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■ ナイル・ロジャーズ語る(パート2)~2本のミュージカル~『ダブル・タイム』と『フリーク・アウ

■ ナイル・ロジャーズ語る(パート2)~2本のミュージカル~『ダブル・タイム』と『フリーク・アウト』 【Nile Rodgers’s Musical: Double Time & Freak Out】 ミュージカル。 昨年、本ブログでも、ナイル・ロジャーズが『ダブル・タイム』というミュージカルを準備中であることをご紹介した。昨夏にアラバマ州のシェークスピア劇場でいわゆる「リーディング」という基本朗読のような形で、ミュージカルの前段階のショーを見せ、好評を博した。 この『ダブル・タイム』については、昨年日本の衛星有料放送局ワウワウ(WOWOW)で放送されたドキュメンタリーでも、その様子が紹介されている。 ドキュメンタリー全編(約44分)がナイルのブログで見られる。↓ http://nilerodgers.com/blogs/planet-c-in-english/1531-every-emotion 『ダブル・タイム』は、最初の黒人ブロードウェイ・パフォーマー(タップ・ダンサー)としてスーパースターとなったアラバマ出身のレオナード・ハーパーの人生と時代を描く音楽コメディーを書こうとする白人の脚本家とハーパーの物語。これが二つの時代(古い1930年代と新しい最近の時代)で物語が同時に進行する。 もともとの舞台、すなわちレオナード・ハーパーが活躍したのは1920年代から30年代だが、それをミュージカルとして脚本を書きプロデュースしているのは、現代だ。一見複雑だが、進行はシンプルでわかりやすいはずだとナイルは言う。オリジナルの時代と、それを描く現代という二つの時代を描くのでタイトルは『ダブル・タイム』。したがって、20年代の人物と21世紀の「レオナード役」を演じる人物と、同じ主人公役が二人いる。 ハーパー(1898年4月9日~1943)は、どれくらいすごい人物かというと、たとえば、フレッド・アステアやマルクス・ブラザーズらが彼の元にタップを習いにきた。彼のタップ・ショーの合間にビリー・ホリディが歌っていた。また、プロデューサーとしてリナ・ホーン、ファッツ・ウォーラー、ルイ・アームストロングなどのショーをてがけた。 ナイルは2005年頃からこのプロジェクトにかかっている。 物語では白人が黒人を描こうとするがゆえにさまざまな葛藤と、問題が生まれる。人種差別もあるため、白人が黒人を描くことで、誰からも理解を得られない。最終的にハーパーがその作家に手を差し伸べる。そうした紆余曲折を脚本の中にストーリーとして描いているという。 段階。 さて、その後、このプロジェクトはどうなったか。 ミュージカルといえば、ブロードウェイだが、実はブロードウェイの劇場でかかるまでには、いくつかの段階がある。 ざっくり言うと、「リーディング」(読み合わせ)、「ワークショップ」、ブロードウェイ以外の全米各地のシアター(2-300劇場あるらしい)、そしてブロードウェイという段階だ。 ミュージカル本編をブロードウェイの劇場でかけるには、有名な劇場を押さえなければならない。人気劇場だと1年先まで埋まっている。また人気ミュージカルがかかっていると、なかなか空かない。しかも、一本を始めるには大きな予算がいる。企画もたくさん上がってくるが、どれをかけたら当たるかは、なかなかわからない。 そこで、あまりお金をかけずにそのミュージカルがどのようなものになるかを、資金提供者(資本家・投資家)に見せる必要ができてくる。 まず「リーディング」というのは、主な出演者が、脚本をステージで読んで聞かせて、ストーリーを見せる。ときに、若干のダンサーがいたり、音楽が流れたりすることもある。ナイルが昨年アラバマでやったのは、この『ダブル・タイム』の「リーディング」だ。大きな舞台やたくさんの出演者、スタッフがいらないために、小規模な予算で、どのようなミュージカルになるかが、わかる。ナイルの役目はこのミュージカルでは、音楽。ストーリーにあわせた音楽・曲を作り、ミュージシャン、シンガーに歌わせる。 これが大評判だったので、今度は次のステップに進む。 それが「ワークショップ」だ。 「ワークショップ」とは、「リーディング」が俳優が台本をステージで読むというシンプルなものに対し、出演者の衣装もあわせ、俳優もセリフを覚え、ダンサーの踊りも大々的に入り、ミュージシャンも多くなってバンド・サウンド、あるいはオーケストラでより立体的になる。大規模な舞台設定こそないが、ブロードウェイなどで実際にやるもののミニチュア版みたいな感じになっている。 これを全米各地のシアターのバイヤーが見て、良いと思えば、自分のシアターにかけたりする。ブロードウェイに行くにはかなりのヒットが見込めないとならないが、地方の一劇場がピックアップする場合は、それほど大規模ではなくても、上演可能になる。 「リーディング」で評判を得ると、「ワークショップ」をやって、それを受けて地方の劇場にかけてもらう、あるいは、ブロードウェイのバイヤーが買いたいと手をあげれば、ブロードウェイにかかることにもなる。 「ワークショップ」は、自分が一緒にやりたい監督、振付師、主役を演じる俳優たちを、できる限り本番と同じようにする。そのためには、一定期間、売れっ子監督や振付師らを押さえなければならない。 『ダブル・タイム』について、ナイルは今夏にその「ワークショップ」ができればいいと考えている。 ただし、ナイルが考える一緒にやりたいディレクター(監督)やダンサー、俳優などのスケジュールがうまく合致しないと実現しない。そのスケジュール調整が最大の仕事で、これは力のあるエージェントがやる。ナイルはこのほどそうしたエージェントとミュージカルに関して契約した、という。 ナイルによれば、この『ダブル・タイム』では基本的には音楽担当で、プロデューサーではない。なので、ナイルが希望する監督と一緒にできるかはまだ未定だ。 別プロジェクト。 そして、これと別にまったく新しいミュージカルのプロジェクトの話が持ち上がっている、という。それが彼の自伝本『ル・フリーク』(2011年11月全米発売)を元にしたもので、ミュージカルの仮題は、『フリーク・アウト』。この本に興味を持った周辺から声がかかっている。 この『フリーク・アウト』の場合、ナイルは音楽だけでなく、脚本、うまくいけばプロデューサー的な立場でも参加できる、という。そうなると、かなり自由がきくらしい。 ただ彼の話を聞くと、ミュージカルが一本実現しブロードウェイの劇場にかかるまでは本当にたくさんのハードルがあるという。まさに、当初のアイデアから完成まで10年くらいかかるのは、ざららしい。 … Continue reading

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◎ ~ナイル・ロジャーズ語る(パート1)~僕たちはカヴァー・バンドではない

◎ ~ナイル・ロジャーズ語る(パート1)~僕たちはカヴァー・バンドではない 【Chic Tyhoon Gone: We’re NOT Cover Band: Nile Declares】 旋風。 2012年4月18日(水)から21日(土)まで4日間、ナイル・ロジャーズ率いるシックのライヴが東京ブルーノートで行われた。4日間、8本のステージ。土曜のセカンドでは、ユーチューブへの投稿で募集ギターコンテスト応募者から選ばれた5名が決勝戦として登場。優勝者が決まった。 連日、熱いステージが繰り広げられ、みな大いに大いに盛り上がった。 ライヴに関して言えば、1曲目から観客は総立ち。特にメドレーはヒット曲が次々と登場し、観客を圧倒。そこそこ洋楽を聴いているファンでも、「これも彼らが作ったの?」「彼らのプロデュース曲なの? 知らなかった」というほど、ヒット曲オンパレードで楽しめたようだ。 ある40代のファンは、「僕らのようなリアルタイムで育った者が20代の若いファンを連れてきても、楽しんでもらえるライヴ。曲を知らなくても、とにかく踊って楽しめるライヴ、安心して連れてこれるライヴだね」と言う。 確かに多くはリピーターだが、けっこう20代の初めてと思しきファンもいた。毎回どんどん観客が増えているような気もする。一時期、空席が目立った公演もあった数年前と比べると、雲泥の差だ。 これも、ナイル・ロジャーズのサーヴィス精神満点の心意気がファンに厚く熱く伝わっているがゆえのことだろう。 セカンド終了後のサイン会や写真撮影も心置きなく応じ、誰とでもすぐにフレンドリーになれる。 ナイルの毎日のブログでは、この週、日本でのライヴの様子が多くの写真で掲載された。 こうやってナイル・ブログに載れば、誰だって、ナイルのファンになり、さらにまた来ようと思う。 ■ ナイル・ロジャーズ・デイリー・ブログ『ウォーキング・オン・プラネットC(惑星Cを行く)』(日本語版) http://nilerodgers.com/blogs/wakusei-c-o-iku-nihongo-ban 2012年4月20日付け、21日付けなどに日本のブルーノートの観客などが。 ■http://nilerodgers.com/blogs/wakusei-c-o-iku-nihongo-ban/1607-we-are-family (この中で僕もちらっと映ってます(笑)。しかし、超小さいですけど) ライヴに関していくつかコネタを。 今回のライヴでは昨年までのセットリストで演奏されてなかった2曲が新しく演奏された。「ロスト・イン・ミュージック」とデュラン・デュランの「ノトーリアス」だ。 ナイルは、前者を紹介するときにこういっていた。「ちょうどこの曲を作るとき、僕たち(ナイルとバーナード)は、もうめちゃくちゃ忙しかった。(プロデュースする)アルバムのレコーディング、ツアー、自分たちのアルバムなど。ほんとに寝るヒマもなかった。そんな中、スタジオで『俺たち音楽にうずもれてるよな we’re lost in music』という話になり、それが曲になった」。 ナイルは何度か「僕たちはカヴァー・バンドではない。今日、みなさんが聞いている曲はすべて僕たちが書いたり、プロデュースしてきた曲ばかりだ。みんなオリジナルなんだ」と宣言した。 このカヴァー・バンドではない、という宣言は大きい。デイヴィッド・ボウイ、ダイアナ・ロス、シスター・スレッジ、マドンナ、デュラン・デュラン、そして、シック。すごいラインアップだ。 彼らのライヴを見ていてつくづく感じるのが、ヒット曲のパワーだ。どれも大ヒットで、誰もが知っている。そうした曲を次々とメドレーでやられれば、誰だって盛り上がる。 ■12月再来日 カウントダウン。 前回のブログでご紹介したように、ナイルは今年12月末、カウントダウン公演のため、再び来日する。正式な日程はまだ発表されていないが、大晦日はカウントダウン公演をする。元旦は休み、2日に新年初公演となる模様だ。近々発表される。この4日間でさえ、足の踏み場がないほど激混みだったが、カウントダウンはきっと大変な騒ぎになりそうだ。 (ナイル・ロジャーズのミュージカル・プロジェクト『ダブル・タイム』の進捗と、別企画『フリーク・アウト』などについて、明日以降のブログでご紹介します) ■ ナイル・ロジャーズ今回ライヴ評 … Continue reading

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◎ロニー・ジョーダン、クラブ・ゴーアーズとジャズ・アダルトと

◎ロニー・ジョーダン、クラブ・ゴーアーズとジャズ・アダルトと 【Ronny Jordan Meets DJ Krush】 混合。 1990年代に入ってイギリスのアシッド・ジャズ・シーンから登場したジャズ・ギタリスト、ロニー・ジョーダンのライヴ。ロニーは1962年11月29日生まれというから、現在49歳。ステージで見ると、もっと若く見える。 会場はなかなかおもしろいオーディエンスのミックスぶり。普段はクラブに行ってそうなクラブ・ゴーアーズと昔からのジャズが好きなジャズ・アダルトが一箇所で音楽を楽しむ。観客層の二極分化が激しい珍しいライヴか。 前日までのナイル・ロジャーズとは打って変わっての静かな座って聴くライヴ。けっこう演奏される曲は「踊るジャズ」という雰囲気なのだが。 今回は、一部がオルガン・トリオ、二部が5人のバンドにゲストとしてヴォーカルとDJが入るというもので、セットリストはそれぞれ違う。そして両方を通して見られる通し券がなんと9500円で売られ、けっこう通し券で見るファンが多かったそうだ。ファーストを7500円出して見ると、あと2000円追加するだけで、セカンドも見られる、となると、みんな通しで見たくなる。おもしろい値段設定だ。ある意味割安感もあるかもしれない。これはナイス・アイデア! 僕は時間の都合でセカンドだけだったが、なかなかファンキーなメンバーでおもしろかった。ライヴ後立ち話をしたベースのケン・フレンドはレデシーで3回、ジョージ・デュークで2回、ジョン・スコフィールドで1回来日していて今回7回目の来日だそう。ちなみにドラムのブランドンは初来日だという。 ヴォーカルのシャリースは、例えば、6曲目「ジャッカル」などではまるで「ポエトリー・リーディング」のように詩を朗読する感じだった。ヴォーカルも全歌詞を歌うのではなく、ちょっと一部を歌ってスキャットのようにインストに花を添える感じ。 ロニーのギターは、やはり、ウェス・モンゴメリー、ジョージ・ベンソンなどの王道ギタリストの路線を行く。 しかし、今回のセットで一番驚いたのが、日本人DJのDJクラッシュのプレイ。彼らは1994年のアルバム『バッド・ブラザーズ』で共演しており、今回の共演はそれ以来18年ぶりだそう。アンコール含め3曲の登場だが、9曲目でステージに上がり、セラートを使ったDJを始めると、瞬時に空気が変わった。ターンテーブルを扱う動きもかっこよくまるでミュージシャンのよう。そして、音自体もロニーらのバンド・サウンドとうまく融合して、ミュージシャンの中に溶け込んでいた。アンコールでのDJとギタリストのかけあいバトルなどとても見ごたえがあった。 まさに、DJというより「ターンテーブリスト」と呼ぶにふさわしいパフォーマンスだ。このDJとギタリストの邂逅は、見事だった。 渋谷のもっと狭いクラブや、昔の西麻布イエローあたりでやったら、観客全員スタンディングで盛り上がるにちがいない。 前日までのシックとロニーの両方を見る人ってほとんどいないと思ったら、知り合いのソウルオズさんが前日と連チャンで、しかもこの日は通しで見てました。(笑) (ブルーノートで 2012年4月25日水曜日まで) http://www.bluenote.co.jp/jp/artist/ronny-jordan/ ■ バッド・ブラザーズ 1994年リリース (中古盤で安いものがあるようです) Bad Brothers posted with amazlet at 12.04.23 Ronny Jordan & DJ Krush Island (1994-08-18) 売り上げランキング: 23583 Amazon.co.jp … Continue reading

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●# アンドリュー・ラヴ追悼~オーティスの「トライ・ア・リトル・テンダーネス」

●# アンドリュー・ラヴ追悼~オーティスの「トライ・ア・リトル・テンダーネス」 【A Tribute To Andrew Love of Memphis Horns】 追悼。 2012年4月12日に70歳で死去したメンフィス・ホーンズのアンドリュー・ラヴについて、アメリカのロスアンジェルス・タイムズ、ニューヨーク・タイムズがそれぞれ記事を配信した。それぞれ周辺取材をしての良い記事だったので、簡単にご紹介しよう。 Andrew Love dies at 70; Grammy-winning saxophonist By Randy Lewis, Los Angeles Times April 14, 2012, 3:58 p.m. http://www.latimes.com/news/obituaries/la-me-andrew-love-obit-20120414,0,7128536.story Andrew Love, Tenor Saxophonist for the Memphis Horns, Dies at … Continue reading

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■『ソウル・ブレンズ』超イントロ・クイズのミラクル

■『ソウル・ブレンズ』超イントロ・クイズのミラクル 【Intro Quiz】 イントロ。 昨日の『ソウル・ブレンズ』(関東地区・インターFM76.1mhz、毎週日曜日午後1時~3時)では、約2ヶ月ぶりに超イントロ・クイズを行った。 トニー・メイデン&ルーファス、ナイル・ロジャーズ&シック、マーチン(鈴木雅之)、ハービー・ハンコックの4曲がでたが、一番難問だったのが、マーチンの「ロンリー・チャップリン」。多くのリスナーが洋楽曲と考え、洋楽アーティスト名を答えてきた。 イントロが流れると、局のミキシング・ボードにおいてある電話受信ボードの、電話がかかってきたことを知らせる赤いランプが最大10個くらい点滅する。 マーヴィンが話しながら、ディレクターの進之介君がランダムに選びそのボタンを押す。するとその回線がつながり、マーヴィンやちーちゃんと話せるようになり、オンエアされる。 もちろん、どの赤いボタンが誰からかかってきているかなど、まったくわからない。 「ロンリー・チャップリン」はなかなか正解が出ず、少しイントロを長目に再度かけた。それでも、電話は多くなく、2度目のヒントのあと、3-4本だったろうか。そのうちの一本を選んだら、なんと番組の超~~~~常連ターリンだった。 そして、「ロンリー・チャップリン」と大正解。なにしろ、マーチンの大大大ファンだ。ターリン以外に当てられる人がいるだろうか、ってほどの奇跡の偶然。まさに、ミラクル! ほかの赤いボタンを選んでいたら、違う人が正解してたかもしれない。いやあ、びっくりした。スタジオ内は大興奮でした。おもしろい。 今回の超イントロ・クイズの裏テーマは、「ソウル・ブレンズ」にゲストで来てくれたアーティストたちというもの。前回は、亡くなったアーティストたちだった。 さて、次回は何になるのでしょう。 +++ 「ソウル・サーチン」のコーナーは、先週亡くなったディック・クラークの追悼。とても20分では足りません。(笑) 期間限定でポッドキャストにアップしました。 http://soundcloud.com/soul_searcher_2/soulsearchin2012-04-22atribute +++ ■ 「ロンリー・チャップリン」収録 Martini Blend posted with amazlet at 12.04.22 鈴木雅之 EPICレコード (2003-03-19) 売り上げランキング: 4627 Amazon.co.jp で詳細を見る RADIO>Soul Blends

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●アンドリュー・ラヴ(メンフィス・ホーンズ)、70歳で死去~裏方の匠

●アンドリュー・ラヴ(メンフィス・ホーンズ)、70歳で死去~裏方の匠 【Andrew Love (Memphis Horns) Dies At 70】 訃報。 メンフィス・サウンドの要でもある「メンフィス・ホーンズ」のメンバーでサックス奏者のアンドリュー・ラヴが、2012年4月12日、メンフィスの自宅で死去した。70歳だった。2002年頃からアルツハイマー病を患っており、合併症での死去。アンドリューらは、オーティス・レディングのヒットの数々、エディー・フロイドの「ノック・オン・ウッド」、サム&デイヴの「ホールド・オン・アイム・カミング」など一連のヒットなどで印象的なホーン・セクションを聴かせている。 評伝。 アンドリュー・ラヴは、1941年11月21日テネシー州メンフィス生まれ。地元の高校、オクラホマの大学を経て、1965年までにスタックスのハウス・バンドの一員に。盟友、ウェイン・ジャクソンとは1962年頃知り合っている。ウェインとアンドリューは個人的にも大変親しくなり、徐々に一緒に仕事をすることも多くなっていく。 この頃、ウェインはすでにスタックスの最初のハウス・バンド、マーキーズで活動、一方、アンドリューは学校の休みのときなど、父親が持つ教会のバンドでサックスをプレイしたり、後に、ウィリー・ミッチェルのハイ・レコードなど、多くのメンフィスでのレコーディング・セッションに参加した。 スタックスのシンガー・アーティスト、ルーファス・トーマス、サム&デイヴ、アイザック・ヘイズなど多数のレコーディングにつきあうだけでなく、同じくメンフィスのハイ・レコードのアーティスト、アル・グリーン、アン・ピーブルズなどの作品でも参加。 1967年のモンタレー・フェスティヴァルには、彼らもオーティスらのバックとして参加している。 実質的なスタックスのハウス・バンドだった彼らは、スタックスからは専属になって欲しいと言われたが、フリーランスで活動することを選択。 1969年に同じくスタックス・レコードのハウス・バンドだったマーキーズのメンバー、ウェイン・ジャクソン(1941年11月24日メンフィス生まれ。トランペット。白人)らとメンフィス・ホーンズを結成。当初はウェイン・ジャクソン、アンドリュー・ラヴ、ルイス・コリンズ、ジャック・ヘイル、エド・ローガン、ジェームス・ミッチェルら。セッションによって若干他のメンバーが入ったりもする。 また、その他ここを訪れるソウル・アーティスト、アリーサ・フランクリン、ウィルソン・ピケットなどだけでなく、ポップ・アーティストにもホーン・セクションの音を提供した。ニール・ダイアモンド、ドゥービー・ブラザーズ、U2、ダスティー・スプリングフィールドなどもここに来てメンフィス・ホーンズを録音している。また、スティング、ピーター・ゲイブリエルなども彼らを起用している。 代表曲には、エルヴィス・プレスリーの「サスピシャス・マインド」、ニール・ダイアモンドの「スイート・キャロライン」、アル・グリーンの「レッツ・ステイ・トゥゲザー」、ダスティー・スプリングフィールドの「ソン・オブ・ア・プリチャーマン」など多数。 1970年代には「メンフィス・ホーンズ」名義でアルバムを発表するようになり、それらは『メンフィス・ホーンズ』など9枚を数える。 徐々にメンバーが減り、現在はアンドリューとウェインの二人になっていた。 メンフィス・ホーンズは、83枚のゴールド、プラチナム・レコードで、52曲のナンバーワン・レコードでプレイしている、という。 2008年、メンフィス・ホーンズはミュージシャンズ・ホール・オブ・フェイムに選ばれた。 また今年(2012年)2月、メンフィス・ホーンズの二人はグラミー賞「ライフ・タイム・アチーヴメント賞」を受賞。これをインストゥルメンタル・グループで受賞するのは、ファンク・ブラザーズについで二組目だ。どちらも1960年代のソウル・ミュージックの歴史において重要なサイドメンたちと言える。 アンドリュー・ラヴは、ツアーなどから2000年に引退していたが、ときどき、レコーディングの仕事は引き受けていた、という。ニール・ヤング、トニー・ジョー・ホワイトら親しいアーティストのものは、レコーディングにつきあっていたようだ。 裏方。 彼らのレコーディングはシンプルで、スタジオに入り、リズム・トラックを聞くと、すぐにトランペット、サックスのリフを考え、まず1回録音、さらに同じものをもう一度録音(ダブル)、そして別のトロンボーンなどが必要であれば付け加えて録音ということで大体3回くらいでレコーディングは終了していたという。ホーンのリフは、ほとんどすべて彼らが考えていた。 彼らはまさに裏方だが、そのプロフェッショナリズムは音楽業界で一目置かれていた。グラミーの「生涯功労賞」が与えられたのも、もちろんそうしたことを反映してのもの。 独特のホーン・セクションは、メンフィス・ソウルを世界に知らしめる大きな原動力となった。 ■ 昨日の「ソウル・サーチン」では、そのご紹介をしました。期間限定公開ポッドキャスト。 http://soundcloud.com/soul_searcher_2/01ss20120415 ++++ 告別式は2012年4月20日現地時間午後5時から、Mt. Nebo Baptist Church, 555 Vance, Memphis, … Continue reading

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☆ ジャクソンズ・ツアーにマイケルのホログラム?実現の可能性は?

☆ ジャクソンズ・ツアーにマイケルのホログラム?実現の可能性は? 【Rumors: Michael Jackson Hologram on Jacksons Tour?】 噂。 先日、ラッパー故2パックのホログラムを使用したライヴ映像を本ブログでもご紹介した。 2パック蘇る~将来の可能性を秘めるホログラムの技術 2012年04月18日(水) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11225714817.html これは、2012年4月15日、カリフォルニア州インディアで行なわれている大規模ロック・フェスティヴァル「コーチェラ」のドクター・ドレ、スヌープ・ドギードッグのライヴのステージで披露されたもの。 この評判を受けて、6月から27本のツアーを予定しているジャクソンズの長男、ジャッキー・ジャクソンが、「マイケルのホログラムをやってみたい。実は、2年前にシルク・ドゥ・ソレイユでもその話がでたんだ。もしこれがうまくいけば、ツアーはとんでもなく記録破りのものになるだろうね」と、4月20日付E!マガジン(電子版)に語った。 http://allhiphop.com/2012/04/20/hip-hop-rumors-is-a-hologram-michael-jackson-joining-the-jacksons-on-tour/ 解説。 ただし、この実現はなかなか難しいだろう。 まず、もし2年前にシルクでこのホログラムが計画されて、実現していないのであれば、それはかなりのハードルの高さがあり、それを越えられなかったということだからだ。 予算・経済面での要素、また、マイケルのホログラムとなると、これは、マイケル・ジャクソン・エステートの管轄になり、エステートがOKしなければ、使用できない。ここがOKするかどうかは、まったく未知数。シルクにOKしなかったとしたら、ジャクソンズにOKするかも微妙だ。 今回のジャクソンズ・ツアーは、エステートは関知しておらず、単独のジャクソンズ興行。またシルクの規模と比べると、はるかに小さい。 シルクの予算で賄えなかったものが、それより小規模のツアー予算で賄えるとはとうてい思えない。 もちろん、ファンとしては、動くマイケルとジャクソンズ兄弟となれば、これはなんとしても見たいところだ。 おそらく、2パックのホログラムが予想以上に評判を呼んだので、E!の記者に聞かれて、ジャッキーが軽くサーヴィス・トークをしたのだろう。 まあ、ネットニュースのひとつのネタとしてはおもしろいニュースといったところか。 ■ ジャクソンズ・ユニティー・ツアー日程 ジャクソンズ・ユニティー・ツアー発表 2012年04月06日(金) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11214321438.html ■ 『イモータル』~シルク・ドゥ・ソレイユ、サウンドトラック盤 イモータル デラックス・エディション(初回生産限定盤) posted with amazlet at 12.04.21 マイケル・ジャクソン SMJ … Continue reading

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● ディック・クラーク(『アメリカン・バンドスタンド』)82歳で死去

● ディック・クラーク(『アメリカン・バンドスタンド』)82歳で死去 【Dick Clark Dies At 82: Pioneer Of TV, Music Industry】 訃報。 アメリカ音楽業界、エンタテインメント業界における大物司会者、起業家でもあるディック・クラークが2012年4月18日、ロスアンジェルスの病院で心臓発作のため死去した。82歳だった。すでに膨大な量のニューズ、コメンタリー、追悼記事がでている。今年の訃報でいえば、ホイットニー・ヒューストン以来の大きなニューズだ。 ディック・クラークは1929年(昭和4年)11月30日ニューヨーク州ブロンクスヴィル生まれ。ラジオDJから始まり、テレビ番組の司会者、番組プロデューサーなどもこなし、アメリカの音楽業界でもっとも影響力を持った業界人の一人。音楽業界にテレビを持ち込んだ、あるいはテレビに音楽番組を持ち込んだ、第一人者でもある。1952 年に始まっていた『アメリカン・バンドスタンド』は、1957年からクラークが司会に就任。1950年代後期から1960年代、1970年代にかけて、多数の新人シンガーたちを生み出し、スターにした。番組は1989年まで30年以上にわたって続いた。テレビの音楽番組としては、1948年から始まった『エド・サリヴァン・ショー』などと並んで大きな影響力があった。 これはレコードにあわせてスタジオに来ている観客が踊るというシンプルなフォーマットだったが、実際のシンガーも登場し、口パクで歌い人気となった。番組は、新しいアーティスト、新しいダンス、そして、新しいファッションを若者に紹介し、そうしたものに全米の若者が多大な影響を受けた。若者カルチャー全般を広く伝えた。また、この番組でも別の番組でもヒット曲のカウンタとダウン番組を始め、これも後に多くのフォロワーを生み出した。 ディック・クラークがひじょうにずば抜けていた点は、身なりも話し方もきちんとして、一見「保守風」に見え、ロックに眉をひそめるような固い大人たちに、新しいものをわかりやすく紹介してきた点。ちょうど二者の間を取り持ったわけだ。 『アメリカン・バンドスタンド』は初回から、男の子はネクタイをすること、女の子のスラックスは禁止、チューインガムは禁止、というルールを厳しく守らせた。 こうしてディック・クラークは、ロックン・ロールのアイコン、テレビ/ラジオのパイオニアとなった。 ディック・クラークは、アメリカにダンスを教えた人物、としても知られる。レコードにあわせてダンスを踊るという、今では当たり前のことが、1950年代にはまだまだ特別なことだった。それを全国放送のテレビ番組でやってのけた。また、フィラデルフィアをベースとする黒人ミュージシャンも積極的に出演させたため、同地からの黒人アーティストのヒットも多数生まれた。チャビー・チェッカーの「ツイスト」、ディー・ディー・シャープの「マッシュポテト」など。 この番組をヒントに黒人のドン・コーネリアスは、「黒人版・アメリカン・バンドスタンド」を作ろうというアイデアを思いつき、『ソウル・トレイン』を生み出し、成功を収めた。 多くのアーティスト、プロデューサーやラジオ・テレビ関係者から弔辞が届いている。 ■ アメリカン・バンドスタンド30周年記念特別番組(1982年) http://youtu.be/aMv1DQ8OChM 多数のアーティストが登場。11本のうちの1本。テディー・ペンダーグラス、マーヴィン・ゲイ、マイケル・ジャクソンらも登場。 評伝。 ディック・クラークは1929年(昭和4年)11月30日ニューヨーク州ブロンクスヴィル(マウント・ヴァーナン)生まれ。16歳のときに、ユティカの小さなラジオ局で郵便物を整理する雑用から始まり、徐々に階段を上り、1952年、22歳でフィラデルフィアの『キャラヴァン・オブ・ミュージック』というラジオ番組でしゃべりだすようになった。そのラジオ局が持つテレビ局で、1957年、すでに番組としてはあった『アメリカン・バンドスタンド』の司会者に就任。ディックはまだ26歳だった。当初はフィラデルフィアのローカル番組だったが、徐々に全国ネットになり、この番組は爆発的人気を獲得、ディックも人気となった。1958年までに、視聴者は全米で4000万人を越えるほどまでになった。その他テレビのクイズ番組『ピラミッド』、『ディック・クラークス・ニューイヤー・ロッキン・イヴ』など。『アメリカン・バンドスタンド』は大変影響力のある音楽番組で、多くのアーティストがここからヒットをだし、成功を収めるようになった。 テレビ番組を製作する「ディック・クラーク・プロダクション」を設立。 グラミー賞に対抗して、1973年、一般的な人気を反映する「アメリカン・ミュージック・アワード」を設立し、授賞式をテレビ番組にした。 大晦日恒例の『ディック・クラークス・ニューイヤー・ロッキン・イヴ』は1972年から30年以上も続いている。ニューヨークのタイムズ・スクエアでのカウントダウン中継をするもの。2004年、心臓発作で番組を休んだが、このときは、30年以上で初めてのこと。翌年復帰。2011年の大晦日には、レディー・ガガが登場した。最近はメインの司会は後輩のライアン・シークレストに任せ、ディックはスタジオで顧問的に登場していた。 ディック・クラークは、音楽制作、ラジオ、テレビ、ツアーなどあらゆる分野で活躍。まさに今で言うところの「メディア・モーグル」(メディアの権力者、大御所)になった。 「ディック・クラーク・プロダクション」は、これまでに7500時間分の番組を制作してきたという。30本のレギュラー(たとえば、『アメリカン・バンドスタンド』など)から、250本を超えるスペシャル(特番)などを制作した。 ベイビーフェイスなクラークのニックネームは「ワールド・オールデスト・ティーンエイジャー」(世界でもっとも歳を取ったティーンエイジャー)というもの。 『アメリカン・バンドスタンド』は、1989年まで続き、多くのスターを生み出した。 若者向けロックン・ロールのアーティストをテレビに出演させ、ヒットさせたという意味で、「ロック育ての親」の一人とも言える。 OBITUARY>Clark, Dick (November 30, 1929 … Continue reading

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◎シック・ナイル・ロジャーズ、バーナード・エドワーズの命日にライヴ~12月年末カウントダウンに再

◎シック・ナイル・ロジャーズ、バーナード・エドワーズの命日にライヴ~12月年末カウントダウンに再来日を発表 【Nile Rodgers : Live On Bernard’s Passing Day】 命日初日。 ファーストが押したということで、ちょっと遅れてまずナイル・ロジャーズが楽屋から一人ででてきて、観客のファンとあいさつをしながら、少しずつステージに。ファンから握手を求められたりして、なかなかステージまでいけない。そして、やっとステージにたどり着くと、楽屋出口で待機していたミュージシャンたちが、全員白のスーツに身を包み、ニューオーリーンズ風鼓笛隊のごとく、列を成して音を出しながら、ステージに向かう。いよいよシックのライヴの始まりだ。 ベースとドラム、その他の楽器が一気に音を出すと、もう1曲目にもかかわらず、そして初日もかかわらず満席の観客は総立ち。パーティーが始まった。 昨年の2度の来日を含め、通算13回目の来日。なんと前回は4月18日が最終日だったが、今回は初日が4月18日。4月18日は、もちろん、盟友親友バーナード・エドワーズの命日だ。 昨年は癌の手術をしてから初めてのライヴ・ツアーで、周囲も心配したが、今年は元気いっぱいの様子。冒頭でファンにあいさつをしながらステージにあがるだけでなく、ライヴ終了後も、逆サイド(入って奥側)からファンにもみくちゃにされながら、一人一人と話をしながら、楽屋までゆっくりと戻っていく。大サーヴィスぶりだ。 そして、楽屋に戻り、一息つくと、すぐに上の階でサイン会。ファンとのふれあいが本当に好きなんだな、と思う。 オリジナル。 ナイルが観客に尋ねる。「今日、初めてシックを見る人?」 すると何人かが手を上げた。1割もいないのではないか。まあ、恥ずかしくて手を上げなかったのかもしれないが、それでも、3割も「初めてのシック(ハジシク)」はいない様子。それだけリピーターが多いということだ。そして、続けて言った。「みなさんはごぞんじないかもしれませんが、今日ここで僕たちがプレイしている曲はすべて僕が、あるいは僕とパートナーのバーナードで、書いた曲なのです。僕たちはカヴァー・バンドじゃないんです。オリジナル・プレイヤーがプレイしています」 ヒット曲メドレーはとにかく盛り上がる。 この日ちょっとしたハプニングがあった。12曲目の「オープン・アップ」が終わった後、ラルフが歌う「レッツ・ダンス」に行くところで、フォラミとキムの女性シンガーが着替えて戻ってくるはずだったが、着るものにトラブルがあり、なかなか帰ってこなかった。そこで、ナイルやミュージシャンたちが遊びで適当にジャムセッションを始めた。 すると、2曲ほどほんのリフを弾いた後、ナイルがアース・ウィンド&ファイアーの「サン・ゴッデス(太陽の女神)」を弾き始めた。するとキーボードのリッチ・ヒルトンがそれをサポート、けっこうプレイした後、今度はサックスのビル・ホロマンが「ファンタジー」のメロディーを弾き出し、これまたけっこうプレイした。いわば、セットリストにはない「おまけ」だったのだが、けっこう受けた。 ライヴ・アンコールのところでナイルは言った。「今日、やった曲は僕たちが書いた曲だが、アース・ウィンド&ファイアーの曲は例外だ」と言ってまたまた受けていた。 彼らのライヴを見ていると、彼らの大ヒット曲「ウィ・アー・ファミリー」を地で行くように感じる。つまり、バンド・メンバーも、オーディエンスも、そして、ブルーノートのお店のスタッフも、シックの関係者もみな、ひとつのファミリーという感じがしてくる。みんな仲良く難しいこと考えずに、音楽を楽しもう、パーティーだ、って感じで、その「ファミリー」っぽさに、とても心温まる感じがする。きっと、それは、ナイル・ロジャーズ本人の「ウィ・アー・ファミリー」のスピリットがメンバーにも、そしてオーディエンスにもスタッフにも伝わっていくからなのだろう。 大発表。 ナイルのMCのなかで、大ニュースが発表された。今年の年末から年始にかけて、カウントダウンを含め約一週間再度来日するという。詳細は後日発表されるが、いずれにせよ、ブルーノートの今年のカウントダウンはシックになるということだ。 ◎ ライヴは土曜日まで、ブルーノート東京 http://www.bluenote.co.jp/jp/artist/nile-rodgers/ ■ 過去ナイル・ロジャーズ関連記事 ナイル・ロジャーズ、1日だけのブルーノート・ライヴ 2011年05月31日(火) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10907507216.html (前回来日記事) ナイル・ロジャーズ、万感の思いを込めて15周年ライヴ・スタート 2011年04月14日(木) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10860777137.html (前々回来日記事) ナイル・ロジャーズ来日記念特集~過去ナイル関連記事 2011年04月15日(金) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10861031113.html … Continue reading

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◎マサ・コハマ・スペシャル~第7回

◎マサ・コハマ・スペシャル~第7回 【Masa Kohama Special: Versatile Guitarlist】 安定感。 すっかり人気公演となった「マサ・コハマ・スペシャル」、2011年7月、9月、12月に続いての第7回。満員。だいたいワンクールに1回ですか。いいペースです。第二回以外、ほぼ全部見てる感じ。ここまで来ると2回を逃したのが悔やまれる。(笑) 今回は13日の金曜日スペシャル。 ケイリブ・ジェームス(キーボード)、マサ・コハマ(ギター)、ジェイ・スティックス(ドラムス)、ジーノ日野賢二(ベース)のたった4人が繰り出すファンキー&ロッキンなライヴ。4人だけでこれだけのきちっとした音が出せるのが、ほんといいなあ。鉄壁な4人だ。 毎回ちょこちょこセットリストを入れ替えてくれるので飽きない。このところ定例となり人気の「マイケル・ジャクソン・コーナー」に加え、前回から「昭和歌謡コーナー」を作り、今回は加山雄三の「君といつまでも」を。途中でナレーションまでいれて、大受け。(笑) ライヴ見てて思った。マサさん、リクエスト! この昭和歌謡コーナーで、「上を向いて歩こう(Sukiyaki)」やってください。それから、ギター・リフで有名な曲のリメイクなんか。思いついたのが、ヴェンチャーズ。一番有名な「ウォーク・ドント・ラン」なんていかが? あるいは、アル・マッケイにリクエストし続けているアースの「バック・オン・ザ・ロード」。ギター・ソロがいいんです。古くてロックですが、ステッペン・ウルフの「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」、ドゥービー・ブラザーズの「チャイナ・グローヴ」あたりは、ギターを大々的にフィーチャーしたマサ・コハマ・スペシャル向き。こんご選曲、ご検討ください。 それにしても、セットリストをごらんいただければわかるが、実にヴァラエティーに富んだ選曲の流れが実におもしろい。セカンド・セットなど、ソウル~ブルーズ~グランジ~昭和歌謡~フュージョン~ネオ・ソウル~ラテン・ロック。なんという多様性。 ■過去マサ・コハマ・スペシャル・ライヴ評 マサ・コハマ・スペシャル パート6~ますます多様性見せるギタリスト 2011年12月31日(土) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11121352523.html 2011年09月18日(日) マサ小浜スペシャル・パート5 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20110918.html 2011年07月09日(土) マサ小浜スペシャルVol 4 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10946888458.html 2011年06月07日(火) ユリ・マサ・ライヴ~自由度の高いライヴ:Juju、トータス松本さん飛び入り http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10915057661.html 2011年03月12日(土) マサ小浜3回目のライヴ~「レッド・マサ・スペシャル」、アツシ飛び入りも http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10827190545.html 2010年07月09日(金) マサ小浜、初ソロ・ライヴ~ソウルとファンクとスムース・ジャズと http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10584972682.html ■ メンバー (G)マサ小浜  (Key/Vo)Kaleb James  (B)日野JINO賢二  (Ds)Jay … Continue reading

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△ 2パック蘇る~将来の可能性を秘めるホログラムの技術

△ 2パック蘇る~将来の可能性を秘めるホログラムの技術 【2Pac Alive At Coachella Music Festival Through Hologram】 蘇り。 2000年代に入って大きな規模になっている音楽フェス「コーチェラ」(カリフォルニア州インディアで開催)の2012年4月15日のライヴ中、ドクター・ドレ&スヌープ・ドッグのステージに、デジタル・ホログラムで再生された故2パックが登場した。途中リアルなスヌープとコラボもある。 これはアカデミー賞受賞しているジェームス・キャメロンのチームが製作したもの。 最後がまたかっこいい http://youtu.be/A7SoPVDOllk これにともない、2パックのホログラムを作ったチームが「ホログラム・トゥーパック」と題してツイッターを開始。 @HologramTupac 自分の紹介にはこう書いてある。 I rap and I’m a hologram. Westside · しかし、この映像を見ると、まるでステージにいるようにさえ見える。もちろん、リアルで見たら、ホログラムとわかるのだろうが、2次元のスクリーンに映す映像とは明らかに違う。 途中でリアルなスヌープがでてきて、2パックがホログラムだとわかるが、このコラボレーションもおもしろい。 そして、最後がまたかっこいい。 Greatest Hits posted with amazlet at 12.04.17 2Pac Interscope Records (1998-11-24) 売り上げランキング: … Continue reading

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◎ ファット・ファンクション~TOP+AWB+INC

◎ ファット・ファンクション~TOP+AWB+INC 【Phat Phunktion Live】 西海岸。 1970年代から活躍するファンク・グループ、タワー・オブ・パワー、アヴェレージ・ホワイト・バンドなどと同系統のアメリカ西海岸のグループ、ファット・ファンクションのライヴ。2011年11月にライヴが予定されていたが、中止となっていて、そのリヴェンジ。2006年2月東京・大阪のクラブクアトロでのライヴ以来2度目の来日。 キーボード、ドラムス、ギター、ベース、サックス、トランペット2、トロンボーン、パーカッションの9人編成という大型グループ。 やはり、タワー・オブ・パワー・ジュニアというイメージが強い。タワー・オブ・パワー(TOP)やアヴェレージ・ホワイト・バンド(AWB)とインコグニート(INC)をミキサーにかけてがーっとまわし、出てきたジュースといったようなサウンドだ。 なかなか心地いい軽いファンクという印象をもった。おもしろかったのが、アースの「ジュピター」をカヴァーしたり、アンコールでタワー・オブ・パワーの「ホワット・イズ・ヒップ」をカヴァーしていたこと。やはりこの手は盛り上がる。 ライヴにタワー・オブ・パワー・ファンクラブ会長の櫻井さんがいて、久々に立ち話。なんとファーストから通しで見ていたそうで、セカンド・セットのアンコール「ホワット・イズ・ヒップ」は、ファーストにはなかったそう。「(このライヴに)来ないわけないでしょう。(笑) こういうのは欠かしません。横浜も行きますよ。次はタワー関連のリチャード・エリオットです」と元気一杯。櫻井さんがリチャードを追っかけて香港まで見に行ったとか、一緒に食事をしたという話をひとしきり披露され、これまたトーク大全開でおもしろかった。 ■ ファット・ファンクション最新作 Real Life・・・High Fidelity posted with amazlet at 12.04.16 ファット・ファンクション UP FRONT WORKS Z = MUSIC = (2011-11-02) 売り上げランキング: 10374 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 前作 ユー・アンド・ミー posted with amazlet … Continue reading

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▲▽ 元アムリタ店長が新バー「エレクトリック神社」をオープン

▲▽ 元アムリタ店長が新バー「エレクトリック神社」をオープン 【Bar “Electric Jinja” Newly Opened By Former Amrta Stuff】 新開店。 昨年(2011年)12月でクローズした西麻布の名物バー「アムリタ」の店長だった板垣賢志さんが2012年4月11日(水曜)六本木に新しくバー「Electrik 神社」をオープンした。約25坪のお店には賢志さんが持っていた楽器やCDJ、ミキサーなどを運び込み、ゆくゆくは小規模のライヴなどもしていくという。 さっそくオープン初日に顔を出すと、マルやさかいゆうさん、キーボードの柴田さんらがいて、後からトクなども来るという。 いずれかつての「トクズ・ラウンジ」的なライヴ、もしくはイヴェントができたらいいなあ、と賢志さんは言っている。 現在のところ営業時間は午後9時から朝5時までの、「9to5(ナイン・トゥ・ファイヴ)」。始発で帰れるようにした。また定休日は、まだ決めていない。チャージは通常はなし。音楽イヴェントがあるときだけ、若干チャージをつけるかもしれない、とのこと。 場所は六本木交差点からスイートベイジルの方に芋洗い坂(いもあらいざか)を降りていき、スイートベイジルの向かい牛丼「すき屋」の地下一階。 店の前は道が狭く路駐厳禁。近くのコインパーキングは15分500円(1時間で2000円、上限なし)などバカ高いので、少し歩くが、麻布十番の公営地下駐車場がお勧め。午前8時~午後10時まで   200円/30分 夜間料金 午後10時~翌午前8時まで  100円/60分 一日上限 1800円 ■ バー Electrik 神社 住所 106-0032 東京都港区六本木5-9-22 第二千陽ビルB1 電話 090-2177-8457 メール electric.jinja@me.com オープン 2012年4月11日(水) 営業時間 21時~翌朝5時 定休日 未定 BAR>Electric Jinja

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◆# 1972年5月の衝撃~ベスト10、8曲をブラック・アーティストが独占: シャイ・ライツ「オ

◆# 1972年5月の衝撃~ベスト10、8曲をブラック・アーティストが独占: シャイ・ライツ「オー・ガール」のヒットから(パート2) (昨日の「オー・ガール」誕生秘話の続き) 【Oh Girl And May 1972】 全米トップ40。 1972年4月から5月にかけては、けっこう音楽好き、洋楽好きだった僕にとっては大きなターニング・ポイントだった。 何がターニング・ポイントかといえば、『全米トップ40』がFEN(現在のAFRTS、米軍放送)で始まったのだ。当初は土曜の午後1時から2時の1時間番組で、ビルボード・ホット100の13位前後から1位までをカウントダウンしていた。最初はカウントダウン番組だとは思っていたが、それがビルボードのホット100を下からかけているのに気づくのはしばらくたってからだ。番組の中ではケイシー・ケイスンは、なぜかビルボードの名前をほとんど言っていなかったと思う。 ケイシー・ケイスンの軽快な分り易い英語のDJ、ひじょうによく練られた台本で、毎週必ず聴くようになった。ここで紹介されるアーティスト情報は、斬新で知らないことがとても多く、とても有益で勉強になった。 当初はこれが40曲を3時間かけて紹介する番組などということは知らずに、ただ上位の曲を下から順にかけていくのだと思っていた。しかし、しばらくして、これが2時間枠で放送されるようになり、さらに3時間放送され、40曲すべてが聞けるようになる。なるほど、オリジナルは3時間番組だったのだ、と知ることになる。 そして、この番組が日本のAM局ラジオ関東(当時)で始まるのが、1972年10月からである。湯川れい子さん、坂井隆夫さんの名DJ、解説で放送される。ラジオ関東の『全米トップ40』は土曜夜10時から3時間の放送だったので、当初は土曜日は昼間にFENでベスト13曲程度(週によって12~14曲だったり。曲の長さで変わる)、夜に40曲すべてが聴けるようになった。 「オー・ガール」は、FENや『全米トップ40』で聞いていたころ、ポップ・チャートでトップ10入りを果たし、5月27日付けビルボード・ホット100で1位になる。本当にリアル・タイムでよくかかっていた。もちろん、ビルボードで1位だから、同番組でも毎週かかっていた。 「オー・ガール」は、それまで6週間1位を続けていたロバータ・フラックの「ファースト・タイム・エヴァー・アイ・ソウ・ユア・フェイス(愛は面影の中に)」を蹴落として1位になった。 トップ8。 そして、これに先立つ1972年5月13日付けビルボード・ホット100でちょっとした記録が打ち立てられた。それは、ホット100(ポップ・チャート)のベスト10のうち上位8曲がブラック・アーティストによって独占されたのである。 上位からランクは次の通り。 1. The First Time Ever I Saw Your Face / Roberta Flack 2. I Gotcha / Joe Tex 3. Oh Girl … Continue reading

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◆#シャイ・ライツ「オー・ガール」誕生秘話(パート1)~素顔の「オー・ガール」

◆#シャイ・ライツ「オー・ガール」誕生秘話(パート1)~素顔の「オー・ガール」 【Oh Girl Has Original Demo Version】 素顔。 現在ウィスコンシン州のFM局WLMXなどでプロデューサーとして仕事をし、かつてはブランズウィック・レコードなどでも働いていたケヴィン・ゴーインズさんが、フェイスブックで「オー・ガール」のオリジナル・ヴァージョンのユーチューブ映像を紹介し、解説をつけていた。 おもしろかったのでご紹介。 この「オー・ガール」は僕も大好きなシャイ・ライツの曲。1972年4月からヒットし、全米でナンバーワンになった。つまりちょうど今から40年前のヒットだ。 これは、シャイ・ライツのリード・ヴォーカル、ユージーン・レコード(故人)が書いた作品で、本人は大してヒットにもならないだろうと思い、アルバムの最後にいれようとした。 ところがブランズウィック・レコードのプロデューサー、カール・デイヴィスやテレビで活躍していたコメディアンでテレビ番組ホストのフィリップ・ウィルソンらはこの曲にヒット性を感じ、テレビ番組『フィリップ・ウィルソン・ショー』(1970年から1974年までNBCで放送。ジャクソン5なども出演し、ちょっとしたコントもやっている)で彼らに歌わせた。それがこの映像。 http://youtu.be/ctljIaPLSc0 リードのユージーンが歌い、バックの3人は、ひたすら踊って振付けている。今の、エグザイルのパフォーマー的立ち位置だ。 そしてこれが放映されるとレコード会社のオフィースにはこの「オー・ガール」をシングル・カットしてくれと要望が殺到。そこで制作陣はシングルにするなら、もう少し手を加えようと考えた。そこでアレンジャー、トム・トム・ワシントンらは、急遽ストリングスとピアノ(フロイド・モリス)を加えて再録音しシングル・カット。 すると1972年4月から大ヒットし、見事に全米ナンバーワンになった。 ストリングス、ピアノの入りの、現在のCDなどに収録されている誰もが知っているヴァージョンがこちら。 http://youtu.be/yq2aoY8Y1Kw 確かに聞き比べると、こんどはピアノとストリングスがちゃんと入っている。 改めて、この曲が収録されたアルバム『ア・ロンリー・マン』をひっぱりだしてきいてみると、もちろん、ピアノ、ストリングスが入っている。入っていないヴァージョンが実に素朴に聴こえる。 ■ 「オー・ガール」だけだったら、ベストで十分。これは、最初に「オー・ガール」が収録されたアルバム『ア・ロンリー・マン』のCD。廃盤のせいか、値段が高騰中。 オー・ガール+1(紙ジャケット仕様) posted with amazlet at 12.04.12 シャイ・ライツ ビクターエンタテインメント (2008-06-25) 売り上げランキング: 99703 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ こちらがベスト。1000円以下。 Best of posted … Continue reading

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◎ピー・ウィ・エリス・ファンク・アセンブリー~若さと老練さのクロスオーヴァー

◎ピー・ウィ・エリス・ファンク・アセンブリー~若さと老練さのクロスオーヴァー 【Pee Ellis Funk Assembly Live】 黒々。 黒っぽい音が好きな友人Mが、「ねえ、ピー・ウィ・エリスってどんな感じ?」と聞いてきたので、軽く「元ジェームス・ブラウン・バンドだから、メイシオみたいなド黒いファンクだよ」と答えたら「じゃあ、行こうよ」となり、けっこういろいろ詰まっていたが急遽つきあうことに。 元ジェームス・ブラウン・バンドで、自らもJBホーンなどで活躍しているサックス奏者、ピー・ウィ・エリスの最近の自身のバンド、ファンク・アセンブリーのライヴ。ピー・ウィは、JBホーンズでも来ているが、最近だとファンク・オール・スターズで来日していた。 ドファンクのはずが、いきなり1曲目始まるとド・ジャズで、あれれ、という感じだったが、2曲目から少しファンクになり、3曲目でヴォーカルが入ると、JBになった。 バンド全体としてはかなりまったりしたバンドで、特段何がうまいとかではなく、抜群のテクを見せたりはしないで、一本背骨が通った感じはしないのだが、たとえば、エレクトリック・エンパイアーやベン・ロンクル・ソウルのようなバンドなら日本人でも出来そうに思うが、このバンドは日本人では到底できない、そういう独特のミュージシャンの雰囲気、間、黒さを持っている。安いバンドなんだが(褒め言葉です)、日本人には出せないものがあるのだ。何なのだろう。 もう一点、バンド・リーダー、ピー・ウィは70歳だが、ドラマーなどまだ若いはず。30代か。そのためか、若さのあまりけっこうがんばってちゃって、走る走る。そういう意味で、若さと老練さのクロスオーヴァーも見所ではあった。 統率力。 メイシオにせよ、フレッド・ウェスリーにせよ、このピー・ウィにせよ、そのライヴを見ると、やはり、ジェームス・ブラウンというアーティスト、人物のバンド統率力の卓越ぶりが如実に感じられる。みな、サイド・ミュージシャンとしてものすごくいい味を出すのは、ジェームス・ブラウンという、その才能を引っ張りだすのがめちゃくちゃ優れた人物がいるからなのだな、とつくづく感じる。 ピー・ウィの曲間のトークは、南部訛りのせいか、年(現在70歳、1941年4月21日生まれ。まもなく71歳)のせいか、なかなか聴き取りにくいが、「コールド・スウェット」のところでこんな昔話をした。 「1960年代のある日、アポロ・シアターにジェームス・ブラウンと10日間連続で出たことがあった。一日3ショーやってね。そのとき、ジェームス・ブラウンがグルーヴ・メイカーを思いついた。『ヘイ、ヘイ、フィール・オールライト! ワンタイム! アッ~』というやつだ。トゥ・タイムだと、アー、アー、だ。あれ以来、これが定番になった」 当時は一日3ショーというのが、当たり前とは言え、やはりすごい。 ジェームス・ブラウンの定番曲はさすがに盛り上がるが、ピー・ウィが書いた「チキン」は、ジャコの演奏などでも知られ、ジャズ・ミュージシャンたちの超定番になり、これも観客から受けていた。 やはり、ピー・ウィやメイシオ、フレッドらのライヴを見ていると、ジェームス・ブラウンへの思いが募るものだ。 今回のライヴは、ヴォーカルが入ることもあり、事前にセットリストがあったようだ。 ■コットンクラブでの映像 http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/2012/0406_pee/ こんな映像も。 Fred Ross.Pee Wee Ellis and Fred Wesley 40 years anniversary of “Soul Train” http://youtu.be/EuCB5zIV_1w これ、ベースはフレッド・トーマスだ!  ■ 過去関連記事 ファンク・オール・スターズ・ライヴ~事前セットリストなしのライヴ … Continue reading

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◎ジョン・オーツ~南部音楽を求めて

◎ジョン・オーツ~南部音楽を求めて 【John Oates: Searching For Southern Music】 ルーツ。 観客の何人かは、ちょうどこの日のライヴと重なっている山下達郎ライヴとこのジョン・オーツ・ライヴの両方に日替わりで行くという人がいたそうだ。僕は5日が山下達郎、6日がジョン・オーツ。その逆、5日にジョン・オーツ、6日に達郎さんという人もいる。 80年代に大人気となったデュオ、ホール&オーツのジョン・オーツのほうのソロ・ライヴ。一度ビルボードに2009年2月やってきて、ソロとしては今回が約3年ぶり二度目。ホール&オーツとしては数え切れないほど多数の来日を誇る。 ブルーノートの担当者から、ジョンの最新作やライヴはかなりブルーズっぽくクロっぽいので吉岡さん好みですよと誘われ、CDを聞いたら、ほんとにブルーズっぽくてびっくり。ちょっとノーマークだったのでこれは嬉しい誤算だった。 ダリル・ホールのソウル好きは有名だが、ジョンもこういうのが好きということで、二人はめちゃくちゃ音楽的に気があったのだろうな、とすぐにわかった。 エリック・クラプトンやスティーヴィー・ウィンウッドあたりが何部のブルーズ、ソウルをルーツとしてそうしたものを自身のライヴで見せるが、ジョン・オーツのライヴもまさにそうだった。 南部のソウル、ブルーズのほかにもうひとつ大きな要素はカントリーだ。ジョン・デンヴァー作の「リーヴィング・オン・ア・ジェット・プレイン」(ピーター、ポール&マリーのヒット)をやったり、ギターのリフがカントリー調だったり。要は南部の濃い音楽のオンパレードだ。 エルヴィスでおなじみの「オール・シュック・アップ」やコースターズの「サーチン」なんかもセットリストにいれている。そして、一番盛り上がるのは、やはり、ホール&オーツとしてのヒット。「シーズ・ゴーン」のところでは、イントロだけで観客がわっと沸いた。 ライヴ後、ジョンに会うと実にきさくな人だった。「まるで南部のジュークジョイントかなんかのライヴのようでした。あなたはニューヨーク生まれなのに(育ちはフィラデルフィア)、なんでこんなに南部の音楽、ブルーズやソウル、カントリーがお好きなんですか」と尋ねた。 すると、「十代の頃からそういうタイプの音楽が大好きだったんだ。だから、自分がバンド活動を始めると自然とそういう音楽ばかりをやるようになったんだよ」と答えてくれた。 ホール&オーツのライヴが『仕事』のライヴだとするとこのジョン・オーツのソロ・ライヴは、『趣味』のライヴなのかなとも思った。もちろんいい意味でのことだ。 ■ 最新作 ブルーズヴィル・セッションズ (なんとこのCDの日本盤解説がアドリブ元編集長の松下さん。そして、ライヴでばったり松下さんと遭遇した。松下さんと会うのは、オーチャードでのケニーG以来だった。「えらいねえ、よく来てるね~」と言われた。(笑)) ザ・ブルースヴィル・セッションズ (The Bluesville Sessions) [直輸入盤・日本語帯解説付] posted with amazlet at 12.04.09 ジョン・オーツ・バンド WBA Records / King International (2012-03-24) 売り上げランキング: 56847 … Continue reading

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○★アース・ウィンド&ファイアー、急遽5月に来日~通算13度目

○★アース・ウィンド&ファイアー、急遽5月に来日~通算13度目 【Earth Wind & Fire Will Be In Japan For One Night Gig In May】 急遽。 日本でも大変人気の高いブラック・グループ、アース・ウィンド&ファイアーが2年5ヶ月ぶりに2012年5月、急遽来日する。通算13度目の来日。今回は、5月17日木曜・東京国際フォーラム1日だけ。17日のあとは、19日に韓国ソウルでの公演がある。通常は公演の3ヶ月から2ヶ月前に概要が発表されるが、今回はそれがほぼ一ヶ月前ということで、かなり急に決まった印象だ。 前回来日は2009年12月。まだ今回の来日メンバーが発表されていないが、基本的には前回メンバーと大勢にかわりはないと思われる。前回メンバーは次の通り。これに、最近ツアーに帯同しているフィリップ・ベイリーの息子、フィリップ・ベイリー・ジュニアが初参加となりそうだ。ジュニアは、前回のフィリップ・ベイリーのソロ・ライヴにも来日していた。フィリップ・ベイリーは2010年11月単独公演、2011年10月デイヴィッド・フォスター・ライヴでのゲスト出演以来約7ヶ月ぶりの来日。 Philip Bailey / Vocal/Percussion Verdine White / Bass Ralph Johnson / Vocal/Percussion Benjamin David Whitworth / Vocals/Percussion Myron McKinley / Musical director, … Continue reading

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◎ 山下達郎の音楽を知っている人生と、知らない人生

◎ 山下達郎の音楽を知っている人生と、知らない人生 (2012年4月5日の山下達郎ライヴを見ての感想文です。ご本人の意向を反映し、極力ネタバレには配慮していますが、これからごらんになる方で、先入観を持ちたくない方はご注意ください。すでにごらんになった方、行く予定のない方、行こうかどうか迷っている方などは心置きなくごらんください) 【Yamashita Tatsuro: Life With Knowing Tasuro’s Music, Life Without Knowing His Music】 濃密音楽愛。 暗転してから3時間半。まさに濃密で音楽愛のあふれる空間と時間だ。何度となくこれまで自分が音楽が好きでよかったなあ、と心底感じ取った瞬間があった。音楽が趣味で、楽しみで、好きでそれを見に行って感動できる。これは平和な時代の最高の贅沢だ。 人生には二つある。 音楽の良さを知っている人生と、知らない人生。僕は幸いにも前者だ。とても幸せなことだと思う。 良い(良質の)音楽を知っている人生と、知らない人生。僕は幸いにも前者だ。とても幸せなことだと感じる。 もうひとつ。 人生には二つある。 山下達郎の音楽を知っている人生と、知らない人生。僕は幸いにも前者だ。とても幸せなことだ。 そんなことを3時間半の間、ずっと思った。 僕が山下達郎の音楽を知ったのは1979年夏。西麻布のバー「トミーズ・ハウス」だった。初めて山下達郎のコンサートに行ったのは1980年12月、中野サンプラザだった。 今のようにあまりコンサートに行く機会がなかったあの時代、サンプラザで見たアーティストはとてもよく覚えている。グラディス・ナイト&ザ・ピップス、クール&ザ・ギャング、スタイリスティックス、バリー・ホワイト、マンハッタンズ、クルセイダーズ…。どれもそのときの空気、雰囲気を良く覚えている。当然そうしたラインナップに山下達郎は入る。(ちょっと僕が見てるラインアップが偏っているのはご容赦ください(笑)) 最近、比較的小さなライヴハウスでのライヴを見る回数のほうが多くなっているが、やはりこうしたコンサート・ホールでのライヴは格別にいいなあ、と感じさせられた。 ハジタツ。 ライヴが始まる前、サンプラの1階のカフェでヤンキー風のおにいちゃんがかわいい女の子に「ヤマタツ見にきたの?」と声をかけていた。その子は「ヤマタツ」の意味がわからず、ぽかーんとしていた。30年前と時代は変わったが、今は、そんな風景さえ山下達郎コンサートの一風景として楽しめてしまう。 今日初めて山下達郎のコンサートに来た人、と問われ、この日は観客の3割ぐらいが手をあげただろうか。けっこう多いな、という印象を持った。最近では親子・二代で来るファンも多いという。全体的に年齢層は高いが、年齢層も、職業も、ファンの歴史の長さも様々に混合している観客層はまさにメルティング・ポット。それをステージの主は、じつにうまくあしらっていく。同じツアーに何度もリピート来場する超常連さんにも、普通の常連さんにも、そして初めての来場者「ハジタツ」にも。(初めて来た人が手をあげたとき「初めての山下達郎ライヴ=ハジタツ」なんて言葉を思いついた。ハジタツ、こんなにいるのか、と) 山下達郎が2008年からライヴ活動を再開して、今回で彼が言うところのツアー「シーズン3」。最初の一年目はまだ声の調子が本調子ではなかったが、このところ以前のように戻ってきた、とステージのMCでも言う。 かつてのように新作発売からのツアーという枷にとらわれず、自身が過去40年以上で作った約300曲の中から、やりたい曲だけをステージにかけて、歌い倒す3時間半。(とは言っても、新作からの曲もちゃんとある。そしてそのセットリスト作りには並々ならぬ苦労があるようだ) 何度か泣きそうになったことがあった。二度ノーマイクで歌ったところだ。恒例アカペラ・コーナーの1曲で、途中マイクから離れ、声を発した。まさにアンプを通さない正真正銘のアンプラグドの生声、生歌が収容人数約2200の会場に響いた。その瞬間、なぜかぐっとこみあげるものがあった。なんで、そこでそんなに感動したのだろう。やはり30年以上の年月の積み重ねの長大さなのだろうか。継続の美学の重厚さか。あるいは、生声はすべてのプリミティヴな原点という素朴さを感じたからか。そのすべてなのだろうと思うが、それ以上のものもあると感じた。 観客。 シーズン3にはいって、バンド演奏・歌唱は、まるで完成したレコードのようだ。特にドラムス、小笠原拓海はますます「達郎色」に染まってきたような気がする。そして、他のリズム隊と繰り出す音が実にタイトにしまる。見事だ。 曲間のトークも江戸っ子らしい落語仕込みでじつに軽快で、とんがっている。 アンコール前だったか、「(日本の現状は)バカな政治家とバカな官僚がこんなことにしてしまって、ちゃんとやってもらわないと困る。~~なんて発言をしたら、リスナーの方から、『あなたのような影響力のある方が、そんな発言をしていかがなものか』というお便りがありました。しかし、バカをバカと言って何が悪いっ」と話したところ、その瞬間観客席から一斉に熱い拍手が巻き上がった。こんな観客も素晴らしいと思った。 山下達郎は政治家でもなんでもないが、その一本芯の通った思想、哲学は、ファンの間にも30年以上にわたって染み込んでいる、ということを垣間見た瞬間だった。 そして、彼の音楽は一見おしゃれな音楽のように見えるが、実はこんなところでもわかるように、根っこにあるスピリットは、正真正銘のロックン・ロールだ。 感動前線。 … Continue reading

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○■「ソウル・サーチン~スライ・ストーン」ユーストリーム・アーカイヴに

○■「ソウル・サーチン~スライ・ストーン」ユーストリーム・アーカイヴに 【Soul Searchin – Sly Stone; Now On Ustream Archives】 アーカイヴ。 2012年3月29日(木)に目黒のブルース・アレイで行われた「ソウル・サーチン:ザ・セッション Vol.11~ア・トリビュート・トゥ・スライ・ストーン」のライヴ部分の映像をユーストリームのアーカイヴにアップしました。 生中継中は、機材の接触不良などで映像や音声が途切れたりしてご迷惑をおかけしましたが、今回はラインでの記録映像を再度アップしましたので、映像音声とも綺麗になっており、楽しんでいただけると思います。 パート1は約60分、パート2が約90分です。(なお、アーカイヴにはリピートで同じものが計2度収録されていますが、一回分はそれぞれ60分、90分程度です) パート1 (約60分) http://www.ustream.tv/recorded/21623678 セットリスト Performance started 20:20 01. If You Want Me To Stay [Fresh](1973) 02. Hot Fun In The Summertime [Greatest Hits](1970) 03. Everyday People [Greatest Hits](1970) … Continue reading

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◎ダンスの可能性を無限にするケント・モリ・ライヴ・パフォーマンス

◎ダンスの可能性を無限にするケント・モリ・ライヴ・パフォーマンス 【Sky’s The Limit: Kento Mori’s Dance Performance】 無限。 ダンスでどこまで表現できるか、ダンスで何が表現できるか。ダンスでどこまでストーリーを語れるか。ケント・モリはそれを究極まで追求する。そのメッセージは、マイケル・ジャクソンが掲げるものと同一線上にある。 今回のケント・モリの名実ともに初のフル・ソロ・ライヴは、彼がこれまでにアイデアを暖めてきたものを総動員し、集大成して、作り上げたものだ。もちろん、そのルーツ、出発点にはマイケル・ジャクソンという存在が厳然としてある。何しろ、子供の頃、マイケルのビデオを見て、あこがれ、あんな風に踊ってみたいと思って、ダンスの道に進んだ。そして、いつしかマイケルが掲げるメッセージを知るようになり、自分自身もそうしたメッセージをダンスで伝えて行きたいと思うようになった。それは特に『ディス・イズ・イット』ツアーのオーディションに合格しながらも、そのツアーに出られなかった忸怩(じくじ)たる思いがマグマとなって大きな活火山になったともいえる。 ケント・モリは言う。「ダンスは地球のみんなをつなぐもの。それは人間本来にみなあるもの。ダンスを通じて、さまざまなメッセージを伝えたい」 初めて2012年3月24日そのフル・ショーを見て、僕は暗転の数から9か10のシークエンス(場面)があるのかと思ってケントに尋ねると、これは6つのシークエンスに分かれている、という。その6つとは、最初と最後が「夢Dream」と「愛Love」、その間に「喜怒哀楽」の4つの場面があるという。それを聞いてなるほどと思った。 彼によれば、2011年12月に行われた「マイケル・トリビュート」では約30分のショーだったが、今回は100分を越すフル・ショー。やりたいこと、やらねばならないこともたくさんあった。 「喜び」部分は、彼の誕生から、音楽、ダンスに魅せられて今日いたるまでのケント・モリの人生のフラッシュだ。その過程でケントがダンスの中に喜びを見出し、またダンスから生み出される喜びを表現する。 喜怒哀楽の4つのシーンでは、特に「怒(怒り)」の部分はここだけで20分近くあり、もっとも力が入った部分となった、という。これは地球の怒りなどを表現している。 また哀愁の「哀」の部分はケント・モリの実の妹愛理を大々的にフィーチャーしたコーナー。彼女はシンガーを目指し、がんばっている。 「楽」の部分は一番楽しいシーン。ビートのきいた曲でみんなが楽しく踊る、という部分だ。ダンスの楽しさを存分に表現している、一番ダンサーらしさの出ているシーン。 最後の「夢」の部分は、まさに多くの人たちと夢を共有しようというシーン。「ウィ・アー・ザ・ワールド」のメッセージそのものが、ダイレクトに表現される。ここでは、ダンサーが世界各国の衣装を身にまとって出てくるが、これは人種も国籍も、またそれぞれの文化や習慣などが違っても、ダンスのもとにひとつに、私たち、僕たちがみんな自身そのものが世界なんだ、というメッセージを語りかけている。 こうした解説があると、実にそのストーリーがよく入ってくる。ケントはこの簡単な内容のパンフレットが用意されていると思ったそうで、それを知ってもらえるとひじょうに嬉しいと言っていた。 伝道師。 これだけのスケールのもので、ストーリー性があるものだと、たとえば毎年1回全国何箇所か回るツアーをして、10年くらいは行けるのではないだろうか、と思った。もちろん、毎年マイナー・チェンジしたりしてヴァージョン・アップして、より磨きをかける。最終的には、常設ライヴハウスなどができたら素晴らしい。ケントによれば、「アイデアはいくらでもあるんですよ」という。そのほとばしるアイデアをいかにして具現化して、それを多くの人々に見せられるか。それが今後のテーマだ。 たった一人のダンス・パフォーマーが、その名前において、これだけのライヴをやってしまうのだから、これは大変なこと。一人のダンサーが自分の冠でコンサートをやるなんて、なかなかできない。 ダンスという芸術形態の位置づけは、たとえば、歌というものがメッセージをダイレクトに言葉によって伝えるものとすると、楽器によるインストゥルメンタルは音色、奏法などでなんらかの主張やメッセージを伝えようとする。よくギターが泣く、サックスがむせび泣く、ピアノがストーリーを語る、などと表現されることがあるが、ダンス・パフォーマンスというのは、ちょうどそんな歌と楽器演奏の中間くらいにあるような気がする。楽器演奏より、さらにわかりやすくメッセージを語ることができ、伝えられる。それは体の動き、顔の表情、ジェスチャーなどで物語を伝え易いからだ。 そういう意味でも、ケント・モリがこうしたストーリー性のあるライヴ・ショーを繰り広げられるというところが何より素晴らしい。言葉や歌を使わないダンサーでも、メッセージを伝えることができるのだ。 もうひとつ、今回のライヴを見て感じたのはケント・モリが子供たち、若いダンサーを使いこなすのが実にうまい、ということ。こうした子供たちのダンサーたちが、ケント・モリみたいになりたいと熱心に踊り続ければ、日本のダンス・シーンもものすごく活発化し、盛況になる。今年から義務教育内体育の時間で、ダンスが必修のひとつになるので、ダンスというテーマはこれからの若い人たちの基礎教養になっていく。 なんの分野でも、たとえば、スポーツ(テニスやマラソン、サッカーなんでも)でも一人スターがでてくれば、そのスターを追う若者が次々と登場する。ケント・モリはそうした日本を代表するダンサーの一人として、ひじょうにぬきんでた存在になっている。野球でいえばイチロー、テニス界の錦織、サッカーでいえば、中田や多くの海を渡った選手たちなどがそれにあたる。 まさに、夢と愛、そして、喜怒哀楽のメッセージを放ったケント・モリは、スピリットの点で広い意味での愛の伝道師だ。 2010年02月09日(火) ケント・モリ~その存在理由 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10454316988.html 2010年05月25日(火) ケント・モリ自伝『ドリーム&ラヴ』2010年6月25日発売 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10544121365.html#main ☆ケント・モリ『情熱大陸』放映~ドキュメンタリーとは 2012年01月17日(火) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11137459054.html ■ケント・モリ著 Dream&Love posted … Continue reading

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☆○ ジャクソンズ・ユニティー・ツアー発表

☆○ ジャクソンズ・ユニティー・ツアー発表 【Jacksons Unity Tour 2012 Announced】 ユニティー。 ジャクソンズのメンバー4人が再結成し、ユニティー・ツアーと題して6月から全米ツアーに出ることが、2012年4月4日、全米で発表された。参加メンバーは、ジャッキー、ティト、ジャーメイン、マーロンの4人。末っ子のランディーは参加しない。 6月18日、ケンタッキー州ルイヴィルから始まり、7月29日、ワシントン州スノコールミーまで計27本。チケットは45ドルから150ドル。4月6日からチケットマスターなどで発売される。 会場は主に2000人から4000人程度のいわゆるコンサート・ホール。ジャクソンズとしてのツアーは、1984年7月から12月まで行われた「ヴィクトリー・ツアー」以来、およそ28年ぶりとなる。ジャクソンズのメンバーのうち、ジャッキー、ティト、マーロンの3人は2011年10月イギリスで、また同年12月、東京で行われたイヴェントのステージに立っている。 6月28日はニューヨークのアポロ・シアター。ロスは7月22日、グリーク・シアターが予定されているが、シカゴのリーガル・シアター、フィラデルフィアのアップタウン・シアターなどが予定に入っていない。 全米ツアーが好評であれば、アメリカ国外にツアーが出る可能性が強い。その場合は、アジア、あるいは日本は一番の候補になるだろう。このツアーには、マイケル・ジャクソン・エステートは関係していない。 詳細はジャクソンズのウェッブへ。 http://www.thejacksons.com/ ツアーの日程は次の通り。 2012年6/18 — Louisville, KY, Palace Theatre 6/19 — Cincinnati, OH, PNC Pavilion at Riverbend Music Center 6/20 — Rama, ON, Casino Rama 6/22 — … Continue reading

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○☆ 発表・吉岡正晴と行く「キング・オブ・ポップ」~マイケル・ジャクソンを訪ねる旅

○☆ 発表・吉岡正晴と行く「キング・オブ・ポップ」~マイケル・ジャクソンを訪ねる旅 【Searchin For Michael’s Footsteps】 告知。 昨年6月、湯川れい子さん、西寺郷太さんとのマイケル・ジャクソン・トーク・イヴェントを企画したNHK文化センターが、「キング・オブ・ポップ~マイケル・ジャクソンを訪ねる旅」を企画、旅行者を募集中です。この旅には、吉岡正晴も同行し、旅のポイントで解説のトークをすることになっています。 今回は、テキサス州でシルク・ドゥ・ソレイユの『イモータル』(オプショナル・ツアー)を見て、その後ロスアンジェルスに移動し、マイケルゆかりの地を見て周ります。興味のある方は、お早めに、下記へお問い合わせください。締め切りが4月11日となっております。 問い合わせ先: 株式会社・日放ツーリスト電話03-3481-7666 ファクス03-3481-7664  e-mail:honsha@nippo-tourist.co.jp 担当:麻生・三ヶ尻・山口 (クリックすると拡大します) 概要は次の通り。 旅行期間 :平成24年6月15日(金)~6月20日(水)6日間 旅行代金 :おひとりさま225,000円 ※旅行代金には成田空港施設使用料、現地空港税、燃油特別付加運賃は含まれておりません。 旅行企画・実施: 株式会社日放ツーリスト 日程: 2012年6月15日(金)東京発~アメリカ・テキサス州オースティン着、シルク・ドゥ・ソレイユ鑑賞(オプショナル・ツアー) 6月16日(土)オースティンからロスへ移動。夜「吉岡正晴~マイケルを語る」ホテルにて 6月17日(日)ロスアンジェルス滞在 バスにてゆかりの地を訪問。フォーレストローン墓地、雑貨屋「Wacko」、ハリウッドハイランド、スリラー撮影ロケ現場、スリラー・ハウス、キング・オブ・ポップ邸宅、ロデオ・ドライヴ・エリア、マイケルが通っていた小学校、ジム・ヘンソン・スタジオ(旧A&Mスタジオ)、ステイプルズ・センター、ウェストレイク・スタジオ、ピンクス(ホットドッグ・ショップ) 6月18日(月)自由行動 6月19日(火)ロス出発 6月20日(水)帰国 最低催行人数20名(限定35名) 募集締め切り2012年4月11日(水) 添乗員 成田空港から帰国まで全行程同行 利用予定航空会社  アメリカン航空(AA)、ユナイテッド航空(UA)、デルタ航空(DL)のいずれか 食事  朝食4回、昼食1回、夕食0回(機内食を除く) 利用ホテル <オースティン> ラ・キンタ・インまたは同等クラス <ロサンゼルス> ダブル・ツリー(旧キョウトグランド)、パサデナ・ヒルトンまたは同等クラス 個室追加料金  30,000円(4泊分) 旅行企画・実施 株式会社日放ツーリスト 観光庁長官登録旅行業665号 社団法人日本旅行業協会正会員 総合旅行業務取扱管理者 麻生謙次 〒150-0047 東京都渋区神山町4-14 … Continue reading

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○ 次回「ソウル・サーチンVol.12~プリンス」先行予約開始

○ 次回「ソウル・サーチンVol.12~プリンス」先行予約今日昼12時から開始 【Next Soul Searchin A Tribute To Prince Announced】 発表。 2012年3月29日、盛況のうちに終了した「ソウル・サーチン第11回~ア・トリビュート・トゥ・スライ・ストーン」に続く第12回「ソウル・サーチン」が、一部既報通り、来る2012年6月7日(木)、8日(金)、目黒のブルース・アレイで行われる。今回のテーマは、プリンス。前回のスライ・ストーンは、プリンスへの序章だ。プリンスが大好きだったスライ・ストーン。スライ・ストーンからプリンス・トリビュートへ「ソウル・サーチン」の旅は続く。今回は、クインシー、マイケル同様2デイズ。6月7日はプリンスの54歳の誕生日にあたる。 もちろん、今回はプリンス御大の作品だけでなく、プリンス・ファミリー(ザ・タイム、ジャム&ルイス、シーラEなども含む)、プリンス・プロデュース楽曲なども広範に網羅する予定。 プリンス周辺作品はマイケル作品同様、1980年代のヒットポップスとしても大変人気が高いので、スライほどマニアックではなく、お楽しみいただけるはずだ。 +++ 先行予約。 今回も、ブルース・アレイのご好意でソウル・サーチン・ウェッブ独自先行予約をご用意いたしました。本日午後12時より開始します。 下記アドレスで、本日4月5日(木)午後12時(ヒル12時)から、4月10日(火)午後8時まで受け付けます。よいお席はお早めに。 ■ Soul Searchin : The Session Vol.12 ~A Tribute To Prince~ ≪Kaleb James&The Soul Searchers Featuring Philip Woo≫ (Key)Kaleb James、Philip Woo and more (MC)Yoshioka … Continue reading

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○★ ジョン・オーツ、ブルーズ・アルバムを携え来日

○★ ジョン・オーツ、ブルーズ・アルバムを携え来日 【John Oates’ Solo Live At Bluenote】 ブルーズ。 1980年代大人気となったホール&オーツの一人、ジョン・オーツがブルーズとソウル作品をカヴァーした新作『ブルーズヴィル・セッション』を発表し、2012年4月5日(木)から8日(日)までブルーノート東京で公演する。 このアルバムには、カーティス・メイフィールド作の「イッツ・オール・ライト」、エルヴィス・プレスリーで有名になったオーティス・ブラックウェルの「オール・シュック・アップ」、パーシー・メイフィールドの「プリーズ・センド・ミー・サムワン・トゥ・ラヴ」などが収録されていて、いずれも、かなり黒い雰囲気になっている。 ダリル・ホールももちろん大のソウル好きなことはよ~く知っていたが、ジョンもこんなに黒っぽ音が好きだったとは。ちょっと正直ノーマークだった。 ちなみに、ジョン・オーツは1949年(昭和24年=丑年うしどし)4月7日ニューヨーク生まれ。今回の来日ライヴ、土曜日は彼の63歳の誕生日にあたる。 ■ 最新作『ザ・ブルーズヴィル・セッションズ』(輸入盤に日本語解説付き) ザ・ブルースヴィル・セッションズ (The Bluesville Sessions) [直輸入盤・日本語帯解説付] posted with amazlet at 12.04.03 ジョン・オーツ・バンド WBA Records / King International (2012-03-24) 売り上げランキング: 37945 Amazon.co.jp で詳細を見る このアルバムは、2011年にリリースした『ミシシッピー・マイル』という作品があり、そのリリースでツアーにでたものをライヴ・ツアー同様にスタジオでレコーディングしたもの。 ジョン・オーツのホームページにいくと、同アルバムからの4曲を聴くことができる。 http://www.johnoates.com/music/ ジョン・オーツ、単独公演、ブルーノートで2012年4月5日(木)から8日(日)まで http://www.bluenote.co.jp/jp/artist/john-oates/ … Continue reading

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★4月2日、マーヴィン・ゲイ誕生日

★4月2日、マーヴィン・ゲイ誕生日 【April 2nd Is Marvin Gaye’s Birthday】 誕生日。 昨日(4月2日)は、今年は新年度の実質的始まりとなった。そして、4月2日はマーヴィン・ゲイの誕生日。その一日前、4月1日はマーヴィンの命日だ。毎年この4月になると、マーヴィンのことを書いているような気がする。 実際、去年の4月2日もマーヴィンのことだった。 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/201104_ame/entry-10848333867.html マーヴィンは生きていれば昨日で73歳。 4月1日にツイートでマーヴィンの命日、などと書いたら、「死因は?」と聞かれた。 マーヴィン・ゲイは、実の父親に射殺された。 その日、マーヴィンの父は保険の書類を捜していたが、なかなか見つからなかった。そこでマーヴィンの母(マーヴィンの父の妻)に当り散らした。それを見たマーヴィンは怒り、父親に殴りかかる。以前から折り合いが悪かった父と息子。 父親に殴りかかるとは何事かとさらに怒りを爆発させ、自室から拳銃を持ってきた。そして、マーヴィンと母がいる部屋にやってきて、マーヴィンに銃弾を撃ちこんだ。 これだけの話だ。 いや、ここにくるまでには、マーヴィンと父との間には40年以上の確執があった。その積み重ねが、一発の銃弾に込められたのだ。 マーヴィンの「ホワッツ・ゴーイング・オン」は、裏のテーマとして、マーヴィンの実父とマーヴィン自身との確執を歌っている。 そのマーヴィンの父との確執について↓ 2002/10/22 (Tue) What’s Going On -3- http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200210/diary20021022.html 詳しく知りたければ↓ January 07, 2009 Marvin Gaye ‘s “Divided Soul” & Me 【マーヴィン・ゲイ自伝~『ディヴァイデッド・ソウル(引き裂かれたソウル)』について】 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090107.html … Continue reading

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■ 白人系ヒットをよく知っているブラザー、マーヴィンD~『レッツ・ダンス』紹介

■ 白人系ヒットをよく知っているブラザー、マーヴィンD~『レッツ・ダンス』紹介 【Marvin’s Roommate】 3対1。 昨日の『ソウル・ブレンズ』内「ソウル・サーチン」では、冒頭4月1日がマーヴィン・ゲイの命日ということで、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」をかけながら、マーヴィンの話をした。その後、先月末やっと発売されたDJオッシー選曲・監修のディスコ・オムニバス『レッツ・ダンス』をご紹介。 これは、けっこう白人系のダンス・ヒットが多いのだが、おもしろいのがDJマーヴィン・デンジャーフィールドは、黒人なのに意外と白人系のヒットもよく知っているということ。スティーヴ・ミラーの「アブラカダブラ」をBGMでかけたが、歌詞を覚えていて、歌ったほど。そして、「うん、これ、踊れるよ!」 って、踊れる曲ばっかり選ばれたコンピです。(笑) そのポッドキャスト。→ http://soundcloud.com/oshizakamasahiko/osshyx-celebration-2012-4-1 なぜマーヴィンがこうした白人系も知っているのか。 それは、実は彼の米軍時代のルームメイトに白人がいたからだ。1980年代初期、軍の寮は一部屋四人で3人がブラック、1人だけジムという男が白人だった。みんなそれぞれ好きなタイプの音楽があったが、ブラックの3人は皆ブラック・ミュージック、ソウル、R&Bを自分のラジカセ(ブーンボックス)でかける。ところが白人のジムはフォリナーだジャーニーだの白人ロックをかける。まあ、当たり前だ。 そこで、彼らは大体昼間から夕方にかけてはブラックが好きな曲をかけ、夜就寝まではジムが好きな白人の曲をかけることにしていた、と決めた。 仕事は朝5時から1時くらいまで。午後はブラック・ミュージック、夜はロック。それで、マーヴィンたちはジムがかけるロックを聴きたくなくても耳にして、親しんだというのだ。 マーヴィンの雑多な音楽趣味はこの頃に形成されたわけだ。 昨日かけた「ワン・ナイト・イン・バンコック」は、1984年ロンドンで始まったミュージカル『チェス』の一番人気曲。アバのメンバー、ビョルンとベニーらが書いた。このミュージカルは、ロシア人とアメリカ人のチェスの王者を賭けた戦いと、そのマネージャーが相手の選手と恋に落ちるというラヴ・トライアングルを描いた作品で、その後現在まで世界各地で公演が続く大ヒット作品。 これはマーヴィンも知っていた。しかし、もう1曲「ホリデイ・ラップ」は、マーヴィンはあまり知らなかった。不思議なことにこのオランダ産のディスコは、アメリカではリリースされておらず、まったく話題にもなっていないのだ。そのかわりヨーロッパでは各国で大ヒットを記録している。 ところで、マーヴィン、黒人の仲間内ではこういう白人系を聴いて知ってるということはおくびにも出さなかったそうだ。「そりゃそうだよ~~」とマーヴィン。黒人でこういう白人もの聴いていたら、やっぱり恥ずかしかったみたい。(笑)  ■『レッツ・ダンス』 レッツ・ダンス-スーパー80’sディスコ・ヒッツ- posted with amazlet at 12.04.01 オムニバス EMIミュージックジャパン (2012-03-28) 売り上げランキング: 31456 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ マーヴィン・ゲイ~傑作アルバム What’s Going on posted with amazlet … Continue reading

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◎ 「ソウル・サーチン、スライ・ストーン・レポート・パート2」

◎ 「ソウル・サーチン、スライ・ストーン・レポート・パート2」 【Soul Searchin Report Part 2】 ケイリブ。 いつものソウル・サーチンのハウス・バンド、ソウル・サーチャーズの音楽ディレクター、ケイリブ・ジェームスもスライの音楽を大変高く評価している。 ケイリブ。「『セックス・マシーン』は、14分以上ある曲だ。あの曲で、僕はギターをプレイしたいと思った。プンプンプンププー(メロディーをキーボードで)。これをレコードにあわせて一日中やっていた。ジェームス・ブラウンの曲にも同名の曲があるが、違う曲。どっちが先に出たんだ? (ゲイリーやフィリップにふる) 後で調べよう。そのギターの音色からラリー・グラハムがベースを始める。そこで、『セックス・マシーン』のあとには、ラリー・グラハムの曲をやります」 ちなみに、「セックス・マシーン」は、スライのほうが先。1969年で、ジェームス・ブラウンは1970年。 そして、ケイリブがこの日一番熱く語ったのが、「ドント・コール・ミー・ニガー、ホワイティー」の曲紹介のとき。 「多くの人が次の曲には問題があると考える。絵画だろうが、彫刻だろうが、音楽だろうが、そうした芸術作品というものは、いつでもその時代やそれを取り巻く環境と密接なつながりがある。チャイコフスキーの音楽は改革・革命を反映している。ボブ・ディランの音楽も、いくつかのラップの作品もそうだ。次の曲のタイトルは、『ドント・コール・ミー・ニガー、ホワイティー』というもの。(直訳すると、俺のことをくろんぼ野郎(ニガー)と呼ぶなよ、白人野郎、といったところ。ニガーもホワイティーも相手に対する蔑称) 中には、『ニガー』というタイトルがあるので、この曲は歌わないでくれ、歌うな、という人もいる。それも、ばかばかしいと思う。(この曲が生まれた当時というのは)たとえば警察に助けを求めにいっても、こっちがまったく何の落ち度もなく、武器なども持っていないのに、何も法律違反などしていない丸腰の人間を殴ったりしていた時代なんだ。スライの音楽は、その多くが、ただセックスをしたいということではなく、人と人とのつながり、平和、なぜ人々は一緒に仲良くなれないのか、といったテーマなのだ。相手に対して、どれほどのことができるか。だから、ストリートで人々が傷つき、殺されたりしている状況について、彼は「俺をくろんぼ呼ばわりするな、白人野郎」と歌い、次のラインは「俺を白人野郎呼ばわりするな、くろんぼ野郎」と歌った。つまり、こういうセリフをいうこと自体、どちらの側も、間違っている、ということを表わしている。だから、『ダンス・トゥ・ザ・ミュージック』や『スタンド』を歌うセットリストの中に、『ドント・コール・ミー・ニガー、ホワイティー』を含めないということは、ありえない、と考えて、これをやることにした」 ケイリブは、エンディング、アンコール前のトークでスライの音楽についてこうまとめた。 「スライ・ストーンの最近の状況をご存知の方もいるだろう。しかし、これを覚えておいてほしい。スライ&ザ・ファミリー・ストーンの音楽は、真の意味でスピリット(魂)を動かす音楽だった。そして、スライ・ストーンのグルーヴは、今の音楽を完全に変えた。スライ&ザ・ファミリー・ストーンというグループは、初めて、ステージ前面にかわいくない女の子を出したグループだ。(今は、かわいくないとレコードをだせない) スライの妹ロージー、トランペットのシンシア・ロビンソン、彼女たちはリアル・ミュージシャンだった。そして、スライ&ザ・ファミリー・ストーンというグループは、ブラック、ホワイト、ラティーノなどのあらゆる人種をひとつのグループの中にいれた初めてのグループでもあった。人種差別のテンションがものすごく、公民権運動も活発なそんな時期にだ。彼らのメッセージはシンプルだ。『ラヴ(愛)』と『ピース(平和)』だった。スライ・ストーンという男については、そのことを銘記すべきで、その他のくだらないことなど、どうでもいい。彼の音楽で彼を覚えておいてくれ。さて、みなさん、踊っていただけますか would you dance to the music?」 そして、「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」へなだれこんだ。 ノンストップで演奏される「ユアー・ザ・ワン」~「クレイジー」~「サンキュー」の部分、二部冒頭の「セックス・マシーン」から「ザ・ジャム」~「イット・エイント・ノー・ファン・トゥ・ミー」のあたりは、お客さんも総立ちになって盛り上がった。もちろんアンコールのメドレーも。 ■ ゲスト出演者、ザ・ソウル・サーチャーズのメンバーのブログなど。メンバーについて興味をお持ちの方は、スケジュールなどぜひ各メンバーのブログなどをごらんください スガ・シカオ・オフィシャル・ブログ コノユビトマレ http://ameblo.jp/shikao-blog/ ケイリブ・ジェームス(キーボード、音楽ディレクター) http://www.kalebjames.com/ http://schedule.kalebjames.com/ フィリップ・ウー・ブログ(キーボード) http://blog.goo.ne.jp/philipwoo/ スケジュールなど http://philipwoo.jp/Schedule.aspx?EventCalendarControl1_d=2.2011 マサ・コハマ(ギター) http://masakohama.com/ ゲイリー・スコット(サックス、パーカッション) http://www.gshstudios.com/bio http://www.jamcakemusic.com/?lang=ja 高田真(ドラムス) … Continue reading

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◎「ソウル・サーチン:ザ・セッション~スライ・ストーン・トリビュート」レポート(パート1)

◎「ソウル・サーチン:ザ・セッション~スライ・ストーン・トリビュート」レポート(パート1) 【Soul Searchin: Report】 第11回。 昨年のマイケル・ジャクソンに続いてお送りした、毎回一人のソウル・レジェンドをピックアップしそのアーティストについてのトークとリアル・ミュージシャンによるライヴで魅力を探るイヴェント「ソウル・サーチン」。第11回は、ファンク・レジェンド、スライ・ストーン。2012年3月29日、目黒のブルース・アレイで行われた。 今回は、スライということで、大のスライ好きで、超研究されているスガさんに、とりあえず、見にいらっしゃいませんかとお誘いしたところ、ほんとに見に来ていただけて、強引にステージに引っ張り上げて、おしゃべりにおつきあいいただいた。いやあ、面白かったなあ。それにしても、あのギター・サウンドや、スライ・レコードの徹底研究ぶりの話は最高だった。 今回の趣旨、スライのソウル・サーチンは、次のプリンスのソウル・サーチンへの布石だと説明したら、スガさんから「プリンスも死ぬほど話したいことある。飛び入りしたいかも」などと言っていただいた。 さて、冒頭で、まず、「スライのギターのワウ・ペダルは、ほかのジミ・ヘンドリックスなんかのベタっとした重い音ではなく、スカスカのサウンドなのが特徴。テレキャスターなんかを使って、あまり、歪ませてないから、ああいう音になるんです」といきなりマニアックな話から始まり、過去の資料を漁って、スライがどんなギターを使っているかを調べ、徹底的に調べたという。「ワウのかけかたもいろいろあって、ワウ(・ペダル)自体が100種類くらいあるんですよ。その中でアイバニーズという(メーカー)のがスライそっくりの音がでるんです。とにかくいっぱい使って、それを探り当てたんです」 ワウ・ペダルは、けっこう消耗品ですでに廃版になっているので、中古を何個も買い集めているそうだ。 「ワウは普通、リズムに対してオンで踏む。1-2-3-4だと、そこにあてて踏むんです。でも、スライは、フレーズで踏むんです。だからリズムと関係なく、踏んでるんです」と鋭い分析。 「それは、スライが意識してそうやったんですか、あるいは酔っ払ってるうちにやってたんでしょうか」と尋ねると、「あくまで主観ですけど」と前置きして「ほとんどが酔っ払ってたんじゃないかと思います」とあって、大受けした。 また、スライは楽譜が実に強いというお話なども出た。 そして、スガさんとのトークの合間に、今回の目だま、スライのホームビデオ映像をスクリーンに流した。ビデオは3本あり、1本目は、2010年1月の来日公演のためのリハーサル・スタジオでの様子。黄色の帽子、パンツなどで相当インパクトのある姿が映し出された。「日本でもあるんですが、大御所が来て、まわりのみんながめちゃ緊張してるというか。そんな張り詰めた空気が漂ってますよね(笑)」とスガさん。 2本目は、スライが来日(2010年1月)したときに、ホテルの部屋で自分のマックで曲作りをしていて、そこにいたギターのトニー・メイデンとジャム・セッションを始めたときの映像。 3本目は2011年12月、スライが入っているマリブのリハビリ・センターの前の道端にピックアップトラックを止め、そこにギター・アンプをつないで、トニー・メイデンとスライがギターをただかき鳴らすという映像。スライの姿がまるで浮浪者かホームレスかと思えるようで、興味深かった。 第二部のトークでは、スライがファミリーの内部でもいろいろなメンバーと確執があったことなどを話した。 たとえば、超絶ベースのラリー・グラハムがなぜファミリー・ストーンを去ったかという話などもした。それは、ラリーがスライの妹のロージーと出来てしまったから、スライがラリーを嫌いになったため。また、ラリーはスライの弟フレディーの妻とも寝てしまった。まさに「ファミリー・アフェア」で、それでスライはラリーが大嫌いになった。 当時スライはギャングなど暗黒の世界とつながりがあり、ラリー憎しのスライは、ギャングにラリーを殴れ(beat him、今風に言えば、ラリーをボコボコにしてこい、といったところか)という指令を出したらしい。ラリーは、それから辛うじて逃げ、以来、スライには近づかなくなった、という。 で、その話をするとスガさんが「そんな話、どこから仕入れたんですか」と言うので、「実は、フィリップ(・ウー)から聞いたんです。彼はむこうの音楽裏事情にめちゃくちゃ詳しいんで」と説明。 実は、これ、月曜のリハのときの雑談の中でフィリップが僕にしてくれ、おもしろいのでトーク・ネタにしようと思って、一応、いろいろ調べてみた。そうしたら、スライの伝記本の中に、これに近い記述があり、裏が取れたのでお話した。 そんなこんなでスライ話にはキリがなかったのだが、スガさんは2009年9月の初来日でブルーノートでやったときに、スライは15分もステージにいなかったことに腹を立て、ブーイングをしたそうだ。「やっぱりちゃんとダメなときは意思を示さないとダメなんですよ」といいつつ、「でも(初めて見られたんで)拍手はしちゃったんですけどね」と複雑な揺れ動くファン心を披露し笑いを誘った。スガさんの結論としては、「ま、はやくリハビリをしっかりしていただきたい。まともになって欲しい」ということになり、僕も完全に同意した。(笑)  (ケイリブのスライ話など、明日以降につづく) ■ 当日、スガさんのブログで書いていただきました。なんとものすごい数のコメントが。この効果もあってか、何人かスガ・マニアの方もいらっしゃったようです http://ameblo.jp/shikao-blog/day-20120329.html ■ ユーストリーム 演奏部分をユーストリームしましたが、その映像が途中ノイズが入ったり、切れたり、音も途切れてしまいました。どうもコード回線の接触不良のようで、ご迷惑をおかけしました。改めて綺麗な画像のものを後日アップします。 ■ 前回ソウル・サーチン~マイケル・ジャクソン 2011年08月31日(水) 『ソウル・サーチン~ハッピー・バースデイ・マイケル・ジャクソン』 http://ameblo.jp/soulsearchin/archive1-201108.html ■ エッセンシャル エッセンシャル・スライ&ザ・ファミリー・ストーン posted with … Continue reading

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◎『ソウル・サーチン:ザ・セッション Vol.11~A Tribute To Sly & The

◎『ソウル・サーチン:ザ・セッション Vol.11~A Tribute To Sly & The Family Stone』無事終了 【Soul Searchin: Thanks For Joing Us】 満員御礼。 毎回ソウル・ジャイアントを一人選んで、そのアーティストについてのトークとリアル・ミュージシャンによるライヴでアーティストの魅力を掘り下げるイヴェント「ソウル・サーチン」。 第11回目は、伝説のファンク・アーティスト、スライ・ストーンを取り上げました。 最終的には満員御礼となりました。ご来場いただいたみなさまありがとうございます。楽しんでいただけたでしょうか。 今回は、「ソウル・サーチン」をごらんに来ていただいたスガ・シカオさんを飛び入りで招きいれ、スガさんのスライ好きのお話を急遽聞くことができました。スガさんは、自らスライ好きを広言されていただけに、スライに対する熱い思いは大変おもしろいお話になりました。 詳細は、また明日以降のブログでレポートします。とりあえず、セットリストをお送りします。 ■ 暴動 There’s A Riot Going On (輸入盤) There’s a Riot Goin on posted with amazlet at 12.03.29 Sly & Family … Continue reading

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○★■「ソウル・サーチン」予習~スライ&ファミリー・ストーン~その周辺 (Part 6)

○★■「ソウル・サーチン」予習~スライ&ファミリー・ストーン~その周辺 (Part 6) 【Soul Searchin – Sly & The Family Stone】 予習。 僕もこのところ、ずっと今日の「ソウル・サーチン」に向けて、スライ・ストーンについての資料をみたり、音を聴いたりしている。イヴェントはいよいよ今日、午後7時半、目黒ブルースアレイで。お問い合わせ、ご予約は店舗直接へどうぞ。 03-5496-4381 やはり、スライのキャリアを見てくると、彼のドラッグ渦というものが、すべての彼のキャリアに影を落としている。 トーク・テーマの中で話してみたいのは、なぜスライが当時としては珍しい、というより、前例のない黒人・白人混合グループを作ったのか、ということ。トーク部分では、フィリップ・ウーがスライのライヴを60年代と70年代に見ているので、トーク・パネルに登壇し、その話をしてもらうかもしれない。トーク・パネルで、スライのことを大好きな人と話ができれば盛り上がる。 そして、スライのような革新的なグループがなぜほんの数年で空中爆発的に実質的に解散してしまったのか。なぜ、ラリー・グラハム(ベース奏者)などが素晴らしいミュージシャンがどんどんグループを辞めていったのか。これにはおもしろい話がある。 当時のグループをめぐる音楽業界の様子や、こうしたセルフ・コンテインド・グループ(自給自足グループ、ヴォーカル&インストゥルメンタル・グループ)が隆盛をほこり、その後衰退していくかなども話ができればと思う。 トーク・セッションでは、スライのどこにもでていないホーム・ビデオ映像をまじえ、スライの曲作りの秘密などをご紹介します。 +++++ 毎回一組のソウル・レジェンドをピックアップし、トークとリアル・ミュージシャンによるバンド演奏でそのアーティストに迫る「ソウル・サーチン」、その第11回。今回は、ファンクの創始者の一人、スライ・ストーンにスポットをあてます。 ■ 『ソウル・サーチン:ザ・セッション、Vol.11~ア・トリビュート・トゥ・スライ&ザ・ファミリー・ストーン』 予約について。 直接お店に電話して予約してください。03-5740-6041(月~土/12:00~20:00) 20時以降は店舗直接 03-5496-4381 +++++ 東京ジャズの様子 Sly & The Family Stone (スライ&ファミリー・ストーン) Family Affair http://youtu.be/j2CE5MXmKh8 スライは「ウッドストック」の出演で大ブレイク。 Sly & the Family Stone – I Want to Take You Higher … Continue reading

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○緊急告知 「ソウル・サーチン」ライヴ部分のみユーストリーム

○緊急告知 「ソウル・サーチン」ライヴ部分のみユーストリーム 【Soul Searchin Live Part Will Be Ustream Again】 ユーストリーム。 本日、「ソウル・サーチン:ザ・セッション、Vol.11~ア・トリビュート・トゥ・スライ・ストーン」のライヴ・ミュージックの模様をユーストリーム中継する予定です。 トーク・セッション部分はユーストリームできません。 ライヴ自体は2012年3月29日(木)午後8時ごろからを予定しています。 また、7時過ぎからテスト放送を行ないます。 アドレスはこちら。 http://www.ustream.tv/channel/soulsearcher216 ここで生中継をごらんください。また前回、前々回のアーカイブ映像も残っています。 なお、機材の不都合、その他の理由によりユーストリーム中継ができなかった場合は、ご容赦ください。 ライヴの生演奏の迫力とトークをお楽しみになりたい場合は、ぜひ会場の目黒・ブルース・アレイへお越しください。当日券などのお問い合わせはこちら。 場所 目黒・ブルース・アレイ http://www.bluesalley.co.jp/ 住所  〒153-0063 東京都目黒区目黒1-3-14 電話番号03-5496-4381 ホテルウィング・インターナショナル目黒B1F ANNOUNCEMENT>Ustream

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○★■「ソウル・サーチン~スライ・ストーン」リハーサル順調

○★■「ソウル・サーチン~スライ・ストーン」リハーサル順調 【Soul Searchin Rehearsal Day One】 リハーサル。 今週木曜(29日)に目黒のブルース・アレイで行われる音楽イヴェント「ソウル・サーチンVol.11~トリビュート・トゥ・スライ&ザ・ファミリー・ストーン」のリハーサルが月曜(3月26日)から都内のスタジオで始まった。二日、各8時間にわたる長丁場リハーサル。まさに体力勝負。 ほぼセットリストも決まった。大体メドレー含めて20曲くらい。今回のソウル・サーチャーズは初の3キーボード。ケイリブがメイン・キーボードで、第二キーボードがグレッグ・ハートリッジ。そして、フィリップ・ウーが、主としてホーン・パートをメインに担当する。本来だと、数人のホーン・セクション(トランペット、サックス、トロンボーン)などが必要だが、さすがに「ソウル・サーチン」の規模だと、ホーン・セクションの編成ができないので、フィリップにファンキーに決めてもらう。 ファミリー・ストーンでもっとも派手なパートが、ベース奏者の出番。ラリー・グラハムの役だが、ここでは、完璧なはまり役ジーノ・日野賢二がチョッパー・ベースをあちこちでかましてくれる。グラハム・セントラル・ステーションの大ヒット「ジャム」では、各メンバーのソロ・パートがあるが、ジーノのベース・ソロも炸裂することになる。 リハの合間にフィリップと話をしていたら、フィリップはスライたちを二度アメリカで見ている、という。一度は60年代後期シアトルで、もう一度は70年代中期にロスで。ということで、そのあたりをトーク・セッションの中で話してもらおうかなと考えている。 また、トーク・セッションでは、スライ・ストーンが楽器をいじりながら作曲活動をしているシーンなども含めた丸秘映像をご紹介します。 ■ ケイリブ・ジェームス、メットポッドで語る http://metropolis.co.jp/podcast/2012/03/23/concert-calendar-with-kaleb-james/ ++++ 26日(月曜)のリハーサルの模様、一部。 「ザ・ジャム」をリハーサル中。 ドラムス、高田真、ベース、日野賢二・ジーノ、キーボード、フィリップ・ウー、グレッグ・ハートリッジ、ギター、マサコハマ。スケジュールの都合で、これはまだ全員ではありません。 27日(火曜)のリハーサルの模様、一部。 ドラムス、高田真、ベース、日野賢二・ジーノ、キーボード、フィリップ・ウー、グレッグ・ハートリッジ、ギター、マサコハマ、ゲイリー・スコット、ポーラ・ジョンソン、アージー・パイン。「アイ・ウォナ・テイク・ユー・ハイヤー」 スライ・ストーン・ドキュメンタリーのトレイラー(予告編) http://youtu.be/txRuUJP0rFk このドキュメンタリーは2010年にオランダの公共放送で放送されたそうだ。その後いくつかのフィルム・フェスティヴァルにかけられる予定だったが、どうやら、それは頓挫しているらしい。 ++++ ■ 『ソウル・サーチン:ザ・セッション、Vol.11~ア・トリビュート・トゥ・スライ&ザ・ファミリー・ストーン』 予約について。直接お店に電話して予約してください。03-5740-6041(月~土/12:00~20:00)20時以降は店舗直接 03-5496-4381 毎回、前日・当日に予約が殺到しますので、お早目のご予約をお勧めします。 出演 ≪Kaleb James&The Soul Searchers≫ (Key/Vo)Kaleb James (B)Kenji“JINO”Hino (G)Masa Kohama (Key/Harp)Philip Woo (Ds)Shin Takada (Per/Sax/Vo)Gary Scott (Org/Vo)Greg Hartridge (Vo)Paula … Continue reading

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◎北山陽一『春休み』~ソロ・ツアー

◎北山陽一『春休み』~ソロ・ツアー 【Kitayama Youichi’s Haru Yasumi】 春休み。 年に一回、コンスタントにソロ・ライヴを行なっている北山陽一。今回のタイトルは「春休み」。なんと、この目黒・ブルース・アレイを皮切りに、全国で9本ライヴを行い、一番最後、横浜モーション・ブルーで終わる。(セットリストの解禁が3月25日モーションでのライヴが終わった後なので、本日付ブログでご紹介します) ブルース・アレイはここまで入るかというほどの超満員。入ってすぐ右側の一段高い客席のところは1テーブルをのぞいて、立見席にして身動きがとれないほど。もちろん、レジ前、階段のところも立見席だ。酸欠になりそうなほど。さすが北山人気。 バンドは、『ソウル・パワー』などにも出演しているおなじみのメンバー(ベースのカツとドラムスのフユ)だが、北山ソロに参加するのは、柴田以外は初めて。 冒頭いきなり、ジャスティン・ティンバーレイクの「セニォリータ」には驚いた。こんなファンキーな曲で幕をあけるとは。ファンキーでグルーヴィーなフユのドラムスと同じくファンキーでグルーヴィーなカツのベースが、大音量でノリのいいファンク・サウンドを奏でる。 おおまかに言って前半はファンキーでダンサブルなカヴァーなど、そして中盤以降はゴスらしい作品、ソロに似合うバラード系作品をまとめた。特にマイケル・メドレーのアレンジが斬新でよかった。 なによりも北山本人とバンドメンバーが全員、超楽しそうに音楽をやっているのが伝わってくる。 また日本語作品は日本語がストレートに入ってくるだけに、そこに写真や情景が思い浮かぶように立ちあがっくる。歌の歌詞とメロディーから、つまり、歌そのものから、そこに景色が浮かんでくるのが、とてもいい。 ■メンバー 北山陽一 (ヴォーカル) フユ (ドラムス) 後藤克臣 (ベース) 柴田敏孝(キーボード) ■ セットリスト Setlist: Kitayama Youichi “Haru Yasumi”, March 6, 2012 @ Blues Alley Japan Show started 18:32 01. Senorita [Justin Timberlake] 02. Michael … Continue reading

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Soul Searchin-Rehearsal for Sly Stone (動画)

来る3月29日(木)目黒ブルースアレイで行われる音楽イヴェント「ソウル・サーチン~トリビュート・トゥ・スライ・ストーン」。そのリハーサルの模様、ほんの一部。やっている曲は、グラハム・セントラル・ステーションの「ジャム」。ジーノ(ベース)、マサ・コハマ(ギター)、フィリップ・ウー、グレッグ・ハートリッジ(キーボード)、シン高田(ドラムス)。 Rehearsal for Soul Searchin: A Tribute To Sly Stone. They were jammin with song called “Jam” (by Graham Central Station). Come and see us at Blues Alley, March 29th. For reservation, call 03-5496-4381. Seats are limited.

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