていたようだ。ごきげんもよく、気持ちよさそうに歌っていた。 ◎ シャカ・カーン公演は土曜日までビルボード東京で。 http://www.billboard-live.com/pg/shop/index.php?mode=top&shop=1 ■チャカ・カーン 「エンジェル」収録の最新作 Funk This posted with amazlet at 09.11.10 Chaka Khan Smi Col (2007-09-25) 売り上げランキング: 29252 Amazon.co.jp で詳細を見る ◎ 主なベストヒットを収録 チャカ・カーン・ベスト!~エピファニー(スーパー・ファンタスティック・ベスト2009) posted with amazlet at 09.11.10 … Continue reading

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○メイズ・フィーチャリング・フランキー・ビヴァリー

【Maze Featuring Frankie Beverly】 旋風。 まさに、メイズ旋風と言っていいかもしれない。15年ぶりの来日を果たしたメイズは東京ソウル・シーンに大きなインパクトを与えっていった。 ウェッブ・マガジンに、ちょっとしたライヴ評が掲載されたのでご紹介。↓ http://openers.jp/culture/COTTON_CLUB/Maze03.html フランキーやメンバーには最終日ライヴ後に、少しだけゆっくり会って話ができた。メイズのアナログのアルバムを何枚かもっていき、サインなどを頼んだ。 昔のジャケット内に収められていた写真と同じポーズ↓ (写真1) さすがに30年近い年月が経っているが、ほとんど変わらない笑顔。ト音記号のイヤリングは変わらず。 最初に撮った写真は白い帽子が、まるで後光が差しているかのように映った。それを見せたら、すぐに黒い帽子で撮り直そうと言ってくれた。↓ (写真2=後光が差すフランキー)↓ (写真3=これなら、OK? フランキー)↓ 「ところで、『シルキー・ソウル』とか、今回セットリストに入ってなかったですよねえ…」というと、「おお、そうだな、じゃあ、次回来るときにはやるよ」 フランキーは、「東京」と書かれたTシャツをご愛用。成田空港か、浅草で買ったのかなあ。(笑) 彼はけっこう和食が好きで、お寿司も食べる。それと、ウナギが大好物。ソウル・フードと近いものを感じるのだろうか。 メイズに関するブログ。 人見氏が長文のライヴ評↓(パート1と2) http://hit2japan.exblog.jp/9032962/#9032962_1 ちなみに、東京のメイズの案内人、フィリップ・ウーは、彼ら御一行が無事帰途についた後、熱を出して、1~2日、寝込んだそうだ。(笑) いや、笑えない。おつかれさま~フィリップ。 フィリップがインタヴューされているときのブログ。フィリップのブログ↓ http://blog.goo.ne.jp/philipwoo/e/e3b05e8e189b7688b516bd34b7995b0f 初日の様子(以下、数日にわたってでています) http://blog.goo.ne.jp/philipwoo/d/20090922 ENT>MUSIC>ARTIST>Beverly, Frankie & Maze

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○オマー、マイケル・ジャクソン、マーヴィン・ゲイを語る~ ハーレム・ナイツ(パート2)

○オマー、マイケル・ジャクソン、マーヴィン・ゲイを語る~ ハーレム・ナイツ(パート2) キリスト。 「オオッ~~、ソウル・サーチャーッ!」といってオマーがハグしてきた。2009年3月の映画『メトロポリス』とのジョイント・イヴェント(ランドマーク・ホール)以来だから、4ヶ月ぶりのことだ。昨年7月から彼は4回も日本に来ている。すっかり日本通だ。 ちょうどファースト・セットが終わったところで楽屋を訪ね、彼に挨拶した。オマーがオープニングでマイケル・ジャクソンの「ハートブレイク・ホテル」(レコードではジャクソンズ)をやったのを受け、マイケルの話しに。 「いやあ、右、左って紙を破いて、正面のを破って出てきたのには、とても興奮したよ」 「おお、そうか、それは嬉しいな」  「ちょっとお願いが」「なんだ?」「実はマーヴィン・ゲイの自伝を翻訳したんだけど、この本を持ってブログ用に写真撮らせてもらいたいんだけど」 「いいよ」 最初、普通に立って撮影したところ、それを見て、「だめだ、やり直そう」と言って、椅子に座り、本を読んでる風にしてくれた。「ちゃんと、マーヴィンの写真が映るように撮れよ」 なんでも、徹底している。 そのときの写真↓ http://ameblo.jp/divided-soul/day-20090729.html 一緒に行った岡さんが、オマーのスニーカーを見せてもらって感心している。「ほんとに、普通のスニーカーなんですね」 底に金具が付いているのが違いだ。 オマーがマーヴィンとマイケルについて語りだした。「マーヴィンも、マイケルも僕にいわせると、どちらも『Beautiful tragedy』(美しき悲劇)だ。彼らのような存在のアーティストは、活動がのこぎりでパッと切ったみたいに、突然切られてしまうんだ。そして、誰にでも、何でも起こってしまうということだ。ある日、若くして君は死んでしまうかもしれない。大きなスケールの中で、すべてが起こる。ビッグに生きてきた人間は、死ぬ時もビッグ(衝撃的)なんだよ。これは、ある意味で『Perfect balance』(完璧なバランス)なんだ。いいか、マーヴィンもマイケルも、そしてキリストも苦しみを経験してきた」 マーヴィンとマイケルの死をキリストと同列に語った男は初めてだった。僕にとっても衝撃のコメントだ。 どうやってそんな人生の哲学を学んだのか、と尋ねた。何か本でも読んだのかと思った。答えはシンプルだった。「I studied life(僕は人生を勉強してるんだ)」 さらにオマーは続けた。「僕には母がいない。いや、生んでくれた母はいるが、育ててくれたのは実際の母ではない。でも、いろいろな母がいるんだ。祖母が実際に僕を育ててくれた。父もいなかったが、伯父さんが父だった。それから、僕にはたくさんのメンター(よき師、先輩)がいた。僕は人生を学び、女性を学び、人間のネイチャー(性質)を学んだ。女性を学ぶといってもセックスのことじゃない。女性の直感、洞察力はすごい。そうしたものが、僕が洋服を着るとき、音楽を作るとき、踊るとき、影響を与える。僕も直感で音楽を作り、踊りをクリエイトする。人生とは、男が常に学び続けなければならないことだ。そこに何人かの人間を集めて、人生について語り合う。僕はそれを世界中のあらゆるところでやってきたんだよ。人生についての自然な話しだ。年老いた男と、若い男と、あらゆる国の男と語り合う。そうやっているうちに、『nature of life(人生の特性、人生の本質)』を学ぶことができる」 なんでたかが立ち話で、こんな話しになるんだろう。(笑)オマーは、ディープな男だ。 (下記の過去記事を読み返すと、彼が実にいろいろと考え、話をすることがよくわかります) ■オマー・エドワーズ過去関連記事 (オマーの人となりがよくわかります) October 23, 2008 Omar Is Rhythm, Omar Is Music, Omar Is Singer: We Hear Omar’s Songs 【オマーのタップからオマーの歌が聴こえてくる】 … Continue reading

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◆ハーレム・ナイツ8 (パート1)~オマー・エドワーズ、マイケルに捧げる

ハーレム・ナイツ8 (パート1)~オマー・エドワーズ、マイケルに捧げる (ライヴ内容が出ます。これからごらんになる方はご自身のリスクでお読みください。ごらんになる予定のない方、見ようか見まいか迷ってられる方、見る予定で事前に内容を知ってもよい方はお読みください) 【ハーレム・ナイツ8 (パート1)~今年は盛りだくさん~】 マイケル。 毎年夏のこの時期、横浜ランドマーク・ホールで行われる『ハーレム・ナイツ』。いつもエキサイティングな企画でブラック・ミュージック好きを楽しませてくれるイヴェントだが、今年もいつになく盛りだくさんで楽しめた。今年は、レギュラーのタップ・ダンスのオマー・エドワーズを軸に、新人女性シンガー、キンバリー・ニコール、ヴェテラン・シンガー、ハーレムの重鎮ロン・グラントの渋い歌声、そして、コミカルなソウル・ショーを展開したソウルマンと名乗るシンガーがそれぞれの持ち味を出し、2時間半余(途中20分の休憩を含む)をたっぷりエンタテインした。この日も、超満員。オマー目当ての人はいるだろうが、その他のシンガーはそれほど有名ではないので、この『ハーレム・ナイツ』という企画に人が集まっているのだろう。これがまずすごい。 さて、暗転。舞台左手に白いスクリーンで四方を囲まれた公衆電話のボックスのようなハコが置かれている。暗くなると、向こう側からスポットがあたり、その中にいる背の高い男のシルエットがくっきりと映り出す。あの男がいきなり登場だ。オマー・A・エドワーズ。しかも、マイケル・ジャクソンの「ハートブレイク・ホテル」のような映し方。と思うと、いつのまにかバンドが「ハートブレイク・ホテル」を演奏し始めていた。ここでもいきなり、マイケル・ジャクソン・トリビュートだった。 ここ一ヶ月見たアーティストはみな全員マイケル・ジャクソンをやる。そうしたものを毎回見るにつれ、本当にマイケル・ジャクソンというアーティストの存在の大きさをひしひしと感じる。マイケルをやらないアーティストはいないのではないかとさえ思ってしまう。死去のニュースが伝わった6月26日(日本時間)のラファエル・サディークからアン・ヴォーグ、そして、書き忘れているが我らがソウル・サーチャーズもやっている、そして、マーチン、AI、ロバータ・フラック、そして、トク、オマー・エドワーズ。 シルエット。 この白いスクリーンには、今回会場で展示されている早乙女道春さんがギターの絵を描いた。電話ボックスの中で、オマーはタップを打つ。しばらくして、右側の壁を腕で打ち破り、次に左側の壁を打ち破る。果たして、最後は正面のスクリーンをぶち破ってオマーが観客の前に姿を現した。なんという登場の仕方か。思わずうなった。素晴らしい。1曲その場でインプロヴィゼーションでタップを打った後、ジョン・レジェンドの「グリーン・ライト」にあわせ踊る。そして、「僕の母は14歳まで靴が履けなかった。お母さんは、木の上に上り、鳥と仲良くしていた」と言って、靴を脱ぎ、裸足でタップを披露した。 その後最初のシンガー、キンバリー・ニコールが登場。彼女も間にマイケルの「アイ・キャント・ヘルプ・イット」を挟む。 休憩を挟んでの第二部もオマーから。「オージェイズ、テンプテーションズ、ジャクソン・ファイヴ…。こうしたアーティストに踊りを教えタップ・ダンサーがいます。モータウンにいたチョリー・アトキンスだ」と言って、テンプテーションズ風の振り付けを決めた。ソウル・ダンスとタップ・ダンスが見事に融合した瞬間だった。このあたりも、前年までにはなかった新しいアイデアと言っていいだろう。ここで流れた曲は、ジェームス&ボビー・ピュリファイの「アイム・ユア・パペット」。日本ではゴスペラーズの村上てつやさんが歌っていることでも知られる1曲。このレコードをかけながらまるで上から糸で操られるように踊った。 しかもこの後、オマーは観客みんなに4つの動きを教え、全員にタップ風ダンスをやらせる。タップでの「コール&レスポンス」だ。350人のタップ・ダンスは圧巻だった。(笑)今日以降いかれる方は簡単な動きをオマーが丁寧におしえてくれるので、ぜひお試しあれ。 ジェームス・ブラウンの「ファンキー・グッドタイム(ドゥイン・イット・トゥ・デス)」から「イッツ・ア・マンズ・マンズ・ワールド」になる頃、オマーはさらりと「ムーン・ウォーク」を挟み込んだ。曲が終わると、そこには1本のマイクスタンドに黒い帽子がさりげなくかけられている。マイクを摑んでオマーは宣言した、しかも日本語で! 「出会いもあれば、別れもある。人生は短い…。愛は永遠…」 そして流れ出てきた曲はマイケル・ジャクソンの「マン・イン・ザ・ミラー」。こんな演出があるだろうか。このシチュエーションにこのイントロが流れてきただけで号泣ものだ。オマーはスタンドの黒いハットに敬意を表わしながら、華麗なタップを踏んだ。まるで、マイケルがオマーに乗り移ったかのようだ。ほんの2分ほどのパフォーマンスだったが、この日僕は一番ここに感動した。(しかし、1本のマイクスタンドに黒い帽子、オマー、そしてマイケルのレコードだけで、ここまで感動がくるとは。だったら、大挙してニューヨークからやってきたバンドはどうなるんだって話しだが…。(苦笑) いや、みんなよかったですよ) オマーが舞台袖にはけて、MCによって紹介されたのがハーレムの重鎮、ロン・グラント。いきなり客席の僕の横を通って登場したので、びっくりした。初めて見たが、実に渋いオールド・スクールのシンガーだった。なによりもよかったのが、マーヴィン・ゲイの「セイヴ・ザ・チルドレン」だ。スティーヴィー、ダニーとそのレパートリーから、僕や一緒に見に行った岡さんらと同時代的な匂いを感じる。 最後に登場したのが、ソウルマンと名乗る謎のアーティスト。これがめちゃくちゃおもしろかった。サム・ムーアとジェームス・ブラウンを足して2で割ったような、見せて楽しませる「一発芸」的なエンタテインメント。足の動きはジェームス・ブラウン、そして、ハイトーンの声はサム・ムーア。 それにしても、毎年、ハーレムからは無名ながら芸達者なアーティストがやってくる。ハーレムのアーティスト倉庫は人材の宝庫さながらだ。 (『ハーレム・ナイツ』リポート~つづく) ■ 「マン・イン・ザ・ミラー」は、『BAD』に収録。紙ジャケになりました バッド(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 09.07.30 マイケル・ジャクソン クインシー・ジョーンズ SMJ (2009-07-08) 売り上げランキング: 104 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 関連リンク ハーレムのアーティストを発掘し日本に送り出すもうひとりのハーレムの重鎮、トミー・トミタさんと松尾公子さんのブログ。『ハーレム・ナイツ』関連の記事も多数あります http://tommyny.exblog.jp/11594899/ ■ … Continue reading

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■ロバータ・フラック・ライヴ~マイケル・ジャクソンに捧げる

■ロバータ・フラック~マイケル・ジャクソンに捧げる 【ロバータ・フラック~マイケル・ジャクソンに捧げる】 追悼。 マイケル・ジャクソンのショート・フィルム「バッド(Bad)」(1987年)の曲に入る前のシーン。マイケルは東部の学校での優秀な生徒ダリルを演じている。学期が終わり家に戻ると、そこは母子家庭なのか、母親がタイプライターに手書きの手紙を挟んでいる。文字がアップに映し出され、それを女性の声が読み上げる。「ダリル、お帰りなさい。私は仕事にでているわ。サンドウィッチが冷蔵庫にあります。7時に戻ります。ラヴ、ママ」 母性豊かなやさしい温かなナレーションだ。この声の主こそ、ロバータ・フラックだ。 ロバータの2007年4月、2008年3月に続くライヴ。ドラムス、ベース、キーボード、サックス、バック・ヴォーカルの5人にロバータ・フラックというバンド編成。冒頭いきなりマイケル・ジャクソンの作品3曲をメドレーで歌った。最初の2曲はバンドメンバーが、そして、「ユー・アー・ノット・アローン」から、ロバータがステージに上がってきた。最近の海外アーティストは誰もが必ずなにかしらのマイケル・トリビュートを行う。この日の観客は若干静か目だったが、ロバータはかなりノリノリの様子。 ロバータがステージに上がるとそれだけで、存在感のオーラが一挙に漂う。おそらく、ロバータ・クラスになると、その日のパフォーマンスの出来不出来などはほとんど関係なく、過去30年なり40年の音楽家としての積み重ねがオーラとして毎晩ステージから客席に向かって飛び出していくのだろう。つまり存在感だ。彼女がステージに出て、声をだしただけで、涙が溢れるというファンの声も聞く。母性あふれる声、息子にサンドウィッチを作り置きして仕事にでかける母親のやさしさといったものが、声そのものに宿っているのだろう。だからそこに感動する。 ロバータは事前にセットリストを決めない。だから、ほぼその場の雰囲気で次に歌われる曲が決まる。そして観客とのコール&レスポンスを楽しむ。ミュージシャンも次の曲は、ロバータが歌いだし、あるいはピアノを弾き出してからわかる。サックスのアルチューロに「ワインライト」を吹かせている間、ロバータはピアノの上の楽譜をパラパラとめくり、次に何を歌おうか考えていた。そのライヴのスポンテニアス(自発的、即興的)度合いは、まさにジェームス・ブラウン以上のものかもしれない。 この日このセットで驚いたのは、「フィール・ライク・メイキング・ラヴ」が御終わるか終わらないかのところでいきなり、「ノー・ウーマン、ノー・クライ」をやりだしたところ。また、本編最後の「ラヴ・ミー・イン・ア・スペシャル・ウェイ」で、客席をぐるりと一周まわったかと思うとステージに戻り、「さあ、(アンコールを)選んで。『バック・トゥゲザー・アゲイン』か、『ザ・ファースト・タイム…』か、『クローサー・アイ・ゲット・トゥ・ユー』か…」 はっきりした返事が観客から来なかったので、ロバータは、スローの名曲「アイル・スタンド・バイ・ユー」を歌った。途中で彼女は言った。「世界は、本当に混乱してます。でも、音楽だけは人々をひとつにできるものです。他にそんなものはないでしょう!」(観客から拍手) この日のパフォーマンスは彼女にとっては普通の標準的なライヴだろう。しかし、多くの客にこの日のパフォーマンスはワン&オンリーのものだったと感じさせてしまう。ロバータにはそんなマジックがある。70歳を超えて、この声、このパフォーマンス。それもマジックだ。 ■ ロバータのベスト。(大体のヒットは入ってます) ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ロバータ・フラック posted with amazlet at 09.07.29 ロバータ・フラック ロバータ・フラック&マキシ・プリースト ロバータ・フラック&ダニー・ハサウェイ ピーボー・ブライソン&ロバータ・フラック ダニー・ハサウェイ ワーナーミュージック・ジャパン (2006-06-21) 売り上げランキング: 64136 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 名盤『やさしく歌って』(ネスカフェのCMでもおなじみ曲) やさしく歌って posted with amazlet at 09.07.29 ロバータ・フラック Warner Music Japan … Continue reading

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